4_お金のこと

2016年9月 1日 (木)

バイト先でミスすると給料から引かれてしまう

 

 高校生です。飲食店でバイトしてます。注文を間違えて作っちゃった商品がムダになったり,うっかり皿やグラスを割ったりすると,そのぶんが給料から引かれちゃうんですが,そんなにしょっちゅうミスしているわけでもないのに,これっておかしくないですか?

 


 はい。おかしいです。




 たしかに,法律の基本的なルールは,こうなっています。


 「わざと,または,うっかり,してはいけないことや約束違反をして,相手に迷惑(めいわく)をかけてしまったら,相手が損をしたぶんのお金を,払わないといけない」【★1】

 そのお金のことを,「損害賠償(そんがいばいしょう)」と言います。



 でも,雇(やと)われている人が,仕事でミスをして職場に迷惑をかけてしまったとき,

 何でもかんでも職場に損害賠償を払わないといけない,というわけではありません。




 職場には,他の人間関係とは,ちょっとちがうところがあります。

 「人を雇って働かせることで,職場には,お金をもうけられるというプラスがある」,ということです。



 そういう関係なのですから,

 雇っている人がふつうに働いている中でミスをしてしまったのなら,

 そのぶん起きたマイナスの損も,職場がかぶるべきなのです。

 人を雇って働かせることで,職場がプラスを得ているのに,

 マイナスのほうは働いている人に負わせる,というのでは,おかしなことです。



 いつもは正確に動く機械やロボットだって,故障したり動かなくなったりします。

 ましてや,人間は,機械やロボットではありませんから,

 どんなに気をつけていても,小さなミスをしてしまうことは,誰だってあります。



 職場が,できるだけ損をしたくないのなら,

 働いている人ができるだけミスを起こさないように,

 みんなの仕事のしくみを工夫しなくてはいけません。

 職場がそういう努力をしないで,何でもかんでも働いている人のほうに責任を負わせてはいけないのです。




 注文を間違えてしまったり,

 皿やグラスを割ってしまったり,

 おつりを間違えて客に渡してしまったりということは,

 どんなに気をつけていても,起きてしまうことのあるミスです。



 そういうミスなら,そのぶんは,

 職場があなたにお金を払えと求めることはできませんし,

 あなたも職場にお金を払わなくてよいのです
【★2】



 もちろん,物やお金を盗んだりするなど,従業員がわざと職場に損をさせたのなら,損害賠償を払わなければいけません。

 また,わざとではなくても,従業員のうっかりの度合いがあまりにもひどければ,やはり損害賠償を払わなければいけないことがありえます
【★3】



 でも,そんなふうに職場に損害賠償を払う必要がある場合でも,

 
職場が従業員の給料から一方的に差し引くことは,許されません【★4】【★5】

 一方的に給料から差し引いたら,そのようなことをした職場が,犯罪として処罰されます
【★6】


 職場がいったん給料の全額を払ってから,従業員が職場に損害賠償を払うか,

 あらかじめ従業員がOKしたうえで,給料から差し引くことにするか,

 そのどちらかでなければいけないのです。




 あなたの場合,

 ふつうのミスなのですから,損害賠償を職場に払わなくてもよいのに,

 さらに,一方的に給料からお金が差し引かれてしまっているので,

 職場がしていることは,二重におかしいのです。




 勝手に差し引かれてしまっている分のお金は,払ってもらうように,職場に求めることができます。




 弁護士をつけて話し合いをしたり,裁判をしたりして払わせることもできますが,

 労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)という国の役所や,各都道府県の労政事務所(ろうせいじむしょ)に解決を求めるのが,費用もかからず,スムーズなことも多いです。




 一人ひとりが安心して働くことができるよう,

 法律がいろんなルールで働く人を守っているということを,

 ぜひ知っておいて欲しいと思います。

 

 

【★1】 民法415条 「債務者(さいむしゃ)がその債務の本旨(ほんし)に従(したが)った履行(りこう)をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責(せ)めに帰(き)すべき事由(じゆう)によって履行をすることができなくなったときも,同様とする」
 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★2】 そもそも労働過程において通常求められる注意義務を尽(つ)くしているとして損害賠償が否定されているケースとして,大阪地方裁判所平成10年1月23日判決(労働判例731号14頁。上司への報告や関係部署との打合わせを十分行わない等の職務上の不始末により会社に損害を与えたとしてなされた元労働者への損害賠償請求が退けられた事例),大阪地方裁判所平成11年9月8日判決(労働判例775号43頁。病院が雇用するリハビリ治療者の過失によって入院患者を負傷させ治療費の支払を余儀なくされたとして病院が労働者に対して行った損害賠償請求が,同人に過失は認められないとして棄却された事例)等。
 また,軽過失の場合には労働者に損害賠償義務が生じない(当該事案としては使用者が労働者に求償権を行使できないという結論)と判示したものとして,名古屋地方裁判所昭和62年7月27日判決(労働判例505号66頁)。「原告〔注:会社〕は被告〔注:従業員〕の労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして,損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である」
【★3】 ただし,従業員が損害賠償を払わないといけない場合でも,必ず全額を払わないといけないのではなく,いろんな状況をもとに,金額が制限されます。
 最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決(民集30巻7号689頁) 「使用者が,その事業の執行(しっこう)につきなされた被用者(ひようしゃ)の加害行為により,直接損害を被(こうむ)り又(また)は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若(も)しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般(しょはん)の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償(きゅうしょう)の請求をすることができるものと解すべきである」(この事案の結論として,従業員が払う額を4分の1に制限)
【★4】 給料は,全額を労働者に払わなければいけません。これを,「全額払いの原則」と言います。
 労働基準法24条1項 「賃金は,通貨で,直接労働者に,その全額を支払わなければならない。(略)」
【★5】 最高裁判所第二小法廷昭和31年11月2日判決(民集10巻11号1413頁 ) 「労働基準法24条1項は,賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨(むね)を規定し,これによれば,賃金債権(さいけん)に対しては損害賠償債権をもって相殺(そうさい)をすることも許されないと解するのが相当である。」
【★6】 労働基準法120条 「次の各号の一に該当する者は,30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第23条から第27条まで…の規定に違反した者 (略)」

2016年6月 1日 (水)

生活保護を受けている家でも奨学金で大学に行ける?

 

 高校2年生です。母と二人暮らしで,生活保護を受けています。卒業後の進路に悩んでるんですが,家が生活保護を受けていても,大学に行けるんですか。もし行けるとしたら,奨学金を使うことになると思うんですが,奨学金を借りたら後で返すのが大変だと聞いていて,それも心配です。

 

 大丈夫です。

 家が生活保護を受けていても,大学に行くことはできます。




 「お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなるよ!」



 私が,進路とお金に悩んでいたある高校生にそう話すと,

 その子も,それを聞いていた周りの大人も,びっくりした顔をしていました。

 そしてその次に,「それなら,がんばってみよう」と,みんな明るい顔になったのが,とても印象的でした。

 「自分も大学に行けるんだ」。

 そういう前向きな気持ちを,ぜひ持ってください。




 生活保護のお金は,生活するのにぎりぎりの額なので
【★1】

 そこから大学に行く費用を出すのは難しい,とあきらめていませんでしたか。



 生活保護だと,役所から「働ける人は働きましょう」と言われるから,

 高校を卒業したら,大学に行かずに働かないといけない,とあきらめていませんでしたか。

 あるいは,働きながら通える夜間大学しか選べない,とあきらめていませんでしたか
【★2】



 役所のケースワーカーさんに,早めに相談をしてください。

 あなたが高校を卒業するときに,「世帯分離(せたいぶんり)」という手続をとってもらえば,

 あなたが大学に行くことができます
【★3】



 生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯に払われます
【★4】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合は,今,あなたとお母さんの2人分の生活保護のお金が,お母さんに払われています。



 その世帯を分けて,別々にするのが,「世帯分離」です。

 あなたの場合,世帯分離をすると,

 お母さん一人の世帯と,あなた一人の世帯の,2つの世帯ができます。

 「世帯分離」は,書類の上の手続きなので,

 実際にお母さんと離れて暮らす必要まではありません。

 お母さんと一緒に暮らし続けることができます。



 お母さんは,引き続き生活保護を受けることができます。

 ただし,世帯からあなたが抜けるので,

 生活保護のお金は,お母さん一人分に減ります。



 あなたのほうは,生活保護を止めます。

 そして,奨学金や,アルバイトで稼いだお金で,学費と生活費をまかなうのです。

 もし,離婚したお父さんがいるなら,お父さんにも学費や生活費を負担してもらうように,話をしてみてください
【★5】


 あなたがお母さんと世帯が一緒のままだと,

 あなたがかせいだお金や,他から受け取ったお金は,役所に返さないといけません。

 (その理由は,「アルバイトをしたら生活保護の不正受給と言われた」の記事を見てください)

 でも,世帯分離をすれば,その必要がなくなります。

 あなたがかせいだお金や,奨学金,お父さんからのお金を,あなたが自分のために使えます。


 また,入学の時に必要になるお金を,今のうちから,生活保護のお金の中からやりくりして貯めておくこともできますから,ケースワーカーに相談してください【★6】



 「奨学金を借りたら,後で返すのが大変だ」と,よく言われますね。



 「奨学金」と聞いて多くの人がイメージするのは,

 「日本学生支援機構」という,国の奨学金です
【★7】

 むかしは,「日本育英会」という名前でした。



 大学を卒業した時点で,返さないといけない奨学金は,何百万円にもなります。

 日本学生支援機構の奨学金は,利子がつかないものもあるのですが,それを利用するのはハードルが高く,

 利子がつく奨学金を利用すれば,返さないといけない金額がふくらみます。

 そういった奨学金を,10年や20年もの長い時間をかけて,返し続けていかなければなりません。

 大学を卒業したあと,暮らしが厳しくなって,奨学金を返すのが難しくなっても,

 日本学生支援機構は,支払いを待ってくれたり,免除してくれたりを,なかなか簡単には,してくれません
【★8】【★9】

 むしろ最近はとても取り立てが厳しくなっていて,大きな問題になっています
【★10】

 裁判所の力で,奨学金などの借金を返さなくてもよいようにしてもらう「自己破産」の手続きがありますが,

 破産をすると,今度は保証人になっている親や親族が払うことになるので,

 「迷惑をかけられない」と,手続きをためらう人も,多くいます。

 (ただ,破産をしなくても,本人が払えなくなれば,いずれ保証人が払わないといけなません。正確なことを知るためにも,こまったら早めに弁護士に相談してください。)




 日本学生支援機構の奨学金,つまり,国の奨学金には,いろんな問題があって,

 弁護士会も,改善を求めて意見を出しています
【★11】

 でも,あなたの進学のために必要であれば,デメリットをふまえてもなお,利用したほうがよい,ということもあるでしょう。



 奨学金は,国のものだけではありません。

 都道府県や市区町村の,利子がつかない奨学金もあります。

 民間の団体や企業には,「給付型」といって,返さなくてよい奨学金もあります。

 入学先の大学にも奨学金の制度があって,入学前から申し込めるところもあります
【★12】


 奨学金のしくみは,たくさんあって,しかも複雑なので,

 自分に合ったものがどういうものかを知るのも一苦労ですし,

 提出書類をそろえたりするのも,大変です。

 めんどうだからと,最初からあきらめてしまう人も,多くいます。



 でも,最初に書いたように,

 お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなります。

 ケースワーカー,学校の先生,地域の人を巻き込んでください。

 あなたが,「大学で学びたい」という強い気持ちをもって,あなた自身が動けば,

 あなたを支えて一緒に動く大人は,必ずいます。

 弁護士も,その大人の中の一人です。



 自分で自分の人生を選んで進んでいけること。

 一人ぼっちではなく,支えてくれる人がいるということ。

 それが,とてもだいじなことなのです。





 この社会には,「大学で学びたいなら,そのメリットを受ける人が自分でお金を負担するのは当然だ」,などと考える人が,多くいます。

 でも,他の国では,大学がタダで通えるところも,多くあります。

 世界は,「みんなが大学にタダで通えるように,少しずつ取り組んでいこう」と約束しているのですが
【★13】

 日本は,つい最近の2012年まで,それをずっと認めてきませんでした
【★14】

 その間に,大学の学費は,逆にどんどんと上がっていきました。



 多くの国では,返さなくてよい「給付型」の奨学金が充実していますが,

 日本では,「返す奨学金」のほうがメインです。

 先進国の中で,大学がタダでないのに,「返す奨学金」に頼らないといけない国は,日本だけだと言われています
【★15】


 「返す奨学金」には,利子がつくものと,つかないものがあります。

 2003年に,日本育英会が日本学生支援機構に変わる法律ができたとき,

 国会は,「利子のつかない奨学金を基本にしよう」とメッセージを出しました
【★16】

 それなのに,実際には,利子のつく奨学金のほうが増えてしまっています。



 学びたいという気持ちと,学ぶ力があるのに,

 どの家に生まれ育ったか,お金のある家か,そうでないかで,

 大学に行ける/行けないが決まってしまうのは,まったくおかしなことです。



 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★17】


 「お金がなければ学べない」,

 子どもたちが,そんなふうにあきらめてしまうような社会は,

 絶対に,変えていかなければいけません。



 そして,あなたもぜひあきらめずに,

 いろんな大人を巻き込み,いろんな制度を使って,

 自分の道を切り開いていってください。

 

