2022年11月 1日 (火)

黙秘権って子どもにもあるの?


 黙秘権って子どもにもあるんですか? 悪いことをしてないなら説明して疑いをはらせばいいし,悪いことをしているなら正直に話して謝るべきだと思うんですけど,黙秘権ってどうしてあるんですか?




「あなたには,黙秘権という権利があります。

 話したくないことは話さなくてかまいません。

 質問に対して,最初から最後まで答えずに黙っていることもできますし,ある質問には答えて,ある質問には答えない,ということもできます。

 黙秘したことで,あなたが不利に扱われることはありません。

 ただし,あなたがこの法廷で話したことは,あなたの有利にも不利にも扱われますので,気をつけてください」



 刑事裁判は,公開の法廷で行われます【★1】

 裁判は,子どものあなたも,傍聴(ぼうちょう)することができます。



 裁判が始まると,まず裁判官は,裁判にかけられている被告人(ひこくにん)が本人であることを確かめます【★2】

 つぎに検察官が,「この人がこういう犯罪をした」と書かれた起訴状(きそじょう)を読み上げます【★3】

 そして裁判官は,「今,検察官が読み上げたことが,間違っているか,その通りか」を被告人に尋(たず)ねますが,その直前に,最初に書いた黙秘権の説明をします【★4】【★5】



 この「話したくないことは話さなくて良い」という黙秘権は,

 裁判のときだけでなく,

 裁判になる前の,警察官や検察官が本人を取り調べるときにもあります【★6】


 そして,この黙秘権は,

 大人だけでなく,子どもにもあります。


 警察官や検察官が子どもを取り調べるとき,その子どもに黙秘権がありますし,

 大人とちがって非公開になっている少年審判でも,最初に書いた黙秘権の説明が,裁判官からされます【★7】




 国のおおもとのルールである憲法は,

 「どんな人も,自分にとってマイナスなことを,むりやり話させられることはない」,としています【★8】

 そして,刑事手続のルールである刑事訴訟法は,そこからさらに広げて【★9】

 犯罪をしたと疑われている本人は,マイナスなことだけに限らず,「話したくないことは話さなくてよい」としています。

 これが黙秘権です。


 そして,子どもにも黙秘権があることは,子どもの権利条約という世界の約束ごとです【★10】




 どうして黙秘権という権利があるのでしょうか。



 人類の歴史では長いあいだ,犯罪をした人を処罰するとき,「本人が犯罪をやったと認めること」,つまり,自白(じはく)があることが重要だとされてきました。

 なので,捜査するがわは,本人にむりやり犯罪を認めさせるために,

 体や心に苦痛を与える「拷問(ごうもん)」を繰り返してきました【★11】


 日本も,大きな戦争に負ける前,

 法律上のたてまえでは「拷問は禁止」としていたのに,

 実際には,取り調べのときに拷問が広くおこなわれていたのです【★12】


 なので,日本が大きな戦争に負けて,一人ひとりを大切にする社会に大きく変わるとき,憲法も大きく変わりました。

 拷問は「絶対に」禁止になり【★13】

 拷問などでむりやりとられた自白は裁判で証拠にできなくなり【★14】

 本人の自白以外に証拠がないときは,裁判で有罪にしたり処罰したりできないことになったのです【★15】



 黙秘権は,捜査するがわが自白をむりやり取ろうとしてくることを防ぐのと関係しています【★16】



 しかし,黙秘権が認められる理由は,単にそれだけではありません【★17】



 憲法は,「どんな人も,一人ひとりが大切にされる,人として尊重される」ということを,一番大切にしています。

 「一人ひとりが大切にされる,尊重される」ということは,

 「自分のことは自分で決める,他の人から何かを強制されない」ということにつながります。

 そしてそれは,取り調べを受けている場面にも当てはまります。

 一人ひとりが尊重されるからこそ,

 何を話し,何を話さないかは,自分で決める。

 他の人から強制されるのはおかしい。

 だから,黙秘権があるのです【★18】【★19】




 「悪いことをしていないなら,していないと言えばいい」,という人がいます。

 しかしそれは,犯罪を捜査するがわを甘く見ています。


 あなたを疑い,あなたを処罰しようとしているがわは,

 圧倒的に力を持っている,取り調べのプロです。

 あなたの話を,かんたんには信用してくれません。


 むしろ,

 あなたが前に話したことと今話したことの間に少しだけ違いがあったり,

 あなたがあやふやな記憶で話したことが,他の証拠と食い違っていたりすると,

 それをとらえて,「あなたはウソをついている」と厳しくせまってきます。

 あなたが話したとおりに供述調書が作られず,気づかないうちに犯罪を認めたかのような供述調書にサインさせられてしまうこともあります。

 ひどい場合には,あなたが説明したアリバイをつぶすために他の人の証言が取られてしまったりします【★20】


 悪いことをしていないなら,

 自分を疑うがわの人に話すよりも,

 真っ先に,自分の味方である弁護人と作戦を立てる必要があるのです。




 「悪いことをしたなら,黙っているのは人としてまちがっている。正直に話すべきだ」,という人がいます。


 しかし,ウソをつくのならば「人としてまちがっている」と言えますが【★21】

 ウソをつくことと,黙って答えないことは,全くちがいます【★22】


 人としての生き方が正しいかどうかは,法律が決めることではありません。

 どんな生き方をするかは,外から押しつけられるものではなく,自分で選んで決めるものです。

 そして,人としての生き方がどうであれ,刑事事件という法律の問題になっている以上,

 正直に話すのが法律的にプラスなのか,

 正直に話さないと法律的にマイナスになるのか,

 話すとしたら何をどこまで話すのか,ということを,

 まずは,自分の味方の法律家である弁護士に相談することが必要なのです。




 最高裁は,「憲法が黙秘を認めているのは,刑事事件でマイナスになることについてだけ」と言っています【★23】

 でも私は,その解釈はおかしいと考えています。

 上に書いたように,「自分のことは自分で決める,他の人から強制されない」のですから,

 刑事事件以外の場面,たとえば親や先生から何かを聞かれたときも,

 答えたくないことは答えない,話したくないことは話さない,ということは認められなければならないはずです。



 「怒らないから正直に話しなさい」と親や先生に言われて,正直に話したらこっぴどく怒られた。

 そんな理不尽(りふじん)な思いをしたことのある人も,多いのではないでしょうか。


 私が担当したケースの中には,

 学校のテストでカンニングを疑われて,やっていないと一生懸命説明しているのに先生たちに信じてもらえず,

 長時間にわたる事情聴取を受けたあと,自ら命を絶った生徒もいます【★24】


 力を持っている相手,しかも,自分を罰しようとしてくる相手が,あなたの話をきちんと聞いてしっかり受け止めてくれるとは限りません。

 むしろ,そうでないことのほうが,とても多いのです。

 だからこそ,そういう力を持っている相手に話し始める前に,

 まずは,あなたの話にしっかり耳を傾ける立場の人に相談することが大切です。



 まわりの大人や,ニュースでみかける偉(えら)い人たちを,よく観察してみてください。

 「お答えを差し控(ひか)えさせていただきます」というフレーズを,よく耳にしませんか。

 ほかにも,ごにょごにょと何かを答えているようでいて,実際には,聞かれたことに正面から何も答えずにはぐらかして終わっている,

 そんな大人が多いことにも,気がつくと思います。

 人としての生き方がどうであれ,責任ある立場ならきちんと答えなければいけないはずの場面でも,

 力を持っている大人たちは,質問に正面からきちんと答えません。

 それなのに,子どもだと,力を持っている大人にむりやり答えさせられ,黙っていることが許されない,というのではおかしいと,私は思います。




【★1】 憲法82条1項 「裁判の対審(たいしん)及び判決は,公開法廷でこれを行ふ(う)」
【★2】 人定質問(じんていしつもん)と言います。
 刑事訴訟規則196条 「裁判長は,検察官の起訴状の朗読(ろうどく)に先だち,被告人に対し,その人違(ひとちがい)でないことを確かめるに足りる事項を問わなければならない」
【★3】 起訴状朗読と言います。
 刑事訴訟法291条1項 「検察官は,まず,起訴状を朗読しなければならない」
【★4】 黙秘権の説明を,権利告知(けんりこくち)と言います。
 刑事訴訟法291条4項 「裁判長は,起訴状の朗読が終った後,被告人に対し,終始(しゅうし)沈黙(ちんもく)し,又は個々の質問に対し陳述(ちんじゅつ)を拒(こば)むことができる旨(むね)その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上,被告人及び弁護人に対し,被告事件について陳述する機会を与えなければならない」
 刑事訴訟規則197条1項 「裁判長は,起訴状の朗読が終った後,被告人に対し,終始沈黙し又個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨の外(ほか),陳述をすることもできる旨及び陳述をすれば自己に不利益な証拠ともなり又利益な証拠ともなるべき旨を告げなければならない」
【★5】 権利告知のあと,被告人・弁護人の陳述があります(【★4】の刑事訴訟法291条4項参照)。人定質問,起訴状朗読,権利告知,被告人・弁護人の陳述の4つの手続を,あわせて「冒頭手続(ぼうとうてつづき)」と言います。
【★6】 刑事訴訟法198条1項 「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者(ひぎしゃ)の出頭を求め,これを取り調べることができる。…(略)」
 同条2項 「前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思(いし)に反(はん)して供述(きょうじゅつ)をする必要がない旨を告げなければならない」
 犯罪捜査規範169条1項 「被疑者の取調べを行うに当たっては,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない」
 同条2項 「前項の告知は,取調べが相当期間中断した後再びこれを開始する場合又は取調べ警察官が交代した場合には,改めて行わなければならない」
【★7】 少年審判規則29条の2 「裁判長は,第1回の審判期日の冒頭において,少年に対し,供述を強(し)いられることはないことを分かりやすく説明した上,審判に付すべき事由の要旨を告げ,これについて陳述する機会を与えなければならない」
【★8】 憲法38条1項 「何人(なんぴと)も,自己に不利益な供述を強要されない」
 (注;憲法38条1項は)「アメリカ合衆国憲法修正5条の自己負罪拒否(じこふざいきょひ)の特権に由来する」(芦部信喜「憲法第6版」252頁)
【★9】 「憲法38条1項は『何人も,自己に不利益な供述を強要されない』とする。(略)刑事訴訟法は,より広く『自己の意思に反して供述する必要がない』旨,あるいは『質問に対して陳述を拒むことができる』旨が定められている」(長谷部恭男「憲法」256頁)
【★10】 子どもの権利条約40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,」更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担(にな)うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条2項 「このため,締約国は,国際文書の関連する規定を考慮して,特に次のことを確保する。 (略) (b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は,少なくとも次の保障を受けること。 (略) (iv) 供述又は有罪の自白を強要されないこと。 (略)」
 少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)7.1 「無罪の推定,犯罪事実の告知を受ける権利,黙秘権,弁護人依頼権,親や保護者の立会権,証人尋問権(証人と相対し反対尋問する権利),上級の機関に不服を申し立てる権利などの基本的な手続的保障は,手続のあらゆる段階で保障されなければならない」
【★11】 例えば日本でも,江戸時代は,有罪にするには自白が必要だったので,自白を得るための拷問が行われていました。
 「『吟味詰り之口書』は,書面に轉換された被疑者の自白である。これが原則として有罪判決に必要であるということは,拷問による自白强制が不可避であったことを意味する」(平松義郎「近世刑事訴訟法の研究」775頁)
【★12】 「戦前の刑事手続においては,『絶対主義』・『必罰主義』を内容とする実体的真実主義の原理の故もあって,自白取得のため拷問・脅迫等が絶えなかった。…旧憲法下においても,法律上,拷問・脅迫は禁止されていたが,黙秘権や自白の証拠能力・証明力の制限は保障されていなかった。それ故,『自白は証拠の王である』として,自白取得のために禁止されている拷問等が絶えなかった」(芦部信喜「憲法Ⅲ人権(2)」208頁)。
 「大正刑訴法は,捜査機関の権限を拡大・強化することによって,人権蹂躙(じゅうりん)の発生を防止しようとしたものであった。しかし,大正刑訴法の施行後においても,政府の意図とは裏腹に,人権蹂躙事件が頻発することになる。…検挙された者に対する取調べに際しては,かなりの拷問が用いられている。たとえば,竹刀で悶絶(もんぜつ)するまで殴る,指の間に鉛筆を挟んで縛めつける,三角柱の柱の上に座らせて膝の上に石を置く,生爪を剥(は)ぐ,熱湯に手を入れさせる,天井から逆様に吊るし鼻の穴に唐辛子を入れる等々である」(多田辰也「被疑者取調べとその適正化」103頁)
【★13】 憲法36条 「公務員による拷問及び残虐(ざんぎゃく)な刑罰は,絶対にこれを禁ずる」
【★14】 憲法38条2項 「強制,拷問若(も)しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留(よくりゅう)若しくは拘禁(こうきん)された後の自白は,これを証拠とすることができない」
【★15】 憲法38条3項 「何人も,自己に不利益な唯一(ゆいいつ)の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない」
【★16】 「黙秘すなわち,供述拒否が憲法上の適正手続権として保障されなければならない理由は…第三に,黙秘権を保障しないと,取調べが糾問的(きゅうもんてき)で過酷なものになり,被疑者の身体の安全や自由に危険が生じたり,虚偽(きょぎ)の自白がなされたりするおそれが高まるという,歴史的な要求という側面もある」(渕野貴生「黙秘する被疑者・被告人の黙秘権保障」季刊刑事弁護79号11頁)
【★17】 (注:旧刑事訴訟法の下でも自白義務がなかったことを指摘し,それでも実際に敗戦まで黙秘権が尊重されず時に拷問がなされていた,という佐伯千仭博士の問題提起を紹介したうえで)「旧刑事訴訟法の下でも(規範的,倫理的には)黙秘権が保障されていたことを指摘するのは,黙秘権の普遍的(ふへんてき)な正確を理解するうえで,正しい議論の仕方だと思います。ただし他方で,そのような指摘や議論の仕方は,『黙秘権を保障するかどうかは,被疑者・被告人に法律上・事実上の供述義務…を課さないことを認めるかどうかであり,それに尽きる』という理解を伴いがちです。…そのような黙秘権の理解は,戦後の日本国憲法…の下では,不十分・不適切なものになるといわねばなりません。すなわち,黙秘権という権利の意義ないし機能として,供述義務を課さない…という消極的なものだけを考えてしまうのは不十分・不適切であって,現在ではむしろ,克服(こくふく)されなければならないものだと思うのです」(高田昭正「黙秘権について 歴史的意義と現代的意義」季刊刑事弁護38号64頁)
【★18】 「黙秘権の本質は,個人の人格の尊厳に対する刑事訴訟の譲歩(じょうほ)にある。人格は自律を生命とする。自己保存の本能を克服(こくふく)して,自己を進んで刑罰に服させるのは崇高(すうこう)な善であり,人はそのように行為する道徳的義務を持つ。それは極めて崇高な道徳的義務である。しかし正(まさ)にその故に他からの強制を許さない。ただ各自の自発的行為にまつだけである。この故に,積極的に自己を有罪に導く行為をとることを法律的に強制しない。まして国家は,個人を保護するためにのみ存在するものである。その目的達成のための手段として,個人の人格を侵害するというのは,自己矛盾である。黙秘権とは,このような人格の尊厳に対して刑事訴訟が譲歩した『証拠禁止』である。その供述が信憑性(しんぴょうせい)に乏しく,誤判に導く虞(おそれ)があるためにつくられた『証拠法則』ではない」(平野龍一「刑事法研究第3巻 捜査と人権」94頁)
 「黙秘権は人間の尊厳に由来する。被疑者は,拷問によって供述を強要されないというにとどまらず,供述するか供述しないかの自由な自己決定権をもっている」(田口守一「刑事訴訟法第7版」139頁)
 (注:黙秘権の現代的意義について)「一つは,田宮博士が明確に述べられた,黙秘権の絶対的性格です。被疑者・被告人の黙秘権は他の何ものかによってその存在を条件づけられたり,制約を受けたりする権利ではないこと…が確認されねばなりません。すなわち,個人の尊厳や自律性,人格の不可侵性の…現れとして黙秘権は(その存在と内容を)正当化されるのです。ですから,黙秘権を確立しなさいという要求は,そのような『個人の尊厳と自律性を根拠とする論理構造(絶対的性格)』をもつ被疑者・被告人の権利を保障しなさいという要求をすることなのです」(高田昭正「黙秘権について 歴史的意義と現代的意義」季刊刑事弁護38号67頁)
 「黙秘すなわち,供述拒否が憲法上の適正手続権として保障されなければならない理由は,第一に,それが自己防衛本能ともいうべき,人間の,というより生物の本質に根ざしたものであることにある。…自己を破壊するような行動をするように迫ることは,人間の尊厳を踏みにじることになる。だから,そうしなくても済むように供述の提供を拒否できることを権利として保障する必要があるのである」(渕野貴生「黙秘する被疑者・被告人の黙秘権保障」季刊刑事弁護79号11頁)
【★19】 「黙秘権を保障するということは,自分が何を話すのかについて少年の自己決定を尊重するということであり,少年を一個の独立した人格として認めることにほかならない。そうであるとすれば,弁護人・付添人が黙秘することの意味と必要性について少年に十分に説明し,その説明により,少年が自分には供述するか否かを自分の判断で決める権利があるのだと認識し,理解したうえで黙秘を選択したとすれば,それは少年が自ら選び取った決断である。少年が自己の人生に関わる出来事について,そのような決断の経験を経ることは,少年の人格と発達を促進することになる」(村中貴之「少年事件と黙秘」季刊刑事弁護79号31頁)
【★20】 後藤貞人「黙秘権行使の戦略」季刊刑事弁護79号19頁
【★21】 「ウソをつくのは犯罪?」の記事も見てください。
【★22】 「被疑者に黙秘権を与えるのは,道徳に反する--罪を犯したのであれば,いさぎよく告白すべきであるし,無実であれば,真実を述べて疑いを解くべきである--という主張がある。法律家でない一般の国民には,むしろ根強い考え方であるかも知れない。しかし,これは,ともすれば自白の追及に傾きやすい捜査の現実に対する認識の不足に基づいている。そして,黙秘権は,供述しないことを許すだけであって,『虚言(きょげん)の自由』を認めるものではないから,不道徳でもない」(松尾浩也「刑事訴訟法上・新版」119頁)
【★23】 最高裁大法廷昭和32年2月20日判決・刑集11巻2号802頁 「いわゆる黙秘権を規定した憲法38条1項の法文では,単に『何人も自己に不利益な供述を強要されない。』とあるに過ぎないけれども,その法意は何人も自己が刑事上の責任を問われる虞(おそれ)ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは,この制度発達の沿革に徴して明らかである」
 「黙秘しうる事実は,刑事責任を負わせ又は過重するような事実に限られる。…わが憲法はただ『不利益な供述』として,何らの限定をも設けていないから,刑事責任に限定する理由はない,という反対論がある。しかし,わが法も規定の位置からいって刑事に関するものであることは明らかであ(る)」(平野龍一「刑事法研究第3巻 捜査と人権」98頁)
 なお,最高裁は,憲法38条1項について,「純然たる刑事事件においてばかりではなく,それ以外の手続においても,実質上,刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には,ひとしく及ぶ」としています(川崎民商税務検査拒否事件。最高裁大法廷昭和47年11月22日判決・刑集26巻9号554頁)。
【★24】 「先生の指導を受けて死にたいほどつらい」の記事を見てください。
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2022年7月 1日 (金)

高校生は残業できないってほんと?


 定時制の高校生です。平日に6時間仕事してから学校に行ってるんですけど,この前,職場から「あれ,高校生って残業させちゃいけないんだっけ?」と聞かれて,俺に言われてもわかんないよと思ったんですけど,実際どうなんですか?

 



 「高校生は残業できない」というのは,「半分イエスで,半分ノー」です。

 


 労働基準法は,

 「原則,1日8時間/週40時間を超えて働かせてはいけない」

として,働く人を守っています【★1】

 

 例外として,それ以上長く働かせるなら,

 職場と働く人たちとの間で,「どういう時に最大何十何時間まで働かせてもOKか」という約束をして,

 それを労働基準監督署という役所に届け出なければいけません【★2】

 労働基準法の36条にそう書いてあるので,

 この約束のことを,「36協定(さぶろくきょうてい)」と言います。

 36協定がないのに1日8時間/週40時間以上の残業をさせたら,犯罪として職場が処罰されます【★3】



 この「36協定があれば残業させられる」というルールは,

 未成年には,あてはまりません【★4】

 国のおおもとのルールである憲法は,「子どもを酷使(こくし)してはいけない」としているので【★5】

 労働基準法も,「子どもは原則どおり1日8時間/週40時間まで。残業をさせてはいけない」としているのです。


 だから,そういう意味で「高校生は残業できない」というのは,正解です。

(もっとも,これは高校生に限った話ではなく,高校に通っていない人も18歳になるまでは同じですし,逆に,高校生でも18歳になれば大人と同じ扱いです)。




 しかし,「高校生は残業できない」というのは,ある意味では,不正解です。



 法律が言っているのは,「1日8時間以上働かせるのはNG」ということです。

 たとえば,あなたのように「1日6時間働く」という約束ならば【★6】

 約束より1時間多く働いて,7時間勤務になった日があっても,

 「8時間以上」ではないので,労働基準法には違反しません。

 なので,そういう意味での残業ならばOKです【★7】



 また,労働基準法は,未成年には36条があてはまらない代わりに,

 「1日4時間かそれよりも短い日があって,1週間トータルで40時間を超えないなら,

 他の日を1日10時間まで延ばしてもいい」

としています【★8】

 たとえば,「月曜日は4時間,火曜日から木曜日は6時間,金曜日は10時間,1週間トータルで32時間」というようなシフトです。

 こういった場合の金曜日のように,1日8時間以上働くこともOKです。

(ただし厳密には,これを法律的には「残業」とは呼びません。【★9】




 「あれ? 大人は36協定がなければ1日8時間以上はダメなのに,子どもは36協定がなくても1日8時間以上がOKになるのは変じゃない?」と思った人も,いるかもしれません。

 しかし,やはり子どもは大人と比べて,働く時間が長くならないように厳しく制限されています。

 36協定は,ほとんどすべての職場で結ばれています。

 そして,36協定では,「1ヶ月最大45時間まで残業OK」としていることが多いです(むかしはもっと長い時間がふつうでした)【★10】

 他方で未成年は,上に書いたように,1日10時間の日があったとしても,1週間では40時間を超えないように調整がされます。

 だから,大人が36協定で認められるような長い残業は,子どもにはありません。

 (細かい話ですが,未成年の人が変形労働制という特別なシフトを使うと,1週間で8時間延ばした,週48時間までOKになります。しかし,そうすると今度は1日のほうが8時間を超えてはいけなくなります【★11】


 また,裁判所も,「8時間以上働かせるなら,前もって子どもと話し合って計画を立てるなど,きちんと準備をしておかなければダメだ」と言っています【★12】

 なので,雇うがわの勝手な都合で急に一方的に8時間以上働かされることがない,という点でも,子どもはしっかりと守られています【★13】



 未成年の人は,

 深夜労働がNGだったり(「18歳になった高校生の深夜アルバイト」【★14】

 給料を本人の代わりに親が受け取ることを禁止していたり(「バイトの給料の入る口座から親がお金を抜いていく」【★15】

 危険な仕事はNGだったりと【★16】

 労働基準法によって,しっかりと守られています。

 今ではほとんど使われない条文ですが,

 「未成年の人が解雇(クビ)になったとき,ふるさとに帰るための旅費を職場が払わないといけない」というものもあります【★17】


 こうした法律があるのは,

 むかしは子どもたちが奴隷(どれい)のように働かされていて,

 その反省のもと,子どもたちを守るために社会が約束しているからです【★18】


 あなたの仕事と学業の両立を,私は心から応援しています。

 



【★1】 労働基準法32条1項 「使用者は,労働者に,休憩時間を除き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない」
 同条2項 「使用者は,1週間の各日については,労働者に,休憩時間を除き1日について8時間を超えて,労働させてはならない」
【★2】 労働基準法36条1項 「使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては,第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間…又は前条の休日…に関する規定にかかわらず,その協定で定めるところによつて労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる」
【★3】 労働基準法119条 「次の各号のいずれかに該当する者は,6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。 一 …第32条…の規定に違反した者」
【★4】 労働基準法60条1項 「…第36条…の規定は,満18才に満たない者については,これを適用しない」
【★5】 憲法27条3項 「児童は,これを酷使してはならない」
【★6】 この場合の6時間を「所定労働時間」と言います。
【★7】 こうした,労働基準法の「1日8時間/週40時間」は超えていないけれども,職場との取り決めの労働時間(所定労働時間)を超えた残業のことを,「法定内残業」と言います。
【★8】 労働基準法60条3項 「使用者は,第32条の規定にかかわらず,満15歳以上で満18歳に満たない者については,満18歳に達するまでの間(満15歳に達した日以後の最初の3月31日までの間を除く。),次に定めるところにより,労働させることができる。 一 1週間の労働時間が第32条第1項の労働時間を超えない範囲内において,1週間のうち1日の労働時間を4時間以内に短縮する場合において,他の日の労働時間を10時間まで延長すること」
 「労働基準法第60条は,満18才に満たない者の労働時間,休憩,休日を定めた。これは,その発育途上の肉体を守り,それを教育する時間的余裕を与えるためである。それは,米・ソなど先進国の水準を目標に,従来の満16才を18才にまで引上げた(1項)。…日本の劣悪な働く条件を考慮して,満18才未満の者に,8時間制を厳格に適用することにしたが,実情を考慮し,満15才以上18才未満の者について,1週1回版空を条件として1日2時間以内の延長を認めることとした(3項)」(松岡三郎「労働法実務体系14 婦人・年少労働者」71頁)
【★9】 「『延長』という字句を用いているが,もとより,第33条,第36条等の『時間外労働』の意味ではない」(厚生労働省労働基準局「平成22年版 労働基準法 下」684頁)
【★10】 昔は36協定で結べる時間数に制限がなかったので,1ヶ月100時間まで残業ができるような36協定も多くありました。しかし,月100時間もの残業は過労死の原因となるものです。そのため,1992(平成4)年に36協定で1か月45時間を目安とするようにと厚生労働省が通達を出し,1998(平成10)年の通達では1か月45時間を労使が遵守しなければならない「基準」にし,2002(平成14)年の通達では月45時間遵守を労基署が指導することとし,さらに働き方改革の一環として,2018(平成30)年の労働基準法改正で,36協定で月45時間を上限とすることが法律にはっきりと書かれることとなりました(労働基準法36条4項)。
【★11】 労働基準法60条3項 「使用者は,第32条の規定にかかわらず,満15歳以上で満18歳に満たない者については,満18歳に達するまでの間(満15歳に達した日以後の最初の3月31日までの間を除く。),次に定めるところにより,労働させることができる。 … 二 1週間について48時間以下の範囲内で厚生労働省令で定める時間,1日について8時間を超えない範囲内において,第32条の2又は第32条の4及び第32条の4の2の規定の例により労働させること」
 労働基準法施行規則34条の2の4 「法第60条第3項第二号の厚生労働省令で定める時間は,48時間とする」
 「Q52 当社は,パート・アルバイトに1ヶ月単位の変形労働時間制を適用しています。学生アルバイトなどの年少者ですが,例えば『週48時間の範囲内で1日10時間』のシフトで働いてもらうことは可能でしょうか」「A …週48時間以下(2号)とできるのは,『1日8時間を超えない範囲内において』という条件があります。したがって,例えば,月曜日から木曜日を10時間,金曜日を8時間の計48時間と設定するような『いいとこ取り』はできません」(労働新聞社「労働実務事例研究2021年度版」86頁)
【★12】 東京高裁昭和42年6月5日判決(判例タイムズ214号244頁) 「成人労働者の労働時間につき同法第32条第2項(注:現行法32条の2)は就業規則その他により定めた場合に,また,同法第36条は労使双方が書面により協定してこれを行政官庁に届けた場合に同法第32条第1項の規制と異る態様を許容することとしていて,同条項と異る態様の労働時間を許容するについてはその条件の明確化を厳に要求していること,第60条第3項は,心身が未(いま)だ発育の途上にある年少労働者の健全な育成のため,これに休養,勉学の機会を与えるなどその労働生活について成人労働者に比(ひ)し厚く保護する必要があるので,使用者の事業運営上の便宜(べんぎ)をも考慮しながら,労働時間の緩和を認める条件を成人労働者に比し厳格にしたものであるから,その条件については成人労働者の場合と同様或いはそれにも増してその明確化が要求されて然(しか)るべきであること,そして第60条第3項は1日の労働時間の延長については,1週間の労働時間の制限のほか,『1週間のうち1日の労働時間を4時間以内に短縮する場合においては』という表現を用いてこれを条件にしていることに鑑(かんが)みると,年少労働者についてもその秩序ある労働生活を維持させるため,右の延長の際には既(すで)に短縮措置の条件が確定,明示されていなければならないと解(かい)するのが相当である。従って,右の労働時間の短縮,延長については,就業規則,使用者と年少労働者との話合い等により予(あらかじ)め各週の就業計画を定め,これにより難(がた)い事情のあるときは週の初めにその週の就業計画を定め,週の途中において計画の変更を余儀(よぎ)なくする事情が生じたときは速(すみや)かに爾後(じご)におけるその週の就業計画を定めるなどして,年少労働者に対しそれが予め明示されている場合に限り,労働時間の延長が許され,遅くとも延長の際までに短縮の計画が明示されていない場合は,使用者にその週のうちに短縮措置をとる意思があると否(いな)とに拘(かかわ)らず,1日8時間を超える労働をさせ,外形的に違法な状態が成立した限り,その時点において第60条第3項違反の罪が成立するというべきであ(る)」
【★13】 なお,細かいため本文では触れていませんが,年少者であっても時間外労働が認められる例外的な場合があります。
 「第33条及び第41条は年少者にも適用されるから,災害その他避けることのできない事由によって臨時の必要がある場合において,行政官庁の許可を得たときは,年少者であっても時間外労働又は休日労働をさせることができるし,官公署の事業(別表第1に掲げる事業を除く。)において,公務のため臨時の必要がある場合は,年少者についても時間外労働又は休日労働をさせることができるわけである。また,第41条各号に掲げる事業(農,水産,畜産,養蚕)や業務(監視又は断続的労働,及び年少者が該当する場合はほとんどないであろうが監督若しくは管理の地位にある者の業務又は機密の事務)については,年少者であっても労働時間,休憩及び休日に関する規定の拘束は受けないことになる」(厚生労働省労働基準局「平成22年版 労働基準法 下」683頁)
【★14】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18才に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない」
【★15】 労働基準法59条 「未成年者は,独立して賃金を請求することができる。親権者又は後見人は,未成年者の賃金を代(かわ)って受け取ってはならない」
【★16】 労働基準法62条1項 「使用者は,満18才に満たない者に,運転中の機械若(も)しくは動力伝導装置の危険な部分の掃除,注油,検査若しくは修繕をさせ,運転中の機械若しくは動力伝導装置にベルト若しくはロープの取付け若しくは取りはずしをさせ,動力によるクレーンの運転をさせ,その他厚生労働省令で定める危険な業務に就かせ,又は厚生労働省令で定める重量物を取り扱う業務に就かせてはならない」
 同条2項 「使用者は,満18才に満たない者を,毒劇薬,毒劇物その他有害な原料若しくは材料又は爆発性,発火性若しくは引火性の原料若しくは材料を取り扱う業務,著(いちじる)しくじんあい若しくは粉末を飛散し,若しくは有害ガス若しくは有害放射線を発散する場所又は高温若しくは高圧の場所における業務その他安全,衛生又は福祉に有害な場所における業務に就かせてはならない」
 同条3項 「前項に規定する業務の範囲は,厚生労働省令で定める」
 労働基準法63条 「使用者は,満18才に満たない者を坑内(こうない)で労働させてはならない」
【★17】 労働基準法64条 「満18才に満たない者が解雇の日から14日以内に帰郷する場合においては,使用者は,必要な旅費を負担しなければならない。ただし,満18才に満たない者がその責(せ)めに帰(き)すべき事由に基づいて解雇され,使用者がその事由について行政官庁の認定を受けたときは,この限りでない」
 「労働基準法68条(注:現行法64条)は,満18才に満たない者,婦人の解雇による帰郷旅費の支給を規定した。足止めや身売りなどを防止せんためである。婦人・年少者は,解雇された場合帰郷したいがその旅費がない為(ため)に寄宿舎に居残っていると,事実上労働を強制されたり,商売女などに身売りされる危険がある。そこで本条は,従来の工場法(施行令27条)の趣旨をうけついでこれらの者が解雇の日から14日以内に帰郷する場合において,使用者は必要な旅費を負担しなければならないこととした」(松岡三郎「労働法実務体系14 婦人・年少労働者」160頁)
【★18】 「先進諸国における労働保護法は,年少者や女性を過重な労働時間・深夜業・危険有害業務から保護することから出発し,わが国の工場法もそのような年少者(「保護職工」)・女性の保護を主要な内容としていた。わが国の労働保護法が労働者一般の労働基準を定める労働基準法に発展した際にも,年少者や女性は,当時の社会通念においてその生理的機能的特性と考えられたものに相応する特別の保護を維持・強化された」(菅野和夫「労働法第12版」608頁)

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2022年5月 1日 (日)

18歳になったらネット副業で稼ぎたい


 高3です。今のアルバイトだと稼(かせ)げる金額がどうしても限られるんで,18歳で成人したらバイトだけでなくネット副業もやって,効率的に稼ぎたいと思ってます。調べてみたら,簡単にけっこう稼げそうな副業がいろいろあるみたいですけど,弁護士から見て,やっぱりヤバそうですか?




 はい。ヤバいです。



 「ヤバい」という言葉は,最近では良い意味にも使われることがありますが,

 ここでの答えは,「危ない」という,本来の意味の「ヤバい」です。




 チャットで相談に乗るだけで報酬がもらえる。

 レンタル彼氏/彼女に登録して,申し込みがあれば報酬がもらえる。

 広告動画を見るだけで報酬がもらえる。


 他にもいろいろなネット副業がありますが,


 もし本当なら,ラクにお金が稼げるそういう「仕事」は,とても魅力的ですね。



 でも実態は,お金をもうけるどころか,あなたが損をすることがとても多いのです。



 業者はあなたに,その「仕事」を始めるために必要ですと言って,先にお金を払わせます。

 個人情報の「登録料」や,専用サイトの「利用料」を毎月払わせたり,

 「仕事」の「マニュアル・情報商材」や「システム」を数十万円で買わせたりします。

 そして初めの頃は,あなたに少し報酬が入ってくるようになっていて,

 「このまま続ければもっと稼げる」とあなたを信じさせて,あなたにさらにお金を払わせます。

 でも,結局その後は思ったように報酬は入らず,あなたが業者にお金を払い続けるだけです【★1】




 楽しいもの,嬉しいもの,おいしいもの,ラクなこと。

 そういったことは,お金を払って手に入れます。

 逆に仕事でお金が手に入るのは,つらくて,大変で,しんどいことだからです。



 あなたが今,「稼げるお金が限られている」というアルバイトも,きっと大変だろうと思います。

 あなたがこれから知識や技術や経験を身につけて活かすことで,稼げるお金も増えていきます。

 お金をかせぐというのは,それだけ大変なことなのです。

 そう考えると,

 逆に,努力もせず,知識や技術や経験もなく,「ラクしてお金が手に入る」などというのは,本来ありえない,おかしな話です。


 もちろん,法律的に問題のないネット副業もあることは確かですが,

 それらは,かなり努力をしたり,知識や技術や経験を活かしたりしなければうまくいかないもので,

 「ラクしてお金が手に入る」ものではありません。




 法律的な約束ごとを,契約(けいやく)と言います。


 売り買い【★2】,貸し借り【★3】,雇われて働く【★4】,頼まれた仕事を完成させてお金をもらう【★5】,その他にもいろんな契約がありますが,

 どんな契約も,おたがいそれぞれにとってプラスがあります。

 例えば,物の売り買いなら,

 買い主には「欲しいものが手に入る」というプラスがありますし,

 売り主には「お金が入ってもうかった」というプラスがあります。

 そういう契約がたくさんあることで,私たちの社会は豊かなものになります。



 そして,契約は,お互いにきちんと守らなければいけません。

 いったん結んだ契約も,お互いが納得してナシにすることはもちろんできますが(合意解除と言います),

 お互いの納得ではなく,片方から勝手気ままに約束がナシにされてしまうのが許される社会だと,

 だれも安心して契約できなくなってしまいます。

 なので,いったん結んだ契約を一方的にナシにできるのは,きちんとした理由があるときだけです。

 そして,契約が守られなかったときのために裁判のしくみがあり,私たち弁護士はそういう民事裁判の仕事を多くしています。

 契約は,相手だけでなく自分自身も縛(しば)ってしまうものですから,慎重にしなければいけません。




 ところで,スポーツの試合を思い浮かべてみてください。

 初心者と,プロの選手とでは,あまりに力の差がありすぎて,

 初心者が一方的に負け,プロが一方的に勝つだけですね。

 また,中には,相手がルールをよく知らないことを逆手にとって,わざと反則までして試合に勝とうとする,ひどい競技者もいます。



 社会の中の契約も,それと同じことが言えます。



 複雑な経済のしくみをまだ学んでいる途中の未成年の人が,

 とても力のある業者を相手に契約をしたら,

 自分にはマイナスしかなかった,ということも,じゅうぶんありえます。

 だから,未成年の人の契約は,親や未成年後見人などの親権者(しんけんしゃ)がチェックしてOKすることになっています【★6】【★7】


 さきほど,「契約は守られるもの,契約を一方的にナシにできるのは理由があるときだけ」と言いましたが,

 もし親権者のOKがないまま契約をしてしまったら,

 「親権者のOKがなかった」という理由だけで,契約を一方的に取り消してナシにすることができます【★8】

 18歳で成人するまで契約が自分一人でできず,自由がなくてきゅうくつだと感じてきたかもしれませんが,

 未成年の人は,それだけとても強力なバリアで守られているのです。




 成人すると,自分のことをすべて自分で自由に決められます。

 他方で,未成年のときのような強力なバリアがなく,

 マイナスをかぶってしまうことも,基本的には自己責任です。




 ただ,成人だとまったく無防備になる,というわけではありません。

 成人でも,力が強い相手との契約では,一方的におかしな約束を押しつけられてしまう危険があります。

 たとえば,雇(やと)われて働く人と,雇うがわの職場・会社の関係や【★9】

 住む家の借り手と貸し手(大家さん)の関係【★10】 などが,それです。

 なので,法律は,そういう場面で,働く人や借り手などの弱い立場の人を,特別のルールで守っています。



 そして,業者から物やサービスを買うという場面でも,

 消費者契約法という法律が,弱い立場の消費者を守っています。



 「契約は守られるもの,契約を一方的にナシにできるのは理由があるときだけ」ですが,

 業者に一方的に有利で,消費者に一方的に不利な内容は,その部分が無効(むこう)になります【★11】

 また,業者が反則技を使ってきていたときには,消費者はそれを理由にして,契約じたいを一方的にナシにすることができます。

 たとえば,

 業者にウソを言われた,必ず値上がりすると言われた【★12】

 マイナスの説明がなかった【★13】

 お願いしても店から帰してくれなかった,家から帰ってくれなかった【★14】

 必要以上に多く売られた【★15】

 このままでは就職できないと不安にさせられた【★16】

 悪霊を取り除くのに必要だと言われた【★17】

 好きになった相手から「勤務先の店の宝石を買わないと別れる」と言われた【★18】

 その他にも,契約をナシにできるいろんなケースがあります。




 さらに,消費者と業者との間で特にトラブルが起きやすい契約では,

 特定商取引法という法律が,消費者をよりいっそう強く守っています。



 あなたが今回関心をもったネット副業は,

 難しい言葉で「業務提供誘引(ゆういん)販売取引」というものにあたることが多いです【★19】


 「契約は守られるもの,契約を一方的にナシにできるのは理由があるときだけ」ですが,

 業務提供誘引販売取引は,20日以内なら理由なく無条件で一方的にナシにできる,という強力な武器が消費者にあります【★20】

 これを「クーリング・オフ」と言います。



 業務提供誘引販売取引のほかにも,

 街を歩いていて声をかけられるキャッチセールスや(クーリング・オフ期間は8日間)【★21】

 販売員になった自分が,友だちにも販売員になるように誘うことで紹介料が入るというマルチ商法・ネットワークビジネスなど(クーリング・オフ期間は20日間)【★22】

 特定商取引法は,特にトラブルが起きやすい契約から消費者を守っています。



 クーリング・オフは,「頭を冷やす」という意味です。

 「冷静に考え直して,やっぱり契約をやめたい」と思っても,ふつうの契約では,簡単にナシにできません。

 それが,クーリング・オフならば,無条件で簡単にナシにできます。


 また,クーリング・オフの期間を過ぎてしまったり,クーリング・オフじたいができない契約であっても,

 上に書いた消費者契約法の条件を満たしていれば,それを理由に契約をナシにできます。




 ただ,いろんな方法で契約をナシにできたとしても,いったん業者に払ってしまったお金を取り戻すのは大変です。

 また,悪質な業者のやり方は上に並べたもの以外にもたくさんあって,新しい手口も次々現れています【★23】


 お金についての甘い話は,「ヤバい」と判断して,そもそも近寄らないようにしましょう。

 もしうっかり契約をしてしまったら,一人で抱え込まずに,

 すぐに弁護士や消費者ホットライン「188」(全国共通ダイヤル) に相談してください【★24】




 未成年のときに強力なバリアがあるのも,

 成人すると自分で自由に契約ができるのも,

 力の強い相手に丸め込まれないように守られているのも,

 すべては,法律が一人ひとりを大切にし,だれもが安心した毎日と幸せな人生を送れるようにしているからです。


 成人したあとに自分自身を守っていくためにも,

 法律があなたを守るためにあるということを,
これをきっかけに,ぜひ覚えておいてください。


 


【★1】 独立行政法人国民生活センター「怪しい副業・アルバイトのトラブル-簡単に稼げて高収入?!うまい話には裏がある…-」 https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20210916_1.pdf
【★2】 民法555条 「売買(ばいばい)は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約(やく)し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。」
【★3】 民法587条 「消費貸借(しょうひたいしゃく)は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずる。」
 民法593条 「使用貸借(しようたいしゃく)は,当事者の一方がある物を引き渡すことを約し,相手方がその受け取った物について無償(むしょう)で使用及び収益(しゅうえき)をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって,その効力を生ずる。」
 民法601条 「賃貸借(ちんたいしゃく)は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって,その効力を生ずる。」
【★4】 民法623条 「雇用(こよう)は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる。」
【★5】 民法632条 「請負(うけおい)は,当事者の一方がある仕事を完成することを約し,相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。」
【★6】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
【★7】 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する。」
 同法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有し,義務を負う。」
 同法857条 「未成年後見人は,第820条から第823条までに規定する事項について,親権を行う者と同一の権利義務を有(ゆう)する。…」
 未成年後見については,「後見人の弁護士がつくってどういうこと?」の記事も見て下さい。
【★8】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
 民法121条 「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす」
【★9】 労働基準法,労働契約法などで,会社などでやとわれて働いている人が保護されています。
【★10】 借地借家法で,アパートや建物,土地の借り手のがわが保護されています。
【★11】 たとえば,業者に責任がある場合でも「損害賠償責任はない」とする条項や,消費者が負う損害金やキャンセル料が高すぎる条項などは,消費者契約法でその部分が無効になります。
 消費者契約法8条1項 「次に掲(かか)げる消費者契約の条項は,無効とする。
 一 事業者の債務不履行(さいむふりこう)により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し,又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
 二 事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し,又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
 三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し,又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
 四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し,又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項」
 同法9条1項 「次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。
 一 当該消費者契約の解除に伴(ともな)う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」
【★12】 消費者契約法4条1項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結(ていけつ)について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認(ごにん)をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾(しょうだく)の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 一 重要事項について事実と異なることを告(つ)げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
 二 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認」
【★13】 消費者契約法4条2項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実…を故意(こい)又は重大な過失によって告げなかったことにより,当該事実が存在しないとの誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。ただし,当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず,当該消費者がこれを拒(こば)んだときは,この限りでない。」
【★14】 消費者契約法4条3項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑(こんわく)し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 一 当該事業者に対し,当該消費者が,その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず,それらの場所から退去しないこと。
 二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず,その場所から当該消費者を退去させないこと。」
【★15】 消費者契約法4条4項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量,回数又は期間…が当該消費者にとっての通常の分量等…を著しく超えるものであることを知っていた場合において,その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,消費者が既に当該消費者契約の目的となるものと同種のものを目的とする消費者契約…を締結し,当該同種契約の目的となるものの分量等と当該消費者契約の目的となるものの分量等とを合算した分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合において,その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときも,同様とする。」
【★16】 消費者契約法4条3項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 …(略)… 三 当該消費者が,社会生活上の経験が乏(とぼ)しいことから,次に掲げる事項に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら,その不安をあおり,裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに,物品,権利,役務(えきむ)その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること。
 イ 進学,就職,結婚,生計その他の社会生活上の重要な事項」
【★17】 一般的に「霊感商法」と言われます。
 消費者契約法4条3項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 …(略)… 六 当該消費者に対し,霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として,そのままでは当該消費者に重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示してその不安をあおり,当該消費者契約を締結することにより確実にその重大な不利益を回避することができる旨を告げること。」
【★18】 一般的に「デート商法」と言われます。
 消費者契約法4条3項 「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 …(略)… 四 当該消費者が,社会生活上の経験が乏しいことから,当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き,かつ,当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら,これに乗じ,当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻(はたん)することになる旨を告げること。」
【★19】 特定商取引に関する法律51条1項 「…『業務提供誘引販売業』とは,物品の販売…又は有償(ゆうしょう)で行う役務の提供…の事業であつて,その販売の目的物たる物品…又はその提供される役務を利用する業務…に従事することにより得られる利益…を収受し得ることをもつて相手方を誘引し,その者と特定負担…を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又はその役務の提供若しくはそのあつせんに係る取引…をするものをいう。」
【★20】 20日間は,契約した日ではなく,業者があなたに法律上決められた書面を文書やメールなどで渡した日からスタートします。例えば,5月1日に書面が届いたとしたら,5月20日までクーリング・オフができます。
 特定商取引に関する法律58条1項 「業務提供誘引販売業を行う者がその業務提供誘引販売業に係る業務提供誘引販売契約を締結した場合におけるその業務提供誘引販売契約の相手方…は,第55条第2項の書面を受領した日から起算して20日を経過したとき…を除き,書面によりその業務提供誘引販売契約の解除を行うことができる。この場合において,その業務提供誘引販売業を行う者は,その業務提供誘引販売契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。」
 同法55条2項 「業務提供誘引販売業を行う者は,その業務提供誘引販売業に係る業務提供誘引販売取引についての契約…を締結した場合において,その業務提供誘引販売契約の相手方がその業務提供誘引販売業に関して提供され,又はあつせんされる業務を事業所等によらないで行う個人であるときは,遅滞なく,主務省令で定めるところにより,次の事項についてその業務提供誘引販売契約の内容を明らかにする書面をその者に交付しなければならない。
 一 商品(施設を利用し及び役務の提供を受ける権利を除く。)の種類及びその性能若しくは品質又は施設を利用し若しくは役務の提供を受ける権利若しくは役務の種類及びこれらの内容に関する事項
 二 商品若しくは提供される役務を利用する業務の提供又はあつせんについての条件に関する事項
 三 当該業務提供誘引販売取引に伴う特定負担に関する事項
 四 当該業務提供誘引販売契約の解除に関する事項(第五十八条第一項から第三項までの規定に関する事項を含む。)
 五 前各号に掲げるもののほか,主務省令で定める事項」
【★21】 キャッチセールスは,訪問販売の一つです。
 特定商取引に関する法律2条1項 「…『訪問販売』とは,次に掲げるものをいう。
 一 販売業者又は役務の提供の事業を営む者…が営業所,代理店その他の主務省令で定める場所…以外の場所において,売買契約の申込みを受け,若しくは売買契約を締結して行う商品若しくは特定権利の販売又は役務を有償で提供する契約…の申込みを受け,若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供
 二 販売業者又は役務提供事業者が,営業所等において,営業所等以外の場所において呼び止めて営業所等に同行させた者その他政令で定める方法により誘引した者…から売買契約の申込みを受け,若しくは特定顧客と売買契約を締結して行う商品若しくは特定権利の販売又は特定顧客から役務提供契約の申込みを受け,若しくは特定顧客と役務提供契約を締結して行う役務の提供」
 同法9条1項 「販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客から商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者又は販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合…若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客と商品若しくは特定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合におけるその購入者若しくは役務の提供を受ける者…は,書面によりその売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回又はその売買契約若しくは役務提供契約の解除…を行うことができる。ただし,申込者等が第5条の書面を受領した日…から起算して8日を経過した場合…においては,この限りでない。」
【★22】 連鎖(れんさ)販売取引と言います。
 特定商取引に関する法律33条1項 「…『連鎖販売業』とは,物品…の販売…又は有償で行う役務の提供…の事業であつて,販売の目的物たる物品…の再販売…,受託販売…若しくは販売のあつせんをする者又は同種役務の提供…若しくはその役務の提供のあつせんをする者を特定利益…を収受し得ることをもつて誘引し,その者と特定負担…を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんに係る取引…をするものをいう。」
 同法40条1項 「連鎖販売業を行う者がその連鎖販売業に係る連鎖販売契約を締結した場合におけるその連鎖販売契約の相手方…は,第37条第2項の書面を受領した日…から起算して20日を経過したとき…を除き,書面によりその連鎖販売契約の解除を行うことができる。この場合において,その連鎖販売業を行う者は,その連鎖販売契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。」
【★23】 「マンガでわかる あなたを狙う消費者トラブル40例」(佐伯利華,北原尚,工藤寛泰,よねまる,弘文堂)が,たくさんの消費者トラブルをとてもわかりやすく説明しています。
【★24】 独立行政法人国民生活センターのサイト https://www.kokusen.go.jp/map/index.html



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2022年4月 1日 (金)

成人年齢の引下げで少年法はどうなったの?


