2016年8月 1日 (月)

性病をうつされた…相手を訴えたい

 

 18歳です。彼氏から性病をうつされて,この前別れました。彼氏を警察に訴えたり,治療費や慰謝料(いしゃりょう)を払うよう請求したりすることはできるんですか。

 


 りくつからいえば,

 彼氏が犯罪として処罰されることはありえますし,

 彼氏があなたに治療費や慰謝料を払わなければいけないこともありえます。

 でも実際には,とても難しいです。




 性病のことを,この記事では,性感染症(せいかんせんしょう)と言います。




 りくつからいえば,

 性感染症をうつすことは,犯罪になる場合があります。



 彼氏が自分の性感染症を知っていて,

 あなたにわざとうつすつもりでセックスをしたなら,

 傷害罪(しょうがいざい)という犯罪です
【★1】

 「ひょっとしたらうつるかもしれないけど,そうなってもいいや」,

 そう思っていたなら,やはり傷害罪です
【★2】

 「うつすつもりはなかったけど,うっかりうつしてしまった」,というときは,

 過失傷害罪(かしつしょうがいざい)という犯罪です
【★3】


 でも,犯罪として処罰されるのは,実際には,よほどひどい場合でしか,ありません。



 今から60年以上も前の古い刑事裁判で,性感染症をうつしたことが犯罪として処罰されたものが,いくつかあります。

 でも,それらは,

 セックスじたいが暴行といえるようなものや
【★4】

 「占い」を装(よそお)って,だます形で相手に性感染症をうつしたというものでした
【★5】

 ふつうにセックスして性感染症をうつした,というケースではありませんでした。



 刑事裁判では,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★6】


 本当にその人から性感染症をうつされたのか,

 他の人からうつされた可能性がないか,

 それをはっきりさせるために,

 セックスという,とてもプライベートなことが,慎重(しんちょう)に調べられます。

 被害を受けた人は,警察官や検察官にくりかえし話をしなければいけないので,とても大変です。

 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,刑事裁判にまではならないことが,ほとんどなのです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません【★7】

 治療費や慰謝料は,損害賠償として払うお金の一例です。



 裁判所が,性感染症をうつした人に,「損害賠償を払いなさい」という判決を言い渡したことがあります。

 しかしその民事裁判では,訴えられた人が,

 「自分が相手に性感染症をうつしてしまったことじたいは,そのとおりです」,

 と認めていました
【★8】


 もし,そのケースとはちがって,

 訴えられたがわが「自分はうつしていない」と争ってきたら,

 その人から性感染症をうつされたということを,被害者が証明しないといけないので,とても大変です。

 また,がんばって証明できても,

 損害賠償で認められる金額がそれほど大きくなく,

 裁判にかかる費用と見合わない,ということも多いでしょう。

 さらには,「被害者のがわも,性感染症をうつされないように安全なセックスを心がけなかった」,という落ち度を理由に,

 損害賠償の金額を裁判所に低くされてしまう,ということもありえます
【★9】


 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,白黒の決着をつける裁判にまではならずに,

 話し合いで解決していることが多いです。

 裁判所の中で話し合う「調停(ちょうてい)」というやりかたもあります。

 ただ,話し合いにしても,裁判所の調停にしても,

 法律的なことですから,

 あなたがまだ20歳になっていなければ,親にないしょで進めることはできません
【★10】


 いろんなハードルがありますが,あなたの場合にどんな見通しになるか,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 性感染症をうつした人の,法律的な責任のことについて,今まで書きました。


 でも,

 「性感染症は,この社会をつくっている私たち一人ひとりみんなが,広い意味での責任を負っている」,

 私は,そう思っています。




 性感染症をうつされたあなたも,うつした彼氏も,

 性感染症がどういうものか,とか,

 性感染症がうつりづらい,より安全なセックス(セーファーセックス)をどうすればいいか,について,

 大人たちから,きちんと教えてもらえていなかったのだと思います。



 性とは,自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 性感染症の菌やウイルスは,愛情や信頼では,防ぐことも治すこともできない,ということ。

 自分と相手を大切にするためにこそ,いつもセーファーセックスを心がける必要がある,ということ。

 そういうメッセージを,大人たちは子どもたちにきちんと伝える責任がある,と私は思っています。




 性感染症は,いろんなものがあります。

 早めに治療を受ければ,数週間や数ヶ月で治るものが多いです。



 しかし,完全に治すことができない性感染症もあります。

 HIV(エイチ・アイ・ヴイ),AIDS(エイズ)は,その一つです。




 私は,弁護士として,HIVをもっている人たちのサポートをしています。




 HIVは,ウイルスの名前です
【★11】

 HIVに感染しても,他の性感染症のような,自覚症状(じかくしょうじょう)がありません。

 自分で意識して血液検査を受けなければ,感染しているかどうかはわかりません
【★12】

 HIVに感染すると,体の免疫力(めんえきりょく)が,少しずつ下がっていきます。

 健康な体ではふつう起きない病気に,かかりやすくなるのです。

 そうやって,HIVに感染し,免疫力が下がってかかる病気のことを,AIDS(エイズ)といいます
【★13】



 30年以上前は,薬の開発が今ほど進んでいなかったので,

 HIV・エイズは,「死の病気」としておそれられ,

 日本や他の国で,大きなパニックになりました。

 HIVをもっている人に,とても強い差別や偏見(へんけん)が起きました。




 今は,医療がだいぶ進みました。

 HIVのウイルスを体の中から完全になくすことは,まだできませんが,

 きちんと薬を飲めば,エイズを発症することをおさえて,感染していない人と変わらない生活を送り,長生きもできるようになっています。



 しかし,そのように医療が進んでも,

 HIVやエイズに対する差別・偏見は,社会の中に,今も根強く残っています。

 特に,職場でHIVを理由にクビにされてしまうことが,多く起きています
【★14】


 あなたの相談のような,「うつした・うつされた」という当事者どうしのトラブルも,

 HIVだと,他の性感染症よりもいっそう,深刻なものになりがちです。

 それも,社会に差別・偏見があるせいだと,私は実感しています。




 今,日本では,2万5000人くらいの人が,HIVをもっています。



 HIVをもっている人も,もっていない人も,

 すでに,みんながいっしょに,この社会の中で暮らしているのです。



 一人ひとりが大切にされる社会。

 HIVをもっている人への差別や偏見がない社会。

 そういう社会であることが大切だと,強く思っています。



 日本で,新たにHIVに感染したり,エイズを発症したりするのがわかる人は,

 1年間に,1500人くらいいます。

 じつは,そのうちの4分の1が,10代・20代の人たちです。



 HIV・エイズについての,とてもわかりやすいパンフレットを,ネットで読むことができます。

 10代のみなさんに,ぜひ読んでほしいと思います。

 「もっと自分のカラダのことを知ってみよう」(NPO法人akta)

 
http://www.akta.jp/karada/


 また,HIV・エイズについてもっとくわしく知りたいときや,

 感染しているか不安,感染して困っている,などの相談をしたいときには,

 「NPO法人ぷれいす東京」のウェブサイトに,アクセスしてみてください。

 
http://www.ptokyo.org/

 

【★1】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役(ちょうえき)又(また)は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★2】 このような場合を「未必(みひつ)の故意(こい)」と言い,わざとやったことと同じように処罰されます。
【★3】 刑法209条 「過失(かしつ)により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料(かりょう)に処する」
【★4】 大分地方裁判所昭和29年12月8日判決・刑集11巻6号1727頁 「罪となるべき事実 被告人(ひこくにん)は…隣室の妻子の動静を気にしながらVのズロースを引きぬいて同女の身体にのしかからう(のしかかろう)としたところ,…同女が…余り強く抵抗(ていこう)しないのに乗(じょう)じて『静かにしろ』と押強くいって同女の身体にのしかかり,同女の明示的な承諾(しょうだく)がないのに勝手に自己の陰茎(いんけい)を同女の陰部(いんぶ)に押しつけてその膣口附近に射精する等の暴行を加え,因(よ)って自己の保有する淋菌(りんきん)含有(がんゆう)精液を同女の膣口内に滲透(しんとう)させて同女に治療日数約15日を要する淋菌性子宮周囲炎を感染せしめ以(もっ)て傷害を与え…たものである」「法令の適用 …なお検察官は被告人Aの…所為(しょい)は強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)を構成すると主張するが強姦罪の構成要件(こうせいようけん)である暴行脅迫はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除(はいじょ)するに足(た)るものであることを要すると介すべきところ本件被告人Aのなした暴行は判示の通りであって右の程度に至(いた)らないものと認められるので同罪は成立しないものといわなければならない。然(しか)しながらかかる場合にも手段たる暴行,目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは勿論(もちろん)であるから右被告人が判示…の如(ごと)き暴行を加えて自己の病毒をVに感染せしめた以上素(もと)より傷害罪の罪責(ざいせき)を免(まぬが)れることはできない」 
【★5】 前橋地方裁判所昭和24年12月15日判決・刑集6巻6号799頁 「被告人は,…易占(えきうらない)を業(ぎょう)としているものであって急性りん菌尿道炎にかかっているものでこれは自覚症であるのに,…6回にわたり,…易を占って貰(もら)いに来たV(注:20歳女性)に対して,あなたは処女性を失っている,小学校当時陰部をいたづらしたことがあるのなら将来立派な処女として結婚できるように自分がよけをしてあげる,と云(い)って同女の外陰部に被告人の陰茎を押し当て,このために同女をして淋菌性子宮内膜炎の疾病(しっぺい)を生(しょう)ぜさせたものである」
 同事案の上告審判決:最高裁判所第二小法廷昭和27年6月6日判決・刑集6巻6号795頁 「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損(きそん)するものである以上,その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従(したが)って,これと見解を異(こと)にする論旨(ろんし)は採用できない」
【★6】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」 
【★7】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★8】 東京地方裁判所平成14年10月24日判決・LLI/DB判例秘書登載 「第2 事実の概要」「2 争いのない事実 …原告がヘルペスに感染したのは,被告と性交渉したためである」「4 被告の主張 被告は,原告との性交渉をする以前から現在に至るまでの間,ヘルペスの自覚症状や他覚症状は一切なく,自己がヘルペスに感染しているという認識は全くなかった。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意,過失がない」「第3 当裁判所の判断 …被告は,原告との性交渉をした時までに,他の複数の女性と性交渉を持ったことがあったことが認められる。そして,この事実に前記ヘルペスういるすの感染,発症に関するメカニズムを併(あわ)せ考えると,被告は,原告との性交渉の当時,ヘルペスが発症していた可能性が極めて高いといわざるを得ない。そうすると,…被告は,原告の性交渉の当時,自分がヘルペスに感染していることを知っていたか,又は少なくとも自己の身体を注意していればヘルペスに感染していることを知ることができたということができる。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意又は過失があるから,原告に対し,不法行為による損害賠償責任を負う」
【★9】 「過失相殺(かしつそうさい)」といいます。
 民法772条2項 「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」
【★10】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
 民事調停法22条 「特別の定めがある場合を除いて,調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟(ひしょう)事件手続法第2編の規定を準用する…」
 非訟事件手続法16条1項 「当事者能力,非訟事件の手続における手続上の行為…をすることができる能力…,手続行為能力を欠く者の法定代理及び手続行為をするのに必要な授権については,民事訴訟法…第31条…の規定を準用する」
 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない」
【★11】 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)
【★12】 血液検査は,病院だけでなく,保健所など,いろんなところで受けられます。「HIV検査相談マップ」http://www.hivkensa.com/ 感染初期は,ウインドウ期間と言って,検査をしてもわからない時期なので,不安なことがあったら,その2~3か月後に検査を受けるようにしましょう。
【★13】 Acquired Immuno-Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)。代表的な23の病気があり,それを発症した時点でエイズと診断されます。
【★14】 ・ 東京地方裁判所平成7年3月30日判決・労働判例667号14頁(タイの現地法人に派遣(はけん)された労働者が,無断でなされたHIV抗体(こうたい)検査で判明した陽性の事実を本社に通知され,感染を理由に解雇(かいこ)されたことが違法とされた事例)
・ 千葉地方裁判所平成12年6月12日判決・労働判例785号10頁(会社が外国人従業員を排除(はいじょ)しようという不当な意図の下に,定期健康診断の際に無断でHIV検査を依頼し,その検査結果表を受け取り,感染を実質的な理由として解雇をなしたことが違法とされた事例)
・ 東京地方裁判所平成15年5月28日判決・労働判例852号11頁(警視庁警察官に採用された者に対し採用時に同意なくして合理的必要性も認められないHIV抗体検査を実施したこと及び陽性との結果を示して辞職を勧奨(かんしょう)したことが違法な公権力の行使であるとして国家賠償責任が認められた事例)
・ 福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決・判例時報2239号88頁,福岡高裁平成27年1月29日判決・判例時報2251号57頁(看護師の本人の同意無くHIV陽性の情報を病院医師や職員らに情報共有されたことが個人情報保護法に違反し本人のプライバシー侵害であること,その後病院が本人との面談でHIV感染を理由に就労制限をしたことが働く権利を侵害するものであるとして損害賠償請求が認容された事例)

2016年7月 1日 (金)

合法だって聞いてるクスリで捕まる?

 

 以前友だちに「合法だから大丈夫」って勧められたクスリを,今も時々一人で使っちゃうんだけど,やっぱり見つかったら捕まりますか?

 

 

 覚せい剤や麻薬は犯罪だと,あなたも知っていますよね【★1】

 だからなおさら,「これは合法なクスリだから大丈夫」と,思いたいのですよね。



 人を処罰する法律は,内容がはっきりしている必要があります【★2】

 もし,人を処罰する法律が,あいまいでいいかげんな内容だと,

 予想外のことで,突然捕まるかもしれず,

 誰もが,安心して暮らすことができなくなってしまうからです。



 だから,「どんな薬物がダメなのか」も,法律にはっきり書かれています。


 でも,「みんなが安心して暮らせるように」と法律がはっきりさせていることを逆手(さかて)にとって,

 その規制にひっかからないようにした薬物が,世の中に出回ります。

 新しい法律を作って,それを取り締まっても,

 今度はまた,少しだけ成分を変えた,似たような薬物が,新しく出回ります。

 そういうことが,いたちごっこのように繰り返されてきました。



 そんなふうに,法律のすきまをねらった薬物のことを,

 「危険ドラッグ」と呼んでいます。

 (「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼んでいたこともありました。)




 あなたが友だちからもらったクスリは,「合法だ」と聞いているのですね。

 でも,本当にそうなのかどうかは,クスリの外見からは,わかりません。

 「成分を調べてみたら,実は規制されているものだった」ということも,じゅうぶんあるでしょう。



 そういったとき,「合法だ」と信じていたなら,罪に問われなくて済むのでしょうか。


 そんなことはありません。



 たしかに法律は,「犯罪をするつもりがなかったら,処罰しない」としています【★3】

 でも,友だちから「合法」と言われたのを,あなたが信じただけなら,

 「犯罪をするつもりがなかった」とは認められないのが,ほとんどです。

 薬局で堂々と売っている薬ではない。

 コンビニなどで堂々と売っているサプリでもない
【★4】

 使うと特別な気分になれて,また使いたくなるもの。

 そして,勧めるほうが,わざわざ「合法だから」と説明するくらい,あやしいもの。

 そういうものは,「合法だ」という言葉を信じただけでは,そう簡単には許されません
【★5】【★6】

 「あぶない」と感じて,そこで踏みとどまらないといけないのです。




 では,成分を調べてみた結果,友だちが言うとおり,規制されているものでなかったら。



 たしかに,その場合は犯罪にはなりません。



 でも,あなたが19歳以下なら,

 たとえ犯罪をしていなくても,

 「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で,

 警察に捕まって,家庭裁判所に送られることがあります。


 これを,「ぐ犯(ぐはん)」と言います
【★7】



 「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事に書いたように,

 たばこやお酒は,

 吸ったり飲んだりした子どもが,犯罪として処罰されるわけではありませんし,

 大人になれば,吸ったり飲んだりしても,法律上は問題になりません。



 そのようなたばこやお酒とちがい,

 
薬物が犯罪として処罰される理由は,

 私たちの健康を守るためということに加えて,

 他の人々や私たちの社会を傷つける危険が,とても高いからです
【★8】


 頭がすっきりし,体が軽くなったり,

 とても気持ちがよくなったりする薬物。

 1回使ってみただけでは,いきなり人生がダメになるようには感じないので,

 「もう1回使ってみたい,もう1回だけなら大丈夫だろう」,と思ってしまいます。



 そうやって繰り返していくうちに,薬物を使うペースが,どんどん早まっていきます。

 やがて,頭の中は薬物のことを考えるのでいっぱいになり,

 生活がどんどんと崩(くず)れていきます。

 そして,家族,学校,職場などの,周りの人たちとのトラブルが,増えていきます。



 薬物を買うお金がなくなり,

 借金を繰り返したり,

 誰かにお金をせびったり,

 お金を手に入れるために,何かの犯罪に手をそめてしまったりします。

 薬物の売り買いで動くお金は,暴力団などの資金源になります。



 薬物を使ったときの幻覚(げんかく)や妄想(もうそう)などのせいで,

 人を殺してしまったり,車で人をはねてしまったりする悲惨(ひさん)な事件まで,起きてしまいます。



 だから,法律は,他の人々や私たちの社会を傷つけないよう,

 薬物を使うことを,犯罪として厳しく取り締まっているのです。




 でも,本当は誰よりも,薬物を使っているその人自身が,一番傷ついています。



 何かにハマって,生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。


 薬物依存は,病気です【★9】

 自分で自分自身をコントロールできなくなる,病気なのです。


 だから,

 犯罪者として責(せ)められ,こらしめられたり
【★10】

 「今後一切やりません」と,無理をして張り切って裁判所で誓(ちか)ったりしても,

 それで薬物依存から抜け出すことは,とても難しい。

 
薬物依存から抜け出すためには,

 
病気としてきちんとお医者さんの治療を受け【★11】

 
薬物を使いたくなる自分と向き合いながら,

 「今日一日,薬物をやらずに過ごせた」と,毎日を少しずつ積み重ねていくことのほうが
【★12】

 何倍もだいじなのです。



 薬物依存は,「人間関係の病気」とも言われます【★13】


 「気分がよくなるよ」

 「嫌なことを忘れられるよ」

 「勉強がはかどるよ」

 「だるさがとれて,すっきりするよ」

 「ダイエットに効くよ」

 「セックスのときに気持ちよくなるよ」



 その薬物の誘いを断ったら一人ぼっちになってしまうという不安,

 すでに一人ぼっちに感じていたというさみしさ,

 薬物は,そういった心の痛みを,紛(まぎ)らせます。



 でも,そうやって薬物にハマるほど,人々がどんどん離れていき,

 むしろ,ますます一人ぼっちになっていきます
【★14】


 だからこそ,薬物依存から抜けるためには,

 「一人ぼっちではない」と実感できることが大切なのです。


 薬物依存の人たちで集まって語り合う「自助(じじょ)グループ」がありますし,

 人間関係の問題を解決するために,私たち弁護士もサポートすることができます。




 法律は,どんな人も,一人ひとりを大切にしています。

 今,一人で時々薬物を使っているというあなたも,大切な存在です。




 日本ダルク(03-5369-2595,
http://darc-ic.com/)や,

 各都道府県の精神保健福祉センターが,あなたの相談に乗ってくれます。

 (これらに相談をしても,警察に通報されることはありませんから,安心してください。)



 その薬物が合法かどうか,捕まってしまうのか,と不安になるよりも,

 それを使わなくてすむようにするための一歩を,ぜひ今,踏み出してみてください。

 私はあなたに,それを強く願っています。

 

 

【★1】 覚せい剤取締法19条 「左の各号に掲(かか)げる場合の外(ほか)は,何人(なんぴと)も,覚せい剤を使用してはならない。
 一 覚せい剤製造業者が製造のため使用する場合
 二 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が施用する場合
 三 覚せい剤研究者が研究のため使用する場合
 四 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者が施用する場合
 五 法令に基(もとづ)いてする行為につき使用する場合」
 同法41条の3 「次の各号の一に該当する者は,10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
 一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者 (以下略)」
 麻薬及び向精神薬取締法12条1項 「ジアセチルモルヒネ,その塩類又はこれらのいずれかを含有(がんゆう)する麻薬…は,何人も,…施用し…てはならない。(以下略)」
 同法27条1項 「麻薬施用者でなければ,麻薬を施用し…てはならない。(以下略)」
 同法64条の3第1項 「第12条第1項…の規定に違反して,ジアセチルモルヒネ等を施用し…た者は,10年以下の懲役に処する。」
 同法66条の2第1項 「第27条第1項…の規定に違反した者は,7年以下の懲役に処する。」
【★2】 「罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)」の「明確性の理論」と言います。
 「犯罪と刑罰は明確に定められていなければならないという明確性の理論が主張されている。罪刑法定主義は,あらかじめ明確な条文により犯罪行為を国民に明示することにより,(イ)何が犯罪行為であるかと告知して,国民に行動の予測可能性を与え,(ロ)同時に法執行機関の刑罰権の濫用を防止するとされる。…国民は刑罰法規を認識して行動するのであり,それ故に,『国民から見て不明確な文言を含む刑罰規定は,憲法31条に違反し無効である』と考えるのである。この明確性の理論を,わが国の最高裁判例は正面から認めている。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」77頁)
【★3】 刑法38条1項 「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」
【★4】 もっとも,薬局で売っている市販薬や,コンビニなどで売っているお酒などでも,依存症になることがあります。
【★5】 東京高等裁判所平成23年8月18日判決(高等裁判所刑事裁判速報集(平23)号126頁) 「被告人(ひこくにん)は,このような経緯(けいい)により,白人に確認した上で合法ドラッグと信じて購入したのであり,違法な薬物であるとは全く思わなかったなどというのである。しかし,相手の言をそのまま信じることができるのは,相応の相手,場所,状況の下で納得できる説明があるからであるが,本件はこれに全く当たらない。被告人の供述(きょうじゅつ)によれば,本件の薬物は,見知らぬ外国人がバーで密(ひそ)かに売ろうとしていたというのであり,被告人が違法であれば買わないと言ったとすれば,それは正(まさ)に自身が違法な薬物である可能性を認識していたからこそ確認したにほかならない。そして,被告人が違法であれば買わないと言った場合に,これを売ろうとしている売主が敢(あ)えて違法であるなどという由(よし)もなく,いくらその外国人が合法と言ったからといって,被告人においてその言を信用するような相手,場所,状況の下には全くなく,説明も何もないのであって,違法薬物であるとの疑いが払拭(ふっしょく)されないことは火を見るより明らかである。そのような状況等の下(もと)で,被告人は,実際にはケタミンであった粉末を購入したのであって,被告人には,その粉末が,通常では入手し難い違法薬物であるかも知れないとの認識があったことは明らかであり,その認識を全く欠くに至(いた)った旨の被告人の供述は信用できない。…本件各犯行につき被告人の故意(こい)を認めた原判断は相当である。」
【★6】 もちろん,りくつからいえば合法ドラッグだと思っていたとして無罪になることはありますが(大阪地方裁判所平成21年3月3日判決,裁判所ウェブサイト掲載判例),数は少ないです。
【★7】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,裁判になることもあるのです。
少年法3条「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★8】 金尚均教授は,「薬物事犯は『国民の健康』を保護法益(ほごほうえき)とし,社会的法益として位置づけられるが,罪質(ざいしつ)としては抽象的危険犯である。薬物問題は,社会的不安の要因として厳しい刑罰の対象とされてきたのであり,古くて新しい問題である」と鋭く指摘し,薬物依存に刑罰を科すことの理論的な問題とその限界を示しています(金尚均「ドラッグの刑事規制 薬物問題への新たな法的アプローチ」)。
【★9】 WHO(世界保健機構)の「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」 F1x.2 依存症候群 「ある物質あるいはある種の物質使用が,その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より,はるかに優先するようになる一群の生理的,行動的,認知的現象。依存症候群の中心となる記述的特徴は,精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても),アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く,時に抵抗できない)である。ある期間物質を禁断したあと再使用すると,非依存者よりも早くこの症候群の他の特徴が再出現するという証拠がある。」
【★10】 薬物で長い期間刑務所に入れるだけでは再犯を繰り返してしまうので,「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」という新しい法律ができ,先月(2016年6月)から施行されています。刑務所から出たあとも,保護観察所の監督を受けながら,更生プログラムを受けたり,自助グループに参加したりするという制度です。
 同法律1条 「この法律は,薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため,刑事施設における処遇(しょぐう)に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑(かんが)み,薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し,その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について,刑法…の特則を定めるものとする。」
【★11】 「院長は私にこう言った。私はこの言葉を一生忘れることができない。『水谷先生,彼を殺したのは君だよ。いいかい,シンナーや覚せい剤は簡単にやめさせることができない。それは”依存症”という病気だからだ。あなたはその病気を”愛”の力で治そうとした。しかし病気を”愛”や”罰”の力で治せますか?高熱で苦しむ生徒を,愛情をこめて抱きしめたら熱が下がりますか?『お前の根性がたるんでるからだ』と叱って,熱が下がりますか?病気を治すのは私たち医者の仕事です。無理をしましたね』 そう言われて,私は返す言葉もなくうなだれた。(略)これが私とドラッグの闘いの出発点だった。」(水谷修「夜回り先生」64頁)
【★12】 「私たちダルクの仲間たちが合言葉にしている一つのキーワードを紹介しよう。それは『ジャスト・フォー・トゥディ(今日一日)』という言葉である。この言葉をわかりやすく説明するなら,薬物依存者が薬物をやめようとするときに,これから先二度と手を出さないと決意するのではなく,とりあえず今日一日は使わないようにしようとする考え方,と言うことができるだろう。すなわち,先のことは先のこととして,いまはとにかくクスリを使わない,そうした時間を少しずつ積み重ねていくことによって,結果的に薬物をストップしようという考え方である。私自身,そして多くの仲間たちの経験からも,これが薬物をやめるためにとても効果のある,重要な方法論であることは間違いない。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」46頁)
【★13】 「私は,薬物依存とは『痛み』と『寂しさの痛み』の表現だと受けとめている。『痛み』とは身体的な痛みで,『寂しさの痛み』とは自分は学校や社会の中で必要とされていない,役に立たないという気分の悪さ,疎外感(そがいかん),虚(むな)しさ……という心の痛みである。(略)もう一つ,薬物依存を理解するうえでキーワードとなるのは『恨(うら)み』の感情だ。薬物依存者の心の中は,自分ではコントロールできない恨みの感情で満ちている。薬物依存者は家庭や学校,職場で,自分の思い通りにならなかった体験をたくさん抱えている。コンプレックスと言い換えてもいい。(略)薬物依存は”人間関係性の病”とも呼ばれるが,それは恨みの感情からきているのだと思う。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」2頁)
【★14】 「一般に,薬物乱用は青少年期に始まることが多いわけですが,ドナルド・イアン・マクドナルド(Donald Ian Macdonald)は薬物乱用の重症度を4つの段階に区分しております。…①気分変化を学ぶ段階 青少年はとくに仲間の影響(peer pressure)を受けやすく,たいていは仲間から誘われて薬物を使い始めます。また,好奇心や冒険心からも依存性薬物を試します。さらに親や社会への反抗として薬物を使ったり,虐待やいじめなど不当な扱いへの反応として使うこともあります。あるいは疎外感,孤独感,不全感,低い自己評価や自身のなさなどによる情緒障害を紛らすためにも,薬物を試します。ひとたび薬物を経験すると,薬物は『こころの痛み』や『からだの痛み』を和らげてくれ,『快の体験』をもたらす効果を持つので,その気分の変化を進んで学ぼうとします。この段階では,薬物は友人を介して入手し,主にグループで使用しています。徐々に使い方も慣れてうまくなり,週末ごとの使用にまで進行します。…②気分変化を求める段階 薬物の味をしめてくると,週末だけの使用から週数回使用頻度となり,薬物を入手するのに金を出して買うようになり,自宅で単独で使用することも見られます。…③気分変化に熱中する段階 薬物使用の頻度はほとんど毎日となり,いわゆる薬物にはまり込んだ状態です。…④正常を保つために使う段階 この段階は,強迫的に使用する状態に該当すると思われます。自分で止めようと思っても止められないものですから,そのみじめさを直視することが苦しくて,ひとたび使い出すと薬物がなくなるまで,集中的に使う段階に入ります」(小森榮「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」第19章「対談 薬物依存の治療と回復」小沼杏坪医師・小森榮弁護士)

2016年6月 1日 (水)

生活保護を受けている家でも奨学金で大学に行ける?

 

 高校2年生です。母と二人暮らしで,生活保護を受けています。卒業後の進路に悩んでるんですが,家が生活保護を受けていても,大学に行けるんですか。もし行けるとしたら,奨学金を使うことになると思うんですが,奨学金を借りたら後で返すのが大変だと聞いていて,それも心配です。

 

 大丈夫です。

 家が生活保護を受けていても,大学に行くことはできます。




 「お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなるよ!」



 私が,進路とお金に悩んでいたある高校生にそう話すと,

 その子も,それを聞いていた周りの大人も,びっくりした顔をしていました。

 そしてその次に,「それなら,がんばってみよう」と,みんな明るい顔になったのが,とても印象的でした。

 「自分も大学に行けるんだ」。

 そういう前向きな気持ちを,ぜひ持ってください。




 生活保護のお金は,生活するのにぎりぎりの額なので
【★1】

 そこから大学に行く費用を出すのは難しい,とあきらめていませんでしたか。



 生活保護だと,役所から「働ける人は働きましょう」と言われるから,

 高校を卒業したら,大学に行かずに働かないといけない,とあきらめていませんでしたか。

 あるいは,働きながら通える夜間大学しか選べない,とあきらめていませんでしたか
【★2】



 役所のケースワーカーさんに,早めに相談をしてください。

 あなたが高校を卒業するときに,「世帯分離(せたいぶんり)」という手続をとってもらえば,

 あなたが大学に行くことができます
【★3】



 生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯に払われます
【★4】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合は,今,あなたとお母さんの2人分の生活保護のお金が,お母さんに払われています。



 その世帯を分けて,別々にするのが,「世帯分離」です。

 あなたの場合,世帯分離をすると,

 お母さん一人の世帯と,あなた一人の世帯の,2つの世帯ができます。

 「世帯分離」は,書類の上の手続きなので,

 実際にお母さんと離れて暮らす必要まではありません。

 お母さんと一緒に暮らし続けることができます。



 お母さんは,引き続き生活保護を受けることができます。

 ただし,世帯からあなたが抜けるので,

 生活保護のお金は,お母さん一人分に減ります。



 あなたのほうは,生活保護を止めます。

 そして,奨学金や,アルバイトで稼いだお金で,学費と生活費をまかなうのです。

 もし,離婚したお父さんがいるなら,お父さんにも学費や生活費を負担してもらうように,話をしてみてください
【★5】


 あなたがお母さんと世帯が一緒のままだと,

 あなたがかせいだお金や,他から受け取ったお金は,役所に返さないといけません。

 (その理由は,「アルバイトをしたら生活保護の不正受給と言われた」の記事を見てください)

 でも,世帯分離をすれば,その必要がなくなります。

 あなたがかせいだお金や,奨学金,お父さんからのお金を,あなたが自分のために使えます。


 また,入学の時に必要になるお金を,今のうちから,生活保護のお金の中からやりくりして貯めておくこともできますから,ケースワーカーに相談してください【★6】



 「奨学金を借りたら,後で返すのが大変だ」と,よく言われますね。



 「奨学金」と聞いて多くの人がイメージするのは,

 「日本学生支援機構」という,国の奨学金です
【★7】

 むかしは,「日本育英会」という名前でした。



 大学を卒業した時点で,返さないといけない奨学金は,何百万円にもなります。

 日本学生支援機構の奨学金は,利子がつかないものもあるのですが,それを利用するのはハードルが高く,

 利子がつく奨学金を利用すれば,返さないといけない金額がふくらみます。

 そういった奨学金を,10年や20年もの長い時間をかけて,返し続けていかなければなりません。

 大学を卒業したあと,暮らしが厳しくなって,奨学金を返すのが難しくなっても,

 日本学生支援機構は,支払いを待ってくれたり,免除してくれたりを,なかなか簡単には,してくれません
【★8】【★9】

 むしろ最近はとても取り立てが厳しくなっていて,大きな問題になっています
【★10】

 裁判所の力で,奨学金などの借金を返さなくてもよいようにしてもらう「自己破産」の手続きがありますが,

 破産をすると,今度は保証人になっている親や親族が払うことになるので,

 「迷惑をかけられない」と,手続きをためらう人も,多くいます。

 (ただ,破産をしなくても,本人が払えなくなれば,いずれ保証人が払わないといけなません。正確なことを知るためにも,こまったら早めに弁護士に相談してください。)




 日本学生支援機構の奨学金,つまり,国の奨学金には,いろんな問題があって,

 弁護士会も,改善を求めて意見を出しています
【★11】

 でも,あなたの進学のために必要であれば,デメリットをふまえてもなお,利用したほうがよい,ということもあるでしょう。



 奨学金は,国のものだけではありません。

 都道府県や市区町村の,利子がつかない奨学金もあります。

 民間の団体や企業には,「給付型」といって,返さなくてよい奨学金もあります。

 入学先の大学にも奨学金の制度があって,入学前から申し込めるところもあります
【★12】


 奨学金のしくみは,たくさんあって,しかも複雑なので,

 自分に合ったものがどういうものかを知るのも一苦労ですし,

 提出書類をそろえたりするのも,大変です。

 めんどうだからと,最初からあきらめてしまう人も,多くいます。



 でも,最初に書いたように,

 お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなります。

 ケースワーカー,学校の先生,地域の人を巻き込んでください。

 あなたが,「大学で学びたい」という強い気持ちをもって,あなた自身が動けば,

 あなたを支えて一緒に動く大人は,必ずいます。

 弁護士も,その大人の中の一人です。



 自分で自分の人生を選んで進んでいけること。

 一人ぼっちではなく,支えてくれる人がいるということ。

 それが,とてもだいじなことなのです。





 この社会には,「大学で学びたいなら,そのメリットを受ける人が自分でお金を負担するのは当然だ」,などと考える人が,多くいます。

 でも,他の国では,大学がタダで通えるところも,多くあります。

 世界は,「みんなが大学にタダで通えるように,少しずつ取り組んでいこう」と約束しているのですが
【★13】

 日本は,つい最近の2012年まで,それをずっと認めてきませんでした
【★14】

 その間に,大学の学費は,逆にどんどんと上がっていきました。



 多くの国では,返さなくてよい「給付型」の奨学金が充実していますが,

 日本では,「返す奨学金」のほうがメインです。

 先進国の中で,大学がタダでないのに,「返す奨学金」に頼らないといけない国は,日本だけだと言われています
【★15】


 「返す奨学金」には,利子がつくものと,つかないものがあります。

 2003年に,日本育英会が日本学生支援機構に変わる法律ができたとき,

 国会は,「利子のつかない奨学金を基本にしよう」とメッセージを出しました
【★16】

 それなのに,実際には,利子のつく奨学金のほうが増えてしまっています。



 学びたいという気持ちと,学ぶ力があるのに,

 どの家に生まれ育ったか,お金のある家か,そうでないかで,

 大学に行ける/行けないが決まってしまうのは,まったくおかしなことです。



 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★17】


 「お金がなければ学べない」,

 子どもたちが,そんなふうにあきらめてしまうような社会は,

 絶対に,変えていかなければいけません。



 そして,あなたもぜひあきらめずに,

 いろんな大人を巻き込み,いろんな制度を使って,

 自分の道を切り開いていってください。

 

【★1】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★2】 働きながら夜間大学に通う場合には,世帯分離をせず,生活保護を受けたままでもOKなことがあります。
 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「4」「次の各要件のいずれにも該当(がいとう)する者については,夜間大学等で就学(しゅうがく)しながら,保護を受けることができるものとして差しつかえないこと。(1)その者の能力,経歴,健康状態,世帯の事情等を総合的に勘案(かんあん)の上,稼働(かどう)能力を有(ゆう)する場合には十分それを活用していると認められること。(2)就学が世帯の自立助長(じょちょう)に効果的であること。」
【★3】 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「5」「次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと。…(略)…(2)次の貸与金(たいよきん)を受けて大学で就学する場合 ア 独立行政法人日本学生支援機構法による貸与金 イ 国の補助を受けて行われる就学資金貸与事業による貸与金であってアに準ずるもの ウ 地方公共団体が実施する就学資金貸与事業による貸与金(イに該当するものを除く。)であってアに準ずるもの」
【★4】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★5】 実の親ならば,子を扶養(ふよう)する義務があり,大学に進学して20歳になったあとであっても,学費や生活費を負担すべき場合があります。
 東京高裁平成12年2月5日決定・家月53巻5号187頁 「4年制大学への進学率が相当高い割合に達しており,かつ,大学における高等教育を受けたか否(いな)かが就職の類型的な差異につながっている現状においては,子が義務教育に続き高等学校,そして引き続いて4年制の大学に進学している場合,20歳に達した後も当該大学の学業を続けるため,その生活時間を優先的に勉学に充(あ)てることは必要であり,その結果,その学費・生活費に不足を生ずることがあり得るのはやむを得ないことというべきである。このような不足が現実に生じた場合,当該子が,卒業すべき年齢時まで,その不足する学費・生活費をどのように調達すべきかについては,その不足する額,不足するに至った経緯,受けることができる奨学金(給与金のみならず貸与金を含む。以下に同じ。)の種類,その金額,支給(貸与)の時期,方法等,いわゆるアルバイトによる収入の有無,見込み,その金額等,奨学団体以外からその学費の貸与を受ける可能性の有無,親の資力,親の当該子の4年制大学進学に関する意向その他の当該子の学業継続に関連する諸般(しょはん)の事情を考慮した上で,その調達の方法ひいては親からの扶養の要否を論ずるべきものであって,その子が成人に達し,かつ,健康であることの一事をもって直ちに,その子が要扶養状態にないと断定することは相当でない」
【★6】 厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」
「問第3の18-2 高等学校等に就学中の者がいる被保護世帯において,当該者が高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費に充てるため,保護費のやり繰りにより預貯金等をすることは認められるか。
答 保護費のやり繰りによって生じた預貯金等については,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして保有を容認して差しつかえない取り扱いとしている。…(略)…次のいずれにも該当する場合,保護費のやり繰りによって生じた預貯金等は,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められるものとして,保有を容認して差しつかえない。…(略)… 1 具体的な就労自立に関する本人の希望や意思が明らかであり,また,生活態度等から卒業時の資格取得が見込めるなど特に自立助長に効果的であると認められること。 2 就労に資する資格を取得することが可能な専修学校,各種学校又は大学に就学すること。 3 当該預貯金等の使用目的が,高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費(事前に必要な入学料等に限る。)に充てるものであること。 4 やり繰りで生じる預貯金等で対応する経費の内容や金額が,具体的かつ明確になっているものであって,原則として,やり繰りを行う前に保護の実施機関の承認を得ていること。」
【★7】 独立行政法人日本学生支援機構(http://www.jasso.go.jp/
【★8】 1回あたりの返す額を半額にして,返す期間を長くする「減額返還」,返すのをいったん止めて先延ばしにする(その間利息は発生しない)「返還期限猶予(ゆうよ)」,亡くなったり,障害を負ったりしたときに,返すのを免除される「返還免除」があります(http://www.jasso.go.jp/shogakukin/henkan_konnan/index.html)。昔は学校の先生になれば奨学金の返済を免除される制度がありましたが,その制度は1998年に廃止されています。
【★9】 日本弁護士連合会は,「返済困難者に対する各種救済制度につき,返済困難者の実情に合わない制度上・運用上の利用制限をやめ,利用しやすい救済制度に改めるべきである」と意見を出しています(2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★10】 「奨学金を返したくても返せない人が増え続けている現状に逆行し,追い打ちをかけているのが,機構における金融(きんゆう)的手法の導入と回収強化策です。2004年に,それまでの日本育英会が廃止され,同奨学金事業が機構に引き継がれると,奨学金は『金融事業』と位置づけられ,金融的手法が強まりました」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」113頁)
 「機構の債権回収においては,借り手の返済能力を無視した,無理な支払いを求められることが多いのが特徴である。延滞金のカットなどはほとんど認められず,月々の返済についても,柔軟な対応をしてくれないことが多い。これは,制度内の救済手段が極めて不十分なものであることとも関係がある」(日本弁護士連合会貧困問題対策本部アメリカ奨学金制度調査団編「アメリカ奨学金制度調査報告書-我が国の奨学金制度に対する提言-」34頁)
【★11】 日本弁護士連合会2013年6月20日「奨学金制度の充実を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130620_5.pdf
 日本弁護士連合会2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★12】 奨学金アドバイザーの久米忠史さんの「ここが知りたかった107のQ&A 奨学金借りる?借りない?見極めガイド」(合同出版)は,日本学生支援機構の奨学金のことはもちろん,それ以外の奨学金についてもわかりやすく説明しています。
【★13】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。…(略)… (c)高等教育は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的(ぜんしんてき)な導入により,能力に応じ,すべての者に対して均等(きんとう)に機会が与えられるものとすること」
【★14】 【★13】のうち,「特に,無償教育の漸進的な導入により」の部分を,日本はずっと留保していました。2012年9月11日に日本が留保を撤回(てっかい)するまで,この条項を留保していた国は,日本とマダガスカルのたった2つだけでした。
 外務省「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html
【★15】 「OECD加盟国中,大学の学費が有償であるにもかかわらずほとんどを貸与型奨学金に頼っているのは日本だけであり,これは,我が国の奨学金制度の最も根本的な問題です」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」142頁)
【★16】 衆議院文部科学委員会2003年6月6日附帯決議「政府及び関係者は,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。…(略)… 三 …憲法,教育基本法の精神にのっとり,教育の機会均等の実現のため,無利子奨学金を基本としつつ…有利子貸与については,将来にわたって,奨学生の過度の負担にならないよう努めること」http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/156/0096/15606060096017.pdf
【★17】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
   

2016年5月 1日 (日)

お金がなくて住む場所がなくなりそう

 

 19歳です。高校を中退して家を追い出され,ネットで知り合った人に,その人の家の部屋の一つを月4万で間借りさせてもらって,バイトして暮らしてきました。でも,時々メンタルが落ちてシフトに入れないので,いつもお金が足りません。先月と今月,家賃が払えなくて,知り合いから「来週にでも出て行ってくれ」と言われました。これからどうしたらいいか,その不安でまたメンタルが落ちてバイトに行けず,ますますお金がなくなっています。

 


 住む場所,自分の居場所がきちんとある,ということは,とてもだいじです。

 未成年のうちは,親の協力がなければ,アパートを借りるのが本当に難しいので,

 あなたが今の知り合いの部屋から追い出されるのは,とても不安だと思います。



 その知り合いから,「来週に」出て行くように言われているのですね。

 でも,いきなり来週に,あなたが部屋を出る必要は,ありません。




 あなたが知り合いから部屋を借り,家賃として4万円を払っているのは,

 「賃貸借(ちんたいしゃく)」という契約(けいやく),つまり,法律的な約束ごとです
【★1】


 契約書という紙を作っていなくても,

 未成年のあなたが親のOKをもらっていなくても
【★2】

 契約として,きちんと成り立っています。



 借り手のあなたが,「家賃を払う」という約束を守れなかったら,どうなるか。


 住む場所がなくなるのは,生活・人生の中で,とても大きなことです。

 借り手は,貸し手よりも立場が弱いので,

 法律は,部屋を借りる人のことを守っています。



 家賃を払うのが少し遅れていたり,1,2回払えていなかったりしても,

 それだけでは,貸し手は,「約束違反だから,部屋から出て行け」とは言えません。

 貸し手と借り手のあいだの信頼関係がこわれるほどの,大きな約束違反があって,

 はじめて,「部屋から出るように」という話になるのです
【★4】【★5】


 あなたは,家賃が払えていないのが2ヶ月ぶんですし,

 払えない理由も,心の調子をくずして働くことができないからですよね。

 そのほかに,その知り合いとの信頼関係がこわれるような特段のことがないのなら,

 あなたが今,あわてて部屋を出る必要はありません。



 その知り合いと,ゆっくりきちんと話し合って下さい。

 話し合いがまとまらないまま,あなたを出て行かせるには,

 その知り合いが裁判の手続きをとる必要がありますし,それには時間がかかります。

 裁判所の手続きをとらないで,知り合いが,あなたの荷物を勝手に外に出したり,部屋の鍵を変えたりして追い出すことは,

 「自力救済(じりききゅうさい)」と言って,法律上,許されません。

 もし,知り合いがそういうことをしたら,すぐに弁護士に相談してください。




 「家賃を払うために,どこかからお金を借りよう」,と考えたかもしれません。

 「親のOKがなくても未成年の人にお金を貸します」という業者も,中にはあります。

 でも,そういった業者からお金を借りることは,しないでください。

 利息が高いので,あっという間に借金の額が増えていき,ますます苦しくなります。

 未成年の人が,親のOKなくお金を借りたら,「親のOKがなかった」という理由で,そのお金の貸し借りをナシにできるのですが
【★2】

 たとえ貸し借りをナシにしても,生活費として使ったぶんは,結局,業者に返さないといけないのです
【★6】


 もし,すでに業者からお金を借りてしまっているなら,すぐに弁護士に相談してください。

 弁護士が業者との話し合いに立って,借金の額を減らす交渉をしたり,分割して返す約束をし直したり,

 裁判所で借金をナシにしてもらう,「破産(はさん)」の手続きをとったりすることができます。

 親の協力がなければ,20歳になるまで待たないといけない手続もありますが,

 未成年の今のうちから弁護士がサポートできることを,ぜひ確認してください。




 大人であれば,「一時的に緊急にお金が必要」というときに,きちんとしたところからお金を借りることができます。

 社会福祉協議会という,困っている人をサポートするところが貸してくれる,「緊急小口資金貸付」という制度です
【★7】

 ところが,この制度も,未成年だと,親の協力がなければ使えません
【★8】

 もともと,「未成年が契約するときに親のOKが必要」と法律が決めているのは,子どもを守るためです。

 それなのに,親に家から追い出されたあなたのようなケースで,

 親のOKがないことを理由に,困っている子どもが,きちんとしたところからお金を借りられないのでは,

 ほんとうにおかしい,本末転倒(ほんまつてんとう)だと,私は思っています。




 あなたが生活を立て直すまでのあいだ,人としてきちんとした暮らしを送れるようにするために,生活保護という制度があります【★9】【★10】

 あなたの給料で暮らしていくのに足りないぶんを,生活保護がカバーします
【★11】

 生活保護は,20歳になっていなくても,受けることができます
【★12】

 市役所や区役所に申請をしてから実際に生活保護が始まるまでの期間は,原則2週間ですが,伸びると30日かかります
【★13】【★14】

 それを待っている間にお金の余裕がなくなってしまわないよう,申請は早めにするようにしてください。

(市区町村によっては,実際の生活保護が始まる前に,お金を「緊急払い」してくれるところもあります。)

 生活保護の申請が自分ひとりではなかなかうまくいかないなら,弁護士があなたといっしょに役所と話をすることもできます
【★15】



 少なくとも生活保護が認められるまでは,引き続き今の部屋にいさせてもらえるように,あなたの知り合いに話をしてみましょう。

 どうしても難しいようなら,事情を役所に話し,部屋を出て当面の間寝泊まりできるところを,役所に確保してもらいましょう
【★16】

 生活保護を受けられるようになったら,自分でアパートを借りたり,自立をサポートする施設に入ったりして,これからの生活を立て直していくことができます。




 お金は,生きていくうえでとても大事なものですが,

 そのお金のせいで,生活や人生がおしつぶされることのないように,

 そのための法律があり,制度があります。

 住む場所をきちんと確保して,不安を減らし,心の健康を取り戻せるよう,

 ぜひ,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 民法601条 「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益(しゅうえき)を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★2】 未成年のときに親のOK(同意)がないまま契約をしたら,「親のOKをもらっていなかった」ということを理由に契約をそのナシにすること(取消し)ができます。逆に言えば,取り消されるまでは,有効な契約として扱われます(内田貴「民法Ⅰ」246頁)。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 同条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★3】 借地借家法という特別な法律で,借り手が守られています。
【★4】 「信頼関係破壊理論」,または,「信頼関係の法理」と呼ばれています。
 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・民集18巻6号1220頁 「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至(いた)る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認(ぜにん)するに足りる」
 「 (民法)541条によると僅(わず)かな債務不履行(さいむふりこう)でも催告(さいこく)期間内に履行(りこう)がなければ解除できることになりそうであるが,不動産賃貸借が些細(ささい)な債務不履行で解除されてしまうと,賃借人は居住や営業の拠点(きょてん)を失うことになって,余りに不均衡(ふきんこう)な損失が発生する…そこでこれを制限する解釈論が展開した」「(最高裁で)採用された理論は信頼関係破壊理論(あるいは信頼関係の法理)などと呼ばれる。この理論には2つの側面がある。一方で,賃借の債務の不履行があっても,信頼関係を破壊しない些細な不履行では解除できないが,他方で,厳密には賃貸借契約上の債務の不履行といえなくても信頼関係が破壊されるに至(いた)れば,解除可能となる」(内田貴「民法Ⅱ」229~230頁)
【★5】 あなたの知り合いの家が,その人の持ち家ではなく,賃貸で借りている部屋なら,大家さんにOKをもらわずにあなたが住んでいるのは「又貸し(またがし)」になりますから,民法上の「無断転貸(むだんてんたい)」にあたります(民法612条)。また,大家さんと知り合いの間で結んでいる契約でも,ふつうは「誰が住むか」ということも含めて約束していますから,その約束違反にもなります。ただ,そういった違反があっても,それだけで大家さんが知り合いに対して「部屋を出て行くように」と言えるのではなく,やはり,又貸しによって大家さんと知り合いとの間の信頼関係がこわされているかどうかが重要になります。法律上は,又貸ししてもらっているあなたも,大家さんに直接義務を負うことになってはいますが(民法613条1項),又貸しによる大家さんとのトラブルは,第一には直接の借り手であるその知り合いが大家さんと対応するものです。あなたは,あなた自身の生活の場所・お金のことを第一に考えて動いてください。
【★6】 未成年の人が,「親のOKがなかった」という理由で契約をナシにした場合,お金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」とされます(民法121条但書「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」)。
 他方で,裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。
 未成年の人にお金を貸す業者は,その裁判例を利用するために,「生活費として使うためにお金を借ります」という書面を,未成年の人に書かせていることが多いです。
【★7】 5日くらいの審査で,最大10万円まで,連帯保証人なしで,無利子で借りることができます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/activity/documents/20150519-koguchi201504.pdf
【★8】 2016年4月22日,東京都社会福祉協議会の福祉資金部福祉資金貸付担当に電話で確認済み
【★9】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する」
【★10】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする」
【★11】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする」
【★12】 「生活保護の利用できる要件として,成人(満20歳以上)でなければならないことはありません。したがって,未成年子の子だけの世帯であっても,生活保護を利用することは法律上可能です」「もっとも,…児童福祉法に基づいて保護される子については,そちらが優先されます」(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」110~111頁)
【★13】 生活保護法24条3項「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」
 同条5項「第3項の通知は,申請のあった日から14日以内にしなければならない。ただし,扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる」
【★14】 その期間に,あなたにお金がないのかどうか,他にあなたを援助する家族がいないかどうかを,役所が調べます。役所から家族に連絡が行きます(役所から家族に連絡しなくていい例外もあるにはあるのですが,特別な場合にしか認められないのが現状です)。それを嫌がって生活保護申請をためらう人も多いです。しかし,あなたを助けてくれない家族に生活保護申請が知られることの嫌な気持ちのマイナスより,生活保護を受けて安心・安定した暮らしを得られるプラスのほうが大きいことがほとんどです。不安な人は,そのことも含めて,一度,弁護士と相談するとよいでしょう。
【★15】 弁護士費用も心配する必要はありません。日本全国の弁護士がお金を出し合い,生活保護申請に協力する弁護士に,費用を出しています。
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/hourituenjyojigyou.html
【★16】 親から家を出されたことや,病気がちのあなたを親がきちんと面倒を見ないということが,虐待になるようなら,子どものシェルターを利用することも考えられます。詳しくは,「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい。もっとも,あなたの場合は,記事本文で書いたように,いますぐ知り合いの家から出る必要まではないので,シェルターを使わずに次の居場所を見つけていくことができる可能性が,十分あります。まずは,弁護士に相談してみてください。

2016年4月 1日 (金)

正社員ってどういう働き方?

