8_社会や人とのかかわりのこと

2018年2月 1日 (木)

インフルエンザで登校NGなのは法律で決まってる?

 

 先週の木曜日から熱っぽくなって,次の日に病院に行ったら,インフルエンザだと言われました。薬のおかげで,熱は昨日(日曜日)の朝には下がりました。明日(火曜日)にどうしても参加したい学校の行事があるので,今日病院に行ったら,お医者さんが「まだ明日は学校に行ってはダメ。法律で決まってるよ」と言って,許してくれません。法律で決まってるって,ほんとうですか?

 

 

 インフルエンザになった子どもを,校長先生が「来てはダメ」と止めることができる。

 学校保健安全法という法律に,そう書かれています。


 学校に来てはいけない日数も,きちんと決められています
【★1~3】



 むかしは,「熱が下がってから2日経つまで登校してはダメ,3日目から登校OK」という決まりでした。

 「熱が下がって2日経てば,その子の体の中にいるウイルスの数も減っているから,登校しても他の子にうつらない」,というのが,その理由でした。




 でも,最近は薬が良くなって,熱がすぐ下がるようになりました。

 熱が下がっても,体の中にまだウイルスが残っている,ということがありえます。




 なので,6年前の2012年(平成24年)に,決まりが変わりました。

 
「熱が下がってから2日経つまで登校してはダメ」

 という1つめのルールに,

 「インフルエンザにかかってから5日経つまで登校してはダメ」

 という2つめのルールが加わりました。

 両方をクリアしていないと,登校が認められません。



 (1つめのルールは,保育園や幼稚園の園児の場合,熱が下がってから「3日」が経つまで登園してはダメです)



 日にちの数え方は,法律で決まっています。

 最初の日をカウントしないで,次の日を1日目として数えます
【★4】

(「誕生日が4月1日だと学年が早生まれなのはなぜ?」の記事を読んでみてください)




 あなたは,昨日の朝に熱が下がったのですね。

 そうすると,今日を1日目として数えますから,

 2日目の明日は,まだ,1つめのルールをクリアしていません。



 また,あなたがインフルエンザにかかった日がはっきりわかりませんが,

 熱っぽくなった木曜日がそうだったとすると,

 次の日の金曜日を1日目として数えますから,

 明日の火曜日はまだ5日目で,2つめのルールもクリアしていません。



 2つのルールは,絶対にクリアしなければダメ,というものではなく,

 その子の病気の状態を見て,お医者さんが「他の子にうつらないだろう」とOKすれば,

 例外的に,早く登校が認められることもあります
【★3】


 でも,きっとあなたの場合は,

 2つのルールをどちらもクリアしていないので,

 お医者さんが例外として認めなかったのだろうと思います。





 とても楽しみにしていた行事に参加できないのは,本当にくやしいことですよね。




 あなたが学校に行くこと。

 あなたが学校で学び,好きなことに取り組めること。

 法律はそれらを,とてもだいじにしています。




 そして,それと同じように,

 他の子どもたちが健康でいられること,

 他の子どもたちが学校で学び,好きなことに取り組めることも,

 法律はだいじにしています。




 まだ完全に治っていないあなたが,学校に行ってしまうことで,

 他の子たちがインフルエンザになってしまうかもしれない,

 そして,うつされた子が,学校に行けなくなったり,遊べなくなったりするかもしれない。

 そのことを,じっくり想像してみてください。




 法律は,

 あなたのことと,他の子どもたちのこと,

 だいじなその両方のバランスを取るように,作られています。




 行事に参加できないのはとても残念ですが,

 ぜひ,明日もゆっくりと,体を休めてください。

 そして,今後またこういうくやしい思いをすることのないように,

 これからは,うがい・手洗いなどの予防を,しっかりするようにしてください。






 インフルエンザの予防接種は,する人と,しない人がいますね。

 予防接種を受けるかどうかは,自分自身で(小さな子どもは親が)決めています。





 いろんな病気が流行していたむかしは,

 予防接種を受けることが,法律で義務づけられていました。

 予防接種を受けなければ犯罪として処罰される,とまで,法律に書かれていました
【★5】



 
むかしの法律は,

 「一人ひとりを病気から守るため」ではなく,

 社会に病気が広がらないため,「社会を守るため」に作られていました
【★6】【★7】



 1948年(昭和23年)に作られた法律には,

 「インフルエンザの予防接種を受ける義務がある」と書かれていました
【★8】


 でも,インフルエンザの予防接種のやり方を,国はきちんと決めていませんでした。


 なので,細かい話ですが,じっさいの予防接種は,

 法律の義務としてではなく,「役所が皆さんに勧めているものです」というかたちをとって,行われていました
【★9~11】


 ただ,義務にしても,勧められているにしても,

 人々から見れば,「国から言われて予防接種を受ける」ことには,変わりありませんでした。




 ところが,そうやって,

 法律で義務づけられり,国から言われたりして,予防接種をしたことで,

 副作用のために,亡くなってしまう人や,重い障害が残ってしまう人がいました。




 「社会を守るため」の予防接種で,

 個人が命や健康を失うという犠牲(ぎせい)を負わなければならないのか。



 そのことが,とても大きな社会問題になったのです。





 1976年(昭和51年),

 「予防接種は義務だけれど,予防接種をしなくても処罰しない」

 と,法律が変わりました
【★12】



 それでも,インフルエンザの予防接種については,

 「誰がいつ受けなければいけないか」を都道府県の役所が決めていい,

 と法律に書かれたので,

 多くの地域の保育園・幼稚園・小中学校で,集団での予防接種が行われてきました
【★13】




 そして,被害を受けた子どもや家族たちが,国などを相手に裁判で闘ってきました
【★14】



 1994年(平成6年),

 予防接種そのものは,「受けなければいけない」義務ではなくなり,

 「受けるように努力しましょう」というものになりました
【★15】



 そして,特にインフルエンザの予防接種は,

 個人が,病気にかかるのを防いだり,病気が重くなったりするのを防いだりすることに効果はあっても,

 社会全体の流行まで止められるわけではないので,

 法律は,「受けるように努力しましょう」とも言わずに,

 「それぞれが自分自身で(小さな子は親が)判断しましょう」,ということになったのです
【★16】【★17】




 インフルエンザにかかった人が学校に行けない法律も,

 予防接種の法律も,

 「一人ひとりと社会との関係をどう考えるか」という,大事なことと,つながっています。





 人にうつることがある病気,感染症は,

 人々がとても不安になって,

 社会を守ることを重視しようとするあまり,

 個人の命や人生が犠牲になってきました。




 感染症がどんな病気なのかを,きちんと学んで,正しく予防すること。

 不安や誤解から,感染した人に偏見(へんけん)を持ったり,差別をしたりしないこと。

 それが,私たち一人ひとりにとって,絶対に必要なことです。




 特に,ハンセン病やHIVは,

 それらに感染した人々に対して,社会が,とてもひどい差別を重ねてきました
【★17~★20】

 (HIVについては,「性病をうつされた…相手を訴えたい」の記事も読んでみてください)

 今の感染症に関する法律は,その反省の上に作られています
【★21】




 「法律がそうなっているから」というだけでなく,

 どうして法律がそうなっているのか,

 一人ひとりを大切にする社会のしくみがどうあるべきかを,

 今回のインフルエンザをきっかけに,あなたにもじっくり考えてみてほしいと思っています。

 

 

