友だちに貸したお金が返ってこない
友だちに,ときどき,お金を貸しています。ゲーセンで使うとか,コンビニで菓子を買うときに,「お金が足りないからちょっと貸して」,と言われて,貸してきました。最初のころはちゃんとお金を返してくれてたんですが,最近は,返してもらえないまま,さらに貸す,ということも続いてて,今ではぜんぶで2万円くらいになってしまってます。友だちはなんだかんだ理由をつけてお金を返してくれないんですが,裁判をして返してもらうことはできるんですか。
法律上は,あなたは,裁判をしてお金を返してもらえる立場にあります。
でも,実際に裁判をしてその友だちからお金を返してもらえるためには,いろんなハードルがあります。
まずは,あなたの親と,友だちの親とのあいだで,話し合いをしてもらうことが必要です。
そして,これからは,友だちどうしでのお金の貸し借りは,慎重(しんちょう)にしましょう。
「お金を貸す」「お金を借りる」というのは,法律的な約束ごとです。
法律的な約束のことを,「契約(けいやく)」と言います。
契約書という紙を作っていなくても,契約は成り立ちます。
あなたが友だちとの間でしていたお金の貸し借りも,りっぱな契約です【★1】。
契約がちゃんと守られないときには,裁判をして,裁判官から相手に「お金を返しなさい」という判決を出してもらうことができます。
こういう,個人どうしの裁判のことを,「民事訴訟(みんじそしょう)」と言います。
相手が判決にしたがわないときには,裁判所が相手の財産をおさえてしまうこともできます【★2】。
この社会は,おたがいの信頼関係で成り立っています。
もし,約束がきちんと守られないような社会だったとしたら。
誰もが,安心して仕事や生活をすることも,幸せな人生を送ることも,できなくなってしまいます。
もし,約束が守られないときに,それぞれが自分の力で解決するような世の中だったとしたら。
いつも,力が強い人だけが得をすることになってしまいます。
だから,公平で力のある「裁判」という方法で,法律的な約束ごとが,きちんと守られるようになっているのです。
でも,あなたが友だちに貸している2万円を,裁判をして返してもらうというのは,そんなに簡単ではありません。
子どもが裁判をするときは,親がその手続をとらないといけません【★3】。
訴えるあなたのほうも,訴えられる友だちのほうも,親にないしょで裁判をすることは,できないのです。
だから,裁判ができるかどうかを考えるより前に,まずは,あなたの親と,友だちの親との間で,話し合いをしてもらうことが,いちばん大切です。
裁判は,ふつう,とても長い時間がかかりますし,弁護士を立てないと難しい手続なので,弁護士に払うお金も必要です。
もっとも,貸しているのが2万円という金額なら,1回で裁判が終わる,「少額訴訟(しょうがくそしょう)」という手続があります【★4】。
弁護士を立てなくても,簡単にできます。
でも,子どもの場合は,親がだれかということを証明する「戸籍」という書類を付けて出さないといけないので,それを取り寄せるお金がかかります【★5】。
裁判をするために裁判所に払うお金もかかります【★6】。
そして,もし裁判をするとなっても,
あなたが友だちに,いつ・いくらを貸したのか,ということが,はっきりわかっていないといけません【★7】。
もし友だちが「そんなお金は借りていない」と言いだしたときには,いつ・いくらを貸したのかがわかる証拠を,あなたが裁判所に出さないといけません【★8】。
さらには,
いつ・いくら貸したのか,あなたが証明できたとしても,
友だちが,「お金を借りることを親がOKしていなかった」「そうやって借りたお金はムダづかいしてしまって,もう手元にないから,返せない」と言うと,
あなたが裁判では勝てない可能性のほうが高いのです【★9】。
あなたの場合,裁判ではなく,親どうしで話し合って解決してもらうのが,いちばん正しく,いちばん早いやりかただと思います。
お金の貸し借りは,この社会の中で,とても大切な役割をはたしています。
会社が新しいことを始めるときには,その資金を銀行から借ります。
あなたの親が家や車などを買うときには,ローンを組みます。
あなたが大学に通うのに,奨学金を借りることもあるかもしれません。
お金の貸し借りは,私たちがより良い暮らしと,より良い人生を送るための,大切な経済のしくみなのです。
私たち弁護士は,そういうお金の貸し借りで起きてしまうトラブルを解決する仕事を,たくさんしています。
でも,お金の貸し借りが大切なことだといっても,それを友だちどうしでするのは,あまり良いことではありません。
