5_犯罪のこと,やってはいけないこと

2022年11月 1日 (火)

黙秘権って子どもにもあるの?


 黙秘権って子どもにもあるんですか? 悪いことをしてないなら説明して疑いをはらせばいいし,悪いことをしているなら正直に話して謝るべきだと思うんですけど,黙秘権ってどうしてあるんですか?




「あなたには,黙秘権という権利があります。

 話したくないことは話さなくてかまいません。

 質問に対して,最初から最後まで答えずに黙っていることもできますし,ある質問には答えて,ある質問には答えない,ということもできます。

 黙秘したことで,あなたが不利に扱われることはありません。

 ただし,あなたがこの法廷で話したことは,あなたの有利にも不利にも扱われますので,気をつけてください」



 刑事裁判は,公開の法廷で行われます【★1】

 裁判は,子どものあなたも,傍聴(ぼうちょう)することができます。



 裁判が始まると,まず裁判官は,裁判にかけられている被告人(ひこくにん)が本人であることを確かめます【★2】

 つぎに検察官が,「この人がこういう犯罪をした」と書かれた起訴状(きそじょう)を読み上げます【★3】

 そして裁判官は,「今,検察官が読み上げたことが,間違っているか,その通りか」を被告人に尋(たず)ねますが,その直前に,最初に書いた黙秘権の説明をします【★4】【★5】



 この「話したくないことは話さなくて良い」という黙秘権は,

 裁判のときだけでなく,

 裁判になる前の,警察官や検察官が本人を取り調べるときにもあります【★6】


 そして,この黙秘権は,

 大人だけでなく,子どもにもあります。


 警察官や検察官が子どもを取り調べるとき,その子どもに黙秘権がありますし,

 大人とちがって非公開になっている少年審判でも,最初に書いた黙秘権の説明が,裁判官からされます【★7】




 国のおおもとのルールである憲法は,

 「どんな人も,自分にとってマイナスなことを,むりやり話させられることはない」,としています【★8】

 そして,刑事手続のルールである刑事訴訟法は,そこからさらに広げて【★9】

 犯罪をしたと疑われている本人は,マイナスなことだけに限らず,「話したくないことは話さなくてよい」としています。

 これが黙秘権です。


 そして,子どもにも黙秘権があることは,子どもの権利条約という世界の約束ごとです【★10】




 どうして黙秘権という権利があるのでしょうか。



 人類の歴史では長いあいだ,犯罪をした人を処罰するとき,「本人が犯罪をやったと認めること」,つまり,自白(じはく)があることが重要だとされてきました。

 なので,捜査するがわは,本人にむりやり犯罪を認めさせるために,

 体や心に苦痛を与える「拷問(ごうもん)」を繰り返してきました【★11】


 日本も,大きな戦争に負ける前,

 法律上のたてまえでは「拷問は禁止」としていたのに,

 実際には,取り調べのときに拷問が広くおこなわれていたのです【★12】


 なので,日本が大きな戦争に負けて,一人ひとりを大切にする社会に大きく変わるとき,憲法も大きく変わりました。

 拷問は「絶対に」禁止になり【★13】

 拷問などでむりやりとられた自白は裁判で証拠にできなくなり【★14】

 本人の自白以外に証拠がないときは,裁判で有罪にしたり処罰したりできないことになったのです【★15】



 このように,黙秘権は,捜査するがわが自白をむりやり取ろうとしてくることを防ぐのと関係しています【★16】



 しかし,黙秘権が認められる理由は,単にそれだけではありません【★17】



 憲法は,「どんな人も,一人ひとりが大切にされる,人として尊重される」ということを,一番大切にしています。

 「一人ひとりが大切にされる,尊重される」ということは,

 「自分のことは自分で決める,他の人から何かを強制されない」ということにつながります。

 そしてそれは,取り調べを受けている場面にも当てはまります。

 一人ひとりが尊重されるからこそ,

 何を話し,何を話さないかは,自分で決める。

 他の人から強制されるのはおかしい。

 だから,黙秘権があるのです【★18】【★19】




 「悪いことをしていないなら,していないと言えばいい」,という人がいます。

 しかしそれは,犯罪を捜査するがわを甘く見ています。


 あなたを疑い,あなたを処罰しようとしているがわは,

 圧倒的に力を持っている,取り調べのプロです。

 あなたの話を,かんたんには信用してくれません。


 むしろ,

 あなたが前に話したことと今話したことの間に少しだけ違いがあったり,

 あなたがあやふやな記憶で話したことが,他の証拠と食い違っていたりすると,

 それをとらえて,「あなたはウソをついている」と厳しくせまってきます。

 あなたが話したとおりに供述調書が作られず,気づかないうちに犯罪を認めたかのような供述調書にサインさせられてしまうこともあります。

 ひどい場合には,あなたが説明したアリバイをつぶすために他の人の証言が取られてしまったりします【★20】


 悪いことをしていないなら,

 自分を疑うがわの人に話すよりも,

 真っ先に,自分の味方である弁護人と作戦を立てる必要があるのです。




 「悪いことをしたなら,黙っているのは人としてまちがっている。正直に話すべきだ」,という人がいます。


 しかし,ウソをつくのならば「人としてまちがっている」と言えますが【★21】

 ウソをつくことと,黙って答えないことは,全くちがいます【★22】


 人としての生き方が正しいかどうかは,法律が決めることではありません。

 どんな生き方をするかは,外から押しつけられるものではなく,自分で選んで決めるものです。

 そして,人としての生き方がどうであれ,刑事事件という法律の問題になっている以上,

 正直に話すのが法律的にプラスなのか,

 正直に話さないと法律的にマイナスになるのか,

 話すとしたら何をどこまで話すのか,ということを,

 まずは,自分の味方の法律家である弁護士に相談することが必要なのです。




 最高裁は,「憲法が黙秘を認めているのは,刑事事件でマイナスになることについてだけ」と言っています【★23】

 でも私は,その解釈はおかしいと考えています。

 上に書いたように,「自分のことは自分で決める,他の人から強制されない」のですから,

 刑事事件以外の場面,たとえば親や先生から何かを聞かれたときも,

 答えたくないことは答えない,話したくないことは話さない,ということは認められなければならないはずです。



 「怒らないから正直に話しなさい」と親や先生に言われて,正直に話したらこっぴどく怒られた。

 そんな理不尽(りふじん)な思いをしたことのある人も,多いのではないでしょうか。


 私が担当したケースの中には,

 学校のテストでカンニングを疑われて,やっていないと一生懸命説明しているのに先生たちに信じてもらえず,

 長時間にわたる事情聴取を受けたあと,自ら命を絶った生徒もいます【★24】


 力を持っている相手,しかも,自分を罰しようとしてくる相手が,あなたの話をきちんと聞いてしっかり受け止めてくれるとは限りません。

 むしろ,そうでないことのほうが,とても多いのです。

 だからこそ,そういう力を持っている相手に話し始める前に,

 まずは,あなたの話にしっかり耳を傾ける立場の人に相談することが大切です。



 まわりの大人や,ニュースでみかける偉(えら)い人たちを,よく観察してみてください。

 「お答えを差し控(ひか)えさせていただきます」というフレーズを,よく耳にしませんか。

 ほかにも,ごにょごにょと何かを答えているようでいて,実際には,聞かれたことに正面から何も答えずにはぐらかして終わっている,

 そんな大人が多いことにも,気がつくと思います。

 人としての生き方がどうであれ,責任ある立場ならきちんと答えなければいけないはずの場面でも,

 力を持っている大人たちは,質問に正面からきちんと答えません。

 それなのに,子どもだと,力を持っている大人にむりやり答えさせられ,黙っていることが許されない,というのではおかしいと,私は思います。




【★1】 憲法82条1項 「裁判の対審(たいしん)及び判決は,公開法廷でこれを行ふ(う)」
【★2】 人定質問(じんていしつもん)と言います。
 刑事訴訟規則196条 「裁判長は,検察官の起訴状の朗読(ろうどく)に先だち,被告人に対し,その人違(ひとちがい)でないことを確かめるに足りる事項を問わなければならない」
【★3】 起訴状朗読と言います。
 刑事訴訟法291条1項 「検察官は,まず,起訴状を朗読しなければならない」
【★4】 黙秘権の説明を,権利告知(けんりこくち)と言います。
 刑事訴訟法291条4項 「裁判長は,起訴状の朗読が終った後,被告人に対し,終始(しゅうし)沈黙(ちんもく)し,又は個々の質問に対し陳述(ちんじゅつ)を拒(こば)むことができる旨(むね)その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上,被告人及び弁護人に対し,被告事件について陳述する機会を与えなければならない」
 刑事訴訟規則197条1項 「裁判長は,起訴状の朗読が終った後,被告人に対し,終始沈黙し又個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨の外(ほか),陳述をすることもできる旨及び陳述をすれば自己に不利益な証拠ともなり又利益な証拠ともなるべき旨を告げなければならない」
【★5】 権利告知のあと,被告人・弁護人の陳述があります(【★4】の刑事訴訟法291条4項参照)。人定質問,起訴状朗読,権利告知,被告人・弁護人の陳述の4つの手続を,あわせて「冒頭手続(ぼうとうてつづき)」と言います。
【★6】 刑事訴訟法198条1項 「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者(ひぎしゃ)の出頭を求め,これを取り調べることができる。…(略)」
 同条2項 「前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思(いし)に反(はん)して供述(きょうじゅつ)をする必要がない旨を告げなければならない」
 犯罪捜査規範169条1項 「被疑者の取調べを行うに当たっては,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない」
 同条2項 「前項の告知は,取調べが相当期間中断した後再びこれを開始する場合又は取調べ警察官が交代した場合には,改めて行わなければならない」
【★7】 少年審判規則29条の2 「裁判長は,第1回の審判期日の冒頭において,少年に対し,供述を強(し)いられることはないことを分かりやすく説明した上,審判に付すべき事由の要旨を告げ,これについて陳述する機会を与えなければならない」
【★8】 憲法38条1項 「何人(なんぴと)も,自己に不利益な供述を強要されない」
 (注;憲法38条1項は)「アメリカ合衆国憲法修正5条の自己負罪拒否(じこふざいきょひ)の特権に由来する」(芦部信喜「憲法第6版」252頁)
【★9】 「憲法38条1項は『何人も,自己に不利益な供述を強要されない』とする。(略)刑事訴訟法は,より広く『自己の意思に反して供述する必要がない』旨,あるいは『質問に対して陳述を拒むことができる』旨が定められている」(長谷部恭男「憲法」256頁)
【★10】 子どもの権利条約40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,」更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担(にな)うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条2項 「このため,締約国は,国際文書の関連する規定を考慮して,特に次のことを確保する。 (略) (b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は,少なくとも次の保障を受けること。 (略) (iv) 供述又は有罪の自白を強要されないこと。 (略)」
 少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)7.1 「無罪の推定,犯罪事実の告知を受ける権利,黙秘権,弁護人依頼権,親や保護者の立会権,証人尋問権(証人と相対し反対尋問する権利),上級の機関に不服を申し立てる権利などの基本的な手続的保障は,手続のあらゆる段階で保障されなければならない」
【★11】 例えば日本でも,江戸時代は,有罪にするには自白が必要だったので,自白を得るための拷問が行われていました。
 「『吟味詰り之口書』は,書面に轉換された被疑者の自白である。これが原則として有罪判決に必要であるということは,拷問による自白强制が不可避であったことを意味する」(平松義郎「近世刑事訴訟法の研究」775頁)
【★12】 「戦前の刑事手続においては,『絶対主義』・『必罰主義』を内容とする実体的真実主義の原理の故もあって,自白取得のため拷問・脅迫等が絶えなかった。…旧憲法下においても,法律上,拷問・脅迫は禁止されていたが,黙秘権や自白の証拠能力・証明力の制限は保障されていなかった。それ故,『自白は証拠の王である』として,自白取得のために禁止されている拷問等が絶えなかった」(芦部信喜「憲法Ⅲ人権(2)」208頁)。
 「大正刑訴法は,捜査機関の権限を拡大・強化することによって,人権蹂躙(じゅうりん)の発生を防止しようとしたものであった。しかし,大正刑訴法の施行後においても,政府の意図とは裏腹に,人権蹂躙事件が頻発することになる。…検挙された者に対する取調べに際しては,かなりの拷問が用いられている。たとえば,竹刀で悶絶(もんぜつ)するまで殴る,指の間に鉛筆を挟んで縛めつける,三角柱の柱の上に座らせて膝の上に石を置く,生爪を剥(は)ぐ,熱湯に手を入れさせる,天井から逆様に吊るし鼻の穴に唐辛子を入れる等々である」(多田辰也「被疑者取調べとその適正化」103頁)
【★13】 憲法36条 「公務員による拷問及び残虐(ざんぎゃく)な刑罰は,絶対にこれを禁ずる」
【★14】 憲法38条2項 「強制,拷問若(も)しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留(よくりゅう)若しくは拘禁(こうきん)された後の自白は,これを証拠とすることができない」
【★15】 憲法38条3項 「何人も,自己に不利益な唯一(ゆいいつ)の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない」
【★16】 「黙秘すなわち,供述拒否が憲法上の適正手続権として保障されなければならない理由は…第三に,黙秘権を保障しないと,取調べが糾問的(きゅうもんてき)で過酷なものになり,被疑者の身体の安全や自由に危険が生じたり,虚偽(きょぎ)の自白がなされたりするおそれが高まるという,歴史的な要求という側面もある」(渕野貴生「黙秘する被疑者・被告人の黙秘権保障」季刊刑事弁護79号11頁)
【★17】 (注:旧刑事訴訟法の下でも自白義務がなかったことを指摘し,それでも実際に敗戦まで黙秘権が尊重されず時に拷問がなされていた,という佐伯千仭博士の問題提起を紹介したうえで)「旧刑事訴訟法の下でも(規範的,倫理的には)黙秘権が保障されていたことを指摘するのは,黙秘権の普遍的(ふへんてき)な正確を理解するうえで,正しい議論の仕方だと思います。ただし他方で,そのような指摘や議論の仕方は,『黙秘権を保障するかどうかは,被疑者・被告人に法律上・事実上の供述義務…を課さないことを認めるかどうかであり,それに尽きる』という理解を伴いがちです。…そのような黙秘権の理解は,戦後の日本国憲法…の下では,不十分・不適切なものになるといわねばなりません。すなわち,黙秘権という権利の意義ないし機能として,供述義務を課さない…という消極的なものだけを考えてしまうのは不十分・不適切であって,現在ではむしろ,克服(こくふく)されなければならないものだと思うのです」(高田昭正「黙秘権について 歴史的意義と現代的意義」季刊刑事弁護38号64頁)
【★18】 「黙秘権の本質は,個人の人格の尊厳に対する刑事訴訟の譲歩(じょうほ)にある。人格は自律を生命とする。自己保存の本能を克服(こくふく)して,自己を進んで刑罰に服させるのは崇高(すうこう)な善であり,人はそのように行為する道徳的義務を持つ。それは極めて崇高な道徳的義務である。しかし正(まさ)にその故に他からの強制を許さない。ただ各自の自発的行為にまつだけである。この故に,積極的に自己を有罪に導く行為をとることを法律的に強制しない。まして国家は,個人を保護するためにのみ存在するものである。その目的達成のための手段として,個人の人格を侵害するというのは,自己矛盾である。黙秘権とは,このような人格の尊厳に対して刑事訴訟が譲歩した『証拠禁止』である。その供述が信憑性(しんぴょうせい)に乏しく,誤判に導く虞(おそれ)があるためにつくられた『証拠法則』ではない」(平野龍一「刑事法研究第3巻 捜査と人権」94頁)
 「黙秘権は人間の尊厳に由来する。被疑者は,拷問によって供述を強要されないというにとどまらず,供述するか供述しないかの自由な自己決定権をもっている」(田口守一「刑事訴訟法第7版」139頁)
 (注:黙秘権の現代的意義について)「一つは,田宮博士が明確に述べられた,黙秘権の絶対的性格です。被疑者・被告人の黙秘権は他の何ものかによってその存在を条件づけられたり,制約を受けたりする権利ではないこと…が確認されねばなりません。すなわち,個人の尊厳や自律性,人格の不可侵性の…現れとして黙秘権は(その存在と内容を)正当化されるのです。ですから,黙秘権を確立しなさいという要求は,そのような『個人の尊厳と自律性を根拠とする論理構造(絶対的性格)』をもつ被疑者・被告人の権利を保障しなさいという要求をすることなのです」(高田昭正「黙秘権について 歴史的意義と現代的意義」季刊刑事弁護38号67頁)
 「黙秘すなわち,供述拒否が憲法上の適正手続権として保障されなければならない理由は,第一に,それが自己防衛本能ともいうべき,人間の,というより生物の本質に根ざしたものであることにある。…自己を破壊するような行動をするように迫ることは,人間の尊厳を踏みにじることになる。だから,そうしなくても済むように供述の提供を拒否できることを権利として保障する必要があるのである」(渕野貴生「黙秘する被疑者・被告人の黙秘権保障」季刊刑事弁護79号11頁)
【★19】 「黙秘権を保障するということは,自分が何を話すのかについて少年の自己決定を尊重するということであり,少年を一個の独立した人格として認めることにほかならない。そうであるとすれば,弁護人・付添人が黙秘することの意味と必要性について少年に十分に説明し,その説明により,少年が自分には供述するか否かを自分の判断で決める権利があるのだと認識し,理解したうえで黙秘を選択したとすれば,それは少年が自ら選び取った決断である。少年が自己の人生に関わる出来事について,そのような決断の経験を経ることは,少年の人格と発達を促進することになる」(村中貴之「少年事件と黙秘」季刊刑事弁護79号31頁)
【★20】 後藤貞人「黙秘権行使の戦略」季刊刑事弁護79号19頁
【★21】 「ウソをつくのは犯罪?」の記事も見てください。
【★22】 「被疑者に黙秘権を与えるのは,道徳に反する--罪を犯したのであれば,いさぎよく告白すべきであるし,無実であれば,真実を述べて疑いを解くべきである--という主張がある。法律家でない一般の国民には,むしろ根強い考え方であるかも知れない。しかし,これは,ともすれば自白の追及に傾きやすい捜査の現実に対する認識の不足に基づいている。そして,黙秘権は,供述しないことを許すだけであって,『虚言(きょげん)の自由』を認めるものではないから,不道徳でもない」(松尾浩也「刑事訴訟法上・新版」119頁)
【★23】 最高裁大法廷昭和32年2月20日判決・刑集11巻2号802頁 「いわゆる黙秘権を規定した憲法38条1項の法文では,単に『何人も自己に不利益な供述を強要されない。』とあるに過ぎないけれども,その法意は何人も自己が刑事上の責任を問われる虞(おそれ)ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは,この制度発達の沿革に徴して明らかである」
 「黙秘しうる事実は,刑事責任を負わせ又は過重するような事実に限られる。…わが憲法はただ『不利益な供述』として,何らの限定をも設けていないから,刑事責任に限定する理由はない,という反対論がある。しかし,わが法も規定の位置からいって刑事に関するものであることは明らかであ(る)」(平野龍一「刑事法研究第3巻 捜査と人権」98頁)
 なお,最高裁は,憲法38条1項について,「純然たる刑事事件においてばかりではなく,それ以外の手続においても,実質上,刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には,ひとしく及ぶ」としています(川崎民商税務検査拒否事件。最高裁大法廷昭和47年11月22日判決・刑集26巻9号554頁)。
【★24】 「先生の指導を受けて死にたいほどつらい」の記事を見てください。
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2022年4月 1日 (金)

成人年齢の引下げで少年法はどうなったの?