 

 これから就職活動して,卒業後に働き始めるつもりなんですが,「正社員」ってどういうものか,他の働き方とどうちがうのか,いまいちよくわかりません。

 

 

 じつは,「正社員」という言葉は,法律にはありません。

 私が今から説明するのは,「多くの人がだいたいそう考えている」というものです。

 「正社員は必ずこういうもの」というわけではないので,気をつけてください。




 正社員は,「会社に直接雇(やと)われて,定年までずっと,フルタイムで働く人」のことです【★1】




 正社員は,フルタイムで働きます。



 フルタイムというのは,「1日中しっかり,毎日しっかり」,ということです。

 労働基準法は,働く時間は1日8時間/1週間40時間を超えないのが基本と決めています
【★2】

 正社員は,その1日8時間/1週間40時間か,それよりやや少ない時間で,めいいっぱい働きます
【★3】【★4】


 正社員とちがい,アルバイトやパートは,1日数時間/1週間に数日という働き方が多いです【★5】


 そういうちがいから,給料の払われ方も,

 正社員は「1ヶ月にいくら」という月給,アルバイトやパートは「1時間あたりいくら」という時間給が多いです。





 正社員は,定年までずっと働きます。



 正社員は,就職してから定年までのあいだ,よっぽどのことがないかぎり,クビになることはありません【★6】【★7】

 定年の年齢は,会社ごとにちがいますが,

 60歳や65歳を定年にしている会社が多いです
【★8】


 アルバイトやパートは,働く期間が何ヶ月と決まっていることが多いです。


 「フルタイムで働くけれど,期間が何ヶ月/何年と決まっている」,という働き方もあります【★9】

 それを,正社員と区別して,「契約社員」と言ったりします
【★10】


 アルバイトやパート,契約社員は,あらかじめ決めていた期間だけ働くのが基本ですが,

 期間が終わるとき,働く人も会社もお互いがOKすれば,更新(こうしん)して,引き続き働くことができます。

 でも,いつ更新されなくなるかわかりませんし,

 そんなに長い期間は働けないことがほとんどです。





 正社員は,会社に直接雇(やと)われ,給料も会社から直接もらいます。



 正社員とちがい,「ハケン(派遣)社員」は,会社に直接雇われていません。

 ハケン業者に雇われます。

 そして,会社に行かされて(ハケンされて),仕事をします。

 会社は,ハケン業者にお金を払います。

 そして,ハケン業者が,働く人に給料を払います
【★11】


 会社が払ったお金を,働いた人が全部受け取るのではなく,ハケン業者の取り分が抜かれます。

 働く人の安全を守る責任を,ハケン業者と会社がそれぞれどう負うのかも,あいまいになりがちです。

 だから,ハケンは,30年前まで禁止されていました
【★12】

 その後も,特殊(とくしゅ)な仕事にかぎって認められていました
【★13】

 ところが最近は,このハケンのしくみが,いろんな職場に広がってしまっています
【★14】




 正社員は,

 生活するのにじゅうぶんな給料をもらい,

 長く働く中で,仕事の能力を高めていくこともできます。

 よっぽどのことがなければ,クビになることはありませんし,

 ケガ,病気,老後,自分の家族などに対するサポートも充実しています
【★15】


 しかし,雇う側(がわ)からすると,

 会社の調子が良いときには,人をたくさん雇いたいけれど,

 会社の調子が悪くなったからといって,正社員をやめさせることは,かんたんにはできません。



 だから,

 アルバイトやパートのように短い時間・安い給料で働く人や,

 契約社員のように期限が決まっている人,

 ハケン社員のように会社が自分で直接雇うのではない人,

 そういう人たちを使うことで,会社の都合に合わせて,人件費(じんけんひ)を調整しようと考えるのです。



 でも,人は,モノや,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱うのは,してはならないことです。



 「正社員以外のいろんな働き方を選べるのは,働く側にとっても良いことだ」,などと言う人もいます。

 でも,「ほんとうは正社員として働きたいのに,働く先がないので,しかたなくそれ以外の働き方をしている」,

 そういう人が,今,315万人もいるのです
【★16】



 生活するのにじゅうぶんな給料をもらえない。

 仕事の能力を高めていくこともむずかしい。

 いつ更新されなくなって仕事を失うか,とても不安。

 そういう働き方をしなければならない人が,とても増えています。



 法律は,いろんな会社がいろんな商売をするためのベースとなる決まりを,たくさん作っています。

 そういう法律がたくさんあるのは,

 いろんな会社が活動し,社会全体が発展していくことが,

 私たち一人ひとりの幸せな暮らしにつながるからです。

 それなのに,会社の中で働いている人が大切にされないのでは,まったくおかしなことです。



 正社員ではない働き方をする人を守るための,特別な法律は,あるにはあるのですが,あまり役立っているとはいえません【★17~19】



 ただ,正社員であれば問題ないかというと,そうともかぎりません。

 ノルマが厳しい,残業時間が長い,残業代が払われない,嫌がらせがひどい,など,

 正社員を大切に扱わないひどい会社があるのも,また事実です。


 そのようなひどい会社なら,ある程度で見切りをつけて辞めることもだいじですし,

 労働組合に入ってみんなで職場と交渉をしたり,裁判でたたかったりして,よりよい職場に変えていくことも,

 会社を辞めるのと同じくらい,あるいはそれ以上に,だいじなことです。



 あなたはこれから,就職活動を通して,いろんな職場に出会うことと思います。

 働くルールについて,少しでも分からないことがあったら,

 ぜひ,今回のように尋ねたり,調べたりするようにしてください。

 それが,これから長い人生の中で働くあなた自身を守ることにつながりますし,

 あなたがいつか誰かを雇う立場になったときにも,絶対に必要となることです。

 

 

【★1】 菅野和夫「労働法第11版」291頁 「大多数の企業においては,契約の形態や内容上,通常(正規)の雇用関係にある従業員(正社員,正規従業員,正規雇用者などと呼ばれる)とは区別された労働者が,様々な呼称・契約形態において存在してきた。パート社員,アルバイト,契約社員,期間社員,定勤社員,嘱託(しょくたく),派遣社員,下請(したうけ)社員,等々であり,社会的に『非正規労働者』などと総称されてきた。正規雇用者は,当該(とうがい)企業との期間の定(さだ)めのない労働契約のもとで,長期的に育成され,企業内で職業能力とキャリアを発展させ,処遇(しょぐう)もそれに応じて向上するのが通例である。また,大企業・中堅(ちゅうけん)企業の多くでは,正規雇用者の解雇(かいこ)は,通例,その者の重大な非行や企業経営上の危機がないかぎり行われない」
【★2】 労働基準法32条1項 「使用者は,労働者に,休憩時間を除(のぞ)き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない」
 同条2項 「使用者は,1週間の各日(かくじつ)については,労働者に,休憩時間を除き1日について8時間を超えて,労働させてはならない」
【★3】 何時から何時まで働くか,休日をいつにするかは,会社ごとに「就業規則(しゅうぎょうきそく)」というルールを作って決めます。
 労働基準法89条 「常時10人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲(かか)げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない… 一 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇… (以下略)」
【★4】 それ以上働く「残業」は,あらかじめ,職場と働く人たちとの間で,どういう時にどのくらいまでできるか,ということ約束した「36協定(さぶろくきょうてい)」を作って,労働基準監督署に届ければ,その範囲で認められます。その残業代として,割増賃金が払われます。
 労働基準法36条1項 「使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,…その協定で定めるところによって労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。…」
 同法37条1項 「使用者が,…前条第1項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」
 「2割5分」というのは,25%のことです。
【★5】 ただし,1日数時間/1週間数日の正社員もありますし,逆に,フルタイムで働くアルバイトやパートもあります。
【★6】 「期間の定めのない雇用契約」と言います。
 会社をやめるときには,働く人・職場のお互いが納得して辞める「合意退職」がふつうですが,会社が「辞めないでほしい」と言っていても,働くがわは一方的に辞めることができます。逆に,あなたが「働き続けたい」と思っているのに,会社が一方的にクビにする「解雇(かいこ)」は,よっぽどのことがなければできないことになっています。
 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法第11版」738頁参照)。
【★7】 菅野和夫「労働法第11版」708頁 「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」
【★8】 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律8条 「事業主がその雇用する労働者の定年…の定めをする場合には,当該定年は,60歳を下回ることができない…」
 同法9条1項 「定年…の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,次の各号に掲げる措置…のいずれかを講じなければならない。 一 当該定年の引上げ 二 継続雇用制度…の導入 三 当該定年の定めの廃止」
【★9】 労働基準法14条1項 「労働契約は,期間の定めのないものを除き,一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは,3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては,5年)を超える期間について締結(ていけつ)してはならない。 一 専門的な知識,技術又は経験…であって高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約 二 満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)」
【★10】 法律の言葉では,「期限の定めのある雇用契約」という言い方になります。「契約」というのは,法律的な約束ごとという意味です。正社員だって,アルバイトやパートだって,ハケン社員だって,すべて「雇用契約」「労働契約」なのですから,ここだけ「契約社員」という表現を使うのは,本来はおかしなことです。
 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★11】 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律2条 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」
【★12】 菅野和夫「労働法第11版」69頁 「戦前においては,自己の支配下にある労働者を鉱山,土木建築,港湾荷役などの労働現場に供給し労務に従事させる人夫供給業(労務供給業)が行われてきた。これらの『労働者供給事業』は,労働者を継続的に支配下に置いて他人に使用させる点で,労働の強制,中間搾取(さくしゅ),使用者責任の不明確化などの弊害(へいがい)を伴(ともな)いがちであるとして,戦後の職安法では全面的に禁止され,労働組合法による労働組合またはこれに準ずるものが厚生労働大臣の許可を受けた場合のみ無料の事業を行いうることとされた」「1985年の労働者派遣法の制定とそれに伴う職安法の改正によって,以後は,…『労働者派遣』が『労働者供給』の適用範囲から除外されることとなった」
 職業安定法44条 「何人(なんぴと)も,次条に規定する場合を除くほか,労働者供給事業を行い,又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」
 同法4条6項 「この法律において『労働者供給』とは,供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律…第2条第一号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」
【★13】 1985年に労働者派遣法ができたときは16の業務,その後1996年に26業務に拡大されました。
【★14】 1999年と2003年の労働者派遣法改正で,一部の業務を除いてすべて派遣ができるようになりました。特に,2003年の改正では,製造業での派遣が認められるようになって,一気に増加しました。そして,2008年にリーマンショックが起き,派遣で製造業で働いていた多くの人たちが仕事を失って,とても大きな社会問題になりました。
【★15】 「正社員は社会保険に入る」,という話を聞いたことがあると思います。
 一般的には,健康保険と厚生年金の2つを合わせて,「社会保険」と言っています。
 ケガや病気をしたときに,病院に保険証を出すと,払うお金が3割だけですみますね。これが健康保険のしくみです。健康保険のほうが,7割を出してくれます。また,定年になって働くのをやめたあとは,年金をもらって生活することができます。これが厚生年金のしくみです。こういった,ケガや病気,老後などに備えて,毎月保険料を払います(給料から自動的に引かれます)。
 正社員ではない人,自営で仕事をしている人などにも,似たようなものとして,市役所や区役所で手続をする,国民健康保険と国民年金というしくみがあります。
 社会保険(健康保険・厚生年金)は,保険料を,働く人と会社の両方で払うので,国民健康保険や国民年金よりも,サポートが厚くなっています。
 健康保険は,扶養家族が何人いても保険料が同じですが,国民健康保険は家族が増えれば保険料も増えます。健康保険は,仕事以外の原因で病気やケガをして休むと「傷病手当」がもらえますが,国民健康保険ではもらえません。
 厚生年金は,国民年金にプラスして支給されるものですから,年金の額は高くなります。また,働いている人が亡くなったあと,遺族に支給される年金も,厚生年金のほうがサポートがしっかりしています。
 正社員は,この社会保険に加入するのが原則ですが,ごく例外的に加入させなくてもよい場合があります。アルバイトやパートは,フルタイムで働かないので,この社会保険に入っていないことが多いですが,労働時間が正社員のおおむね4分の3以上であれば,社会保険に加入できます(職場は加入させなければいけません)。
 契約社員やハケン社員は,2ヶ月以上継続して働いているなら,労働時間が短いのでない限り,社会保険に加入できる(職場が加入させなければいけない)ことがほとんどでしょう。
 厚生労働省「人を雇うときのルール」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/koyou_rule.html
 日本年金機構「厚生年金保険<健康保険(協会けんぽ)>について/適用事業所と被保険者」
http://www.nenkin.go.jp/service/kounen/jigyosho-hiho/jigyosho/20150518.html
【★16】 総務省「労働力調査(詳細集計)」(平成27年平均) 表4 現職の雇用形態についた主な理由別非正規の職員・従業員の内訳(2015年)
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/ndtindex.pdf
【★17】 アルバイトやパートでも,「通常労働者と同視」される人は,賃金や教育訓練,福利厚生などについて,正社員との間の処遇差別が禁止されます。「通常労働者と同視」されないアルバイトやパートについては,正社員とバランスのとれた処遇をするよう,使用者が努力・配慮しないといけないのですが,強いしばりではないという限界があります。
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条 「事業主は,職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの…については,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」
 同法10条 「事業主は,通常の労働者との均衡を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者…の職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し,その賃金…を決定するように努めるものとする」
 同法11条2項 「事業主は,…通常の労働者との均衡(きんこう)を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者の職務の内容,職務の成果,意欲,能力及び経験等に応じ,当該短時間労働者に対して教育訓練を実施するように努めるものとする」
 同法12条 「事業主は,通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって,健康の保持又は業務の円滑(えんかつ)な遂行(すいこう)に資(し)するものとして厚生労働省令で定めるものについては,その雇用する短時間労働者に対しても,利用の機会を与えるように配慮しなければならない」
【★18】 契約社員でも,更新がくり返されていたら,突然更新をしないでクビにすることはできなくなりますし(雇止め(やといどめ)制限法理),5年以上更新が続いたら,その後はずっと働き続けられる(正社員のように,期限の定めのない雇用契約になる)ことになります(無期転換申込権)。しかし,この規制にかからないように,会社は,更新を繰り返さないようにしたり,5年以上更新しないようにしたりして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶(きょぜつ)することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」
 同法18条1項 「同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約…の契約期間を通算した期間…が5年を超える労働者が,当該使用者に対し,現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に,当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは,使用者は当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。この場合において,当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は,現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件…とする」
【★19】 ハケン社員が,3年以上その職場で働き続けていたら,その職場の正社員になれます。しかし,この規制にかからないように,会社は3年以上ハケンを受け入れないようにして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の6 「労働者派遣の役務の提供を受ける者…が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には,その時点において,当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し,その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。…
 四 第40条の3の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること (以下略)」
 同法40条の3 「派遣先は,…当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所における組織単位ごとの業務について,派遣元事業主から3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣…の役務の提供を受けてはならない」

2016年3月 1日 (火)

裸の画像を元彼にネットに流された

 

 元彼と付き合ってたとき,「裸(はだか)の画像がほしい」と言われてスマホで自分で撮って送ったり,エッチのときに元彼が私の写真を撮ったりしてました。最近別れたんですが,元彼が私の画像をLINEに流して嫌がらせをしてきます。やめてと言うと,今度はツイッターに流されました。これ以上やめるように言っても,余計に画像を流されそうだし,大人に相談してもどうにもならなさそうで,このままがまんするしかないのかなと思ってます。

 

 別れた腹いせに,付き合っていたときの性的な写真をばらまくことなどを,

 「リベンジポルノ」と言います
【★1】



 2013年(平成25年),ある女子高校生が,別れようとした男性に「リベンジポルノ」を流され,殺される,という事件が起きました
【★2】

 その事件がきっかけになって,

 翌年の
2014年(平成26年),新しく法律が作られました【★3】



 他の人に見せるつもりのなかった性的な写真を
【★4】

 勝手に知り合いに見せたり,ネットに流したりすることが
【★5】

 犯罪として,取り締まられやすくなったのです
【★6】


 ネットに流された性的な画像を,通信業者(プロバイダ)に消してもらうための手続きは,前からありましたが【★7】

 新しい法律では,性的な画像を消すためのその手続も,早く,スピーディーになりました
【★8】

 場合によっては,その手続を,警察が手伝ってくれます
【★9】


 ツイッターも,

 画像を消してほしいというあなたの声に,

 対応してくれるようになっています
【★10】


 そして,YAHOOなどいくつかの会社で作った「SIA」というところが運営している「セーフライン」も,

 あなたに代わって,すぐに画像を消すために,動いてくれます
【★11】

 
http://www.safe-line.jp/


 エスカレートしかねない相手だからこそ,

 警察の強い力を借りて,相手をおさえることが大切です。

 また,あなたが相手の処罰まで望んでいなくても,

 画像を消す手続きをとって,

 あなた自身を守る必要があります。



 こういった問題に,社会はまだ取り組みを始めたばかりですが,

 ぜひ,がまんせずに,大人に相談してください。

 親や警察などに自分から相談するのが難しければ
【★12】

 私たち弁護士が,力になります。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。




 「なんで画像を相手に送ったの」

 「どうして撮らせたの」

 大人に相談したら,そう言われるかもしれない。

 そう思うと,なかなか,大人に相談する気持ちには,なれませんよね。

 「画像を送ったほうが悪い」,「撮らせたほうが悪い」と,

 まるで自分が責められているように感じると思います。



 でも,悪いのは,あなたではありません。

 
悪いのは,LINEやツイッターに画像を流した,元彼のほうです【★13】



 今の大人たちは,子どものころに,スマホもネットもありませんでした。

 だから,大人たちは,自分が10代のときに,パートナーに裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていません。



 でも,そんな大人たちだって,例えば,

 誰にも話せない自分の「秘密の話」をパートナーだけには話す,ということは,

 あたりまえにあることです。

 そして,もし別れたあと,相手が腹いせにその「秘密の話」を他の人にしゃべったり,ネットに書いたりしたら,

 悪いのは明らかに,信頼を裏切った相手のほうでしょう。



 信頼しているパートナーだからこそ,

 他の人には知られたくないことを,二人のあいだだけでシェア(共有)する。

 そして,別れた後も,相手の秘密は守る。

 そういうことは,誰にだって,ふつうにあることです。

 なにも,若い人たちの性的な画像にかぎった話ではないのです。



 今の10代のみなさんには,最初からスマホとネットがありました。

 大人たちが,そのスマホとネットの世界に,子どもたちを無防備に巻き込んでおきながら,

 トラブルが起きたとたん,「送ったあなたが悪い」「撮らせたあなたが悪い」と,その大人たちが言うのは,

 フェアではない,ひきょうなことだと,私は思います。




 「性」は,セックスのことだけではありません。

 自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 それが,本当の意味の「性」です。



 あなたが,自分の体と心を,もっともっと大切にできていたなら,

 元彼に裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていなかったかもしれませんね。

 大人たちに必要なのは,

 今,あなたが,自分の体と心を大切にできているかを,

 あなたといっしょに考えることです。



 元彼が,あなたの体と心を,もっともっと大切にできる人だったなら,

 あなたに裸の画像を求めたり,セックスの写真を撮ったりしてはいけない,と自分で考えたかもしれません。

 大人たちに必要なのは,

 相手の体と心を大切にするつきあい方が,どういうものなのかを,

 元彼のような人たちに,しっかりと伝えていくことです。



 そして,そういった,「二人がどんなつきあい方をしていたか,するべきだったか」という話とはちがって,

 元彼が,あなたの信頼を裏切って勝手に画像をネットに流した,ということは,

 たとえどんな理由があっても,

 明らかにまちがっていること,いちばん許されないことなのです。




 新しく法律ができたのは,

 信頼を裏切って性的な画像を流す,ということを取り締まり,

 被害を受けたあなたのような立場の人を守るためです
【★14】

 あなたが悪いのではありません。



 あなたが,がまんすることはありません。

 ぜひ,すぐに相談してください。

 

 

【★1】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,「リベンジポルノは,その言葉上,『復讐(ふくしゅう)のために,性的な興奮(こうふん)を引き起こす(相手の)表現物を利用する』行為(こうい)と解釈(かいしゃく)できよう。日本でリベンジポルノという言葉が使われる場合,『恋人や配偶者(はいぐうしゃ)と別れた腹いせに,交際中に撮影した相手の性的な画像や動画をインターネット上に公開し,拡散(かくさん)する』との意味合いであることが多い」,としながらも,「取材を進めるうちに,一口にリベンジポルノといっても,様々な形態が存在する事実が明らかになった」として,リベンジポルノを,「恋愛(プライベートな関係)に起因(きいん)するもの」と「性産業(ビジネスでの関係)に起因するもの」の2つに分けて論じています(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」3頁)。私のブログ記事本文では「恋愛に起因するもの」についてだけ書いていますが,渡辺さんの指摘するように,性産業に起因するリベンジポルノの問題も,とても重要です。
【★2】 2013年(平成25年)10月8日,東京都三鷹市で高校3年生の女子生徒が元交際相手の21歳男性に殺された事件。
 平成26年8月1日,東京地方裁判所立川支部は,犯人に懲役(ちょうえき)22年の判決を言い渡しました。この判決では,刑を重くした理由として,リベンジポルノについて次のように行っています。
 「被告人(ひこくにん)は,本件犯行後,インターネット上の掲示板に画像の投稿先URLを書き込んで,広く閲覧,ダウンロードできる状態にしており,その後被害者の裸の画像等は広く拡散(かくさん)し,インターネット上から完全に削除(さくじょ)することが極(きわ)めて困難な状況になっている。被告人が,被害者の生命を奪うのみでは飽(あ)き足(た)らず,社会的存在としても手ひどく傷つけたことは極めて卑劣(ひれつ)というほかなく,この点は,殺害行為に密接に関連し,被告人に対する非難を高める事情として考慮する必要がある」
 しかし,平成27年2月6日,東京高等裁判所は,裁判のやり直しを命じました(破棄差戻し)。リベンジポルノは裁判のテーマになっていなかったのにもかかわらず,リベンジポルノも含めて重く処罰したのが,裁判のやりかたとしておかしい,というのが理由でした。
 今行われているやり直しの裁判では,リベンジポルノについも改めて裁判のテーマに加えられています(児童ポルノ法違反で追起訴)。
【★3】 私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(以下「リベンジポルノ法」と言います)
 2014年(平成26年)11月27日成立・施行(罰則は12月17日,プロバイダ責任制限法の特例規定は同月27日施行)
【★4】 リベンジポルノ法2条1項 「この法律において『私事性的画像記録』とは,次の各号のいずれかに掲(かか)げる人の姿態(したい)が撮影された画像…その他の記録をいう。
 一 性交又(また)は性交類似(るいじ)行為に係る人の姿態
 二 他人が人の性器等(性器,肛門又は乳首をいう。…)を触る行為又は人が他人の性器等を触る行為に係る人の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
 三 衣服の全部又は一部を着けない人の姿態であって,殊更(ことさら)に人の性的な部位(性器等若(も)しくはその周辺部,臀部(でんぶ)又は胸部(きょうぶ)をいう。)が露出(ろしゅつ)され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」
 もともと他の人に見られることが分かっていて撮られることをOKしたものは対象外です(同項柱書)。
【★5】 LINEやツイッター,フェイスブックなどに投稿して大勢の人に見られるようにしたら「公表罪」という犯罪になります。自分で投稿しなくても,他の人に投稿させるつもりでその人に画像を送ったら,「公表目的提供罪」という犯罪になります。
 ブログ記事本文では,別れた腹いせで画像を流したケースについて書いていますが,この新しい法律では,腹いせで相手を困らせるためのものでなくても,他の人に見せるつもりのなかった性的な画像を流せば,やはり犯罪になります。
 リベンジポルノ法3条1項 「第三者が撮影対象者を特定することができる方法で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を不特定又は多数の者に提供した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
 同条2項 「前項の方法で,私事性的画像記録物を不特定若しくは多数の者に提供し,又は公然と陳列した者も,同項と同様とする」
 同条3項 「前2項の行為をさせる目的で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を提供し,又は私事性的画像記録物を提供した者は,1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
【★6】 「既存(きぞん)の法律でリベンジポルノに対処することは可能であるが,対処しきれない場合-いわゆる『法の隙間(すきま)』-が存在する。リベンジポルノ事案でインターネット上に公開された性的な画像等がわいせつなものであれば,わいせつ物頒布(はんぷ)罪(刑法175条)を適用して取り締まることができる。しかし,必ずしも全ての画像がわいせつなものではなく,同罪が適用できるとは限らない。また,児童ポルノ禁止法は,わいせつ物頒布罪よりも処罰対象が広いものの,被害者は18歳未満の者に限られる。また,被害者を特定できる情報が添えられていない,画像のみがインターネット上に公開された場合,名誉毀損(めいよきそん)罪(刑法230条)が適用可能なのか明確ではない」(日本比較法研究所嘱託研究所員・井部ちふみ「オンライン青少年保護を巡る問題-我が国におけるリベンジポルノ対策の現状と課題」203頁)
【★7】 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」と言います)
 この法律では,インターネットの通信業者(プロバイダ)が,投稿をした人に「他の人の権利を傷つけているので投稿を消してよいか」と聞いてから7日経っても,投稿した人から特に反対意見がなければ,消してしまって構わない,としています(プロバイダ責任制限法3条2項)。
 リベンジポルノは,インターネットで広がるスピードが速いので,この「7日間」を「2日間」と早めました。
【★8】 リベンジポルノ法4条 「〔プロバイダ責任制限法〕第3条第2項及び第3条の2第一号の場合のほか,特定電気通信役務提供者…は,特定電気通信…による情報の送信を防止する措置(そち)を講(こう)じた場合において,当該(とうがい)措置により送信を防止された情報の発信者…に生じた損害については,当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって,次の各号のいずれにも該当するときは,賠償の責(せ)めに任じない。 (略) 三 当該発信者が当該照会を受けた日から2日を経過しても当該発信者から当該私事性的画像侵害情報送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき」
【★9】 平成26年11月27日警察庁生活安全局長・警察庁刑事局長「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律の施行について(通達)」
 「第3 運用上の留意事項」「2 公表された私事性的画像記録の削除」「私事性的画像記録がインターネットを通じて公表された場合の被害者の要望は,まずもって当該画像の削除である場合が多いと考えられることから,警察としても,被害の継続・拡大を防止するため,私事性的画像記録に係る相談を受理した場合には,捜査上の支障等がない限り,速やかに,当該画像の削除申出方法等を教示し,警察が直接削除依頼を行うことが適当と認められる場合には,サイト管理者等に対する迅速な削除依頼を実施するなど,当該画像の流通・閲覧防止のための措置を執ること。また,同種行為の再発を防止する観点から,証拠物件の還付等の際には加害者の手元に当該私事性的画像記録等が残らないようにすること」
【★10】 ツイッター社「Twitterへの個人情報の投稿」(https://support.twitter.com/articles/20170308#)
「 他者の個人情報や機密情報を投稿することはTwitterルールで禁止されています。個人情報や機密情報の例を以下に示します。 (略) 撮影されている人物の同意なく撮影または配布された,私的な画像や動画」
【★11】 「SIA」は,一般社団法人セーファーインターネット協会のことです(正会員:ヤフー株式会社,アルプスシステムインテグレーション株式会社,ピットクルー株式会社,賛助会員:株式会社ミクシィ,グリー株式会社,株式会社サイバーエージェント,さくらインターネット株式会社,GMOグローバルサイン株式会社,アマゾンジャパン株式会社)。
 なお,検索サイトのヤフーは,リベンジポルノが検索結果に表示されないようにする取り組みもしています。
 2015年3月30日ヤフー株式会社「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」(http://i.yimg.jp/i/docs/publicpolicy/blog/20150330/Policy.pdf
「 被害申告者から上記判決(又は決定)の提出がない場合でも,リンク先ページの記載から権利侵害の明白性並びに当該侵害の重大性又は非表示措置の緊急性があるとヤフーにおいて認められる場合は,例外的に非表示措置を講じます(検索キーワードの限定は行いません)。権利侵害の明白性,重大性,緊急性の有無についても個別の事案ごとに判断をすることになりますが,以下に挙げるような場合は,権利侵害の重大性,緊急性が認められる可能性が高いと考えます。 (略) 第三者の閲覧(えつらん)を前提としていない私的な性的動画像が掲載されている場合」
【★12】 リベンジポルノ法の公表罪・公表目的提供罪〔★5〕は,「親告罪(しんこくざい)」と言って,被害を受けた人やその家族が「犯人を処罰してほしい」と警察などに「告訴(こくそ)」(刑事訴訟法230条)をしないと,処罰することができません。
 リベンジポルノ法3条4項 「前3項の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない」
 この告訴は,中学2年生くらいの子どもでも,自分でできます(最一小決昭和32年9月26日刑集11巻9号2376頁)。
【★13】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,次のとおり,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるのではなく,拡散する側の問題である,という,とても重要な指摘をしています。
 「『撮らせた』という言葉は,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるものだ。私たち大人は,つい被害者を責めたくなる。あなたがあんな画像を撮らせさせしなければ,と。だが,リベンジポルノの問題の本質はそこではない。恋愛に起因する場合でも,性産業に起因する場合でも,自(みずか)らの意思に反して拡散されるために,進んで撮影に応じる被害者などいない。リベンジポルノとは,被害者の信頼を裏切った,『拡散する側』の問題なのだ。私たちは,『撮らせるな』という被害者に対するメッセージではなく,『拡散するな』という加害者に対するメッセージを広げていかなければならない。リベンジポルノが生まれる背景について,1人1人の大人が理解を深め,被害者の心情に思いを馳(は)せてみよう。そうすることが,被害にあった若者が安心して声を上げられる社会へとつながっていくのだ」(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」202頁)
【★14】 リベンジポルノ法1条 「この法律は,私事性的画像記録の提供等により私生活の平穏(へいおん)を侵害(しんがい)する行為(こうい)を処罰するとともに,私的私的画像記録に係(かか)る情報の流通によって名誉または私生活の平穏の侵害があった場合における…特例及び当該提供等による被害者に対する支援体制の整備等について定めることにより,個人の名誉及び私生活の平穏の侵害による被害の発生又はその拡大を防止することを目的とする」

2016年2月 1日 (月)

休日のデモ参加に学校への届出が必要?

 

 私立高に通っています。社会のこと,政治のことに関心をもっていて,休日に高校生デモに参加しています。ところが,学校から,「今後は,校外のデモに参加するときは事前に学校に届出をするように,校則を変える」と話がありました。届出をしないでデモに参加すると,どうなりますか。

 

 「校則に違反した」という理由で,指導や注意がされたり,懲戒処分がされたりするかもしれません。

 でも,「校外のデモに行くのに届出が必要」という校則自体が,おかしなことです。

 校則を変えないよう,先生や生徒みんなで話し合い,決めることが必要です。




 社会や政治のことにまったく関心を持たない大人たちが多い中で,

 高校生のときからきちんと関心を持ち,しっかりと声を上げているのは,とても素晴らしいことだと思います。




 1969年(昭和44年),国の役所は,高校生が政治的な活動をすることを,厳しく制限しました
【★1】

 そのころ,各地の高校生たちが,さまざまな学校問題や社会問題について,運動をしていました
【★2】

 しかし,このころの高校生の中には,

 授業や文化祭,卒業式を妨害したり,

 学校にヘルメット・こん棒姿で集まったり,

 校長室などをロッカーや机でバリケード封鎖したり,

 先生たちを閉じ込め,暴力をふるったり,

 火炎瓶(かえんびん)を投げるなど,

 とても暴力的なやり方をする生徒たちもいて,社会的に大きな問題になっていました
【★3】

 そして,その暴力的なやり方は,学校の外の人たちからの影響を,強く受けていました。

 文部省(今の文部科学省)が,学校内だけでなく,学校外の政治活動まで厳しく制限したのには,そういった背景がありました。



 しかし,それならば,違法なものや暴力的なものだけを禁止すればよかったはずです。


 子どもであっても,

 自分の意見を言う自由,社会に伝える自由や,

 いろんな人たちと集まって,いっしょに活動する自由があります
【★4】

 そういう自由は,本人にとってだけでなく,社会全体にとっても,だいじなものです。

 そして,教育基本法や学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」と,はっきり書いてあります
【★5】


 それなのに,文部省は,政治にかかわることのほとんどを,広く制限してきました。

 それが,昨年の2015年(平成27年)まで46年もの長い間,ずっと続いてきたのです。




 教育基本法には,「学校は政治的な活動をしてはいけない」と書かれています
【★6】

 文部省は,それを理由に,「だから高校生の政治的な活動を制限してあたりまえ」としてきました
【★7】

 しかし,教育基本法が言っているのは,例えば,学校や先生が自分の政治的主張を生徒たちに押し付けたりしてはいけない,ということです。

 一人ひとりの生徒が自分の意見をもって動くことまで,禁止していません
【★8】


 文部省は,「政治的な活動で勉強がおろそかになる。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★9】

 しかし,「勉強がおろそかになるから」と,恋愛や習い事やゲームをわざわざ役所は制限しませんし,しないのが当然です。

 なのに,政治的な活動だけ制限をするのは,おかしなことです。

 それに,勉強と政治的な活動をきちんと両立させている人も,今はたくさんいます。



 文部省は,「判断力や経験がじゅうぶんではないから,特定の政治的な意見に影響されてしまう。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★10】

 でも,判断力や経験がじゅうぶんでないからこそ,きちんとした政治的な活動とはどういうものなのかを,子どものうちから学べることが必要です。

 政治というのは,自分とちがう意見の人たちともしっかり議論をして,ものごとをみんなでよりよい内容で決めていくものです。

 それなのに,自分の意見を言うこともできず,他の人の話を聞くこともできず,

 議論をして決めていくやり方を,子どもの時にきちんと身につけられなければ,

 むしろ,「特定の政治的意見」にこだわる,困った大人ができあがってしまいます。



 違法なものや暴力的なものを禁止したり,

 安心・安全な学校生活のために一定のルールを作ったりすることは,

 たしかに必要です。

 でも,高校生の政治的な活動のほとんどを,広く制限してしまうことは,

 どう考えても,行き過ぎで,おかしなことだったのです。



 それでも,「未成年のうちは選挙権がない」ということが一番の理由となって,

 子どもたちの政治的な活動は,ずっと制限されてきました
【★11】

 文部省は,「社会は,未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請している」,とまで言っていたのです。

 裁判所も,「子どもの政治的な運動を学校が制限するのはおかしい」と言った判決は,ほんの少しあるだけで
【★12】

 その他の多くの事件では,裁判所は,文部省とほとんど変わらない判断をしてきました
【★13】



 最近,法律が変わり,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられました
【★14】

 「選挙権がある」ということは,「選挙運動もできるようになる」ということです
【★15】

 「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と活動することができるようになります。

 (選挙権のない子どもも選挙運動が認められるべきなのですが,法律では禁止されています。くわしくは「子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない」の記事を読んでください。)

 誰が当選するかが激しく争われる「選挙運動」でさえ,できるようになるのですから,

 もっと幅広く社会のことについて主張したり行動したりする「政治的活動」も,当然,認められなくてはなりません
【★16】


 だから,選挙権の年齢が引き下げられたのに合わせて,

 文部科学省は,2015年(平成27年)に,政治的な活動について,いままでの制限をゆるめました
【★17】

 放課後や休日の政治的な活動は,

 これまでは,「望ましくないとして生徒を指導する」と,基本的にダメだったのが
【★18】

 これからは,「家庭の理解の下(もと),生徒が判断し行うもの」で,基本的にOKというふうに,文部科学省の考え方が変わったのです
【★19】



 ところが,今年に入って,文部科学省は,

 「生徒が放課後や休日にデモや集会に参加する場合に,学校に事前に届出をさせることにしてもよい」,

 と言い出しました
【★20】


 「届出制」は,「許可制」とは違います。

 届出制は,「事前に学校に言っておく」ということです。

 許可制のように,学校がそのデモや集会の参加を許可する・許可しないの判断をすることまではできません。

 「だったらかまわないんじゃないか」,そう考える人も,ひょっとしたらいるかもしれません。

 しかし,それはものごとの考え方が逆さまです。

 「届け出れば,デモや集会に参加できるからいい」,のではなく,

 「届け出なければ,デモや集会に参加できない(してはいけない)」ということが問題なのです。

 本来自由にできるはずのものに制限がある,ということには変わりありません。

 それも,46年間ダメだとしてきたものをOKする方向に変えたばかりなのに,このような縛(しば)りを作るのは,おかしなことです。



 もし,届出をしないでデモに参加したら,

 校則に違反したという理由で,注意や指導がされたり,退学させられたりするかもしれません。

 そのとき,弁護士に相談して,裁判をして争うということもありえます。

 でも,あなたの学校は,私立の高校なのですよね。

 最高裁は,ある私立の大学のケースで,

 「私立の学校では,学校の外での政治的な活動にかなり広い制限をしても,不合理でない」,と言っています
【★21】

 その最高裁の判断はおかしい,変えなければいけない,と私は思いますし,

 学校の処分が正しいかどうかは,個別のケースごとにいろんな事情をもとにして判断されますから,

 生徒側が裁判で勝つことが絶対にありえないわけではありません。

 でも,この最高裁のハードルを裁判で乗り越えるのはそんなに簡単ではない,ということは,知っておいてください。




 私は,校則を変えてデモ参加を届出制にすることについて,

 裁判で争うよりも,

 先生たちや,生徒みんなで議論していくことのほうが,何倍もだいじだと思います。



 政治的な活動をする自由を,憲法はとても大切にしています。

 本来,よっぽどのことがないかぎり,それを奪ったり,制限したりすることはできないものです。


 だから,本当に子どもを守るためという理由で,その大切な自由を制限しようとするなら,

 なぜ制限が必要だと学校が考えるのか,

 それがよっぽどのことなのか,

 その制限のやり方で意味があるのか,

 それを,学校の生徒・保護者・先生で,

 みんなできちんと議論し合い,

 みんなが納得する形で,

 みんなで決めていかなければなりません
【★22】


 そうやってみんなで議論をして決めていくこと自体が,だいじな「政治」の一歩であり,

 役所や学校が一方的に決めること自体が,子どもたちから「政治」を奪うものです。


 この届出制のことを通して,みなさんが「政治とは何か」をより一層学ぶことができるはずだと,

 私は強く思っています。

 

 

【★1】 昭和44年10月31日文部省初等中等教育局長通達(文初高第483号)「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(以下「69通達」と言います)
【★2】 小林哲夫「高校紛争1969-1970」では,この頃の高校生達の要求項目を,次のように整理しています(86頁)。
(1)生徒指導,校則 ①生徒心得改訂,撤廃,②頭髪自由化,③制服制帽自由化,④登校するまでと下校後の外出禁止反対,⑤集会,結社の自由,⑥表現の自由,刊行物の検閲廃止,⑦男女交際の自由,⑧下校時の喫茶店,食堂などへの出入り自由
(2)教育制度 ①エリート教育反対,②定期試験廃止,③受験教育につながる学力試験,模擬試験廃止,④通知表廃止,通知表の成績評価廃止,⑤能力別コース廃止,⑥コース別編成反対,⑦理数系コース反対,⑧教科書粉砕,⑨授業批判の自由を認めよ,⑩女子クラス,男子クラス廃止,⑪自主講座の設定,⑫生徒会解体,⑬産業のための教育反対,⑭強制礼拝反対
(3)学校運営,政策 ①学校運営への参加,②職員会議の公開,生徒出席,③生徒指導部解体,④クラブ顧問制の廃止,⑤運動会や文化祭を自主管理,⑥PTA解体,⑦機動隊導入を自己批判せよ,⑧○○高校の処分に抗議するように要請,⑨封鎖やストの実行者や逮捕者への処分撤回,⑩校長退任,⑪学校の統廃合反対,⑫校歌廃止,⑬学校の経理公開,⑭不正経理責任追及,⑮学費値上げ反対,⑯各種式典反対,⑰修学旅行反対
(4)政治課題 ①ベトナム戦争反対,②沖縄奪還,③安保反対,④米軍基地撤去,⑤自衛隊反対,⑥三里塚(成田)空港建設反対,⑦紀元節復活反対,⑧産学協同路線反対,⑨文部省手引書,教育委員会通達による「高校生の政治活動禁止」粉砕,⑩○○闘争○周年(東大紛争,10・8羽田闘争など)
【★3】 当時の高校紛争がどのような状況だったかが一番詳しくわかるのが,小林哲夫「高校紛争1969-1970」(中公新書)です。また,高校紛争当時に出されたジュリスト442号(1970年1月15日発行)23頁「座談会 高校紛争 -高校教育に問われているもの-」も,公立高校教諭5人との座談会の形で,この頃の高校紛争がどのようなものだったか,教師としてどのような苦悩を持っていたかがわかります。さらに,久保友仁+小川杏奈・清水花梨(制服向上委員会)「問う!高校生の政治活動禁止」(社会批評社)も,高校紛争をわかりやすく説明しています。
【★4】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★5】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★6】 教育基本法14条2項 「法律に定める学校は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」
【★7】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行うことを黙認することは,学校の政治的中立性について規定する教育基本法第8条第2項〔注:現在の14条2項。★6〕の趣旨に反することとなるから,これを禁止しなければならないことはいうまでもない・・・(略)」
【★8】 教育基本法14条2項〔★6〕の条文の主語は「学校」ですが,ここに生徒が含まれると読むのは,条文上も理論上も無理です。6条2項で「学校」と「教育を受ける者」とを区別していることや,14条2項そのものが「政治教育をしてはならない」という言葉を具体例として使っていることからしても,ここの「学校」に生徒を含むという解釈は文言上できません。そして,理論上もおかしいことは,記事本文全体で書いたとおりです。
【★9】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「特に教育的な観点からみて生徒の政治的活動が望ましくない理由としては次のようなことが考えられる。 (略) (6)生徒が政治的活動を行うことにより,学校や家庭での学習がおろそかになるとともに,それに没頭して勉学への意欲を失ってしまうおそれがあること」
【★10】 同 「(2)心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行うことは,じゅうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり,将来幅広い視野に立って判断することが困難となるおそれがある。したがって教育的立場からは,生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること」
【★11】 同 「(1)生徒は未成年者であり,民事上,刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように,国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請しているともいえること」
【★12】 大阪地裁昭和49年4月16日判決(月刊生徒指導1974年7月号94頁,別冊ジュリスト64号「教育判例百選(第二版)」40頁) 「高校生といえども一個の社会人として,国の政治に関心を持ち,自ら選ぶところに従って相応の政治活動をおこなうことはもとより正当なことであって,…指導にあたっては,政治活動の如(ごと)く,生徒の基本的人格にかかわる問題については特に,いやしくも指導の名のもとに自己の政治的信条を押しつけたり,生徒の政治的自由を不当に抑圧(よくあつ)するようなことがあってはならないのはもとより,生徒にそのように受け取られないよう慎重な配慮がなければならず…政治集会やデモに参加することを一律(いちりつ)に禁止し,生徒の参加が予測される集会やデモには,その都度生活指導部の教師らが出向いて様子を見るという措置に出たのは…教育的見地から見て妥当(だとう)なものであったかどうかははなはだ疑問である」
【★13】 東京地裁昭和47年3月30日判決(判例時報682号39頁) 「未成年者とくに高校程度の教育過程にあるものについてその教育目的を達するのに必要な範囲で表現の自由が制限されることがあってもかならずしも違法ではないと解されるから,〔高校〕がビラの配布や集会を行なうには校長または生徒会主任の許可を得なければならないとしていることをもってただちに表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に違反する無効なものということはできない。また,〔高校〕が政治的な集会やデモに参加することを禁止したのは,心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想にのみ深入りすることの弊害(へいがい)を防止し基礎的な教養の習得をはかるとともに,ややもするとこれらの集会,デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を守るためであったことは前認定のとおりであって,未成熟者に対する教育上の配慮にもとづく相当な措置であると解されるから,これまた表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に反する違法なものとはいえない。したがって,許可をうけずにビラの配布や集会を行なったことおよび禁止に反して政治的な集会,デモに参加したことを理由に懲戒処分を加えたからといって憲法に違反する無効なものということはできない。また,本件処分が思想,信条にもとづく差別扱いであることを疎明(そめい)する資料はないから,法のもとの平等を定めた憲法の規定に違反するということもできない」
 東京高裁昭和52年3月8日判決(判例時報856号26頁) 「高等学校の生徒はその大部分が未成年者であり,国政上においても選挙権などの参政権が与えられていないが,その年令などからみて,独立の社会構成員として遇することができる一面があり,その市民的自由を全く否定することはできず,政治活動の自由も基本的にはこれを承認すべきものである。しかし,現に高等学校で教育を受け,政治の分野についても,学校の指導によって政治的識見の基本を養う過程にある生徒が政治活動を行うことは,国家,社会として必ずしも期待しているところではない。のみならず,生徒の政治活動を学校の内外を問わず,全く自由なものとして是認するときは,生徒が学習に専念することを妨(さまた)げ,また,学校内の教育環境を乱し,他の生徒に対する教育の実施を損うなど高等学校存立の基盤を侵害する結果を招来(しょうらい)するおそれがあるから,学校側が生徒に対しその政治活動を望ましくないものとして規制することは十分に合理性を有するところである。また,本件当時全国的な規模で展開されたいわゆる学校封鎖は,個々の場合においてそれぞれ異なる様相を呈(てい)したとはいえ,ほとんど常に暴力的破壊的性質を帯び,その結果は,単に学内に止まらず,多かれ少かれ社会一般の秩序を乱すものであったことは公知の事実である。それだけに,学校側が生徒に対しこのような行動に加担しないように教導し,生徒がこれに参加した場合に,その行為の性質その他の事情に鑑(かんが)み,適切な懲戒処分をもって臨むほか,処分後の指導においても,生徒に対し自己の行為の非を反省し,今後同じような暴力的破壊的行動に出ることを厳に慎(つつし)むよう指導することは当然のことであり,もとより生徒の政治的自由に対する侵害などと評価すべき限りではない」
 その他,福島地裁昭和47年5月12日判決(判例時報677号44頁),福岡地裁50年1月24日判決(判例時報775号129頁),仙台高裁昭和54年5月29日判決など。
 生徒が政治活動に参加したことを内申書に書かれ,高校が不合格となった麹町中学校内申書事件では,一審の東京地裁昭和54年3月28日判決(判例時報921号18頁)で生徒側が勝訴しましたが,二審の東京高裁昭和57年5月19日判決(判例時報1041号25頁)とその後の最高裁判所第二小法廷昭和63年7月15日判決(判例時報1287号65頁)では敗訴しています。
【★14】 これまで選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★15】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★16】 何が「政治的活動」なのかは,〔★17〕の通知に定義がありますが,とてもわかにくく,そしてあいまいだという問題があります。
 「『政治的活動』とは,特定の政治上の主義若(も)しくは施策又(また)は特定の政党や政治的団体等を支持し,又はこれに反対することを目的として行われる行為であって,その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉になるような行為をすることをいい,選挙運動を除く」
【★17】 平成27年10月29日文部科学省初等中等教育局長「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(27文科初第933号)http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1363082.htm
【★18】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「2 生徒の政治的活動を規制することについて」 「(3)放課後,休日等に学校外で行われる生徒の政治的活動は,一般人にとっては自由である政治的活動であっても,前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあって,学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかっている段階であることなどにかんがみ,学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの,暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが,そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限,禁止することが必要である」
【★19】 平成27年通知〔★17〕 「第3 高等学校等の生徒の政治的活動等」「3.放課後や休日等に学校の構外で行われる生徒の選挙運動や政治的活動については,以下の点に留意すること。 (略) (3)放課後や休日等に学校の構外で行われる選挙運動や政治的活動は,家庭の理解の下,生徒が判断し,行うものであること。その際,生徒の政治的教養が適切に育まれるよう,学校・家庭・地域が十分連携することが望ましいこと」
【★20】 朝日新聞2016年1月30日「高校生の校外デモや集会参加 学校への届出制容認 文科省」
【★21】 最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決(民集28巻5号790頁,昭和女子大事件) 「大学は,国公立であると私立であるとを問わず,学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり,法律に格別の規定がない場合でも,その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し,これによつて在学する学生を規律する包括的権能(ほうかつてきけんのう)を有するものと解すべきである。特に私立学校においては,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針とによつて社会的存在意義が認められ,学生もそのような伝統ないし校風と教育方針のもとで教育を受けることを希望して当該大学に入学するものと考えられるのであるから,右の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し,これを実践することが当然認められるべきであり,学生としてもまた,当該大学において教育を受けるかぎり,かかる規律に服することを義務づけられるものといわなければならない。もとより,学校当局の有する右の包括的権能は無制限なものではありえず,在学関係設定の目的と関連し,かつ,その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認(ぜにん)されるものであるが,具体的に学生のいかなる行動についていかなる程度,方法の規制を加えることが適切であるとするかは,それが教育上の措置に関するものであるだけに,必ずしも画一的に決することはできず,各学校の伝統ないし校風や教育方針によつてもおのずから異なることを認めざるをえないのである。これを学生の政治的活動に関していえば,大学の学生は,その年令等からみて,一個の社会人として行動しうる面を有する者であり,政治的活動の自由はこのような社会人としての学生についても重要視されるべき法益であることは,いうまでもない。しかし,他方,学生の政治的活動を学の内外を問わず全く自由に放任するときは,あるいは学生が学業を疎(おそろ)かにし,あるいは学内における教育及び研究の環境を乱し,本人及び他の学生に対する教育目的の達成や研究の遂行をそこなう等大学の設置目的の実現を妨(さまた)げるおそれがあるのであるから,大学当局がこれらの政治的活動に対してなんらかの規制を加えること自体は十分にその合理性を首肯(しゅこう)しうるところであるとともに,私立大学のなかでも,学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が,その教育方針に照らし学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から,学内及び学外における学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても,これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない」
【★22】 「在学契約説:学校が国公立であると私立であるとを問わず,在学関係は,学校設置者と生徒ないしその保護者とのあいだで,生徒が学校において教育を受けることを契約することによって成立する契約関係ととらえるもの。教育法学会の多数説である。(略)在学契約説では,学校・教師と生徒との関係は,憲法で保障されている子どもの成長発達と学習権を保障すべき法律関係であって,生徒や親は学校・教師に従属するものではなく対等な権利義務関係に立つことになり,校則は,学校・教師と生徒・親との契約内容を示すものとなる。したがって,校則の内容について両契約当事者の合意が不可欠であるということになり,校則を制定・改変するにあたり,生徒・親の参加は当然のことである。この考え方は,現行憲法原理及び前記最高裁判決〔注:昭和52年3月15日第三小法廷判決〕,子どもの権利条約28条(教育への権利),1990年11月国連総会で採択されたリヤド・ガイドラインのⅣのB教育(20条以下31条-特に21条cでは「単なる対象物としてではなく,積極的かつ有効な参加者として青少年を教育過程に参加させること」とうたっている)について定めた規定,国際人権規約A規約13条(教育についての権利),児童権利宣言7条(教育についての権利)等の諸規定とも,趣旨において最もよく適合するものであり,適切な考え方である」(日本弁護士連合会「子どもの権利ガイドブック」134頁)

2016年1月 1日 (金)

少年院ってどんなところ?

 

 少年院ってどんなところですか? 刑務所とどうちがうんですか?

