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2015年9月 1日 (火)

おこづかいの値上げ交渉

 

 おこづかいを値上げしてもらう親との交渉って,どうやればいいんですか?

 

 弁護士は,お金についてのトラブルを,交渉・話し合いで解決することが多い仕事です【★1】

 その話を聞いた子どもたちから時々質問されるのが,この「おこづかいの値上げ交渉のやりかた」です。



 交渉・話し合いでの,だいじなコツが2つあります。

 ひとつめは,「相手にとってのマイナス・プラス」,

 ふたつめは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です。




 相手から何かを引き出したいとき,

 特に,それがお金というシビアな場面のときには,

 自分が「困っている」という話をいくらしても,

 それだけでは,相手にはひびきません。



 人が「動こう」と思う多くの場合は,

 「ここで動かないと自分にマイナスになる」と思ったときか,

 「ここで動いたほうが自分にプラスになる」と思ったときです。

 これが,ひとつめの,「相手にとってのマイナス・プラス」です。



 私たち弁護士は,交渉の相手が法律に違反しているときに,

 「ここであなたがきちんと動かないと,裁判になって,財産をとられたり,処罰されたりしますよ」という「マイナス」を伝えます。

 これは,とても強い交渉のカードです。

 虐待をする親や,体罰をする先生など,法律違反をする大人たちにも,

 この「マイナス」カードを使って話し合いを進めます。



 ところが,おこづかいは,この「マイナス」カードが使えません。

 親には,子どもを育てる義務がありますが
【★2】

 住むところ,着るもの,食べるもの,学ぶこと,

 それらを子どものためにきちんとしていれば,

 子どもを育てる義務を,じゅうぶん果たしていることになります。

 親が子どもに,おこづかいとして現金を渡さなければいけない義務までは,ないのです。

 たとえ親が子どもにおこづかいをあげなかったとしても,法律違反ではありません。

 おこづかいの額としていくらがふさわしいかということも,法律では決められません。



 「値上げしてくれないなら,こっちは~~しないぞ」。

 そういう「マイナス」カードが許される,特別な場合があります。

 働いている人々が,給料の値上げを職場と交渉する場面です
【★3】

 給料を上げるための交渉カードとして仕事をしないことを,ストライキと言います。

 これは,働く人を守るために,法律が認めているやり方です。

 しかし,こういう特別な場合のほかに「マイナス」カードを使うのは,とても慎重にしなければいけません。

 相手を脅(おど)したり,騙(だま)したりして困らせる「マイナス」カードは,

 それ自体が犯罪になってしまうことさえあります
【★4】

 そういう犯罪になりうることは,絶対にしてはいけません。




 おこづかいの値上げ交渉では,「マイナス」カードが使えませんから,

 「この子のおこづかいの額を上げたほうが,親の自分にとってプラスになる」,

 親にそう思ってもらうようにする必要があります。



 親は,どうすれば,「値上げしたほうが自分にプラスになる」と思うでしょうか。


 お金は,仕事をしてかせぐものですね【★5】

 その考え方から,家の中での仕事,つまり,「そうじ・洗濯・炊事などの家事を手伝うから,おこづかいを値上げしてほしい」と言うことが考えられます。

 あなたが家事を手伝えば,そのぶん親の負担が減りますから,プラスだと思ってもらえるかもしれません。



 「子どもの仕事は,勉強することだ」と言う大人も多くいます。

 そこから,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方を思いつく人もいるかもしれません。

 たしかに,子どもの成績が上がることを願っている親なら,

 おこづかいを値上げすれば,親自身の願いに近づいてプラスだと思ってもらえるかもしれません。

 ただ,勉強は,自分自身のためにするものです。

 親のためにするものではありません。

 働いてお金をかせぐというほんらいの「仕事」とは,意味がちがいます。

 なので,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方は,私からは,あまりお勧めしません。




