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2016年8月

2016年8月 1日 (月)

性病をうつされた…相手を訴えたい

 

 18歳です。彼氏から性病をうつされて,この前別れました。彼氏を警察に訴えたり,治療費や慰謝料(いしゃりょう)を払うよう請求したりすることはできるんですか。

 


 りくつからいえば,

 彼氏が犯罪として処罰されることはありえますし,

 彼氏があなたに治療費や慰謝料を払わなければいけないこともありえます。

 でも実際には,とても難しいです。




 性病のことを,この記事では,性感染症(せいかんせんしょう)と言います。




 りくつからいえば,

 性感染症をうつすことは,犯罪になる場合があります。



 彼氏が自分の性感染症を知っていて,

 あなたにわざとうつすつもりでセックスをしたなら,

 傷害罪(しょうがいざい)という犯罪です
【★1】

 「ひょっとしたらうつるかもしれないけど,そうなってもいいや」,

 そう思っていたなら,やはり傷害罪です
【★2】

 「うつすつもりはなかったけど,うっかりうつしてしまった」,というときは,

 過失傷害罪(かしつしょうがいざい)という犯罪です
【★3】


 でも,犯罪として処罰されるのは,実際には,よほどひどい場合でしか,ありません。



 今から60年以上も前の古い刑事裁判で,性感染症をうつしたことが犯罪として処罰されたものが,いくつかあります。

 でも,それらは,

 セックスじたいが暴行といえるようなものや
【★4】

 「占い」を装(よそお)って,だます形で相手に性感染症をうつしたというものでした
【★5】

 ふつうにセックスして性感染症をうつした,というケースではありませんでした。



 刑事裁判では,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★6】


 本当にその人から性感染症をうつされたのか,

 他の人からうつされた可能性がないか,

 それをはっきりさせるために,

 セックスという,とてもプライベートなことが,慎重(しんちょう)に調べられます。

 被害を受けた人は,警察官や検察官にくりかえし話をしなければいけないので,とても大変です。

 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,刑事裁判にまではならないことが,ほとんどなのです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません【★7】

 治療費や慰謝料は,損害賠償として払うお金の一例です。



 裁判所が,性感染症をうつした人に,「損害賠償を払いなさい」という判決を言い渡したことがあります。

 しかしその民事裁判では,訴えられた人が,

 「自分が相手に性感染症をうつしてしまったことじたいは,そのとおりです」,

 と認めていました
【★8】


 もし,そのケースとはちがって,

 訴えられたがわが「自分はうつしていない」と争ってきたら,

 その人から性感染症をうつされたということを,被害者が証明しないといけないので,とても大変です。

 また,がんばって証明できても,

 損害賠償で認められる金額がそれほど大きくなく,

 裁判にかかる費用と見合わない,ということも多いでしょう。

 さらには,「被害者のがわも,性感染症をうつされないように安全なセックスを心がけなかった」,という落ち度を理由に,

 損害賠償の金額を裁判所に低くされてしまう,ということもありえます
【★9】


 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,白黒の決着をつける裁判にまではならずに,

 話し合いで解決していることが多いです。

 裁判所の中で話し合う「調停(ちょうてい)」というやりかたもあります。

 ただ,話し合いにしても,裁判所の調停にしても,

 法律的なことですから,

 あなたがまだ20歳になっていなければ,親にないしょで進めることはできません
【★10】


 いろんなハードルがありますが,あなたの場合にどんな見通しになるか,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 性感染症をうつした人の,法律的な責任のことについて,今まで書きました。


 でも,

 「性感染症は,この社会をつくっている私たち一人ひとりみんなが,広い意味での責任を負っている」,

 私は,そう思っています。




 性感染症をうつされたあなたも,うつした彼氏も,

 性感染症がどういうものか,とか,

 性感染症がうつりづらい,より安全なセックス(セーファーセックス)をどうすればいいか,について,

 大人たちから,きちんと教えてもらえていなかったのだと思います。



 性とは,自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 性感染症の菌やウイルスは,愛情や信頼では,防ぐことも治すこともできない,ということ。