 

 

 少年院は,犯罪をした子どもや,犯罪をするかもしれない子どもを,立ち直らせるための施設です【★1】。


 12歳や13歳の子どもでも,少年院に入ることは,ありえます【★2】

 しかし実際は,少年院に入る時の子どもの年齢は,16歳から19歳が,ほとんどです
【★3】【★4】


 少年院にいる期間は,1年くらいが基本です【★5】【★6】

 でも,本人の立ち直りが遅ければ,2年くらいまで伸びることもあります
【★7】

 (最初から半年以内を目安として少年院に送られるケースもあります
【★8】。)


 なので,18歳や19歳で少年院に入り,少年院の中で成人式を迎える,という人が,たくさんいます【★9】

 つまり,少年院の中には,20歳以上の人も多くいるのです。

 少年院にいられる上限は,22歳の最後の日までです
【★10】

 ただ,そのぎりぎりまで少年院にいることは,まずありません。



 病気などで医療が必要な人には,そのための少年院があり,

 そこは,25歳の最後の日までが,上限です
【★11】


 少年院も,刑務所と同じように,

 中のルールがとても厳しく,自由はとても少ないです。

 1日の生活の流れが決まっていて
【★12】

 他の人との私語もダメですし,

 号令にしたがって,きびきびと動かなければいけません
【★13】


 しかし,少年院は,刑務所とは,とても大きなちがいがあります。


 刑務所で受けるのは,仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」という,「刑罰」です【★14】

 でも,少年院で受けるのは,「刑罰」ではありません【★15】

 少年院で行われるのは,「教育」です
【★16】


 きちんとした社会のメンバーとなるための知識や態度を身につける生活指導では,

 職員と面接したり,日記・作文を書いたりして,自分自身と向き合います
【★17】

 働こうという気持ちを高めて,働くための知識や技術を身につける職業指導では,

 溶接や機械運転,パソコンなどの資格を取る人もいます
【★18】

 教科指導では,生活を送るうえで必要になる学力を身につけることができ,高卒認定試験を通る人もいます
【★19】


 そういった教育が,集団生活の中で行われます【★20】


 少年院の職員の人たちは,厳しく,そして熱く,子どもたちと向き合います【★21】


 家や学校,地域の中で,大人たちから大切な存在として扱われず,居場所がなかった子どもたち。

 その多くが,少年院での「教育」,職員との出会いとかかわりを通して,立ち直っていきます
【★22】

 そして,社会に戻るためのサポートを受けて,少年院から巣立っていきます
【★23】


 私たち弁護士は,犯罪をしてしまった子どもが,少年院に行かなくても社会の中で立ち直れるようにと,活動することが多いです。

 「少年院は,子どもが立ち直るための,一番最後の場所であって,

 かんたんに子どもを少年院に入れてはいけない」,

 世界も,そう確認しています
【★24】

 でも,少年院は,そういう一番最後のだいじな施設だからこそ,

 そこに入った子どもたちに,本当に真剣に向き合っています
【★25】


 少年院での「教育」が,刑務所の「刑罰」よりもラクだ,などということはありません。

 刑務所の「刑罰」は,その人をこらしめるためのもの,その人の外から押し付けられるものです。

 でも,少年院での「教育」は,その人が立ち直るよう,その人が自分自身の中から変わっていくことを,厳しく求められます
【★26】

 そこに甘やかしはありませんし,けっしてラクなものなどではありません。



 先日,私の引率で少年院を見学した大学1年生が,こう話してくれました。

 「たしかに厳しい環境だけれど,それより前に見学した刑務所とちがって,

  少年院は,全寮制の学校のような印象が,深く心に残った。

  ここで子どもたちが『育て直し』をされているのだと思った」。

 それは,18年前,私が大学1年生のときに,初めて刑務所と少年院の両方を見学して受けた印象と,同じです。



 ところが,

 そうやって少年院の現場を実際に訪れることもなく,

 少年院にいた人たちや,少年院の職員たちの話を知ろうともしないで,

 「大人とちがい,1年や2年のあいだ少年院にいるだけで社会に戻れるなんて,犯罪をおかした子どもに,法律は甘い。もっと厳しくするべきだ」,

 そう考える人がいます。



 もともとむかしから,事件によっては,20歳になっていない人でも,少年院ではなく刑務所に送られることは,ありました【★27】

 しかし,「法律が甘い」という声を受けて,子どもたちが刑務所に送られやすい方向に,これまでも少年法は変えられていました
【★28】


 そして,最近,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられたのに合わせて,

 「少年法も改正して,少年院に入れる年齢の上限を下げて,

 犯罪をした18歳・19歳は,大人と同じ責任を負わせるべきだ」,

 そういう議論が出てくるようになりました。



 今の少年法なら,18歳・19歳に,少年院での最後の「育て直し」のチャンスがあります。

 でも,もし,そんなふうに少年法が改正され,少年院に入れる年齢の上限が下がってしまうと,

 犯罪をしても,裁判にかけられないままで終わってしまったり
【★29】

 裁判さえ終われば,あとはそのまま社会に放り出されるだけになってしまったり
【★30】

 刑務所で刑罰を押し付けられるだけになってしまったりして,

 最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。



 そんな法改正が,はたして,

 それまで家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,良いことなのかどうか,

 私たちのこの社会にとって,本当に良いことなのかどうか,

 それを,実際に多くの18歳・19歳を「育て直し」ている少年院をよく見て,皆さんに考えてみてほしいと思います
【★31】

 

 

【★1】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,少年院に送られることもあります。これを「ぐ犯」と言います。
少年法3条「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由(じゆう)があって,その性格又(また)は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為(こうい)をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖(せいへき)のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附(つ)かないこと
 ハ 犯罪性のある人若(も)しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★2】 少年法の厳罰化(げんばつか)の流れを受けて,平成19年(2007年)5月成立・同年11月施行の改正少年法で,少年院に送られる子どもの年齢が,12歳に引き下げられました。ただし,12歳,13歳は,特に必要がある場合だけ,少年院に送られることになっています。
 同法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★3】 少年院に送る判断がされるのは,家庭裁判所の審判という手続の中です。この審判は,20歳を超えてしまうとできません。
 少年法2条1項 「この法律で『少年』とは,20歳に満たない者をいい…(略)」
 同法3条1項 「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に処する。(略)」
 同法19条2項 「家庭裁判所は,調査の結果,本人が20歳以上であることが判明したときは,……決定をもって,事件を管轄(かんかつ)地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致(そうち)しなければならない」
 同法23条3項 「第19条第2項の規定は,家庭裁判所の審判の結果,本人が20歳以上であることが判明した場合に準用(じゅんよう)する」
【★4】 少年矯正統計少年院2014年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人,14歳:171人,15歳:310人,16歳:566人,17歳:608人,18歳:602人,19歳:605人,20歳以上:1人
【★5】 平成26年の長期処遇(しょぐう)対象者のうち,仮退院までの平均在院日数は,397日でした(少年矯正(きょうせい)統計少年院2014年「40 少年院別 仮退院者の在院期間(長期処遇対象者)」)。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
【★6】 以前は,「長期処遇」「一般短期処遇」「特修短期処遇」という処遇区分がありましたが,平成26年(2014年)に成立し,平成27年(2015年)6月から施行されている新しい少年院法では,どのような矯正教育の内容を重点的に行うのか,その程度の期間を標準として矯正教育を行うのか,を規定した「矯正教育課程」のわくぐみに変わりました(少年院法30条。法務省矯正局編「新しい少年院法と少年鑑別所法」69頁)。
【★7】 法務大臣平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令(くんれい)」(法務省矯少訓第2号)の別表1の矯正教育課程の「標準的な期間」は,短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)以外,どれも「2年以内の期間」となっています。
 http://www.moj.go.jp/content/001151845.pdf
【★8】 〔★7〕の短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)の「標準的な期間」は,「6月以内」です。
 法務省矯正局長平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令の運用について(依命通達)」(法務省矯少第92号)「2 第1種少年院における在院者の矯正教育課程の指定」「(1)短期義務教育課程又は短期社会適応課程」「ア 一般的な取扱い 家庭裁判所において,送致すべき少年院として第1種が指定され,かつ,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を履修(りしゅう)させるべき特性を考慮して,これらの矯正教育課程の標準的な期間(6月以内)を矯正教育の期間として設定することが適当であるとする旨の勧告が付された場合は,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を指定すること。なお,少年院送致の保護処分歴がある場合には,短期義務教育課程又は短期社会適応課程の在院者の類型である『その者の持つ問題性が単純又は比較的軽く,早期改善の可能性が大きいもの』には該当しないこと」「イ 14歳未満の在院者について 14歳未満の在院者については,義務教育を終了しない者ではあるものの,原則として短期義務教育課程は指定しないが,次のいずれにも該当する場合において,相当と認めるときは,同課程を指定することができること。(ア)中学校2年生に該当する年齢であること。(イ)心身の発達の程度を考慮して14歳以上の在院者との同一の集団での矯正教育の実施に著しい支障が認められないこと」 http://www.moj.go.jp/content/001151846.pdf
【★9】 少年院法137条1項 「少年院の長は,保護処分在院者が20歳に達したときは退院させるものとし,20歳に達した日の翌日にその者を出院させなければならない。ただし,少年法第24条第1項第三号〔★10〕の保護処分に係る同項の決定のあった日から起算して1年を経過していないときは,その日から起算して1年間に限り,その収容を継続することができる」
 少年院送致決定から1年以上さらに収容する場合には,家庭裁判所が,収容継続審判をします。
 同法138条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の心身に著しい障害があり,又はその犯罪的傾向が矯正されていないため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨の決定の申請をしなければならない。 一 前条第1項本文の規定により退院させるものとされる者 20歳に達した日 二 前条第1項ただし書の規定により少年院に収容することができる期間…が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が23歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★10】 少年院法4条1項 「少年院の種類は,次の各号に掲げるとおりとし,それぞれ当該各号に定める者を収容するものとする。
 一 第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著(いちじる)しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(次号に定める者を除く。)
 二 第2種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がない犯罪的傾向が進んだおおむね16歳以上23歳未満のもの
 三 第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの
 四 第4種 少年院において刑の執行を受ける者」
【★11】 以前は「医療少年院」と呼んでいたもので,今は「第3種」の少年院です(少年法4条1項三号。〔★10〕)。
 少年院法139条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の精神に著(いちじる)しい障害があり,医療に関する専門的知識及び技術を踏(ふ)まえて矯正教育を継続して行うことが特に必要であるため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨(むね)の決定の申請をしなければならない。 一 家庭裁判所が前条第2項…の規定により定めた少年院に収容する期間が23歳に達した日に満了する者 23歳に達した日 二 家庭裁判所が次項…の規定により定めた少年院に収容する期間(当該期間の末日が26歳に達した日である場合を除く。)が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が26歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★12】 多摩少年院の場合の一日の流れは次のとおりです(同院パンフレット)。
  7:00 起床
  7:30 洗面,身辺整理,朝食,役割活動
  9:00 朝礼
  9:15 教育活動
 12:00 昼食
 13:30 教育活動
 17:00 夕食
 18:00 集会,教養講話
 19:00 自己計画学習,日記記入
 20:00 テレビ視聴
 21:00 1日の反省
 21:15 就寝
【★13】 「僕が入っていた当時の少年院はどんな場所だったのかというと。
 一,少年院の中では基本的に私語厳禁。『あつい』『きつい』などの独り言もダメ。
 一,院生同士での手紙のやり取り,目で合図を送るなどの通信は禁止。
 一,廊下を歩く際には,スリッパをペタペタさせない。また,よその部屋を覗(のぞ)かない。
 一,集団トイレの使用は,各部屋ごとに決められた時間で用を済ますこと。
 一,テレビ鑑賞の時間は,大きな声で笑わない。
 一,就寝時は,眠りに入るまで天井を向いて目を閉じること。
 生活面の規則は,他にもまだたくさんあった。その上,院内では部屋から一歩外へ出ると,次のような集団行動を行わなければならなかった。
 一,『気をつけ』の姿勢は背筋をピンと張って,両手の中指をズボン横の縫(ぬ)い目に沿わせる。
 一,『前へならえ』の姿勢は,ならえの『な』の号令が聞えると同時に,素早く両手を前へ出す。この時,親指は曲げて,手の平にくっ付けておく。
 一,『礼』の姿勢は,背筋を張ったまま上半身を斜め45度に倒す。視線は3歩先を見るようにし,心の中で『1,2,3』と数えた後,サッと頭を上げる。
 規則を数えればきりがないが,このような生活を日々実践(じっせん)させられるわけだ。
 だが,少年院はこればかりではない。『ハイ!』『有難うございます!』『失礼します!』『すみません!』と力いっぱい大きな声で返事をしなければならず,教官は僕たちに徹底して躾(しつけ)を教え込んだ」(「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)126頁,吉永拓哉「少年院卒元ヤンブラジル新聞記者の人生」)
【★14】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★15】 ただし,一応法律上は,少年院で刑の執行を受けることも,ありうることになってはいます。これは,少年法の厳罰化の流れを受けて,平成12年(2000年)11月改正・平成13年(2001年)4月施行の改正少年法で,14歳・15歳も大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受けることがありうるとされたことに関連します。いままでも16歳以上の子どもが大人と同じ刑罰を受けることはありました。その場合,少年刑務所という,大人とは違う刑務所で,刑の執行を受けます。しかし,14歳・15歳の子どもは,刑の執行を受けるとはいっても,まだ教育が必要な年齢です。なので,16歳にまるまでは少年院で刑の執行を受けることとし,その間は「矯正教育を授ける」ということになったのです。少年院法4条1項〔★10〕の第4種の少年院が,これにあたります。ただし,この記事を書いている現時点で,この規定に基づいて少年院で刑の執行を受けている人はいません。
 少年法56条1項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた少年…に対しては,特に設けた刑事施設又は刑事施設若しくは留置施設内の特に分界を設けた場所において,その刑を執行する」
 同条3項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた16歳に満たない少年に対しては,…16歳に達するまでの間,少年院において,その刑を執行することができる。この場合において,その少年には,矯正教育を授ける」
【★16】 少年院法3条 「少年院は,次に掲げる者を収容し,これらの者に対し矯正教育その他の必要な処遇を行う施設とする。(略)」
【★17】 少年院法24条1項 「少年院の長は,在院者に対し,善良な社会の一員として自立した生活を営むための基礎となる知識及び生活態度を習得させるため必要な生活指導を行うものとする」
【★18】 少年院法25条1項 「少年院の長は,在院者に対し,勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させるため必要な職業指導を行うものとする」
【★19】 少年院法26条1項 「少年院の長は,学校教育法…に定める義務教育を終了しない在院者その他の社会生活の基礎となる学力を欠くことにより改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる在院者に対しては、教科指導(同法による学校教育の内容に準ずる内容の指導をいう。…)を行うものとする」
【★20】 少年院法38条1項 「矯正教育は,その効果的な実施を図るため,在院者が履修すべき矯正教育課程,第16条に規定する処遇の段階その他の事情を考慮し,在院者を適切な集団に編成して行うものとする」
【★21】 少年院の職員である「法務教官」の皆さんの具体的な話が,毛利甚八著「少年院のかたち」(現代人文社)で読むことができます。
【★22】 少年院を出た人たちが,互いの経験や未来を共有したりして語り合う場として,「NPO法人セカンドチャンス!」を立ち上げています(http://secondchance-tokyo.jimdo.com/)。少年院を出た人たち一人ひとりの話が,「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)で読むことができます。
【★23】 少年院法44条1項 「少年院の長は,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後に自立した生活を営む上での困難を有する在院者に対しては,その意向を尊重しつつ,次に掲げる支援を行うものとする。(略)」
【★24】 少年司法運営に関する国連最低基準規則(1985年,通称「北京ルールズ」)18条1 「権限を有(ゆう)する機関にとって,きわめて多様な処遇方法が利用できなければならない。可能なかぎり最大限,施設収容をさけるために,柔軟性が認められなければならない」
 同規則19条 「少年の施設収容処分は,常に,最後の手段であり,かつ,その期間は必要最小限度にとどめられなければならない」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及(およ)び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条4項 「児童がその福祉に適合し,かつ,その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため,保護,指導及び監督命令,カウンセリング,保護観察,里親委託,教育及び職業訓練計画,施設における他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする」
【★25】 しかし,平成21年(2009年),広島少年院で法務教官たちが少年院に入っている人たちに暴力をふるっていたことが明らかになりました。少年院法という法律は,もともとは,条文の数が少ない法律で,昭和24年(1949年)に施行されてからこれまで,大幅な改正が一度もされずにいたのですが,広島の事件がきっかけとなって,平成26年(2014年)に少年院法が大きく変わりました(平成27年(2015年)6月から施行)。報道では,「初等少年院/中等少年院」「特別少年院」「医療少年院」という名前を「第1種」「第2種」「第3種」に変えたことのほうが取り上げられていますが(「特別少年院」という名前が子どもたちの間で一種のステータスになっていたから,という事情もありました),広島少年院の事件が法改正のきっかけだったことからすれば,少年院にいる人たちの取り扱いについて法律できちんとルールが決められたこと,処遇に不満がある場合の救済のしくみや,外部の人が少年院の状況をチェックするしくみができたことのほうが,重要です。
【★26】 「少年院や保護観察などの教育方法は,少年の生活意識や態度を根本から改めさせるために,少年自身の努力によって非行性を克服させようとするものであり,少年自身にとって非常に厳しい自己錬磨が要求されるのです。そこには甘やかしの要素はほとんど入ってきません。刑罰が,その懲罰的な性格により他律的改善を図る手段であるとすると,保護処分は,自律的改善を少年に強制する手段だということになります」(澤登俊雄「少年法」8頁)
【★27】 大人と同じ裁判にかけるために,事件を家庭裁判所が検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,刑事訴訟を起こします。
 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★28】 むかしは,16歳以上の子どもでなければ逆送はできませんでした。また,16歳以上の非常に重い犯罪でも,事情によっては,必ずしも逆送されるとはかぎりませんでした。
 しかし,大人たちが「少年法は甘い,厳しくするべきだ」と考えた結果,2000年(平成12年)に法律が変えられ,14歳・15歳の子どもでも逆送されうることになり,また,16歳以上の子どもで故意に(わざと)人を死なせた犯罪のときには,必ず逆送しなければならない,というように,厳しくなりました。
 少年法20条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
【★29】 20歳になっていない人の刑事事件については,犯罪をした疑いがないかぎり,すべて家庭裁判所に送られます(「全件送致主義」と言います)。
 少年法42条1項 「検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,…これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である」
 ところが,20歳以上の人の刑事事件については,検察官は,必ず裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
【★30】 少年事件では,家庭裁判所の審判で,少年院には送られずに社会に戻ってよいとされる場合でも,定期的に地元の保護司のところに通う「保護観察処分」となることがほとんどです。
 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 一 保護観察所の保護観察に付すること。(略)」
 しかし,大人の裁判では,「これから数年間まじめに暮らしていれば刑務所に行かなくてもよい」という執行猶予(しっこうゆうよ)の判決であれば,それで終わりです。大人の裁判でも「保護観察」を付けることはありますが,そういう判決になることはとても少ないのが実際です。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。(略)」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ,同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★31】 日弁連2015年(平成27年)2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150220_2.pdf

2015年12月 1日 (火)

亡くなった親が借金をしていた

 

 19歳で,きょうだいはいません。両親は私が幼いころに離婚しました。父は今どこで何をしているかわかりません。今年,母が亡くなり,何十万円かの預金と,私を受取人にしている200万円の生命保険を残していました。預金と生命保険の手続きは20歳にならないとできないらしいので,それまで待つことにしていました。ところが最近,母にかなりの額の借金があったことがわかり,業者から「返せ」という手紙が来て,とても困っています。

 

 

 ほんとうにその借金があったとしても,相続放棄の手続をすれば,あなたがその借金を払う必要はありません。

 また,相続放棄をしても,生命保険金は受け取ることができます。




 業者から突然「返せ」と連絡が来て,驚きましたよね。

 もしかして,お母さんが残した財産以上の借金を払わなくてはいけなくなるのかと,とても不安になったと思います。




 亡くなった人の財産を他の人が引き継ぐことを,「相続」と言います
【★1】


 あなたのお母さんは,「この財産をこの人に引き継がせたい」という「遺言(いごん)」を,書いてはいなかったのですね
【★2】

 遺言がなければ,法律に書かれている順番・割合で,家族が財産を引き継ぎます。



 あなたのお母さんが離婚していて,子どもがあなた一人だけなら,

 あなたがお母さんの財産を全部引き継ぐことになります
【★3】


 相続では,預金や土地・建物などのプラスの財産も,借金などのマイナスの財産も,両方とも引き継ぎます。


 でも,プラスの財産の額よりも,マイナスの額のほうが多かったら,それを引き継いで返していくのは,大変です。


 法律は,一人ひとりを大切な存在としてあつかっています。

 あなた自身が作った借金ではないのに,「家族だから」という理由だけで,必ず引き継がなければならないというのでは,おかしなことです。

 だから,借金などのマイナスの財産のほうが大きいときには,相続しないことができます。

 これを,「相続放棄(そうぞくほうき)」と言います
【★4】


 相続放棄は,亡くなった人の最後の住所の地域の家庭裁判所で,手続をします【★5】

 亡くなったことを知ったときから3か月以内に,手続をするのが原則です
【★6】

 3か月以内では財産を全部調べるのが間に合わないときには,

 「放棄するかどうか調べて考える期間を伸ばしてほしい」と裁判所に連絡します
【★7】


 あなたの場合,まだ20歳になっていないので,今はまだ,この相続放棄の手続をとることができません【★8】

 20歳になってから3ヶ月以内に手続をとれば大丈夫です。



 お母さんにあったという多額の借金が,ほんとうにあなたが払わなければならないものなのかどうか,よく確かめてみてください。

 むかしの借金なら,もう「時効(じこう)」で消えていて,払わなくてよくなっているかもしれません
【★9】

 利息が高かったときの借金なら,利息制限法という法律で計算しなおせば,借金の額が減っているかもしれません
【★10】

 20歳になる前に,弁護士に相談してみてください。



 相続放棄の手続きが終わると,裁判所が証明書を出してくれます。

 それを業者に見せれば,「お金を払え」と求められることは,なくなります。



 きちんと調べるまでは,業者に一部でもお金を返さないようにしてください。

 でも,もし,うっかり相続放棄の前にいくらか返してしまったとしても,

 お母さんの残したお金からではなく,自分のお金から払ったのなら,

 その後でも相続を放棄することはできますから,安心してください
【★11】



 相続放棄をすると,プラスの財産も引き継ぎません。

 なので,お母さんの残した数十万円の預金は,あなたが受け取ることはできません
【★12】


 でも,生命保険のお金は,相続放棄をしても,あなたが受け取ることができます。


 相続は,亡くなった時に,亡くなった人が持っていた財産を引き継ぐものです。

 あなたが受取人として指定されている生命保険のお金は,

 お母さんが亡くなったことによってはじめて,あなたに発生するお金です。

 お母さんが亡くなった時に,お母さん自身が持っていたものではありません。

 だから,相続放棄をしても,受け取ることができるのです
【★13】【★14】


 お母さんが,あなたのために残してくれた生命保険のお金です。

 ぜひ大切にして,今後のあなたの生活のために役立ててください。




 日本が大きな戦争に負ける前までは,一家の主(あるじ)が亡くなると,財産は全て家族のうちの一人が引き継ぎ,それも,長男が優先されていました
【★15】

 子どもが何人かいても,「年下だから」「女性だから」という理由で,子どもどうしが平等に扱われてこなかったのです。



 戦争に負けた後,日本は,一人ひとりを大切にする社会にしようと変わりました。

 相続も,子どもどうしなら,年や男女に関係なく平等に相続するようになりました。



 ところが,不平等は,まだ別のところで残りました。

 例えば,男性が,結婚している女性との間に子どもをもうけ,さらに結婚していない別の女性との間にも子どもをもうけていたとき,

 その男性が亡くなると,

 結婚していない女性のほうの子どもは,結婚している女性のほうの子どもの2分の1しか,相続することができなかったのです
【★16】


 子どもは,親を自分で選んで生まれてくることは,できません。

 お父さんが同じなのに,お母さんが結婚していたかどうかで,子どもどうしを違うあつかいにするのは,全くおかしなことでした。

 そして,ようやく2013年(平成25年)に,最高裁は,

 「親が結婚していたかどうかで子どもが相続できる割合が違うのは,憲法が保障している平等原則に違反している」,

 そう言って,今後は同じ割合で相続するという判決を出しました
【★17】


 相続というしくみが,なぜあるのか。

 いろんな説明が試されていますが,

 はっきりとした理屈で,すっきりと説明することは,実は難しいのです
【★18】

 そのためもあって,実際,いろんな不都合が,あちこちで起きています。

 私は,弁護士として,相続の事件を多くあつかっていますが,

 今の相続のしくみが理不尽(りふじん)だと思うことが,たくさんあります。

 裁判での争いや,国会での議論によって,相続についての法律を,より良いものに変えていく必要があると思っています。
 



 「子どもは,親を自分で選んで生まれてくることができない」。

 それは,財産が多くある親のもとに生まれてきた子どもと,そうでない子どもとの間でも,同じことが言えます。

 相続のしくみのことだけでなく,

 親が元気な時も,親が病気になった時も,そして,親が亡くなった後も,

 子どもたちが,その生まれてくる家庭によって,理不尽な違ったあつかいを受けることなく,

 一人ひとりが大切にされる社会であることが必要だと,私は強く思っています。

 

 

【★1】 民法882条 「相続は,死亡によって開始する」
 民法896条 「相続人は,相続開始の時から,被相続人(ひそうぞくにん)の財産に属(ぞく)した一切の権利義務を承継(しょうけい)する。ただし,被相続人の一身に専属(せんぞく)したものは,この限(かぎ)りでない」
 「被相続人」は亡くなった人のこと,「相続人」は亡くなった人の財産を引き継ぐ人のことです。
【★2】 民法964条 「遺言者(いごんしゃ)は,包括(ほうかつ)又(また)は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分(いりゅうぶん)に関する規定に違反することができない」
 「遺言」は,日常用語では「ゆいごん」と読みますが,法律用語では「いごん」と読みます。
【★3】 民法887条1項 「被相続人の子は,相続人となる」
 お母さんが離婚していなければ,お父さんも相続人になります(民法890条「被相続人の配偶者(はいぐうしゃ)は,常に相続人となる。(略)」,民法900条「同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。 一 子及(およ)び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする(略)」)。
 あなたが一人っ子でなければ,きょうだいで均等に相続します(民法900条「… 四 子…が数人あるときは,各自の相続分は,相等(あいひと)しいものとする。(略)」)。
【★4】 民法939条 「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす」
【★5】 民法938条 「相続の放棄をしようとする者は,その旨(むね)を家庭裁判所に申述(しんじゅつ)しなければならない」
 家事事件手続法201条1項 「相続の…放棄に関する審判事件…は,相続が開始した地を管轄(かんかつ)する家庭裁判所の管轄に属する」
 民法883条 「相続は,被相続人の住所において開始する」
【★6】 民法915条1項 「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇(か)月以内に,相続について,単純若(も)しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(略)」
【★7】 民法915条1項但書 「…ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって家庭裁判所において伸長(しんちょう)することができる」
【★8】 民法917条 「相続人が未成年者…であるときは,第915条1項の期間は,その法定代理人が未成年者…のために相続の開始があったことを知った時から起算する」
 あなたの場合,親権者であったお母さんが亡くなったので,法定代理人がいない状態です。親権者変更の手続をとってお父さんに親権者になってもらうのも,相続放棄のためだけに未成年後見人を家庭裁判所に選任してもらうのも,現実的ではないということも多いと思います。その場合は,あなたが20歳になるまで待ってから手続をとるのでも十分です。
【★9】 最後の取引から10年が経っていれば,時効で払わなくてよくなるのが原則ですが,貸し手がサラ金・クレジット会社(会社法5条)や銀行(商法502条8号)などなら,5年で時効になることがほとんどです。「時効を援用(えんよう)します」という通知を出せばOKです。
 民法167条1項 「債権(さいけん)は,10年間行使しないときは,消滅する」
 商法522条 「商行為によって生じた債権は,この法律に別段の定めがある場合を除き,5年間行使しないときは,時効によって消滅する」
 民法145条 「時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない」
【★10】 利息制限法1条 「金銭を目的とする消費貸借(しょうひたいしゃく)における利息の契約は,その利息が次の各号に掲(かか)げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは,その超過部分について,無効とする。 一 元本(がんぽん)の額が10万円未満の場合 年2割 二 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分 三 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分」
【★11】 福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定・家月51巻5号49頁 「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産…をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである」
【★12】 あなたが相続放棄をして引き継がれなかった預金と借金は,法律で決まっている次の順位の人に引き継がれます。次はお母さんの両親や祖父母で(民法889条1項1号),亡くなっていたり相続放棄をしたりすれば,その次はお母さんのきょうだい(同項2号),きょうだいが先に亡くなっていれば甥(おい)や姪(めい)です(同条2項,民法887条2項)。相続する人が誰もいなければ,相続財産管理人という人が選ばれて清算します(民法952条,953条)。清算後に残った財産があれば,相続人ではなかったけれども特別の縁故(えんこ)があったという人が引き継ぐか(民法958条の3),国が引き継ぎます(民法959条)。
【★13】 「特定の相続人を指名を表示して受取人と指定している場合であるが,これは,第三者のためにする契約であって,受取人として指定された相続人は,保険契約の効果として当然に保険金請求権を取得する。相続による取得と解する余地はない。この点に異論はない」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」246頁)。
 受取人が具体的な氏名ではなく「相続人」と指定されていた場合も,同じです(最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決・民集19巻1号1頁)。
 受取人が被相続人本人に指定されていた場合については,判例がありません。ウェブサイトでは,当然のように「この場合は相続財産になるので,相続放棄をしたら保険金を受け取れない」と断言しているものが多いようです。しかし,以下のように反対論(相続の対象ではないので放棄しても保険金を受け取れるという見解)も多くあります。
 「保険金受取人が被保険者本人(被相続人)とされている場合については,判例は存在しない。被相続人に保険金請求権が発生し,それが相続人に相続されるという見解が多数説であるが,保険金請求権が発生した時点で被保険者たる被相続人は死亡しているという点では,矛盾は否めない」(梶村太市他「家族法実務講義」388頁),「保険契約者が被保険者及び保険金受取人の資格を兼(か)ねる場合…保険事故による保険金請求権については,保険契約者の意思を合理的に解釈すれば,相続人を受取人と指定する黙示(もくじ)の意思表示があったと解するのが相当である。少なくとも,受取人の指定がない場合と同視すべきであろう。したがって,被相続人死亡の場合については,保険金請求権は相続人の固有財産となる」(司法研修所編「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」248頁),「保険契約者が自分自身を被保険者かつ受取人としている場合 この場合も,受取人の相続人となるべき物のためにする保険契約であって,同人が保険金請求権を固有の権利として取得すると解すべきである。これに対し,保険金請求権は保険契約者に帰属し,その相続人はこれを相続によって取得すると解するのが通説的見解である」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」263頁)
【★14】 生命保険金は遺産ではないのですが,相続税の計算の中では,生命保険金は「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条1項1号)。ただし,生命保険金は一定額までは非課税ですし(同法12条1項5号),基礎控除など様々な計算がありますから,相続税が発生しないことも多いです。相続税については,税務署や税理士に相談するとよいでしょう。
【★15】 むかしの民法では,一家の主のことを「戸主(こしゅ)」と呼んで,戸主が亡くなったり,隠居(いんきょ)したときに,家の財産をすべて一人が引き継ぐことになっていて,多くの場合長男が単独相続していました。これを「家督相続(かとくそうぞく)」と言います(なお,戸主以外の人が亡くなったときは,家督相続とは違い,共同相続でした)。
 明治民法970条 「被相続人の家族たる直系卑属(ちょっけいひぞく)は左の規定に従い家督相続人と為(な)る 一 親等の異なりたる者の間に在(あ)りては其(その)近き者を先にす 二 親等の同じき者の間に在りては男を先にす 三 親等の同じき男又は女の間に在りては嫡出子(ちゃくしゅつし)を先にす 四 親等の同じき嫡出子,庶子(しょし)及び私生子の間に在りては嫡出子及び庶子は女と雖(いえど)も之を私生子より先にす 五 前四号に掲げたる事項に付き相同(あいおな)じき者の間に在りては年長者を先にす」
【★16】 結婚している夫婦の間の子どもを「嫡出子(ちゃくしゅつし)」,結婚していない男女の間の子どもを「非嫡出子(ひちゃくしゅつし)」と言い,非嫡出子の相続分は,嫡出子の半分とされてきました。
 改正前の民法900条4号但書 「ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし…」
【★17】 最高裁判所大法廷平成25年9月4日判決・民集67巻6号1320頁 「昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准(ひじゅん)した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更(さら)にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権(さいりょうけん)を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。したがって,本件規定は,遅くとも平成13年7月当時において,憲法14条1項に違反していたものというべきである」
 憲法14条1項 「すべて国民は,法の下(もと)に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」
【★18】 「民法典に定めている相続法は,歴史的な産物であって,様々な社会的・思想的背景のもとに成立した制度が結合してできたものである。このため,相続制度全体をひとつの根拠によって一元的に説明することは困難である。社会学的な観点から相続の根拠を考える限り,必然的にそれは多元的な説明になる。そして,どんなに多元的であっても,また,たとえ併存する根拠が相互に矛盾するものであっても,社会学的な説明としては差し支えない。しかし,法解釈学の観点はこれとは異なる。…伝統的な学説は,多元的説明をしつつ,①潜在的(せんざいてき)持分の払戻し,②生活保障,③権利安定の確保を相続の根拠として挙げている」(内田貴「民法Ⅳ」322頁)

2015年11月 1日 (日)

部活動の連帯責任

 

 野球部の合宿で,自分の知らない間に,他の部員4人が,たばこを万引きして,吸っていたそうです。そのことがバレて,「今年の大会の出場を辞退する」と学校が決めてしまいました。いままで大会に向けてきつい練習をがんばってきたのに,なんで事件と関係ない自分たちが,試合に出られなくなるのをガマンしないといけないんですか。

 

 

 「ガマンしなければいけない」などということはありません。

 大会に出られるよう,部活の顧問の先生や校長先生に,みんなでいっしょに話してください。




 人は,他の人に迷惑をかけないかぎり,好きなことをしていいという自由があります。

 だからこそ,自分がしたことで他の人に迷惑をかけてしまったのなら,

 その責任は,自分自身できちんと取らなければいけません。



 でも,他の人がしたことにまで,自分が責任を取らされるのは,

 よほどのことがないかぎり,あってはならないことです。




 悪いことをしたら,処罰されますね。



 他の人がやった犯罪なのに,あなたまで処罰されることがあるとしたら,

 それは,

 じつはあなたがその人とグルになっていて,犯罪のときに,あなた自身は手を汚さないやり方だっただけ,とか
【★1】

 あなたがその人をそそのかしていたなど
【★2】

 あなたがその犯罪に関(かか)わっていたときだけです。



 そういう関わりがまったくないのに,

 たとえば,単に「その人と家族だから」とか,

 「その人と同じ職場だから」とか,

 「その人と同じ学校・クラス・部活だから」とか,

 そんな理由だけで,あなたまで巻き添えになって処罰されるのは,

 ありえませんし,あってはならないことです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません
【★3】


 他の人がやったことなのに,あなたまで損害賠償を払わされることがあるとしたら,

 あなたもグルだったとか,あなたがその人をそそのかしていたなどのほかに
【★4】

 あなたがその人の雇(やと)い主(ぬし)だとか
【★5】

 その人がまだ幼い子どもで,あなたがその子を育てている親だとか
【★6】

 その人の肩代わりをしてお金を払う約束をあらかじめしていたとか
【★7】

 そういう関わりがあるときだけです。



 そういう関わりがまったくないのに,

 「家族だから,同じ職場だから,同じ学校・クラス・部活だから」,

 そんな理由だけで,あなたまで巻き添えになってお金を払わされるのは,

 やはり,ありえませんし,あってはならないことです。





 法律は,一人ひとりをそれぞれ大切な存在として扱っています。

 だから,よほどのことがないかぎり,他の人のしたことで自分が責任を負うことは,ないのです。



 このことは,学校の部活動だって,同じです。

 あなたの知らない間に,他の部員たちが万引きをしてたばこを吸っていたのは,

 あなたに何の関わりも,何の責任もないことです。

 それなのに,大会のために一生懸命がんばってきたあなたが,ほかの部員のせいで大会に出られなくなることは,ありえませんし,あってはならないことです。




 ひょっとしたら,顧問の先生や,校長先生は,

 「処罰や損害賠償は,法律の話。学校での教育は,話がちがう」,

 そう言うかもしれません。



 でも,それは,明らかにまちがいです。

 学校での教育も,法律にのっとって行われています
【★8】

 そして,教育基本法という,教育の一番ベースになる法律には,

 「一人ひとりをだいじにする」というメッセージが,はっきりと書かれています
【★9】

 処罰や損害賠償という,大人の社会での責任の取り方ですら,

 「自分で自分の責任を取る,他の人のせいで責任を負わされない」のです。

 ましてや,大人になるために学んでいる学校の中なら,

 自由と責任の意味を,子どもたちがきちんと学べるよう,

 よりいっそうていねいに守られなければならないのです




 部活動は,「連帯感」を育てるためのだいじな場所だ,と言われます
【★10】

 たしかに,みんなでいっしょに力を合わせ,支え合うことで,連帯感を育てることは,だいじでしょう。

 しかし,誰かが悪いことをしてしまったときに,関係のない部員までいっしょに罰を受けても,連帯感が育つはずがありません。

 「とばっちりを受けた」という不満がくすぶったり,

 罰を避けるためにおたがいを監視し合わなければいけない窮屈(きゅうくつ)な人間関係になったりするだけです。

 それは,教育ではありません
【★11】


 万引きをした部員は,

 被害を受けたお店にきちんと謝らなければいけないし,

 万引きについて,学校の先生や,警察などから,注意・指導も受けなければいけないでしょう。

 たばこを吸うことは犯罪ではないですが,

 「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事にも書いたように,

 自分で自分のことを大切にしているか,それをよく話し合って,その子に見つめ直させることも必要です。

 でも,合宿中のできごとだからといって,野球部まるごと大会を辞退することは,

 問題を起こした部員たちの責任の取らせ方として,いきすぎです。

 ましてや,あなたのように関係のない他の部員にまで大きなマイナスになるものなのですから,

 学校の対応は,おかしなことです。



 他の部員ともいっしょに,顧問の先生や校長先生と,大会に出られるように,よく話をしてみてください。

 もし,話がうまく進まないようなら,弁護士に相談してください。

 (相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。)



 大人たちは,何か問題が起きると,

 「一人ひとりが大切な存在だ」ということを忘れて,

 問題を起こした人だけでなく,そのまわりの人まで,

 「同じグループだから」とひとくくりにして,厳しく処分したり,取り締まったりしてしまいがちです。

 時には,「同じグループだから」と,根拠のない偏見をもとに,してはならない差別をすることまであります。

 これは,ほんとうにおかしなことです。


 責任とはなにか,そして,一人ひとりを大切にするということがどういうことか。

 今回のことをきっかけにして,

 あなたがそれをしっかりと身につけた大人になるよう願っています。

 

 

【★1】 刑法60条 「2人以上共同して犯罪を実行したものは,すべて正犯(せいはん)とする」
 もし,実際に何人かで犯罪をいっしょにやっていたのなら,共犯として処罰されることは当たり前ですね。そういうのとはちがって,記事本文で書いたような,実際に犯罪を分担していない人が,それでも「グルになっていた」ということで共犯として処罰する,という考え方を,「共謀共同正犯(きょうぼうきょうどうせいはん)」と言います。共犯の範囲が拡がってしまうのは危険ではないかという批判もありますが,裁判所は,一定の条件をつけたうえで,この共謀共同正犯を認めています(最高裁大法廷昭和33年5月28日判決・刑集12巻8号1718頁など)。
【★2】 刑法61条1項 「人を教唆(きょうさ)して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する」
 同法62条1項 「正犯を幇助(ほうじょ)した者は,従犯(じゅうはん)とする」
 「教唆」はそそのかしたこと,「幇助」は犯罪をさせやすくしたことです。
【★3】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★4】 民法719条1項 「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う(以下略)」
 同条2項 「行為者を教唆した者及び幇助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する」
【★5】 民法715条1項 「ある事業のために他人を使用する者は,被用者(ひようしゃ)がその事業の執行(しっこう)について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。(略)」
【★6】 民法712条 「未成年者は,他人に損害を加えた場合において,自己の行為の責任を弁識(べんしき)するに足りる知能を備えていなかったときは,その行為について賠償の責任を負わない」
 同法714条1項 「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠(おこた)らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限(かぎ)りでない」
 民法712条で子ども本人が責任を負うか負わないかのさかいめは,12歳前後が基準です(内田貴「民法Ⅱ」367頁)。子ども本人が責任を負わない場合,民法714条1項によってほとんど無条件に親が責任を負っていました。もっとも,最近,最高裁は,11歳の子どもが校庭でサッカーゴールに向けてボールを蹴ったところ,ボールが校庭を飛び越えてしまい,それをよけようとした高齢者が倒れてその後亡くなったケースについて,親に責任はないと判断しています(最高裁第一小法廷平成27年4月9日判決。http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/032/085032_hanrei.pdf
【★7】 民法446条1項 「保証人は,主(しゅ)たる債務者がその債務を履行(りこう)しないときに,その履行をする責任を負う」
 同法447条1項 「保証債務は,主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従(じゅう)たるすべてのものを包含(ほうがん)する」
【★8】 学校の先生の立場から部活動を見ると,部活動の指導が,毎日遅い時間まで,土日祝日も長い時間,部活動に時間を割かれ,それなのに超過勤務手当(いわゆる残業手当)もつかず,過労死の原因にもなっているという法律上の問題があります。学校の先生は,昭和23年に超過勤務手当が支給されないこととなりました(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項「教育職員については,時間外勤務手当及び休日勤務手当は,支給しない」)。ただ,学校の先生には,(1)生徒の実習に関する業務(2)学校行事に関する業務(3)教職員会議に関する業務(4)非常災害等のやむを得ない場合の業務があるため,このことを考慮して,昭和47年から,4%の教職調整額が支給されることになりました(同条1項)。しかし,この4項目の中に「部活動」は入っていませんから,結局,部活動には超過勤務手当に相当するものが出るわけではないのです(文部科学省「教職調整額の経緯等について」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/031/siryo/07012219/007.htm)。それなのに,あたかも当然のように,校長から部活動の顧問をするように(=時間外労働をするように)命令されている,問題のある実態になっています(名古屋地裁平成23年6月29日判決,名古屋高裁平成24年10月26日判決)。
 学校教育の中で大切だとされている部活動なのですから,法律できちんと枠組みを作って,先生と子どもたちを守らなくてはいけません。
【★9】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 … 二 個人の価値を尊重して,…自主及(およ)び自律(じりつ)の精神を養(やしな)う…」
【★10】 学習指導要領「第1章 総則」「第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」(13) 「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養(かんよう)等に資(し)するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること(略)」
【★11】 すでに,今から28年前(昭和62年)に,日本教育法学会理事(当時)の坂本秀夫氏が,連帯罰について次のように指摘しています(「生活指導の法的問題」25頁)。
 「団体の誰かの違反行為があった場合,連帯責任を負わせて成員全体に罰を課することは昔から圧制者の人民支配の手段として用いられてきたし,軍隊でも日常的に行われてきた。今日学校では体育クラブなどで行われることが少なくない。例えば,クラブ部員のミスで試合に負けた時の罰としての,クラブ全員に対するハードトレーニングや静座,体罰などの,或(ある)いは野球部員の誰かが万引きや暴力事件を起こしたのでクラブとして甲子園出場を辞退させる,などという罰がある。罪を犯した生徒にとってみれば,自分のことで自分の仲間達が制裁を受けることは,仲間に対する友情が厚ければ厚いほど堪(た)え難(がた)いことであろう。何かあれば仲間に迷惑がかかるということは行動をつねに制約するに違いない。いわば友情を質(しち)にとるもので,一種の人質の論理と同じである。個人の尊厳とは全く相(あい)容(い)れないものが連帯罰の中に含まれていることに注意しよう。…懲戒は純粋に個人の責任に対してのみなされるべきである。…同じクラブの部員がどこかで万引をしたり,けんかをしたことにどうして責任を持たねばならないのか,到底(とうてい)理解できないだろう。…もちろん教育上のマイナス面も見過ごせない。個人の自覚が多少ともあるかぎり,連帯罰を受けてやり場のないふんまんを感じるのが普通である。当然仲間不信におちいるし,いつ自分に災(わざわ)いをふりかけるかわからない仲間の行動を監視するようになる。相互検索的な体勢が知らず知らずのうちに整えられるわけで,本当の民主的連帯は破壊されていく。だからこそ圧制者は連帯罰を好んで使ったのである。連帯罰が何の反省もなく日常的に使われているような集団の存在が問題となるであろう」

2015年10月 1日 (木)

夜間中学ってどんな中学校?

 

 「夜間中学」っていう学校があると聞いたんですけど,どんな中学校ですか?

 

 

 「夜間中学」は,15歳のときまでに義務教育を受けることができなかった人たちのための学校です。

 その名前のとおり,夕方から夜の時間帯に,授業がある中学校です
【★1】

 昼間に働いている人もいるので,遅い時間に授業がおこなわれます。




 日本は,70年前の1945年(昭和20年)に,大きな戦争に負けました。

 その戦争のあいだや,戦争が終わるころ,日本の社会は,とても混乱していました。

 その混乱の中で,家が貧しくて仕事をしなければならず,小中学校に通えなかった人が,たくさんいました。

 夜間中学は,もともと,そういう人たちが学ぶために作られた学校でした
【★2】



 戦争の混乱で学校に通えなかった人たちの中には,在日コリアン(在日韓国・朝鮮人)の人も,多くいました。

 「在日コリアンの身分証と通称」の記事にも書いたように,

 韓国併合で一方的に国籍を日本にされ,その日本にやってきたのに,

 日本の敗戦・朝鮮の独立で一方的に日本の国籍を奪(うば)われた在日コリアンの人たちは,

 「外国人だから」という理由で,日本の中で,いろんな差別を受けてきました。

 そういう厳しい生活・人生を生きてきた在日コリアンの人たちにとって,夜間中学は,今も,大切な学びの場になっています。




 夜間中学は,戦後の混乱が落ち着いたあとも,

 その時代ごとに,いろんな人々の学びの場になってきました
【★3】



 今から約40年あまり前の1972年(昭和47年),日本は,中国と仲直りをしました【★4】

 70年前に日本が戦争に負けるころ,中国から日本人が逃げ帰りましたが【★5】

 そのとき,たくさんの日本人の子どもたちが,親が死んだり,親とはぐれたりして,中国に置き去りにされてしまっていました。

 そういう人たちを,「中国残留孤児(ざんりゅうこじ)」と言います。

 日本と中国が仲直りをした後,多くの中国残留孤児の人たちが,日本に帰ってきました。

 「孤児」とは言っても,日本に帰るころには中高年になっていて,家族もできていました。

 夜間中学は,そういう人たちの学びの場になりました。




 今でこそ,障害(しょうがい)をもっている子どもも,学校で学ぶことが,当たり前になっています。

 しかし,むかしは,そうではありませんでした。

 1979年(昭和54年)まで,毎年2万人近くの障害のある子どもたちが,学校で学べなかったのです
【★6】

 夜間中学は,障害のために学校に通えなかった人たちの,学びの場でもありました。




 人種や宗教,政治的な意見などを理由に,捕まって処罰(しょばつ)されたり,命の危険にさらされたりするために,

 自分の国から,他の国に,助けを求めて逃げる人たちがいます。

 そのような人たちのことを,「難民(なんみん)」と言います。

 日本を含む多くの国々が,「難民を守ろう」と約束しています
【★7】【★8】

 そうやって命からがらこの日本にやって来た難民の人たちにとっても,夜間中学は,学びの場になっています
【★9】

 また,夜間中学は,難民のほかにも,いろんな事情で外国から日本に新しくやってきた人々が,たくさん通っています。




 「無戸籍(むこせき)」のために学校に通えなかった人も,今,夜間中学で学んでいます
【★10】

 子どもが生まれたときに,お母さんが役所に届出をできなかったため,

 戸籍が作られないままで,まるでこの社会に存在していないかのようにされ,小中学校に通えなかった人々です。

 お母さんが届出をできなかったのは,法律のしくみと裁判の手続が不十分だったからです。

 暴力をふるう夫から必死で逃げてきた女性が,離婚できないままだと,

 他の男性とのあいだに子どもをもうけても,その子は法律上,「夫の子」とされてしまいます
【★11】

 だから,暴力をふるう夫と,ふたたび関(かか)わらないといけなくなるのをおそれて,

 子どもが生まれた届出を,出せなかったのです。

 そうやって戸籍がないまま20年,30年も生きてきた人たちが,たくさんいるということ。

 そして,その中には,学校に通えなかった人がいるということ。

 それらが最近,社会に知られるようになりました
【★12】

 そういう人たちにとっても,夜間中学は,大切な場所です。




 自分の名前が書けない。

 電車の案内図の文字が読めない。

 計算ができなくて,いろんなところでお金をだまし取られる。

 基本的なことを学べないまま,この社会の中で暮らすことは,

 本当に大変で,本当につらいことです。

 人間らしく生きていくために,いちばん基本となる教育。

 その教育を受けられなかった,いろんな人々にとって,

 夜間中学は,とてもだいじな役割を果たしています。




 この夜間中学は,義務教育を受け終わっている人は,通うことができません。

 そのルールのために,問題が起きていました。

 いろんな事情で小中学校に通うことのできなかった「不登校」の子どもたちが,その後,夜間中学で学ぶことができない,という問題です
【★13】

 不登校の子には,「卒業していないことで,その子にマイナスにならないように」という配慮(はいりょ)から,実際に学校に通っていなくても,卒業証書が渡されていました。

 でも,卒業証書を受け取ってしまうと,「義務教育を終えている」ということになってしまいます。

 たまたま卒業証書をもらっていなかった不登校の人は,夜間中学に入れましたが
【★14】

 卒業証書をもらってしまった人は,入れなかったのです。

 ようやく,今年の7月,「卒業証書をもらってしまっていても,不登校だった人は,夜間中学に通える」ということになりました
【★15】

 ぜひ,小中学校に通えなかった不登校の子どもたちには,

 夜間中学を,これから学ぶ場所の選択肢の一つに入れてほしいと思っています。




 ただ,この記事を書いている今,公立の夜間中学は,全国にたった8都府県・31校しかありません
【★16】

 義務教育を受けられなかった人,夜間中学を必要としている人は,何十万人もいると言われています
【★17】

 公立の夜間中学がない地域では,ボランティアの人たちががんばって学びの場を作っていますが
【★18】

 ほんらい,生活・人生にとっていちばん基本となる教育についての,このようなだいじな取り組みは,きちんと公立の学校でやっていくべきものです
【★19】

 だから,全国に公立の夜間中学を作っていかなければいけません
【★20】【★21】



 この夜間中学は,国籍も,年代も,ほんとうにさまざまな人たちが集まっています。

 そして,それぞれが,学ぶことの喜びを実感しながら,卒業していきます。

 今,小中学生の
みなさんは,はたして,夜間中学で学んでいる人たちのように,学校で学ぶことの喜びを実感できているでしょうか。



 「教育を受けるのは『義務』ではなく『権利』だということを,初めて知りました」。

 私のブログの「義務教育の『義務』って?」の記事には,そういう感想がとても多く寄せられます。

 みんなが学べるように,私たちの社会が,しくみをきちんと作らなければいけない。

 それが,「義務教育」にいう「義務」です。

 その義務を,15歳を過ぎた人々に対しても,社会がきちんと果たすための場所。

 15歳を過ぎた人々の学ぶ権利が,きちんと守られる場所。

 夜間中学は,そういう中学校です。

 

 

 