 成人年齢の引下げで,少年法はどうなったんですか? 18歳・19歳も,犯罪をしたら大人と同じように処罰されることになったんですか?




 成人年齢が18歳に引き下げられましたが,

 犯罪をした18歳・19歳は,引き続き少年法の対象のままとなりました。

 なので,18歳・19歳の人が刑務所ではなく少年院に行くことがあるのは,変わりません。

 ただ,これまでとちがって,18歳・19歳が大人の扱いに近づいたことが,いくつかあります。




 大人になる歳(成人年齢)は,「民法」という法律で決められています。


 その民法は,いままでずっと「20歳で大人」としていました。

 それが改正されて,2022(令和4)年4月1日から,「18歳で大人」になりました【★1】

 民法で大人として扱われるというのは,「法律的なことを自分一人でする」という意味です。

 くわしくは,「成人年齢が18歳になると何が変わるの?」の記事に書いていますので,読んでみてください。



 犯罪をした子どもの裁判の手続は,「少年法」という法律で決められています。

 その手続は,大人とは大きくちがいます。


 大人の刑事裁判は,公開の手続です【★2】

 裁判所が判決で言い渡すのは「罰金を払いなさい」「刑務所に行きなさい」などの刑罰です【★3】


 これに対して,子どもの裁判は,少年審判という非公開の手続です【★4】

 裁判所が言い渡すのも,「保護司さんのところに通いなさい」「少年院に行って教育を受けなさい」という処分です【★5】

 ただ,重い犯罪の場合には,子どもであっても,大人と同じ裁判で刑罰を受けることがあります(あとでお話しする「逆送(ぎゃくそう)」)【★6】

 そして,犯罪をしたときに18歳以上だと,死刑が言い渡されることもあります【★7】


 少年審判,少年院,死刑については,それぞれ次の記事にくわしく書いていますので,読んでみてください。

 「子どもの犯罪の裁判に国選の弁護士は付くの?」

 「少年院ってどんなところ?」

 「子どもでも死刑になるの?」




 少年法という名前のとおり,犯罪をした人の裁判の手続は,「大人かどうか」で大きくちがいます。

 そして,民法が「18歳で大人」と変わるのに合わせて,少年法についても,

 「大人でなくなるのだから,少年法の対象から外すべきではないか」

 「悪いことをした18歳・19歳を子ども扱いせず,厳しく責任を負わせるべきではないか」

 と,ずっと議論されてきました。


 しかし,「少年院ってどんなところ?」の記事に書いたように,

 これまで実際に少年院に入るのは,18歳・19歳の人がとても多く【★8】

 家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,少年院が最後の「育て直し」のチャンスになってきました。

 たとえ犯罪自体は軽くても,少年院で育て直しを受けることがありましたし,

 犯罪をしていなくても,(あとでお話しする,このままでは犯罪をするかもしれない「ぐ犯」として)少年院で育て直しを受けることもありました。


 もし,少年法の対象の年齢が下がり,18歳・19歳が少年院に入れなくなってしまうと,

 犯罪をしても,軽い犯罪だと裁判にかけられないままだったり【★9】

 「執行猶予(しっこうゆうよ)」の判決だと,裁判さえ終わればあとはそのまま社会に放り出されるだけだったり【★10】

 刑務所で刑罰を押しつけられるだけだったりします。

 それでは,最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。

 それは,その人自身にとっても,社会にとっても,マイナスです。


 だから,民法で「18歳で大人」となったあとも,

 犯罪をした18歳・19歳は,引き続き少年法の対象のままで,少年院で「育て直し」が受けられることになりました【★11】




 もっとも,少年法が全く変わらなかったわけではありません。

 2022(令和4)年4月に民法が「18歳で大人」にするのに合わせて,

 少年法も,18歳・19歳の人の扱いを変えました。

 18歳・19歳を「特定少年」と呼んで,17歳以下の子どもと区別し,大人の扱いに近づけられたことが,いくつかできたのです【★12】



 たとえば,18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの1つめに,大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受ける事件の範囲が広くなったことがあります。


 子どものときにした犯罪でも,大人と同じ刑事裁判を受けることは,これまでもありました。

 これを,「逆送」と言います。

 「この子には,保護や教育よりも刑罰が必要だ」と家庭裁判所が考えると,そうなります。

 逆送は,やってしまったことの中身や,その子の反省の深さ・浅さ,性格や年齢,その子の周りのことなど,いろんなことをもとに判断されます。

 なかでも,16歳以上の子どもで,故意に(わざと)人を死なせた非常に重い犯罪のときには,逆送して,大人と同じ刑事裁判に「しなければならない」ということになっています。例えば,殺人罪や傷害致死(しょうがいちし)罪などです【★6】


 これに加えて,18歳・19歳の特定少年は,「逆送しなければならない」範囲が広がりました。

 18歳・19歳は,故意に人を死なせた非常に重い犯罪だけでなく,強盗(ごうとう)罪や強制性交等罪,放火罪などの一定の重い犯罪も,「逆送して,大人と同じ刑事裁判にしなければならない」ということになったのです【★13】



 18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの2つめに,実名報道があります。


 少年法は,犯罪をした子どもについて,「それがだれかわかるような記事や写真を載せてはいけない」と決めています【★14】

 なぜそう決めているかは,「少年事件で実名報道されないのはどうして」の記事を読んでみてください。


 これが,これからは,18歳・19歳の特定少年は,逆送されて大人と同じ刑事裁判が始まった後は,実名報道が認められることになりました【★15】



 18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの3つめに,「ぐ犯」がなくなったことがあります。


 少年法は,子どもが犯罪をしていなくても,「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で警察から家庭裁判所に送られ,少年審判を受け,場合によっては少年院に送られることもあります。

 これを,「ぐ犯」と言います。

 保護者の正しい指示に従わない,無断外泊をくりかえす,悪い人たちと付き合っている,そういう子どもたちに,犯罪を犯さない人に育ってもらいたい。

 少年法はそういう考えから,「ぐ犯」も対象としています【★16】


 しかしこれからは,18歳・19歳の特定少年は,「ぐ犯」では,家庭裁判所で送られて少年審判を受けたり,少年院に送られたりすることはなくなりました【★17】



 いままで挙げた3つのほかにも,18歳・19歳の特定少年の扱いがいろいろと変えられました。



 18歳・19歳も少年法の対象のままとなったのは,とても良かったと私は思います。

 しかし,「特定少年」として扱いを変えたところの議論は不十分なままでしたし,

 大人の扱いに近づけられたことで,本人の育て直し・立ち直りの機会が奪われ,社会にとってもマイナスにならないかと心配しています。

 そして,一番問題なのは,「少年法は,10代の人たちのルールの話なのに,そのルールをどう変えるかについて,当の10代の人たちときちんと話をしていないこと」だと,私は思っています。



 新しい少年法は,5年後に見直すことになっています【★18】

 そのときには,きちんと10代の人たちと一緒に,法律がどうあるべきかを話し合うべきだと思います。




【★1】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★2】 憲法82条1項 「裁判の対審(たいしん)及び判決は,公開法廷でこれを行ふ(う)」
【★3】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★4】 少年法22条2項 「審判は,これを公開しない」
【★5】 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもつて,次に掲げる保護処分をしなければならない。…
一 保護観察所の保護観察に付すること。
二 児童自立支援施設又は児童養護施設に送致すること。
三 少年院に送致すること。」
【★6】 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同条2項 「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
 少年法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★7】 少年法51条1項「罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては,死刑をもって処断(しょだん)すべきときは,無期刑(むきけい)を科する」
 国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)6条5項 「死刑は,18歳未満の者が行った犯罪について科しては……ならない」
 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)37条 「締約国(ていやくこく)は,次のことを確保する。(a)いかなる児童も,拷問(ごうもん)又は他の残虐(ざんぎゃく)な,非人道的な若(も)しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないこと。死刑又は釈放(しゃくほう)の可能性がない終身刑は,18歳未満の者が行った犯罪について科さないこと。(以下略)」
【★8】 少年矯正統計少年院2020年「9 少年院別 新収容者の年齢」 2020(令和2)年の総数1624人のうち,12歳以下:1人,13歳:2人,14歳:42人,15歳:96人,16歳:218人,17歳:365人,18歳:407人,19歳:492人,20歳以上:1人
【★9】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★10】 大人の刑事裁判では,「執行猶予(しっこうゆうよ)」と言って,「本来は刑務所に行かないといけないが,ある期間中,何も犯罪をしなければ刑務所に行かなくて良い。逆に,その期間に新しい犯罪をしたら,今回の事件の分と,新しい犯罪の事件の分を合わせて刑務所に行かないといけない」,という判決が言い渡されることがあります。少年審判では,少年院に行かない子でも,「保護観察」といって,一定の期間,保護司さんのサポートを受けることになります。大人の刑事裁判の「執行猶予」にも「保護観察」をつけることができますが,保護観察がつく実際の数は少ないです。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若(も)しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。ただし,次条第1項の規定により保護観察に付せられ,その期間内に更に罪を犯した者については,この限りでない。」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★11】 少年法2条 「この法律において「少年」とは,20歳に満たない者をいう。」
【★12】 少年法第5章「特定少年の特例」。同法62条1項に「特定少年(18歳以上の少年をいう」)と定義されています。
【★13】 少年法62条2項 「…家庭裁判所は,特定少年に係る次に掲げる事件については,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機,態様及び結果,犯行後の情況,特定少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない。
一 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係るもの
二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の事件であつて,その罪を犯すとき特定少年に係るもの(前号に該当するものを除く。)」
【★14】 少年法61条 「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については,氏名,年齢,職業,住居,容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」
【★15】 少年法68条 「第61条の規定は,特定少年のとき犯した罪により公訴を提起された場合における同条の記事又は写真については,適用しない。…」
【★16】 少年法3条1項「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
三 次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★17】 少年法65条1項 「第3条第1項(第三号に係る部分に限る。)の規定は,特定少年については,適用しない」
【★18】 少年法附則(令和3年5月28日法律第47号)8条 「政府は,この法律の施行後5年を経過した場合において,この法律による改正後の規定及び民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)による改正後の規定の施行の状況並びにこれらの規定の施行後の社会情勢及び国民の意識の変化等を踏まえ,罪を犯した18歳以上20歳未満の者に係る事件の手続及び処分並びにその者に対する処遇に関する制度の在り方等について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」

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2021年8月 1日 (日)

少年院ってどんなところ?

 

 少年院ってどんなところですか? 刑務所とどうちがうんですか?

 

 

 

 少年院は,犯罪をした子どもや,犯罪をするかもしれない子どもを,立ち直らせるための施設です【★1】。


 12歳や13歳の子どもでも,少年院に入ることは,ありえます【★2】

 しかし実際は,少年院に入る時の子どもの年齢は,16歳から19歳が,ほとんどです
【★3】【★4】


 少年院にいる期間は,1年くらいが基本です【★5】【★6】

 でも,本人の立ち直りが遅かったり,少年院を出た後の受け入れ先がなかったりすると,2年くらいまで伸びることもあります
【★7】

 (最初から半年以内を目安として少年院に送られるケースもあります
【★8】。)


 なので,18歳や19歳で少年院に入り,少年院の中で20歳の誕生日を迎える,という人が,たくさんいます【★9】

 つまり,少年院の中には,20歳以上の人も多くいるのです。

 少年院にいられる上限は,22歳の最後の日までです
【★10】

 ただ,そのぎりぎりまで少年院にいることは,まずありません。



 病気などで医療が必要な人には,そのための少年院があり,

 そこは,25歳の最後の日までが,上限です
【★11】


 少年院も,刑務所と同じように,

 中のルールがとても厳しく,自由はとても少ないです。

 1日の生活の流れが決まっていて
【★12】

 他の人との私語もダメですし,

 号令にしたがって,きびきびと動かなければいけません
【★13】


 しかし,少年院は,刑務所とは,とても大きなちがいがあります。


 刑務所で受けるのは,仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」という,「刑罰」です【★14】

 でも,少年院で受けるのは,「刑罰」ではありません【★15】

 少年院で行われるのは,「教育」です
【★16】


 きちんとした社会のメンバーとなるための知識や態度を身につける生活指導では,

 職員と面接したり,日記・作文を書いたりして,自分自身と向き合います
【★17】

 働こうという気持ちを高めて,働くための知識や技術を身につける職業指導では,

 溶接や機械運転,パソコンなどの資格を取る人もいます
【★18】

 教科指導では,生活を送るうえで必要になる学力を身につけることができ,高卒認定試験を通る人もいます
【★19】


 そういった教育が,集団生活の中で行われます【★20】


 少年院の職員の人たちは,厳しく,そして熱く,子どもたちと向き合います【★21】


 家や学校,地域の中で,大人たちから大切な存在として扱われず,居場所がなかった子どもたち。

 その多くが,少年院での「教育」,職員との出会いとかかわりを通して,立ち直っていきます
【★22】

 そして,社会に戻るためのサポートを受けて,少年院から巣立っていきます
【★23】


 私たち弁護士は,犯罪をしてしまった子どもが,少年院に行かなくても社会の中で立ち直れるようにと,活動することが多いです。

 「少年院は,子どもが立ち直るための,一番最後の場所であって,

 かんたんに子どもを少年院に入れてはいけない」,

 世界も,そう確認しています
【★24】

 でも,少年院は,そういう一番最後のだいじな施設だからこそ,

 そこに入った子どもたちに,本当に真剣に向き合っています
【★25】


 少年院での「教育」が,刑務所の「刑罰」よりもラクだ,などということはありません。

 刑務所の「刑罰」は,その人をこらしめるためのもの,その人の外から押し付けられるものです。

 でも,少年院での「教育」は,その人が立ち直るよう,その人が自分自身の中から変わっていくことを,厳しく求められます
【★26】

 そこに甘やかしはありませんし,けっしてラクなものなどではありません。



 先日,私の引率で少年院を見学した大学1年生が,こう話してくれました。

 「たしかに厳しい環境だけれど,それより前に見学した刑務所とちがって,

  少年院は,全寮制の学校のような印象が,深く心に残った。

  ここで子どもたちが『育て直し』をされているのだと思った」。

 それは,18年前,私が大学1年生のときに,初めて刑務所と少年院の両方を見学して受けた印象と,同じです。



 ところが,

 そうやって少年院の現場を実際に訪れることもなく,

 少年院にいた人たちや,少年院の職員たちの話を知ろうともしないで,

 「大人とちがい,1年や2年のあいだ少年院にいるだけで社会に戻れるなんて,犯罪をおかした子どもに,法律は甘い。もっと厳しくするべきだ」,

 そう考える人がいます。



 もともとむかしから,事件によっては,20歳になっていない人でも,少年院ではなく刑務所に送られることは,ありました【★27】

 しかし,「法律が甘い」という声を受けて,子どもたちが刑務所に送られやすい方向に,これまでも少年法は変えられていました
【★28】


 そして,最近,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられ,

 さらに,成人年齢も20歳から18歳に引き下げられたのに合わせて,

 「少年法も改正して,少年院に入れる年齢の上限を下げて,

 犯罪をした18歳・19歳は,大人と同じ責任を負わせるべきだ」,

 そういう議論が出てくるようになりました。



 今の少年法なら,18歳・19歳に,少年院での最後の「育て直し」のチャンスがあります。

 でも,もし,そんなふうに少年法が改正され,少年院に入れる年齢の上限が下がってしまうと,

 犯罪をしても,裁判にかけられないままで終わってしまったり
【★29】

 裁判さえ終われば,あとはそのまま社会に放り出されるだけになってしまったり
【★30】

 刑務所で刑罰を押し付けられるだけになってしまったりして,

 最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。



 そんな法改正が,はたして,

 それまで家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,良いことなのかどうか,

 私たちのこの社会にとって,本当に良いことなのかどうか,

 それを,実際に多くの18歳・19歳を「育て直し」ている少年院をよく見て,皆さんに考えてみてほしいと思います
【★31】


 (2021(令和3)年5月の少年法改正では,18歳・19歳も引き続き少年法の対象になりましたが,18歳未満の子どもと比べて「育て直し」のチャンスが薄くなる問題があります。【★32】

 

 

 