【★1】 学校保健安全法19条 「校長は,感染症にかかっており,かかっている疑いがあり,又はかかるおそれのある児童生徒等があるときは,政令で定めるところにより,出席を停止させることができる」
【★2】 学校保健安全法施行令6条1項 「校長は,法第19条の規定により出席を停止させようとするときは,その理由及び期間を明らかにして,幼児,児童又は生徒(高等学校(中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部を含む。以下同じ。)の生徒を除く。)にあってはその保護者に,高等学校の生徒又は学生にあっては当該生徒又は学生にこれを指示しなければならない」
 同条2項 「出席停止の期間は,感染症の種類等に応じて,文部科学省令で定める基準による」
【★3】 学校保健安全規則19条 「令第6条第2項の出席停止の期間の基準は,…次のとおりとする。
(略)
 二 第二種の感染症…にかかった者については,次の期間。ただし,病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めたときは,この限りでない。
 イ インフルエンザ…にあっては,発症した後5日を経過し,かつ,解熱(げねつ)した後2日(幼児にあっては,3日)を経過するまで」
【★4】 初日不算入の原則と言います。ただし,初日が午前0時からスタートするときは,初日からカウントします。
 民法140条 「日,週,月又は年によって期間を定めたときは,期間の初日は,算入しない。ただし,その期間が午前零(れい)時から始まるときは,この限りでない。」
【★5】 「予防接種法は,…当初は相当に厳しい罰則を設けていた。同法26条は,当初,予防接種を受けない者またはその保護者,保護者が予防接種を受けさせていないときは児童福祉施設の長等でその保護者に対して義務履行を指示しなかった者…は,3000円以下の罰金に処すると規定していた」(西埜章「予防接種と法」40頁)
 ただし,実際に処罰された事例は把握(はあく)されていません。
 「法的強制が罰則によって担保(たんぽ)されているとはいっても,現実に罰則が適用された事例があるか否(いな)かは定かではない。改正前においてさえ,『この法律ほど罰則が完全に無視されているのも珍らしい』といわれていたのである」(西埜章「予防接種と法」41頁)
【★6】 「予防接種法の特色は,多数の疾病について義務接種の制度を採用した点にあるが,その目的は,個人を伝染病から防衛しようとすること(個人防衛)よりも,社会集団内に伝染病が伝播(でんぱ)拡大するのを予防すること(集団防衛)にあったものといってよい」(西埜章「予防接種と法」37頁)
【★7】 東京高等裁判所平成4年12月18日判決(判例時報1445号3頁)「昭和23年に制定された法は,予防接種を法律上の義務として広汎(こうはん)に実施することにより伝染病の予防を図ろうとするものであって,国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば,伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して,主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているものである。法1条において,『伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。』とあるのは,この趣旨である。また,…ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては,ある時期法律の根拠によらず,行政指導の形で国民に接種を勧奨(かんしょう)し,任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが,それも同じく社会防衛,集団防衛の目的を有していたものである(右事実は当事者間に争いがない。)」
【★8】 「1948(昭和23)年制定当初の予防接種法は,1条で『この法律は,伝染の虞(おそれ)がある疾病(しっぺい)の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与(きよ)することを目的とする』と規定し,2条で予防接種の定義・対象疾病の種類・保護者の定義について規定し(…痘そう・ジフテリア・腸チフス・パラチフス・百日せき・急性灰白髄炎・発しんチフス・コレラ・ペスト・インフルエンザ・ワイル病〔2項〕…),1条の目的を達成するための手段として予防接種の強制制度を定めた」(竹中勲「予防接種強制制度の合憲性と予防接種健康被害に対する憲法上の救済権」8頁)
【★9】 「我が国におきまして,予防接種法が制定されたのは昭和23年でございますけれども,当初の制定された時点において,対象疾患としてインフルエンザが項目として上がっていたところでございます。ただ,当時においては,インフルエンザは法律上の対象疾患として規定されておりましたけれども,具体的な実施事項は定められていないということで,半ば空規定のような形になっていたわけでございます。その後20年代あるいは30年代に入りまして,通知に基づいて予防接種の勧奨が行われてきたところでございます。昭和37年には『インフルエンザ特別対策実施要領』というのが,当時の局長通知で定められておりますけれども,小学生,中学生,幼稚園及び保育所の児童に対して勧奨が行われてきたところでございます。なお,昭和51年の法改正までは,法律に基づかない行政指導という形で勧奨接種としてインフルエンザの予防接種が実施されてきたところでございます」(平成17年2月2日,厚生労働省「予防接種に関する検討会」第5回議事録)
【★10】 東京高等裁判所平成4年12月18日判決(判例時報1445号3頁)「予防接種の中には,法に基づき国民の義務として実施されているもののほか,特別の法的根拠に基づかない行政指導として一般国民に接種を受けることを勧奨し,これを希望する者に対して接種するものがあった(インフルエンザ,日本脳炎,急性灰白髄炎)。具体的には,国が地方自治体に年ごとに通知を発して一定の予防接種を勧奨するよう行政指導し,地方自治体がそれに基(もと)づき住民に予防接種を勧奨し,地方自治体の実施する接種を受けさせるというものである。これらについても,その各時点における予防接種施行心得,予防接種実施規則ないし予防接種実施要領に準じて実施することの指示がされていた」
【★11】 「勧奨接種による事故については,行政指導の違法性が問題になる場合もある。インフルエンザの予防接種は,昭和51年の予防接種法の改正前は,地方公共団体により勧奨接種として実施されていたものであるが,この勧奨接種は厚生省公衆衛生局長等による都道府県知事宛の通達に基づくものであり,いわば厚生大臣の行政指導によるものであった。従って,このような行政指導による予防接種を受けた結果,その副反応により接種児童が死亡した事件においては,行政指導の違法性が争われることになるが,行政指導もまた公権力の行使に該当するから,違法性の判断基準については前述したところがほぼ当てはまることになる」(西埜章「予防接種と法」102頁)
【★12】 ただし,緊急の場合の臨時の予防接種については,罰則が残りました。
 「第10次改正において罰則の規定は全面改正され…緊急の場合の臨時の予防接種についてだけ規定し,定期の予防接種及び一般的な臨時の予防接種は罰則をもって強制しないことになったのである。このような大幅な改正の理由としては,①法制定当時と比べて公衆衛生の向上が著しいこと,②予防接種の義務づけに対する考え方が変化したこと,③国民に公衆衛生思想が普及していること,などが挙げられている」(西埜章「予防接種と法」40頁)
【★13】 「昭和51年に予防接種法の改正がございました。それによりまして,インフルエンザが『一般的な臨時の予防接種』という位置付けとなっております。この一般的な臨時の予防接種,現在はそういうカテゴリーはございませんけれども,都道府県知事が予防接種を受けるべき者の範囲や期日を指定する位置付けの対象疾病カテゴリーでございます。多くの自治体では保育所,幼稚園あるいは小学生,中学生といった児童・生徒を対象として行われていたところでございます」(平成17年2月2日,厚生労働省「予防接種に関する検討会」第5回議事録)
【★14】 インフルエンザの予防接種に関する裁判例は下記の通り(西埜章「予防接種と法」11頁を参考にして作成)。
 東京地裁昭和48年4月25日判決,東京高裁昭和49年9月26日判決,最高裁第一小法廷昭和51年9月30日判決・民集30巻8号816頁(死亡事案,被告は東京都。差戻審で和解)
 東京地裁昭和52年1月31日判決・判例時報839号21頁(脳性麻痺,7年後に死亡した事案。被告は国・市・担当医師。控訴審で和解)
 東京地裁昭和59年5月18日判決・判例時報1118号28頁,東京高裁平成4年12月18日判決・判例時報1445号3頁(死亡・後遺障害事案。被告は国)
 仙台地裁昭和60年3月12日判決・判例時報1149号37頁,仙台高裁昭和63年2月23日判決・判例時報1267号23頁(後遺障害事案,被告は市長)
 名古屋地裁昭和60年10月31日判決・判例時報1175号3頁(死亡・後遺障害事案。被告は国。控訴審で和解)
 東京地裁昭和61年3月14日判決・判例時報1215号73頁,東京高裁平成4年3月30日判決・判例タイムズ801号120頁(死亡事案。被告は町・国)
 福岡地裁平成元年4月18日判決・判例時報1313号17頁,福岡高裁平成5年8月10日判決・判例時報1471号31頁(死亡・後遺障害事案。被告は国)
 長野地裁平成2年5月24日判決・判例タイムズ725号249頁(後遺障害事案。被告は市長)
【★15】 予防接種法9条1項 「第5条第1項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第6条第1項の規定による予防接種の対象者は,定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第3項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない」
 同条2項 「前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは,その保護者は,その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(第6条3項に係るものを除く。)を受けさせるため必要な措置(そち)を講(こう)ずるよう努めなければならない」
【★16】 平成5年12月14日公衆衛生審議会「今後の予防接種制度の在り方について」 「現在,一般的な臨時接種の対象となっているインフルエンザについては,当審議会において,『インフルエンザ予防接種の当面のあり方について』(昭和62年8月6日)として,社会全体の流行を抑止(よくし)することを判断できるほどの研究データは十分に存在しない旨(むね)の意見をすでに提出しており,また,流行するウイルスの型が捉(とら)えがたく,このためワクチンの構成成分の決定が困難であるという特殊性を有すること等にかんがみ,予防接種制度の対象から除外することが適当である。しかし,インフルエンザの予防接種には,個人の発病防止効果や重症化防止効果が認められていることから,今後,各個人が,かかりつけ医と相談しながら,接種を受けることが望ましい」
【★17】 もっとも,その後,高齢の人にはインフルエンザの予防接種をしたほうがいい,ということから,2001年(平成13年),高齢の方のインフルエンザの予防接種について法律に書き加えられました。しかしそれでも,インフルエンザの予防接種を受けることは,「努力規定」にはなっていません。
 予防接種法2条1項 「この法律において『予防接種』とは,疾病に対して免疫(めんえき)の効果を得させるため,疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを,人体に注射し,又は接種することをいう」
 同条3項 「この法律において『B類疾病』とは,次に掲(かか)げる疾病をいう。 一 インフルエンザ (略)」
 同法5条1項 「市町村長は,A類疾病及びB類疾病のうち政令で定めるものについて,当該市町村の区域内に居住する者であって政令で定めるものに対し,保健所長…の指示を受け期日又は期間を指定して,予防接種を行わなければならない」
 予防接種法施行令1条の2 「法第5条第1項の政令で定める疾病は,次の表の上欄に掲げる疾病とし,同項…の政令で定める者は,同表の上欄に掲げる疾病ごとにそれぞれ同表の下欄に掲げる者…とする。 (略) (上欄) インフルエンザ (下欄) 一 65歳以上の者 二 60歳以上65歳未満の者であって,心臓,腎臓若(も)しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令で定めるもの」
 予防接種法9条1項 「第5条第1項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第6条第1項の規定による予防接種の対象者は,…予防接種…を受けるよう努めなければならない」
 「現行のB類疾病であるインフルエンザに係る予防接種については,平成13年改正時において,集団予防の効果が乏しいことから,努力規定を設けないこととし,市町村による接種の実施,公費による費用支弁,健康被害救済制度の対象としてのB類疾病に位置づけたが,接種の有効性の根拠が明確でないこと等から,国会において修正がなされ,当分の間,65歳以上の者及び60歳以上65歳未満の者であって,心臓,腎臓若しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令で定めるものに限ることとした」(厚生労働省健康局結核感染症課「逐条解説予防接種法」76頁)
【★18】 政府広報オンライン「HIV・ハンセン病に対する偏見・差別をなくそう」(https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201108/3.html
 国立ハンセン病資料館キッズコーナー(http://www.hansen-dis.jp/kids/index.html
【★19】 熊本地方裁判所平成13年5月11日判決(判例時報1748号30頁)「厚生省は,新法の下で,ハンセン病患者の隔離政策を遂行してきたものであるが,いうまでもなく,患者の隔離(かくり)は,患者に対し,継続的で極めて重大な人権の制限を強いるものであるから,すべての個人に対し侵すことのできない永久の権利として基本的人権を保障し,これを公共の福祉に反しない限り国政の上で最大限に尊重することを要求する現憲法の下において,その実施をするに当たっては,最大限の慎重さをもって臨むべきであり,少なくとも,ハンセン病予防という公衆衛生上の見地からの必要性…を認め得る限度で許されるべきものである。新法6条1項が,伝染させるおそれがある患者について,ハンセン病予防上必要があると認められる場合に限って,入所勧奨を行うことができるとしているのも,その趣旨を含むものと解されるところである。また,右の隔離の必要性の判断は,医学的知見やハンセン病の蔓延(まんえん)状況の変化等によって異なり得るものであるから,その時々の最新の医学的知見に基づき,その時点までの蔓延状況,個々の患者の伝染のおそれの強弱等を考慮しつつ,隔離のもたらす人権の制限の重大性に配意して,十分に慎重になされるべきであり,もちろん,患者に伝染のおそれがあることのみによって隔離の必要性が肯定されるものではない」
「遅くとも昭和35年以降においては,すべての入所者及びハンセン病患者について隔離の必要性が失われたというべきであるから,厚生省としては,その時点において,新法の改廃(かいはい)に向けた諸手続を進めることを含む隔離政策の抜本的な変換をする必要があったというべきである。そして,厚生省としては,少なくとも,すべての入所者に対し,自由に退所できることを明らかにする相当な措置を採るべきであった。のみならず,ハンセン病の治療が受けられる療養所以外の医療機関が極めて限られており,特に,入院治療が可能であったのは京都大学だけという医療体制の下で,入院治療を必要とする患者は,事実上,療養所に入所せざるを得ず,また,療養所にとどまらざるを得ない状況に置かれていたのであるが,これは,抗ハンセン病薬が保険診療で正規に使用できる医薬品に含まれていなかったことなどの制度的欠陥によるところが大きかったのであるから,厚生省としては,このような療養所外でのハンセン病医療を妨(さまた)げる制度的欠陥を取り除くための相当な措置を採るべきであった。さらに,従前のハンセン病政策が,新法の存在ともあいまって,ハンセン病患者及び元患者に対する差別・偏見の作出(さくしゅつ)・助長(じょちょう)に大きな役割を果たしたことは,(略)のとおりであり,このような先行的な事実関係の下で,社会に存在する差別・偏見がハンセン病患者及び元患者に多大な苦痛を与え続け,入所者の社会復帰を妨げる大きな要因にもなっていること,また,その差別・偏見は,伝染のおそれがある患者を隔離するという政策を標榜(ひょうぼう)し続ける以上,根本的には解消されないものであることにかんがみれば,厚生省としては,入所者を自由に退所させても公衆衛生上問題とならないことを社会一般に認識可能な形で明らかにするなど,社会内の差別・偏見を除去するための相当な措置を採るべきであったというべきである。この点,厚生省は,特に,昭和50年代以降,非公式的にではあるが,外出制限規定を弾力的に運用するなど,様々な点で隔離による人権制限を緩和させていったことは一応評価できるが,新法廃止まで,新法の改廃に向けた諸手続を進めることを含む隔離政策の抜本的な変換を行ったものとは評価できない。また,厚生省は,新法廃止まで,すべての入所者に対し,自由に退所できることを明らかにするなどしたことはなく,療養所外でのハンセン病医療を妨げる制度的欠陥を取り除くことなく放置し,さらには,社会一般に認識可能な形でハンセン病患者の隔離を行わないことを明らかにするなどしなかったのであるから,前記の相当な措置等を採ったとも評価し得ない。伝染病の伝ぱ及び発生の防止等を所管事務とする厚生省を統括管理する地位にある厚生大臣は,厚生省が右のような隔離政策の抜本的な変換やそのために必要となる相当な措置を採ることなく,入所者の入所状態を漫然と放置し,新法6条,15条の下で隔離を継続させたこと,また,ハンセン病が恐ろしい伝染病でありハンセン病患者は隔離されるべき危険な存在であるとの社会認識を放置したことにつき,法的責任を負うものというべきであり,厚生大臣の公権力の行使たる職務行為に国家賠償法上の違法性があると認めるのが相当である。そして,厚生大臣は,昭和35年当時,…隔離の必要性を判断するのに必要な医学的知見・情報を十分に得ていたか,あるいは得ることが容易であったと認められ,また,ハンセン病患者又は元患者に対する差別・偏見の状況についても,容易に把握可能であったというべきであるから,厚生大臣に過失があることを優に認めることができる」
 「新法の隔離規定は,新法制定当時から既に,ハンセン病予防上の必要を超えて過度な人権の制限を課すものであり,公共の福祉による合理的な制限を逸脱(いつだつ)していたというべきであり,遅くとも昭和35年には,その違憲性が明白になっていた…新法の隔離規定が存続することによる人権被害の重大性とこれに対する司法的救済の必要性にかんがみれば,他にはおよそ想定し難いような極めて特殊で例外的な場合として,遅くとも昭和40年以降に新法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為(ふさくい)につき,国家賠償法上の違法性を認めるのが相当である。そして,…新法の隔離規定の違憲性を判断する前提として認定した事実関係については,国会議員が調査すれば容易に知ることができたものであり,また,昭和38年ころには,全患協による新法改正運動が行われ,国会議員や厚生省に対する陳情等の働き掛けも盛んに行われていたことなどからすれば,国会議員には過失が認められるというべきである」
【★20】 ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律前文 「ハンセン病の患者は,これまで,偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては,昭和28年制定の『らい予防法』においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ,加えて,昭和30年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず,なお,依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく,隔離政策の変更も行われることなく,ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し,ようやく『らい予防法の廃止に関する法律』が施行されたのは平成8年であった。我らは,これらの悲惨な事実を悔悟(かいご)と反省の念を込めて深刻に受け止め,深くおわびするとともに,ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。ここに,ハンセン病の患者であった者等のいやし難(がた)い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏(へいおん)に資(し)することを希求(ききゅう)して,ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに,ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り,あわせて,死没者に対する追悼(ついとう)の意を表するため,この法律を制定する」
【★21】 HIV・エイズについては,1989年(平成元年)に「エイズ予防法」(後天性免疫不全症候群の予防に関する法律」が作られましたが,「社会を守る」ことを重視し,HIVに感染した人,エイズを発症している人をないがしろにする,問題のある法律でした(諏訪の森法律事務所・中川重徳弁護士「エイズ予防法を読む」(http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/ronkou/002.html),山田卓生・大井玄・根岸昌功編「エイズに学ぶ」日本評論社)。エイズ予防法は,【★22】の法律ができた1999年(平成11年)に廃止されました。
【★22】 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律前文 「人類は,これまで,疾病,とりわけ感染症により,多大の苦難を経験してきた。ペスト,痘そう,コレラ等の感染症の流行は,時には文明を存亡の危機に追いやり,感染症を根絶することは,正(まさ)に人類の悲願と言えるものである。医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により,多くの感染症が克服されてきたが,新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により,また,国際交流の進展等に伴(ともな)い,感染症は,新たな形で,今なお人類に脅威を与えている。一方,我が国においては,過去にハンセン病,後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め,これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ,感染症の患者等の人権を尊重しつつ,これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し,感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。ここに,このような視点に立って,これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため,この法律を制定する」

2016年12月 1日 (木)

既読スルーしてケンカになった

 

 友だちからのメッセージを読んだまま自分が返信しなかったのがきっかけでケンカになり,メッセージのやりとりも激しくなってしまいました。その流れで,自分が相手をかなりバカにしたメッセージを送ってしまい,相手が「訴える」と繰り返し言ってきています。「は?訴えるなら訴えてみれば?」と強気で返しているものの,本当に訴えられちゃうのか,訴えられたらどうなるのか,内心では不安です。