【★1】 例えば,世田谷区立三宿中学校の場合,1校時が午後5時40分から午後6時20分まで,その後給食を挟んで2校時があり,4校時が終わるのは午後9時です。
【★2】 「生活困窮(こんきゅう)などの理由から,昼間に就労(しゅうろう)または家事手伝い等を余儀(よぎ)なくされた学齢生徒等を対象として,夜間において義務教育の機会を提供するため,中学校に設けられた特別の学級」(1985年(昭和60年)11月22日中曽根康弘内閣総理大臣答弁書)
 学校教育法施行令25条 「市町村の教育委員会は,当該(とうがい)市町村の設置する小学校又(また)は中学校…について次に掲(かか)げる事由(じゆう)があるときは,その旨(むね)を都道府県の教育委員会に届け出なければならない。…五 二部授業を行おうとするとき」
 夜間中学は,この「二部授業」にあたります。
【★3】 1993年(平成5年)に公開された映画「学校」(山田洋次監督)は,夜間中学がさまざまな生徒の学びの場であることが,とてもリアルにえがかれています。
【★4】 1972年9月29日「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
【★5】 1932年(昭和7年),日本が中国の中に「満州(まんしゅう)国」という日本の言いなりになる国を作り,そこに,多くの日本人が移り住んでいました。
【★6】 むかしの「養護学校」(今の「特別支援学校」)は,1979年(昭和54年)まで,都道府県に設置義務がありませんでした。このときまで,教育委員会が誘導して,「親から願い出た」という形にしての就学猶予(しゅうがくゆうよ)・免除の措置(そち)が多く取られていました(兼子仁「教育法新版」259頁)。
【★7】 出入国管理及び難民認定法2条1項 「…次の各号に掲(かか)げる用語の意義は,それぞれ当該(とうがい)各号に定めるところによる。 … 三の二 難民 難民の地位に関する条約…第1条の規定又は難民の地位に関する議定書第1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいう」
 難民の地位に関する条約1条A(2) 「…人種,宗教,国籍若(も)しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有(ゆう)するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所(じょうきょしょ)を有していた国の外にいる無国籍者であって,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」
【★8】 日本は,他の国とくらべて難民をなかなか保護しようとせず,批判されています。2014年(平成26年)には,5000人が日本で難民申請をしましたが,わずか11人しか難民として認められず,人道的な配慮による在留も110人しか認められていません(平成27年3月11日法務省入国管理局「平成26年における難民認定者数等について」http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00103.html
【★9】 例えば,裁判で難民として認定されたアフガニスタン難民のアリ・ジャンさんが夜間中学で学んだ様子は,「母さん,ぼくは生きてます」(マガジンハウス)という本に書かれています(難民認定の裁判は東京地裁平成17年11月11日判決,東京高裁平成18年9月13日判決)。
 また,北朝鮮から逃げてきた脱北者(だっぽくしゃ)リ・ハナさんも,夜間中学で学び,その後大学に入学したことを,「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」(アジアプレス出版部)という本に書いています。
【★10】 朝日新聞2014年9月5日「学び奪われ20歳 無戸籍社会復帰へひらがな・足し算から」
【★11】 嫡出推定(ちゃくしゅつすいてい)と言います。
 民法772条1項 「妻が婚姻(こんいん)中に懐胎(かいたい)した子は,夫の子と推定する」
 同条2項 「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若(も)しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する」
【★12】 秋山千佳「戸籍のない日本人」(双葉新書),弁護士ドットコム2014年7月24日「人として生きる術を奪われた「無戸籍児」を救うには(上)〜支援団体の井戸代表に聞く」「(下)~山下敏雅弁護士に聞く」
【★10】 平成26年度の不登校の児童生徒は,小学校2万6千人,中学校9万7千人です(平成27年8月6日文部科学省「平成27年度学校基本調査(速報値)の公表について」
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/08/18/1360722_01_1_1.pdf
【★13】 東京都の場合,夜間中学の入学資格は「東京都公立中学校夜間学級要覧」に書かれていますが,1981年(昭和56年)の要覧は「学齢超過者(がくれいちょうかしゃ)で中学校の教育課程の未修了者(みしゅうりょうしゃ)と対象とすることを原則とする」としていたのが,1988年(昭和63年)の要覧では「学齢を超過しており,義務教育が未修了者である者」と変わり,「原則とする」という言葉がなくなったために,形式的卒業の人の入学が難しくなりました。
【★14】 朝日新聞2008年12月6日(夕刊)「20歳の夜間中学転機 8年間ひきこもった土屋さん 大学に入学『将来は先生に』」
 墨田区立文花中学校のドキュメンタリー映画「こんばんは」(森康行監督)にも,不登校だった男子生徒が夜間中学で先生や他の生徒との交流の中で成長していく様子がえがかれています。
【★15】 2015年(平成27年)7月30日文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課長「義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の対応に関する考え方について(通知)」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1361951.htm
【★16】 2015年(平成27年)9月現在(東京)足立区立第四中学校,葛飾区立双葉中学校,墨田区立文花中学校,大田区立糀谷中学校,世田谷区立三宿中学校,荒川区立第九中学校,江戸川区立小松川第二中学校,八王子市立第五中学校(神奈川県)横浜市立蒔田中学校,川崎市立西中原中学校(千葉県)市川市立大洲中学校(京都府)京都市立洛友中学校(大阪府)大阪市立天王寺中学校,大阪市立天満中学校,大阪市立文の里中学校,大阪市立東生野中学校,岸和田市立岸城中学校,堺市立殿馬場中学校,八尾市立八尾中学校,東大阪市立長栄中学校,東大阪市立太平寺中学校,守口市立第三中学校,豊中市立第四中学校(奈良県)奈良市立春日中学校,天理市立北中学校,橿原市立畝傍中学校(兵庫県)神戸市立丸山中学校西野分校,神戸市立兵庫中学校北分校,尼崎市立成良中学校琴城分校(広島県)広島市立観音中学校,広島市立二葉中学校
【★17】 「義務教育未修了者の数は,全国夜間中学校研究会等によれば,…総合計160万5569人である。他方,内閣総理大臣答弁書によれば…約70万人程度であるとされている」(日弁連「学齢期に就学することができなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」)
【★18】 ボランティアによる「自主夜間中学」や「識字教室」は,2014年(平成26年)5月時点の調査で,154市区町307件もあり,公立夜間中学に通っている生徒の約4倍の7422人も通っています。
 平成27年5月文部科学省「中学校夜間学級等に関する実態調査について」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/yakan/__icsFiles/afieldfile/2015/05/18/1357927_01_2.pdf
【★19】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
 教育基本法3条 「国民一人一人が,自己の人格を磨(みが)き,豊かな人生を送ることができるよう,その生涯(しょうがい)にわたって,あらゆる機会に,あらゆる場所において学習することができ,その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」
 同法4条1項 「すべて国民は,ひとしく,その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず…」
 世界人権宣言26条1項 「すべて人は,教育を受ける権利を有する。教育は,少なくとも初等及び基礎的の段階においては,無償(むしょう)でなければならない。初等教育は,義務でなければならない…」
 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項(d) 「基礎教育は,初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため,できる限り奨励(しょうれい)され又は強化されること」
 同項(e) 「すべての段階にわたる学校制度の発展を積極的に追求し,適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的な条件を不断に改善すること」
 1985年3月29日ユネスコ第4回国際成人教育会議「学習権宣言」 「学習権を承認(しょうにん)するか否かは,人類にとってこれまでにもまして重要な課題となっている。学習権とは,読み書きの権利であり,問い続け,深く考える権利であり,想像し,創造する権利であり,自分自身の世界を読み取り,歴史をつづる権利であり,あらゆる教育の手だてを得る権利であり,個人的・集団的力量(りきりょう)を発達させる権利である。…学習権は,人間の生存にとって不可欠(ふかけつ)な手段である。…学習権なくして人間的発達はあり得ない。…学習権は単なる経済発展の手段ではない。それは基本的権利の一つとしてとらえられなければならない。学習活動はあらゆる教育活動の中心に位置づけられ,人びとを,なりゆき任せの客体から,自らの歴史を作る主体に変えていくものである。…それは基本的人権の一つであり,その正当性は普遍的(ふへんてき)である。…本パリ会議は,すべての国に対し,この権利を具体化し,すべての人々が効果的にそれを行使するのに必要な条件を作るよう要望する」
 2002年1月18日国連総会採択「国連識字の10年:すべての人々に教育を」 「識字は,すべての子ども,若者及び成人が,生きていく中で直面する困難に立ち向かうことを可能とする大切な生活スキルを習得する上で決定的に重要であり,21世紀の社会及び経済に効果的に参加するために不可欠な手段である基礎教育の基本的ステップに相当する。…すべての政府に,識字への取組みの施策の策定,実施及び評価に関する持続的対話に,関連する国内の実行主体すべてを集め,国内レベルでの10年の活動の調整を先頭に立って行うよう要請する」
【★20】 2006年(平成18年)8月10日,日弁連は「学齢期に就学することができなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」を出しました(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/060810.pdf)。
「 国は,戦争,貧困等のために学齢期に修学することのできなかった中高年齢者,在日韓国・朝鮮人及び中国帰国者などの多くの人々について,義務的かつ無償とされる普通教育を受ける権利を実質的に保障するため,以下の点を実施すべきである。
1 義務教育を受ける機会が実質的に得られていない者について,全国的な実態調査を速やかに行うこと。
2 上記の実態調査の結果をふまえ,
(1) 公立中学校夜間学級(いわゆる夜間中学)の設置の必要性が認められる地域について、当該地域を管轄(かんかつ)する市(特別区を含む。)町村及び都道府県に対し,その設置について指導及び助言をするとともに,必要な財政的措置を行うこと。
(2) その他の個別のニーズと地域ごとの実情に応じ,①既存(きそん)の学校の受け入れ対象者の拡大,②いわゆる自主夜間中学等を運営する民間グループに対する様々な援助(施設の提供,財政的支援等),③個人教師の派遣を実施することなど,義務教育を受ける機会を実質的に保障する施策を推進すること。」
【★21】 2014年(平成26年)7月,文部科学省が,公立夜間中学を各都道府県に最低1校設置できるよう地方自治体への財政支援を拡充する方針を固めた,と報じられています(時事通信2014年7月28日「夜間中学増設で支援拡充=全都道府県に1校へ―文科省」)。
 

2015年9月 1日 (火)

おこづかいの値上げ交渉

 

 おこづかいを値上げしてもらう親との交渉って,どうやればいいんですか?

 

 弁護士は,お金についてのトラブルを,交渉・話し合いで解決することが多い仕事です【★1】

 その話を聞いた子どもたちから時々質問されるのが,この「おこづかいの値上げ交渉のやりかた」です。



 交渉・話し合いでの,だいじなコツが2つあります。

 ひとつめは,「相手にとってのマイナス・プラス」,

 ふたつめは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です。




 相手から何かを引き出したいとき,

 特に,それがお金というシビアな場面のときには,

 自分が「困っている」という話をいくらしても,

 それだけでは,相手にはひびきません。



 人が「動こう」と思う多くの場合は,

 「ここで動かないと自分にマイナスになる」と思ったときか,

 「ここで動いたほうが自分にプラスになる」と思ったときです。

 これが,ひとつめの,「相手にとってのマイナス・プラス」です。



 私たち弁護士は,交渉の相手が法律に違反しているときに,

 「ここであなたがきちんと動かないと,裁判になって,財産をとられたり,処罰されたりしますよ」という「マイナス」を伝えます。

 これは,とても強い交渉のカードです。

 虐待をする親や,体罰をする先生など,法律違反をする大人たちにも,

 この「マイナス」カードを使って話し合いを進めます。



 ところが,おこづかいは,この「マイナス」カードが使えません。

 親には,子どもを育てる義務がありますが
【★2】

 住むところ,着るもの,食べるもの,学ぶこと,

 それらを子どものためにきちんとしていれば,

 子どもを育てる義務を,じゅうぶん果たしていることになります。

 親が子どもに,おこづかいとして現金を渡さなければいけない義務までは,ないのです。

 たとえ親が子どもにおこづかいをあげなかったとしても,法律違反ではありません。

 おこづかいの額としていくらがふさわしいかということも,法律では決められません。



 「値上げしてくれないなら,こっちは~~しないぞ」。

 そういう「マイナス」カードが許される,特別な場合があります。

 働いている人々が,給料の値上げを職場と交渉する場面です
【★3】

 給料を上げるための交渉カードとして仕事をしないことを,ストライキと言います。

 これは,働く人を守るために,法律が認めているやり方です。

 しかし,こういう特別な場合のほかに「マイナス」カードを使うのは,とても慎重にしなければいけません。

 相手を脅(おど)したり,騙(だま)したりして困らせる「マイナス」カードは,

 それ自体が犯罪になってしまうことさえあります
【★4】

 そういう犯罪になりうることは,絶対にしてはいけません。




 おこづかいの値上げ交渉では,「マイナス」カードが使えませんから,

 「この子のおこづかいの額を上げたほうが,親の自分にとってプラスになる」,

 親にそう思ってもらうようにする必要があります。



 親は,どうすれば,「値上げしたほうが自分にプラスになる」と思うでしょうか。


 お金は,仕事をしてかせぐものですね【★5】

 その考え方から,家の中での仕事,つまり,「そうじ・洗濯・炊事などの家事を手伝うから,おこづかいを値上げしてほしい」と言うことが考えられます。

 あなたが家事を手伝えば,そのぶん親の負担が減りますから,プラスだと思ってもらえるかもしれません。



 「子どもの仕事は,勉強することだ」と言う大人も多くいます。

 そこから,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方を思いつく人もいるかもしれません。

 たしかに,子どもの成績が上がることを願っている親なら,

 おこづかいを値上げすれば,親自身の願いに近づいてプラスだと思ってもらえるかもしれません。

 ただ,勉強は,自分自身のためにするものです。

 親のためにするものではありません。

 働いてお金をかせぐというほんらいの「仕事」とは,意味がちがいます。

 なので,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方は,私からは,あまりお勧めしません。




 「なぜ,親がおこづかいをくれるのか」と視点からも,考えてみましょう。

 あなたが大人になったら,自分自身でお金のやりくりをして,生活をします。

 「大人になったときのために,子どものうちから,お金の管理や使い方を少しずつ学んでほしい」。

 おこづかいには,そういう思いが込められています
【★6】

 「お金の管理や使い方が身についてきている」と,あなたが成長していることが親に実感できて,

 「もう少し額を増やして,さらにお金の使い方を学べるようにしてあげよう」と,あなたがいっそう成長することを親が期待できる,

 そう思えることが,子どもを一生懸命育てている親にとっての,何よりのプラスです。



 そのために,

 おこづかい帳をしっかりつけて記録し,

 いままでおこづかいをどのように使ってきたのかがわかるようにすること。

 むだづかいをしないで,できるかぎり節約してきたことも,わかるようにすること。

 これから先のおこづかいの使い方の見通しを,きちんと説明すること。

 めんどうではあっても,

 あなたがお金を大切にしている姿勢がそうやって親に伝わること,

 それがだいじなのです。




 いままで書いてきたもののほかにも,あなたの親にとって「プラス」と思ってもらえるものが,あるかもしれません。

 あなたなりに,いろいろと考えてみるとよいと思います。




 そして,いざ,実際に親と交渉するとき,

 「おこづかいが足りなくて困ってる」

 「家事を手伝います」

 「こういうふうにきちんとお金を管理してきたし,今後もこうします」

 と話すよりも,もっと親に伝わる話し方があります。



 今,上に書いたのは,すべて,

 「自分はこう思う」「自分はこうしたい」という,

 あなたが自分のことを一方的に言っているだけです。

 こういう言い方を,私はいつも,「わたしメッセージ」と呼んでいます。

 この「わたしメッセージ」だけでは,相手に気持ちは伝わらないのです。



 自分の気持ちを相手に理解してもらいたいなら,

 まず自分自身が,相手の気持ちを理解しなければいけません。

 「あなたはきっと,~~と思っていますよね」と伝えること。

 私はそれを,「あなたメッセージ」と呼んでいます。



 これが,ふたつめの,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です【★7】


 私が弁護士として,犯罪をしてしまった人の弁護活動をするとき,

 本人に,被害者へのお詫(わ)びの手紙を書いてもらいます。

 すると,最初は,自分のことばかり書いて「ごめんなさい」と謝るだけの,「わたしメッセージ」しかない手紙ができあがることが,とても多いです。

 「自分がしてしまったことで,あなたに~~という思いをさせてしまいました。だからごめんなさい」,

 そういう「あなたメッセージ」を書かなければ,相手には伝わりません。

 そうやって手紙をいっしょに書き直していく中で,

 相手の気持ちを想像することの大切さを,本人とじっくりと話し合っていきます。



 この「あなたメッセージ」は,

 お詫びの場面だけでなく,日常のどんな場面でも当てはまる,だいじなことです。



 おこづかいの値上げ交渉の場面なら,

 家計にあまり余裕がない中で,子どもにおこづかいを渡すときの,親のしんどさ。

 子どもから値上げを求められたときの,親のとまどい。

 値上げしてもむだづかいをされるのではないかという,親の心配。

 子どものあなたにきちんと成長してもらいたいという,親の願い。

 そんな親の気持ちを想像して,

 それを,「あなたメッセージ」にして,きちんと伝えること。

 それが,話し合い・交渉をスムーズに進めるために,とても大切なことです。




 「相手にとってのマイナス・プラス」も,

 「わたしメッセージ・あなたメッセージ」も,

 相手の立場に立ってものごとを考えるという姿勢が,基本にあります。

 この姿勢は,おこづかいの値上げ交渉という駆(か)け引きの場面だけでなく,

 これから先,社会の中でいろんな人たちといっしょに生きていくために,様々な場面で,絶対に必要となることです。



 あなたの値上げ交渉がうまくいくことを願っていますが,

 もし,結果として,値上げができなかったとしても,

 相手の立場に立ってものごとを考えることの大切さが身についたなら,

 値上げできなかったお金のぶん以上に,

 あなた自身の良さが,しっかりと増していることと思います。

 

【★1】 弁護士は,裁判をして判決で決着をつけるのもだいじな仕事ですが,裁判をせずに話し合い・交渉で解決をすることも多いですし,裁判の中でも「和解」という話し合いがまとまって判決にまではならないで終わることも多いです。
 民法695条 「和解は,当事者が互(たが)いに譲歩(じょうほ)をしてその間に存(そん)する争いをやめることを約(やく)することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 民事訴訟法89条 「裁判所は,訴訟(そしょう)がいかなる程度にあるかを問わず,和解を試(こころ)み,又(また)は受命(じゅめい)裁判官若(も)しくは受託(じゅたく)裁判官に和解を試みさせることができる」
 同法267条 「和解…を調書に記載したときは,その記載は,確定判決と同一の効力を有(ゆう)する」
 平成26年中に全国の地方裁判所に提起された金銭を目的とする訴えの第一審の件数は9万9531件で,そのうち,和解で終了したものは4割近くの3万8026件です。(平成26年度司法統計 第19表 第一審通常訴訟既済事件数-事件の種類及び終局区分別-全地方裁判所 http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/908/007908.pdf
【★2】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★3】 経済的,社会的及ぶ文化的権利に関する国際規約(A規約)8条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,次の権利を確保することを約束する。…(d)同盟罷業(どうめいひぎょう)をする権利。ただし,この権利は,各国の法律に従(したが)って行使されることを条件とする」
 憲法28条 「勤労者(きんろうしゃ)の団結する権利及(およ)び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法1条2項 「刑法第35条の規定〔注:正当行為の規定〕は,労働組合の団体交渉その他の行為(こうい)であって前項に掲(かか)げる目的を達するためにした正当なものについて適用があるものとする。…」
 同法8条 「使用者は,同盟罷業その他の争議行為(そうぎこうい)であって正当なものによって損害を受けたことの故(ゆえ)をもって,労働組合又はその組合員に対し賠償(ばいしょう)を請求することができない」
【★4】 おどすのは脅迫罪(きょうはくざい),むりやり何かをさせるのは強要罪(きょうようざい),お金をむりやり出させるのは恐喝罪(きょうかつざい),お金をむりやり奪(うば)うのは強盗罪,だましてお金を出させたりすることは詐欺罪(さぎざい)です。
 刑法222条1項 「生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨(むね)を告知(こくち)して人を脅迫した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
 刑法223条1項 「生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害(ぼうがい)した者は,3年以下の懲役に処する」
 刑法249条1項 「人を恐喝(きょうかつ)して財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 刑法236条1項 「暴行又は脅迫を用(もち)いて他人の財物を強取(ごうしゅ)した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★5】 民法623条 「雇用(こよう)は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生ずる」
 ただし,記事本文で書いたような,家事の手伝いでおこづかいをもらう程度のことではなく,大人と同じように仕事をして働くことは,15歳になって最初の3月末(≒中学校卒業)まではできません。
 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★6】 法律は,親が許したぶんについては,子どもが自由に使っていい,としています。「子どもがだまされてお金を失うことはないだろう」,「お金の使い方をここで学んでもらおう」,ということを,金額の大きさや子どもの年齢に応じて,親が考えていくしくみになっています。
 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも,同様とする」
【★7】 記事本文で書いた「わたしメッセージ・あなたメッセージ」よりも,一般的には,トマス・ゴードン博士が提唱(ていしょう)している「わたしメッセージ・あなたメッセージ」のほうが有名です。
 トマス・ゴードン博士は,親が子育てをするとき,子どもの「あなた」で始まるか,「あなた」がどこかに入っているメッセージではなく,親の「わたし」がどう感じているかを伝えるメッセージのほうが,子どもの行動を変えさせるのに効果的で,子どもにとっても,親子関係にとっても,より健全な影響がある,としています(トマス・ゴードン著,近藤千恵訳「親業 子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方」109頁)。
〔トマス・ゴードン博士の「あなたメッセージ」の例〕
 やめなさい,そんなことしちゃいけません,やめないんだったら…,こうしたらどう?,いたずらっ子ね,赤ん坊みたいじゃないか,人の注意を引こうとして…,どうしていい子になれないの,もっとよくわかってるはずでしょ,など
〔トマス・ゴードン博士の「わたしメッセージ」の例〕
 だれかが膝の上にのぼろうとするとゆっくり休めないんだがな,疲れているときは遊びたくないんだよ,時間までにごちそうのしたくができないんじゃないしら心配だわ,きれいな台所がまた汚れているとほんとにガッカリしちゃうわ,など
 「わたしメッセージ」のほうがよい,というトマス・ゴードン博士の結論は,一見,私とさかさまのようにも思えますね。これは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」の意味が,トマス・ゴードン博士と私とで,ちがっているからなのですが,でも,トマス・ゴードン博士も私も,「相手の気持ちを考えて相手に伝わるようにメッセージを出そう」という点では,同じです。

2015年8月 1日 (土)

彼女が電車で痴漢に遭った

 

 付き合っている彼女が,昨日,電車で痴漢(ちかん)に遭(あ)いました。その場で叫(さけ)んだので,犯人は捕まったみたいです。彼女は警察で長時間事情を聞かれたのに,また明日も警察に呼ばれてるそうで,「ほんとうは行きたくない」と悩んでます。行かなくても特に問題はないんですか。あと,僕からは彼女に,これからは,電車に乗る時間を変えるとか,女性専用車を使うようにとか,スカートを少し長めにしたら,とアドバイスしたんですが,僕が彼女のためにほかにできることはありますか。

 


 自分の大切なパートナーが痴漢の被害に遭ったと聞いて,

 びっくりし,腹立たしい気持ちになりましたよね。



 きっと彼女も,

 気持ち悪さや戸惑(とまど)い,怒りや悔しさなど,

 いろんな気持ちがわきあがっただろうと思います。



 痴漢の被害を受けた人は,なかなか声を上ることができません。

 そして,それをいいことに,犯人たちは痴漢をくりかえしています。

 多くの10代の女性が,痴漢の被害に遭っています
【★1】

 今回,彼女が勇気を出して声を上げたことは,

 彼女自身を守るだけでなく,

 ほかの人たちを守ることにもつながる,すごいことです。



 痴漢の被害に遭ったことに,「それはいやだったよね」と,彼女の気持ちに寄り添うこと。

 そして,勇気を出して声を上げたことに,「すごいね,大変だったね」と言葉をかけること。

 それが,あなたが彼女のためにできること,彼女のためにしてほしいことです。


 そういった共感は,

 法律の手続のアドバイスと同じくらい,あるいはそれ以上に,

 被害を受けた人の心の支えになります。

 私たち弁護士も,犯罪の被害に遭った人の相談を受けるときには,

 「共感すること」を,とてもだいじにしています。



 電車に乗る時間を変えるとか,

 女性専用車を使うようにするとか,

 そういうアドバイスは,今後痴漢に遭わないようにするためには,たしかに意味のある対策かもしれません。



 でも,今回彼女が痴漢に遭ったのは,彼女のせいではありません。

 悪いのは,痴漢をした犯人のほうです。



 相手に共感する言葉がないままのアドバイスだと,

 それを言われたほうは,

 「痴漢に遭ったのは,そうしなかった自分の落ち度だ」と,

 責(せ)められているように感じられることがあります。

 被害じたいで傷ついているのに,身近な人の言葉で,さらに傷ついてしまうのです。



 「女性のがわにも,落ち度があったんじゃないの」。

 この社会では,女性が受けた性的な被害について,そういう根拠のない偏見(へんけん)を言う人が,たくさんいます。

 その偏見に傷ついている人が多くいるということを,ぜひ,心にとめておいてください。

 そして,あなたの思いが,そういった偏見と同じと誤解されないように,

 「アドバイス」よりも,彼女に共感する言葉のほうを,かけるようにしてください。




 痴漢の犯人と疑われた人の,その後の処分には,いろんなパターンがあります。

 その人が20歳以上なら,次のようなパターンがあります。




 「人ちがいだった」とか「証拠が足りない」という理由で裁判にかけられずに終わったり
【★2】

 「痴漢をしたけども,十分に反省しているし,被害者にも謝っている」という理由で,裁判にかけられずに終わることもあります
【★3】


 痴漢をしたことを認めている場合には,

 書類だけの簡単な裁判で,罰金を払って釈放される手続もあります
【★4】

 簡単な裁判ではあっても,罰金も刑罰ですから,前科として扱われます
【★5】


 「痴漢の程度がひどい」,「犯罪をくりかえしている」,「痴漢をしたことがはっきりしているのに,いろいろ弁解して反省していない」など,

 いろんな事情から,ふつうの刑事裁判を受けることもあります
【★6】



 あなたの彼女は,長い時間警察から事情を聞かれたのに,また警察に呼ばれている,ということでしたね。



 裁判で犯人を処罰するためには,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★7】

 痴漢は,証拠が残りにくい犯罪です。

 そして,混んでいる電車では,犯人の取り違えが起きてしまうこともあります。

 やってもいない犯罪で処罰される「冤罪(えんざい)」は,あってはならないことです
【★8】

 だから,警察は,犯人と疑われている人と,被害を受けた人,それぞれの言い分を,慎重に調べなければいけません。

 あなたの彼女が,また警察に呼ばれているのも,そのためです。



 でも,被害を受けたときのことを何度も長い時間聞かれるのは,とてもつらいことですよね。

 被害を受けた人が,警察に話をするかどうかは,あくまで自由です。

 彼女が「話したくない」ということであれば,警察に断ってもかまいません。

 また,話すとしても,こちらの事情を説明して,警察にいろいろ配慮してもらうように求めてもかまいません
【★9】


 もしかしたら,犯人についた弁護士から,彼女や彼女の親に連絡があるかもしれません。

 犯人が,痴漢をしたことを認めていて,お金を払うことで謝りたい,という連絡です。

 そういう話し合いを,「示談(じだん)」と言います。

 示談は,法律的な約束ごとですから,

 彼女がまだ20歳でなければ,相手の弁護士との話し合いは,彼女一人でするのではなく,彼女の親といっしょに進めていくことになります
【★10】


 これから先,いろんな場面で,彼女がどのように対応していけばよいかについて,

 犯罪の被害に詳しい弁護士からアドバイスを受けたり,その弁護士に依頼したりすることもできます。

 あなたから彼女に,そういった窓口を伝えるのも,よいと思います
【★11】


 被害を受けてつらい思いをしているパートナーの気持ちに,ぜひ,しっかりと寄り添ってください。



 私は,痴漢をなくしていかなければならない,と思うとともに,

 皆さんが,学校を卒業し働き始めてこれから先何十年もずっと,満員電車に乗らなければならない社会であってはいけないとも,思っています。



 見知らぬ人どうしが,ぎゅうぎゅうにくっつくことに耐えなければいけない満員電車は,それじたいが,人間の暮らしとして,異常なことです【★12】【★13】

 ましてや,その中で,

 痴漢というひきょうな犯罪が起きやすくなり,

 その被害でつらい思いをする人々が,たくさんいて,

 時には,痴漢の犯人に間違われて大変な思いをする人もいます。

 混んでいる駅の中で,駅員に対する暴力や,人身事故も,多く起きています。

 満員電車での通勤の負担が,過労死の原因になっているケースも,多くあります。



 今回のことをきっかけにして,

 満員電車が当たり前の風景になってしまっていてよいのか,

 一人ひとりが大切にされる社会のありかたについても,

 考えてみてほしいと思っています。

 

【★1】 平成22年1月8日から15日,4月15日から21日,9月6日から10日に,首都圏で検挙された痴漢のケースで,被害者は15~19歳が全体の約半分(49.7%)にも及んでいました。(平成23年3月警察庁・痴漢防止に係る研究会「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」)
【★2】 裁判にかけるかどうかを判断する人は,「検察官(けんさつかん)」です。「警察官」と発音が似ているのでややこしいですが,別の人です。検察官は,弁護士や裁判官と同じように,法律家です。警察と協力しながら事件を捜査し,ずっとつかまえるか外に出すかを決めたり,犯人の処分を求めて裁判所の手続をとったりします。裁判にかけないことを「不起訴処分(ふきそしょぶん)」と言います。その人が犯人でないとはっきりしたなら「嫌疑なし」,証拠が足りないなら「嫌疑不十分(けんぎふじゅうぶん)」による不起訴処分です。
【★3】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★4】 「略式手続(りゃくしきてつづき)」と言います。
 刑事訴訟法461条 「簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄(かんかつ)に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料(かりょう)を科(か)することができる。…」
 同法461条の2第1項 「検察官は,略式命令の請求に際し,被疑者に対し,あらかじめ,略式手続を理解させるために必要な事項(じこう)を説明し,通常の規定に従(したが)い審判を受けることができる旨を告げた上,略式手続によることについて異議(いぎ)がないかどうかを確めなければならない」
【★5】 刑事訴訟法470条 「略式命令は,正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生ずる。…」
 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
【★6】 痴漢は,多くの場合,都道府県の条例(迷惑防止条例)に違反したとして処罰されます。条例違反の場合,罰金刑があるので,略式手続をとることができます。しかし,痴漢の程度がひどければ,刑法の「強制わいせつ罪」で処罰されます。強制わいせつ罪には罰金刑がないので,略式手続がとれず,ふつうの刑事裁判を受けることになります。なお,強制わいせつ罪は,被害者から「犯人を処罰してください」という「告訴(こくそ)」がなければ,刑事裁判をすることはできません(「親告罪(しんこくざい)」と言います。被害者が未成年の場合は親が告訴することもできます)。
 (東京都)公衆に著(いちじる)しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項 「何人(なんぴと)も,正当な理由なく,人を著しく羞恥(しゅうち)させ,又は人に不安を覚えさせるような行為(こうい)であって,次に掲(かか)げるものをしてはならない。 一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。…」
 同条例8条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。… 二 第5条第1項…の規定に違反した者」
 刑法176条 「13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫(きょうはく)を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする」
 同法180条 「第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪(みすいざい)は,告訴がなければ公訴(こうそ)を提起(ていき)することができない」
 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 同法231条1項 「被害者の法定代理人は,独立して告訴をすることができる」
【★7】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」
【★8】 実際に痴漢冤罪(えんざい)が問題になったケースとして,矢田部孝司・あつ子「お父さんはやってない」(2006年,太田出版)と,その実話をベースとした映画「それでも僕はやってない」(2007年,周防正行監督)があります。
【★9】 犯罪捜査規範10条の2第1項 「捜査を行うに当たっては,被害者又はその親族…の心情を理解し,その人格を尊重しなければならない」
 同条2項 「捜査を行うに当たっては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならない」
【★10】 親にチェックしてもらい,親のOK(=同意)をもらったうえで示談をするか,または,親に代わりに(=代理人として)示談してもらうことが必要です。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 同法824条「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
【★11】 各弁護士会の犯罪被害者法律相談窓口 http://www.nichibenren.or.jp/contact/crime_victims/whole_country.html
 法テラス犯罪被害者支援 0570-079714 (http://www.houterasu.or.jp/higaishashien/index.html
【★12】 法律は,一人ひとりが,大切な人間として尊重されること,物や人形や奴隷ではなく,人間として大切にされることを,だいじにしています。
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
 憲法18条 「何人(なんぴと)も,いかなる奴隷的拘束(どれいてきこうそく)も受けない。…」
 1987年(昭和62年)に過労死で亡くなった八木俊亜さんは,亡くなる前のノートに,次のように書いていました(八木光恵「さよならも言わないで 『過労死』したクリエーターの妻の記録」45頁,双葉社)。
 「人はただ奴隷的に存在する安逸(あんいつ)さになれてしまう。人間の奴隷的存在について考えてみよう。かつての奴隷たちは奴隷船につながれて新大陸へと運ばれた。超満員の通勤電車のほうがもっと非人間的でないのか。現代の無数のサラリーマンたちはあらゆる意味で,奴隷的である。金にかわれている。時間で縛られている。上司に逆らえない。賃金もだいたい一方的に決められる。ほとんどわずかの金しかもらえない。それも欲望すらも広告によってコントロールされている。肉体労働の奴隷たちはそれでも家族と食事をする時間がもてたはずなのに。」
【★13】 宮尾節子さんの詩「明日戦争がはじまる」は,「まいにち 満員電車に乗って 人を人とも 思わなくなった」という出だしで始まっています。 https://twitter.com/sechanco/status/425897118599901184/photo/1

2015年7月 1日 (水)

路上ライブを警察に止められた

 

 友だちと二人でフォークギターのライブユニットを組んで駅前の歩道で路上ライブをしていたら,警察官に止められて,交番に連れて行かれ,「もう二度としない」と誓約書を書かされました。路上ライブって,犯罪になるんですか?

 

 人や車の通りに,とても大きな影響がある路上ライブなら,

 警察の許可をもらっていないと,犯罪になります。

 でも,

 人や車の通りに,とても大きな影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可はいりません。



 道路は,人や車が通るための場所です。

 人や車が安全に通れるように,

 「道路交通法」という法律が,道路のルールを細かく決めています。



 道路を,人や車が通る以外のために使うときは,

 道路ほんらいの役割の「人や車が安全に通れること」と両立するかどうかを,

 警察がチェックすることになっています。



 道路で工事をする,

 道路に銅像や広告を置こうとする,

 道路に屋台などのお店を出そうとする,

 そういったときには,警察に申請をして,許可をもらいます
【★1】


 警察は,

 「人や車が安全に通れるから大丈夫」,

 「条件を付ければ安全だ」,

 そう判断したら,許可を出さなければいけないことになっています
【★2】


 その警察の許可をきちんともらわないで,

 工事をしたり,銅像や広告を置いたり,屋台などのお店を出したりしたら,

 犯罪として処罰されます
【★3】


 ところが,「路上ライブをするときに警察の許可がいる」とは,

 道路交通法には,書かれていません。



 じつは,路上ライブについては,

 道路交通法という法律ではなく,

 都道府県の「公安(こうあん)委員会」がつくったルールで,

 「警察の許可が必要」とされています
【★4】

 「公安委員会」というのは,警察の上にある,警察を管理する組織のことです
【★5】


 道路交通法は,

 「工事をする,銅像や広告を置く,屋台を出す以外にも,

 警察の許可が必要なものを,都道府県の公安委員会が決めていい」

 と,一部をまかせています
【★6】


 しかし,公安委員会が何でもかんでも好き勝手にルールを決めていいわけではありません。

 法律は,選挙でみんなから選ばれた議員が,議会で作ったものです。

 でも,公安委員会の人たちは,選挙で選ばれていません。

 だから,公安委員会は,法律が決めたワクの中でしか,ルールを決められないのです。



 道路交通法が言っているのは,次のようなことです。


 「お祭りや,映画・テレビの撮影みたいに,

 人や車が通ることに『著(いちじる)しい』影響があるときには,

 警察の許可がいる。

 お祭りや映画・テレビの撮影以外に,どんなものがあるかは,

 都道府県の公安委員会で決めてください。」



 「著しい」というのは,「とても大きい」という意味です。

 この「著しい影響」というのが,法律が作ったワクなのです。



 有名なバンドだったり,

 大きな音量で派手なパフォーマンスだったりしたら,

 人がたくさん集まって,人や車が通るのに影響が「著しい」かもしれません。

 大きな駅の改札の目の前だったり,

 乗り降りのとても多いバス停のすぐ横だったりしたら,

 人がたくさん行き交(か)いますから,「著しい」影響があるかもしれません。



 でも,路上ライブすべてが,人の通りに「著しい」ほどの影響が出るわけではありません。


 たしかに,路上ライブの演奏に聴き入ってくれる人たちがその場に立ち止まれば,

 その道路を通る人たちの行き来に,多少の影響はあるでしょう。

 でも,その影響は,お祭りや映画・テレビ撮影ほどの「著しい」ものではないはずです。

 人の行き来に「著しい」影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可をもらう必要は,ないのです。



 路上でビラを配ることも,

 法律ではなく,公安委員会のルールで,

 「警察の許可が必要」とされています。



 これまで,警察の許可なく路上で政治的な意見を書いたビラを配った人が,警察から止められたり,逮捕されたりして,裁判になったケースが,いくつかあります。

 それらすべてのケースで,裁判所は,

  「そのビラ配りは,人や車が通るのに『著しい影響』まではなかった。

  だから,そもそも警察の許可が必要なかった。

  警察が止めたり,逮捕するのはおかしい」,

 そう言っています
【★7~9】


 もちろん,路上ライブの内容や,演奏する場所・時間によっては,

 人の行き来に「著しい」影響が出てしまうものもあるでしょう。

 また,将来,あなたたちのライブユニットがとても人気になって,

 路上ライブにたくさん人が集まり,人の行き来に「著しい」影響が出ることがあるかもしれません。

 そういう場合には,きちんと警察に許可をもらうための申請をしてください
【★10】

 もし,申請をしても,警察がまったく許可しないなら,弁護士に相談してください。




 どんな人にも,「表現の自由」があります
【★11】


 自分の思いや,気持ちや,考えを,いろんな形で表現することは,

 その人自身にとっても,

 その表現を受け取る人にとっても,

 そして,社会全体にとっても,

 非常に大切なことです。

 いろんな人の,いろんな表現が行き交い,混じり合うことで,

 一人ひとりが成長していくことができ,

 そして,社会も豊かなものになるからです。



 だから,憲法は,

 表現の自由を,とてもだいじなもの,よっぽどのことがなければ制限できないものとしています。

 お金や財産のことも,もちろん大切ですが,

 表現の自由は,お金や財産のことよりも,よりいっそう,だいじにされなければならないのです
【★12】


 ところが,じっさいには,

 お金もうけのためにいろんなお店がビラをたくさん配り,駅前で大音量の音楽を流して宣伝していても,警察は止めないのに,

 若い人たちが,素朴(そぼく)な気持ちや,真面目な意見を,音楽に乗せて路上ライブをしていると,すぐに警察が止めに来てしまいます。

 これは,まったくおかしなことです。



 道路は,みんなのもの,公共のスペースです。

 そして,「表現の自由」は,社会にとって,非常に大切なものです。

 だから,

 道路は,たんに,人や車が移動するためだけの場所ではなく,

 いろんな人の思い,気持ち,考えが行き交う,表現のための場所でもあるのです。

 道路交通法は,「表現の自由」と「人や車の安全」とのバランスをとるように作られています。

 それなのに,警察が,「人や車の安全」ばかりを大切にし,それを理由にして,「表現の自由」をないがしろにするのは,あってはならないことです。



 今,多くの若い人たちが,

 首相官邸前や国会前で抗議行動をしたり,

 デモやパレードをしたりして,

 いろんな形で,路上で声を上げています。

 私は,それを,とても嬉しく,とても心強く思っています。

 私たちの大切な社会を守り,そして,よりいっそう良いものにしていくために,

 子どもも大人も,それぞれが,

 自分の思い,気持ち,考えを,公共のスペースで表現できる世の中であり続けることが必要なのです。



 ぜひ,路上ライブを続けて,

 道を行き交う人たちに,あなたたちの思いを届けてください。

 

【★1】 道路交通法77条1項 「次の各号のいずれかに該当(がいとう)する者は,それぞれ当該各号に掲(かか)げる行為(こうい)について当該行為に係る場所を管轄(かんかつ)する警察署長…の許可…を受けなければならない。
 一 道路において工事若(も)しくは作業をしようとする者又(また)は当該工事若しくは作業の請負人
 二 道路に石碑(せきひ),銅像,広告板,アーチその他これらに類する工作物を設けようとする者
 三 場所を移動しないで,道路に露店,屋台店その他これらに類する店を出そうとする者
(略)」
【★2】 道路交通法77条2項 「前項の許可の申請があった場合において,当該申請に係(かか)る行為が次の各号のいずれかに該当するときは,所轄警察署長は,許可をしなければならない。
 一 当該申請に係る行為が現に交通の妨害(ぼうがい)となるおそれがないと認められるとき。
 二 当該申請に係る行為が許可に付(ふ)された条件に従(したが)って行なわれることにより交通の妨害となるおそれがなくなると認められるとき。
 三 当該申請に係る行為が現に交通の妨害となるおそれはあるが公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき。」
【★3】 道路交通法119条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,3月以下の懲役(ちょうえき)又は5万円以下の罰金に処(しょ)する。…(略)…
 十二の四 …第77条(道路の使用の許可)第1項の規定に違反した者」
【★4】 たとえば,東京都の場合は,公安委員会が作った「東京都道路交通規則」で,次のように決められています。路上ライブは(6)の「奏楽」,ビラ配りは(8)の「物を…交付」にあたります。
 東京都道路交通規則18条 「法第77条第1項第4号の規定による警察署長の許可を受けなければならない行為は,次に掲げるとおりとする。
(1) 道路において,祭礼行事,記念行事,式典,競技会,仮装行列,パレード,街頭行進その他これらに類する催(もよお)し物をすること。
(2) 道路において,旗,のぼり,看板,あんどんその他これらに類するものを持ち,若しくは楽器を鳴らし,又は特異な装(よそお)いをして,広告又は宣伝をすること。
(3) 車両等に広告又は宣伝のため著しく人目をひくように,装飾その他の装い(車両等を動物,商品その他のものにかたちどることを含む。)をし,又は文字,絵等を書いて通行すること。
(4) 道路において,ロケーション,撮影会その他これらに類する行為をすること。
(5) 道路において,拡声器,ラジオ,テレビ,映写機等を備え付けた車両等により,放送又は映写をすること。
(6) 演説,演芸,奏楽,放送,映写その他の方法により,道路に人寄せをすること。
(7) 道路において,消防,水防,避難,救護その他の訓練を行なうこと。
(8) 交通の頻繁(ひんぱん)な道路において,寄附を募集し,若しくは署名を求め,又は物を販売若しくは交付すること。
(9) 道路において,ロボットの移動を伴う実証実験又は人の移動の用に供(きょう)するロボットの実証実験をすること。」
【★5】 地方自治法180条の9第1項 「公安委員会は,別に法律の定めるところにより,都道府県警察を管理する」
 警察法38条1項 「都道府県知事の所轄(しょかつ)の下に,都道府県公安委員会を置く」
 同条3項 「都道府県公安委員会は,都道府県警察を管理する」
【★6】 道路交通法77条1項(★1の条文)四号 「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著(いちじる)しい影響を及(およ)ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑(えんかつ)を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」
【★7】 東京高等裁判所昭和41年2月28日判決(高等裁判所刑事判例集19巻1号64頁)は,次のように判断して,一審の無罪判決を維持(いじ)しました。
 「道路交通法第77条第1項第四号により公安委員会が定めることを委任(いにん)されている行為の範囲は,法自体において明示するところの,一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを前提とするものであることは,法文上疑をいれる余地がない…から,法第77条第1項第四号の規定により公安委員会が定めた行為であっても,一般にそれが法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に該当(がいとう)すると解することができなければ,法定の要許可行為とならないことはいうまでもない。そして,…その『一般交通に著しい影響を及ぼす』ということが意味する一般交通に与える支障の程度については,法が例示する『祭礼行事』や『ロケーション』の概念(がいねん)から一般に連想されるところの内容にかんがみ,又法第76条において道路において禁止行為として掲げるものの多くが,道路においてそのようなことをする行為自体において不当視されるものか若(も)しくは社会的に無用行為と見られるもの等であるのに反し,法第77条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には,その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由,生活上の権利に関するもの等も含まれるので,これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画(かく)するため,とくに『一般交通に著しい影響を及ぼすような行為』でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは,それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。…本件において…前認定の本件印刷物交付の方法ならびに同所における当時の交通状況にかんがみ,一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるほどの条件が達成される状況にあったとは証拠上これを認めることはできない。…してみれば,被告人らの本件印刷物の交付は法第77条第1項第四号所定の要許可行為に該当するものとはいえない。したがって被告人らの本件所為(しょい)はいずれも罪とならないものとして被告人らに無罪の言渡をした原判決には,何ら所論(しょろん)の法令の解釈を誤った違法は認められず,本件控訴(こうそ)は理由がない」
【★8】 大阪地方裁判所昭和55年11月26日(判例時報992号21頁・国鉄大阪駅広場・無許可ビラ配付規制の国家賠償請求事件判決) 「当裁判所は,ここで,傍論(ぼうろん)として道交法77条1項四号,規則15条9号に関する見解を付け加えておく。
 道交法77条1項四号…をうけた規則15条9号は,「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」を要許可行為と定めている。
 ところで,右道交法の規定は,「祭礼行事をし,又はロケーションをする等」と例示しているのであるから,その他の行事行動も,これらに類似する通行の形態や方法による道路の使用又は集合で,一般交通に著しい影響を及ぼすような行為を規制の対象としているといわなければならない。したがって,右道交法の規定は,これと類型を異にしているビラ配付まで規制の対象として予定してはいないと解するのが相当である。すなわち,ビラ配付は,配付者がほぼ一定の場所に立ちどまり,通行の流れを利用して手早く行なうのが普通であるから,多くの場合,そのこと自体によって人の集合が予想されるものではないし,広範囲の場所が排他的に占有される関係にもない。…(略)…
 そうだとすると,規則15条9号は,道交法77条1項四号の規定をうけて定められているものであるから,右規則において要許可行為とされている「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」の解釈としても,交通のひんぱんな道路で行われるビラ配付はすべて一律に右条項に該当するものと解することはできず,むしろ逆に,少人数で通常の方法でなされるビラ配付は,交通のひんぱんな道路で行われる場合でも,許可を要しないと解する余地がある。
 本件の場合,場所的には,大阪市内でも,公衆が多数通行するところであり,時間的には,土曜日の午後であるから,ビラ配付者の数や,ビラ配付の方法によっては,本件現場の交通に著しく影響を及ぼすことになり,道交法上の許可が必要である。しかし,前記認定のとおり,原告らは,10名前後であり,二列に並んでビラ配付をしており,交通の著しい妨(さまた)げになったといえないのであるから,この限りでは,道交法及び規則の許可が必要な場合には当たらないというほかはない。」
【★9】 千葉地方裁判所平成3年1月28日判決(判例時報1381号89頁) 「道交法77条第1項は,所轄警察署長の許可を受けなければならない行為を一号ないし四号に定めるが,四号は,「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとするもの」と規定する。そして,施行細則11条は,「法77条1項四号の規定により公安委員会が署長の許可を受けなければならないものとして定める行為は次の各号に掲げるものとする。」としてその各号が道交法77条1項四号の授権に基づく規定であることを明らかにした上,九号で「交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のため,文書,図画,その他の物を通行する者に交付すること。」と定める。したがって,千葉県において文書,図画,その他の物を通行する者に交付しようとする者があらかじめ所轄警察署長の許可を受けなければならないのは,
 <1> 一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か,
 <2> 道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か
 であると解すべきである。そうとすると,同県においては,普段は人等の通行量が多いという程でなく,かつ,特定の状況下においても人等が一時に急激に増えて人等がひっきりなしに行き交うというような兆候(ちょうこう)のない相応(そうおう)の幅員(ふくいん)の歩道上で人等の通行が大きく阻害(そがい)されるようなおそれのない間隔である程度の人数の者が通常の方法で行うビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当しないことが明らかであるから,原告らの前記ビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当せず,したがって,右ビラ配布をするに当たって東金署長の許可を必要としなかったものである。」
【★10】 道路使用許可の申請は,未成年者であっても,本人がします。親の同意も不要です(2015年6月22日,警視庁交通規制課道路第二係に電話で確認済み)。
【★11】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★12】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁) 

2015年6月 1日 (月)

大学に行かないなら予備校代を返せと言われてる

 

 高校3年生です。親から「大学に行け」と言われて,高1のときから予備校に通わされてきました。でも,勉強が好きではなく,成績もよくありません。ほんとは,小さい頃から美容師になりたいと思っていて,今はその夢がどんどん強くなっています。親に,「大学に行きたくない。専門学校に行って美容師の資格を取りたい」と言ったんですが,認めてくれず,「大学に行かないなら,これまで払った予備校代を返せ」と言われています。私は,予備校代を親に返さないといけないんですか。

 

 いいえ。

 予備校代について,「返す・返さない」の話になることじたいが,おかしなことです。



 お金を借りたのなら,

 貸してくれた人に,返さなくてはいけません
【★1】

 自分でどこかに払わないといけないお金を,ほかの人に立て替えてもらったなら,

 立て替えてくれた人に,返さなくてはいけません
【★2】


 でも,あなたの予備校代は,

 親から借りたものでもなければ,

 立て替えてもらったものでもありません。

 あなたが親に返すものではありません。



 法律は,「家族をきちんと養(やしな)わないといけない」,としています【★3】

 法律の言葉で,「扶養(ふよう)」と言います。

 特に,親には,子どもを育てる義務があります
【★4】

 いろんなことを学んで成長している子どものうちは,

 自分で働いてかせぐことができないのですから,

 そういう子どもを育てるためのお金は,

 親が自分で出さなければいけません
【★5】

 着ること,食べること,住むことにかかるお金はもちろん,

 子どもが学ぶためのお金だって,そうです。



 あなたの親は,「大学に行くことがあなたが育つために必要だ」と考えて,予備校に通わせていたのですから,

 その予備校代は,そう考えた親が,自分で出すものです。

 あとで,いろんな事情で,子どもが大学に行かない,行けないことになったからといって,

 予備校代を子どもに払わせるのは,おかしなことです。



 親が子どもに,

 「大学に行かなかったら,予備校代を親に返します」,と,

 はっきり約束までさせてしまっているケースを見かけます。



 おこづかい程度の小さな金額であれば【★6】

 友だちや,きょうだいとのあいだで,貸し借りなどをすることもあるでしょうし,

 その約束をきちんと守ることも,大切でしょう。



 法律は,

 「子どもがお金の貸し借りなどをするときには,

 親がきちんとチェックしないといけない」,としています
【★7】

 子どもがお金の話をするときには,

 その子が自分に不利な約束をしてしまわないよう,

 親が子どもを守らなければいけないのです。



 ところが,

 お金の貸し借りの相手が親だと,

 親が,子どもに不利な内容を押し付けてきたとき,

 子どもを守る立場の人がいません。



 こういう場面を,法律の言葉で,「利益相反(りえきそうはん)」と言います。


 利益相反のときには,子どもを親から守るために,

 裁判所が「特別代理人」という別の人を選んで,子どもにつけなければいけないことになっています
【★8】

 特別代理人に選ばれた人は,

 子どもに不利にならないかどうかをきちんと考えて,

 親とのあいだで貸し借りなどの約束をするのです。



 特別代理人がいないままの約束を,子どもが守る必要はありません。

 20歳になったあとで,自分できちんと納得してその約束をOKしたら,払わなければいけませんが
【★9】

 そうでないかぎり,払う必要はありません。


 予備校代は,

 遊びや趣味のためのお金ではなく,教育にかかわるお金です。

 金額だって,おこづかい程度のレベルではなく,何十万円やそれ以上という,とても大きなお金です。

 もともとあなた自身が積極的に望んで行きたいと思っていたわけでもない,その予備校のお金を,

 「大学に行かないなら親に返せ」などというのは,法律からみて,明らかにまちがっています。


 「大学に進むよう,子どもに考え直させるために,

 法律的にどうなのかはともかく,子どもの教育のためにそう言ったんだ。

 弁護士が『払わなくていい』などと子どもに吹き込むのは迷惑だ」。

 そう言う親もいます。

 しかし,

 法律的にまちがったウソをついて子どもを騙(だま)し,

 「大学に行かないなら金を払え」と子どもを脅(おど)し,

 子ども本人が望んでいない,親の思うとおりの道に進ませようと,子どもを支配することなど,

 「教育」だとは,到底(とうてい)言えません。


 「こういうことを学びたい,こういう仕事に就きたい」。

 子どもの夢がはっきりしてくると,

 その意見が,親と衝突(しょうとつ)することもあるでしょう。

 一度決めた夢が途中で変わることだって,ふつうにあることですが,

 そういうときもやはり,親と衝突するかもしれません。


 でも,あなたの人生は,親のものではありません。

 あなたが自分で選んで,進んでいくべきものです。


 いままできちんと育ててくれたこと,

 自分のためを思ってくれているからこそ,安くはない予備校代を出してくれていたことについて,

 親への感謝の気持ちを,きちんと伝えてみてください。

 そのうえで,「美容師になりたい」という自分の強い気持ちを,親に受け止めてもらえるように,じっくりと話し合ってください。


 結局,親が理解してくれず,

 これから必要になる専門学校のお金は,

 アルバイトや奨学金などで,自分で工面(くめん)しなければいけないかもしれません。

 でも,これまでかかった予備校代は,あなたが親に返す必要は,ないのです。


 自分の人生を自分で選んで進んでいくときには,お金の問題は,とても重要です。

 お金のことについての,まちがった情報や,情報不足のせいで,

 将来後悔するような選択をしないためにも,

 親との話し合いがうまく進まないときには,

 ぜひ,周りの大人や,私たち弁護士に相談してください。

 

