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2015年2月 1日 (日)

少年事件で実名報道されないのはどうして

 

 子どもがやった犯罪だと,新聞やテレビのニュースで,犯人の名前や顔が出ないのは,どうしてですか?

 

 

 

 新聞やテレビのニュースでは,

 犯罪をしたときに20歳になっていない人の,名前や顔が,出てきませんね。


 少年法という法律が,「その子がだれかわかるような記事や写真を載せてはいけない」と,決めています【★1】

 「犯罪をした子どもの情報を流さないようにしよう」というのは,

 日本だけではなく,世界の国々とのあいだで確認していることです【★2】


 子どもでも,大人でも,

 犯罪をしてしまったら,

 きちんと罪をつぐなって,

 立ち直っていくことが必要です。


 でも,立ち直ろうとしても,

 どこに行っても,だれもが,その人の名前や顔を知っていて,

 「この人は犯罪をした人だ」と,かんたんにわかってしまうと,

 その人が仕事や家を探すときに,断られてしまったり,

 いろんな人たちと知り合っていくときに,避(さ)けられてしまったりします。

 きちんとした仕事や家や人間関係を持てない,自分の「居場所」がない暮らしでは,

 立ち直っていくことが,難しくなります。


 犯罪をしてしまい,ニュースで名前が出てしまった大人たちに,

 私は弁護士として,たくさん接しています。

 その人たちは,きちんと自分の罪をつぐなっても,

 名前をインターネットで検索すると,いつまでも事件の記事が出てしまうので【★3】

 仕事や家を探したり,人と出会ったりするときに,いろんな壁にあたってしまい,

 立ち直っていくのが,ほんとうに大変です。


 居場所のない,つらい暮らしが続いて,

 立ち直ることが難しいと,

 また犯罪に手をそめてしまうことにも,なりかねません。

 もし,そんなことになれば,

 新たな被害者が傷つき,

 立ち直れなかったその人もまた傷つき,

 そして,一人ひとりが大切にされるはずの,私たちのこの社会じたいが,傷ついてしまうのです。


 大人ですら,名前や顔がニュースに出てしまうと,そういう大変さがあります。

 ましてや,子どもは,

 大人よりも傷つきやすいし,

 これから先,良い方向に人間が変わっていける力を,大人よりも持っている。

 だから,子どもが犯罪をしてしまったとき,

 その子の名前や顔を,ニュースに出さないようにしよう。

 法律は,そう考えています【★4】


 なので,新聞や雑誌,テレビやラジオはもちろん,インターネットでも,

 犯罪をしてしまった子どもの名前や顔などを載せることは,してはいけません【★5】


 この,「子どもの名前や顔を載せてはいけない」というルールを破っても,

 そのことじたいは,犯罪にはなりません。


 しかし,まったく責任を負わなくてよいわけではありません。

 「名前や顔を載せた」という理由ではなく,

 「その子どもの名誉(めいよ)を傷つけた」という理由で,犯罪として処罰されることはありえますし
【★6】

 「名誉やプライバシーを傷つけた」という理由で,損害賠償(そんがいばいしょう)というお金を支払わないといけなくなることもありえます【★7】


 ただ,実際(じっさい)には,

 そのような処罰や損害賠償を,裁判所は,そんなにかんたんに認めません。


 「子どもが起こしてしまった犯罪に,私たちの社会が,どう向き合うか」。

 「二度とこのような不幸な事件が起きないように,私たちの社会が,どう取り組むか」。