 成人年齢の引下げで,少年法はどうなったんですか? 18歳・19歳も,犯罪をしたら大人と同じように処罰されることになったんですか?




 成人年齢が18歳に引き下げられましたが,

 犯罪をした18歳・19歳は,引き続き少年法の対象のままとなりました。

 なので,18歳・19歳の人が刑務所ではなく少年院に行くことがあるのは,変わりません。

 ただ,これまでとちがって,18歳・19歳が大人の扱いに近づいたことが,いくつかあります。




 大人になる歳(成人年齢)は,「民法」という法律で決められています。


 その民法は,いままでずっと「20歳で大人」としていました。

 それが改正されて,2022(令和4)年4月1日から,「18歳で大人」になりました【★1】

 民法で大人として扱われるというのは,「法律的なことを自分一人でする」という意味です。

 くわしくは,「成人年齢が18歳になると何が変わるの?」の記事に書いていますので,読んでみてください。



 犯罪をした子どもの裁判の手続は,「少年法」という法律で決められています。

 その手続は,大人とは大きくちがいます。


 大人の刑事裁判は,公開の手続です【★2】

 裁判所が判決で言い渡すのは「罰金を払いなさい」「刑務所に行きなさい」などの刑罰です【★3】


 これに対して,子どもの裁判は,少年審判という非公開の手続です【★4】

 裁判所が言い渡すのも,「保護司さんのところに通いなさい」「少年院に行って教育を受けなさい」という処分です【★5】

 ただ,重い犯罪の場合には,子どもであっても,大人と同じ裁判で刑罰を受けることがあります(あとでお話しする「逆送(ぎゃくそう)」)【★6】

 そして,犯罪をしたときに18歳以上だと,死刑が言い渡されることもあります【★7】


 少年審判,少年院,死刑については,それぞれ次の記事にくわしく書いていますので,読んでみてください。

 「子どもの犯罪の裁判に国選の弁護士は付くの?」

 「少年院ってどんなところ?」

 「子どもでも死刑になるの?」




 少年法という名前のとおり,犯罪をした人の裁判の手続は,「大人かどうか」で大きくちがいます。

 そして,民法が「18歳で大人」と変わるのに合わせて,少年法についても,

 「大人でなくなるのだから,少年法の対象から外すべきではないか」

 「悪いことをした18歳・19歳を子ども扱いせず,厳しく責任を負わせるべきではないか」

 と,ずっと議論されてきました。


 しかし,「少年院ってどんなところ?」の記事に書いたように,

 これまで実際に少年院に入るのは,18歳・19歳の人がとても多く【★8】

 家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,少年院が最後の「育て直し」のチャンスになってきました。

 たとえ犯罪自体は軽くても,少年院で育て直しを受けることがありましたし,

 犯罪をしていなくても,(あとでお話しする,このままでは犯罪をするかもしれない「ぐ犯」として)少年院で育て直しを受けることもありました。


 もし,少年法の対象の年齢が下がり,18歳・19歳が少年院に入れなくなってしまうと,

 犯罪をしても,軽い犯罪だと裁判にかけられないままだったり【★9】

 「執行猶予(しっこうゆうよ)」の判決だと,裁判さえ終わればあとはそのまま社会に放り出されるだけだったり【★10】

 刑務所で刑罰を押しつけられるだけだったりします。

 それでは,最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。

 それは,その人自身にとっても,社会にとっても,マイナスです。


 だから,民法で「18歳で大人」となったあとも,

 犯罪をした18歳・19歳は,引き続き少年法の対象のままで,少年院で「育て直し」が受けられることになりました【★11】




 もっとも,少年法が全く変わらなかったわけではありません。

 2022(令和4)年4月に民法が「18歳で大人」にするのに合わせて,

 少年法も,18歳・19歳の人の扱いを変えました。

 18歳・19歳を「特定少年」と呼んで,17歳以下の子どもと区別し,大人の扱いに近づけられたことが,いくつかできたのです【★12】



 たとえば,18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの1つめに,大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受ける事件の範囲が広くなったことがあります。


 子どものときにした犯罪でも,大人と同じ刑事裁判を受けることは,これまでもありました。

 これを,「逆送」と言います。

 「この子には,保護や教育よりも刑罰が必要だ」と家庭裁判所が考えると,そうなります。

 逆送は,やってしまったことの中身や,その子の反省の深さ・浅さ,性格や年齢,その子の周りのことなど,いろんなことをもとに判断されます。

 なかでも,16歳以上の子どもで,故意に(わざと)人を死なせた非常に重い犯罪のときには,逆送して,大人と同じ刑事裁判に「しなければならない」ということになっています。例えば,殺人罪や傷害致死(しょうがいちし)罪などです【★6】


 これに加えて,18歳・19歳の特定少年は,「逆送しなければならない」範囲が広がりました。

 18歳・19歳は,故意に人を死なせた非常に重い犯罪だけでなく,強盗(ごうとう)罪や強制性交等罪,放火罪などの一定の重い犯罪も,「逆送して,大人と同じ刑事裁判にしなければならない」ということになったのです【★13】



 18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの2つめに,実名報道があります。


 少年法は,犯罪をした子どもについて,「それがだれかわかるような記事や写真を載せてはいけない」と決めています【★14】

 なぜそう決めているかは,「少年事件で実名報道されないのはどうして」の記事を読んでみてください。


 これが,これからは,18歳・19歳の特定少年は,逆送されて大人と同じ刑事裁判が始まった後は,実名報道が認められることになりました【★15】



 18歳・19歳が大人の扱いに近づけられたことの3つめに,「ぐ犯」がなくなったことがあります。


 少年法は,子どもが犯罪をしていなくても,「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で警察から家庭裁判所に送られ,少年審判を受け,場合によっては少年院に送られることもあります。

 これを,「ぐ犯」と言います。

 保護者の正しい指示に従わない,無断外泊をくりかえす,悪い人たちと付き合っている,そういう子どもたちに,犯罪を犯さない人に育ってもらいたい。

 少年法はそういう考えから,「ぐ犯」も対象としています【★16】


 しかしこれからは,18歳・19歳の特定少年は,「ぐ犯」では,家庭裁判所で送られて少年審判を受けたり,少年院に送られたりすることはなくなりました【★17】



 いままで挙げた3つのほかにも,18歳・19歳の特定少年の扱いがいろいろと変えられました。



 18歳・19歳も少年法の対象のままとなったのは,とても良かったと私は思います。

 しかし,「特定少年」として扱いを変えたところの議論は不十分なままでしたし,

 大人の扱いに近づけられたことで,本人の育て直し・立ち直りの機会が奪われ,社会にとってもマイナスにならないかと心配しています。

 そして,一番問題なのは,「少年法は,10代の人たちのルールの話なのに,そのルールをどう変えるかについて,当の10代の人たちときちんと話をしていないこと」だと,私は思っています。



 新しい少年法は,5年後に見直すことになっています【★18】

 そのときには,きちんと10代の人たちと一緒に,法律がどうあるべきかを話し合うべきだと思います。




【★1】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★2】 憲法82条1項 「裁判の対審(たいしん)及び判決は,公開法廷でこれを行ふ(う)」
【★3】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★4】 少年法22条2項 「審判は,これを公開しない」
【★5】 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもつて,次に掲げる保護処分をしなければならない。…
一 保護観察所の保護観察に付すること。
二 児童自立支援施設又は児童養護施設に送致すること。
三 少年院に送致すること。」
【★6】 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同条2項 「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
 少年法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★7】 少年法51条1項「罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては,死刑をもって処断(しょだん)すべきときは,無期刑(むきけい)を科する」
 国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)6条5項 「死刑は,18歳未満の者が行った犯罪について科しては……ならない」
 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)37条 「締約国(ていやくこく)は,次のことを確保する。(a)いかなる児童も,拷問(ごうもん)又は他の残虐(ざんぎゃく)な,非人道的な若(も)しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないこと。死刑又は釈放(しゃくほう)の可能性がない終身刑は,18歳未満の者が行った犯罪について科さないこと。(以下略)」
【★8】 少年矯正統計少年院2020年「9 少年院別 新収容者の年齢」 2020(令和2)年の総数1624人のうち,12歳以下:1人,13歳:2人,14歳:42人,15歳:96人,16歳:218人,17歳:365人,18歳:407人,19歳:492人,20歳以上:1人
【★9】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★10】 大人の刑事裁判では,「執行猶予(しっこうゆうよ)」と言って,「本来は刑務所に行かないといけないが,ある期間中,何も犯罪をしなければ刑務所に行かなくて良い。逆に,その期間に新しい犯罪をしたら,今回の事件の分と,新しい犯罪の事件の分を合わせて刑務所に行かないといけない」,という判決が言い渡されることがあります。少年審判では,少年院に行かない子でも,「保護観察」といって,一定の期間,保護司さんのサポートを受けることになります。大人の刑事裁判の「執行猶予」にも「保護観察」をつけることができますが,保護観察がつく実際の数は少ないです。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若(も)しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。ただし,次条第1項の規定により保護観察に付せられ,その期間内に更に罪を犯した者については,この限りでない。」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★11】 少年法2条 「この法律において「少年」とは,20歳に満たない者をいう。」
【★12】 少年法第5章「特定少年の特例」。同法62条1項に「特定少年(18歳以上の少年をいう」)と定義されています。
【★13】 少年法62条2項 「…家庭裁判所は,特定少年に係る次に掲げる事件については,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機,態様及び結果,犯行後の情況,特定少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない。
一 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係るもの
二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の事件であつて,その罪を犯すとき特定少年に係るもの(前号に該当するものを除く。)」
【★14】 少年法61条 「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については,氏名,年齢,職業,住居,容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」
【★15】 少年法68条 「第61条の規定は,特定少年のとき犯した罪により公訴を提起された場合における同条の記事又は写真については,適用しない。…」
【★16】 少年法3条1項「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
三 次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★17】 少年法65条1項 「第3条第1項(第三号に係る部分に限る。)の規定は,特定少年については,適用しない」
【★18】 少年法附則(令和3年5月28日法律第47号)8条 「政府は,この法律の施行後5年を経過した場合において,この法律による改正後の規定及び民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)による改正後の規定の施行の状況並びにこれらの規定の施行後の社会情勢及び国民の意識の変化等を踏まえ,罪を犯した18歳以上20歳未満の者に係る事件の手続及び処分並びにその者に対する処遇に関する制度の在り方等について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」

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2022年3月26日 (土)

「少年のための少年法入門」の本ができました

 少年法はまさしく子どもの法律なのに,子どもたちに向けてわかりやすく書かれた本がない。それなら作ろう。
 ということで,東京弁護士会の子どもの委員会・少年事件部会の牧田史弁護士・西野優花弁護士に加わっていただいて,完成しました。

 「少年のための少年法入門」
 山下敏雅・牧田史・西野優花 監修
 旬報社 1,700円+税

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人を殺してしまったら、僕は死刑になりますか?
-------僕たちの法律を、僕たちは知るべきだと思う

2022年4月からの「18歳成人」に合わせ、少年法も大きく変わります。
少年事件がセンセーショナルに報道されるたびに注目を集める少年法とは、どんな法律なのか?
知識ゼロからでもわかるよう、ストーリー仕立てにしながら
基本的な考え、しくみ、問題点などをやさしく伝えます。
少年法に関心のある人、そしてなにより当事者(少年)のための入門書です。少年法全文付き

[目次]
第1章 少年法ってなに?

第2章 ストーリーで学ぶ 少年法のしくみ
少年事件の主な流れ
STORY1 保護観察 家に帰りたくない ケイタの場合
STORY2 少年院送致 不良グループの中で コウスケの場合
STORY3 児童自立支援施設等送致 夜の街へ ハルミの場合
STORY4 逆送(検察官送致) 殺すつもりなんかなかった… ケンジの場合

第3章 少年法 Q&A
万引きは犯罪ですか?/いじめは犯罪ですか?/友だちを殴ってケガをさせたら捕まりますか?/
警察に捕まったら家族や友人に知られてしまいますか? 学校は退学ですか?/
小学生も、罪を犯せば刑務所や少年院に入りますか?/犯罪をしたときに、20歳ぎりぎりだとどうなりますか?/
「少年犯罪は年々増加し、凶悪化している」という話を聞きます。本当でしょうか? 他

少年法全文

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【はじめに】

 自分はたまたま親子関係に恵まれている家庭で暮らせているので,少年犯罪などで「親殺し」とか,他人に対する暴力に関するニュースなどを見ると,じょうだんにせよ,「こいつ死刑だよ,死刑」とか言っていました。今回のこの授業を受けて,自分がいかに恵まれているかを改めて実感して,また,犯罪者として世間から白い目で見られている少年たちにも,普段から感じているさびしさ,悲しさという物があるということを理解しました。
 私が高校で少年事件の授業をしたときに,ある生徒からいただいた感想です。
 テレビやネットは毎日,犯罪のニュースを報じています。その中には,皆さんと同じ世代の子どもが起こした犯罪もあります。しかし,画面を通して見る少年事件が,自分とはどこか違う世界で起きている,遠いできごとのように感じてはいませんか。
 そして,その子がどんな裁判を受け,どんな扱いを受けるのかについて,少年法という法律の存在を聞いたことはあっても,その法律の中身を知っている人はとても少ないのではないでしょうか(そう言う私自身も,少年法をきちんと勉強したのは大学の法学部に入ってからです)。
 犯罪が自分と違う世界で起きているイメージと,法律は難しくてわからないし自分とは関係なさそうというイメージの2つが掛け合わさって,「少年法が甘いから少年犯罪が凶悪化している」という誤ったイメージまでもがあります。さらに,そのイメージに合わせるように,少年法は何度も改正されてきました。
 私はいつも,子どもたちのための法律がどうなっているかが当の子どもたちに知らされていないのを,とても問題だと思っています。大人は子どもにきちんと法律のしくみを伝えるべきですし,子どもの法律を作ったり変えたりする時には,子どもたちの意見をきちんと聞かなければいけないと思っています(それは私だけが考えていることではなく,子どもの権利条約という世界での約束ごとです)。
 私はそういう思いで,2013年に子どもの法律を解説するブログを始め(「どうなってるんだろう?子どもの法律」http://ymlaw.txt-nifty.com),その中で,まさに10代の皆さんのための法律である少年法についての記事も,いくつか書いていました。
 そうしたところ,旬報社の熊谷満さんから,10代の皆さんに読んでもらえる少年法の入門書を作りたいとお声がけいただきました。たしかに,少年法を知りたいと思ったとき,書店や図書館に並んでいるのは,多くが大人向けの難しい本です。そこで,東京弁護士会「子どもの人権と少年法に関する特別委員会」の少年事件部会の牧田史さんと西野優花さんの両弁護士に心強いメンバーとして加わってもらい,議論を重ねて,この本ができました。
 少年法がどういう法律なのか,これからこの本で一緒に見ていきましょう。そして,読み終えたときに,冒頭の生徒のように新しい発見や気づきが得られることと,今後も一緒に社会のあり方を考えていけることを,心から願っています。

 

 2022年1月 山下 敏雅

 

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2021年9月 1日 (水)

ネット予約をキャンセルしたのにお金を請求されてる

 

 高3の17歳です。友だち8人のGW旅行の計画で,4月初めに旅館をネット予約しました。サイトには住所と名前と電話番号を入力しました。親には後で言おうと思ってたら,数日後には旅行が取りやめになったんで,結局話しませんでした。旅館には直接キャンセルの電話をかけて,「わかりました,大丈夫です」って言われてたんですが,GWの夜に旅館から「まだ来ないのか」って電話がきて,僕が「え?前に電話でキャンセルしましたよ」って言っても,「そんな連絡は来てない。ネット予約はキャンセルもネットですることになっている。無断キャンセルのお金を払え」って言われました。納得できないでいたら,最近,5万円払えって手紙が届いたんですけど,どうすればいいですか?

 

 

 

 ちゃんとキャンセルしたはずなのに,お金を請求されて,びっくりしましたよね。


 「キャンセルもネットですることになっている」,と旅館が言っているのですね。

 でも,たとえそういうルールがあったとしても,

 あなたの話のとおり,電話で連絡して旅館の人が「わかりました,大丈夫です」と答えたのなら,

 キャンセルはきちんとできています
【★1】


 問題は,

 あなたと旅館の人との,その電話のやりとりを,

 あなたが証明しなければいけない,ということです
【★2】



 電話の履歴が残っていたり,

 旅館の人の名前を覚えていたりしていればプラスではあるものの,

 「その時に電話でその人と話をした」ということの証明まではできても,

 「キャンセルの話をした」ことまでの証明は,難しいかもしれません。




 旅館の予約も,そのキャンセルも,どちらも法律的なことがらです。


 法律的なこと,お金がからむ話のときには,

 いつも,手紙やメールなどでやりとりが残るようにして,

 あとでトラブルになったときに証明できるようにあらかじめ備えておくことが,だいじなのです
【★3】




 では,キャンセルの電話をしたことを証明できなければ,

 お金を払わないといけないのでしょうか。



 あなたの場合,

 キャンセルの電話をしたことを証明できなくても,

 未成年だという理由で,お金を払わずに済むことができます。





 未成年の子どもが,法律的な約束をするときには,

 親のOKが必要です
【★4】

 そのOKのことを,「同意(どうい)」と言います。




 あなたは,親には後で言うつもりだったのですよね。



 なので,「親のOKのないまま,旅館の予約をしていた」という理由で,

 予約そのものを取り消して,初めからなかったことにすることができます
【★5】【★6】

 そうすれば,キャンセル料を払う必要はありません。




 あなたが「自分は成人だ」とウソをついていたら,取り消すことはできません
【★7】

 でも,あなたが予約したサイトには,生年月日や年齢を入力するところがなかったのですから,

 ウソをついてはいないので,予約を取り消すことができます。





 キャンセルの連絡をきちんとしていたこと,

 そうでなくても,未成年の自分が親のOKなしにした予約だったので,取り消すこと,

 それらを手紙に書いて,旅館に送ってください
【★8】


 そして,その手紙のコピーも,忘れずに持っていてください。


 手紙は,あなた自身で書くのでも,あなたの親が書くのでも,どちらでもOKです【★9】

 書き方がわからなければ,弁護士に相談してください。






 経済や法律のしくみには,難しいことがたくさんあります。



 だから,そのしくみを学んでいる子どものときには,

 おかしな約束を押しつけられたり,手順を失敗したりして,困ったことにならないよう,

 親が子どもを守ることになっています。




 今回も,5万円という大きなお金がからむ法律の話だったのに,

 「キャンセルするときにやりとりを残す」という手順を,ふんでいなかったのですよね。



 大人だったら,お金を払わないといけなくなるところでした。


 子どもは,そういう手順を学ぶだいじな時期にあるからこそ,

 法律は「親からOKをもらわなければいけない」としていますし,

 親のOKをもらわないまま手順を失敗した子どもも,守られているのです。




 「キャンセル料が払われないのは,旅館にとって厳しいんじゃないか」,と思う人もいるかもしれません。

 でも,私はそう思いません。

 予約サイトに,お客さんの生年月日や年齢を入力してもらい,

 未成年であれば親にも確認する,というしくみにすれば済むことです。

 それは,子どもと比べて経済や法律を知っているべき業者にとっては,難しいことではありません。




 あなたは今高校3年生で17歳ということで,これまで未成年取消の話をしてきました。

 しかし,高校3年生には,17歳の人もいれば,18歳以上の人もいます。

 法律が改正されて,2022年4月から,成人年齢は20歳から18歳に引き下げられます【★10】

 今後は,もし18歳になっていたなら,

 今回のようなケースでは,未成年を理由に取り消せなくなります。




 インターネットでは,今回のケースのようなトラブルだけでなく,

 例えば,とても高いキャンセル料が一方的に決められていて,そのことが小さい字でしか説明されていなかったり
【★11】

 アダルトサイトなどで,その気がないのにいつの間にか何かを申し込んだことにされて,お金を請求されたりなど
【★12】

 子どもたちが経済や法律を知らないことにつけ込んだ悪質な業者による被害のトラブルが,たくさんあります。

 今後,18歳・19歳の人たちの被害が増えてしまうのではないかと,私たち弁護士は心配しています
【★13】



 成人するまでの今のだいじな時期に,

 親に守られながら,経済や法律のしくみを学んでいってください。


 そして,子どものときはもちろん,大人になってからも,

 法律のことやお金のことで困ったら,

 大きなトラブルになる前に,早めに弁護士に相談するようにしてください。

 

 

 

【★1】 電話で宿泊する契約をナシにすることをあなたがお願いし(法律の言葉で「申込(もうしこみ)」といいます),それを旅館がOKしたのですから(「承諾(しょうだく)」といいます),合意解除(ごういかいじょ)が成り立っています。旅館が承諾したのなら,申込がネットだったのか電話だったのかにかかわらず,合意解除は成立しています。
【★2】 証明責任(しょうめいせきにん)と言います。「証明責任とは,法令適用の前提として必要な事実について,訴訟上(そしょうじょう)真偽(しんぎ)不明の状態が生じたときに,その法令適用にもとづく法律効果が発生しないとされる当事者の負担をいう」(伊藤眞「民事訴訟法第4版補訂版」356頁)
【★3】 ただし,トラブルになったあとは,メールでやりとりするのは,かえってトラブルが大きくなることになるので,避けたほうがよいです。「既読スルーしてケンカになった」の記事も読んでみてください。
【★4】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
【★5】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★6】 民法121条 「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす」
【★7】 民法21条 「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術(さじゅつ)を用(もち)いたときは,その行為を取り消すことができない。」
【★8】 旅館が「受け取っていない」と言わないように,書留や特定郵便(受取のサインはありませんが,相手のポストに入れたことは郵便局が記録してくれます)など,受け取ったことが証明できる手紙で送りましょう。内容証明郵便であれば「手紙は受け取ったけれど中身がちがっている」と言われることも防げますが,書式にルールがありますし,費用もかかります。
【★9】 民法120条1項 「行為能力の制限によって取り消すことができる行為は,制限行為能力者又はその代理人,承継人若(も)しくは同意をすることができる者に限り,取り消すことができる」
【★10】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★11】 社会の中での一般的なキャンセル料と比べて高いなら,消費者契約法という法律で,そのキャンセル料のルールが無効だと主張できます。
 消費者契約法9条 「次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。 一 当該消費者契約の解除に伴(ともな)う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」
【★12】 いわゆる「ワンクリック詐欺」を防ぐために,ネットでは,本人が間違いなく契約することを確認できるように画面表示していなければ,「その気がなかったのにうっかり入力してしまっていた」という理由(錯誤(さくご)と言います)で,無効にすることができます。民法では,「うっかり」の度合いがひどければ無効にすることはできない,と決まっているのですが,ネットの契約では,たとえ「うっかり」の度合いがひどくても,業者の側がきちんと確認の表示をしていなければ,無効にできる特別な法律が作られています。
 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律3条 「民法第95条ただし書の規定は,消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について,その電子消費者契約の要素に錯誤(さくご)があった場合であって,当該錯誤が次のいずれかに該当するときは,適用しない。ただし,当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が,当該申込み又はその承諾の意思表示に際して,電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置(そち)を講(こう)じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は,この限りでない。
 一 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。
 二 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。」
 民法95条 「意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自(みずか)らその無効を主張することができない」
【★13】 日本弁護士連合会2017年2月16日「民法の成年年齢引下げに伴う消費者被害に関する意見書」https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2017/opinion_170216_06.pdf 

Part1_2_1

今の二重国籍のまま大人になったら?

 

 父親がフランス人,母親が日本人の高校生です。物心がついたときから日本で暮らしていて,将来は,日本を生活のベースにしながら,フランスとの架(か)け橋になれるような仕事をしたいと思っています。私は,フランスと日本の両方の国籍を持っていて,大人になったらどちらか1つを選ばないといけない,と親から聞いています。どうして国籍を1つにしないといけないんですか。もし国籍を2つ持ったまま大人になったら,どうなりますか。

 

 


 国籍は,「この国のメンバーだ」という資格のことです
【★1】


 日本国籍については,国籍法という法律がルールを決めています【★2】


 日本国籍になるのは,お父さんかお母さんが日本国籍であることが,基本的な条件です【★3】



 じつは,今から30年余り前の1984年(昭和59年)までは,お父さんが日本国籍でなければ,子どもは日本国籍になれませんでした。

 外国籍のお
父さんと日本国籍のお母さんの夫婦の子どもは,日本国籍になれなかったのです【★4】

 でも,それは男性と女性を平等にあつかわない,おかしなことでした。

 国籍法が変わって,1985年(昭和60年)からは,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍なら,その子どもは日本国籍になれるようになりました
【★5】



 どういう条件で子どもに国籍を認めるかは,国によってちがいます。

 日本やフランスのように,両親のどちらかが国籍を持っていればOKという国もあれば
【★6】

 むかしの日本のように,父親が国籍を持っていることで認める国
【★7】

 アメリカのように,国内で生まれればOKという国もあります
【★8】【★9】



 あなたの場合,お父さんがフランス国籍,お母さんが日本国籍なので,

 子どものあなたは,フランスと日本の2つの国籍を持っているのですね
【★10】

 (もし,あなたがアメリカで生まれていたなら,フランスと日本とアメリカの3つの国籍を持つことになります。)




 日本の国籍法は,こう言っています
【★11】

 「子どもの時から日本の国籍と外国の国籍を持っている人は,成人してから2年経つ前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」。


(これまでは成人年齢が20歳だったので国籍選択は22歳になる前まででしたが,2020年4月に成人年齢が18歳に下がるので国籍選択は20歳になる前までになります)


 もし,あなたがフランス国籍を選ぶなら,

 日本国籍をやめる手続を,日本の役所でとります
【★12】【★13】


 もし,あなたが日本国籍を選ぶなら,次の2つの方法のどちらかをとります。

 1つめは,フランス国籍をやめる手続を,フランスの役所でとる方法。

 2つめは,「日本国籍を選びます。フランス国籍をやめます」と,日本の役所で宣言する方法です
【★14】


 どうして2つめの宣言の方法があるかというと,

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることなので,

 1つめの方法が必ずとれるとはかぎらないし,

 日本からその国に口出しはできないからです。



 そして,2つめの方法で,「フランス国籍をやめます」と日本に向かって宣言しても,

 それで自動的にフランス国籍がなくなるわけではありません。

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることだからです
【★15】


 その宣言をしたあと,その人が本当に外国の国籍をやめたかどうかまで,日本にはわかりません。

 
両方の国籍を持ち続けることは,日本の国籍法のしくみからすると,じゅうぶんありうることです【★16~18】

 
なので,その宣言をした後も,両方の国籍を持ったままの人は,たくさんいます。


 なお,成人してから2年経つ前に日本国籍を選ぶための方法をまったくとらないままでいると(つまり,1つめ・2つめのどちらの方法もとらないでいると),

 日本から「国籍を選択するように」という連絡が来て,

 そこから1か月以内に何もしないでいたら,日本国籍を失う,と,法律には書かれています
【★19】

 もっとも,実際には,そのルールで日本国籍を失った人はいません
【★20】【★21】



 この,「成人してから2年経つ前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」という日本のルールは,1985年(昭和60年)に始まりました。

 上に書いたように,この年から,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍であれば,子どもが日本国籍を持てるようになりました。

 そのため,国籍を2つ持つ子どもが,たくさん増えることになります。

 だから,日本は,国籍を1つに選ばせる制度を,このときいっしょに作ったのです。




 でも,そもそもどうして,国籍を1つにしないといけないのでしょうか。




 国籍がいくつもあったら,その人にどこの国の法律をあてはめるのか混乱する,とか,

 別の国でトラブルが起きたときに,どこの国がその人を守ることになるのかわからない,とか,

 投票できる国がふたつ以上あるのはおかしいし不公平だ,とか,

 いろんな理由が言われます。



 でも,そのひとつひとつを法律的によく見ていくと,

 どれも,国籍を1つにしないといけない理由には,なっていないのです
【★22】


 実際,国籍を2つ以上持っている人は,世界中にたくさんいますし,

 この日本にも68万人もいるのですが
【★23】

 それで特に大きなトラブルは起きていません
【★24】


 「国籍は1人1つにするべき。二重国籍はなくしていこう」。

 今から80年以上も前に,世界がそう確認し合っていたこともありました
【★25】

 でも,今は,国をまたいで行き来する人々が多くなり,国際結婚がとても増えています。

 ヨーロッパは,1997年,「国籍が2つ以上あってもOK」と確認し合いました
【★26】

 それ以外の国々でも,二重国籍をOKにするところが増えています。




 自分がどの国のメンバーなのか。

 それは,「自分が一体どんな人間なのか」という,自分をかたちづくるうえで,とてもだいじなことです。

 お父さんから受け継いだ国籍も,お母さんから受け継いだ国籍も,どちらも大切なもの。

 それなのに,どちらか1つを選び,もう1つを捨てなければならないのは,おかしなことです
【★27】

 2つの国のメンバーをかけもちしたところで,特に問題は起きませんし,

 むしろ,あなたのように,「日本と外国の架け橋になる仕事をしたい」という夢を持っている人たちが活躍できることは,

 その人自身にとっても,私たちの社会にとっても,素晴らしいこと,必要なことです。




 「国籍は1人1つ」というたてまえの,今の日本の国籍法は,

 すでに現実に合わなくなっています。

 あなたが大人になるころまでには,

 今の国籍法を,いろんなルーツを持つ一人ひとりを大切にした,今の社会に合ったものに変えていく必要がある,

 私はそう思っています。

 

【★1】 「国籍は特定の国家に所属することを表す資格であ(る)」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」232頁)
【★2】 憲法10条 「日本国民たる要件は,法律でこれを定める」
【★3】 国籍法2条 「子は,次の場合には,日本国民とする。 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。…」
【★4】 1985年(昭和60年)より前の国籍法2条 「子は左の場合には,日本国民とする。
 一 出生の時に父が日本国民であるとき。
 二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき。
 三  父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき。
 四  日本で生れた場合において,父母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき。」
【★5】 昭和59年5月18日成立,昭和60年1月1日施行「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年法律45号)。
 1979年(昭和54年)に国連総会で「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃(てっぱい)に関する条約」が採択されて日本も翌年に署名したことや,米軍基地がある沖縄でアメリカ人男性と日本人女性との間に生まれた子どもが無国籍になるケースがたくさんいたことが,改正の背景でした。
【★6】 父母両系血統主義と言います。
【★7】 父系血統主義と言います。
【★8】 生地主義と言います。
 アメリカ合衆国憲法修正14条1項 「合衆国内で生まれ…,かつ,合衆国の管轄(かんかつ)に服する者は,合衆国の市民であ(る)…」(アメリカンセンターJAPAN訳。https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/
【★9】 フランスにも,生地主義の規定があります。両親がフランス国籍でなくても,フランス国内で生まれて一定の居住要件を満たした子は,フランスの成人年齢である18歳になったときに,フランス国籍を取得します。
【★10】 あなたが日本以外の国で生まれていたなら,親が出生届を出すときに,「国籍を日本にするかフランスにするかは,今決めないで,判断を先に延ばします」ということもいっしょに届けていたのだと思います。これを「国籍留保(りゅうほ)」と言います。もし生まれてから3か月以内にこの届出をしていないと,最初から日本の国籍を持っていなかったことに自動的にされてしまいます。もっとも,もしそのせいで自動的に日本の国籍を失っても,18歳になる前に日本に住んでいれば,法務局に届け出ることによって,日本の国籍をふたたび持つことができます。(法改正により2022年4月から「18歳になる前に」に変更)
 国籍法12条 「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保(りゅうほ)する意思を表示しなければ,その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
 戸籍法104条1項 「国籍法第12条に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者…が,出生の日から3箇(か)月以内に,日本の国籍を留保する旨(むね)を届け出ることによって,これをしなければならない」
 同条2項 「前項の届出は,出生の届出とともにこれをしなければならない」
 国籍法17条1項 「第12条の規定により日本の国籍を失った者で18歳未満のものは,日本に住所を有するときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★11】 国籍法14条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,外国及び日本の国籍を有することとなった時が18歳に達する以前であるときは20歳に達するまでに…いずれかの国籍を選択しなければならない」(法改正により2022年4月から年齢について変更)
【★12】 憲法22条2項 「何人(なんぴと)も,…国籍を離脱(りだつ)する自由を侵されない」
 国籍法13条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を離脱することができる」
 同条2項 「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を失う」
【★13】 もし,もう一方の外国が日本と同じように国籍を選択する制度【★10】を作っている国なら,その制度に基づいて外国の国籍を選択すれば,当然に日本国籍を失います。
 国籍法11条2項 「外国の国籍を有する日本国民は,その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは,日本の国籍を失う」
【★14】 国籍法14条2項 「日本の国籍の選択は,外国の国籍を離脱することによるほかは,戸籍法の定めるところにより,日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄(ほうき)する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする」
【★15】 「日本国籍選択の宣言は,日本国籍を維持・確保し,併有(へいゆう)する外国国籍を一方的に放棄するとともに以後外国国籍に伴(ともな)う権利・特権を行使しないこと等の意思があることを,我が国に対して宣明(せんめい)することである。この選択宣言によって,日本と外国との重国籍者が現実に当該外国の国籍を喪失(そうしつ)するか否(いな)かは,当該外国の法令の定めるところによる。当該外国の法制上,我が国国籍法第11条第2項と同様な制度があれば選択宣言によってその国の国籍を喪失することになるが,そのような法制がない国の場合は,選択宣言によって重国籍は解消されない。現行国籍法が,日本国籍選択の一方法としてこのような選択の宣言の制度を設けたのは,重国籍を解消して日本国籍単一となるためには外国国籍を離脱(喪失)することが望ましいが,当該外国の法制上自国国籍の離脱を禁止したり,許可,認可等何らかの制限を設けている国がかなりあることから,一律に一定期限内に外国国籍の離脱を義務づけることは不可能な場合があり,また,実際上本人に過重な負担を負わせることになる場合もあり,結果的に事実上日本国籍選択の途(みち)がなくなることとなって適当でないことを考慮したものである」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」86頁)
【★16】 選択の宣言は,外国の国籍をやめるよう「努力」しなければいけないだけで,実際に外国の国籍をやめないといけない「義務」ではありません。
 国籍法16条1項 「選択の宣言をした日本国民は,外国の国籍の離脱に努めなければならない」
【★17】 「重国籍者が,日本国籍の選択宣言をした場合に,前述のように当該外国の国籍を喪失するかどうかはその外国の法令の定めるところによる。…たとえ外国国籍を喪失しない場合でも,既(すで)に選択義務は履行(りこう)しているので,法務大臣から改めて選択の催告(国籍法15条1・2項)を受けることはないし,また,催告に基(もと)づく日本国籍の喪失(同法15条3項)ということもない」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」87頁)
【★18】 選択の宣言をした後,その外国の公務員になった場合には,日本国籍を失うことになっています。しかし,実際にこの規定で日本国籍を失ったケースはありません(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」11頁)。
 国籍法16条2項 「法務大臣は,選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失っていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であっても就任することができる職を除く。)に就任した場合において,その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著(いちじる)しく反すると認めるときは,その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる」
【★19】 国籍法15条1項 「法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して,書面により,国籍の選択をすべきことを催告(さいこく)することができる」
 同条3項 「前2項の規定による催告を受けた者は,催告を受けた日から1月以内に日本の国籍の選択をしなければ,その期間が経過した時に日本の国籍を失う。(略)」
【★20】 平成20年11月27日第170回参議院法務委員会会議録第5号23頁(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0003/17011270003005.pdf
 「丸山和也君 実際の運用で少しお聞きしたいんですけれども,二重国籍に関する問題なんですけれども,15条で,法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍を選択しないものに対して,書面により,国籍の選択すべきことを催告できる,そしてこれを,催告を受けても選択しなかったら国籍を失うと,こういうふうになっているように思うんですけれども,こういう催告なんてやっているんでしょうか」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 催告をしているかどうかという御質問でございます。しておりません」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 実は今の下でだれが重国籍者なのかというのをもう把握できないわけでございます。そのような状況の中で,たまたま把握した人に催告をするのがいいのかと。もちろん,催告を受ける側は追い詰められるわけですから,どっちかを選択しなければならない,それが本当にいいのかという問題はございます。いや,そんな生ぬるいことでいいのかとか,いろんな御意見はあるわけですけれども,今のところはそういったもろもろの事情を考えて催告をしないということにしております」
【★21】 「この催告についての実務上の取扱いであるが,これまで催告を行った例はない。法務省は,その理由として,『国籍を喪失するということは,その人にとって非常に大きな意味がありますし,家族関係等にも大きな影響を及ぼすというようなことから,これは相当慎重に行うべき事柄である』こと,『国籍選択の履行は,複数国籍者の自発的な意志に基づいてされるのが望ましい』ということを挙げている。法務省は,周知活動の一環として,複数国籍であると把握できた者に対し,『国籍選択について』と題する文書を送付していた時期もあったが,現在はこれも行われていない」(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」10頁。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)
【★22】 日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」16頁では,複数国籍禁止制度の根拠として「一人の人間に対する対人主権を複数の国が持つということの問題」「二つの国の主権者として行使するということ自身の矛盾(むじゅん)」「法制度の抵触(ていしょく)」「外交保護権の問題」「犯罪人の引き渡し」「参政権の問題」「就職の際などに,国籍を明示する義務の範囲をめぐる問題」「鉱業権のように日本国民に限定する法律などの適用の問題」「一方の国籍国が忠誠義務を課した場合の問題」「公務員の就任についての問題」「他国の兵役に服するということは,日本のあり方として問題」を列挙したうえで,詳細に現代的検討を加え,「複数国籍を認めるべきでないとして挙げられる理由は,いずれも合理的な理由とはいえない」と結論づけています(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)。
【★23】 法務省2014年推計(朝日新聞2014年7月6日記事)。
【★24】 二重国籍の人が海外を行き来するときのパスポートの問題については,国際結婚を考える会「二重国籍」(時事通信社)94頁,同会ウェブサイト(http://amf.world.coocan.jp/)を見てください。
【★25】 「国籍唯一の原則」と言います。1930年(昭和5年)に国際連盟で採択された「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」にうたわれていますが,日本はこの条約に署名はしたものの批准はしていません(岡村美保子「重国籍-わが国の法制と各国の動向」レファレンス2003年11月号)。
【★26】 1997年に採択され,2000年に発効した「ヨーロッパ国籍条約」は,複数の国籍を認めることを締約国(ていやくこく)に義務づけています。
 同条約14条1項 「締約国は,左のことを許容しなければならない。 a 出生により当然に相異なる国籍を取得した子どもが,これらの国籍を保持すること。(略)」
 同条約7条1項 「締約国は,左に掲げる場合を除き,国内法において,法律上当然の又は締約国主導の国籍喪失(そうしつ)を規定してはならない。(略)」
奥田安弘・館田晶子「1997年のヨーロッパ国籍条約」(北大法学論集2000年50巻5号)
【★27】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)8条1項 「締約国は,児童が法律によって認められた国籍,氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉(かんしょう)されることなく保持する権利を尊重することを約束する」

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性病をうつされた…相手を訴えたい

 

 

 17歳です。彼氏から性病をうつされて,この前別れました。彼氏を警察に訴えたり,治療費や慰謝料(いしゃりょう)を払うよう請求したりすることはできるんですか。

 


 りくつからいえば,

 彼氏が犯罪として処罰されることはありえますし,

 彼氏があなたに治療費や慰謝料を払わなければいけないこともありえます。

 でも実際には,とても難しいです。




 性病のことを,この記事では,性感染症(せいかんせんしょう)と言います。




 りくつからいえば,

 性感染症をうつすことは,犯罪になる場合があります。



 彼氏が自分の性感染症を知っていて,

 あなたにわざとうつすつもりでセックスをしたなら,

 傷害罪(しょうがいざい)という犯罪です
【★1】

 「ひょっとしたらうつるかもしれないけど,そうなってもいいや」,

 そう思っていたなら,やはり傷害罪です
【★2】

 「うつすつもりはなかったけど,うっかりうつしてしまった」,というときは,

 過失傷害罪(かしつしょうがいざい)という犯罪です
【★3】


 でも,犯罪として処罰されるのは,実際には,よほどひどい場合でしか,ありません。



 今から60年以上も前の古い刑事裁判で,性感染症をうつしたことが犯罪として処罰されたものが,いくつかあります。

 でも,それらは,

 セックスじたいが暴行といえるようなものや
【★4】

 「占い」を装(よそお)って,だます形で相手に性感染症をうつしたというものでした
【★5】

 ふつうにセックスして性感染症をうつした,というケースではありませんでした。



 刑事裁判では,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★6】


 本当にその人から性感染症をうつされたのか,

 他の人からうつされた可能性がないか,

 それをはっきりさせるために,

 セックスという,とてもプライベートなことが,慎重(しんちょう)に調べられます。

 被害を受けた人は,警察官や検察官にくりかえし話をしなければいけないので,とても大変です。

 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,刑事裁判にまではならないことが,ほとんどなのです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません【★7】

 治療費や慰謝料は,損害賠償として払うお金の一例です。



 裁判所が,性感染症をうつした人に,「損害賠償を払いなさい」という判決を言い渡したことがあります。

 しかしその民事裁判では,訴えられた人が,

 「自分が相手に性感染症をうつしてしまったことじたいは,そのとおりです」,

 と認めていました
【★8】


 もし,そのケースとはちがって,

 訴えられたがわが「自分はうつしていない」と争ってきたら,

 その人から性感染症をうつされたということを,被害者が証明しないといけないので,とても大変です。

 また,がんばって証明できても,

 損害賠償で認められる金額がそれほど大きくなく,

 裁判にかかる費用と見合わない,ということも多いでしょう。

 さらには,「被害者のがわも,性感染症をうつされないように安全なセックスを心がけなかった」,という落ち度を理由に,

 損害賠償の金額を裁判所に低くされてしまう,ということもありえます
【★9】


 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,白黒の決着をつける裁判にまではならずに,

 話し合いで解決していることが多いです。

 裁判所の中で話し合う「調停(ちょうてい)」というやりかたもあります。

 ただ,話し合いにしても,裁判所の調停にしても,

 法律的なことですから,

 あなたがまだ成人していなければ,親にないしょで進めることはできません
【★10】


 いろんなハードルがありますが,あなたの場合にどんな見通しになるか,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 性感染症をうつした人の,法律的な責任のことについて,今まで書きました。


 でも,

 「性感染症は,この社会をつくっている私たち一人ひとりみんなが,広い意味での責任を負っている」,

 私は,そう思っています。




 性感染症をうつされたあなたも,うつした彼氏も,

 性感染症がどういうものか,とか,

 性感染症がうつりづらい,より安全なセックス(セーファーセックス)をどうすればいいか,について,

 大人たちから,きちんと教えてもらえていなかったのだと思います。



 性とは,自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 性感染症の菌やウイルスは,愛情や信頼では,防ぐことも治すこともできない,ということ。

