妊娠してしまってどうすればいいかわからない
高校2年生のA美とB太です。コンドームを使っていなかったので,先日,A美が妊娠(にんしん)してしまいました。自分たちがどうすればいいのか,親にも誰にも相談できません。
子どもを産むか,中絶(ちゅうぜつ)するか,どちらも大事な選択です。
いろんなことを理解したうえで,二人でよく話し合い,そして最後は必ず親とも話し合って,決めて下さい。
子どもを産むと決めたら,法律ではどうなるか。
二人は結婚していませんから【★1】,生まれてくる子どもは,A美さんの子どもとして,A美さんの戸籍(こせき)に入ります。
その子の父がB太君に間違いないのであれば,役所に,「自分が父です」という届出をします。
これを「認知(にんち)」といいます。
生まれてくる前に認知をすることもできますし,生まれた後ですることもできます【★2】。
この認知には,B太君の両親の了解も,A美さんの両親の了解も必要ありません。
(生まれてくる前に認知するときは,A美さんの了解が必要です。)
でも,その子に対して,親としての法律上の権利や義務【★3】を持つのは,A美さんでもB太君でもなく,A美さんの両親です【★4】。
A美さんが成人し,大人になるときまでは,そうなります【★5】。
ですから,A美さんの両親にないしょで産むと,いろんな問題を起こします。
父であるB太君は,生まれてくる子に,きちんと責任を負う必要があります。
たとえA美さんと結婚していないとか,A美さんや子どもと一緒に暮らしていないとかいう場合でも,子どもが育っていくために必要なお金をずっと払っていかなければなりません。
これを「養育費(よういくひ)」といいます。
養育費を払いたくないから,認知をしないとか,養育費の話し合いをしない,とB太君が逃げても,むりです。
A美さんや,子どものほうから,B太君に対して認知をするよう裁判所に訴(うった)えることができます【★6】。
養育費について話し合いがまとまらなければ,裁判所が金額を決めます【★7】。
それでもB太君が養育費を払わなければ,アルバイトの給料や貯金などの財産が強制的(きょうせいてき)に差し押さえられます。
子どもが生まれれば,A美さんの家族にとっても,B太君の家族にとっても,新しい「親族」が増えることになります。
家族のうち誰が誰の面倒をみるのか,ということもかかわってきます【★8】。
遠い将来,親族のうち誰かが亡くなったときの,遺産の分け方にもかかわってきます【★9】。
子どもを産まないと決めたら,法律ではどうなるか。
みなさんは,「子どもを堕(お)ろす」という言い方をよくしますが,私はその言い方はしたくありません。
人工妊娠中絶,あるいは単に中絶,といいます。
中絶をすることは,犯罪とされています【★10】。
でも,経済的なことなど,いろんな事情があるときには,中絶をすることが認められています【★11】。
法律的には,A美さんの判断だけで中絶ができます【★12】。
しかし,実際には,病院は,A美さんの親や,B太君,B太君の親にも,中絶手術についての同意(どうい)をもとめてくるところがほとんどです。
何かトラブルになったときに病院がまきこまれないように,法律では必要とされていない人の意見まで確認しておく病院がほとんどなのです。
このことは逆にいえば,それだけ,中絶について家族ときちんと話をしておかなければ,トラブルが起きることが実際に多い,ということです。
また,妊娠22週(=妊娠6ヶ月)を超えると,中絶をすることは法律上できません【★13】。
実際に中絶をしたら,胎児はどうなるか。
妊娠12週(=妊娠4ヶ月)以降のときは,「死産」として届け出て,きちんと埋葬(まいそう)しなければいけません【★14】。
それ以前の中絶の胎児は,地域によっては火葬するところもありますが,現状では,医療廃棄物として取り扱われるところが多いです【★15】。
中絶にかかる費用を,男性が全部払うのか,二人で半分ずつ払うのかは,話し合って決めます。
話し合いがまとまらず裁判になったケースで,支払いをしなかった男性に対して,2分の1を支払うようにはっきりと命じた判決も出ています【★16】。
産む場合と,中絶する場合の,それぞれの法律的なことだけを,上に書きました。
しかし,実際には,それだけでなく,もっとたくさんのことを考えなければいけません。
A美さんのお腹の中に宿(やど)っている命は,小さいけれども,大切な命です。
「だから,命を大切にしたいからこそ,産むんだ」,という考えも,ありうると思います。
けれど,命を大事にするということは,産むことだけで終わるのではありません。
その子が大人になるまで,ずっとずっと長い間,その命を大切にしていかなければならないことについても,じっくりと考えなければいけません。