会社に事業資金を貸すときも,
家や車を買うローンのしくみも,
奨学金の制度も,
お金を貸すがわは,
ちゃんとお金が返ってくるように,貸すときにきちんと注意していますし【★10】,
お金が返ってこないときのことも考えて,あらかじめ準備しています【★11】。
でも,友だちどうしだと,貸すがわは,そんな注意や準備を,ふつう,していません。
だから,きちんとお金が返ってこないときに,親切に貸したほうが,損をしてしまいます。
そして,お金だけでなく,その友だちとの関係も,いっしょになくしてしまうのです。
これは,とてもつらいことです。
友だちがほんとうにこまっているときに,お金を貸して助けることも,時には必要かもしれません。
でも,ゲームセンターで使うお金や,コンビニでおやつを買うお金がない,ということは,「ほんとうにこまっている」こととは言えません。
ましてや,あなたの友だちは,前に借りたお金を返さないまま,さらにお金を借りているのですよね。
そういうときは,その人は,お金を返すことができなくなっているか,お金を返そうという気持ちがなくなっているかの,どちらかです。
お金は,人と人をつなげる便利な道具にもなりますが,
人と人のつながりをこわす,危険な凶器(きょうき)にもなります。
「大切な友だちだからこそ,関係がこわれないように,気軽にはお金の貸し借りはしない。」
そういうことが,とても大切なのです。
友だちからお金を貸してほしいと言われたときに,断ることができますか。
ひょっとして,「その友だちから何をされるかこわいから,断れない」,ということはありませんか。
もしそうであれば,なおのこと,自分の親やまわりの大人に,すぐに相談してください。
あなたが「こわさ」を感じるなら,それは友だちの関係とはいえない,おかしなことです。
お金を要求され続けて,何十万円にもふくらんでしまったという,いじめのケースもあります。
金額が大きくなり,問題が大きくなる前に,必ずまわりの大人に相談してください。
友だちどうしで気軽にお金の貸し借りをしない,ということ。
このことは,子どものときだけでなく,大人になってからも同じです。
特に,友だちから,お金を借りるときの「保証人(ほしょうにん)」になってほしい,と頼まれたときは,よく注意してください。
あとになって,とんでもない額の借金を,代わりに払わなければならなくなり,あなたの人生が大きくくずれてしまうことだってあります。
大人になって,あなたの友だちが暮らしのためのお金にこまっている場面に出会ったら,いろんな方法があります。
市役所や区役所,社会福祉協議会など,きちんとしたところでお金を借りられることがあります。
生活保護を受けて,暮らしを立て直すこともあります。
借金に追われているなら,弁護士がその借金を整理することもできます。
あなたは,そんないろんな方法を友だちに勧めて,一緒に考え,動くことで,サポートをすることができます。
あなたがお金を貸す以外の方法で,その友だちの力になって支えることが,できるのです。
そして,そういうサポートをできるのが,ほんとうの友だちだと思います。
大人になってからの話をここでするのは,まだ早いと思うかもしれません。
でも,こういう話を誰かから聞くことは,子どものときはもちろん,大人になってからも,なかなか機会がないように感じています。
今回のことをきっかけにして,「友だち」と「お金」のことを,今一度,よく考えてみてください。
【★1】 お金の貸し借りの契約のことを,法律の言葉では,「消費貸借(しょうひたいしゃく)」と言います。
民法587条 「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還(へんかん)を約(やく)して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生(しょう)ずる」
【★2】 相手の財産を差し押さえたりして,判決に書かれていることを強制的にそのとおりにさせることを,「執行(しっこう)」と言います。
【★3】 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない。…」
民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
【★4】 民事訴訟法368条1項 「簡易(かんい)裁判所においては,訴訟の目的の価額(かがく)が60万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて,少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。…」