【★1】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★2】 働きながら夜間大学に通う場合には,世帯分離をせず,生活保護を受けたままでもOKなことがあります。
 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「4」「次の各要件のいずれにも該当(がいとう)する者については,夜間大学等で就学(しゅうがく)しながら,保護を受けることができるものとして差しつかえないこと。(1)その者の能力,経歴,健康状態,世帯の事情等を総合的に勘案(かんあん)の上,稼働(かどう)能力を有(ゆう)する場合には十分それを活用していると認められること。(2)就学が世帯の自立助長(じょちょう)に効果的であること。」
【★3】 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「5」「次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと。…(略)…(2)次の貸与金(たいよきん)を受けて大学で就学する場合 ア 独立行政法人日本学生支援機構法による貸与金 イ 国の補助を受けて行われる就学資金貸与事業による貸与金であってアに準ずるもの ウ 地方公共団体が実施する就学資金貸与事業による貸与金(イに該当するものを除く。)であってアに準ずるもの」
【★4】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★5】 実の親ならば,子を扶養(ふよう)する義務があり,大学に進学して20歳になったあとであっても,学費や生活費を負担すべき場合があります。
 東京高裁平成12年2月5日決定・家月53巻5号187頁 「4年制大学への進学率が相当高い割合に達しており,かつ,大学における高等教育を受けたか否(いな)かが就職の類型的な差異につながっている現状においては,子が義務教育に続き高等学校,そして引き続いて4年制の大学に進学している場合,20歳に達した後も当該大学の学業を続けるため,その生活時間を優先的に勉学に充(あ)てることは必要であり,その結果,その学費・生活費に不足を生ずることがあり得るのはやむを得ないことというべきである。このような不足が現実に生じた場合,当該子が,卒業すべき年齢時まで,その不足する学費・生活費をどのように調達すべきかについては,その不足する額,不足するに至った経緯,受けることができる奨学金(給与金のみならず貸与金を含む。以下に同じ。)の種類,その金額,支給(貸与)の時期,方法等,いわゆるアルバイトによる収入の有無,見込み,その金額等,奨学団体以外からその学費の貸与を受ける可能性の有無,親の資力,親の当該子の4年制大学進学に関する意向その他の当該子の学業継続に関連する諸般(しょはん)の事情を考慮した上で,その調達の方法ひいては親からの扶養の要否を論ずるべきものであって,その子が成人に達し,かつ,健康であることの一事をもって直ちに,その子が要扶養状態にないと断定することは相当でない」
【★6】 厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」
「問第3の18-2 高等学校等に就学中の者がいる被保護世帯において,当該者が高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費に充てるため,保護費のやり繰りにより預貯金等をすることは認められるか。
答 保護費のやり繰りによって生じた預貯金等については,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして保有を容認して差しつかえない取り扱いとしている。…(略)…次のいずれにも該当する場合,保護費のやり繰りによって生じた預貯金等は,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められるものとして,保有を容認して差しつかえない。…(略)… 1 具体的な就労自立に関する本人の希望や意思が明らかであり,また,生活態度等から卒業時の資格取得が見込めるなど特に自立助長に効果的であると認められること。 2 就労に資する資格を取得することが可能な専修学校,各種学校又は大学に就学すること。 3 当該預貯金等の使用目的が,高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費(事前に必要な入学料等に限る。)に充てるものであること。 4 やり繰りで生じる預貯金等で対応する経費の内容や金額が,具体的かつ明確になっているものであって,原則として,やり繰りを行う前に保護の実施機関の承認を得ていること。」
【★7】 独立行政法人日本学生支援機構(http://www.jasso.go.jp/
【★8】 1回あたりの返す額を半額にして,返す期間を長くする「減額返還」,返すのをいったん止めて先延ばしにする(その間利息は発生しない)「返還期限猶予(ゆうよ)」,亡くなったり,障害を負ったりしたときに,返すのを免除される「返還免除」があります(http://www.jasso.go.jp/shogakukin/henkan_konnan/index.html)。昔は学校の先生になれば奨学金の返済を免除される制度がありましたが,その制度は1998年に廃止されています。
【★9】 日本弁護士連合会は,「返済困難者に対する各種救済制度につき,返済困難者の実情に合わない制度上・運用上の利用制限をやめ,利用しやすい救済制度に改めるべきである」と意見を出しています(2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★10】 「奨学金を返したくても返せない人が増え続けている現状に逆行し,追い打ちをかけているのが,機構における金融(きんゆう)的手法の導入と回収強化策です。2004年に,それまでの日本育英会が廃止され,同奨学金事業が機構に引き継がれると,奨学金は『金融事業』と位置づけられ,金融的手法が強まりました」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」113頁)
 「機構の債権回収においては,借り手の返済能力を無視した,無理な支払いを求められることが多いのが特徴である。延滞金のカットなどはほとんど認められず,月々の返済についても,柔軟な対応をしてくれないことが多い。これは,制度内の救済手段が極めて不十分なものであることとも関係がある」(日本弁護士連合会貧困問題対策本部アメリカ奨学金制度調査団編「アメリカ奨学金制度調査報告書-我が国の奨学金制度に対する提言-」34頁)
【★11】 日本弁護士連合会2013年6月20日「奨学金制度の充実を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130620_5.pdf
 日本弁護士連合会2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★12】 奨学金アドバイザーの久米忠史さんの「ここが知りたかった107のQ&A 奨学金借りる?借りない?見極めガイド」(合同出版)は,日本学生支援機構の奨学金のことはもちろん,それ以外の奨学金についてもわかりやすく説明しています。
【★13】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。…(略)… (c)高等教育は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的(ぜんしんてき)な導入により,能力に応じ,すべての者に対して均等(きんとう)に機会が与えられるものとすること」
【★14】 【★13】のうち,「特に,無償教育の漸進的な導入により」の部分を,日本はずっと留保していました。2012年9月11日に日本が留保を撤回(てっかい)するまで,この条項を留保していた国は,日本とマダガスカルのたった2つだけでした。
 外務省「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html
【★15】 「OECD加盟国中,大学の学費が有償であるにもかかわらずほとんどを貸与型奨学金に頼っているのは日本だけであり,これは,我が国の奨学金制度の最も根本的な問題です」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」142頁)
【★16】 衆議院文部科学委員会2003年6月6日附帯決議「政府及び関係者は,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。…(略)… 三 …憲法,教育基本法の精神にのっとり,教育の機会均等の実現のため,無利子奨学金を基本としつつ…有利子貸与については,将来にわたって,奨学生の過度の負担にならないよう努めること」http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/156/0096/15606060096017.pdf
【★17】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
   

2016年5月 1日 (日)

お金がなくて住む場所がなくなりそう

 

 19歳です。高校を中退して家を追い出され,ネットで知り合った人に,その人の家の部屋の一つを月4万で間借りさせてもらって,バイトして暮らしてきました。でも,時々メンタルが落ちてシフトに入れないので,いつもお金が足りません。先月と今月,家賃が払えなくて,知り合いから「来週にでも出て行ってくれ」と言われました。これからどうしたらいいか,その不安でまたメンタルが落ちてバイトに行けず,ますますお金がなくなっています。

 


 住む場所,自分の居場所がきちんとある,ということは,とてもだいじです。

 未成年のうちは,親の協力がなければ,アパートを借りるのが本当に難しいので,

 あなたが今の知り合いの部屋から追い出されるのは,とても不安だと思います。



 その知り合いから,「来週に」出て行くように言われているのですね。

 でも,いきなり来週に,あなたが部屋を出る必要は,ありません。




 あなたが知り合いから部屋を借り,家賃として4万円を払っているのは,

 「賃貸借(ちんたいしゃく)」という契約(けいやく),つまり,法律的な約束ごとです
【★1】


 契約書という紙を作っていなくても,

 未成年のあなたが親のOKをもらっていなくても
【★2】

 契約として,きちんと成り立っています。



 借り手のあなたが,「家賃を払う」という約束を守れなかったら,どうなるか。


 住む場所がなくなるのは,生活・人生の中で,とても大きなことです。

 借り手は,貸し手よりも立場が弱いので,

 法律は,部屋を借りる人のことを守っています。



 家賃を払うのが少し遅れていたり,1,2回払えていなかったりしても,

 それだけでは,貸し手は,「約束違反だから,部屋から出て行け」とは言えません。

 貸し手と借り手のあいだの信頼関係がこわれるほどの,大きな約束違反があって,

 はじめて,「部屋から出るように」という話になるのです
【★4】【★5】


 あなたは,家賃が払えていないのが2ヶ月ぶんですし,

 払えない理由も,心の調子をくずして働くことができないからですよね。

 そのほかに,その知り合いとの信頼関係がこわれるような特段のことがないのなら,

 あなたが今,あわてて部屋を出る必要はありません。



 その知り合いと,ゆっくりきちんと話し合って下さい。

 話し合いがまとまらないまま,あなたを出て行かせるには,

 その知り合いが裁判の手続きをとる必要がありますし,それには時間がかかります。

 裁判所の手続きをとらないで,知り合いが,あなたの荷物を勝手に外に出したり,部屋の鍵を変えたりして追い出すことは,

 「自力救済(じりききゅうさい)」と言って,法律上,許されません。

 もし,知り合いがそういうことをしたら,すぐに弁護士に相談してください。




 「家賃を払うために,どこかからお金を借りよう」,と考えたかもしれません。

 「親のOKがなくても未成年の人にお金を貸します」という業者も,中にはあります。

 でも,そういった業者からお金を借りることは,しないでください。

 利息が高いので,あっという間に借金の額が増えていき,ますます苦しくなります。

 未成年の人が,親のOKなくお金を借りたら,「親のOKがなかった」という理由で,そのお金の貸し借りをナシにできるのですが
【★2】

 たとえ貸し借りをナシにしても,生活費として使ったぶんは,結局,業者に返さないといけないのです
【★6】


 もし,すでに業者からお金を借りてしまっているなら,すぐに弁護士に相談してください。

 弁護士が業者との話し合いに立って,借金の額を減らす交渉をしたり,分割して返す約束をし直したり,

 裁判所で借金をナシにしてもらう,「破産(はさん)」の手続きをとったりすることができます。

 親の協力がなければ,20歳になるまで待たないといけない手続もありますが,

 未成年の今のうちから弁護士がサポートできることを,ぜひ確認してください。




 大人であれば,「一時的に緊急にお金が必要」というときに,きちんとしたところからお金を借りることができます。

 社会福祉協議会という,困っている人をサポートするところが貸してくれる,「緊急小口資金貸付」という制度です
【★7】

 ところが,この制度も,未成年だと,親の協力がなければ使えません
【★8】

 もともと,「未成年が契約するときに親のOKが必要」と法律が決めているのは,子どもを守るためです。

 それなのに,親に家から追い出されたあなたのようなケースで,

 親のOKがないことを理由に,困っている子どもが,きちんとしたところからお金を借りられないのでは,

 ほんとうにおかしい,本末転倒(ほんまつてんとう)だと,私は思っています。




 あなたが生活を立て直すまでのあいだ,人としてきちんとした暮らしを送れるようにするために,生活保護という制度があります【★9】【★10】

 あなたの給料で暮らしていくのに足りないぶんを,生活保護がカバーします
【★11】

 生活保護は,20歳になっていなくても,受けることができます
【★12】

 市役所や区役所に申請をしてから実際に生活保護が始まるまでの期間は,原則2週間ですが,伸びると30日かかります
【★13】【★14】

 それを待っている間にお金の余裕がなくなってしまわないよう,申請は早めにするようにしてください。

(市区町村によっては,実際の生活保護が始まる前に,お金を「緊急払い」してくれるところもあります。)

 生活保護の申請が自分ひとりではなかなかうまくいかないなら,弁護士があなたといっしょに役所と話をすることもできます
【★15】



 少なくとも生活保護が認められるまでは,引き続き今の部屋にいさせてもらえるように,あなたの知り合いに話をしてみましょう。

 どうしても難しいようなら,事情を役所に話し,部屋を出て当面の間寝泊まりできるところを,役所に確保してもらいましょう
【★16】

 生活保護を受けられるようになったら,自分でアパートを借りたり,自立をサポートする施設に入ったりして,これからの生活を立て直していくことができます。




 お金は,生きていくうえでとても大事なものですが,

 そのお金のせいで,生活や人生がおしつぶされることのないように,

 そのための法律があり,制度があります。

 住む場所をきちんと確保して,不安を減らし,心の健康を取り戻せるよう,

 ぜひ,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 民法601条 「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益(しゅうえき)を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★2】 未成年のときに親のOK(同意)がないまま契約をしたら,「親のOKをもらっていなかった」ということを理由に契約をそのナシにすること(取消し)ができます。逆に言えば,取り消されるまでは,有効な契約として扱われます(内田貴「民法Ⅰ」246頁)。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 同条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★3】 借地借家法という特別な法律で,借り手が守られています。
【★4】 「信頼関係破壊理論」,または,「信頼関係の法理」と呼ばれています。
 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・民集18巻6号1220頁 「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至(いた)る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認(ぜにん)するに足りる」
 「 (民法)541条によると僅(わず)かな債務不履行(さいむふりこう)でも催告(さいこく)期間内に履行(りこう)がなければ解除できることになりそうであるが,不動産賃貸借が些細(ささい)な債務不履行で解除されてしまうと,賃借人は居住や営業の拠点(きょてん)を失うことになって,余りに不均衡(ふきんこう)な損失が発生する…そこでこれを制限する解釈論が展開した」「(最高裁で)採用された理論は信頼関係破壊理論(あるいは信頼関係の法理)などと呼ばれる。この理論には2つの側面がある。一方で,賃借の債務の不履行があっても,信頼関係を破壊しない些細な不履行では解除できないが,他方で,厳密には賃貸借契約上の債務の不履行といえなくても信頼関係が破壊されるに至(いた)れば,解除可能となる」(内田貴「民法Ⅱ」229~230頁)
【★5】 あなたの知り合いの家が,その人の持ち家ではなく,賃貸で借りている部屋なら,大家さんにOKをもらわずにあなたが住んでいるのは「又貸し(またがし)」になりますから,民法上の「無断転貸(むだんてんたい)」にあたります(民法612条)。また,大家さんと知り合いの間で結んでいる契約でも,ふつうは「誰が住むか」ということも含めて約束していますから,その約束違反にもなります。ただ,そういった違反があっても,それだけで大家さんが知り合いに対して「部屋を出て行くように」と言えるのではなく,やはり,又貸しによって大家さんと知り合いとの間の信頼関係がこわされているかどうかが重要になります。法律上は,又貸ししてもらっているあなたも,大家さんに直接義務を負うことになってはいますが(民法613条1項),又貸しによる大家さんとのトラブルは,第一には直接の借り手であるその知り合いが大家さんと対応するものです。あなたは,あなた自身の生活の場所・お金のことを第一に考えて動いてください。
【★6】 未成年の人が,「親のOKがなかった」という理由で契約をナシにした場合,お金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」とされます(民法121条但書「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」)。
 他方で,裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。
 未成年の人にお金を貸す業者は,その裁判例を利用するために,「生活費として使うためにお金を借ります」という書面を,未成年の人に書かせていることが多いです。
【★7】 5日くらいの審査で,最大10万円まで,連帯保証人なしで,無利子で借りることができます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/activity/documents/20150519-koguchi201504.pdf
【★8】 2016年4月22日,東京都社会福祉協議会の福祉資金部福祉資金貸付担当に電話で確認済み
【★9】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する」
【★10】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする」
【★11】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする」
【★12】 「生活保護の利用できる要件として,成人(満20歳以上)でなければならないことはありません。したがって,未成年子の子だけの世帯であっても,生活保護を利用することは法律上可能です」「もっとも,…児童福祉法に基づいて保護される子については,そちらが優先されます」(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」110~111頁)
【★13】 生活保護法24条3項「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」
 同条5項「第3項の通知は,申請のあった日から14日以内にしなければならない。ただし,扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる」
【★14】 その期間に,あなたにお金がないのかどうか,他にあなたを援助する家族がいないかどうかを,役所が調べます。役所から家族に連絡が行きます(役所から家族に連絡しなくていい例外もあるにはあるのですが,特別な場合にしか認められないのが現状です)。それを嫌がって生活保護申請をためらう人も多いです。しかし,あなたを助けてくれない家族に生活保護申請が知られることの嫌な気持ちのマイナスより,生活保護を受けて安心・安定した暮らしを得られるプラスのほうが大きいことがほとんどです。不安な人は,そのことも含めて,一度,弁護士と相談するとよいでしょう。
【★15】 弁護士費用も心配する必要はありません。日本全国の弁護士がお金を出し合い,生活保護申請に協力する弁護士に,費用を出しています。
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/hourituenjyojigyou.html
【★16】 親から家を出されたことや,病気がちのあなたを親がきちんと面倒を見ないということが,虐待になるようなら,子どものシェルターを利用することも考えられます。詳しくは,「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい。もっとも,あなたの場合は,記事本文で書いたように,いますぐ知り合いの家から出る必要まではないので,シェルターを使わずに次の居場所を見つけていくことができる可能性が,十分あります。まずは,弁護士に相談してみてください。

2016年4月 1日 (金)

正社員ってどういう働き方?

