妊娠・出産したら高校を退学しないとダメなの?
高校2年生です。大学生の彼氏がいます。その彼氏の子を妊娠して,どうしようか悩んでいるうちに,中絶できる時期を過ぎてしまいました。学校から退学するように強く言われているんですが,時間がかかっても高校は卒業したいです。どうしても退学しなきゃダメなんですか?
あなたがその学校で学び続けたいと思っているなら,退学する必要はありません。
中絶ができる時期を,過ぎているのですね。
(中絶ができる時期のことなど,妊娠してどうすればよいかわからなくて悩んでいる人は,「妊娠してしまってどうすればいいかわからない」の記事も見てください。)
妊娠したとか,子どもを産んだという理由で,
女子生徒が高校を退学するケースを,たくさん見聞きします。
私立だと,学校の規則に「妊娠・出産したら退学」と書いてあるかもしれません。
公立でも,そのようなルールを文章にしている県があることが,最近問題になりました【★1】。
また,国が作ったルールでも,
「学校の秩序(ちつじょ)を乱(みだ)した」とか,「勉強する立場としてふさわしくないことをした」という場合には,退学させることができると書かれていて【★2】,
妊娠や出産はこれにあたる,と考える人も,多くいます。
学校も,親も,社会の多くの人たちも,時には生徒本人でさえも,
「妊娠・出産したら高校をやめるのが当たり前」と考えていることが,多いようです。
でも,それは当たり前ではありません。
生徒を退学させることが許されるのは,
ルール違反をした生徒に学校が注意をしても,立ち直る見込みがなくて,これ以上学校に置いておけない,というような,よっぽどのことがあるときだけです【★3】。
10代のみなさんには,
心と体が大人の仲間入りを始めたばかりの自分自身を大切にして,
セックスについて焦(あせ)らないでほしい。
私だけでなく,ほとんどの大人たちが,そう思っています。
でも,だからといって,逆に,
妊娠・出産した生徒を,罰として退学させるのは,
りくつが通らない,まったくおかしなことです。
妊娠・出産で,その生徒本人の生活は,たしかに大変にはなります。
けれど,学校の秩序が,それで乱れるわけではありません【★4】【★5】。
妊娠・出産と勉強を両立しようと頑張る人に向かって,
「勉強するなら妊娠・出産してはいけない」とか,
「妊娠・出産するなら勉強してはいけない」などと,
他の人が口を挟(はさ)むことは,許されません。
妊娠・出産する生徒に必要なのは,罰ではなく,
妊娠した生徒と,お腹の中の子ども,
出産した生徒と,生まれてきた子どもとを,
まわりの人たちが支えていくことです。
性は,自分の心と体を大切にし,相手の心と体を大切にすることです。
そして,セックスは,大切なコミュニケーションの一つです。
性についてのきちんとしたメッセージや,避妊・妊娠・出産後の生活のこと,
それらをふだんからきちんと生徒たちに教えていない学校。
妊娠・出産ということが起きたら,
その生徒を支えもしないで,むしろ罰を与える学校。
そんな学校が,当たり前であってはいけません。
どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。
憲法は,はっきりとそう言っています【★6】。
そして日本は,子どもの権利条約で,世界とのあいだで,こう約束しています【★7】。
「すべての子どもが高校で学べる機会を持てるようにしよう」
「途中で退学する子どもを,できるかぎりなくすようにしよう」
さらに,女子差別撤廃(てっぱい)条約でも,
「女子が途中で退学することを減らしていこう」と約束しています【★8】。
妊娠・出産した生徒も高校で学べること,そして,退学しなくてすむことが,
世界との約束からしても,必要なのです。
もし,妊娠・出産で退学してしまったら,
中学卒業の扱いですから,働こうと思っても,安定した仕事を見つけるのが,とても大変です。
相手の男性も,とても若くて収入が低かったり,逃げてしまって生活費を払わなかったりします。
妊娠・出産した生徒を学校から追い出すのは,
苦しい生活・人生を送らなければらない人を,
この社会に増やしてしまうだけです【★9】。
学校で学ぶことは,幸せな生活と人生につながる,大事なことです。
だからこそ,
学校は,妊娠・出産した生徒を追い出すのではなく,
むしろ,しっかりと守っていかなければならないのです。
「万引きがバレて私立中学を退学するように言われてる」の記事にも書いたとおり,
学校が生徒をむりやり退学させるのには,とても高いハードルがあります。
だから学校は,むりやり退学させ,生徒側から訴えられて裁判で負けることのないよう,
「あくまで生徒自身が退学を決めた」というかたちにするために,自主退学させようとします。
