まわりにからかわれるおかしな名前を変えたい
親が付けたおかしな名前のせいで,小学校のころからずっと,からかわれてきました。自分の名前を変えることはできますか。
まず,どうしてその名前を付けたのかを親に聞き,
そして,今つらい思いをしていることを,親に話しましょう。
どうしても名前を変えたいのであれば,
裁判所がOKすれば,変えられることがあります。
また,名前の読み方は,特に手続をしなくても,変えられます。
ふだんの暮らしの中で,戸籍(こせき)とはちがう名前を使っていく,という生き方もあります。
子どもが生まれると,「出生届」を,役所に,2週間以内に出します【★1】。
出生届には,親が決めた,その子の名前が書かれています。
そして,その名前で,その子の戸籍が作られます【★2】。
「戸籍」は,役所が,一人ひとりの情報を,家族単位で管理しているものです。
自分で選んだわけではない,親が付けたその名前のせいでからかわれるのは,とてもつらいことですよね。
まずは,親がどんな気持ちでその名前を付けたのか,聞いてみてください。
そして,今,名前でつらい思いをしていることを,親にきちんと伝えてみてください。
ほかの人とはちがった,ちょっと変わった名前を,親が子どもに付けることは,ずっと昔からありました。
700年ほど前に書かれた吉田兼好(兼好法師)の「徒然草(つれづれぐさ)」にも,そんな話が出てきます【★3】。
名前は,親からの,人生で最初のプレゼントです。
そして,死ぬまで一生ずっと,使い続けます。
モノや人形やペットの名前は,私たちのほうが呼び分けるためのものにすぎませんが,
人の名前は,名付けられたその人自身が使い続ける,特別なものです。
この世に生まれてきてくれたことの喜びと,
「こういう素敵な人間になってほしい」という願いを込めて,
親は,一生懸命考え,子どもの名前を決めています。
「この世界の中で,たった一人のかけがえのない特別な存在として,輝いてほしい」。
ほかの人とちがった,ちょっと変わった名前には,親のそういう大切な願いが込められていることが,多いと思います。
この社会は,ほんとうにさまざまな人たちが,お互いのちがいを尊重し合うことで,成り立っています。
大人の社会では,他の人とちがっているほうがプラスに働くことも,多くあります。
じっさい,珍しい名前だと,まわりからすぐに覚えてもらえて,とても存在感があります。
それだけでなく,
自分の珍しい名前を誇(ほこ)りにして生きている人は,
自分がほかの人とちがっていることをだいじにし,
そして,一人ひとりがちがっていることを,きちんと尊重できる,
そんな素敵な人が多いです。
ところが,
「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」の記事にも書いたように,
お互いを尊重し合うことの大切さをきちんと学んでいない,特に,同じような子どもたちが集まっている場では,
少しでも他の人とちがうところがある子を,いじめたり,からかったりすることが,起きてしまいます。
これは,まったくおかしなことです。
親や,いろんな大人たちに,相談してみてください。
あなたが今つらい思いをしている原因,ほんとうに変えなければいけないものは,
あなたの名前ではなく,
あなたのまわりのほうかもしれません。
しかし,親によっては,
まるで,モノや人形やペットに名前を付けるように,子どもに名前を付けていたり,
本人が一生使い続けるものだということをきちんと考えないで,子どもに名前を付けていたりするケースが,
残念ながら,時々あります。
過去には,親が子どもに「悪魔」と名前を付けて,大きな問題になったケースもありました。
たとえ親であっても,何でもかんでもまったく自由に子どもの名前をつけていいわけではありません。
「あきらかにおかしな名前の出生届なら,役所がそれを断ってもいい場合がある」,
裁判所も,悪魔ちゃん事件で,そう言っています【★4】。
そうはいっても,役所が断ってもいいほどのケースというのは,かなりかぎられているので,
役所が受け付けてしまった名前で,つらい思いをしている人も,多くいるでしょう。
親やいろんな大人と話し合い,ずっと深く考えても,
やっぱりどうしても名前を変えたい,ということも,あると思います。
名前は,裁判所が認めれば,変えることができます【★5】。
あなたが15歳以上なら,自分で手続をします【★6】。
15歳になっていなければ,親が手続をします。
ただ,名前を変えることを裁判所が認めるのは,そんなにかんたんではありません。
