今の二重国籍のまま大人になったら?
父親がフランス人,母親が日本人の高校生です。物心がついたときから日本で暮らしていて,将来は,日本を生活のベースにしながら,フランスとの架(か)け橋になれるような仕事をしたいと思っています。私は,フランスと日本の両方の国籍を持っていて,大人になったらどちらか1つを選ばないといけない,と親から聞いています。どうして国籍を1つにしないといけないんですか。もし国籍を2つ持ったまま大人になったら,どうなりますか。
国籍は,「この国のメンバーだ」という資格のことです【★1】。
日本国籍については,国籍法という法律がルールを決めています【★2】。
日本国籍になるのは,お父さんかお母さんが日本国籍であることが,基本的な条件です【★3】。
じつは,今から30年余り前の1984年(昭和59年)までは,お父さんが日本国籍でなければ,子どもは日本国籍になれませんでした。
外国籍のお父さんと日本国籍のお母さんの夫婦の子どもは,日本国籍になれなかったのです【★4】。
でも,それは男性と女性を平等にあつかわない,おかしなことでした。
国籍法が変わって,1985年(昭和60年)からは,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍なら,その子どもは日本国籍になれるようになりました【★5】。
どういう条件で子どもに国籍を認めるかは,国によってちがいます。
日本やフランスのように,両親のどちらかが国籍を持っていればOKという国もあれば【★6】,
むかしの日本のように,父親が国籍を持っていることで認める国【★7】,
アメリカのように,国内で生まれればOKという国もあります【★8】【★9】。
あなたの場合,お父さんがフランス国籍,お母さんが日本国籍なので,
子どものあなたは,フランスと日本の2つの国籍を持っているのですね【★10】。
(もし,あなたがアメリカで生まれていたなら,フランスと日本とアメリカの3つの国籍を持つことになります。)
日本の国籍法は,こう言っています【★11】。
「子どもの時から日本の国籍と外国の国籍を持っている人は,成人してから2年経つ前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」。
(これまでは成人年齢が20歳だったので国籍選択は22歳になる前まででしたが,2020年4月に成人年齢が18歳に下がるので国籍選択は20歳になる前までになります)
もし,あなたがフランス国籍を選ぶなら,
日本国籍をやめる手続を,日本の役所でとります【★12】【★13】。
もし,あなたが日本国籍を選ぶなら,次の2つの方法のどちらかをとります。
1つめは,フランス国籍をやめる手続を,フランスの役所でとる方法。
2つめは,「日本国籍を選びます。フランス国籍をやめます」と,日本の役所で宣言する方法です【★14】。
どうして2つめの宣言の方法があるかというと,
外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることなので,
1つめの方法が必ずとれるとはかぎらないし,
日本からその国に口出しはできないからです。
そして,2つめの方法で,「フランス国籍をやめます」と日本に向かって宣言しても,
それで自動的にフランス国籍がなくなるわけではありません。
外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることだからです【★15】。
その宣言をしたあと,その人が本当に外国の国籍をやめたかどうかまで,日本にはわかりません。
両方の国籍を持ち続けることは,日本の国籍法のしくみからすると,じゅうぶんありうることです【★16~18】。
なので,その宣言をした後も,両方の国籍を持ったままの人は,たくさんいます。
なお,成人してから2年経つ前に日本国籍を選ぶための方法をまったくとらないままでいると(つまり,1つめ・2つめのどちらの方法もとらないでいると),
日本から「国籍を選択するように」という連絡が来て,
そこから1か月以内に何もしないでいたら,日本国籍を失う,と,法律には書かれています【★19】。
もっとも,実際には,そのルールで日本国籍を失った人はいません【★20】【★21】。
この,「成人してから2年経つ前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」という日本のルールは,1985年(昭和60年)に始まりました。
上に書いたように,この年から,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍であれば,子どもが日本国籍を持てるようになりました。
そのため,国籍を2つ持つ子どもが,たくさん増えることになります。
だから,日本は,国籍を1つに選ばせる制度を,このときいっしょに作ったのです。
でも,そもそもどうして,国籍を1つにしないといけないのでしょうか。
国籍がいくつもあったら,その人にどこの国の法律をあてはめるのか混乱する,とか,
別の国でトラブルが起きたときに,どこの国がその人を守ることになるのかわからない,とか,
投票できる国がふたつ以上あるのはおかしいし不公平だ,とか,
いろんな理由が言われます。
でも,そのひとつひとつを法律的によく見ていくと,
どれも,国籍を1つにしないといけない理由には,なっていないのです【★22】。
