合法だって聞いてるクスリで捕まる?
以前友だちに「合法だから大丈夫」って勧められたクスリを,今も時々一人で使っちゃうんだけど,やっぱり見つかったら捕まりますか?
覚せい剤や麻薬は犯罪だと,あなたも知っていますよね【★1】。
だからなおさら,「これは合法なクスリだから大丈夫」と,思いたいのですよね。
人を処罰する法律は,内容がはっきりしている必要があります【★2】。
もし,人を処罰する法律が,あいまいでいいかげんな内容だと,
予想外のことで,突然捕まるかもしれず,
誰もが,安心して暮らすことができなくなってしまうからです。
だから,「どんな薬物がダメなのか」も,法律にはっきり書かれています。
でも,「みんなが安心して暮らせるように」と法律がはっきりさせていることを逆手(さかて)にとって,
その規制にひっかからないようにした薬物が,世の中に出回ります。
新しい法律を作って,それを取り締まっても,
今度はまた,少しだけ成分を変えた,似たような薬物が,新しく出回ります。
そういうことが,いたちごっこのように繰り返されてきました。
そんなふうに,法律のすきまをねらった薬物のことを,
「危険ドラッグ」と呼んでいます。
(「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼んでいたこともありました。)
あなたが友だちからもらったクスリは,「合法だ」と聞いているのですね。
でも,本当にそうなのかどうかは,クスリの外見からは,わかりません。
「成分を調べてみたら,実は規制されているものだった」ということも,じゅうぶんあるでしょう。
そういったとき,「合法だ」と信じていたなら,罪に問われなくて済むのでしょうか。
そんなことはありません。
たしかに法律は,「犯罪をするつもりがなかったら,処罰しない」としています【★3】。
でも,友だちから「合法」と言われたのを,あなたが信じただけなら,
「犯罪をするつもりがなかった」とは認められないのが,ほとんどです。
薬局で堂々と売っている薬ではない。
コンビニなどで堂々と売っているサプリでもない【★4】。
使うと特別な気分になれて,また使いたくなるもの。
そして,勧めるほうが,わざわざ「合法だから」と説明するくらい,あやしいもの。
そういうものは,「合法だ」という言葉を信じただけでは,そう簡単には許されません【★5】【★6】。
「あぶない」と感じて,そこで踏みとどまらないといけないのです。
では,成分を調べてみた結果,友だちが言うとおり,規制されているものでなかったら。
たしかに,その場合は犯罪にはなりません。
でも,あなたが未成年なら,
たとえ犯罪をしていなくても,
「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で,
警察に捕まって,家庭裁判所に送られることがあります。
これを,「ぐ犯(ぐはん)」と言います【★7】。
「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事に書いたように,
たばこやお酒は,
吸ったり飲んだりした子どもが,犯罪として処罰されるわけではありませんし,
大人になれば,吸ったり飲んだりしても,法律上は問題になりません。
そのようなたばこやお酒とちがい,
薬物が犯罪として処罰される理由は,
私たちの健康を守るためということに加えて,
他の人々や私たちの社会を傷つける危険が,とても高いからです【★8】。
頭がすっきりし,体が軽くなったり,
とても気持ちがよくなったりする薬物。
1回使ってみただけでは,いきなり人生がダメになるようには感じないので,
「もう1回使ってみたい,もう1回だけなら大丈夫だろう」,と思ってしまいます。
そうやって繰り返していくうちに,薬物を使うペースが,どんどん早まっていきます。
やがて,頭の中は薬物のことを考えるのでいっぱいになり,
生活がどんどんと崩(くず)れていきます。
そして,家族,学校,職場などの,周りの人たちとのトラブルが,増えていきます。
薬物を買うお金がなくなり,
借金を繰り返したり,
誰かにお金をせびったり,
お金を手に入れるために,何かの犯罪に手をそめてしまったりします。
薬物の売り買いで動くお金は,暴力団などの資金源になります。
薬物を使ったときの幻覚(げんかく)や妄想(もうそう)などのせいで,
人を殺してしまったり,車で人をはねてしまったりする悲惨(ひさん)な事件まで,起きてしまいます。
だから,法律は,他の人々や私たちの社会を傷つけないよう,
薬物を使うことを,犯罪として厳しく取り締まっているのです。
でも,本当は誰よりも,薬物を使っているその人自身が,一番傷ついています。