 それらを考えるためには,私たちが真実を知ることが必要です。

 そして,私たちが真実を知るためには,

 新聞,雑誌,テレビなどのマスコミが,できるかぎり自由に,ニュースを流せることが大切です。

 「知る権利」や「報道の自由」は,とても大切なものとして,守られています
【★8】


 なので,

 「犯罪をした子どもが立ち直っていけるようにすること」と,

 「私たちが真実を知るために,マスコミが自由にニュースを流せること」,

 その,どちらもだいじなふたつのバランスを,どうやってとるか。

 それを,裁判所は,

 事件のなかみや,ニュースの流されかたなど,いろんなことを考えて,

 子どもの名前や顔が出てしまった一つひとつのケースごとに,判断しています【★9】


 でも,

 「知る権利」や「報道の自由」がだいじな理由は,

 ものごとを知ったり,考えたり,話し合ったりすることが,

 「どんな人も,一人ひとりが,大切な存在(そんざい)として扱(あつか)われ,尊重(そんちょう)される」,

 そういう社会を,築き,守っていくために,必要だからです
【★10】

 それなのに,その「知る権利」や「報道の自由」のために,

 立ち直っていくべき人が,大切な存在として扱われない,尊重されない,というのでは,ちぐはぐなことです。



 「私たち社会が,事件にどう向き合い,これからどう取り組んでいくべきか」,

 それをみんながまじめに考えるときに,

 犯罪をした人の名前や顔を知ることまで,ほんとうに必要でしょうか。

 名前や顔がわからなければ,まじめに考えたり議論したりすることが,できないのでしょうか。


 そんなことはないはずです。

 私は,弁護士として,実際に起きた事件をもとに,この社会のありかたを議論する仕事も,しています。

 そういう活動をしていく中で,


 「名前や顔がわからなくても,事件の中身をきちんと知ることで,みんなで一生懸命考えていくことはできる」,

 そう実感しています。

 みなさんにも,同じように,実際に議論してみてほしいと思うのです。


 私は,犯罪の被害を受けた人のがわに立って仕事をすることも,多くあります。

 犯罪の被害を受けた人は,

 「自分の苦しみはずっと先も続いていくのに,

 犯罪をしたがわが,ふつうに暮らしていけるのは,おかしい。

 自分と同じように,ずっと苦しみ悩むべきだ」,

 そう考えるほど,つらい思いをしています。

 その被害者の思いを伝え,加害者にずっと事件に向き合わせるためには,

 名前や顔をみんなに知らせて,社会の中の居場所をなくす,というやり方ではなくて,

 話し合いや裁判という方法を通して,きちんと責任をとらせ,罪をつぐなわせることが,だいじだと思います。


 犯罪をした子ども,被害を受けた人,私たちの社会,

 それらについて一生懸命考えようとするのではなく,

 たんなる興味本位(きょうみほんい)で犯人の名前や顔を知りたいだけ,という人が,

 残念ながら,たくさんいます。


 そういう人が多い中では,

 犯罪をしてしまった人は,居場所のないままで,立ち直っていくことが難しいですし,

 社会のありかたもまじめに議論されないままで,また別の悲しい事件が起きてしまいます。



 事件を起こした子どもの名前や顔を知ることよりも,

 「なぜその子どもが犯罪をしてしまったのか」を知り,

 それをふまえて,「どうしたら子どもたちが犯罪をしない社会にできるのか」をまじめに考えること,

 それこそが,この社会にとって一番必要なことだと,私は思います【★11】【★12】

 

 

 

 

 

 

 