 自分と相手を大切にするためにこそ,いつもセーファーセックスを心がける必要がある,ということ。

 そういうメッセージを,大人たちは子どもたちにきちんと伝える責任がある,と私は思っています。




 性感染症は,いろんなものがあります。

 早めに治療を受ければ,数週間や数ヶ月で治るものが多いです。



 しかし,完全に治すことができない性感染症もあります。

 HIV(エイチ・アイ・ヴイ),AIDS(エイズ)は,その一つです。




 私は,弁護士として,HIVをもっている人たちのサポートをしています。




 HIVは,ウイルスの名前です
【★11】

 HIVに感染しても,他の性感染症のような,自覚症状(じかくしょうじょう)がありません。

 自分で意識して血液検査を受けなければ,感染しているかどうかはわかりません
【★12】

 HIVに感染すると,体の免疫力(めんえきりょく)が,少しずつ下がっていきます。

 健康な体ではふつう起きない病気に,かかりやすくなるのです。

 そうやって,HIVに感染し,免疫力が下がってかかる病気のことを,AIDS(エイズ)といいます
【★13】



 30年以上前は,薬の開発が今ほど進んでいなかったので,

 HIV・エイズは,「死の病気」としておそれられ,

 日本や他の国で,大きなパニックになりました。

 HIVをもっている人に,とても強い差別や偏見(へんけん)が起きました。




 今は,医療がだいぶ進みました。

 HIVのウイルスを体の中から完全になくすことは,まだできませんが,

 きちんと薬を飲めば,エイズを発症することをおさえて,感染していない人と変わらない生活を送り,長生きもできるようになっています。



 しかし,そのように医療が進んでも,

 HIVやエイズに対する差別・偏見は,社会の中に,今も根強く残っています。

 特に,職場でHIVを理由にクビにされてしまうことが,多く起きています
【★14】


 あなたの相談のような,「うつした・うつされた」という当事者どうしのトラブルも,

 HIVだと,他の性感染症よりもいっそう,深刻なものになりがちです。

 それも,社会に差別・偏見があるせいだと,私は実感しています。




 今,日本では,2万5000人くらいの人が,HIVをもっています。



 HIVをもっている人も,もっていない人も,

 すでに,みんながいっしょに,この社会の中で暮らしているのです。



 一人ひとりが大切にされる社会。

 HIVをもっている人への差別や偏見がない社会。

 そういう社会であることが大切だと,強く思っています。



 日本で,新たにHIVに感染したり,エイズを発症したりするのがわかる人は,

 1年間に,1500人くらいいます。

 じつは,そのうちの4分の1が,10代・20代の人たちです。



 HIV・エイズについての,とてもわかりやすいパンフレットを,ネットで読むことができます。

 10代のみなさんに,ぜひ読んでほしいと思います。

 「もっと自分のカラダのことを知ってみよう」(NPO法人akta)

 
http://www.akta.jp/karada/


 また,HIV・エイズについてもっとくわしく知りたいときや,

 感染しているか不安,感染して困っている,などの相談をしたいときには,

 「NPO法人ぷれいす東京」のウェブサイトに,アクセスしてみてください。

 
http://www.ptokyo.org/

 

 

 

【★1】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役(ちょうえき)又(また)は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★2】 このような場合を「未必(みひつ)の故意(こい)」と言い,わざとやったことと同じように処罰されます。
【★3】 刑法209条 「過失(かしつ)により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料(かりょう)に処する」
【★4】 大分地方裁判所昭和29年12月8日判決・刑集11巻6号1727頁 「罪となるべき事実 被告人(ひこくにん)は…隣室の妻子の動静を気にしながらVのズロースを引きぬいて同女の身体にのしかからう(のしかかろう)としたところ,…同女が…余り強く抵抗(ていこう)しないのに乗(じょう)じて『静かにしろ』と押強くいって同女の身体にのしかかり,同女の明示的な承諾(しょうだく)がないのに勝手に自己の陰茎(いんけい)を同女の陰部(いんぶ)に押しつけてその膣口附近に射精する等の暴行を加え,因(よ)って自己の保有する淋菌(りんきん)含有(がんゆう)精液を同女の膣口内に滲透(しんとう)させて同女に治療日数約15日を要する淋菌性子宮周囲炎を感染せしめ以(もっ)て傷害を与え…たものである」「法令の適用 …なお検察官は被告人Aの…所為(しょい)は強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)を構成すると主張するが強姦罪の構成要件(こうせいようけん)である暴行脅迫はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除(はいじょ)するに足(た)るものであることを要すると介すべきところ本件被告人Aのなした暴行は判示の通りであって右の程度に至(いた)らないものと認められるので同罪は成立しないものといわなければならない。然(しか)しながらかかる場合にも手段たる暴行,目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは勿論(もちろん)であるから右被告人が判示…の如(ごと)き暴行を加えて自己の病毒をVに感染せしめた以上素(もと)より傷害罪の罪責(ざいせき)を免(まぬが)れることはできない」 
【★5】 前橋地方裁判所昭和24年12月15日判決・刑集6巻6号799頁 「被告人は,…易占(えきうらない)を業(ぎょう)としているものであって急性りん菌尿道炎にかかっているものでこれは自覚症であるのに,…6回にわたり,…易を占って貰(もら)いに来たV(注:20歳女性)に対して,あなたは処女性を失っている,小学校当時陰部をいたづらしたことがあるのなら将来立派な処女として結婚できるように自分がよけをしてあげる,と云(い)って同女の外陰部に被告人の陰茎を押し当て,このために同女をして淋菌性子宮内膜炎の疾病(しっぺい)を生(しょう)ぜさせたものである」
 同事案の上告審判決:最高裁判所第二小法廷昭和27年6月6日判決・刑集6巻6号795頁 「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損(きそん)するものである以上,その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従(したが)って,これと見解を異(こと)にする論旨(ろんし)は採用できない」
【★6】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」 
【★7】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★8】 東京地方裁判所平成14年10月24日判決・LLI/DB判例秘書登載 「第2 事実の概要」「2 争いのない事実 …原告がヘルペスに感染したのは,被告と性交渉したためである」「4 被告の主張 被告は,原告との性交渉をする以前から現在に至るまでの間,ヘルペスの自覚症状や他覚症状は一切なく,自己がヘルペスに感染しているという認識は全くなかった。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意,過失がない」「第3 当裁判所の判断 …被告は,原告との性交渉をした時までに,他の複数の女性と性交渉を持ったことがあったことが認められる。そして,この事実に前記ヘルペスういるすの感染,発症に関するメカニズムを併(あわ)せ考えると,被告は,原告との性交渉の当時,ヘルペスが発症していた可能性が極めて高いといわざるを得ない。そうすると,…被告は,原告の性交渉の当時,自分がヘルペスに感染していることを知っていたか,又は少なくとも自己の身体を注意していればヘルペスに感染していることを知ることができたということができる。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意又は過失があるから,原告に対し,不法行為による損害賠償責任を負う」
【★9】 「過失相殺(かしつそうさい)」といいます。
 民法722条2項 「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」
【★10】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
 民事調停法22条 「特別の定めがある場合を除いて,調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟(ひしょう)事件手続法第2編の規定を準用する…」
 非訟事件手続法16条1項 「当事者能力,非訟事件の手続における手続上の行為…をすることができる能力…,手続行為能力を欠く者の法定代理及び手続行為をするのに必要な授権については,民事訴訟法…第31条…の規定を準用する」
 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない」
【★11】 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)
【★12】 血液検査は,病院だけでなく,保健所など,いろんなところで受けられます。「HIV検査相談マップ」http://www.hivkensa.com/ 感染初期は,ウインドウ期間と言って,検査をしてもわからない時期なので,不安なことがあったら,その2~3か月後に検査を受けるようにしましょう。
【★13】 Acquired Immuno-Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)。代表的な23の病気があり,それを発症した時点でエイズと診断されます。
【★14】 ・ 東京地方裁判所平成7年3月30日判決・労働判例667号14頁(タイの現地法人に派遣(はけん)された労働者が,無断でなされたHIV抗体(こうたい)検査で判明した陽性の事実を本社に通知され,感染を理由に解雇(かいこ)されたことが違法とされた事例)
・ 千葉地方裁判所平成12年6月12日判決・労働判例785号10頁(会社が外国人従業員を排除(はいじょ)しようという不当な意図の下に,定期健康診断の際に無断でHIV検査を依頼し,その検査結果表を受け取り,感染を実質的な理由として解雇をなしたことが違法とされた事例)
・ 東京地方裁判所平成15年5月28日判決・労働判例852号11頁(警視庁警察官に採用された者に対し採用時に同意なくして合理的必要性も認められないHIV抗体検査を実施したこと及び陽性との結果を示して辞職を勧奨(かんしょう)したことが違法な公権力の行使であるとして国家賠償責任が認められた事例)
・ 福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決・判例時報2239号88頁,福岡高裁平成27年1月29日判決・判例時報2251号57頁(看護師の本人の同意無くHIV陽性の情報を病院医師や職員らに情報共有されたことが個人情報保護法に違反し本人のプライバシー侵害であること,その後病院が本人との面談でHIV感染を理由に就労制限をしたことが働く権利を侵害するものであるとして損害賠償請求が認容された事例)

Part2_1

2021年8月 1日 (日)

お金がなくて住む場所がなくなりそう

 

 今17歳で,2週間後に18歳になります。 高校を中退して家を追い出され,ネットで知り合った人に,その人の家の部屋の一つを月4万で間借りさせてもらって,バイトして暮らしてきました。でも,時々メンタルが落ちてシフトに入れないので,いつもお金が足りません。先月と今月,家賃が払えなくて,知り合いから「来週にでも出て行ってくれ」と言われました。これからどうしたらいいか,その不安でまたメンタルが落ちてバイトに行けず,ますますお金がなくなっています。




 住む場所,自分の居場所がきちんとある,ということは,とてもだいじです。

 未成年のうちは,親の協力がなければ,アパートを借りるのが本当に難しいので,

 あなたが今の知り合いの部屋から追い出されるのは,とても不安だと思います。



 その知り合いから,「来週に」出て行くように言われているのですね。

 でも,いきなり来週に,あなたが部屋を出る必要は,ありません。




 あなたが知り合いから部屋を借り,家賃として4万円を払っているのは,

 「賃貸借(ちんたいしゃく)」という契約(けいやく),つまり,法律的な約束ごとです
【★1】


 契約書という紙を作っていなくても,

 未成年のあなたが親のOKをもらっていなくても
【★2】

 契約として,きちんと成り立っています。



 借り手のあなたが,「家賃を払う」という約束を守れなかったら,どうなるか。


 住む場所がなくなるのは,生活・人生の中で,とても大きなことです。

 借り手は,貸し手よりも立場が弱いので,

 法律は,部屋を借りる人のことを守っています。



 家賃を払うのが少し遅れていたり,1,2回払えていなかったりしても,

 それだけでは,貸し手は,「約束違反だから,部屋から出て行け」とは言えません。

 貸し手と借り手のあいだの信頼関係がこわれるほどの,大きな約束違反があって,

 はじめて,「部屋から出るように」という話になるのです
【★4】【★5】


 あなたは,家賃が払えていないのが2ヶ月ぶんですし,

 払えない理由も,心の調子をくずして働くことができないからですよね。

 そのほかに,その知り合いとの信頼関係がこわれるような特段のことがないのなら,

 あなたが今,あわてて部屋を出る必要はありません。



 その知り合いと,ゆっくりきちんと話し合って下さい。

 話し合いがまとまらないまま,あなたを出て行かせるには,

 その知り合いが裁判の手続きをとる必要がありますし,それには時間がかかります。

 裁判所の手続きをとらないで,知り合いが,あなたの荷物を勝手に外に出したり,部屋の鍵を変えたりして追い出すことは,

 「自力救済(じりききゅうさい)」と言って,法律上,許されません。

 もし,知り合いがそういうことをしたら,すぐに弁護士に相談してください。




 「家賃を払うために,どこかからお金を借りよう」,と考えたかもしれません。

 「親のOKがなくても未成年の人にお金を貸します」という業者も,中にはあります。

 でも,そういった業者からお金を借りることは,しないでください。

 利息が高いので,あっという間に借金の額が増えていき,ますます苦しくなります。

 未成年の人が,親のOKなくお金を借りたら,「親のOKがなかった」という理由で,そのお金の貸し借りをナシにできるのですが
【★2】

 たとえ貸し借りをナシにしても,生活費として使ったぶんは,結局,業者に返さないといけないのです
【★6】


 もし,すでに業者からお金を借りてしまっているなら,すぐに弁護士に相談してください。

 弁護士が業者との話し合いに立って,借金の額を減らす交渉をしたり,分割して返す約束をし直したり,

 裁判所で借金をナシにしてもらう,「破産(はさん)」の手続きをとったりすることができます。

 親の協力がなければ,成人するまで待たないといけない手続もありますが,

 未成年の今のうちから弁護士がサポートできることを,ぜひ確認してください。




 大人であれば,「一時的に緊急にお金が必要」というときに,きちんとしたところからお金を借りることができます。

 社会福祉協議会という,困っている人をサポートするところが貸してくれる,「緊急小口資金貸付」という制度です
【★7】

 ところが,この制度も,未成年だと,親の協力がなければ使えません
【★8】

 もともと,「未成年が契約するときに親のOKが必要」と法律が決めているのは,子どもを守るためです。

 それなのに,親に家から追い出されたあなたのようなケースで,

 親のOKがないことを理由に,困っている子どもが,きちんとしたところからお金を借りられないのでは,

 ほんとうにおかしい,本末転倒(ほんまつてんとう)だと,私は思っています。



 17歳までは,児童相談所という役所があなたをサポートしてくれます。

 「189」に電話をかけて,相談してみてください。



 あなたは,2週間後に18歳になるということでしたね。

 18歳になったから児童相談所のサポートが受けられない,と,あきらめることはありません。

 あなたが生活を立て直すまでのあいだ,人としてきちんとした暮らしを送れるようにするために,生活保護という制度があります【★9】【★10】

 あなたの給料で暮らしていくのに足りないぶんを,生活保護がカバーします
【★11】

 市役所や区役所に申請をしてから実際に生活保護が始まるまでの期間は,原則2週間ですが,伸びると30日かかります【★12】【★13】

 それを待っている間にお金の余裕がなくなってしまわないよう,申請は早めにするようにしてください。

(市区町村によっては,実際の生活保護が始まる前に,お金を「緊急払い」してくれるところもあります。)

 生活保護の申請が自分ひとりではなかなかうまくいかないなら,弁護士があなたといっしょに役所と話をすることもできます
【★14】



 少なくとも生活保護が認められるまでは,引き続き今の部屋にいさせてもらえるように,あなたの知り合いに話をしてみましょう。

 どうしても難しいようなら,事情を役所に話し,部屋を出て当面の間寝泊まりできるところを,役所に確保してもらいましょう
【★15】

 生活保護を受けられるようになったら,自分でアパートを借りたり,自立をサポートする施設に入ったりして,これからの生活を立て直していくことができます。




 お金は,生きていくうえでとても大事なものですが,

 そのお金のせいで,生活や人生がおしつぶされることのないように,

 そのための法律があり,制度があります。

 住む場所をきちんと確保して,不安を減らし,心の健康を取り戻せるよう,

 ぜひ,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

 

【★1】 民法601条 「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益(しゅうえき)を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★2】 未成年のときに親のOK(同意)がないまま契約をしたら,「親のOKをもらっていなかった」ということを理由に契約をそのナシにすること(取消し)ができます。逆に言えば,取り消されるまでは,有効な契約として扱われます(内田貴「民法Ⅰ」246頁)。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 同条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★3】 借地借家法という特別な法律で,借り手が守られています。
【★4】 「信頼関係破壊理論」,または,「信頼関係の法理」と呼ばれています。
 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・民集18巻6号1220頁 「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至(いた)る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認(ぜにん)するに足りる」
 「 (民法)541条によると僅(わず)かな債務不履行(さいむふりこう)でも催告(さいこく)期間内に履行(りこう)がなければ解除できることになりそうであるが,不動産賃貸借が些細(ささい)な債務不履行で解除されてしまうと,賃借人は居住や営業の拠点(きょてん)を失うことになって,余りに不均衡(ふきんこう)な損失が発生する…そこでこれを制限する解釈論が展開した」「(最高裁で)採用された理論は信頼関係破壊理論(あるいは信頼関係の法理)などと呼ばれる。この理論には2つの側面がある。一方で,賃借の債務の不履行があっても,信頼関係を破壊しない些細な不履行では解除できないが,他方で,厳密には賃貸借契約上の債務の不履行といえなくても信頼関係が破壊されるに至(いた)れば,解除可能となる」(内田貴「民法Ⅱ」229~230頁)
【★5】 あなたの知り合いの家が,その人の持ち家ではなく,賃貸で借りている部屋なら,大家さんにOKをもらわずにあなたが住んでいるのは「又貸し(またがし)」になりますから,民法上の「無断転貸(むだんてんたい)」にあたります(民法612条)。また,大家さんと知り合いの間で結んでいる契約でも,ふつうは「誰が住むか」ということも含めて約束していますから,その約束違反にもなります。ただ,そういった違反があっても,それだけで大家さんが知り合いに対して「部屋を出て行くように」と言えるのではなく,やはり,又貸しによって大家さんと知り合いとの間の信頼関係がこわされているかどうかが重要になります。法律上は,又貸ししてもらっているあなたも,大家さんに直接義務を負うことになってはいますが(民法613条1項),又貸しによる大家さんとのトラブルは,第一には直接の借り手であるその知り合いが大家さんと対応するものです。あなたは,あなた自身の生活の場所・お金のことを第一に考えて動いてください。
【★6】 未成年の人が,「親のOKがなかった」という理由で契約をナシにした場合,お金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」とされます(民法121条但書「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」)。
 他方で,裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。
 未成年の人にお金を貸す業者は,その裁判例を利用するために,「生活費として使うためにお金を借ります」という書面を,未成年の人に書かせていることが多いです。
【★7】 5日くらいの審査で,最大10万円まで,連帯保証人なしで,無利子で借りることができます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/activity/documents/20150519-koguchi201504.pdf
【★8】 2016年4月22日,東京都社会福祉協議会の福祉資金部福祉資金貸付担当に電話で確認済み
【★9】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する」
【★10】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする」
【★11】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする」
【★12 生活保護法24条3項「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」
 同条5項「第3項の通知は,申請のあった日から14日以内にしなければならない。ただし,扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる」
【★13】 その期間に,あなたにお金がないのかどうか,他にあなたを援助する家族がいないかどうかを,役所が調べます。役所から家族に連絡が行きます(役所から家族に連絡しなくていい例外もあるにはあるのですが,特別な場合にしか認められないのが現状です)。それを嫌がって生活保護申請をためらう人も多いです。しかし,あなたを助けてくれない家族に生活保護申請が知られることの嫌な気持ちのマイナスより,生活保護を受けて安心・安定した暮らしを得られるプラスのほうが大きいことがほとんどです。不安な人は,そのことも含めて,一度,弁護士と相談するとよいでしょう。
【★14】 弁護士費用も心配する必要はありません。日本全国の弁護士がお金を出し合い,生活保護申請に協力する弁護士に,費用を出しています。
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/hourituenjyojigyou.html
【★15】 親から家を出されたことや,病気がちのあなたを親がきちんと面倒を見ないということが,虐待になるようなら,子どものシェルターを利用することも考えられます。詳しくは,「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい。もっとも,あなたの場合は,記事本文で書いたように,いますぐ知り合いの家から出る必要まではないので,シェルターを使わずに次の居場所を見つけていくことができる可能性が,十分あります。まずは,弁護士に相談してみてください。

Part1_2

 

少年院ってどんなところ?

 

 少年院ってどんなところですか? 刑務所とどうちがうんですか?

 

 

 

 少年院は,犯罪をした子どもや,犯罪をするかもしれない子どもを,立ち直らせるための施設です【★1】。


 12歳や13歳の子どもでも,少年院に入ることは,ありえます【★2】

 しかし実際は,少年院に入る時の子どもの年齢は,16歳から19歳が,ほとんどです
【★3】【★4】


 少年院にいる期間は,1年くらいが基本です【★5】【★6】

 でも,本人の立ち直りが遅かったり,少年院を出た後の受け入れ先がなかったりすると,2年くらいまで伸びることもあります
【★7】

 (最初から半年以内を目安として少年院に送られるケースもあります
【★8】。)


 なので,18歳や19歳で少年院に入り,少年院の中で20歳の誕生日を迎える,という人が,たくさんいます【★9】

 つまり,少年院の中には,20歳以上の人も多くいるのです。

 少年院にいられる上限は,22歳の最後の日までです
【★10】

 ただ,そのぎりぎりまで少年院にいることは,まずありません。



 病気などで医療が必要な人には,そのための少年院があり,

 そこは,25歳の最後の日までが,上限です
【★11】


 少年院も,刑務所と同じように,

 中のルールがとても厳しく,自由はとても少ないです。

 1日の生活の流れが決まっていて
【★12】

 他の人との私語もダメですし,

 号令にしたがって,きびきびと動かなければいけません
【★13】


 しかし,少年院は,刑務所とは,とても大きなちがいがあります。


 刑務所で受けるのは,仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」という,「刑罰」です【★14】

 でも,少年院で受けるのは,「刑罰」ではありません【★15】

 少年院で行われるのは,「教育」です
【★16】


 きちんとした社会のメンバーとなるための知識や態度を身につける生活指導では,

 職員と面接したり,日記・作文を書いたりして,自分自身と向き合います
【★17】

 働こうという気持ちを高めて,働くための知識や技術を身につける職業指導では,

 溶接や機械運転,パソコンなどの資格を取る人もいます
【★18】

 教科指導では,生活を送るうえで必要になる学力を身につけることができ,高卒認定試験を通る人もいます
【★19】


 そういった教育が,集団生活の中で行われます【★20】


 少年院の職員の人たちは,厳しく,そして熱く,子どもたちと向き合います【★21】


 家や学校,地域の中で,大人たちから大切な存在として扱われず,居場所がなかった子どもたち。

 その多くが,少年院での「教育」,職員との出会いとかかわりを通して,立ち直っていきます
【★22】

 そして,社会に戻るためのサポートを受けて,少年院から巣立っていきます
【★23】


 私たち弁護士は,犯罪をしてしまった子どもが,少年院に行かなくても社会の中で立ち直れるようにと,活動することが多いです。

 「少年院は,子どもが立ち直るための,一番最後の場所であって,

 かんたんに子どもを少年院に入れてはいけない」,

 世界も,そう確認しています
【★24】

 でも,少年院は,そういう一番最後のだいじな施設だからこそ,

 そこに入った子どもたちに,本当に真剣に向き合っています
【★25】


 少年院での「教育」が,刑務所の「刑罰」よりもラクだ,などということはありません。

 刑務所の「刑罰」は,その人をこらしめるためのもの,その人の外から押し付けられるものです。

 でも,少年院での「教育」は,その人が立ち直るよう,その人が自分自身の中から変わっていくことを,厳しく求められます
【★26】

 そこに甘やかしはありませんし,けっしてラクなものなどではありません。



 先日,私の引率で少年院を見学した大学1年生が,こう話してくれました。

 「たしかに厳しい環境だけれど,それより前に見学した刑務所とちがって,

  少年院は,全寮制の学校のような印象が,深く心に残った。

  ここで子どもたちが『育て直し』をされているのだと思った」。

 それは,18年前,私が大学1年生のときに,初めて刑務所と少年院の両方を見学して受けた印象と,同じです。



 ところが,

 そうやって少年院の現場を実際に訪れることもなく,

 少年院にいた人たちや,少年院の職員たちの話を知ろうともしないで,

 「大人とちがい,1年や2年のあいだ少年院にいるだけで社会に戻れるなんて,犯罪をおかした子どもに,法律は甘い。もっと厳しくするべきだ」,

 そう考える人がいます。



 もともとむかしから,事件によっては,20歳になっていない人でも,少年院ではなく刑務所に送られることは,ありました【★27】

 しかし,「法律が甘い」という声を受けて,子どもたちが刑務所に送られやすい方向に,これまでも少年法は変えられていました
【★28】


 そして,最近,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられ,

 さらに,成人年齢も20歳から18歳に引き下げられたのに合わせて,

 「少年法も改正して,少年院に入れる年齢の上限を下げて,

 犯罪をした18歳・19歳は,大人と同じ責任を負わせるべきだ」,

 そういう議論が出てくるようになりました。



 今の少年法なら,18歳・19歳に,少年院での最後の「育て直し」のチャンスがあります。

 でも,もし,そんなふうに少年法が改正され,少年院に入れる年齢の上限が下がってしまうと,

 犯罪をしても,裁判にかけられないままで終わってしまったり
【★29】

 裁判さえ終われば,あとはそのまま社会に放り出されるだけになってしまったり
【★30】

 刑務所で刑罰を押し付けられるだけになってしまったりして,

 最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。



 そんな法改正が,はたして,

 それまで家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,良いことなのかどうか,

 私たちのこの社会にとって,本当に良いことなのかどうか,

 それを,実際に多くの18歳・19歳を「育て直し」ている少年院をよく見て,皆さんに考えてみてほしいと思います
【★31】


 (2021(令和3)年5月の少年法改正では,18歳・19歳も引き続き少年法の対象になりましたが,18歳未満の子どもと比べて「育て直し」のチャンスが薄くなる問題があります。【★32】

 

 

 

【★1】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,少年院に送られることもあります。これを「ぐ犯」と言います。
少年法3条「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由(じゆう)があって,その性格又(また)は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為(こうい)をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖(せいへき)のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附(つ)かないこと
 ハ 犯罪性のある人若(も)しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★2】 少年法の厳罰化(げんばつか)の流れを受けて,平成19年(2007年)5月成立・同年11月施行の改正少年法で,少年院に送られる子どもの年齢が,12歳に引き下げられました。ただし,12歳,13歳は,特に必要がある場合だけ,少年院に送られることになっています。
 同法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★3】 少年院に送る判断がされるのは,家庭裁判所の審判という手続の中です。この審判は,20歳を超えてしまうとできません。
 少年法2条1項 「この法律で『少年』とは,20歳に満たない者をいい…(略)」
 同法3条1項 「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に処する。(略)」
 同法19条2項 「家庭裁判所は,調査の結果,本人が20歳以上であることが判明したときは,……決定をもって,事件を管轄(かんかつ)地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致(そうち)しなければならない」
 同法23条3項 「第19条第2項の規定は,家庭裁判所の審判の結果,本人が20歳以上であることが判明した場合に準用(じゅんよう)する」
【★4】 少年矯正統計少年院2014年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人,14歳:171人,15歳:310人,16歳:566人,17歳:608人,18歳:602人,19歳:605人,20歳以上:1人
【★5】 平成26年の長期処遇(しょぐう)対象者のうち,仮退院までの平均在院日数は,397日でした(少年矯正(きょうせい)統計少年院2014年「40 少年院別 仮退院者の在院期間(長期処遇対象者)」)。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
【★6】 以前は,「長期処遇」「一般短期処遇」「特修短期処遇」という処遇区分がありましたが,平成26年(2014年)に成立し,平成27年(2015年)6月から施行されている新しい少年院法では,どのような矯正教育の内容を重点的に行うのか,その程度の期間を標準として矯正教育を行うのか,を規定した「矯正教育課程」のわくぐみに変わりました(少年院法30条。法務省矯正局編「新しい少年院法と少年鑑別所法」69頁)。
【★7】 法務大臣平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令(くんれい)」(法務省矯少訓第2号)の別表1の矯正教育課程の「標準的な期間」は,短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)以外,どれも「2年以内の期間」となっています。
 http://www.moj.go.jp/content/001151845.pdf
【★8】 〔★7〕の短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)の「標準的な期間」は,「6月以内」です。
 法務省矯正局長平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令の運用について(依命通達)」(法務省矯少第92号)「2 第1種少年院における在院者の矯正教育課程の指定」「(1)短期義務教育課程又は短期社会適応課程」「ア 一般的な取扱い 家庭裁判所において,送致すべき少年院として第1種が指定され,かつ,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を履修(りしゅう)させるべき特性を考慮して,これらの矯正教育課程の標準的な期間(6月以内)を矯正教育の期間として設定することが適当であるとする旨の勧告が付された場合は,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を指定すること。なお,少年院送致の保護処分歴がある場合には,短期義務教育課程又は短期社会適応課程の在院者の類型である『その者の持つ問題性が単純又は比較的軽く,早期改善の可能性が大きいもの』には該当しないこと」「イ 14歳未満の在院者について 14歳未満の在院者については,義務教育を終了しない者ではあるものの,原則として短期義務教育課程は指定しないが,次のいずれにも該当する場合において,相当と認めるときは,同課程を指定することができること。(ア)中学校2年生に該当する年齢であること。(イ)心身の発達の程度を考慮して14歳以上の在院者との同一の集団での矯正教育の実施に著しい支障が認められないこと」 http://www.moj.go.jp/content/001151846.pdf
【★9】 少年院法137条1項 「少年院の長は,保護処分在院者が20歳に達したときは退院させるものとし,20歳に達した日の翌日にその者を出院させなければならない。ただし,少年法第24条第1項第三号〔★10〕の保護処分に係る同項の決定のあった日から起算して1年を経過していないときは,その日から起算して1年間に限り,その収容を継続することができる」
 少年院送致決定から1年以上さらに収容する場合には,家庭裁判所が,収容継続審判をします。
 同法138条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の心身に著しい障害があり,又はその犯罪的傾向が矯正されていないため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨の決定の申請をしなければならない。 一 前条第1項本文の規定により退院させるものとされる者 20歳に達した日 二 前条第1項ただし書の規定により少年院に収容することができる期間…が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が23歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★10】 少年院法4条1項 「少年院の種類は,次の各号に掲げるとおりとし,それぞれ当該各号に定める者を収容するものとする。
 一 第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著(いちじる)しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(次号に定める者を除く。)
 二 第2種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がない犯罪的傾向が進んだおおむね16歳以上23歳未満のもの
 三 第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの
 四 第4種 少年院において刑の執行を受ける者」
【★11】 以前は「医療少年院」と呼んでいたもので,今は「第3種」の少年院です(少年法4条1項三号。〔★10〕)。
 少年院法139条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の精神に著(いちじる)しい障害があり,医療に関する専門的知識及び技術を踏(ふ)まえて矯正教育を継続して行うことが特に必要であるため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨(むね)の決定の申請をしなければならない。 一 家庭裁判所が前条第2項…の規定により定めた少年院に収容する期間が23歳に達した日に満了する者 23歳に達した日 二 家庭裁判所が次項…の規定により定めた少年院に収容する期間(当該期間の末日が26歳に達した日である場合を除く。)が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が26歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★12】 多摩少年院の場合の一日の流れは次のとおりです(同院パンフレット)。
  7:00 起床
  7:30 洗面,身辺整理,朝食,役割活動
  9:00 朝礼
  9:15 教育活動
 12:00 昼食
 13:30 教育活動
 17:00 夕食
 18:00 集会,教養講話
 19:00 自己計画学習,日記記入
 20:00 テレビ視聴
 21:00 1日の反省
 21:15 就寝
【★13】 「僕が入っていた当時の少年院はどんな場所だったのかというと。
 一,少年院の中では基本的に私語厳禁。『あつい』『きつい』などの独り言もダメ。
 一,院生同士での手紙のやり取り,目で合図を送るなどの通信は禁止。
 一,廊下を歩く際には,スリッパをペタペタさせない。また,よその部屋を覗(のぞ)かない。
 一,集団トイレの使用は,各部屋ごとに決められた時間で用を済ますこと。
 一,テレビ鑑賞の時間は,大きな声で笑わない。
 一,就寝時は,眠りに入るまで天井を向いて目を閉じること。
 生活面の規則は,他にもまだたくさんあった。その上,院内では部屋から一歩外へ出ると,次のような集団行動を行わなければならなかった。
 一,『気をつけ』の姿勢は背筋をピンと張って,両手の中指をズボン横の縫(ぬ)い目に沿わせる。
 一,『前へならえ』の姿勢は,ならえの『な』の号令が聞えると同時に,素早く両手を前へ出す。この時,親指は曲げて,手の平にくっ付けておく。
 一,『礼』の姿勢は,背筋を張ったまま上半身を斜め45度に倒す。視線は3歩先を見るようにし,心の中で『1,2,3』と数えた後,サッと頭を上げる。
 規則を数えればきりがないが,このような生活を日々実践(じっせん)させられるわけだ。
 だが,少年院はこればかりではない。『ハイ!』『有難うございます!』『失礼します!』『すみません!』と力いっぱい大きな声で返事をしなければならず,教官は僕たちに徹底して躾(しつけ)を教え込んだ」(「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)126頁,吉永拓哉「少年院卒元ヤンブラジル新聞記者の人生」)
【★14】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★15】 ただし,一応法律上は,少年院で刑の執行を受けることも,ありうることになってはいます。これは,少年法の厳罰化の流れを受けて,平成12年(2000年)11月改正・平成13年(2001年)4月施行の改正少年法で,14歳・15歳も大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受けることがありうるとされたことに関連します。いままでも16歳以上の子どもが大人と同じ刑罰を受けることはありました。その場合,少年刑務所という,大人とは違う刑務所で,刑の執行を受けます。しかし,14歳・15歳の子どもは,刑の執行を受けるとはいっても,まだ教育が必要な年齢です。なので,16歳にまるまでは少年院で刑の執行を受けることとし,その間は「矯正教育を授ける」ということになったのです。少年院法4条1項〔★10〕の第4種の少年院が,これにあたります。ただし,この記事を書いている現時点で,この規定に基づいて少年院で刑の執行を受けている人はいません。
 少年法56条1項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた少年…に対しては,特に設けた刑事施設又は刑事施設若しくは留置施設内の特に分界を設けた場所において,その刑を執行する」
 同条3項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた16歳に満たない少年に対しては,…16歳に達するまでの間,少年院において,その刑を執行することができる。この場合において,その少年には,矯正教育を授ける」
【★16】 少年院法3条 「少年院は,次に掲げる者を収容し,これらの者に対し矯正教育その他の必要な処遇を行う施設とする。(略)」
【★17】 少年院法24条1項 「少年院の長は,在院者に対し,善良な社会の一員として自立した生活を営むための基礎となる知識及び生活態度を習得させるため必要な生活指導を行うものとする」
【★18】 少年院法25条1項 「少年院の長は,在院者に対し,勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させるため必要な職業指導を行うものとする」
【★19】 少年院法26条1項 「少年院の長は,学校教育法…に定める義務教育を終了しない在院者その他の社会生活の基礎となる学力を欠くことにより改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる在院者に対しては、教科指導(同法による学校教育の内容に準ずる内容の指導をいう。…)を行うものとする」
【★20】 少年院法38条1項 「矯正教育は,その効果的な実施を図るため,在院者が履修すべき矯正教育課程,第16条に規定する処遇の段階その他の事情を考慮し,在院者を適切な集団に編成して行うものとする」
【★21】 少年院の職員である「法務教官」の皆さんの具体的な話が,毛利甚八著「少年院のかたち」(現代人文社)で読むことができます。
【★22】 少年院を出た人たちが,互いの経験や未来を共有したりして語り合う場として,「NPO法人セカンドチャンス!」を立ち上げています(http://secondchance-tokyo.jimdo.com/)。少年院を出た人たち一人ひとりの話が,「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)で読むことができます。
【★23】 少年院法44条1項 「少年院の長は,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後に自立した生活を営む上での困難を有する在院者に対しては,その意向を尊重しつつ,次に掲げる支援を行うものとする。(略)」
【★24】 少年司法運営に関する国連最低基準規則(1985年,通称「北京ルールズ」)18条1 「権限を有(ゆう)する機関にとって,きわめて多様な処遇方法が利用できなければならない。可能なかぎり最大限,施設収容をさけるために,柔軟性が認められなければならない」
 同規則19条 「少年の施設収容処分は,常に,最後の手段であり,かつ,その期間は必要最小限度にとどめられなければならない」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及(およ)び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条4項 「児童がその福祉に適合し,かつ,その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため,保護,指導及び監督命令,カウンセリング,保護観察,里親委託,教育及び職業訓練計画,施設における他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする」
【★25】 しかし,平成21年(2009年),広島少年院で法務教官たちが少年院に入っている人たちに暴力をふるっていたことが明らかになりました。少年院法という法律は,もともとは,条文の数が少ない法律で,昭和24年(1949年)に施行されてからこれまで,大幅な改正が一度もされずにいたのですが,広島の事件がきっかけとなって,平成26年(2014年)に少年院法が大きく変わりました(平成27年(2015年)6月から施行)。報道では,「初等少年院/中等少年院」「特別少年院」「医療少年院」という名前を「第1種」「第2種」「第3種」に変えたことのほうが取り上げられていますが(「特別少年院」という名前が子どもたちの間で一種のステータスになっていたから,という事情もありました),広島少年院の事件が法改正のきっかけだったことからすれば,少年院にいる人たちの取り扱いについて法律できちんとルールが決められたこと,処遇に不満がある場合の救済のしくみや,外部の人が少年院の状況をチェックするしくみができたことのほうが,重要です。
【★26】 「少年院や保護観察などの教育方法は,少年の生活意識や態度を根本から改めさせるために,少年自身の努力によって非行性を克服させようとするものであり,少年自身にとって非常に厳しい自己錬磨が要求されるのです。そこには甘やかしの要素はほとんど入ってきません。刑罰が,その懲罰的な性格により他律的改善を図る手段であるとすると,保護処分は,自律的改善を少年に強制する手段だということになります」(澤登俊雄「少年法」8頁)
【★27】 大人と同じ裁判にかけるために,事件を家庭裁判所が検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,刑事訴訟を起こします。
 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★28】 むかしは,16歳以上の子どもでなければ逆送はできませんでした。また,16歳以上の非常に重い犯罪でも,事情によっては,必ずしも逆送されるとはかぎりませんでした。
 しかし,大人たちが「少年法は甘い,厳しくするべきだ」と考えた結果,2000年(平成12年)に法律が変えられ,14歳・15歳の子どもでも逆送されうることになり,また,16歳以上の子どもで故意に(わざと)人を死なせた犯罪のときには,必ず逆送しなければならない,というように,厳しくなりました。
 少年法20条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
【★29】 20歳になっていない人の刑事事件については,犯罪をした疑いがないかぎり,すべて家庭裁判所に送られます(「全件送致主義」と言います)。
 少年法42条1項 「検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,…これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である」
 ところが,20歳以上の人の刑事事件については,検察官は,必ず裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
【★30】 少年事件では,家庭裁判所の審判で,少年院には送られずに社会に戻ってよいとされる場合でも,定期的に地元の保護司のところに通う「保護観察処分」となることがほとんどです。
 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 一 保護観察所の保護観察に付すること。(略)」
 しかし,大人の裁判では,「これから数年間まじめに暮らしていれば刑務所に行かなくてもよい」という執行猶予(しっこうゆうよ)の判決であれば,それで終わりです。大人の裁判でも「保護観察」を付けることはありますが,そういう判決になることはとても少ないのが実際です。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。(略)」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ,同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★31】 日弁連2015年(平成27年)2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150220_2.pdf
【★32】 日弁連2021年(令和3年)5月21日「18歳及び19歳の者に関する少年法改正に対する会長声明」
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2021/210521.html

Part1_2

 

 

 

亡くなった親が借金をしていた

 

 17歳で,きょうだいはいません。両親は私が幼いころに離婚しました。父は今どこで何をしているかわかりません。今年,母が亡くなり,何十万円かの預金と,私を受取人にしている200万円の生命保険を残していました。預金と生命保険の手続きはまだできないらしいので,それまで待つことにしていました。ところが最近,母にかなりの額の借金があったことがわかり,業者から「返せ」という手紙が来て,とても困っています。

 

 

 ほんとうにその借金があったとしても,相続放棄の手続をすれば,あなたがその借金を払う必要はありません。

 また,相続放棄をしても,生命保険金は受け取ることができます。





 業者から突然「返せ」と連絡が来て,驚きましたよね。

 もしかして,お母さんが残した財産以上の借金を払わなくてはいけなくなるのかと,とても不安になったと思います。




 亡くなった人の財産を他の人が引き継ぐことを,「相続」と言います
【★1】


 あなたのお母さんは,「この財産をこの人に引き継がせたい」という「遺言(いごん)」を,書いてはいなかったのですね
【★2】

 遺言がなければ,法律に書かれている順番・割合で,家族が財産を引き継ぎます。



 あなたのお母さんが離婚していて,子どもがあなた一人だけなら,

 あなたがお母さんの財産を全部引き継ぐことになります
【★3】


 相続では,預金や土地・建物などのプラスの財産も,借金などのマイナスの財産も,両方とも引き継ぎます。


 でも,プラスの財産の額よりも,マイナスの額のほうが多かったら,それを引き継いで返していくのは,大変です。


 法律は,一人ひとりを大切な存在としてあつかっています。

 あなた自身が作った借金ではないのに,「家族だから」という理由だけで,必ず引き継がなければならないというのでは,おかしなことです。

 だから,借金などのマイナスの財産のほうが大きいときなど,引き継ぎたくない場合は,相続しないことができます。

 これを,「相続放棄(そうぞくほうき)」と言います
【★4】


 相続放棄は,亡くなった人の最後の住所の地域の家庭裁判所で,手続をします【★5】

 亡くなったことを知ったときから3か月以内に,手続をするのが原則です
【★6】

 3か月以内では財産を全部調べるのが間に合わないときには,

 「放棄するかどうか調べて考える期間を伸ばしてほしい」と裁判所に連絡します
【★7】


 あなたの場合,まだ未成年なので,今はまだ,この相続放棄の手続をとることができません【★8】

 成人してから3ヶ月以内に手続をとれば大丈夫です。

 成人する年齢はいままでは20歳でしたが,2022(令和4)年4月からは18歳に引き下げられています
【★9】



 お母さんにあったという多額の借金が,ほんとうにあなたが払わなければならないものなのかどうか,よく確かめてみてください。

 むかしの借金なら,もう「時効(じこう)」で消えていて,払わなくてよくなっているかもしれません
【★10】

 利息が高かったときの借金なら,利息制限法という法律で計算しなおせば,借金の額が減っているかもしれません
【★11】

 成人する前に,弁護士に相談してみてください。



 相続放棄の手続きが終わると,裁判所が証明書を出してくれます。

 それを業者に見せれば,「お金を払え」と求められることは,なくなります。



 きちんと調べるまでは,業者に一部でもお金を返さないようにしてください。

 でも,もし,うっかり相続放棄の前にいくらか返してしまったとしても,

 お母さんの残したお金からではなく,自分のお金から払ったのなら,

 その後でも相続を放棄することはできますから,安心してください
【★12】



 相続放棄をすると,プラスの財産も引き継ぎません。

 なので,お母さんの残した数十万円の預金は,あなたが受け取ることはできません
【★13】


 でも,生命保険のお金は,相続放棄をしても,あなたが受け取ることができます。


 相続は,亡くなった時に,亡くなった人が持っていた財産を引き継ぐものです。

 あなたが受取人として指定されている生命保険のお金は,

 お母さんが亡くなったことによってはじめて,あなたに発生するお金です。

 お母さんが亡くなった時に,お母さん自身が持っていたものではありません。

 だから,相続放棄をしても,受け取ることができるのです
【★14】【★15】


 お母さんが,あなたのために残してくれた生命保険のお金です。

 ぜひ大切にして,今後のあなたの生活のために役立ててください。




 日本が大きな戦争に負ける前までは,一家の主(あるじ)が亡くなると,財産は全て家族のうちの一人が引き継ぎ,それも,長男が優先されていました
【★16】

 子どもが何人かいても,「年下だから」「女性だから」という理由で,子どもどうしが平等に扱われてこなかったのです。



 戦争に負けた後,日本は,一人ひとりを大切にする社会にしようと変わりました。

 相続も,子どもどうしなら,年や男女に関係なく平等に相続するようになりました。



 ところが,不平等は,まだ別のところで残りました。

 例えば,男性が,結婚している女性との間に子どもをもうけ,さらに結婚していない別の女性との間にも子どもをもうけていたとき,

 その男性が亡くなると,

 結婚していない女性のほうの子どもは,結婚している女性のほうの子どもの2分の1しか,相続することができなかったのです
【★17】


 子どもは,親を自分で選んで生まれてくることは,できません。

 お父さんが同じなのに,お母さんが結婚していたかどうかで,子どもどうしを違うあつかいにするのは,全くおかしなことでした。

 そして,ようやく2013年(平成25年)に,最高裁は,

 「親が結婚していたかどうかで子どもが相続できる割合が違うのは,憲法が保障している平等原則に違反している」,

 そう言って,今後は同じ割合で相続するという判決を出しました
【★18】


 相続というしくみが,なぜあるのか。

 いろんな説明が試されていますが,

 はっきりとした理屈で,すっきりと説明することは,実は難しいのです
【★19】

 そのためもあって,実際,いろんな不都合が,あちこちで起きています。

 私は,弁護士として,相続の事件を多くあつかっていますが,

 今の相続のしくみが理不尽(りふじん)だと思うことが,たくさんあります。

 裁判での争いや,国会での議論によって,相続についての法律を,より良いものに変えていく必要があると思っています。
 



 「子どもは,親を自分で選んで生まれてくることができない」。

 それは,財産が多くある親のもとに生まれてきた子どもと,そうでない子どもとの間でも,同じことが言えます。

 相続のしくみのことだけでなく,

 親が元気な時も,親が病気になった時も,そして,親が亡くなった後も,

 子どもたちが,その生まれてくる家庭によって,理不尽な違ったあつかいを受けることなく,

 一人ひとりが大切にされる社会であることが必要だと,私は強く思っています。

 

 

 