二人はまだ高校生で,自分探しをしている時期です。
やがて自分探しが落ち着いて,その自分自身を心から大切にできること,
そして,相手のことも,同じように心から大切にできるようになること。
あなたは,「そんなこと,今でもできています」,そう思うかもしれません。
でも,これから学校の中でもっと学び,そして働いてお金をかせいでいく中で,それらの意味を,もっと深く分かることが多くなってきます。
そういうふうにして,自分と相手とをもっと大切にできるようになってから,新しく迎え入れる命を大事にしていく,という生き方にも,じっくりと思いをめぐらせてみてください。
残念ながら,お父さんもお母さんも若すぎて,まだ自分と相手のことも大事にできず,生まれてきた子どもをきちんと育てられなくて,保護しなければならないというケースを,私自身がたくさん見ています。
子育ては,二人だけではできません。
どんな夫婦でも,それぞれの家族,地域,いろんな人たちに支えられながら,子育てにがんばっています。
子育てをまわりから支えてもらうことは,恥ずかしいことなどではありません。
むしろ,絶対に必要なことなのです。
二人はまだ高校生ですから,他の夫婦以上に,みんなに子育てを支えてもらわなければなりません。
だからこそ,もし産むのであれば,家族にきちんと話して,協力してもらう必要があります。
私がむかしかかわったケースで,当時は二人ともほんとうにまだ若かったですが,まわりの大人たちとよく話し合い,そして子どもを産んだ,ということもありました。
二人はずっとみんなに支えられながら,今も立派にお父さん・お母さんをしています。
私は二人のことがとても誇り(ほこり)です。
ただ,他の子どもたちも,その二人と同じようにまわりから支えられながらがんばれるかというと,そんなに簡単なことではない,と感じています。
他方で,中絶をすることも,軽い気持ちで決めてほしくありません。
中絶は,A美さんの体に負担をかけるだけでなく,心を深く傷つけます。
もし,中絶を選ぶこととなったとしても,その苦しみをA美さん一人だけが背負うのではなく,B太君もきちんと分かち合わなければいけません。
もし,悩んでいるあいだに,中絶できる時期を過ぎてしまっても,
誰にも相談できないまま,子どもを産んで死なせてしまうことだけは,絶対にしないでください【★16】。
あなたたち自身で育てられなくても,
その子を,他の夫婦の子どもとして育ててもらう,「特別養子縁組」というしくみもあります【★18】。
産むとしても,中絶するとしても,どちらにしても大事なことです。
今まで私が書いてきたことを,二人でよく確認してみてください。
そして,今は話しにくいかもしれませんが,早いうちに必ず,親と一緒に話し合って下さい。
今回のことをきっかけにして,
自分が家族から大切にされているか,
自分が自分を大切にしているか,
そして,自分がパートナーを大切にしているか,
そのことを,あらためて見つめ直してみてください。
セックスは,人間として大切なコミュニケーションの一つです。
だからこそ,これからは,そのコミュニケーションの結果で自分自身や相手が苦しみ悩んでしまうことのないようにしてほしい,と私は願っています。
そして,ほんらい,大人の私たちには,そのメッセージをきちんと子どものみなさんに伝えていく責任がある,と,私は思っています。
【★1】 2022(令和4)年4月からは,男女ともに結婚できるのは18歳からです。
改正後の民法731条 「婚姻は,18歳にならなければ,することができない」
【★2】 民法779条「嫡出(ちゃくしゅつ)でない子は,その父又は母がこれを認知することができる」(嫡出でない子,というのは,結婚していない男女の間に生まれた子どものことです)
民法783条1項「父は,胎内(たいない)に在(あ)る子でも,認知することができる。この場合においては,母の承諾(しょうだく)を得(え)なければならない」
【★3】 これを「親権(しんけん)」といいます。民法820条「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有(ゆう)し,義務を負う」
【★4】 民法833条「親権を行う者は,その親権に服する子に代わって親権を行う」
【★5】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★6】 民法787条「子,その直系卑属(ちょっけいひぞく)又はこれらの者の法定代理人は,認知の訴えを提起(ていき)することができる」
【★7】 民法877条~880条(扶養の請求)または民法788条・766条(子の監護に関する処分の請求)
【★8】 実際はあまり役に立っていない規定ですが,「扶養(ふよう)」という規定があります。