【★1】 少年法61条「家庭裁判所の審判に付(ふ)された少年又(また)は少年のとき犯した罪により公訴(こうそ)を提起(ていき)された者については,氏名,年齢,職業,住居,容ぼう等によりその者が当該(とうがい)事件の本人であることを推知(すいち)することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載(けいさい)してはならない」
 条文をそのまま見ると,警察に逮捕されてから家庭裁判所に送られるまでの間の捜査(そうさ)の段階では掲載してもいいように読めますね。しかし,それではこの条文がまったく無意味になってしまうので,捜査の段階でも,名前などを掲載してはいけません(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」432頁)。
 警察も,自分たちのルールで,「捜査の段階でも,子どもの名前などをマスコミに流してはいけない」としています。
 犯罪捜査規範209条「少年事件について,新聞その他の報道機関に発表する場合においても,当該少年の氏名又は住居を告(つ)げ,その他その者を推知することができるようなことはしてはならない」
【★2】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)40条1項「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及(およ)び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担(にな)うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条2項「このため,締約国は,国際文書の関連する規定を考慮して,特に次のことを確保する。 (略) (b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は,少なくとも次の保障(ほしょう)を受けること。 (略) (vii) 手続のすべての段階において当該児童の私生活が十分に尊重されること」
 また,「少年司法運営に関する国連最低基準原則」(通称「北京ルールズ」。条約ではなく,国連での決議です)でも,8条で,「1.少年のプライバシーの権利は,不当な公表やラベリングによって生(しょう)ずる害を避(さ)けるために,あらゆる段階で尊重されなければならない。2.原則として,少年犯罪者の特定に結びつきうるいかなる情報も公表してはならない」(訳:比較少年法研究会)としています。
【★3】 新聞や雑誌のすべての記事を,社会のほとんどの人がいつまでも覚えている,ということは,とても難しいことですから,これまでは,それでもよかったかもしれません。そういうふうに裁判所が言った判決もあります(大阪高等裁判所平成12年2月29日・判例時報1710号121頁。「被控訴人(ひこうそにん)を知らない一般市民が被控訴人の実名を永遠に記憶しているとも思えないし,仮に一部の市民が被控訴人の名前を記憶していたとしても,そのことによって直ちに被控訴人の更正が妨げられることになるとは考え難(がた)い。」)
 しかし,今は,インターネットが広がり,どんな小さな報道も,いつまでもすぐに検索ができるような時代になってしまいました。このため,特にヨーロッパを中心にして,「忘れられる権利」という考え方が出てきていて,自分の記事が検索されないようにすることを認める判決も出ています(EU司法裁判所2014年5月13日判決)。日本では,京都地方裁判所平成26年8月7日判決が,インターネットの検索結果に記事が出ないように求めた原告の訴えを認めませんでした。ただ,京都の裁判のケースは,事件からまだ1年半程度しか経過していなかったということも,判決の理由の一つになっています(EU司法裁判所のケースは,もとの事件から16年も経っていました)。
【★4】 「この原則は,少年及びその家族の名誉・プライバシーを保護するとともに,そのことを通じて過(あやま)ちを犯した少年の更生(こうせい)を図ろうとするもので,広く刑事政策的な観点に立った規定である。犯罪者を特定した犯罪報道は,それによる社会的偏見がその後の本人の更正の妨(さまた)げになり得ることは,成人の場合も同様であるが(ラベリングの弊害(へいがい)),とりわけ,傷つきやすく,可塑性(かそせい)に富(と)み,将来のある少年に対して,『非公開の原則』を定めたのである」(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」431頁)
 大阪高等裁判所平成12年2月29日・判例時報1710号121頁「この規定〔注:少年法61条〕は,少年の健全な育成を期(き)し,非行のある少年に対して性格の矯正(きょうせい)及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的とする少年法の目的に沿って,将来性のある少年の名誉・プライバシーを保護し,将来の改善更正を阻害(そがい)しないようにとの配慮に基づくものであるとともに,記事等の掲載を禁止することが再犯を予防する上からも効果的であるという見地(けんち)から,公共の福祉や社会正義を守ろうとするものである。すなわち,少年法61条は,少年の健全育成を図るという少年法の目的を達成するという公益目的と少年の社会復帰を容易にし,特別予防の実効性を確保するという刑事政策的配慮に根拠を置く規定であると解(かい)すべきである」
【★5】 「報道媒体(ばいたい)は,『新聞紙その他の出版物』と規定されているが,要するに,不特定多数の者が知り得る媒体を意味する。今日の通信手段の発達を考えると,新聞,雑誌など『出版物』のほか,テレビ,ラジオ,更に,コンピュータを使った各種の通信等を含(ふく)むと解すべきであろう」(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」433頁)
【★6】 刑法230条1項「公然(こうぜん)と事実を摘示(てきじ)し,人の名誉を毀損(きそん)した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは禁錮(きんこ)又は50万円以下の罰金に処する」