 「なぜ,親がおこづかいをくれるのか」と視点からも,考えてみましょう。

 あなたが大人になったら,自分自身でお金のやりくりをして,生活をします。

 「大人になったときのために,子どものうちから,お金の管理や使い方を少しずつ学んでほしい」。

 おこづかいには,そういう思いが込められています
【★6】

 「お金の管理や使い方が身についてきている」と,あなたが成長していることが親に実感できて,

 「もう少し額を増やして,さらにお金の使い方を学べるようにしてあげよう」と,あなたがいっそう成長することを親が期待できる,

 そう思えることが,子どもを一生懸命育てている親にとっての,何よりのプラスです。



 そのために,

 おこづかい帳をしっかりつけて記録し,

 いままでおこづかいをどのように使ってきたのかがわかるようにすること。

 むだづかいをしないで,できるかぎり節約してきたことも,わかるようにすること。

 これから先のおこづかいの使い方の見通しを,きちんと説明すること。

 めんどうではあっても,

 あなたがお金を大切にしている姿勢がそうやって親に伝わること,

 それがだいじなのです。




 いままで書いてきたもののほかにも,あなたの親にとって「プラス」と思ってもらえるものが,あるかもしれません。

 あなたなりに,いろいろと考えてみるとよいと思います。




 そして,いざ,実際に親と交渉するとき,

 「おこづかいが足りなくて困ってる」

 「家事を手伝います」

 「こういうふうにきちんとお金を管理してきたし,今後もこうします」

 と話すよりも,もっと親に伝わる話し方があります。



 今,上に書いたのは,すべて,

 「自分はこう思う」「自分はこうしたい」という,

 あなたが自分のことを一方的に言っているだけです。

 こういう言い方を,私はいつも,「わたしメッセージ」と呼んでいます。

 この「わたしメッセージ」だけでは,相手に気持ちは伝わらないのです。



 自分の気持ちを相手に理解してもらいたいなら,

 まず自分自身が,相手の気持ちを理解しなければいけません。

 「あなたはきっと,~~と思っていますよね」と伝えること。

 私はそれを,「あなたメッセージ」と呼んでいます。



 これが,ふたつめの,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です【★7】


 私が弁護士として,犯罪をしてしまった人の弁護活動をするとき,

 本人に,被害者へのお詫(わ)びの手紙を書いてもらいます。

 すると,最初は,自分のことばかり書いて「ごめんなさい」と謝るだけの,「わたしメッセージ」しかない手紙ができあがることが,とても多いです。

 「自分がしてしまったことで,あなたに~~という思いをさせてしまいました。だからごめんなさい」,

 そういう「あなたメッセージ」を書かなければ,相手には伝わりません。

 そうやって手紙をいっしょに書き直していく中で,

 相手の気持ちを想像することの大切さを,本人とじっくりと話し合っていきます。



 この「あなたメッセージ」は,

 お詫びの場面だけでなく,日常のどんな場面でも当てはまる,だいじなことです。



 おこづかいの値上げ交渉の場面なら,

 家計にあまり余裕がない中で,子どもにおこづかいを渡すときの,親のしんどさ。

 子どもから値上げを求められたときの,親のとまどい。

 値上げしてもむだづかいをされるのではないかという,親の心配。

 子どものあなたにきちんと成長してもらいたいという,親の願い。

 そんな親の気持ちを想像して,

 それを,「あなたメッセージ」にして,きちんと伝えること。

 それが,話し合い・交渉をスムーズに進めるために,とても大切なことです。




 「相手にとってのマイナス・プラス」も,

 「わたしメッセージ・あなたメッセージ」も,

 相手の立場に立ってものごとを考えるという姿勢が,基本にあります。

 この姿勢は,おこづかいの値上げ交渉という駆(か)け引きの場面だけでなく,

 これから先,社会の中でいろんな人たちといっしょに生きていくために,様々な場面で,絶対に必要となることです。



 あなたの値上げ交渉がうまくいくことを願っていますが,

 もし,結果として,値上げができなかったとしても,

 相手の立場に立ってものごとを考えることの大切さが身についたなら,

 値上げできなかったお金のぶん以上に,

 あなた自身の良さが,しっかりと増していることと思います。

 