【★1】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,少年院に送られることもあります。これを「ぐ犯」と言います。
少年法3条「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由(じゆう)があって,その性格又(また)は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為(こうい)をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖(せいへき)のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附(つ)かないこと
 ハ 犯罪性のある人若(も)しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★2】 少年法の厳罰化(げんばつか)の流れを受けて,平成19年(2007年)5月成立・同年11月施行の改正少年法で,少年院に送られる子どもの年齢が,12歳に引き下げられました。ただし,12歳,13歳は,特に必要がある場合だけ,少年院に送られることになっています。
 同法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★3】 少年院に送る判断がされるのは,家庭裁判所の審判という手続の中です。この審判は,20歳を超えてしまうとできません。
 少年法2条1項 「この法律で『少年』とは,20歳に満たない者をいい…(略)」
 同法3条1項 「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に処する。(略)」
 同法19条2項 「家庭裁判所は,調査の結果,本人が20歳以上であることが判明したときは,……決定をもって,事件を管轄(かんかつ)地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致(そうち)しなければならない」
 同法23条3項 「第19条第2項の規定は,家庭裁判所の審判の結果,本人が20歳以上であることが判明した場合に準用(じゅんよう)する」
【★4】 少年矯正統計少年院2014年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人,14歳:171人,15歳:310人,16歳:566人,17歳:608人,18歳:602人,19歳:605人,20歳以上:1人
【★5】 平成26年の長期処遇(しょぐう)対象者のうち,仮退院までの平均在院日数は,397日でした(少年矯正(きょうせい)統計少年院2014年「40 少年院別 仮退院者の在院期間(長期処遇対象者)」)。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
【★6】 以前は,「長期処遇」「一般短期処遇」「特修短期処遇」という処遇区分がありましたが,平成26年(2014年)に成立し,平成27年(2015年)6月から施行されている新しい少年院法では,どのような矯正教育の内容を重点的に行うのか,その程度の期間を標準として矯正教育を行うのか,を規定した「矯正教育課程」のわくぐみに変わりました(少年院法30条。法務省矯正局編「新しい少年院法と少年鑑別所法」69頁)。
【★7】 法務大臣平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令(くんれい)」(法務省矯少訓第2号)の別表1の矯正教育課程の「標準的な期間」は,短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)以外,どれも「2年以内の期間」となっています。
 http://www.moj.go.jp/content/001151845.pdf
【★8】 〔★7〕の短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)の「標準的な期間」は,「6月以内」です。
 法務省矯正局長平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令の運用について(依命通達)」(法務省矯少第92号)「2 第1種少年院における在院者の矯正教育課程の指定」「(1)短期義務教育課程又は短期社会適応課程」「ア 一般的な取扱い 家庭裁判所において,送致すべき少年院として第1種が指定され,かつ,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を履修(りしゅう)させるべき特性を考慮して,これらの矯正教育課程の標準的な期間(6月以内)を矯正教育の期間として設定することが適当であるとする旨の勧告が付された場合は,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を指定すること。なお,少年院送致の保護処分歴がある場合には,短期義務教育課程又は短期社会適応課程の在院者の類型である『その者の持つ問題性が単純又は比較的軽く,早期改善の可能性が大きいもの』には該当しないこと」「イ 14歳未満の在院者について 14歳未満の在院者については,義務教育を終了しない者ではあるものの,原則として短期義務教育課程は指定しないが,次のいずれにも該当する場合において,相当と認めるときは,同課程を指定することができること。(ア)中学校2年生に該当する年齢であること。(イ)心身の発達の程度を考慮して14歳以上の在院者との同一の集団での矯正教育の実施に著しい支障が認められないこと」 http://www.moj.go.jp/content/001151846.pdf
【★9】 少年院法137条1項 「少年院の長は,保護処分在院者が20歳に達したときは退院させるものとし,20歳に達した日の翌日にその者を出院させなければならない。ただし,少年法第24条第1項第三号〔★10〕の保護処分に係る同項の決定のあった日から起算して1年を経過していないときは,その日から起算して1年間に限り,その収容を継続することができる」
 少年院送致決定から1年以上さらに収容する場合には,家庭裁判所が,収容継続審判をします。
 同法138条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の心身に著しい障害があり,又はその犯罪的傾向が矯正されていないため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨の決定の申請をしなければならない。 一 前条第1項本文の規定により退院させるものとされる者 20歳に達した日 二 前条第1項ただし書の規定により少年院に収容することができる期間…が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が23歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★10】 少年院法4条1項 「少年院の種類は,次の各号に掲げるとおりとし,それぞれ当該各号に定める者を収容するものとする。
 一 第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著(いちじる)しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(次号に定める者を除く。)
 二 第2種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がない犯罪的傾向が進んだおおむね16歳以上23歳未満のもの
 三 第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの
 四 第4種 少年院において刑の執行を受ける者」
【★11】 以前は「医療少年院」と呼んでいたもので,今は「第3種」の少年院です(少年法4条1項三号。〔★10〕)。
 少年院法139条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の精神に著(いちじる)しい障害があり,医療に関する専門的知識及び技術を踏(ふ)まえて矯正教育を継続して行うことが特に必要であるため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨(むね)の決定の申請をしなければならない。 一 家庭裁判所が前条第2項…の規定により定めた少年院に収容する期間が23歳に達した日に満了する者 23歳に達した日 二 家庭裁判所が次項…の規定により定めた少年院に収容する期間(当該期間の末日が26歳に達した日である場合を除く。)が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が26歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★12】 多摩少年院の場合の一日の流れは次のとおりです(同院パンフレット)。
  7:00 起床
  7:30 洗面,身辺整理,朝食,役割活動
  9:00 朝礼
  9:15 教育活動
 12:00 昼食
 13:30 教育活動
 17:00 夕食
 18:00 集会,教養講話
 19:00 自己計画学習,日記記入
 20:00 テレビ視聴
 21:00 1日の反省
 21:15 就寝
【★13】 「僕が入っていた当時の少年院はどんな場所だったのかというと。
 一,少年院の中では基本的に私語厳禁。『あつい』『きつい』などの独り言もダメ。
 一,院生同士での手紙のやり取り,目で合図を送るなどの通信は禁止。
 一,廊下を歩く際には,スリッパをペタペタさせない。また,よその部屋を覗(のぞ)かない。
 一,集団トイレの使用は,各部屋ごとに決められた時間で用を済ますこと。
 一,テレビ鑑賞の時間は,大きな声で笑わない。
 一,就寝時は,眠りに入るまで天井を向いて目を閉じること。
 生活面の規則は,他にもまだたくさんあった。その上,院内では部屋から一歩外へ出ると,次のような集団行動を行わなければならなかった。
 一,『気をつけ』の姿勢は背筋をピンと張って,両手の中指をズボン横の縫(ぬ)い目に沿わせる。
 一,『前へならえ』の姿勢は,ならえの『な』の号令が聞えると同時に,素早く両手を前へ出す。この時,親指は曲げて,手の平にくっ付けておく。
 一,『礼』の姿勢は,背筋を張ったまま上半身を斜め45度に倒す。視線は3歩先を見るようにし,心の中で『1,2,3』と数えた後,サッと頭を上げる。
 規則を数えればきりがないが,このような生活を日々実践(じっせん)させられるわけだ。
 だが,少年院はこればかりではない。『ハイ!』『有難うございます!』『失礼します!』『すみません!』と力いっぱい大きな声で返事をしなければならず,教官は僕たちに徹底して躾(しつけ)を教え込んだ」(「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)126頁,吉永拓哉「少年院卒元ヤンブラジル新聞記者の人生」)
【★14】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★15】 ただし,一応法律上は,少年院で刑の執行を受けることも,ありうることになってはいます。これは,少年法の厳罰化の流れを受けて,平成12年(2000年)11月改正・平成13年(2001年)4月施行の改正少年法で,14歳・15歳も大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受けることがありうるとされたことに関連します。いままでも16歳以上の子どもが大人と同じ刑罰を受けることはありました。その場合,少年刑務所という,大人とは違う刑務所で,刑の執行を受けます。しかし,14歳・15歳の子どもは,刑の執行を受けるとはいっても,まだ教育が必要な年齢です。なので,16歳にまるまでは少年院で刑の執行を受けることとし,その間は「矯正教育を授ける」ということになったのです。少年院法4条1項〔★10〕の第4種の少年院が,これにあたります。ただし,この記事を書いている現時点で,この規定に基づいて少年院で刑の執行を受けている人はいません。
 少年法56条1項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた少年…に対しては,特に設けた刑事施設又は刑事施設若しくは留置施設内の特に分界を設けた場所において,その刑を執行する」
 同条3項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた16歳に満たない少年に対しては,…16歳に達するまでの間,少年院において,その刑を執行することができる。この場合において,その少年には,矯正教育を授ける」
【★16】 少年院法3条 「少年院は,次に掲げる者を収容し,これらの者に対し矯正教育その他の必要な処遇を行う施設とする。(略)」
【★17】 少年院法24条1項 「少年院の長は,在院者に対し,善良な社会の一員として自立した生活を営むための基礎となる知識及び生活態度を習得させるため必要な生活指導を行うものとする」
【★18】 少年院法25条1項 「少年院の長は,在院者に対し,勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させるため必要な職業指導を行うものとする」
【★19】 少年院法26条1項 「少年院の長は,学校教育法…に定める義務教育を終了しない在院者その他の社会生活の基礎となる学力を欠くことにより改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる在院者に対しては、教科指導(同法による学校教育の内容に準ずる内容の指導をいう。…)を行うものとする」
【★20】 少年院法38条1項 「矯正教育は,その効果的な実施を図るため,在院者が履修すべき矯正教育課程,第16条に規定する処遇の段階その他の事情を考慮し,在院者を適切な集団に編成して行うものとする」
【★21】 少年院の職員である「法務教官」の皆さんの具体的な話が,毛利甚八著「少年院のかたち」(現代人文社)で読むことができます。
【★22】 少年院を出た人たちが,互いの経験や未来を共有したりして語り合う場として,「NPO法人セカンドチャンス!」を立ち上げています(http://secondchance-tokyo.jimdo.com/)。少年院を出た人たち一人ひとりの話が,「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)で読むことができます。
【★23】 少年院法44条1項 「少年院の長は,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後に自立した生活を営む上での困難を有する在院者に対しては,その意向を尊重しつつ,次に掲げる支援を行うものとする。(略)」
【★24】 少年司法運営に関する国連最低基準規則(1985年,通称「北京ルールズ」)18条1 「権限を有(ゆう)する機関にとって,きわめて多様な処遇方法が利用できなければならない。可能なかぎり最大限,施設収容をさけるために,柔軟性が認められなければならない」
 同規則19条 「少年の施設収容処分は,常に,最後の手段であり,かつ,その期間は必要最小限度にとどめられなければならない」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及(およ)び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条4項 「児童がその福祉に適合し,かつ,その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため,保護,指導及び監督命令,カウンセリング,保護観察,里親委託,教育及び職業訓練計画,施設における他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする」
【★25】 しかし,平成21年(2009年),広島少年院で法務教官たちが少年院に入っている人たちに暴力をふるっていたことが明らかになりました。少年院法という法律は,もともとは,条文の数が少ない法律で,昭和24年(1949年)に施行されてからこれまで,大幅な改正が一度もされずにいたのですが,広島の事件がきっかけとなって,平成26年(2014年)に少年院法が大きく変わりました(平成27年(2015年)6月から施行)。報道では,「初等少年院/中等少年院」「特別少年院」「医療少年院」という名前を「第1種」「第2種」「第3種」に変えたことのほうが取り上げられていますが(「特別少年院」という名前が子どもたちの間で一種のステータスになっていたから,という事情もありました),広島少年院の事件が法改正のきっかけだったことからすれば,少年院にいる人たちの取り扱いについて法律できちんとルールが決められたこと,処遇に不満がある場合の救済のしくみや,外部の人が少年院の状況をチェックするしくみができたことのほうが,重要です。
【★26】 「少年院や保護観察などの教育方法は,少年の生活意識や態度を根本から改めさせるために,少年自身の努力によって非行性を克服させようとするものであり,少年自身にとって非常に厳しい自己錬磨が要求されるのです。そこには甘やかしの要素はほとんど入ってきません。刑罰が,その懲罰的な性格により他律的改善を図る手段であるとすると,保護処分は,自律的改善を少年に強制する手段だということになります」(澤登俊雄「少年法」8頁)
【★27】 大人と同じ裁判にかけるために,事件を家庭裁判所が検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,刑事訴訟を起こします。
 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★28】 むかしは,16歳以上の子どもでなければ逆送はできませんでした。また,16歳以上の非常に重い犯罪でも,事情によっては,必ずしも逆送されるとはかぎりませんでした。
 しかし,大人たちが「少年法は甘い,厳しくするべきだ」と考えた結果,2000年(平成12年)に法律が変えられ,14歳・15歳の子どもでも逆送されうることになり,また,16歳以上の子どもで故意に(わざと)人を死なせた犯罪のときには,必ず逆送しなければならない,というように,厳しくなりました。
 少年法20条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
【★29】 20歳になっていない人の刑事事件については,犯罪をした疑いがないかぎり,すべて家庭裁判所に送られます(「全件送致主義」と言います)。
 少年法42条1項 「検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,…これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である」
 ところが,20歳以上の人の刑事事件については,検察官は,必ず裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
【★30】 少年事件では,家庭裁判所の審判で,少年院には送られずに社会に戻ってよいとされる場合でも,定期的に地元の保護司のところに通う「保護観察処分」となることがほとんどです。
 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 一 保護観察所の保護観察に付すること。(略)」
 しかし,大人の裁判では,「これから数年間まじめに暮らしていれば刑務所に行かなくてもよい」という執行猶予(しっこうゆうよ)の判決であれば,それで終わりです。大人の裁判でも「保護観察」を付けることはありますが,そういう判決になることはとても少ないのが実際です。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。(略)」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ,同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★31】 日弁連2015年(平成27年)2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150220_2.pdf
【★32】 日弁連2021年(令和3年)5月21日「18歳及び19歳の者に関する少年法改正に対する会長声明」
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2021/210521.html

Part1_2

 

 

 

2021年7月 1日 (木)

彼女が電車で痴漢に遭った

 

 付き合っている彼女が,昨日,電車で痴漢(ちかん)に遭(あ)いました。その場で叫(さけ)んだので,犯人は捕まったみたいです。彼女は警察で長時間事情を聞かれたのに,また明日も警察に呼ばれてるそうで,「ほんとうは行きたくない」と悩んでます。行かなくても特に問題はないんですか。あと,僕からは彼女に,これからは,電車に乗る時間を変えるとか,女性専用車を使うようにとか,スカートを少し長めにしたら,とアドバイスしたんですが,僕が彼女のためにほかにできることはありますか。

 

 


 自分の大切なパートナーが痴漢の被害に遭ったと聞いて,

 びっくりし,腹立たしい気持ちになりましたよね。



 きっと彼女も,

 気持ち悪さや戸惑(とまど)い,怒りや悔しさなど,

 いろんな気持ちがわきあがっただろうと思います。



 痴漢の被害を受けた人は,なかなか声を上ることができません。

 そして,それをいいことに,犯人たちは痴漢をくりかえしています。

 多くの10代の女性が,痴漢の被害に遭っています
【★1】

 今回,彼女が勇気を出して声を上げたことは,

 彼女自身を守るだけでなく,

 ほかの人たちを守ることにもつながる,すごいことです。



 痴漢の被害に遭ったことに,「それはいやだったよね」と,彼女の気持ちに寄り添うこと。

 そして,勇気を出して声を上げたことに,「すごいね,大変だったね」と言葉をかけること。

 それが,あなたが彼女のためにできること,彼女のためにしてほしいことです。


 そういった共感は,

 法律の手続のアドバイスと同じくらい,あるいはそれ以上に,

 被害を受けた人の心の支えになります。

 私たち弁護士も,犯罪の被害に遭った人の相談を受けるときには,

 「共感すること」を,とてもだいじにしています。



 電車に乗る時間を変えるとか,

 女性専用車を使うようにするとか,

 そういうアドバイスは,今後痴漢に遭わないようにするためには,たしかに意味のある対策かもしれません。



 でも,今回彼女が痴漢に遭ったのは,彼女のせいではありません。

 悪いのは,痴漢をした犯人のほうです。



 相手に共感する言葉がないままのアドバイスだと,

 それを言われたほうは,

 「痴漢に遭ったのは,そうしなかった自分の落ち度だ」と,

 責(せ)められているように感じられることがあります。

 被害じたいで傷ついているのに,身近な人の言葉で,さらに傷ついてしまうのです。



 「女性のがわにも,落ち度があったんじゃないの」。

 この社会では,女性が受けた性的な被害について,そういう根拠のない偏見(へんけん)を言う人が,たくさんいます。

 その偏見に傷ついている人が多くいるということを,ぜひ,心にとめておいてください。

 そして,あなたの思いが,そういった偏見と同じと誤解されないように,

 「アドバイス」よりも,彼女に共感する言葉のほうを,かけるようにしてください。




 痴漢の犯人と疑われた人の,その後の処分には,いろんなパターンがあります。

 その人が20歳以上なら,次のようなパターンがあります。




 「人ちがいだった」とか「証拠が足りない」という理由で裁判にかけられずに終わったり
【★2】

 「痴漢をしたけども,十分に反省しているし,被害者にも謝っている」という理由で,裁判にかけられずに終わることもあります
【★3】


 痴漢をしたことを認めている場合には,

 書類だけの簡単な裁判で,罰金を払って釈放される手続もあります
【★4】

 簡単な裁判ではあっても,罰金も刑罰ですから,前科として扱われます
【★5】


 「痴漢の程度がひどい」,「犯罪をくりかえしている」,「痴漢をしたことがはっきりしているのに,いろいろ弁解して反省していない」など,

 いろんな事情から,ふつうの刑事裁判を受けることもあります
【★6】



 あなたの彼女は,長い時間警察から事情を聞かれたのに,また警察に呼ばれている,ということでしたね。



 裁判で犯人を処罰するためには,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★7】

 痴漢は,証拠が残りにくい犯罪です。

 そして,混んでいる電車では,犯人の取り違えが起きてしまうこともあります。

 やってもいない犯罪で処罰される「冤罪(えんざい)」は,あってはならないことです
【★8】

 だから,警察は,犯人と疑われている人と,被害を受けた人,それぞれの言い分を,慎重に調べなければいけません。

 あなたの彼女が,また警察に呼ばれているのも,そのためです。



 でも,被害を受けたときのことを何度も長い時間聞かれるのは,とてもつらいことですよね。

 被害を受けた人が,警察に話をするかどうかは,あくまで自由です。

 彼女が「話したくない」ということであれば,警察に断ってもかまいません。

 また,話すとしても,こちらの事情を説明して,警察にいろいろ配慮してもらうように求めてもかまいません
【★9】


 もしかしたら,犯人についた弁護士から,彼女や彼女の親に連絡があるかもしれません。

 犯人が,痴漢をしたことを認めていて,お金を払うことで謝りたい,という連絡です。

 そういう話し合いを,「示談(じだん)」と言います。

 示談は,法律的な約束ごとですから,

 彼女がまだ未成年なら,相手の弁護士との話し合いは,彼女一人でするのではなく,彼女の親といっしょに進めていくことになります
【★10】【★11】


 これから先,いろんな場面で,彼女がどのように対応していけばよいかについて,

 犯罪の被害に詳しい弁護士からアドバイスを受けたり,その弁護士に依頼したりすることもできます。

 あなたから彼女に,そういった窓口を伝えるのも,よいと思います
【★12】


 被害を受けてつらい思いをしているパートナーの気持ちに,ぜひ,しっかりと寄り添ってください。



 私は,痴漢をなくしていかなければならない,と思うとともに,

 皆さんが,学校を卒業し働き始めてこれから先何十年もずっと,満員電車に乗らなければならない社会であってはいけないとも,思っています。



 見知らぬ人どうしが,ぎゅうぎゅうにくっつくことに耐えなければいけない満員電車は,それじたいが,人間の暮らしとして,異常なことです【★13】【★14】

 ましてや,その中で,

 痴漢というひきょうな犯罪が起きやすくなり,

 その被害でつらい思いをする人々が,たくさんいて,

 時には,痴漢の犯人に間違われて大変な思いをする人もいます。

 混んでいる駅の中で,駅員に対する暴力や,人身事故も,多く起きています。

 満員電車での通勤の負担が,過労死の原因になっているケースも,多くあります。



 今回のことをきっかけにして,

 満員電車が当たり前の風景になってしまっていてよいのか,

 一人ひとりが大切にされる社会のありかたについても,

 考えてみてほしいと思っています。

 

