殴り返すのは正当防衛?
自分が殴(なぐ)られたら,そいつを殴り返しても,正当防衛(せいとうぼうえい)で,罪にはならないんですよね?
ちがいます。
あなたが殴り返したら,犯罪です。
「自分の身を守るために,しかたなくやったことなら,許される」。
「正当防衛」という言葉は,ふだん,そんな意味で使われていますね。
その「正当防衛」は,刑法では,かなり限(かぎ)られた場面でしか,成り立ちません【★1】。
今,相手のこぶしが,まさに自分の顔や体に,おそいかかろうとしてきている。
そういう時でなければ,「正当防衛」は認められません【★2】。
だから,
相手があなたを殴り終わってしまったのなら,
その直後であっても,あなたが殴り返してはいけないのです。
そこであなたが殴り返してしまうと,あなたも罪に問われます。
あなたが相手に殴りかかれば,相手にこぶしが当たっても当たらなくても,暴行罪(ぼうこうざい)ですし【★3】,
その結果,相手がけがをすれば,傷害罪(しょうがいざい)です【★4】。
法律は,こう考えています。
「相手から殴りかかられている,まさにその時は,
それを防(ふせ)ぐために,あなたが反撃(はんげき)しても,しかたがない。
でも,相手があなたを殴り終わってしまったら,
あなたが,どんなに腹が立って,やり返したいと思っても,
ぐっとがまんをすること。
そして,その腹立たしさは,
警察にきちんと対応してもらったり,
弁護士や裁判所の力を使って,損害賠償(そんがいばいしょう)を払わせたりして,
法律できちんと解決すること。」
それが,法律のだいじなルールなのです。
もし,相手が,まさに今,殴りかかってきていて,
それにあなたが反撃するのが「正当防衛」として認められそうなときでも,
バランスが取れている反撃でなければいけません【★5】。
たとえば,相手が素手(すで)で殴りかかってきているのに,
あなたがナイフで刺し返して,相手が大けがをしたり,亡くなったりすれば,
犯罪になります【★6】。
また,相手から,まさに今,殴りかかられているとしても,
もともとは,あなた自身が相手を挑発(ちょうはつ)していて,
わざと殴りかかられる原因を作っていたとしたら,
あなたが反撃しても,
それは「正当防衛」ではなく,やはり,犯罪になります【★7】。
この「正当防衛」の質問は,
少しやんちゃな子どもたちと雑談をしているときに聞かれることが,けっこう多いです。
「殴る力で,相手をやっつけられれば,
自分の強さがわかって,かっこいい。」
心の中でそんなふうに思いながら,私に質問してくれるのだろうと思います。
でも,法律は,
どんな人であっても,一人ひとりが大切な存在として扱(あつか)われ,尊重されること,
毎日の暮らしを安心して過ごし,幸せな人生を送れること,
そのことをだいじにしています。
もし,トラブルが起きたときに,殴る力で解決する世の中だったとしたら,
殴る力の強いほうが,いつも勝ってしまいます。
強い人のほうがまちがっていても,そうなってしまいます。
だれもが,「いつ殴り合いになるかわからない」という不安な毎日を過ごさなければいけませんし,
力が弱い人は,いつも負けるのですから,幸せな人生を送ることもできません。
だから,
そんなふうに力で解決する世の中ではなく,
みんなで決めた「法律」というルールで解決する社会であること。
もし,「殴る」という間違ったことをした人がいたら,
殴り返して「しかえし」をするのではなく,
「法律」でその人に責任を取らせる社会であること。
それが,とてもだいじなのです。
もし,万一,あなたが,自分よりも弱い人に向かって力を使っているのなら,
それは,強くないどころか,とてもひきょうなことです。
今,思春期のあなたは,
大人たちや,社会のしくみの,まちがったところや,おかしなところに,気がつき始めていると思います。
そういう,あなたよりも,もっと強くて大きなものに向かって,たたかっていくこと。
それも,殴ったりする暴力という「力」ではなく,
法律のルールに則(のっと)ってたたかっていくための「力」や,
あるいは,法律そのものがまちがっている時には,みんなで話し合って法律を良い方向に変えていくための「力」,
そういう「力」を,あなたが発揮(はっき)していくのなら,
あなたは,本当の意味での「強さ」がある,「かっこいい」人だと思います。
そして,そういう「力」を発揮することこそが,
あなたやこの社会を,「正当」に「防衛」する,とてもだいじなことだ,と,
私は心から思います。
【★1】 刑法36条1項 「急迫不正(きゅうはくふせい)の侵害(しんがい)に対して,自己(じこ)又(また)は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為(こうい)は,罰しない。」
【★2】 急迫性(きゅうはくせい)の要件といいます。
最高裁判所第三小法廷昭和46年11月16日判決・刑集25巻8号996頁 「刑法36条にいう『急迫』とは,法益(ほうえき)の侵害が現に存在しているか,または間近に押し迫(せま)っていることを意味(する)」
「より具体的には,過去の侵害と将来の侵害を正当防衛の領域(りょういき)から排除(はいじょ)する点に,急迫性の実践的な意義がある。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」226頁)
【★3】 刑法208条 「暴行を加(くわ)えた者が人を傷害するに至(いた)らなかったときは,2年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは30万円以下の罰金又は拘留(こうりゅう)若しくは科料(かりょう)に処(しょ)する。」
【★4】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
【★5】 バランスが取れていない,やりすぎの反撃のことを,「過剰防衛(かじょうぼうえい)」と言います。
刑法36条2項 「防衛の程度(ていど)を超(こ)えた行為は,情状により,その刑を軽減し,又は免除(めんじょ)することができる」
【★6】 ただし,「素手対ナイフならば必ず罰せられる」というような簡単な話ではなく,その事件をトータルで見て,判断されます。
「素手や棒などの攻撃に対し兇器(きょうき)を用(もち)いて防衛する場合には,防衛の程度を超えたとされることが多いが,攻撃者・防衛者の年齢・体力などを勘案(かんあん)して具体的に判定されなければならない。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」250頁)
【★7】 東京高裁平成8年2月7日判決・判例時報1568号145頁 「正当防衛の成否(せいひ)についてみると,Sが…被告人(ひこくにん)の左右顔面を平手でたたいて反撃したのは,若干(じゃっかん)行き過ぎであるが,これに対し,被告人が…ポロシャツをつかんで引っ張るなどした行為(こうい)についても,暴行罪が成立するものといわざるを得ない。前記認定の事実経過によれば、被告人がSに対し違法な暴行を開始して継続中,これから逃(のが)れるためSが防衛の程度をわずかに超えて素手で反撃したが,被告人が違法な暴行を中止しさえすればSによる反撃が直(ただ)ちに止(や)むという関係のあったことが明らかである。このような場合には,更(さら)に反撃に出なくても被告人が暴行を中止しさえすればSによる反撃は直ちに止むのであるから,被告人がSに新たな暴行を加える行為は,防衛のためやむを得ずにした行為とは認められないばかりでなく,Sによる反撃は,自(みずか)ら違法に招いたもので通常予想される範囲内にとどまるから,急迫性にも欠けると解するのが相当である。したがって,被告人が…暴行に及んだ行為は,正当防衛に当たらず,また過剰防衛にも当たらないというべきである。」
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