でも,自主退学は,あなたが納得しなければ,断ってよいのです。
実際,妊娠・出産を理由に退学するよう学校から言われたけれども,その後の話し合いで退学せずにすんだケースもあります【★10】。
あなたが納得していないのに,学校が退学処分をしてしまったら,裁判で争うこともできます。
じつは,妊娠・出産を理由とした退学処分について,裁判所が判断したことは,まだありません【★11】【★12】。
でも,いつかきちんと,裁判所に「そういう退学処分はダメだ」とはっきり言ってもらうことが必要だと,私は思っています。
もしあなたが,その高校で学び続けたいのに,学校が認めないようなら,すぐに弁護士に相談してください。
相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。
【★1】 岩手県教育委員会「懲戒の運用に関する基準 H25改訂」 「問題行動が初回・単独の場合」「不純異性交遊 謹慎(7日~10日)」「妊娠 退学処分」「性的暴行 退学処分」
このことが,国会の議論でも取り上げられました(衆議院第189回国会予算委員会,平成27年3月12日。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001818920150312016.htm)。
「○泉(健太)委員 …これは,ある県の県立高校の管理運営に関する規則というもので,懲戒に関する規程というのがあるんですね。懲戒の運用に関する基準,平成25年改訂,最近のものですね。…一番下の方,『性的問題行動』と書いてありまして,『不純異性交遊』『妊娠』,そして『性的暴行』と処分が書いてあるわけですね。物すごく違和感を感じたのが,妊娠が退学処分,そして性的暴行も退学処分,これは一緒かと。それは一緒とちゃうやろというふうに思うわけですね。犯罪を起こせば,それは退学の対象になろうというふうに思いますが,妊娠というのは受け手の側にもたらされる環境ですよね。さまざま,その経緯,過程に理由はあったにせよ,子供ができてしまったという事態に対して,子供の学業の継続ですとか支援をする立場の教育機関が,この妊娠ということを果たして懲戒の枠組みの中で考えるべきことなのかと。…やはり公立高校の規程からは,全て,妊娠によって懲戒をするという考え方,まずこれを一掃していただきたいというのが一つ。そして,皆さんの手が及ぶのは公立高校だけだというのではなくて,やはり私立の,全ての学校法人に対しても,懲罰的考え方ではなくて,いかにしてその子供たちを支援するのか,こういう考え方に立っていただきたいというふうに思いますが,大臣,いかがでしょうか。
○下村国務大臣 …例えば,今御指摘のように,本人に学業継続の意思がある場合においては,これは関係者で十分話し合い,母体保護の観点等も含め,教育的な指導は行い,懲戒的な対処は行わないという対応は十分考えるべきことであるというふうに私も思います。また,学業を継続することとなった生徒に対しては,学校として,養護教諭やスクールカウンセラー等も含めた十分な支援を行うことも必要であるというふうに思います。仮に,妊娠中に休学をしたり中途退学せざるを得ないような場合におきましても,再び高等学校等で学び直したいと希望する者に対しては,高等学校等就学支援金等による支援の対象となっているところでもございます。今後とも,修学の意思ある高校生が,高校での学習を終えて卒業し,社会を支える一員となれるよう,適切な学習指導,生徒指導を推進してまいりたいと思います。」
【★2】 学校教育法11条 「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒(ちょうかい)を与えることができる。(略)」
学校教育法施行規則26条3項 「前項の退学は,…次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。
一 性行不良で改善の見込がないと認められる者
二 学力劣等で成業の見込がないと認められる者
三 正当の理由がなくて出席常でない者
四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分(ほんぶん)に反した者」
【★3】 「退学処分は,生徒の身分を剥奪(はくだつ)する重大な措置(そち)であるから,当該(とうがい)生徒に改善の見込みが無く,これを学外に排除(はいじょ)することが社会通念からいって教育上やむをえないと認められる場合に限(かぎ)って選択すべきものである」(東京高裁平成4年3月19日判決,判例時報1417号40頁)。そして,その判断要素として,「校則違反の態様,反省の状況,平素(へいそ)の行状(ぎょうじょう),従前(じゅうぜん)の学校の指導及び措置,並(なら)びに処分に至(いた)る経過等」の諸事情があります(最高裁平成8年7月1日判決,判例時報1599号53頁)。