 自分と相手を大切にするためにこそ,いつもセーファーセックスを心がける必要がある,ということ。

 そういうメッセージを,大人たちは子どもたちにきちんと伝える責任がある,と私は思っています。




 性感染症は,いろんなものがあります。

 早めに治療を受ければ,数週間や数ヶ月で治るものが多いです。



 しかし,完全に治すことができない性感染症もあります。

 HIV(エイチ・アイ・ヴイ),AIDS(エイズ)は,その一つです。




 私は,弁護士として,HIVをもっている人たちのサポートをしています。




 HIVは,ウイルスの名前です
【★11】

 HIVに感染しても,他の性感染症のような,自覚症状(じかくしょうじょう)がありません。

 自分で意識して血液検査を受けなければ,感染しているかどうかはわかりません
【★12】

 HIVに感染すると,体の免疫力(めんえきりょく)が,少しずつ下がっていきます。

 健康な体ではふつう起きない病気に,かかりやすくなるのです。

 そうやって,HIVに感染し,免疫力が下がってかかる病気のことを,AIDS(エイズ)といいます
【★13】



 30年以上前は,薬の開発が今ほど進んでいなかったので,

 HIV・エイズは,「死の病気」としておそれられ,

 日本や他の国で,大きなパニックになりました。

 HIVをもっている人に,とても強い差別や偏見(へんけん)が起きました。




 今は,医療がだいぶ進みました。

 HIVのウイルスを体の中から完全になくすことは,まだできませんが,

 きちんと薬を飲めば,エイズを発症することをおさえて,感染していない人と変わらない生活を送り,長生きもできるようになっています。



 しかし,そのように医療が進んでも,

 HIVやエイズに対する差別・偏見は,社会の中に,今も根強く残っています。

 特に,職場でHIVを理由にクビにされてしまうことが,多く起きています
【★14】


 あなたの相談のような,「うつした・うつされた」という当事者どうしのトラブルも,

 HIVだと,他の性感染症よりもいっそう,深刻なものになりがちです。

 それも,社会に差別・偏見があるせいだと,私は実感しています。




 今,日本では,2万5000人くらいの人が,HIVをもっています。



 HIVをもっている人も,もっていない人も,

 すでに,みんながいっしょに,この社会の中で暮らしているのです。



 一人ひとりが大切にされる社会。

 HIVをもっている人への差別や偏見がない社会。

 そういう社会であることが大切だと,強く思っています。



 日本で,新たにHIVに感染したり,エイズを発症したりするのがわかる人は,

 1年間に,1500人くらいいます。

 じつは,そのうちの4分の1が,10代・20代の人たちです。



 HIV・エイズについての,とてもわかりやすいパンフレットを,ネットで読むことができます。

 10代のみなさんに,ぜひ読んでほしいと思います。

 「もっと自分のカラダのことを知ってみよう」(NPO法人akta)

 
http://www.akta.jp/karada/


 また,HIV・エイズについてもっとくわしく知りたいときや,

 感染しているか不安,感染して困っている,などの相談をしたいときには,

 「NPO法人ぷれいす東京」のウェブサイトに,アクセスしてみてください。

 
http://www.ptokyo.org/

 