【★1】 民法882条 「相続は,死亡によって開始する」
 民法896条 「相続人は,相続開始の時から,被相続人(ひそうぞくにん)の財産に属(ぞく)した一切の権利義務を承継(しょうけい)する。ただし,被相続人の一身に専属(せんぞく)したものは,この限(かぎ)りでない」
 「被相続人」は亡くなった人のこと,「相続人」は亡くなった人の財産を引き継ぐ人のことです。
【★2】 民法964条 「遺言者(いごんしゃ)は,包括(ほうかつ)又(また)は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分(いりゅうぶん)に関する規定に違反することができない」
 「遺言」は,日常用語では「ゆいごん」と読みますが,法律用語では「いごん」と読みます。
【★3】 民法887条1項 「被相続人の子は,相続人となる」
 お母さんが離婚していなければ,お父さんも相続人になります(民法890条「被相続人の配偶者(はいぐうしゃ)は,常に相続人となる。(略)」,民法900条「同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。 一 子及(およ)び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする(略)」)。
 あなたが一人っ子でなければ,きょうだいで均等に相続します(民法900条「… 四 子…が数人あるときは,各自の相続分は,相等(あいひと)しいものとする。(略)」)。
【★4】 民法939条 「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす」
【★5】 民法938条 「相続の放棄をしようとする者は,その旨(むね)を家庭裁判所に申述(しんじゅつ)しなければならない」
 家事事件手続法201条1項 「相続の…放棄に関する審判事件…は,相続が開始した地を管轄(かんかつ)する家庭裁判所の管轄に属する」
 民法883条 「相続は,被相続人の住所において開始する」
【★6】 民法915条1項 「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇(か)月以内に,相続について,単純若(も)しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(略)」
【★7】 民法915条1項但書 「…ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって家庭裁判所において伸長(しんちょう)することができる」
【★8】 民法917条 「相続人が未成年者…であるときは,第915条1項の期間は,その法定代理人が未成年者…のために相続の開始があったことを知った時から起算する」
 あなたの場合,親権者であったお母さんが亡くなったので,法定代理人がいない状態です。親権者変更の手続をとってお父さんに親権者になってもらうのも,相続放棄のためだけに未成年後見人を家庭裁判所に選任してもらうのも,現実的ではないということも多いと思います。その場合は,あなたが成人するまで待ってから手続をとるのでも十分です。
【★9】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★10】 最後の取引から5年で時効になることがほとんどです。「時効を援用(えんよう)します」という通知を出せばOKです。
 旧民法167条1項 「債権(さいけん)は,10年間行使しないときは,消滅する」
 商法522条 「商行為によって生じた債権は,この法律に別段の定めがある場合を除き,5年間行使しないときは,時効によって消滅する」
 民法145条 「時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない」
 改正後(2020(令和2)年4月以降)の民法166条1項「債権は,次に掲げる場合には,時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使できることを知った時から5年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。」
【★11】 利息制限法1条 「金銭を目的とする消費貸借(しょうひたいしゃく)における利息の契約は,その利息が次の各号に掲(かか)げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは,その超過部分について,無効とする。 一 元本(がんぽん)の額が10万円未満の場合 年2割 二 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分 三 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分」
【★12】 福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定・家月51巻5号49頁 「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産…をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである」
【★13】 あなたが相続放棄をして引き継がれなかった預金と借金は,法律で決まっている次の順位の人に引き継がれます。次はお母さんの両親や祖父母で(民法889条1項1号),亡くなっていたり相続放棄をしたりすれば,その次はお母さんのきょうだい(同項2号),きょうだいが先に亡くなっていれば甥(おい)や姪(めい)です(同条2項,民法887条2項)。相続する人が誰もいなければ,相続財産管理人という人が選ばれて清算します(民法952条,953条)。清算後に残った財産があれば,相続人ではなかったけれども特別の縁故(えんこ)があったという人が引き継ぐか(民法958条の3),国が引き継ぎます(民法959条)。
【★14】 「特定の相続人を指名を表示して受取人と指定している場合であるが,これは,第三者のためにする契約であって,受取人として指定された相続人は,保険契約の効果として当然に保険金請求権を取得する。相続による取得と解する余地はない。この点に異論はない」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」246頁)。
 受取人が具体的な氏名ではなく「相続人」と指定されていた場合も,同じです(最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決・民集19巻1号1頁)。
 受取人が被相続人本人に指定されていた場合については,判例がありません。ウェブサイトでは,当然のように「この場合は相続財産になるので,相続放棄をしたら保険金を受け取れない」と断言しているものが多いようです。しかし,以下のように反対論(相続の対象ではないので放棄しても保険金を受け取れるという見解)も多くあります。
 「保険金受取人が被保険者本人(被相続人)とされている場合については,判例は存在しない。被相続人に保険金請求権が発生し,それが相続人に相続されるという見解が多数説であるが,保険金請求権が発生した時点で被保険者たる被相続人は死亡しているという点では,矛盾は否めない」(梶村太市他「家族法実務講義」388頁),「保険契約者が被保険者及び保険金受取人の資格を兼(か)ねる場合…保険事故による保険金請求権については,保険契約者の意思を合理的に解釈すれば,相続人を受取人と指定する黙示(もくじ)の意思表示があったと解するのが相当である。少なくとも,受取人の指定がない場合と同視すべきであろう。したがって,被相続人死亡の場合については,保険金請求権は相続人の固有財産となる」(司法研修所編「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」248頁),「保険契約者が自分自身を被保険者かつ受取人としている場合 この場合も,受取人の相続人となるべき物のためにする保険契約であって,同人が保険金請求権を固有の権利として取得すると解すべきである。これに対し,保険金請求権は保険契約者に帰属し,その相続人はこれを相続によって取得すると解するのが通説的見解である」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」263頁)
【★15】 生命保険金は遺産ではないのですが,相続税の計算の中では,生命保険金は「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条1項1号)。ただし,生命保険金は一定額までは非課税ですし(同法12条1項5号),基礎控除など様々な計算がありますから,相続税が発生しないことも多いです。相続税については,税務署や税理士に相談するとよいでしょう。
【★16】 むかしの民法では,一家の主のことを「戸主(こしゅ)」と呼んで,戸主が亡くなったり,隠居(いんきょ)したときに,家の財産をすべて一人が引き継ぐことになっていて,多くの場合長男が単独相続していました。これを「家督相続(かとくそうぞく)」と言います(なお,戸主以外の人が亡くなったときは,家督相続とは違い,共同相続でした)。
 明治民法970条 「被相続人の家族たる直系卑属(ちょっけいひぞく)は左の規定に従い家督相続人と為(な)る 一 親等の異なりたる者の間に在(あ)りては其(その)近き者を先にす 二 親等の同じき者の間に在りては男を先にす 三 親等の同じき男又は女の間に在りては嫡出子(ちゃくしゅつし)を先にす 四 親等の同じき嫡出子,庶子(しょし)及び私生子の間に在りては嫡出子及び庶子は女と雖(いえど)も之を私生子より先にす 五 前四号に掲げたる事項に付き相同(あいおな)じき者の間に在りては年長者を先にす」
【★17】 結婚している夫婦の間の子どもを「嫡出子(ちゃくしゅつし)」,結婚していない男女の間の子どもを「非嫡出子(ひちゃくしゅつし)」と言い,非嫡出子の相続分は,嫡出子の半分とされてきました。
 改正前の民法900条4号但書 「ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし…」
【★18】 最高裁判所大法廷平成25年9月4日判決・民集67巻6号1320頁 「昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准(ひじゅん)した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更(さら)にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権(さいりょうけん)を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。したがって,本件規定は,遅くとも平成13年7月当時において,憲法14条1項に違反していたものというべきである」
 憲法14条1項 「すべて国民は,法の下(もと)に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」
【★19】 「民法典に定めている相続法は,歴史的な産物であって,様々な社会的・思想的背景のもとに成立した制度が結合してできたものである。このため,相続制度全体をひとつの根拠によって一元的に説明することは困難である。社会学的な観点から相続の根拠を考える限り,必然的にそれは多元的な説明になる。そして,どんなに多元的であっても,また,たとえ併存する根拠が相互に矛盾するものであっても,社会学的な説明としては差し支えない。しかし,法解釈学の観点はこれとは異なる。…伝統的な学説は,多元的説明をしつつ,①潜在的(せんざいてき)持分の払戻し,②生活保障,③権利安定の確保を相続の根拠として挙げている」(内田貴「民法Ⅳ」322頁)

Part2

2021年7月 1日 (木)

彼女が電車で痴漢に遭った

 

 付き合っている彼女が,昨日,電車で痴漢(ちかん)に遭(あ)いました。その場で叫(さけ)んだので,犯人は捕まったみたいです。彼女は警察で長時間事情を聞かれたのに,また明日も警察に呼ばれてるそうで,「ほんとうは行きたくない」と悩んでます。行かなくても特に問題はないんですか。あと,僕からは彼女に,これからは,電車に乗る時間を変えるとか,女性専用車を使うようにとか,スカートを少し長めにしたら,とアドバイスしたんですが,僕が彼女のためにほかにできることはありますか。

 

 


 自分の大切なパートナーが痴漢の被害に遭ったと聞いて,

 びっくりし,腹立たしい気持ちになりましたよね。



 きっと彼女も,

 気持ち悪さや戸惑(とまど)い,怒りや悔しさなど,

 いろんな気持ちがわきあがっただろうと思います。



 痴漢の被害を受けた人は,なかなか声を上ることができません。

 そして,それをいいことに,犯人たちは痴漢をくりかえしています。

 多くの10代の女性が,痴漢の被害に遭っています
【★1】

 今回,彼女が勇気を出して声を上げたことは,

 彼女自身を守るだけでなく,

 ほかの人たちを守ることにもつながる,すごいことです。



 痴漢の被害に遭ったことに,「それはいやだったよね」と,彼女の気持ちに寄り添うこと。

 そして,勇気を出して声を上げたことに,「すごいね,大変だったね」と言葉をかけること。

 それが,あなたが彼女のためにできること,彼女のためにしてほしいことです。


 そういった共感は,

 法律の手続のアドバイスと同じくらい,あるいはそれ以上に,

 被害を受けた人の心の支えになります。

 私たち弁護士も,犯罪の被害に遭った人の相談を受けるときには,

 「共感すること」を,とてもだいじにしています。



 電車に乗る時間を変えるとか,

 女性専用車を使うようにするとか,

 そういうアドバイスは,今後痴漢に遭わないようにするためには,たしかに意味のある対策かもしれません。



 でも,今回彼女が痴漢に遭ったのは,彼女のせいではありません。

 悪いのは,痴漢をした犯人のほうです。



 相手に共感する言葉がないままのアドバイスだと,

 それを言われたほうは,

 「痴漢に遭ったのは,そうしなかった自分の落ち度だ」と,

 責(せ)められているように感じられることがあります。

 被害じたいで傷ついているのに,身近な人の言葉で,さらに傷ついてしまうのです。



 「女性のがわにも,落ち度があったんじゃないの」。

 この社会では,女性が受けた性的な被害について,そういう根拠のない偏見(へんけん)を言う人が,たくさんいます。

 その偏見に傷ついている人が多くいるということを,ぜひ,心にとめておいてください。

 そして,あなたの思いが,そういった偏見と同じと誤解されないように,

 「アドバイス」よりも,彼女に共感する言葉のほうを,かけるようにしてください。




 痴漢の犯人と疑われた人の,その後の処分には,いろんなパターンがあります。

 その人が20歳以上なら,次のようなパターンがあります。




 「人ちがいだった」とか「証拠が足りない」という理由で裁判にかけられずに終わったり
【★2】

 「痴漢をしたけども,十分に反省しているし,被害者にも謝っている」という理由で,裁判にかけられずに終わることもあります
【★3】


 痴漢をしたことを認めている場合には,

 書類だけの簡単な裁判で,罰金を払って釈放される手続もあります
【★4】

 簡単な裁判ではあっても,罰金も刑罰ですから,前科として扱われます
【★5】


 「痴漢の程度がひどい」,「犯罪をくりかえしている」,「痴漢をしたことがはっきりしているのに,いろいろ弁解して反省していない」など,

 いろんな事情から,ふつうの刑事裁判を受けることもあります
【★6】



 あなたの彼女は,長い時間警察から事情を聞かれたのに,また警察に呼ばれている,ということでしたね。



 裁判で犯人を処罰するためには,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★7】

 痴漢は,証拠が残りにくい犯罪です。

 そして,混んでいる電車では,犯人の取り違えが起きてしまうこともあります。

 やってもいない犯罪で処罰される「冤罪(えんざい)」は,あってはならないことです
【★8】

 だから,警察は,犯人と疑われている人と,被害を受けた人,それぞれの言い分を,慎重に調べなければいけません。

 あなたの彼女が,また警察に呼ばれているのも,そのためです。



 でも,被害を受けたときのことを何度も長い時間聞かれるのは,とてもつらいことですよね。

 被害を受けた人が,警察に話をするかどうかは,あくまで自由です。

 彼女が「話したくない」ということであれば,警察に断ってもかまいません。

 また,話すとしても,こちらの事情を説明して,警察にいろいろ配慮してもらうように求めてもかまいません
【★9】


 もしかしたら,犯人についた弁護士から,彼女や彼女の親に連絡があるかもしれません。

 犯人が,痴漢をしたことを認めていて,お金を払うことで謝りたい,という連絡です。

 そういう話し合いを,「示談(じだん)」と言います。

 示談は,法律的な約束ごとですから,

 彼女がまだ未成年なら,相手の弁護士との話し合いは,彼女一人でするのではなく,彼女の親といっしょに進めていくことになります
【★10】【★11】


 これから先,いろんな場面で,彼女がどのように対応していけばよいかについて,

 犯罪の被害に詳しい弁護士からアドバイスを受けたり,その弁護士に依頼したりすることもできます。

 あなたから彼女に,そういった窓口を伝えるのも,よいと思います
【★12】


 被害を受けてつらい思いをしているパートナーの気持ちに,ぜひ,しっかりと寄り添ってください。



 私は,痴漢をなくしていかなければならない,と思うとともに,

 皆さんが,学校を卒業し働き始めてこれから先何十年もずっと,満員電車に乗らなければならない社会であってはいけないとも,思っています。



 見知らぬ人どうしが,ぎゅうぎゅうにくっつくことに耐えなければいけない満員電車は,それじたいが,人間の暮らしとして,異常なことです【★13】【★14】

 ましてや,その中で,

 痴漢というひきょうな犯罪が起きやすくなり,

 その被害でつらい思いをする人々が,たくさんいて,

 時には,痴漢の犯人に間違われて大変な思いをする人もいます。

 混んでいる駅の中で,駅員に対する暴力や,人身事故も,多く起きています。

 満員電車での通勤の負担が,過労死の原因になっているケースも,多くあります。



 今回のことをきっかけにして,

 満員電車が当たり前の風景になってしまっていてよいのか,

 一人ひとりが大切にされる社会のありかたについても,

 考えてみてほしいと思っています。

 

【★1】 平成22年1月8日から15日,4月15日から21日,9月6日から10日に,首都圏で検挙された痴漢のケースで,被害者は15~19歳が全体の約半分(49.7%)にも及んでいました。(平成23年3月警察庁・痴漢防止に係る研究会「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」)
【★2】 裁判にかけるかどうかを判断する人は,「検察官(けんさつかん)」です。「警察官」と発音が似ているのでややこしいですが,別の人です。検察官は,弁護士や裁判官と同じように,法律家です。警察と協力しながら事件を捜査し,ずっとつかまえるか外に出すかを決めたり,犯人の処分を求めて裁判所の手続をとったりします。裁判にかけないことを「不起訴処分(ふきそしょぶん)」と言います。その人が犯人でないとはっきりしたなら「嫌疑なし」,証拠が足りないなら「嫌疑不十分(けんぎふじゅうぶん)」による不起訴処分です。
【★3】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★4】 「略式手続(りゃくしきてつづき)」と言います。
 刑事訴訟法461条 「簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄(かんかつ)に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料(かりょう)を科(か)することができる。…」
 同法461条の2第1項 「検察官は,略式命令の請求に際し,被疑者に対し,あらかじめ,略式手続を理解させるために必要な事項(じこう)を説明し,通常の規定に従(したが)い審判を受けることができる旨を告げた上,略式手続によることについて異議(いぎ)がないかどうかを確めなければならない」
【★5】 刑事訴訟法470条 「略式命令は,正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生ずる。…」
 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
【★6】 痴漢は,多くの場合,都道府県の条例(迷惑防止条例)に違反したとして処罰されます。条例違反の場合,罰金刑があるので,略式手続をとることができます。しかし,痴漢の程度がひどければ,刑法の「強制わいせつ罪」で処罰されます。強制わいせつ罪には罰金刑がないので,略式手続がとれず,ふつうの刑事裁判を受けることになります。なお,強制わいせつ罪は,被害者から「犯人を処罰してください」という「告訴(こくそ)」がなければ,刑事裁判をすることはできません(「親告罪(しんこくざい)」と言います。被害者が未成年の場合は親が告訴することもできます)。
 (東京都)公衆に著(いちじる)しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項 「何人(なんぴと)も,正当な理由なく,人を著しく羞恥(しゅうち)させ,又は人に不安を覚えさせるような行為(こうい)であって,次に掲(かか)げるものをしてはならない。 一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。…」
 同条例8条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。… 二 第5条第1項…の規定に違反した者」
 刑法176条 「13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫(きょうはく)を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする」
 同法180条 「第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪(みすいざい)は,告訴がなければ公訴(こうそ)を提起(ていき)することができない」
 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 同法231条1項 「被害者の法定代理人は,独立して告訴をすることができる」
【★7】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」
【★8】 実際に痴漢冤罪(えんざい)が問題になったケースとして,矢田部孝司・あつ子「お父さんはやってない」(2006年,太田出版)と,その実話をベースとした映画「それでも僕はやってない」(2007年,周防正行監督)があります。
【★9】 犯罪捜査規範10条の2第1項 「捜査を行うに当たっては,被害者又はその親族…の心情を理解し,その人格を尊重しなければならない」
 同条2項 「捜査を行うに当たっては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならない」
【★10】 親にチェックしてもらい,親のOK(=同意)をもらったうえで示談をするか,または,親に代わりに(=代理人として)示談してもらうことが必要です。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 同法824条「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
【★11】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★12】 各弁護士会の犯罪被害者法律相談窓口 http://www.nichibenren.or.jp/contact/crime_victims/whole_country.html
 法テラス犯罪被害者支援 0570-079714 (http://www.houterasu.or.jp/higaishashien/index.html
【★13】 法律は,一人ひとりが,大切な人間として尊重されること,物や人形や奴隷ではなく,人間として大切にされることを,だいじにしています。
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
 憲法18条 「何人(なんぴと)も,いかなる奴隷的拘束(どれいてきこうそく)も受けない。…」
 1987年(昭和62年)に過労死で亡くなった八木俊亜さんは,亡くなる前のノートに,次のように書いていました(八木光恵「さよならも言わないで 『過労死』したクリエーターの妻の記録」45頁,双葉社)。
 「人はただ奴隷的に存在する安逸(あんいつ)さになれてしまう。人間の奴隷的存在について考えてみよう。かつての奴隷たちは奴隷船につながれて新大陸へと運ばれた。超満員の通勤電車のほうがもっと非人間的でないのか。現代の無数のサラリーマンたちはあらゆる意味で,奴隷的である。金にかわれている。時間で縛られている。上司に逆らえない。賃金もだいたい一方的に決められる。ほとんどわずかの金しかもらえない。それも欲望すらも広告によってコントロールされている。肉体労働の奴隷たちはそれでも家族と食事をする時間がもてたはずなのに。」
【★14】 宮尾節子さんの詩「明日戦争がはじまる」は,「まいにち 満員電車に乗って 人を人とも 思わなくなった」という出だしで始まっています。 https://twitter.com/sechanco/status/425897118599901184/photo/1

Part1_2

大学に行かないなら予備校代を返せと言われてる

 

 高校3年生です。親から「大学に行け」と言われて,高1のときから予備校に通わされてきました。でも,勉強が好きではなく,成績もよくありません。ほんとは,小さい頃から美容師になりたいと思っていて,今はその夢がどんどん強くなっています。親に,「大学に行きたくない。専門学校に行って美容師の資格を取りたい」と言ったんですが,認めてくれず,「大学に行かないなら,これまで払った予備校代を返せ」と言われています。私は,予備校代を親に返さないといけないんですか。

 

 

 いいえ。

 予備校代について,「返す・返さない」の話になることじたいが,おかしなことです。



 お金を借りたのなら,

 貸してくれた人に,返さなくてはいけません
【★1】

 自分でどこかに払わないといけないお金を,ほかの人に立て替えてもらったなら,

 立て替えてくれた人に,返さなくてはいけません
【★2】


 でも,あなたの予備校代は,

 親から借りたものでもなければ,

 立て替えてもらったものでもありません。

 あなたが親に返すものではありません。



 法律は,「家族をきちんと養(やしな)わないといけない」,としています【★3】

 法律の言葉で,「扶養(ふよう)」と言います。

 特に,親には,子どもを育てる義務があります
【★4】

 いろんなことを学んで成長している子どものうちは,

 自分で働いてかせぐことができないのですから,

 そういう子どもを育てるためのお金は,

 親が自分で出さなければいけません
【★5】

 着ること,食べること,住むことにかかるお金はもちろん,

 子どもが学ぶためのお金だって,そうです。



 あなたの親は,「大学に行くことがあなたが育つために必要だ」と考えて,予備校に通わせていたのですから,

 その予備校代は,そう考えた親が,自分で出すものです。

 あとで,いろんな事情で,子どもが大学に行かない,行けないことになったからといって,

 予備校代を子どもに払わせるのは,おかしなことです。



 親が子どもに,

 「大学に行かなかったら,予備校代を親に返します」,と,

 はっきり約束までさせてしまっているケースを見かけます。



 おこづかい程度の小さな金額であれば【★6】

 友だちや,きょうだいとのあいだで,貸し借りなどをすることもあるでしょうし,

 その約束をきちんと守ることも,大切でしょう。



 法律は,

 「子どもがお金の貸し借りなどをするときには,

 親がきちんとチェックしないといけない」,としています
【★7】

 子どもがお金の話をするときには,

 その子が自分に不利な約束をしてしまわないよう,

 親が子どもを守らなければいけないのです。



 ところが,

 お金の貸し借りの相手が親だと,

 親が,子どもに不利な内容を押し付けてきたとき,

 子どもを守る立場の人がいません。



 こういう場面を,法律の言葉で,「利益相反(りえきそうはん)」と言います。


 利益相反のときには,子どもを親から守るために,

 裁判所が「特別代理人」という別の人を選んで,子どもにつけなければいけないことになっています
【★8】

 特別代理人に選ばれた人は,

 子どもに不利にならないかどうかをきちんと考えて,

 親とのあいだで貸し借りなどの約束をするのです。



 特別代理人がいないままの約束を,子どもが守る必要はありません。

 成人したあとで,自分できちんと納得してその約束をOKしたら,払わなければいけませんが
【★9】【★10】

 そうでないかぎり,払う必要はありません。


 予備校代は,

 遊びや趣味のためのお金ではなく,教育にかかわるお金です。

 金額だって,おこづかい程度のレベルではなく,何十万円やそれ以上という,とても大きなお金です。

 もともとあなた自身が積極的に望んで行きたいと思っていたわけでもない,その予備校のお金を,

 「大学に行かないなら親に返せ」などというのは,法律からみて,明らかにまちがっています。


 「大学に進むよう,子どもに考え直させるために,

 法律的にどうなのかはともかく,子どもの教育のためにそう言ったんだ。

 弁護士が『払わなくていい』などと子どもに吹き込むのは迷惑だ」。

 そう言う親もいます。

 しかし,

 法律的にまちがったウソをついて子どもを騙(だま)し,

 「大学に行かないなら金を払え」と子どもを脅(おど)し,

 子ども本人が望んでいない,親の思うとおりの道に進ませようと,子どもを支配することなど,

 「教育」だとは,到底(とうてい)言えません。


 「こういうことを学びたい,こういう仕事に就きたい」。

 子どもの夢がはっきりしてくると,

 その意見が,親と衝突(しょうとつ)することもあるでしょう。

 一度決めた夢が途中で変わることだって,ふつうにあることですが,

 そういうときもやはり,親と衝突するかもしれません。


 でも,あなたの人生は,親のものではありません。

 あなたが自分で選んで,進んでいくべきものです。


 いままできちんと育ててくれたこと,

 自分のためを思ってくれているからこそ,安くはない予備校代を出してくれていたことについて,

 親への感謝の気持ちを,きちんと伝えてみてください。

 そのうえで,「美容師になりたい」という自分の強い気持ちを,親に受け止めてもらえるように,じっくりと話し合ってください。


 結局,親が理解してくれず,

 これから必要になる専門学校のお金は,

 アルバイトや奨学金などで,自分で工面(くめん)しなければいけないかもしれません。

 でも,これまでかかった予備校代は,あなたが親に返す必要は,ないのです。


 自分の人生を自分で選んで進んでいくときには,お金の問題は,とても重要です。

 お金のことについての,まちがった情報や,情報不足のせいで,

 将来後悔するような選択をしないためにも,

 親との話し合いがうまく進まないときには,

 ぜひ,周りの大人や,私たち弁護士に相談してください。

 

 

【★1】 お金の貸し借りのことを,法律の言葉では,「金銭消費貸借(きんせんしょうひたいしゃく)」と言います。
 民法587条 「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及(およ)び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生(しょう)ずる」
【★2】 「立替払(たてかえばらい)契約」と言います。
【★3】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
【★4】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★5】 内田貴「民法Ⅳ」294頁 「親族扶養の中の最も重要な類型のひとつである親の子に対する扶養に関してはどこに規定があるのだろうか。…実定法上の根拠としては,文言からも877条1項に含まれていると解してよいだろう」
 同295頁 「828条但書は,子の財産の収益を養育費に充(あ)ててよい旨(むね)規定している。言い換えれば,子の財産の元本(がんぽん)を養育費に充当(じゅうとう)することは原則として許されないのである。したがって,収益で不足する限(かぎ)り,親は自(みずか)らの資産・労力で子を養育しなければならない」
【★6】 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。…」
【★7】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
【★8】 民法826条1項 「親権を行う父又は母とその子との利益が相反(そうはん)する行為(こうい)については,親権を行う者は,その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」
 「親権者が,その親権に服する子どもとの間で直接契約を行う行為は,一般に契約が『相対立する契約当事者間』で行われることから,民法826条の利益相反行為に該当(がいとう)するのが通常です。もっとも,民法826条は未成年者の保護を目的とするものですので,例えば単純贈与のように,単に未成年者が利益のみを享受(きょうじゅ)し,債務その他の負担を一切負わないような場合には利益相反には該当しません」(新日本法規「Q&A子どもをめぐる法律相談」503頁)
【★9】 内田貴「民法Ⅳ」233頁 「利益相反行為は無権代理と同じであり,その効果は本人に帰属(きぞく)しない。ただし,子が能力者となった後に追認(ついにん)する余地はある」
 民法113条1項 「代理権を有(ゆう)しない者が他人の代理人としてした契約は,本人がその追認をしなければ,本人に対してその効力を生じない」
 最高裁判所第三小法廷昭和46年4月20日判決(最高裁判所裁判集民事102号519頁) 「上告人〔注:未成年者,のち成人〕…は,…事件の係属中,被上告人またはその訴訟代理人に対し,上告人〔親権者〕…による本件土地の売買予約に関する無権代理行為を追認したものであり,これにより,右売買予約中右4名の共有持分に関する部分は,その成立の時に遡(さかのぼ)って効力を生じたものである旨,および親権者が民法826条に違反して,親権者と子の利益相反行為につき法定代理人としてなした行為は民法113条所定の無権代理行為にあたる旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯(しゅこう)できる」
【★10】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」

Part2

18歳になった高校生の深夜アルバイト

 

 高校3年生です。先月,18歳になりました。コンビニでバイトしているんですが,店長から,「夜10時以降もシフトに入ってほしい」と言われてます。「高校生は深夜にバイトできないんじゃないんですか?」って聞いたら,「18歳になれば大丈夫」って店長が言ってます。この前他の人が辞めて人手不足になってて,店もこまってるし,僕も深夜に働けば時給が高くてバイト代をかせげるから,深夜のシフトに入りたいと思ってるんですが,親は「高校生だからダメだ」と,許可してくれません。やっぱり深夜バイトはできないんですか?




 法律上は,18歳になっていれば,深夜に働いてもよいことになっています。

 しかし,親が,あなたのことを考えて,深夜に働くことに反対しているのなら,親とよく話し合うことが大切です。




 むかし,子どもは,小さなときから,大人と同じように働かなければなりませんでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っています。

 「小さな子どものうちは,仕事をさせないで,教育を受けられるようにしよう」。

 日本をふくむ,世界の国々が,そう約束しています
【★1】

 だから,義務教育を受け終えなければ,働くことはできません。

 日本の法律は,以前は,「15歳になっていない子どもを働かせてはいけない」としてましたが
【★2】

 これでは,「15歳になれば,中学校を卒業していなくても,働かせてよい」とも,読めてしまいますね。

 なので,1998(平成10)年に,法律が直されました。

 「15歳になったあとに最初にくる3月31日」,つまり,中学校3年生の年度末までは,働かせてはいけない,となりました
【★3】


 でも,義務教育を終えたら働いていい,とはいっても,

 18歳になるまでは,大人とはちがったルールがあります。

 まだ体も心も成長を続けている時期なので,

 法律は,働く子どもたちを,いろんなルールで守っています。




 「18歳になるまでは,深夜に働かせてはいけない」,というのも,そのひとつです
【★4】



 18歳になっていない子どもを,夜10時から朝5時までの間に働かせると,雇(やと)っているがわが,犯罪として処罰(しょばつ)されてしまいます【★5】

 (子どもを守るためのルールですから,深夜に働いた子どもが処罰されるのではありません。)



 ただ,このルールは,「18歳になったあとに最初にくる3月31日」までは深夜に働かせてはいけない,という書き方はしていません。

 だから,高校を卒業していなくても,18歳になっていれば,深夜に働くことはできます。

 言いかえれば,「18歳になったあなたが深夜に働いても,店長は処罰されない」,ということです。



 これまでは,18歳になったとしても,親が,「そういう職場で働くのはダメだ」と反対したら,深夜に働くことはできませんでした。


 働き始めるときに,お店との間で,「働きます」「給料をもらいます」という約束をしますね【★6】

 こういった法律的な約束のことを,契約(けいやく)と言います。

 何ヶ月間働くか,1週間に何日働くか,何時から何時まで働くか,給料はいくらか,どんな内容の仕事をするか。

 そういったことを,契約を結ぶときに決めます。

 この契約をお店と結ぶのは,あなたの親ではなく,あなた自身です
【★7】

 でも,未成年のときは,契約のなかみを,親が納得して,親がOKしなければなりません
【★8】

 この,親が「OKすること」を,「同意(どうい)」と言います。


 いままでは大人になる年齢が20歳でしたから,18歳・19歳の人が夜10時以降も働くことにするなら,

 契約の内容が変わるのですから,

 あらためて,親からOK(=同意)をもらわなければいけませんでした。

 親がOKしないまま,あなたが契約のなかみを変えたら,

 親は,その新しい取り決めを,ナシにする(=取り消す)ことができますし
【★9】

 それだけでなく,

 「そんな職場で働くことは,あなたにとってよくない」,と親が考えたら,

 あなたがその店で働くことそのものを,やめさせることもできました
【★10】


 しかし,2022(令和4)年4月に,成人年齢が18歳に下がることになったので
【★11】

 18歳になれば,これまで必要だった親のOKが,今後はなくても,夜10以降働くことは法律的にはできるようになりました。


 ただ,それでも私は,深夜に仕事をするのを反対する親の話を,あなたにしっかりと受け止めて欲しいと思います。
 



 あなたの親が,「高校生だから深夜に仕事をするのはダメだ」と考える理由を,よく聞いてみましょう。



 「卒業するまでは,勉強のほうにきちんと力をそそいでほしい。深夜に働いて昼の勉強がおろそかになるのは本末転倒(ほんまつてんとう)だ」,とか,

 「深夜だと,事件・事故に巻き込まれてしまう危険があって不安だ」,など,

 きっと,あなたのことを心配してくれているはずです
【★12】


 だから,あなたも,そういう親の気持ちを受け止めて,

 「定期試験が終わって卒業が確実になるまで待つ」,とか,

 「仕事が終わったらすぐに親に連絡をして,寄り道せずにまっすぐ帰る」,など,

 そういった前向きな提案をすることも必要だと思います。





 私からは,勉強・卒業のことや,事件・事故の心配のほかに,もう一つ,だいじな話をしようと思います。


 夜という時間の大切さです。



 夜という時間は,子どもにとって,体が成長するための,だいじな時間です。

 子どもが18歳になるまで深夜に働かせてはいけないのは,そのためです
【★13】

 18歳になったあとだって,体の中では,まだまだ成長を続けています。



 お金は,将来大人になってからでも,かせいでいくことができます。

 でも,体が成長するのは,今の時期しかありません。

 お金に代えることのできない,そのだいじな時期にある自分を,ぜひ,大切にしてほしいと思います。



 そして,それだけなく,これから先の,大人になってからの自分の働き方についても,

 今,じっくりと考えてみてほしいと思います。



 たしかに18歳以上になれば,深夜に働いてもよくなりますし,深夜に働けば,給料も高いので,よりかせぐことができます。

 深夜の仕事の給料が必ず高いのは,「昼間とくらべて高くしないといけない」と,法律がきびしく決めているからです
【★14】


 夜という時間は,ほんらい,家でゆっくりくつろいで,一日の疲れをとり,明日のためのエネルギーを貯める,だいじな時間です。


 だから,法律は,なるべく深夜に人を働かせないようにするために,

 高い給料を,雇うがわから従業員に払わせるように,きびしく決めているのです




 日本は,世界の他の国とくらべて,働く時間がとても長い国です。

 働きすぎで突然命を失う「過労死(かろうし)」が,たくさん起きています。

 そのまま「karoshi」という言葉で,世界に通じてしまうほどです。



 毎日遅くまで仕事に追われて,体も心も,とても疲れ切ってしまう。

 ゆっくり寝る時間もなくて,その疲れがとれないまま,また仕事に出かける。

 仕事に追われる生活で,家族や友だちと楽しく過ごしたり,趣味にあてたりする時間もない。

 そして,ある日突然亡くなり,人生そのものが終わってしまう
【★15】

 残された家族も,だいじな人を突然なくした悲しみと,生活するためのお金がなくなる苦しさに,こまりはててしまう。



 私たちは,生きるために仕事をしてお金を得ているのに,

 仕事のせいで,生きることそのものが奪(うば)われてしまうことは,絶対にあってはならないことです
【★16】



 過労死の事件に,私が弁護士として多く取り組んでいる中で,

 その1件1件のケースを通して,

 「夜に仕事をすることが,体にどれほど負担になるか」を,いつも実感します。




 夜に働くということがどういうことなのか,

 どうして18歳になるまで深夜に仕事をしてはいけないことになっていて,

 どうして深夜の仕事の給料が高くなっているのか,

 そのことを,今回のことをきっかけに,


 ぜひ,親といっしょに考え,話し合ってみてください。



【★1】 ILO(国際労働機関)就業が認められるための最低年齢に関する条約(第138号)2条1項 「この条約を批准(ひじゅん)する加盟国(かめいこく)は,その批准に際(さい)して付する宣言において,自国の領域(りょういき)内…における就業(しゅうぎょう)が認められるための最低年齢を明示する。…」
 同条3項 「1の規定に従(したが)って明示する最低年齢は,義務教育が終了する年齢を下回ってはならず…」
【★2】 労働基準法旧56条1項 「満15才に満たない児童は,労働者として使用してはならない」
【★3】 労働基準法現56条1項(平成10年改正) 「使用者は,児童が満15才に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★4】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18才に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない」
【★5】 労働基準法109条 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,これを6箇月以下の懲役(ちょうえき)又は30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第61条…の規定に違反した者」
【★6】 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約(やく)し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金(ちんぎん)を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★7】 労働基準法58条1項 「親権者(しんけんしゃ)又は後見人は,未成年者に代つて労働契約を締結(ていけつ)してはならない」
【★8】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 「未成年者が労働契約を締結するには法定代理人の同意を要する。」(菅野和夫「労働法第10版」421頁)
【★9】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★10】 労働基準法58条2項 「親権者若(も)しくは後見人又は行政官庁は,労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては,将来に向(むか)ってこれを解除(かいじょ)することができる」
【★11】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★12】 親権(しんけん)は,子どものために使われなければなりません。
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有(ゆう)し,義務を負う」
 親が,雇い主のことを嫌いだからとか,子どもやその友だちと考え方がちがうから,という親の都合で,子どもが働くのをやめさせた(=【★10】の解除をした)というケースで,裁判所は,「子どものためにしたものではないから,親権の濫用(らんよう)で,解除は無効だ」としたものがあります(名古屋地方裁判所昭和37年2月12日判決・労働関係民事裁判例集13巻1号76頁)。
【★13】 大阪高等裁判所昭和33年12月2日判決(判例時報179号24頁) 「労働基準法62条は年少労働者…の健康の保護向上をはかるためにこれ等(ら)の者を一日のうち健康に有害な労働時間である同条所定(しょてい)の時間に使用すること(いわゆる深夜業)を禁止し,もって年少…労働者の各自の福祉を保障しようとする規定である」
【★14】 労働基準法37条4項 「使用者が,午後10時から午前5時まで…の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
 「2割5分」というのは,25%のことです。たとえば,もし昼の時給が1000円ならば,深夜は1250円以上にしなければいけません。
 ちなみに,昼に仕事をする人が残業で深夜まで働いたら,雇っているがわは,残業ぶんの割増し(25%やそれ以上)に加えて,さらにこの深夜ぶんの割増しも払わなければなりません。
 なお,18歳未満の子どもに対しては,残業をさせること自体が禁止されています。
 労働基準法60条1項 「…第36条…の規定は,満18才に満たない者については,これを適用しない」(36条は残業についての条文です。)
【★15】 過労死は,脳や心臓の病気で突然亡くなるケースや,うつ病などの精神的な病気から自殺で突然亡くなるケースが多いですが(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号),「心理的負荷による精神疾患の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)),それ以外の病気で亡くなるケースもあります。
【★16】 一件でも不幸な過労死事件をなくそうと,過労死遺族(いぞく)の人たちが国会に対して一生懸命はたらきかけました。その結果,2014(平成26)年6月20日に「過労死等防止対策基本法」という法律ができ,11月1日から施行されています。 

Part1_2

後見人の弁護士がつくってどういうこと?

 

 中学1年生です。お父さんとおばあちゃんの3人で暮らしてたんですが,この前,お父さんが事故で亡くなりました。今,おばあちゃんと2人で生活してます。最近,裁判所の人との面接があって,「おばあちゃんと,弁護士の人が,あなたの後見人(こうけんにん)になります」って言われたんですが,説明がよくわかりませんでした。弁護士の後見人がつくって,どういうことですか。

 


 「後見人」というのは,文字どおり,あなたを後ろから見守ってくれる,親代わりの人のことです。


 親が亡くなってしまった。

 親が行方不明になってしまった。

 裁判所が「親としてふさわしくない」と判断した
【★1】


 そんないろんな事情で,子どもに親がいなくなってしまうと,

 子どもの生活を見たり,子どもの財産をきちんと見る人が,いなくなってしまいます。



 だから,そういう時に,家庭裁判所が,親代わりの人を選びます。

 それが,「未成年後見人」です
【★2~4】



 「後見」という言葉は,明治時代に今の民法という法律ができるよりもずっと前から,日本にありました。

 室町時代に観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)が始めた,「能」という伝統的な舞いがあります。

 その舞台の奥のほうで,役者が舞うのをしっかりと見守っている人が,「後見」です。

 舞いで役者の服がみだれてきたら,後見の人が,さっと服を整えてくれます。

 もし役者が舞えなくなったときには,後見の人が前に出てきて,本人の代わりに舞います
【★5】


 法律の「後見」も,それと似たような役割をします。

 子ども本人がきちんと生活できているかどうかを,未成年後見人が見守り,サポートします。

 子ども本人では難しい法律的な手続があれば,未成年後見人が,本人に代わってします。




 法律上,成人したら,自分のことを全部自分でしなければならなくなります
【★6】

 その成人するまでの間,親がいない子どもに,未成年後見人が付いてサポートをすることは,とてもだいじなことです。



 誰が,子どもの未成年後見人になるか。

 それは,家庭裁判所が,いろんなことを考えて,決めています
【★7】


 そして,家庭裁判所は,「未成年後見人がきちんと子どもをサポートしているかどうか」を,きちんとチェックしています【★8】


 以前は,未成年後見人は,たった1人しかなれませんでした【★9】

 未成年後見人は,親族の中から選ばれることが多いのですが,

 たとえば,亡くなった親が残した財産がたくさんあって,その管理が複雑だったりすると,親族の未成年後見人1人では,とても大変です。



 だから,2012(平成24)年に法律が変わりました【★10】

 1人だけでなく,複数で未成年後見人になることが,認められるようになりました。



 たぶん,あなたの場合,

 「日々の生活のことは,いっしょに暮らしているおばあちゃんが親代わりとしてメインで担当し,

 お父さんが残した財産の管理のことは,法律の専門的な知識が必要だから,弁護士がメインで担当するのがいい」,

 と,裁判官が考えたのだと思います
【★11】

 裁判所が,信頼できる弁護士たちのリストの中から選んできて,

 その弁護士が,あなたのおばあちゃんとタッグを組んで,あなたを支えてゆくのです。



 これまで,弁護士が子どもとかかわる場面といえば,

 犯罪のこと,学校のこと,親子のことなど,

 何らかのトラブルがきっかけとなって出会い,

 そのトラブルの解決のためにかかわる,というのが,ほとんどでした。

 だから,

 弁護士と子どもが話す内容は,そのトラブルにかかわることが中心ですし,

 そのトラブルが解決すれば,弁護士と子どものつきあいも,基本的にはそこで終わってしまいます。


 でも,この未成年後見人としての弁護士とのかかわりは,ちがいます。

 あなたの生活全般について広く弁護士がサポートできますし,

 あなたが成人するまでの,とても長い間,あなたとつきあうことができます。

 ずっとあなたをサポートする,力強い味方の弁護士が,あなたのそばにいます。

 しかも,その弁護士のさらに後ろで,裁判所も,あなたを守っています。



 親を亡くして,とてもつらかったと思います。

 そして,親を亡くしたことで,いままで知らなかった弁護士と,新たに出会うこととなったのも,ほんとうに不思議な縁だと思います。

 その弁護士のサポートをうまく受けながら,ぜひ,自分らしい生き方を見つけていってください。

 

 

 

【★1】 「親権喪失(そうしつ)」と「親権停止」の手続があります。
民法834条 「父又は母による虐待(ぎゃくたい)又(また)は悪意の遺棄(いき)があるときその他父又は母による親権の行使が著(いちじる)しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権喪失の審判をすることができる。ただし,2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは,この限りでない」
民法834条の2第1項 「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権停止の審判をすることができる」
【★2】 民法838条 「後見は,次に掲(かか)げる場合に開始する。
 一  未成年者に対して親権を行う者がないとき,又は親権を行う者が管理権を有しないとき。
 二  後見開始の審判があったとき。」
 民法839条1項 「未成年者に対して最後に親権を行う者は,遺言(いごん)で,未成年後見人を指定することができる。…」
 民法840条1項 「前条の規定により未成年後見人となるべき者がないときは,家庭裁判所は,未成年被後見人(みせいねんひこうけんにん)又(また)はその親族その他の利害関係人の請求によって,未成年後見人を選任する。未成年後見人が欠けたときも,同様とする。」
 認知症(にんちしょう)などでも,「成年後見」の制度があります。本人に必要なサポートの度合いによって,「後見」「保佐」「補助」というバリエーションがあります(民法7条~18条)。成年後見では,裁判所が「始めます」という「開始の審判」をして,はじめて,サポートをする人(後見人・保佐人・補助人)を誰にするかを選びます。しかし,子どもにつける未成年後見の場合は,親権者がいなければ,当然に後見がスタートすることになっていて(民法838条1号),裁判所は,誰を未成年後見人に選ぶかを決めるだけです。
 大人の場合には,自分のことを自分でするのが基本なので,誰かがサポートに入るのはあくまで例外です。ですから,その例外にあたるのかどうかを,裁判所がきちんと判断する必要があります。ぎゃくに,子どもの場合には,まだ法律的なことを自分ではできないのが基本なので(民法5条),親権者がいなければ,自動的に後見がスタートするのです。
【★3】 民法第857条 「未成年後見人は,第820条から第823条までに規定する事項について,親権を行う者と同一の権利義務を有(ゆう)する。…」
  民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有し,義務を負う。」
 民法821条 「子は,親権を行う者が指定した場所に,その居所を定めなければならない。」
 民法822条 「親権を行う者は,第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒(ちょうかい)することができる。」
 民法823条1項 「子は,親権を行う者の許可を得なければ,職業を営(いとな)むことができない。」
【★4】 あなたが15歳以上なら,おばあちゃんと養子縁組の届出をして,おばあちゃんが「養親」として法律上の親になることができます。
 民法797条1項 「養子となる者が15歳未満であるときは,その法定代理人が,これに代わって,縁組の承諾(しょうだく)をすることができる」
 これは,逆に言うと,15歳以上ならば,未成年であっても養子縁組をするかどうかは自分で決める,ということです。
 民法818条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服する」
 民法798条 「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者(はいぐうしゃ)の直系卑属(ちょっけいひぞく)を養子とする場合は,この限りでない」(「自己」は自分のこと,「配偶者」は,夫から見た妻,妻から見た夫のこと,「直系卑属」は,子ども・孫・ひ孫・・・のことです。)
 しかし,15歳になっていない子どもが養子縁組をするには,「法定代理人」という人(親や,親代わりの人)が手続きをする必要があります。でも,あなたの場合,お父さんが亡くなったことで,法定代理人がいません。だから,今の時点では養子縁組をすることができなくて,未成年後見人が選ばれることになるのです。
 その後,未成年後見人の判断で,おばあちゃんと養子縁組をすることもありえますし,あなたが15歳になって養子縁組を自分ですることもできます。そうすると,おばあちゃんが親権者になり,未成年後見も,そこで終わります。
【★5】 「the能ドットコム」能楽用語事典「後見」
 http://db2.the-noh.com/jdic/2008/05/post_18.html
【★6】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★7】 民法840条3項 「未成年後見人を選任するには,未成年被後見人の年齢,心身の状態並(なら)びに生活及び財産の状況,未成年後見人となる者の職業及び経歴並びに未成年被後見人との利害関係の有無(未成年後見人となる者が法人であるときは,その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と未成年被後見人との利害関係の有無),未成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。」
【★8】 民法863条1項 「後見監督人又は家庭裁判所は,いつでも,後見人に対し後見の事務の報告若(も)しくは財産の目録の提出を求め,又は後見の事務若しくは被後見人の財産の状況を調査することができる。」
 同条2項 「家庭裁判所は,後見監督人,被後見人若しくはその親族その他の利害関係人の請求により又は職権で,被後見人の財産の管理その他後見の事務について必要な処分を命ずることができる。」
【★9】 改正前の民法842条(改正によって今はこの条文はなくなりました) 「未成年後見人は,1人でなければならない。」
【★10】 改正後の民法は,平成24年4月1日から施行されています。
【★11】 民法857条の2第1項 「未成年後見人が数人あるときは,共同してその権限を行使する。」
 同条2項 「未成年後見人が数人あるときは,家庭裁判所は,職権で,その一部の者について,財産に関する権限のみを行使すべきことを定めることができる。」
 同条3項 「未成年後見人が数人あるときは,家庭裁判所は,職権で,財産に関する権限について,各未成年後見人が単独で又は数人の未成年後見人が事務を分掌(ぶんしょう)して,その権限を行使すべきことを定めることができる。」