【★4】 「妊娠・結婚それ自体により学校の秩序・規律が乱れるとはいえませんし,妊娠又は結婚を理由として退学処分になるとしますと,子どものいる人や既婚者は高校に入学できないことになって問題がありますので,妊娠又は結婚のみを理由とする退学処分の場合には,学校の裁量権の範囲を超えた違法なものでると判断される可能性は高いと思われます」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
【★5】 「性行為や結婚・妊娠それ自体により規律が乱れることはないはずであり,もしそうであるなら,既婚者や子持ちは高校等の学校に入れないことになり,これは差別であるとの指摘もあります。米国の高校では,子どもを持つ生徒のための『授乳時間』『育児室』が設けられているところがあるとの報告もあります。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★6】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
【★7】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)28条1項 「締約国(ていやくこく)は,教育についての児童の権利を認めるものとし,この権利を漸進的(ぜんしんてき)にかつ機会の平等を基礎として達成するため,特に,
(略)
(b) 種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励(しょうれい)し,すべての児童に対し,これらの中等教育が利用可能であり,かつ,これらを利用する機会が与えられるものとし,例えば,無償教育の導入,必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。
(略)
(e) 定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置(そち)をとる。」
【★8】 女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)10条 「締約国は,教育の分野において,女子に対して男子と平等の権利を確保することを目的として,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保することを目的として,女子に対する差別を撤廃(てっぱい)するためのすべての適当な措置をとる。
(略)
(f) 女子の中途退学率を減少させること及び早期に退学した女子のための計画を策定(さくてい)すること。
(略)
(h) 家族の健康及び福祉の確保に役立つ特定の教育的情報(家族計画に関する情報及び助言を含む。)を享受(きょうじゅ)する機会」
【★9】 認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは,ブログ記事「2017年にはぶっ壊したい,こどもの貧困を生みだす日本の5つの仕組みとは」の中で,貧困の観点からわかりやすく重要な指摘をしています。http://www.komazaki.net/activity/2017/01/004876.html
【★10】 「我が国でも,女子高校生が結婚を理由に退学処分に処せられたが後に学校側が処分を撤回したという例がありました。女子,少年と親が真に結婚や出産を望んでいるならば,学校側と話し合って退学させないように積極的に交渉するのがよいでしょう。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★11】 「妊娠又は結婚を理由とする退学処分の有効性が問題となった裁判例は筆者の見る限り見当たりません」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
第一法規の法情報総合データベースでの検索結果でも,該当判例はありませんでした(2017年2月1日現在)。
【★12】 交際相手の女性と性的な関係をもったことを理由に退学勧告を受けたことが違法だとして,元男子高校生が私立の学校に損害賠償を求めた裁判が起こされています(河北新報2016年6月21日「交際相手と性的行為『退学勧告は違法』と提訴」http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201606/20160621_13020.html)。妊娠・出産した女子生徒の事案ではありませんが,重要なケースです。
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