【★1】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役(ちょうえき)又(また)は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★2】 このような場合を「未必(みひつ)の故意(こい)」と言い,わざとやったことと同じように処罰されます。
【★3】 刑法209条 「過失(かしつ)により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料(かりょう)に処する」
【★4】 大分地方裁判所昭和29年12月8日判決・刑集11巻6号1727頁 「罪となるべき事実 被告人(ひこくにん)は…隣室の妻子の動静を気にしながらVのズロースを引きぬいて同女の身体にのしかからう(のしかかろう)としたところ,…同女が…余り強く抵抗(ていこう)しないのに乗(じょう)じて『静かにしろ』と押強くいって同女の身体にのしかかり,同女の明示的な承諾(しょうだく)がないのに勝手に自己の陰茎(いんけい)を同女の陰部(いんぶ)に押しつけてその膣口附近に射精する等の暴行を加え,因(よ)って自己の保有する淋菌(りんきん)含有(がんゆう)精液を同女の膣口内に滲透(しんとう)させて同女に治療日数約15日を要する淋菌性子宮周囲炎を感染せしめ以(もっ)て傷害を与え…たものである」「法令の適用 …なお検察官は被告人Aの…所為(しょい)は強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)を構成すると主張するが強姦罪の構成要件(こうせいようけん)である暴行脅迫はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除(はいじょ)するに足(た)るものであることを要すると介すべきところ本件被告人Aのなした暴行は判示の通りであって右の程度に至(いた)らないものと認められるので同罪は成立しないものといわなければならない。然(しか)しながらかかる場合にも手段たる暴行,目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは勿論(もちろん)であるから右被告人が判示…の如(ごと)き暴行を加えて自己の病毒をVに感染せしめた以上素(もと)より傷害罪の罪責(ざいせき)を免(まぬが)れることはできない」 
【★5】 前橋地方裁判所昭和24年12月15日判決・刑集6巻6号799頁 「被告人は,…易占(えきうらない)を業(ぎょう)としているものであって急性りん菌尿道炎にかかっているものでこれは自覚症であるのに,…6回にわたり,…易を占って貰(もら)いに来たV(注:20歳女性)に対して,あなたは処女性を失っている,小学校当時陰部をいたづらしたことがあるのなら将来立派な処女として結婚できるように自分がよけをしてあげる,と云(い)って同女の外陰部に被告人の陰茎を押し当て,このために同女をして淋菌性子宮内膜炎の疾病(しっぺい)を生(しょう)ぜさせたものである」
 同事案の上告審判決:最高裁判所第二小法廷昭和27年6月6日判決・刑集6巻6号795頁 「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損(きそん)するものである以上,その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従(したが)って,これと見解を異(こと)にする論旨(ろんし)は採用できない」
【★6】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」 
【★7】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★8】 東京地方裁判所平成14年10月24日判決・LLI/DB判例秘書登載 「第2 事実の概要」「2 争いのない事実 …原告がヘルペスに感染したのは,被告と性交渉したためである」「4 被告の主張 被告は,原告との性交渉をする以前から現在に至るまでの間,ヘルペスの自覚症状や他覚症状は一切なく,自己がヘルペスに感染しているという認識は全くなかった。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意,過失がない」「第3 当裁判所の判断 …被告は,原告との性交渉をした時までに,他の複数の女性と性交渉を持ったことがあったことが認められる。そして,この事実に前記ヘルペスういるすの感染,発症に関するメカニズムを併(あわ)せ考えると,被告は,原告との性交渉の当時,ヘルペスが発症していた可能性が極めて高いといわざるを得ない。そうすると,…被告は,原告の性交渉の当時,自分がヘルペスに感染していることを知っていたか,又は少なくとも自己の身体を注意していればヘルペスに感染していることを知ることができたということができる。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意又は過失があるから,原告に対し,不法行為による損害賠償責任を負う」
【★9】 「過失相殺(かしつそうさい)」といいます。
 民法772条2項 「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」
【★10】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
 民事調停法22条 「特別の定めがある場合を除いて,調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟(ひしょう)事件手続法第2編の規定を準用する…」
 非訟事件手続法16条1項 「当事者能力,非訟事件の手続における手続上の行為…をすることができる能力…,手続行為能力を欠く者の法定代理及び手続行為をするのに必要な授権については,民事訴訟法…第31条…の規定を準用する」
 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない」
【★11】 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)
【★12】 血液検査は,病院だけでなく,保健所など,いろんなところで受けられます。「HIV検査相談マップ」http://www.hivkensa.com/ 感染初期は,ウインドウ期間と言って,検査をしてもわからない時期なので,不安なことがあったら,その2~3か月後に検査を受けるようにしましょう。
【★13】 Acquired Immuno-Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)。代表的な23の病気があり,それを発症した時点でエイズと診断されます。
【★14】 ・ 東京地方裁判所平成7年3月30日判決・労働判例667号14頁(タイの現地法人に派遣(はけん)された労働者が,無断でなされたHIV抗体(こうたい)検査で判明した陽性の事実を本社に通知され,感染を理由に解雇(かいこ)されたことが違法とされた事例)
・ 千葉地方裁判所平成12年6月12日判決・労働判例785号10頁(会社が外国人従業員を排除(はいじょ)しようという不当な意図の下に,定期健康診断の際に無断でHIV検査を依頼し,その検査結果表を受け取り,感染を実質的な理由として解雇をなしたことが違法とされた事例)
・ 東京地方裁判所平成15年5月28日判決・労働判例852号11頁(警視庁警察官に採用された者に対し採用時に同意なくして合理的必要性も認められないHIV抗体検査を実施したこと及び陽性との結果を示して辞職を勧奨(かんしょう)したことが違法な公権力の行使であるとして国家賠償責任が認められた事例)
・ 福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決・判例時報2239号88頁,福岡高裁平成27年1月29日判決・判例時報2251号57頁(看護師の本人の同意無くHIV陽性の情報を病院医師や職員らに情報共有されたことが個人情報保護法に違反し本人のプライバシー侵害であること,その後病院が本人との面談でHIV感染を理由に就労制限をしたことが働く権利を侵害するものであるとして損害賠償請求が認容された事例)

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