 

Part2

2021年6月 1日 (火)

「親子の縁を切る」「戸籍から抜く」と言われた

 

 親から,「お前とは親子の縁(えん)を切る,戸籍(こせき)から抜(ぬ)く」と言われました。親子の縁を切られたり,戸籍から抜かれたりすると,いったいどうなるんですか。

 


 親から「親子の縁を切る」とか「戸籍から抜く」と言われるのは,とてもさみしい,悲しいことですよね。



 でも,法律的に親子の関係を切ったり,子どもを戸籍から抜いたりすることは,よほど特別なことがないかぎり,できません。

 あなたの親が言っていることは,ほとんど無理なことだと思ってもらってまちがいありません。




 そもそも,「親子の縁を切る」というのは,法律の世界にはない言葉です。




 子どもが生まれると,役所に「生まれました」という届出をします
【★1】

 このときに,父親がだれで母親がだれか,ということも届け出ます
【★2】

 いったんこの届出をしたら,後になって「やっぱり親子の関係をやめます」ということはできません。

 「この人が親で,この人が子どもだ」ということ。

 「法律上の親子のつながりがある」ということ。

 そのことは,これから先もずっと変わらないのです
【★3~5】

 将来あなたが結婚して,その家を出ても,

 あなたがどこかに養子に行って,その家を出ても,

 あなたか親の,どちらかが死んだとしても,

 法律上親子のつながりがあるということは,ずっと変わりません。

 親子の関係を切ることはできないのです。




 あなたが大人になるまでの間,親としてあなたに責任をもつ人のことを,「親権者(しんけんしゃ)」と言います
【★6】【★7】

 この「親権者」をやめますということも,裁判所が認めなければできません
【★8】

 裁判所は,よほどの事情がなければ,勝手に「親権者」をやめることなど認めないのです
【★9】

 もし,いろんな事情で親が「親権者」でなくなっても
【★10】,上に書いたとおり,法律上親子のつながりがあるということじたいは,やはり変わりません。



 「戸籍」は,一人ひとりの情報を家族単位で役所が管理しているものです。

 お父さん・お母さん,そして子どももいっしょに,戸籍にまとめて載っています。

 子どもが親の戸籍から抜けるのは,ふつうは,子どもが,だれかと結婚したときか,どこかの家に養子に行ったときです。

 でも,結婚にしても,養子にしても,相手のいることですから親だけで勝手にすることはできません。



 結婚や養子縁組をしなくても,大人になれば,親の戸籍から抜けて一人で新しい戸籍を作ることができます。

 これを「分籍(ぶんせき)」と言います。

 でも,子どものときには,分籍はできません
【★11】


 戸籍は,一人ひとりの情報を管理するための,単なる道具にすぎません。

 だから,たとえ戸籍が別々になったとしても,法律上の親子のつながりは,まったく切れないのです。

 あなたが親の戸籍から抜けたとしても,

 親の戸籍では「子どものあなたがいる」という情報がわかるようになっていますし,

 あなたの戸籍には「親がだれか」という情報が書かれます。




 これまで書いてきたとおり,法律では,「親子の縁を切る」ということも,戸籍から抜くことも,ほとんどできません。



 あなたの親は,「それが法律でできるのかどうか」ということまで,きちんと考えて言っているのではありません。

 「あなたをこれ以上自分の子どもとして育てていくことがいやになった」,

 親は,そんな気持ちになって,その時のいきおいで「縁を切る」「戸籍を抜く」と言ってしまっているのだと思います。



 だから,あなたのほうは,

 「親子の縁を切ったり,戸籍から抜かれたりしたらどうなるか」ということを心配するよりも,

 「どうして親は,私のことを自分の子どもとして育てていくのがいやになっているのだろう」ということを,考えてみてください。

 それを考えていく中で,親がほんとうはあなたを大切に思ってくれている,ということに,あなた自身が気づくかもしれません。

 「大切なあなたに,きちんとした人に育っていってもらいたい。それなのに,あなたにそうしてもらえない」。

 親は,そういうことへの怒(いか)りから,いきおいで言ってしまっていることも多いと思います。

 本当は,大人のがわも,子どものことを大切に思っているなら,たとえ怒っているときであっても,「縁を切る」,「戸籍を抜く」という言葉で,子どもにさみしく悲しい気持ちにさせるようなことはしてはいけない,と私は思います。

 でも,大人でも,自分の気持ちを相手に伝えるのが,ちょっとうまくないときもあります。

 おたがいが気持ちを分かりあえるように,話ができるとよいと思います。



 一方で,親が,子どものことを大切に思っていないケース,自分の子どもとして育てるのが本当にいやだと思っているケースも,残念ながらやはりあります。

 私がこれまでかかわってきた虐待のケースでも,親から心ない言葉を言われて傷ついてきた子どもたちが,何人もいました
【★12】

 もし,あなたが親の言葉で深く傷つき,家の中にまったく居場所がないと感じているようなら,ぜひ,まわりの大人や,私たち弁護士に相談してください。

 

 

 

【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法49条2項 「届出には,次の事項(じこう)を記載しなければならない。
(略)
 三 父母の氏名及び本籍,父又は母が外国人であるときは,その氏名及び国籍」
【★3】 「ほんとうは最初から親子ではなかった」という,かなり特別な場合に親子関係がなくなることはありますが,これも,裁判所が判断します。
 お母さんは,「出産した人イコール母親」です(最高裁昭和37年4月27日判決・民集16巻7号1247頁)。出生の届出のときには,出産の証明書が付けられますから,ウソの届出を作って出さないかぎり,「最初から母親ではありませんでした」ということはありえません(ウソの届出を作って出すのは犯罪です)。
 お父さんは,「自分の子どもではない」「血のつながりがない」と思ったら,1年以内に裁判所に言わなければなりません(これを「嫡出否認(ちゃくしゅつひにん)」と言います)。1年を過ぎれば,たとえ血のつながりがなくても,父親と子どもの関係をやめることは許されません。
民法772条1項 「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する」
民法774条 「第772条の場合において,夫は,子が嫡出であることを否認することができる」
民法775条 「前条の規定による否認権は,子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。…」
 とても例外的に,1年を過ぎても「最初から父親ではありませんでした」ということが認められることもあります。しかし,「親子関係不存在確認訴訟」という裁判を起こして,親子の血のつながりがないということと,子どもが生まれるときに夫婦としての見かけがなかったということ,というかなり高いハードルをクリアしなければ,裁判所は「親子でない」とは認めません(「外観説」と言います。最高裁第一小法廷昭和44年5月29日判決・民集23巻6号1064頁,最高裁第三小法廷平成12年3月14日判決・家月52巻9号85頁,最高裁第二小法廷平成10年8月31日判決・家月51巻4号75頁)。
【★4】 法律上の親子の関係が終わるものとして,特別養子縁組という,とても特殊な手続があります。
 特別養子縁組は,子どもを生んだけれども育てられないとか,子どもを虐待してしまう,という親と関係を切って,養子に行った先の家で,養子というよりもほんとうの子どものように親子関係を作るための,特別な養子縁組です。ふつうの養子縁組では,この記事の本文で書いたように,もとの親との関係は切れませんが,特別養子縁組では,もとの親との関係が切れることになります。
 この特別養子縁組は,家庭裁判所がとても慎重に判断しますし,子どもが6歳以上ならできません(例外的に,すでに引き取られる先にずっと育てられてきていれば8歳まで)。
民法817条の2第1項 「家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方(じっかた)との血族関係が終了する縁組(以下この款(かん)において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる」
民法817条の5 「第817条の2に規定する請求の時に6歳に達している者は,養子となることができない。ただし,その者が8歳未満であって6歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されている場合は,この限りでない」
民法817条の7 「特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする」
民法817条の9 「養子と実方の父母及びその血族との親族関係は,特別養子縁組によって終了する。…」
【★5】 法律上の親子関係が続くので,将来,親が年を重ねたとき子どもが親を養(やしな)う立場になりますし(これを扶養(ふよう)といいます),親子としてどちらかが亡(な)くなれば,財産を引き継ぐこと(相続)も起きます。
民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養をする義務がある」
(直系血族とは,親・おじいちゃん・おばあちゃん・ひいおじいちゃん・ひいおばあちゃん…という直接の上の世代の人と,子・孫・ひ孫…という直接の下の世代の人のことです)
民法887条1項 「被相続人の子は,相続人となる」
民法889条1項 「次に掲(かか)げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には,次に掲げる順序の順位に従(したが)って相続人となる。 一 被相続人の直系尊属(ちょっけいそんぞく)。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする」
(直系尊属とは,親・おじいちゃん・おばあちゃん・ひいおじいちゃん・ひいおばあちゃん…という直接の上の世代の人のことです)
【★6】 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育する権利を有し,義務を負う」
【★7】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★8】 親権の辞任(じにん)と言います。
民法837条1項 「親権を行う父又は母は,やむを得ない事由(じゆう)があるときは,家庭裁判所の許可を得て,親権又は管理権を辞(じ)することができる」
【★9】 親権の辞任が認められる「やむを得ない事由」とは,たとえば,親が重病になったり,刑務所に行ったり,長い間いなくなったりなどして,親として責任を果たせないというときです(中川淳「改訂親族法逐条解説」486頁参照)。
【★10】 あなたが大人になるまでの間に,「親権辞任」以外の方法で,あなたの親が「親権者」でなくなるのは,次の方法しかありません。
(1)あなたが養子としてほかの家に行く。
(2)あなたの両親が離婚していたなら,別れていたもう一人の親に親権者を変える。
(3)親権が喪失(そうしつ)させられたり,停止されたりする。
 でも,(1)の養子縁組,(2)の親権者の変更,のどれにしても,相手がいる話ですから,親が一人で勝手に決めることは,結局できません。(1)の養子縁組は,おじいちゃん・おばあちゃん以外の人の家に行くなら,家庭裁判所の許可が必要です。(2)の親権者変更も,裁判所が認めなければできません。また,(3)の親権喪失や親権停止は,親以外の誰かが,「親としてふさわしくない」と裁判所に訴えることが必要ですし,それが認められるためのハードルはとても高いです。
 結局,どの方法も,簡単でないどころか,とても大変なのです。
(1)養子縁組
民法818条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服する」
民法798条 「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者の直系卑属(ちょっけいひぞく)を養子とする場合は,この限りでない」
(直系卑属とは,子・孫・ひ孫…という直接の下の世代の人のことです)
(2)親権者変更
民法819条6項 「子の利益のため必要があると認めるときは,家庭裁判所は,子の親族の請求によって,親権者を他の一方に変更することができる」
(3)親権喪失・親権停止
民法834条 「父又は母による虐待又は悪意の遺棄(いき)があるときその他父又は母による親権の行使が著(いちじる)しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権喪失の審判をすることができる。ただし,2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは,この限りでない」
民法834条の2第1項 「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権停止の審判をすることができる」
【★11】 戸籍法21条1項 「成年に達した者は,分籍をすることができる…」
【★12】 「心理的虐待」という児童虐待にあたる場合もあります。
児童虐待の防止等に関する法律2条 「この法律において,『児童虐待』とは,保護者(親権を行う者,未成年後見人その他の者で,児童を現に監護するものをいう。…)がその監護する児童(18歳に満たない者という。…)について行う次に掲げる行為(こうい)をいう。
(略)
 四 児童に対する著(いちじる)しい暴言又は著しく拒絶的(きょぜつてき)な対応…その他の児童に著しい心理的外傷(しんりてきがいしょう)を与(あた)える言動を行うこと」

Part1_2

 

自分の男の体がいやで性別を変えたい

 

 中学1年生です。ずっと前から,自分は女の子だと思っていて,自分の体が男なのがいやでした。最近は声が低くなったりしてきていて,いままで以上につらいです。親や先生からは「もっと男らしくしなさい」と言われるし,クラスでは「おかま」とからかわれたりするので,誰にも相談できません。性別を変える法律があるってテレビで聞いたことがあるんですが,どうやったら変えられるんですか。

 


 性別の取扱いを変える法律が,2003(平成15年)にできました。

 しかし,大人にならないとその法律は使えませんし,いろいろな条件があります。

 でも,法律で性別を変えていなくても,あなたらしく暮らし,あなたらしく生きていくために,まわりと話し合いをしていくことができます。




 子どもが生まれると,お父さん・お母さんなどが,役所に「生まれました」という届出をします
【★1】

 その届出に,「男の子か,女の子か」が書かれます
【★2】

 どちらの性別かは,赤ちゃんの体,特に外性器を見て判断されています
【★3】

 そして,その届出をもとに,「戸籍(こせき)」に生まれてきた子どもの性別が書かれます
【★4】

 「戸籍」は,一人ひとりの情報を家族単位で役所が管理しているものです。

 生まれてから亡くなるまでの間,この「戸籍」に書かれた性別で社会生活を送っていきます。


 でも,赤ちゃんがだんだんと成長し,物心がついてきたときに,

 体が男の子でも,「自分は女の子だ,女の子として暮らしたい」という強い気持ちがずっと続く子どもや,

 体が女の子でも,「自分は男の子だ,男の子として暮らしたい」という強い気持ちがずっと続く子ども,

 そして,「自分の体の性別にずっと違和感(いわかん)がある,自分の体がいやでたまらない」という苦しさを抱える子ども,

 そういう子どもたちが,必ずいます。

 10代になると,体が大人の仲間入りを始めたり,社会の中で性別による役割の違いを実感し始めたりします。

 そのころになると,苦しさはますます大きくなっていきます。



 「女の子として暮らしたいのにそうできない」,

 「自分の男の子の体に違和感がある」。

 そういうあなたも,これまで苦しい思いをしてきたと思います。

 そのことだけでもつらいのに,

 家族にも先生にも相談できず,友だちからからかわれたりもしていて,

 一人ぼっちに感じる,二重に苦しい毎日を送っているのですよね。




 あなたのように,心と体の性別のちがいのために苦しさをかかえている人を,「トランスジェンダー」といいます
【★5】

 また,「性同一性障害(せいどういつせいしょうがい)」という言葉も,聞いたことがあるかもしれません。

 これは,医学の言葉です。

 世界中のお医者さんが使っている共通の基準があります。

 その基準を満たしていると,「性同一性障害」と診断されます
【★6】

 その後,「障害」ではないという理解が広まって,お医者さんが使っている基準も新しくなり,「性別違和」という言葉が使われ始めています。




 あなたが質問した「性別を変える法律」は,2003(平成15)年にできました
【★7】

 お医者さんから「性同一性障害」と診断されている人で,一定の条件を満たしていれば,この法律で戸籍に書かれている性別の取扱いを変えることができるようになりました。

 社会生活のあらゆる場面で,その人にとっての「自分ほんらいの性別」として,生きることができるようになったのです
【★8】

 これまでこの家庭裁判所の手続をとって認められた人は,9624人います
【★9】



 ただ,この手続を使えるのは,大人になってから後です
【★10】【★11】

 性別は,その人の存在そのものと深くかかわっていることだし,一度変えたら元にもどすことはできません。

 だから,大人になってから慎重に自分で考えて手続をとる必要がある。

 そういうことなどが,「20歳にならなければできない」とされる理由です
【★12】

 なので,あなたが今この法律を使って性別の取扱いを変える手続をとることはできません。




 また,今の日本の法律では,この家庭裁判所での手続をするには,性別を変える手術をすることが条件になっています
【★13】【★14】

 (手術をしなければ性別を変えられないのはおかしなことで,実際にも,世界では手術をしなくても性別を変えられる国がとても多いです
【★15】。)

 この手術も,「大人に対してする」ということになっているので,子どものときにはできません
【★16】



 なお,トランスジェンダーの人すべてが,生きていくうえで「性別を変える手術が絶対に必要」というわけではありません
【★17】

 性別を変える手術をせず,法律で性別の取扱いを変えなくても,自分らしく暮らしている,

 そういうトランスジェンダーの人たちも,たくさんいます。

 そして,そういう人たちに配慮した取り組みも,この社会の中で広がり始めています
【★18】

 そういうことも知っていてください。

 将来あなたが手術まで必要とするかどうかは,これからじっくりとお医者さんとよく相談していってください。

 あなたが大人になるまでの間に,法律もまた変わっているかもしれません
【★19】



 法律で性別の取扱いを変えられなくても,

 自分らしく,暮らしていき,生きていくこと。

 これは,とても大切なことです。

 大人だけでなく,大人になる前の子どものときだって同じです。




 学校では,トランスジェンダーの子どもたちにきめ細やかな対応をするようになってきました。

 文部科学省も,「こういう子どもたちにきちんと配慮するように」という通知を出しています
【★20】

 学校の中で,呼び方をどうするか,服装をどうするか,男女別の活動をどうするか,トイレや着替えはどうするか,他の生徒たちへの説明はどうするか。

 そういったこと一つひとつを,あなたの気持ちをだいじにしながら,学校や教育委員会と話し合っていく取り組みが,実際に行われています
【★21】



 ただ,そうはいっても,あなたがすぐに親や先生に相談することはなかなか難しいかもしれません。

 「もっと男らしくしなさい」などと言われていたら,その親や先生が自分の苦しみをきちんと聞いて受け止めてもらえるかどうか,不安ですよね。




 でも,性別は,自分が一体何者なのかということと深く結びついている,そしてあなたの人生にかかわってくる,とてもだいじなことです
【★22】

 最近は,大人たちに対してトランスジェンダーについての理解を深めるための情報も,増えてきています。



 だから,あなたのその苦しみを,親や先生に伝えていきましょう。

 直接言いづらければ,まず最初に保健室の養護の先生やスクールカウンセラーの人に相談してみるのも,一つの方法です。

 養護の先生やスクールカウンセラーへの相談をきっかけにして,親や担任,そしてトランスジェンダーにくわしいお医者さんにもつながっていけると思います。

 もし,親や学校,教育委員会などの話し合いがスムーズにいかないようであれば,私たち弁護士がそのお手伝いをすることもできます。




 あなたは一人ではありません。

 あなたと同じような苦しみをかかえている仲間や,乗り越えてきた先輩たちが,たくさんいます。

 あなたがあなたらしく暮らし,あなたらしく生きていけるようにサポートしたい,そう考えている大人たちもたくさんいます。



 あなたが一人ぼっちではないと実感できること,

 そして,

 あなたがあなたらしく生きていけること。

 それが,法律がだいじにしていることなのです。

 

【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法49条2項 「届書には,次の事項(じこう)を記載しなければならない。 一 子の男女の別…(以下略)」
【★3】 外性器からは男の子か女の子かがすぐにわからないケースも,一定程度あります。「性分化疾患(せいぶんかしっかん)」,「インターセクシュアル」と言います。この場合は,血液検査などをして,男の子か女の子かを判断します。この性分化疾患についても,だいじなことですから,別の記事で書こうと思います。
【★4】 戸籍には,「男/女」と書く部分はなく,「長男」「二男」「長女」「二女」・・・などの書き方で,性別がわかるようにしています。
 戸籍法13条 「戸籍には,本籍の外(ほか),戸籍内の各人について,左の事項を記載しなければならない。 …四  実父母の氏名及び実父母との続柄…(以下略)」
【★5】 「トランス」というのは,「超える」,「別のがわへ」,という意味です。「ジェンダー」というのは,性別のことです。「生物としての男/女」という意味よりももっと広く,「社会の中での男とは/女とは」というイメージです。
 「トランスジェンダー」に似た言葉で,「トランスセクシュアル」という言葉もあります。「トランスセクシュアル」は,もともと医学の世界の言葉です。人によって「トランスジェンダー」と「トランスセクシュアル」の言葉の使い分けがちがうので難しいのですが,体を変える手術まで必要とする人のことを「トランスセクシュアル」ということが多いです。
【★6】 WHO(世界保健機関)が作っている「ICD-10」という基準と,アメリカ精神医学会が作っている「DSM-IV-TR」という基準があり,それぞれの中に,性同一性障害の診断基準が載っています。
【★7】 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「性同一性障害者特例法」といいます)。平成15年7月に国会で成立し,翌平成16年7月から施行されました。
【★8】 性同一性障害者特例法4条1項 「性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法…その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす」
【★9】 裁判所の司法統計「家事審判事件の受理,記載,未済手続別事件別件数-全家庭裁判所」の2004(平成16年)度から2019(令和元)年度までの認容件数の合計。
 http://www.courts.go.jp/search/jtsp0010?
【★10】 性同一性障害者特例法3条 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 … 一 20歳以上であること」
【★11】 改正後の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 一 18歳以上であること(以下略)」
【★12】 南野千恵子監修「解説 性同一性障害者性別取扱特例法」129頁「『20歳以上であること』を要件としたのは,①民法上,人の自然的精神能力が十分に備わる年齢は20歳以上とされていること,②性別はその人の人格そのものにかかわる重大な事柄であり,また,その変更は不可逆的なものとなることから,本人に慎重に判断させる必要があること,③日本精神神経学会がまとめた『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』でも第3段階の治療(性器に関する手術)へ移行するための条件として20歳以上であることが求められていること,などが考慮されたものです」
【★13】 「性別適合手術」と言います。一般的に「性転換手術」と言われることもあります。
【★14】 性同一性障害者特例法3条 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 … 四  生殖腺(せいしょくせん)がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」
【★15】 2014年5月30日,WHOなどの機関が共同で「強制・強要された,または不本意な断種手術の撤廃を求める共同声明」を出し,性別変更に生殖腺切除を強制すべきでないとしています。日本でも,この手術要件の合憲性が裁判で争われ,最高裁第二小法廷は,2019(平成31)年1月23日決定・判例時報2421号4頁で,結論として「現時点では憲法13条,14条1項に違反するものとはいえない」としつつも,「このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべき」とも判示し,2人の裁判官は「憲法13条に違反するとまではいえないものの,その疑いが生じていることは否定できない」と補足意見を述べています。
【★16】 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第4版)14頁。
https://www.jspn.or.jp/activity/opinion/gid_guideline/files/journal_114_11_gid_guideline_no4.pdf
【★17】 「トランスジェンダーなら性別適合手術をしなければいけない」「トランスジェンダーなら性別適合手術をしたほうがよい」という誤解が,時々みられます(トランスジェンダーの当事者でない人に,その誤解が多いようです)。
 でも,トランスジェンダーの人たちが,どうやって心と体とのバランスをとるかは,人によってまちまちです。
 カウンセリングを通して人間関係や環境を変えることで苦しみがやわらぐ人もいますし,ホルモン療法で体つきを変えることで苦しみがやわらぐ人もいます。
 顔つきを変える手術を受けたり,法律上の名前を変える手続きを取ったりすることで,苦しみがやわらぐという人もいるでしょう。
 性別適合手術は,体にも負担をかけるし,お金もかかります。そのような手術をすることで苦しみをやわらげる必要のある人もいれば,そこまでする必要のない人もいる,ということです。
 「法律で性別の取扱いを変えるために,手術をする」と考えるのではなく,「自分が心と体のバランスをとるために手術が必要かどうか」ということをお医者さんと相談しながら考えることが大切です。
【★18】 たとえば,身分証明としても使われる国民健康保険の保険証には,表面に性別が書かれます。性別の取扱いの変更をしていない人について,表面の性別欄に「裏面参照」と書いて,裏面に「戸籍上の性別は男(又は女)」と書くなどの工夫をすることが認められるようになったことなどがあります(厚生労働省保険局国民健康保険課長平成24年9月21日保国発0921第1号「国民健康保険被保険者証の性別表記について(回答)」)。
【★19】 性同一性障害者特例法附則2条で,「性同一性障害者の範囲…については,この法律の施行後3年を目途(めど)として,この法律の施行の状況,性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案(かんあん)して検討が加えられ,必要があると認めるときは,その結果に基(もと)づいて所要(しょよう)の措置(そち)が講(こう)ぜられるものとする」とされていました。
 実際に,平成20年に,法律が一部改正されています(3条三号「現に子がいないこと」が「現に未成年の子がいないこと」に改められて,性別の取扱いの変更が認められる人が広がりました)。
 その平成20年の改正のときにも,附則3条で,今後も法律の改善について検討するように,と書かれています。
 日本の法律で,性別の取り扱いを変えるために性別適合手術をすることが条件になっているのはおかしい,という意見もあります。他の国では,性別の取り扱いを変えるために手術をすることまでは必要ない,というところもあります(たとえばイギリスなど。山下敏雅・田巻帝子「性同一性障がい者の婚姻と嫡出推定」ジェンダー法学会『ジェンダーと法No10』126頁「イギリス法の主たる要件は,出生時の性と自身が信じる性とが食い違っていて,自分が信じる性で一生生きていくという本人の意思確認が大前提となっている。その意思があることの証明として,身体の特徴をその性に近づけるための手術を要求していない」)。
【★20】 平成22年4月23日初等中等教育局児童生徒課,スポーツ・青少年局学校健康教育課事務連絡「児童生徒が抱える問題に対しての教育相談の徹底について(通知)」
http://www.pref.osaka.jp/attach/4475/00051736/220426kyouikusoudantaisei.pdf (大阪府ウェブサイト)
 「先日,性同一性障害のある児童生徒に係(かか)る対応も報道等で取り上げられました。性同一性障害のある児童生徒は,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己(じこ)を身体的及(およ)び社会的に他の性別に適合させようとする意思(いし)を有(ゆう)する者であり,学校での活動を含め日常の活動に悩みを抱え,心身への負担が過大なものとなることが懸念(けねん)されます。こうした問題に関しては,個別の事案に応じたきめ細やかな対応が必要であり,学校関係者においては,児童生徒の不安や悩みをしっかり受け止め,児童生徒の立場から教育相談を行うことが求められております。
 したがって,各学校においては,学級担任や管理職を始めとして,養護教諭,スクールカウンセラーなど教職員等が協力して,保護者の意向にも配慮しつつ,児童生徒の実情を把握した上で相談に応じるとともに,必要に応じて関係医療機関とも連携するなど,児童生徒の心情に十分配慮した対応をお願いいたします。
 また,都道府県・指定都市教育委員会にあっては所管(しょかん)の学校及び域内の市区町村教育委員会等に対して,都道府県知事にあっては所轄の私立学校に対して,この趣旨について周知徹底を図るとともに,性同一性障害を始めとする新たな課題についても学校において適切に対応ができるよう,必要な情報提供を行うことを含め指導・助言をお願いします」
 さらにその5年後にも文部科学省は通知を出しています(平成27年4月30日文部科学省初等中等教育局児童生徒課長「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細やかな対応の実施等について」)。
【★21】 NHK・Eテレ「ハートネットTV シリーズ 多様な“性”と生きている」第2回「セクシュアルマイノリティーの子どもたち~成長を支える~」(2013年6月4日)で,その具体的な取り組みが紹介されています。
【★22】 自分がいったい何者なのか,ということを,難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。特に子どものときは,このアイデンティティをかたちづくっていくための,とてもだいじな時期です。

Part1_2

父親が日本人なので日本国籍をとりたい

 

 高校生です。母は外国籍です。でも,父が日本国籍で,私も生まれてからずっと日本で育ってきたし,自分の名前も日本風なので,自分の国籍は日本だと,ずっと思ってました。だけど,最近になって,じつは,両親が結婚していなかったこと,そして,自分の国籍が日本ではなく,本名もいままでずっと使ってきた名前とはちがっていたということを知りました。私が日本国籍になることはできますか。



 あなたがお父さんから認知(にんち)されていれば,届出をすることで,日本国籍になることができます。



 自分の国籍や名前がちがっていたと知って,とてもおどろきましたよね。


 自分が一体どんな人間なのか。

 そのことを,難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。

 アイデンティティは,人が人であるために欠かせないものです。

 特に,子どもから大人になるころは,自分がどんな人間なのかを考える,自分さがしをする時期です。

 そして,国籍や名前は,アイデンティティをかたちづくるうえで,大切なものの中の一つです。


 本当のことを知っておどろき,自分のアイデンティティがゆらぐことは,苦しいことだと思います。

 そして,大人から本当のことをきちんと教えてもらえていなかったことに対する,悲しさやさみしさも,きっと感じたのではないかと思います。


 日本の国籍になるのは,お父さんかお母さんが日本国籍であることが,基本的な条件です。


 「お母さんがだれか」ということは,産んだ人がだれかで決まるので,わかりやすいですよね【★1】

 それにくらべて,「お父さんがだれか」ということは,わかりづらいときがあります。

 お父さんとお母さんが結婚しているなら,法律上は,自動的に,「夫が,その子のお父さん」,となります
【★2】

 あなたのお父さんとお母さんは,結婚していないのですよね。

 こういうときには,お父さんが,役所に,「この子は自分の子です」と届出をします。

 これを,「認知(にんち)」と言います
【★3】

 日本国籍を持っている人についての情報は,市役所や区役所が,「戸籍(こせき)」というもので管理しています。

 お父さんの戸籍を取り寄せてみてください。

 お父さんがあなたを「認知」していれば,お父さんの戸籍の情報の中に,そのことが書かれています。


 あなたがお父さんから「認知」されていれば,成人する前に法務局に届出をすれば,日本国籍をとることができます【★4】【★5】【★6】

 あなたは高校生で,15歳以上ですから,自分で届出をします
【★7】

 14歳以下の子どもであれば,お母さんに代わりに届出をしてもらいます。

 成人した後でも日本国籍を取るための手続はありますが,成人する前に届出をするほうが確実です
【★8】

 届出が受け付けられれば,日本国民として,あなたの戸籍ができます。

 その戸籍に,あなたがいままで使っていた名前を載せてもらうことで,これからはその名前をあなたの「本名」として使っていくことができます。


 「認知」されていなければ,お父さんに,「認知」をするよう話をしてください。

 お父さんが応じてくれなければ,裁判所でお父さんと話し合います(「調停(ちょうてい)」と言います)。

 それでもお父さんが応じてくれなければ,裁判をして判決を出してもらいます(「認知の訴え」と言います)
【★9】

 そして,「認知」されたうえで,上に書いた届出の手続をします。


 国籍が日本かどうかは,

 選挙権があるか,

 どこの国のパスポートを使うのか,

 就職のときに公務員になれるか,

 これからやがて出会う人と家族になるときに,家族内の問題にどこの国の法律があてはまることになるか,など,

 人生のいろんなところにかかわってくる,法律的にとてもだいじなことです。


 いままで自分のことをきちんと大人から教えてもらえていなかったことを知って,つらかったと思います。

 これからのあなたの人生は
,ぜひ,あなた自身で切り開いていってください。




【★1】母と子の関係は,認知は必要なく,「分娩(ぶんべん)の事実」,つまり出産したということで,当然に認められる,とされています(最高裁昭和37年4月27日判決・民集16巻7号1247頁)。
【★2】民法772条1項「妻が婚姻(こんいん)中に懐胎(かいたい)した子は,夫の子と推定(すいてい)する」
【★3】民法779条「嫡出(ちゃくしゅつ)でない子は,その父…がこれを認知することができる」
 「嫡出」というのは,法律的に結婚している男女の間の子ども,という意味です。
【★4】国籍法2条「子は,次の場合には,日本国民とする。
 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。…」
 改正後の国籍法3条1項 「父又は母が認知した子で18歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は,認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父又は母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★5】じつは,つい最近まで,お父さんとお母さんが結婚しなければ日本国籍はとれない,認知だけでは日本国籍がとれない,ということになっていました。でも,最近では,法律的に結婚していない,いろんな家族の形が増えてきています。両親が結婚しているからその子が日本との結びつきが強くて,両親が結婚していないからその子が日本との結びつきが弱い,などというのは,もう現在では通用しない考え方です。最高裁判所は,そのような考え方に立って,以前の法律が「法の下(もと)の平等」を定(さだ)めている憲法にてらしてまちがっている,とする違憲判決(いけんはんけつ)を出しました(最高裁大法廷平成20年6月4日判決・民集62巻6号1367頁)。この判決をふまえて平成21年から新しくなった法律が,記事の本文で説明したものです。
 憲法14条1項「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条(しんじょう),性別,社会的身分又は門地(もんち)により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」
【★6】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★7】戸籍法18条「第3条第1項…による国籍取得の届出…は,国籍の取得…をしようとする者が15歳未満のときは,法定代理人が代わってする」
【★8】成人すると,「帰化(きか)」という手続になり,帰化は法務大臣が「許可することができる」,つまり,「許可しないこともできる」ということにもなるので,成人する前に届出をしたほうがよいのです(国籍法8条)。
【★9】民法787条「子…は,認知の訴えを提起(ていき)することができる」
 もしお父さんが亡くなっている場合は,3年以内に,検察官を相手に,認知の訴えをおこす必要があります。
 民法787条但書「ただし,父…の死亡の日から3年を経過したときは,この限りではない」
 人事訴訟法42条1項「認知の訴えにおいては…その者が死亡した後は,検察官を被告とする」

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親が離婚して自分の名字が変わるのがいや

 

 中学1年生です。親が離婚の話し合いをしていて,これからはお母さんと一緒に暮らすことになりそうです。名字(みょうじ)は,いままで「鈴木」でしたが,これからは私もお母さんも「斉藤」になる,と言われました。でも,クラスの友だちの渡辺さんは,親が離婚してお母さんと一緒に暮らしているけど,名字は変わっていません。どうして私は名字が変わっちゃうんですか。

 

 

 親が離婚してあなたの名字が変わるかどうかは,一緒に暮らすことになるほうの親が考えて決めていることがほとんどです。

 でも,あなた自身の名字のことですから,あなたの気持ちをお母さんにきちんと伝え,話し合うことが大切です。




 結婚するとき,二人の名字がいっしょになる,ということは知っていますよね。

 夫(おっと)の名字か,妻(つま)の名字の,どちらか一つを選んで,二人の名字をいっしょにすることになっています
【★1】【★2】


 たぶん,あなたの場合,お父さんの名字が「鈴木」で,お母さんの名字が「斉藤」だったのですね。

 そして結婚して,お父さんの名字である「鈴木」に合わせた,ということだと思います。

 その2人のあいだに生まれた子ども,つまりあなたの名字も,「鈴木」になります
【★3】


 お父さんとお母さんが離婚したときに,2人の名字がどうなるか。

 離婚すると,「結婚のときに名字を変えた人が,もとの名字にもどる」,ということになっています
【★4】

 だから,あなたの場合,両親が離婚すると,お母さんの名字が,結婚前の「斉藤」にもどります。



 親が離婚するとき,「子どもはどちらの親と暮らすか」,ということも決めます【★5】

 あなたの場合,お母さんのほうになりそうなのですね。



 ところが,子どもの名字は,親が離婚しただけでは,変わりません。

 いっしょに暮らす親の名字が変わったとしても,そうなのです。

 お母さんの「斉藤」さんと,子どもの「鈴木」さんがいっしょに暮らすのでも,本人たちがそれでよいのならかまわない,というのが法律のたてまえです。



 親と子どもの名字がちがうのがいやであれば,子どもの名字を親の名字に合わせることができます【★6】

 15歳以上であれば,自分でその手続きをします。

 14歳以下であれば,親が代わりにその手続きをします
【★7】

 家庭裁判所に手続きを取りますが,大変なことではありません。

 すぐに終わります。

 あなたの場合,まだ15歳になっていないので,あなたの名字をお母さんの「斉藤」に合わせたいのであれば,お母さんが手続きをとることになります。




 友だちの渡辺さんは,あなたと同じように両親が離婚して,お母さんと一緒に暮らしているけれども,名字が変わっていないのですね。



 さっき,「結婚のときに名字を変えた人が,離婚したときに,もとの名字にもどる」,と書きました。

 でも,「離婚したあとも,結婚していたときの名字をそのまま使いたい」と思えば,そうすることもできるのです
【★8】

 渡辺さんのお母さんは,「もとは別の名字だったけど,離婚しても,もとの名字にもどさずに,そのまま渡辺でいたい」,と思って,役所にその手続きをとったのだろうと思います
【★9】

 子どもの名字は,親が離婚しただけでは変わらないので,そのまま「渡辺」なのです。




 お母さんが,もとの名字に戻るか,結婚していたときの名字をそのまま使うかは,いろんなことを悩んで,決めています。

 「新しい気持ちと名前で今後の人生を生きていきたい」,とか,

 「別れた人と同じ名字を使い続ける気持ちになれない」,という理由で,

 もとの名字にもどす,ということもあるでしょう。

 「この名前でずっと暮らしてきたので,離婚でまた名字が変わると,役所,銀行,職場など,いろんな手続きが大変だ」,とか,

 「名字が変わって,離婚したことがほかの人たちに分かるのがいやだ」,という理由で,

 離婚したあとも結婚していたときの名字を使う,ということもあるでしょう。

 お母さんは,自分自身のことを,一生懸命に考えているのです。




 そして,お母さんが「もとの名字にもどす」と決めたときには,「一緒に暮らすこどもたちと名字がちがうのでは,子どもたちがかわいそうだ」と考えて,名字を合わせる手続きをとることが多いと思います。

 お母さんは,子どものことも,一生懸命に考えているのです。




 でも,子どものがわから見たら,両親が離婚することじたいで傷つき,悲しい思いをしています。

 それなのに,自分の名字まで変わってしまうことは,さらにつらく,悲しいことです。

 友だちは親が離婚しても名字が変わっていないのに,自分は大人から何の説明もないままに「名字が変わる」と言われたら,なおのこと,つらいですよね。

 大人の中には,「名前が変わっても,あなたという人そのものが変わるわけではないんだから,大人の言うとおりがまんしなさい」,という人もいるかもしれません。

 でも,名前は,「自分が誰なのか」,という,人間としてとても大事なことがらにかかわる,重要なものです
【★10】

 だから,その名字を使うあなた自身の気持ちが,大切にされなければなりません。



 「ずっと使ってきた名前でこれからも暮らして生きたい」,とか,

 「名字が変わって親が離婚したことを他の人に知られたくない」,とか,

 あなたなりの気持ちがあると思います。

 お母さんがあなたをどんなふうに一生懸命考えてくれているのか,そして,自分がどう考えているのか,それを,お母さんとよく話し合ってみてください。



 その結果,あなたが納得して,お母さんと同じ「斉藤」になるのでもいいですし,

 お母さんのほうの気持ちが変わって,お母さんが「鈴木」の名前を使い続けようということになるかもしれません。

 実際には少ないですが,お母さんとあなたが納得すれば,お母さんが「斉藤」,あなたが「鈴木」で,いっしょに暮らしていくこともありえます。

 あるいは,あなたの法律上の名前が「斉藤」に変わっても,日常生活の中では,できるかぎり「鈴木」のままで暮らせるように,学校にお願いをする,ということも考えられます。

 どんな結論になるにしても,あなたがお母さんときちんと話をし,一生懸命考えることが大切です。




 あなたの名字をここで「斉藤」に変えたとしても,大人になってから「鈴木」にもどすことができます。

 大人になって1年以内に役所に手続きをすれば,また「鈴木」にもどることができます
【★11】


 もしその手続きをしていなくても,「鈴木」の名字で何年もずっと日常生活を続けていて,裁判所がOKしてくれれば,「鈴木」に変えられる場合もあります
【★12】

 また,将来,あなた自身が誰かと結婚してパートナーのほうの名字を選んだり,誰かの養子になったりしたら,名字が変わります。




 名字は,あなた自身の生き方に深く結びついている,大事なものです。

 でも,誰もが自由気ままに自分の名字を変えられるとしたら,誰が誰だかわからなくなって,社会が混乱(こんらん)してしまいます。

 だから,人生の大事な節目(ふしめ)のときに,その人自身の気持ちを第一に,そしてまわりの人のことも考えて,名字が変わったり,変わらなかったりしているのです。



 あなたがどう考え,お母さんがどう思っているのかを,この機会に,よく話し合ってみてください。

 

 

【★1】 民法750条 「夫婦は,婚姻(こんいん)の際(さい)に定(さだ)めるところに従(したが)い,夫又(また)は妻の氏(うじ)を称(しょう)する」
 「婚姻」は結婚のこと,「氏」は名字のことです。
【★2】 「結婚するときに名字をかならずいっしょにしないといけないのか,名字が変わらないまま結婚したい夫婦はそれでもいいじゃないか」という反対意見もあります。選択的夫婦別姓(せんたくてきふうふべっせい)という意見です。結婚して名字が変わるかどうかは,国によって決まりが違います。今の日本の法律では,結婚すると名字は一緒になります。
【★3】 民法790条1項 「嫡出(ちゃくしゅつ)である子は,父母の氏を称する…」
 「嫡出」は,結婚している夫婦のあいだに生まれた子どものことです。
【★4】 民法767条 「婚姻によって氏を改(あらた)めた夫又は妻は,協議上(きょうぎじょう)の離婚によって婚姻前の氏に復(ふく)する」
【★5】 民法819条1項 「父母が協議上の離婚をするときは,その協議で,その一方を親権者(しんけんしゃ)と定めなければならない」
【★6】 民法791条1項 「子が父又は母と氏を異(こと)にする場合には,子は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その父又は母の氏を称することができる」
【★7】 民法791条3項 「子が15歳未満であるときは,その法定代理人が,これに代わって,前2項の行為(こうい)をすることができる」
【★8】 民法767条2項 「前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は,離婚の日から3箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,離婚の際に称していた氏を称することができる」
戸籍法77条の2 「民法第767条2項…の規定によって離婚の際に称していた氏を称しようとする者は,離婚の年月日を届書に記載(きさい)して,その旨(むね)を届け出なければならない」
【★9】 ひょっとしたら,両親が結婚したときに,お父さんのほうがお母さんの名字に合わせて変えていたのかもしれません。そうであれば,離婚のときに,渡辺さんのお母さんが何も手続きをとらなくても,お母さんも友だちも「渡辺」のままです。だから,本文で書いたことは,あくまで推測(すいそく)です。
【★10】 「自分がどういう人間なのか」ということを,難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。アイデンティティは,人が人として生きていくために大切なものです。子どもの時期は,そのアイデンティティをかたちづくっていくための,特に大切な時期です。
【★11】 民法791条4項 「前3項の規定により氏を改めた未成年の子は,成年に達した時から1年以内に,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,従前(じゅうぜん)の氏に復することができる。」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★12】 あなたが20歳になったあと,お母さんの戸籍から抜けて(分籍(ぶんせき)と言います),自分ひとりの戸籍を作ったうえで,「氏の変更」という裁判所での手続きをとります。
戸籍法21条1項 「成年に達した者は,分籍をすることができる…」
戸籍法107条1項 「やむを得ない事由(じゆう)によって氏を変更しようとするときは,戸籍の筆頭(ひっとう)に記載(きさい)した者及びその配偶者(はいぐうしゃ)は,家庭裁判所の許可を得て,その旨(むね)を届け出なければならない」

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お年玉を親に使われてしまった

 

 お正月に,おじからお年玉をもらいました。そのときに,お父さんが「お母さんに預(あず)けなさい」というので預けたんですが,あとになって,お母さんから「冷蔵庫を買うために使ってしまった」と言われました。有名な弁護士さんが,親がお年玉を使っても全く問題ないって言っていたんですが,ほんとうなんですか。



 私はその弁護士さんがどのように言ったのか知りませんが,法律上,お母さんがあなたのお年玉を勝手に使うことは,してはいけないことです。



 大人になるまでは,子どもの財産は,「親権(しんけん)」を行う人が,管理します【★1】

 大人になる歳は,いままでは20歳でしたが,2022(令和4)年4月からは18歳です
【★2】


 あなたの場合,お父さんとお母さんが親権者(しんけんしゃ)です【★3】



 人は,ほんらい,自分の財産は,自分で管理し,自分で好きなように使っていい,という自由があります。


 でも,経済のしくみはとても複雑(ふくざつ)です。

 経済のしくみがわかるようになるまでの子どものときや,

 お年寄りになって判断する力が弱くなってきたときなどは,

 他の人にだまされて,財産をうしなったり,大きな借金を背負わされたりする危険があります。

 だから,そういう人には,その人に代わって,その人のために,財産を管理したり使ったりするサポーターを,法律ではつけているのです。

 子どもの場合は,そのサポーターが,「親権」を行う人です。



 ですから,お父さんがお年玉を預けなさい,と言ったのは,法律的に正しいことです。


 あなたが,せっかくもらったお年玉を,むだ遣いしないよう,あなたを守る義務が,親にはあるのです。


 ただ,ふだんのお小遣いは,自分で管理して,自分で使っていますね。

 また,中学生・高校生・大学生にもなってくると,自分で管理して,自分で使うことを親から許される金額も,大きくなってきます。

 法律は,親が許したぶんについては,子どもが自由に使っていい,としています
【★4】

 「子どもがだまされてお金を失うことはないだろう」,「お金の使い方をここで学んでもらおう」,ということを,金額の大きさや子どもの年齢に応じて,親が考えていくしくみになっているのです。




 でも,お母さんが,冷蔵庫を買うためにあなたのお年玉を勝手に使ったことは,法律的にまちがっていることです。



 親が子どもの財産を管理するのは,あくまで,その子どものためです【★5】

 管理を任(まか)されている人は,その人の財産と,自分の財産とを,ごちゃごちゃにしてはいけないのです。

 おじさんは,お年玉を,あなたが自分のために使ってほしい,というつもりであげたはずです。

 もらったあなたも,そのお年玉を,自分のために使いたいと思って,実際に使うまでの間,親に預けていただけのはずです。



 お母さんは,「冷蔵庫はあなたも使うんだから,あなたのためでもあるじゃない」と言うかもしれません。

 でも,冷蔵庫は,ふつう,お父さんとお母さんが家計の中でやりくりして買うものです。

 もし,万一,家計に余裕(よゆう)がなくて,親があなたのお年玉からもお金を出してもらいたいと思うなら,少なくとも,きちんと話し合って,あなたのためでもあるんだ,ということあなた自身が納得してから,出すようにしなければなりません。




 インターネットを見ると,こんな記事を見ることがあります。

 「親は,子どもを育てるのに必要なお金と,子どもから預かっているお金とを差し引きできると法律に書いてある。だから,親が子どものお年玉を使ってもいい」。

 でも,それは間違いです。

 差し引きしていいのは,たとえば,お年玉を銀行に預けたときの利子分などだけです。

 お年玉そのものを,子どもを育てるのに必要なお金と差し引きすることまで,法律は認めていません
【★6】



 親が子どもの財産を勝手に使ってしまったら,親は,その分を,子どもに返さなければいけません
【★7】

 お年玉程度の金額であればまだしも,子どもにもっと大きなお金があって,それを親が勝手に使ってしまったら…
【★8】

 そんなときには,裁判所が,子どもの財産を管理することを親に禁止したり
【★9】,親から「親権」そのものをうばったりすることさえあります【★10】



 今回,使われてしまったお金を返してほしいと親と話すことは,そう簡単なことではないかもしれません。

 自分にお金をかけて育ててもらっている親に,なかなか言いづらいですよね。

 「弁護士がこう言っていた」,という言い方をするのは,かえって親の気分を悪くするかもしれません。

 こういうときには,お年玉をくれたおじさんを味方につけるほうが良いと思います。

 そして,次の年からは,おじさんがお年玉をわたすときに,「このお年玉は,おじの私が管理しておきます」,と,お父さんやお母さんに言ってもらうことも,一つの手です
【★11】