 

 これから就職活動して,卒業後に働き始めるつもりなんですが,「正社員」ってどういうものか,他の働き方とどうちがうのか,いまいちよくわかりません。

 

 

 じつは,「正社員」という言葉は,法律にはありません。

 私が今から説明するのは,「多くの人がだいたいそう考えている」というものです。

 「正社員は必ずこういうもの」というわけではないので,気をつけてください。




 正社員は,「会社に直接雇(やと)われて,定年までずっと,フルタイムで働く人」のことです【★1】




 正社員は,フルタイムで働きます。



 フルタイムというのは,「1日中しっかり,毎日しっかり」,ということです。

 労働基準法は,働く時間は1日8時間/1週間40時間を超えないのが基本と決めています
【★2】

 正社員は,その1日8時間/1週間40時間か,それよりやや少ない時間で,めいいっぱい働きます
【★3】【★4】


 正社員とちがい,アルバイトやパートは,1日数時間/1週間に数日という働き方が多いです【★5】


 そういうちがいから,給料の払われ方も,

 正社員は「1ヶ月にいくら」という月給,アルバイトやパートは「1時間あたりいくら」という時間給が多いです。





 正社員は,定年までずっと働きます。



 正社員は,就職してから定年までのあいだ,よっぽどのことがないかぎり,クビになることはありません【★6】【★7】

 定年の年齢は,会社ごとにちがいますが,

 60歳や65歳を定年にしている会社が多いです
【★8】


 アルバイトやパートは,働く期間が何ヶ月と決まっていることが多いです。


 「フルタイムで働くけれど,期間が何ヶ月/何年と決まっている」,という働き方もあります【★9】

 それを,正社員と区別して,「契約社員」と言ったりします
【★10】


 アルバイトやパート,契約社員は,あらかじめ決めていた期間だけ働くのが基本ですが,

 期間が終わるとき,働く人も会社もお互いがOKすれば,更新(こうしん)して,引き続き働くことができます。

 でも,いつ更新されなくなるかわかりませんし,

 そんなに長い期間は働けないことがほとんどです。





 正社員は,会社に直接雇(やと)われ,給料も会社から直接もらいます。



 正社員とちがい,「ハケン(派遣)社員」は,会社に直接雇われていません。

 ハケン業者に雇われます。

 そして,会社に行かされて(ハケンされて),仕事をします。

 会社は,ハケン業者にお金を払います。

 そして,ハケン業者が,働く人に給料を払います
【★11】


 会社が払ったお金を,働いた人が全部受け取るのではなく,ハケン業者の取り分が抜かれます。

 働く人の安全を守る責任を,ハケン業者と会社がそれぞれどう負うのかも,あいまいになりがちです。

 だから,ハケンは,30年前まで禁止されていました
【★12】

 その後も,特殊(とくしゅ)な仕事にかぎって認められていました
【★13】

 ところが最近は,このハケンのしくみが,いろんな職場に広がってしまっています
【★14】




 正社員は,

 生活するのにじゅうぶんな給料をもらい,

 長く働く中で,仕事の能力を高めていくこともできます。

 よっぽどのことがなければ,クビになることはありませんし,

 ケガ,病気,老後,自分の家族などに対するサポートも充実しています
【★15】


 しかし,雇う側(がわ)からすると,

 会社の調子が良いときには,人をたくさん雇いたいけれど,

 会社の調子が悪くなったからといって,正社員をやめさせることは,かんたんにはできません。



 だから,

 アルバイトやパートのように短い時間・安い給料で働く人や,

 契約社員のように期限が決まっている人,

 ハケン社員のように会社が自分で直接雇うのではない人,

 そういう人たちを使うことで,会社の都合に合わせて,人件費(じんけんひ)を調整しようと考えるのです。



 でも,人は,モノや,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱うのは,してはならないことです。



 「正社員以外のいろんな働き方を選べるのは,働く側にとっても良いことだ」,などと言う人もいます。

 でも,「ほんとうは正社員として働きたいのに,働く先がないので,しかたなくそれ以外の働き方をしている」,

 そういう人が,今,315万人もいるのです
【★16】



 生活するのにじゅうぶんな給料をもらえない。

 仕事の能力を高めていくこともむずかしい。

 いつ更新されなくなって仕事を失うか,とても不安。

 そういう働き方をしなければならない人が,とても増えています。



 法律は,いろんな会社がいろんな商売をするためのベースとなる決まりを,たくさん作っています。

 そういう法律がたくさんあるのは,

 いろんな会社が活動し,社会全体が発展していくことが,

 私たち一人ひとりの幸せな暮らしにつながるからです。

 それなのに,会社の中で働いている人が大切にされないのでは,まったくおかしなことです。



 正社員ではない働き方をする人を守るための,特別な法律は,あるにはあるのですが,あまり役立っているとはいえません【★17~19】



 ただ,正社員であれば問題ないかというと,そうともかぎりません。

 ノルマが厳しい,残業時間が長い,残業代が払われない,嫌がらせがひどい,など,

 正社員を大切に扱わないひどい会社があるのも,また事実です。


 そのようなひどい会社なら,ある程度で見切りをつけて辞めることもだいじですし,

 労働組合に入ってみんなで職場と交渉をしたり,裁判でたたかったりして,よりよい職場に変えていくことも,

 会社を辞めるのと同じくらい,あるいはそれ以上に,だいじなことです。



 あなたはこれから,就職活動を通して,いろんな職場に出会うことと思います。

 働くルールについて,少しでも分からないことがあったら,

 ぜひ,今回のように尋ねたり,調べたりするようにしてください。

 それが,これから長い人生の中で働くあなた自身を守ることにつながりますし,

 あなたがいつか誰かを雇う立場になったときにも,絶対に必要となることです。

 

 

【★1】 菅野和夫「労働法第11版」291頁 「大多数の企業においては,契約の形態や内容上,通常(正規)の雇用関係にある従業員(正社員,正規従業員,正規雇用者などと呼ばれる)とは区別された労働者が,様々な呼称・契約形態において存在してきた。パート社員,アルバイト,契約社員,期間社員,定勤社員,嘱託(しょくたく),派遣社員,下請(したうけ)社員,等々であり,社会的に『非正規労働者』などと総称されてきた。正規雇用者は,当該(とうがい)企業との期間の定(さだ)めのない労働契約のもとで,長期的に育成され,企業内で職業能力とキャリアを発展させ,処遇(しょぐう)もそれに応じて向上するのが通例である。また,大企業・中堅(ちゅうけん)企業の多くでは,正規雇用者の解雇(かいこ)は,通例,その者の重大な非行や企業経営上の危機がないかぎり行われない」
【★2】 労働基準法32条1項 「使用者は,労働者に,休憩時間を除(のぞ)き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない」
 同条2項 「使用者は,1週間の各日(かくじつ)については,労働者に,休憩時間を除き1日について8時間を超えて,労働させてはならない」
【★3】 何時から何時まで働くか,休日をいつにするかは,会社ごとに「就業規則(しゅうぎょうきそく)」というルールを作って決めます。
 労働基準法89条 「常時10人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲(かか)げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない… 一 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇… (以下略)」
【★4】 それ以上働く「残業」は,あらかじめ,職場と働く人たちとの間で,どういう時にどのくらいまでできるか,ということ約束した「36協定(さぶろくきょうてい)」を作って,労働基準監督署に届ければ,その範囲で認められます。その残業代として,割増賃金が払われます。
 労働基準法36条1項 「使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,…その協定で定めるところによって労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。…」
 同法37条1項 「使用者が,…前条第1項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」
 「2割5分」というのは,25%のことです。
【★5】 ただし,1日数時間/1週間数日の正社員もありますし,逆に,フルタイムで働くアルバイトやパートもあります。
【★6】 「期間の定めのない雇用契約」と言います。
 会社をやめるときには,働く人・職場のお互いが納得して辞める「合意退職」がふつうですが,会社が「辞めないでほしい」と言っていても,働くがわは一方的に辞めることができます。逆に,あなたが「働き続けたい」と思っているのに,会社が一方的にクビにする「解雇(かいこ)」は,よっぽどのことがなければできないことになっています。
 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法第11版」738頁参照)。
【★7】 菅野和夫「労働法第11版」708頁 「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」
【★8】 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律8条 「事業主がその雇用する労働者の定年…の定めをする場合には,当該定年は,60歳を下回ることができない…」
 同法9条1項 「定年…の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,次の各号に掲げる措置…のいずれかを講じなければならない。 一 当該定年の引上げ 二 継続雇用制度…の導入 三 当該定年の定めの廃止」
【★9】 労働基準法14条1項 「労働契約は,期間の定めのないものを除き,一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは,3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては,5年)を超える期間について締結(ていけつ)してはならない。 一 専門的な知識,技術又は経験…であって高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約 二 満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)」
【★10】 法律の言葉では,「期限の定めのある雇用契約」という言い方になります。「契約」というのは,法律的な約束ごとという意味です。正社員だって,アルバイトやパートだって,ハケン社員だって,すべて「雇用契約」「労働契約」なのですから,ここだけ「契約社員」という表現を使うのは,本来はおかしなことです。
 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★11】 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律2条 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」
【★12】 菅野和夫「労働法第11版」69頁 「戦前においては,自己の支配下にある労働者を鉱山,土木建築,港湾荷役などの労働現場に供給し労務に従事させる人夫供給業(労務供給業)が行われてきた。これらの『労働者供給事業』は,労働者を継続的に支配下に置いて他人に使用させる点で,労働の強制,中間搾取(さくしゅ),使用者責任の不明確化などの弊害(へいがい)を伴(ともな)いがちであるとして,戦後の職安法では全面的に禁止され,労働組合法による労働組合またはこれに準ずるものが厚生労働大臣の許可を受けた場合のみ無料の事業を行いうることとされた」「1985年の労働者派遣法の制定とそれに伴う職安法の改正によって,以後は,…『労働者派遣』が『労働者供給』の適用範囲から除外されることとなった」
 職業安定法44条 「何人(なんぴと)も,次条に規定する場合を除くほか,労働者供給事業を行い,又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」
 同法4条6項 「この法律において『労働者供給』とは,供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律…第2条第一号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」
【★13】 1985年に労働者派遣法ができたときは16の業務,その後1996年に26業務に拡大されました。
【★14】 1999年と2003年の労働者派遣法改正で,一部の業務を除いてすべて派遣ができるようになりました。特に,2003年の改正では,製造業での派遣が認められるようになって,一気に増加しました。そして,2008年にリーマンショックが起き,派遣で製造業で働いていた多くの人たちが仕事を失って,とても大きな社会問題になりました。
【★15】 「正社員は社会保険に入る」,という話を聞いたことがあると思います。
 一般的には,健康保険と厚生年金の2つを合わせて,「社会保険」と言っています。
 ケガや病気をしたときに,病院に保険証を出すと,払うお金が3割だけですみますね。これが健康保険のしくみです。健康保険のほうが,7割を出してくれます。また,定年になって働くのをやめたあとは,年金をもらって生活することができます。これが厚生年金のしくみです。こういった,ケガや病気,老後などに備えて,毎月保険料を払います(給料から自動的に引かれます)。
 正社員ではない人,自営で仕事をしている人などにも,似たようなものとして,市役所や区役所で手続をする,国民健康保険と国民年金というしくみがあります。
 社会保険(健康保険・厚生年金)は,保険料を,働く人と会社の両方で払うので,国民健康保険や国民年金よりも,サポートが厚くなっています。
 健康保険は,扶養家族が何人いても保険料が同じですが,国民健康保険は家族が増えれば保険料も増えます。健康保険は,仕事以外の原因で病気やケガをして休むと「傷病手当」がもらえますが,国民健康保険ではもらえません。
 厚生年金は,国民年金にプラスして支給されるものですから,年金の額は高くなります。また,働いている人が亡くなったあと,遺族に支給される年金も,厚生年金のほうがサポートがしっかりしています。
 正社員は,この社会保険に加入するのが原則ですが,ごく例外的に加入させなくてもよい場合があります。アルバイトやパートは,フルタイムで働かないので,この社会保険に入っていないことが多いですが,労働時間が正社員のおおむね4分の3以上であれば,社会保険に加入できます(職場は加入させなければいけません)。
 契約社員やハケン社員は,2ヶ月以上継続して働いているなら,労働時間が短いのでない限り,社会保険に加入できる(職場が加入させなければいけない)ことがほとんどでしょう。
 厚生労働省「人を雇うときのルール」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/koyou_rule.html
 日本年金機構「厚生年金保険<健康保険(協会けんぽ)>について/適用事業所と被保険者」
http://www.nenkin.go.jp/service/kounen/jigyosho-hiho/jigyosho/20150518.html
【★16】 総務省「労働力調査(詳細集計)」(平成27年平均) 表4 現職の雇用形態についた主な理由別非正規の職員・従業員の内訳(2015年)
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/ndtindex.pdf
【★17】 アルバイトやパートでも,「通常労働者と同視」される人は,賃金や教育訓練,福利厚生などについて,正社員との間の処遇差別が禁止されます。「通常労働者と同視」されないアルバイトやパートについては,正社員とバランスのとれた処遇をするよう,使用者が努力・配慮しないといけないのですが,強いしばりではないという限界があります。
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条 「事業主は,職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの…については,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」
 同法10条 「事業主は,通常の労働者との均衡を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者…の職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し,その賃金…を決定するように努めるものとする」
 同法11条2項 「事業主は,…通常の労働者との均衡(きんこう)を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者の職務の内容,職務の成果,意欲,能力及び経験等に応じ,当該短時間労働者に対して教育訓練を実施するように努めるものとする」
 同法12条 「事業主は,通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって,健康の保持又は業務の円滑(えんかつ)な遂行(すいこう)に資(し)するものとして厚生労働省令で定めるものについては,その雇用する短時間労働者に対しても,利用の機会を与えるように配慮しなければならない」
【★18】 契約社員でも,更新がくり返されていたら,突然更新をしないでクビにすることはできなくなりますし(雇止め(やといどめ)制限法理),5年以上更新が続いたら,その後はずっと働き続けられる(正社員のように,期限の定めのない雇用契約になる)ことになります(無期転換申込権)。しかし,この規制にかからないように,会社は,更新を繰り返さないようにしたり,5年以上更新しないようにしたりして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶(きょぜつ)することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」
 同法18条1項 「同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約…の契約期間を通算した期間…が5年を超える労働者が,当該使用者に対し,現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に,当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは,使用者は当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。この場合において,当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は,現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件…とする」
【★19】 ハケン社員が,3年以上その職場で働き続けていたら,その職場の正社員になれます。しかし,この規制にかからないように,会社は3年以上ハケンを受け入れないようにして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の6 「労働者派遣の役務の提供を受ける者…が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には,その時点において,当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し,その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。…
 四 第40条の3の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること (以下略)」
 同法40条の3 「派遣先は,…当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所における組織単位ごとの業務について,派遣元事業主から3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣…の役務の提供を受けてはならない」