【★1】 お金の貸し借りのことを,法律の言葉では,「金銭消費貸借(きんせんしょうひたいしゃく)」と言います。
 民法587条 「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及(およ)び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生(しょう)ずる」
【★2】 「立替払(たてかえばらい)契約」と言います。
【★3】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
【★4】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★5】 内田貴「民法Ⅳ」294頁 「親族扶養の中の最も重要な類型のひとつである親の子に対する扶養に関してはどこに規定があるのだろうか。…実定法上の根拠としては,文言からも877条1項に含まれていると解してよいだろう」
 同295頁 「828条但書は,子の財産の収益を養育費に充(あ)ててよい旨(むね)規定している。言い換えれば,子の財産の元本(がんぽん)を養育費に充当(じゅうとう)することは原則として許されないのである。したがって,収益で不足する限(かぎ)り,親は自(みずか)らの資産・労力で子を養育しなければならない」
【★6】 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。…」
【★7】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
【★8】 民法826条1項 「親権を行う父又は母とその子との利益が相反(そうはん)する行為(こうい)については,親権を行う者は,その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」
 「親権者が,その親権に服する子どもとの間で直接契約を行う行為は,一般に契約が『相対立する契約当事者間』で行われることから,民法826条の利益相反行為に該当(がいとう)するのが通常です。もっとも,民法826条は未成年者の保護を目的とするものですので,例えば単純贈与のように,単に未成年者が利益のみを享受(きょうじゅ)し,債務その他の負担を一切負わないような場合には利益相反には該当しません」(新日本法規「Q&A子どもをめぐる法律相談」503頁)
【★9】 内田貴「民法Ⅳ」233頁 「利益相反行為は無権代理と同じであり,その効果は本人に帰属(きぞく)しない。ただし,子が能力者となった後に追認(ついにん)する余地はある」
 民法113条1項 「代理権を有(ゆう)しない者が他人の代理人としてした契約は,本人がその追認をしなければ,本人に対してその効力を生じない」
 最高裁判所第三小法廷昭和46年4月20日判決(最高裁判所裁判集民事102号519頁) 「上告人〔注:未成年者,のち成人〕…は,…事件の係属中,被上告人またはその訴訟代理人に対し,上告人〔親権者〕…による本件土地の売買予約に関する無権代理行為を追認したものであり,これにより,右売買予約中右4名の共有持分に関する部分は,その成立の時に遡(さかのぼ)って効力を生じたものである旨,および親権者が民法826条に違反して,親権者と子の利益相反行為につき法定代理人としてなした行為は民法113条所定の無権代理行為にあたる旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯(しゅこう)できる」

2015年5月 1日 (金)

「そのサークルは宗教だからダメ」と親が言ってくる

 

 社会のために活動しているサークルがあって,みんなとても優しいし,充実しているので,続けたいと思ってます。でも,最近,親が,「それは宗教だからやめなさい」と反対するようになって,こまってます。そのサークルは宗教じゃないし,もし宗教だとしても親が反対するのはおかしいと思うんですが,法律ではどうなってるんですか。

 

 社会のために活動する団体は,

 宗教と無関係であることも多いですが,

 宗教がベースになっている団体もあります。



 どの宗教も,人々のため,社会のために,とてもだいじな役割を果たしています。

 だから,宗教がベースとなっている団体が,社会のために活動するのは,

 当然のことですし,素晴らしいことです。



 ところが,

 
ほんとうは宗教なのに,そのことを隠して人を誘っている,

 そういうケースが,実際にあります


 社会活動であったり,占いや人生相談であったり,何かの学習会であったりと,

 宗教を隠して表面上をとりつくろうのには,さまざまなパターンがあります
【★1】


 やましいところや,うしろめたいところがない,

 ほんとうに,人のため,社会のためになる,きちんとした宗教なら,

 宗教だということを隠す必要は,まったくないはずです。

 宗教であることを隠して,だますようにして人を誘うのは,あってはならないことです。


 未成年のときに,宗教であることを隠して誘われたのが,裁判になったケースもあります。

 裁判所は,「そういう誘い方は違法だ」と,はっきり言っています
【★2】


 社会活動をしている団体が,

 ほんとうに宗教と関係がないのか,宗教がベースになっているのか,

 それを見分けるのは,大人でも,難しいときがあります。

 ましてや,まだ社会の複雑さを学んでいる途中の子どものときには,

 それを見分けるのは,大人よりもいっそう,難しいことです。



 あなたの親はそのサークルが宗教だと言っている,ということですが,

 実際には,宗教でなくても,

 「社会のためにがんばりたい」というまじめな人を,自分たちの都合のよいように利用しようとする,

 そういう悪質で危険な団体があるのも,また事実です
【★3】


 あなたが続けたいと思っているそのサークルは,

 メンバーそれぞれが持っている,いろんな価値観や意見を,

 お互(たが)いにきちんと尊重し合うことが,できていますか。

 一人ひとりが自分の頭で考え,みんなでしっかり議論しながら,活動できていますか。

 誰かの指示や命令に,みんながただ従(したが)うだけになっていませんか。

 そのサークル活動以外の,あなたの生活や人生を,メンバーがきちんと尊重してくれていますか。

 あなたの時間を,そのサークルにもっと注ぐようにと,言われていませんか。

 入る・入らない,やめる・やめないを,それぞれが自由に決められますか。



 そのサークルが宗教かどうかということだけでなく,上に書いたようなことも含めて,

 ぜひ,親とよく話し合ってみてください。





 もし,そのサークルが,宗教だと明らかにして活動しているとしたら,どうでしょう。




 どんな人にも,宗教を信じる自由があります
【★4】【★5】

 それは,子どもであっても,同じです
【★6】


 宗教は,

 「自然や人間を超えた存在がある」と信じ,

 それを,おそれ,うやまい,拝(おが)み,祈(いの)るものです
【★7】


 そして,宗教は,「私たちがどうやって生きていくべきか」を示してくれます。

 特に,世の中の理不尽(りふじん)なことで,苦しい思いを抱えている人にとって,

 宗教を信じることは,心が落ち着き,より良く生きていくことにつながる,ということも,多いでしょう。

 宗教は,それを信じる人のことだけでなく,その周りの人々のことや,世の中の平和も,真剣に考えています。



 宗教は,苦しい人々の支えになり,社会のために動くので,

 政治の権力を持っている人から見ると,

 「宗教のせいで,世の中が自分の思い通りにいかなくなる」,

 そう思われがちです。

 そのため,権力を持っている人や政府などが,自分たちに都合の悪い宗教を迫害(はくがい)してしまう,ということが,

 長い人類の歴史の中では,何度も繰り返されてきました。

 「宗教を信じる自由」は,そういう歴史の反省から,法律で守られるようになったのです。



 ところが,中には,

 お金もうけのことしか考えていない宗教や,

 信者を家族や社会から切り離してしまい,人々を苦しめる宗教が,

 残念ながら,あります。

 さらには,人を殺したり,この社会を壊そうとしたりする宗教まであります。



 みなさんが生まれる前,今から20年前の1995年(平成7年)には,

 「オウム真理教」という宗教が,

 自分たちにとって都合が悪いと考える人を拉致(らち)して殺したり
【★8】

 東京の地下鉄に猛毒をまいて多くの人を殺すという事件まで起きたのです
【★9】【★10】

 その宗教には,多くの若い人たちが,信者として集まっていました。



 子どもにも宗教を信じる自由はありますが,

 きちんとした宗教なのかどうかを,子どもが自分でみきわめるのは,難しいことです
【★11】【★12】

 だから,
日本を含む世界中の国々は,子どもの権利条約というルールで,

 「子どもにも宗教を信じる自由がある」としながらも,

 「年齢や判断する力に応じて,親が子どもを見守ろう」と言っています
【★13】

 親は,あなたの居場所や財産はもちろん,あなたの人生そのものを,きちんと守る立場にあるのです
【★14】【★15】



 あなたのそのサークルは,みんな優しいし,充実している,ということでしたね。


 そのサークル以外の場所は,どうでしょうか。

 「家,学校,地域の人たちが,あなたにとって優しいとは思えない。」

 「家,学校,地域では,充実した気持ちになれない。」

 そういうことはありませんか。



 そのさみしさを,「自然や人間を超えた存在を,おそれ,うやまい,拝み,祈る」ことで乗り越えようとする前に,

 家,学校,地域の問題それ自体を解決できないか,親などの大人たちとよく話し合ってみてください。

 条約という世界のルールが,「子どもにも宗教を信じる自由があるけれど,親が子どもをきちんと見守る立場にある」と言っているのは,そういうことです。



 あなたが,親などの大人たちとよく話し合ったうえで,

 それでもやはり,「宗教を心のよりどころにして,これからの人生を生きていくこと」を選ぶ,ということも,あるかもしれません。

 そのときでも,

 この世の中にさまざまな宗教があることを理解し
【★16】

 それぞれが信じる宗教を,お互いに尊重し合い,

 宗教を信じない人のことも,きちんと尊重すること,

 それらが,法律が守っている「宗教を信じる自由」の土台にあるということを,

 ぜひ忘れないでいて欲しいと思います。

 

【★1】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「その勧誘等の手段方法について指摘すべき特徴的なことは,第一に,その勧誘等の方法が,長年の組織的勧誘等の経験に基づいた手法に基づき,組織的体系的目的的に行われているという点である。すなわち,毎月の動員,献金,販売等の目標を定め,その達成のため,宗教教義の勧誘であることを厳(げん)に秘匿(ひとく)して行う友人からの電話のほか,街頭アンケートや各戸訪問における手相,占い,姓名判断などでの反応を契機(けいき)として,人生相談や各種占い,あるいは生涯学習,カルチャーセンターの名のもとに,被告…の教義を伝道する目的で設置されたと認めるべきビデオセンターへと言葉巧(たく)みに導き,そこにおいても宗教教義の伝道活動であることを悟(さと)られないように各種教養・娯楽ビデオを混入させつつ,被告…の教義に関心を持たせるように,また,その教義を正当として受け容れやすいような被告…の教義に関するビデオを視聴させたうえで,さらなる学習意欲や好奇心をかきたてる。そして,いずれも周到(しゅうとう)な準備と計画の下に企画されたプログラムである,未婚者については,余人(よじん)を排(はい)した合宿等の形式によるツーデイズ,ライフトレーニング,フォーデイズからさらに新生トレーニング,実践(じっせん)トレーニングを経て実践活動へと,既婚者については,同様に初級,中級,上級コースから実践活動へと,言葉巧みに導き,この間,善良にして親切で明朗(めいろう)な〔メンバー〕による親身の指導と激励や賞賛の中で高揚感溢(あふ)れる連帯意識を醸成(じょうせい)して心情的帰属意識を植え付ける一方,過程ごとに受講者の感想を集約してその教義の浸透(しんとう)度を確認把握する中で,その悩みや弱点,本人や家族先祖の病歴や不幸な歴史,さらには心情解放展と称して本人が過去に抱いた罪障感(ざいしょうかん)を巧みに告白させ,探索(たんさく)したうえ,被告…の教義とは直接の関連のない手相,姓名判断や家系図等を用いた根拠も疑わしい因縁話などにより,その心理的弱みを巧妙に突いてその不安を煽(あお)るなどして畏怖困惑(いふこんわく)させ,宗教的救いを希求(ききゅう)する心情をかきたてて,被告…の教義の学習の浸透を図ってきた。また,これらの過程で,相手方の信頼ないし無防備に乗じ,様々な機会を利用してその資産や収入を把握しつつ,財産などの経済的物質的利益に執着する卑しさを強調して,陰に陽に献金の慫慂(しょうよう)をし,あるいは物品の販売をしてきた。このように,被告…の〔メンバー〕による被告…への勧誘等の方法は,個々の勧誘等の行為それ自体を個別的外形的に観察する限りは,詐欺的強迫的手法を用いていることが明らかなものを除いては,本人も承諾納得の上での任意の選択を求めるものであって,それ自体の違法性を論ずることができないようにも見えるが,その勧誘方法が信者獲得という一定の目的のもとに,あらかじめ周到に準備された組織的体系的目的的なプログラムに基づいて行われているという前記のような事情に照らせば,その勧誘等の手段方法の違法性を判断するに当たっては,その個々の勧誘等の手段方法の違法性だけを論ずれば足りるものではなく,その勧誘方法全体を一体のものとして観察し,その一部分を構成する行為としての位置付けの中でその部分の違法性を判断することが必要であるというべきである。
 第二の特徴は,被告…の〔メンバー〕は,上記のように組織的体系的目的的に宗教団体である被告…への加入を勧誘等するに当たり,当初はこの点を厳に秘しているという点である。…被告…への勧誘の初期段階においては,宗教団体の活動であることはもとより,宗教に関する勧誘であることさえ秘匿するばかりか,特定の宗教教義に関する伝道ではないか,あるいはまた,宗教そのものの宣伝ではないかと尋ねられた際に,その者の宗教的寛容性の程度に関わりなく,これを完全に否定する態度を堅持し,あるいは巧妙にはぐらかす一方で,プログラム内容について外部の親子や夫婦に話をしないように言葉巧みに指導していたのであるが,これは,勧誘に当たっての欺罔(ぎもう)的手段を弄(ろう)したものといわざるを得ない。…」
【★2】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「本件の原告らに対する一連の勧誘活動等を見ると,結局,それらは,原告らの財産の収奪(しゅうだつ)と無償(むしょう)の労役(ろうえき)の享受(きょうじゅ)及(およ)び原告らと同種の被害者となるべき〔メンバー〕の再生産という不当な目的に基づきながら,これを秘匿(ひとく)した上,人の弱みに巧(たく)みにつけ込み,宗教教義とは直接の関連のない不安を煽(あお)り立て畏怖困惑(いふこんわく)させながら,信仰に到達し得る段階までは被告…という宗教団体の教義であることを否定するなどしてこれを明かすことなく,その救いを被告…の教義に求めるように誘導すべく組織的体系的目的的に教育を施(ほどこ)し,その各過程において,入教関係費,各種物品購入費用を出捐(しゅつえん)させ,また,被告…の教義であることを明らかにした後には,上記のような目的を知らない原告らをして,宗教教義の名の下に,さらに同様の費用を出捐させたほか,無償の労役の提供をさせたり,新たな〔メンバー〕獲得のための伝道活動に従事させたものであって,それらは,社会的にみて相当性があると認められる範囲を逸脱(いつだつ)した方法及び手段を駆使(くし)した,原告らの信仰の自由や財産権等を侵害するおそれのある行為というべきであって,いずれの原告に対する関係においても,違法性があると判断すべきものである」
【★3】 竹下節子さんは,「カルト」という言葉を,「ある特殊な人間や考え方を排他的(はいたてき)に信奉(しんぽう)する動き」と定義して,カルトは必ずしも宗教とは限らないこと,カルトのカモフラージュに宗教がよく使われること,宗教カルトの本質は宗教ではなくカルトにあることなど,重要な指摘をしています(竹下節子著「カルトか宗教か」文春新書)。
【★4】 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)18条1項 「すべての者は,思想,良心,及び宗教の自由についての権利を有(ゆう)する。…」
 同条2項 「何人(なんぴと)も,自(みずか)ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」
【★5】 憲法20条1項 「信教の自由は,何人(なんぴと)に対してもこれを保障する。…」
【★6】 児童の権利に関する条約14条1項 「締約国(ていやくこく)は,思想,良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する」
【★7】 名古屋高等裁判所昭和46年5月14日判決(津地鎮祭違憲訴訟控訴審判決・民集31巻4号616頁) 「本件で争われている信教の自由,政教分離の原則に関する憲法20条についていうと,『宗教』とは,…同条の立法趣旨及び目的に照らして考えれば,できるだけこれを広く解釈すべきである。そこで,敢(あ)えて定義づければ,憲法でいう宗教とは『超自然的,超人間的本質(すなわち絶対者,造物主,至高(しこう)の存在等,なかんずく神,仏,霊等)の存在を確信し,畏敬(いけい)崇拝(すうはい)する心情と行為』をいい,個人的宗教たると,集団的宗教たると,はたまた発生的に自然的宗教たると,創唱的宗教たるとを問わず,すべてこれを包含(ほうがん)するものと解するを相当とする」
【★8】 1995年(平成7年)2月28日,目黒公証人役場事務長が,オウム真理教から逃げてきた妹を助けていたところ,その事務長がオウム真理教に拉致され,殺害された事件。なお,オウム真理教は,それより前の1989年(平成元年)11月4日,オウム真理教と戦っていた坂本堤弁護士とその家族も殺害していました。
【★9】 1995年(平成7年)3月20日,通勤ラッシュの時間帯に,自分たちを捜査しようとする警察がある霞ヶ関駅で,猛毒の「サリン」を巻き,16人が亡くなり,6000人以上が様々な症状を起こして倒れました。今でも目などに被害を負っている人たちが多くいます。なお,オウム真理教は,その前の年の1994年(平成6年)6月27日にも,反対住民や裁判官を殺そうと長野県松本市でサリンをまき,8人が亡くなっています。
【★10】 オウム真理教は,これらの他にも多数の犯罪を起こしており,代表者は死刑判決を言い渡されました(東京地方裁判所平成16年2月27日判決・判例時報1862号47頁)。また,裁判所はその宗教法人を解散する決定を言い渡しています(東京地方裁判所平成7年10月30日決定,東京高等裁判所平成7年12月19日決定,最高裁判所第一小法廷平成8年1月30日決定・民集50巻1号199頁)。
【★11】 日弁連は,1999年(平成11年)3月26日,「反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」という意見書を公表し,宗教的活動にかかわる人権侵害の判断基準を公表しています(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/1999/1999_13.html)。
「1 献金等勧誘活動について
 (1) 献金等の勧誘にあたって,次の行為によって本人の自由意思を侵害していないか。
  ① 先祖の因縁(いんねん)やたたり,あるいは病気・健康の不安を極度にあおって精神的混乱をもたらす。
  ② 本人の意思に反して長時間にわたって勧誘する。
  ③ 多人数により又は閉鎖(へいさ)された場所で強く勧誘する。
  ④ 相当の考慮期間を認めず,即断即決(そくだんそっけつ)を求める。
 (2) 説得・勧誘の結果献金等した場合,献金後間もない期間(例えば1ヶ月)はその返金の要請に誠意をもって応じているか。
 (3) 一生を左右するような献金などをしてその団体の施設内で生活してきた者がその宗教団体等から離脱(りだつ)する場合においては,その団体は献金などをした者からの返金要請にできる限り誠実に応じているか。
 (4) 一定額以上の献金者に対しては,その宗教団体等の財政報告をして,使途(しと)について報告しているか。
 (5) お布施(ふせ),献金,祈祷料(きとうりょう)等名目の如何(いかん)を問わず,支払額が一定金額以上の場合には受取を証する書面を交付しているか。
2 信者の勧誘について
 (1) 勧誘にあたって,宗教団体等の名称,基本的な教義,信者としての基本的任務(特に献金等や実践活動等)を明らかにしているか。
 (2) 本人の自由意思を侵害する態様で不安感を極度にあおって,信者になるよう長時間勧めたり,宗教的活動を強いて行なわせることがないか。
3 信者及び職員の処遇
 (1) 献身や出家など施設に泊まり込む信者・職員について
  ① 本人と外部の親族や友人,知人との面会,電話,郵便による連絡は保障されているか。
  ② 宗教団体等の施設から離れることを希望する者の意思は最大限尊重されるべきであるが,これを妨(さまた)げていないか。
  ③ 信者が健康を害した場合,宗教団体等は事由の如何にかかわらず,外部の親族に速やかに連絡をとっているか。
 (2) 宗教団体やその関連の団体・企業などで働く者については,労働基準法や社会保険等の諸法規が遵守(じゅんしゅ)されているか。
4 未成年者,子どもへの配慮
 (1) 宗教団体等は,親権者・法定保護者が反対している場合には,未成年者を長期間施設で共同生活させるような入信を差し控(ひか)えているか。
 (2) 親権者・法定保護者が,未成年者本人の意思に反して宗教団体等の施設内の共同生活を強制することはないか。
 (3) 子どもが宗教団体等の施設内で共同生活する場合,親権者およびその宗教団体等は,学校教育法上の小中学校で教育を受けさせているか。また,高等教育への就学の機会を妨げていないか。
 (4) 宗教団体等の施設内では,食事,衛生環境について我が国の標準的な水準を確保し,本人にとって到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を確保するよう配慮されているか。」
【★12】 「Q&A 宗教トラブル110番 第3版」(山口広,滝本太郎,紀藤正樹著)121頁でも,「勧誘段階では集団の名前を明示し,教義も要約して説明して入会させる集団,一見,破壊的カルトとは思えない集団もあるでしょう。しかし,軽い感覚で入会させた後に,時間をかけてマインド・コントロールしていくのです。家族や他の社会から切り離させ,他の情報を入れることを禁止させ,週に何度も講義を受けなければ地獄に落ちるなどと説明し,集まれば反論も質問も許されなかったり後回しにされ,多くの人の前で自分の悩みを告白させたり,熱狂的な雰囲気を演出するという手法なのです。破壊的カルトか否か,マインド・コントロールされているか否かも,ゼロか100かで議論することはやめたいところです」と述べられています。
【★13】 児童の権利に関する条約14条2項 「締約国は,児童が1の権利を行使するに当たり,父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する」
【★14】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育する権利を有し,義務を負う」
 宗教に名を借りた悪徳商法であれば財産管理権(民法824条),出家を求めるようなカルトであれば居所指定権(民法821条)の問題になります。
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法821条 「子は,親権を行う者が指定した場所に,その居所を定めなければならない」
【★15】 19歳の子どもが自分で宗教に入り,家を出てしまったケースで,親が連れ戻したところ,宗教側が人身保護請求という裁判所の手続で子どもを取り返そうとしましたが,裁判所は,親権の濫用(らんよう)はない,として,宗教側の主張を認めなかった(=子どもを宗教のところに戻させず,親が子どもを自宅にいさせることを認めた)という事例があります(徳島地方裁判所昭和58年12月12日判決・判例時報1110号120頁)。
【★16】 ジャーナリストの池上彰さんが書いた「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」という本(文春新書)は,仏教,キリスト教,神道,イスラム教の関係者や,宗教学者や解剖学者との対談の形で,宗教をわかりやすく説明しています。

2015年4月 1日 (水)

まわりにからかわれるおかしな名前を変えたい

 

 親が付けたおかしな名前のせいで,小学校のころからずっと,からかわれてきました。自分の名前を変えることはできますか。

 

 まず,どうしてその名前を付けたのかを親に聞き,

 そして,今つらい思いをしていることを,親に話しましょう。

 どうしても名前を変えたいのであれば,

 裁判所がOKすれば,変えられることがあります。

 また,名前の読み方は,特に手続をしなくても,変えられます。

 ふだんの暮らしの中で,戸籍(こせき)とはちがう名前を使っていく,という生き方もあります。




 子どもが生まれると,「出生届」を,役所に,2週間以内に出します
【★1】

 出生届には,親が決めた,その子の名前が書かれています。

 そして,その名前で,その子の戸籍が作られます
【★2】

 「戸籍」は,役所が,一人ひとりの情報を,家族単位で管理しているものです。



 自分で選んだわけではない,親が付けたその名前のせいでからかわれるのは,とてもつらいことですよね。


 まずは,親がどんな気持ちでその名前を付けたのか,聞いてみてください。

 そして,今,名前でつらい思いをしていることを,親にきちんと伝えてみてください。



 ほかの人とはちがった,ちょっと変わった名前を,親が子どもに付けることは,ずっと昔からありました。

 700年ほど前に書かれた吉田兼好(兼好法師)の「徒然草(つれづれぐさ)」にも,そんな話が出てきます
【★3】


 名前は,親からの,人生で最初のプレゼントです。

 そして,死ぬまで一生ずっと,使い続けます。

 モノや人形やペットの名前は,私たちのほうが呼び分けるためのものにすぎませんが,

 人の名前は,名付けられたその人自身が使い続ける,特別なものです。

 この世に生まれてきてくれたことの喜びと,

 「こういう素敵な人間になってほしい」という願いを込めて,

 親は,一生懸命考え,子どもの名前を決めています。



 「この世界の中で,たった一人のかけがえのない特別な存在として,輝いてほしい」。

 ほかの人とちがった,ちょっと変わった名前には,親のそういう大切な願いが込められていることが,多いと思います。



 この社会は,ほんとうにさまざまな人たちが,お互いのちがいを尊重し合うことで,成り立っています。

 大人の社会では,他の人とちがっているほうがプラスに働くことも,多くあります。

 じっさい,珍しい名前だと,まわりからすぐに覚えてもらえて,とても存在感があります。

 それだけでなく,

 自分の珍しい名前を誇(ほこ)りにして生きている人は,

 自分がほかの人とちがっていることをだいじにし,

 そして,一人ひとりがちがっていることを,きちんと尊重できる,

 そんな素敵な人が多いです。



 ところが,

 「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」の記事にも書いたように,

 お互いを尊重し合うことの大切さをきちんと学んでいない,特に,同じような子どもたちが集まっている場では,

 少しでも他の人とちがうところがある子を,いじめたり,からかったりすることが,起きてしまいます。

 これは,まったくおかしなことです。



 親や,いろんな大人たちに,相談してみてください。

 あなたが今つらい思いをしている原因,ほんとうに変えなければいけないものは,

 あなたの名前ではなく,

 あなたのまわりのほうかもしれません。



 しかし,親によっては,

 まるで,モノや人形やペットに名前を付けるように,子どもに名前を付けていたり,

 本人が一生使い続けるものだということをきちんと考えないで,子どもに名前を付けていたりするケースが,

 残念ながら,時々あります。

 過去には,親が子どもに「悪魔」と名前を付けて,大きな問題になったケースもありました。

 たとえ親であっても,何でもかんでもまったく自由に子どもの名前をつけていいわけではありません。

 「あきらかにおかしな名前の出生届なら,役所がそれを断ってもいい場合がある」,

 裁判所も,悪魔ちゃん事件で,
そう言っています【★4】


 そうはいっても,役所が断ってもいいほどのケースというのは,かなりかぎられているので,

 役所が受け付けてしまった名前で,つらい思いをしている人も,多くいるでしょう。

 親やいろんな大人と話し合い,ずっと深く考えても,

 やっぱりどうしても名前を変えたい,ということも,あると思います。



 名前は,裁判所が認めれば,変えることができます【★5】

 あなたが15歳以上なら,自分で手続をします
【★6】

 15歳になっていなければ,親が手続をします


 ただ,名前を変えることを裁判所が認めるのは,そんなにかんたんではありません。

 名前が自由気ままに変えられるとしたら,誰が誰だかわからなくなって,社会が混乱(こんらん)してしまうからです。

 「自分の名前が嫌いだ」という理由だけでは,名前を変えることは難しいですが
【★7】

 おかしな名前や,読み方の難しい名前で,社会生活がとてもこまるようであれば,名前を変えることが認められる場合があります
【★8】

 もし,裁判所の手続で名前を変えたいのであれば,いちど,弁護士に相談してみてください。



 じつは,名前の漢字はそのままで,その読み方を変えるだけであれば,

 裁判所の手続は,必要ありません。

 法律には,「どの漢字を名前に使っていいか」というルールはありますが
【★9】

 「名前に付けたその漢字をどう読むか」というルールは,特にありません。

 出生届には,付けた名前の漢字といっしょに,読み方も書きますが,

 役所がつくる戸籍には,名前の読み方は,書かれません
【★10】

 だから,読み方を変えるだけならば,基本的に,自由にできるのです
【★11】


 また,戸籍の名前はそのままで,日常生活の中では,できるかぎり別の名前を使って暮らしていく,という生き方もあります。

 そして,その名前でずっと長い間暮らしていれば,

 「こっちの名前を長く使い続けてきた」という理由で,

 将来,裁判所が名前を変えることを認めてくれる可能性も,高まります
【★12】


 名前は,自分が自分らしく生きていくうえで,とてもだいじなものです。

 親の思いを受け止めて,親からもらった名前を一生使い続けていくのでも,

 自分で,戸籍の名前を変えたり,読み方を変えたり,日常生活で別の名前を使ったりするのでも,

 そのどちらであっても,自分で自分を大切にして選んだのであれば,

 それがいちばん自分らしい生き方だと思います。

 

【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法29条 「届書には,左の事項(じこう)を記載し,届出人が,これに署名し,印をおさなければならない。
(略)
 四 届出人と届出事件の本人と異なるときは,届出事件の本人の氏名,出生の年月日,住所,戸籍の表示及び届出人の資格」
【★3】 徒然草116段 「寺院の号,さらぬ万(よろず)の物にも,名を付くる事,昔の人は,少しも求めず,ただ,ありのままに,やすく付けけるなり。この比(ころ)は,深く案じ,才覚をあらはさんとしたるように聞(きこ)ゆる,いとむつかし。人の名も,目慣れぬ文字を付かんとする,益(えき)なき事なり」(「お寺の名前などは,むかしはわかりやすいものを付けていたけれど,最近はそうではない。人の名前も,見慣れない字を使ったりする」,と吉田兼好が嘆(なげ)いている文です)
【★4】 東京家庭裁判所八王子支部平成6年1月31日審判(判例時報1468号56頁) 「名は極(きわ)めて社会的な働きをしており,公共の福祉(ふくし)にも係(かか)わるものである。従(したが)って,社会通念に照らして明白に不適当な名や一般の常識から著(いちじる)しく逸脱(いつだつ)したと思われる名は,戸籍法上使用を許されない場合があるというべきである。」「民法1条3項により,命名権の濫用(らんよう)と見られるようなその行使は許されない。…被(ひ)命名者である子の利益を著(いちじる)しく損(そこ)なうものとか,子の人格を冒瀆(ぼうとく)するような名は避けるべく,命名にあたっては,この点に対する配慮が必要である。」「例外的には,親権(命名権)の濫用(らんよう)に亙(わた)るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき,一般の常識から著しく逸脱しているとき,または,名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には,戸籍事務管掌者(かんしょうしゃ)(当該市区町村長)においてその審査権を発動し,ときには名前の受理を拒否(きょひ)することも許されると解される。」
 ただし,このケースでは,出生届を一度受理して「悪魔」という名前の子どもの戸籍を作ってしまったあとで,役所がそれを消したというケースでした。裁判所は,「一度戸籍を作ってしまった以上は,勝手に名前を消してはいけない」と述べて,「悪魔」という名前で戸籍を作るよう役所側に言い渡しました。
 もっとも,その上の高等裁判所で裁判が続いている間に,親が,その子どもの名前を変えることにしたので,裁判は取り下げられて,終わりました(井戸田博史「氏と名と族称-その法学史的研究-」137頁「第6章 出生子命名権-『悪魔』『琉』命名事件-」)。
【★5】 戸籍法107条の2 「正当な事由(じゆう)によって名を変更しようとする者は,家庭裁判所の許可を得て,その旨(むね)を届け出なければならない。」
 「正当な事由」は,次のようなものが挙げられています(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」439頁)。(1)仕事のうえで襲名(しゅうめい)する必要がある,(2)同姓同名の人がいて社会生活のうえでとてもこまる,(3)神官や僧侶となる,またはそれらを辞める,(4)珍奇(ちんき)な名,外国人と紛(まぎ)らわしい名,とても難解・難読の文字を用いた名などで,社会生活のうえでとてもこまる,(5)外国籍から日本国籍に帰化(きか)し,日本風の名に変える,(6)長年使ってきた通称,(7)幼ない時に受けた性的虐待のことを思い起こさせる,(8)性同一性障害(心の性別と体の性別のちがいのために社会生活のうえで苦痛がある)
【★6】 「問題 戸籍法107条の規定による氏又は名の変更の許可の申立は満15歳以上の未成年の者よりすることができるか。 決議 意思能力のある限り,年齢の如何(いかん)にかかわらず,氏又は名の変更の許可の申立をすることができる。」(昭和29年9月30日民事法調査委員会決議)
 「申立人が未成年者であっても,事理弁識能力があれば申立てをすることができ,15歳以上であれば事理弁識能力があると解されている」(岩井俊「家事事件の要件と手続」389頁)
【★7】 「命名された名に対する主観的感情…を理由とする改名は,それだけでは改名の正当な事由とはされない」(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」441頁)
【★8】 大阪高等裁判所昭和27年9月16日決定(家月5巻5号167頁) 「戸籍法第107条第2項〔注:現107条の2〕に規定する名の変更についての正当な事由とは,…改名申立人の名に社会生活上著しく支障を生じる程度に珍奇ないしは著しい難解難読の文字を用いた場合等であると解すべき…」
【★9】 戸籍法50条1項 「子の名には,常用平易(じょうようへいい)な文字を用いなければならない」
 同条2項 「常用平易な文字の範囲は,法務省令でこれを定める」
【★10】 以前は,出生届を出すときに希望すれば,戸籍に名前の読み方も載せる扱いがされていました。しかし,平成6年(1994年)からは,読み方は一切戸籍に載せないことになりました(平成6年11月16日民二第7005号民事局長通達)「戸籍法施行規則の一部を改正する省令の施行等に伴う関係通達等の整備について」)。
【★11】 記事本文は,戸籍について書いています。住民票は,市区町村によって,名前の読み方も書くところと,書かないところとがあります。住民票に名前の読み方も書かれている場合には,その変更のやり方は,市区町村に問い合わせてみてください。
 また,もしあなたがパスポートを作っている場合には,いったん自分で登録した名前の読み方(ローマ字表記)を変えるのには,条件があります。
 旅券法施行規則5条2項 「法第6条第1項第二号の氏名は,戸籍に記載されている氏名…について国字の音訓及(およ)び慣用により表音されるところによる。ただし,申請者がその氏名について国字の音訓又は慣用によらない表音を申し出た場合にあっては,公の機関が発行した書類により当該表音が当該申請者により通常使用されているものであることが確認され,かつ,外務大臣又は領事館が特に必要であると認めるときはこの限(かぎ)りではない」
 同条3項 「前項の氏名はヘボン式ローマ字によって旅券面に記載する。…」
 同条4項 「前項の規定に基づき旅券面に記載されるローマ字表記は,外務大臣又は領事館が特に必要と認める場合を除(のぞ)き変更することができない」
【★12】 大阪高等裁判所昭和40年1月28日決定(家月17巻3号54頁) 「通名の使用を理由として名の変更の許されるのは,その使用が永年にわたり,そのため本人の交友関係,職務関係その他一般社会生活のあらゆる面において,通名が戸籍名にとつて代り,戸籍名では却(かえ)って本人の同一性の識別に支障を来すような程度に達した場合に限られ,たとえ通名を使用しても右の程度に至らない場合には,戸籍法107条2項〔注:現107条の2〕に定める名の変更の正当事由を具備(ぐび)するものではないと解するのが相当である」 

2015年3月 1日 (日)

「クビだ,明日から来るな」とバイト先から言われた

 

 昨日,バイト先で,機材をA君といっしょに運ぶときに,うっかりまちがった持ち方をしたせいで,機材が落ちてA君が骨折してしまい,A君は病院で「しばらく仕事はできない」と言われました。その事故のせいで,A君と僕は,社員から「おまえたちのような職場に迷惑をかけるやつはクビだ,もう明日から来るな」と言われました。僕たちはやめないといけないんですか。

 

 A君やあなたが仕事を続けたいのであれば,やめる必要はありません。

 もしそれでも職場が「来るな」というのであれば,働ければもらえたはずの給料を求めることができます。

 また,そのような職場をやめるとしても,解雇予告手当というお金をもらえる場合があります。



 働き始めるときに,「これから何ヶ月間働く」という期間を,職場とのあいだで決めていたかどうか,

 それをまず,確認しましょう。

 アルバイトなら,期間が決まっていることが多いですが,

 期間を特に決めていない場合もあります
【★1】

 働き始めるときに,必ず職場から書類をもらっているはずですから,確認してみてください
【★2】


 働き始めるときに,期間を決めていたなら,

 基本的には,その期間の終わりが,職場をやめるときです
【★3】


 それ以外のやめかた,つまり,

 「期間を決めていたけれど,その前に職場をやめる」,とか,

 「期間を決めていなくて,職場をやめる」,というのは,

 大きくわけて,つぎの3つのパターンがあります。



 1つめは,あなたと職場が話し合って,おたがいに納得して終わりにするパターンです。

 2つめは,職場はあなたに働いてほしいと思っているけれど,あなたが一方的にやめるパターンです。

 3つめは,あなたは働きたいと思っているけれど,職場があなたを一方的にやめさせる(クビにする)パターンです。



 社会の中で,いちばん多いやめかたは,1つめのパターンです。

 「合意解約(ごういかいやく)」,または,「合意退職」と言います。

 あなたのほうから「やめたい」と職場に申し込むのでも,

 職場のほうから「やめてほしい」とあなたに申し込むのでも,

 きちんと相談して,相手がOKして,まとまるのが,

 いちばん円満な,ふつうのやめかたです
【★4】


 でも,働くがわは,雇(やと)うがわよりも,弱い立場にあります。

 あなたがやめたいと思っているのに,

 職場がOKしなければずっと働き続けないといけない,というのでは,

 つらい生活が続くことになってしまいます。



 なので,法律は,

 職場がOKしなくても,あなたのほうから一方的にやめることができるときのルールを,もうけています。

 それが,2つめのパターンです。



 働く期間が決まっていたなら,

 その期間が終わるまではやめられないのが基本ですが,

 どうしてもしかたがない理由があるときにかぎっては,

 期間が終わる前でも,すぐに,一方的にやめることができます
【★5】【★6】


 期間が決まっていなかったなら,

 特に理由がなくても,

 やめますと伝えれば,その2週間後に,一方的にやめることができます
【★7】【★8】


 トラブルが一番多いのは,

 あなたは働きたいと思っているのに,職場が一方的にやめさせる(クビにする),3つめのパターンです。

 法律の言葉で,「解雇(かいこ)」と言います。



 解雇は,そんなに簡単にはできないことになっています。

 もし,職場が働いている人を自由にクビできる社会だったとしたら,どうなるでしょう。

 働いているがわは,

 いつクビになるのか,安心して毎日を過ごすこともできませんし,

 実際にクビになって,給料がもらえなくなれば,生活がとても大変です。

 新しい仕事を探すことも,そんなに簡単なことではありません。

 だから,法律は,働く人たちを守るために,

 この解雇ができる条件を,厳しくしています。



 A君は,仕事でケガをしてしまったのですね。


 こういう,仕事でケガや病気になったときのことを,

 「労働災害(ろうどうさいがい)」,略して「労災(ろうさい)」と言います
【★9】

 そして,

 「労災のケガを治すために休んでいるあいだと,治ったあと30日は,クビにしてはいけない」,

 法律は,そう厳しく決めています
【★10】

 もし,治療している人をクビにしたら,職場が犯罪として罰せられます
【★11】


 なので,A君は,職場をやめる必要はありません。



 また,あなたも,職場をやめる必要はありません。


 「解雇をしていいのは,

 きちんとした理由があって,

 クビするのが,社会の考え方からしてもしかたがないと言えるときだけ」。

 法律は,そう厳しく決めています
【★12】

 特に,多くのアルバイトのように,働く期間が決まっている場合には,

 「よっぽどの理由がなければ,期間が終わる前にはクビにできない」,と,

 よりいっそう厳しく決められています
【★13】【★14】


 解雇をしていいかどうかは,いろんな事情をもとに判断されますが,

 あなたの場合,

 うっかりまちがった機材の持ち方をして,事故を起こして職場に迷惑をかけたとしても,

 それだけで,解雇が認められるとはいえないでしょう。

 その事故で職場に迷惑をかけたことが,

 クビにするほどの「きちんとした理由」とまでは言えませんし,

 社会の考え方からしても,クビにするのがしかたがないとまでは,言えません。

 そもそも,働いている人がミスや事故を起こすのを,完全に防ぐのは,難しいことです。

 むしろ,職場があなたたちに,ふだんから正しい機材の持ち方をきちんと教えていなければいけませんし,

 あなたたちがまちがった持ち方をしていたのなら,その時に社員が注意して,事故を防がなければいけません。

 それなのに,あなたたちが事故を起こしたからクビになる,というのでは,おかしなことです。



 解雇が法律的にまちがっていれば,そのまま働き続けることができます。

 「明日から来るな」と言われて,実際に働くことができなくても,

 「働いていればもらえたはずの給料」を,もらうことができます
【★15】


 もし,解雇が法律的にまちがってはいないという場合でも,

 「その日にかんたんにクビにする」ということは,できません。



 職場は,あなたたちに,遅くとも30日前までには,

 「解雇する」ということを,あらかじめ言っておかなければいけません
【★16】

 もし,その日にクビになったり,実際にクビになる日まで30日を切っていたら,

 職場は,あなたたちに,「解雇予告手当(かいこよこくてあて)」というお金を払わなければいけないことになっています
【★17】【★18】


 ただし,この,「30日前までに言うか,解雇予告手当を払わないといけない」というルールが,当てはまらないケースもあります。

 日雇いのバイトで,まだ1ヶ月経ってない,とか,

 アルバイトの期限が2ヶ月以内(季節的な仕事は4ヶ月以内)で,まだそれ以上引き続いて働いてはいない,とか,

 試用(しよう)期間中で,まだ14日経っていない,とか
【★19】

 クビになる原因が働くがわのほうにあって,労働基準監督署という役所もそう認めた,など
【★20】

 そういう場合には,30日前に言われることもなく,解雇予告手当も払われません。



 「職場から解雇された」,という,3つめのパターンだと,自分では思っていても,

 実際には,1つめの合意解約のパターンだった,ということが,多くあります。

 職場が「やめてほしい」と言ってきているのを,

 「クビだ」と言われた,と,まちがって受け止めてしまうことが,けっこう多いのです。

 (1つめのパターンなら,解雇ではないのですから,解雇予告手当の話にもなりません。)

 「やめてほしい」と言われているのなら,あなたがOKしなければよいのです。

 また,自分はOKしたつもりがないのに,いつのまにかOKしたことにされている場合もあります。

 そのときは,そのOKをナシにするように,あなたが動く必要があります。



 今,自分が職場から言われていることが,

 合意解約の申込み(1つめのパターン)なのか,

 解雇(3つめのパターン)なのか,

 それを,きちんと確認することが大切です。



 解雇なら,その理由を書いた証明書を,職場からもらうことができます【★21】

 その証明書を職場が出さないようなら,メールや録音などで,職場とのやりとりを,確認できるようにしてください。

 そして,すぐに,証明書やメールなどを持って,弁護士や労働基準監督署に相談してください。



 職場は,「迷惑な人をすぐにでもやめさせたい」と考えることが多いです。

 でも,人間は,物や,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱(あつか)うのは,してはならないことです。

 ときにはミスもしながら,仕事を覚えて成長していくのが,人間です。

 ましてや,10代のみなさんは,大人と比べても,

 ミスもするぶん,大きく成長していくこともできる存在です。

 そういうことを理解しないで,法律のルールを守ることもできない職場は,

 はじめから人を雇うべきではない,と,私は思います。

 

【★1】 いわゆる「正社員」は,この期間が決まっていないことがほとんどです。なお,60歳や65歳で仕事が終わる「定年制」は,ここにいう期間とはちがいます。「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」(菅野和夫「労働法 第10版」533頁)
【★2】 労働基準法15条1項 「使用者は,労働契約の締結(ていけつ)に際(さい)し,労働者に対して賃金,労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において,賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については,厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」
 労働基準法施行規則5条 「使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は,次に掲(かか)げるものとする。(略) 一 労働契約の期間に関する事項 (略)」
 労働契約法4条2項 「労働者及(およ)び使用者は,労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について,できる限り書面により確認するものとする。」
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律6条1項 「事業主は,短時間労働者を雇い入れたときは,速やかに,当該(とうがい)短時間労働者に対して,労働条件に関する事項のうち労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの…を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法…により明示しなければならない。」
 同法47条 「第6条第1項の規定に違反した者は,10万円以下の過料(かりょう)に処(しょ)する。」
【★3】 ただし,期間の定めがあっても,契約の更新を繰り返してきたような場合には,期間の定めがないときと同じように,働いている人を守る必要があります。突然,「今回の期間が終わったら,もう更新しない」という「雇止め(やといどめ)」は,簡単には認められません。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当(がいとう)するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復(はんぷく)して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。」
【★4】 あなたのほうから職場に「やめたいです」ということや,職場のほうからあなたに「やめてほしい」ということを,法律の言葉では,「申込(もうしこみ)」と言います。そして,相手がそれをOKすることを「承諾(しょうだく)」と言います。この申込と承諾の意思表示(いしひょうじ)がマッチするのが,合意解約です。
【★5】 民法628条前段 「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由(じゆう)があるときは,各当事者は,直(ただ)ちに契約の解除(かいじょ)をすることができる」
 どういうことが「やむを得ない事由(=どうしてもしかたがない理由)」になるのかは,ケースによります。
【★6】 ただし,期間が終わる前に一方的にやめるのなら,やめなければいけない原因をつくったがわが,損害賠償(そんがいばいしょう)を払わないといけないこともありえます。
 民法628条後段 「この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う」
【★7】 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
【★8】 決まっていた期限を過ぎて,新しい期限を決め直さずにそのまま働いていたら,どうしてもしかたがない理由がなくても,一方的に2週間後にやめることができます。
 民法629条1項 「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事(じゅうじ)する場合において,使用者がこれを知りながら異議(いぎ)を述べないときは,従前の雇用と同一の条件で更(さら)に雇用をしたものと推定する。この場合において,各当事者は,第627条の規定により解約の申入れをすることができる」
【★9】 労災のときは,国がつくっている「労災保険」というしくみから,お金が出ます。病院代は,ぜんぶその保険から出るので,A君が出す必要はありません。ケガで休んで給料をかせげなくなったぶんも,全部ではないですが,その保険でカバーします。その保険の手続は,職場がとってくれるのがふつうです。でも,もし,仕事でケガをしたのに,職場がきちんとその保険の手続をしないで,病院代をA君に出させたり,休んでいる分のお金を出さなかったりしたら,A君は,自分で直接,労働基準監督署という国の役所に手続をすることができます。
 労働基準法75条1項 「労働者が業務上負傷し,又(また)は疾病(しっぺい)にかかった場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない」
 同法76条 「労働者が前条の規定による療養のため,労働することができないために賃金を受けない場合においては,使用者は,労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない」
 同法84条1項 「この法律に規定する災害補償の事由について,労働者災害補償保険法 …に基(もと)づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては,使用者は,補償の責(せき)を免(まぬが)れる」
 労災保険からは,働けなくなった日の4日目以降について,特別支給金も付いて,全体の平均賃金の80%の休業補償給付が支払われます。
 仕事でケガをしたためにマイナスになった分すべてを労災保険でカバーできるわけではないので,足りない分を職場に損害賠償として請求することもあります。
【★10】 労働基準法19条1項 「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間…は,解雇してはならない」
【★11】 労働基準法119条 「次の各号の一に該当する者は,これを6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。 一 …第19条…の規定に違反した者」
【★12】 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法 第10版」558頁参照)。
【★13】 労働契約法17条1項 「使用者は,期間の定めのある労働契約…について,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができない」
【★14】 平成24年8月10日厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」(基発0810第2号) 「法第17条第1項の『やむを得ない事由』があるか否かは,個別具体的な事案に応じて判断されるものであるが,契約期間は労働者及び使用者が合意により決定したものであり,遵守(じゅんしゅ)されるべきものであることから,「やむを得ない事由」があると認められる場合は,解雇権濫用法理における『客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合』以外の場合よりも狭いと解されるものであること」
【★15】 民法536条2項 「債権者(さいけんしゃ)の責(せ)めに帰(き)すべき事由によって債務を履行(りこう)することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を失わない」
 本文の場面での,この条文にいう「債権者」は職場のこと,「債務者」は働くがわの人のことです。「職場がわの原因で働くことができないのなら,働くがわの人は,働かなくても,給料をもらう権利を失わない」,という意味になります。
【★16】 労働基準法20条1項第1文 「使用者は,労働者を解雇しようとする場合においては,少くとも30日前にその予告をしなければならない」
【★17】 労働基準法20条1項第2文 「30日前に予告をしない使用者は,30日分以上の平均賃金を支払わなければならない」
 この「30日分以上の平均賃金」のことを,解雇予告手当と言います。
 「平均賃金」というのは,直前3ヶ月の間に払われた給料の合計額を,その働いた期間の日にちで割って計算した金額です。ただし,シフトが少ないと,この金額が極端に低くなってしまいますね。なので,アルバイトのように時給で働いている人は,「3ヶ月の間に払われた給料の合計額を働いた日数で割った金額の60%」の額と比べて大きい方を,平均賃金とします。働き始めてまだ3ヶ月が経っていなければ,雇われていた期間で計算します。その日にクビなら解雇予告手当は平均賃金の30日分以上が必要ですが,「明日クビ」なら29日分以上,「2日後にクビ」なら28日分以上・・・となります。
 同法12条1項 「この法律で平均賃金とは,これを算定すべき事由の発生した日以前3箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を,その期間の総日数で除した金額をいう。ただし,その金額は,次の各号の一によって計算した金額を下ってはならない。 一 賃金が,労働した日若(も)しくは時間によって算定され…た場合においては,賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の100分の60」
 同条6項 「雇入(やといいれ)後3箇月に満たない者については,第1項の期間は,雇入後の期間とする」
 同法20条2項 「前項の予告の日数は,1日について平均賃金を支払った場合においては,その日数を短縮することができる」
【★18】 働く期限が決まっていて,シフトが少ないアルバイトだと,「残りの期限が来るまで働いてかせげる給料よりも,解雇予告手当のほうが高い」ということも,場合によってはありえます。
【★19】 労働基準法21条 「前条の規定は,左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但(ただ)し,第一号に該当する者が1箇月を超えて引き続き使用されるに至(いた)った場合,第二号若(も)しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合又は第四号に該当する者が14日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては,この限りでない。 一 日日雇い入れられる者 二 2箇月以内の期間を定めて使用される者 三 季節的業務に4箇月以内の期間を定めて使用される者 四 試(こころみ)の使用期間中の者」
【★20】 労働基準法20条1項但書 「但し,…労働者の責に帰すべき事由に基(もとづ)いて解雇する場合においては,この限りでない」
 同条3項 「前条第2項の規定は,第1項但書の場合にこれを準用する」
 同法19条2項 「前項但書後段の場合においては,その事由について行政官庁の認定を受けなければならない」
【★21】 労働基準法22条1項 「労働者が,退職の場合において,…退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては,その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞(ちたい)なくこれを交付しなければならない」
 同条2項 「労働者が,第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において,当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞なくこれを交付しなければならない」

2015年2月 1日 (日)

少年事件で実名報道されないのはどうして

 

 子どもがやった犯罪だと,新聞やテレビのニュースで,犯人の名前や顔が出ないのは,どうしてですか?