 そう言ってもらうと,そのお年玉は,親が管理することができませんから,勝手に冷蔵庫代に使われる心配はありません。

 いつか自分が自分のために使いたいときに,おじさんに言えば良いのです。




 自分の財産をきちんと大切にできる人が,

 他の人の財産もきちんと大切にできるようになります。

 お金の話を細かくするのはいやらしい,と言う人もいますが,

 お金をきちんと大切にすることは,人として大事なことです。

 それは,子どもであっても,大人であっても,同じことだと思います。



【★1】 民法824条「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし,その子の行為を目的とする債務(さいむ)を生(しょう)ずべき場合には,本人の同意を得なければならない。」
【★2】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★3】 民法818条1項「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
【★4】 民法820条「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育する権利を有し,義務を負う」
【★5】 民法5条3項「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも,同様とする」
【★6】 民法828条には,「子が成年に達したときは,親権を行った者は,遅滞(ちたい)なくその管理の計算をしなければならない。ただし,その子の養育及び財産の管理の費用は,その子の財産の収益(しゅうえき)と相殺(そうさい)したものとみなす」,とあります。この後半の部分を誤解(ごかい)している人が多いようです。東京大学の内田教授も,「828条但書(ただしがき)は,子の財産の収益を養育費に充(あ)ててよい旨(むね)規定している。言い換えれば,子の財産の元本(がんぽん)を養育費に充当(じゅうとう)することは原則して許されないのである。したがって,収益で不足する限(かぎ)り,親は自ら(みずから)の資産・労力で子を養育しなければならない」と言っています(内田貴「民法Ⅳ」295ページ)。
【★7】 「きちんと注意して管理をしなければならないのにしていなかったから,その分をきちんと返してください」(民法827条),と言うか,「やってはいけないことをしてこちらに損(そん)をさせた分を元にもどしてください」(民法709条。不法行為といいます),という言い方になります。
【★8】 実際に,親戚が亡くなって,その遺産(いさん)から,子どもが大きなお金や土地・建物を手にすることがあります。
【★9】 管理権喪失(そうしつ)の審判(しんぱん)といいます。民法835条「父又は母による管理権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,管理権喪失の審判をすることができる」
【★10】 親権喪失の審判といいます。民法834条「父又は母による虐待又は悪意の遺棄(いき)があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著(いちじる)しく害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権喪失の審判をすることができる。ただし,2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは,この限(かぎ)りでない」
【★11】 民法830条1項「無償(むしょう)で子に財産を与(あた)える第三者が,親権を行う父又は母にこれを管理させない意思を表示したときは,その財産は,父又は母の管理に属(ぞく)しないものとする」。誰が管理するかをはっきりさせないと,管理する人をわざわざ裁判所に選んでもらわないといけなくなりますから(同条3項),誰が管理するのかを,きちんとおじさんに言ってもらう必要があります。

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2021年5月 1日 (土)

妊娠してしまってどうすればいいかわからない

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 高校2年生のA美とB太です。コンドームを使っていなかったので,先日,A美が妊娠(にんしん)してしまいました。自分たちがどうすればいいのか,親にも誰にも相談できません。



 子どもを産むか,中絶(ちゅうぜつ)するか,どちらも大事な選択です。

 いろんなことを理解したうえで,二人でよく話し合い,そして最後は必ず親とも話し合って,決めて下さい。




 子どもを産むと決めたら,法律ではどうなるか。



 二人は結婚していませんから【★1】,生まれてくる子どもは,A美さんの子どもとして,A美さんの戸籍(こせき)に入ります。

 その子の父がB太君に間違いないのであれば,役所に,「自分が父です」という届出をします。

 これを「認知(にんち)」といいます。

 生まれてくる前に認知をすることもできますし,生まれた後ですることもできます
【★2】

 この認知には,B太君の両親の了解も,A美さんの両親の了解も必要ありません。

(生まれてくる前に認知するときは,A美さんの了解が必要です。)



 でも,その子に対して,親としての法律上の権利や義務【★3】を持つのは,A美さんでもB太君でもなく,A美さんの両親です【★4】

 A美さんが成人し,大人になるときまでは,そうなります
【★5】

 ですから,A美さんの両親にないしょで産むと,いろんな問題を起こします。



 父であるB太君は,生まれてくる子に,きちんと責任を負う必要があります。

 たとえA美さんと結婚していないとか,A美さんや子どもと一緒に暮らしていないとかいう場合でも,子どもが育っていくために必要なお金をずっと払っていかなければなりません。

 これを「養育費(よういくひ)」といいます。

 養育費を払いたくないから,認知をしないとか,養育費の話し合いをしない,とB太君が逃げても,むりです。

 A美さんや,子どものほうから,B太君に対して認知をするよう裁判所に訴(うった)えることができます
【★6】

 養育費について話し合いがまとまらなければ,裁判所が金額を決めます
【★7】

 それでもB太君が養育費を払わなければ,アルバイトの給料や貯金などの財産が強制的(きょうせいてき)に差し押さえられます。



 子どもが生まれれば,A美さんの家族にとっても,B太君の家族にとっても,新しい「親族」が増えることになります。

 家族のうち誰が誰の面倒をみるのか,ということもかかわってきます
【★8】

 遠い将来,親族のうち誰かが亡くなったときの,遺産の分け方にもかかわってきます
【★9】



 子どもを産まないと決めたら,法律ではどうなるか。


 みなさんは,「子どもを堕(お)ろす」という言い方をよくしますが,私はその言い方はしたくありません。

 人工妊娠中絶,あるいは単に中絶,といいます。

 中絶をすることは,犯罪とされています
【★10】

 でも,経済的なことなど,いろんな事情があるときには,中絶をすることが認められています
【★11】

 法律的には,A美さんの判断だけで中絶ができます
【★12】

 しかし,実際には,病院は,A美さんの親や,B太君,B太君の親にも,中絶手術についての同意(どうい)をもとめてくるところがほとんどです。

 何かトラブルになったときに病院がまきこまれないように,法律では必要とされていない人の意見まで確認しておく病院がほとんどなのです。

 このことは逆にいえば,それだけ,中絶について家族ときちんと話をしておかなければ,トラブルが起きることが実際に多い,ということです。

 また,妊娠22週(=妊娠6ヶ月)を超えると,中絶をすることは法律上できません
【★13】


 実際に中絶をしたら,胎児はどうなるか。

 妊娠12週(=妊娠4ヶ月)以降のときは,「死産」として届け出て,きちんと埋葬(まいそう)しなければいけません
【★14】

 それ以前の中絶の胎児は,地域によっては火葬するところもありますが,現状では,医療廃棄物として取り扱われるところが多いです
【★15】


 中絶にかかる費用を,男性が全部払うのか,二人で半分ずつ払うのかは,話し合って決めます。

 話し合いがまとまらず裁判になったケースで,支払いをしなかった男性に対して,2分の1を支払うようにはっきりと命じた判決も出ています
【★16】



 産む場合と,中絶する場合の,それぞれの法律的なことだけを,上に書きました。


 しかし,実際には,それだけでなく,もっとたくさんのことを考えなければいけません。


 A美さんのお腹の中に宿(やど)っている命は,小さいけれども,大切な命です。

 「だから,命を大切にしたいからこそ,産むんだ」,という考えも,ありうると思います。

 けれど,命を大事にするということは,産むことだけで終わるのではありません。

 その子が大人になるまで,ずっとずっと長い間,その命を大切にしていかなければならないことについても,じっくりと考えなければいけません。


 二人はまだ高校生で,自分探しをしている時期です。

 やがて自分探しが落ち着いて,その自分自身を心から大切にできること,

 そして,相手のことも,同じように心から大切にできるようになること。

 あなたは,「そんなこと,今でもできています」,そう思うかもしれません。

 でも,これから学校の中でもっと学び,そして働いてお金をかせいでいく中で,それらの意味を,もっと深く分かることが多くなってきます。

 そういうふうにして,自分と相手とをもっと大切にできるようになってから,新しく迎え入れる命を大事にしていく,という生き方にも,じっくりと思いをめぐらせてみてください。

 残念ながら,お父さんもお母さんも若すぎて,まだ自分と相手のことも大事にできず,生まれてきた子どもをきちんと育てられなくて,保護しなければならないというケースを,私自身がたくさん見ています。



 子育ては,二人だけではできません。

 どんな夫婦でも,それぞれの家族,地域,いろんな人たちに支えられながら,子育てにがんばっています。

 子育てをまわりから支えてもらうことは,恥ずかしいことなどではありません。

 むしろ,絶対に必要なことなのです。

 二人はまだ高校生ですから,他の夫婦以上に,みんなに子育てを支えてもらわなければなりません。

 だからこそ,もし産むのであれば,家族にきちんと話して,協力してもらう必要があります。

 私がむかしかかわったケースで,当時は二人ともほんとうにまだ若かったですが,まわりの大人たちとよく話し合い,そして子どもを産んだ,ということもありました。

 二人はずっとみんなに支えられながら,今も立派にお父さん・お母さんをしています。

 私は二人のことがとても誇り(ほこり)です。

 ただ,他の子どもたちも,その二人と同じようにまわりから支えられながらがんばれるかというと,そんなに簡単なことではない,と感じています。


 他方で,中絶をすることも,軽い気持ちで決めてほしくありません。

 中絶は,A美さんの体に負担をかけるだけでなく,心を深く傷つけます。

 もし,中絶を選ぶこととなったとしても,その苦しみをA美さん一人だけが背負うのではなく,B太君もきちんと分かち合わなければいけません。


 もし,悩んでいるあいだに,中絶できる時期を過ぎてしまっても,

 誰にも相談できないまま,子どもを産んで死なせてしまうことだけは,絶対にしないでください
【★16】

 あなたたち自身で育てられなくても,

 その子を,他の夫婦の子どもとして育ててもらう,「特別養子縁組」というしくみもあります
【★18】




 産むとしても,中絶するとしても,どちらにしても大事なことです。

 今まで私が書いてきたことを,二人でよく確認してみてください。

 そして,今は話しにくいかもしれませんが,早いうちに必ず,親と一緒に話し合って下さい。



 今回のことをきっかけにして,

 自分が家族から大切にされているか,

 自分が自分を大切にしているか,

 そして,自分がパートナーを大切にしているか,

 そのことを,あらためて見つめ直してみてください。



 セックスは,人間として大切なコミュニケーションの一つです。

 だからこそ,これからは,そのコミュニケーションの結果で自分自身や相手が苦しみ悩んでしまうことのないようにしてほしい,と私は願っています。

 そして,ほんらい,大人の私たちには,そのメッセージをきちんと子どものみなさんに伝えていく責任がある,と,私は思っています。

 

【★1】 2022(令和4)年4月からは,男女ともに結婚できるのは18歳からです。
 改正後の民法731条 「婚姻は,18歳にならなければ,することができない」
【★2】 民法779条「嫡出(ちゃくしゅつ)でない子は,その父又は母がこれを認知することができる」(嫡出でない子,というのは,結婚していない男女の間に生まれた子どものことです)
 民法783条1項「父は,胎内(たいない)に在(あ)る子でも,認知することができる。この場合においては,母の承諾(しょうだく)を得(え)なければならない」
【★3】 これを「親権(しんけん)」といいます。民法820条「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有(ゆう)し,義務を負う」
【★4】 民法833条「親権を行う者は,その親権に服する子に代わって親権を行う」
【★5】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★6】 民法787条「子,その直系卑属(ちょっけいひぞく)又はこれらの者の法定代理人は,認知の訴えを提起(ていき)することができる」
【★7】 民法877条~880条(扶養の請求)または民法788条・766条(子の監護に関する処分の請求)
【★8】 実際はあまり役に立っていない規定ですが,「扶養(ふよう)」という規定があります。
民法877条1項 直系血族(ちょっけいけつぞく)及び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養をする義務がある。
同条2項 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
【★9】 相続(そうぞく),遺産分割(いさんぶんかつ)。民法886条~
【★10】 刑法212条 妊娠中の女子が薬物を用い,又はその他の方法により,堕胎(だたい)したときは,1年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
【★11】 母体保護法14条 …指定医師…は,次の各号の一に該当(がいとう)する者に対して,本人及び配偶者(はいぐうしゃ)の同意を得て,人工妊娠中絶を行うことができる。
一  妊娠の継続又は分娩(ぶんべん)が身体的又は経済的理由により母体の健康を著(いちじる)しく害するおそれのあるもの
二  暴行若(も)しくは脅迫(きょうはく)によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫(かんいん)されて妊娠したもの
【★12】 未成年者なので手術に親の同意がいるようにも思えますが,母体保護法で親の同意について規定がないこと,15歳以上であれば遺言(いごん)を書く能力もあり(民法961条),臓器提供の意思表示もできることも参考にして,妊娠した未成年の女性本人の同意だけで足りる(親の同意は不要)とするのが法律上の解釈(かいしゃく)です。
 また,妊娠させた男性の側についても,母体保護法3条で,「配偶者」を,「届出をしていないが,事実上婚姻(こんいん)関係と同様な事情にある者を含む」と説明していますので,事実上夫婦のような関係にまでなっていなければ,男性の同意は不要,というのが法律の定めです。
【★13】 母体保護法2条2項「この法律で人工妊娠中絶とは,胎児が,母体外において,生命を保続(ほぞく)することのできない時期に,人工的に,胎児及びその附属物(ふぞくぶつ)を母体外に排出(はいしゅつ)することをいう。」
 平成2年3月20日付厚生省発健医第55号「優生保護法第2条第2項の『胎児が,母体外において生命を保続することのできない時期』の基準は,通常妊娠満22週未満であること」
【★14】昭和21年厚生省令第42号(死産の届出に関する規程),墓地埋葬等に関する法律2条1項「この法律で『埋葬』とは,死体(妊娠4箇月以上の死胎を含む。以下同じ。)を土中に葬(ほうむ)ることをいう。」
【★15】平成16年9月24日環境省「妊娠4か月(12週)未満の中絶胎児の取扱いに関するアンケート調査結果及び今後の対応について」
【★16】東京高裁平成21年10月15日判決,判例時報2108号57頁。妊娠した女性のがわは,体も心も苦痛にさらされるし,経済的な負担も負うことになるけれども,そもそもそうなったのは二人がセックスをしたことから始まっているのだから,女性一人だけが苦痛や負担を負うのではなく,二人で分担しなければいけない,と述べています。
【★17】 保護責任者遺棄(いき)致死(ちし)罪や,殺人罪などになります。
 刑法218条 老年者,幼年者,身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄(いき)し,又はその生存に必要な保護をしなかったときは,3月以上5年以下の懲役に処する。
 刑法219条 前2条の罪を犯し,よって人を死傷させた者は,障害の罪と比較して,重い刑により処断する。
 刑法199条 人を殺した者は,死刑又は無期若(も)しくは5年以上の懲役に処する。
【★18】 民法817条の2第1項 家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方の血族との親族関係が終了する縁組…を成立させることができる。
 民法817条の7 特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする。

Part1_2

たばことお酒はなんでダメなの?


 子どもがたばこを吸ったりお酒を飲んだりしてはダメって法律で決まっているのは知ってるけど,どうして大人はよくて子どもはダメなんですか。
 吸ったり飲んだりしたら,法律ではどうなりますか。

 


 子どもは,たばこを吸ったり,お酒を飲んだりしてはダメ【★1】

 耳にタコができるほど聞いていますよね。


 法律は,たばこやお酒は20歳になるまでダメだ,としています。

 これまでは「大人になるまではダメ」という言い方をしていましたが,

 2022(令和4)年4月に成人年齢が20歳から18歳に引き下げられても,たばこやお酒がOKなのは20歳のまま変わらないので,注意が必要です
【★2】

 


 人は,他の人に迷惑(めいわく)をかけない限り,好きなことをしていいという自由があります。

 だから,たばこもお酒も,ほんらいは自由です。

 でも,大人でも,たばこやお酒で他の人に迷惑をかける場合には,法律で制限(せいげん)されます
【★3】


 「だったら,子どもだって,他の人に迷惑をかけなければ,吸ったり飲んだりしてもいいじゃん。誰にも迷惑かけてないでしょ?なんでダメなの?」



 それは,
あなたに自分自身を大切にしてほしいからです。


 知っているとおり,たばこもお酒も,健康によくありません。




 「人は,ほんらい自由です」,と言いました。

 でも,健康に悪いことを「自由」にやり続けた結果,何十年も後になって苦しんでいる大人が,とても多いのです。

 突然死んでしまう危険も高いし,ずっと苦しみ続けることだってある。

 たばこやお酒をやめるようにお医者さんに注意されても,なかなかやめられなくて苦しんでいる大人が,たくさんいます。

 健康に悪いという統計・データや,真っ黒になった肺(はい)の写真などを見せられるよりも,実際の大人たちの話を聞くほうが,その大変さをきちんと感じることができます。

 だけど,
子どもは,そういう大人たちの話を聞く機会が,なかなかありません。

 大人のほうも,プライドやはずかしさから,自分たちの話をきちんと子どもたちにしようとしません。


 大人だったら,「自由」の結果苦しんでも,それはそれで「自己責任」,自分でやったことなんだから仕方がない,ということかもしれません。


 だけれど,子どものみなさんにまで,そんな「自己責任」をおってもらいたくないのです。

 私たち大人は,子どものみなさんのことを,大切に思っています。

 子どものみなさんが,大人になるまでの間,そして大人になったあとも,健康で幸せなくらしを送れるように,と願っています。

 ひとの体は,大人になるまで,成長を続けています。

 身長が伸びるのは高校生くらいで止まりますが,その後も,体の中ではまだまだ成長を続けています。

 すくなくとも,そのように体が成長している間は,たばことお酒の悪い影響(えいきょう)を受けてほしくないのです。

 成長を続けている自分自身を,大切にしてほしいのです。


 体が成長する間に悪い影響を受けて,遠い先につらい思いをするのは,あなた自身だけではありません。

 あなたのまわりには,今も,そしてこれからも,ずっとあなたのことを大切に思ってくれる人たちがいます。

 そして,これからやがて最愛の人とも出会うでしょうし,大切な家族もできるでしょう。

 子どものころからのたばことお酒の影響で,あなた自身が苦しめば,そんな人たちをも悲しませます。




 「人に迷惑をかけないんだから,吸ったり飲んだりしてもいい」。

 そんな子どもの言葉を聞くと,「自分のことを大切に思えないような,さみしい毎日を過ごしているのかな」と,心配します。

 「たばこやお酒に害があるから」,「ルールだから」,という大人の一方的な説教も,時には必要かもしれません。

 でもそれよりも,たばこやお酒の話をひとつのきっかけとして,「自分自身のことを大切に思えているかどうか」を,いろんな人とじっくり話し合うことのほうが,もっと大切だと思っています。




 みなさんも知っているとおり,子どもがたばこを吸ったりお酒を飲んだりすることは,法律で禁止されています。

 でも,その子どもに,「刑務所に行きなさい」とか,「罰金(ばっきん)を払いなさい」という刑罰(けいばつ)がくだされることはありません。

 そのような処罰(しょばつ)がされるのは,止めなかった親や,子どもであることを知っていたのにたばこやお酒を売った大人のほうです
【★4】

 法律のしくみがそうなっているのも,「私たち大人が子どもたちを大切にしないといけない」という考え方のあらわれです。




 でも,吸ったり飲んだりした子どもがなにも処分(しょぶん)を受けないかというと,ちがいます。

 「補導(ほどう)」されるということは聞いたことがあると思います。

 警察から注意を受け,場合によっては親や学校,職場に連絡がいきます。

 この「補導」は,法律(国会で決めたルール)や条例(都道府県や市区町村で決めたルール)ではなく,警察の内部で決めたやりかたです
【★5】

 「補導」がなんどもくりかえされるような子どもだと,なんの犯罪もしていなくても,「将来犯罪を起こすかもしれない」という理由で,裁判所に呼び出されて注意を受けたり,場合によっては「少年院に行って自分自身を見つめなおしてきなさい」と言われることさえあります
【★6】

 また,学校のルールでは,たばこやお酒に手を出したときの,学校としての罰(ばつ)が決まっていることがほとんどです。

 この,学校としての罰のことを,懲戒処分(ちょうかいしょぶん)といいます。

 出席停止の処分を受けたり,私立学校や高校だと退学処分を受けたりすることだってあります。




 たばこが吸えたり,お酒が飲めたりすると,なんとなく大人になった気分がして「かっこいい」と思うかもしれません。

 でも,大人どうしの世界では,正直なところ,そんなイメージはありません。

 人としての「かっこよさ」は,たばこやお酒のような「物」で身につけるものではなく,もっとちがうところで見られるものです。

 自分自身を大切にできる人,まわりからたばこやお酒をすすめられても,「いやなものはいやです」ときっぱり断れる人こそ,「かっこいい」と私は思います。

 

 

 

【★1】 未成年者喫煙禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は煙草を喫することを得ず」,未成年者飲酒禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は酒類を飲用することを得ず」
 2022(令和4)年4月の成人年齢の引下げにともない,これからは「20歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「20歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に変わります。
【★2】 「各種の法律における年齢要件は,それぞれの法律の趣旨(しゅし)に基づいて,様々な要素を総合的に考慮して定められています。そして,民法の成年年齢の引き下げを行った場合に,その他の法律の年齢要件をどうするかについては,それぞれの法律の趣旨に基づき,それぞれの所管官庁において個別に引下げの要否(ようひ)を検討したものであり,必ずしも一律の基準があるわけではありません。…健康被害の防止や青少年の保護の観点から定められた年齢要件については,必ずしも民法上の成年年齢と一致させる必要はないため,20歳を維持することとしているものがあります。例えば,飲酒・喫煙に関する年齢要件については,健康面への影響や非行防止の観点から20歳以上という年齢要件を維持することとされました。」(笹井朋昭,木村太郎著「一問一答 成年年齢引下げ」83頁)
【★3】 平成15年から,健康増進法という法律で,他の人がたばこの煙(けむり)を受けないようにしましょうとされています。平成16年からは,航空法という法律が変わり,飛行機の中でたばこを吸うと,場合によっては処罰されることになりました。お酒についても,飲酒運転は昔から犯罪ですし,最近ではその刑罰がとても重くなっています。また,若い学生さんたちが友達にイッキ飲みをむりやりさせて,急性アルコール中毒で亡くなってしまうという事件も多くありますが,強要罪(きょうようざい)という犯罪になります。
【★4】 たばこやお酒を止めなかった親には「科料」という罰金に似た(罰金よりも安い)刑罰,子どもにたばこやお酒を売った人には50万円以下の罰金が科せられます(未成年者喫煙禁止法3条1項,5条,未成年者飲酒禁止法3条,1条2項・3項)。
【★5】 少年警察活動規則2条「この規則において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。…六  不良行為少年 非行少年には該当しないが,飲酒,喫煙,深夜はいかいその他自己又は他人の徳性を害する行為…をしている少年をいう」
 少年警察活動規則14条「不良行為少年を発見したときは,当該不良行為についての注意,その後の非行を防止するための助言又は指導その他の補導を行い,必要に応じ,保護者(学校又は職場の関係者に連絡することが特に必要であると認めるときは,保護者及び当該関係者)に連絡するものとする」
【★6】 「ぐ犯(ぐはん)」といいます。
少年法3条「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」

Part1_2

 

ケータイを持ちたいのに親が保証人になってくれない

 

 ケータイかスマホを持ちたいんだけど,親が保証人(ほしょうにん)になってくれません。ケータイ代・スマホ代はアルバイトで自分で出すつもりで,親には迷惑かけないのに…。親が保証人になってくれなければケータイやスマホを持つことはできないんですか。

 

 ケータイやスマホを持つときに,親のハンコがいる,ということは知ってますよね。

 子どもも大人もよくまちがえているんですが,
親がハンコを押すのは,「親が保証人になる」ということではなくて,「子どもがケータイやスマホを持つことを親がOKする」ということです。

 

 「保証人」というのは,ある人がお金を払えなくなったときに,肩代わり(かたがわり)してお金を払う人のことです【★1】

 たとえば,住む部屋を借りる契約(けいやく)を大家さんとの間でするときには,必ずといっていいほど,「保証人」が必要です。

 家賃が払えなくなったり,部屋をこわしてしまって弁償(べんしょう)するお金がなかったりしたときに,自分の代わりに,大家さんに払ってもらう人のことです。

 家を買うために銀行から住宅ローンでお金を借りるとき。

 自分で立ち上げた会社が銀行から事業資金を借りるとき。

 そんなときなどにも,万が一のときのために,保証人がもとめられたりします。



 でも,ケータイやスマホを子どもが自分の名義で持つときに,親が保証人になるわけではありません。



 ケータイやスマホの申し込みの用紙をよく読んでみて下さい。

 「保証」という言葉は書かれていません。

 それでも心配ならば,「自分が払えなくなったときに親が払わなくてはいけなくなるんですか?」とケータイショップの人に聞いてみて下さい。

 「そういうことではありません」と答えが返ってきます。



 親がハンコを押すのは,「本人が払えなくなったときに親が肩代わりして払います」ということではありません。

 親がハンコを押すのは,「本人がケータイやスマホを持つことをOKします」ということです。

 法律のことばで,「同意(どうい)」といいます
【★2】


 人は,「どんな人と,どんな約束をしてもいい」という自由があります【★3】

 お互いが納得していれば,まわりの人がとやかく口をはさむことはできません。

 だから,ある人が,ケータイ会社との間で,「料金を払うのでケータイやスマホのサービスを使います」という約束をするのは,ほんらい,自由です。

 (このような法律的な約束を,「契約」(けいやく)といいます)


 でも,お互いの力に差があったら,弱いほうに一方的におかしな約束を押しつけられてしまう危険があります。

 だから,法律では,お互いの力に差があるときに,弱いほうがこまることのないよう,いろんなルールを作っています。

 お年寄り
【★4】,消費者(しょうひしゃ)【★5】,働く人【★6】,アパートなどの借り手【★7】など,いろんな人を,いろんな特別のルールで守っています。

 そして,子どももそうです。

 おかしな約束をほかから押しつけられて子どもがこまることのないように,親が約束の内容を前もってチェックし,大丈夫であれば「同意」する(=OKする)ことが,ルールとして決まっているのです。

 そもそも必要のないことではないか,金額や料金プランは高すぎないか,など,子ども自身がこまらないかどうかを,親がチェックしなければいけないのです。



 もし,親の「同意」がないのに子どもが約束してしまったら。

 そのときは,「親がOKしていなかった」という理由で,約束をはじめからなかったことにしてしまうことができます
【★8】

 ただし,「約束をなかったことにする」とはいっても,すでに使ってしまったケータイやスマホの料金ぜんぶを払わなくてすむわけではありません。

 本人が「むだづかい」をして高い料金になった部分は払わなくてもすみますが,必要だったと思われる料金の部分は払わないといけません
【★9】


 親が「同意」しなければ,子どもはケータイやスマホを持つことはできません。

 だからといって,ウソをついて,申込書に親の名前を勝手に書いてハンコをつくことは,やってはいけません。

 他の人の名前を書いてハンコを押したり,その文書を使ったりすることは,りっぱな犯罪です
【★10】

 それに,「親からOKをもらいました」とウソをついて相手をだますと,「本当は親がOKしていなかったんです」といって約束をナシにすることが,できなくなってしまいます
【★11】

 そうすると,こまるのは,あなた自身です。


 「むだづかい」をして高い料金になった部分であっても,あなたが払わなくてはなりません。

 そういうことのないように,前もって親がきちんとチェックして「同意」しましょう,というルールになっているのです。



 だから,親が「同意」してくれないときには,親ときちんと話し合って納得してもらう,ということが,なにより大切です。

 親がハンコを押すのは,「OKすること(同意)」であって,「親が肩代わりして払う(保証)」のではないことを,きちんとわかってもらいましょう。

 そして,自分がこまることにはならないと親に安心してもらえるように,料金プランや,ケータイ・スマホの使い方を,きちんと説明してみましょう。



 やがて,成人し,大人になったとき,そのとたんに法律では一人前とされて,いろんな約束ごとを自分で判断していかなければならなくなります【★12】

 これは,けっこう大変なことです。

 未成年のうちは,約束ごとのしかたを,親のサポートを受けながら学んでいくことのできる,大事な時期なのです。

 

 

【★1】 民法446条1項「保証人は,主(しゅ)たる債務者(さいむしゃ)がその債務を履行(りこう)しないときに,その履行をする責任を負う」
【★2】 民法5条1項「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
【★3】 難しいことばで,「私的自治(してきじち)の原則」といいます。
【★4】 認知症などで判断能力が弱くなった人などのための,成年後見(せいねんこうけん)制度があります(民法7条~,民法838条~,任意後見契約に関する法律)。
【★5】 消費者契約法などで,モノやサービスを買うがわである消費者が保護されています。
【★6】 労働基準法,労働契約法などで,会社などでやとわれて働いている人が保護されています。
【★7】 借地借家法で,アパートや建物,土地の借り手のがわが保護されています。
【★8】 これを,「取消権(とりけしけん)」といいます。民法5条2項「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★9】 民法121条「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす。ただし,制限行為能力者は,その行為によって現に利益を受けている限度において,返還の義務を負う。」
【★10】 私文書偽造罪(しぶんしょぎぞうざい)という犯罪と,偽造私文書行使罪(ぎぞうしぶんしょこうしざい)という犯罪になります。
刑法159条「行使の目的で,他人の印章若(も)しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書…を偽造…した者は,3月以上5年以下の懲役に処する」
刑法161条「前2条の文書…を行使した者は,その文書…を偽造…した者と同一の刑に処する」
【★11】 民法21条「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術(さじゅつ)を用(もち)いたときは,その行為を取り消すことができない。」この条文は,自分が「大人だ」とウソをついたときのことしか書かれていませんが,「親がOKした」とウソをついたときも同じように取り消せない,と読むのが一般的です(内田貴「民法Ⅰ」)。
【★12】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」

Part2

2020年5月 1日 (金)

長時間のゲームが法律で禁止された?


 スマホのゲームを「今日はここらへんでそろそろ終わりにしようかな」と自分で思ってるときに限って,親が「やめろ」と言ってくるのがむかつくんですが,最近,「1日1時間以上のゲームは法律で禁止された」と親が言い出してます。ニュースで見たような気もするけど,それってほんとですか? 違反したら罰があったりするんですか? ゲームの時間を法律で決めるのって,なんかおかしくないですか?




 長時間のゲームを禁止する「法律」は,ありません。


 法律という国のルールではなく,条例という地方のルールで,

 「子どもたちに長時間ゲームをさせないようにしよう」と決めた県が,最近あります。


 でも,その県の条例も,

 長時間のゲームを禁止したのではありません。

 長時間ゲームをした子どもが処罰されることも,ありません。




 人は,他の人の迷惑にならないかぎり何をしてもいい,という自由があります。


 みんなが静かに過ごす場所で大きな音を出してゲームをしている,とか,

 親のクレジットカードを勝手に使って課金した,など【★1】

 よっぽどのことがあれば別ですが,

 そうでもないかぎり,ネットのゲームは他の人の迷惑にはなりません。

 だから,ゲームに熱中するのは,ほんらい自由なことです。



 他方で,子どもは,心と体が成長するとても大切な時期にあります。

 私たちの社会は,子どもたちのことを大切に思っています。

 子どもたちに自分自身を大切にしてもらいたい,

 その子の「自由」の結果で,その子の心と体が傷つかないようにしてほしい,

 そう願っています。


 だから,その子の心や体を傷つけてしまうことは,

 まったく自由のままにしないで,できるだけ防いでいこう。

 私たちの社会は,そういう考えから法律や条例のルールを作ることがあります。



 例えば,

 たばこを吸ったり,お酒を飲んだりしても,他の人の迷惑にはなりません。

 でも,たばこやお酒は,体の成長にマイナスです。

 なので,法律という国のルールで,「子どもは吸ったり飲んだりしてはいけない」と,はっきり禁止しています【★2】

 子どもを守るためのルールですから,

 子どもに吸わせたり飲ませたりした大人は処罰されますが,

 子どもは処罰されません(補導はされます)【★3】


 アダルトサイトを見ることも,他の人の迷惑にはなりません。

 でも,心と体が大人の仲間入りを始める子どものときには,

 性についてきちんと学び,アダルトものが作り物だと理解できるまで距離をおくことが必要です。

 なので,条例という地方のルールで,「大人は,子どもたちに『アダルトもの』を見せないようにしよう」と決めています【★4】

 たばこやお酒の法律には,「子どもは吸ったり飲んだりしてはいけない」と禁止する条文がありますが,

 東京都のアダルトサイトの条例には,「子どもは見てはいけない」という禁止は,ありません【★5】




 ネットのゲームは,どうでしょうか。



 世の中にあるさまざまな遊び・娯楽(ごらく)・趣味と同じように,

 ネットのゲームも,

 適度に楽しむぶんには,

 プレイヤーの心や体を傷つけるものではありませんし,

 むしろ,生活や人生を豊かなものにしてくれます。



 ところが,ネットのゲームは,

 どんどんとハマってしまった結果,

 その人の心や体を傷つけ,

 生活や人生にマイナスになってしまうことがあります。


 夜遅くまで寝ずに熱中し,朝が起きられなくなって,

 体のバランスがおかしくなってしまったり,

 ゲームのことで頭の中がいっぱいになって,ゲームが最優先の生活になり,

 学校や仕事が続けられなくなったり,

 注意してくる家族とトラブルになって,暴力を振るうことさえあったりします【★6】



 「合法だって聞いてるクスリで捕まる?」の記事にも書きましたが,

 何かにハマって生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。


 依存は,

 薬物やお酒のような,物にハマるものだけではありません。

 例えば,パチンコやカジノなど,賭(か)けごと・ギャンブルに依存するということもあります。

 そして,ゲームの依存も,以前からずっと社会的な問題になっていました。



 ICDという,世界中で使われている病気のリストがあります【★7】

 薬物・お酒・ギャンブルなどの依存も,このリストに載っています。

 2019(令和元)年,新しいICDが発表され,

 そこに,「ゲーム障害」という病気が加えられました【★8】


 いままでもゲーム依存を治す取り組みをしている病院はありましたが,

 今回,ICDに病気の名前が載ったことで,

 今後よりいっそう,世界中で研究や調査が進んでいきます。



 そのような社会の流れの中で,2020(令和2)年,

 香川県が「子どもたちがネットのゲームにハマりすぎないようにしよう」という条例を作り【★9】

 マスコミにも大きく取り上げられて,話題になりました。


 さっき書いたように,

 「子どもたちが自由の結果で心と体を傷つけることのないように」という考えでルールを作ることじたいは,ありうることです。

 香川県の条例も,子どもを守るための「大人たちの責任」を取り決めたものです。

 子どもたちに向かって直接「ゲームをやりすぎてはダメ」と禁止する規定はありませんし,

 ゲームをしすぎた子どもを処罰する規定もありません。



 ただ,香川県の条例は,その中身や作り方に問題があって,多くの批判があります。


 特に一番大きな問題は,

 その条例が,ゲームの時間を「1日60分まで(休みの日は90分まで)」としたことです【★10】



 ゲームの時間を何十分・何時間にするかは,それぞれの家が,それぞれの事情をもとに決めればよいことです。

 「箸(はし)の上げ下ろし」という慣用句がありますが,

 議会が多数決でそれぞれの家の「箸の上げ下ろし」のようなことまで口を出すのは,

 いくら「子どもの心と体を傷つけないため」という目的があったとしても,

 それぞれが持っているだいじな自由に対して,あきらかに踏み込みすぎです。

 ましてや,60分や90分という時間数に,きちんとした科学的根拠もありません【★11】


 なので,あなたが「おかしい」と感じるのは,法律的な考え方からして,もっともなことです。




 親が子どもに注意するとき,

 「法律だから/ルールで決まっているから」,「こうしなさい/やめなさい」

 という言い方をすることが,多くありますね。


 でも,私は,そういう注意のしかたはおかしいと,いつも思います。


 なぜ法律やルールがそうなっているのか,という理由をいっしょに考え,話し合うことのほうがとてもだいじです。

 もし,おかしなルールがあったとして,

 その理由も考えずに,「上がそう決めたから」とそのまま黙(だま)って従うとしたら,

 それは,上の人から奴隷(どれい)のように支配されているのといっしょです。



 自分の人生は,自分が主人公です。


 ネットのゲームの中には,主人公のキャラクターを動かして進んでいくものが,多くありますね。

 人生も,ネットのゲームと同じように,あるいはそれ以上に,

 自分が主人公として,自分自身で考え,選び,進んでいくものです。



 だから,

 「条例でそう決まった」という理由を持ち出してゲームの時間を制限しようとする親に,

 そのまま黙って従わないあなたの姿勢は,だいじだと思います。


 自分の頭でよく考え,親ときちんとよく話し合って,ゲームの時間を決めていくこと。

 それが,自分の人生を自分が主人公として歩んでいくことそのものなのです。




 そして,私はあなたに,

 「時間を制限しようとしてくる条例や親」に対してしっかり向き合うのと同じように,

 「ゲームの依存がどういうものか」についても,しっかり向き合ってほしいと,強く願っています。



 ネットのゲームは,他の遊び・娯楽・趣味とは,ちがう点があります。

 ゲームの作り手が,プレイヤーをゲームに引き込むために,いろんな刺激(しげき)の強い戦略を使っている,という点です【★12】



 自分の人生は自分が主人公だと書きましたが,

 ネットのゲームは,「自分がしたいからしている」もののように見えて,

 実際は,「ゲームをしたい気持ちにさせられている」ことが多くあります。

 ネットのゲームに,人が支配され,コントロールされてしまう。

 自分で自分自身をコントロールできなくなるのが,依存なのです。



 あなたも,

 親が注意してくるほどゲームを長い時間していて,

 「そろそろやめようかな」と思っても,親が注意するまで,まだやめていなかったことが多いのですよね。


 あなたがゲームをコントロールしているのではなく,

 ゲームがあなたをコントロールしている,

 あなたがゲームにコントロールされている,ということはありませんか。



 自分の人生を,自分で生きていくこと。

 力を持った他の人に,おかしな支配やコントロールをされないこと。

 そして,薬物やギャンブル・ゲームなどに,依存せずに暮らせること。

 それらは,すべてがつながっている,とてもだいじなことです。



 条例の問題をきっかけにして,

 自分が自分の主人公として生きること,

 そして,楽しいゲームとのうまい付き合い方を,

 ぜひ,考えてみてください。





【★1】 「親のクレジットカードを無断で使ったら」の記事を見てください。
【★2】 未成年者喫煙禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は煙草を喫することを得ず」,未成年者飲酒禁止法1条「満20年に至(いた)らざる者は酒類を飲用することを得ず」。なお,成人年齢が18歳に引き下げられても,たばこ・お酒の禁止の年齢は20歳のままで変わりません。法律の名前は「20歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「20歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に変わります。
【★3】 「たばことお酒はなんでダメなの?」「補導って何?」の記事を見てください。
【★4】 「アダルトサイトの年齢確認」の記事を見てください。
【★5】 東京都青少年の健全な育成に関する条例7条 「図書類の発行,販売又は貸付けを業(ぎょう)とする者並びに映画等を主催する者及び興行場…を経営する者は,図書類又は映画等の内容が,次の各号のいずれかに該当(がいとう)すると認めるときは,相互(そうご)に協力し,緊密(きんみつ)な連絡の下に,当該図書類又は映画等を青少年に販売し,頒布(はんぷ)し,若(も)しくは貸し付け,又は観覧させないように努めなければならない。
一 青少年に対し,性的感情を刺激し,残虐性(ざんぎゃくせい)を助長(じょちょう)し,又は自殺若しくは犯罪を誘発し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
二 漫画,アニメーションその他の画像(実写を除く。)で,刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を,不当に賛美(さんび)し又は誇張(こちょう)するように,描写(びょうしゃ)し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨(さまた)げ,青少年の健全な成長を阻害(そがい)するおそれがあるもの」
 同条例8条1項 「知事は,次に掲(かか)げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。
一 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供(きょう)されている図書類又は映画等で,その内容が,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,甚(はなは)だしく残虐性を助長し,又は著(いちじる)しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの
二 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で,その内容が,第7条第二号に該当するもののうち,強姦(ごうかん)等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を,著しく不当に賛美し又は誇張するように,描写し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの (略)」
 同条例9条1項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及びその代理人,使用人その他の従業者並びに営業に関して図書類を頒布する者及びその代理人,使用人その他の従業者(以下「図書類販売業者等」という。)は,前条第1項第一号又は第二号の規定により知事が指定した図書類(以下「指定図書類」という。)を青少年に販売し,頒布し,又は貸し付けてはならない。」
 同条2項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及び営業に関して図書類を頒布する者は,指定図書類を陳列するとき…は,青少年が閲覧できないように東京都規則で定める方法により包装(ほうそう)しなければならない。」
 同条3項 「図書類販売業者等は,指定図書類を陳列(ちんれつ)するときは,東京都規則で定めるところにより当該指定図書類を他の図書類と明確に区分し,営業の場所の容易に監視することのできる場所に置かなければならない。」
 同条4項 「何人(なんぴと)も,青少年に指定図書類を閲覧(えつらん)させ,又は観覧させないように努めなければならない。
【★6】 「ゲーム障害にはさまざまな問題が発生します。久里浜医療センターを受診したゲーム障害患者の場合は次の通りです(複数回答あり)。欠席・欠勤(58%),成績低下・仕事のパフォーマンス低下(43%),引きこもり(42%),物に当たる・壊す(48%),家族に対する暴力(22%),朝起きられない(76%),昼夜逆転(54%),食事をとらない(27%)。以上は,受診前1ヶ月の状況です。その結果,12%が退学・放校となり,7%が失職しています。また,体を動かさないために,体力の低下は著しく,足の骨の骨密度低下や低栄養状態の者も少なからず認められています」(樋口進「Q&Aでわかる 子どものネット依存とゲーム障害」35頁)
【★7】 WHO(世界保健機関)が作っている国際疾病分類です。これまでは1992(平成4)年に作られた第10版が用いられていましたが,2019(令和元)年5月に第11版が採択されました。発効は2022(令和4)年1月です。日本でICD11が導入されるまでには時間がかかり,この記事を書いている時点では,日本ではまだ導入されていません。
【★8】 日本語訳は後日公表されます。https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/1448597234
6C51 Gaming disorder
Description
Gaming disorder is characterized by a pattern of persistent or recurrent gaming behaviour ('digital gaming' or 'video-gaming'), which may be online (i.e., over the internet) or offline, manifested by:
1.impaired control over gaming (e.g., onset, frequency, intensity, duration, termination, context);
2.increasing priority given to gaming to the extent that gaming takes precedence over other life interests and daily activities; and
3.continuation or escalation of gaming despite the occurrence of negative consequences. The behaviour pattern is of sufficient severity to result in significant impairment in personal, family, social, educational, occupational or other important areas of functioning.
The pattern of gaming behaviour may be continuous or episodic and recurrent. The gaming behaviour and other features are normally evident over a period of at least 12 months in order for a diagnosis to be assigned, although the required duration may be shortened if all diagnostic requirements are met and symptoms are severe.
【★9】 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 https://www.pref.kagawa.lg.jp/somugakuji/kenpo/2020index/2020/0324gj24.pdf
【★10】 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例18条1項 「保護者は,子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては,子どもの年齢,各家庭の実情等を考慮の上,その使用に伴(ともな)う危険性及び過度の使用による弊害(へいがい)について,子どもと話し合い,使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする」
 同条2項 「保護者は,前項の場合においては,子どもが睡眠時間を確保し,規則正しい生活習慣を身につけられるよう,子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては,1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあたっては,90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用(家族との連絡及び学習に必要な検索等を除く。)に当たっては,義務教育修了前の子どもについては午後9時までに,それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめることを目安とするとともに,前項のルールを遵守(じゅんしゅ)させるよう努めなければならない」
 同条3項 「保護者は,子どもがネット・ゲーム依存症に陥(おちい)る危険性があると感じた場合には,速やかに,学校等又はネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等に相談し,子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない」
【★11】 ハフポスト2020年2月10日記事「科学的根拠やエビデンスはない」香川県のゲーム依存対策条例案に専門家が疑問符 https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e40e157c5b6bb0ffc14333a
【★12】 「Q オンラインゲームはどうしてやめられないの?」「A ゲーム側のしくみと,プレイヤーが得る対人関係の2つの要素が,やめられない原因です。ゲーム側のしくみとは,メーカー側がプレイヤーを楽しませて,ゲームをさせるための戦略で,ゲームに引き込み,得点が得られるお得感やクリアしていく達成感などを利用したものです。(略)対人関係の要素とは,1人でのゲームとは違い,ネットを介(かい)した仲間と一緒に行うので,それぞれの役割が決まっているため,勝手に抜けられないのです。そして,活躍するとヒーローになれて,たくさんの人が自分を認めてくれます。(略)無料から課金へとかけた時間とお金によって必ず成果がついてくるしくみになっています」(樋口進「Q&Aでわかる 子どものネット依存とゲーム障害」26頁)

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2020年1月 1日 (水)

自分の髪型を学校が突然禁止した


 公立の高校生です。先日いきなり,全校集会で校長が新しい校則として,髪型は「ツーブロック禁止」だと発表しました。「高校生らしくない」っていうのが理由だっていうんですが,将来美容師になりたい自分は,全然納得いかないです。