 


 自分でも,言い過ぎちゃったな,という思いがあるのですね。

 だからこそ,「訴える」という言葉に,不安になってしまいますよね。




 「訴える」という言葉で,法律的に考えられるのは,

 たとえば,民事(みんじ)という分野なら,

 傷ついたぶんのお金を払え,と裁判所に訴えることです。

 でも,こういった民事のことは,

 「友だちに貸したお金が返ってこない」の記事にも詳しく書いたように,

 未成年なら親がかかわらないといけなかったりなど,いろんなハードルがあります
【★1】

 また,刑事(けいじ)という分野なら,

 「被害を受けた」という被害届や,「処罰してほしい」という告訴状(こくそじょう)を警察に出して,捜査(そうさ)してもらうよう訴えるのですが
【★2】

 犯罪として取り締まるということは,とても重大な話なので,

 そんなに思うほど簡単には,警察は動きません。

 刑事事件は,民事事件よりもさらにハードルが高いのです。




 その友だちは,

 じっさいに法律的に訴えることの大変さまで考えてあなたに言っているのではなく,

 激しいメッセージのやりとりの中で,勢いで「訴える」と言ってしまっているのだと思います。




 ただ,上に書いたことは,あくまで一般的な話ですから,

 確かなアドバイスをするためには,あなたと相手のじっさいのやりとりを見る必要があります。

 今の不安な気持ちを落ち着けるために,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見て下さい。





 あなたが相手をバカにしたメッセージを送ってしまったのは,

 ケンカでメッセージのやりとりが激しくなったからでしたね。




 私は,弁護士として,いろんな人間関係のトラブルの相談を受けています。



 「今,相手とこんなふうにやりとりしています」

 法律相談にやってきた人が,メールやアプリのメッセージのやりとりを印刷したものを,ごそっと見せてくれることが,よくあります。

 私は,まず,「この相手とのやりとりを,すぐにやめてください」とアドバイスします。




 インターネットでのやりとりは,

 淡々(たんたん)とした事務連絡や,おたがいに仲が良いときには,とても便利なのですが,

 トラブルになっているときは,おたがいを傷つける凶器になってしまうのです。




 トラブルになっているときは,頭に血が上っているので,

 ふだんよりも敏感になって,相手からのメールやメッセージが気に障(さわ)ることも多くなります。

 そして,こちらも感情的になって,反論したくなってしまいます。

 反論の文章を考えるのも,イライラします。

 書き終わって相手に送信すると,すぐに相手に届いてしまいます。

 即座(そくざ)に相手から反論が来れば,また気分が悪くなりますし,

 反論が来なければ来ないで,それもまたイライラします。

 やりとりが文字で残るので,おたがい,相手の言うことのほとんどに反論しようとして,

 細かい言葉の揚(あ)げ足とりや,メインのテーマからずれた話が,増えていきます。




 トラブルになったときは,メールやアプリのメッセージは,不向きなのです。




 深刻な法律トラブルのとき,弁護士が事件の依頼を受けたら,

 弁護士が連絡の窓口になるので,当事者どうしの直接のやりとりがなくなります。

 そのぶん,時間の余裕が生まれます。

 さらに,裁判所でトラブルを解決する場合は,

 民事の裁判なら,だいたい1か月~1か月半に1回というペースで開かれるので,もっと時間の余裕ができます。

 即座にやりとりするインターネットと比べて,とても時間がかかって不便だ,と思うかもしれません。

 でも,トラブルを大きくしないで解決するためには,

 一呼吸を置いてクールダウンする時間があることが,じつは,とても大切なのです。





 私は,弁護士の仕事をするうえで,

 自分の依頼者や,事件の相手方との間で,メールを使いません。

 プライベートでも,メールやアプリのメッセージを使うのは,他の人と比べると,とても少ないです。

 直接会って話をするか,

 電話で話をするか,

 手紙やFAXなどの文書で,やりとりをします。




 メールや,アプリのメッセージは,

 どんなに表現を一生懸命に工夫し,絵文字やスタンプをたくさん使っても,

 自分が送った内容が相手に誤解されたり,

 相手から受け取った内容を自分が誤解したりが,起きやすくなります。




 電話なら,

 声の強さや弱さ,速さや遅さ,高さや低さなどが伝わりますし,

 会って話をすれば,

 さらに,どんな顔の表情をしているか,どんなしぐさをしているかも伝わります。

 文字だけでやりとりするよりも,気持ちが分かり合えますし,

 わからないことも,その場ですぐに確かめ合うことができるので,

 メールやアプリのメッセージで起きるような誤解も,防ぎやすくなります。




 やりとりを文書で残したいときも,

 手紙なら,どんな便せんや封筒を使うかを選び,

 伝えたいことを,紙に手書きで書いたり,パソコンからプリントアウトしたりし,

 それを折って封筒に入れてのり付けし,

 宛先を書いて,切手を貼って,ポストに出しに行く時間,

 FAXでも,文書を書いて送信機にセットし,

 番号を押して相手に送るまでの時間があります。

 その面倒と思われる時間こそ,自分と相手のことを考えるための,大切な時間なのです。




 虐待から逃げてきた子どもを守るシェルターは,場所が絶対に秘密なので,

 親などに居場所がバレないようにするために,ケータイやスマホを預かります。

 ケータイやスマホを肌身離さず持っていた子どもたちにとっては,辛いことです。

 でも,担当の弁護士やシェルターのスタッフと,顔を合わせて話をしていく中で,

 おたがいのコミュニケーションが深まり,自分自身の気持ちを整理していくことができます。

 私から子どもたちに手紙を書いて送ると,「郵便の手紙を初めて受け取った」とびっくりされます。

 そして,私の勧めで,その子が親や私に宛てて手紙を書くと,

 その子が相手の気持ちを考えながら,自分自身の気持ちをよりいっそう整理できることが多いです。




 メールやアプリのメッセージはとても便利ですが,

 トラブルになったときは,止めましょう。

 そして,だいじな話のときこそ,

 会って直接話したり,電話で話したり,手紙にまとめたりしてみてください。





 それから,今回のケンカのきっかけは,

 あなたが相手のメッセージ読んだまま,返信をしなかったからということでしたね。




 最近のアプリでは,「既読(きどく)」という,メッセージが読まれたという表示が出るしくみになっています。

 読んだことが相手に伝わるので,すぐに返事をしなければ無視したと思われる,だからすぐに急いで返事をする,という人がとても多いです。

 実際,「既読」したのに無視されたということがきっかけになって,いじめや残酷な犯罪が起きています
【★3】



 ある有名なアプリを作った会社は,既読の表示を出すしくみを作ったを理由を,こう説明しています。

 「震災などで相手が返事を出す余裕がなくても,読んだことが分かれば,無事に生きているんだと安心できる」
【★4】【★5】



 でも私は,それはおかしな説明だと思います。

 震災などの非常事態ではない,毎日のふだんの暮らしの中で,

 「相手が生きているとわかって安心する」ことなど,必要ありません。




 「既読になったのに返事がないことにイライラする」のも,

 その会社が言うように,「既読の表示が出れば相手が生きているとわかって安心する」のも,

 結局そのどちらにしても,メッセージを送ったがわの一方的で勝手な気持ちの話です。

 メッセージを受け取ったがわの気持ちが,置き去りになっています。




 コミュニケーションは,

 自分の気持ちを一方的に押しつけるのではなく,

 相手の立場に立って考えてやりとりすることが,とてもだいじなのです。

 (「おこづかいの値上げ交渉」の記事にも,同じようなことを書きました。)




 スマホの画面の「既読」の2文字に,あなたも相手も振り回されることなく,

 おたがいの気持ちがわかり合える,余裕を持ったコミュニケーションをしてほしいと思います。




 もし,「既読」したのに返事をしなかったことがきっかけでいじめが起き,あなたや周りの友達が悩んだら,

 「いじめを弁護士に相談するとどうなるの」

 「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」

 の記事も,あわせて読んでみてください
【★6】




 スマホのアプリは,私が子どものときには想像もつかなかったコミュニケーションの道具でした。

 これから数年・数十年先,みなさんが大人になって,次の世代の子どもたちを支えるころには,

 今では想像もつかない,さらに新しいコミュニケーションの道具ができているでしょう。

 でも,たとえどんな道具が生まれたとしても,

 その道具に私たち人間がふりまわされるのではなく,

 「自分の気持ちをうまく伝え,相手の気持ちを尊重する」というコミュニケーションの基本を,

 いつも忘れずに意識していてほしいと思います。

 それが,仕事で人間関係のトラブルにいつも接している弁護士から,子どものみなさんに一番伝えたいことです。

 

 

【★1】 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない。…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
【★2】 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 「捜査機関以外の者による捜査の端緒(たんしょ)としてとくに重要なのは,犯罪被害者による被害申告である。被害者の被害申告も,被害届にとどまる場合と告訴の形式をとる場合とがある(被害届は,被害申告のみで,告訴のような訴追(そつい)の意思表示のないものである。いずれも捜査の端緒となる)。」田口守一「刑事訴訟法 第二版」55頁
【★3】 2013年,LINEで連絡を絶ったことを理由に中学3年の女子生徒が,中高生の少女4人から殴られたり蹴られたりした事件や(読売新聞2013年9月12日記事),同じ年,LINEでの呼びかけを無視したことがきっかけで,男子生徒が少年4人から両足を縛られ,川に突き落とされ,足首をライターの火であぶられるなどの被害を受ける事件が起きました(読売新聞2013年10月4日記事)。
【★4】 朝日新聞2016年3月12日記事 「LINE既読は震災から生まれた 教訓生かした商品多数」 「今や国内で約6800万人が使う無料通信アプリ『LINE(ライン)』。誕生のきっかけは大震災だった。ラインの運営会社は,電話がつながりにくい中でも『大切な人と連絡を取れるサービスが必要だ』と判断。急ピッチで開発し,3カ月後にサービスを始めた。こだわりは,相手がメッセージを読んだか分かる『既読』機能をつけたこと。相手に返信する余裕がなくても,既読と分かれば安心する。そんな思いを込めた。」(http://www.asahi.com/articles/ASJ3C51T9J3CULFA019.html
【★5】 日経デジタルマーケティング2014年3月11日記事 「あれから3年,“震災生まれ”のLINEが命を救い,スマホが募金プラットフォームに」 「『(相手が自分のメッセージを読んだ際に付く)あの『既読』表示は,東日本大震災を経験して,安否(あんぴ)確認のためにあると便利だということで付けた機能なのです』。今年1月に新設したLINEの正しい活用を啓発(けいはつ)するCSR(企業の社会的責任)部門である政策企画室の江口清貴室長は,LINE開発の経緯をこのように説明する。」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/nmgp/20140310/260877/
【★6】 全国Webカウンセリング協議会理事長・安川雅史さんの「子どものスマホ・トラブル対応ガイド」(ぎょうせい,2016年)も参考になります。

2016年2月 1日 (月)

休日のデモ参加に学校への届出が必要?

 

 私立高に通っています。社会のこと,政治のことに関心をもっていて,休日に高校生デモに参加しています。ところが,学校から,「今後は,校外のデモに参加するときは事前に学校に届出をするように,校則を変える」と話がありました。届出をしないでデモに参加すると,どうなりますか。

 

 「校則に違反した」という理由で,指導や注意がされたり,懲戒処分がされたりするかもしれません。

 でも,「校外のデモに行くのに届出が必要」という校則自体が,おかしなことです。

 校則を変えないよう,先生や生徒みんなで話し合い,決めることが必要です。




 社会や政治のことにまったく関心を持たない大人たちが多い中で,

 高校生のときからきちんと関心を持ち,しっかりと声を上げているのは,とても素晴らしいことだと思います。




 1969年(昭和44年),国の役所は,高校生が政治的な活動をすることを,厳しく制限しました
【★1】

 そのころ,各地の高校生たちが,さまざまな学校問題や社会問題について,運動をしていました
【★2】

 しかし,このころの高校生の中には,

 授業や文化祭,卒業式を妨害したり,

 学校にヘルメット・こん棒姿で集まったり,

 校長室などをロッカーや机でバリケード封鎖したり,

 先生たちを閉じ込め,暴力をふるったり,

 火炎瓶(かえんびん)を投げるなど,

 とても暴力的なやり方をする生徒たちもいて,社会的に大きな問題になっていました
【★3】

 そして,その暴力的なやり方は,学校の外の人たちからの影響を,強く受けていました。

 文部省(今の文部科学省)が,学校内だけでなく,学校外の政治活動まで厳しく制限したのには,そういった背景がありました。



 しかし,それならば,違法なものや暴力的なものだけを禁止すればよかったはずです。


 子どもであっても,

 自分の意見を言う自由,社会に伝える自由や,

 いろんな人たちと集まって,いっしょに活動する自由があります
【★4】

 そういう自由は,本人にとってだけでなく,社会全体にとっても,だいじなものです。

 そして,教育基本法や学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」と,はっきり書いてあります
【★5】


 それなのに,文部省は,政治にかかわることのほとんどを,広く制限してきました。

 それが,昨年の2015年(平成27年)まで46年もの長い間,ずっと続いてきたのです。




 教育基本法には,「学校は政治的な活動をしてはいけない」と書かれています
【★6】

 文部省は,それを理由に,「だから高校生の政治的な活動を制限してあたりまえ」としてきました
【★7】

 しかし,教育基本法が言っているのは,例えば,学校や先生が自分の政治的主張を生徒たちに押し付けたりしてはいけない,ということです。

 一人ひとりの生徒が自分の意見をもって動くことまで,禁止していません
【★8】


 文部省は,「政治的な活動で勉強がおろそかになる。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★9】

 しかし,「勉強がおろそかになるから」と,恋愛や習い事やゲームをわざわざ役所は制限しませんし,しないのが当然です。

 なのに,政治的な活動だけ制限をするのは,おかしなことです。

 それに,勉強と政治的な活動をきちんと両立させている人も,今はたくさんいます。



 文部省は,「判断力や経験がじゅうぶんではないから,特定の政治的な意見に影響されてしまう。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★10】