何かにハマって,生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。
薬物依存は,病気です【★9】。
自分で自分自身をコントロールできなくなる,病気なのです。
だから,
犯罪者として責(せ)められ,こらしめられたり【★10】,
「今後一切やりません」と,無理をして張り切って裁判所で誓(ちか)ったりしても,
それで薬物依存から抜け出すことは,とても難しい。
薬物依存から抜け出すためには,
病気としてきちんとお医者さんの治療を受け【★11】,
薬物を使いたくなる自分と向き合いながら,
「今日一日,薬物をやらずに過ごせた」と,毎日を少しずつ積み重ねていくことのほうが【★12】,
何倍もだいじなのです。
薬物依存は,「人間関係の病気」とも言われます【★13】。
「気分がよくなるよ」
「嫌なことを忘れられるよ」
「勉強がはかどるよ」
「だるさがとれて,すっきりするよ」
「ダイエットに効くよ」
「セックスのときに気持ちよくなるよ」
その薬物の誘いを断ったら一人ぼっちになってしまうという不安,
すでに一人ぼっちに感じていたというさみしさ,
薬物は,そういった心の痛みを,紛(まぎ)らせます。
でも,そうやって薬物にハマるほど,人々がどんどん離れていき,
むしろ,ますます一人ぼっちになっていきます【★14】。
だからこそ,薬物依存から抜けるためには,
「一人ぼっちではない」と実感できることが大切なのです。
薬物依存の人たちで集まって語り合う「自助(じじょ)グループ」がありますし,
人間関係の問題を解決するために,私たち弁護士もサポートすることができます。
法律は,どんな人も,一人ひとりを大切にしています。
今,一人で時々薬物を使っているというあなたも,大切な存在です。
日本ダルク(03-5369-2595,http://darc-ic.com/)や,
各都道府県の精神保健福祉センターが,あなたの相談に乗ってくれます。
(これらに相談をしても,警察に通報されることはありませんから,安心してください。)
その薬物が合法かどうか,捕まってしまうのか,と不安になるよりも,
それを使わなくてすむようにするための一歩を,ぜひ今,踏み出してみてください。
私はあなたに,それを強く願っています。
【★1】 覚せい剤取締法19条 「左の各号に掲(かか)げる場合の外(ほか)は,何人(なんぴと)も,覚せい剤を使用してはならない。
一 覚せい剤製造業者が製造のため使用する場合
二 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が施用する場合
三 覚せい剤研究者が研究のため使用する場合
四 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者が施用する場合
五 法令に基(もとづ)いてする行為につき使用する場合」
同法41条の3 「次の各号の一に該当する者は,10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者 (以下略)」
麻薬及び向精神薬取締法12条1項 「ジアセチルモルヒネ,その塩類又はこれらのいずれかを含有(がんゆう)する麻薬…は,何人も,…施用し…てはならない。(以下略)」
同法27条1項 「麻薬施用者でなければ,麻薬を施用し…てはならない。(以下略)」
同法64条の3第1項 「第12条第1項…の規定に違反して,ジアセチルモルヒネ等を施用し…た者は,10年以下の懲役に処する。」
同法66条の2第1項 「第27条第1項…の規定に違反した者は,7年以下の懲役に処する。」
【★2】 「罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)」の「明確性の理論」と言います。
「犯罪と刑罰は明確に定められていなければならないという明確性の理論が主張されている。罪刑法定主義は,あらかじめ明確な条文により犯罪行為を国民に明示することにより,(イ)何が犯罪行為であるかと告知して,国民に行動の予測可能性を与え,(ロ)同時に法執行機関の刑罰権の濫用を防止するとされる。…国民は刑罰法規を認識して行動するのであり,それ故に,『国民から見て不明確な文言を含む刑罰規定は,憲法31条に違反し無効である』と考えるのである。この明確性の理論を,わが国の最高裁判例は正面から認めている。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」77頁)
【★3】 刑法38条1項 「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」