名前が自由気ままに変えられるとしたら,誰が誰だかわからなくなって,社会が混乱(こんらん)してしまうからです。
「自分の名前が嫌いだ」という理由だけでは,名前を変えることは難しいですが【★7】,
おかしな名前や,読み方の難しい名前で,社会生活がとてもこまるようであれば,名前を変えることが認められる場合があります【★8】。
もし,裁判所の手続で名前を変えたいのであれば,いちど,弁護士に相談してみてください。
じつは,名前の漢字はそのままで,その読み方を変えるだけであれば,
裁判所の手続は,必要ありません。
法律には,「どの漢字を名前に使っていいか」というルールはありますが【★9】,
「名前に付けたその漢字をどう読むか」というルールは,特にありません。
出生届には,付けた名前の漢字といっしょに,読み方も書きますが,
役所がつくる戸籍には,名前の読み方は,書かれません【★10】。
だから,読み方を変えるだけならば,基本的に,自由にできるのです【★11】。
また,戸籍の名前はそのままで,日常生活の中では,できるかぎり別の名前を使って暮らしていく,という生き方もあります。
そして,その名前でずっと長い間暮らしていれば,
「こっちの名前を長く使い続けてきた」という理由で,
将来,裁判所が名前を変えることを認めてくれる可能性も,高まります【★12】。
名前は,自分が自分らしく生きていくうえで,とてもだいじなものです。
親の思いを受け止めて,親からもらった名前を一生使い続けていくのでも,
自分で,戸籍の名前を変えたり,読み方を変えたり,日常生活で別の名前を使ったりするのでも,
そのどちらであっても,自分で自分を大切にして選んだのであれば,
それがいちばん自分らしい生き方だと思います。
【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法29条 「届書には,左の事項(じこう)を記載し,届出人が,これに署名し,印をおさなければならない。
(略)
四 届出人と届出事件の本人と異なるときは,届出事件の本人の氏名,出生の年月日,住所,戸籍の表示及び届出人の資格」
【★3】 徒然草116段 「寺院の号,さらぬ万(よろず)の物にも,名を付くる事,昔の人は,少しも求めず,ただ,ありのままに,やすく付けけるなり。この比(ころ)は,深く案じ,才覚をあらはさんとしたるように聞(きこ)ゆる,いとむつかし。人の名も,目慣れぬ文字を付かんとする,益(えき)なき事なり」(「お寺の名前などは,むかしはわかりやすいものを付けていたけれど,最近はそうではない。人の名前も,見慣れない字を使ったりする」,と吉田兼好が嘆(なげ)いている文です)
【★4】 東京家庭裁判所八王子支部平成6年1月31日審判(判例時報1468号56頁) 「名は極(きわ)めて社会的な働きをしており,公共の福祉(ふくし)にも係(かか)わるものである。従(したが)って,社会通念に照らして明白に不適当な名や一般の常識から著(いちじる)しく逸脱(いつだつ)したと思われる名は,戸籍法上使用を許されない場合があるというべきである。」「民法1条3項により,命名権の濫用(らんよう)と見られるようなその行使は許されない。…被(ひ)命名者である子の利益を著(いちじる)しく損(そこ)なうものとか,子の人格を冒瀆(ぼうとく)するような名は避けるべく,命名にあたっては,この点に対する配慮が必要である。」「例外的には,親権(命名権)の濫用(らんよう)に亙(わた)るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき,一般の常識から著しく逸脱しているとき,または,名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には,戸籍事務管掌者(かんしょうしゃ)(当該市区町村長)においてその審査権を発動し,ときには名前の受理を拒否(きょひ)することも許されると解される。」
ただし,このケースでは,出生届を一度受理して「悪魔」という名前の子どもの戸籍を作ってしまったあとで,役所がそれを消したというケースでした。裁判所は,「一度戸籍を作ってしまった以上は,勝手に名前を消してはいけない」と述べて,「悪魔」という名前で戸籍を作るよう役所側に言い渡しました。
もっとも,その上の高等裁判所で裁判が続いている間に,親が,その子どもの名前を変えることにしたので,裁判は取り下げられて,終わりました(井戸田博史「氏と名と族称-その法学史的研究-」137頁「第6章 出生子命名権-『悪魔』『琉』命名事件-」)。