【★1】 弁護士は,裁判をして判決で決着をつけるのもだいじな仕事ですが,裁判をせずに話し合い・交渉で解決をすることも多いですし,裁判の中でも「和解」という話し合いがまとまって判決にまではならないで終わることも多いです。
 民法695条 「和解は,当事者が互(たが)いに譲歩(じょうほ)をしてその間に存(そん)する争いをやめることを約(やく)することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 民事訴訟法89条 「裁判所は,訴訟(そしょう)がいかなる程度にあるかを問わず,和解を試(こころ)み,又(また)は受命(じゅめい)裁判官若(も)しくは受託(じゅたく)裁判官に和解を試みさせることができる」
 同法267条 「和解…を調書に記載したときは,その記載は,確定判決と同一の効力を有(ゆう)する」
 平成26年中に全国の地方裁判所に提起された金銭を目的とする訴えの第一審の件数は9万9531件で,そのうち,和解で終了したものは4割近くの3万8026件です。(平成26年度司法統計 第19表 第一審通常訴訟既済事件数-事件の種類及び終局区分別-全地方裁判所 http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/908/007908.pdf
【★2】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★3】 経済的,社会的及ぶ文化的権利に関する国際規約(A規約)8条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,次の権利を確保することを約束する。…(d)同盟罷業(どうめいひぎょう)をする権利。ただし,この権利は,各国の法律に従(したが)って行使されることを条件とする」
 憲法28条 「勤労者(きんろうしゃ)の団結する権利及(およ)び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法1条2項 「刑法第35条の規定〔注:正当行為の規定〕は,労働組合の団体交渉その他の行為(こうい)であって前項に掲(かか)げる目的を達するためにした正当なものについて適用があるものとする。…」
 同法8条 「使用者は,同盟罷業その他の争議行為(そうぎこうい)であって正当なものによって損害を受けたことの故(ゆえ)をもって,労働組合又はその組合員に対し賠償(ばいしょう)を請求することができない」
【★4】 おどすのは脅迫罪(きょうはくざい),むりやり何かをさせるのは強要罪(きょうようざい),お金をむりやり出させるのは恐喝罪(きょうかつざい),お金をむりやり奪(うば)うのは強盗罪,だましてお金を出させたりすることは詐欺罪(さぎざい)です。
 刑法222条1項 「生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨(むね)を告知(こくち)して人を脅迫した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
 刑法223条1項 「生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害(ぼうがい)した者は,3年以下の懲役に処する」
 刑法249条1項 「人を恐喝(きょうかつ)して財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 刑法236条1項 「暴行又は脅迫を用(もち)いて他人の財物を強取(ごうしゅ)した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★5】 民法623条 「雇用(こよう)は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生ずる」
 ただし,記事本文で書いたような,家事の手伝いでおこづかいをもらう程度のことではなく,大人と同じように仕事をして働くことは,15歳になって最初の3月末(≒中学校卒業)まではできません。
 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★6】 法律は,親が許したぶんについては,子どもが自由に使っていい,としています。「子どもがだまされてお金を失うことはないだろう」,「お金の使い方をここで学んでもらおう」,ということを,金額の大きさや子どもの年齢に応じて,親が考えていくしくみになっています。
 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも,同様とする」
【★7】 記事本文で書いた「わたしメッセージ・あなたメッセージ」よりも,一般的には,トマス・ゴードン博士が提唱(ていしょう)している「わたしメッセージ・あなたメッセージ」のほうが有名です。
 トマス・ゴードン博士は,親が子育てをするとき,子どもの「あなた」で始まるか,「あなた」がどこかに入っているメッセージではなく,親の「わたし」がどう感じているかを伝えるメッセージのほうが,子どもの行動を変えさせるのに効果的で,子どもにとっても,親子関係にとっても,より健全な影響がある,としています(トマス・ゴードン著,近藤千恵訳「親業 子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方」109頁)。
〔トマス・ゴードン博士の「あなたメッセージ」の例〕
 やめなさい,そんなことしちゃいけません,やめないんだったら…,こうしたらどう?,いたずらっ子ね,赤ん坊みたいじゃないか,人の注意を引こうとして…,どうしていい子になれないの,もっとよくわかってるはずでしょ,など
〔トマス・ゴードン博士の「わたしメッセージ」の例〕
 だれかが膝の上にのぼろうとするとゆっくり休めないんだがな,疲れているときは遊びたくないんだよ,時間までにごちそうのしたくができないんじゃないしら心配だわ,きれいな台所がまた汚れているとほんとにガッカリしちゃうわ,など
 「わたしメッセージ」のほうがよい,というトマス・ゴードン博士の結論は,一見,私とさかさまのようにも思えますね。これは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」の意味が,トマス・ゴードン博士と私とで,ちがっているからなのですが,でも,トマス・ゴードン博士も私も,「相手の気持ちを考えて相手に伝わるようにメッセージを出そう」という点では,同じです。

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