【★4】 もっとも,薬局で売っている市販薬や,コンビニなどで売っているお酒などでも,依存症になることがあります。
【★5】 東京高等裁判所平成23年8月18日判決(高等裁判所刑事裁判速報集(平23)号126頁) 「被告人(ひこくにん)は,このような経緯(けいい)により,白人に確認した上で合法ドラッグと信じて購入したのであり,違法な薬物であるとは全く思わなかったなどというのである。しかし,相手の言をそのまま信じることができるのは,相応の相手,場所,状況の下で納得できる説明があるからであるが,本件はこれに全く当たらない。被告人の供述(きょうじゅつ)によれば,本件の薬物は,見知らぬ外国人がバーで密(ひそ)かに売ろうとしていたというのであり,被告人が違法であれば買わないと言ったとすれば,それは正(まさ)に自身が違法な薬物である可能性を認識していたからこそ確認したにほかならない。そして,被告人が違法であれば買わないと言った場合に,これを売ろうとしている売主が敢(あ)えて違法であるなどという由(よし)もなく,いくらその外国人が合法と言ったからといって,被告人においてその言を信用するような相手,場所,状況の下には全くなく,説明も何もないのであって,違法薬物であるとの疑いが払拭(ふっしょく)されないことは火を見るより明らかである。そのような状況等の下(もと)で,被告人は,実際にはケタミンであった粉末を購入したのであって,被告人には,その粉末が,通常では入手し難い違法薬物であるかも知れないとの認識があったことは明らかであり,その認識を全く欠くに至(いた)った旨の被告人の供述は信用できない。…本件各犯行につき被告人の故意(こい)を認めた原判断は相当である。」
【★6】 もちろん,りくつからいえば合法ドラッグだと思っていたとして無罪になることはありますが(大阪地方裁判所平成21年3月3日判決,裁判所ウェブサイト掲載判例),数は少ないです。
【★7】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,裁判になることもあるのです。
少年法3条1項「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
三 次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★8】 金尚均教授は,「薬物事犯は『国民の健康』を保護法益(ほごほうえき)とし,社会的法益として位置づけられるが,罪質(ざいしつ)としては抽象的危険犯である。薬物問題は,社会的不安の要因として厳しい刑罰の対象とされてきたのであり,古くて新しい問題である」と鋭く指摘し,薬物依存に刑罰を科すことの理論的な問題とその限界を示しています(金尚均「ドラッグの刑事規制 薬物問題への新たな法的アプローチ」)。
【★9】 WHO(世界保健機構)の「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」 F1x.2 依存症候群 「ある物質あるいはある種の物質使用が,その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より,はるかに優先するようになる一群の生理的,行動的,認知的現象。依存症候群の中心となる記述的特徴は,精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても),アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く,時に抵抗できない)である。ある期間物質を禁断したあと再使用すると,非依存者よりも早くこの症候群の他の特徴が再出現するという証拠がある。」
【★10】 薬物で長い期間刑務所に入れるだけでは再犯を繰り返してしまうので,「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」という新しい法律ができ,先月(2016年6月)から施行されています。刑務所から出たあとも,保護観察所の監督を受けながら,更生プログラムを受けたり,自助グループに参加したりするという制度です。
同法律1条 「この法律は,薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため,刑事施設における処遇(しょぐう)に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑(かんが)み,薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し,その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について,刑法…の特則を定めるものとする。」