 でも,判断力や経験がじゅうぶんでないからこそ,きちんとした政治的な活動とはどういうものなのかを,子どものうちから学べることが必要です。

 政治というのは,自分とちがう意見の人たちともしっかり議論をして,ものごとをみんなでよりよい内容で決めていくものです。

 それなのに,自分の意見を言うこともできず,他の人の話を聞くこともできず,

 議論をして決めていくやり方を,子どもの時にきちんと身につけられなければ,

 むしろ,「特定の政治的意見」にこだわる,困った大人ができあがってしまいます。



 違法なものや暴力的なものを禁止したり,

 安心・安全な学校生活のために一定のルールを作ったりすることは,

 たしかに必要です。

 でも,高校生の政治的な活動のほとんどを,広く制限してしまうことは,

 どう考えても,行き過ぎで,おかしなことだったのです。



 それでも,「未成年のうちは選挙権がない」ということが一番の理由となって,

 子どもたちの政治的な活動は,ずっと制限されてきました
【★11】

 文部省は,「社会は,未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請している」,とまで言っていたのです。

 裁判所も,「子どもの政治的な運動を学校が制限するのはおかしい」と言った判決は,ほんの少しあるだけで
【★12】

 その他の多くの事件では,裁判所は,文部省とほとんど変わらない判断をしてきました
【★13】



 最近,法律が変わり,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられました
【★14】

 「選挙権がある」ということは,「選挙運動もできるようになる」ということです
【★15】

 「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と活動することができるようになります。

 (選挙権のない子どもも選挙運動が認められるべきなのですが,法律では禁止されています。くわしくは「子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない」の記事を読んでください。)

 誰が当選するかが激しく争われる「選挙運動」でさえ,できるようになるのですから,

 もっと幅広く社会のことについて主張したり行動したりする「政治的活動」も,当然,認められなくてはなりません
【★16】


 だから,選挙権の年齢が引き下げられたのに合わせて,

 文部科学省は,2015年(平成27年)に,政治的な活動について,いままでの制限をゆるめました
【★17】

 放課後や休日の政治的な活動は,

 これまでは,「望ましくないとして生徒を指導する」と,基本的にダメだったのが
【★18】

 これからは,「家庭の理解の下(もと),生徒が判断し行うもの」で,基本的にOKというふうに,文部科学省の考え方が変わったのです
【★19】



 ところが,今年に入って,文部科学省は,

 「生徒が放課後や休日にデモや集会に参加する場合に,学校に事前に届出をさせることにしてもよい」,

 と言い出しました
【★20】


 「届出制」は,「許可制」とは違います。

 届出制は,「事前に学校に言っておく」ということです。

 許可制のように,学校がそのデモや集会の参加を許可する・許可しないの判断をすることまではできません。

 「だったらかまわないんじゃないか」,そう考える人も,ひょっとしたらいるかもしれません。

 しかし,それはものごとの考え方が逆さまです。

 「届け出れば,デモや集会に参加できるからいい」,のではなく,

 「届け出なければ,デモや集会に参加できない(してはいけない)」ということが問題なのです。

 本来自由にできるはずのものに制限がある,ということには変わりありません。

 それも,46年間ダメだとしてきたものをOKする方向に変えたばかりなのに,このような縛(しば)りを作るのは,おかしなことです。



 もし,届出をしないでデモに参加したら,

 校則に違反したという理由で,注意や指導がされたり,退学させられたりするかもしれません。

 そのとき,弁護士に相談して,裁判をして争うということもありえます。

 でも,あなたの学校は,私立の高校なのですよね。

 最高裁は,ある私立の大学のケースで,

 「私立の学校では,学校の外での政治的な活動にかなり広い制限をしても,不合理でない」,と言っています
【★21】

 その最高裁の判断はおかしい,変えなければいけない,と私は思いますし,

 学校の処分が正しいかどうかは,個別のケースごとにいろんな事情をもとにして判断されますから,

 生徒側が裁判で勝つことが絶対にありえないわけではありません。

 でも,この最高裁のハードルを裁判で乗り越えるのはそんなに簡単ではない,ということは,知っておいてください。




 私は,校則を変えてデモ参加を届出制にすることについて,

 裁判で争うよりも,

 先生たちや,生徒みんなで議論していくことのほうが,何倍もだいじだと思います。



 政治的な活動をする自由を,憲法はとても大切にしています。

 本来,よっぽどのことがないかぎり,それを奪ったり,制限したりすることはできないものです。


 だから,本当に子どもを守るためという理由で,その大切な自由を制限しようとするなら,

 なぜ制限が必要だと学校が考えるのか,

 それがよっぽどのことなのか,

 その制限のやり方で意味があるのか,

 それを,学校の生徒・保護者・先生で,

 みんなできちんと議論し合い,

 みんなが納得する形で,

 みんなで決めていかなければなりません
【★22】


 そうやってみんなで議論をして決めていくこと自体が,だいじな「政治」の一歩であり,

 役所や学校が一方的に決めること自体が,子どもたちから「政治」を奪うものです。


 この届出制のことを通して,みなさんが「政治とは何か」をより一層学ぶことができるはずだと,

 私は強く思っています。

 

 

【★1】 昭和44年10月31日文部省初等中等教育局長通達(文初高第483号)「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(以下「69通達」と言います)
【★2】 小林哲夫「高校紛争1969-1970」では,この頃の高校生達の要求項目を,次のように整理しています(86頁)。
(1)生徒指導,校則 ①生徒心得改訂,撤廃,②頭髪自由化,③制服制帽自由化,④登校するまでと下校後の外出禁止反対,⑤集会,結社の自由,⑥表現の自由,刊行物の検閲廃止,⑦男女交際の自由,⑧下校時の喫茶店,食堂などへの出入り自由
(2)教育制度 ①エリート教育反対,②定期試験廃止,③受験教育につながる学力試験,模擬試験廃止,④通知表廃止,通知表の成績評価廃止,⑤能力別コース廃止,⑥コース別編成反対,⑦理数系コース反対,⑧教科書粉砕,⑨授業批判の自由を認めよ,⑩女子クラス,男子クラス廃止,⑪自主講座の設定,⑫生徒会解体,⑬産業のための教育反対,⑭強制礼拝反対
(3)学校運営,政策 ①学校運営への参加,②職員会議の公開,生徒出席,③生徒指導部解体,④クラブ顧問制の廃止,⑤運動会や文化祭を自主管理,⑥PTA解体,⑦機動隊導入を自己批判せよ,⑧○○高校の処分に抗議するように要請,⑨封鎖やストの実行者や逮捕者への処分撤回,⑩校長退任,⑪学校の統廃合反対,⑫校歌廃止,⑬学校の経理公開,⑭不正経理責任追及,⑮学費値上げ反対,⑯各種式典反対,⑰修学旅行反対
(4)政治課題 ①ベトナム戦争反対,②沖縄奪還,③安保反対,④米軍基地撤去,⑤自衛隊反対,⑥三里塚(成田)空港建設反対,⑦紀元節復活反対,⑧産学協同路線反対,⑨文部省手引書,教育委員会通達による「高校生の政治活動禁止」粉砕,⑩○○闘争○周年(東大紛争,10・8羽田闘争など)
【★3】 当時の高校紛争がどのような状況だったかが一番詳しくわかるのが,小林哲夫「高校紛争1969-1970」(中公新書)です。また,高校紛争当時に出されたジュリスト442号(1970年1月15日発行)23頁「座談会 高校紛争 -高校教育に問われているもの-」も,公立高校教諭5人との座談会の形で,この頃の高校紛争がどのようなものだったか,教師としてどのような苦悩を持っていたかがわかります。さらに,久保友仁+小川杏奈・清水花梨(制服向上委員会)「問う!高校生の政治活動禁止」(社会批評社)も,高校紛争をわかりやすく説明しています。
【★4】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★5】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★6】 教育基本法14条2項 「法律に定める学校は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」
【★7】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行うことを黙認することは,学校の政治的中立性について規定する教育基本法第8条第2項〔注:現在の14条2項。★6〕の趣旨に反することとなるから,これを禁止しなければならないことはいうまでもない・・・(略)」
【★8】 教育基本法14条2項〔★6〕の条文の主語は「学校」ですが,ここに生徒が含まれると読むのは,条文上も理論上も無理です。6条2項で「学校」と「教育を受ける者」とを区別していることや,14条2項そのものが「政治教育をしてはならない」という言葉を具体例として使っていることからしても,ここの「学校」に生徒を含むという解釈は文言上できません。そして,理論上もおかしいことは,記事本文全体で書いたとおりです。
【★9】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「特に教育的な観点からみて生徒の政治的活動が望ましくない理由としては次のようなことが考えられる。 (略) (6)生徒が政治的活動を行うことにより,学校や家庭での学習がおろそかになるとともに,それに没頭して勉学への意欲を失ってしまうおそれがあること」
【★10】 同 「(2)心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行うことは,じゅうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり,将来幅広い視野に立って判断することが困難となるおそれがある。したがって教育的立場からは,生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること」
【★11】 同 「(1)生徒は未成年者であり,民事上,刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように,国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請しているともいえること」
【★12】 大阪地裁昭和49年4月16日判決(月刊生徒指導1974年7月号94頁,別冊ジュリスト64号「教育判例百選(第二版)」40頁) 「高校生といえども一個の社会人として,国の政治に関心を持ち,自ら選ぶところに従って相応の政治活動をおこなうことはもとより正当なことであって,…指導にあたっては,政治活動の如(ごと)く,生徒の基本的人格にかかわる問題については特に,いやしくも指導の名のもとに自己の政治的信条を押しつけたり,生徒の政治的自由を不当に抑圧(よくあつ)するようなことがあってはならないのはもとより,生徒にそのように受け取られないよう慎重な配慮がなければならず…政治集会やデモに参加することを一律(いちりつ)に禁止し,生徒の参加が予測される集会やデモには,その都度生活指導部の教師らが出向いて様子を見るという措置に出たのは…教育的見地から見て妥当(だとう)なものであったかどうかははなはだ疑問である」
【★13】 東京地裁昭和47年3月30日判決(判例時報682号39頁) 「未成年者とくに高校程度の教育過程にあるものについてその教育目的を達するのに必要な範囲で表現の自由が制限されることがあってもかならずしも違法ではないと解されるから,〔高校〕がビラの配布や集会を行なうには校長または生徒会主任の許可を得なければならないとしていることをもってただちに表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に違反する無効なものということはできない。また,〔高校〕が政治的な集会やデモに参加することを禁止したのは,心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想にのみ深入りすることの弊害(へいがい)を防止し基礎的な教養の習得をはかるとともに,ややもするとこれらの集会,デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を守るためであったことは前認定のとおりであって,未成熟者に対する教育上の配慮にもとづく相当な措置であると解されるから,これまた表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に反する違法なものとはいえない。したがって,許可をうけずにビラの配布や集会を行なったことおよび禁止に反して政治的な集会,デモに参加したことを理由に懲戒処分を加えたからといって憲法に違反する無効なものということはできない。また,本件処分が思想,信条にもとづく差別扱いであることを疎明(そめい)する資料はないから,法のもとの平等を定めた憲法の規定に違反するということもできない」
 東京高裁昭和52年3月8日判決(判例時報856号26頁) 「高等学校の生徒はその大部分が未成年者であり,国政上においても選挙権などの参政権が与えられていないが,その年令などからみて,独立の社会構成員として遇することができる一面があり,その市民的自由を全く否定することはできず,政治活動の自由も基本的にはこれを承認すべきものである。しかし,現に高等学校で教育を受け,政治の分野についても,学校の指導によって政治的識見の基本を養う過程にある生徒が政治活動を行うことは,国家,社会として必ずしも期待しているところではない。のみならず,生徒の政治活動を学校の内外を問わず,全く自由なものとして是認するときは,生徒が学習に専念することを妨(さまた)げ,また,学校内の教育環境を乱し,他の生徒に対する教育の実施を損うなど高等学校存立の基盤を侵害する結果を招来(しょうらい)するおそれがあるから,学校側が生徒に対しその政治活動を望ましくないものとして規制することは十分に合理性を有するところである。また,本件当時全国的な規模で展開されたいわゆる学校封鎖は,個々の場合においてそれぞれ異なる様相を呈(てい)したとはいえ,ほとんど常に暴力的破壊的性質を帯び,その結果は,単に学内に止まらず,多かれ少かれ社会一般の秩序を乱すものであったことは公知の事実である。それだけに,学校側が生徒に対しこのような行動に加担しないように教導し,生徒がこれに参加した場合に,その行為の性質その他の事情に鑑(かんが)み,適切な懲戒処分をもって臨むほか,処分後の指導においても,生徒に対し自己の行為の非を反省し,今後同じような暴力的破壊的行動に出ることを厳に慎(つつし)むよう指導することは当然のことであり,もとより生徒の政治的自由に対する侵害などと評価すべき限りではない」
 その他,福島地裁昭和47年5月12日判決(判例時報677号44頁),福岡地裁50年1月24日判決(判例時報775号129頁),仙台高裁昭和54年5月29日判決など。
 生徒が政治活動に参加したことを内申書に書かれ,高校が不合格となった麹町中学校内申書事件では,一審の東京地裁昭和54年3月28日判決(判例時報921号18頁)で生徒側が勝訴しましたが,二審の東京高裁昭和57年5月19日判決(判例時報1041号25頁)とその後の最高裁判所第二小法廷昭和63年7月15日判決(判例時報1287号65頁)では敗訴しています。
【★14】 これまで選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★15】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★16】 何が「政治的活動」なのかは,〔★17〕の通知に定義がありますが,とてもわかにくく,そしてあいまいだという問題があります。
 「『政治的活動』とは,特定の政治上の主義若(も)しくは施策又(また)は特定の政党や政治的団体等を支持し,又はこれに反対することを目的として行われる行為であって,その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉になるような行為をすることをいい,選挙運動を除く」
【★17】 平成27年10月29日文部科学省初等中等教育局長「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(27文科初第933号)http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1363082.htm
【★18】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「2 生徒の政治的活動を規制することについて」 「(3)放課後,休日等に学校外で行われる生徒の政治的活動は,一般人にとっては自由である政治的活動であっても,前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあって,学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかっている段階であることなどにかんがみ,学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの,暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが,そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限,禁止することが必要である」
【★19】 平成27年通知〔★17〕 「第3 高等学校等の生徒の政治的活動等」「3.放課後や休日等に学校の構外で行われる生徒の選挙運動や政治的活動については,以下の点に留意すること。 (略) (3)放課後や休日等に学校の構外で行われる選挙運動や政治的活動は,家庭の理解の下,生徒が判断し,行うものであること。その際,生徒の政治的教養が適切に育まれるよう,学校・家庭・地域が十分連携することが望ましいこと」
【★20】 朝日新聞2016年1月30日「高校生の校外デモや集会参加 学校への届出制容認 文科省」
【★21】 最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決(民集28巻5号790頁,昭和女子大事件) 「大学は,国公立であると私立であるとを問わず,学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり,法律に格別の規定がない場合でも,その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し,これによつて在学する学生を規律する包括的権能(ほうかつてきけんのう)を有するものと解すべきである。特に私立学校においては,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針とによつて社会的存在意義が認められ,学生もそのような伝統ないし校風と教育方針のもとで教育を受けることを希望して当該大学に入学するものと考えられるのであるから,右の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し,これを実践することが当然認められるべきであり,学生としてもまた,当該大学において教育を受けるかぎり,かかる規律に服することを義務づけられるものといわなければならない。もとより,学校当局の有する右の包括的権能は無制限なものではありえず,在学関係設定の目的と関連し,かつ,その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認(ぜにん)されるものであるが,具体的に学生のいかなる行動についていかなる程度,方法の規制を加えることが適切であるとするかは,それが教育上の措置に関するものであるだけに,必ずしも画一的に決することはできず,各学校の伝統ないし校風や教育方針によつてもおのずから異なることを認めざるをえないのである。これを学生の政治的活動に関していえば,大学の学生は,その年令等からみて,一個の社会人として行動しうる面を有する者であり,政治的活動の自由はこのような社会人としての学生についても重要視されるべき法益であることは,いうまでもない。しかし,他方,学生の政治的活動を学の内外を問わず全く自由に放任するときは,あるいは学生が学業を疎(おそろ)かにし,あるいは学内における教育及び研究の環境を乱し,本人及び他の学生に対する教育目的の達成や研究の遂行をそこなう等大学の設置目的の実現を妨(さまた)げるおそれがあるのであるから,大学当局がこれらの政治的活動に対してなんらかの規制を加えること自体は十分にその合理性を首肯(しゅこう)しうるところであるとともに,私立大学のなかでも,学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が,その教育方針に照らし学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から,学内及び学外における学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても,これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない」
【★22】 「在学契約説:学校が国公立であると私立であるとを問わず,在学関係は,学校設置者と生徒ないしその保護者とのあいだで,生徒が学校において教育を受けることを契約することによって成立する契約関係ととらえるもの。教育法学会の多数説である。(略)在学契約説では,学校・教師と生徒との関係は,憲法で保障されている子どもの成長発達と学習権を保障すべき法律関係であって,生徒や親は学校・教師に従属するものではなく対等な権利義務関係に立つことになり,校則は,学校・教師と生徒・親との契約内容を示すものとなる。したがって,校則の内容について両契約当事者の合意が不可欠であるということになり,校則を制定・改変するにあたり,生徒・親の参加は当然のことである。この考え方は,現行憲法原理及び前記最高裁判決〔注:昭和52年3月15日第三小法廷判決〕,子どもの権利条約28条(教育への権利),1990年11月国連総会で採択されたリヤド・ガイドラインのⅣのB教育(20条以下31条-特に21条cでは「単なる対象物としてではなく,積極的かつ有効な参加者として青少年を教育過程に参加させること」とうたっている)について定めた規定,国際人権規約A規約13条(教育についての権利),児童権利宣言7条(教育についての権利)等の諸規定とも,趣旨において最もよく適合するものであり,適切な考え方である」(日本弁護士連合会「子どもの権利ガイドブック」134頁)