 

 

 新聞やテレビのニュースでは,

 犯罪をしたときに20歳になっていない人の,名前や顔が,出てきませんね。


 少年法という法律が,「その子がだれかわかるような記事や写真を載せてはいけない」と,決めています【★1】

 「犯罪をした子どもの情報を流さないようにしよう」というのは,

 日本だけではなく,世界の国々とのあいだで確認していることです【★2】


 子どもでも,大人でも,

 犯罪をしてしまったら,

 きちんと罪をつぐなって,

 立ち直っていくことが必要です。


 でも,立ち直ろうとしても,

 どこに行っても,だれもが,その人の名前や顔を知っていて,

 「この人は犯罪をした人だ」と,かんたんにわかってしまうと,

 その人が仕事や家を探すときに,断られてしまったり,

 いろんな人たちと知り合っていくときに,避(さ)けられてしまったりします。

 きちんとした仕事や家や人間関係を持てない,自分の「居場所」がない暮らしでは,

 立ち直っていくことが,難しくなります。


 犯罪をしてしまい,ニュースで名前が出てしまった大人たちに,

 私は弁護士として,たくさん接しています。

 その人たちは,きちんと自分の罪をつぐなっても,

 名前をインターネットで検索すると,いつまでも事件の記事が出てしまうので【★3】

 仕事や家を探したり,人と出会ったりするときに,いろんな壁にあたってしまい,

 立ち直っていくのが,ほんとうに大変です。


 居場所のない,つらい暮らしが続いて,

 立ち直ることが難しいと,

 また犯罪に手をそめてしまうことにも,なりかねません。

 もし,そんなことになれば,

 新たな被害者が傷つき,

 立ち直れなかったその人もまた傷つき,

 そして,一人ひとりが大切にされるはずの,私たちのこの社会じたいが,傷ついてしまうのです。


 大人ですら,名前や顔がニュースに出てしまうと,そういう大変さがあります。

 ましてや,子どもは,

 大人よりも傷つきやすいし,

 これから先,良い方向に人間が変わっていける力を,大人よりも持っている。

 だから,子どもが犯罪をしてしまったとき,

 その子の名前や顔を,ニュースに出さないようにしよう。

 法律は,そう考えています【★4】


 なので,新聞や雑誌,テレビやラジオはもちろん,インターネットでも,

 犯罪をしてしまった子どもの名前や顔などを載せることは,してはいけません【★5】


 この,「子どもの名前や顔を載せてはいけない」というルールを破っても,

 そのことじたいは,犯罪にはなりません。


 しかし,まったく責任を負わなくてよいわけではありません。

 「名前や顔を載せた」という理由ではなく,

 「その子どもの名誉(めいよ)を傷つけた」という理由で,犯罪として処罰されることはありえますし
【★6】

 「名誉やプライバシーを傷つけた」という理由で,損害賠償(そんがいばいしょう)というお金を支払わないといけなくなることもありえます【★7】


 ただ,実際(じっさい)には,

 そのような処罰や損害賠償を,裁判所は,そんなにかんたんに認めません。


 「子どもが起こしてしまった犯罪に,私たちの社会が,どう向き合うか」。

 「二度とこのような不幸な事件が起きないように,私たちの社会が,どう取り組むか」。

 それらを考えるためには,私たちが真実を知ることが必要です。

 そして,私たちが真実を知るためには,

 新聞,雑誌,テレビなどのマスコミが,できるかぎり自由に,ニュースを流せることが大切です。

 「知る権利」や「報道の自由」は,とても大切なものとして,守られています
【★8】


 なので,

 「犯罪をした子どもが立ち直っていけるようにすること」と,

 「私たちが真実を知るために,マスコミが自由にニュースを流せること」,

 その,どちらもだいじなふたつのバランスを,どうやってとるか。

 それを,裁判所は,

 事件のなかみや,ニュースの流されかたなど,いろんなことを考えて,

 子どもの名前や顔が出てしまった一つひとつのケースごとに,判断しています【★9】


 でも,

 「知る権利」や「報道の自由」がだいじな理由は,

 ものごとを知ったり,考えたり,話し合ったりすることが,

 「どんな人も,一人ひとりが,大切な存在(そんざい)として扱(あつか)われ,尊重(そんちょう)される」,

 そういう社会を,築き,守っていくために,必要だからです
【★10】

 それなのに,その「知る権利」や「報道の自由」のために,

 立ち直っていくべき人が,大切な存在として扱われない,尊重されない,というのでは,ちぐはぐなことです。



 「私たち社会が,事件にどう向き合い,これからどう取り組んでいくべきか」,

 それをみんながまじめに考えるときに,

 犯罪をした人の名前や顔を知ることまで,ほんとうに必要でしょうか。

 名前や顔がわからなければ,まじめに考えたり議論したりすることが,できないのでしょうか。


 そんなことはないはずです。

 私は,弁護士として,実際に起きた事件をもとに,この社会のありかたを議論する仕事も,しています。

 そういう活動をしていく中で,


 「名前や顔がわからなくても,事件の中身をきちんと知ることで,みんなで一生懸命考えていくことはできる」,

 そう実感しています。

 みなさんにも,同じように,実際に議論してみてほしいと思うのです。


 私は,犯罪の被害を受けた人のがわに立って仕事をすることも,多くあります。

 犯罪の被害を受けた人は,

 「自分の苦しみはずっと先も続いていくのに,

 犯罪をしたがわが,ふつうに暮らしていけるのは,おかしい。

 自分と同じように,ずっと苦しみ悩むべきだ」,

 そう考えるほど,つらい思いをしています。

 その被害者の思いを伝え,加害者にずっと事件に向き合わせるためには,

 名前や顔をみんなに知らせて,社会の中の居場所をなくす,というやり方ではなくて,

 話し合いや裁判という方法を通して,きちんと責任をとらせ,罪をつぐなわせることが,だいじだと思います。


 犯罪をした子ども,被害を受けた人,私たちの社会,

 それらについて一生懸命考えようとするのではなく,

 たんなる興味本位(きょうみほんい)で犯人の名前や顔を知りたいだけ,という人が,

 残念ながら,たくさんいます。


 そういう人が多い中では,

 犯罪をしてしまった人は,居場所のないままで,立ち直っていくことが難しいですし,

 社会のありかたもまじめに議論されないままで,また別の悲しい事件が起きてしまいます。



 事件を起こした子どもの名前や顔を知ることよりも,

 「なぜその子どもが犯罪をしてしまったのか」を知り,

 それをふまえて,「どうしたら子どもたちが犯罪をしない社会にできるのか」をまじめに考えること,

 それこそが,この社会にとって一番必要なことだと,私は思います【★11】【★12】

 

 

【★1】 少年法61条「家庭裁判所の審判に付(ふ)された少年又(また)は少年のとき犯した罪により公訴(こうそ)を提起(ていき)された者については,氏名,年齢,職業,住居,容ぼう等によりその者が当該(とうがい)事件の本人であることを推知(すいち)することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載(けいさい)してはならない」
 条文をそのまま見ると,警察に逮捕されてから家庭裁判所に送られるまでの間の捜査(そうさ)の段階では掲載してもいいように読めますね。しかし,それではこの条文がまったく無意味になってしまうので,捜査の段階でも,名前などを掲載してはいけません(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」432頁)。
 警察も,自分たちのルールで,「捜査の段階でも,子どもの名前などをマスコミに流してはいけない」としています。
 犯罪捜査規範209条「少年事件について,新聞その他の報道機関に発表する場合においても,当該少年の氏名又は住居を告(つ)げ,その他その者を推知することができるようなことはしてはならない」
【★2】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)40条1項「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及(およ)び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担(にな)うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条2項「このため,締約国は,国際文書の関連する規定を考慮して,特に次のことを確保する。 (略) (b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は,少なくとも次の保障(ほしょう)を受けること。 (略) (vii) 手続のすべての段階において当該児童の私生活が十分に尊重されること」
 また,「少年司法運営に関する国連最低基準原則」(通称「北京ルールズ」。条約ではなく,国連での決議です)でも,8条で,「1.少年のプライバシーの権利は,不当な公表やラベリングによって生(しょう)ずる害を避(さ)けるために,あらゆる段階で尊重されなければならない。2.原則として,少年犯罪者の特定に結びつきうるいかなる情報も公表してはならない」(訳:比較少年法研究会)としています。
【★3】 新聞や雑誌のすべての記事を,社会のほとんどの人がいつまでも覚えている,ということは,とても難しいことですから,これまでは,それでもよかったかもしれません。そういうふうに裁判所が言った判決もあります(大阪高等裁判所平成12年2月29日・判例時報1710号121頁。「被控訴人(ひこうそにん)を知らない一般市民が被控訴人の実名を永遠に記憶しているとも思えないし,仮に一部の市民が被控訴人の名前を記憶していたとしても,そのことによって直ちに被控訴人の更正が妨げられることになるとは考え難(がた)い。」)
 しかし,今は,インターネットが広がり,どんな小さな報道も,いつまでもすぐに検索ができるような時代になってしまいました。このため,特にヨーロッパを中心にして,「忘れられる権利」という考え方が出てきていて,自分の記事が検索されないようにすることを認める判決も出ています(EU司法裁判所2014年5月13日判決)。日本では,京都地方裁判所平成26年8月7日判決が,インターネットの検索結果に記事が出ないように求めた原告の訴えを認めませんでした。ただ,京都の裁判のケースは,事件からまだ1年半程度しか経過していなかったということも,判決の理由の一つになっています(EU司法裁判所のケースは,もとの事件から16年も経っていました)。
【★4】 「この原則は,少年及びその家族の名誉・プライバシーを保護するとともに,そのことを通じて過(あやま)ちを犯した少年の更生(こうせい)を図ろうとするもので,広く刑事政策的な観点に立った規定である。犯罪者を特定した犯罪報道は,それによる社会的偏見がその後の本人の更正の妨(さまた)げになり得ることは,成人の場合も同様であるが(ラベリングの弊害(へいがい)),とりわけ,傷つきやすく,可塑性(かそせい)に富(と)み,将来のある少年に対して,『非公開の原則』を定めたのである」(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」431頁)
 大阪高等裁判所平成12年2月29日・判例時報1710号121頁「この規定〔注:少年法61条〕は,少年の健全な育成を期(き)し,非行のある少年に対して性格の矯正(きょうせい)及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的とする少年法の目的に沿って,将来性のある少年の名誉・プライバシーを保護し,将来の改善更正を阻害(そがい)しないようにとの配慮に基づくものであるとともに,記事等の掲載を禁止することが再犯を予防する上からも効果的であるという見地(けんち)から,公共の福祉や社会正義を守ろうとするものである。すなわち,少年法61条は,少年の健全育成を図るという少年法の目的を達成するという公益目的と少年の社会復帰を容易にし,特別予防の実効性を確保するという刑事政策的配慮に根拠を置く規定であると解(かい)すべきである」
【★5】 「報道媒体(ばいたい)は,『新聞紙その他の出版物』と規定されているが,要するに,不特定多数の者が知り得る媒体を意味する。今日の通信手段の発達を考えると,新聞,雑誌など『出版物』のほか,テレビ,ラジオ,更に,コンピュータを使った各種の通信等を含(ふく)むと解すべきであろう」(田宮裕・廣瀬健二「注釈少年法(改訂版)」433頁)
【★6】 刑法230条1項「公然(こうぜん)と事実を摘示(てきじ)し,人の名誉を毀損(きそん)した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは禁錮(きんこ)又は50万円以下の罰金に処する」
【★7】 民法709条「故意(こい)又は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
 民法710条「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれかであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない」
【★8】 私たちの「知る権利」も,マスコミなどの「報道の自由」も,憲法21条が保障する表現の自由に含まれます。
 憲法21条1項「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
【★9】 大阪高等裁判所平成12年2月29日判決(判例時報1710号121頁・堺通り魔殺人事件名誉毀損訴訟)は,「表現の自由とプライバシー権等の侵害との調整においては,表現行為が社会の正当な関心事であり,かつその表現内容・方法が不当なものでない場合には,その表現行為は違法性を欠き,違法なプライバシー権等の侵害とはならないと解するのが相当である」としました。そして,名前や顔を月刊誌に出されてしまった子どものがわの訴えを,認めませんでした。
 また,子どもの実名そのものではなく,にかよった名前で週刊誌に記事が書かれたケース(長良川事件報道訴訟)で,名古屋高等裁判所平成12年6月29日判決(判例時報1736号35頁)は,少年法全体の意識・目的や少年法61条の趣旨から,子どもの側の訴えを認めて出版社に賠償を命じましたが,これに対して最高裁第二小法廷平成15年3月14日判決(民集57巻3号229頁)は,次のように述べて,その子どものことを知らない多くの人たちは記事を見てもその子がだれかはわからないから少年法61条に違反していない,として,審理のやり直しを命じました。その結果やり直された裁判では,結局,子どもの側の訴えは認められませんでした(名古屋高等裁判所平成16年5月12日判決・判例時報1870号29頁)。
 (最高裁判決)「少年法61条に違反する推知報道かどうかは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきところ,本件記事は,被上告人について,当時の実名と類似する仮名が用いられ,その経歴等が記載されているものの,被上告人と特定するに足りる事項の記載はないから,被上告人と面識等のない不特定多数の一般人が,本件記事により,被上告人が当該事件の本人であることを推知することができるとはいえない。したがって,本件記事は,少年法61条の規定に違反するものではない。…本件記事が被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害する内容を含むものとしても,本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは,被侵害利益ごとに違法性阻却事由(いほうせいそきゃくじゆう)の有無等を審理し,個別具体的に判断すべきものである。…原審は,これと異なり,本件記事が少年法61条に違反するものであることを前提とし,同条によって保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護(ようご)する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限(かぎ)って違法性が阻却されると解すべきであるが,本件についてはこの特段の事情を認めることはできないとして,…個別具体的な事情を何ら審理判断することなく,上告人の不法行為責任を肯定した。この原審の判断には,審理不尽(しんりふじん)の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
【★10】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★11】 日弁連も,2007年11月21日に,「少年事件の実名・顔写真報道に関する意見書」を出しています。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/071121.pdf
【★12】 「子どもの名前や顔を載せてはいけない理由は,子どもが立ち直っていくのにマイナスだからだ」という考え方からいくと,その人が死刑判決を言い渡されたのなら(「子どもでも死刑になるの?」の記事を見てください),「社会に戻って立ち直ることはないのだから,名前や顔を載せてもいいじゃないか」とも考えられそうですね。実際,そのように考えて,名前や顔を載せるマスコミがほとんどです(載せない新聞社も一部あります)。「死刑というだいじな問題をみんなが考えるためにも,その人の名前などを知るべきだ」,とも,言われることがあります。
 でも,私は,死刑判決を言い渡された場合でも,名前や顔は載せてはいけない,と考えます。少年法61条は,「死刑判決を受けたら名前や顔を載せてもいい」とは書いていません。また,事件が起きた理由,犯罪を防ぐための対策,そして死刑の問題など,この社会のことを私たちが考えるのに,名前や顔を知らなければ議論することができないというわけではないことも,死刑であろうとなかろうと,変わりません。さらに,死刑判決を受けても,再審(さいしん)や恩赦(おんしゃ),あるいは将来的に死刑制度そのものがなくなって,社会に戻ることがまったくないというわけでもありません。
 日弁連2012年2月24日「少年の実名報道を受けての会長声明」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120224_2.html
 もし,「死刑判決を受けた場合には名前や顔を載せてもよいようにすべきだ」,と考えるならば,そういうふうに少年法61条を変えるかどうかということじたいを,国会できちんと議論するべきです。その手順をふまずに,法律に違反して名前や顔を載せることは,問題だと思います。

2015年1月 1日 (木)

子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない

 

 選挙期間中に,がんばってほしい候補者のことを,みんなにも知ってもらいたくて,ツイッターでリツイートしました。そしたら,「大人はいいけど,子どもがそういうことをしたら犯罪になる」ってツイートが回ってきました。納得いかないんですが,なんで子どもだと犯罪になるんですか?

 

 子どもは,選挙で投票をする権利がありません【★1】

 公職選挙法という法律には,

 「投票をする権利がない子どものうちは,選挙運動をしてはいけない。選挙運動をすると犯罪になる」,と書かれています【★2】

 子どもが,候補者の事務所で,コピー取りやお茶くみなどを手伝うことは,「選挙運動」ではないので,OKです【★3】

 子どもが,インターネットで,政治のテーマについて自分の意見を書くことも,「選挙運動」ではないので,OKです。

 ところが,

 子どもが,「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と,がんばることは,

 街を通行中の人々に呼びかけるのでも,インターネットでの書き込みでも,

 「選挙運動」だからダメだ,とされています【★4】

 大人が子どもを選挙運動に使ったら,大人が,犯罪として処罰されます。

 それだけでなく,

 子どもが選挙運動をしたら,

 大人に使われたのではなくて,子どもが自分からすすんでやっていたときでも,

 その子ども自身まで,犯罪として処罰されてしまうことになっています【★5】


 どうして,子どもが選挙運動をしてはいけないのでしょうか。


 子どもを選挙運動に使った大人を処罰する理由は,

 裁判所が,次のように説明しています【★6】

 「選挙では,いろんな議論が飛び交(か)うし,人々もいろんな動きをする。

 そこに,投票する権利のない,社会的にもまだ未熟(みじゅく)な子どもを,巻き込ませてはいけない。

 だから,子どもに選挙運動させないように,法律で決めている。」


 でも,ほんとうに子どもを「巻き込ませないように」守るためのルールなら,

 子どもが自分からすすんで選挙運動をしているときにまで,

 その子ども本人を,犯罪として処罰するのは,おかしなことです。


 じつは,このルールを作った当時の国会議員たちに,「子どもを守る」という考えは,ありませんでした。


 日本は,昭和20年(1945年),大きな戦争に負けました。

 そして,これから新しい社会を築いていくための,きちんとした選挙のルールとして,

 「公職選挙法」という法律を,昭和25年(1950年)に作りました。


 ところが,そのわずか2年後の昭和27年(1952年),

 「人々の選挙運動のやり方がおかしい。きびしくルールを決めて,いろいろ取り締まっていくべきだ」という意見が出てくるようになりました。

 一軒一軒の家を回る「戸別訪問(こべつほうもん)」は,おかしなやり方だから,ぜんぶ禁止するべきだ,とか
【★7】

 選挙のときに署名運動をするのも,おかしなやり方だから,禁止するべきだ,とか,

 選挙運動のときに使えるスピーカーの数を減らそう,とか,

 そういう選挙運動の「おかしなやり方」についての話し合いの中で,

 「多くの子どもたちが選挙運動に入ってくることも問題だ」,という意見もありました。


 そして,「大人を取り締まっているだけではダメだ。選挙運動をしている子どもを,直接,警察が取り締まれるようにするべきだ」と,国会議員たちが話し合いました。

 それで,警察が直接,子どもに選挙運動をやめさせることができるようにするために,

 「子どもの選挙運動を犯罪にする」ということが,公職選挙法に付け加えられてしまったのです
【★8~10】

 そこに,「子どもを守る」という考えは,ありませんでした。


 子どもには,投票する権利がありません。

 でも,投票する権利がない今も,この社会の中の,だいじなメンバーです。

 そして,これからの先の未来の社会を築いていく,だいじなメンバーです。

 投票する権利がないからこそ,

 今,投票する権利を持っている大人たちに向かって,

 「子どものことと,これからの社会のことを,きちんと考えている候補者や政党に投票してほしい」,

 子どもからそう一生懸命働きかけるのは,とても大切なことだと思います。


 どんな人でも,一人ひとりがだいじな存在として扱われ,尊重(そんちょう)されること。

 法律は,そのことを,一番だいじにしています【★11】

 一人ひとりがだいじな存在として扱われ,尊重されるためには,

 どんな人も,自分の言いたいことを言うことができて,

 どんな人も,他の人の意見をきちんと聞くことができる,

 そういうことが,絶対に必要です。


 だから,「言いたいことを言える自由,他の人に伝える自由」は,

 大人だけでなく,子どもにも,もちろんあります【★12】

 そして,この自由は,

 民主主義というこの社会のしくみの,その土台となる,とても大切な自由なので,

 「よっぽどの理由」がなければ,法律で制限してはいけないのです【★13】

 子どもの選挙運動を禁止して犯罪にまですることの理由を,いくら後付けで考えてみたところで,

 それは,「言いたいことを言える自由」を制限していいほどの,「よっぽどの理由」にまではなりません。


 教育基本法や,学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」,

 そう,はっきり書いてあります【★14】

 それなのに,この社会を作る一番だいじな選挙という場面で,子どもが積極的にかかわることを禁止するのは,まったくちぐはぐなことです。


 「かかわってはいけない」と言われたら,選挙に関心を持てるわけがないし,

 それでいて,大人になったとたんに,「政治に関心を持ちなさい」,「投票に行きなさい」と言われても,とまどうに決まっている。

 まだ投票権のない人が,ツイッターにそう書いていました。

 私も,そのとおりだと思います。


 「社会人」という言葉は,

 「生徒・学生ではない人」,「働いている大人」,という意味で使われることが,多いですね。

 でも,最近の選挙では,その「社会人」の半分近くが,投票に行っていません。

 投票する権利を持っているのに,投票に行かない大人たちと,

 投票する権利はまだなくても,政治に関心を持って,候補者や政党を応援したいと思う子どもたち。

 それを比(くら)べれば,その子どもたちのほうが,社会のことを考え,社会のメンバーとして自覚のある,りっぱな「社会人」だと,私は思います。


 「子どもの選挙運動は犯罪になる」,という条文は,学者も,裁判官も,問題があると言っています【★15~17】

 この条文は,なくすべきだと思います。

 あなたがこれから大人になって,投票する権利を持ったら,

 ぜひ,子どものため,これからの社会のために,一生懸命考え,動いてくれる候補者に,投票してください。

 

【★1】 憲法15条3項 「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する。」
 この記事を書いた2015年(平成27年)1月の時点では,選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★2】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★3】 (改正後の)公職選挙法137条の2第2項 「何人(なんぴと)も,年齢満18年未満の者を使用して選挙運動をすることができない。ただし,選挙運動のための労務に使用する場合は,この限(かぎ)りでない」
 労務提供と選挙運動の区別(昭和28,3国警質疑集)「問 未成年者は選挙運動のための労務に従事(じゅうじ)することができるか。その場合における労務と選挙運動との区別如何(いかん)。 答 法第137条の2の規定により,未成年者について禁止されているのは,『選挙運動』に限られているのであって,労務を提供することは差支(さしつかえ)ない。この場合における『選挙運動のための労務』というのは,例えば,選挙事務所においての文書の発送,接受(せつじゅ)にあたるとか,湯茶の接待にあたるとか,物品の運搬に従事する如(ごと)き機械的労務をいうのであって,連呼行為(れんここうい)や街頭演説を行ったり,個人演説会において弁士として演説する如く,選挙人に直接働きかける行為は,たとえ,それが与えられた原稿をそのまま読み上げ,或(ある)いは丸暗記して単純に機械的にこれを繰返すにすぎないものであっても,『選挙運動』と解(かい)すべきものである。」(選挙制度研究会編「選挙関係実例判例集 第16次改訂版」1060頁)
【★4】 総務省ウェブサイト http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/popup-chirashi02.html
【★5】 公職選挙法239条1項 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,1年以下の禁錮(きんこ)又(また)は30万円以下の罰金に処(しょ)する 一 …第137条の2…の規定に違反して選挙運動をした者 (以下略)」
【★6】 大阪高等裁判所平成4年6月26日判決(判例タイムズ822号283頁) 「公職選挙法137条の2第2項は,有権者の投票を獲得(かくとく)するため,政策,政治的主張あるいは候補者の力量の優劣(ゆうれつ)について,多種多様な議論と行動が衝突(しょうとつ)する選挙運動に,投票権がなく社会性も未熟な未成年者を巻き込ませないことが望ましいとする考え方と背景とし,選挙運動のあり方に一定の自制的(じせいてき)ルールを設定した立法であると解(かい)される」
【★7】 この戸別訪問の禁止は,表現の自由を保障(ほしょう)している憲法に違反している,という裁判が,とても多く起こされてきました。中には,地方裁判所と,その上の高等裁判所が,「戸別訪問を一切禁止しているこの条文は,憲法に違反している」とはっきり判決を言い渡したケースもあります(松江地方裁判所出雲支部昭和54年1月24日判決・判例時報923号141頁,広島高等裁判所松江支部昭和55年4月28日・判例時報964号134頁)。ただし,そのさらに上の最高裁判所は,憲法に違反していない,と判断しています(多くの判例がありますが,地裁・高裁の違憲判決を破棄したものは最高裁判所第二小法廷昭和56年6月15日判決・刑集35巻4号205頁)。
【★8】 昭和27年8月16日法律第307号「公職選挙法の一部を改正する法律」
【★9】 第13回国会公職選挙法改正に関する調査特別委員会第4号(昭和27年6月4日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/013/0145/01306040145004a.html
「○三浦法制局参事 …未成年者が自発的にやる場合については,この法律で制限する範囲ではない,かように考えております。
○河野(金)委員 今の三浦さんのような解釈をするならば,こんな法律をつくる必要がなくなってしまう。未成年者は選挙運動に携(たずさ)わることはできぬ,選挙運動とは,もちろんある程度先ほど言うメガホンなりマイクでやることも選挙運動なんだから,こういうことも禁止する,未成年者を禁止するということでないと,ただ使用者だけ罰してかってにやるというのは……。
○小澤委員長 結論だけを載せるようにして……。ちょっと速記をとめてください。
 〔速記中止〕
○小澤委員長 速記を始めて……。ただいまの未成年者の問題は,法制局の方では,少年法等の関係で,自発的に未成年者がやった場合には罰しない趣旨で規定ができておったのだそうでありますけれども,しかし今皆さんの御意向等を承(うけたまわ)れば,かりに警察官がこれを取締ることが可能であるということだけでも相当の効果があるという趣旨で,必ずしも罰金は科さないで体刑に処するという趣旨でなく,取締りの可能という意味から,多少理論的には変であるけれども,未成年者も罰する,取締るということで進むことにしていかがですか。使用者も罰する。
 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕」
【★10】 佐藤幸治教授は,【★9】の議論にも触れて,次のように書いています。
 「以上の審議の模様(もよう)から,未成年者が大量に選挙過程に参入(さんにゅう)してくると思われた事情があり,それを阻(はば)む必要が感じ取られ,それでまず未成年者を『選挙運動』に使用することの禁止が考え出され,その禁止を実効(じっこう)あらしめ,実際の取締上の便宜(べんぎ)も考慮されて,未成年者自身の『選挙運動』を禁止し,理論上多少問題があることが自覚されながらも,その禁止違反行為に対して罰金,禁錮に処するという道が選択された,ということがいえるようである。とすると,当該規制は,未成年者自身を保護するというパターナリスティックな制約といった趣旨のものではなく,むしろ選挙運動一般のあり方が問題とされ,それに付随(ふずい)して未成年者の行為の取締りが浮上してきた,というのが,制定過程に即してみた場合の事情だったようである。」(有斐閣「現代国家と人権」「子どもと参政権利」247頁)
【★11】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★12】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★13】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁)
【★14】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★15】 「第1項の規定は,心身未成熟な未成年者を保護するためにもうけられたものであろうが,その違反に対する法第239条第1項の処罰規定は,他の法令にも例をみないものである。少年法…においては,未成年者を対象として罰金刑を課すことはできないのみならず,未成年者を刑事処分に付することは少年法の精神より考えれば例外的な措置(そち)であるし,また,いわゆる行政犯としか考えられない本条の違反は,家庭裁判所の保護処分にも親しまないものであるから,処罰規定を置くことはいささか疑問であるといえよう」(安田充・荒川敦編著「逐条解説 公職選挙法(下)」1016頁)
【★16】 佐藤幸治教授は,次のように言っています。
 「…未成年者も主権者を構成するものとして考えるべきであること,ならびに,未成年者の生への規制的介入は,成人の場合と同様他者加害に及ぶとき,および,成熟した判断を欠く行動の結果,長期的にみて未成年者自身の目的達成諸能力を重大かつ永続的に弱化せしめる見込みのあるときに限って容認されると考えるべきこと,をみた。かかる観点に立って公職選挙法137条の2および239条1項1号をみると,その合憲性について相当強い疑問が生じる。」(略)「特に未成年者だけについて,他害性を理由とし,あるいはパターナリズムを理由として,その『選挙運動』を1年以下の禁錮または10万円〔現在は30万円〕以下の罰金をもって禁圧することを憲法上正当化することは困難であるといわなければならないように思う。」(有斐閣「現代国家と人権」「子どもと参政権利」241~251頁)
【★17】 大阪高等裁判所平成4年6月26日判決(判例タイムズ822号283頁)は,未成年者を選挙運動に使った大人のがわを処罰することが争われたケースでした。裁判所は,大人を処罰する公職選挙法137条の2第2項については,憲法には違反していない,と判断しましたが,子ども自身を処罰する第1項のほうについては,「未成年者が選挙運動にかかわることを一律(いちりつ)に禁止し,しかも未成年者自身を処罰する同法137条の2第1項の合理性には疑問が残るといわなければならない」と言っています。
 

2014年12月 1日 (月)

18歳になった高校生の深夜アルバイト

 

 高校3年生です。先月,18歳になりました。コンビニでバイトしているんですが,店長から,「夜10時以降もシフトに入ってほしい」と言われてます。「高校生は深夜にバイトできないんじゃないんですか?」って聞いたら,「18歳になれば大丈夫」って店長が言ってます。この前他の人が辞めて人手不足になってて,店もこまってるし,僕も深夜に働けば時給が高くてバイト代をかせげるから,深夜のシフトに入りたいと思ってるんですが,親は「高校生だからダメだ」と,許可してくれません。やっぱり深夜バイトはできないんですか?

 

 法律上は,18歳になっていれば,深夜に働いてもよいことになっています。

 しかし,親が,あなたのことを考えて,深夜に働くことに反対しているのなら,働けません。


 むかし,子どもは,小さなときから,大人と同じように働かなければなりませんでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っています。

 「小さな子どものうちは,仕事をさせないで,教育を受けられるようにしよう」。

 日本をふくむ,世界の国々が,そう約束しています
【★1】

 だから,義務教育を受け終えなければ,働くことはできません。

 日本の法律は,以前は,「15歳になっていない子どもを働かせてはいけない」としてましたが
【★2】

 これでは,「15歳になれば,中学校を卒業していなくても,働かせてよい」とも,読めてしまいますね。

 なので,16年前に,法律が直されました。

 「15歳になったあとに最初にくる3月31日」,つまり,中学校3年生の年度末までは,働かせてはいけない,となりました
【★3】


 でも,義務教育を終えたら働いていい,とはいっても,

 18歳になるまでは,大人とはちがったルールがあります。

 まだ体も心も成長を続けている時期なので,

 法律は,働く子どもたちを,いろんなルールで守っています。



 「18歳になるまでは,深夜に働かせてはいけない」,というのも,そのひとつです
【★4】


 18歳になっていない子どもを,夜10時から朝5時までの間に働かせると,雇(やと)っているがわが,犯罪として処罰(しょばつ)されてしまいます【★5】

 (子どもを守るためのルールですから,深夜に働いた子どもが処罰されるのではありません。)



 ただ,このルールは,「18歳になったあとに最初にくる3月31日」までは深夜に働かせてはいけない,という書き方はしていません。

 だから,高校を卒業していなくても,18歳になっていれば,深夜に働くことはできます。

 言いかえれば,「18歳になったあなたが深夜に働いても,店長は処罰されない」,ということです。



 でも,18歳になったとしても,あなたの親が,「そういう職場で働くのはダメだ」と反対したら,あなたが深夜に働くことは,やっぱりできません。


 働き始めるときに,お店との間で,「働きます」「給料をもらいます」という約束をしますね【★6】

 こういった法律的な約束のことを,契約(けいやく)と言います。

 何ヶ月間働くか,1週間に何日働くか,何時から何時まで働くか,給料はいくらか,どんな内容の仕事をするか。

 そういったことを,契約を結ぶときに決めます。

 この契約をお店と結ぶのは,あなたの親ではなく,あなた自身です
【★7】

 でも,契約のなかみを,親が納得して,親がOKしなければなりません
【★8】

 この,親が「OKすること」を,「同意(どうい)」と言います。


 これまでとちがって,これからは夜10時以降も働くことにするなら,

 契約の内容が変わるのですから,

 あらためて,親からOK(=同意)をもらわなければいけません。

 親がOKしないまま,あなたが契約のなかみを変えたら,

 親は,その新しい取り決めを,ナシにする(=取り消す)ことができます
【★9】

 それだけでなく,

 「そんな職場で働くことは,あなたにとってよくない」,と親が考えたら,

 あなたがその店で働くことそのものを,やめさせることもできるのです
【★10】


 あなたの親が,「高校生だから深夜に仕事をするのはダメだ」と考える理由を,よく聞いてみましょう。



 「卒業するまでは,勉強のほうにきちんと力をそそいでほしい。深夜に働いて昼の勉強がおろそかになるのは本末転倒(ほんまつてんとう)だ」,とか,

 「深夜だと,事件・事故に巻き込まれてしまう危険があって不安だ」,など,

 きっと,あなたのことを心配してくれているはずです
【★11】


 だから,あなたも,そういう親の気持ちを受け止めて,

 「定期試験が終わって卒業が確実になるまで待つ」,とか,

 「仕事が終わったらすぐに親に連絡をして,寄り道せずにまっすぐ帰る」,など,

 そういった前向きな提案をすることも必要だと思います。




 私からは,勉強・卒業のことや,事件・事故の心配のほかに,もう一つ,だいじな話をしようと思います。


 夜という時間の大切さです。


 夜という時間は,子どもにとって,体が成長するための,だいじな時間です。

 子どもが18歳になるまで深夜に働かせてはいけないのは,そのためです
【★12】

 18歳になったあとだって,体の中では,まだまだ成長を続けています。



 お金は,将来大人になってからでも,かせいでいくことができます。

 でも,体が成長するのは,今の時期しかありません。

 お金に代えることのできない,そのだいじな時期にある自分を,ぜひ,大切にしてほしいと思います。



 そして,それだけなく,これから先の,大人になってからの自分の働き方についても,

 今,じっくりと考えてみてほしいと思います。



 たしかに18歳以上になれば,深夜に働いてもよくなりますし,深夜に働けば,給料も高いので,よりかせぐことができます。

 深夜の仕事の給料が必ず高いのは,「昼間とくらべて高くしないといけない」と,法律がきびしく決めているからです
【★13】


 夜という時間は,ほんらい,家でゆっくりくつろいで,一日の疲れをとり,明日のためのエネルギーを貯める,だいじな時間です。


 だから,法律は,なるべく深夜に人を働かせないようにするために,

 高い給料を,雇うがわから従業員に払わせるように,きびしく決めているのです



 日本は,世界の他の国とくらべて,働く時間がとても長い国です。

 働きすぎで突然命を失う「過労死(かろうし)」が,たくさん起きています。

 そのまま「karoshi」という言葉で,世界に通じてしまうほどです。



 毎日遅くまで仕事に追われて,体も心も,とても疲れ切ってしまう。

 ゆっくり寝る時間もなくて,その疲れがとれないまま,また仕事に出かける。

 仕事に追われる生活で,家族や友だちと楽しく過ごしたり,趣味にあてたりする時間もない。

 そして,ある日突然亡くなり,人生そのものが終わってしまう
【★14】

 残された家族も,だいじな人を突然なくした悲しみと,生活するためのお金がなくなる苦しさに,こまりはててしまう。



 私たちは,生きるために仕事をしてお金を得ているのに,

 仕事のせいで,生きることそのものが奪(うば)われてしまうことは,絶対にあってはならないことです
【★15】


 過労死の事件に,私が弁護士として多く取り組んでいる中で,

 その1件1件のケースを通して,

 「夜に仕事をすることが,体にどれほど負担になるか」を,いつも実感します。



 夜に働くということがどういうことなのか,

 どうして18歳になるまで深夜に仕事をしてはいけないことになっていて,

 どうして深夜の仕事の給料が高くなっているのか,

 そのことを,今回のことをきっかけに,


 ぜひ,親といっしょに考え,話し合ってみてください。

 

【★1】 ILO(国際労働機関)就業が認められるための最低年齢に関する条約(第138号)2条1項 「この条約を批准(ひじゅん)する加盟国(かめいこく)は,その批准に際(さい)して付する宣言において,自国の領域(りょういき)内…における就業(しゅうぎょう)が認められるための最低年齢を明示する。…」
 同条3項 「1の規定に従(したが)って明示する最低年齢は,義務教育が終了する年齢を下回ってはならず…」
【★2】 労働基準法旧56条1項 「満15才に満たない児童は,労働者として使用してはならない」
【★3】 労働基準法現56条1項(平成10年改正) 「使用者は,児童が満15才に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★4】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18才に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない」
【★5】 労働基準法109条 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,これを6箇月以下の懲役(ちょうえき)又は30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第61条…の規定に違反した者」
【★6】 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約(やく)し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金(ちんぎん)を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★7】 労働基準法58条1項 「親権者(しんけんしゃ)又は後見人は,未成年者に代つて労働契約を締結(ていけつ)してはならない」
【★8】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 「未成年者が労働契約を締結するには法定代理人の同意を要する。」(菅野和夫「労働法第10版」421頁)
【★9】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★10】 労働基準法58条2項 「親権者若(も)しくは後見人又は行政官庁は,労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては,将来に向(むか)ってこれを解除(かいじょ)することができる」
【★11】 親権(しんけん)は,子どものために使われなければなりません。
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有(ゆう)し,義務を負う」
 親が,雇い主のことを嫌いだからとか,子どもやその友だちと考え方がちがうから,という親の都合で,子どもが働くのをやめさせた(=【★10】の解除をした)というケースで,裁判所は,「子どものためにしたものではないから,親権の濫用(らんよう)で,解除は無効だ」としたものがあります(名古屋地方裁判所昭和37年2月12日判決・労働関係民事裁判例集13巻1号76頁)。
【★12】 大阪高等裁判所昭和33年12月2日判決(判例時報179号24頁) 「労働基準法62条は年少労働者…の健康の保護向上をはかるためにこれ等(ら)の者を一日のうち健康に有害な労働時間である同条所定(しょてい)の時間に使用すること(いわゆる深夜業)を禁止し,もって年少…労働者の各自の福祉を保障しようとする規定である」
【★13】 労働基準法37条4項 「使用者が,午後10時から午前5時まで…の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
 「2割5分」というのは,25%のことです。たとえば,もし昼の時給が1000円ならば,深夜は1250円以上にしなければいけません。
 ちなみに,昼に仕事をする人が残業で深夜まで働いたら,雇っているがわは,残業ぶんの割増し(25%やそれ以上)に加えて,さらにこの深夜ぶんの割増しも払わなければなりません。
 なお,18歳未満の子どもに対しては,残業をさせること自体が禁止されています。
 労働基準法60条1項 「…第36条…の規定は,満18才に満たない者については,これを適用しない」(36条は残業についての条文です。)
【★14】 過労死は,脳や心臓の病気で突然亡くなるケースや,うつ病などの精神的な病気から自殺で突然亡くなるケースが多いですが(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号),「心理的負荷による精神疾患の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)),それ以外の病気で亡くなるケースもあります。
【★15】 一件でも不幸な過労死事件をなくそうと,過労死遺族(いぞく)の人たちが国会に対して一生懸命はたらきかけました。その結果,今年(平成26年)6月20日に「過労死等防止対策基本法」という法律ができ,11月1日から施行されています。 

2014年11月 1日 (土)

在日コリアンの身分証と通称

 

 在日コリアンです。「16歳以上になったら,外を出歩くときには身分証のカードを持っていないといけない」,と聞いていたんですが,最近法律が変わったとネットで見ました。今は,身分証のカードを持たなくてもいいんですか。あと,別のサイトでは,「法律が変わって,在日コリアンは日本名の通称が使えなくなった」とも書かれているんですが,本当ですか。

 

 法律が変わって,在日コリアンの人は,身分証のカードを持ち歩かなくてもOKになりました。


 また,「日本名の通称が使えなくなった」というのは,まちがいです。

 あなたが日本名の通称を使っているのなら,引き続きその名前を使うことができます。



 外国の人が,旅行や仕事などで,ちょっとのあいだだけ日本に来ているときは,

 「自分は,どこの国から来た,何という名前の人か」がわかるものをいつも持っていないと,

 何かトラブルがあったときに,本人も,まわりの人たちも,てがかりがなくて,こまってしまいます。

 だから,「外国の人は,出歩いたりするときに,いつもパスポートを持っていないといけない」,と法律で決まっています
【★1】

 パスポートを持っていないと,そのことじたいが犯罪になってしまいます
【★2】


 ただ,小さい子どものうちは,書類の大切さがよくわからないし,きちんとなくさないように持っていることも難しいですね。

 だから,パスポートを持ち歩かないといけないのは,16歳以上の人,とされています
【★3】【★4】


 でも,旅行などでちょっとだけ来たのではなく,日本で暮らしているという外国の人まで,いつもパスポートを持っていないといけないのでは,不便です。

 なので,いままでは,そういう人は,市役所や区役所で受け取る「外国人登録証明書」という小さいカードを持っていればOK,ということになっていました
【★5】

 しかし,そのカードを持ち歩かなければ,16歳以上なら,やはり犯罪になってしまいます。



 あなたやあなたの家族のような,在日コリアン(在日韓国・朝鮮人)の人も,以前は,そうでした。


 でも,在日コリアンの人たちには,他の外国の人たちとは,ちがった背景があります。


 今から100年あまり前の,1910年(明治43年),日本は,朝鮮半島(今の韓国と北朝鮮)を,自分の国にして,支配するようになりました【★6】

 これを,「韓国併合(かんこくへいごう)」と言います。

 朝鮮半島の人々は,日本国籍になりました。

 それから35年後の1945年(昭和20年),日本は大きな戦争に負けました。

 そして,朝鮮半島は,日本から独立しました
【★7】

 しかし,日本はそのとき,「朝鮮半島の人々の国籍がどうなるか」について,きちんと法律を作りませんでした。

 憲法では,「国籍のことは法律できちんと決めないといけない」としているのに
【★8】

 国会で議員たちが話し合って法律を作らずに,

 日本の役所が,「もともと朝鮮半島の人は,日本の国籍を失(うしな)う」,としてしまったのです
【★9】【★10】

 当時,すでにたくさんの人々が朝鮮半島からやってきて,日本の中で暮らしていました。

 日本が敗戦し,朝鮮が独立したとき,多くの人たちが朝鮮半島に帰りましたが,

 数十万人の人たちが,いろんな事情で,朝鮮半島に帰ることができませんでした
【★11】

 そうして日本にとどまったのが,在日コリアンの人たちです。

 韓国併合で,一方的に国籍を日本にされ,

 その日本にやってきたのに,

 こんどは,日本の敗戦・朝鮮の独立で,一方的に日本の国籍を奪(うば)われたのです。

 そういう背景があるのに,在日コリアンの人たちは,「外国人だから」という理由で,日本の中で,いろんな差別を受けてきました。



 国籍が日本の人は,身分証を持ち歩く必要はありません。

 免許証や「住基カード」などを持っていれば,いざというときに自分が誰かを証明できて便利ですが
【★12】

 だからといって,「それらを持ち歩かなければ犯罪」ということにはなりません。

 日本で暮らしているなら,外を歩いているその時に身分証がなくても,その人が誰なのかは,すぐにきちんとわかります。



 同じように,日本でずっと長く暮らしてきた在日コリアンの人たちだって,身分証を持ち歩かなくても,その人が誰なのかは,すぐにきちんとわかります。

 だから,「身分証を持ち歩かないといけない,そうでないと犯罪になる」,という法律には,とても強い批判がありました
【★13】

 そして,1999年(平成11年)に法律が変わって,「在日コリアンの人は,カードを持ち歩かなければいけないけど,持ち歩かなくても犯罪にまではならない」ということになり
【★14】

 さらに法律が変わって,2012年(平成24年)7月からは,「在日コリアンの人は,カードを持ち歩かなくてもOK」ということになりました
【★15】

 (カードのタイトルは,それまでの「外国人登録証明書」から,「特別永住者証明書」に変わりました)。

 なので,あなたも,身分証のカードを持ち歩く必要は,ありません。



 そのほかの外国籍の人は,今も,身分証を持ち歩かなければ,犯罪になってしまいます。

 でも,よく考えてみれば,在日コリアン以外の外国籍の人も,

 ずっと長く日本に暮らしているのであれば,

 身分証のカードを持ち歩かなくても,その人が誰なのかは,すぐにきちんとわかります。

 ましてや,子どもは,親を選んで生まれてくることはできません。

 だから,日本で生まれて,ずっと暮らしてきている外国籍の人なら,

 在日コリアンの人たちと同じように,身分証のカードを持ち歩かなくてもよいようにしていくべきだと,私は思います
【★16】【★17】


 在日コリアンの人は,

 韓国/朝鮮の名前で暮らしている人もいますし,

 日本名で暮らしている人もいます。

 在日コリアンの人が使っている日本名を,法律では,「通称(つうしょう)」と言います。

 韓国併合で,朝鮮半島の人たちの国籍が日本になった,ということは,さっき書きましたが,

 その30年後の1940年(昭和15年)には,そのほとんどの人が,日本名を持つことになりました
【★18】

 今,在日コリアンの人で日本名の通称を使っている人がいるのは,そういう歴史的な背景があります。



 今までのカード(外国人登録証明書)には,韓国/朝鮮の名前といっしょに,通称も書かれていました。

 今回,法律が変わり,在日コリアンの人に渡される新しいカード(特別永住者証明書)には,通称は書かれません。

 そのことから,インターネットでは,「通称が使えなくなった」というコメントを見ることがあります。

 でも,「通称が使えなくなった」というのは,まちがいです。

 通称を使う必要がある,と認められた外国籍の人は,

 住民票に通称を載せることができますし
【★19】

 「住基カード」にも,通称を載せることができます
【★20】


 そもそも,通称を住民票や住基カードに載せることができるのは,在日コリアンの人に限(かぎ)った話ではありません。

 通称が必要な外国籍の人は,在日コリアンの人でなくても,使うことができます。

 実際,日本名の通称を使っている外国籍の人は,在日コリアンの人以外にも,たくさんいます。



 自分はいったい,どんな人間なのか。

 そのことを,「アイデンティティ」と言います。

 アイデンティティは,人が人であるために欠かせないものです。

 特に,子どもから大人になるころは,自分がどんな人間なのかを考える,自分さがしをする大切な時期です。

 そして,国籍,民族,自分の名前は,アイデンティティにかかわる重要なことがらです。

 韓国/朝鮮の名前で暮らすか,日本名で暮らすかは,

 「こうしなければいけない」,という答えはありません。

 自分自身の気持ちや,まわりの状況,いろんなことをふまえて,

 自分で考え,自分らしい生き方を選んでいってください
【★21】【★22】


 今,インターネットでは,在日コリアンの人々を攻撃したり,この社会から除(の)け者にしようとする「ヘイトスピーチ」が,多くあふれています。

 「在日特権」などという言葉で,在日コリアンの人たちが何か特別な利益(りえき)を得(え)ているかのような,でたらめなデマが,多く流れています
【★23】

 実際には,在日コリアンの人たちが特別な利益を得ていることなど,ありません。

 むしろ,さまざまな不利益を受け続けてきたのです。



 どんな人であっても,一人ひとりが,大切な存在として扱(あつか)われ,尊重(そんちょう)されること。

 法律は,そのことを一番大切にしています。

 それは,民族や国籍がどのようであっても,同じです
【★24】


 人種差別撤廃(てっぱい)条約という,ヘイトスピーチをなくすための世界の国々との約束の輪の中には,日本も入っています
【★25】

 ヘイトスピーチをなくしていくことは,

 差別されている人々を守るだけでなく,

 「一人ひとりがお互いを尊重し合う」という,私たちの公正な社会を守ることにつながります。


 在日コリアンの子どもたちや,そのほかの外国籍の子どもたちが,

 子どものときも,これから先,大人になっても,

 差別されることのない社会であること。

 そのために,この社会を築(きず)いている私たち一人ひとりが,

 みんなでしっかり取り組んでいかなければいけません
【★26】。

 そして,実際に今,「ヘイトスピーチをなくそう」と一生懸命取り組んでいる人たちが,この社会の中にたくさんいる,ということを,

 ぜひ知っておいてほしいと思います。

 