実際,国籍を2つ以上持っている人は,世界中にたくさんいますし,
この日本にも68万人もいるのですが【★23】,
それで特に大きなトラブルは起きていません【★24】。
「国籍は1人1つにするべき。二重国籍はなくしていこう」。
今から80年以上も前に,世界がそう確認し合っていたこともありました【★25】。
でも,今は,国をまたいで行き来する人々が多くなり,国際結婚がとても増えています。
ヨーロッパは,1997年,「国籍が2つ以上あってもOK」と確認し合いました【★26】。
それ以外の国々でも,二重国籍をOKにするところが増えています。
自分がどの国のメンバーなのか。
それは,「自分が一体どんな人間なのか」という,自分をかたちづくるうえで,とてもだいじなことです。
お父さんから受け継いだ国籍も,お母さんから受け継いだ国籍も,どちらも大切なもの。
それなのに,どちらか1つを選び,もう1つを捨てなければならないのは,おかしなことです【★27】。
2つの国のメンバーをかけもちしたところで,特に問題は起きませんし,
むしろ,あなたのように,「日本と外国の架け橋になる仕事をしたい」という夢を持っている人たちが活躍できることは,
その人自身にとっても,私たちの社会にとっても,素晴らしいこと,必要なことです。
「国籍は1人1つ」というたてまえの,今の日本の国籍法は,
すでに現実に合わなくなっています。
あなたが大人になるころまでには,
今の国籍法を,いろんなルーツを持つ一人ひとりを大切にした,今の社会に合ったものに変えていく必要がある,
私はそう思っています。
【★1】 「国籍は特定の国家に所属することを表す資格であ(る)」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」232頁)
【★2】 憲法10条 「日本国民たる要件は,法律でこれを定める」
【★3】 国籍法2条 「子は,次の場合には,日本国民とする。 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。…」
【★4】 1985年(昭和60年)より前の国籍法2条 「子は左の場合には,日本国民とする。
一 出生の時に父が日本国民であるとき。
二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき。
三 父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき。
四 日本で生れた場合において,父母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき。」
【★5】 昭和59年5月18日成立,昭和60年1月1日施行「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年法律45号)。
1979年(昭和54年)に国連総会で「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃(てっぱい)に関する条約」が採択されて日本も翌年に署名したことや,米軍基地がある沖縄でアメリカ人男性と日本人女性との間に生まれた子どもが無国籍になるケースがたくさんいたことが,改正の背景でした。
【★6】 父母両系血統主義と言います。
【★7】 父系血統主義と言います。
【★8】 生地主義と言います。
アメリカ合衆国憲法修正14条1項 「合衆国内で生まれ…,かつ,合衆国の管轄(かんかつ)に服する者は,合衆国の市民であ(る)…」(アメリカンセンターJAPAN訳。https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/)
【★9】 フランスにも,生地主義の規定があります。両親がフランス国籍でなくても,フランス国内で生まれて一定の居住要件を満たした子は,フランスの成人年齢である18歳になったときに,フランス国籍を取得します。
【★10】 あなたが日本以外の国で生まれていたなら,親が出生届を出すときに,「国籍を日本にするかフランスにするかは,今決めないで,判断を先に延ばします」ということもいっしょに届けていたのだと思います。これを「国籍留保(りゅうほ)」と言います。もし生まれてから3か月以内にこの届出をしていないと,最初から日本の国籍を持っていなかったことに自動的にされてしまいます。もっとも,もしそのせいで自動的に日本の国籍を失っても,18歳になる前に日本に住んでいれば,法務局に届け出ることによって,日本の国籍をふたたび持つことができます。(法改正により2022年4月から「18歳になる前に」に変更)
国籍法12条 「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保(りゅうほ)する意思を表示しなければ,その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
戸籍法104条1項 「国籍法第12条に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者…が,出生の日から3箇(か)月以内に,日本の国籍を留保する旨(むね)を届け出ることによって,これをしなければならない」
同条2項 「前項の届出は,出生の届出とともにこれをしなければならない」
