アルバイトしたら生活保護の不正受給と言われた
高校生です。部活でお金がいるんでコンビニでバイトを始めたんですけど,最近,市役所の人が,「生活保護の不正受給にあたる。バイト代を市に返すように」って言ってきました。親が生活保護を受けてるのは知ってるけど,「バイト代を返せ」って,全然意味がわかりません。いったいどういうことですか。かせいだぶんのお金は,自分で使えないんですか。
自分ががんばって働いてかせいだお金なのに,「返せ」と言われて,不思議に思いましたよね。
生活保護は,「人間らしい生活」を必ず送ることができるように,国がサポートするしくみです。
病気で働けなくなってしまった。
がんばって働いても,家族全員を養(やしな)うには,給料が足りない。
暴力をふるうお父さんから逃げてきた。
そんないろんな事情で,生活をするためのお金がなければ,
人間らしい生活を送ることが,難しくなります。
そのようなときでも,人としてきちんとした生活が送れるように,国がお金を出す。
そして,いつか自分自身の力で生活が送れるようになるために,国が応援する。
それが,生活保護のしくみです【★1】【★2】。
生活保護は,国のしくみです。
ただ,生活保護を必要とする人とのやりとりは,国の役所ではなく,市役所や区役所などの職員が担当します【★3】。
「人としてきちんとした生活を送るために,最低でも,どのくらいのお金が必要か」。
それは,住んでいる場所や,家族の人数などで,決まっています【★4】。
生活保護は,「足りないお金のぶんをカバーする」というしくみです【★5】。
働いても,かせげるお金が少ない,という人には,
その足りない分を,生活保護でカバーするのです。
働いて給料をもらったら,役所の担当者に連絡をします【★6】。
先に生活保護を全部受け取っていたら,給料のぶんを,あとで返します。
ケースによっては,だいたいの給料ぶんをあらかじめ引いた金額で生活保護が支払われて,あとで細かい金額を調整をする,というやり方もあります。
でも,もし,給料ぜんぶの額が生活保護と調整されてしまうのだとすると,
いくらがんばって働いても,手元に残るお金は,同じになってしまいます。
そうすると,がんばって働こうという気持ちが起きづらいですよね。
なので,給料ぜんぶを調整するのではなく,
少し手元に「おまけ」のお金が残るようになっています【★7】。
かせいだお金が多ければ,手元に残るお金も多くなります。
そのようなしくみによって,
「いつか自分自身の力で生活が送れるようになりたい」という気持ちを,後押し(あとおし)しているのです。
この生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。
世帯(せたい)に払われます【★8】。
世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。
あなたの場合も,子どものあなたの分も含めて,生活保護のお金が,あなたの親に払われています。
そして,あなたの生活費は,親が受け取っているその生活保護のお金の中から出ています。
上に書いた,「かせいだ分は役所に連絡して,足りない分をカバーしてもらう」ということは,
世帯の代表としてお金を受け取っている人(あなたの親)だけにあてはまるのではなく,
世帯のメンバー全員にあてはまることです。
だから,子どものあなたが働いてかせいだ分も,役所に連絡しなければいけません。
ただ,きちんと役所に連絡をすれば,
ふつうの「おまけ」だけでなく,「未成年なのにがんばった」というぶんの「おまけ」もありますし【★9】,
修学旅行やクラブ活動に必要なお金は手元に残していい,とされていますから【★10】,
アルバイト代は,そのほとんどが手元に残る,ということが多いです。
ところが,「きちんと役所に連絡をしていなかった」,という理由で,
「不正受給だからアルバイト代全額を返せ」,と役所が強く言ってくることが,
2年前から起きています【★11】。
でも,役所に連絡をする必要があるということを,
あなたが,役所からも,親からも,きちんと説明されていなかったのに,
あとになって「不正だ」,と,まるでわざと悪いことをしたかのように言われるのは,とても腹立たしいことですよね。
「説明を受けていなかったし,もしきちんと連絡をしていれば役所に返すお金はほとんどなかったはずだ」。
そのように役所と話し合ったり,不服(ふふく)の手続を取ったりすることについて,ぜひ,弁護士に相談してください。
なお,今では,このようなトラブルが起きないように,
「役所は,『アルバイトをしたら連絡するように』,と,子どもにもきちんと説明しなければいけない」,ということになっています【★12】。
あなたが働いてかせいだお金が,自分の自由にならないのは,つらいことだと思います。
もし,高校を卒業したあとの自立を考えているようならば,自立援助ホームという施設もありますから,検討してみてください【★13】。
【★1】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する。」
【★2】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする。」
【★3】 生活保護法19条1項「都道府県知事,市長及び社会福祉法に規定する福祉に関する事務所を管理する町村長は,…この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。(以下略)」
【★4】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★5】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする。」
【★6】 生活保護法61条「被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又(また)は居住地若(も)しくは世帯の構成に異動(いどう)があったときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨(むね)を届け出なければならない。」
