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2023年3月 1日 (水)

権利を主張するなら義務を果たしてから?



 学校の先生に「権利を主張するなら義務を果たしてからにしろ」って言われたんですが,そうなんですか?




 いいえ,ちがいます。

 「権利を主張するなら義務を果たしてから」という考え方は,間違いです。



 どんな人も,一人ひとりが大切な人間として扱われる,尊重(そんちょう)されること。

 それを,法律の世界では「人権」という言葉で表現します。


 その人権という権利は,すべての人が生まれながらにして持っています【★1】

 「何かの義務を果せなければ,その人は大切な人間として扱われない,尊重されない」などというおかしなことは,ありえません。



 「子どもの権利条約」(児童の権利に関する条約)という,1989年にできた世界の約束ごとがあります。

 日本は,1994(平成6)年にその約束の輪の中に加わりました。

 「一人ひとりが大切な人間として扱われる,尊重される」という人権は,大人だけでなく,子どもも持っています。

 子どもの権利条約は,そのだいじなことを,世界中で確認したものです【★2】


 子どもの権利条約には,

 生きる権利や育つ権利,差別されないこと,意見を表す権利,表現の自由,暴力からの保護,教育を受ける権利,休んだり遊んだりする権利など,

 子どもの大切な権利が,いくつも並んでいます。

 条約の条文を,日本ユニセフ協会が子どもたちに向けてわかりやすく訳してくれたウェブサイトがありますので,ぜひ見てみてください【★3】


 そして,「権利を主張するなら義務を果たしてから」と言う大人には,条約の条文そのものをきちんと全部読むように伝えて下さい【★4】

 条約には,子どもに「義務を果たせ」などとは,どこにも書かれていません。

 むしろ,条約に書かれているのは,大人たちが子どもたちに対して負っている義務のほうです【★5】



 国のおおもとのルールである憲法にも,

 第3章の「国民の権利及び義務」に,

 差別されないことや,表現の自由,教育を受ける権利など,

 大切な権利がいくつも並んでいます。

 そして憲法は,それらの権利を「基本的人権」と言っています【★6】


 憲法は,「義務」も,3つだけ挙げています。

 教育の義務と,働く義務と,税金を納める義務の3つです【★7】

 しかし,「これらの義務を果たさなければ基本的人権が守られない」などとは,憲法はまったく言っていません。

 教育の義務は,大人が子どもに対して負っている義務であって,子どもが学校に行く義務ではありませんし【★8】

 「働けない人や税金を納められない人は,人として大切にされなくてもよい,尊重されなくてもよい」などと,憲法は言っていません。

 憲法学者たちも,「憲法にこれらの義務が書かれていても,そこに特に意味はない」と,はっきり指摘しています【★9】


 むしろ,あなたの学校が公立なら,

 公務員である先生は,この憲法を尊重して守る「義務」があると,

 憲法の中に,はっきり書かれています【★10】



 人権は,「いつも全く制限されない,絶対に保障される」というわけではありません。

 それぞれの人の人権がぶつかりあうときには,どちらも大切だからこそ,

 調整したり,バランスをとったりする必要が出てきます【★11】

 そのために,法律などのルールがあります。

 私たちは法律に従(したが)う「義務」があるので【★12】

 法律に対して「自分たちを縛(しば)ってくるもの」というイメージを持つ人も多いですが,

 法律はむしろ,私たち一人ひとりの人権を守るためにこそ,あるのです。



 法律は,なんでもかんでも人々に義務を課せるわけではありません。

 法律は,憲法という土台の上に作られるルールです。

 そして,法律よりも憲法のほうが,強い力をもっています。

 だから,人権をきちんと守らず人を縛りすぎるような,憲法に反する法律は,作れません【★13】

 万一,そのようなおかしい法律があったら,

 「義務だから」とただ黙って従うのではなく,

 「おかしい」と声を上げて,法律のほうを変えていく必要があります。


 こういったことは,法律というルールに限らず,学校の中のルールや,家の中でのルールでも,同じです。

 学校の先生や親は,自分たちで勝手にルールを作り,子どものあなたに「守る義務がある」と言うかもしれません。

 でも,そのルールが,

 あなたを大切な存在として扱うもの,あなたの人権を守るためのものではなくて,

 大人があなたを支配したり管理したりするためのものならば,

 「義務だから」とただ黙って従うのではなく,

 「おかしい」と声を上げて,ルールを変えていく必要があるのです。



 人権という大切な権利は,人が生まれながらにして持っている。

 その基本的なことを,きちんと学んでいる大人であれば,