2015年12月 1日 (火)

亡くなった親が借金をしていた

 

 19歳で,きょうだいはいません。両親は私が幼いころに離婚しました。父は今どこで何をしているかわかりません。今年,母が亡くなり,何十万円かの預金と,私を受取人にしている200万円の生命保険を残していました。預金と生命保険の手続きは20歳にならないとできないらしいので,それまで待つことにしていました。ところが最近,母にかなりの額の借金があったことがわかり,業者から「返せ」という手紙が来て,とても困っています。

 

 

 ほんとうにその借金があったとしても,相続放棄の手続をすれば,あなたがその借金を払う必要はありません。

 また,相続放棄をしても,生命保険金は受け取ることができます。




 業者から突然「返せ」と連絡が来て,驚きましたよね。

 もしかして,お母さんが残した財産以上の借金を払わなくてはいけなくなるのかと,とても不安になったと思います。




 亡くなった人の財産を他の人が引き継ぐことを,「相続」と言います
【★1】


 あなたのお母さんは,「この財産をこの人に引き継がせたい」という「遺言(いごん)」を,書いてはいなかったのですね
【★2】

 遺言がなければ,法律に書かれている順番・割合で,家族が財産を引き継ぎます。



 あなたのお母さんが離婚していて,子どもがあなた一人だけなら,

 あなたがお母さんの財産を全部引き継ぐことになります
【★3】


 相続では,預金や土地・建物などのプラスの財産も,借金などのマイナスの財産も,両方とも引き継ぎます。


 でも,プラスの財産の額よりも,マイナスの額のほうが多かったら,それを引き継いで返していくのは,大変です。


 法律は,一人ひとりを大切な存在としてあつかっています。

 あなた自身が作った借金ではないのに,「家族だから」という理由だけで,必ず引き継がなければならないというのでは,おかしなことです。

 だから,借金などのマイナスの財産のほうが大きいときには,相続しないことができます。

 これを,「相続放棄(そうぞくほうき)」と言います
【★4】


 相続放棄は,亡くなった人の最後の住所の地域の家庭裁判所で,手続をします【★5】

 亡くなったことを知ったときから3か月以内に,手続をするのが原則です
【★6】

 3か月以内では財産を全部調べるのが間に合わないときには,

 「放棄するかどうか調べて考える期間を伸ばしてほしい」と裁判所に連絡します
【★7】


 あなたの場合,まだ20歳になっていないので,今はまだ,この相続放棄の手続をとることができません【★8】

 20歳になってから3ヶ月以内に手続をとれば大丈夫です。



 お母さんにあったという多額の借金が,ほんとうにあなたが払わなければならないものなのかどうか,よく確かめてみてください。

 むかしの借金なら,もう「時効(じこう)」で消えていて,払わなくてよくなっているかもしれません
【★9】

 利息が高かったときの借金なら,利息制限法という法律で計算しなおせば,借金の額が減っているかもしれません
【★10】

 20歳になる前に,弁護士に相談してみてください。



 相続放棄の手続きが終わると,裁判所が証明書を出してくれます。

 それを業者に見せれば,「お金を払え」と求められることは,なくなります。



 きちんと調べるまでは,業者に一部でもお金を返さないようにしてください。

 でも,もし,うっかり相続放棄の前にいくらか返してしまったとしても,

 お母さんの残したお金からではなく,自分のお金から払ったのなら,

 その後でも相続を放棄することはできますから,安心してください
【★11】



 相続放棄をすると,プラスの財産も引き継ぎません。

 なので,お母さんの残した数十万円の預金は,あなたが受け取ることはできません
【★12】


 でも,生命保険のお金は,相続放棄をしても,あなたが受け取ることができます。


 相続は,亡くなった時に,亡くなった人が持っていた財産を引き継ぐものです。

 あなたが受取人として指定されている生命保険のお金は,

 お母さんが亡くなったことによってはじめて,あなたに発生するお金です。

 お母さんが亡くなった時に,お母さん自身が持っていたものではありません。

 だから,相続放棄をしても,受け取ることができるのです
【★13】【★14】


 お母さんが,あなたのために残してくれた生命保険のお金です。

 ぜひ大切にして,今後のあなたの生活のために役立ててください。




 日本が大きな戦争に負ける前までは,一家の主(あるじ)が亡くなると,財産は全て家族のうちの一人が引き継ぎ,それも,長男が優先されていました
【★15】

 子どもが何人かいても,「年下だから」「女性だから」という理由で,子どもどうしが平等に扱われてこなかったのです。



 戦争に負けた後,日本は,一人ひとりを大切にする社会にしようと変わりました。

 相続も,子どもどうしなら,年や男女に関係なく平等に相続するようになりました。



 ところが,不平等は,まだ別のところで残りました。

 例えば,男性が,結婚している女性との間に子どもをもうけ,さらに結婚していない別の女性との間にも子どもをもうけていたとき,

 その男性が亡くなると,

 結婚していない女性のほうの子どもは,結婚している女性のほうの子どもの2分の1しか,相続することができなかったのです
【★16】


 子どもは,親を自分で選んで生まれてくることは,できません。

 お父さんが同じなのに,お母さんが結婚していたかどうかで,子どもどうしを違うあつかいにするのは,全くおかしなことでした。

 そして,ようやく2013年(平成25年)に,最高裁は,

 「親が結婚していたかどうかで子どもが相続できる割合が違うのは,憲法が保障している平等原則に違反している」,

 そう言って,今後は同じ割合で相続するという判決を出しました
【★17】


 相続というしくみが,なぜあるのか。

 いろんな説明が試されていますが,

 はっきりとした理屈で,すっきりと説明することは,実は難しいのです
【★18】

 そのためもあって,実際,いろんな不都合が,あちこちで起きています。

 私は,弁護士として,相続の事件を多くあつかっていますが,

 今の相続のしくみが理不尽(りふじん)だと思うことが,たくさんあります。

 裁判での争いや,国会での議論によって,相続についての法律を,より良いものに変えていく必要があると思っています。
 



 「子どもは,親を自分で選んで生まれてくることができない」。

 それは,財産が多くある親のもとに生まれてきた子どもと,そうでない子どもとの間でも,同じことが言えます。

 相続のしくみのことだけでなく,

 親が元気な時も,親が病気になった時も,そして,親が亡くなった後も,

 子どもたちが,その生まれてくる家庭によって,理不尽な違ったあつかいを受けることなく,

 一人ひとりが大切にされる社会であることが必要だと,私は強く思っています。

 

 

【★1】 民法882条 「相続は,死亡によって開始する」
 民法896条 「相続人は,相続開始の時から,被相続人(ひそうぞくにん)の財産に属(ぞく)した一切の権利義務を承継(しょうけい)する。ただし,被相続人の一身に専属(せんぞく)したものは,この限(かぎ)りでない」
 「被相続人」は亡くなった人のこと,「相続人」は亡くなった人の財産を引き継ぐ人のことです。
【★2】 民法964条 「遺言者(いごんしゃ)は,包括(ほうかつ)又(また)は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分(いりゅうぶん)に関する規定に違反することができない」
 「遺言」は,日常用語では「ゆいごん」と読みますが,法律用語では「いごん」と読みます。
【★3】 民法887条1項 「被相続人の子は,相続人となる」
 お母さんが離婚していなければ,お父さんも相続人になります(民法890条「被相続人の配偶者(はいぐうしゃ)は,常に相続人となる。(略)」,民法900条「同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。 一 子及(およ)び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする(略)」)。
 あなたが一人っ子でなければ,きょうだいで均等に相続します(民法900条「… 四 子…が数人あるときは,各自の相続分は,相等(あいひと)しいものとする。(略)」)。
【★4】 民法939条 「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす」
【★5】 民法938条 「相続の放棄をしようとする者は,その旨(むね)を家庭裁判所に申述(しんじゅつ)しなければならない」
 家事事件手続法201条1項 「相続の…放棄に関する審判事件…は,相続が開始した地を管轄(かんかつ)する家庭裁判所の管轄に属する」
 民法883条 「相続は,被相続人の住所において開始する」
【★6】 民法915条1項 「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇(か)月以内に,相続について,単純若(も)しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(略)」
【★7】 民法915条1項但書 「…ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって家庭裁判所において伸長(しんちょう)することができる」
【★8】 民法917条 「相続人が未成年者…であるときは,第915条1項の期間は,その法定代理人が未成年者…のために相続の開始があったことを知った時から起算する」
 あなたの場合,親権者であったお母さんが亡くなったので,法定代理人がいない状態です。親権者変更の手続をとってお父さんに親権者になってもらうのも,相続放棄のためだけに未成年後見人を家庭裁判所に選任してもらうのも,現実的ではないということも多いと思います。その場合は,あなたが20歳になるまで待ってから手続をとるのでも十分です。
【★9】 最後の取引から10年が経っていれば,時効で払わなくてよくなるのが原則ですが,貸し手がサラ金・クレジット会社(会社法5条)や銀行(商法502条8号)などなら,5年で時効になることがほとんどです。「時効を援用(えんよう)します」という通知を出せばOKです。
 民法167条1項 「債権(さいけん)は,10年間行使しないときは,消滅する」
 商法522条 「商行為によって生じた債権は,この法律に別段の定めがある場合を除き,5年間行使しないときは,時効によって消滅する」
 民法145条 「時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない」
【★10】 利息制限法1条 「金銭を目的とする消費貸借(しょうひたいしゃく)における利息の契約は,その利息が次の各号に掲(かか)げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは,その超過部分について,無効とする。 一 元本(がんぽん)の額が10万円未満の場合 年2割 二 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分 三 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分」
【★11】 福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定・家月51巻5号49頁 「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産…をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである」
【★12】 あなたが相続放棄をして引き継がれなかった預金と借金は,法律で決まっている次の順位の人に引き継がれます。次はお母さんの両親や祖父母で(民法889条1項1号),亡くなっていたり相続放棄をしたりすれば,その次はお母さんのきょうだい(同項2号),きょうだいが先に亡くなっていれば甥(おい)や姪(めい)です(同条2項,民法887条2項)。相続する人が誰もいなければ,相続財産管理人という人が選ばれて清算します(民法952条,953条)。清算後に残った財産があれば,相続人ではなかったけれども特別の縁故(えんこ)があったという人が引き継ぐか(民法958条の3),国が引き継ぎます(民法959条)。
【★13】 「特定の相続人を指名を表示して受取人と指定している場合であるが,これは,第三者のためにする契約であって,受取人として指定された相続人は,保険契約の効果として当然に保険金請求権を取得する。相続による取得と解する余地はない。この点に異論はない」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」246頁)。
 受取人が具体的な氏名ではなく「相続人」と指定されていた場合も,同じです(最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決・民集19巻1号1頁)。
 受取人が被相続人本人に指定されていた場合については,判例がありません。ウェブサイトでは,当然のように「この場合は相続財産になるので,相続放棄をしたら保険金を受け取れない」と断言しているものが多いようです。しかし,以下のように反対論(相続の対象ではないので放棄しても保険金を受け取れるという見解)も多くあります。
 「保険金受取人が被保険者本人(被相続人)とされている場合については,判例は存在しない。被相続人に保険金請求権が発生し,それが相続人に相続されるという見解が多数説であるが,保険金請求権が発生した時点で被保険者たる被相続人は死亡しているという点では,矛盾は否めない」(梶村太市他「家族法実務講義」388頁),「保険契約者が被保険者及び保険金受取人の資格を兼(か)ねる場合…保険事故による保険金請求権については,保険契約者の意思を合理的に解釈すれば,相続人を受取人と指定する黙示(もくじ)の意思表示があったと解するのが相当である。少なくとも,受取人の指定がない場合と同視すべきであろう。したがって,被相続人死亡の場合については,保険金請求権は相続人の固有財産となる」(司法研修所編「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」248頁),「保険契約者が自分自身を被保険者かつ受取人としている場合 この場合も,受取人の相続人となるべき物のためにする保険契約であって,同人が保険金請求権を固有の権利として取得すると解すべきである。これに対し,保険金請求権は保険契約者に帰属し,その相続人はこれを相続によって取得すると解するのが通説的見解である」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」263頁)
【★14】 生命保険金は遺産ではないのですが,相続税の計算の中では,生命保険金は「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条1項1号)。ただし,生命保険金は一定額までは非課税ですし(同法12条1項5号),基礎控除など様々な計算がありますから,相続税が発生しないことも多いです。相続税については,税務署や税理士に相談するとよいでしょう。
【★15】 むかしの民法では,一家の主のことを「戸主(こしゅ)」と呼んで,戸主が亡くなったり,隠居(いんきょ)したときに,家の財産をすべて一人が引き継ぐことになっていて,多くの場合長男が単独相続していました。これを「家督相続(かとくそうぞく)」と言います(なお,戸主以外の人が亡くなったときは,家督相続とは違い,共同相続でした)。
 明治民法970条 「被相続人の家族たる直系卑属(ちょっけいひぞく)は左の規定に従い家督相続人と為(な)る 一 親等の異なりたる者の間に在(あ)りては其(その)近き者を先にす 二 親等の同じき者の間に在りては男を先にす 三 親等の同じき男又は女の間に在りては嫡出子(ちゃくしゅつし)を先にす 四 親等の同じき嫡出子,庶子(しょし)及び私生子の間に在りては嫡出子及び庶子は女と雖(いえど)も之を私生子より先にす 五 前四号に掲げたる事項に付き相同(あいおな)じき者の間に在りては年長者を先にす」
【★16】 結婚している夫婦の間の子どもを「嫡出子(ちゃくしゅつし)」,結婚していない男女の間の子どもを「非嫡出子(ひちゃくしゅつし)」と言い,非嫡出子の相続分は,嫡出子の半分とされてきました。
 改正前の民法900条4号但書 「ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし…」
【★17】 最高裁判所大法廷平成25年9月4日判決・民集67巻6号1320頁 「昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准(ひじゅん)した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更(さら)にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権(さいりょうけん)を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。したがって,本件規定は,遅くとも平成13年7月当時において,憲法14条1項に違反していたものというべきである」
 憲法14条1項 「すべて国民は,法の下(もと)に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」
【★18】 「民法典に定めている相続法は,歴史的な産物であって,様々な社会的・思想的背景のもとに成立した制度が結合してできたものである。このため,相続制度全体をひとつの根拠によって一元的に説明することは困難である。社会学的な観点から相続の根拠を考える限り,必然的にそれは多元的な説明になる。そして,どんなに多元的であっても,また,たとえ併存する根拠が相互に矛盾するものであっても,社会学的な説明としては差し支えない。しかし,法解釈学の観点はこれとは異なる。…伝統的な学説は,多元的説明をしつつ,①潜在的(せんざいてき)持分の払戻し,②生活保障,③権利安定の確保を相続の根拠として挙げている」(内田貴「民法Ⅳ」322頁)

2015年9月 1日 (火)

おこづかいの値上げ交渉

 

 おこづかいを値上げしてもらう親との交渉って,どうやればいいんですか?