2015年7月 1日 (水)

路上ライブを警察に止められた

 

 友だちと二人でフォークギターのライブユニットを組んで駅前の歩道で路上ライブをしていたら,警察官に止められて,交番に連れて行かれ,「もう二度としない」と誓約書を書かされました。路上ライブって,犯罪になるんですか?

 

 人や車の通りに,とても大きな影響がある路上ライブなら,

 警察の許可をもらっていないと,犯罪になります。

 でも,

 人や車の通りに,とても大きな影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可はいりません。



 道路は,人や車が通るための場所です。

 人や車が安全に通れるように,

 「道路交通法」という法律が,道路のルールを細かく決めています。



 道路を,人や車が通る以外のために使うときは,

 道路ほんらいの役割の「人や車が安全に通れること」と両立するかどうかを,

 警察がチェックすることになっています。



 道路で工事をする,

 道路に銅像や広告を置こうとする,

 道路に屋台などのお店を出そうとする,

 そういったときには,警察に申請をして,許可をもらいます
【★1】


 警察は,

 「人や車が安全に通れるから大丈夫」,

 「条件を付ければ安全だ」,

 そう判断したら,許可を出さなければいけないことになっています
【★2】


 その警察の許可をきちんともらわないで,

 工事をしたり,銅像や広告を置いたり,屋台などのお店を出したりしたら,

 犯罪として処罰されます
【★3】


 ところが,「路上ライブをするときに警察の許可がいる」とは,

 道路交通法には,書かれていません。



 じつは,路上ライブについては,

 道路交通法という法律ではなく,

 都道府県の「公安(こうあん)委員会」がつくったルールで,

 「警察の許可が必要」とされています
【★4】

 「公安委員会」というのは,警察の上にある,警察を管理する組織のことです
【★5】


 道路交通法は,

 「工事をする,銅像や広告を置く,屋台を出す以外にも,

 警察の許可が必要なものを,都道府県の公安委員会が決めていい」

 と,一部をまかせています
【★6】


 しかし,公安委員会が何でもかんでも好き勝手にルールを決めていいわけではありません。

 法律は,選挙でみんなから選ばれた議員が,議会で作ったものです。

 でも,公安委員会の人たちは,選挙で選ばれていません。

 だから,公安委員会は,法律が決めたワクの中でしか,ルールを決められないのです。



 道路交通法が言っているのは,次のようなことです。


 「お祭りや,映画・テレビの撮影みたいに,

 人や車が通ることに『著(いちじる)しい』影響があるときには,

 警察の許可がいる。

 お祭りや映画・テレビの撮影以外に,どんなものがあるかは,

 都道府県の公安委員会で決めてください。」



 「著しい」というのは,「とても大きい」という意味です。

 この「著しい影響」というのが,法律が作ったワクなのです。



 有名なバンドだったり,

 大きな音量で派手なパフォーマンスだったりしたら,

 人がたくさん集まって,人や車が通るのに影響が「著しい」かもしれません。

 大きな駅の改札の目の前だったり,

 乗り降りのとても多いバス停のすぐ横だったりしたら,

 人がたくさん行き交(か)いますから,「著しい」影響があるかもしれません。



 でも,路上ライブすべてが,人の通りに「著しい」ほどの影響が出るわけではありません。


 たしかに,路上ライブの演奏に聴き入ってくれる人たちがその場に立ち止まれば,

 その道路を通る人たちの行き来に,多少の影響はあるでしょう。

 でも,その影響は,お祭りや映画・テレビ撮影ほどの「著しい」ものではないはずです。

 人の行き来に「著しい」影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可をもらう必要は,ないのです。



 路上でビラを配ることも,

 法律ではなく,公安委員会のルールで,

 「警察の許可が必要」とされています。



 これまで,警察の許可なく路上で政治的な意見を書いたビラを配った人が,警察から止められたり,逮捕されたりして,裁判になったケースが,いくつかあります。

 それらすべてのケースで,裁判所は,

  「そのビラ配りは,人や車が通るのに『著しい影響』まではなかった。

  だから,そもそも警察の許可が必要なかった。

  警察が止めたり,逮捕するのはおかしい」,

 そう言っています
【★7~9】


 もちろん,路上ライブの内容や,演奏する場所・時間によっては,

 人の行き来に「著しい」影響が出てしまうものもあるでしょう。

 また,将来,あなたたちのライブユニットがとても人気になって,

 路上ライブにたくさん人が集まり,人の行き来に「著しい」影響が出ることがあるかもしれません。

 そういう場合には,きちんと警察に許可をもらうための申請をしてください
【★10】

 もし,申請をしても,警察がまったく許可しないなら,弁護士に相談してください。




 どんな人にも,「表現の自由」があります
【★11】


 自分の思いや,気持ちや,考えを,いろんな形で表現することは,

 その人自身にとっても,

 その表現を受け取る人にとっても,

 そして,社会全体にとっても,

 非常に大切なことです。

 いろんな人の,いろんな表現が行き交い,混じり合うことで,

 一人ひとりが成長していくことができ,

 そして,社会も豊かなものになるからです。



 だから,憲法は,

 表現の自由を,とてもだいじなもの,よっぽどのことがなければ制限できないものとしています。

 お金や財産のことも,もちろん大切ですが,

 表現の自由は,お金や財産のことよりも,よりいっそう,だいじにされなければならないのです
【★12】


 ところが,じっさいには,

 お金もうけのためにいろんなお店がビラをたくさん配り,駅前で大音量の音楽を流して宣伝していても,警察は止めないのに,

 若い人たちが,素朴(そぼく)な気持ちや,真面目な意見を,音楽に乗せて路上ライブをしていると,すぐに警察が止めに来てしまいます。

 これは,まったくおかしなことです。



 道路は,みんなのもの,公共のスペースです。

 そして,「表現の自由」は,社会にとって,非常に大切なものです。

 だから,

 道路は,たんに,人や車が移動するためだけの場所ではなく,

 いろんな人の思い,気持ち,考えが行き交う,表現のための場所でもあるのです。

 道路交通法は,「表現の自由」と「人や車の安全」とのバランスをとるように作られています。

 それなのに,警察が,「人や車の安全」ばかりを大切にし,それを理由にして,「表現の自由」をないがしろにするのは,あってはならないことです。



 今,多くの若い人たちが,

 首相官邸前や国会前で抗議行動をしたり,

 デモやパレードをしたりして,

 いろんな形で,路上で声を上げています。

 私は,それを,とても嬉しく,とても心強く思っています。

 私たちの大切な社会を守り,そして,よりいっそう良いものにしていくために,

 子どもも大人も,それぞれが,

 自分の思い,気持ち,考えを,公共のスペースで表現できる世の中であり続けることが必要なのです。



 ぜひ,路上ライブを続けて,

 道を行き交う人たちに,あなたたちの思いを届けてください。

 