 子どもに向かって「権利を主張するなら義務を果たしてから」などと間違ったことは,言えないはずです。




 いままで,人権という大切な権利について話してきましたが,

 「権利と義務」という言葉は,契約という法律的な約束ごとの場面でも使われます。


 たとえば,あなたが友だちとの間で,「明日マンガの本を100円で譲(ゆず)ってもらう」という約束をしたら,

 それは,売買(ばいばい)契約という,りっぱな契約です【★14】


 あなたは,「明日友だちからマンガを受け取る」という権利を持ち【★15】,

 「明日友だちに100円を渡す」という義務を負っています【★16】

 裏返せば,

 友だちは,「明日あなたにマンガを渡す」という義務を負い,

 「明日あなたから100円を受け取る」という権利を持っています。


 権利と義務がセットになっているのは,こういう場面のときです【★17】


 でも,上に書いたように,人として大切にされる・尊重されるという人権は,

 こういったお金や物やサービスなどのやりとりでお互いに約束し,お互いに権利と義務を負う話とは,まったくちがいます。

 人権という権利は,義務とセットではありません。

 人権という権利を持つために,その人が果たさなければならない義務は,ありません。

 そして,「人として大切にされる権利を持っている」ということは,

 裏返せば,「社会のがわが,一人ひとりを大切にする義務を負っている」,ということなのです。



 なお,「権利を主張するなら義務を果たしてから」と間違ったことを言う大人のために,

 契約で出てくる権利と義務について,もう少し説明を付け加えておきます。


 マンガを100円で売り買いする例え話では,

 お互いが同時に,マンガと100円を交換します。

 「権利と義務のどちらが先」という話は,出てきません【★18】


 また,お互いの約束のしかたによっては,義務を先に果たさないといけない契約もありますが,

 逆に,義務のほうが後,という契約も,たくさんあります。

 例えば,外食をするときに,代金を先払いするお店もありますが,食べた後で最後に代金を支払う店もたくさんありますね。


 また,売り買いではなく,あげる・もらうという贈与(ぞうよ)契約なら,

 もらう側は,「もらう権利」を持っているだけで,義務は負っていません【★19】


 こういった,契約で出てくる権利・義務についてもきちんと学んでいる大人であれば,

 子どもに向かって「権利を主張するなら義務を果たしてから」などと間違ったことは,やはり言えないはずです。




 「権利を主張するなら義務を果たしてから」という大人たちは,

 人権や法律についてきちんと学んだうえで,そう言っているのではありません。

 「子どもに権利を認めたらワガママになる」という感覚がまず先にあって,

 子どもにワガママをさせないようにするために,

 権利・義務という難しい法律用語を使って,

 子どもたちを言いくるめようとしているのです。


 私は,そのような大人の態度はおかしいと,強く思っています。


 大人たちは,子どもたちに,

 「義務を果たせ」というぼんやりした難しい言葉でごまかさずに,

 「他の人の権利とぶつかるから調整する必要がある」とか,

 「子どもが安心・安全に育つように,大人が義務を負っている」(お酒やタバコ,門限など)というように,

 すべての人が権利を持っていることを前提にしたうえで,

 その権利が制限される理由を,一つひとつきちんとていねいに説明するべきなのです。



 権利を主張するのは,ワガママではありません。

 納得できないときに,がまんせずに「おかしい」と声を上げるのは,

 ワガママではなく,自分を守るための大切なことです。


 むしろ,
大人が,人権を傷つけられている子どもにがまんをさせるのは,

 大人たちが子どもたちを都合良く支配する方法,つまり,大人のワガママです。


 子どもの頃に,まわりの人たちからきちんと人権を尊重されていないと,

 自分がまわりの人たちの人権をどうやって尊重すればよいのかは,わからないままです。

 そうやって育ってしまったのが,今のワガママな大人たちだ,とも言えます。



 私はこのブログを10年続けてきましたが,

 人権という言葉は,「このブログをつくったわけ」の記事1つだけで説明し,

 たくさんある他のQ&Aの記事の中では,人権という言葉そのものは使わずに,

 人権の中身がしっかり伝わるよう,子どもの権利を,根拠となる条約や憲法の条文も示しながら説明してきました。


 他方で,「権利を主張するなら義務を果たしてから」と話す大人たちが,

 その「義務」がどんな義務なのかを,条約や憲法の条文を示しながらきちんと説明しているのを,

 私は,見たことも聞いたこともありません。


 「子どもに権利を教えるなら義務も教えるべきだ」という大人ほど,

 「子どもの権利を保障するために,大人が子どもに対して負っている義務」を,きちんと学んでいないのです。