 

 弁護士は,お金についてのトラブルを,交渉・話し合いで解決することが多い仕事です【★1】

 その話を聞いた子どもたちから時々質問されるのが,この「おこづかいの値上げ交渉のやりかた」です。



 交渉・話し合いでの,だいじなコツが2つあります。

 ひとつめは,「相手にとってのマイナス・プラス」,

 ふたつめは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です。




 相手から何かを引き出したいとき,

 特に,それがお金というシビアな場面のときには,

 自分が「困っている」という話をいくらしても,

 それだけでは,相手にはひびきません。



 人が「動こう」と思う多くの場合は,

 「ここで動かないと自分にマイナスになる」と思ったときか,

 「ここで動いたほうが自分にプラスになる」と思ったときです。

 これが,ひとつめの,「相手にとってのマイナス・プラス」です。



 私たち弁護士は,交渉の相手が法律に違反しているときに,

 「ここであなたがきちんと動かないと,裁判になって,財産をとられたり,処罰されたりしますよ」という「マイナス」を伝えます。

 これは,とても強い交渉のカードです。

 虐待をする親や,体罰をする先生など,法律違反をする大人たちにも,

 この「マイナス」カードを使って話し合いを進めます。



 ところが,おこづかいは,この「マイナス」カードが使えません。

 親には,子どもを育てる義務がありますが
【★2】

 住むところ,着るもの,食べるもの,学ぶこと,

 それらを子どものためにきちんとしていれば,

 子どもを育てる義務を,じゅうぶん果たしていることになります。

 親が子どもに,おこづかいとして現金を渡さなければいけない義務までは,ないのです。

 たとえ親が子どもにおこづかいをあげなかったとしても,法律違反ではありません。

 おこづかいの額としていくらがふさわしいかということも,法律では決められません。



 「値上げしてくれないなら,こっちは~~しないぞ」。

 そういう「マイナス」カードが許される,特別な場合があります。

 働いている人々が,給料の値上げを職場と交渉する場面です
【★3】

 給料を上げるための交渉カードとして仕事をしないことを,ストライキと言います。

 これは,働く人を守るために,法律が認めているやり方です。

 しかし,こういう特別な場合のほかに「マイナス」カードを使うのは,とても慎重にしなければいけません。

 相手を脅(おど)したり,騙(だま)したりして困らせる「マイナス」カードは,

 それ自体が犯罪になってしまうことさえあります
【★4】

 そういう犯罪になりうることは,絶対にしてはいけません。




 おこづかいの値上げ交渉では,「マイナス」カードが使えませんから,

 「この子のおこづかいの額を上げたほうが,親の自分にとってプラスになる」,

 親にそう思ってもらうようにする必要があります。



 親は,どうすれば,「値上げしたほうが自分にプラスになる」と思うでしょうか。


 お金は,仕事をしてかせぐものですね【★5】

 その考え方から,家の中での仕事,つまり,「そうじ・洗濯・炊事などの家事を手伝うから,おこづかいを値上げしてほしい」と言うことが考えられます。

 あなたが家事を手伝えば,そのぶん親の負担が減りますから,プラスだと思ってもらえるかもしれません。



 「子どもの仕事は,勉強することだ」と言う大人も多くいます。

 そこから,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方を思いつく人もいるかもしれません。

 たしかに,子どもの成績が上がることを願っている親なら,

 おこづかいを値上げすれば,親自身の願いに近づいてプラスだと思ってもらえるかもしれません。

 ただ,勉強は,自分自身のためにするものです。

 親のためにするものではありません。

 働いてお金をかせぐというほんらいの「仕事」とは,意味がちがいます。

 なので,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方は,私からは,あまりお勧めしません。




 「なぜ,親がおこづかいをくれるのか」と視点からも,考えてみましょう。

 あなたが大人になったら,自分自身でお金のやりくりをして,生活をします。

 「大人になったときのために,子どものうちから,お金の管理や使い方を少しずつ学んでほしい」。

 おこづかいには,そういう思いが込められています
【★6】

 「お金の管理や使い方が身についてきている」と,あなたが成長していることが親に実感できて,

 「もう少し額を増やして,さらにお金の使い方を学べるようにしてあげよう」と,あなたがいっそう成長することを親が期待できる,

 そう思えることが,子どもを一生懸命育てている親にとっての,何よりのプラスです。



 そのために,

 おこづかい帳をしっかりつけて記録し,

 いままでおこづかいをどのように使ってきたのかがわかるようにすること。

 むだづかいをしないで,できるかぎり節約してきたことも,わかるようにすること。

 これから先のおこづかいの使い方の見通しを,きちんと説明すること。

 めんどうではあっても,

 あなたがお金を大切にしている姿勢がそうやって親に伝わること,

 それがだいじなのです。




 いままで書いてきたもののほかにも,あなたの親にとって「プラス」と思ってもらえるものが,あるかもしれません。

 あなたなりに,いろいろと考えてみるとよいと思います。




 そして,いざ,実際に親と交渉するとき,

 「おこづかいが足りなくて困ってる」

 「家事を手伝います」

 「こういうふうにきちんとお金を管理してきたし,今後もこうします」

 と話すよりも,もっと親に伝わる話し方があります。



 今,上に書いたのは,すべて,

 「自分はこう思う」「自分はこうしたい」という,

 あなたが自分のことを一方的に言っているだけです。

 こういう言い方を,私はいつも,「わたしメッセージ」と呼んでいます。

 この「わたしメッセージ」だけでは,相手に気持ちは伝わらないのです。



 自分の気持ちを相手に理解してもらいたいなら,

 まず自分自身が,相手の気持ちを理解しなければいけません。

 「あなたはきっと,~~と思っていますよね」と伝えること。

 私はそれを,「あなたメッセージ」と呼んでいます。



 これが,ふたつめの,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です【★7】


 私が弁護士として,犯罪をしてしまった人の弁護活動をするとき,

 本人に,被害者へのお詫(わ)びの手紙を書いてもらいます。

 すると,最初は,自分のことばかり書いて「ごめんなさい」と謝るだけの,「わたしメッセージ」しかない手紙ができあがることが,とても多いです。

 「自分がしてしまったことで,あなたに~~という思いをさせてしまいました。だからごめんなさい」,

 そういう「あなたメッセージ」を書かなければ,相手には伝わりません。

 そうやって手紙をいっしょに書き直していく中で,

 相手の気持ちを想像することの大切さを,本人とじっくりと話し合っていきます。



 この「あなたメッセージ」は,

 お詫びの場面だけでなく,日常のどんな場面でも当てはまる,だいじなことです。



 おこづかいの値上げ交渉の場面なら,

 家計にあまり余裕がない中で,子どもにおこづかいを渡すときの,親のしんどさ。

 子どもから値上げを求められたときの,親のとまどい。

 値上げしてもむだづかいをされるのではないかという,親の心配。

 子どものあなたにきちんと成長してもらいたいという,親の願い。

 そんな親の気持ちを想像して,

 それを,「あなたメッセージ」にして,きちんと伝えること。

 それが,話し合い・交渉をスムーズに進めるために,とても大切なことです。




 「相手にとってのマイナス・プラス」も,

 「わたしメッセージ・あなたメッセージ」も,

 相手の立場に立ってものごとを考えるという姿勢が,基本にあります。

 この姿勢は,おこづかいの値上げ交渉という駆(か)け引きの場面だけでなく,

 これから先,社会の中でいろんな人たちといっしょに生きていくために,様々な場面で,絶対に必要となることです。



 あなたの値上げ交渉がうまくいくことを願っていますが,

 もし,結果として,値上げができなかったとしても,

 相手の立場に立ってものごとを考えることの大切さが身についたなら,

 値上げできなかったお金のぶん以上に,

 あなた自身の良さが,しっかりと増していることと思います。

 

【★1】 弁護士は,裁判をして判決で決着をつけるのもだいじな仕事ですが,裁判をせずに話し合い・交渉で解決をすることも多いですし,裁判の中でも「和解」という話し合いがまとまって判決にまではならないで終わることも多いです。
 民法695条 「和解は,当事者が互(たが)いに譲歩(じょうほ)をしてその間に存(そん)する争いをやめることを約(やく)することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 民事訴訟法89条 「裁判所は,訴訟(そしょう)がいかなる程度にあるかを問わず,和解を試(こころ)み,又(また)は受命(じゅめい)裁判官若(も)しくは受託(じゅたく)裁判官に和解を試みさせることができる」
 同法267条 「和解…を調書に記載したときは,その記載は,確定判決と同一の効力を有(ゆう)する」
 平成26年中に全国の地方裁判所に提起された金銭を目的とする訴えの第一審の件数は9万9531件で,そのうち,和解で終了したものは4割近くの3万8026件です。(平成26年度司法統計 第19表 第一審通常訴訟既済事件数-事件の種類及び終局区分別-全地方裁判所 http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/908/007908.pdf
【★2】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★3】 経済的,社会的及ぶ文化的権利に関する国際規約(A規約)8条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,次の権利を確保することを約束する。…(d)同盟罷業(どうめいひぎょう)をする権利。ただし,この権利は,各国の法律に従(したが)って行使されることを条件とする」
 憲法28条 「勤労者(きんろうしゃ)の団結する権利及(およ)び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法1条2項 「刑法第35条の規定〔注:正当行為の規定〕は,労働組合の団体交渉その他の行為(こうい)であって前項に掲(かか)げる目的を達するためにした正当なものについて適用があるものとする。…」
 同法8条 「使用者は,同盟罷業その他の争議行為(そうぎこうい)であって正当なものによって損害を受けたことの故(ゆえ)をもって,労働組合又はその組合員に対し賠償(ばいしょう)を請求することができない」
【★4】 おどすのは脅迫罪(きょうはくざい),むりやり何かをさせるのは強要罪(きょうようざい),お金をむりやり出させるのは恐喝罪(きょうかつざい),お金をむりやり奪(うば)うのは強盗罪,だましてお金を出させたりすることは詐欺罪(さぎざい)です。
 刑法222条1項 「生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨(むね)を告知(こくち)して人を脅迫した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
 刑法223条1項 「生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害(ぼうがい)した者は,3年以下の懲役に処する」
 刑法249条1項 「人を恐喝(きょうかつ)して財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 刑法236条1項 「暴行又は脅迫を用(もち)いて他人の財物を強取(ごうしゅ)した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★5】 民法623条 「雇用(こよう)は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生ずる」
 ただし,記事本文で書いたような,家事の手伝いでおこづかいをもらう程度のことではなく,大人と同じように仕事をして働くことは,15歳になって最初の3月末(≒中学校卒業)まではできません。
 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★6】 法律は,親が許したぶんについては,子どもが自由に使っていい,としています。「子どもがだまされてお金を失うことはないだろう」,「お金の使い方をここで学んでもらおう」,ということを,金額の大きさや子どもの年齢に応じて,親が考えていくしくみになっています。
 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも,同様とする」
【★7】 記事本文で書いた「わたしメッセージ・あなたメッセージ」よりも,一般的には,トマス・ゴードン博士が提唱(ていしょう)している「わたしメッセージ・あなたメッセージ」のほうが有名です。
 トマス・ゴードン博士は,親が子育てをするとき,子どもの「あなた」で始まるか,「あなた」がどこかに入っているメッセージではなく,親の「わたし」がどう感じているかを伝えるメッセージのほうが,子どもの行動を変えさせるのに効果的で,子どもにとっても,親子関係にとっても,より健全な影響がある,としています(トマス・ゴードン著,近藤千恵訳「親業 子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方」109頁)。
〔トマス・ゴードン博士の「あなたメッセージ」の例〕
 やめなさい,そんなことしちゃいけません,やめないんだったら…,こうしたらどう?,いたずらっ子ね,赤ん坊みたいじゃないか,人の注意を引こうとして…,どうしていい子になれないの,もっとよくわかってるはずでしょ,など
〔トマス・ゴードン博士の「わたしメッセージ」の例〕
 だれかが膝の上にのぼろうとするとゆっくり休めないんだがな,疲れているときは遊びたくないんだよ,時間までにごちそうのしたくができないんじゃないしら心配だわ,きれいな台所がまた汚れているとほんとにガッカリしちゃうわ,など
 「わたしメッセージ」のほうがよい,というトマス・ゴードン博士の結論は,一見,私とさかさまのようにも思えますね。これは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」の意味が,トマス・ゴードン博士と私とで,ちがっているからなのですが,でも,トマス・ゴードン博士も私も,「相手の気持ちを考えて相手に伝わるようにメッセージを出そう」という点では,同じです。

2015年6月 1日 (月)

大学に行かないなら予備校代を返せと言われてる

 

 高校3年生です。親から「大学に行け」と言われて,高1のときから予備校に通わされてきました。でも,勉強が好きではなく,成績もよくありません。ほんとは,小さい頃から美容師になりたいと思っていて,今はその夢がどんどん強くなっています。親に,「大学に行きたくない。専門学校に行って美容師の資格を取りたい」と言ったんですが,認めてくれず,「大学に行かないなら,これまで払った予備校代を返せ」と言われています。私は,予備校代を親に返さないといけないんですか。

 