【★1】 道路交通法77条1項 「次の各号のいずれかに該当(がいとう)する者は,それぞれ当該各号に掲(かか)げる行為(こうい)について当該行為に係る場所を管轄(かんかつ)する警察署長…の許可…を受けなければならない。
 一 道路において工事若(も)しくは作業をしようとする者又(また)は当該工事若しくは作業の請負人
 二 道路に石碑(せきひ),銅像,広告板,アーチその他これらに類する工作物を設けようとする者
 三 場所を移動しないで,道路に露店,屋台店その他これらに類する店を出そうとする者
(略)」
【★2】 道路交通法77条2項 「前項の許可の申請があった場合において,当該申請に係(かか)る行為が次の各号のいずれかに該当するときは,所轄警察署長は,許可をしなければならない。
 一 当該申請に係る行為が現に交通の妨害(ぼうがい)となるおそれがないと認められるとき。
 二 当該申請に係る行為が許可に付(ふ)された条件に従(したが)って行なわれることにより交通の妨害となるおそれがなくなると認められるとき。
 三 当該申請に係る行為が現に交通の妨害となるおそれはあるが公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき。」
【★3】 道路交通法119条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,3月以下の懲役(ちょうえき)又は5万円以下の罰金に処(しょ)する。…(略)…
 十二の四 …第77条(道路の使用の許可)第1項の規定に違反した者」
【★4】 たとえば,東京都の場合は,公安委員会が作った「東京都道路交通規則」で,次のように決められています。路上ライブは(6)の「奏楽」,ビラ配りは(8)の「物を…交付」にあたります。
 東京都道路交通規則18条 「法第77条第1項第4号の規定による警察署長の許可を受けなければならない行為は,次に掲げるとおりとする。
(1) 道路において,祭礼行事,記念行事,式典,競技会,仮装行列,パレード,街頭行進その他これらに類する催(もよお)し物をすること。
(2) 道路において,旗,のぼり,看板,あんどんその他これらに類するものを持ち,若しくは楽器を鳴らし,又は特異な装(よそお)いをして,広告又は宣伝をすること。
(3) 車両等に広告又は宣伝のため著しく人目をひくように,装飾その他の装い(車両等を動物,商品その他のものにかたちどることを含む。)をし,又は文字,絵等を書いて通行すること。
(4) 道路において,ロケーション,撮影会その他これらに類する行為をすること。
(5) 道路において,拡声器,ラジオ,テレビ,映写機等を備え付けた車両等により,放送又は映写をすること。
(6) 演説,演芸,奏楽,放送,映写その他の方法により,道路に人寄せをすること。
(7) 道路において,消防,水防,避難,救護その他の訓練を行なうこと。
(8) 交通の頻繁(ひんぱん)な道路において,寄附を募集し,若しくは署名を求め,又は物を販売若しくは交付すること。
(9) 道路において,ロボットの移動を伴う実証実験又は人の移動の用に供(きょう)するロボットの実証実験をすること。」
【★5】 地方自治法180条の9第1項 「公安委員会は,別に法律の定めるところにより,都道府県警察を管理する」
 警察法38条1項 「都道府県知事の所轄(しょかつ)の下に,都道府県公安委員会を置く」
 同条3項 「都道府県公安委員会は,都道府県警察を管理する」
【★6】 道路交通法77条1項(★1の条文)四号 「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著(いちじる)しい影響を及(およ)ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑(えんかつ)を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」
【★7】 東京高等裁判所昭和41年2月28日判決(高等裁判所刑事判例集19巻1号64頁)は,次のように判断して,一審の無罪判決を維持(いじ)しました。
 「道路交通法第77条第1項第四号により公安委員会が定めることを委任(いにん)されている行為の範囲は,法自体において明示するところの,一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを前提とするものであることは,法文上疑をいれる余地がない…から,法第77条第1項第四号の規定により公安委員会が定めた行為であっても,一般にそれが法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に該当(がいとう)すると解することができなければ,法定の要許可行為とならないことはいうまでもない。そして,…その『一般交通に著しい影響を及ぼす』ということが意味する一般交通に与える支障の程度については,法が例示する『祭礼行事』や『ロケーション』の概念(がいねん)から一般に連想されるところの内容にかんがみ,又法第76条において道路において禁止行為として掲げるものの多くが,道路においてそのようなことをする行為自体において不当視されるものか若(も)しくは社会的に無用行為と見られるもの等であるのに反し,法第77条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には,その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由,生活上の権利に関するもの等も含まれるので,これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画(かく)するため,とくに『一般交通に著しい影響を及ぼすような行為』でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは,それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。…本件において…前認定の本件印刷物交付の方法ならびに同所における当時の交通状況にかんがみ,一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるほどの条件が達成される状況にあったとは証拠上これを認めることはできない。…してみれば,被告人らの本件印刷物の交付は法第77条第1項第四号所定の要許可行為に該当するものとはいえない。したがって被告人らの本件所為(しょい)はいずれも罪とならないものとして被告人らに無罪の言渡をした原判決には,何ら所論(しょろん)の法令の解釈を誤った違法は認められず,本件控訴(こうそ)は理由がない」
【★8】 大阪地方裁判所昭和55年11月26日(判例時報992号21頁・国鉄大阪駅広場・無許可ビラ配付規制の国家賠償請求事件判決) 「当裁判所は,ここで,傍論(ぼうろん)として道交法77条1項四号,規則15条9号に関する見解を付け加えておく。
 道交法77条1項四号…をうけた規則15条9号は,「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」を要許可行為と定めている。
 ところで,右道交法の規定は,「祭礼行事をし,又はロケーションをする等」と例示しているのであるから,その他の行事行動も,これらに類似する通行の形態や方法による道路の使用又は集合で,一般交通に著しい影響を及ぼすような行為を規制の対象としているといわなければならない。したがって,右道交法の規定は,これと類型を異にしているビラ配付まで規制の対象として予定してはいないと解するのが相当である。すなわち,ビラ配付は,配付者がほぼ一定の場所に立ちどまり,通行の流れを利用して手早く行なうのが普通であるから,多くの場合,そのこと自体によって人の集合が予想されるものではないし,広範囲の場所が排他的に占有される関係にもない。…(略)…
 そうだとすると,規則15条9号は,道交法77条1項四号の規定をうけて定められているものであるから,右規則において要許可行為とされている「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」の解釈としても,交通のひんぱんな道路で行われるビラ配付はすべて一律に右条項に該当するものと解することはできず,むしろ逆に,少人数で通常の方法でなされるビラ配付は,交通のひんぱんな道路で行われる場合でも,許可を要しないと解する余地がある。
 本件の場合,場所的には,大阪市内でも,公衆が多数通行するところであり,時間的には,土曜日の午後であるから,ビラ配付者の数や,ビラ配付の方法によっては,本件現場の交通に著しく影響を及ぼすことになり,道交法上の許可が必要である。しかし,前記認定のとおり,原告らは,10名前後であり,二列に並んでビラ配付をしており,交通の著しい妨(さまた)げになったといえないのであるから,この限りでは,道交法及び規則の許可が必要な場合には当たらないというほかはない。」
【★9】 千葉地方裁判所平成3年1月28日判決(判例時報1381号89頁) 「道交法77条第1項は,所轄警察署長の許可を受けなければならない行為を一号ないし四号に定めるが,四号は,「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとするもの」と規定する。そして,施行細則11条は,「法77条1項四号の規定により公安委員会が署長の許可を受けなければならないものとして定める行為は次の各号に掲げるものとする。」としてその各号が道交法77条1項四号の授権に基づく規定であることを明らかにした上,九号で「交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のため,文書,図画,その他の物を通行する者に交付すること。」と定める。したがって,千葉県において文書,図画,その他の物を通行する者に交付しようとする者があらかじめ所轄警察署長の許可を受けなければならないのは,
 <1> 一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か,
 <2> 道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か
 であると解すべきである。そうとすると,同県においては,普段は人等の通行量が多いという程でなく,かつ,特定の状況下においても人等が一時に急激に増えて人等がひっきりなしに行き交うというような兆候(ちょうこう)のない相応(そうおう)の幅員(ふくいん)の歩道上で人等の通行が大きく阻害(そがい)されるようなおそれのない間隔である程度の人数の者が通常の方法で行うビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当しないことが明らかであるから,原告らの前記ビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当せず,したがって,右ビラ配布をするに当たって東金署長の許可を必要としなかったものである。」
【★10】 道路使用許可の申請は,未成年者であっても,本人がします。親の同意も不要です(2015年6月22日,警視庁交通規制課道路第二係に電話で確認済み)。
【★11】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★12】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁) 

2015年5月 1日 (金)

「そのサークルは宗教だからダメ」と親が言ってくる

 

 社会のために活動しているサークルがあって,みんなとても優しいし,充実しているので,続けたいと思ってます。でも,最近,親が,「それは宗教だからやめなさい」と反対するようになって,こまってます。そのサークルは宗教じゃないし,もし宗教だとしても親が反対するのはおかしいと思うんですが,法律ではどうなってるんですか。

 

 社会のために活動する団体は,

 宗教と無関係であることも多いですが,

 宗教がベースになっている団体もあります。



 どの宗教も,人々のため,社会のために,とてもだいじな役割を果たしています。

 だから,宗教がベースとなっている団体が,社会のために活動するのは,

 当然のことですし,素晴らしいことです。



 ところが,

 
ほんとうは宗教なのに,そのことを隠して人を誘っている,

 そういうケースが,実際にあります


 社会活動であったり,占いや人生相談であったり,何かの学習会であったりと,

 宗教を隠して表面上をとりつくろうのには,さまざまなパターンがあります
【★1】


 やましいところや,うしろめたいところがない,

 ほんとうに,人のため,社会のためになる,きちんとした宗教なら,

 宗教だということを隠す必要は,まったくないはずです。

 宗教であることを隠して,だますようにして人を誘うのは,あってはならないことです。


 未成年のときに,宗教であることを隠して誘われたのが,裁判になったケースもあります。

 裁判所は,「そういう誘い方は違法だ」と,はっきり言っています
【★2】


 社会活動をしている団体が,

 ほんとうに宗教と関係がないのか,宗教がベースになっているのか,

 それを見分けるのは,大人でも,難しいときがあります。

 ましてや,まだ社会の複雑さを学んでいる途中の子どものときには,

 それを見分けるのは,大人よりもいっそう,難しいことです。



 あなたの親はそのサークルが宗教だと言っている,ということですが,

 実際には,宗教でなくても,

 「社会のためにがんばりたい」というまじめな人を,自分たちの都合のよいように利用しようとする,

 そういう悪質で危険な団体があるのも,また事実です
【★3】


 あなたが続けたいと思っているそのサークルは,

 メンバーそれぞれが持っている,いろんな価値観や意見を,

 お互(たが)いにきちんと尊重し合うことが,できていますか。

 一人ひとりが自分の頭で考え,みんなでしっかり議論しながら,活動できていますか。

 誰かの指示や命令に,みんながただ従(したが)うだけになっていませんか。

 そのサークル活動以外の,あなたの生活や人生を,メンバーがきちんと尊重してくれていますか。

 あなたの時間を,そのサークルにもっと注ぐようにと,言われていませんか。

 入る・入らない,やめる・やめないを,それぞれが自由に決められますか。



 そのサークルが宗教かどうかということだけでなく,上に書いたようなことも含めて,

 ぜひ,親とよく話し合ってみてください。





 もし,そのサークルが,宗教だと明らかにして活動しているとしたら,どうでしょう。




 どんな人にも,宗教を信じる自由があります
【★4】【★5】

 それは,子どもであっても,同じです
【★6】


 宗教は,

 「自然や人間を超えた存在がある」と信じ,

 それを,おそれ,うやまい,拝(おが)み,祈(いの)るものです
【★7】


 そして,宗教は,「私たちがどうやって生きていくべきか」を示してくれます。

 特に,世の中の理不尽(りふじん)なことで,苦しい思いを抱えている人にとって,

 宗教を信じることは,心が落ち着き,より良く生きていくことにつながる,ということも,多いでしょう。

 宗教は,それを信じる人のことだけでなく,その周りの人々のことや,世の中の平和も,真剣に考えています。



 宗教は,苦しい人々の支えになり,社会のために動くので,

 政治の権力を持っている人から見ると,

 「宗教のせいで,世の中が自分の思い通りにいかなくなる」,

 そう思われがちです。

 そのため,権力を持っている人や政府などが,自分たちに都合の悪い宗教を迫害(はくがい)してしまう,ということが,

 長い人類の歴史の中では,何度も繰り返されてきました。

 「宗教を信じる自由」は,そういう歴史の反省から,法律で守られるようになったのです。



 ところが,中には,

 お金もうけのことしか考えていない宗教や,

 信者を家族や社会から切り離してしまい,人々を苦しめる宗教が,

 残念ながら,あります。

 さらには,人を殺したり,この社会を壊そうとしたりする宗教まであります。



 みなさんが生まれる前,今から20年前の1995年(平成7年)には,

 「オウム真理教」という宗教が,

 自分たちにとって都合が悪いと考える人を拉致(らち)して殺したり
【★8】

 東京の地下鉄に猛毒をまいて多くの人を殺すという事件まで起きたのです
【★9】【★10】

 その宗教には,多くの若い人たちが,信者として集まっていました。



 子どもにも宗教を信じる自由はありますが,

 きちんとした宗教なのかどうかを,子どもが自分でみきわめるのは,難しいことです
【★11】【★12】

 だから,
日本を含む世界中の国々は,子どもの権利条約というルールで,

 「子どもにも宗教を信じる自由がある」としながらも,

 「年齢や判断する力に応じて,親が子どもを見守ろう」と言っています
【★13】

 親は,あなたの居場所や財産はもちろん,あなたの人生そのものを,きちんと守る立場にあるのです
【★14】【★15】



 あなたのそのサークルは,みんな優しいし,充実している,ということでしたね。


 そのサークル以外の場所は,どうでしょうか。

 「家,学校,地域の人たちが,あなたにとって優しいとは思えない。」

 「家,学校,地域では,充実した気持ちになれない。」

 そういうことはありませんか。



 そのさみしさを,「自然や人間を超えた存在を,おそれ,うやまい,拝み,祈る」ことで乗り越えようとする前に,

 家,学校,地域の問題それ自体を解決できないか,親などの大人たちとよく話し合ってみてください。

 条約という世界のルールが,「子どもにも宗教を信じる自由があるけれど,親が子どもをきちんと見守る立場にある」と言っているのは,そういうことです。



 あなたが,親などの大人たちとよく話し合ったうえで,

 それでもやはり,「宗教を心のよりどころにして,これからの人生を生きていくこと」を選ぶ,ということも,あるかもしれません。

 そのときでも,

 この世の中にさまざまな宗教があることを理解し
【★16】

 それぞれが信じる宗教を,お互いに尊重し合い,

 宗教を信じない人のことも,きちんと尊重すること,

 それらが,法律が守っている「宗教を信じる自由」の土台にあるということを,

 ぜひ忘れないでいて欲しいと思います。

 