 突然ですが,「慶安(けいあん)の御触書(おふれがき)」というものを,聞いたことがありますか。


 私が子どもの頃には,こう習いました。

 1649(慶安2)年,江戸幕府が農民たちを支配するために出したルールで,

 食べるもの,着るものなど,暮らし方を細かく縛ったもの【★1】


 そして,こういうルールが作られた背景には,

 「農民たちは愚(おろ)かだ」という考え方があった,とも習いました。


 私は,校則がこの御触書と似ている,と感じます。

 力をもった上の人間が,一方的に,一人ひとりの生き方を縛るルールを勝手に決めてしまう。

 それが,まるで同じだと思うのです。


 でも,21世紀の今の日本の学校の校則が,

 400年も昔の御触書と同じであってはいけません。

 ルールの中身についても,そして,ルールの作られかたについてもです。




 ルールの中身の問題について考えましょう。



 憲法という,国のベースとなるルールは,

 一人ひとりを大切な存在として扱っています【★2】


 自分で自分の生き方を決められること【★3】

 自分の思いや気持ちを表現できること【★4】

 それらは,よっぽどのことがないかぎり制限できない,とても大切なことです。


 髪は,体の一部です。

 そして,顔という,その人らしさに直結する部分にあります。


 どういう髪型で暮らすかは,

 その人のプライドやセンスに関わることで,

 自分の生き方や,自分らしさの表現そのものです【★5】

 髪型は,大人だけでなく,自分自身を形づくる時期にある子どもにとっても,重要です【★6】


 裁判所も,一人ひとりに髪型の自由があるということを,はっきりと認めています【★7】【★8】


 ただし,罪を犯して刑務所にいる人には,髪型の自由がありません。

 それは,刑務所という,もともと自由が制限されている特別な場所で,

 受刑者を管理するために必要だからです【★9】

 でも,学校で学んでいる子どもたちに,

 刑務所にいる人と同じりくつは,あてはまりません。



 髪型の校則について,裁判で争われたことが,いくつかあります。


 今から30年以上前,

 ある公立中学校の「男子生徒は丸刈り」という校則について,

 裁判所は,

 教育上の効果があるかどうか疑わしい,とまで言いながら,

 他方で,丸刈りの校則は,まったくおかしいとまでは言い切れない,として,

 生徒側の訴えを認めませんでした【★10】


 また,ある私立高校の「パーマ禁止」という校則について,

 裁判所は,

 髪型は,個人の人格に直接結びつく大事なことだ,と認めながらも【★8】

 私立の学校に生徒が自分から希望して入学した,ということを重視し,

 パーマ禁止の校則は,まったくおかしいとまでは言い切れない,として,

 やはり生徒側の訴えを認めませんでした【★11】


 でも,これらの判決の考え方は,まちがっています。


 髪型の自由は,憲法が守っている,だいじなものです。

 そして,日本が世界との間で約束している「子どもの権利条約」でも,

 学校のルールは,子どもたち一人ひとりの尊厳(そんげん)に合うようにしなければならない,と確認しています【★12】


 それほどだいじな髪型の自由を,安易に校則で縛ることは許されません。

 校則で縛らなければいけないような,よっぽどの理由が本当にあるのか,

 それをしっかり議論しなければならないのに,

 「校則で縛っても,まったくおかしいとまでは言い切れない」,

 つまり,「おかしいのは確かだけど,『まったくおかしい』というわけではないからOK」と,

 そんな適当な考え方で認めてしまうのは,

 問題に正面から向き合わず,髪型の自由をないがしろにするもので,それこそまったくおかしなことです【★13】


 ツーブロックが「高校生らしくない」という理由で禁止されたということですが,

 「高校生らしい髪型」というもの自体,とてもあいまいです。

 一人ひとりを大切にせずに,

 学校が勝手に想像する「らしさ」を押しつけて管理するのは,

 支配であって,教育ではありません。


 私は,ツーブロックが「高校生らしくない」とは少しも考えませんし,

 仮に「高校生らしくない」と考える大人がいたとしても,

 その髪型での通学を禁止しなければならないよっぽどの理由も,見当たりません。




 ルールの中身だけでなく,ルールの作られかたも問題です。



 ツーブロック禁止を,ある日突然校長が発表した,ということでしたね。


 私が10代の子どもたちと話をしていると,

 子どもたちはみんな,

 ルールは,上の人たちが勝手に決めて,自分たちを縛るもの,

 そのルールを破ったら罰(ばつ)やペナルティがあるもの,と思っています。

 私が,

 「そうじゃないよ。ルールは,一人ひとりを守るためのもの。ルールには必ず理由があるし,おかしいルールには,『おかしい』と声を上げて,変えていっていいんだよ」

 と話すと,多くの子どもたちが驚きます。


 校則はみんなのためのルールなのですから,

 ルールを作ったり,変えたりするときに,みんなの意見を聞く必要があるのは,当たり前のことです【★14】

 日本が世界との間で約束している「子どもの権利条約」でも,

 子どもは大人にきちんと意見を聞いてもらえることを確認しています【★15】


 ところが,文部科学省は,

 「条約があっても,子どもの意見を聞きすぎないように。校則は学校が決めること」

 と,世界との約束ごとを小さく見せようとしています【★16】


 学校生活は数年ガマンすればいいから,声を上げないで時が過ぎるのを待つ,という人も多くいます。

 でも,かけがえのない学校生活は,今の時期しかありません。

 これから歩んでいく複雑な社会について学ぶ,今の時期にこそ,

 ルールが何のためにあり,どうやって定められるべきかを,学んでほしいのです。


 仲間の生徒たちを増やしたり,保護者を巻き込んだり,

 そして私たち弁護士のサポートも上手く使ったりして【★17】

 学校と話し合い,おかしな校則を変えていきましょう。




 最初に書いた「慶安の御触書」は,

 私が子どもの頃には当然あったものとして学んだのですが,

 研究が進んだ今では,実際には存在しなかった可能性が高い,と言われています【★18】


 学校が当然と思っているおかしな校則,御触書のようなルールが,この社会から存在しなくなるように,

 みんなで一緒に声を上げていきましょう【★19~21】





【★1】 「一,朝おきを致し,朝草を苅り,昼は田畑耕作にかゝり(かかり),晩には縄をなひ,たはらをあみ,何にてもそれぞれ之仕事,油断なく仕るべき事」「一,酒・茶を買ひ,のみ申す間敷候。妻子同前の事」「一,百姓は分別もなく,末の考へもなき者に候ゆへ,秋に成候得ば,米雑穀をばむざと妻子にもくはせ候。いつも正月,二月,三月時分之心をもち,食物を大切に仕るべく候に付,雑穀専一に候間,麦・粟(あわ)・稗(ひえ)・菜・大根,其の外何にても雑穀を作り,米を多く喰ひつぶし候はぬ様に仕るべく候。飢饉の時を存じ出し候得ば,大豆の葉,あづきの葉,ささげの葉,いもの落葉など,むざと捨て候儀はもったいなき事に候」「一,百姓は,衣類の儀,布木綿より外は帯・衣裏にも仕る間敷事」
【★2】 憲法13条「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及(およ)び幸福追求(ついきゅう)に対する国民の権利については,公共の福祉(ふくし)に反(はん)しない限(かぎ)り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★3】 自己決定権と言います。【★2】の憲法13条から導かれます。
【★4】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む」
【★5】 裁判例や学説の通説は,髪型の自由は,憲法21条の表現の自由の問題ではなく,憲法13条の自己決定権の問題だ,としていますが,私は髪型も重要な表現の一つだと考えます。
 熊本地裁昭和60年11月13日判決・判例時報1174号48頁(熊本男子中学生丸刈り校則事件) 「原告らは,本件校則は,個人の感性,美的感覚あるいは思想の表現である髪形の自由を侵害するものであるから憲法21条に違反すると主張するが,髪形が思想等の表現であるとは特殊な場合を除き,見ることはできず,特に中学生において髪形が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有(けう)であるから,本件校則は,憲法21条に違反しない」
 「確かに,髪型も人の表現方法の一つであるとみることはできよう。…しかしながら,そこからストレートに髪型の自由を憲法21条に根拠づけることには,なお問題がある。…髪型が一定の思想・意見の伝達的意図をもっていることが立証されない限り,髪型の自由を憲法21条に直接根拠づけることは困難であろう。…今日の学説は,髪型の自由の根拠を憲法13条に求める点でほぼ一致している」(広沢明「憲法と子どもの権利条約」48頁)
 「一般に髪型が特定思想の表現であるとは考えられない。髪型は言葉に比べれば表現の手段としてはあまりにも単純・固定的で,具体的な思想を表現するには役立たないのは事実だろう。しかし,だからといって個人の表現と無関係と断定するのは誤りである。…人格の表現がなければ人格と人格との関わりはないし,個性ということもありえない。髪型や服装が人格・個人の表現であることは明らかである。とくに髪型は顔の一部であり,表情の額縁である。だから髪型を制限されれば表情も制限されるということは子どもでも知っている。特に子どもの場合,言葉として表現されるような形での思想が確立していない。思想はピアジェの説を引くまでもなく,人間の行動,感情を言葉の上に移しかえたものである。思想を表現する前の段階として行動・態度・表情・服装などによる人格表現がある,ということは重要な事実である。そういう段階を表現の自由から除いて思想の表現だけを問題にすることは現実を無視した暴論である」(坂本秀夫「『校則』の研究 だれのための生徒心得か」39頁)
【★6】 「少なくとも髪型や服装などの身じまいを通じて自己の個性を実現させ人格を形成する自由は,精神的に形成期にある青少年にとって成人と同じくらい重要な自由である」(芦部信喜「憲法学Ⅱ 人権総論」404頁)
【★7】 東京地裁昭和38年7月29日判決・判例時報342号4頁 「一般に,各人が自己の頭髪の型に関して有する自由については,憲法上直接これを保障する明文の規定はないが,憲法の自由の保障に関する規定は制限列挙的なものと解すべきではなく,本来国民が享有(きょうゆう)する一般的な自由のうち,歴史的,社会的に特に重要なものについて,個別的に明文の規定を置くとともに,そこに記載されていないものについても,一般的にこれを保障する趣旨を含むと解すべきであり,そのことは憲法第13条の規定からも窺(うかが)い得るところである。従って,個人のもつ蓄髪ないし調髪の自由に対して,国家は理由なくこれを制限することは許されないものといわなければならない」
【★8】 東京地裁平成3年6月21日判決・判例時報1388号3頁(淑徳高校パーマ退学訴訟第一審判決) 「個人の髪型は,個人の自尊心あるいは美的意識と分かちがたく結びつき,特定の髪型を強制することは,身体の一部に対する直接的な干渉となり,強制される者の自尊心を傷つける恐れがあるから,髪型決定の自由が個人の人格価値に直結することは明らかであり,個人が頭髪について髪型を自由に決定しうる権利は,個人が一定の重要な私的事柄について,公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利の一内容として憲法13条により保障されていると解される」
【★9】 東京地裁昭和38年7月29日判決・判例時報342号4頁 「受刑者の頭髪を翦剃(せんてい)すべきものとする前記法令ないし被告の取扱いが,合理的理由に基づくものであるかどうかが問題となるが,そもそも,受刑者を刑務所に収容する目的は,犯罪に対する制裁として,身体の自由を拘束し,同時に隔離された場所において犯罪者に矯正策を講じようとすることにあるものと解されるので,受刑者の頭髪に関する自由の制限が許されるかどうかの問題も,かような受刑者の特殊の立場,地位を度外視して論ずることは許されず,前記目的を達するために合理的必要がある限り,右自由に制限を受けることはやむを得ないところといわねばならない。この見地から受刑者の頭髪を翦剃することの必要性ないし合理的根拠を検討してみると,…まず第一に考えられることは衛生の必要性があるということである。…第二の理由として考えられることは,外観上の斉一性を保つ必要があるということであ(る)…第三の理由としては,頭髪を翦剃することの方が、長髪を許し,これを調髪する場合よりも施設,器具等の上で財政上の負担がいっそう軽く受刑者の管理上もいっそう容易であるということである。…これらの理由は,いずれも受刑者の頭髪を翦剃することの十分合理的な理由,根拠となり得るものであって,かかる根拠に基づき受刑者の頭髪を翦剃したからといって,受刑者の頭髪に関する自由を理由なく制限したこととなるものでないことは明白であろう」
【★10】 熊本地裁昭和60年11月13日判決・判例時報1174号48頁(熊本男子中学生丸刈り校則事件) 「中学校長は,教育の実現のため,生徒を規律する校則を定める包括的な権能を有する…右校則の中には,教科の学習に関するものだけでなく,生徒の服装等いわば生徒のしつけに関するものも含まれる。もっとも,中学校長の有する右権能は無制限なものではありえず,中学校における教育に関連し,かつ,その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものである…生徒の服装等について規律する校則が中学校における教育に関連して定められたもの,すなわち,教育を目的として定められたものである場合には,その内容が著しく不合理でない限り,右校則は違法とはならないというべきである。
 そこでまず本件校則の制定目的についてみると…被告校長は,本件校則を教育目的で制定したものと認めうる。
 次に,本件校則の内容が著しく不合理であるか否かを検討する。確かに,原告ら主張のとおり,丸刈が,現代においてもっとも中学生にふさわしい髪形であるという社会的合意があるとはいえず,スポーツをするのに最適ともいえず,又,丸刈にしたからといって清潔が保てるというわけでもなく,髪形に関する規制を一切しないこととすると当然に被告町の主張する本件校則を制定する目的となった種々の弊害が生じると言いうる合理的な根拠は乏しく,又,頭髪を規制することによって直ちに生徒の非行が防止されると断定することもできない。…本件校則の合理性については疑いを差し挾む余地のあることは否定できない。しかしながら,本件校則の定めるいわゆる丸刈は,前示認定のとおり時代の趨勢に従い特に都市部では除々に姿を消しつつあるとはいえ,今なお男子児童生徒の髪形の一つとして社会的に承認され,特に郡部においては広く行われているもので,必らずしも特異な髪形とは言えないことは公知の事実であり…本件中学において昭和40年の創立以来の慣行として行われてきた男子丸刈について昭和56年4月9日に至り初めて校則という形で定めたものであること,本件校則には,本件校則に従わない場合の措置については何らの定めもなく,かつ,被告校長らは本件校則の運用にあたり,身体的欠陥等があって長髪を許可する必要があると認められる者に対してはこれを許可し,それ以外の者が違反した場合は,校則を守るよう繰り返し指導し,あくまでも指導に応じない場合は懲戒処分として訓告の措置をとることとしており,たとえ指導に従わなかったとしてもバリカン等で強制的に丸刈にしてしまうとか,内申書の記載や学級委員の任命留保あるいはクラブ活動参加の制限といった措置を予定していないこと、被告中学の教職員会議においても男子丸刈を維持していくことが確認されていることが認められ,…現に唯一人の校則違反者である原告に対しても処分はもとより直接の指導すら行われていないことが認められる。右に認定した丸刈の社会的許容性や本件校則の運用に照らすと,丸刈を定めた本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできないというべきである。
 以上認定したところによれば、本件校則はその教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきであるが,著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできないから,被告校長が本件校則を制定・公布したこと自体違法とは言えない」
【★11】 東京地裁平成3年6月21日判決・判例時報1388号3頁(淑徳高校パーマ退学訴訟第一審判決) 「右校則は特定の髪型を強制するものではない点で制約の度合いは低いといえるのであり,また,原告が修徳高校に入学する際,パーマが禁止されていることを知っていたことを併せ考えるならば,右髪型決定の自由の重要性を考慮しても,右校則は,髪型決定の自由を不当に制限するものとはいえない。右のとおり,一方,在学関係設定の目的の実現のために右校則を制定する必要性を否定できず,他方で,右校則は髪型決定の自由を不当に制限するものとまではいえないのであるから,これを無効ということはできない」
 最高裁第一小法廷平成8年7月18日判決・判例時報1176号1頁(淑徳高校パーマ退学訴訟上告審判決) 「憲法上のいわゆる自由権的基本権の保障規定は,国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって,私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないことは,当裁判所の判例…の示すところである。したがって,私立学校である修徳高校の本件校則について,それが直接憲法の右基本的保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない。所論違憲の主張は採用することができない。
 私立学校は,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によって教育方針によって教育活動を行うことを目的とし,生徒もそのような教育を受けることを希望して入学するものである。原審の適法に確定した事実によれば,(一)修徳高校は,清潔かつ質素で流行を追うことなく華美に流されない態度を保持することを教育方針とし,それを具体化するものの一つとして校則を定めている,…(三)…パーマをかけることを禁止しているのも,高校生にふさわしい髪型を維持し,非行を防止するためである,というのであるから,本件校則は社会通念上不合理なものとはいえず,生徒に対してその遵守を求める本件校則は,民法1条,90条に違反するものではない」
【★12】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条2項 「締約国は,学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる」
【★13】 「実質的に校則の内容が合理性を欠いていても,『著しく不合理』な程度に達していなければ違法にならないとしている【★10】の結論には疑問が残る。なぜならそれは,その前段部分で『(中学校長の校則制定権能は)その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認される』と判示されていることと整合性を欠いていると言えるほか,実質的に考えても,生徒,教師および親の間の信頼関係の上に成り立つべき教育現場において,『(著しく不合理でなければ)合理性を欠く校則も適法である』というのでは納得がいかないからである。…(【★11】の事案について)現在の感覚からすれば,パーマは髪を整える方法の一つであって,パーマと『華美』や『非行』を直接結びつける考え方自体には違和感を禁じ得ない。パーマはかけないようにといういわば学校側の好みを表明すること自体まではよいとしても,これに違反した場合を退学処分や自主退学勧告といった学習権を侵害するような制裁にかからせることには,大きな問題があると言わざるをえない。なぜなら,髪型を選択する自由は憲法13条で保障される基本権であり,学校生活における他者の基本権との衝突を調整するといった限られた場面でのみ,制約が許されるものと解されるからである」(浪本勝年他「教育判例ガイド」69頁)
【★14】 「在学契約説:学校が国公立であると私立であるとを問わず,在学関係は,学校設置者と生徒ないしその保護者とのあいだで,生徒が学校において教育を受けることを契約することによって成立する契約関係ととらえるもの。教育法学会の多数説である。…在学契約説では,学校・教師と生徒との関係は,憲法で保障されている子どもの成長発達と学習権を保障すべき法律関係であって,生徒や親は学校・教師に従属するものではなく対等な権利義務関係に立つことになり,校則は,学校・教師と生徒・親との契約内容を示すものとなる。したがって,校則の内容について両契約当事者の合意が不可欠であるということになり,校則を制定・改変するにあたり,生徒・親の参加は当然のことである。…校則は在学契約の内容の一つであるという立場では,権利の主体である契約当事者の一方の意思が反映されない契約はそもそもあり得ない。とすれば,現行の校則の実態の大部分は,学校・教師から生徒・親に提示された希望内容を明文化したものにすぎないと評価される」(日本弁護士連合会子どもの権利委員会「子どもの権利ガイドブック第2版」84頁)
【★15】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
【★16】 文部事務次官平成6年5月20日文初高第149号「児童の権利に関する条約」について(通知)
「4.本条約第12条から第16条までの規定において,意見を表明する権利,表現の自由についての権利等の権利について定められているが,もとより学校においては,その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒等に対し,指導や指示を行い,また校則を定めることができるものであること。校則は,児童生徒等が健全な学校生活を営みよりよく成長発達していくための一定のきまりであり,これは学校の責任と判断において決定されるべきものであること。なお,校則は,日々の教育指導に関わるものであり,児童生徒等の実態,保護者の考え方,地域の実情等を踏まえ,より適切なものとなるよう引き続き配慮すること。
 5.本条約第12条1の意見を表明する権利については,表明された児童の意見がその年齢や成熟の度合いによって相応に考慮されるべきという理念を一般的に定めたものであり,必ず反映されるということまでをも求めているものではないこと。なお,学校においては,児童生徒等の発達段階に応じ,児童生徒等の実態を十分把握し,一層きめ細かな適切な教育指導に留意すること」
【★17】 弁護士からアドバイスを受けたり,弁護士が学校と話し合いをする方法のほうかに,弁護士会に対する「人権救済申立て」という手続があります。これまでも,各地の弁護士会や日弁連が,この手続で弁護士会から学校や教育委員会に髪型の規制を廃止するよう警告や要望などを出しています。
【★18】 兼子明「所謂『慶安御触書』の教材化に関する一考察-史料的信憑性に対する疑義をふまえて-」
【★19】 「『ブラック校則』の話題は,大阪府立の高校に在籍していた女子高校生の訴えから始まった。たった『一人』の若者による問題提起である。それがいま,本書の出版を含め多方面に影響を与えている。その背後には,きっと声をあげながらも,かき消されていったケースがたくさんあることだろう。そして,声さえあげられずに耐え忍んだというケースは,さらに多いことだろう。それを考えると,『ブラック校則』を見直す機運が高まっているいまこそ,私たちは知恵を出し合い,声を上げていかなければならない。校則の未来は,私たちにかかっている」(荻上チキ・内田良「ブラック校則 理不尽な苦しみの現実」259頁)
【★20】 同志社大学教授・大島佳代子氏「校則を見直すには,多様な意見が反映される場が必要です。教育委員会が音頭を取り,教師や生徒,保護者のみならず,弁護士らが参加して校則の見直しを考える機会を設けたり,大学生と高校生が協働し,夏休みなどに校則を語るプロジェクトを催したりすることも一案です。子どもたちも,校則について検討する過程で,社会規範とは何かを考え,おかしなことに黙っていてはいけないのだと実感できるはずです」(朝日新聞2018年9月4日記事)
 首都大学東京特任教授・宮下与兵衛氏「私は今から20年前,長野県立辰野高校の教員だったときに,学校運営を教職員,保護者,生徒が対等に話し合って決める『三者協議会』という仕組みを作りました。校則も3者で話会い,合意できたら変わります。…ここでは子どもたちは主権者です。自分たちが校則の見直しにかかわれば,必ず責任感も生まれます。三者協議会の仕組みは,学校運営にとってメリットが大きいのに,なかなか日本では広がりません」(朝日新聞2018年9月4日記事)
【★21】 朝日新聞2019年12月2日夕刊記事「校則 誰が決める? 立ち上がる中高生 ネットで賛同募る/学校と話し合い/教員・保護者と『三者協議会』」



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2019年9月 1日 (日)

児童ポルノの単純所持


 中学3年です。2ヶ月前,ネットで誰でも見られる掲示板にあった,小学生が大人と(セックスを)やってる画像をスマホに保存しちゃったんですが,1週間くらい後に「そういう画像を持ってたら犯罪」って知って,あわててスマホの保存データから消しました。このことで逮捕されるんじゃないかと毎日不安で寝られなくて,だけど恥ずかしくて誰にも相談できません。




 毎日寝られないほど不安だったのは,つらかったですね。



 子どもが,セックスやセックスっぽいことをしているのを写した画像や動画,

 子どもの性的な部分が強調されている,裸(はだか)の画像や動画などを,

 「児童ポルノ」と言います【★1】

 法律は,児童ポルノを持つことを,犯罪として禁止しています【★2】


 あなたが,小学生が大人とセックスをしている画像をスマホに保存したのは,犯罪にあたります。



 13歳以下の子どもが犯罪をしても,逮捕されることは100%ありませんが【★3】

 14歳以上の子どもが犯罪をすると,逮捕されることは確かにあります【★4】


 でも,「犯罪をしたら必ず逮捕される」ということではありません。

 例えば,万引きも「窃盗罪(せっとうざい)」というりっぱな犯罪ですが【★5】

 万引きをした子どもが必ず全員逮捕されているわけではないのと,同じです。


 逮捕されるかどうかは,

 犯罪をした(と疑われている)人が何歳で,どんな暮らしをしているか,

 事件が重い犯罪かどうか,など,

 いろんな事情によります【★6】


 そして,子どもはなるべく逮捕しないことになっています。

 子どもの権利条約という日本と世界との約束では,

 子どもの逮捕は「最後の解決手段」とされていますし【★7】

 日本の警察の内部ルールにも,

 子どもの逮捕はできるかぎりしないように,と書かれています【★8】


 大人でも,児童ポルノをただ持っているだけで逮捕されることは,

 まったくないわけではないですが,きわめて数が少なく【★9】

 ほぼすべてが,逮捕されない状態で,捜査や裁判を受けています。


 あなたの場合,

 あなたがまだ中学生であること。

 画像に写っている子どもを,あなた自身が直接苦しめた犯罪ではないこと。

 今回初めてのことで,あなたが犯罪を何度も繰り返してはいないこと。

 会員制サイトに登録してお金を払ったというような情報が残るわけではなく,

 誰でもアクセスできるサイトから画像を保存しただけだったこと。

 保存したのは2ヶ月も前のことで,

 わずか1週間でスマホから画像を消したこと。

 それらのいろんな事情を考えれば,あなたが逮捕される可能性は,かぎりなく低いと思います。


 不安であれば,弁護士に詳しい事情を話して相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。




 日本をふくむ世界の国々は,子どもの権利条約で,

 「子どもたちが性的に傷つけられないようにしよう」と約束しています【★10】



 幼い子どもは,まだ性的なことの意味がわかりません。

 また,10代の子どもは,心と体が大人の仲間入りをしたばかりで,

 自分自身との付き合い方を身につけるための,大事な時期にあります。

 そういう子どもたちに,セックスやセックスっぽいことをさせて画像・動画を作ったり,

 そういう子どもたちの,性的な部分を強調した裸の画像・動画を作ったりすることは,

 子どもを性的に傷つける,決して許されないことです。



 日本は,世界中から「日本が児童ポルノの発信源になっている」と強く非難されて【★11】

 1999(平成11)年に児童ポルノを禁止する法律を作り,さらに5年後の2004(平成16)年に改正して,

 児童ポルノを,作ったり,売ったり,配ったりすることを,犯罪として取り締まるようになりました【★12】



 ただ,

 児童ポルノをただ持っているだけの,いわゆる「単純所持」は,

 犯罪とはされていませんでした。



 でも,世界では,

 「児童ポルノを作ったり,売ったり,配ったりすることを禁止するだけでは,子どもを守るには足りない。

 ただ持っているというだけでもダメだ」

 と,単純所持も禁止する国々がどんどん増えていきました【★13】


 そして日本も,

 最初に法律を作ってから15年後の2014(平成26)年に,

 児童ポルノの単純所持も,犯罪として取り締まるよう,法律を改正しました。



 ただこのとき,

 「どうしてただ持っているだけで犯罪になってしまうのか」という大事な議論が,

 十分にはされていませんでした。



 児童ポルノを禁止するのは,

 ポルノに使われる/使われた子どもたちを守るためです。


 ところが,児童ポルノの議論は,よく気をつけなければ,

 本来の「子どもを守るため」という目的がそっちのけになり,

 「社会にとって好ましくないから禁止する」という考え方に傾いてしまいがちです。


 「社会にとって好ましくないから禁止する」という考え方が強くなってしまうと,

 児童ポルノにかぎらず,そのほかにもいろんなものが,

 「社会にとって好ましくないから」という理由で,どんどん禁止されていくことになりかねません【★14】

 しかも,それが犯罪として,警察に捜査されたり,刑務所に入れられたりすることになれば,

 一人ひとりが自由に生きられない,とても窮屈(きゅうくつ)な社会になってしまう危険があります。


 だから,児童ポルノの単純所持は,

 犯罪にしてまで取り締まるのではなく,別の手続で没収するなどの他の方法をとるべきだ,とか【★15】

 犯罪にするにしても,りくつをもっときちんと考えて条文を工夫するべきだ,など【★16】

 そういう大事な指摘や批判が,とても多くあります。




 児童ポルノの単純所持の規制のあり方は,社会がこれからも議論をしっかり続けていく必要があります。

 そして,あなたにも今,しっかりと考えてほしいことがあります。



 あなたは今回,自分が逮捕されるのではないかと,2ヶ月間も眠れない不安な日々を送っていたのですよね。



 想像してみてください。

 もしあなたが,その児童ポルノに写されている子どものほうだったら。


 まだ性的なことをよく知らない幼いときに,

 あなたが大切な一人の人間として扱われず,まるで物や人形や奴隷(どれい)のように扱われて,

 性的な写真を作られること。

 そして,そうやって作られた写真が,何年も何十年も,ネットを通して世界中のあちこちに拡散し,

 見ず知らずの人たちに性的に消費され続けること。

 その不安,悲しさ,悔しさ,怒り,恥ずかしさ,絶望感を,

 2ヶ月だけでなく,生涯(しょうがい)ずっと抱えて生きていかなければいけないこと。



 あなたが今回感じた不安より,もっと大きな苦しみを抱える子どもがいることに,ぜひ思いをめぐらせてください。

 そしてこれからは,児童ポルノを持たないようにするのはもちろんのこと,

 児童ポルノをなくそうと取り組むこの社会の素敵なメンバーの一人になってほしいと,私は強く願っています。



 なお,18歳になる前は,

 児童ポルノにかぎらず,性的な画像・動画には接しないで,

 今のうちから,性についてきちんと学んで欲しいと思います。

 「アダルトサイトの年齢確認」の記事も,ぜひあわせて読んでください。

 

 



【★1】児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ禁止法」)2条3項
 「この法律において『児童ポルノ』とは,写真,電磁的記録…に係る記録媒体(ばいたい)その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態(したい)を視覚により認識することができる方法により描写(びょうしゃ)したものをいう。
 一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似(るいじ)行為(こうい)に係る児童の姿態
 二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
 三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更(ことさら)に児童の性的な部位(性器等若(も)しくはその周辺部,臀(でん)部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」
【★2】 児童ポルノ禁止法7条1項 「自己の性的好奇心を満たす目的で,児童ポルノを所持した者(自己の意思に基づいて所持するに至(いた)った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者に限る。)は,1年以下の懲役(ちょうえき)又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で,第2条第3項各号のいずれかに掲(かか)げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者(自己の意思に基づいて保管するに至った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者に限る。)も,同様とする」
【★3】 13歳以下が逮捕されないことについては,「小学生も刑務所や少年院に行くの?」の記事も見てください。
【★4】 逮捕された場合にどうなるかは,「逮捕された!早く外に出たい」の記事を見てください。
【★5】 刑法235条 「他人の財物(ざいぶつ)を窃取(せっしゅ)した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役(ちょうえき)又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★6】 刑事訴訟法199条1項 「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができる。ただし,30万円(刑法,暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については,当分の間,2万円)以下の罰金,拘留(こうりゅう)又は科料(かりょう)に当たる罪については,被疑者が定まった住居を有(ゆう)しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る」
 同条2項 「裁判官は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは,検察官又は司法警察員…の請求により,前項の逮捕状を発する。但(ただ)し,明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りでない」
 刑事訴訟規則143条 「逮捕状を請求するには,逮捕の理由…及び逮捕の必要があることを認めるべき資料を提供しなければならない」
 同規則143条の3 「逮捕状の請求を受けた裁判官は,逮捕の理由があると認める場合においても,被疑者の年齢及び境遇並(なら)びに犯罪の軽重(けいちょう)及び態様その他諸般の事情に照らし,被疑者が逃亡する虞(おそれ)がなく,かつ,罪証を隠滅(いんめつ)する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,逮捕状の請求を却下しなければならない」
【★7】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)37条 「締約国(ていやくこく)は,次のことを確保する。… (b) いかなる児童も,不法に又は恣意的(しいてき)にその自由を奪われないこと。児童の逮捕,抑留(よくりゅう)又は拘禁(こうきん)は,法律に従って行うものとし,最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いること」
【★8】 犯罪捜査規範208条 「少年の被疑者については,なるべく身柄の拘束を避け,やむを得ず,逮捕,連行又は護送する場合には,その時期及び方法について特に慎重な注意をしなければならない」
【★9】 大人が児童ポルノの単純所持で逮捕されたケースとして,「児童ポルノDVD 海保職員所持疑い」(読売新聞2017年11月23日記事),「保育士が児童ポルノ所持 容疑の29歳逮捕 自宅や携帯に画像 千葉・流山」(産経新聞2018年2月8日記事)などがありますが,きわめて少ないです。
【★10】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)34条 「締約国は,あらゆる形態の性的搾取(さくしゅ)及び性的虐待から児童を保護することを約束する。このため,締約国は,特に,次のことを防止するためのすべての適当な国内,二国間及び多数国間の措置をとる。… (c) わいせつな演技及び物において児童を搾取的に使用すること」
 同条約「子どもの売買,子ども売春および子どもポルノグラフィーに関する選択議定書」(2002年1月発効,2005年1月日本批准)
【★11】 1996(平成8)年,「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」(ストックホルム会議)で,日本が児童ポルノについて何も規制していないことが世界中から批判されました。
 「この会議で…無策の日本に対する批判と早急な対応を求める声が強く出されたのです。特に批判されたのは,日本で製造,販売されていた児童ポルノです。1970年代には,米国製の児童ポルノが大きな社会問題となり法改正により規制が厳しくなりました。1980年代になると,児童ポルノの主な輸出国であった欧州諸国が法律による規制を強化して児童ポルノの製造は減少していきました。そのために,児童ポルノの規制のない日本が世界の製造拠点になってきました」(森山眞弓・野田聖子「よくわかる改正児童売春・児童ポルノ禁止法」10頁)
 「会議の場では日本人男性による東南アジア諸国で行われる買春(かいしゅん)ツアーの横行(おうこう),諸外国に代わって日本が児童ポルノの国際的な発信源と化していることに批判が集中した。このような国際的批判を受けた結果,日本政府は,児童買春とともに,児童ポルノを規制するための国内法整備を取締りの強化を約束する」(西垣真知子「子どもの性的保護と刑事規制-児童ポルノ単純所持規制条例の意義と課題-」龍谷大学大学院法学研究15号,72頁)
 「日本では1999年に児童ポルノ禁止法が成立した。成立の背景には,1996年にストックホルムで開催された『児童の商業的性的搾取に反対する世界会議』にて,児童ポルノ問題について,日本が他の先進諸国に比べて認識・対策ともに遅れており,そのため児童ポルノが大量に製作・販売されていると世界中から非難を浴び,早急な対応が求められたことにある」(池間愛梨「近年の日本における児童ポルノ事犯の発生状況と防犯対策」東洋大学大学院紀要54巻,109頁)
【★12】 1999(平成11)年制定当時は,禁止・処罰されるのは,頒布(はんぷ),販売,業としての貸与でしたが,2004(平成16)年の改正で,提供(それまでの頒布・販売・業としての貸与をすべて含む),提供目的の製造・所持,単純製造,輸入・輸出が禁止されるようになりました。しかし,本文に書いたとおり,単純所持は禁止・処罰の対象外でした。
【★13】 ※2014年改正の直前の論文 「我が国は,児童ポルノの単純所持を処罰する規定を有しないが,こうした規定を有しない国家は,次第に少数派となりつつある。特に,欧米諸国においては,(アンドラやサンマリノといった)一部の例外を除いて,ほぼ全ての国家が単純所持処罰規定を有するため,こうした規定を有しない日本に対する『風当たり』は非常に強いものとなっている」(深町晋也「児童ポルノの単純所持規定について-刑事立法学による点検・整備-」「刑事法・医事法の新たな展開 上巻 町野朔先生古稀記念」453頁)
【★14】 「児童ポルノ規制の保護法益として考えられるのは,①被害児童の福祉,②一般児童の安全,③社会の性道徳である。…単純所持の保護法益はどれに該当するのだろうか。単純所持規制が実在する被害児童の保護を目的とするのであれば,…①が該当するだろう。しかし…改正前のように提供目的の所持のみを禁止する場合には,児童ポルノの流通によって被害児童に損害が生じると考えることになる。一方,改正後の場合,単純所持も規制されるので,児童ポルノが流通するおそれがある前の段階,すなわち児童ポルノの作成または所持の時点から損害が生じると考えることになる。その場合,被害その存在に気づいていなくても損害が生じているということになるから,それが損害発生といえるためにはその存在自体が絶対悪だという道徳的価値観が内在していることになり,②や③の要素が含まれることになろう」「単純所持規制は,自宅における個人の思考過程や私的行動を制約するものであり,国家による私的領域への強度な介入をもたらすものである。また,所持概念が事実上の支配という曖昧(あいまい)な概念であることから,所持の対象も広がる可能性を秘めており,規制を広範に及ぼすこともできる。…単純所持規制が一定の社会道徳的見地から特定の情報を制約する性質を帯びるとき,私的介入性や広範性とあいまって,表現の自由に対する制約となろう」(大林啓吾「第3章 単純所持規制の憲法上の論点」「改正児童ポルノ禁止法を考える」50頁,61頁)
 「児童ポルノは児童を性的な対象として見る風潮を助長するものであるから禁圧すべきだという主張も根強く,裁判例の中にも,このような立場を採用するものがある。だが,…『風潮』によって児童に対する性的加害が増加するわけではない。これはホラー映画やミステリー小説が殺人を肯定する風潮を助長するわけではないのと同様である。…より根強いのは,実在児童そのものではなく,社会感情を保護するとする考え方である。これはすでにその立ち位置からして,現行法の基本的な発想と異なっているのだが,『社会的法益』に対する罪を広く処罰しようとすることは,①被害者であるはずの児童を加害者とする倒錯した帰結を招き,②創作表現を広範に禁圧する契機を有するので,問題にしておく必要がある」「倫理の強調によって,科学的には児童保護の効果がない『イメージ保護』が主張され,児童を犯人扱いするなど多くの問題を生んでいる。『自己の性的好奇心を満たす目的』での所持・保管の処罰は,憲法上の権利を過度に制約するばかりでなく,児童保護のために逆効果となるおそれがある。この処罰の擁護者は,自分たちこそが児童への被害を助長している可能性を胸に手を当てて考えるべきである」(高山佳奈子「第4章 所持規制の刑法上の論点」「改正児童ポルノ禁止法を考える」73頁,78頁)
【★15】 「現行法の児童ポルノの定義を限定かつ明確化したうえで,児童ポルノの単純所持を禁止すべきである。ただし,犯罪化することには,反対する」 「児童ポルノの定義を改正して,この定義が客観的に明確化し,かつ限定的にしたうえで,児童ポルノの単純所持を,違法行為であることを法律上明文で宣言し,これを禁止することが必要であると考える。…ただし,児童ポルノの『取得』という外部的な行為と離れて,個人がいかなる情報を所持するかどうかは,個人の内心にも通じる私的領域に属するものである。そのような私的領域に対して違法の宣言をすることや公的権力の介入を認めることは,極めて慎重でなければならない。したがって,児童ポルノの単純所持を禁止し,それが違法であると宣言することの効果は,社会全体の認識の変化により起こる個々人の自発的な行為(所持するに至ってしまった児童ポルノを廃棄する等)に待つべきであって,公権力の私的領域への介入を招くものであってはならないことに留意すべきである」(日本弁護士連合会2010年(平成22年)3月18日「『児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』の見直し(児童ポルノの単純所持の犯罪化)に関する意見書」(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/100318_3.pdf
 「児童ポルノ私的所持の行為規範のレベルでは,…規制することは許されると考えている。…しかし,制裁規範のレベルでは,私的所持が侵害する性的自己決定権は観念的なものと受けとめられ得るものであり,見た目上も所持は静的な状態であることが問題となる。そのような場合,制裁賦課によって発せられる非難のメッセージは,私的所持という非難に値する行為に対するものではなく,児童性愛者という所持者の属性に対する非難として誤解される可能性が非常に高い。また,非難を伴わない行政的な没収措置等(制裁としての没収ではない)によっても,<児童ポルノは所持してはならない>というメッセージは発せられ得ると考えられる。…私的所持に対して制裁を科すことは避けられるべきであり,私的所持の規制については,刑罰ではなく,行為者への非難を伴わない行政上の没収措置等を規定すべきであるというのが私見である」(上田正基「第3章 児童ポルノの所持を本当に処罰しますか-立法批判枠組の具体的適用」「その行為,本当に処罰しますか-憲法的刑事立法論序説」205頁)
【★16】 「児童ポルノ法には他の法制度とより整合的であり,かつ個人の自由保障をより十全に図りつつも,児童ポルノの所持も含めて児童ポルノ罪の刑事規制を的確に実施可能な,よりスマートな刑事法制があるのではないかとの強い疑念がある。この疑念は,児童ポルノ法が,立法者のいわば感情的な(しかも諸外国からのものを含む)処罰要求に応えた合理性を欠く立法であり,抜本的に改められるべきであるとの問題提起を行うものである」(石井徹哉「個人の尊重に基づく児童ポルノの刑事規制」「川端博先生古稀記念論文集[下巻]」379頁)



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2019年7月 1日 (月)

アニメのキャラの模写をSNSにアップしていい?



 絵を描くのが好きで,他の人にあまり知られてない最近の大好きなアニメのキャラクターを,いつもノートに模写(もしゃ)してます。友だちから好評なので,SNSにもアップしてたくさんの人に見てもらいたいんですが,やっぱり法律上問題になりますか。トレースじゃなくて模写だから大丈夫かなとも思うんですが,どうですか。




 絵を描くのが好きなんですね。

 私は,あなたのように絵を描ける人が,とてもうらやましいです。

 「絵を描くのが苦手だ」と話すと,必ずと言っていいほど,子どもたちから「試しに描いてみて」と言われます。

 しぶしぶながら私が描くと,案の定,とんでもないものができあがります。

 そして,それを見た子どもたちは,楽しそうに笑い転げます。




 あなたが,大好きなアニメのキャラクターを自分のノートに模写したり,

 そのノートを友だちに見せたりすることは,

 法律上問題はありません。

 でも,それをSNSにアップするのには,注意が必要です。




 アニメなどの作品には,「著作権(ちょさくけん)」という権利があります【★1】


 著作権を持っている人は,その作品についていろんなことができますし,

 著作権を持っていない人は,その作品についてやってはいけないことが多くあります【★2】


 例えば,「作品のコピーを作ること」【★3】

 コピーを作れるのは,

 著作権を持っている人か(作った本人や,その権利を引き継(つ)いだ家族,権利を譲(ゆず)り受けた人など),

 著作権を持っている人がOKした人だけです【★4】

 他の人が勝手にコピーを作ってはいけません。


 他にも,「作品をテレビやネットなどで流すこと」【★5】

 作品をテレビやネットなどで流せるのは,

 著作権を持っている人か,その人がOKした人だけです。

 他の人が勝手に流してはいけません。



 あなたがアニメのキャラクターを模写したのは,「作品のコピーを作ること」にあたります。


 トレースが,もとの作品を下に敷いて上からなぞって描くのに対して,

 模写は,作品を見ながら自分で描き写すものなので,

 トレースほど正確なコピーにはなりませんね。


 でも,法律では,

 多少正確でなくても,もとのキャラクターと「同じ」と思えるものはコピーだ,としています【★6】【★7】

 なので,模写であっても,コピーです。

 原則として,著作権を持っている人からOKをもらう必要があります。



 ただ,法律は,例外として,

 「そのコピーを,自分自身で楽しむとか,家族や少人数で楽しむというのであれば,

 著作権を持っている人からOKをもらわなくてもいい」

 としています【★8】


 だから,あなたの場合,

 自分のノートに模写したり,そのノートを友だちに見せたりするのは,

 法律上問題ありません。



 しかし,多くの人に見てもらうのは,さっきの例外を超えています。

 原則にもどって,模写は「勝手なコピー」としてアウトになります。


 また,多くの人に見てもらうためにSNSにアップするのも,

 「ネットに流すこと」を勝手にした,として,アウトになります【★9】




 憲法という,国のおおもとのルールは,

 文章や,絵や,音楽など,

 いろんなかたちで自分の思いや考えを表現することを,

 とても大事にしています【★10】

 いろんな表現が行き交い,混じり合うことで,

 私たちひとり一人の人生と,私たちの社会とが,豊かなものになるからです。


 だから,著作権の法律は,

 一人ひとりの表現を大切に守っています【★11】


 他方で,素晴らしい作品や素敵な作品が「独(ひと)り占(じ)め」されているよりも,

 他の人とシェアできることもあったほうが,社会は豊かになります。


 なので,著作権の法律は,

 一人ひとりの表現を守るのと同時に,

 個人的に楽しむためのコピーならOKとか,

 学校で教育に使うためならOKとか【★12】

 古い作品で時間が経っているものなら使ってもOKなど【★13】

 誰かの表現を他の人が使える場面もたくさん作って,

 この社会が豊かなものになるように,バランスを取っているのです【★14】



 また,憲法は,一人ひとりの表現だけでなく,一人ひとりの財産も守っています【★15】


 著作権は,大切な財産です。

 「知的財産権(ちてきざいさんけん)」と呼ばれます【★16】


 汗水垂らして働いて得たお金や,

 一生懸命育てた野菜や果物や花,

 がんばって建てた立派な家や,

 長年かけて苦労して集めた趣味のコレクション,

 それらが財産であるのと同じように,

 アニメなどの作品も,その人が創意工夫をこらして作り上げた,大切な財産なのです。


 その財産を,法律が認めたかたち以外で勝手に使うのは,

 他の人の物を盗んだり傷つけたりするのと同じように,

 犯罪として処罰される場合があります【★17】

 また,刑事処分とまではいかなくても,

 著作権を持っている人から,使うのを止めるよう求められたり【★18】,損害賠償というお金を求められたりすることがありえます【★19】




 あなたは,模写をSNSにアップして,多くの人に見てもらいたいのですよね。

 そのアニメを作った人に,「模写をSNSにアップしてもいいですか」と連絡してみてください。


 あなたがその作品のファンで,とても好きだということ。

 その作品を心から応援していて,広くたくさんの人に知ってもらいたいと願っていること。

 その気持ちをしっかりと伝えて,自分の模写をSNSにアップしてOKかどうかを聞いてみるとよいと思います。



 私自身も,このブログ記事に著作権を持っています【★20】

 時々,私の記事を使いたいという方から,ていねいな連絡をもらいます【★21】

 私は,「山下弁護士の記事だ」とはっきりわかるようにして使うことと,私の記事でお金もうけをしないことを条件に,使うことをOKしています。

 私の記事が使われ,メッセージが広く届くことが嬉しいですし,

 そうやっていろんな人から連絡をもらうことで,

 「またブログをがんばって書こう」と前向きな気持ちになります。


 あなたが模写したアニメの作者も,同じように思ってくれるかもしれません。



 あなたが模写を続けて,絵がますます上達し,

 やがて,今度はあなたがオリジナルの作品を描くようになったら,

 その作品の著作権を持つのは,あなたです。


 そして,あなたの作品を好きになった子どもたちから,

 「模写してみんなに見てもらってもいいですか」と連絡が来たときに,

 素敵な対応ができる大人になっていてほしいと思います。

 