同法370条1項 「少額訴訟においては,特別の事情がある場合を除き,最初にすべき口頭弁論の期日において,審理を完了しなければならない」
【★5】 民事訴訟規則15条 「法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権は,書面で証明しなければならない。…」
【★6】 2万円の裁判ならば,収入印紙(しゅうにゅういんし)が1000円必要です。
民事訴訟費用等に関する法律3条1項 「別表第一の上欄に掲(かか)げる申立てをするには,申立ての区分に応じ,それぞれ同表の下欄に掲げる額の手数料を納めなければならない」
別表第一 第一項 (上欄)「訴え(反訴を除く。)の提起」(下欄)「訴訟の目的の価額に応じて,次に定めるところにより算出して得た額 (一)訴訟の目的の価額が100万円までの部分 その価額10万円までごとに 1000円…」
また,さらに加えて,郵便切手も必要です(切手は地域の裁判所ごとに金額が違いますが,東京簡易裁判所なら,3910円の切手が必要です)。
【★7】 民事訴訟法133条2項 「訴状には,次に掲げる事項を記載しなければならない。…二 請求の趣旨及び原因」
【★8】 民事訴訟法179条 「裁判所において当事者が自白した事実…は,証明することを要しない」
つまり,逆に言えば,相手が認めないことは,証明しなければいけないということです。
【★9】 親がOKしていないのに子どもがお金を借りたときには,お金の貸し借りを取り消して,最初からなかったことにできます。
民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない。…」
民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
民法121条「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす。…」
そして,子どもの借りたお金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」,とされています。
民法121条ただし書き 「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」
ですので,友だちがゲームセンターやコンビニでむだづかいをしてしまっているあなたの場合,お金を返してもらうのは難しい,ということになりそうです。
ただ,私は,子どもどうしのお金の貸し借りのときにまで,その考え方をそのまま当てはめるのはおかしいのではないかと思っています。
裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。なんだか,ふしぎですね。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。でも,そのりくつからすると,あなたの友だちは,あなたから借りたお金を使うことで,自分のおこづかいを減らさずに済んでいるわけですから,「利益が残っている」とも言えるでしょう(「おこづかい」は,もともとゲームセンターやコンビニなどで使うためのもので,いわゆる生活費として渡されているものではないはずです)。
もっと本質的な問題もあります。「子どもがむだづかいしていたら返さなくていい」というルールは,子どもを大人や会社などから守るためです。社会の複雑な経済のしくみのなかで,子どもが被害を受けることないように,大人や会社のがわに,「親にないしょで子どもと契約をすると損をすることがありますよ,子どもと契約をするときはそれだけ慎重(しんちょう)になりなさい」,としているのです。ですから,大人や会社と子どもとの間の貸し借りではなく,子どもどうしの貸し借りのときには,貸すがわも子どもなのですから,その子どもを守ることについても,考える必要があるはずだと思います。
ただ,記事本文では,一般的な考え方にもとづいて書いてあります。
【★10】 貸すときに,借りる人がきちんと返すことができる力があるかどうかをチェックしたり,どういう条件でお金を貸すのかをしっかり契約書という形に残したりします。
【★11】 お金が返ってこないときに,代わりに払ってくれる保証人をたててもらっておいたり,借り主の土地や建物を売り払ってその代金からお金を返してもらえるようにしておきます(「担保(たんぽ)」と言います)。
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