【★1】 出入国管理及び難民認定法23条1項 「本邦(ほんぽう)に在留(ざいりゅう)する外国人は,常(つね)に旅券…を携帯していなければならない。(略)」
 「旅券」というのは,パスポートのことです。
【★2】 出入国管理及び難民認定法76項 「次の各号のいずれかに該当(がいとう)する者は,10万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 第23条第1項の規定に違反した者 (略)」
【★3】 出入国管理及び難民認定法23条5項 「16歳に満たない外国人は,第1項本文及び第2項の規定にかかわらず,旅券等を携帯することを要(よう)しない。」
【★4】 坂中英徳・齋藤利男著「出入国管理及び難民認定法逐条解説・改訂第三版」462頁 「本邦に在留する外国人の在留管理をくまなく行うという立場からすると,すべての在留外国人に対して旅券…の携帯義務を課すことも考えられるが,年少者の事理(じり)の弁識(べんしき)能力や旅券等の管理・保管能力を考慮すると,年齢のいかんに関わらず一律(いちりつ)に携帯義務を課すのは適当ではない。そこで,本項は,一定の年齢を基準として携帯義務を課することとし,本人の事理弁識能力,刑法における責任能力,外国人登録証明書の携帯義務年齢,義務教育終了年齢等を勘案(かんあん)して,その年齢を16歳以上と定めたものである。」
【★5】 改正前の出入国管理及び難民認定法23条1項但書 「ただし,外国人登録法による外国人登録証明書を携帯する場合は,この限りでない。」
【★6】 韓国併合に関する条約1条 「韓国皇帝陛下は韓国全部に関する一切の統治権を完全且(かつ)永久に日本国皇帝陛下に譲与(じょうよ)す」
同条約2条 「日本国皇帝陛下は前条に掲(かか)げたる譲与を受諾(じゅだく)し且全然韓国を日本帝国に併合することを承諾(しょうだく)す」
【★7】 6年後の1951年(昭和26年),日本が連合国との間で結んだ「サンフランシスコ平和条約」に,そのように書かれています。「連合国」というのは,第二次世界大戦で,日本・ドイツ・イタリアなどの「枢軸国」(すうじくこく)を相手に戦った,アメリカ・イギリス・フランス・ソビエト連邦・中華民国を中心に連合した国々のことです。
 サンフランシスコ平和条約2条(a) 「日本国は,朝鮮の独立を承認して,済州(さいしゅう/チェジュ)島,巨文(きょぶん/コムン)島及び欝陵(うつりょう/ウルルン)島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原(けんげん)及(およ)び請求権を放棄(ほうき)する。」
【★8】 憲法10条 「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」
【★9】 「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」(昭和27年4月19日,法務府・民事甲第438号民事局長通達) 「第一 朝鮮及び台湾関係」「(一) 朝鮮及び台湾は,条約の発効の日から日本国の領土から分離することとなるので,これに伴(ともな)い,朝鮮人及び台湾人は,内地(ないち)に在住している者を含(ふく)めてすべて日本の国籍を喪失(そうしつ)する。」
【★10】 最高裁判所大法廷昭和36年4月5日判決(民集15巻4号657頁)は,法律がなくても,平和条約によって「朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄した」からかまわない,としました。
 しかし,それまでの国際法上の慣例(かんれい)として,戦争が終わったときに,定住外国人が国籍を選ぶ自由がありました。そういったことを理由として,日本の対応や最高裁の考え方は間違っている,という,強い批判があります(大沼保昭「在日韓国・朝鮮人の国籍と人権」)。
【★11】 菊池嘉晃さんは,1946年9月のGHQ参謀第2部調査報告が,在日コリアンの人々が朝鮮半島への帰国を見合わせた理由を,(1)帰還を思いとどまらせる制限(GHQの定めた持帰金制限など),(2)帰還を思いとどまらせる朝鮮の状況,(3)在日コリアンが日本での生活に融合(ゆうごう)していること,と報告していることを指摘し,次のように述べています(菊池嘉晃「北朝鮮帰国事業」中公新書23頁)。
 「この時点で残留していた在日コリアンの多くは日本滞在歴が比較的長い人々であり,日本に生活基盤を置いていた人々が多かった。故郷での生活基盤が脆弱(ぜいじゃく)ないし皆無(かいむ)で,なおかつ朝鮮南部が混乱状態では,生活者として帰国をためらうのは当然だったのである。日本生まれの子どもを持つ家庭では,母国語に習熟していない子どもの問題もネックであった」
【★12】 「住基カード」は,正式には「住民基本台帳カード」と言います。市区町村で発行してもらうことができます。
【★13】 1993年(平成5年)11月4日国連自由権規約委員会の最終見解第9項 「当委員会は,在日韓国・朝鮮人,部落民及びアイヌ少数民族のような社会集団に対する差別的な取扱いが日本に存続していることについて懸念を表明するものである。永住的外国人であっても,証明書を常時携帯しなければならず,また刑罰の適用対象とされ,同様のことが,日本国籍を有する者には適用されないことは,規約に反するものである。」
【★14】 当時の出入国管理及び難民認定法76条 「次の各号のいずれかに該当する者は,10万円以下の罰金に処する。 一 第23条第1項の規定に違反して旅券又は許可証を携帯しなかった者(特別永住者を除く)。」
 「特別永住者」は,そのほとんどが在日コリアンの人々です。
 このときの法律改正で,在日コリアンの人たちが外国人登録証を持っていないことは,犯罪でなくなり,刑罰はなくなりましたが,「過料(かりょう)」という行政罰(ぎょうせいばつ)は残っていました。
 当時の出入国管理及び難民認定法77条の2 「特別永住者が第23条第1項の規定に違反して旅券又は許可書を携帯しなかったときは,10万円以下の過料に処する。」
【★15】 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法17条4項 「特別永住者については,入管法第23条第1項本文の規定(これに係(かか)る罰則を含む。)は,適用しない。」
【★16】 かつて,外国の国籍の人が日本で暮らすときには,役所で指紋を取られていました(指紋押捺(おうなつ)制度)。このことに対して大きな反対運動があり,平成4年にまず在留資格が永住・特別永住の人たち(主に在日コリアンの人たち)の指紋押捺制度が廃止されました。そして,平成12年に,すべての外国の人の指紋押捺が廃止になりました。身分証の携帯義務も,同じように変わっていくことが必要だと思います。
【★17】 特別永住者以外の人の身分証のタイトルは,それまでの「外国人登録証明書」から,「在留カード」に変わりました。
【★18】 「創氏改名(そうしかいめい)」と言います。
 1939年(昭和14年)11月7日政令「朝鮮民事令中を改正す(壻(むこ)養子制度創設及(および)之(これ)と関係する氏(うじ)に関する規定)」 「朝鮮民事令中左の通(とおり)改正す 第11条第1項中『但(ただ)し』の下に『氏,』を…加え同条に左の一項を加(くわ)う 氏は戸主(こしゅ)…之(これ)を定む」
 (改正後の朝鮮民事令第11条第1項 「朝鮮人の親族及(および)相続に関しては別段の規定あるものを除くの外(ほか)第1条の法律に依(よ)らず慣習に依(よ)る但(ただ)し氏(うじ),婚姻年齢,裁判上の離婚,…(略)…に関する規定はこの限(かぎり)に在(あ)らず」
 同制令附則 「(略)朝鮮人戸主…は本令施行後6月以内に新(あらた)に氏を定め之(これ)を府尹(ふいん)又は邑(ゆう)面(めん)長に届出づることを要す (略)」
 1939年(昭和14年)11月7日政令「朝鮮人の氏名に関する件」 1条 「御歴代御諱(いみな)又は御名は之を氏名又は名に用(もち)うることを得ず 自己の姓(せい)以外の姓は氏(うじ)として之(これ)を用(もち)うることを得(え)ず但(ただ)し一家創立の場合に於(おい)ては此(こ)の限(かぎり)に在(あ)らず」
 同2条 「氏名は之を変更する事を得ず但し正当の事由ある場合に於(おい)て朝鮮総督の定むる所に依(よ)り許可を受けたる時は此(こ)の限(かぎり)に在(あ)らず」
【★19】 住民基本台帳法7条 「住民票には,次に掲げる事項について記載…をする。 (略) 十四  前各号に掲げる事項のほか,政令で定める事項」
 住民基本台帳法施行令30条の25 「外国人住民に係る住民票の法第7条第14号 に規定する政令で定める事項は,第6条の2に定めるもののほか,次に掲げる事項とする。 一  次条第一項に規定する通称」
 同施行令30条の26第1項 「外国人住民は,住民票に通称(氏名以外の呼称であって,国内における社会生活上通用していることその他の事由により居住関係の公証のために住民票に記載することが必要であると認められるものをいう。…)の記載を求めようとするときは,その者が記録されている住民基本台帳を備える市町村の市町村長…に,通称として記載を求める呼称その他総務省令で定める事項を記載した申出書を提出するとともに,当該呼称が居住関係の公証のために住民票に記載されることが必要であることを証するに足りる資料を提示しなければならない。」
 同条2項 「住所地市町村長は,前項の規定による申出書の提出があった場合において,同項に規定する当該呼称を住民票に記載することが居住関係の公証のために必要であると認められるときは,これを当該外国人住民に係る住民票に通称として記載しなければならない。」
【★20】 住民基本台帳法30条の44 「住民基本台帳に記録されている者は,その者が記録されている住民基本台帳を備える市町村の市町村長…に対し,自己に係る住民基本台帳カード(その者に係る住民票に記載された氏名その他政令で定める事項…が記載され,かつ,当該住民票に記載された住民票コードが記録された半導体集積回路…が組み込まれたカードをいう。…)の交付を求めることができる。
 住民基本台帳法施行令30条の12 「法第30条の44第1項に規定する政令で定める事項は,住民基本台帳カードの交付を受けようとする者(次条及び第30条の15において「交付申請者」という。)がその者に係る住民票に記載された出生の年月日,男女の別及び住所が記載された住民基本台帳カードの交付を求める場合においては,住民票に記載された出生の年月日,男女の別及び住所とする。」
 同施行令30条の26第7項 「外国人住民に係る住民票に通称が記載されている場合における法及びこの政令の規定の適用については,次の表の上欄に掲げる規定中同表の中欄に掲げる字句は,それぞれ同表の下欄に掲げる字句に読み替えるものとする。 (略) (上欄)第30条の12 (中欄)次条及び第30条の15において「交付申請者」という。)がその者 (下欄)以下「交付申請者」という。)に係る住民票に記載された通称のほか,交付申請者がその者」
【★21】 今から40年ほど前,在日コリアンの人が,履歴書(りれきしょ)の「本籍」のところに日本での出生地,「氏名」のところに日本名を書いて会社に就職したところ,会社側がその人を解雇(かいこ)した,という事件で,横浜地方裁判所昭和49年6月19日判決(判例時報744号29頁。日立製作所事件)は,次のように述べて,解雇は無効だとしました。
 「戦後も現在に至るまで,在日朝鮮人は,就職に関して日本人と差別され,大企業にほとんど就職することができず,多くは零細(れいさい)企業や個人経営者の下に働き,その職種も肉体労働や店員が主で,一般に労働条件も劣悪(れつあく)の場所で働くことを余儀(よぎ)なくされている。また在日朝鮮人が朝鮮人であることを公示して大企業等に就職しようとしても受験の機会さえ与えられない場合もあり,そのため在日朝鮮人のなかには,本名を使わず日本名のみを使い,朝鮮人であることを秘匿(ひとく)して就職しているものも多い。右のような現状は,在日朝鮮人の間では,広く知れわたっている事実であり,いわば常識化していることである。そして,又,我国の一流と目(もく)される大企業の間においても,特殊(とくしゅ)の例外を除き,在日朝鮮人であるというだけの理由で,これが採用を拒(こば)み続けているという事実も,公式に或(あるい)は積極的な表現こそ避(さ)けてはいるものの,当然のこととし常識化しているところである。原告は,右の多くの在日朝鮮人と同じように,生れたときから,日本名『△△』を命名され,以後日本の小,中,高等学校でも終始,右日本名のみを使い,同僚(どうりょう)や教師からも同様に呼ばれており(卒業証書等における氏名も同様である。),本名の『○○』は自ら使用した生活場面もなく,ただ外国人登録証明書や運転免許証などのわずかの公文書のうえで見かけたに過ぎない縁遠い名前となっていた。また,原告は,親兄弟や周囲の同胞(どうほう)の体験を知って行く中で,前記の在日朝鮮人に対する就職差別の現実を知り,被告のような大企業に就職しようとする際,履歴書の本籍欄に『本籍なし』とか『慶尚北道(けいしょうほくどう/キョンサンプクト)……』」(外国人登録証明書中の国籍の属する国における住所,又は居所)と記載することは,とりもなおさず原告が在日朝鮮人であることを公示することとなり,そうなれば就職はおろか受験の機会すら奪われる心配があると思うようになった。そのため,原告は,履歴書,身上書および身上調書の氏名欄に通名となっている『△△』を記載し,履歴書の本籍欄には自己の出生地(両親の現住所と同じ)を記載して,被告に提出した。なお,原告は,学校の成績も良く,簿記一級,珠算三級の資格を有していたので,採用された後被告に朝鮮人であることが判明されたとしても,真面目に働いてさえいれば,解雇されることはないものと予測していた。」…(略)…
 「原告が履歴書等に本名,本籍について真実の記載をせず,採用試験受験に当って真実を申告しなかった点について検討すると,前記…のとおり,在日朝鮮人である原告にとって日本名『△△』は,出生以来ごく日常的に用いて来た通用名であり,これを『偽名』とすることはできないばかりでなく,原告が氏名に本名『○○』を使用し,本籍につき真実を申告することはとりもなおさず原告が在日朝鮮人であることを公示することになるのであるから,原告が被告会社に就職したい一心から,自己が在日朝鮮人であることを秘匿して,日本人らしく見せるために氏名に通用名を記載し,本籍に出生地を記載して申告したとしても,前記のように,原告を含む在日朝鮮人が置かれていた状況の歴史的社会的背景,特に,我が国の大企業が特殊の例外を除き,在日朝鮮人を朝鮮人であるというだけの理由で,これが採用を拒みつづけているという現実や,原告の生活環境等から考慮すると,原告が右詐称(さしょう)等に至(いた)った動機には極めて同情すべき点が多い。一般に,私企業者には契約締結(ていけつ)の自由があるから,立法,行政による措置や民法90条の解釈による制約がない限り労働者の国籍によってその採用を拒否することも,必ずしも違法とはいえないのである。しかし,被告は表面上,又本件訴訟における主張としても,原告が在日朝鮮人であることを採用拒否の理由としていない…ほどであるから,原告が前記のように『氏名』,『本籍』を詐称したとしても(その結果,被告会社は原告が在日朝鮮人であることを知ることができなかったとしても),これをもって被告会社の企業内に留めておくことができないほどの不信義性があり,とすることはできないものといわなければならない。」
【★22】 最近では,在日コリアンの人が職場で日本名の通称を使うよう求められたことについて訴えた裁判があり,大阪高等裁判所平成25年11月26日判決(訟務月報60巻6号1239頁)は,本人が韓国/朝鮮の名前を使うようはっきりと求めている場合には,そのように正確に韓国/朝鮮の名前で呼ばれることは,保護を受けられる人格的な利益がある,としました。
 「氏名の呼称(こしょう)については,最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁の事案において,『氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものというべきであり,人は,その氏名を正確に表示し,他人から正確に呼称されることについて,不法行為上の保護を受けうる人格的な利益を有する』ものであるとされている。この事案における『氏名の正確な呼称』とは,在日韓国人の本名について,『日本語音読み』ではなく『民族語音読み』による呼称のことをいうものであって,本名の呼称と通名の呼称が問題となる本件とは事案を異(こと)にするものである。しかし,本件のように個人を他人から識別し特定する機能を有するという意味では『本名』と『通名』があるものの,当該本人において,『本名』が『アイデンティティを守るための個人の人格の象徴である。』と認識する場合には,『本名による呼称』を尊重すべきである。以上によれば,控訴人(こうそにん)が『本名による呼称』を明示的に求める場合には,『本名の正確な呼称』について,不法行為上の保護を受けうる人格的な利益を有するものと解される。」
 「しかし他方,控訴人にとっては,通名により呼称されることが自己の朝鮮民族としての人間的な誇りを根幹(こんかん)から奪い去り人間性を破壊しアイデンティティを否定する著(いちじる)しい人格侵害行為であると認識されるようなものであるとしても,本件当時の外国人登録証には控訴人の本名とともに通名が併記(へいき)されていたように,在日韓国人に関する通名による呼称は,社会的には当該個人を他人から識別し特定する氏名としての機能を有し,我が国の社会一般の認識として是認されてきたものである。そうすると,通名の呼称や通名の使用に関連する全(すべ)ての行為が当然に不法行為となるものではなく,在日韓国人が『本名による正確な呼称』を明示的に求めている場合に,そのことを認識しながら,在日韓国人に対して,害意をもって,ことさらに通名の呼称をするなどの特段の事情がない限り,通名による呼称や通名の使用を求める行為は違法性のないものとして容認されるべきである。」
【★23】 「『在日特権』の虚構(きょこう)」(野間易通著,河出書房新社)という本で,いわゆる「在日特権」がデマであることが,詳しく書かれています。
【★24】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重(そんちょう)される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉(ふくし)に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」
 憲法14条1項 「すべて国民は,法の下(もと)に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地(もんち)により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」
 憲法では「国民は」という言葉が使われていて,外国の人にはあてはまらないようにも読めますが,芦部信喜教授は,「人権が前国家的・前憲法的な性格を有するものであり,また,憲法が国際主義の立場から条約および確立された国際法規の遵守(じゅんしゅ)を定め(98条),かつ,国際人権規約等にみられるように人権の国際化の傾向が顕著(けんちょ)に見られるようになったことを考慮するならば,外国人にも,権利の性質上適用可能な人権規定は,すべて及ぶと考えるのが妥当(だとう)である。通説及び判例も,そう解(かい)する。」と述べています(「憲法 第4版」90頁)。
 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)2条2項 「この規約の締約国は,この規約に規定する権利が人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若(も)しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」
 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)2条1項 「この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄(かんかつ)の下にあるすべての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」
 同規約26条 「すべての者は,法律の前に平等であり,いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため,法律は,あらゆる差別を禁止し及び人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若(も)しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障(ほしょう)する。」
【★25】 あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)2条1項 「締約国(ていやくこく)は,人種差別を非難(ひなん)し,また,あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進(そくしん)する政策をすべての適当な方法により遅滞(ちたい)なくとることを約束する。このため, (略) (d)各締約国は,すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む。)により,いかなる個人,集団又は団体による人種差別も禁止し,終了させる。」
 同条約4条 「締約国は,・・・このような差別のあらゆる扇動(せんどう)又は行為(こうい)を根絶(こんぜつ)することを目的とする迅速(じんそく)かつ積極的な措置(そち)をとることを約束する。このため,締約国は,世界人権宣言に具現(ぐげん)された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って,特に次のことを行う。
(a)人種的優越(ゆうえつ)又は憎悪(ぞうお)に基(もと)づく思想のあらゆる流布(るふ),人種差別の扇動,いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異(こと)にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も,法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし,このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長(じょちょう)し又は扇動することを認めないこと。」
 日本は,この4条のうち,(a)と(b)について,「日本国憲法の下における集会,結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において,これらの規定に基づく義務を履行(りこう)する」という留保(りゅうほ)を付けています。
【★26】 京都の朝鮮学校が,在日特権をなくすことを目的とする団体などに対して,学校近辺などでされた示威(じい)活動や,その映像をインターネットで公開したことについて,損害賠償(そんがいばいしょう)などを求めた事件で,京都地方裁判所は,次のように述べて,高額の慰謝料(いしゃりょう)を団体側が学校に払うよう,判決を言い渡しました(京都地方裁判所平成25年10月7日判決・判例時報2208号74頁。東京高等裁判所平成26年7月8日判決も地裁判決を維持(いじ))。
 「日本政府は,昭和63年,人種差別撤廃条約に基づき設立された国連の人種差別撤廃委員会において,日本の刑事法廷が『人種的動機(racial motivation)』を考慮しないのかとの質問に対し,『レイシズムの事件においては,裁判官がしばしばその悪意の観点から参照し,それが量刑の重さに反映される』と答弁したこと,これを受けて人種差別撤廃委員会は,日本政府に対し『憎悪的及びレイシズム的表明に対処する追加的な措置,とりわけ…関連する憲法,民法,刑法の規定を効果的に実施することを確保すること』を求めた事実が認められる。すなわち,刑事事件の量刑の場面では,犯罪の動機が人種差別にあったことは量刑を加重(かじゅう)させる要因となるのであって,人種差別撤廃条約が法の解釈適用に直接的に影響することは当然のこととして承認されている。同様に,名誉毀損(めいよきそん)等の不法行為が同時に人種差別にも該当(がいとう)する場合,あるいは不法行為が人種差別を動機としている場合も,人種差別撤廃条約が民事法の解釈適用に直接的に影響し,無形損害の認定を加重させる要因となることを否定(ひてい)することはできない。また,前記のとおり,原告に対する業務妨害や名誉毀損が人種差別として行われた本件の場合,わが国の裁判所に対し,人種差別撤廃条約2条1項及び6条から,同条約の定めに適合する法の解釈適用が義務付けられる結果,裁判所が行う無形損害の金銭評価についても高額なものとならざるを得ない。」

2014年10月 1日 (水)

殴り返すのは正当防衛?

 


 自分が殴(なぐ)られたら,そいつを殴り返しても,正当防衛(せいとうぼうえい)で,罪にはならないんですよね?

 


 ちがいます。


 あなたが殴り返したら,犯罪です。


 「自分の身を守るために,しかたなくやったことなら,許される」。

 「正当防衛」という言葉は,ふだん,そんな意味で使われていますね。


 その「正当防衛」は,刑法では,かなり限(かぎ)られた場面でしか,成り立ちません【★1】


 今,相手のこぶしが,まさに自分の顔や体に,おそいかかろうとしてきている。

 そういう時でなければ,「正当防衛」は認められません【★2】

 だから,

 相手があなたを殴り終わってしまったのなら,

 その直後であっても,あなたが殴り返してはいけないのです。


 そこであなたが殴り返してしまうと,あなたも罪に問われます。

 あなたが相手に殴りかかれば,相手にこぶしが当たっても当たらなくても,暴行罪(ぼうこうざい)ですし【★3】

 その結果,相手がけがをすれば,傷害罪(しょうがいざい)です【★4】


 法律は,こう考えています。

 「相手から殴りかかられている,まさにその時は,

 それを防(ふせ)ぐために,あなたが反撃(はんげき)しても,しかたがない。

 でも,相手があなたを殴り終わってしまったら,

 あなたが,どんなに腹が立って,やり返したいと思っても,

 ぐっとがまんをすること。

 そして,その腹立たしさは,

 警察にきちんと対応してもらったり,

 弁護士や裁判所の力を使って,損害賠償(そんがいばいしょう)を払わせたりして,

 法律できちんと解決すること。」

 それが,法律のだいじなルールなのです。


 もし,相手が,まさに今,殴りかかってきていて,

 それにあなたが反撃するのが「正当防衛」として認められそうなときでも,

 バランスが取れている反撃でなければいけません【★5】

 たとえば,相手が素手(すで)で殴りかかってきているのに,

 あなたがナイフで刺し返して,相手が大けがをしたり,亡くなったりすれば,

 犯罪になります【★6】


 また,相手から,まさに今,殴りかかられているとしても,

 もともとは,あなた自身が相手を挑発(ちょうはつ)していて,

 わざと殴りかかられる原因を作っていたとしたら,

 あなたが反撃しても,

 それは「正当防衛」ではなく,やはり,犯罪になります【★7】



 この「正当防衛」の質問は,


 少しやんちゃな子どもたちと雑談をしているときに聞かれることが,けっこう多いです。

 「殴る力で,相手をやっつけられれば,

 自分の強さがわかって,かっこいい。」

 心の中でそんなふうに思いながら,私に質問してくれるのだろうと思います。


 でも,法律は,

 どんな人であっても,一人ひとりが大切な存在として扱(あつか)われ,尊重されること,

 毎日の暮らしを安心して過ごし,幸せな人生を送れること,

 そのことをだいじにしています。


 もし,トラブルが起きたときに,殴る力で解決する世の中だったとしたら,

 殴る力の強いほうが,いつも勝ってしまいます。

 強い人のほうがまちがっていても,そうなってしまいます。

 だれもが,「いつ殴り合いになるかわからない」という不安な毎日を過ごさなければいけませんし,

 力が弱い人は,いつも負けるのですから,幸せな人生を送ることもできません。


 だから,


 そんなふうに力で解決する世の中ではなく,

 みんなで決めた「法律」というルールで解決する社会であること。

 もし,「殴る」という間違ったことをした人がいたら,

 殴り返して「しかえし」をするのではなく,

 「法律」でその人に責任を取らせる社会であること。


 それが,とてもだいじなのです。


 もし,万一,あなたが,自分よりも弱い人に向かって力を使っているのなら,

 それは,強くないどころか,とてもひきょうなことです。

 今,思春期のあなたは,

 大人たちや,社会のしくみの,まちがったところや,おかしなところに,気がつき始めていると思います。

 そういう,あなたよりも,もっと強くて大きなものに向かって,たたかっていくこと。

 それも,殴ったりする暴力という「力」ではなく,

 法律のルールに則(のっと)ってたたかっていくための「力」や,

 あるいは,法律そのものがまちがっている時には,みんなで話し合って法律を良い方向に変えていくための「力」,

 そういう「力」を,あなたが発揮(はっき)していくのなら,

 あなたは,本当の意味での「強さ」がある,「かっこいい」人だと思います。

 そして,そういう「力」を発揮することこそが,

 あなたやこの社会を,「正当」に「防衛」する,とてもだいじなことだ,と,

 私は心から思います。

 

【★1】 刑法36条1項 「急迫不正(きゅうはくふせい)の侵害(しんがい)に対して,自己(じこ)又(また)は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為(こうい)は,罰しない。」
【★2】 急迫性(きゅうはくせい)の要件といいます。
 最高裁判所第三小法廷昭和46年11月16日判決・刑集25巻8号996頁 「刑法36条にいう『急迫』とは,法益(ほうえき)の侵害が現に存在しているか,または間近に押し迫(せま)っていることを意味(する)」
 「より具体的には,過去の侵害と将来の侵害を正当防衛の領域(りょういき)から排除(はいじょ)する点に,急迫性の実践的な意義がある。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」226頁)
【★3】 刑法208条 「暴行を加(くわ)えた者が人を傷害するに至(いた)らなかったときは,2年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは30万円以下の罰金又は拘留(こうりゅう)若しくは科料(かりょう)に処(しょ)する。」
【★4】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
【★5】 バランスが取れていない,やりすぎの反撃のことを,「過剰防衛(かじょうぼうえい)」と言います。
 刑法36条2項 「防衛の程度(ていど)を超(こ)えた行為は,情状により,その刑を軽減し,又は免除(めんじょ)することができる」
【★6】 ただし,「素手対ナイフならば必ず罰せられる」というような簡単な話ではなく,その事件をトータルで見て,判断されます。
 「素手や棒などの攻撃に対し兇器(きょうき)を用(もち)いて防衛する場合には,防衛の程度を超えたとされることが多いが,攻撃者・防衛者の年齢・体力などを勘案(かんあん)して具体的に判定されなければならない。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」250頁)
【★7】 東京高裁平成8年2月7日判決・判例時報1568号145頁 「正当防衛の成否(せいひ)についてみると,Sが…被告人(ひこくにん)の左右顔面を平手でたたいて反撃したのは,若干(じゃっかん)行き過ぎであるが,これに対し,被告人が…ポロシャツをつかんで引っ張るなどした行為(こうい)についても,暴行罪が成立するものといわざるを得ない。前記認定の事実経過によれば、被告人がSに対し違法な暴行を開始して継続中,これから逃(のが)れるためSが防衛の程度をわずかに超えて素手で反撃したが,被告人が違法な暴行を中止しさえすればSによる反撃が直(ただ)ちに止(や)むという関係のあったことが明らかである。このような場合には,更(さら)に反撃に出なくても被告人が暴行を中止しさえすればSによる反撃は直ちに止むのであるから,被告人がSに新たな暴行を加える行為は,防衛のためやむを得ずにした行為とは認められないばかりでなく,Sによる反撃は,自(みずか)ら違法に招いたもので通常予想される範囲内にとどまるから,急迫性にも欠けると解するのが相当である。したがって,被告人が…暴行に及んだ行為は,正当防衛に当たらず,また過剰防衛にも当たらないというべきである。」

2014年9月 1日 (月)

アダルトサイトの年齢確認

 

 エロサイト(アダルトサイト)で「18歳以上ですか」って確認の画面が出てくるけど,「はい」ってウソをついて中を見たら,法律的に何か問題になったりするんですか?


 法律の面では,あなた自身に,特に問題が起きるわけではありません。

 でも,そのサイトを見るのは,性について,いろんなことをきちんと学んで知ってからにしてほしいと思います。


 「アダルト」とか「エロ」とか「ポルノ」など,いろんな言い方がありますが,

 そのような雑誌やビデオ,DVDやインターネットサイトのことを,

 この記事では,まとめて「アダルトもの」と言うことにしましょう。



 10代は,体と心が,大人の仲間入りをします。

 そして,性的なことに,関心を持つようになります。

 性的なことに関心を持つのは,悪いことなどでは,まったくありません。

 むしろ,人として,とてもだいじなことです。


 人としてだいじなことだからこそ,

 自分の体と心の,つきあいかた,コントロールのしかたを学び始める10代のときに,

 性についてのおかしな思い込みが身についてしまったら,

 その後の長い人生で,自分自身がこまってしまうし,

 相手を傷つけることにもなってしまいます。


 日本を含む世界の国々が,「子どもの権利条約」で,

 「子どもを害のある情報から守ろう」,と確認しています【★1】【★2】


 日本では,18歳になっていない子どもに「アダルトもの」を見せないようにしよう,という決まりになっています。

 これは,法律という,国会でつくる国のルールではありません。

 条例という,地方議会でつくる,都道府県や市区町村のルールです【★3】【★4】


 最高裁判所は,こう言っています【★5】

 「ものごとの判断がまだしっかりできない子どものうちは,その子どもに悪い影響をあたえるし,

 性的におかしなことや,残虐(ざんぎゃく)なことを,『してもいい』というような,まちがった雰囲気(ふんいき)を社会に広めてしまうから,

 子どもを社会がきちんと育てていくうえで,害がある。

 みんな,そう考えている。

 だから,『アダルトもの』を条例で取り締まっても,かまわない。」



 ところが,

 「アダルトもの」が子どもにどんな影響があるのか,

 きちんとした科学的なデータは,じつは,ありません【★6】

 そのことについて,

 「子どもを守るためならば,科学的にそんなにはっきりしていなくても,取り締まっていいじゃないか」,という考え方と【★7】

 「子どもを守るなどと適当(てきとう)に言い訳しながら,戦争中のときと同じように,いろんなことが取り締まられていくのは問題だ」,という考え方があって【★8】

 学者の意見の中でも,裁判の中でも,いろんな争いがあります。


 そして,つい最近まで,「アダルトもの」の雑誌の無人自動販売機がたくさんあって,

 「テレビカメラで監視しているから,条例に違反していない」,

 「いや,テレビカメラで監視していても,自動販売機なら,子どもが『アダルトもの』を買いやすいからダメだ」,

 などと,大人たちが議論しているうちに【★9】

 インターネットがどんどん進化して,

 年齢確認のクリックさえしてしまえば,子どもたちがかんたんに「アダルトもの」を見られるような社会になってしまいました。


 子どものあなたが,「アダルトもの」のサイトの「18歳以上ですか」に,

 ウソをついて「はい」とクリックして中を見ても,

 犯罪になったりするわけではありません。

 条例で決められているのは,

 「わたしたち大人が,子どもに『アダルトもの』を見せないようにしよう」ということです。

 「アダルトもの」を作って売る業者には,厳しいチェックがありますし【★10】

 親は,子どもが「アダルトもの」のサイトを見られないように,ケータイやスマホにフィルタリングをするように努力しないといけません【★11】

 条例は,そういう大人のがわの義務を決めているものです。


 でも,

 「『アダルトもの』を見ても,子どもが犯罪でつかまるわけではない」とか,


 「子どもへの悪い影響をしらべた,はっきりとした科学的データがない」とはいっても,

 私は,あなたがそのサイトを見るのは,性について,いろんなことをきちんと学んで知ってからにしてほしい,と思います。


 性と聞くと,セックスのことをイメージする人が多いと思います。

 でも,それは,性のうちの一部にすぎません。

 自分の心と体を大切にし,そして,相手の心と体を大切にすること。

 それが,本当の意味での性です。

 そして,性は,自分と相手の命そのもの,さらに,新しく生まれてくる命そのものとも,深く結びついています。

 性は,人が人として生きていくうえで,とてもだいじなことなのです。

 そして,セックスは,人間として大切なコミュニケーションのひとつです。


 「アダルトもの」は,性のうちの,セックスという一部分だけを切り取ったものです。

 見るがわの性的な興味関心を満足させることで,

 作るがわがお金をかせぐことができるように,

 刺激的な内容になっています。


 自分や相手を,人として大切に扱っていないもの。


 物や,人形や,奴隷(どれい)のように扱うもの。

 セックスが人間として大切なコミュニケーションだとは,感じられないもの。

 そのような「アダルトもの」が,多くあふれています。


 あなたがそれらに接したときに,


 「現実ではなくて,フィクションだ」と,心の距離を持つことができるように,

 自分の体と心を大切にすることと,相手の体と心を大切にすることが,どういうことなのかを,

 今,この10代のときに,学び,知ってほしいのです。


 大人たちは,「アダルトもの」を子どもたちから遠ざけるだけで,

 性について,家の中でも,学校の中でも,きちんと教えていません。

 体のしくみについての,保健体育の特別な授業が,ほんの少しあるだけです【★12】

 「性は,生活・人生の中で,とてもだいじなことなんだ」,ということや,

 「性は,自分の体と心を大切にすることと,相手の体と心を大切にすることなんだ」,というメッセージを,

 大人たちが子どもたちに,きちんと伝えていません。


 私は,性・セックスに関する大人たちの法律トラブルを,たくさん扱っています。

 そのようなトラブルに接しているなかで,

 「今の大人たちは,子どものころに,性についてのきちんとしたメッセージを,

 さらにその上の大人たちから,受けてきていなかった」,と,

 いつも感じています


 子どものころに「アダルトもの」から遠ざかっていたかどうかよりも,もっとだいじな問題だと思います。


 あなたが,アダルトサイトの「18歳以上ですか」にクリックをする前に,

 あなたの親や,学校の先生に,こう聞いてみてください。

 「自分自身が子どものときに,性について,どうやって学んだり知ったりしたんですか。」

 「大人になった今から振り返ってみて,性について,子どものときに上の大人からきちんと教えておいてもらいたかったことは,何ですか。」


 もし,その人が,自分と相手を大切にすることができている大人であれば,


 あなたのだいじな質問に,正面から真剣にこたえてくれるはずです。


 もし,親や学校の先生が,あなたの質問にまじめにこたえてくれないようなら,


 近くの図書館や,学校の保健室の本棚にある,

 性について子どもたち向けに一生懸命書かれている本を,

 ぜひ,手にとって読んでほしいと思います。



 そういったことは,

 アダルトサイトの画面をクリックするように一瞬でかんたんにできることではないので,

 めんどうだな,と思うかもしれません。


 でも,そのぶん,

 とてもだいじなこと,

 あなたが生きていく上で強い芯となるものを,

 身につけることができるはずだと思います。

 

【★1】 児童に関する条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有(ゆう)する。この権利には…あらゆる種類の情報及(およ)び考えを…受け…る自由を含(ふく)む。」
 同条2項 「1の権利の行使(こうし)については,一定の制限を課(か)することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限(かぎ)る。 …(b)国の安全,公(おおやけ)の秩序(ちつじょ)又は公衆の健康若(も)しくは道徳の保護」
 同条約17条 「締約国(ていやくこく)は,大衆媒体(たいしゅうばいたい)(マス・メディア)の果(は)たす重要な機能を認め,児童が国の内外の多様な情報源からの情報及び資料,特に児童の社会面,精神面及び道徳面の福祉並(なら)びに心身の健康の促進(そくしん)を目的とした情報及び資料を利用することができることを確保する。このため,締約国は, …(e)第13条及び次条の規定に留意(りゅうい)して,児童の福祉に有害な情報及び資料から児童を保護するための適当な指針(ししん)を発展させることを奨励(しょうれい)する。」
【★2】 子どもを保護する法律に詳しい安部哲夫教授は,この条約に触れて,「わが国もこの条約を批准(ひじゅん)したのであるから,子どもの権利の擁護(ようご)のためにも,有害環境の調整を進める責務(せきむ)が大人の側にあることを肝(きも)に銘(めい)じなければならない。要するに,子どもの『幸福追求権』(憲法13条)の内容である『成長発達権』をいかに尊重し,大人社会に対して有害環境の調整を求める権利である『有害環境調整権』をいかに認めてゆくかということである」と言っています(「新版青少年保護法」183頁)。
【★3】 長野県以外のすべての都道府県と,長野県内のいくつかの市町村で,条例が作られています。たとえば,東京都では,「東京都青少年の健全な育成に関する条例」という条例で,「アダルトもの」を制限しています。制限のやり方は,都道府県によって少しずつ違っています(昭和60年当時の各都道府県の条例を,「自主規制専一型」「半自主規制型」「強権的規制型」「見たくない自由保障型」の4つに分類したものとして,芹沢斉「青少年条例の思想」,「憲法訴訟と人権の理論 芦部信喜先生還暦記念」498頁)。
【★4】 どうして,法律ではなく,条例なのでしょうか。じつは,今から60年前,子どもを守るために「アダルトもの」を取り締まる法律を作ろうとした時期もありました。でも,その少し前まで戦争中だった日本では,国が,市民の表現をがんじがらめに取り締まっていました。そのときの反省から,「国が表現を取り締まるのは,できるかぎり避(さ)けよう。子どもを守るのは,作り手(出版業界)や市民一人ひとりが,自分たちでやっていこう。そうすれば法律を作ることまでは必要ない。」ということになりました。でも,そのころから,「法律では難しくても,せめて自分たちの地域では,条例で,『アダルトもの』を取り締まる」と考える都道府県がいくつか出てきて,そして,その動きが,やがてほぼ全国に広がっていったのです(長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか 『有害』をめぐる半世紀の攻防」106頁)。
【★5】 最高裁判所第三小法廷平成元年9月19日刑集43巻8号785頁・岐阜県青少年保護育成条例違反被告事件 「本条例の定めるような有害図書が一般に思慮分別(しりょふんべつ)の未熟(みじゅく)な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし,性的な逸脱行為(いつだつこうい)や残虐(ざんぎゃく)な行為を容認(ようにん)する風潮(ふうちょう)の助長(じょちょう)につながるものであって,青少年の健全な育成に有害であることは,既(すで)に社会共通の認識になっているといってよい」
【★6】 岐阜県青少年保護育成条例違反被告事件伊藤正己裁判官補足意見 「青少年保護のための有害図書の規制について,それを支持するための立法事実として,それが青少年非行を誘発(ゆうはつ)するおそれがあるとか青少年の精神的成熟を害するおそれのあることがあげられるが,そのような事実について科学的証明がされていないといわれることが多い。たしかに青少年が有害図書に接することから,非行を生ずる明白かつ現在の危険があるといえないことはもとより,科学的にその関係が論証されているとはいえないかもしれない。」
【★7】 岐阜県青少年保護育成条例違反被告事件伊藤正己裁判官補足意見 「しかし,青少年保護のための有害図書の規制が合憲であるためには,青少年非行などの害悪を生(しょう)ずる相当の蓋然性(がいぜんせい)のあることをもって足(た)りると解(かい)してよいと思われる。…有害図書が青少年の非行を誘発したり,その他の害悪を生ずることの厳密な科学的証明を欠くからといって,その制約が直(ただ)ちに知る自由への制限として違憲なものとなるとすることは相当でない。」
【★8】 芦部信喜教授は,「私は…少なくとも書籍雑誌の指定,販売禁止に関する条項は,むしろこれを削除(さくじょ)するのが望ましいのではないかと考える。読書と少年非行の因果関係(いんがかんけい)が顕著(けんちょ)に実証(じっしょう)されればともかく,それが不明確だとすれば,『たとえもし,読物がある一人の人間の衝動(しょうどう)をかりたてることが真実だとしても,このことの可能性から,すべての人に一様(いちよう)に作用するような抑圧政策(よくあつせいさく)を正当化すること』はできないはずである。…青少年条例には,なお論ずべき点が少なくないが,立法事実,基準の明確性,検閲(けんえつ)の3つの問題点は,おそらくこの種の条例が提起(ていき)するもっともクルーシャルな憲法問題であろう。これらの検討を通じ私は,…『条文そのものは違憲ではない』としても,『審議会に良書と悪書の選定をまかせることは,青少年に対するプラスの面はあるだろうが,それにも増して言論統制への道につながる危険性をもつというマイナスの面がある』と考えている」と言っています(「現代人権論」237頁)。ただし,これは昭和39年当時の意見で,芦部教授は,その後,昭和49年に,「このような評価の現時点における当否(とうひ)については,…再考(さいこう)を要する」とも言っています(同239頁)。
【★9】 最高裁判所第二小法廷平成21年3月9日判決刑集63巻3号27頁,福島県青少年健全育成条例違反被告事件 「自動販売機によってこのような有害図書類を販売することは,売手と対面しないため心理的に購入が容易であること,昼夜を問わず販売が行われて購入が可能となる上,どこにでも容易に設置でき,本件のように周囲の人目に付かない場所に設置されることによって,一層心理的規制が働きにくくなると認められることなどの点において,書店等における対面販売よりもその弊害(へいがい)が大きいといわざるを得(え)ない。本件のような監視機能を備(そな)えた販売機であっても,その監視及び販売の態勢(たいせい)等からすれば,監視のための機器の操作者において外部の目にさらされていないために18歳未満の者に販売しないという動機付けが働きにくいといった問題があるなど,青少年に有害図書類が販売されないことが担保(たんぽ)されているとはいえない。以上の点からすれば,本件機器を含めて自動販売機に有害図書類を収納することを禁止する必要性が高いということができる。」
 同じ年に,同じような最高裁判決がもう一つ出ています(最高裁判所第二小法廷平成21年12月11日判決最高裁判所裁判集刑事299号1043頁,神奈川県青少年保護育成条例違反,群馬県青少年保護育成条例違反被告事件)。
【★10】 たとえば,東京都の条例では,次のような規定があります。
 東京都青少年の健全な育成に関する条例7条 「図書類の発行,販売又は貸付けを業(ぎょう)とする者並びに映画等を主催する者及び興行場…を経営する者は,図書類又は映画等の内容が,次の各号のいずれかに該当(がいとう)すると認めるときは,相互(そうご)に協力し,緊密(きんみつ)な連絡の下に,当該図書類又は映画等を青少年に販売し,頒布(はんぷ)し,若(も)しくは貸し付け,又は観覧させないように努めなければならない。
一 青少年に対し,性的感情を刺激し,残虐性(ざんぎゃくせい)を助長(じょちょう)し,又は自殺若しくは犯罪を誘発し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
二 漫画,アニメーションその他の画像(実写を除く。)で,刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を,不当に賛美(さんび)し又は誇張(こちょう)するように,描写(びょうしゃ)し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨(さまた)げ,青少年の健全な成長を阻害(そがい)するおそれがあるもの」
 同条例8条1項 「知事は,次に掲(かか)げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。
一 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供(きょう)されている図書類又は映画等で,その内容が,青少年に対し,著しく性的感情を刺激し,甚(はなは)だしく残虐性を助長し,又は著(いちじる)しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの
二 販売され,若しくは頒布され,又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で,その内容が,第7条第二号に該当するもののうち,強姦(ごうかん)等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を,著しく不当に賛美し又は誇張するように,描写し又は表現することにより,青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして,東京都規則で定める基準に該当し,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの (略)」
 同条例9条1項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及びその代理人,使用人その他の従業者並びに営業に関して図書類を頒布する者及びその代理人,使用人その他の従業者(以下「図書類販売業者等」という。)は,前条第1項第一号又は第二号の規定により知事が指定した図書類(以下「指定図書類」という。)を青少年に販売し,頒布し,又は貸し付けてはならない。」
 同条2項 「図書類の販売又は貸付けを業とする者及び営業に関して図書類を頒布する者は,指定図書類を陳列するとき…は,青少年が閲覧できないように東京都規則で定める方法により包装(ほうそう)しなければならない。」
 同条3項 「図書類販売業者等は,指定図書類を陳列(ちんれつ)するときは,東京都規則で定めるところにより当該指定図書類を他の図書類と明確に区分し,営業の場所の容易に監視することのできる場所に置かなければならない。」
 同条4項 「何人(なんぴと)も,青少年に指定図書類を閲覧(えつらん)させ,又は観覧させないように努めなければならない。」
【★11】 東京都青少年の健全な育成に関する条例18条の8第1項 「保護者は,青少年有害情報フィルタリングソフトウェア又は青少年有害情報フィルタリングサービスの利用により,青少年がインターネットを適正に利用できるように努めるとともに,青少年がインターネットを利用して違法な行為をし,又は自己若しくは他人に対し有害な行為をすることを防ぐため,青少年のインターネットの利用状況を適切に把握(はあく)し,青少年のインターネットの利用を的確に管理するように努めなければならない。」
【★12】 東京都日野市の東京都立七生養護学校(現:東京都立七生特別支援学校)では,長年にわたって,保護者と学校とで,児童・生徒たちに,「こころとからだの学習」という教育に取り組み,高く評価されていました。しかし,平成15年7月,東京都議会の議員たちと,東京都教育委員会が,学校に来て,養護の先生たちに,その教育の内容が不適切なものときめつけたうえで,高圧的な態度で一方的に批判・避難し,養護の先生たちを侮辱(ぶじょく)しました。そして,教育委員会も,議員たちの侮辱から養護の先生たちを守らず,むしろ,その教育をしていた先生たちに,厳重注意処分を出しました。裁判所は,議員たちの侮辱が教育に対する「不当な支配」にあたるとし,議員たち・教育委員会がしたことについて,違法だと判決を言い渡しました(東京地裁平成21年3月12日判決,東京高裁平成23年9月16日判決,最高裁判所第一小法廷平成25年11月28日決定。「こころとからだの学習」裁判を支援する全国連絡会http://kokokara.org/)。しかし,裁判所がこのように判断しても,全国の学校の現場では,性についての教育に,取り組みにくいままになっています。

2014年8月 1日 (金)

後見人の弁護士がつくってどういうこと?

 

 中学1年生です。お父さんとおばあちゃんの3人で暮らしてたんですが,この前,お父さんが事故で亡くなりました。今,おばあちゃんと2人で生活してます。最近,裁判所の人との面接があって,「おばあちゃんと,弁護士の人が,あなたの後見人(こうけんにん)になります」って言われたんですが,説明がよくわかりませんでした。弁護士の後見人がつくって,どういうことですか。

 


 「後見人」というのは,文字どおり,あなたを後ろから見守ってくれる,親代わりの人のことです。


 親が亡くなってしまった。

 親が行方不明になってしまった。

 裁判所が「親としてふさわしくない」と判断した
【★1】


 そんないろんな事情で,子どもに親がいなくなってしまうと,

 子どもの生活を見たり,子どもの財産をきちんと見る人が,いなくなってしまいます。



 だから,そういう時に,家庭裁判所が,親代わりの人を選びます。

 それが,「未成年後見人」です
【★2~4】



 「後見」という言葉は,明治時代に今の民法という法律ができるよりもずっと前から,日本にありました。

 室町時代に観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)が始めた,「能」という伝統的な舞いがあります。

 その舞台の奥のほうで,役者が舞うのをしっかりと見守っている人が,「後見」です。

 舞いで役者の服がみだれてきたら,後見の人が,さっと服を整えてくれます。

 もし役者が舞えなくなったときには,後見の人が前に出てきて,本人の代わりに舞います
【★5】


 法律の「後見」も,それと似たような役割をします。

 子ども本人がきちんと生活できているかどうかを,未成年後見人が見守り,サポートします。

 子ども本人では難しい法律的な手続があれば,未成年後見人が,本人に代わってします。




 法律上,20歳で成人したら,自分のことを全部自分でしなければならなくなります
【★6】

 その成人するまでの間,親がいない子どもに,未成年後見人が付いてサポートをすることは,とてもだいじなことです。



 誰が,子どもの未成年後見人になるか。

 それは,家庭裁判所が,いろんなことを考えて,決めています
【★7】


 そして,家庭裁判所は,「未成年後見人がきちんと子どもをサポートしているかどうか」を,きちんとチェックしています【★8】


 つい最近まで,未成年後見人は,たった1人しかなれませんでした【★9】

 未成年後見人は,親族の中から選ばれることが多いのですが,

 たとえば,亡くなった親が残した財産がたくさんあって,その管理が複雑だったりすると,親族の未成年後見人1人では,とても大変です。



 だから,2年前に法律が変わりました【★10】

 1人だけでなく,複数で未成年後見人になることが,認められるようになりました。



 たぶん,あなたの場合,

 「日々の生活のことは,いっしょに暮らしているおばあちゃんが親代わりとしてメインで担当し,

 お父さんが残した財産の管理のことは,法律の専門的な知識が必要だから,弁護士がメインで担当するのがいい」,

 と,裁判官が考えたのだと思います
【★11】

 裁判所が,信頼できる弁護士たちのリストの中から選んできて,

 その弁護士が,あなたのおばあちゃんとタッグを組んで,あなたを支えてゆくのです。



 これまで,弁護士が子どもとかかわる場面といえば,

 犯罪のこと,学校のこと,親子のことなど,

 何らかのトラブルがきっかけとなって出会い,

 そのトラブルの解決のためにかかわる,というのが,ほとんどでした。

 だから,

 弁護士と子どもが話す内容は,そのトラブルにかかわることが中心ですし,

 そのトラブルが解決すれば,弁護士と子どものつきあいも,基本的にはそこで終わってしまいます。


 でも,この未成年後見人としての弁護士とのかかわりは,ちがいます。

 あなたの生活全般について広く弁護士がサポートできますし,

 あなたが成人するまでの,とても長い間,あなたとつきあうことができます。

 ずっとあなたをサポートする,力強い味方の弁護士が,あなたのそばにいます。

 しかも,その弁護士のさらに後ろで,裁判所も,あなたを守っています。



 親を亡くして,とてもつらかったと思います。

 そして,親を亡くしたことで,いままで知らなかった弁護士と,新たに出会うこととなったのも,ほんとうに不思議な縁だと思います。

 その弁護士のサポートをうまく受けながら,ぜひ,自分らしい生き方を見つけていってください。

 

 

【★1】 「親権喪失(そうしつ)」と「親権停止」の手続があります。
民法834条 「父又は母による虐待(ぎゃくたい)又(また)は悪意の遺棄(いき)があるときその他父又は母による親権の行使が著(いちじる)しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権喪失の審判をすることができる。ただし,2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは,この限りでない」
民法834条の2第1項 「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは,家庭裁判所は,…その父又は母について,親権停止の審判をすることができる」
【★2】 民法838条 「後見は,次に掲(かか)げる場合に開始する。
 一  未成年者に対して親権を行う者がないとき,又は親権を行う者が管理権を有しないとき。
 二  後見開始の審判があったとき。」
 民法839条1項 「未成年者に対して最後に親権を行う者は,遺言(いごん)で,未成年後見人を指定することができる。…」
 民法840条1項 「前条の規定により未成年後見人となるべき者がないときは,家庭裁判所は,未成年被後見人(みせいねんひこうけんにん)又(また)はその親族その他の利害関係人の請求によって,未成年後見人を選任する。未成年後見人が欠けたときも,同様とする。」
 認知症(にんちしょう)などでも,「成年後見」の制度があります。本人に必要なサポートの度合いによって,「後見」「保佐」「補助」というバリエーションがあります(民法7条~18条)。成年後見では,裁判所が「始めます」という「開始の審判」をして,はじめて,サポートをする人(後見人・保佐人・補助人)を誰にするかを選びます。しかし,子どもにつける未成年後見の場合は,親権者がいなければ,当然に後見がスタートすることになっていて(民法838条1号),裁判所は,誰を未成年後見人に選ぶかを決めるだけです。
 大人の場合には,自分のことを自分でするのが基本なので,誰かがサポートに入るのはあくまで例外です。ですから,その例外にあたるのかどうかを,裁判所がきちんと判断する必要があります。ぎゃくに,子どもの場合には,まだ法律的なことを自分ではできないのが基本なので(民法5条),親権者がいなければ,自動的に後見がスタートするのです。
【★3】 民法第857条 「未成年後見人は,第820条から第823条までに規定する事項について,親権を行う者と同一の権利義務を有(ゆう)する。…」
  民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護(かんご)及(およ)び教育をする権利を有し,義務を負う。」
 民法821条 「子は,親権を行う者が指定した場所に,その居所を定めなければならない。」
 民法822条 「親権を行う者は,第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒(ちょうかい)することができる。」
 民法823条1項 「子は,親権を行う者の許可を得なければ,職業を営(いとな)むことができない。」
【★4】 あなたが15歳以上なら,おばあちゃんと養子縁組の届出をして,おばあちゃんが「養親」として法律上の親になることができます。
 民法797条1項 「養子となる者が15歳未満であるときは,その法定代理人が,これに代わって,縁組の承諾(しょうだく)をすることができる」
 これは,逆に言うと,15歳以上ならば,未成年であっても養子縁組をするかどうかは自分で決める,ということです。
 民法818条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服する」
 民法798条 「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者(はいぐうしゃ)の直系卑属(ちょっけいひぞく)を養子とする場合は,この限りでない」(「自己」は自分のこと,「配偶者」は,夫から見た妻,妻から見た夫のこと,「直系卑属」は,子ども・孫・ひ孫・・・のことです。)
 しかし,15歳になっていない子どもが養子縁組をするには,「法定代理人」という人(親や,親代わりの人)が手続きをする必要があります。でも,あなたの場合,お父さんが亡くなったことで,法定代理人がいません。だから,今の時点では養子縁組をすることができなくて,未成年後見人が選ばれることになるのです。
 その後,未成年後見人の判断で,おばあちゃんと養子縁組をすることもありえますし,あなたが15歳になって養子縁組を自分ですることもできます。そうすると,おばあちゃんが親権者になり,未成年後見も,そこで終わります。
【★5】 「the能ドットコム」能楽用語事典「後見」
 http://db2.the-noh.com/jdic/2008/05/post_18.html
【★6】 民法4条 「年齢20歳をもって,成年とする。」
【★7】 民法840条3項 「未成年後見人を選任するには,未成年被後見人の年齢,心身の状態並(なら)びに生活及び財産の状況,未成年後見人となる者の職業及び経歴並びに未成年被後見人との利害関係の有無(未成年後見人となる者が法人であるときは,その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と未成年被後見人との利害関係の有無),未成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。」
【★8】 民法863条1項 「後見監督人又は家庭裁判所は,いつでも,後見人に対し後見の事務の報告若(も)しくは財産の目録の提出を求め,又は後見の事務若しくは被後見人の財産の状況を調査することができる。」
 同条2項 「家庭裁判所は,後見監督人,被後見人若しくはその親族その他の利害関係人の請求により又は職権で,被後見人の財産の管理その他後見の事務について必要な処分を命ずることができる。」
【★9】 改正前の民法842条(改正によって今はこの条文はなくなりました) 「未成年後見人は,1人でなければならない。」
【★10】 改正後の民法は,平成24年4月1日から施行されています。
【★11】 民法857条の2第1項 「未成年後見人が数人あるときは,共同してその権限を行使する。」
 同条2項 「未成年後見人が数人あるときは,家庭裁判所は,職権で,その一部の者について,財産に関する権限のみを行使すべきことを定めることができる。」
 同条3項 「未成年後見人が数人あるときは,家庭裁判所は,職権で,財産に関する権限について,各未成年後見人が単独で又は数人の未成年後見人が事務を分掌(ぶんしょう)して,その権限を行使すべきことを定めることができる。」

2014年7月 1日 (火)

子どもの犯罪の裁判に国選の弁護士は付くの?


 大人の犯罪の裁判のときには「国選(こくせん)弁護人」が付くって話を聞いたことがあるんですが,子どもにも国選で弁護士は付くんですか?