 いいえ。

 予備校代について,「返す・返さない」の話になることじたいが,おかしなことです。



 お金を借りたのなら,

 貸してくれた人に,返さなくてはいけません
【★1】

 自分でどこかに払わないといけないお金を,ほかの人に立て替えてもらったなら,

 立て替えてくれた人に,返さなくてはいけません
【★2】


 でも,あなたの予備校代は,

 親から借りたものでもなければ,

 立て替えてもらったものでもありません。

 あなたが親に返すものではありません。



 法律は,「家族をきちんと養(やしな)わないといけない」,としています【★3】

 法律の言葉で,「扶養(ふよう)」と言います。

 特に,親には,子どもを育てる義務があります
【★4】

 いろんなことを学んで成長している子どものうちは,

 自分で働いてかせぐことができないのですから,

 そういう子どもを育てるためのお金は,

 親が自分で出さなければいけません
【★5】

 着ること,食べること,住むことにかかるお金はもちろん,

 子どもが学ぶためのお金だって,そうです。



 あなたの親は,「大学に行くことがあなたが育つために必要だ」と考えて,予備校に通わせていたのですから,

 その予備校代は,そう考えた親が,自分で出すものです。

 あとで,いろんな事情で,子どもが大学に行かない,行けないことになったからといって,

 予備校代を子どもに払わせるのは,おかしなことです。



 親が子どもに,

 「大学に行かなかったら,予備校代を親に返します」,と,

 はっきり約束までさせてしまっているケースを見かけます。



 おこづかい程度の小さな金額であれば【★6】

 友だちや,きょうだいとのあいだで,貸し借りなどをすることもあるでしょうし,

 その約束をきちんと守ることも,大切でしょう。



 法律は,

 「子どもがお金の貸し借りなどをするときには,

 親がきちんとチェックしないといけない」,としています
【★7】

 子どもがお金の話をするときには,

 その子が自分に不利な約束をしてしまわないよう,

 親が子どもを守らなければいけないのです。



 ところが,

 お金の貸し借りの相手が親だと,

 親が,子どもに不利な内容を押し付けてきたとき,

 子どもを守る立場の人がいません。



 こういう場面を,法律の言葉で,「利益相反(りえきそうはん)」と言います。


 利益相反のときには,子どもを親から守るために,

 裁判所が「特別代理人」という別の人を選んで,子どもにつけなければいけないことになっています
【★8】

 特別代理人に選ばれた人は,

 子どもに不利にならないかどうかをきちんと考えて,

 親とのあいだで貸し借りなどの約束をするのです。



 特別代理人がいないままの約束を,子どもが守る必要はありません。

 20歳になったあとで,自分できちんと納得してその約束をOKしたら,払わなければいけませんが
【★9】

 そうでないかぎり,払う必要はありません。


 予備校代は,

 遊びや趣味のためのお金ではなく,教育にかかわるお金です。

 金額だって,おこづかい程度のレベルではなく,何十万円やそれ以上という,とても大きなお金です。

 もともとあなた自身が積極的に望んで行きたいと思っていたわけでもない,その予備校のお金を,

 「大学に行かないなら親に返せ」などというのは,法律からみて,明らかにまちがっています。


 「大学に進むよう,子どもに考え直させるために,

 法律的にどうなのかはともかく,子どもの教育のためにそう言ったんだ。

 弁護士が『払わなくていい』などと子どもに吹き込むのは迷惑だ」。

 そう言う親もいます。

 しかし,

 法律的にまちがったウソをついて子どもを騙(だま)し,

 「大学に行かないなら金を払え」と子どもを脅(おど)し,

 子ども本人が望んでいない,親の思うとおりの道に進ませようと,子どもを支配することなど,

 「教育」だとは,到底(とうてい)言えません。


 「こういうことを学びたい,こういう仕事に就きたい」。

 子どもの夢がはっきりしてくると,

 その意見が,親と衝突(しょうとつ)することもあるでしょう。

 一度決めた夢が途中で変わることだって,ふつうにあることですが,

 そういうときもやはり,親と衝突するかもしれません。


 でも,あなたの人生は,親のものではありません。

 あなたが自分で選んで,進んでいくべきものです。


 いままできちんと育ててくれたこと,

 自分のためを思ってくれているからこそ,安くはない予備校代を出してくれていたことについて,

 親への感謝の気持ちを,きちんと伝えてみてください。

 そのうえで,「美容師になりたい」という自分の強い気持ちを,親に受け止めてもらえるように,じっくりと話し合ってください。


 結局,親が理解してくれず,

 これから必要になる専門学校のお金は,

 アルバイトや奨学金などで,自分で工面(くめん)しなければいけないかもしれません。

 でも,これまでかかった予備校代は,あなたが親に返す必要は,ないのです。


 自分の人生を自分で選んで進んでいくときには,お金の問題は,とても重要です。

 お金のことについての,まちがった情報や,情報不足のせいで,

 将来後悔するような選択をしないためにも,

 親との話し合いがうまく進まないときには,

 ぜひ,周りの大人や,私たち弁護士に相談してください。

 

【★1】 お金の貸し借りのことを,法律の言葉では,「金銭消費貸借(きんせんしょうひたいしゃく)」と言います。
 民法587条 「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及(およ)び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生(しょう)ずる」
【★2】 「立替払(たてかえばらい)契約」と言います。
【★3】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
【★4】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★5】 内田貴「民法Ⅳ」294頁 「親族扶養の中の最も重要な類型のひとつである親の子に対する扶養に関してはどこに規定があるのだろうか。…実定法上の根拠としては,文言からも877条1項に含まれていると解してよいだろう」
 同295頁 「828条但書は,子の財産の収益を養育費に充(あ)ててよい旨(むね)規定している。言い換えれば,子の財産の元本(がんぽん)を養育費に充当(じゅうとう)することは原則として許されないのである。したがって,収益で不足する限(かぎ)り,親は自(みずか)らの資産・労力で子を養育しなければならない」
【★6】 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。…」
【★7】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
【★8】 民法826条1項 「親権を行う父又は母とその子との利益が相反(そうはん)する行為(こうい)については,親権を行う者は,その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」
 「親権者が,その親権に服する子どもとの間で直接契約を行う行為は,一般に契約が『相対立する契約当事者間』で行われることから,民法826条の利益相反行為に該当(がいとう)するのが通常です。もっとも,民法826条は未成年者の保護を目的とするものですので,例えば単純贈与のように,単に未成年者が利益のみを享受(きょうじゅ)し,債務その他の負担を一切負わないような場合には利益相反には該当しません」(新日本法規「Q&A子どもをめぐる法律相談」503頁)
【★9】 内田貴「民法Ⅳ」233頁 「利益相反行為は無権代理と同じであり,その効果は本人に帰属(きぞく)しない。ただし,子が能力者となった後に追認(ついにん)する余地はある」
 民法113条1項 「代理権を有(ゆう)しない者が他人の代理人としてした契約は,本人がその追認をしなければ,本人に対してその効力を生じない」
 最高裁判所第三小法廷昭和46年4月20日判決(最高裁判所裁判集民事102号519頁) 「上告人〔注:未成年者,のち成人〕…は,…事件の係属中,被上告人またはその訴訟代理人に対し,上告人〔親権者〕…による本件土地の売買予約に関する無権代理行為を追認したものであり,これにより,右売買予約中右4名の共有持分に関する部分は,その成立の時に遡(さかのぼ)って効力を生じたものである旨,および親権者が民法826条に違反して,親権者と子の利益相反行為につき法定代理人としてなした行為は民法113条所定の無権代理行為にあたる旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯(しゅこう)できる」

2015年3月 1日 (日)

「クビだ,明日から来るな」とバイト先から言われた

 

 昨日,バイト先で,機材をA君といっしょに運ぶときに,うっかりまちがった持ち方をしたせいで,機材が落ちてA君が骨折してしまい,A君は病院で「しばらく仕事はできない」と言われました。その事故のせいで,A君と僕は,社員から「おまえたちのような職場に迷惑をかけるやつはクビだ,もう明日から来るな」と言われました。僕たちはやめないといけないんですか。

 

 A君やあなたが仕事を続けたいのであれば,やめる必要はありません。

 もしそれでも職場が「来るな」というのであれば,働ければもらえたはずの給料を求めることができます。

 また,そのような職場をやめるとしても,解雇予告手当というお金をもらえる場合があります。



 働き始めるときに,「これから何ヶ月間働く」という期間を,職場とのあいだで決めていたかどうか,

 それをまず,確認しましょう。

 アルバイトなら,期間が決まっていることが多いですが,

 期間を特に決めていない場合もあります
【★1】

 働き始めるときに,必ず職場から書類をもらっているはずですから,確認してみてください
【★2】


 働き始めるときに,期間を決めていたなら,

 基本的には,その期間の終わりが,職場をやめるときです
【★3】


 それ以外のやめかた,つまり,

 「期間を決めていたけれど,その前に職場をやめる」,とか,

 「期間を決めていなくて,職場をやめる」,というのは,

 大きくわけて,つぎの3つのパターンがあります。



 1つめは,あなたと職場が話し合って,おたがいに納得して終わりにするパターンです。

 2つめは,職場はあなたに働いてほしいと思っているけれど,あなたが一方的にやめるパターンです。

 3つめは,あなたは働きたいと思っているけれど,職場があなたを一方的にやめさせる(クビにする)パターンです。



 社会の中で,いちばん多いやめかたは,1つめのパターンです。

 「合意解約(ごういかいやく)」,または,「合意退職」と言います。

 あなたのほうから「やめたい」と職場に申し込むのでも,

 職場のほうから「やめてほしい」とあなたに申し込むのでも,

 きちんと相談して,相手がOKして,まとまるのが,

 いちばん円満な,ふつうのやめかたです
【★4】


 でも,働くがわは,雇(やと)うがわよりも,弱い立場にあります。

 あなたがやめたいと思っているのに,

 職場がOKしなければずっと働き続けないといけない,というのでは,

 つらい生活が続くことになってしまいます。



 なので,法律は,

 職場がOKしなくても,あなたのほうから一方的にやめることができるときのルールを,もうけています。

 それが,2つめのパターンです。



 働く期間が決まっていたなら,

 その期間が終わるまではやめられないのが基本ですが,

 どうしてもしかたがない理由があるときにかぎっては,

 期間が終わる前でも,すぐに,一方的にやめることができます
【★5】【★6】


 期間が決まっていなかったなら,

 特に理由がなくても,

 やめますと伝えれば,その2週間後に,一方的にやめることができます
【★7】【★8】


 トラブルが一番多いのは,

 あなたは働きたいと思っているのに,職場が一方的にやめさせる(クビにする),3つめのパターンです。

 法律の言葉で,「解雇(かいこ)」と言います。



 解雇は,そんなに簡単にはできないことになっています。

 もし,職場が働いている人を自由にクビできる社会だったとしたら,どうなるでしょう。

 働いているがわは,

 いつクビになるのか,安心して毎日を過ごすこともできませんし,

 実際にクビになって,給料がもらえなくなれば,生活がとても大変です。

 新しい仕事を探すことも,そんなに簡単なことではありません。

 だから,法律は,働く人たちを守るために,

 この解雇ができる条件を,厳しくしています。



 A君は,仕事でケガをしてしまったのですね。


 こういう,仕事でケガや病気になったときのことを,

 「労働災害(ろうどうさいがい)」,略して「労災(ろうさい)」と言います
【★9】

 そして,

 「労災のケガを治すために休んでいるあいだと,治ったあと30日は,クビにしてはいけない」,

 法律は,そう厳しく決めています
【★10】

 もし,治療している人をクビにしたら,職場が犯罪として罰せられます
【★11】


 なので,A君は,職場をやめる必要はありません。



 また,あなたも,職場をやめる必要はありません。


 「解雇をしていいのは,

 きちんとした理由があって,

 クビするのが,社会の考え方からしてもしかたがないと言えるときだけ」。

 法律は,そう厳しく決めています
【★12】

 特に,多くのアルバイトのように,働く期間が決まっている場合には,

 「よっぽどの理由がなければ,期間が終わる前にはクビにできない」,と,

 よりいっそう厳しく決められています
【★13】【★14】


 解雇をしていいかどうかは,いろんな事情をもとに判断されますが,

 あなたの場合,

 うっかりまちがった機材の持ち方をして,事故を起こして職場に迷惑をかけたとしても,

 それだけで,解雇が認められるとはいえないでしょう。

 その事故で職場に迷惑をかけたことが,

 クビにするほどの「きちんとした理由」とまでは言えませんし,

 社会の考え方からしても,クビにするのがしかたがないとまでは,言えません。

 そもそも,働いている人がミスや事故を起こすのを,完全に防ぐのは,難しいことです。

 むしろ,職場があなたたちに,ふだんから正しい機材の持ち方をきちんと教えていなければいけませんし,

 あなたたちがまちがった持ち方をしていたのなら,その時に社員が注意して,事故を防がなければいけません。

 それなのに,あなたたちが事故を起こしたからクビになる,というのでは,おかしなことです。



 解雇が法律的にまちがっていれば,そのまま働き続けることができます。

 「明日から来るな」と言われて,実際に働くことができなくても,

 「働いていればもらえたはずの給料」を,もらうことができます
【★15】


 もし,解雇が法律的にまちがってはいないという場合でも,

 「その日にかんたんにクビにする」ということは,できません。



 職場は,あなたたちに,遅くとも30日前までには,

 「解雇する」ということを,あらかじめ言っておかなければいけません
【★16】

 もし,その日にクビになったり,実際にクビになる日まで30日を切っていたら,

 職場は,あなたたちに,「解雇予告手当(かいこよこくてあて)」というお金を払わなければいけないことになっています
【★17】【★18】


 ただし,この,「30日前までに言うか,解雇予告手当を払わないといけない」というルールが,当てはまらないケースもあります。

 日雇いのバイトで,まだ1ヶ月経ってない,とか,

 アルバイトの期限が2ヶ月以内(季節的な仕事は4ヶ月以内)で,まだそれ以上引き続いて働いてはいない,とか,

 試用(しよう)期間中で,まだ14日経っていない,とか
【★19】

 クビになる原因が働くがわのほうにあって,労働基準監督署という役所もそう認めた,など
【★20】

 そういう場合には,30日前に言われることもなく,解雇予告手当も払われません。



 「職場から解雇された」,という,3つめのパターンだと,自分では思っていても,

 実際には,1つめの合意解約のパターンだった,ということが,多くあります。

 職場が「やめてほしい」と言ってきているのを,

 「クビだ」と言われた,と,まちがって受け止めてしまうことが,けっこう多いのです。

 (1つめのパターンなら,解雇ではないのですから,解雇予告手当の話にもなりません。)

