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2024年11月 1日 (金)

自分の男の体がいやで性別を変えたい

 中学1年生です。ずっと前から,自分は女の子だと思っていて,自分の体が男なのがいやでした。最近は声が低くなったりしてきていて,いままで以上につらいです。親や先生からは「もっと男らしくしなさい」と言われるし,クラスでは「おかま」とからかわれたりするので,誰にも相談できません。性別を変える法律があるってテレビで聞いたことがあるんですが,どうやったら変えられるんですか。

 


 性別の取扱いを変える法律が,2003(平成15)年にできました。

 しかし,大人にならないとその法律は使えませんし,いろいろな条件があります。

 でも,法律で性別を変えていなくても,あなたらしく暮らし,あなたらしく生きていくために,まわりと話し合いをしていくことができます。




 子どもが生まれると,お父さん・お母さんなどが,役所に「生まれました」という届出をします
【★1】

 その届出に,「男の子か,女の子か」が書かれます
【★2】

 どちらの性別かは,赤ちゃんの体,特に外性器を見て判断されています


 そして,その届出をもとに,「戸籍(こせき)」に生まれてきた子どもの性別が書かれます
【★3】

 「戸籍」は,一人ひとりの情報を家族単位で役所が管理しているものです。

 生まれてから亡くなるまでの間,この「戸籍」に書かれた性別で社会生活を送っていきます。


 でも,赤ちゃんがだんだんと成長し,物心がついてきたときに,

 体が男の子でも,「自分は女の子だ,女の子として暮らしたい」という強い気持ちがずっと続く子どもや,

 体が女の子でも,「自分は男の子だ,男の子として暮らしたい」という強い気持ちがずっと続く子ども,

 そして,「自分の体の性別にずっと違和感(いわかん)がある,自分の体がいやでたまらない」という苦しさを抱える子ども,

 そういう子どもたちが,必ずいます。

 10代になると,体が大人の仲間入りを始めたり,社会の中で性別による役割の違いを実感し始めたりします。

 そのころになると,苦しさはますます大きくなっていきます。



 「女の子として暮らしたいのにそうできない」,

 「自分の男の子の体に違和感がある」。

 そういうあなたも,これまで苦しい思いをしてきたと思います。

 そのことだけでもつらいのに,

 家族にも先生にも相談できず,友だちからからかわれたりもしていて,

 一人ぼっちに感じる,二重に苦しい毎日を送っているのですよね。




 あなたのように,心と体の性別のちがいのために苦しさをかかえている人を,「トランスジェンダー」といいます


 「トランスジェンダー」をより正確にいうと,<生まれたときに割り当てられた性別>と,<自分で認識している性別>が違う人のことです。

 また,「性同一性障害(せいどういつせいしょうがい)」という言葉も,聞いたことがあるかもしれません。

 これは,医学の言葉です。

 世界中のお医者さんが使っている共通の基準があります。

 その基準を満たしていると,「性同一性障害」と診断されます
【★4】

 今では,「障害ではない」という理解が広まって,お医者さんが使っている基準も新しくなり,「性別違和」「性別不合」という言葉が使われ始めています【★5】




 あなたが質問した「性別を変える法律」は,2003(平成15)年にできました
【★6】

 お医者さんから性同一性障害と診断されている人で,一定の条件を満たしていれば,この法律で戸籍に書かれている性別の取扱いを変えることができるようになりました。

 社会生活のあらゆる場面で,その人にとっての「自分ほんらいの性別」として,生きることができるようになったのです
【★7】

 これまでこの家庭裁判所の手続をとって認められた人は,1万2000人以上います
【★8】



 ただ,この手続を使えるのは,大人になってから後です
【★9】【★10】

 性別は,その人の存在そのものと深くかかわっていることだし,一度変えたら元にもどすことはほぼできません。

 だから,大人になってから慎重に自分で考えて手続をとる必要がある。

 そういうことなどが,「大人にならなければできない」とされる理由です
【★11】

 なので,あなたが今この法律を使って性別の取扱いを変える手続をとることはできません。




 日本の法律では,家庭裁判所で性別を変える手続をするには,手術をすることが条件になっていました
【★12】【★13】

 しかし,トランスジェンダーの人すべてが,生きていくうえで「手術が必要」というわけではありません

 必ず手術をしないといけないというのはおかしい,とみんなが声を上げたことで,今は,手術なしで性別の取扱いを変えることが認められ始めています【★14】【★15】


 また,法律上の性別の取扱いを変えなくても,自分らしく暮らしている,