【★1】 平成22年1月8日から15日,4月15日から21日,9月6日から10日に,首都圏で検挙された痴漢のケースで,被害者は15~19歳が全体の約半分(49.7%)にも及んでいました。(平成23年3月警察庁・痴漢防止に係る研究会「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」)
【★2】 裁判にかけるかどうかを判断する人は,「検察官(けんさつかん)」です。「警察官」と発音が似ているのでややこしいですが,別の人です。検察官は,弁護士や裁判官と同じように,法律家です。警察と協力しながら事件を捜査し,ずっとつかまえるか外に出すかを決めたり,犯人の処分を求めて裁判所の手続をとったりします。裁判にかけないことを「不起訴処分(ふきそしょぶん)」と言います。その人が犯人でないとはっきりしたなら「嫌疑なし」,証拠が足りないなら「嫌疑不十分(けんぎふじゅうぶん)」による不起訴処分です。
【★3】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★4】 「略式手続(りゃくしきてつづき)」と言います。
 刑事訴訟法461条 「簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄(かんかつ)に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料(かりょう)を科(か)することができる。…」
 同法461条の2第1項 「検察官は,略式命令の請求に際し,被疑者に対し,あらかじめ,略式手続を理解させるために必要な事項(じこう)を説明し,通常の規定に従(したが)い審判を受けることができる旨を告げた上,略式手続によることについて異議(いぎ)がないかどうかを確めなければならない」
【★5】 刑事訴訟法470条 「略式命令は,正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生ずる。…」
 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
【★6】 痴漢は,多くの場合,都道府県の条例(迷惑防止条例)に違反したとして処罰されます。条例違反の場合,罰金刑があるので,略式手続をとることができます。しかし,痴漢の程度がひどければ,刑法の「強制わいせつ罪」で処罰されます。強制わいせつ罪には罰金刑がないので,略式手続がとれず,ふつうの刑事裁判を受けることになります。なお,強制わいせつ罪は,被害者から「犯人を処罰してください」という「告訴(こくそ)」がなければ,刑事裁判をすることはできません(「親告罪(しんこくざい)」と言います。被害者が未成年の場合は親が告訴することもできます)。
 (東京都)公衆に著(いちじる)しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項 「何人(なんぴと)も,正当な理由なく,人を著しく羞恥(しゅうち)させ,又は人に不安を覚えさせるような行為(こうい)であって,次に掲(かか)げるものをしてはならない。 一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。…」
 同条例8条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。… 二 第5条第1項…の規定に違反した者」
 刑法176条 「13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫(きょうはく)を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする」
 同法180条 「第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪(みすいざい)は,告訴がなければ公訴(こうそ)を提起(ていき)することができない」
 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 同法231条1項 「被害者の法定代理人は,独立して告訴をすることができる」
【★7】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」
【★8】 実際に痴漢冤罪(えんざい)が問題になったケースとして,矢田部孝司・あつ子「お父さんはやってない」(2006年,太田出版)と,その実話をベースとした映画「それでも僕はやってない」(2007年,周防正行監督)があります。
【★9】 犯罪捜査規範10条の2第1項 「捜査を行うに当たっては,被害者又はその親族…の心情を理解し,その人格を尊重しなければならない」
 同条2項 「捜査を行うに当たっては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならない」
【★10】 親にチェックしてもらい,親のOK(=同意)をもらったうえで示談をするか,または,親に代わりに(=代理人として)示談してもらうことが必要です。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 同法824条「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
【★11】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★12】 各弁護士会の犯罪被害者法律相談窓口 http://www.nichibenren.or.jp/contact/crime_victims/whole_country.html
 法テラス犯罪被害者支援 0570-079714 (http://www.houterasu.or.jp/higaishashien/index.html
【★13】 法律は,一人ひとりが,大切な人間として尊重されること,物や人形や奴隷ではなく,人間として大切にされることを,だいじにしています。
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
 憲法18条 「何人(なんぴと)も,いかなる奴隷的拘束(どれいてきこうそく)も受けない。…」
 1987年(昭和62年)に過労死で亡くなった八木俊亜さんは,亡くなる前のノートに,次のように書いていました(八木光恵「さよならも言わないで 『過労死』したクリエーターの妻の記録」45頁,双葉社)。
 「人はただ奴隷的に存在する安逸(あんいつ)さになれてしまう。人間の奴隷的存在について考えてみよう。かつての奴隷たちは奴隷船につながれて新大陸へと運ばれた。超満員の通勤電車のほうがもっと非人間的でないのか。現代の無数のサラリーマンたちはあらゆる意味で,奴隷的である。金にかわれている。時間で縛られている。上司に逆らえない。賃金もだいたい一方的に決められる。ほとんどわずかの金しかもらえない。それも欲望すらも広告によってコントロールされている。肉体労働の奴隷たちはそれでも家族と食事をする時間がもてたはずなのに。」
【★14】 宮尾節子さんの詩「明日戦争がはじまる」は,「まいにち 満員電車に乗って 人を人とも 思わなくなった」という出だしで始まっています。 https://twitter.com/sechanco/status/425897118599901184/photo/1

Part1_2

2021年5月 1日 (土)

たばことお酒はなんでダメなの?


 子どもがたばこを吸ったりお酒を飲んだりしてはダメって法律で決まっているのは知ってるけど,どうして大人はよくて子どもはダメなんですか。
 吸ったり飲んだりしたら,法律ではどうなりますか。

 


 子どもは,たばこを吸ったり,お酒を飲んだりしてはダメ【★1】

 耳にタコができるほど聞いていますよね。


 法律は,たばこやお酒は20歳になるまでダメだ,としています。

 これまでは「大人になるまではダメ」という言い方をしていましたが,

 2022(令和4)年4月に成人年齢が20歳から18歳に引き下げられても,たばこやお酒がOKなのは20歳のまま変わらないので,注意が必要です
【★2】

 


 人は,他の人に迷惑(めいわく)をかけない限り,好きなことをしていいという自由があります。

 だから,たばこもお酒も,ほんらいは自由です。

 でも,大人でも,たばこやお酒で他の人に迷惑をかける場合には,法律で制限(せいげん)されます
【★3】


 「だったら,子どもだって,他の人に迷惑をかけなければ,吸ったり飲んだりしてもいいじゃん。誰にも迷惑かけてないでしょ?なんでダメなの?」



 それは,
あなたに自分自身を大切にしてほしいからです。


 知っているとおり,たばこもお酒も,健康によくありません。




 「人は,ほんらい自由です」,と言いました。

 でも,健康に悪いことを「自由」にやり続けた結果,何十年も後になって苦しんでいる大人が,とても多いのです。

 突然死んでしまう危険も高いし,ずっと苦しみ続けることだってある。

 たばこやお酒をやめるようにお医者さんに注意されても,なかなかやめられなくて苦しんでいる大人が,たくさんいます。

 健康に悪いという統計・データや,真っ黒になった肺(はい)の写真などを見せられるよりも,実際の大人たちの話を聞くほうが,その大変さをきちんと感じることができます。

 だけど,
子どもは,そういう大人たちの話を聞く機会が,なかなかありません。

 大人のほうも,プライドやはずかしさから,自分たちの話をきちんと子どもたちにしようとしません。


 大人だったら,「自由」の結果苦しんでも,それはそれで「自己責任」,自分でやったことなんだから仕方がない,ということかもしれません。


 だけれど,子どものみなさんにまで,そんな「自己責任」をおってもらいたくないのです。

 私たち大人は,子どものみなさんのことを,大切に思っています。

 子どものみなさんが,大人になるまでの間,そして大人になったあとも,健康で幸せなくらしを送れるように,と願っています。

 ひとの体は,大人になるまで,成長を続けています。

 身長が伸びるのは高校生くらいで止まりますが,その後も,体の中ではまだまだ成長を続けています。

 すくなくとも,そのように体が成長している間は,たばことお酒の悪い影響(えいきょう)を受けてほしくないのです。

 成長を続けている自分自身を,大切にしてほしいのです。


 体が成長する間に悪い影響を受けて,遠い先につらい思いをするのは,あなた自身だけではありません。

 あなたのまわりには,今も,そしてこれからも,ずっとあなたのことを大切に思ってくれる人たちがいます。

 そして,これからやがて最愛の人とも出会うでしょうし,大切な家族もできるでしょう。

 子どものころからのたばことお酒の影響で,あなた自身が苦しめば,そんな人たちをも悲しませます。




 「人に迷惑をかけないんだから,吸ったり飲んだりしてもいい」。

 そんな子どもの言葉を聞くと,「自分のことを大切に思えないような,さみしい毎日を過ごしているのかな」と,心配します。

 「たばこやお酒に害があるから」,「ルールだから」,という大人の一方的な説教も,時には必要かもしれません。

 でもそれよりも,たばこやお酒の話をひとつのきっかけとして,「自分自身のことを大切に思えているかどうか」を,いろんな人とじっくり話し合うことのほうが,もっと大切だと思っています。




 みなさんも知っているとおり,子どもがたばこを吸ったりお酒を飲んだりすることは,法律で禁止されています。

 でも,その子どもに,「刑務所に行きなさい」とか,「罰金(ばっきん)を払いなさい」という刑罰(けいばつ)がくだされることはありません。

 そのような処罰(しょばつ)がされるのは,止めなかった親や,子どもであることを知っていたのにたばこやお酒を売った大人のほうです
【★4】

 法律のしくみがそうなっているのも,「私たち大人が子どもたちを大切にしないといけない」という考え方のあらわれです。




 でも,吸ったり飲んだりした子どもがなにも処分(しょぶん)を受けないかというと,ちがいます。

 「補導(ほどう)」されるということは聞いたことがあると思います。

 警察から注意を受け,場合によっては親や学校,職場に連絡がいきます。

 この「補導」は,法律(国会で決めたルール)や条例(都道府県や市区町村で決めたルール)ではなく,警察の内部で決めたやりかたです
【★5】

 「補導」がなんどもくりかえされるような子どもだと,なんの犯罪もしていなくても,「将来犯罪を起こすかもしれない」という理由で,裁判所に呼び出されて注意を受けたり,場合によっては「少年院に行って自分自身を見つめなおしてきなさい」と言われることさえあります
【★6】

 また,学校のルールでは,たばこやお酒に手を出したときの,学校としての罰(ばつ)が決まっていることがほとんどです。

 この,学校としての罰のことを,懲戒処分(ちょうかいしょぶん)といいます。

 出席停止の処分を受けたり,私立学校や高校だと退学処分を受けたりすることだってあります。




 たばこが吸えたり,お酒が飲めたりすると,なんとなく大人になった気分がして「かっこいい」と思うかもしれません。

 でも,大人どうしの世界では,正直なところ,そんなイメージはありません。

 人としての「かっこよさ」は,たばこやお酒のような「物」で身につけるものではなく,もっとちがうところで見られるものです。

 自分自身を大切にできる人,まわりからたばこやお酒をすすめられても,「いやなものはいやです」ときっぱり断れる人こそ,「かっこいい」と私は思います。

 

 

 

【★1】 未成年者喫煙禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は煙草を喫することを得ず」,未成年者飲酒禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は酒類を飲用することを得ず」
 2022(令和4)年4月の成人年齢の引下げにともない,これからは「20歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「20歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に変わります。
【★2】 「各種の法律における年齢要件は,それぞれの法律の趣旨(しゅし)に基づいて,様々な要素を総合的に考慮して定められています。そして,民法の成年年齢の引き下げを行った場合に,その他の法律の年齢要件をどうするかについては,それぞれの法律の趣旨に基づき,それぞれの所管官庁において個別に引下げの要否(ようひ)を検討したものであり,必ずしも一律の基準があるわけではありません。…健康被害の防止や青少年の保護の観点から定められた年齢要件については,必ずしも民法上の成年年齢と一致させる必要はないため,20歳を維持することとしているものがあります。例えば,飲酒・喫煙に関する年齢要件については,健康面への影響や非行防止の観点から20歳以上という年齢要件を維持することとされました。」(笹井朋昭,木村太郎著「一問一答 成年年齢引下げ」83頁)
【★3】 平成15年から,健康増進法という法律で,他の人がたばこの煙(けむり)を受けないようにしましょうとされています。平成16年からは,航空法という法律が変わり,飛行機の中でたばこを吸うと,場合によっては処罰されることになりました。お酒についても,飲酒運転は昔から犯罪ですし,最近ではその刑罰がとても重くなっています。また,若い学生さんたちが友達にイッキ飲みをむりやりさせて,急性アルコール中毒で亡くなってしまうという事件も多くありますが,強要罪(きょうようざい)という犯罪になります。
【★4】 たばこやお酒を止めなかった親には「科料」という罰金に似た(罰金よりも安い)刑罰,子どもにたばこやお酒を売った人には50万円以下の罰金が科せられます(未成年者喫煙禁止法3条1項,5条,未成年者飲酒禁止法3条,1条2項・3項)。
【★5】 少年警察活動規則2条「この規則において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。…六  不良行為少年 非行少年には該当しないが,飲酒,喫煙,深夜はいかいその他自己又は他人の徳性を害する行為…をしている少年をいう」
 少年警察活動規則14条「不良行為少年を発見したときは,当該不良行為についての注意,その後の非行を防止するための助言又は指導その他の補導を行い,必要に応じ,保護者(学校又は職場の関係者に連絡することが特に必要であると認めるときは,保護者及び当該関係者)に連絡するものとする」
【★6】 「ぐ犯(ぐはん)」といいます。
少年法3条「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」

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2020年5月 1日 (金)

長時間のゲームが法律で禁止された?


 スマホのゲームを「今日はここらへんでそろそろ終わりにしようかな」と自分で思ってるときに限って,親が「やめろ」と言ってくるのがむかつくんですが,最近,「1日1時間以上のゲームは法律で禁止された」と親が言い出してます。ニュースで見たような気もするけど,それってほんとですか? 違反したら罰があったりするんですか? ゲームの時間を法律で決めるのって,なんかおかしくないですか?