【★7】 民法709条「故意(こい)又は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
 民法710条「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれかであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない」
【★8】 私たちの「知る権利」も,マスコミなどの「報道の自由」も,憲法21条が保障する表現の自由に含まれます。
 憲法21条1項「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
【★9】 大阪高等裁判所平成12年2月29日判決(判例時報1710号121頁・堺通り魔殺人事件名誉毀損訴訟)は,「表現の自由とプライバシー権等の侵害との調整においては,表現行為が社会の正当な関心事であり,かつその表現内容・方法が不当なものでない場合には,その表現行為は違法性を欠き,違法なプライバシー権等の侵害とはならないと解するのが相当である」としました。そして,名前や顔を月刊誌に出されてしまった子どものがわの訴えを,認めませんでした。
 また,子どもの実名そのものではなく,にかよった名前で週刊誌に記事が書かれたケース(長良川事件報道訴訟)で,名古屋高等裁判所平成12年6月29日判決(判例時報1736号35頁)は,少年法全体の意識・目的や少年法61条の趣旨から,子どもの側の訴えを認めて出版社に賠償を命じましたが,これに対して最高裁第二小法廷平成15年3月14日判決(民集57巻3号229頁)は,次のように述べて,その子どものことを知らない多くの人たちは記事を見てもその子がだれかはわからないから少年法61条に違反していない,として,審理のやり直しを命じました。その結果やり直された裁判では,結局,子どもの側の訴えは認められませんでした(名古屋高等裁判所平成16年5月12日判決・判例時報1870号29頁)。
 (最高裁判決)「少年法61条に違反する推知報道かどうかは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきところ,本件記事は,被上告人について,当時の実名と類似する仮名が用いられ,その経歴等が記載されているものの,被上告人と特定するに足りる事項の記載はないから,被上告人と面識等のない不特定多数の一般人が,本件記事により,被上告人が当該事件の本人であることを推知することができるとはいえない。したがって,本件記事は,少年法61条の規定に違反するものではない。…本件記事が被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害する内容を含むものとしても,本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは,被侵害利益ごとに違法性阻却事由(いほうせいそきゃくじゆう)の有無等を審理し,個別具体的に判断すべきものである。…原審は,これと異なり,本件記事が少年法61条に違反するものであることを前提とし,同条によって保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護(ようご)する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限(かぎ)って違法性が阻却されると解すべきであるが,本件についてはこの特段の事情を認めることはできないとして,…個別具体的な事情を何ら審理判断することなく,上告人の不法行為責任を肯定した。この原審の判断には,審理不尽(しんりふじん)の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
【★10】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★11】 日弁連も,2007年11月21日に,「少年事件の実名・顔写真報道に関する意見書」を出しています。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/071121.pdf
【★12】 「子どもの名前や顔を載せてはいけない理由は,子どもが立ち直っていくのにマイナスだからだ」という考え方からいくと,その人が死刑判決を言い渡されたのなら(「子どもでも死刑になるの?」の記事を見てください),「社会に戻って立ち直ることはないのだから,名前や顔を載せてもいいじゃないか」とも考えられそうですね。実際,そのように考えて,名前や顔を載せるマスコミがほとんどです(載せない新聞社も一部あります)。「死刑というだいじな問題をみんなが考えるためにも,その人の名前などを知るべきだ」,とも,言われることがあります。
 でも,私は,死刑判決を言い渡された場合でも,名前や顔は載せてはいけない,と考えます。少年法61条は,「死刑判決を受けたら名前や顔を載せてもいい」とは書いていません。また,事件が起きた理由,犯罪を防ぐための対策,そして死刑の問題など,この社会のことを私たちが考えるのに,名前や顔を知らなければ議論することができないというわけではないことも,死刑であろうとなかろうと,変わりません。さらに,死刑判決を受けても,再審(さいしん)や恩赦(おんしゃ),あるいは将来的に死刑制度そのものがなくなって,社会に戻ることがまったくないというわけでもありません。
 日弁連2012年2月24日「少年の実名報道を受けての会長声明」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120224_2.html
 もし,「死刑判決を受けた場合には名前や顔を載せてもよいようにすべきだ」,と考えるならば,そういうふうに少年法61条を変えるかどうかということじたいを,国会できちんと議論するべきです。その手順をふまずに,法律に違反して名前や顔を載せることは,問題だと思います。

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