【★1】 著作権法10条 「この法律にいう著作物を例示すると,おおむね次のとおりである」「四 絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」
【★2】 「本法において著作権とは『第21条から第28条までに規定する権利』をいう(17条1項括弧書)。これに示されているとおり,本法には著作権という”単一の権利”は存在せず,これらの”複数の権利”を総称する言葉にすぎない。…この定義に列挙された個々の条項に『含まれる権利の種類』の各々(おのおの)を,支分権(しぶんけん)という。…以上のように著作権は複数の多様な支分権の集合体なので,『権利の束』と呼ばれている」(奥村久道「著作権法第3版」148頁)
【★3】 複製権(ふくせいけん)といいます。
 著作権法21条 「著作者は,その著作物を複製する権利を専有(せんゆう)する」
【★4】 「著作権は相続,譲渡(じょうと)が可能な財産権ですので,複製権について許諾(きょだく)を申し入れる相手が必ずしも著作者であるとは限りません。…また著作者は一部の譲渡も可能ですので,複製権を有する者と,他の権利を有する者が異なる場合があることに留意する必要があります」(著作権法令研究会「実務者のための著作権ハンドブック第9版」30頁)
【★5】 公衆送信権(こうしゅうそうしんけん)といいます。
 著作権法23条1項 「著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する」
【★6】 著作権法2条1項 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる」「一五 複製 印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製(さいせい)することをい(う)…(略)」
 「複製は原著作物の再製であるが,必ずしも原著作物と全く同一のものを作り出す必要がなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を変じないかぎり,同一物の複製にあたり,複製権はこれに及ぶことになる」(半田正夫「著作権法概説第16版」137頁)
【★7】 あなたの模写は,元の作品を見ながら作るもので,元の作品という「著作物」のコピー(複製)にあたることは明らかですが,キャラクターそれ自体が「著作物」にあたるのか,という細かい論点もあります。
 サザエさんのキャラクターの顔をバスの車体に描いたケース(特定のマンガのコマを写したものではない)で著作権侵害とした判例(東京地裁昭和51年5月26日判決・判例時報815号27頁)は,キャラクター自体が著作物かどうかはっきり判断されていませんが,その後,ポパイのキャラクターがネクタイの柄に使われたケースで,最高裁は,キャラクターそのものは著作物ではなく,キャラクターが描かれたマンガが著作物だ,としたうえで,ネクタイは第1回目のポパイ作品(1929年)の著作権を侵害しているけれども,保護期間が1990年に満了しているので,ネクタイ販売の差し止めは認められない,としました(最高裁第一小法廷平成9年7月17日判決・民集51巻6号2714頁)。
 もっとも,キャラクター自体が著作物でなくても,そのキャラクターが出てくるマンガが著作物として保護されていますから,実際のマンガのコマを写さずにキャラクターを描くことも著作権の侵害にあたりうることに注意が必要です。
【★8】 「私的使用のための複製」といいます。
 著作権法30条1項 「著作権の目的となっている著作物…は,個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること…を目的とするときは,次に掲げる場合を除き,その使用する者が複製することができる(以下略)」
 「家庭内に準ずることから人数的には通常は10人程度であり,かつ,その間に家庭内に準ずる親密で閉鎖的な関係があることを要し,これには親密な特定少数の友人間,小研究グループが該当すると考えられている」(奥村久道「著作権法第3版」221頁)
【★9】 鍵をかけたアカウントや非公開のグループで,ごく少数の限られた友だちとネットで共有するだけなら,許されると考えられなくもないですが(公衆送信権(著作権法23条1項)の「公衆」に該当するかどうかの問題),ネットはトラブルが起きやすいので,注意が必要です。
 「自動公衆送信とは,公衆送信のうち,公衆からの求めに応じて自動的に行うものをいう…。(略)公衆からの求めに応じたものに限る。したがって,特定少数のみの求めに応じるもの,一方的に送り付けるものは,自動公衆送信に該当しない」(奥村久道「著作権法第3版」169頁)
 「著作権でも肖像権(しょうぞうけん)でも,『つぶやきや投稿の公開範囲』は重要な要素です。著作権法では,ある程度の人数が見たりシェアできる以上,どんな範囲で公開しようが権利侵害になる可能性はあるのですが,現実には,広く一般に見られる場へのアップではより慎重さが求められます。逆に,数十人の仲間しか見ないような場では,多少は自由にふるまう人が多いでしょう。つまり,ソーシャルメディアと著作権などの関係を考える時に,前提としての法律知識は無論重要ですが,同時に鍵(かぎ)となるのは『どの程度やると相手の迷惑か』『怒られそうか』という常識というか間合いの取り方でもあるのです」(福井健策「18歳の著作権入門」104頁)
【★10】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
【★11】 「日本国憲法は,著作活動の保護を積極的に保障する規定(米合衆国憲法1条8節8項,ドイツ連邦共和国基本法73条9号参照)はもたないが,しかし,19条(思想の自由),21条(表現の自由),23条(学問の自由)および29条(財産権の不可侵)の各規定に著作権法の基礎を見いだすことができる」(千野直邦,尾中普子「八訂版・著作権法の解説」3頁)
 もっとも,大日方信春教授は,「<著作権は表現の自由のためにある>との言説は<著作権は表現行為を制約している>ということを,隠微する言説ではないか」「やはり著作権は表現行為を制約するものだという視点が重要で,ただ表現の自由も絶対的に保障されるわけではないので,著作権法による言論規制が合理的理由によるものであるのか,ここを問う視点を明確に,あるいは意図的にもち続けることが,憲法学から著作権法制度をみるときには重要になる」と重要な指摘をしています(「著作権と憲法理論」,知的財産法政策学研究33号244頁)。
【★12】 著作権法35条1項 「学校その他の教育機関…において教育を担任する者及び授業を受ける者は,その授業の過程における利用に供(きょう)することを目的とする場合には,その必要と認められる限度において,公表された著作物を複製し,若(も)しくは公衆送信…を行い,又は公表された著作物であって公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし,当該著作物の種類及び用途並びに当該服制の部数及び当該複製,公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない」
【★13】 著作権法51条1項 「著作権の存続期間は,著作物の創作の時に始まる」
 同条2項 「著作権は,この節に別段の定めがある場合を除き,著作者の死後…70年を経過するまでの間,存続する」
【★14】 著作権法1条 「この法律は,著作物並びに実演,レコード,放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め,これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とする」
【★15】 憲法29条1項 「財産権は,これを侵してはならない」
 同条2項 「財産権の内容は,公共の福祉に適合するやう(よう)に,法律でこれを定める」
【★16】 知的財産基本法2条1項 「この法律で『知的財産』とは,発明,講演,植物の新品種,意匠(いしょう),著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発明又は解明がされた自然の法則又は現象であって,産業上の利用可能性があるものを含む。),商標,商号その他事業活動に用いられる商品又は役務(えきむ)を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう」
 同条2項 「この法律で『知的財産権』とは,特許権,実用新案権,育成者権,意匠権,著作権,商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう」
【★17】 著作権法119条1項 「著作権,出版権又は著作隣接権を侵害した者…は,10年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは1000万円以下の罰金に処し,又はこれを併科(へいか)する」
 ただし,被害者が告訴(こくそ)しなければ処罰できない親告罪(しんこくざい)です。
 著作権法123条1項 「第119条…の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない」
【★18】 著作権法112条1項 「著作者,著作権者…は,その著作者人格権,著作権,…を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる」
【★19】 民法709条 「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★20】 著作権法10条 「この法律にいう著作物を例示すると,おおむね次のとおりである」「一 小説,脚本,論文,講演その他の言語の著作物」
【★21】 記事の一部分だけを引用するのなら,私への連絡は要(い)りません。
 著作権法32条1項 「公表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない」
 

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2019年6月 1日 (土)

ブログが本になりました!(パート2)


 2013年4月から毎月更新してきたこのブログの本のパート2ができました。


 大東文化大学教職課程センター准教授の渡辺雅之さんの解説,

 葛西映子さんの優しいイラスト,

 そしてパート2では島崎ろでぃーさんがTRPで撮した写真も加わりました。

 パート2では,私はクマになっています(笑)。


 定価は2,000円ですが,著者割1,600円でお譲りできますので,購入くださる方はぜひお声がけください。

(郵送の場合は費用のご負担をお願いします)。



「どうなってるんだろう? 子どもの法律 パート2」
山下 敏雅 渡辺 雅之 編著
高文研 A5・224ページ 本体2,000円+税

http://www.koubunken.co.jp/book/b454282.html

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2019年4月 1日 (月)

警察の職務質問にむかついた


 自転車で予備校から帰る途中,警察に呼び止められました。「なんすか?」って聞いたら「サドルがずいぶん高いけど,本当に君の自転車?」って言われて,別にそんなに高くないじゃんと思いながら防犯登録を確認したのに,今度は「カバンの中を見せろ」って言われて,あんまり他の人に見られたくないものを持ってたんで,「どうしても見せなきゃいけないんすか?」って聞いたら,「何もやましくないなら見せられるだろ。見せないなら警察署まで来てもらう」って迫(せま)られて,結局見せました。犯罪者扱いしてくる警察の態度にまじむかついたんですけど,これって警察を訴えることはできますか?

 


 まるで犯罪をしたかのように警察に疑われたのは,本当に気分が悪いことですよね。



 警察の職務質問は,私たちの社会を犯罪から守るために,重要な役割を果たしています。


 たとえば,2017年(平成29年)には,

 殺人75件,

 強盗183件,

 放火82件,

 強制性交等31件,というように,

 職務質問がきっかけで凶悪な事件の犯人(と思われる人)の検挙につながった件数が,一定程度あります【★1】


 しかし,だからといって,

 犯罪とは無縁に暮らしている市民に対しても,

 警察が,思うままに呼び止めて質問し,しかも犯罪者扱いするような態度なのは,

 まったくおかしなことです。



 今から140年以上もむかし,1875年(明治8年)に作られたルールでは,

 警察が「怪(あや)しいやつだ」と思いさえすれば,

 質問に答えさせたり,むりやり警察署に連れて行ったりすることができました【★2】

 警察が,とても大きな力を持っていたのです。



 でも,その後,日本が大きな戦争に負け,

 一人ひとりを大切にする社会に変わったのをきっかけにして【★3】

 職務質問のルールも,大きく変わりました【★4】



 職務質問のルールは,「警察官職務執行(しっこう)法」という法律が決めています。


 その法律には,「警察はだれでも呼び止めて質問していい」とは,書かれていません。


 警察が職務質問できるのは,

 その人がなにか犯罪をしてそうだとか,

 その人がこれからなにか犯罪をしそうだとか,

 その人が他の人の犯罪についてなにか知ってそうだ,

 という時だけです【★5】



 警察官が,「警察がそう思えば職務質問していいんだ」などと言うことがあります。

 しかし,その警察官の言うことは,まちがいです。

 警察の人たちが仕事で読む本を,たくさん作っている出版社があります。

 その出版社が出している,警察官職務執行法をくわしく解説した本にも,

 「警察がそう思ったというだけではダメだ」と,はっきりと書かれています【★6】



 犯罪をしてそうだ,とか,これからしそうだ,ということは,

 異常な動きをしているとか,時間・場所など周囲の事情(じじょう)から,「合理的に判断」するものだと,法律に書かれています【★7】【★8】

 「合理的に判断」するというのは,「きちんとした理由やりくつがある」ということです。



 あなたの自転車のサドルの高さが何センチだったのか,正確な情報がわかりませんが,

 「そんなに高くないのに」とあなた自身が思うくらいの,ふつうの高さだったのですよね。

 今回,警察があなたに職務質問をした理由,

 言い換えれば,

 あなたがなにか犯罪をしてそうだとか,これからしそうだ,と警察が思った理由が,

 単にサドルの高さだけだったのなら,

 警察の判断が「合理的」だとは言えません。

 その警察があなたに職務質問をするのは,おかしなことです。



 きちんとした職務質問であっても,あなたが答えるか答えないかは,あなたの自由です。

 警察官職務執行法にも,「むりやり答えさせられない」と,はっきり書かれています【★9】


 ましてや,今回のように,職務質問をするのがおかしい時なら,

 なおのこと,あなたが答える必要はありません。



 でも,職務質問をするのがおかしい時でも,

 あなたが自発的に答えてしまえば,

 警察がしていることは,違法ではなくなってしまいます【★10】



 職務質問に答えるか答えないかはほんらい自由なはずなのに,

 警察は,「答えるのを嫌がる人は絶対に何かあるので,必ず説得してパトカーで警察署に同行させるように」,と教育されています【★11】

 警察は,答えずに帰ろうとする人を,止めようとしてきます【★12】

 そして,警察が止めるのをむりに振り切ろうとすると,

 「警察に暴力をふるった」という理由をつけて,公務執行妨害罪(こうむしっこうぼうがいざい)で現行犯逮捕する,ということさえあります【★13】




 あなたは,警察からカバンの中を見せるようにも言われたのですね。


 憲法という,国のおおもとのルールは,

 「警察が持ち物を勝手に調べてはいけない,

 裁判所がOKした場合か,その人を逮捕する時にしか,持ち物を勝手に調べられない」,

 として,一人ひとりの自由を守っています【★14】【★15】


 それなのに,

 警察は,職務質問で持ち物のチェックを嫌がる人も,「必ず何かあるので警察署に同行させる」,と教育されています【★16】

 そして,

 「警察が勝手に持ち物をチェックしたんじゃない,本人が見せることをOKしたんだ」

 という形を作るために,

 「やましくないなら見せられるだろう」

 などと言って,あなたを説得するのです。


 でも,持ち物を見せなくていいのが憲法の原則なのですから,

 警察の言うことは,考え方が逆さまです。

 ましてや,「むりやり警察署に連れて行かせることはできない」と法律にはっきり書いてあるのに【★17】

 「見せないなら警察署に来てもらう」などと脅(おど)してまで持ち物をチェックするのは,あってはならないことです。




 おかしいことにおかしいと声を上げることは大切です。


 誰でも裁判を受ける権利がありますから【★18】

 「訴えることはできますか」という質問には,YESという答えになります。


 ただ,

 裁判で勝つハードルはけっして低くないですし,

 職務質問のときの様子を残した証拠がないことが多いので,

 費用と時間と労力をかけて裁判所に訴えるかどうかは,弁護士とよく相談してください。


 特に,あなたが未成年であれば,裁判を起こすには親の協力が必要ですから,

 親ともよく話し合うことが必要です。



 「できるかぎりのことをやってみる」という姿勢からは,

 裁判のほかに,都道府県の公安委員会に連絡する方法があります。


 公安委員会というのは,警察の上にある,警察を管理する組織のことです【★19】

 この公安委員会に「苦情申出」をすると,

 公安委員会が警察に調査をし,その結果をあなたに通知してくれます【★20】



 裁判にしても,苦情申出にしても,

 その警察官が誰で,どういう職務質問だったかが,わかるようにしておくと良いです。

 「おかしな職務質問だ」と感じて,後で裁判や苦情申出をすることがありえるなら,

 警察官に警察手帳を出すように求めて,名前を確認してください。

 そういう場合には,警察は手帳を出さないといけないことになっています【★21】【★22】


 また,相手が公務員でも,むやみやたらに写真や動画を撮影してよいわけではありませんが,

 警察の仕事として道ばたでやっている職務質問で,

 しかも後で証拠にしておく必要があるのなら,

 その様子を動画撮影することは,法律上,問題ありません【★23】


 こういった身分確認や動画撮影は,

 後の裁判や苦情申出の証拠として役立つだけでなく,

 おかしな職務質問が行われるのを防ぐことにもつながります。

 あなたに「やましいことがないなら持ち物を見せられるはずだ」と警察官が言ったのと同じように,

 警察官も,やましいことがないのなら,身分証を見せたり,動画撮影をされたりすることを,断れないのです。



 職務質問は,

 私たちの社会を犯罪から守ることと,

 私たち一人ひとりの自由,人として大切に扱われること,

 そのどちらもだいじなことを両立させるための,難しいバランスの上に成り立っています。


 警察官職務執行法の一番最初には,警察がすることは必要最小限にして,むやみやたらにしないように,と書かれています【★24】

 そして,警察の偉(えら)い人が作った文章にも,質問上手・締(し)めくくり上手な職務質問には苦情がない,ということが書かれています【★25】


 あなたのような嫌な思いをする人が出ないようにしながら,

 私たちの社会を犯罪からきちんと守る。

 警察の職務質問は,そういうものでなければいけません。
 

 


【★1】 警察庁「平成29年の犯罪」「24 罪種別 主たる被疑者特定の端緒別 検挙件数(警察活動)」http://www.npa.go.jp/toukei/soubunkan/h29/excel/H29_024.xls
 職務質問がきっかけで検挙につながるのは,全体の約1割です。刑法犯総数(交通業過を除く)総数31万6142件のうち職務質問によるものは4万0083件,凶悪犯総数4007件のうち職務質問によるものは371件です(殺人事件75件/846件,強盗事件183件/1500件,放火事件82件/684件,強制性交等事件31件/977件)。
 もっとも,4万0083件のうち,「乗り物盗」が7499件,占有離脱物横領(せんゆうりだつぶつおうりょう)が1万4741件です。職務質問で検挙される刑法犯の半分近くは,「自転車泥棒」と考えられます(刑法犯だけの統計ですので,薬物犯罪などは含まれていません)。
【★2】 太政官達「行政警察規則」第3章24条 「怪しき者(夜中無提灯にて大なる荷物を擔(かつ)ぐ等風体(ふうてい)宜(よろ)しからざるか或(ある)いは人家の軒下等に彳(たたず)むか等)を見認(みとむ)る時は取糺(とりただ)して様子により(愈(いよいよ)怪しき者と認(みとめ)且(かつ)少人数制し易(やす)き等)持区内出張所に連れ行き或いは(事(こと)曖昧(あいまい)にして認めて犯則となし難(がた)きか或は多人数及び持兇器(きょうきをもつ)等にて制しがたきとき)掛官員に密報(みっぽう)し差圖(さしず)を受(うく)べし倉卒(そうそつ)の取計(とりはからい)あるべからず」
【★3】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★4】 「明治8年,太政官達(たっし)として発せられた『行政警察規則』は,挙動不審な者の取糺(ただ)しを巡査の職務とし,いわゆる不審訊問(じんもん)に法制上の根拠を与えた。また,この規則は,不審者の『連行』をも認めた。そのほか,旧憲法のもとでは,治安警察法,行政執行法などがあって,警察権は強力に行使されていた。現行の警察官職務執行法は,日本国憲法に適合するよう旧法令を全面的に修正し,アメリカ法をも参考にして制定されたものである。職務質問については,『連行』を任意の同行に改めるとともに(2条2項),身柄の拘束や意に反する連行や答弁の強要がありえないことを明らかにして,かつての『不審訊問』との断絶をはかっている(同3項)」(松尾浩也「刑事訴訟法・上・新版43頁)
【★5】 警察官職務執行法2条1項 「警察官は,異常な挙動(きょどう)その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若(も)しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既(すで)に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる」
【★6】 「『合理的に判断して』とは,この職務を行う警察官が,主観的に,独断的にそう考えただけでは不十分で,普通の社会人がその場合に臨(のぞ)んだら当然そう考えたであろうと思われるような客観性が必要であるという意味である」(警察制度研究会「注解警察官職務執行法」立花書房41頁)
 「不審者に当たるか否(いな)かは,異常な挙動その他周囲の事情から『合理的に判断』しなければならない。判断が『合理的』であるというためには,警察官の主観的又は恣意的(しいてき)な判断ではなく,社会通念に照らして客観的に合理的があると認められる判断がなされなければならない。しかし,これは,一般人の知識や経験のレベルに立って判断することを意味するものではなく,推論の過程について客観的な合理性があれば,その過程で警察官の職業的な専門知識や経験を反映させることが当然に認められる」(古谷洋一(長崎県警察本部長)ほか「注釈警察官職務執行法四訂版」立花書房61頁)
【★7】 警察官職務執行法2条1項 「警察官は,異常な挙動(きょどう)その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し,若(も)しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既(すで)に行われた犯罪について,若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる」
【★8】 「異常な挙動その他周囲の事情からみて,犯罪を犯し又は犯そうとしている者とは,例えば,深夜におおきなふろしき包みを持って急ぎ足で路地から出て来た者,警察官の姿を見てコソコソと隠れようとする者,服に血痕(けっこん)のようなものが付いている者,夜中に出刃包丁を携帯している者,家人のいない家をこっそりのぞき込んでいる者,選挙の演説会場に凶器のようなものを持って入ろうとする者等である」(警察制度研究会「注解警察官職務執行法」立花書房40頁)
 「『異常な挙動』とは,その者の言語,動作,態度,着衣,携行品等が,通常ではなく,不自然であることをいう。例えば,人目につかない場所に潜(ひそ)む,血痕の付いた服を着ている,同じ場所を何度も往復して屋内をのぞく,警察官の姿を見て急に反転する,こん棒を携行している等がこれに当たるが,ある挙動が異常であるか否(いな)かは,場所や時間帯によっても異なり得る」(古谷洋一(長崎県警察本部長)ほか「注釈警察官職務執行法四訂版」立花書房58頁)
【★9】 警察官職務執行法2条3項 「前2項に規定する者は,刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り,身柄(みがら)を拘束(こうそく)され,又はその意に反して警察署,派出所若しくは駐在所に連行され,若しくは答弁を強要されることはない
【★10】 東京高裁1992年(平成4年)6月23日判決・判例タイムズ799号157頁 「警職法2条1項の職務質問の要件を欠く場合であっても,相手方が任意(にんい)に応じている場合には,職務質問が当然に違法になるものではない」
【★11】 「職質を拒否する者…は要注意」「絶対に何かあるので,必ず粘(ねば)り強く説得し,パトカーで本署に任意同行する」(警察実務研究会「クローズアップ実務Ⅰ 職務質問」立花書房55頁)
【★12】 裁判所は,職務質問で警察が腕に手をかけて引きとめるなどの「有形力(ゆうけいりょく)」を使うことを,一定程度認めています(最高裁第一小法廷1954年(昭和29年)7月15日決定・刑集8巻7号1137頁など)。
【★13】 刑法95条1項 「公務員が職務を執行(しっこう)するに当たり,これに対して暴行又は脅迫(きょうはく)を加えた者は,3年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは禁錮(きんこ)又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★14】 憲法35条1項 「何人(なんぴと)も,その住居,書類及び所持品について,侵入,捜索(そうさく)及び押収(おうしゅう)を受けることのない権利は,第33条の場合を除いては,正当な理由に基(もとづ)いて発せられ,且(か)つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ,侵されない」
 同条2項 「捜索及び押収は,権限を有する司法官憲が発する各別の令状により,これを行ふ(う)」
 「『第33条の場合』とは,判例によれば,『第33条による不逮捕の保障の存しない場合』の意である(最大判昭和30・4・27刑集9巻5号924頁。なお刑訴220条参照)。したがって,33条による適法な逮捕の場合には,現行犯であると否とにかかわりなく,逮捕にともなう合理的な範囲内であれば,本条による令状を必要とせずに,住居等の侵入等を行うことが許される」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」248頁)
【★15】 最高裁は,職務質問に付随(ふずい)して行う所持品検査は,捜索(そうさく)に至(いた)らない程度の行為は,強制にわたらない限り,必要性,緊急性,個人の法益と公共の利益の権衡(けんこう)などを考慮して,具体的状況のもとで相当を認められる限度で認められるとしています。具体的には,銀行強盗の疑いが強い人のバックのチャックを開けて中をちらっと見たケースをOK,覚せい剤所持の疑いが強い人の服のポケットに手を入れて所持品を取り出したケースをNGとしています。
 最高裁判所第三小法廷1978年(昭和53年)6月20日判決・刑集32巻4号670頁 「警職法は,その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで,所持品の検査については明文の規定を設けていないが,所持品の検査は,口頭による質問と密接に関連し,かつ,職務質問の効果をあげるうえで必要性,有効性の認められる行為(こうい)であるから,同条項による職務質問に附随(ふずい)してこれを行うことができる場合があると解するのが,相当である。所持品検査は,任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから,所持人の承諾(しょうだく)を得て,その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら,職務質問ないし所持品検査は,犯罪の予防,鎮圧(ちんあつ)等を目的とする行政警察上の作用であって,流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは,所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解(かい)するのは相当でなく,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もっとも,所持品検査には種々の態様のものがあるので,その許容限度を一般的に定めることは困難であるが,所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法35条の保障するところであり,捜索に至らない程度の行為であってもこれを受ける者の権利を害するものであるから,状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであって,かかる行為は,限定的な場合において,所持品検査の必要性,緊急性,これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ,許容されるものと解すべきである」「これを本件についてみると,所論(しょろん)のB巡査長の行為は,猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において,深夜に検問の現場を通りかかったA及び被告人の両名が,右犯人としての濃厚な容疑が存在し,かつ,兇器(きょうき)を所持している疑いもあったのに,警察官の職務質問に対し黙秘(もくひ)したうえ再三(さいさん)にわたる所持品の開披(かいひ)要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため,右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであって,所持品検査の緊急性,必要性が強かった反面,所持品検査の態様は携行(けいこう)中の所持品であるバッグの施錠されていないチャックを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから,これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく,上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから,これを警職法2条1項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である」
 最高裁第一小法廷1978年(昭和53年)9月7日判決・刑集32巻6号1672頁 「b巡査が被告人に対し,被告人の上衣左側内ポケットの所持品の提示を要求した段階においては,被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ,また,同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあったから,右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認(こうにん)しうるところであるが,被告人の承諾がないのに,その上衣左側内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は,一般にプライバシー侵害の程度の高い行為であり,かつ,その態様において捜索に類するものであるから,上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては,相当な行為とは認めがたいところであって,職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱(いつだつ)したものと解(かい)するのが相当である」
【★16】 「所持品検査を頑(かたく)なに拒否する者…は『ブツ』を持つ可能性大」「職質現場で所持品検査,身体検査を頑なに拒否する者は,必ず何かあるので本署に同行する」(警察実務研究会「クローズアップ実務Ⅰ 職務質問」立花書房24頁)
【★17】 警察官職務執行法2条3項 「前2項に規定する者は,刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り,身柄(みがら)を拘束(こうそく)され,又はその意に反して警察署,派出所若しくは駐在所に連行され,若しくは答弁を強要されることはない
【★18】 憲法32条 「何人(なんぴと)も,裁判所において裁判を受ける権利を奪は(わ)れない」
【★19】 地方自治法180条の9第1項 「公安委員会は,別に法律の定めるところにより,都道府県警察を管理する」
 警察法38条1項 「都道府県知事の所轄(しょかつ)の下に,都道府県公安委員会を置く」
 同条3項 「都道府県公安委員会は,都道府県警察を管理する」
【★20】 警察法79条1項 「都道府県警察の職員の職務執行について苦情がある者は,都道府県公安委員会に対し,国家公安委員会規則で定める手続に従い,文書により苦情の申出をすることができる」
 同条2項 「都道府県公安委員会は,前項の申出があったときは,法令又は条例の規定に基づきこれを誠実に処理し,処理の結果を文書により申出者に通知しなければならない。(略)」
【★21】 警視庁警察職員服務規程18条 「職員は,相手方から身分の表示を求められた場合は,職務上支障があると認められるときを除き,所属,階級,職及び氏名を告げなければならない」
 警察手帳規則5条 「職務の執行に当たり,警察官,皇宮護衛官又は交通巡視員であることを示す必要があるときは,証票及び記章を呈示(ていじ)しなければならない」
【★22】 東京高裁1993年(平成5年)4月26日判決・判例時報1461号68頁 「警察手帳規則…5条は,職務の執行に当たり,警察官であることを示す必要があるときは,…呈示しなければならない,と規定しており…警察手帳を提示しなければならないのは,職務の執行に当たり,警察官であることを示す必要があるときである。そして,警察官が職務質問を行うに当たって相手から警察手帳の提示を求められた場合,常に右にいう警察官であることを示す必要があるときに当たるとは解されない。そこで,例えば,一般人と変わらない服装をしていて一見警察官であることが明らかであるとはいえない場合,警察官の服装をしていても挙動に不審な点がある等警察官であることを疑わせるような具体的な徴憑(ちょうひょう)がある場合,警察官であることを疑わせる事情はなくても正当な職務の執行であるか疑わしい行動に出たため,責任の所在を明らかにし,かつ後日責任を追及するために必要と考えられる場合等には,警察手帳の提示を求める実質的な理由があ(る)」
【★23】 最高裁第一小法廷2005年(平成17年)11月10日判決・民集59巻9号2428頁 「人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有(ゆう)する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾(しょうだく)なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍(じゅにん)の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである」
【★24】 警察官職務執行法1条1項 「この法律は,警察官が警察法…に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行(すいこう)するために,必要な手段を定めることを目的とする」
 同条2項 「この法律に規定する手段は,前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって,いやしくもその濫用(らんよう)にわたるようなことがあってはならない」
【★25】 「職務質問のプロと呼ぶに相応(ふさわ)しい警察官達は,新宿の街を目的なくブラ付き,たむろする者達をはじめとする人の中から,鋭い観察によって不審点を発見し,素早く接近して,気軽に声を掛け,質問に入っていた。…後日等に,これらの職務質問に対する苦情がない。なぜか? プロ達は,職務質問の打ち切りが上手であった。職務質問を実施したこと(質問を受けたこと)を,相手方に十分に説明し,納得を得て質問を打ち切っていた。プロはいずれも『質問上手で,締めくくり上手』であった。『新宿の治安を守りたいんです。ご理解ありがとうございました』『今後とも,ご協力をお願いします』職務質問の目的を果たして,対象者を送り出す,プロ達のさわやかな声が耳に残る」(黒木正一郎「吾,勁草たり得ず」第5回「職務質問(下)~”正義の武器”を活かす勇気~」捜査研究650号123頁) 

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2019年2月 1日 (金)

成人年齢が18歳になると何が変わるの?

 

 

 大人になる歳が「20歳以上」から「18歳以上」に変わるって聞いたんですが,いつからそうなるんですか? 18歳以上になると,何が変わるんですか?

 

 

 

 あなたの言うとおり,大人になる歳(成人年齢)が,20歳から18歳に下がります

 そうなるのは,
2022年4月1日からです【★1】

 2022年4月1日に18歳・19歳の人は,その日に,みんないっせいに大人になります
【★2】




 大人になる歳は,「民法」という法律が決めています
【★3】


 民法で大人として扱われるということの意味は,

 
「法律的なことを,自分一人でする」,ということです。



 未成年のときには,法律的なことを自分一人でするのではなく,

 親に代わりにやってもらったり
【★4】

 あらかじめ親のチェックを受けてOKをもらったりします
【★5】


 社会のしくみは複雑なので,子どもを親が守ることになっているのです。


 そうやって子どもを守る親の立場を,「親権者(しんけんしゃ)」と言います【★6】

 親がいない時には,裁判所が「未成年後見人」をつけてくれることもあります
【★7】。  《 参考記事 : 後見人の弁護士がつくってどういうこと?



 大人になれば,


 そういった親や未成年後見人からのサポートを受けることなく,

 法律的なことを自分一人ですることになります。




 スマホの契約は,親のハンコなしで自分一人で好きにできるようになりますし,
  《 ケータイを持ちたいのに親が保証人になってくれない


 深夜のアルバイトも,親が認めてくれなくても,自分の判断でできるようになります。  《 18歳になった高校生の深夜アルバイト


 どこかからお金を借りることも,親のOKなくできるようになりますし,  《 お金がなくて住む場所がなくなりそう


 貸したお金を返してもらう裁判も,親をかかわらせずに起こせるようになります。  《 友だちに貸したお金が返ってこない



 自分のことを自分で決められるのは,とてもだいじです。


 特に,親から虐待を受けてきた子どもにとって,

 成人することは,親権という強い力から離れられる,だいじなことです。

 大人になる歳が18歳に下がるのは,20歳まで待たずに早く親権から離れられるということですから,とてもプラスです。
  《 親の虐待から逃げてきて家に帰れない



 でも,大人になる歳が下がるのは,良いことばかりではありません。

 複雑な社会のしくみの中で,悪質な業者などから被害を受けてしまう人が増えるのではないかと,

 私たち弁護士は心配しています
【★8】


 未成年のうちは,

 大きな買い物や,お金の貸し借りなど,

 法律的なことでトラブルに巻き込まれてしまったとき,

 「親がOKしていなかった」という理由で,

 買い物やお金の貸し借りをキャンセルして,初めからなかったことにできます。

 「未成年取消し」という,子どもを守るための強力な武器です
【★9】  《 ネット予約をキャンセルしたのにお金を請求されてる


 でも,大人になると,その武器が使えなくなってしまいます。



 だから,私たち大人は,子どもたちに,

 18歳で独り立ちをする前に,

 法律のしくみをきちんと伝えておく必要があります。



 そして,みなさんも,

 18歳で大人になった後でも,

 法律的なことをしようとする時には,身近な家族や信頼できる人に相談してください。

 そして,少しでもトラブルになりかけたら,早めに弁護士に相談するようにしてください。





 民法という法律で,年齢について,もう一つ変わることがあります。

 結婚することができる歳です。



 これまで民法は,結婚できる歳を,「男は18歳以上,女は16歳以上」としていました【★10】

 そして,20歳になっていない人が結婚するには,親のOKが必要でした
【★11】


 でも,男と女で結婚できる歳がちがうのは,男女を平等に扱わない,おかしなことでした【★12】


 そこで,今回,大人になる歳が18歳に変わるのに合わせて,

 
結婚ができる歳が,男も女も平等に「18歳以上」と変わりました【★13】

 (今後は18歳で大人になりますから,18歳・19歳の人が結婚するのに,親のOKは必要ありません)





 逆に,民法で,年齢について,変わらないことが一つあります。

 養子縁組で親になれる歳です。



 これまでの民法では,

 養子縁組をして親として子どもを育てられるのは,「成年に達した者」,つまり,20歳以上の人でした
【★14】

 今後,大人になる歳が18歳になるのなら,養子縁組で親になれるのも18歳からとなりそうにも思えます。


 でも,今回,大人になる歳が18歳に下がるのは,

 「自分のこと」を自分で決められる歳だから,というのが理由です。

 養子縁組をして親になり,他の人の子どもを育てていくのは,「自分のこと」以上に,とても大変です。

 だから,
養子縁組で親になれる歳は,20歳のままでこれからも変わりありません【★15】

(ふつうの養子縁組は20歳以上,特別養子縁組は25歳以上です。ふつうの養子縁組と特別養子縁組のちがいは,「特別養子縁組って何?」を見てください)





 民法の「大人になる歳」が変わるのに合わせて,

 
他の法律でも,18歳からできることが増えました。


 いままで20歳でなければ取れなかった資格で,18歳から取れるようになるものが,たくさんあります【★16】


 海外に行く時に必要なパスポートは,5年間有効のものと,10年間有効のものがありますが,

 いままで10年間有効のものは20歳以上でなければ作れなかったのが,

 これからは18歳以上で作れるようになります
【★17】


 心の性別と体の性別のちがいで生きづらさを抱えているトランスジェンダー(性同一性障害/性別違和)の人が,

 法律上の性別を,自分らしい性別に変えるための手続も,

 18歳以上からできるようになります
【★18】  《 自分の男の体がいやで性別を変えたい


 外国国籍の人が日本国籍になる「帰化(きか)」の手続も,

 18歳以上からできるようになります
【★19】

 (「帰化」ではなく,未成年のうちに「届出」という簡単な手続で日本国籍を取れるのは,17歳までに下がってしまいますから,要注意です。日本国籍の父親に認知されている子どもや
父親が日本人なので日本国籍を取りたい 》 【★20】,海外で生まれたのに日本国籍を留保(りゅうほ)する手続をせずに日本国籍を失ってしまっていた子どもが,「届出」で日本国籍を取れるのは17歳までになります【★21】



 他方,民法の「大人になる歳」が変わっても,

 
他の法律では,これまでどおり,20歳以上でなければNGのものもあります。


 お酒やタバコは,いままでどおり,20歳以上でなければダメです【★22】。  たばことお酒はなんでダメなの?


 競馬や競輪,オートレースやモーターボートの賭(か)け事の投票券(馬券など)を買うのも,20歳以上でなければNGのままです【★23】



 自分で自分のことが決められる大人の線引きが,法律によってちがうのが,

 不思議に感じる人もいるかもしれませんね。

 でも,それぞれ法律ごとに「どうしてそのルールを作ったのか」という目的はちがいますから,

 こういうズレは,ありうることなのです
【★24】


 特に今,犯罪をしてしまった子どもを,処罰ではなく教育で立ち直らせる「少年法」を,

 いままでの20歳未満ではなく,18歳未満の子までとするべきかどうか,議論されています。

 18歳未満に下げるべきという主張は,

 民法の「大人になる歳」が下がるのだし,少年法は甘いから厳しくするべきだ,

 というのが,その理由のようです。

 でも,本当にそれで良いのか,少年法についてきちんと詳しく知り,じっくりと考える必要があります。
 少年院ってどんなところ?




 もともと,日本で大人になる歳を20歳にしたのは,

 今から140年以上も昔の,1876年(明治9年)のことでした
【★25】


 それまでの日本では,15歳くらいで大人として扱われていました。

 このときなぜ20歳にしたのか,理由ははっきりとはわかりませんが,

 当時,他の国は21~25歳くらいが大人になる歳だったので,

 それまでの15歳から20歳に引き上げたのだろうと考えられています
【★26】


 ところがその後,大人になる歳を18歳にする国がとても多くなり,

 日本の「20歳」が,他の国々と比べて高くなっていたのでした
【★27】




 憲法という,日本の国のおおもとのルールは,改正するのに国民投票が必要です
【★28】

 憲法はいままで一度も改正されたことはなく,そもそも国民投票のやり方自体が決められていませんでした。


 2007年(平成19年)に憲法改正の国民投票のやり方の法律が作られ,

 国民投票をできる人は,「18歳以上」と決められました
【★29】

 その時,「これからは,普通の選挙の投票ができる歳も,民法の大人になる歳も,18歳以上に変えていきましょう」という今後の方針も,法律に書き添えられたのです
【★30】


 そして,2016年(平成28年)から,普通の選挙も18歳以上から投票できるようになり,

 続けて今回,2022年から民法の大人になる歳が18歳になった,というわけです。




 私は,大人になる歳の法律の線引きを変えるのに,

 主人公となる10代の人たちの意見を十分に尊重した,というよりも,

 大人たちが自分たちで勝手に決めていったような印象を持っています。

 この記事を読んでいる10代の皆さんは,どのように感じたでしょうか。




 そして私は,

 そうやって決まっていった「18歳成人」だからこそ,

 今後18歳で大人になる人たちにはぜひ,

 子どもの頃に感じていた,大人や社会に対する問題意識を,いつまでも忘れることなく,

 自分自身できちんと考え,次の世代の子どもたちのために行動できる,

 そして,子どもたちの意見をきちんと尊重できる,

 そんな素敵な大人,素敵な社会のメンバーになってほしい,と思っています。

 

 

 

【★1】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則1条 「この法律は,平成34年4月1日から施行する」
【★2】 民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)附則2条2項 「この法律の施行の際に18歳以上20歳未満の者(略)は,施行日において成年に達するものとする」
【★3】 改正前の民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする」
 改正後の民法4条 「年齢18歳をもって,成年とする」
【★4】 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為(こうい)についてその子を代表する。(略)」
【★5】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
【★6】 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
 同条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服する」
【★7】 民法838条 「後見は,次に掲(かか)げる場合に開始する。
 一  未成年者に対して親権を行う者がないとき,又は親権を行う者が管理権を有しないとき。
 二  後見開始の審判があったとき。」
 民法839条1項 「未成年者に対して最後に親権を行う者は,遺言(いごん)で,未成年後見人を指定することができる。…」
 民法840条1項 「前条の規定により未成年後見人となるべき者がないときは,家庭裁判所は,未成年被後見人(みせいねんひこうけんにん)又(また)はその親族その他の利害関係人の請求によって,未成年後見人を選任する。未成年後見人が欠けたときも,同様とする。」
 民法第857条 「未成年後見人は,第820条から第823条までに規定する事項について,親権を行う者と同一の権利義務を有(ゆう)する。…」
【★8】 2008年10月21日日本弁護士連合会「民法の成年年齢引下げの是非についての意見書」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2008/081021.html
 2009年9月10日日本弁護士連合会会長「民法の成年年齢の引下げの議論に関する会長声明」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2009/090910_2.html
 2016年2月18日日本弁護士連合会「民法の成年年齢の引下げに関する意見書」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2016/160218_3.html
 2017年2月16日日本弁護士連合会「民法の成年年齢引下げに伴う消費者被害に関する意見書」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2017/170216_6.html
 2018年3月15日日本弁護士連合会会長「民法の成年年齢引下げ法案の国会上程に対する会長声明」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2018/180315.html
 2018年6月13日日本弁護士連合会会長「成年年齢を引き下げる『民法の一部を改正する法律』の成立に対する会長声明」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2018/180613.html
【★9】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
 民法121条 「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす」
【★10】 改正前の民法731条 「男は,18歳に,女は,16歳にならなければ,婚姻(こんいん)することができない」
【★11】 改正前の民法737条1項 「未成年の子が婚姻するには,父母の同意を得なければならない」
 同条2項 「父母の一方が同意しないときは,他の一方の同意だけで足りる。父母の一方が知れないとき,死亡したとき,又はその意思を表示することができないときも,同様とする」
 この条文は今回の法改正で削除されます。
【★12】 2008年10月30日自由権規約委員会の最終見解パラグラフ11「委員会は,女性に影響を与える差別的な民法の条項,例えば…男性と女性の婚姻年齢の相違への懸念(けねん)を再度表明する」
 2009年8月7日女子差別撤廃委員会の最終見解パラグラフ17,18「委員会は,前回の最終見解における勧告にもかかわらず,民法における婚姻適齢…に関する差別的な法規定が撤廃されていないことについて懸念を有する。…委員会は,男女共に婚姻適齢(こんいんてきれい)を18歳に設定すること…を内容とする民法改正のために早急な対策を講じるよう締約国(ていやくこく)に要請する」
 2010年6月20日児童の権利委員会の最終見解パラグラフ31,32「委員会は前回の最終見解において,婚姻適齢につき少年(18歳)と少女(16歳)の差異をなくすことを勧告したにもかかわらず,この不平等が残っていることに懸念を表明する。委員会は,締約国が現在の立場を変え,両性ともに婚姻適齢を18歳とすることを勧告する」
 2016年3月7日女子差別撤廃委員会の最終見解パラグラフ12,13「委員会は,既存の差別的な規定に関する委員会のこれまでの勧告への対応がなかったことを遺憾(いかん)に思う。委員会は特に以下について懸念する。(a) 女性と男性にそれぞれ16歳と18歳の異なった婚姻適齢を定めているように民法が差別的な規定を保持していること… 委員会は,これまでの勧告(CEDAW/C/JPN/CO/5)及び(CEDAW/C/JPN/CO/6)を改めて表明するとともに、以下について遅滞(ちたい)なきよう要請する。(a) 民法を改正し,女性の婚姻適齢を男性と同じ18歳に引き上げること…」
【★13】 改正後の民法731条 「婚姻は,18歳にならなければ,することができない」
【★14】 改正前の民法792条 「成年に達した者は,養子をすることができる」
【★15】 改正後の民法792条 「20歳に達した者は,養子をすることができる」
【★16】 公認会計士,医師,歯科医師,獣医師,司法書士,土地家屋調査士,行政書士,薬剤師,社会保険労務士などの資格が,18歳以上から取れるようになります。なお,弁護士には「○○歳以上」という条件はありません。
【★17】 改正後の旅券法5条 「外務大臣又は領事官は,…有効期間が10年の数次往復用の一般旅券を発行する。ただし,当該発給の申請をする者が次の各号に掲げる場合のいずれかに該当(がいとう)するときは,有効期間を5年とする。… 二 18歳未満の者である場合(以下略)」
【★18】 改正後の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条 「家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 一 18歳以上であること(以下略)」
【★19】 改正後の国籍法5条 「法務大臣は,次の条件を備える外国人でなければ,その帰化を許可することができない。… 二 18歳以上で本国法によって行為能力を有すること(以下略)」
【★20】 改正後の国籍法3条1項 「父又は母が認知した子で18歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は,認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父又は母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★21】 改正後の国籍法17条1項 「第12条の規定により日本の国籍を失った者で18歳未満のものは,日本に住所を有するときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
 国籍法12条 「出生により外国の戸籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ,その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
 戸籍法104条1項 「国籍法第12条に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者…が,出生ノ日から3箇(か)月以内に,日本の国籍を留保する旨(むね)を届け出ることによって,これをしなければならない」
【★22】 いままで,法律の名前が「未成年者飲酒禁止法」「未成年者喫煙禁止法」だったのが,これからは「20歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「20歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に変わります。
【★23】 改正後の競馬法28条 「20歳未満の者は,勝馬投票権を購入し,又は譲り受けてはならない」
 改正後の自転車競技法9条,小型自動車競走法13条,モーターボート競走法12条
【★24】 「各種の法律における年齢要件は,それぞれの法律の趣旨(しゅし)に基づいて,様々な要素を総合的に考慮して定められています。そして,民法の成年年齢の引き下げを行った場合に,その他の法律の年齢要件をどうするかについては,それぞれの法律の趣旨に基づき,それぞれの所管官庁において個別に引下げの要否(ようひ)を検討したものであり,必ずしも一律の基準があるわけではありません。…健康被害の防止や青少年の保護の観点から定められた年齢要件については,必ずしも民法上の成年年齢と一致させる必要はないため,20歳を維持することとしているものがあります。例えば,飲酒・喫煙に関する年齢要件については,健康面への影響や非行防止の観点から20歳以上という年齢要件を維持することとされました。また,競馬,競輪,オートレース,モーターボート競走の投票権(馬券など)を買うための年齢要件についても,青少年保護の観点や,教育現場におけるギャンブルの依存症リスクに対する体系的な教育の状況等を踏まえ,20歳という年齢要件が維持されることとなりました」(笹井朋昭,木村太郎著「一問一答 成年年齢引下げ」83頁)
【★25】 明治9年太政官(だじょうかん)布告第41号 「自今(じこん)満弐拾(20)年ヲ以(もっ)テ丁年ト相定候(あいさだめそうろう)」
【★26】 「成年に達する年齢として20歳という年齢が選ばれた理由は,必ずしも明確ではありません。しかし,当時の欧米諸国には成年年齢を21~25歳と定める国が多かったこと,一方で我が国においては従前(じゅうぜん)15歳程度を成年とする慣行があったこと,日本人の平均寿命が欧米諸国よりも短かったこと等を総合的に考慮した結果であると言われています」(笹井朋昭,木村太郎著「一問一答 成年年齢引下げ」26頁)
【★27】 「諸外国においては,成年年齢を18歳としている国や州(イギリス,イタリア,フランス,ドイツ,ロシア,中国,アメリカの大部分の州)が多いです…OECD加盟国に限れば,35か国中32か国が成年年齢を18歳としており…G7の中で成年年齢を20歳としているのは,日本のみです」(笹井朋昭,木村太郎著「一問一答 成年年齢引下げ」27頁)
【★28】 憲法96条1項 「この憲法の改正は,各議院の総議員の3分の2以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行は(わ)れる投票において,その過半数の賛成を必要とする」
【★29】 日本国憲法の改正手続に関する法律3条 「日本国民で年齢満18年以上の者は,国民投票の投票権を有する」
【★30】 日本国憲法の改正手続に関する法律附則3条 「国は,この法律の施行後速やかに,年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,国民投票の投票権を有する者の年齢と選挙権を有する者の年齢との均衡(きんこう)等を勘案(かんあん)し,公職選挙法,民法その他の法令の規定について検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものとする」


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