 そういうトランスジェンダーの人たちも,たくさんいます。

 そして,そういう人たちに配慮した取り組みも,この社会の中で広がり始めています
【★16】

 そういうことも知っていてください。



 法律で性別の取扱いを変えられなくても,

 自分らしく,暮らしていき,生きていくこと。

 これは,とても大切なことです。

 大人だけでなく,大人になる前の子どものときだって同じです。




 学校では,トランスジェンダーの子どもたちにきめ細やかな対応をするようになってきました。

 文部科学省も,「こういう子どもたちにきちんと配慮するように」という通知を出しています
【★17】

 学校の中で,呼び方をどうするか,服装をどうするか,男女別の活動をどうするか,トイレや着替えはどうするか,他の生徒たちへの説明はどうするか。

 そういったこと一つひとつを,あなたの気持ちをだいじにしながら,学校や教育委員会と話し合っていく取り組みが,実際に行われています




 ただ,そうはいっても,あなたがすぐに親や先生に相談することはなかなか難しいかもしれません。

 「もっと男らしくしなさい」などと言われていたら,その親や先生が自分の苦しみをきちんと聞いて受け止めてもらえるかどうか,不安ですよね。




 でも,性別は,自分が一体何者なのかということと深く結びついている,そしてあなたの人生にかかわってくる,とてもだいじなことです
【★18】

 最近は,大人たちに対してトランスジェンダーについての理解を深めるための情報も,増えてきています。



 だから,あなたのその苦しみを,親や先生に伝えていきましょう。

 直接言いづらければ,まず最初に保健室の養護の先生やスクールカウンセラーの人に相談してみるのも,一つの方法です。

 養護の先生やスクールカウンセラーへの相談をきっかけにして,親や担任,そしてトランスジェンダーにくわしいお医者さんにもつながっていけると思います。

 もし,親や学校,教育委員会などの話し合いがスムーズにいかないようであれば,私たち弁護士がそのお手伝いをすることもできます。




 あなたは一人ではありません。

 あなたと同じような苦しみをかかえている仲間や,乗り越えてきた先輩たちが,たくさんいます。

 あなたがあなたらしく暮らし,あなたらしく生きていけるようにサポートしたい,そう考えている大人たちもたくさんいます。



 あなたが一人ぼっちではないと実感できること,

 そして,

 あなたがあなたらしく生きていけること。

 それが,法律がだいじにしていることなのです。




【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法49条2項 「届書には,次の事項(じこう)を記載しなければならない。 一 子の男女の別…(以下略)」
【★3】 戸籍には,「男/女」と書く部分はなく,「長男」「二男」「長女」「二女」・・・などの書き方で,性別がわかるようにしています。
 戸籍法13条 「戸籍には,本籍の外(ほか),戸籍内の各人について,左の事項を記載しなければならない。 …四  実父母の氏名及び実父母との続柄…(以下略)」
【★4】 WHO(世界保健機関)が作っている「ICD-10」という基準と,アメリカ精神医学会が作っている「DSM-IV-TR」という基準があり,それぞれの中に,性同一性障害の診断基準が載っていました。
【★5】 DSM-V「性別違和」=「その人が体験し,または表出するジェンダーと,指定されたジェンダーとの間の著しい不一致」,ICD-11「性別不合」=「実感する性(experienced gender)と出生時に割り当てられた性(assigned sex)とが一致しない状態」
【★6】 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「性同一性障害者特例法」といいます)。2003(平成15)年7月に国会で成立し,翌2004(平成16)年7月から施行されました。
【★7】 性同一性障害者特例法4条1項 「性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法…その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす」
【★8】 裁判所の司法統計「家事審判事件の受理,記載,未済手続別事件別件数-全家庭裁判所」の2004(平成16)年度から2023(令和5)年度までの認容件数の合計。
【★9】 改正前の性同一性障害者特例法3条1項 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 … 一 20歳以上であること」
【★10】 改正後の性同一性障害者特例法3条1項 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 … 一 18歳以上であること」