【★11】 「院長は私にこう言った。私はこの言葉を一生忘れることができない。『水谷先生,彼を殺したのは君だよ。いいかい,シンナーや覚せい剤は簡単にやめさせることができない。それは”依存症”という病気だからだ。あなたはその病気を”愛”の力で治そうとした。しかし病気を”愛”や”罰”の力で治せますか?高熱で苦しむ生徒を,愛情をこめて抱きしめたら熱が下がりますか?『お前の根性がたるんでるからだ』と叱って,熱が下がりますか?病気を治すのは私たち医者の仕事です。無理をしましたね』 そう言われて,私は返す言葉もなくうなだれた。(略)これが私とドラッグの闘いの出発点だった。」(水谷修「夜回り先生」64頁)
【★12】 「私たちダルクの仲間たちが合言葉にしている一つのキーワードを紹介しよう。それは『ジャスト・フォー・トゥディ(今日一日)』という言葉である。この言葉をわかりやすく説明するなら,薬物依存者が薬物をやめようとするときに,これから先二度と手を出さないと決意するのではなく,とりあえず今日一日は使わないようにしようとする考え方,と言うことができるだろう。すなわち,先のことは先のこととして,いまはとにかくクスリを使わない,そうした時間を少しずつ積み重ねていくことによって,結果的に薬物をストップしようという考え方である。私自身,そして多くの仲間たちの経験からも,これが薬物をやめるためにとても効果のある,重要な方法論であることは間違いない。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」46頁)
【★13】 「私は,薬物依存とは『痛み』と『寂しさの痛み』の表現だと受けとめている。『痛み』とは身体的な痛みで,『寂しさの痛み』とは自分は学校や社会の中で必要とされていない,役に立たないという気分の悪さ,疎外感(そがいかん),虚(むな)しさ……という心の痛みである。(略)もう一つ,薬物依存を理解するうえでキーワードとなるのは『恨(うら)み』の感情だ。薬物依存者の心の中は,自分ではコントロールできない恨みの感情で満ちている。薬物依存者は家庭や学校,職場で,自分の思い通りにならなかった体験をたくさん抱えている。コンプレックスと言い換えてもいい。(略)薬物依存は”人間関係性の病”とも呼ばれるが,それは恨みの感情からきているのだと思う。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」2頁)
【★14】 「一般に,薬物乱用は青少年期に始まることが多いわけですが,ドナルド・イアン・マクドナルド(Donald Ian Macdonald)は薬物乱用の重症度を4つの段階に区分しております。…①気分変化を学ぶ段階 青少年はとくに仲間の影響(peer pressure)を受けやすく,たいていは仲間から誘われて薬物を使い始めます。また,好奇心や冒険心からも依存性薬物を試します。さらに親や社会への反抗として薬物を使ったり,虐待やいじめなど不当な扱いへの反応として使うこともあります。あるいは疎外感,孤独感,不全感,低い自己評価や自身のなさなどによる情緒障害を紛らすためにも,薬物を試します。ひとたび薬物を経験すると,薬物は『こころの痛み』や『からだの痛み』を和らげてくれ,『快の体験』をもたらす効果を持つので,その気分の変化を進んで学ぼうとします。この段階では,薬物は友人を介して入手し,主にグループで使用しています。徐々に使い方も慣れてうまくなり,週末ごとの使用にまで進行します。…②気分変化を求める段階 薬物の味をしめてくると,週末だけの使用から週数回使用頻度となり,薬物を入手するのに金を出して買うようになり,自宅で単独で使用することも見られます。…③気分変化に熱中する段階 薬物使用の頻度はほとんど毎日となり,いわゆる薬物にはまり込んだ状態です。…④正常を保つために使う段階 この段階は,強迫的に使用する状態に該当すると思われます。自分で止めようと思っても止められないものですから,そのみじめさを直視することが苦しくて,ひとたび使い出すと薬物がなくなるまで,集中的に使う段階に入ります」(小森榮「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」第19章「対談 薬物依存の治療と回復」小沼杏坪医師・小森榮弁護士)
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