国籍法17条1項 「第12条の規定により日本の国籍を失った者で18歳未満のものは,日本に住所を有するときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★11】 国籍法14条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,外国及び日本の国籍を有することとなった時が18歳に達する以前であるときは20歳に達するまでに…いずれかの国籍を選択しなければならない」(法改正により2022年4月から年齢について変更)
【★12】 憲法22条2項 「何人(なんぴと)も,…国籍を離脱(りだつ)する自由を侵されない」
国籍法13条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を離脱することができる」
同条2項 「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を失う」
【★13】 もし,もう一方の外国が日本と同じように国籍を選択する制度【★10】を作っている国なら,その制度に基づいて外国の国籍を選択すれば,当然に日本国籍を失います。
国籍法11条2項 「外国の国籍を有する日本国民は,その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは,日本の国籍を失う」
【★14】 国籍法14条2項 「日本の国籍の選択は,外国の国籍を離脱することによるほかは,戸籍法の定めるところにより,日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄(ほうき)する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする」
【★15】 「日本国籍選択の宣言は,日本国籍を維持・確保し,併有(へいゆう)する外国国籍を一方的に放棄するとともに以後外国国籍に伴(ともな)う権利・特権を行使しないこと等の意思があることを,我が国に対して宣明(せんめい)することである。この選択宣言によって,日本と外国との重国籍者が現実に当該外国の国籍を喪失(そうしつ)するか否(いな)かは,当該外国の法令の定めるところによる。当該外国の法制上,我が国国籍法第11条第2項と同様な制度があれば選択宣言によってその国の国籍を喪失することになるが,そのような法制がない国の場合は,選択宣言によって重国籍は解消されない。現行国籍法が,日本国籍選択の一方法としてこのような選択の宣言の制度を設けたのは,重国籍を解消して日本国籍単一となるためには外国国籍を離脱(喪失)することが望ましいが,当該外国の法制上自国国籍の離脱を禁止したり,許可,認可等何らかの制限を設けている国がかなりあることから,一律に一定期限内に外国国籍の離脱を義務づけることは不可能な場合があり,また,実際上本人に過重な負担を負わせることになる場合もあり,結果的に事実上日本国籍選択の途(みち)がなくなることとなって適当でないことを考慮したものである」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」86頁)
【★16】 選択の宣言は,外国の国籍をやめるよう「努力」しなければいけないだけで,実際に外国の国籍をやめないといけない「義務」ではありません。
国籍法16条1項 「選択の宣言をした日本国民は,外国の国籍の離脱に努めなければならない」
【★17】 「重国籍者が,日本国籍の選択宣言をした場合に,前述のように当該外国の国籍を喪失するかどうかはその外国の法令の定めるところによる。…たとえ外国国籍を喪失しない場合でも,既(すで)に選択義務は履行(りこう)しているので,法務大臣から改めて選択の催告(国籍法15条1・2項)を受けることはないし,また,催告に基(もと)づく日本国籍の喪失(同法15条3項)ということもない」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」87頁)
【★18】 選択の宣言をした後,その外国の公務員になった場合には,日本国籍を失うことになっています。しかし,実際にこの規定で日本国籍を失ったケースはありません(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」11頁)。
国籍法16条2項 「法務大臣は,選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失っていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であっても就任することができる職を除く。)に就任した場合において,その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著(いちじる)しく反すると認めるときは,その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる」
【★19】 国籍法15条1項 「法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して,書面により,国籍の選択をすべきことを催告(さいこく)することができる」