【★5】 戸籍法107条の2 「正当な事由(じゆう)によって名を変更しようとする者は,家庭裁判所の許可を得て,その旨(むね)を届け出なければならない。」
「正当な事由」は,次のようなものが挙げられています(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」439頁)。(1)仕事のうえで襲名(しゅうめい)する必要がある,(2)同姓同名の人がいて社会生活のうえでとてもこまる,(3)神官や僧侶となる,またはそれらを辞める,(4)珍奇(ちんき)な名,外国人と紛(まぎ)らわしい名,とても難解・難読の文字を用いた名などで,社会生活のうえでとてもこまる,(5)外国籍から日本国籍に帰化(きか)し,日本風の名に変える,(6)長年使ってきた通称,(7)幼ない時に受けた性的虐待のことを思い起こさせる,(8)性同一性障害(心の性別と体の性別のちがいのために社会生活のうえで苦痛がある)
【★6】 「問題 戸籍法107条の規定による氏又は名の変更の許可の申立は満15歳以上の未成年の者よりすることができるか。 決議 意思能力のある限り,年齢の如何(いかん)にかかわらず,氏又は名の変更の許可の申立をすることができる。」(昭和29年9月30日民事法調査委員会決議)
「申立人が未成年者であっても,事理弁識能力があれば申立てをすることができ,15歳以上であれば事理弁識能力があると解されている」(岩井俊「家事事件の要件と手続」389頁)
【★7】 「命名された名に対する主観的感情…を理由とする改名は,それだけでは改名の正当な事由とはされない」(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」441頁)
【★8】 大阪高等裁判所昭和27年9月16日決定(家月5巻5号167頁) 「戸籍法第107条第2項〔注:現107条の2〕に規定する名の変更についての正当な事由とは,…改名申立人の名に社会生活上著しく支障を生じる程度に珍奇ないしは著しい難解難読の文字を用いた場合等であると解すべき…」
【★9】 戸籍法50条1項 「子の名には,常用平易(じょうようへいい)な文字を用いなければならない」
同条2項 「常用平易な文字の範囲は,法務省令でこれを定める」
【★10】 以前は,出生届を出すときに希望すれば,戸籍に名前の読み方も載せる扱いがされていました。しかし,平成6年(1994年)からは,読み方は一切戸籍に載せないことになりました(平成6年11月16日民二第7005号民事局長通達)「戸籍法施行規則の一部を改正する省令の施行等に伴う関係通達等の整備について」)。
【★11】 記事本文は,戸籍について書いています。住民票は,市区町村によって,名前の読み方も書くところと,書かないところとがあります。住民票に名前の読み方も書かれている場合には,その変更のやり方は,市区町村に問い合わせてみてください。
また,もしあなたがパスポートを作っている場合には,いったん自分で登録した名前の読み方(ローマ字表記)を変えるのには,条件があります。
旅券法施行規則5条2項 「法第6条第1項第二号の氏名は,戸籍に記載されている氏名…について国字の音訓及(およ)び慣用により表音されるところによる。ただし,申請者がその氏名について国字の音訓又は慣用によらない表音を申し出た場合にあっては,公の機関が発行した書類により当該表音が当該申請者により通常使用されているものであることが確認され,かつ,外務大臣又は領事館が特に必要であると認めるときはこの限(かぎ)りではない」
同条3項 「前項の氏名はヘボン式ローマ字によって旅券面に記載する。…」
同条4項 「前項の規定に基づき旅券面に記載されるローマ字表記は,外務大臣又は領事館が特に必要と認める場合を除(のぞ)き変更することができない」
【★12】 大阪高等裁判所昭和40年1月28日決定(家月17巻3号54頁) 「通名の使用を理由として名の変更の許されるのは,その使用が永年にわたり,そのため本人の交友関係,職務関係その他一般社会生活のあらゆる面において,通名が戸籍名にとつて代り,戸籍名では却(かえ)って本人の同一性の識別に支障を来すような程度に達した場合に限られ,たとえ通名を使用しても右の程度に至らない場合には,戸籍法107条2項〔注:現107条の2〕に定める名の変更の正当事由を具備(ぐび)するものではないと解するのが相当である」
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