 一人ひとりが大切にされるという人権という権利は,

 みんながいつもきちんと意識していなければ,

 いつか守られなくなり,そして,失われてしまいかねないものです。


 1872年,ドイツの法学者イェーリングは,

 「権利のための闘争は,権利者の自分自身に対する義務であり,国家共同体に対する義務である」

 という,とても有名な言葉を残しました【★20】


 今の日本の憲法も,

 私たちが不断(ふだん)の努力をして権利を保持(ほじ)しなければいけないと,

 条文に,はっきり書いています【★21】


 あなたにはぜひ,

 自分の権利も,まわりの人の権利も,しっかりと大切にできる大人,

 そして,義務という言葉でごまかさずに,子どもたちにきちんと向き合える大人,

 そういう素敵な大人になってほしいと,強く願っています。





【★1】 世界人権宣言1条前段 「すべての人間は,生れながらにして自由であり,かつ,尊厳と権利とについて平等である」
 「人権は人が人であることに基づいて当然に有するとされる権利であり,君主(天皇)から恩恵的に与えられたもの,憲法によってはじめて認められたものではない。憲法11条にいう『与へられる』というのは,人権が永久不可侵の権利であることと合わせて考えれば,18世紀自然権思想が『天』『神』『創造主』『自然』から付与されたものだと説いたのと同じ趣旨であり…それは結局,人権が人間の尊厳に由来し,人間であることに固有するものであることを意味する」(芦部信喜「憲法学Ⅱ人権総論」56頁)
【★2】 「従来の人権の保障が男性に偏(かたよ)っていて,男性の権利は政治参加ないし国の政治意思決定をするにまで及び,その結果,従来の戦争は,すべて男性だけの遺志決定によって行われ,つねに女性と子どもがその犠牲となってきたという反省に立って,20世紀の後半はとくに女性と子どもの人権保障を優先することが課題となった。国際連合は,1979年に,同じ人間としての男性との従来からの差別をなくす目的の『女性差別撤廃条約』を制定し,次いで1989年に,同じ人間としてのおとなとの差別をなくす趣意の『子どもの権利条約』を制定したのである」(永井憲一他編「新解説子どもの権利条約」4頁)
【★3】 子どもの権利条約 日本ユニセフ協会抄訳 https://www.unicef.or.jp/kodomo/kenri/syouyaku.html
【★4】 外務省ウェブサイト https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html
【★5】 子どもの権利条約は,条約がそれぞれの国に課している「義務」がきちんと果たされているかをチェックする委員会を設ける,としています。
 子どもの権利条約43条1項 「この条約において負う義務の履行の達成に関する締約国(ていやくこく)による進捗(しんちょく)の状況を審査するため、児童の権利に関する委員会…を設置する。委員会は、この部に定める任務を行う」
【★6】 憲法11条 「国民は,すべての基本的人権の享有(きょうゆう)を妨(さまた)げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵(おか)すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へ(え)られる」
 憲法97条 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は,過去幾多(いくた)の試錬に堪へ(たえ),現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」
【★7】 教育の義務は憲法26条2項,勤労の義務は憲法27条1項,納税の義務は憲法30条にそれぞれ書かれています。
 憲法26条2項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ(う)。義務教育は,これを無償とする」
 憲法27条1項 「すべて国民は,勤労の権利を有し,義務を負ふ(う)」
 憲法30条 「国民は,法律の定めるところにより,納税の義務を負ふ(う)」
【★8】 「義務教育の『義務』って?」の記事も読んでみてください。
【★9】 「憲法における義務の規定は…例示にすぎない。また憲法に一定の義務が定められても,それが法律によって具体化されないかぎり,憲法規定だけで直(ただ)ちに実効性をもつことはできない。とすれば,憲法にどれだけの義務が定められているかは,とくに重要な意味をもたないであろう」(芦部信喜「憲法学Ⅱ人権総論」104頁)
 「憲法27条1項は国民の勤労義務を定める。これは,人が労働にいそしむべき道徳的義務を負うことを宣言しているにとどまる。…納税義務は,法律によって具体化されない限りは実現されえないものであり,これを定める憲法30条は,法律によらない限り課税されない権利を逆に保障していることになる。…総じて,憲法上の国民の義務を定める規定には,格別の意義は見いだしがたい」(長谷部恭男「憲法第7版」99頁)