 長時間のゲームを禁止する「法律」は,ありません。


 法律という国のルールではなく,条例という地方のルールで,

 「子どもたちに長時間ゲームをさせないようにしよう」と決めた県が,最近あります。


 でも,その県の条例も,

 長時間のゲームを禁止したのではありません。

 長時間ゲームをした子どもが処罰されることも,ありません。




 人は,他の人の迷惑にならないかぎり何をしてもいい,という自由があります。


 みんなが静かに過ごす場所で大きな音を出してゲームをしている,とか,

 親のクレジットカードを勝手に使って課金した,など【★1】

 よっぽどのことがあれば別ですが,

 そうでもないかぎり,ネットのゲームは他の人の迷惑にはなりません。

 だから,ゲームに熱中するのは,ほんらい自由なことです。



 他方で,子どもは,心と体が成長するとても大切な時期にあります。

 私たちの社会は,子どもたちのことを大切に思っています。

 子どもたちに自分自身を大切にしてもらいたい,

 その子の「自由」の結果で,その子の心と体が傷つかないようにしてほしい,

 そう願っています。


 だから,その子の心や体を傷つけてしまうことは,

 まったく自由のままにしないで,できるだけ防いでいこう。

 私たちの社会は,そういう考えから法律や条例のルールを作ることがあります。



 例えば,

 たばこを吸ったり,お酒を飲んだりしても,他の人の迷惑にはなりません。

 でも,たばこやお酒は,体の成長にマイナスです。

 なので,法律という国のルールで,「子どもは吸ったり飲んだりしてはいけない」と,はっきり禁止しています【★2】

 子どもを守るためのルールですから,

 子どもに吸わせたり飲ませたりした大人は処罰されますが,

 子どもは処罰されません(補導はされます)【★3】


 アダルトサイトを見ることも,他の人の迷惑にはなりません。

 でも,心と体が大人の仲間入りを始める子どものときには,

 性についてきちんと学び,アダルトものが作り物だと理解できるまで距離をおくことが必要です。

 なので,条例という地方のルールで,「大人は,子どもたちに『アダルトもの』を見せないようにしよう」と決めています【★4】

 たばこやお酒の法律には,「子どもは吸ったり飲んだりしてはいけない」と禁止する条文がありますが,

 東京都のアダルトサイトの条例には,「子どもは見てはいけない」という禁止は,ありません【★5】




 ネットのゲームは,どうでしょうか。



 世の中にあるさまざまな遊び・娯楽(ごらく)・趣味と同じように,

 ネットのゲームも,

 適度に楽しむぶんには,

 プレイヤーの心や体を傷つけるものではありませんし,

 むしろ,生活や人生を豊かなものにしてくれます。



 ところが,ネットのゲームは,

 どんどんとハマってしまった結果,

 その人の心や体を傷つけ,

 生活や人生にマイナスになってしまうことがあります。


 夜遅くまで寝ずに熱中し,朝が起きられなくなって,

 体のバランスがおかしくなってしまったり,

 ゲームのことで頭の中がいっぱいになって,ゲームが最優先の生活になり,

 学校や仕事が続けられなくなったり,

 注意してくる家族とトラブルになって,暴力を振るうことさえあったりします【★6】



 「合法だって聞いてるクスリで捕まる?」の記事にも書きましたが,

 何かにハマって生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。


 依存は,

 薬物やお酒のような,物にハマるものだけではありません。

 例えば,パチンコやカジノなど,賭(か)けごと・ギャンブルに依存するということもあります。

 そして,ゲームの依存も,以前からずっと社会的な問題になっていました。



 ICDという,世界中で使われている病気のリストがあります【★7】

 薬物・お酒・ギャンブルなどの依存も,このリストに載っています。

 2019(令和元)年,新しいICDが発表され,

 そこに,「ゲーム障害」という病気が加えられました【★8】


 いままでもゲーム依存を治す取り組みをしている病院はありましたが,

 今回,ICDに病気の名前が載ったことで,

 今後よりいっそう,世界中で研究や調査が進んでいきます。



 そのような社会の流れの中で,2020(令和2)年,

 香川県が「子どもたちがネットのゲームにハマりすぎないようにしよう」という条例を作り【★9】

 マスコミにも大きく取り上げられて,話題になりました。


 さっき書いたように,

 「子どもたちが自由の結果で心と体を傷つけることのないように」という考えでルールを作ることじたいは,ありうることです。

 香川県の条例も,子どもを守るための「大人たちの責任」を取り決めたものです。

 子どもたちに向かって直接「ゲームをやりすぎてはダメ」と禁止する規定はありませんし,

 ゲームをしすぎた子どもを処罰する規定もありません。



 ただ,香川県の条例は,その中身や作り方に問題があって,多くの批判があります。


 特に一番大きな問題は,

 その条例が,ゲームの時間を「1日60分まで(休みの日は90分まで)」としたことです【★10】



 ゲームの時間を何十分・何時間にするかは,それぞれの家が,それぞれの事情をもとに決めればよいことです。

 「箸(はし)の上げ下ろし」という慣用句がありますが,

 議会が多数決でそれぞれの家の「箸の上げ下ろし」のようなことまで口を出すのは,

 いくら「子どもの心と体を傷つけないため」という目的があったとしても,

 それぞれが持っているだいじな自由に対して,あきらかに踏み込みすぎです。

 ましてや,60分や90分という時間数に,きちんとした科学的根拠もありません【★11】


 なので,あなたが「おかしい」と感じるのは,法律的な考え方からして,もっともなことです。




 親が子どもに注意するとき,

 「法律だから/ルールで決まっているから」,「こうしなさい/やめなさい」

 という言い方をすることが,多くありますね。


 でも,私は,そういう注意のしかたはおかしいと,いつも思います。


 なぜ法律やルールがそうなっているのか,という理由をいっしょに考え,話し合うことのほうがとてもだいじです。

 もし,おかしなルールがあったとして,

 その理由も考えずに,「上がそう決めたから」とそのまま黙(だま)って従うとしたら,

 それは,上の人から奴隷(どれい)のように支配されているのといっしょです。



 自分の人生は,自分が主人公です。


 ネットのゲームの中には,主人公のキャラクターを動かして進んでいくものが,多くありますね。

 人生も,ネットのゲームと同じように,あるいはそれ以上に,

 自分が主人公として,自分自身で考え,選び,進んでいくものです。



 だから,

 「条例でそう決まった」という理由を持ち出してゲームの時間を制限しようとする親に,

 そのまま黙って従わないあなたの姿勢は,だいじだと思います。


 自分の頭でよく考え,親ときちんとよく話し合って,ゲームの時間を決めていくこと。

 それが,自分の人生を自分が主人公として歩んでいくことそのものなのです。




 そして,私はあなたに,

 「時間を制限しようとしてくる条例や親」に対してしっかり向き合うのと同じように,

 「ゲームの依存がどういうものか」についても,しっかり向き合ってほしいと,強く願っています。



 ネットのゲームは,他の遊び・娯楽・趣味とは,ちがう点があります。

 ゲームの作り手が,プレイヤーをゲームに引き込むために,いろんな刺激(しげき)の強い戦略を使っている,という点です【★12】



 自分の人生は自分が主人公だと書きましたが,

 ネットのゲームは,「自分がしたいからしている」もののように見えて,

 実際は,「ゲームをしたい気持ちにさせられている」ことが多くあります。

 ネットのゲームに,人が支配され,コントロールされてしまう。

 自分で自分自身をコントロールできなくなるのが,依存なのです。



 あなたも,

 親が注意してくるほどゲームを長い時間していて,

 「そろそろやめようかな」と思っても,親が注意するまで,まだやめていなかったことが多いのですよね。


 あなたがゲームをコントロールしているのではなく,

 ゲームがあなたをコントロールしている,

 あなたがゲームにコントロールされている,ということはありませんか。



 自分の人生を,自分で生きていくこと。

 力を持った他の人に,おかしな支配やコントロールをされないこと。

 そして,薬物やギャンブル・ゲームなどに,依存せずに暮らせること。

 それらは,すべてがつながっている,とてもだいじなことです。



 条例の問題をきっかけにして,

 自分が自分の主人公として生きること,

 そして,楽しいゲームとのうまい付き合い方を,

 ぜひ,考えてみてください。





【★1】 「親のクレジットカードを無断で使ったら」の記事を見てください。
【★2】 未成年者喫煙禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は煙草を喫することを得ず」,未成年者飲酒禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は酒類を飲用することを得ず」。なお,成人年齢が18歳に引き下げられても,たばこ・お酒の禁止の年齢は20歳のままで変わりません。法律の名前は「20歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「20歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に変わります。
【★3】 「たばことお酒はなんでダメなの?」「補導って何?」の記事を見てください。
【★4】 「アダルトサイトの年齢確認」の記事を見てください。
【★5】 東京都青少年の健全な育成に関する条例7条 「図書類の発行,販売又は貸付けを業(ぎょう)とする者並びに映画等を主催する者及び興行場…を経営する者は,図書類又は映画等の内容が,次の各号のいずれかに該当(がいとう)すると認めるときは,相互(そうご)に協力し,緊密(きんみつ)な連絡の下に,当該図書類又は映画等を青少年に販売し,頒布(はんぷ)し,若(も)しくは貸し付け,又は観覧させないように努めなければならない。
一 青少年に対し,性的感情を刺激し,残虐性(ざんぎゃくせい)を助長(じょちょう)し,又は自殺若しくは犯罪を誘発し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
二 漫画,アニメーションその他の画像(実写を除く。)で,刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を,不当に賛美(さんび)し又は誇張(こちょう)するように,描写(びょうしゃ)し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨(さまた)げ,青少年の健全な成長を阻害(そがい)するおそれがあるもの」
 同条例8条1項 「知事は,次に掲(かか)げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。
一 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供(きょう)されている図書類又は映画等で,その内容が,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,甚(はなは)だしく残虐性を助長し,又は著(いちじる)しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの
二 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で,その内容が,第7条第二号に該当するもののうち,強姦(ごうかん)等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を,著しく不当に賛美し又は誇張するように,描写し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの (略)」
 同条例9条1項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及びその代理人,使用人その他の従業者並びに営業に関して図書類を頒布する者及びその代理人,使用人その他の従業者(以下「図書類販売業者等」という。)は,前条第1項第一号又は第二号の規定により知事が指定した図書類(以下「指定図書類」という。)を青少年に販売し,頒布し,又は貸し付けてはならない。」
 同条2項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及び営業に関して図書類を頒布する者は,指定図書類を陳列するとき…は,青少年が閲覧できないように東京都規則で定める方法により包装(ほうそう)しなければならない。」
 同条3項 「図書類販売業者等は,指定図書類を陳列(ちんれつ)するときは,東京都規則で定めるところにより当該指定図書類を他の図書類と明確に区分し,営業の場所の容易に監視することのできる場所に置かなければならない。」
 同条4項 「何人(なんぴと)も,青少年に指定図書類を閲覧(えつらん)させ,又は観覧させないように努めなければならない。
【★6】 「ゲーム障害にはさまざまな問題が発生します。久里浜医療センターを受診したゲーム障害患者の場合は次の通りです(複数回答あり)。欠席・欠勤(58%),成績低下・仕事のパフォーマンス低下(43%),引きこもり(42%),物に当たる・壊す(48%),家族に対する暴力(22%),朝起きられない(76%),昼夜逆転(54%),食事をとらない(27%)。以上は,受診前1ヶ月の状況です。その結果,12%が退学・放校となり,7%が失職しています。また,体を動かさないために,体力の低下は著しく,足の骨の骨密度低下や低栄養状態の者も少なからず認められています」(樋口進「Q&Aでわかる 子どものネット依存とゲーム障害」35頁)
【★7】 WHO(世界保健機関)が作っている国際疾病分類です。これまでは1992(平成4)年に作られた第10版が用いられていましたが,2019(令和元)年5月に第11版が採択されました。発効は2022(令和4)年1月です。日本でICD11が導入されるまでには時間がかかり,この記事を書いている時点では,日本ではまだ導入されていません。
【★8】 日本語訳は後日公表されます。https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/1448597234
6C51 Gaming disorder
Description
Gaming disorder is characterized by a pattern of persistent or recurrent gaming behaviour ('digital gaming' or 'video-gaming'), which may be online (i.e., over the internet) or offline, manifested by:
1.impaired control over gaming (e.g., onset, frequency, intensity, duration, termination, context);
2.increasing priority given to gaming to the extent that gaming takes precedence over other life interests and daily activities; and
3.continuation or escalation of gaming despite the occurrence of negative consequences. The behaviour pattern is of sufficient severity to result in significant impairment in personal, family, social, educational, occupational or other important areas of functioning.
The pattern of gaming behaviour may be continuous or episodic and recurrent. The gaming behaviour and other features are normally evident over a period of at least 12 months in order for a diagnosis to be assigned, although the required duration may be shortened if all diagnostic requirements are met and symptoms are severe.
【★9】 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 https://www.pref.kagawa.lg.jp/somugakuji/kenpo/2020index/2020/0324gj24.pdf
【★10】 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例18条1項 「保護者は,子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては,子どもの年齢,各家庭の実情等を考慮の上,その使用に伴(ともな)う危険性及び過度の使用による弊害(へいがい)について,子どもと話し合い,使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする」
 同条2項 「保護者は,前項の場合においては,子どもが睡眠時間を確保し,規則正しい生活習慣を身につけられるよう,子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては,1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあたっては,90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用(家族との連絡及び学習に必要な検索等を除く。)に当たっては,義務教育修了前の子どもについては午後9時までに,それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめることを目安とするとともに,前項のルールを遵守(じゅんしゅ)させるよう努めなければならない」
 同条3項 「保護者は,子どもがネット・ゲーム依存症に陥(おちい)る危険性があると感じた場合には,速やかに,学校等又はネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等に相談し,子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない」
【★11】 ハフポスト2020年2月10日記事「科学的根拠やエビデンスはない」香川県のゲーム依存対策条例案に専門家が疑問符 https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e40e157c5b6bb0ffc14333a
【★12】 「Q オンラインゲームはどうしてやめられないの?」「A ゲーム側のしくみと,プレイヤーが得る対人関係の2つの要素が,やめられない原因です。ゲーム側のしくみとは,メーカー側がプレイヤーを楽しませて,ゲームをさせるための戦略で,ゲームに引き込み,得点が得られるお得感やクリアしていく達成感などを利用したものです。(略)対人関係の要素とは,1人でのゲームとは違い,ネットを介(かい)した仲間と一緒に行うので,それぞれの役割が決まっているため,勝手に抜けられないのです。そして,活躍するとヒーローになれて,たくさんの人が自分を認めてくれます。(略)無料から課金へとかけた時間とお金によって必ず成果がついてくるしくみになっています」(樋口進「Q&Aでわかる 子どものネット依存とゲーム障害」26頁)

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2019年9月 1日 (日)

児童ポルノの単純所持


 中学3年です。2ヶ月前,ネットで誰でも見られる掲示板にあった,小学生が大人と(セックスを)やってる画像をスマホに保存しちゃったんですが,1週間くらい後に「そういう画像を持ってたら犯罪」って知って,あわててスマホの保存データから消しました。このことで逮捕されるんじゃないかと毎日不安で寝られなくて,だけど恥ずかしくて誰にも相談できません。




 毎日寝られないほど不安だったのは,つらかったですね。



 子どもが,セックスやセックスっぽいことをしているのを写した画像や動画,

 子どもの性的な部分が強調されている,裸(はだか)の画像や動画などを,

 「児童ポルノ」と言います【★1】

 法律は,児童ポルノを持つことを,犯罪として禁止しています【★2】


 あなたが,小学生が大人とセックスをしている画像をスマホに保存したのは,犯罪にあたります。



 13歳以下の子どもが犯罪をしても,逮捕されることは100%ありませんが【★3】

 14歳以上の子どもが犯罪をすると,逮捕されることは確かにあります【★4】


 でも,「犯罪をしたら必ず逮捕される」ということではありません。

 例えば,万引きも「窃盗罪(せっとうざい)」というりっぱな犯罪ですが【★5】

 万引きをした子どもが必ず全員逮捕されているわけではないのと,同じです。


 逮捕されるかどうかは,

 犯罪をした(と疑われている)人が何歳で,どんな暮らしをしているか,

 事件が重い犯罪かどうか,など,

 いろんな事情によります【★6】


 そして,子どもはなるべく逮捕しないことになっています。

 子どもの権利条約という日本と世界との約束では,

 子どもの逮捕は「最後の解決手段」とされていますし【★7】

 日本の警察の内部ルールにも,

 子どもの逮捕はできるかぎりしないように,と書かれています【★8】


 大人でも,児童ポルノをただ持っているだけで逮捕されることは,

 まったくないわけではないですが,きわめて数が少なく【★9】

 ほぼすべてが,逮捕されない状態で,捜査や裁判を受けています。


 あなたの場合,

 あなたがまだ中学生であること。

 画像に写っている子どもを,あなた自身が直接苦しめた犯罪ではないこと。

 今回初めてのことで,あなたが犯罪を何度も繰り返してはいないこと。

 会員制サイトに登録してお金を払ったというような情報が残るわけではなく,

 誰でもアクセスできるサイトから画像を保存しただけだったこと。

 保存したのは2ヶ月も前のことで,

 わずか1週間でスマホから画像を消したこと。

 それらのいろんな事情を考えれば,あなたが逮捕される可能性は,かぎりなく低いと思います。


 不安であれば,弁護士に詳しい事情を話して相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。




 日本をふくむ世界の国々は,子どもの権利条約で,

 「子どもたちが性的に傷つけられないようにしよう」と約束しています【★10】



 幼い子どもは,まだ性的なことの意味がわかりません。

 また,10代の子どもは,心と体が大人の仲間入りをしたばかりで,

 自分自身との付き合い方を身につけるための,大事な時期にあります。

 そういう子どもたちに,セックスやセックスっぽいことをさせて画像・動画を作ったり,

 そういう子どもたちの,性的な部分を強調した裸の画像・動画を作ったりすることは,

 子どもを性的に傷つける,決して許されないことです。



 日本は,世界中から「日本が児童ポルノの発信源になっている」と強く非難されて【★11】

 1999(平成11)年に児童ポルノを禁止する法律を作り,さらに5年後の2004(平成16)年に改正して,

 児童ポルノを,作ったり,売ったり,配ったりすることを,犯罪として取り締まるようになりました【★12】



 ただ,

 児童ポルノをただ持っているだけの,いわゆる「単純所持」は,

 犯罪とはされていませんでした。



 でも,世界では,

 「児童ポルノを作ったり,売ったり,配ったりすることを禁止するだけでは,子どもを守るには足りない。

 ただ持っているというだけでもダメだ」

 と,単純所持も禁止する国々がどんどん増えていきました【★13】


 そして日本も,

 最初に法律を作ってから15年後の2014(平成26)年に,

 児童ポルノの単純所持も,犯罪として取り締まるよう,法律を改正しました。



 ただこのとき,

 「どうしてただ持っているだけで犯罪になってしまうのか」という大事な議論が,

 十分にはされていませんでした。



 児童ポルノを禁止するのは,

 ポルノに使われる/使われた子どもたちを守るためです。


 ところが,児童ポルノの議論は,よく気をつけなければ,

 本来の「子どもを守るため」という目的がそっちのけになり,

 「社会にとって好ましくないから禁止する」という考え方に傾いてしまいがちです。


 「社会にとって好ましくないから禁止する」という考え方が強くなってしまうと,

 児童ポルノにかぎらず,そのほかにもいろんなものが,

 「社会にとって好ましくないから」という理由で,どんどん禁止されていくことになりかねません【★14】

 しかも,それが犯罪として,警察に捜査されたり,刑務所に入れられたりすることになれば,

 一人ひとりが自由に生きられない,とても窮屈(きゅうくつ)な社会になってしまう危険があります。


 だから,児童ポルノの単純所持は,

 犯罪にしてまで取り締まるのではなく,別の手続で没収するなどの他の方法をとるべきだ,とか【★15】

 犯罪にするにしても,りくつをもっときちんと考えて条文を工夫するべきだ,など【★16】

 そういう大事な指摘や批判が,とても多くあります。




 児童ポルノの単純所持の規制のあり方は,社会がこれからも議論をしっかり続けていく必要があります。

 そして,あなたにも今,しっかりと考えてほしいことがあります。



 あなたは今回,自分が逮捕されるのではないかと,2ヶ月間も眠れない不安な日々を送っていたのですよね。



 想像してみてください。

 もしあなたが,その児童ポルノに写されている子どものほうだったら。


 まだ性的なことをよく知らない幼いときに,

 あなたが大切な一人の人間として扱われず,まるで物や人形や奴隷(どれい)のように扱われて,

 性的な写真を作られること。

 そして,そうやって作られた写真が,何年も何十年も,ネットを通して世界中のあちこちに拡散し,

 見ず知らずの人たちに性的に消費され続けること。

 その不安,悲しさ,悔しさ,怒り,恥ずかしさ,絶望感を,

 2ヶ月だけでなく,生涯(しょうがい)ずっと抱えて生きていかなければいけないこと。



 あなたが今回感じた不安より,もっと大きな苦しみを抱える子どもがいることに,ぜひ思いをめぐらせてください。

 そしてこれからは,児童ポルノを持たないようにするのはもちろんのこと,

 児童ポルノをなくそうと取り組むこの社会の素敵なメンバーの一人になってほしいと,私は強く願っています。



 なお,18歳になる前は,

 児童ポルノにかぎらず,性的な画像・動画には接しないで,

 今のうちから,性についてきちんと学んで欲しいと思います。

 「アダルトサイトの年齢確認」の記事も,ぜひあわせて読んでください。

 

 