【★11】 南野千恵子監修「解説 性同一性障害者性別取扱特例法」129頁「『20歳以上であること』を要件としたのは,①民法上,人の自然的精神能力が十分に備わる年齢は20歳以上とされていること,②性別はその人の人格そのものにかかわる重大な事柄であり,また,その変更は不可逆的なものとなることから,本人に慎重に判断させる必要があること,③日本精神神経学会がまとめた『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』でも第3段階の治療(性器に関する手術)へ移行するための条件として20歳以上であることが求められていること,などが考慮されたものです」
【★12】 「性別適合手術」と言います。一般的に「性転換手術」と言われることもあります。
【★13】 性同一性障害者特例法3条1項 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 … 四  生殖腺(せいしょくせん)がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」
【★14】 最高裁判所は,生殖能力喪失要件(特例法3条1項4号)にしていることが憲法違反で無効と判断しました。最高裁大法廷2023(令和5)年10月25日決定(民集77巻7号1792頁)
【★15】 外観要件(特例法3条1項5号)を,手術をしなくても「満たしている」として性別変更が認められ始めています。共同通信2024年11月3日「手術せずに性別変更,33人 生殖能力要件,違憲判断から1年」
【★16】 たとえば,身分証明としても使われる国民健康保険の保険証には,表面に性別が書かれます。性別の取扱いの変更をしていない人について,表面の性別欄に「裏面参照」と書いて,裏面に「戸籍上の性別は男(又は女)」と書くなどの工夫をすることが認められるようになったことなどがあります(厚生労働省保険局国民健康保険課長平成24年9月21日保国発0921第1号「国民健康保険被保険者証の性別表記について(回答)」)。
 また,最高裁は,男性から女性に法律上の性別の取扱いの変更をしていない経済産業省職員が,女性用トイレの使用を制限され続けていることを,違法を判断しました(最高裁第三小法廷2023(令和5)年7月11日判決・民集77巻5号1171頁)。
【★17】 平成22年4月23日初等中等教育局児童生徒課,スポーツ・青少年局学校健康教育課事務連絡「児童生徒が抱える問題に対しての教育相談の徹底について(通知)」
http://www.pref.osaka.jp/attach/4475/00051736/220426kyouikusoudantaisei.pdf (大阪府ウェブサイト)
 「先日,性同一性障害のある児童生徒に係(かか)る対応も報道等で取り上げられました。性同一性障害のある児童生徒は,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己(じこ)を身体的及(およ)び社会的に他の性別に適合させようとする意思(いし)を有(ゆう)する者であり,学校での活動を含め日常の活動に悩みを抱え,心身への負担が過大なものとなることが懸念(けねん)されます。こうした問題に関しては,個別の事案に応じたきめ細やかな対応が必要であり,学校関係者においては,児童生徒の不安や悩みをしっかり受け止め,児童生徒の立場から教育相談を行うことが求められております。
 したがって,各学校においては,学級担任や管理職を始めとして,養護教諭,スクールカウンセラーなど教職員等が協力して,保護者の意向にも配慮しつつ,児童生徒の実情を把握した上で相談に応じるとともに,必要に応じて関係医療機関とも連携するなど,児童生徒の心情に十分配慮した対応をお願いいたします。
 また,都道府県・指定都市教育委員会にあっては所管(しょかん)の学校及び域内の市区町村教育委員会等に対して,都道府県知事にあっては所轄の私立学校に対して,この趣旨について周知徹底を図るとともに,性同一性障害を始めとする新たな課題についても学校において適切に対応ができるよう,必要な情報提供を行うことを含め指導・助言をお願いします」
 さらにその5年後にも文部科学省は通知を出しています(平成27年4月30日文部科学省初等中等教育局児童生徒課長「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細やかな対応の実施等について」)。
【★18】 自分がいったい何者なのか,ということを,難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。特に子どものときは,このアイデンティティをかたちづくっていくための,とてもだいじな時期です。

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