民法877条1項 直系血族(ちょっけいけつぞく)及び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養をする義務がある。
同条2項 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
【★9】 相続(そうぞく),遺産分割(いさんぶんかつ)。民法886条~
【★10】 刑法212条 妊娠中の女子が薬物を用い,又はその他の方法により,堕胎(だたい)したときは,1年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
【★11】 母体保護法14条 …指定医師…は,次の各号の一に該当(がいとう)する者に対して,本人及び配偶者(はいぐうしゃ)の同意を得て,人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩(ぶんべん)が身体的又は経済的理由により母体の健康を著(いちじる)しく害するおそれのあるもの
二 暴行若(も)しくは脅迫(きょうはく)によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫(かんいん)されて妊娠したもの
【★12】 未成年者なので手術に親の同意がいるようにも思えますが,母体保護法で親の同意について規定がないこと,15歳以上であれば遺言(いごん)を書く能力もあり(民法961条),臓器提供の意思表示もできることも参考にして,妊娠した未成年の女性本人の同意だけで足りる(親の同意は不要)とするのが法律上の解釈(かいしゃく)です。
また,妊娠させた男性の側についても,母体保護法3条で,「配偶者」を,「届出をしていないが,事実上婚姻(こんいん)関係と同様な事情にある者を含む」と説明していますので,事実上夫婦のような関係にまでなっていなければ,男性の同意は不要,というのが法律の定めです。
【★13】 母体保護法2条2項「この法律で人工妊娠中絶とは,胎児が,母体外において,生命を保続(ほぞく)することのできない時期に,人工的に,胎児及びその附属物(ふぞくぶつ)を母体外に排出(はいしゅつ)することをいう。」
平成2年3月20日付厚生省発健医第55号「優生保護法第2条第2項の『胎児が,母体外において生命を保続することのできない時期』の基準は,通常妊娠満22週未満であること」
【★14】昭和21年厚生省令第42号(死産の届出に関する規程),墓地埋葬等に関する法律2条1項「この法律で『埋葬』とは,死体(妊娠4箇月以上の死胎を含む。以下同じ。)を土中に葬(ほうむ)ることをいう。」
【★15】平成16年9月24日環境省「妊娠4か月(12週)未満の中絶胎児の取扱いに関するアンケート調査結果及び今後の対応について」
【★16】東京高裁平成21年10月15日判決,判例時報2108号57頁。妊娠した女性のがわは,体も心も苦痛にさらされるし,経済的な負担も負うことになるけれども,そもそもそうなったのは二人がセックスをしたことから始まっているのだから,女性一人だけが苦痛や負担を負うのではなく,二人で分担しなければいけない,と述べています。
【★17】 保護責任者遺棄(いき)致死(ちし)罪や,殺人罪などになります。
刑法218条 老年者,幼年者,身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄(いき)し,又はその生存に必要な保護をしなかったときは,3月以上5年以下の懲役に処する。
刑法219条 前2条の罪を犯し,よって人を死傷させた者は,障害の罪と比較して,重い刑により処断する。
刑法199条 人を殺した者は,死刑又は無期若(も)しくは5年以上の懲役に処する。
【★18】 民法817条の2第1項 家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方の血族との親族関係が終了する縁組…を成立させることができる。
民法817条の7 特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする。
« たばことお酒はなんでダメなの? | トップページ | お年玉を親に使われてしまった »
「6_性のこと,命のこと」カテゴリの記事
- 性的関係もある年上の彼氏を親が訴えると騒いでる(2023.10.01)
- 性病をうつされた…相手を訴えたい(2021.09.01)
- 自分の男の体がいやで性別を変えたい(2021.06.01)
- 妊娠してしまってどうすればいいかわからない(2021.05.01)
- 山下さんは包茎ですか?(2019.01.01)