【★7】 勤労控除(きんろうこうじょ)といいます。働く人1人について最低1万5000円は収入としてカウントしません(おまけとして手元に残していい)。そして給料の額に応じて,そのカウントしない金額も多くなります。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★8】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★9】 未成年者控除といいます。1万1400円を,収入としてカウントしない(おまけとして手元に残していい)ということになっています。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★10】 昭和38年4月1日付厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第8「問58 高等学校等で就学しながら保護を受けることができるものとされた者がアルバイト等の収入を得ている場合,私立高校における授業料の不足分,修学旅行費,クラブ活動費にあてられる費用については,就学のために必要な費用として,必要最小限度の額を収入として認定しないこととしてよいか。 答 お見込みの通り取り扱って差しつかえない。」
【★11】 かせいだお金があることの連絡(収入申告)をしていなかったときに,役所にお金を返すことになる手続が,2つあります。役所に報告しないといけないこと(そして不足分だけをカバーしてもらうこと)をわかっていたのに,わざと隠して役所に連絡しなかったような場合には,明らかに「不正受給」ですから,このときは,生活保護法78条の手続で,全額を返さなければなりません。他方,わざとでなければ,63条の手続で,返す金額も柔軟(じゅうなん)に判断してもらえます(63条の手続は,ほんらいは,もともと財産や収入があることを役所も知っていたけれども急ぐ必要があって生活保護を出した,というときの,調整の規定です。この規定は,収入があることを役所があとで知った場合でも,本人がわざと隠していたのでなかった場合にも,使われています)。
生活保護法78条「不実(ふじつ)の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,保護費を支弁(しべん)した都道府県又は市町村の長は,その費用の全部又は一部を,その者から徴収(ちょうしゅう)することができる。」
生活保護法63条「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」
子どもがアルバイトをしたときには,役所への報告がなかったのはわざとではなく,不正受給ではないことが多いので,63条の手続が使われることがほとんどでした。
ところが,平成24年7月,「78条で全額を返させるように」という指示が全国の役所に出されてから,厳しい対応がされています。
平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「課税調査によって被保護世帯の収入が判明した事案のうち,その収入が当該(とうがい)被保護世帯の世帯主以外の者(未成年)の就労(しゅうろう)収入であるという場合には,一律(いちりつ)に法第63条を適用しているという不適切な実態が一部自治体にあることが指摘されているところである。未成年である世帯員についても,稼働(かどう)年齢層であれば当然に保護の実施機関に対し申告の義務はあるので,申告を怠(おこた)っていれば原則として法第78条の適用とすべきである。」
きちんと高校生本人に説明もなく,また説明を受けてきちんと連絡していればアルバイト代はその大部分が手元に残ることがおおいわけですから,このような国の対応は明らかにおかしいと思います(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」41頁,170頁参照)。
【★12】 平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「世帯主が世帯員の就労(しゅうろう)について関知していなかった,就労していた世帯員本人も申告の義務を承知(しょうち)していなかった,保護の実施機関も保護開始時にのみ収入申告書の提出の義務を説明しただけであり,当該被保護世帯の子が高校生になった際に就労収入の申告の義務について説明を怠(おこた)っていた等の理由により,法第63条を適用せざるを得ないという判断がなされている実態が見受けられる。そのため,別添2の様式によって,収入申告の義務について説明を行う際,世帯主全員に稼働(かどう)年齢層の世帯員(高校生等未成年を含む)がいる世帯については,当該世帯員本人の自書(じしょ)による署名等の記載を求めること。この際,別葉とするか同一様式内に世帯員の署名欄等を設けるかは自治体の判断で対応されたい。なお,保護開始世帯については,世帯主及び稼働年齢層の世帯員に対し収入申告の義務について開始時に説明することとし,既(すで)に受給中の世帯については稼働年齢層の者がいる世帯への訪問時等に改めて収入申告の義務について説明するとともに,別添2の様式を活用されたい。」
(別添2)
「生活保護法第61条に基(もと)づく収入の申告について(確認)
□ 生活保護法第61条に基づき,自分の世帯の収入について,福祉事務所長に申告する義務があること。
□ 世帯主だけでなく,働ける年齢の者が世帯にいる場合,その者の収入についても福祉事務所長に申告する義務があること。高校生などの未成年が就労(アルバイトも含む)で得た収入についても申告する義務があること。
□ 不実(ふじつ)の申告があった場合は,生活保護法第78条に基づき,得た収入の全額を徴収(ちょうしゅう)されるものであること。不正をしようとする意思がなくても,申告漏(も)れが度重(たびかさ)なる場合は『不実の申告』と福祉事務所に判断される場合があること。
□ そのため,世帯全体の収入に変動があった場合,すみやかに福祉事務所に申告すること。
以上のことにつきまして,貴福祉事務所担当 氏より説明を受け,理解しました。
平成 年 月 日
住所
氏名 印
福祉事務所長殿」
【★13】 自立援助ホームでは,仕事の探し方,仕事のやり方,生活のしかたを,自立するまでの間学ぶことができます。月3万円程度を施設に払い,残りは貯金とお小遣いにまわして,1年ほどでアパートを借りられるほどのお金がたまったら自立する,という施設です。
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