 「やめてほしい」と言われているのなら,あなたがOKしなければよいのです。

 また,自分はOKしたつもりがないのに,いつのまにかOKしたことにされている場合もあります。

 そのときは,そのOKをナシにするように,あなたが動く必要があります。



 今,自分が職場から言われていることが,

 合意解約の申込み(1つめのパターン)なのか,

 解雇(3つめのパターン)なのか,

 それを,きちんと確認することが大切です。



 解雇なら,その理由を書いた証明書を,職場からもらうことができます【★21】

 その証明書を職場が出さないようなら,メールや録音などで,職場とのやりとりを,確認できるようにしてください。

 そして,すぐに,証明書やメールなどを持って,弁護士や労働基準監督署に相談してください。



 職場は,「迷惑な人をすぐにでもやめさせたい」と考えることが多いです。

 でも,人間は,物や,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱(あつか)うのは,してはならないことです。

 ときにはミスもしながら,仕事を覚えて成長していくのが,人間です。

 ましてや,10代のみなさんは,大人と比べても,

 ミスもするぶん,大きく成長していくこともできる存在です。

 そういうことを理解しないで,法律のルールを守ることもできない職場は,

 はじめから人を雇うべきではない,と,私は思います。

 

【★1】 いわゆる「正社員」は,この期間が決まっていないことがほとんどです。なお,60歳や65歳で仕事が終わる「定年制」は,ここにいう期間とはちがいます。「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」(菅野和夫「労働法 第10版」533頁)
【★2】 労働基準法15条1項 「使用者は,労働契約の締結(ていけつ)に際(さい)し,労働者に対して賃金,労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において,賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については,厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」
 労働基準法施行規則5条 「使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は,次に掲(かか)げるものとする。(略) 一 労働契約の期間に関する事項 (略)」
 労働契約法4条2項 「労働者及(およ)び使用者は,労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について,できる限り書面により確認するものとする。」
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律6条1項 「事業主は,短時間労働者を雇い入れたときは,速やかに,当該(とうがい)短時間労働者に対して,労働条件に関する事項のうち労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの…を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法…により明示しなければならない。」
 同法47条 「第6条第1項の規定に違反した者は,10万円以下の過料(かりょう)に処(しょ)する。」
【★3】 ただし,期間の定めがあっても,契約の更新を繰り返してきたような場合には,期間の定めがないときと同じように,働いている人を守る必要があります。突然,「今回の期間が終わったら,もう更新しない」という「雇止め(やといどめ)」は,簡単には認められません。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当(がいとう)するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復(はんぷく)して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。」
【★4】 あなたのほうから職場に「やめたいです」ということや,職場のほうからあなたに「やめてほしい」ということを,法律の言葉では,「申込(もうしこみ)」と言います。そして,相手がそれをOKすることを「承諾(しょうだく)」と言います。この申込と承諾の意思表示(いしひょうじ)がマッチするのが,合意解約です。
【★5】 民法628条前段 「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由(じゆう)があるときは,各当事者は,直(ただ)ちに契約の解除(かいじょ)をすることができる」
 どういうことが「やむを得ない事由(=どうしてもしかたがない理由)」になるのかは,ケースによります。
【★6】 ただし,期間が終わる前に一方的にやめるのなら,やめなければいけない原因をつくったがわが,損害賠償(そんがいばいしょう)を払わないといけないこともありえます。
 民法628条後段 「この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う」
【★7】 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
【★8】 決まっていた期限を過ぎて,新しい期限を決め直さずにそのまま働いていたら,どうしてもしかたがない理由がなくても,一方的に2週間後にやめることができます。
 民法629条1項 「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事(じゅうじ)する場合において,使用者がこれを知りながら異議(いぎ)を述べないときは,従前の雇用と同一の条件で更(さら)に雇用をしたものと推定する。この場合において,各当事者は,第627条の規定により解約の申入れをすることができる」
【★9】 労災のときは,国がつくっている「労災保険」というしくみから,お金が出ます。病院代は,ぜんぶその保険から出るので,A君が出す必要はありません。ケガで休んで給料をかせげなくなったぶんも,全部ではないですが,その保険でカバーします。その保険の手続は,職場がとってくれるのがふつうです。でも,もし,仕事でケガをしたのに,職場がきちんとその保険の手続をしないで,病院代をA君に出させたり,休んでいる分のお金を出さなかったりしたら,A君は,自分で直接,労働基準監督署という国の役所に手続をすることができます。
 労働基準法75条1項 「労働者が業務上負傷し,又(また)は疾病(しっぺい)にかかった場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない」
 同法76条 「労働者が前条の規定による療養のため,労働することができないために賃金を受けない場合においては,使用者は,労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない」
 同法84条1項 「この法律に規定する災害補償の事由について,労働者災害補償保険法 …に基(もと)づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては,使用者は,補償の責(せき)を免(まぬが)れる」
 労災保険からは,働けなくなった日の4日目以降について,特別支給金も付いて,全体の平均賃金の80%の休業補償給付が支払われます。
 仕事でケガをしたためにマイナスになった分すべてを労災保険でカバーできるわけではないので,足りない分を職場に損害賠償として請求することもあります。
【★10】 労働基準法19条1項 「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間…は,解雇してはならない」
【★11】 労働基準法119条 「次の各号の一に該当する者は,これを6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。 一 …第19条…の規定に違反した者」
【★12】 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法 第10版」558頁参照)。
【★13】 労働契約法17条1項 「使用者は,期間の定めのある労働契約…について,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができない」
【★14】 平成24年8月10日厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」(基発0810第2号) 「法第17条第1項の『やむを得ない事由』があるか否かは,個別具体的な事案に応じて判断されるものであるが,契約期間は労働者及び使用者が合意により決定したものであり,遵守(じゅんしゅ)されるべきものであることから,「やむを得ない事由」があると認められる場合は,解雇権濫用法理における『客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合』以外の場合よりも狭いと解されるものであること」
【★15】 民法536条2項 「債権者(さいけんしゃ)の責(せ)めに帰(き)すべき事由によって債務を履行(りこう)することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を失わない」
 本文の場面での,この条文にいう「債権者」は職場のこと,「債務者」は働くがわの人のことです。「職場がわの原因で働くことができないのなら,働くがわの人は,働かなくても,給料をもらう権利を失わない」,という意味になります。
【★16】 労働基準法20条1項第1文 「使用者は,労働者を解雇しようとする場合においては,少くとも30日前にその予告をしなければならない」
【★17】 労働基準法20条1項第2文 「30日前に予告をしない使用者は,30日分以上の平均賃金を支払わなければならない」
 この「30日分以上の平均賃金」のことを,解雇予告手当と言います。
 「平均賃金」というのは,直前3ヶ月の間に払われた給料の合計額を,その働いた期間の日にちで割って計算した金額です。ただし,シフトが少ないと,この金額が極端に低くなってしまいますね。なので,アルバイトのように時給で働いている人は,「3ヶ月の間に払われた給料の合計額を働いた日数で割った金額の60%」の額と比べて大きい方を,平均賃金とします。働き始めてまだ3ヶ月が経っていなければ,雇われていた期間で計算します。その日にクビなら解雇予告手当は平均賃金の30日分以上が必要ですが,「明日クビ」なら29日分以上,「2日後にクビ」なら28日分以上・・・となります。
 同法12条1項 「この法律で平均賃金とは,これを算定すべき事由の発生した日以前3箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を,その期間の総日数で除した金額をいう。ただし,その金額は,次の各号の一によって計算した金額を下ってはならない。 一 賃金が,労働した日若(も)しくは時間によって算定され…た場合においては,賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の100分の60」
 同条6項 「雇入(やといいれ)後3箇月に満たない者については,第1項の期間は,雇入後の期間とする」
 同法20条2項 「前項の予告の日数は,1日について平均賃金を支払った場合においては,その日数を短縮することができる」
【★18】 働く期限が決まっていて,シフトが少ないアルバイトだと,「残りの期限が来るまで働いてかせげる給料よりも,解雇予告手当のほうが高い」ということも,場合によってはありえます。
【★19】 労働基準法21条 「前条の規定は,左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但(ただ)し,第一号に該当する者が1箇月を超えて引き続き使用されるに至(いた)った場合,第二号若(も)しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合又は第四号に該当する者が14日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては,この限りでない。 一 日日雇い入れられる者 二 2箇月以内の期間を定めて使用される者 三 季節的業務に4箇月以内の期間を定めて使用される者 四 試(こころみ)の使用期間中の者」
【★20】 労働基準法20条1項但書 「但し,…労働者の責に帰すべき事由に基(もとづ)いて解雇する場合においては,この限りでない」
 同条3項 「前条第2項の規定は,第1項但書の場合にこれを準用する」
 同法19条2項 「前項但書後段の場合においては,その事由について行政官庁の認定を受けなければならない」
【★21】 労働基準法22条1項 「労働者が,退職の場合において,…退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては,その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞(ちたい)なくこれを交付しなければならない」
 同条2項 「労働者が,第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において,当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞なくこれを交付しなければならない」

2014年12月 1日 (月)

18歳になった高校生の深夜アルバイト

 

 高校3年生です。先月,18歳になりました。コンビニでバイトしているんですが,店長から,「夜10時以降もシフトに入ってほしい」と言われてます。「高校生は深夜にバイトできないんじゃないんですか?」って聞いたら,「18歳になれば大丈夫」って店長が言ってます。この前他の人が辞めて人手不足になってて,店もこまってるし,僕も深夜に働けば時給が高くてバイト代をかせげるから,深夜のシフトに入りたいと思ってるんですが,親は「高校生だからダメだ」と,許可してくれません。やっぱり深夜バイトはできないんですか?

 

 法律上は,18歳になっていれば,深夜に働いてもよいことになっています。

 しかし,親が,あなたのことを考えて,深夜に働くことに反対しているのなら,働けません。


 むかし,子どもは,小さなときから,大人と同じように働かなければなりませんでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っています。

 「小さな子どものうちは,仕事をさせないで,教育を受けられるようにしよう」。

 日本をふくむ,世界の国々が,そう約束しています
【★1】

 だから,義務教育を受け終えなければ,働くことはできません。

 日本の法律は,以前は,「15歳になっていない子どもを働かせてはいけない」としてましたが
【★2】

 これでは,「15歳になれば,中学校を卒業していなくても,働かせてよい」とも,読めてしまいますね。

 なので,16年前に,法律が直されました。

 「15歳になったあとに最初にくる3月31日」,つまり,中学校3年生の年度末までは,働かせてはいけない,となりました
【★3】


 でも,義務教育を終えたら働いていい,とはいっても,

 18歳になるまでは,大人とはちがったルールがあります。

 まだ体も心も成長を続けている時期なので,

 法律は,働く子どもたちを,いろんなルールで守っています。



 「18歳になるまでは,深夜に働かせてはいけない」,というのも,そのひとつです
【★4】


 18歳になっていない子どもを,夜10時から朝5時までの間に働かせると,雇(やと)っているがわが,犯罪として処罰(しょばつ)されてしまいます【★5】

 (子どもを守るためのルールですから,深夜に働いた子どもが処罰されるのではありません。)



 ただ,このルールは,「18歳になったあとに最初にくる3月31日」までは深夜に働かせてはいけない,という書き方はしていません。

 だから,高校を卒業していなくても,18歳になっていれば,深夜に働くことはできます。

 言いかえれば,「18歳になったあなたが深夜に働いても,店長は処罰されない」,ということです。



 でも,18歳になったとしても,あなたの親が,「そういう職場で働くのはダメだ」と反対したら,あなたが深夜に働くことは,やっぱりできません。


 働き始めるときに,お店との間で,「働きます」「給料をもらいます」という約束をしますね【★6】

 こういった法律的な約束のことを,契約(けいやく)と言います。

 何ヶ月間働くか,1週間に何日働くか,何時から何時まで働くか,給料はいくらか,どんな内容の仕事をするか。

 そういったことを,契約を結ぶときに決めます。

 この契約をお店と結ぶのは,あなたの親ではなく,あなた自身です
【★7】

 でも,契約のなかみを,親が納得して,親がOKしなければなりません
【★8】

 この,親が「OKすること」を,「同意(どうい)」と言います。


 これまでとちがって,これからは夜10時以降も働くことにするなら,

 契約の内容が変わるのですから,

 あらためて,親からOK(=同意)をもらわなければいけません。

 親がOKしないまま,あなたが契約のなかみを変えたら,

 親は,その新しい取り決めを,ナシにする(=取り消す)ことができます
【★9】

 それだけでなく,

 「そんな職場で働くことは,あなたにとってよくない」,と親が考えたら,

 あなたがその店で働くことそのものを,やめさせることもできるのです
【★10】


 あなたの親が,「高校生だから深夜に仕事をするのはダメだ」と考える理由を,よく聞いてみましょう。



 「卒業するまでは,勉強のほうにきちんと力をそそいでほしい。深夜に働いて昼の勉強がおろそかになるのは本末転倒(ほんまつてんとう)だ」,とか,

 「深夜だと,事件・事故に巻き込まれてしまう危険があって不安だ」,など,

 きっと,あなたのことを心配してくれているはずです
【★11】


 だから,あなたも,そういう親の気持ちを受け止めて,

 「定期試験が終わって卒業が確実になるまで待つ」,とか,

 「仕事が終わったらすぐに親に連絡をして,寄り道せずにまっすぐ帰る」,など,

 そういった前向きな提案をすることも必要だと思います。




 私からは,勉強・卒業のことや,事件・事故の心配のほかに,もう一つ,だいじな話をしようと思います。


 夜という時間の大切さです。


 夜という時間は,子どもにとって,体が成長するための,だいじな時間です。

 子どもが18歳になるまで深夜に働かせてはいけないのは,そのためです
【★12】

 18歳になったあとだって,体の中では,まだまだ成長を続けています。



 お金は,将来大人になってからでも,かせいでいくことができます。

 でも,体が成長するのは,今の時期しかありません。

 お金に代えることのできない,そのだいじな時期にある自分を,ぜひ,大切にしてほしいと思います。



 そして,それだけなく,これから先の,大人になってからの自分の働き方についても,

 今,じっくりと考えてみてほしいと思います。



 たしかに18歳以上になれば,深夜に働いてもよくなりますし,深夜に働けば,給料も高いので,よりかせぐことができます。

 深夜の仕事の給料が必ず高いのは,「昼間とくらべて高くしないといけない」と,法律がきびしく決めているからです
【★13】


 夜という時間は,ほんらい,家でゆっくりくつろいで,一日の疲れをとり,明日のためのエネルギーを貯める,だいじな時間です。


 だから,法律は,なるべく深夜に人を働かせないようにするために,

 高い給料を,雇うがわから従業員に払わせるように,きびしく決めているのです



 日本は,世界の他の国とくらべて,働く時間がとても長い国です。

 働きすぎで突然命を失う「過労死(かろうし)」が,たくさん起きています。

 そのまま「karoshi」という言葉で,世界に通じてしまうほどです。



 毎日遅くまで仕事に追われて,体も心も,とても疲れ切ってしまう。

 ゆっくり寝る時間もなくて,その疲れがとれないまま,また仕事に出かける。

 仕事に追われる生活で,家族や友だちと楽しく過ごしたり,趣味にあてたりする時間もない。

 そして,ある日突然亡くなり,人生そのものが終わってしまう
【★14】

 残された家族も,だいじな人を突然なくした悲しみと,生活するためのお金がなくなる苦しさに,こまりはててしまう。



 私たちは,生きるために仕事をしてお金を得ているのに,

 仕事のせいで,生きることそのものが奪(うば)われてしまうことは,絶対にあってはならないことです
【★15】


 過労死の事件に,私が弁護士として多く取り組んでいる中で,

 その1件1件のケースを通して,

 「夜に仕事をすることが,体にどれほど負担になるか」を,いつも実感します。



 夜に働くということがどういうことなのか,

 どうして18歳になるまで深夜に仕事をしてはいけないことになっていて,

 どうして深夜の仕事の給料が高くなっているのか,

 そのことを,今回のことをきっかけに,


 ぜひ,親といっしょに考え,話し合ってみてください。

 