 先月(2014年6月)から,子どもの裁判でも,多くの事件で,国選で弁護士が付くようになりました【★1】


 「弁護士が必要だけど,弁護士の知り合いもいないし,お金もない。

 そういう人に,国が弁護士を選んだり,その費用(ひよう)を国が出したりする」。

 それが,「国選」のしくみです。



 「弁護士の知り合いがいてお金もある」,という人は,自分で弁護士を選んで,費用も自分で出します。

 そのときは,「私選(しせん)」と言います。


 大人が犯罪をしたときの裁判では,ほとんどの事件で,「弁護士がいなければ,裁判じたいを開いてはいけない」,ということになっています【★2】【★3】

 だから,うったえられた被告人(ひこくにん)に,国選で弁護士が付くことが,とても多いです【★4】


 ところが,子どもが犯罪をしたときの裁判は,大人の裁判とはちがいます。

 家庭裁判所で開かれる,「少年審判(しょうねんしんぱん)」という裁判です。


 じつは,この少年審判は,基本的に,「弁護士がいなくても開いていい」という裁判なのです。


 大人よりも子どものほうが,弁護士のサポートが必要なはずなのに,ちぐはぐで,おかしなことですよね。


 大人の裁判では,「この人は犯罪をした」とうったえる「検察官(けんさつかん)」という法律家がいます。

 ふつうの人が,その検察官を相手にしながら,自分の言い分を裁判官にわかってもらうのは,とても難しいことです。

 しかも,大人の裁判では,もし「犯罪をした」と判断されたら,マイナスがあります。

 判決で言いわたされるのは,

 命をうばわれる「死刑」や,

 刑務所に閉じ込められて働く「懲役(ちょうえき)」や,

 お金を払う「罰金(ばっきん)」などの,

 「刑罰(けいばつ)」というマイナスです。


 検察官もいるし,刑罰というマイナスもあるから,

 裁判をフェアなものにするために,

 うったえられたがわにも,弁護士という法律家が,必ず付かないといけない。

 それが,大人の裁判のしくみです。



 子どもの裁判である「少年審判」は,大人の裁判とはちがいます。

 検察官は,部屋にいません。


 裁判官が子どもに言いわたす「審判」も,大人のときの「判決」とはちがいます。

 「少年院に行きなさい」「地元の保護司(ほごし)さんのところに通いなさい」という処分(しょぶん)です。


 「そういう処分は,子どもにとって,マイナスなものでなく,子どもを守る(保護する)プラスのもの」。

 法律は,そう考えています。


 だから,「子どもの裁判では,検察官もいないし,プラスなことをするのだから,弁護士がいなくても特にかまわないでしょう」,というたてまえになっています。


 でも,私たち弁護士は,「それはおかしい」と考えてきました。

 子どもが,自分の気持ちをまとめて,裁判官や親などの大人たちに伝えること。

 どうやって被害者(ひがいしゃ)に謝り,反省したらいいかを,考えること。

 そのためには,弁護士のサポートが必要です。

 そして,

 その子が,これまで,家や学校や地域の中で,大切な存在として扱(あつか)われてこなかったこと。

 居場所がどこにもなく,一人ぼっちだったこと。

 そんないままでのことをいっしょにふりかえり,これからのことをいっしょに考えていくこと。

 そのためにも,弁護士のサポートが必要なのです【★5】


 少年審判で弁護士が子どもに付くことじたいは,むかしから,できることにはなっていました【★6】

 少年審判の中では,弁護士は,「付添人(つきそいにん)」という名前で活動します。


 でも,「弁護士を付けられる」とはいっても,

 子どもが,自分で付添人になってくれる弁護士を探してくることはできないし,ましてや,費用を払うことなどできません。



 だから,弁護士会は,これまで,裁判所に,「子どもに弁護士が付けられることをきちんと説明してほしい」と,はたらきかけてきました【★7】

 全国の弁護士全員でお金を出し合って,付添人になる弁護士に,費用を出すようにも,してきました【★8】

 そして,「はやく,きちんと国選のしくみをつくるべきだ」と,国にうったえてきました。


 しかし,国選の制度は,なかなかできませんでした。


 むしろ,今から14年前の2000年(平成12年),法律が厳(きび)しくなりました。

 「少年法が甘(あま)いから,ひどい少年事件が増えている。だから,法律を厳しくするべきだ」,と,社会が考えるようになったからでした。

 このときに,「重い犯罪のケースでは,検察官が裁判にくわわることもある」,ということが決められました【★9】

 そうすると,大人のときと同じように,弁護士も付かなければ,フェアな裁判とはいえません。

 だから,「検察官が裁判にくわわるときは,国選で弁護士の付添人を付けなければいけない」,というルールになりました【★10】

 でも,検察官が裁判にくわわるケースはとても少ないので,国選で弁護士の付添人が付くケースは,ほとんどない,と言ってもいいほどでした。

 私が弁護士になったのは,11年前の2003年(平成15年)です。

 その年に,国選で弁護士の付添人がついたケースは,たったの9件しかありませんでした。

 その年,裁判所から「少年院に行きなさい」と言われた子どもは,ぜんぶで5241人いました。

 そのうち,裁判で弁護士がついていた子どもは,私選・国選あわせて,たった1413人しかいなかったのです【★11】

 3828人,つまり7割以上もの子どもたちが,弁護士がいないまま裁判を受けて,少年院に行かされていたのは,ほんとうにおかしなことでした。


 少年法は,その後も,いろいろと厳しく変えられてきました。

 ただ,その中で,2007年(平成19年)に,国選で弁護士の付添人が付くことができるケースが,少し増えました。

 「殺人や強盗などの重い犯罪のときには,検察官が裁判にくわわっていなくても,国選で弁護士に付添人を付けることができる」,ということになったのです【★12】

 それでもやはり,国選で弁護士の付添人がついたケースは少ないままでした。

 2年前の2012年(平成24年),国選で弁護士の付添人がついたケースは,319件しかありませんでした。

 この年,裁判所から「少年院に行きなさい」と言われた子どもは3229人いました。

 このうち弁護士がついた子どもの数は,弁護士たちのとりくみによって増えたので,国選・私選あわせて2727人になりましたが,

 それでもやはり,502人もの子どもたちが,弁護士がいないまま裁判を受けて,少年院に行きました【★13】【★14】


 そして今年,また少年法が変わり,国選で弁護士の付添人が付くケースが大きく増えました【★15】

 これからは,8割くらいの子どもたちに,国選で弁護士の付添人が付くだろうと考えられています。

 でも,同時に,法律が変えられたことで,検察官が裁判にくわわることができるようになる事件も,広がってしまいました。

 子どもの裁判が,どんどん厳しくなって,大人の裁判に近づいているのです。



 子どもに,弁護士の付添人がつくことは,とてもプラスです。

 でも,少年法は,全体として,どんどんと厳しい方向に変えられていっています。

 どうして厳しくなっていくのか,ほんとうに「少年法が甘い」のか,

 そのことも,とてもだいじなことなので,また別の記事で書こうと思います。


 なお,すべての事件で国選で弁護士の付添人が付く,というわけではありません。

 裁判所が「必要ない」と考えると,国選では弁護士は付きません。

 また,軽い犯罪の裁判や,「犯罪はしていないけれどもこのままだと犯罪をしそうだ」という「ぐ犯(ぐはん)」の裁判のときにも,国選では弁護士は付きません。

 でも,そういう時でも,やはり,子どもに弁護士のサポートは必要です。

 国選ではなくても,上に書いたように,弁護士全員で出し合っているお金で,弁護士が付くことができますから,すぐに弁護士会に連絡してください。


【★1】 少年法 平成26年4月18日改正,同年6月18日施行
 附則(ふそく)(平成26年4月18日法律第23号)1条但書(ただしがき)「第22条の2第1項及(およ)び第22条の3第2項の改正規定は,公布の日から起算して2月を経過した日から施行する。」
【★2】 刑事訴訟法289条1項「死刑又(また)は無期若(も)しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮(きんこ)にあたる事件を審理する場合には,弁護人がなければ開廷することはできない。」
【★3】 子どもでも,大人と同じ裁判を受けることがあります。家庭裁判所が事件を検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,裁判を起こします。そうして起こされる裁判は,大人の裁判と同じですから,弁護士がついていなければ裁判は開けません。
 少年法20条1項「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
 少年法45条「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★4】 たとえば,平成24年に地方裁判所でおこなわれた大人の裁判は5万6734件ありましたが,このうち5万6393件に弁護士がついていて(弁護士がついていないのは341件,わずか0.6%です),うち,国選弁護人は4万8275件もありました。
 司法統計 刑事事件 第23表 通常第一審事件の終局総人員,弁護関係別,地方裁判所管内全地方裁判所別 http://www.courts.go.jp/sihotokei/nenpo/pdf/B24DKEI23~24.pdf
【★5】 そのことは,日本を含む世界の国々が,子どもの権利条約で確認しています。
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)37条「締約国(ていやくこく)は,次のことを確保する。 …(d) 自由を奪(うば)われたすべての児童は,弁護人その他適当な援助を行う者と速(すみ)やかに接触する権利を有(ゆう)し,裁判所その他の権限のある,独立の,かつ,公平な当局においてその自由の剥奪(はくだつ)の合法性を争(あらそ)い並(なら)びにこれについての決定を速やかに受ける権利を有すること。」
 同条約40条1項「締約国は,刑法を犯(おか)したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定(にんてい)されたすべての児童が尊厳(そんげん)及び価値についての当該(とうがい)児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。」
 同条2項「このため,締約国は,国際文書の関連する規定を考慮して,特に次のことを確保する。
(略)
(b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたされたすべての児童は,少なくとも次の保障を受けること。
(略)
(ii) …防御(ぼうぎょ)の準備及び申立てにおいて弁護人その他適当な援助を行う者を持つこと。
(iii) 事案が権限のある,独立の,かつ,公平な当局又は司法機関により法律に基(もと)づく公正な審理において,弁護人その他適当な援助を行う者の立会い…の下(もと)に遅滞(ちたい)なく決定されること。」
【★6】 少年法10条1項「少年及び保護者は,家庭裁判所の許可を受けて,付添人を選任することができる。ただし,弁護士を付添人に選任するには,家庭裁判所の許可を要しない。」
【★7】 福岡県弁護士会がさきがけて「すべての子どもに弁護士をつける」という取り組みを始め,それが全国に広がりました(「少年審判制度が変わる-全件付添人制度の実証的研究-」福岡県弁護士会子どもの権利委員会編,商事法務)。
【★8】 日本弁護士連合会(日弁連)が行っている,少年保護事件付添援助制度です。
【★9】 旧少年法22の2第1項「家庭裁判所は,…次に掲げる罪のものにおいて,その非行事実を認定するための審判の手続に検察官が関与する必要があると認めるときは,決定をもって,審判に検察官を出席させることができる。
 1 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪
 2 前号に掲げるもののほか,死刑又は無期若しくは短期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪」
【★10】 少年法22の3第1項「家庭裁判所は,前条第1項の決定をした場合において,少年に弁護士である付添人がいないときは,弁護士である付添人を付(ふ)さなければならない。」
【★11】 司法統計 平成15年 少年事件 第32表 一般保護事件の終局総人員,付添人の種類別終局決定別,全家庭裁判所 http://www.courts.go.jp/sihotokei/nenpo/pdf/E5C3DA6C309BF50149256ED9002C7D45.pdf
【★12】 少年法22条の3第2項「家庭裁判所は,…前条第1項各号に掲げる罪のもの…について,…事案の内容,保護者の有無その他の事情を考慮し,審判の手続に弁護士である付添人が関与する必要があると認めるときは,弁護士である付添人を付することができる。」
 「前条第1項各号」というのは,【★9】にある,旧少年法22の2第1項の「故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪」「死刑又は無期若しくは短期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪」のことです。
【★13】 司法統計 平成24年 少年事件 第29表 一般保護事件の終局総人員,付添人の種類別終局決定別,全家庭裁判所 http://www.courts.go.jp/sihotokei/nenpo/pdf/B24DSYO28~29.pdf
【★14】 大人の事件でも,つい最近まで,「国選」の弁護士は,裁判になってから後しか付いていませんでした。でも,逮捕・勾留(こうりゅう)されて警察などから取り調べを受けているとき,つまり,裁判になる前のときも,弁護士のサポートは必要です。弁護士たちのはらたきかけの結果,ようやく,2006年(平成18年)に,この裁判になる前の時期にも,国選弁護として国がきちんと費用を出すということが決まりました。これを「被疑者国選(ひぎしゃこくせん)」と言います。それでも,スタートしたときは,殺人や強盗などにしか被疑者国選は付きませんでした。2009年(平成21年)から,長期3年を超える懲役若しくは禁固(きんこ)にあたる事件も対象となり,窃盗事件や傷害事件など,多くの事件で被疑者国選が付くようになりました。子どもの犯罪の事件でも,裁判所に事件が行く前の,逮捕・勾留されて警察などから取り調べを受ける期間の手続の流れは同じです。2009年(平成21年)からは,ほとんどの事件で,裁判になる前は,子どもにも国選の弁護士が付くようになり,弁護士費用も国から出るようになりました。ところが,記事本文で書いたように,先月までは,子どもの事件では裁判(少年審判)になったとたんに弁護士は国選ではなくなってしまう(=弁護士全員で出し合っているお金の中から弁護士費用を出さないといけない)という,まったくおかしなことが続いていたのです。
【★15】 少年法22の2第1項「家庭裁判所は,第3条第1項第1号に掲げる少年に係る事件であって,死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪のものにおいて,その非行事実を認定するための審判の手続に検察官が関与する必要があると認めるときは,決定をもって,審判に検察官を出席させることができる。」
 検察官関与の対象の事件がこのように広がったうえで,国選付添人の対象の事件がこれと同じになっています(【★12】の少年法22条の3第2項)。
    

2014年6月 1日 (日)

アルバイトしたら生活保護の不正受給と言われた

 

 高校生です。部活でお金がいるんでコンビニでバイトを始めたんですけど,最近,市役所の人が,「生活保護の不正受給にあたる。バイト代を市に返すように」って言ってきました。親が生活保護を受けてるのは知ってるけど,「バイト代を返せ」って,全然意味がわかりません。いったいどういうことですか。かせいだぶんのお金は,自分で使えないんですか。

 

 自分ががんばって働いてかせいだお金なのに,「返せ」と言われて,不思議に思いましたよね。


 生活保護は,「人間らしい生活」を必ず送ることができるように,国がサポートするしくみです。


 病気で働けなくなってしまった。

 がんばって働いても,家族全員を養(やしな)うには,給料が足りない。

 暴力をふるうお父さんから逃げてきた。


 そんないろんな事情で,生活をするためのお金がなければ,

 人間らしい生活を送ることが,難しくなります。


 そのようなときでも,人としてきちんとした生活が送れるように,国がお金を出す。

 そして,いつか自分自身の力で生活が送れるようになるために,国が応援する。

 それが,生活保護のしくみです
【★1】【★2】


 生活保護は,国のしくみです。

 ただ,生活保護を必要とする人とのやりとりは,国の役所ではなく,市役所や区役所などの職員が担当します
【★3】


 「人としてきちんとした生活を送るために,最低でも,どのくらいのお金が必要か」。

 それは,住んでいる場所や,家族の人数などで,決まっています
【★4】


 生活保護は,「足りないお金のぶんをカバーする」というしくみです【★5】

 働いても,かせげるお金が少ない,という人には,

 その足りない分を,生活保護でカバーするのです。



 働いて給料をもらったら,役所の担当者に連絡をします【★6】

 先に生活保護を全部受け取っていたら,給料のぶんを,あとで返します。

 ケースによっては,だいたいの給料ぶんをあらかじめ引いた金額で生活保護が支払われて,あとで細かい金額を調整をする,というやり方もあります。



 でも,もし,給料ぜんぶの額が生活保護と調整されてしまうのだとすると,

 いくらがんばって働いても,手元に残るお金は,同じになってしまいます。

 そうすると,がんばって働こうという気持ちが起きづらいですよね。



 なので,給料ぜんぶを調整するのではなく,

 少し手元に「おまけ」のお金が残るようになっています
【★7】

 かせいだお金が多ければ,手元に残るお金も多くなります。

 そのようなしくみによって,

 「いつか自分自身の力で生活が送れるようになりたい」という気持ちを,後押し(あとおし)しているのです。



 この生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯(せたい)に払われます
【★8】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合も,子どものあなたの分も含めて,生活保護のお金が,あなたの親に払われています。

 そして,あなたの生活費は,親が受け取っているその生活保護のお金の中から出ています。



 上に書いた,「かせいだ分は役所に連絡して,足りない分をカバーしてもらう」ということは,

 世帯の代表としてお金を受け取っている人(あなたの親)だけにあてはまるのではなく,

 世帯のメンバー全員にあてはまることです。

 だから,子どものあなたが働いてかせいだ分も,役所に連絡しなければいけません。



 ただ,きちんと役所に連絡をすれば,

 ふつうの「おまけ」だけでなく,「未成年なのにがんばった」というぶんの「おまけ」もありますし
【★9】

 修学旅行やクラブ活動に必要なお金は手元に残していい,とされていますから
【★10】

 アルバイト代は,そのほとんどが手元に残る,ということが多いです。



 ところが,「きちんと役所に連絡をしていなかった」,という理由で,

 「不正受給だからアルバイト代全額を返せ」,と役所が強く言ってくることが,

 2年前から起きています
【★11】


 でも,役所に連絡をする必要があるということを,

 あなたが,役所からも,親からも,きちんと説明されていなかったのに,

 あとになって「不正だ」,と,まるでわざと悪いことをしたかのように言われるのは,とても腹立たしいことですよね。


 「説明を受けていなかったし,もしきちんと連絡をしていれば役所に返すお金はほとんどなかったはずだ」。

 そのように役所と話し合ったり,不服(ふふく)の手続を取ったりすることについて,ぜひ,弁護士に相談してください。



 なお,今では,このようなトラブルが起きないように,

 「役所は,『アルバイトをしたら連絡するように』,と,子どもにもきちんと説明しなければいけない」,ということになっています
【★12】


 あなたが働いてかせいだお金が,自分の自由にならないのは,つらいことだと思います。

 もし,高校を卒業したあとの自立を考えているようならば,自立援助ホームという施設もありますから,検討してみてください
【★13】 

 

【★1】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する。」
【★2】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする。」
【★3】 生活保護法19条1項「都道府県知事,市長及び社会福祉法に規定する福祉に関する事務所を管理する町村長は,…この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。(以下略)」
【★4】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★5】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする。」
【★6】 生活保護法61条「被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又(また)は居住地若(も)しくは世帯の構成に異動(いどう)があったときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨(むね)を届け出なければならない。」
【★7】 勤労控除(きんろうこうじょ)といいます。働く人1人について最低1万5000円は収入としてカウントしません(おまけとして手元に残していい)。そして給料の額に応じて,そのカウントしない金額も多くなります。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★8】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★9】 未成年者控除といいます。1万1400円を,収入としてカウントしない(おまけとして手元に残していい)ということになっています。昭和36年4月1日付厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」
【★10】 昭和38年4月1日付厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第8「問58 高等学校等で就学しながら保護を受けることができるものとされた者がアルバイト等の収入を得ている場合,私立高校における授業料の不足分,修学旅行費,クラブ活動費にあてられる費用については,就学のために必要な費用として,必要最小限度の額を収入として認定しないこととしてよいか。 答 お見込みの通り取り扱って差しつかえない。」
【★11】 かせいだお金があることの連絡(収入申告)をしていなかったときに,役所にお金を返すことになる手続が,2つあります。役所に報告しないといけないこと(そして不足分だけをカバーしてもらうこと)をわかっていたのに,わざと隠して役所に連絡しなかったような場合には,明らかに「不正受給」ですから,このときは,生活保護法78条の手続で,全額を返さなければなりません。他方,わざとでなければ,63条の手続で,返す金額も柔軟(じゅうなん)に判断してもらえます(63条の手続は,ほんらいは,もともと財産や収入があることを役所も知っていたけれども急ぐ必要があって生活保護を出した,というときの,調整の規定です。この規定は,収入があることを役所があとで知った場合でも,本人がわざと隠していたのでなかった場合にも,使われています)。
 生活保護法78条「不実(ふじつ)の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,保護費を支弁(しべん)した都道府県又は市町村の長は,その費用の全部又は一部を,その者から徴収(ちょうしゅう)することができる。」
 生活保護法63条「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」
 子どもがアルバイトをしたときには,役所への報告がなかったのはわざとではなく,不正受給ではないことが多いので,63条の手続が使われることがほとんどでした。
 ところが,平成24年7月,「78条で全額を返させるように」という指示が全国の役所に出されてから,厳しい対応がされています。
 平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「課税調査によって被保護世帯の収入が判明した事案のうち,その収入が当該(とうがい)被保護世帯の世帯主以外の者(未成年)の就労(しゅうろう)収入であるという場合には,一律(いちりつ)に法第63条を適用しているという不適切な実態が一部自治体にあることが指摘されているところである。未成年である世帯員についても,稼働(かどう)年齢層であれば当然に保護の実施機関に対し申告の義務はあるので,申告を怠(おこた)っていれば原則として法第78条の適用とすべきである。」
 きちんと高校生本人に説明もなく,また説明を受けてきちんと連絡していればアルバイト代はその大部分が手元に残ることがおおいわけですから,このような国の対応は明らかにおかしいと思います(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」41頁,170頁参照)。
【★12】 平成24年7月23日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」 「世帯主が世帯員の就労(しゅうろう)について関知していなかった,就労していた世帯員本人も申告の義務を承知(しょうち)していなかった,保護の実施機関も保護開始時にのみ収入申告書の提出の義務を説明しただけであり,当該被保護世帯の子が高校生になった際に就労収入の申告の義務について説明を怠(おこた)っていた等の理由により,法第63条を適用せざるを得ないという判断がなされている実態が見受けられる。そのため,別添2の様式によって,収入申告の義務について説明を行う際,世帯主全員に稼働(かどう)年齢層の世帯員(高校生等未成年を含む)がいる世帯については,当該世帯員本人の自書(じしょ)による署名等の記載を求めること。この際,別葉とするか同一様式内に世帯員の署名欄等を設けるかは自治体の判断で対応されたい。なお,保護開始世帯については,世帯主及び稼働年齢層の世帯員に対し収入申告の義務について開始時に説明することとし,既(すで)に受給中の世帯については稼働年齢層の者がいる世帯への訪問時等に改めて収入申告の義務について説明するとともに,別添2の様式を活用されたい。」
(別添2)
「生活保護法第61条に基(もと)づく収入の申告について(確認)
□ 生活保護法第61条に基づき,自分の世帯の収入について,福祉事務所長に申告する義務があること。
□ 世帯主だけでなく,働ける年齢の者が世帯にいる場合,その者の収入についても福祉事務所長に申告する義務があること。高校生などの未成年が就労(アルバイトも含む)で得た収入についても申告する義務があること。
□ 不実(ふじつ)の申告があった場合は,生活保護法第78条に基づき,得た収入の全額を徴収(ちょうしゅう)されるものであること。不正をしようとする意思がなくても,申告漏(も)れが度重(たびかさ)なる場合は『不実の申告』と福祉事務所に判断される場合があること。
□ そのため,世帯全体の収入に変動があった場合,すみやかに福祉事務所に申告すること。
 以上のことにつきまして,貴福祉事務所担当   氏より説明を受け,理解しました。
 平成  年  月  日
 住所
 氏名        印
 福祉事務所長殿」
【★13】 自立援助ホームでは,仕事の探し方,仕事のやり方,生活のしかたを,自立するまでの間学ぶことができます。月3万円程度を施設に払い,残りは貯金とお小遣いにまわして,1年ほどでアパートを借りられるほどのお金がたまったら自立する,という施設です。

 

2014年5月 1日 (木)

子どもから父親とその不倫相手に慰謝料請求できる?

 

 中学2年生です。お父さんが同じ職場の女性と不倫(ふりん)して,家を出て,その女性といっしょに暮らしています。両親はまだ離婚してませんが,お父さんは私に全く会おうともしないし,大きな会社に勤めているのに生活費も払ってくれません。そんなお父さんと,不倫相手の女性に,子どもの私から,「慰謝料(いしゃりょう)を払って」と言えるんですか。

 

 父親が付き合っている相手の女性に,子どもから慰謝料を払えと言えるかどうか。


 今から35年前に,最高裁が,こんな判決を出しています
【★1】


 「父親が子どもに愛情を注(そそ)いだりすること。

 それは,他の女性といっしょに暮らすかどうかに関係なく,父親が自分で決めて,自分でできる。


 つまり,その女性は,関係ない。

 だから,子どもからその女性に,『慰謝料を払え』とは,言えない。

 たとえば,

 『父親自身は子どもに愛情を注ぎたいと思っているのに,その女性がじゃまをしている』,

 そのような,よほどのことがなければ,子どもはその女性に慰謝料を払えとは言えない。」



 最高裁は,同じ日に,同じようなもう一つの事件の判決も出しています。

 お母さんが,海外にいる他の男性と暮らすようになったケースでした。

 裁判所は,「住む場所が海外になっても関係ない」,と言いました。

 子どもに愛情を注ぐことは,他の男性といっしょに暮らすかどうかに関係なく,母親が自分で決めて,自分でできる。

 それは,海外に行っても,同じこと。


 だから,子どもからその男性に慰謝料を払えとは言えない,としたのです【★2】


 なんだか不思議なりくつですね。

 たしかに,「他の人と付き合い始めても,自分の子どもに変わらず愛情を注げる」,という親もいるでしょうし,

 「だれかと付き合い始めたというわけではないけれど,夫婦の仲が悪くなって別々に暮らしはじめ,離れた子どもに愛情を注がなくなる」,という親もいるでしょう。

 そのりくつからすると,親が付き合っている相手は,関係ないかもしれません。


 でも,親が他の人と付き合うようになって,

 家を出てその人と暮らすようになったからこそ,

 子どものことを見向きもしなくなっているのに,

 親が付き合っている相手が「関係ない」なんて言っていいのか,関係があるはずじゃないか。

 最高裁の判決を書いた4人の裁判官のうち,1人の裁判官は,そう言っています。

 その裁判官は,「親が付き合っている相手は,子どもに慰謝料を払うべきだ」と反対の意見を言っています
【★3】


 ただ,「親が付き合っている相手も関係がある」とはいっても,

 やはり,あなたに親としての責任を負うのは,お父さんです。

 他の人と付き合い始めていっしょに暮らそうと,そうでなかろうと,

 きちんと子どもと交流を続けて,生活費や学費を払うのが,親として当たり前のことです。


 だから,
お父さんの相手の女性よりも,まずは,お父さんと話をしていきましょう。

 そして,慰謝料よりも,まずは,交流や生活費・学費のことそのものについて,話をしていきましょう。

 あなたやお母さんから,お父さんに,「きちんと子どもと会ったり,連絡を取り合ったりしてほしい」「生活費や学費をきちんと払ってほしい」ということが,だいじです【★4】【★5】

 話し合いがうまくいかないようなら,裁判所で話し合ったり,裁判所に判断してもらったりすることもできます
【★6】


 お父さんが,交流や生活費・学費といった「親としての義務」を,きちんとはたさない。


 そのために,あなたが苦痛を受ける。

 その苦痛をやわらげるため「慰謝料」の話は,まず交流や生活費・学費の話をした後,その次にすることだろうと,私は思います【★7】


 「お父さんの相手の女性にもお金を払えと言うかどうか」,とか,

 「お父さんに求めるのを『慰謝料』にするのかどうか」,などの,

 「だれに何を求めるか」ということは弁護士に相談するとして,

 一番だいじなことは,

 お父さんが他の人と付き合い始めて家を出て行ったことへの怒りや,

 お父さんから自分が無視されることのさみしさ,かなしさについて,

 子どものあなた自身から声を上げていいんだ,ということなのです【★8】

 

【★1】 最高裁第二小法廷昭和54年3月30日判決・民集33巻2号303頁。「妻及(およ)び未成年の子のある男性と肉体関係を持った女性が妻子(さいし)のもとを去った右男性と同棲(どうせい)するに至(いた)った結果,その子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護(かんご),教育を受けることができなくなったとしても,その女性が害意(がいい)をもって父親の子に対する監護等を積極的に阻止(そし)するなど特段の事情のない限(かぎ)り,右女性の行為(こうい)は未成年の子に対して不法行為(ふほうこうい)を構成するものではないと解(かい)するのが相当である。けだし,父親が未成年の子に対し愛情を注ぎ,監護,教育を行うことは,他の女性と同棲するかどうかにかかわりなく,父親自らの意思によって行うことができるのであるから,他の女性との同棲の結果,未成年の子が事実上父親の愛情,監護,教育を受けることができず,そのため不利益を被(こうむ)ったとしても,そのことと右女性の行為との間には相当因果関係(そうとういんがかんけい)がないものといわなければならないからである。」
【★2】 最高裁第二小法廷昭和54年3月30日判決・判例時報922号8頁。「・・・このことは,同棲の場所が外国であっても,国内であっても差異(さい)はない。」
【★3】 本林譲裁判官反対意見「私は,未成年の子を持つ男性と肉体関係を持ち,その者の子供を出産し,妻子のもとを去った右男性と同棲するに至った女性がたとえ,自(みずか)らその同棲を望んだものでもなく,同棲後も,男性が妻子のものに戻ることに敢(あ)えて反対しないのであっても,同棲の結果,男性がその未成年の子に対して全(まった)く,監護,教育を行わなくなったのであれば,それによって被る子の不利益は,その女性の男性との同棲という行為によって生じたものというべきであり,その間には相当因果関係があるとするのが相当であると考えるのである。けだし,不法行為における行為とその結果との間に相当因果関係があるかどうかの判断は,そのような行為があれば,通常はそのような結果が生ずるであろうと認められるかどうかの基準によってされるべきところ,妻子のもとを去って他の女性と同棲した男性が後に残して来た未成年の子に対して事実上監護及び教育を行うことをしなくなり,そのため子が不利益を被ることは,通常のことであると考えられ,したがって,その女性が同棲を拒(こば)まない限り,その同棲行為と子の被る右不利益との間には相当因果関係があるというべきだからである。更(さら)に,日常の父子の共同生活の上で子が父親から日々,享受(きょうじゅ)することのできる愛情は,父親が他の女性と同棲すれば,必ず奪われることになることはいうまでもないのであり,右女性の同棲行為と子が父親の愛情を享受することができなくなったことによって被る不利益との間には,相当因果関係があるということができるのである。」
【★4】 民法766条1項「父母が協議上の離婚をするときは,子の監護をすべき者,父又(また)は母と子との面会及びその他の交流,子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は,その協議で定める。この場合においては,子の利益を最も優先して考慮しなければならない」
【★5】 面会交流は,ふつう,離れている親のほうが,「子どもに会いたい」と求めるケースがほとんどです。しかし,私は,子どものほうから離れている親に「会いたい」と求める話し合いや,裁判所での手続が,もっと行われるべきだと思います。
【★6】 家庭裁判所で「調停(ちょうてい)」という話し合いをし,それでもまとまらなければ,裁判所に「審判(しんぱん)」というかたちで判断してもらいます。これらの手続は,離婚する前であってもすることができます。
【★7】 りくつから言えば,お父さんに対する慰謝料請求は認められる可能性があります。本文で書いた最高裁の判決の中でも,裁判官の個別の意見で,そのような可能性を指摘しているものがあります。
 大塚喜一郎裁判官補足意見「なお,本件のような事案において,子が父親に対しては損害賠償の請求を行わず,その同棲の相手方となった女性に対してだけ損害賠償の請求をする事例が一般的であるところ,その請求者の態度は心情的に理解できないわけではないが,この一般的事実及び背景にある法解釈論は,本件相当因果関係の判断に関する考慮要素とすることができる。」
 本林譲裁判官反対意見「民法820条は,親権を行う者は,子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負うと規定する。…(略)…少なくとも親が故意(こい)又は過失(かしつ)によって右義務を懈怠(けたい)し,その結果,子が不利益を被ったとすれば,親は,子に対して不法行為法上の損害賠償義務を負うものというべきであるから,右不利益は,不法行為法によって保護されるべき法益(ほうえき)となり得ると考えられるのである。」
【★8】児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項「締約国(ていやくこく)は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度(せいじゅくど)に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする。」
 同条2項「このため,児童は,特に,自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において,国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若(も)しくは適当な団体を通じて聴取(ちょうしゅ)される機会を与えられる。」
 

 

2014年4月 1日 (火)

義務教育の「義務」って?

 

 中学生です。授業も面白くないし,友だちもあんまりいないから,ほんとは学校に行きたくないんだけど,親が僕に,「義務教育なんだから,学校に行かなきゃいけない義務がある」って言ってます。学校に行くのって,「義務」なんですか?

 

 ちがいます。

 義務教育の「義務」は,「子どもが学校に行かないといけない義務」ではありません。

 
「子どもたちのために,学ぶための時間と場所を,きちんとつくらないといけない」という,大人の義務です。


 「小学校と中学校は義務教育なんだから,きちんと学校に通わないといけない」。

 ときどき聞く話ですね。

 でも,それはまちがいです。多くの人たちが,誤解しています。

 教育は,「受けることができる」ものです。

 教育を受ける「権利」がある,ということです。

 「教育を受けなければいけない」という「義務」ではありません。

 憲法や,世界のルールである条約に,教育は「権利」だと,はっきり書かれています【★1~4】


 むかし,子どもたちは,小さいころから働かなければなりませんでした。

 学ぶことができたのは,ごく一部の,豊かな家の子どもだけでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っているところもあります。



 でも,


 文字を読んだり書いたりできるようになりたい,とか,

 計算ができるようになりたい,とか,

 自然のしくみや,社会のしくみを知りたい,

 そういう気持ちは,だれもがもっている,自然な気持ちです。

 そして,そうやって学んだことは,人が人として生きていくうえで,とても大切な支えになります。


 だから,一部の子どもだけではなく,すべての子どもたちが学べるようにするために,

 私たち大人が,子どもが学ぶための時間と場所を,きちんと作らないといけない。

 それが,「義務教育」という言葉の意味です。


 国は,きちんと学校のしくみを作らないといけない。

 子どもを育てている親や,子どもを働かせている職場は,子どもをその学校にきちんと通わせないといけない。

 そういう「義務」が,大人のがわにあるのです【★5~7】


 だから,たとえば,

 子どものあなたは「学校に行きたい」と思っているのに,

 親があなたに,働かせたり,家事をさせたり,下のきょうだいの世話をさせたりして,学校に行かせない,ということは,許されません【★8】


 でも,ぎゃくに,

 子どものあなた自身が,学校にどうしても行きたくない,行けないということであれば,

 無理をして学校に行かなくても,かまいません。

 クラスでいじめがあるとか,

 先生が体罰をしてきたりひどいことを言ってくるとか,

 勉強についていけないのにほったらかしにされているとか,

 そんなふうに毎日の学校生活を安心して過ごせない,学校に居場所がないと感じているなら,

 あなた自身を守るために,学校に無理をして行かなくてよいのです。

 そして,「自分が安心して学ぶことができる場所を,きちんと作ってほしい」と,大人たちに求めることができます。


 ひょっとしたら,みなさんの中には,こんなふうに考える人もいるかもしれません。

 「いじめや体罰があるわけじゃないけど,勉強がめんどうくさくて疲れるから,学校に行きたくない。学校に行くのが義務じゃないんだったら,行かないで遊んでいたい」。


 そんなあなたが,今,学校の勉強以外で,一生懸命取り組んでいるものは,なんでしょう。

 サッカーやバスケットボールなどのスポーツでも,

 バンドやダンスでも,

 カードゲームや,オンラインゲームでも,

 そのほかどんなものでも,

 自分のレベルが上がると楽しいし,

 みんなといっしょに力を合わせることの充実感があれば,なおのこと楽しいですよね。

 だから,繰り返し練習することや,それに何時間も取り組むことや,上のレベルにチャレンジすることが,

 まったく苦痛に感じなかったり,


 多少めんどうで疲れても,続けようという気持ちに自然になったりします。


 勉強も,同じことだと思います。


 新しいことを知ったり,わかったりしたときの喜びや,

 みんなといっしょに何かに取り組むことのすばらしさを感じることができるなら,

 多少めんどうで疲れるとしても,スポーツや音楽・ダンスやゲームと同じように,勉強も,一生懸命取り組めるものになるでしょう。

 学校での勉強は,ほんらい,そういうものでなければいけません。



 私たち大人は,子どもたちに,「義務だから行きなさい」とおどしながら学校に通わせるのではなく,

 学校で学ぶことの,楽しさ,おもしろさ,大切さが,子どもたちに実感できて,

 自分から「学校に行きたい」と思えるような,そんな場所にすることが必要だと思います。


 あなたが今,「義務教育の『義務』はどんな意味だろう」と疑問をもち,インターネットで検索して,私のブログにたどりついたように,


 どんな人でも,「ものごとを知りたい,わかるようになりたい」という,人として大切な気持ちを持っています。

 子どもたちみんながもっているその気持ちにこたえられるように,

 そして,学校が,子どもたちにとって自分から「行きたい」と思えるような大切な居場所になるように,

 私たち大人が,取り組まなければいけない。

 そういう「義務」が,学校や親はもちろんのこと,この社会を支えているすべての大人たちに,あるのです。


 だから,もし,「学校に行きたくない」というあなたの気持ちを,親に受け止めてもらえていないなら,

 学校の中のあなたが信頼できる大人や,私たち弁護士に,話してみてください。

 

【★1】 憲法26条1項「すべて国民は,法律の定(さだ)めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。」
【★2】 むかし,この憲法26条は,「だれもが学ぶことができるよう,『お金がないから学べない』ということがないように,国などに求めることができる権利」という意味だ,と考えられていました。しかし,今は,お金のことだけではなく,人間としてもっとだいじなこと,つまり「学ぶことで人間として成長していく権利」のことだ,と,とらえられています(学習権といいます)。裁判所も同じように考えています。
 旭川学テ事件最高裁判決(最高裁大法廷昭和51年5月21日判決・刑集30巻5号615頁)「憲法中教育そのものについて直接の定めをしている規定は憲法26条であるが,…この規定の背後には,国民各自が,一個の人間として,また,一市民として,成長,発達し,自己の人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること,特に,みずから学習することのできない子どもは,その学習要求を充足(じゅうそく)するための教育を自己に施(ほどこ)すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。」
【★3】 国際人権規約(経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約)13条1項「この規約の締約国(ていやくこく)は,教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は,教育が人格の完成及び人格の尊厳(そんげん)についての意識の十分な発達を指向(しこう)し並(なら)びに人権及(およ)び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更(さら)に,締約国は,教育が,すべての者に対し,自由な社会に効果的に参加すること,諸国民の間及び人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容(かんよう)及び友好を促進(そくしん)すること並びに平和の維持(いじ)のための国際連合の活動を助長(じょちょう)することを可能にすべきことに同意する。」
【★4】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条1項「締約国は,教育についての児童の権利を認める…(略)」
【★5】 憲法26条2項「すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女(しじょ)に普通教育を受けさせる義務を負(お)う。義務教育は,これを無償(むしょう)とする。」
【★6】 教育基本法5条1項「国民は,その保護する子に,別に法律で定めるところにより,普通教育を受けさせる義務を負う。」
同条2項「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎(きそ)を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質(ししつ)を養(やしな)うことを目的として行われるものとする。」
同条3項「国及び地方公共団体は,義務教育の機会を保障(ほしょう)し,その水準(すいじゅん)を確保するため,適切な役割分担及び相互(そうご)の協力の下(もと),その実施に責任を負う。」
【★7】 学校教育法16条「保護者…は,次条(じじょう)に定(さだ)めるところにより,子に9年の普通教育を受けさせる義務を負う。」
同17条1項「保護者は,子の満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから,満12歳に達した日の属する学年の終わりまで,これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学(しゅうがく)させる義務を負う。(略)」
同条2項「保護者は,子が小学校又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから,満15歳に達した日の属する学年の終わりまで,これを中学校,中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。」
【★8】 きちんとした理由もないのに,親が子どもを学校に行かせないときには,学校から催促(さいそく)があり,それでも学校に行かせないときには,親に刑事罰が科される規定になっています。また,「教育ネグレクト」という児童虐待(じどうぎゃくたい)にもあたりうるので,場合によっては子どもが児童相談所に保護されることにもなります。
学校教育法17条3項「前2項の義務の履行(りこう)の督促(とくそく)その他これらの義務の履行に関し必要な事項(じこう)は,政令(せいれい)で定める。」
同法144条1項「第17条第1項又は第2項の義務の履行の督促を受け,なお履行しない者は,10万円以下の罰金に処(しょ)する。」
同法20条「学齢児童又は学齢生徒を使用する者は,その使用によつて,当該学齢児童又は学齢生徒が,義務教育を受けることを妨(さま)げてはならない。」
同法145条「第20条の規定に違反した者は,10万円以下の罰金に処する。」
学校教育法施行令20条「小学校,中学校…の校長は,当該学校に在学する学齢(がくれい)児童又は学齢生徒が,休業日を除(のぞ)き引き続き7日間出席せず,その他その出席状況が良好でない場合において,その出席させないことについて保護者に正当な事由がないと認められるときは,速(すみ)やかに,その旨(むね)を…市町村の教育委員会に通知しなければならない。」
同21条「市町村の教育委員会は,前条の通知を受けたときその他当該市町村に住所を有する学齢児童又は学齢生徒の保護者が法第17条第1項又は第2項に規定する義務を怠(おこた)っていると認められるときは,その保護者に対して,当該学齢児童又は学齢生徒の出席を督促(とくそく)しなければならない。」

2014年3月 1日 (土)

親のクレジットカードを無断で使ったら

 

 友だちが,スマホのゲームでポイント(ゲームの中での通貨)を買うために,親の財布の中に入ってたクレジットカードの番号と有効期限をこっそり見て,入力しちゃったそうです。一気に何十万円ぶんか使ってしまったらしく,「ヤバいんじゃないの?」とその友だちに話してたんですが,実際,どうなるんですか。

 

 友だちの親と,その友だちが,お金を払わないといけなくなってしまいます。

 ただ,ポイント代の全額ではなく,一部ですむこともありえます。

 すぐに親に正直に話して,消費生活センターや弁護士に相談するように,友だちに伝えてください。


 クレジットカードの「クレジット」は,「信用」という意味です。


 何かモノを買いたいと思ったときに,

 お金が手もとになければ,あきらめないといけませんよね。


 でも,たまたま,そのときに手もとにお金がなくても,

 あとできちんとお金を払うことができる,たしかなお客さんなら,

 その場で買い物ができて,お金はあとで払う,ということができたほうが,

 お客さんにとって便利ですし,お店にとっても売り上げにつながります。

 代金を分割で払うこともできれば,高いものでも買えるので,なおのこと便利ですね。

 とはいっても,「そのお客さんがきちんとお金を払える人なのかどうか」,「信用できる人なのか」を,そのたびにいちいちお店が調べるわけにもいきません。


 そのために,クレジットカードのしくみがあります。


 「この人は,あとできちんとお金を払える人だ」「信用できる人だ」と,カード会社が認める人に,クレジットカードが作られます。

 お客さんが買い物をするときに,お店にそのカードを出せば,

 代金は,カード会社が,立て替えて,お店に払ってくれます。

 そして,立て替えてもらったお金は,あとで,お客さんが,カード会社に返していくのです【★1】


 このクレジットカードの制度は,お客さんも,商売をしている人も,よりよい生活・人生を送ることにつながる,すてきなしくみです。

 そして,このしくみは,文字どおり,「信用」で成り立っています。

 だから,お金を自分でかせぐことのできない,まだ「信用」のない子どものうちは,クレジットカードを作ることができないことが多いです。


 クレジットカードは,その持ち主に「信用」があるから,作られるものです。

 だから,そのカードを,持ち主以外の人が勝手に使うことは,許されません。

 持ち主のふりをして,自分に「信用」があるようにウソをつき,

 カード会社やお店をだましてモノを手に入れるのですから,りっぱな犯罪です【★2】【★3】


 もし,クレジットカードが勝手に他の人に使われてしまったら,カードの持ち主は,損(そん)をするのでしょうか。

 カード会社のルールでは,だいたい,つぎのようになっています。

 「『カードをなくした,盗まれた』とすぐにカード会社に連絡をすれば,だれかに勝手に使われてしまったぶんのお金は,払わなくてもいいから,カードの持ち主は損をしない。」

 「だけど,勝手に使った人が家族だったら,そのぶんは払わないといけないので,カードの持ち主は損をする。」



 だから,カード会社のルールからすれば,あなたの友だちのケースでは,その親が,何十万円ものお金を払わなければいけなくなりそうです。


 もし,友だちの親が,カード会社にその代金をずっと払えないままだったりすると,

 その親の「信用」がなくなってしまい,

 いわゆる「ブラックリスト」に載ってしまって【★4】

 しばらくの間,新しいキャッシュカードが作れなかったり,家や車などを買うときにローンを組めなかったりします。


 クレジットカードを使っているのが,きちんと持ち主本人なのか,他の人が使っているのかは,

 ふつうは,サインや暗証番号で,チェックすることできます。

 ましてや,お店に子どもがカードを持ってきていれば,店員さんも,お客の見た目で,「カードの持ち主ではない」と,すぐにわかるでしょう。



 でも,最近のインターネットでは,カードの表面に書いてある数字を入力するだけで,カードが使えてしまうことが多いです。

 本人しかできないサインもいらないし,

 本人しか知らない暗証番号もいらないし,

 顔も見えません。

 だから,持ち主本人でなくても,かんたんにカードが使えてしまいます。


 たとえ「家族が使ったぶんは,持ち主が払わないといけない」というカード会社のルールがあったとしても,

 「持ち主本人かどうか」をカード会社のがわできちんとチェックしていないなら,

 持ち主が全額を払わないといけないというのは,やはりおかしなことです。

 「カードの表面の情報をインターネットに入力するだけで使えてしまうのは,本人かどうかのチェックがあまい。だから,家族が使ったとしても,カードの持ち主がお金を払う必要はない」,とした判決もあります【★5】


 ただ,他方で,カードの管理をしっかりしていなかった持ち主(親)が,まったく1円も払わないでよいというのも変だ,とか,

 勝手に親のカード番号を盗み見て,本人になりすまして入力した子どもが,まったく責任を負わないのも変だ,と感じる人も,多いと思います。

 カード会社かお店(今回の友だちのケースで言えばゲーム会社)と話し合いをして,たがいにおりあいのつく金額でまとまるのが,のぞましいと思います【★6】【★7】

 消費生活センターに相談することで解決することもありますし【★8】

 金額があまりに大きかったり,カード会社やお店との交渉がうまくいかないときには,裁判になってしまうことも考えて,早めに弁護士に相談してください。


 クレジットカードの「クレジット」は,お金についての「信用」ですが,

 私たちのこの社会,

  私たちの安心できる生活と幸せな人生は,

 お金というせまい意味だけにかぎらず,いろんな意味で,

 おたがいに「信用」し,「信用」されることで,成り立っています。

 だから,「信用」を裏切るようなことは,これからは絶対にしないように,

 あなたの友だちに伝えてください。

 

【★1】 クレジットカードのしくみは,代金の支払いが2ヶ月以上の期間になるときは,割賦販売法(かっぷはんばいほう)という法律の2条3項「包括信用購入(ほうかつしんようこうにゅう)あっせん」にあてはまります。代金を翌月に一括(いっかつ)で払う場合には,割賦販売法があてはまらないので,ルールは,もっぱら,カード会社の規約(きやく)がどうなっているかを中心に,見ることになります。
【★2】 詐欺罪(さぎざい)という犯罪です。
刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物(ざいぶつ)を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。」
刑法246条2項 「前項(ぜんこう)の方法により,財産上不法の利益を得(え),又(また)は他人にこれを得させた者も,同項(どうこう)と同様とする。」
刑法246条の2 「前条(ぜんじょう)に規定するもののほか,人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽(きょぎ)の情報若(も)しくは不正な指令を与えて財産権の得喪(とくそう)若しくは変更に係(かか)る不実(ふじつ)の電磁的記録を作り,又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録(でんじてききろく)を人の事務処理の用に供(きょう)して,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者は,10年以下の懲役に処する。」
【★3】 最高裁判所第二小法廷平成16年2月9日判決・刑集58巻2号89頁 「被告人は,本件クレジットカードの名義人本人に成(な)り済(す)まし,同カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装(よそお)い,その旨(むね)従業員を誤信(ごしん)させてガソリンの交付を受けたことが認められるから,被告人の行為(こうい)は詐欺罪を構成する。仮に,被告人が,本件クレジットカードの名義人から同カードの使用を許されており,かつ,自(みずか)らの使用に係る同カードの利用代金が会員規約に従(したが)い名義人において決済(けっさい)されるものと誤信(ごしん)していたという事情があったとしても,本件詐欺罪の成立は左右されない。」
【★4】 「ブラックリスト」といわれているものは,お金を貸したり,立て替えたりする銀行や会社などが,「この人はお金をきちんと返せないことがあった」という情報を共有するものです。全国銀行個人信用情報センター,CIC,日本信用情報機構などがあります。
【★5】 子どもが親の財布の中のクレジットカードから番号と有効期限をメモして,アダルトサイトにアクセスして入力し,285万円も使ってしまった,という事件で,カード会社が親に「代金を支払え」と求めたケースで,長崎地方裁判所佐世保支部平成20年4月24日判決・金融商事判例1300号71頁は,次のように述(の)べて,「親は支払わなくてもよい」としました。
 「カード識別情報を利用したなりすまし等の不正使用及びそれにより会員が被(こうむ)る損害を防止するには,カード識別情報の入力による利用方法を提供する〔カード会社〕において,カード識別情報に加えて,暗証番号など本人確認に適(てき)した何らかの追加情報の入力を要求するなど,可能な限り会員本人以外の不正使用を排除(はいじょ)する利用方法を構築することが要求されていたというべきである。入力作業の手間が少ない方が会員の利便性が向上するとともに,カードの利用が促進(そくしん)されて〔カード会社〕の利益にもつながることや,暗証番号等の本人確認情報も含めたインターネット上での与信(よしん)判断プロセスの構築に多額の費用がかかり得ることなどを考慮しても,決済システムとしての基本的な安全性を確保しないまま,事後的に補償規約(ほしょうきやく)の運用のみによって個別に会員の損害を回避(かいひ)しようとするだけでは不十分というほかない。」
 ただし,裁判所が必ずいつもこう判断するとはかぎりませんから(下村信江「クレジットカードの不正利用とカード会社の責任」判例タイムズ1291号55頁),注意が必要です。
【★6】 上の,長崎地方裁判所佐世保支部の事件では,カード会社が,子どもを相手に,損害賠償を払うよう求める別の裁判も起こしていました。結局,子どもがカード会社にお金を支払うという和解(わかい)がまとまって,裁判は終わりました(福崎博孝「有料サイトの利用とクレジットカードの支払いをめぐる訴訟における未成年の子の親の責任」現代消費者法3号44頁)。
【★7】 カード会社との話し合いではなく,お店のがわ(あなたの友だちの場合でいえばゲーム会社)と話し合いをして解決する,ということもありえます。
 お金を払ってゲームをするというのも,法律的な約束ごと(契約(けいやく))です。子どものうちは,いったんはしてしまった契約を,「親がOKしていなかった」という理由で,最初からなかったことにできます(「取消し」といいます)。
 ただ,子どもがお店に,「自分は親からOKをもらっている」とウソを言ったり,自分が親になりすましたりしていたら,取消しはできず,契約どおりにお金を払わないといけません。だとすると,インターネットで親のクレジットカードの番号を入力することは,ウソや「なりすまし」だから契約が取り消せない,ということになってしまいそうです。
民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない。ただし,単に権利を得(え),又は義務を免(まぬが)れる法律行為については,この限りでない。」
民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる。」
民法21条 「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術(さじゅつ)を用(もち)いたときは,その行為を取り消すことができない。」
 でも,カードの表面の番号などが入力されているだけで,「親のOKがあった」と信じてしまうお店のがわにも,問題があるでしょう。それが,子どもがよく使うゲームで,かつ,金額が多ければ,なおのこと,「本当に親がOKしているのかな?」と,お店がきちんとチェックするシステムがなければ,おかしいはずです。
 法律は,「子どもを複雑な経済のしくみから守る」,ということと,「親がOKしていると信じてだまされてしまったがわを守る」ということとのバランスをとっています。そういう考えかたのわくぐみからすると,子どもを相手に商売をしてもうけていて,経済のしくみにもくわしくて,力をもっている,それなのに,カードの持ち主のチェックのシステムをきちんとつくらない,そんなお店のほうが守られて,子どもがお金を払わないといけない,というのでは,おかしなことです。
 ましてや,ゲームの中の通貨は,現実の世界の商品とちがって,材料のお金が量や質に応じてかかるものではないので,契約が取り消されたときのじっさいのゲーム会社の「損」は,ポイント代の金額と比べるととても安いはずです。オンラインゲーム内の仮想通貨を不正に作って他の人に売っていた犯人に,ゲーム会社が7400万円近くの損害賠償を請求したという事件で,裁判所は,330万円の損害しか認めていないことも参考になります(東京地方裁判所平成19年10月23日判例時報2008号109頁)。そう考えるとなおのこと,未成年者の取消しを認めないで,ゲーム会社に契約どおりの高いお金をもらわせるのは,おかしいと思います。
 もし未成年者の取消しが認められれば,「現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」だけなので(民法121条ただし書き),ゲームの場合には,子どもに残っている利益がなく,ゲーム会社にお金を払う必要はないはずです。また,未成年取消しをしたときには,お店から子どもに対する損害賠償請求は認めないという裁判例もあります(京都地方裁判所平成25年5月23日判決・判例時報2199号52頁は,「もし,未成年者取消しは許されるが,未成年者は,取り消した契約に関して相手方や第三者に損害が生じた場合,民法709条に基づく賠償責任を負うとの法解釈を採用した場合,未成年者取消しが困難となる事例が続発することになると思われる。このような解釈は,民法が未成年者の行為能力を制限し,未成年者取消しを広く認めたことと著(いちじる)しく矛盾する。結局,未成年者取消しによって発生する財貨(ざいか)の偏在(へんざい)は,不法行為法理によってではなく,不当利得法理によって清算されると解するのが,民法の解釈として正しいというべきである。」と言っています)。
 ただ,まだいろんな考え方があって判例も固まっていませんし,個別のケースごとに事情もちがいますから,かんたんに考えずに,弁護士に相談してください。
【★8】 独立行政法人国民生活センターのウェブサイトで,全国の消費生活センターを調べることができます。http://www.kokusen.go.jp/map/index.html   

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