同条3項 「前2項の規定による催告を受けた者は,催告を受けた日から1月以内に日本の国籍の選択をしなければ,その期間が経過した時に日本の国籍を失う。(略)」
【★20】 平成20年11月27日第170回参議院法務委員会会議録第5号23頁(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0003/17011270003005.pdf)
「丸山和也君 実際の運用で少しお聞きしたいんですけれども,二重国籍に関する問題なんですけれども,15条で,法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍を選択しないものに対して,書面により,国籍の選択すべきことを催告できる,そしてこれを,催告を受けても選択しなかったら国籍を失うと,こういうふうになっているように思うんですけれども,こういう催告なんてやっているんでしょうか」
(略)
「政府参考人(倉吉敬君) 催告をしているかどうかという御質問でございます。しておりません」
(略)
「政府参考人(倉吉敬君) 実は今の下でだれが重国籍者なのかというのをもう把握できないわけでございます。そのような状況の中で,たまたま把握した人に催告をするのがいいのかと。もちろん,催告を受ける側は追い詰められるわけですから,どっちかを選択しなければならない,それが本当にいいのかという問題はございます。いや,そんな生ぬるいことでいいのかとか,いろんな御意見はあるわけですけれども,今のところはそういったもろもろの事情を考えて催告をしないということにしております」
【★21】 「この催告についての実務上の取扱いであるが,これまで催告を行った例はない。法務省は,その理由として,『国籍を喪失するということは,その人にとって非常に大きな意味がありますし,家族関係等にも大きな影響を及ぼすというようなことから,これは相当慎重に行うべき事柄である』こと,『国籍選択の履行は,複数国籍者の自発的な意志に基づいてされるのが望ましい』ということを挙げている。法務省は,周知活動の一環として,複数国籍であると把握できた者に対し,『国籍選択について』と題する文書を送付していた時期もあったが,現在はこれも行われていない」(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」10頁。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)
【★22】 日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」16頁では,複数国籍禁止制度の根拠として「一人の人間に対する対人主権を複数の国が持つということの問題」「二つの国の主権者として行使するということ自身の矛盾(むじゅん)」「法制度の抵触(ていしょく)」「外交保護権の問題」「犯罪人の引き渡し」「参政権の問題」「就職の際などに,国籍を明示する義務の範囲をめぐる問題」「鉱業権のように日本国民に限定する法律などの適用の問題」「一方の国籍国が忠誠義務を課した場合の問題」「公務員の就任についての問題」「他国の兵役に服するということは,日本のあり方として問題」を列挙したうえで,詳細に現代的検討を加え,「複数国籍を認めるべきでないとして挙げられる理由は,いずれも合理的な理由とはいえない」と結論づけています(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)。
【★23】 法務省2014年推計(朝日新聞2014年7月6日記事)。
【★24】 二重国籍の人が海外を行き来するときのパスポートの問題については,国際結婚を考える会「二重国籍」(時事通信社)94頁,同会ウェブサイト(http://amf.world.coocan.jp/)を見てください。
【★25】 「国籍唯一の原則」と言います。1930年(昭和5年)に国際連盟で採択された「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」にうたわれていますが,日本はこの条約に署名はしたものの批准はしていません(岡村美保子「重国籍-わが国の法制と各国の動向」レファレンス2003年11月号)。
【★26】 1997年に採択され,2000年に発効した「ヨーロッパ国籍条約」は,複数の国籍を認めることを締約国(ていやくこく)に義務づけています。
同条約14条1項 「締約国は,左のことを許容しなければならない。 a 出生により当然に相異なる国籍を取得した子どもが,これらの国籍を保持すること。(略)」
同条約7条1項 「締約国は,左に掲げる場合を除き,国内法において,法律上当然の又は締約国主導の国籍喪失(そうしつ)を規定してはならない。(略)」
奥田安弘・館田晶子「1997年のヨーロッパ国籍条約」(北大法学論集2000年50巻5号)
【★27】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)8条1項 「締約国は,児童が法律によって認められた国籍,氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉(かんしょう)されることなく保持する権利を尊重することを約束する」
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