【★1】児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ禁止法」)2条3項
 「この法律において『児童ポルノ』とは,写真,電磁的記録…に係る記録媒体(ばいたい)その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態(したい)を視覚により認識することができる方法により描写(びょうしゃ)したものをいう。
 一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似(るいじ)行為(こうい)に係る児童の姿態
 二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
 三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更(ことさら)に児童の性的な部位(性器等若(も)しくはその周辺部,臀(でん)部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」
【★2】 児童ポルノ禁止法7条1項 「自己の性的好奇心を満たす目的で,児童ポルノを所持した者(自己の意思に基づいて所持するに至(いた)った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者に限る。)は,1年以下の懲役(ちょうえき)又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で,第2条第3項各号のいずれかに掲(かか)げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者(自己の意思に基づいて保管するに至った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者に限る。)も,同様とする」
【★3】 13歳以下が逮捕されないことについては,「小学生も刑務所や少年院に行くの?」の記事も見てください。
【★4】 逮捕された場合にどうなるかは,「逮捕された!早く外に出たい」の記事を見てください。
【★5】 刑法235条 「他人の財物(ざいぶつ)を窃取(せっしゅ)した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役(ちょうえき)又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★6】 刑事訴訟法199条1項 「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができる。ただし,30万円(刑法,暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については,当分の間,2万円)以下の罰金,拘留(こうりゅう)又は科料(かりょう)に当たる罪については,被疑者が定まった住居を有(ゆう)しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る」
 同条2項 「裁判官は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは,検察官又は司法警察員…の請求により,前項の逮捕状を発する。但(ただ)し,明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りでない」
 刑事訴訟規則143条 「逮捕状を請求するには,逮捕の理由…及び逮捕の必要があることを認めるべき資料を提供しなければならない」
 同規則143条の3 「逮捕状の請求を受けた裁判官は,逮捕の理由があると認める場合においても,被疑者の年齢及び境遇並(なら)びに犯罪の軽重(けいちょう)及び態様その他諸般の事情に照らし,被疑者が逃亡する虞(おそれ)がなく,かつ,罪証を隠滅(いんめつ)する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,逮捕状の請求を却下しなければならない」
【★7】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)37条 「締約国(ていやくこく)は,次のことを確保する。… (b) いかなる児童も,不法に又は恣意的(しいてき)にその自由を奪われないこと。児童の逮捕,抑留(よくりゅう)又は拘禁(こうきん)は,法律に従って行うものとし,最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いること」
【★8】 犯罪捜査規範208条 「少年の被疑者については,なるべく身柄の拘束を避け,やむを得ず,逮捕,連行又は護送する場合には,その時期及び方法について特に慎重な注意をしなければならない」
【★9】 大人が児童ポルノの単純所持で逮捕されたケースとして,「児童ポルノDVD 海保職員所持疑い」(読売新聞2017年11月23日記事),「保育士が児童ポルノ所持 容疑の29歳逮捕 自宅や携帯に画像 千葉・流山」(産経新聞2018年2月8日記事)などがありますが,きわめて少ないです。
【★10】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)34条 「締約国は,あらゆる形態の性的搾取(さくしゅ)及び性的虐待から児童を保護することを約束する。このため,締約国は,特に,次のことを防止するためのすべての適当な国内,二国間及び多数国間の措置をとる。… (c) わいせつな演技及び物において児童を搾取的に使用すること」
 同条約「子どもの売買,子ども売春および子どもポルノグラフィーに関する選択議定書」(2002年1月発効,2005年1月日本批准)
【★11】 1996(平成8)年,「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」(ストックホルム会議)で,日本が児童ポルノについて何も規制していないことが世界中から批判されました。
 「この会議で…無策の日本に対する批判と早急な対応を求める声が強く出されたのです。特に批判されたのは,日本で製造,販売されていた児童ポルノです。1970年代には,米国製の児童ポルノが大きな社会問題となり法改正により規制が厳しくなりました。1980年代になると,児童ポルノの主な輸出国であった欧州諸国が法律による規制を強化して児童ポルノの製造は減少していきました。そのために,児童ポルノの規制のない日本が世界の製造拠点になってきました」(森山眞弓・野田聖子「よくわかる改正児童売春・児童ポルノ禁止法」10頁)
 「会議の場では日本人男性による東南アジア諸国で行われる買春(かいしゅん)ツアーの横行(おうこう),諸外国に代わって日本が児童ポルノの国際的な発信源と化していることに批判が集中した。このような国際的批判を受けた結果,日本政府は,児童買春とともに,児童ポルノを規制するための国内法整備を取締りの強化を約束する」(西垣真知子「子どもの性的保護と刑事規制-児童ポルノ単純所持規制条例の意義と課題-」龍谷大学大学院法学研究15号,72頁)
 「日本では1999年に児童ポルノ禁止法が成立した。成立の背景には,1996年にストックホルムで開催された『児童の商業的性的搾取に反対する世界会議』にて,児童ポルノ問題について,日本が他の先進諸国に比べて認識・対策ともに遅れており,そのため児童ポルノが大量に製作・販売されていると世界中から非難を浴び,早急な対応が求められたことにある」(池間愛梨「近年の日本における児童ポルノ事犯の発生状況と防犯対策」東洋大学大学院紀要54巻,109頁)
【★12】 1999(平成11)年制定当時は,禁止・処罰されるのは,頒布(はんぷ),販売,業としての貸与でしたが,2004(平成16)年の改正で,提供(それまでの頒布・販売・業としての貸与をすべて含む),提供目的の製造・所持,単純製造,輸入・輸出が禁止されるようになりました。しかし,本文に書いたとおり,単純所持は禁止・処罰の対象外でした。
【★13】 ※2014年改正の直前の論文 「我が国は,児童ポルノの単純所持を処罰する規定を有しないが,こうした規定を有しない国家は,次第に少数派となりつつある。特に,欧米諸国においては,(アンドラやサンマリノといった)一部の例外を除いて,ほぼ全ての国家が単純所持処罰規定を有するため,こうした規定を有しない日本に対する『風当たり』は非常に強いものとなっている」(深町晋也「児童ポルノの単純所持規定について-刑事立法学による点検・整備-」「刑事法・医事法の新たな展開 上巻 町野朔先生古稀記念」453頁)
【★14】 「児童ポルノ規制の保護法益として考えられるのは,①被害児童の福祉,②一般児童の安全,③社会の性道徳である。…単純所持の保護法益はどれに該当するのだろうか。単純所持規制が実在する被害児童の保護を目的とするのであれば,…①が該当するだろう。しかし…改正前のように提供目的の所持のみを禁止する場合には,児童ポルノの流通によって被害児童に損害が生じると考えることになる。一方,改正後の場合,単純所持も規制されるので,児童ポルノが流通するおそれがある前の段階,すなわち児童ポルノの作成または所持の時点から損害が生じると考えることになる。その場合,被害その存在に気づいていなくても損害が生じているということになるから,それが損害発生といえるためにはその存在自体が絶対悪だという道徳的価値観が内在していることになり,②や③の要素が含まれることになろう」「単純所持規制は,自宅における個人の思考過程や私的行動を制約するものであり,国家による私的領域への強度な介入をもたらすものである。また,所持概念が事実上の支配という曖昧(あいまい)な概念であることから,所持の対象も広がる可能性を秘めており,規制を広範に及ぼすこともできる。…単純所持規制が一定の社会道徳的見地から特定の情報を制約する性質を帯びるとき,私的介入性や広範性とあいまって,表現の自由に対する制約となろう」(大林啓吾「第3章 単純所持規制の憲法上の論点」「改正児童ポルノ禁止法を考える」50頁,61頁)
 「児童ポルノは児童を性的な対象として見る風潮を助長するものであるから禁圧すべきだという主張も根強く,裁判例の中にも,このような立場を採用するものがある。だが,…『風潮』によって児童に対する性的加害が増加するわけではない。これはホラー映画やミステリー小説が殺人を肯定する風潮を助長するわけではないのと同様である。…より根強いのは,実在児童そのものではなく,社会感情を保護するとする考え方である。これはすでにその立ち位置からして,現行法の基本的な発想と異なっているのだが,『社会的法益』に対する罪を広く処罰しようとすることは,①被害者であるはずの児童を加害者とする倒錯した帰結を招き,②創作表現を広範に禁圧する契機を有するので,問題にしておく必要がある」「倫理の強調によって,科学的には児童保護の効果がない『イメージ保護』が主張され,児童を犯人扱いするなど多くの問題を生んでいる。『自己の性的好奇心を満たす目的』での所持・保管の処罰は,憲法上の権利を過度に制約するばかりでなく,児童保護のために逆効果となるおそれがある。この処罰の擁護者は,自分たちこそが児童への被害を助長している可能性を胸に手を当てて考えるべきである」(高山佳奈子「第4章 所持規制の刑法上の論点」「改正児童ポルノ禁止法を考える」73頁,78頁)
【★15】 「現行法の児童ポルノの定義を限定かつ明確化したうえで,児童ポルノの単純所持を禁止すべきである。ただし,犯罪化することには,反対する」 「児童ポルノの定義を改正して,この定義が客観的に明確化し,かつ限定的にしたうえで,児童ポルノの単純所持を,違法行為であることを法律上明文で宣言し,これを禁止することが必要であると考える。…ただし,児童ポルノの『取得』という外部的な行為と離れて,個人がいかなる情報を所持するかどうかは,個人の内心にも通じる私的領域に属するものである。そのような私的領域に対して違法の宣言をすることや公的権力の介入を認めることは,極めて慎重でなければならない。したがって,児童ポルノの単純所持を禁止し,それが違法であると宣言することの効果は,社会全体の認識の変化により起こる個々人の自発的な行為(所持するに至ってしまった児童ポルノを廃棄する等)に待つべきであって,公権力の私的領域への介入を招くものであってはならないことに留意すべきである」(日本弁護士連合会2010年(平成22年)3月18日「『児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』の見直し(児童ポルノの単純所持の犯罪化)に関する意見書」(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/100318_3.pdf
 「児童ポルノ私的所持の行為規範のレベルでは,…規制することは許されると考えている。…しかし,制裁規範のレベルでは,私的所持が侵害する性的自己決定権は観念的なものと受けとめられ得るものであり,見た目上も所持は静的な状態であることが問題となる。そのような場合,制裁賦課によって発せられる非難のメッセージは,私的所持という非難に値する行為に対するものではなく,児童性愛者という所持者の属性に対する非難として誤解される可能性が非常に高い。また,非難を伴わない行政的な没収措置等(制裁としての没収ではない)によっても,<児童ポルノは所持してはならない>というメッセージは発せられ得ると考えられる。…私的所持に対して制裁を科すことは避けられるべきであり,私的所持の規制については,刑罰ではなく,行為者への非難を伴わない行政上の没収措置等を規定すべきであるというのが私見である」(上田正基「第3章 児童ポルノの所持を本当に処罰しますか-立法批判枠組の具体的適用」「その行為,本当に処罰しますか-憲法的刑事立法論序説」205頁)
【★16】 「児童ポルノ法には他の法制度とより整合的であり,かつ個人の自由保障をより十全に図りつつも,児童ポルノの所持も含めて児童ポルノ罪の刑事規制を的確に実施可能な,よりスマートな刑事法制があるのではないかとの強い疑念がある。この疑念は,児童ポルノ法が,立法者のいわば感情的な(しかも諸外国からのものを含む)処罰要求に応えた合理性を欠く立法であり,抜本的に改められるべきであるとの問題提起を行うものである」(石井徹哉「個人の尊重に基づく児童ポルノの刑事規制」「川端博先生古稀記念論文集[下巻]」379頁)



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2019年4月 1日 (月)

警察の職務質問にむかついた


 自転車で予備校から帰る途中,警察に呼び止められました。「なんすか?」って聞いたら「サドルがずいぶん高いけど,本当に君の自転車?」って言われて,別にそんなに高くないじゃんと思いながら防犯登録を確認したのに,今度は「カバンの中を見せろ」って言われて,あんまり他の人に見られたくないものを持ってたんで,「どうしても見せなきゃいけないんすか?」って聞いたら,「何もやましくないなら見せられるだろ。見せないなら警察署まで来てもらう」って迫(せま)られて,結局見せました。犯罪者扱いしてくる警察の態度にまじむかついたんですけど,これって警察を訴えることはできますか?

 


 まるで犯罪をしたかのように警察に疑われたのは,本当に気分が悪いことですよね。



 警察の職務質問は,私たちの社会を犯罪から守るために,重要な役割を果たしています。


 たとえば,2017年(平成29年)には,

 殺人75件,

 強盗183件,

 放火82件,

 強制性交等31件,というように,

 職務質問がきっかけで凶悪な事件の犯人(と思われる人)の検挙につながった件数が,一定程度あります【★1】


 しかし,だからといって,

 犯罪とは無縁に暮らしている市民に対しても,

 警察が,思うままに呼び止めて質問し,しかも犯罪者扱いするような態度なのは,

 まったくおかしなことです。



 今から140年以上もむかし,1875年(明治8年)に作られたルールでは,

 警察が「怪(あや)しいやつだ」と思いさえすれば,

 質問に答えさせたり,むりやり警察署に連れて行ったりすることができました【★2】

 警察が,とても大きな力を持っていたのです。



 でも,その後,日本が大きな戦争に負け,

 一人ひとりを大切にする社会に変わったのをきっかけにして【★3】

 職務質問のルールも,大きく変わりました【★4】



 職務質問のルールは,「警察官職務執行(しっこう)法」という法律が決めています。


 その法律には,「警察はだれでも呼び止めて質問していい」とは,書かれていません。


 警察が職務質問できるのは,

 その人がなにか犯罪をしてそうだとか,

 その人がこれからなにか犯罪をしそうだとか,

 その人が他の人の犯罪についてなにか知ってそうだ,

 という時だけです【★5】



 警察官が,「警察がそう思えば職務質問していいんだ」などと言うことがあります。

 しかし,その警察官の言うことは,まちがいです。

 警察の人たちが仕事で読む本を,たくさん作っている出版社があります。

 その出版社が出している,警察官職務執行法をくわしく解説した本にも,

 「警察がそう思ったというだけではダメだ」と,はっきりと書かれています【★6】



 犯罪をしてそうだ,とか,これからしそうだ,ということは,

 異常な動きをしているとか,時間・場所など周囲の事情(じじょう)から,「合理的に判断」するものだと,法律に書かれています【★7】【★8】

 「合理的に判断」するというのは,「きちんとした理由やりくつがある」ということです。



 あなたの自転車のサドルの高さが何センチだったのか,正確な情報がわかりませんが,

 「そんなに高くないのに」とあなた自身が思うくらいの,ふつうの高さだったのですよね。

 今回,警察があなたに職務質問をした理由,

 言い換えれば,

 あなたがなにか犯罪をしてそうだとか,これからしそうだ,と警察が思った理由が,

 単にサドルの高さだけだったのなら,

 警察の判断が「合理的」だとは言えません。

 その警察があなたに職務質問をするのは,おかしなことです。



 きちんとした職務質問であっても,あなたが答えるか答えないかは,あなたの自由です。

 警察官職務執行法にも,「むりやり答えさせられない」と,はっきり書かれています【★9】


 ましてや,今回のように,職務質問をするのがおかしい時なら,

 なおのこと,あなたが答える必要はありません。



 でも,職務質問をするのがおかしい時でも,

 あなたが自発的に答えてしまえば,

 警察がしていることは,違法ではなくなってしまいます【★10】



 職務質問に答えるか答えないかはほんらい自由なはずなのに,

 警察は,「答えるのを嫌がる人は絶対に何かあるので,必ず説得してパトカーで警察署に同行させるように」,と教育されています【★11】

 警察は,答えずに帰ろうとする人を,止めようとしてきます【★12】

 そして,警察が止めるのをむりに振り切ろうとすると,

 「警察に暴力をふるった」という理由をつけて,公務執行妨害罪(こうむしっこうぼうがいざい)で現行犯逮捕する,ということさえあります【★13】




 あなたは,警察からカバンの中を見せるようにも言われたのですね。


 憲法という,国のおおもとのルールは,

 「警察が持ち物を勝手に調べてはいけない,

 裁判所がOKした場合か,その人を逮捕する時にしか,持ち物を勝手に調べられない」,

 として,一人ひとりの自由を守っています【★14】【★15】


 それなのに,

 警察は,職務質問で持ち物のチェックを嫌がる人も,「必ず何かあるので警察署に同行させる」,と教育されています【★16】

 そして,

 「警察が勝手に持ち物をチェックしたんじゃない,本人が見せることをOKしたんだ」

 という形を作るために,

 「やましくないなら見せられるだろう」

 などと言って,あなたを説得するのです。


 でも,持ち物を見せなくていいのが憲法の原則なのですから,

 警察の言うことは,考え方が逆さまです。

 ましてや,「むりやり警察署に連れて行かせることはできない」と法律にはっきり書いてあるのに【★17】

 「見せないなら警察署に来てもらう」などと脅(おど)してまで持ち物をチェックするのは,あってはならないことです。




 おかしいことにおかしいと声を上げることは大切です。


 誰でも裁判を受ける権利がありますから【★18】

 「訴えることはできますか」という質問には,YESという答えになります。


 ただ,

 裁判で勝つハードルはけっして低くないですし,

 職務質問のときの様子を残した証拠がないことが多いので,

 費用と時間と労力をかけて裁判所に訴えるかどうかは,弁護士とよく相談してください。


 特に,あなたが未成年であれば,裁判を起こすには親の協力が必要ですから,

 親ともよく話し合うことが必要です。



 「できるかぎりのことをやってみる」という姿勢からは,

 裁判のほかに,都道府県の公安委員会に連絡する方法があります。


 公安委員会というのは,警察の上にある,警察を管理する組織のことです【★19】

 この公安委員会に「苦情申出」をすると,

 公安委員会が警察に調査をし,その結果をあなたに通知してくれます【★20】



 裁判にしても,苦情申出にしても,

 その警察官が誰で,どういう職務質問だったかが,わかるようにしておくと良いです。

 「おかしな職務質問だ」と感じて,後で裁判や苦情申出をすることがありえるなら,

 警察官に警察手帳を出すように求めて,名前を確認してください。

 そういう場合には,警察は手帳を出さないといけないことになっています【★21】【★22】


 また,相手が公務員でも,むやみやたらに写真や動画を撮影してよいわけではありませんが,

 警察の仕事として道ばたでやっている職務質問で,

 しかも後で証拠にしておく必要があるのなら,

 その様子を動画撮影することは,法律上,問題ありません【★23】


 こういった身分確認や動画撮影は,

 後の裁判や苦情申出の証拠として役立つだけでなく,

 おかしな職務質問が行われるのを防ぐことにもつながります。

 あなたに「やましいことがないなら持ち物を見せられるはずだ」と警察官が言ったのと同じように,

 警察官も,やましいことがないのなら,身分証を見せたり,動画撮影をされたりすることを,断れないのです。



 職務質問は,

 私たちの社会を犯罪から守ることと,

 私たち一人ひとりの自由,人として大切に扱われること,

 そのどちらもだいじなことを両立させるための,難しいバランスの上に成り立っています。


 警察官職務執行法の一番最初には,警察がすることは必要最小限にして,むやみやたらにしないように,と書かれています【★24】

 そして,警察の偉(えら)い人が作った文章にも,質問上手・締(し)めくくり上手な職務質問には苦情がない,ということが書かれています【★25】


 あなたのような嫌な思いをする人が出ないようにしながら,

 私たちの社会を犯罪からきちんと守る。

 警察の職務質問は,そういうものでなければいけません。
 

 