【★1】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「その勧誘等の手段方法について指摘すべき特徴的なことは,第一に,その勧誘等の方法が,長年の組織的勧誘等の経験に基づいた手法に基づき,組織的体系的目的的に行われているという点である。すなわち,毎月の動員,献金,販売等の目標を定め,その達成のため,宗教教義の勧誘であることを厳(げん)に秘匿(ひとく)して行う友人からの電話のほか,街頭アンケートや各戸訪問における手相,占い,姓名判断などでの反応を契機(けいき)として,人生相談や各種占い,あるいは生涯学習,カルチャーセンターの名のもとに,被告…の教義を伝道する目的で設置されたと認めるべきビデオセンターへと言葉巧(たく)みに導き,そこにおいても宗教教義の伝道活動であることを悟(さと)られないように各種教養・娯楽ビデオを混入させつつ,被告…の教義に関心を持たせるように,また,その教義を正当として受け容れやすいような被告…の教義に関するビデオを視聴させたうえで,さらなる学習意欲や好奇心をかきたてる。そして,いずれも周到(しゅうとう)な準備と計画の下に企画されたプログラムである,未婚者については,余人(よじん)を排(はい)した合宿等の形式によるツーデイズ,ライフトレーニング,フォーデイズからさらに新生トレーニング,実践(じっせん)トレーニングを経て実践活動へと,既婚者については,同様に初級,中級,上級コースから実践活動へと,言葉巧みに導き,この間,善良にして親切で明朗(めいろう)な〔メンバー〕による親身の指導と激励や賞賛の中で高揚感溢(あふ)れる連帯意識を醸成(じょうせい)して心情的帰属意識を植え付ける一方,過程ごとに受講者の感想を集約してその教義の浸透(しんとう)度を確認把握する中で,その悩みや弱点,本人や家族先祖の病歴や不幸な歴史,さらには心情解放展と称して本人が過去に抱いた罪障感(ざいしょうかん)を巧みに告白させ,探索(たんさく)したうえ,被告…の教義とは直接の関連のない手相,姓名判断や家系図等を用いた根拠も疑わしい因縁話などにより,その心理的弱みを巧妙に突いてその不安を煽(あお)るなどして畏怖困惑(いふこんわく)させ,宗教的救いを希求(ききゅう)する心情をかきたてて,被告…の教義の学習の浸透を図ってきた。また,これらの過程で,相手方の信頼ないし無防備に乗じ,様々な機会を利用してその資産や収入を把握しつつ,財産などの経済的物質的利益に執着する卑しさを強調して,陰に陽に献金の慫慂(しょうよう)をし,あるいは物品の販売をしてきた。このように,被告…の〔メンバー〕による被告…への勧誘等の方法は,個々の勧誘等の行為それ自体を個別的外形的に観察する限りは,詐欺的強迫的手法を用いていることが明らかなものを除いては,本人も承諾納得の上での任意の選択を求めるものであって,それ自体の違法性を論ずることができないようにも見えるが,その勧誘方法が信者獲得という一定の目的のもとに,あらかじめ周到に準備された組織的体系的目的的なプログラムに基づいて行われているという前記のような事情に照らせば,その勧誘等の手段方法の違法性を判断するに当たっては,その個々の勧誘等の手段方法の違法性だけを論ずれば足りるものではなく,その勧誘方法全体を一体のものとして観察し,その一部分を構成する行為としての位置付けの中でその部分の違法性を判断することが必要であるというべきである。
 第二の特徴は,被告…の〔メンバー〕は,上記のように組織的体系的目的的に宗教団体である被告…への加入を勧誘等するに当たり,当初はこの点を厳に秘しているという点である。…被告…への勧誘の初期段階においては,宗教団体の活動であることはもとより,宗教に関する勧誘であることさえ秘匿するばかりか,特定の宗教教義に関する伝道ではないか,あるいはまた,宗教そのものの宣伝ではないかと尋ねられた際に,その者の宗教的寛容性の程度に関わりなく,これを完全に否定する態度を堅持し,あるいは巧妙にはぐらかす一方で,プログラム内容について外部の親子や夫婦に話をしないように言葉巧みに指導していたのであるが,これは,勧誘に当たっての欺罔(ぎもう)的手段を弄(ろう)したものといわざるを得ない。…」
【★2】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「本件の原告らに対する一連の勧誘活動等を見ると,結局,それらは,原告らの財産の収奪(しゅうだつ)と無償(むしょう)の労役(ろうえき)の享受(きょうじゅ)及(およ)び原告らと同種の被害者となるべき〔メンバー〕の再生産という不当な目的に基づきながら,これを秘匿(ひとく)した上,人の弱みに巧(たく)みにつけ込み,宗教教義とは直接の関連のない不安を煽(あお)り立て畏怖困惑(いふこんわく)させながら,信仰に到達し得る段階までは被告…という宗教団体の教義であることを否定するなどしてこれを明かすことなく,その救いを被告…の教義に求めるように誘導すべく組織的体系的目的的に教育を施(ほどこ)し,その各過程において,入教関係費,各種物品購入費用を出捐(しゅつえん)させ,また,被告…の教義であることを明らかにした後には,上記のような目的を知らない原告らをして,宗教教義の名の下に,さらに同様の費用を出捐させたほか,無償の労役の提供をさせたり,新たな〔メンバー〕獲得のための伝道活動に従事させたものであって,それらは,社会的にみて相当性があると認められる範囲を逸脱(いつだつ)した方法及び手段を駆使(くし)した,原告らの信仰の自由や財産権等を侵害するおそれのある行為というべきであって,いずれの原告に対する関係においても,違法性があると判断すべきものである」
【★3】 竹下節子さんは,「カルト」という言葉を,「ある特殊な人間や考え方を排他的(はいたてき)に信奉(しんぽう)する動き」と定義して,カルトは必ずしも宗教とは限らないこと,カルトのカモフラージュに宗教がよく使われること,宗教カルトの本質は宗教ではなくカルトにあることなど,重要な指摘をしています(竹下節子著「カルトか宗教か」文春新書)。
【★4】 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)18条1項 「すべての者は,思想,良心,及び宗教の自由についての権利を有(ゆう)する。…」
 同条2項 「何人(なんぴと)も,自(みずか)ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」
【★5】 憲法20条1項 「信教の自由は,何人(なんぴと)に対してもこれを保障する。…」
【★6】 児童の権利に関する条約14条1項 「締約国(ていやくこく)は,思想,良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する」
【★7】 名古屋高等裁判所昭和46年5月14日判決(津地鎮祭違憲訴訟控訴審判決・民集31巻4号616頁) 「本件で争われている信教の自由,政教分離の原則に関する憲法20条についていうと,『宗教』とは,…同条の立法趣旨及び目的に照らして考えれば,できるだけこれを広く解釈すべきである。そこで,敢(あ)えて定義づければ,憲法でいう宗教とは『超自然的,超人間的本質(すなわち絶対者,造物主,至高(しこう)の存在等,なかんずく神,仏,霊等)の存在を確信し,畏敬(いけい)崇拝(すうはい)する心情と行為』をいい,個人的宗教たると,集団的宗教たると,はたまた発生的に自然的宗教たると,創唱的宗教たるとを問わず,すべてこれを包含(ほうがん)するものと解するを相当とする」
【★8】 1995年(平成7年)2月28日,目黒公証人役場事務長が,オウム真理教から逃げてきた妹を助けていたところ,その事務長がオウム真理教に拉致され,殺害された事件。なお,オウム真理教は,それより前の1989年(平成元年)11月4日,オウム真理教と戦っていた坂本堤弁護士とその家族も殺害していました。
【★9】 1995年(平成7年)3月20日,通勤ラッシュの時間帯に,自分たちを捜査しようとする警察がある霞ヶ関駅で,猛毒の「サリン」を巻き,16人が亡くなり,6000人以上が様々な症状を起こして倒れました。今でも目などに被害を負っている人たちが多くいます。なお,オウム真理教は,その前の年の1994年(平成6年)6月27日にも,反対住民や裁判官を殺そうと長野県松本市でサリンをまき,8人が亡くなっています。
【★10】 オウム真理教は,これらの他にも多数の犯罪を起こしており,代表者は死刑判決を言い渡されました(東京地方裁判所平成16年2月27日判決・判例時報1862号47頁)。また,裁判所はその宗教法人を解散する決定を言い渡しています(東京地方裁判所平成7年10月30日決定,東京高等裁判所平成7年12月19日決定,最高裁判所第一小法廷平成8年1月30日決定・民集50巻1号199頁)。
【★11】 日弁連は,1999年(平成11年)3月26日,「反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」という意見書を公表し,宗教的活動にかかわる人権侵害の判断基準を公表しています(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/1999/1999_13.html)。
「1 献金等勧誘活動について
 (1) 献金等の勧誘にあたって,次の行為によって本人の自由意思を侵害していないか。
  ① 先祖の因縁(いんねん)やたたり,あるいは病気・健康の不安を極度にあおって精神的混乱をもたらす。
  ② 本人の意思に反して長時間にわたって勧誘する。
  ③ 多人数により又は閉鎖(へいさ)された場所で強く勧誘する。
  ④ 相当の考慮期間を認めず,即断即決(そくだんそっけつ)を求める。
 (2) 説得・勧誘の結果献金等した場合,献金後間もない期間(例えば1ヶ月)はその返金の要請に誠意をもって応じているか。
 (3) 一生を左右するような献金などをしてその団体の施設内で生活してきた者がその宗教団体等から離脱(りだつ)する場合においては,その団体は献金などをした者からの返金要請にできる限り誠実に応じているか。
 (4) 一定額以上の献金者に対しては,その宗教団体等の財政報告をして,使途(しと)について報告しているか。
 (5) お布施(ふせ),献金,祈祷料(きとうりょう)等名目の如何(いかん)を問わず,支払額が一定金額以上の場合には受取を証する書面を交付しているか。
2 信者の勧誘について
 (1) 勧誘にあたって,宗教団体等の名称,基本的な教義,信者としての基本的任務(特に献金等や実践活動等)を明らかにしているか。
 (2) 本人の自由意思を侵害する態様で不安感を極度にあおって,信者になるよう長時間勧めたり,宗教的活動を強いて行なわせることがないか。
3 信者及び職員の処遇
 (1) 献身や出家など施設に泊まり込む信者・職員について
  ① 本人と外部の親族や友人,知人との面会,電話,郵便による連絡は保障されているか。
  ② 宗教団体等の施設から離れることを希望する者の意思は最大限尊重されるべきであるが,これを妨(さまた)げていないか。
  ③ 信者が健康を害した場合,宗教団体等は事由の如何にかかわらず,外部の親族に速やかに連絡をとっているか。
 (2) 宗教団体やその関連の団体・企業などで働く者については,労働基準法や社会保険等の諸法規が遵守(じゅんしゅ)されているか。
4 未成年者,子どもへの配慮
 (1) 宗教団体等は,親権者・法定保護者が反対している場合には,未成年者を長期間施設で共同生活させるような入信を差し控(ひか)えているか。
 (2) 親権者・法定保護者が,未成年者本人の意思に反して宗教団体等の施設内の共同生活を強制することはないか。
 (3) 子どもが宗教団体等の施設内で共同生活する場合,親権者およびその宗教団体等は,学校教育法上の小中学校で教育を受けさせているか。また,高等教育への就学の機会を妨げていないか。
 (4) 宗教団体等の施設内では,食事,衛生環境について我が国の標準的な水準を確保し,本人にとって到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を確保するよう配慮されているか。」
【★12】 「Q&A 宗教トラブル110番 第3版」(山口広,滝本太郎,紀藤正樹著)121頁でも,「勧誘段階では集団の名前を明示し,教義も要約して説明して入会させる集団,一見,破壊的カルトとは思えない集団もあるでしょう。しかし,軽い感覚で入会させた後に,時間をかけてマインド・コントロールしていくのです。家族や他の社会から切り離させ,他の情報を入れることを禁止させ,週に何度も講義を受けなければ地獄に落ちるなどと説明し,集まれば反論も質問も許されなかったり後回しにされ,多くの人の前で自分の悩みを告白させたり,熱狂的な雰囲気を演出するという手法なのです。破壊的カルトか否か,マインド・コントロールされているか否かも,ゼロか100かで議論することはやめたいところです」と述べられています。
【★13】 児童の権利に関する条約14条2項 「締約国は,児童が1の権利を行使するに当たり,父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する」
【★14】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育する権利を有し,義務を負う」
 宗教に名を借りた悪徳商法であれば財産管理権(民法824条),出家を求めるようなカルトであれば居所指定権(民法821条)の問題になります。
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法821条 「子は,親権を行う者が指定した場所に,その居所を定めなければならない」
【★15】 19歳の子どもが自分で宗教に入り,家を出てしまったケースで,親が連れ戻したところ,宗教側が人身保護請求という裁判所の手続で子どもを取り返そうとしましたが,裁判所は,親権の濫用(らんよう)はない,として,宗教側の主張を認めなかった(=子どもを宗教のところに戻させず,親が子どもを自宅にいさせることを認めた)という事例があります(徳島地方裁判所昭和58年12月12日判決・判例時報1110号120頁)。
【★16】 ジャーナリストの池上彰さんが書いた「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」という本(文春新書)は,仏教,キリスト教,神道,イスラム教の関係者や,宗教学者や解剖学者との対談の形で,宗教をわかりやすく説明しています。

2015年1月 1日 (木)

子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない

 

 選挙期間中に,がんばってほしい候補者のことを,みんなにも知ってもらいたくて,ツイッターでリツイートしました。そしたら,「大人はいいけど,子どもがそういうことをしたら犯罪になる」ってツイートが回ってきました。納得いかないんですが,なんで子どもだと犯罪になるんですか?