 「憲法第3章が権利条項を数多く含むのに対し,義務の条項が数少ないことを,憲法の欠点のひとつとし,社会一般の倫理意識の低下の責任をそこに負わせようとする主張がある。しかし,言うまでもなく,近代憲法にとっては,権力を制約し国民の側の権利を保障することこそがその眼目だったのであり,道徳的義務の問題についていえば,そもそも近代法は,法と道徳の分離というところに,その基本性格があることからして,そのような議論はあたらない」(樋口陽一「憲法第4版」309頁)
【★10】 憲法99条 「天皇又は摂政及び国務大臣,国会議員,裁判官その他の公務員は,この憲法を尊重し擁護(ようご)する義務を負ふ(う)」
【★11】 憲法12条と13条に「公共の福祉」という言葉が出てきます。この「公共の福祉」は,「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」で,この意味での公共の福祉は憲法規定にかかわらず全ての人権に論理必然的に内在している,と説明されます(一元的内在制約説。宮沢俊義「憲法Ⅱ」218頁)。
 憲法12条後段 「国民は,これを濫用(らんよう)してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ(う)」
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★12】 「そもそも国民は一般的に国権に服する地位に立ち,その所属する国家の法令に包括的に支配される立場にあるからで,その強制を受忍する義務を負うことは,当然視されている」(大石眞「憲法概論Ⅱ基本的保障」70頁)
 「国家が存在する限り,国民は国家の支配に服さなければならない。国家の支配に服従する国民の状態が,イェリネクのいう『受動的地位』である。『義務』はこの受動的地位に対応する。国家はその主権…に基づき法律を制定することで国民にさまざまな義務を課すことができる。国民には法律に従う義務がある以上,国民の義務は憲法典に明文で規定されているものに限られるものではない。…しかし,法律で無制限に義務が作り出されるならば,国民の自由は失われてしまう。そうならないために憲法に基本権規定が必要なのである」(渡辺康行他著「憲法Ⅰ基本権」25頁)
【★13】 憲法98条1項 「この憲法は,国の最高法規であって,その条規に反する法律,命令,詔勅(しょうちょく)及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有(ゆう)しない」
【★14】 民法555条 「売買は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★15】 契約などの場面では,このように権利を持っていることを,「債権(さいけん)」を持っている,という言い方もします。
【★16】 契約などの場面では,このように義務を負っていることを,「債務(さいむ)」を負っている,という言い方もします。
【★17】 お互いが権利・義務を持つ契約のことを,「双務(そうむ)契約」と言います。
【★18】 「同時履行(どうじりこう)」と言います。
 民法533条前段 「双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行…を提供するまでは,自己の債務の履行を拒(こば)むことができる」
【★19】 「片務(へんむ)契約」と言います。
【★20】 「人格そのものに挑戦する無礼な不法,権利を無視し人格を侮蔑するようなしかたでの権利侵害に対して抵抗することは,義務である。それは,まず,権利者の自分自身に対する義務である,--それは自己を倫理的存在として保存せよという命令に従うことにほかならないから。それは,また,国家共同体に対する義務である,--それは法が実現されるために必要なのだから」(イェーリング著,村上淳一訳「権利のための闘争」49頁)
【★21】 憲法12条前段 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない」
 「私は,今の日本に必要なのは,権力者の都合による恣意的(しいてき)な義務や道徳ではなく,憲法12条だと考える。…権利は,きちんと主張していかなければ失われてしまう。自己責任論を甘受(かんじゅ)して,生存権の主張を諦(あきら)めれば,将来の国民が生存権を享受(きょうじゅ)できなくなるだろう。表現の自由を規制する法律を放置すれば,さらに強い規制ができるだろう。生活保護の切り下げや,テロ等準備罪への国民の無関心を見ていると,「権利を行使する義務」への意識は,まだまだ弱いと感じる。後の世代のためにも,国民は持っている権利を行使する義務を負うはずだ。憲法施行70年という節目で,いま一度,そのことを思い出してほしい」(木村草太「主張しないと権利失う 視標『憲法施行70年』」共同通信2017年6月17日配信)

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