【★1】 ILO(国際労働機関)就業が認められるための最低年齢に関する条約(第138号)2条1項 「この条約を批准(ひじゅん)する加盟国(かめいこく)は,その批准に際(さい)して付する宣言において,自国の領域(りょういき)内…における就業(しゅうぎょう)が認められるための最低年齢を明示する。…」
 同条3項 「1の規定に従(したが)って明示する最低年齢は,義務教育が終了する年齢を下回ってはならず…」
【★2】 労働基準法旧56条1項 「満15才に満たない児童は,労働者として使用してはならない」
【★3】 労働基準法現56条1項(平成10年改正) 「使用者は,児童が満15才に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★4】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18才に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない」
【★5】 労働基準法109条 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,これを6箇月以下の懲役(ちょうえき)又は30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第61条…の規定に違反した者」
【★6】 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約(やく)し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金(ちんぎん)を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★7】 労働基準法58条1項 「親権者(しんけんしゃ)又は後見人は,未成年者に代つて労働契約を締結(ていけつ)してはならない」
【★8】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 「未成年者が労働契約を締結するには法定代理人の同意を要する。」(菅野和夫「労働法第10版」421頁)
【★9】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★10】 労働基準法58条2項 「親権者若(も)しくは後見人又は行政官庁は,労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては,将来に向(むか)ってこれを解除(かいじょ)することができる」
【★11】 親権(しんけん)は,子どものために使われなければなりません。
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有(ゆう)し,義務を負う」
 親が,雇い主のことを嫌いだからとか,子どもやその友だちと考え方がちがうから,という親の都合で,子どもが働くのをやめさせた(=【★10】の解除をした)というケースで,裁判所は,「子どものためにしたものではないから,親権の濫用(らんよう)で,解除は無効だ」としたものがあります(名古屋地方裁判所昭和37年2月12日判決・労働関係民事裁判例集13巻1号76頁)。
【★12】 大阪高等裁判所昭和33年12月2日判決(判例時報179号24頁) 「労働基準法62条は年少労働者…の健康の保護向上をはかるためにこれ等(ら)の者を一日のうち健康に有害な労働時間である同条所定(しょてい)の時間に使用すること(いわゆる深夜業)を禁止し,もって年少…労働者の各自の福祉を保障しようとする規定である」
【★13】 労働基準法37条4項 「使用者が,午後10時から午前5時まで…の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
 「2割5分」というのは,25%のことです。たとえば,もし昼の時給が1000円ならば,深夜は1250円以上にしなければいけません。
 ちなみに,昼に仕事をする人が残業で深夜まで働いたら,雇っているがわは,残業ぶんの割増し(25%やそれ以上)に加えて,さらにこの深夜ぶんの割増しも払わなければなりません。
 なお,18歳未満の子どもに対しては,残業をさせること自体が禁止されています。
 労働基準法60条1項 「…第36条…の規定は,満18才に満たない者については,これを適用しない」(36条は残業についての条文です。)
【★14】 過労死は,脳や心臓の病気で突然亡くなるケースや,うつ病などの精神的な病気から自殺で突然亡くなるケースが多いですが(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号),「心理的負荷による精神疾患の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)),それ以外の病気で亡くなるケースもあります。
【★15】 一件でも不幸な過労死事件をなくそうと,過労死遺族(いぞく)の人たちが国会に対して一生懸命はたらきかけました。その結果,今年(平成26年)6月20日に「過労死等防止対策基本法」という法律ができ,11月1日から施行されています。 

2014年6月 1日 (日)

アルバイトしたら生活保護の不正受給と言われた

 

 高校生です。部活でお金がいるんでコンビニでバイトを始めたんですけど,最近,市役所の人が,「生活保護の不正受給にあたる。バイト代を市に返すように」って言ってきました。親が生活保護を受けてるのは知ってるけど,「バイト代を返せ」って,全然意味がわかりません。いったいどういうことですか。かせいだぶんのお金は,自分で使えないんですか。

 

 自分ががんばって働いてかせいだお金なのに,「返せ」と言われて,不思議に思いましたよね。


 生活保護は,「人間らしい生活」を必ず送ることができるように,国がサポートするしくみです。


 病気で働けなくなってしまった。

 がんばって働いても,家族全員を養(やしな)うには,給料が足りない。

 暴力をふるうお父さんから逃げてきた。


 そんないろんな事情で,生活をするためのお金がなければ,

 人間らしい生活を送ることが,難しくなります。


 そのようなときでも,人としてきちんとした生活が送れるように,国がお金を出す。

 そして,いつか自分自身の力で生活が送れるようになるために,国が応援する。

 それが,生活保護のしくみです
【★1】【★2】


 生活保護は,国のしくみです。

 ただ,生活保護を必要とする人とのやりとりは,国の役所ではなく,市役所や区役所などの職員が担当します
【★3】


 「人としてきちんとした生活を送るために,最低でも,どのくらいのお金が必要か」。

 それは,住んでいる場所や,家族の人数などで,決まっています
【★4】


 生活保護は,「足りないお金のぶんをカバーする」というしくみです【★5】

 働いても,かせげるお金が少ない,という人には,

 その足りない分を,生活保護でカバーするのです。



 働いて給料をもらったら,役所の担当者に連絡をします【★6】

 先に生活保護を全部受け取っていたら,給料のぶんを,あとで返します。

 ケースによっては,だいたいの給料ぶんをあらかじめ引いた金額で生活保護が支払われて,あとで細かい金額を調整をする,というやり方もあります。



 でも,もし,給料ぜんぶの額が生活保護と調整されてしまうのだとすると,

 いくらがんばって働いても,手元に残るお金は,同じになってしまいます。

 そうすると,がんばって働こうという気持ちが起きづらいですよね。



 なので,給料ぜんぶを調整するのではなく,

 少し手元に「おまけ」のお金が残るようになっています
【★7】

 かせいだお金が多ければ,手元に残るお金も多くなります。

 そのようなしくみによって,

 「いつか自分自身の力で生活が送れるようになりたい」という気持ちを,後押し(あとおし)しているのです。



 この生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯(せたい)に払われます
【★8】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合も,子どものあなたの分も含めて,生活保護のお金が,あなたの親に払われています。

 そして,あなたの生活費は,親が受け取っているその生活保護のお金の中から出ています。



 上に書いた,「かせいだ分は役所に連絡して,足りない分をカバーしてもらう」ということは,

 世帯の代表としてお金を受け取っている人(あなたの親)だけにあてはまるのではなく,

 世帯のメンバー全員にあてはまることです。

 だから,子どものあなたが働いてかせいだ分も,役所に連絡しなければいけません。



 ただ,きちんと役所に連絡をすれば,

 ふつうの「おまけ」だけでなく,「未成年なのにがんばった」というぶんの「おまけ」もありますし
【★9】

 修学旅行やクラブ活動に必要なお金は手元に残していい,とされていますから
【★10】

 アルバイト代は,そのほとんどが手元に残る,ということが多いです。



 ところが,「きちんと役所に連絡をしていなかった」,という理由で,

 「不正受給だからアルバイト代全額を返せ」,と役所が強く言ってくることが,

 2年前から起きています
【★11】


 でも,役所に連絡をする必要があるということを,

 あなたが,役所からも,親からも,きちんと説明されていなかったのに,

 あとになって「不正だ」,と,まるでわざと悪いことをしたかのように言われるのは,とても腹立たしいことですよね。


 「説明を受けていなかったし,もしきちんと連絡をしていれば役所に返すお金はほとんどなかったはずだ」。

 そのように役所と話し合ったり,不服(ふふく)の手続を取ったりすることについて,ぜひ,弁護士に相談してください。



 なお,今では,このようなトラブルが起きないように,

 「役所は,『アルバイトをしたら連絡するように』,と,子どもにもきちんと説明しなければいけない」,ということになっています
【★12】


 あなたが働いてかせいだお金が,自分の自由にならないのは,つらいことだと思います。

 もし,高校を卒業したあとの自立を考えているようならば,自立援助ホームという施設もありますから,検討してみてください
【★13】 

 

【★1】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する。」
【★2】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする。」
【★3】 生活保護法19条1項「都道府県知事,市長及び社会福祉法に規定する福祉に関する事務所を管理する町村長は,…この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。(以下略)」
【★4】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★5】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする。」
【★6】 生活保護法61条「被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又(また)は居住地若(も)しくは世帯の構成に異動(いどう)があったときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨(むね)を届け出なければならない。」
【★7】 勤労控除(きんろうこうじょ)といいます。働く人1人について最低1万5000円は収入としてカウントしません(おまけとして手元に残していい)。そして給料の額に応じて,そのカウントしない金額も多くなります。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★8】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★9】 未成年者控除といいます。1万1400円を,収入としてカウントしない(おまけとして手元に残していい)ということになっています。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★10】 昭和38年4月1日付厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第8「問58 高等学校等で就学しながら保護を受けることができるものとされた者がアルバイト等の収入を得ている場合,私立高校における授業料の不足分,修学旅行費,クラブ活動費にあてられる費用については,就学のために必要な費用として,必要最小限度の額を収入として認定しないこととしてよいか。 答 お見込みの通り取り扱って差しつかえない。」
【★11】 かせいだお金があることの連絡(収入申告)をしていなかったときに,役所にお金を返すことになる手続が,2つあります。役所に報告しないといけないこと(そして不足分だけをカバーしてもらうこと)をわかっていたのに,わざと隠して役所に連絡しなかったような場合には,明らかに「不正受給」ですから,このときは,生活保護法78条の手続で,全額を返さなければなりません。他方,わざとでなければ,63条の手続で,返す金額も柔軟(じゅうなん)に判断してもらえます(63条の手続は,ほんらいは,もともと財産や収入があることを役所も知っていたけれども急ぐ必要があって生活保護を出した,というときの,調整の規定です。この規定は,収入があることを役所があとで知った場合でも,本人がわざと隠していたのでなかった場合にも,使われています)。
 生活保護法78条「不実(ふじつ)の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,保護費を支弁(しべん)した都道府県又は市町村の長は,その費用の全部又は一部を,その者から徴収(ちょうしゅう)することができる。」
 生活保護法63条「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」
 子どもがアルバイトをしたときには,役所への報告がなかったのはわざとではなく,不正受給ではないことが多いので,63条の手続が使われることがほとんどでした。
 ところが,平成24年7月,「78条で全額を返させるように」という指示が全国の役所に出されてから,厳しい対応がされています。
 平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「課税調査によって被保護世帯の収入が判明した事案のうち,その収入が当該(とうがい)被保護世帯の世帯主以外の者(未成年)の就労(しゅうろう)収入であるという場合には,一律(いちりつ)に法第63条を適用しているという不適切な実態が一部自治体にあることが指摘されているところである。未成年である世帯員についても,稼働(かどう)年齢層であれば当然に保護の実施機関に対し申告の義務はあるので,申告を怠(おこた)っていれば原則として法第78条の適用とすべきである。」
 きちんと高校生本人に説明もなく,また説明を受けてきちんと連絡していればアルバイト代はその大部分が手元に残ることがおおいわけですから,このような国の対応は明らかにおかしいと思います(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」41頁,170頁参照)。
【★12】 平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「世帯主が世帯員の就労(しゅうろう)について関知していなかった,就労していた世帯員本人も申告の義務を承知(しょうち)していなかった,保護の実施機関も保護開始時にのみ収入申告書の提出の義務を説明しただけであり,当該被保護世帯の子が高校生になった際に就労収入の申告の義務について説明を怠(おこた)っていた等の理由により,法第63条を適用せざるを得ないという判断がなされている実態が見受けられる。そのため,別添2の様式によって,収入申告の義務について説明を行う際,世帯主全員に稼働(かどう)年齢層の世帯員(高校生等未成年を含む)がいる世帯については,当該世帯員本人の自書(じしょ)による署名等の記載を求めること。この際,別葉とするか同一様式内に世帯員の署名欄等を設けるかは自治体の判断で対応されたい。なお,保護開始世帯については,世帯主及び稼働年齢層の世帯員に対し収入申告の義務について開始時に説明することとし,既(すで)に受給中の世帯については稼働年齢層の者がいる世帯への訪問時等に改めて収入申告の義務について説明するとともに,別添2の様式を活用されたい。」
(別添2)
「生活保護法第61条に基(もと)づく収入の申告について(確認)
□ 生活保護法第61条に基づき,自分の世帯の収入について,福祉事務所長に申告する義務があること。
□ 世帯主だけでなく,働ける年齢の者が世帯にいる場合,その者の収入についても福祉事務所長に申告する義務があること。高校生などの未成年が就労(アルバイトも含む)で得た収入についても申告する義務があること。
□ 不実(ふじつ)の申告があった場合は,生活保護法第78条に基づき,得た収入の全額を徴収(ちょうしゅう)されるものであること。不正をしようとする意思がなくても,申告漏(も)れが度重(たびかさ)なる場合は『不実の申告』と福祉事務所に判断される場合があること。
□ そのため,世帯全体の収入に変動があった場合,すみやかに福祉事務所に申告すること。
 以上のことにつきまして,貴福祉事務所担当   氏より説明を受け,理解しました。
 平成  年  月  日
 住所
 氏名        印
 福祉事務所長殿」
【★13】 自立援助ホームでは,仕事の探し方,仕事のやり方,生活のしかたを,自立するまでの間学ぶことができます。月3万円程度を施設に払い,残りは貯金とお小遣いにまわして,1年ほどでアパートを借りられるほどのお金がたまったら自立する,という施設です。