 

 子どもは,選挙で投票をする権利がありません【★1】

 公職選挙法という法律には,

 「投票をする権利がない子どものうちは,選挙運動をしてはいけない。選挙運動をすると犯罪になる」,と書かれています【★2】

 子どもが,候補者の事務所で,コピー取りやお茶くみなどを手伝うことは,「選挙運動」ではないので,OKです【★3】

 子どもが,インターネットで,政治のテーマについて自分の意見を書くことも,「選挙運動」ではないので,OKです。

 ところが,

 子どもが,「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と,がんばることは,

 街を通行中の人々に呼びかけるのでも,インターネットでの書き込みでも,

 「選挙運動」だからダメだ,とされています【★4】

 大人が子どもを選挙運動に使ったら,大人が,犯罪として処罰されます。

 それだけでなく,

 子どもが選挙運動をしたら,

 大人に使われたのではなくて,子どもが自分からすすんでやっていたときでも,

 その子ども自身まで,犯罪として処罰されてしまうことになっています【★5】


 どうして,子どもが選挙運動をしてはいけないのでしょうか。


 子どもを選挙運動に使った大人を処罰する理由は,

 裁判所が,次のように説明しています【★6】

 「選挙では,いろんな議論が飛び交(か)うし,人々もいろんな動きをする。

 そこに,投票する権利のない,社会的にもまだ未熟(みじゅく)な子どもを,巻き込ませてはいけない。

 だから,子どもに選挙運動させないように,法律で決めている。」


 でも,ほんとうに子どもを「巻き込ませないように」守るためのルールなら,

 子どもが自分からすすんで選挙運動をしているときにまで,

 その子ども本人を,犯罪として処罰するのは,おかしなことです。


 じつは,このルールを作った当時の国会議員たちに,「子どもを守る」という考えは,ありませんでした。


 日本は,昭和20年(1945年),大きな戦争に負けました。

 そして,これから新しい社会を築いていくための,きちんとした選挙のルールとして,

 「公職選挙法」という法律を,昭和25年(1950年)に作りました。


 ところが,そのわずか2年後の昭和27年(1952年),

 「人々の選挙運動のやり方がおかしい。きびしくルールを決めて,いろいろ取り締まっていくべきだ」という意見が出てくるようになりました。

 一軒一軒の家を回る「戸別訪問(こべつほうもん)」は,おかしなやり方だから,ぜんぶ禁止するべきだ,とか
【★7】

 選挙のときに署名運動をするのも,おかしなやり方だから,禁止するべきだ,とか,

 選挙運動のときに使えるスピーカーの数を減らそう,とか,

 そういう選挙運動の「おかしなやり方」についての話し合いの中で,

 「多くの子どもたちが選挙運動に入ってくることも問題だ」,という意見もありました。


 そして,「大人を取り締まっているだけではダメだ。選挙運動をしている子どもを,直接,警察が取り締まれるようにするべきだ」と,国会議員たちが話し合いました。

 それで,警察が直接,子どもに選挙運動をやめさせることができるようにするために,

 「子どもの選挙運動を犯罪にする」ということが,公職選挙法に付け加えられてしまったのです
【★8~10】

 そこに,「子どもを守る」という考えは,ありませんでした。


 子どもには,投票する権利がありません。

 でも,投票する権利がない今も,この社会の中の,だいじなメンバーです。

 そして,これからの先の未来の社会を築いていく,だいじなメンバーです。

 投票する権利がないからこそ,

 今,投票する権利を持っている大人たちに向かって,

 「子どものことと,これからの社会のことを,きちんと考えている候補者や政党に投票してほしい」,

 子どもからそう一生懸命働きかけるのは,とても大切なことだと思います。


 どんな人でも,一人ひとりがだいじな存在として扱われ,尊重(そんちょう)されること。

 法律は,そのことを,一番だいじにしています【★11】

 一人ひとりがだいじな存在として扱われ,尊重されるためには,

 どんな人も,自分の言いたいことを言うことができて,

 どんな人も,他の人の意見をきちんと聞くことができる,

 そういうことが,絶対に必要です。


 だから,「言いたいことを言える自由,他の人に伝える自由」は,

 大人だけでなく,子どもにも,もちろんあります【★12】

 そして,この自由は,

 民主主義というこの社会のしくみの,その土台となる,とても大切な自由なので,

 「よっぽどの理由」がなければ,法律で制限してはいけないのです【★13】

 子どもの選挙運動を禁止して犯罪にまですることの理由を,いくら後付けで考えてみたところで,

 それは,「言いたいことを言える自由」を制限していいほどの,「よっぽどの理由」にまではなりません。


 教育基本法や,学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」,

 そう,はっきり書いてあります【★14】

 それなのに,この社会を作る一番だいじな選挙という場面で,子どもが積極的にかかわることを禁止するのは,まったくちぐはぐなことです。


 「かかわってはいけない」と言われたら,選挙に関心を持てるわけがないし,

 それでいて,大人になったとたんに,「政治に関心を持ちなさい」,「投票に行きなさい」と言われても,とまどうに決まっている。

 まだ投票権のない人が,ツイッターにそう書いていました。

 私も,そのとおりだと思います。


 「社会人」という言葉は,

 「生徒・学生ではない人」,「働いている大人」,という意味で使われることが,多いですね。

 でも,最近の選挙では,その「社会人」の半分近くが,投票に行っていません。

 投票する権利を持っているのに,投票に行かない大人たちと,

 投票する権利はまだなくても,政治に関心を持って,候補者や政党を応援したいと思う子どもたち。

 それを比(くら)べれば,その子どもたちのほうが,社会のことを考え,社会のメンバーとして自覚のある,りっぱな「社会人」だと,私は思います。


 「子どもの選挙運動は犯罪になる」,という条文は,学者も,裁判官も,問題があると言っています【★15~17】

 この条文は,なくすべきだと思います。

 あなたがこれから大人になって,投票する権利を持ったら,

 ぜひ,子どものため,これからの社会のために,一生懸命考え,動いてくれる候補者に,投票してください。

 

【★1】 憲法15条3項 「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する。」
 この記事を書いた2015年(平成27年)1月の時点では,選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★2】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★3】 (改正後の)公職選挙法137条の2第2項 「何人(なんぴと)も,年齢満18年未満の者を使用して選挙運動をすることができない。ただし,選挙運動のための労務に使用する場合は,この限(かぎ)りでない」
 労務提供と選挙運動の区別(昭和28,3国警質疑集)「問 未成年者は選挙運動のための労務に従事(じゅうじ)することができるか。その場合における労務と選挙運動との区別如何(いかん)。 答 法第137条の2の規定により,未成年者について禁止されているのは,『選挙運動』に限られているのであって,労務を提供することは差支(さしつかえ)ない。この場合における『選挙運動のための労務』というのは,例えば,選挙事務所においての文書の発送,接受(せつじゅ)にあたるとか,湯茶の接待にあたるとか,物品の運搬に従事する如(ごと)き機械的労務をいうのであって,連呼行為(れんここうい)や街頭演説を行ったり,個人演説会において弁士として演説する如く,選挙人に直接働きかける行為は,たとえ,それが与えられた原稿をそのまま読み上げ,或(ある)いは丸暗記して単純に機械的にこれを繰返すにすぎないものであっても,『選挙運動』と解(かい)すべきものである。」(選挙制度研究会編「選挙関係実例判例集 第16次改訂版」1060頁)
【★4】 総務省ウェブサイト http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/popup-chirashi02.html
【★5】 公職選挙法239条1項 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,1年以下の禁錮(きんこ)又(また)は30万円以下の罰金に処(しょ)する 一 …第137条の2…の規定に違反して選挙運動をした者 (以下略)」
【★6】 大阪高等裁判所平成4年6月26日判決(判例タイムズ822号283頁) 「公職選挙法137条の2第2項は,有権者の投票を獲得(かくとく)するため,政策,政治的主張あるいは候補者の力量の優劣(ゆうれつ)について,多種多様な議論と行動が衝突(しょうとつ)する選挙運動に,投票権がなく社会性も未熟な未成年者を巻き込ませないことが望ましいとする考え方と背景とし,選挙運動のあり方に一定の自制的(じせいてき)ルールを設定した立法であると解(かい)される」
【★7】 この戸別訪問の禁止は,表現の自由を保障(ほしょう)している憲法に違反している,という裁判が,とても多く起こされてきました。中には,地方裁判所と,その上の高等裁判所が,「戸別訪問を一切禁止しているこの条文は,憲法に違反している」とはっきり判決を言い渡したケースもあります(松江地方裁判所出雲支部昭和54年1月24日判決・判例時報923号141頁,広島高等裁判所松江支部昭和55年4月28日・判例時報964号134頁)。ただし,そのさらに上の最高裁判所は,憲法に違反していない,と判断しています(多くの判例がありますが,地裁・高裁の違憲判決を破棄したものは最高裁判所第二小法廷昭和56年6月15日判決・刑集35巻4号205頁)。
【★8】 昭和27年8月16日法律第307号「公職選挙法の一部を改正する法律」
【★9】 第13回国会公職選挙法改正に関する調査特別委員会第4号(昭和27年6月4日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/013/0145/01306040145004a.html
「○三浦法制局参事 …未成年者が自発的にやる場合については,この法律で制限する範囲ではない,かように考えております。
○河野(金)委員 今の三浦さんのような解釈をするならば,こんな法律をつくる必要がなくなってしまう。未成年者は選挙運動に携(たずさ)わることはできぬ,選挙運動とは,もちろんある程度先ほど言うメガホンなりマイクでやることも選挙運動なんだから,こういうことも禁止する,未成年者を禁止するということでないと,ただ使用者だけ罰してかってにやるというのは……。
○小澤委員長 結論だけを載せるようにして……。ちょっと速記をとめてください。
 〔速記中止〕
○小澤委員長 速記を始めて……。ただいまの未成年者の問題は,法制局の方では,少年法等の関係で,自発的に未成年者がやった場合には罰しない趣旨で規定ができておったのだそうでありますけれども,しかし今皆さんの御意向等を承(うけたまわ)れば,かりに警察官がこれを取締ることが可能であるということだけでも相当の効果があるという趣旨で,必ずしも罰金は科さないで体刑に処するという趣旨でなく,取締りの可能という意味から,多少理論的には変であるけれども,未成年者も罰する,取締るということで進むことにしていかがですか。使用者も罰する。
 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕」
【★10】 佐藤幸治教授は,【★9】の議論にも触れて,次のように書いています。
 「以上の審議の模様(もよう)から,未成年者が大量に選挙過程に参入(さんにゅう)してくると思われた事情があり,それを阻(はば)む必要が感じ取られ,それでまず未成年者を『選挙運動』に使用することの禁止が考え出され,その禁止を実効(じっこう)あらしめ,実際の取締上の便宜(べんぎ)も考慮されて,未成年者自身の『選挙運動』を禁止し,理論上多少問題があることが自覚されながらも,その禁止違反行為に対して罰金,禁錮に処するという道が選択された,ということがいえるようである。とすると,当該規制は,未成年者自身を保護するというパターナリスティックな制約といった趣旨のものではなく,むしろ選挙運動一般のあり方が問題とされ,それに付随(ふずい)して未成年者の行為の取締りが浮上してきた,というのが,制定過程に即してみた場合の事情だったようである。」(有斐閣「現代国家と人権」「子どもと参政権利」247頁)
【★11】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★12】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★13】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁)
【★14】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★15】 「第1項の規定は,心身未成熟な未成年者を保護するためにもうけられたものであろうが,その違反に対する法第239条第1項の処罰規定は,他の法令にも例をみないものである。少年法…においては,未成年者を対象として罰金刑を課すことはできないのみならず,未成年者を刑事処分に付することは少年法の精神より考えれば例外的な措置(そち)であるし,また,いわゆる行政犯としか考えられない本条の違反は,家庭裁判所の保護処分にも親しまないものであるから,処罰規定を置くことはいささか疑問であるといえよう」(安田充・荒川敦編著「逐条解説 公職選挙法(下)」1016頁)
【★16】 佐藤幸治教授は,次のように言っています。
 「…未成年者も主権者を構成するものとして考えるべきであること,ならびに,未成年者の生への規制的介入は,成人の場合と同様他者加害に及ぶとき,および,成熟した判断を欠く行動の結果,長期的にみて未成年者自身の目的達成諸能力を重大かつ永続的に弱化せしめる見込みのあるときに限って容認されると考えるべきこと,をみた。かかる観点に立って公職選挙法137条の2および239条1項1号をみると,その合憲性について相当強い疑問が生じる。」(略)「特に未成年者だけについて,他害性を理由とし,あるいはパターナリズムを理由として,その『選挙運動』を1年以下の禁錮または10万円〔現在は30万円〕以下の罰金をもって禁圧することを憲法上正当化することは困難であるといわなければならないように思う。」(有斐閣「現代国家と人権」「子どもと参政権利」241~251頁)
【★17】 大阪高等裁判所平成4年6月26日判決(判例タイムズ822号283頁)は,未成年者を選挙運動に使った大人のがわを処罰することが争われたケースでした。裁判所は,大人を処罰する公職選挙法137条の2第2項については,憲法には違反していない,と判断しましたが,子ども自身を処罰する第1項のほうについては,「未成年者が選挙運動にかかわることを一律(いちりつ)に禁止し,しかも未成年者自身を処罰する同法137条の2第1項の合理性には疑問が残るといわなければならない」と言っています。