【★1】 警察庁「平成29年の犯罪」「24 罪種別 主たる被疑者特定の端緒別 検挙件数(警察活動)」http://www.npa.go.jp/toukei/soubunkan/h29/excel/H29_024.xls
 職務質問がきっかけで検挙につながるのは,全体の約1割です。刑法犯総数(交通業過を除く)総数31万6142件のうち職務質問によるものは4万0083件,凶悪犯総数4007件のうち職務質問によるものは371件です(殺人事件75件/846件,強盗事件183件/1500件,放火事件82件/684件,強制性交等事件31件/977件)。
 もっとも,4万0083件のうち,「乗り物盗」が7499件,占有離脱物横領(せんゆうりだつぶつおうりょう)が1万4741件です。職務質問で検挙される刑法犯の半分近くは,「自転車泥棒」と考えられます(刑法犯だけの統計ですので,薬物犯罪などは含まれていません)。
【★2】 太政官達「行政警察規則」第3章24条 「怪しき者(夜中無提灯にて大なる荷物を擔(かつ)ぐ等風体(ふうてい)宜(よろ)しからざるか或(ある)いは人家の軒下等に彳(たたず)むか等)を見認(みとむ)る時は取糺(とりただ)して様子により(愈(いよいよ)怪しき者と認(みとめ)且(かつ)少人数制し易(やす)き等)持区内出張所に連れ行き或いは(事(こと)曖昧(あいまい)にして認めて犯則となし難(がた)きか或は多人数及び持兇器(きょうきをもつ)等にて制しがたきとき)掛官員に密報(みっぽう)し差圖(さしず)を受(うく)べし倉卒(そうそつ)の取計(とりはからい)あるべからず」
【★3】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★4】 「明治8年,太政官達(たっし)として発せられた『行政警察規則』は,挙動不審な者の取糺(ただ)しを巡査の職務とし,いわゆる不審訊問(じんもん)に法制上の根拠を与えた。また,この規則は,不審者の『連行』をも認めた。そのほか,旧憲法のもとでは,治安警察法,行政執行法などがあって,警察権は強力に行使されていた。現行の警察官職務執行法は,日本国憲法に適合するよう旧法令を全面的に修正し,アメリカ法をも参考にして制定されたものである。職務質問については,『連行』を任意の同行に改めるとともに(2条2項),身柄の拘束や意に反する連行や答弁の強要がありえないことを明らかにして,かつての『不審訊問』との断絶をはかっている(同3項)」(松尾浩也「刑事訴訟法・上・新版43頁)
【★5】 警察官職務執行法2条1項 「警察官は,異常な挙動(きょどう)その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若(も)しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既(すで)に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる」
【★6】 「『合理的に判断して』とは,この職務を行う警察官が,主観的に,独断的にそう考えただけでは不十分で,普通の社会人がその場合に臨(のぞ)んだら当然そう考えたであろうと思われるような客観性が必要であるという意味である」(警察制度研究会「注解警察官職務執行法」立花書房41頁)
 「不審者に当たるか否(いな)かは,異常な挙動その他周囲の事情から『合理的に判断』しなければならない。判断が『合理的』であるというためには,警察官の主観的又は恣意的(しいてき)な判断ではなく,社会通念に照らして客観的に合理的があると認められる判断がなされなければならない。しかし,これは,一般人の知識や経験のレベルに立って判断することを意味するものではなく,推論の過程について客観的な合理性があれば,その過程で警察官の職業的な専門知識や経験を反映させることが当然に認められる」(古谷洋一(長崎県警察本部長)ほか「注釈警察官職務執行法四訂版」立花書房61頁)
【★7】 警察官職務執行法2条1項 「警察官は,異常な挙動(きょどう)その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若(も)しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既(すで)に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる」
【★8】 「異常な挙動その他周囲の事情からみて,犯罪を犯し又は犯そうとしている者とは,例えば,深夜におおきなふろしき包みを持って急ぎ足で路地から出て来た者,警察官の姿を見てコソコソと隠れようとする者,服に血痕(けっこん)のようなものが付いている者,夜中に出刃包丁を携帯している者,家人のいない家をこっそりのぞき込んでいる者,選挙の演説会場に凶器のようなものを持って入ろうとする者等である」(警察制度研究会「注解警察官職務執行法」立花書房40頁)
 「『異常な挙動』とは,その者の言語,動作,態度,着衣,携行品等が,通常ではなく,不自然であることをいう。例えば,人目につかない場所に潜(ひそ)む,血痕の付いた服を着ている,同じ場所を何度も往復して屋内をのぞく,警察官の姿を見て急に反転する,こん棒を携行している等がこれに当たるが,ある挙動が異常であるか否(いな)かは,場所や時間帯によっても異なり得る」(古谷洋一(長崎県警察本部長)ほか「注釈警察官職務執行法四訂版」立花書房58頁)
【★9】 警察官職務執行法2条3項 「前2項に規定する者は,刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り,身柄(みがら)を拘束(こうそく)され,又はその意に反して警察署,派出所若しくは駐在所に連行され,若しくは答弁を強要されることはない
【★10】 東京高裁1992年(平成4年)6月23日判決・判例タイムズ799号157頁 「警職法2条1項の職務質問の要件を欠く場合であっても,相手方が任意(にんい)に応じている場合には,職務質問が当然に違法になるものではない」
【★11】 「職質を拒否する者…は要注意」「絶対に何かあるので,必ず粘(ねば)り強く説得し,パトカーで本署に任意同行する」(警察実務研究会「クローズアップ実務Ⅰ 職務質問」立花書房55頁)
【★12】 裁判所は,職務質問で警察が腕に手をかけて引きとめるなどの「有形力(ゆうけいりょく)」を使うことを,一定程度認めています(最高裁第一小法廷1954年(昭和29年)7月15日決定・刑集8巻7号1137頁など)。
【★13】 刑法95条1項 「公務員が職務を執行(しっこう)するに当たり,これに対して暴行又は脅迫(きょうはく)を加えた者は,3年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは禁錮(きんこ)又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★14】 憲法35条1項 「何人(なんぴと)も,その住居,書類及び所持品について,侵入,捜索(そうさく)及び押収(おうしゅう)を受けることのない権利は,第33条の場合を除いては,正当な理由に基(もとづ)いて発せられ,且(か)つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ,侵されない」
 同条2項 「捜索及び押収は,権限を有する司法官憲が発する各別の令状により,これを行ふ(う)」
 「『第33条の場合』とは,判例によれば,『第33条による不逮捕の保障の存しない場合』の意である(最大判昭和30・4・27刑集9巻5号924頁。なお刑訴220条参照)。したがって,33条による適法な逮捕の場合には,現行犯であると否とにかかわりなく,逮捕にともなう合理的な範囲内であれば,本条による令状を必要とせずに,住居等の侵入等を行うことが許される」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」248頁)
【★15】 最高裁は,職務質問に付随(ふずい)して行う所持品検査は,捜索(そうさく)に至(いた)らない程度の行為は,強制にわたらない限り,必要性,緊急性,個人の法益と公共の利益の権衡(けんこう)などを考慮して,具体的状況のもとで相当を認められる限度で認められるとしています。具体的には,銀行強盗の疑いが強い人のバックのチャックを開けて中をちらっと見たケースをOK,覚せい剤所持の疑いが強い人の服のポケットに手を入れて所持品を取り出したケースをNGとしています。
 最高裁判所第三小法廷1978年(昭和53年)6月20日判決・刑集32巻4号670頁 「警職法は,その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで,所持品の検査については明文の規定を設けていないが,所持品の検査は,口頭による質問と密接に関連し,かつ,職務質問の効果をあげるうえで必要性,有効性の認められる行為(こうい)であるから,同条項による職務質問に附随(ふずい)してこれを行うことができる場合があると解するのが,相当である。所持品検査は,任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから,所持人の承諾(しょうだく)を得て,その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら,職務質問ないし所持品検査は,犯罪の予防,鎮圧(ちんあつ)等を目的とする行政警察上の作用であって,流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは,所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解(かい)するのは相当でなく,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もっとも,所持品検査には種々の態様のものがあるので,その許容限度を一般的に定めることは困難であるが,所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法35条の保障するところであり,捜索に至らない程度の行為であってもこれを受ける者の権利を害するものであるから,状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであって,かかる行為は,限定的な場合において,所持品検査の必要性,緊急性,これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ,許容されるものと解すべきである」「これを本件についてみると,所論(しょろん)のB巡査長の行為は,猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において,深夜に検問の現場を通りかかったA及び被告人の両名が,右犯人としての濃厚な容疑が存在し,かつ,兇器(きょうき)を所持している疑いもあったのに,警察官の職務質問に対し黙秘(もくひ)したうえ再三(さいさん)にわたる所持品の開披(かいひ)要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため,右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであって,所持品検査の緊急性,必要性が強かった反面,所持品検査の態様は携行(けいこう)中の所持品であるバッグの施錠されていないチャックを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから,これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく,上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから,これを警職法2条1項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である」
 最高裁第一小法廷1978年(昭和53年)9月7日判決・刑集32巻6号1672頁 「b巡査が被告人に対し,被告人の上衣左側内ポケットの所持品の提示を要求した段階においては,被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ,また,同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあったから,右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認(こうにん)しうるところであるが,被告人の承諾がないのに,その上衣左側内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は,一般にプライバシー侵害の程度の高い行為であり,かつ,その態様において捜索に類するものであるから,上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては,相当な行為とは認めがたいところであって,職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱(いつだつ)したものと解(かい)するのが相当である」
【★16】 「所持品検査を頑(かたく)なに拒否する者…は『ブツ』を持つ可能性大」「職質現場で所持品検査,身体検査を頑なに拒否する者は,必ず何かあるので本署に同行する」(警察実務研究会「クローズアップ実務Ⅰ 職務質問」立花書房24頁)
【★17】 警察官職務執行法2条3項 「前2項に規定する者は,刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り,身柄(みがら)を拘束(こうそく)され,又はその意に反して警察署,派出所若しくは駐在所に連行され,若しくは答弁を強要されることはない
【★18】 憲法32条 「何人(なんぴと)も,裁判所において裁判を受ける権利を奪は(わ)れない」
【★19】 地方自治法180条の9第1項 「公安委員会は,別に法律の定めるところにより,都道府県警察を管理する」
 警察法38条1項 「都道府県知事の所轄(しょかつ)の下に,都道府県公安委員会を置く」
 同条3項 「都道府県公安委員会は,都道府県警察を管理する」
【★20】 警察法79条1項 「都道府県警察の職員の職務執行について苦情がある者は,都道府県公安委員会に対し,国家公安委員会規則で定める手続に従い,文書により苦情の申出をすることができる」
 同条2項 「都道府県公安委員会は,前項の申出があったときは,法令又は条例の規定に基づきこれを誠実に処理し,処理の結果を文書により申出者に通知しなければならない。(略)」
【★21】 警視庁警察職員服務規程18条 「職員は,相手方から身分の表示を求められた場合は,職務上支障があると認められるときを除き,所属,階級,職及び氏名を告げなければならない」
 警察手帳規則5条 「職務の執行に当たり,警察官,皇宮護衛官又は交通巡視員であることを示す必要があるときは,証票及び記章を呈示(ていじ)しなければならない」
【★22】 東京高裁1993年(平成5年)4月26日判決・判例時報1461号68頁 「警察手帳規則…5条は,職務の執行に当たり,警察官であることを示す必要があるときは,…呈示しなければならない,と規定しており…警察手帳を提示しなければならないのは,職務の執行に当たり,警察官であることを示す必要があるときである。そして,警察官が職務質問を行うに当たって相手から警察手帳の提示を求められた場合,常に右にいう警察官であることを示す必要があるときに当たるとは解されない。そこで,例えば,一般人と変わらない服装をしていて一見警察官であることが明らかであるとはいえない場合,警察官の服装をしていても挙動に不審な点がある等警察官であることを疑わせるような具体的な徴憑(ちょうひょう)がある場合,警察官であることを疑わせる事情はなくても正当な職務の執行であるか疑わしい行動に出たため,責任の所在を明らかにし,かつ後日責任を追及するために必要と考えられる場合等には,警察手帳の提示を求める実質的な理由があ(る)」
【★23】 最高裁第一小法廷2005年(平成17年)11月10日判決・民集59巻9号2428頁 「人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有(ゆう)する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾(しょうだく)なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍(じゅにん)の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである」
【★24】 警察官職務執行法1条1項 「この法律は,警察官が警察法…に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行(すいこう)するために,必要な手段を定めることを目的とする」
 同条2項 「この法律に規定する手段は,前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって,いやしくもその濫用(らんよう)にわたるようなことがあってはならない」
【★25】 「職務質問のプロと呼ぶに相応(ふさわ)しい警察官達は,新宿の街を目的なくブラ付き,たむろする者達をはじめとする人の中から,鋭い観察によって不審点を発見し,素早く接近して,気軽に声を掛け,質問に入っていた。…後日等に,これらの職務質問に対する苦情がない。なぜか? プロ達は,職務質問の打ち切りが上手であった。職務質問を実施したこと(質問を受けたこと)を,相手方に十分に説明し,納得を得て質問を打ち切っていた。プロはいずれも『質問上手で,締めくくり上手』であった。『新宿の治安を守りたいんです。ご理解ありがとうございました』『今後とも,ご協力をお願いします』職務質問の目的を果たして,対象者を送り出す,プロ達のさわやかな声が耳に残る」(黒木正一郎「吾,勁草たり得ず」第5回「職務質問(下)~”正義の武器”を活かす勇気~」捜査研究650号123頁) 

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2018年4月 1日 (日)

ウソをつくのは犯罪?

 

 ウソをつくのは犯罪ですか?

 

 


 ウソをつくことは,場合によっては,犯罪として処罰されることがあります。

 




 裁判所に証人として呼ばれた人が,ウソの証言をするのは,偽証罪(ぎしょうざい)です
【★1】

 ただし,16歳になっていない子どもの証人は,偽証罪には問われません
【★2】


 証人ではなく,裁判の当事者,つまり,

 刑事の裁判で,犯罪をしたと疑われて訴えられている本人(被告人)や,

 民事の裁判で,訴えた人(原告)や,訴えられた人(被告)は
【★3】

 裁判で不利にはなりますが,ウソをついても犯罪にはなりません。





 国会は,法律を作る場所,国権の最高機関です
【★4】

 その国会に,証人として呼ばれた人がウソの証言をするのも,犯罪です
【★5】




 ウソの犯罪や災害を警察・消防に話すのは,軽犯罪法違反です
【★6】

 ウソの犯罪で「この人を処罰してください」とまで警察に言うのは,虚偽告訴罪(きょぎこくそざい)です
【★7】

 ウソの通報でパトカーや消防車・救急車を呼ぶのは,偽計業務妨害罪(ぎけいぎょうむぼうがいざい)です
【★8】



 役所の人にウソをついて,ほんとうの内容ではない戸籍(こせき)や住民票,土地や建物や自動車などの記録,パスポートなどを作らせるのは,公正証書原本不実記載罪(こうせいしょうしょげんぽんふじつきさいざい)です
【★9】




 「あいつは~~だ」「あいつは~~なことをした」などと言いふらしたり,ネット上に書いたりして,からかうのは,名誉毀損罪(めいよきそんざい)です
【★10】

 その内容がほんとうであっても犯罪になることはありますが
【★11】

 名誉毀損のケースの多くは,ウソが言いふらされています。



 ウソを言いふらすことで,人の信用を傷つけるのは信用毀損罪(しんようきそんざい),他の人の仕事をじゃまするのは業務妨害罪(ぎょうむぼうがいざい)です【★12】



 人をだましてお金や物を手に入れるのは,詐欺罪(さぎざい)です
【★13】



 他の人になりすまして文書を作って使うのは,文書偽造罪(しぶんしょぎぞうざい)・行使罪(こうしざい)
【★14】

 ウソのお金を作って使うのは,通貨偽造罪(つうかぎぞうざい)・行使罪
【★15】

 他の人の犯罪に関してウソの証拠を作るのは,証拠偽造罪(しょうこぎぞうざい)です
【★16】



 お医者さんが,役所などに出す診断書にウソを書くと,虚偽診断書作成罪(きょぎしんだんしょさくせいざい)です【★17】



 そして,公務員がウソの内容の文書を作ったり,内容を作り替えたりするのは,虚偽公文書作成罪(きょぎこうぶんしょさくせいざい)です
【★18】




 重要なものだけでも,上に書いたようなものがありますし,

 その他にも,ウソが犯罪として処罰される法律は,たくさんあります。



 また,ウソをついたことが犯罪にはならなくても,

 損害賠償(そんがいばいしょう)という民事の責任を負い,お金を払わなければならなくなるマイナスも,ありえます。




 この社会は,お互(たが)いに信用しあうことで成り立っています。

 たとえ,処罰されず,損害賠償を払わなくても済んだとしても,

 ウソをつく人は,まわりからの信用を失います。

 社会の中で生きていくことを,自分で難しくしてしまうのです。




 もちろん,いつも必ずほんとうのことしか言ってはいけない,というわけではありません。

 4月1日のエイプリルフールにつくウソは,世の中を明るくしますし,

 幼い子どもにサンタクロースからのプレゼントがあるのも,素敵なことだと思います。



 病気,セクシュアリティ,前科前歴,自分のルーツや家族のことなど,

 社会に差別や偏見(へんけん)があるために,ほんとうのことをまわりに話せず,

 事実とちがうことを話さなければいけないこともあります。

 それは,さっき挙げた犯罪のような,他の人や社会を傷つけるウソとは,ちがいます。

 むしろ,事実とちがうことを話さなければならない本人が,一番傷ついています。

 ほんとうのことを話せないようにさせている,差別・偏見のある社会のがわの問題です。

 私は,そうやって苦しんでいる人たちから,「ウソとして犯罪にならないか」という法律相談を受けることも,多くあります。





 もしも,失敗や悪いことをしてしまった時には,

 ウソをついてごまかすのではなく,早いうちに正直に話しましょう。

 一度ウソをつくと,そのウソにつじつまを合わせるために,さらにウソを重ねなければなりません。

 そうしてウソを重ねていくと,かならずどこかで,つじつまが合わなくなります。

 そして,ウソをつき続けていたことがばれて,信用を大きく失います。

 私は弁護士として,そうやってウソをつき続けて信用をなくした大人たちを,たくさん見ています。



 その逆に,犯罪をしていないのに,「やっただろう」と疑われているとき,

 とても厳しい取り調べにたえられず,「やりました」とウソの自白をさせられてしまう危険があります。

 犯罪をしてしまっている場合でも,実際にしたこと以上にひどいことをしたかのように自白させられてしまう危険もあります。

 そういう危険から身を守るために,答えたくない質問には答えないままでいることができます。

 それを,「黙秘権(もくひけん)」と言います(別の記事でくわしく書きます)
【★19】




 大人はよく,子どもたちに「ウソをついてはいけない」,と言いますね。



 でも,子どもが一生懸命ほんとうの話をしているのに,大人が「それはウソだ」と決めつけて信じないということが,多く起きています。

 そして,「ウソをつくな」と言っているその大人が,子どもに都合よくウソをついている,ということも,よくあります。

 さらには,子どもには「ウソをつくな」と偉そうに言う大人が,その人よりも力のあるものに向かっては「ウソをつくな」と声を上げないで黙っている,ということさえあります。




 私はそれらを,大人の一人として,とても恥ずかしく思っています。




 あなたには,

 お互いを信用しあえる社会のしっかりしたメンバーの一人として,

 誠実に生きる大人になってほしい,

 私はそう強く願っています。

 

 

 

 

 

【★1】 刑法169条 「法律により宣誓(せんせい)した証人が虚偽(きょぎ)の陳述(ちんじゅつ)をしたときは,3月以上10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する」
【★2】 偽証罪に問われるのは,「ウソを言いません」と宣誓した証人ですが,16歳未満の証人には宣誓をさせることができないことになっているので,偽証罪に問われることもありません。
 民事訴訟法201条2項 「16歳未満の者又は宣誓の趣旨(しゅし)を理解することができない者を証人として尋問(じんもん)する場合には,宣誓をさせることができない」
【★3】 民事の裁判では,当事者(原告や被告)は,偽証罪には問われませんが,過料(かりょう)という行政罰があります(刑事罰ではありません)。
 民事訴訟法209条1項 「宣誓した当事者が虚偽の陳述をしたときは,裁判所は,決定で,10万円以下の過料に処する」
【★4】 憲法41条 「国会は,国権の最高機関であって,国の唯一の立法機関である」
【★5】 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律6条1項 「この法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは,3月以上10年以下の懲役に処する」
【★6】 軽犯罪法1条 「左の各号の一に該当する者は,これを拘留(こうりゅう)又は科料(かりょう)に処する」 「一六 虚構(きょこう)の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者」
【★7】 刑法172条 「人に刑事又は懲戒(ちょうかい)の処分を受けさせる目的で,虚偽の告訴,告発その他の申告(しんこく)をした者は,3月以上10年以下の懲役に処する」
【★8】 刑法233条 「…偽計(ぎけい)を用いて,人の…業務を妨害した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★9】 刑法157条1項 「公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若(も)しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
 同条2項 「公務員に対し虚偽の申立てをして,免状,鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」
【★10】 刑法230条1項 「公然と事実を摘示(てきじ)し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」
【★11】 内容がほんとうであれば,名誉毀損罪として罰せられない場合もあります。
 刑法230条2項 「死者の名誉を毀損した者は,虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ,罰しない」
 刑法230条の2第1項 「前条第1項の行為(こうい)が公共の利害に関する事実に係(かか)り,かつ,その目的が専(もっぱ)ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否(しんぴ)を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない」
 同条2項 「前項の規定の適用については,公訴が提起されるに至(いた)っていない人の犯罪行為に関する事実は,公共の利害に関する事実とみなす」
 同条3項 「前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない」
【★12】 刑法233条 「虚偽の風説(ふうせつ)を流布(るふ)し,又は偽計(ぎけい)を用いて,人の信用を毀損し,又はその業務を妨害した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★13】 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得(え),又(また)は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★14】 文書偽造罪・行使罪は,公文書と私文書とで条文がちがい,公文書の偽造・行使のほうが重く処罰されます。
 刑法155条1項 「行使の目的で,公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し,又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は,1年以上10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も,前項と同様とする」
 同条3項 「前二項に規定するもののほか,公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し,又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は,3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」
 刑法158条1項 「第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し…た者は,その文書若しくは図画を偽造し,若しくは変造し,虚偽の文書若しくは図画を作成し…た者と同一の刑に処する」
 刑法159条1項 「行使の目的で,他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し,又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は,3月以上5年以下の懲役に処する」
 同条2項 「他人が押印し又は署名した権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も,前項と同様とする」
 同条3項 「前2項に規定するもののほか,権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し,又は変造した者は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」
 刑法161条1項 「前2条の文書又は図画を行使した者は,その文書若しくは図画を偽造し,若しくは変造し,又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する」
【★15】 刑法148条1項 「行使の目的で,通用する貨幣,紙幣又は銀行券を偽造し,又は変造した者は,無期又は3年以上の懲役に処する」
 同条2項 「偽造又は変造の貨幣,紙幣又は銀行券を行使し,又は行使の目的で人に交付し,若しくは輸入した者も,前項と同様とする」
【★16】 刑法104条 「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し,偽造し,若しくは変造し,又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は,3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
【★17】 刑法160条 「医師が公務所に提出すべき診断書,検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは,3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する」
【★18】 刑法156条 「公務員が,その職務に関し,行使の目的で,虚偽の文書若しくは図画を作成し,又は文書若しくは図画を変造したときは,印章又は署名の有無により区別して,前2条の例による。」
【★19】 憲法38条1項 「何人(なんぴと)も,自己に不利益な供述を強要されない」
 刑事訴訟法198条2項 「前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨(むね)を告げなければならない」

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2017年6月 1日 (木)

小学生も刑務所や少年院に行くの?

 

 小学生でも刑務所や少年院に行くことってあるんですか?

 

 


 刑務所は,罰を受ける場所です。

 仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」が,その罰です
【★1】


 刑法には,「14歳未満の子どもがしたことは罰しない」と,はっきり書かれています【★2】【★3】

 「14歳未満」というのは,「まだ14歳になっていない,13歳以下」ということです。


 だから,小学生が犯罪をしても,刑務所に入れられることは,100%ありません




 少年院は,教育を受けるための場所です。

 少年院と刑務所のちがいは,「少年院ってどんなところ?」の記事にくわしく書いたので,読んでみてください。



 10年前までは,14歳未満の子どもが少年院に入れられることは,100%ありませんでした【★4】


 ところが,2003年(平成15年)に,中学1年生(13歳)が4歳児を殺した事件が起きたり,

 翌年の2004年(平成16年)にも,小学6年生が同級生を殺した事件が起きたりして,

 社会の中では,「法律が甘い。もっと厳しくするべきだ」という意見が強くなっていました。



 それで,10年前の2007年(平成19年)に法律が変わり,

 14歳未満の子どもも,少年院に入れられるようになりました。


 だいたい12歳くらいになっていれば,少年院に入れてもかまわない,ということになったのです【★5】

 だから,
今の法律では,小学生も少年院に入ることはありえます


 ただ,14歳未満の子どもは,特別に必要なときしか,少年院に入れられません【★6】

 なので,少年院に入る14歳未満は,毎年10人くらいしかいません。

 しかもそのうち12歳以下は,この10年の間で,たった2人だけです
【★7】

 この2人が小学生か中学生かは,統計ではわかりません。





 14歳未満の子どもは罰せられないので,

 警察が逮捕することも,100%できません
【★8】【★9】

 (14歳以上なら逮捕されることがあります。「逮捕された!早く外に出たい」の記事も読んでみてください。)




 でも,「14歳未満なら,犯罪をしても必ず自由でいられる」というわけでもありません。




 警察は,児童相談所に連絡をします
【★10】

 児童相談所は,親から虐待を受けている子どもや,病気・障害を持っている子どもなど,

 いろんな子どもたちを,守り,サポートする役所です。

 その児童相談所が,「一時保護」という手続で,あなたを家に返さずにとめ置くことがありえます
【★11】


 また,重い犯罪のときには,

 児童相談所が,さらに家庭裁判所に連絡します
【★12】

 そうすると,その子は,14歳以上の子どもと同じように「審判(しんぱん)」という裁判を受けます
【★13】

 その審判までの間,「あなたがどういう人かを見きわめる必要がある」,と裁判官が考えると,少年鑑別所(かんべつしょ)というところにとめ置かれます。

 これを,「観護措置(かんごそち)」と言います
【★14】




 児童相談所や家庭裁判所が,いろんなことを調べて,

 「家に帰すのは,この子のためにならない。犯罪をしたこの子がきちんと立ち直るためには,生活をしっかり見守っていかないといけない」と考えたら,

 
14歳未満なら,児童福祉という社会のしくみの中で,暮らすことになるのがほとんどです


 児童福祉というしくみで暮らす場所として,「児童養護施設」や,「児童自立支援施設」があります。


 「児童養護施設」では,親がいない子どもたちや,虐待から保護された子どもたちなどと,みんなでいっしょに生活します
【★15】【★16】


 「児童自立支援施設」は,非行が進んでいる子ども向けの,児童養護施設よりも生活のワクがきっちりしている施設です
【★17】【★18】

 児童自立支援施設は,中学生の子どもが多いですが,小学生ももちろんいます
【★19】

 「施設の中に小学校・中学校がある」という児童自立支援施設も多いです
【★20】



 児童養護施設や児童自立支援施設は,

 刑務所や少年院のように閉じ込めて厳しく扱うための場所ではありません
【★21】

 生活するための場所,育っていくための場所です
【★22】



 「人は,若ければ若いほど,良い方向に大きく変わっていく力を持っている。

 だから,小さな子どもは,刑罰でこらしめるのではなく,

 刑罰以外の方法で,良い方向に変わっていけるようにしよう」。


 それが,

 14歳未満の子どもを罰しない理由
【★23】

 児童福祉のしくみにつなげる理由です。




 若ければ若いほど,自分で生きていく力がまだ強くないので,

 そのぶん,周りの大人たちからの影響を,強く受けて育ちます。


 周りの大人たちから自分が大切に扱われていなければ,

 自分が他の人を大切にするのは,難しいことです。



 だから,小さいときに,大きな犯罪をしてしまった子どもには,

 刑務所や少年院に閉じ込めて厳しくするよりも,

 児童福祉のしくみの中で,お互いを大切にすることを学びながら生活し,育っていけるようにしよう。


 法律は,そう考えています。



 大切な存在として扱われ,安心・安全な毎日を送れるということ。

 それは,けっして「甘やかし」などではなく,

 人が人として生きていく上で,誰もが小さいときから必要な,だいじなことなのです。

 

 

 

 

【★1】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★2】 刑法41条 「14歳に満たない者の行為(こうい)は,罰しない」
【★3】 少年法3条 「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付(ふ)する。…二 14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年…」
 犯罪をした14歳未満の子どもは,「触法(しょくほう)少年」と呼ばれます。罰せられないけれど,「法に触(ふ)れることをした」,という意味です。
【★4】 旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著(いちじる)しい故障のない,14歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,14歳以上26歳未満の者を収容する」
 「少年院法制定当初は,送致年齢の下限は『おおむね14歳』とされていたが,同少年院法施行数ヶ月後には少年院法の昭和24年改正がなされ,下限を14歳とした。その際,『その運用を検討した結果,14歳に満たない少年は,これを14歳以上の少年と同一に取り扱うことは適切でなく,もしこれに収容保護を加える必要のあるときは,すべてこれを児童福祉法による施設に入れるのが妥当』と説明された(1949年4月23日・衆議院法務委員会)。以来,50年以上にわたって,少年院送致の下限年齢は14歳とされてきた。これは,児童福祉法と少年法との領域を基本的に14歳で区切りをつけたことを反映しており,14歳以上と14歳未満とでは,原則として異なる理念,異なる制度で取扱うことのあらわれである。また,刑事責任能力と論理必然ではないとしても,これに符合(ふごう)する形で峻別(しゅんべつ)されてきた。」2005年3月17日日本弁護士連合会「『少年法等の一部を改正する法律案』に対する意見」(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2005_16.pdf
【★5】 改正後の旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著しい故障のない,おおむね12歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,おおむね12歳以上26歳未満の者を収容する」
 現少年院法4条1項1号 「第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(略)」
 同条同項3号 「第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの」
【★6】 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★7】 少年矯正統計少年院2009年,2012年,2015年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001065800
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001112236
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001155256
 平成20年の総数3971人のうち,12歳以下:0人,13歳:2人
 平成21年の総数3962人のうち,12歳以下:0人,13歳:3人
 平成22年の総数3619人のうち,12歳以下:0人,13歳:13人
 平成23年の総数3486人のうち,12歳以下:0人,13歳:7人
 平成24年の総数3498人のうち,12歳以下:0人,13歳:9人
 平成25年の総数3193人のうち,12歳以下:1人,13歳:10人
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人
 平成27年の総数2743人のうち,12歳以下:0人,13歳:10人
【★8】 「14歳未満の少年を逮捕することはできない。『罪を犯した』(刑訴199条1項本文・210条1項第1段)又は『罪を行い』『罪を行い終わった』(刑訴212条)ということがいえない以上,当然である」(平野龍一・松尾浩也編「新実例刑事訴訟法Ⅰ」232頁)
 「2007年『改正』少年法で警察に認められた触法調査権限には,押収・捜索,検証,鑑定嘱託(法6条の5)の対物強制が含まれる。逮捕・勾留・鑑定留置等の対人強制は認められない」(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」65頁)
 少年法6条の5第1項 「警察官は,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件の調査をするについて必要があるときは,押収,捜索,検証又は鑑定の嘱託をすることができる」
【★9】 現行犯逮捕のときは,14歳未満かどうかはっきりしないために逮捕されてしまうことも,実際上はあり得ます(現行犯逮捕は,警察でなくても,一般の人も行うことができます)。その場合,その逮捕は,逮捕時点では違法とまではいえまえんが,14歳未満であることが分かった時点で,すぐにその子を釈放(しゃくほう)しなければなりません。
 刑事訴訟法213条 「現行犯人は,何人(なんぴと)でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」
 同214条 「検察官,検察事務官及び司法警察職員以外の者は,現行犯人を逮捕したときは,直(ただ)ちにこれを地方検察庁若(も)しくは区検察庁音検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない」
 実際に14歳未満の子が逮捕されたケースではありませんが,東京高裁平成3年5月9日判決・判例時報1394号70頁は,一般論として,「鉄道公安職員捜査要則…,鉄道公安本部長の…指令により,鉄道公安職員が現行犯人を逮捕したときは,…逮捕した現行犯人の身柄(みがら)は,誤逮捕であることが明らかとなった場合や刑事未成年者であることが明らかとなった場合等に限って,釈放すべきこととされていることが認められる」「鉄道公安職員が私人から現行犯逮捕をした被疑者の身柄を引き渡された場合においても,鉄道公安職員が現行犯人を逮捕した場合と同様に,誤逮捕であることが明らかとなった場合や刑事未成年者であることが明らかとなった場合等においては,鉄道公安職員の権限においてこれを釈放すべきである…」
 なお,被告人宅の目の前でサバイバルゲームをしていた当時13歳の男子中学生の胸ぐらをつかんだという暴行事件について,被告人による暴行は「犯人である〔中学生〕の身柄と犯行の用に供したエアガンを確保する目的でされたものとして,刑訴法213条,217条に基づく現行犯逮捕に当たり,刑法35条の法令行為として違法性が阻却(そきゃく)される」と判示した判例もあります(岡山地裁津山支部平成24年2月2日判決・判例タイムズ1383号379頁)。
【★10】 警察から児童相談所に連絡するのは2つの方法があります。一つは,もともとあった制度で,児童福祉法25条に基づいて,要保護児童として通告する方法です。もう一つは,2007年(平成19年)の改正で設けられた事件の送致の方法です。一定の重大事件の場合は,この二つが重複することになります(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」70頁)。
 児童福祉法25条1項 「要保護児童を発見した者は,これを市町村,都道府県の設置する福祉事務所若(も)しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。ただし,罪を犯した満14歳以上の児童については,この限りでない。この場合においては,これを家庭裁判所に通告しなければならない」
 同法6条の3第8項 「…保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童(以下「要保護児童」という。)…」
 少年法6条の6 「警察官は,調査の結果,次の各号のいずれかに該当するときは,当該調査に係る書類とともに事件を児童相談所長に送致しなければならない。
 一 第3条第1項第二号に掲(かか)げる少年〔注:触法少年〕に係(かか)る事件について,その少年の行為が次に掲げる罪に係る刑罰法令に触れるものであると思料(しりょう)するとき。
  イ 故意(こい)の犯罪行為により被害者を死亡させた罪
  ロ イに掲げるもののほか,死刑又は無期若しくは短期二年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪
 二 前号に掲げるもののほか,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件について,家庭裁判所の審判に付(ふ)することが適当であると思料するとき」
【★11】 児童福祉法33条1項 「児童相談所長は,必要があると認めるときは,第26条第1項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童の一時保護を行い,又は適当な者に委託して,当該一時保護を行わせることができる」
 同条2項 「都道府県知事は,必要があると認めるときは,第27条第1項又は第2項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童相談所長をして,児童の一時保護を行わせ,又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる」
【★12】 少年法6条の7第1項 「都道府県知事又は児童相談所長は,前条第1項(第一号に係る部分に限る。)の規定により送致を受けた事件については,児童福祉法第27条第1項第四号の措置をとらなければならない。ただし,調査の結果,その必要がないと認められるときは,この限りでない」
 児童福祉法27条1項四号 「家庭裁判所の審判に付することが適当であると認める児童は,これを家庭裁判所に送致すること」
【★13】 少年法3条2項 「家庭裁判所は,前項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕及び同項第三号に掲げる少年〔注:ぐ犯少年〕で14歳に満たない者については,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り,これを審判に付することができる」
【★14】 少年法17条1項 「家庭裁判所は,審判を行うため必要があるときは,決定をもって,次に掲(かか)げる観護の措置をとることができる。
 一 家庭裁判所調査官の観護に付すること
 二 少年鑑別所に送致すること」
【★15】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童養護施設…に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 …児童養護施設に送致すること」
【★16】 児童福祉法41条 「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」
【★17】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童自立支援施設に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 児童自立支援施設…に送致すること」
【★18】 児童福祉法44条 「児童自立支援施設は,不良行為をなし,又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ,又は保護者の下から通わせて,個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い,その自立を支援し,あわせて退所した者について相談その他の援助を行うことを目的とする施設とする」
【★19】 「現状では,10歳から15歳位の児童が多く,中でも中学生年齢の児童が多くを占めている。近年では,次のような特徴を持った児童が少なくない。 ①虐待など不適切な養育を行った家庭や多くの問題を抱える養育環境で育った子ども ②乳幼児期の発達課題である基本的信頼関係の形成が達成できていない子ども ③トラウマを抱えている子ども ④知的障害やADHD・広汎性発達障害などの発達障害を抱えている子ども ④反社会的問題行動といった外在化の問題ばかりでなく,抑うつ・不安といった内在化の問題も併せて抱えている子ども」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」298頁)
【★20】 「平成24年4月現在47カ所で施設内に小・中学校を設置し,入所児童に義務教育を実施している。全国児童自立支援施設協議会調べ」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」302頁)
【★21】 ただし,その子の性格や行いなどから,児童自立支援施設でも行動の自由を制限しなければならない場合があります。その場合は,必ず家庭裁判所が判断しなければなりません。現在,この強制的措置をとることができる施設は,国立の施設2か所だけです(男子は武蔵野学院,女子はきぬ川学院)。
 児童福祉法27条の3 「都道府県知事は,たまたま児童の行動の自由を制限し,又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは,…事件を家庭裁判所に送致しなければならない」
 少年法18条2項 「第6条の7第2項の規定により,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けた少年については,決定をもって,期限を付して,これに対してとるべき保護の方法その他の措置を指示して,事件を権限を有する都道府県知事又は児童相談所長に送致することができる」
【★22】 刑務所と少年院は法務省の管轄(かんかつ)ですが,児童養護施設と児童自立支援施設は厚生労働省の管轄です。
【★23】 「人の精神的発育にはかなりの個人差が存(そん)するといえよう。しかし,刑法は満14歳未満の者を画一的に責任無能力とした。もちろん,41条は,14歳に満たなければ,是非善悪の判断ができず,またそれに従った行動ができないとしているわけでもない。年少者の可塑性(かそせい)を考慮し,政策的に刑罰を科すことを控(ひか)えたものと考えられる」(前田雅英「刑法総論講義第3版」271頁)

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