2017年9月 1日 (金)

パパがママをバカにしたり殴ったりする

 

 パパは,子どもの私には優しいんですが,ママにはいつも,「こんなまずいメシしか作れないのか」「何もできないくせに」「バカヤロウ」「人間のクズ」「誰がかせいだ金で食ってると思ってるんだ」とか言い続けたり,「出て行け」と突然大声でどなったりします。ひどいときは,パパがママを殴ったり,蹴飛ばしたり,テーブルに置いてあった物をママに投げつけたり,部屋のドアをわざとバタンと勢いをつけて閉めたりします。パパとママの大人どうしのことだし,子どもの私には何もできなくて,つらいです。

 


 家は,

 ゆっくりと心と体を休めて,毎日の生活を出発するための場所,

 ゆっくりと心と体を成長させて,将来の人生を準備するための場所です。



 それなのに,両親の仲が悪いと,

 心が休まらず,ほんとうにつらいですよね。



 特に,お父さんからお母さんに一方的に暴力・暴言があるのだと,

 お母さんを助けようすれば,

 お父さんの暴力・暴言が,今度は自分に向かってくるかもしれないし,

 お母さんへの暴力・暴言が,むしろもっとひどくなるかもしれない。

 かといって,お父さんの味方をして,お母さんを傷つけるわけにもいかない。

 どうすればよいのか,とても苦しいと思います。

 こういう苦しさがずっと続くのは,あなたの心の成長にとってもマイナスです
【★1】【★2】




 お父さんからは,あなたに対しては暴力・暴言がない,ということでしたね。



 それでも,お父さんがお母さんに暴力をふるったり,暴言を言ったりするのは,

 
子どものあなたに対する虐待,「児童虐待」にあたります。


 平成16年(2004年),児童虐待防止法という法律が改正されて,

 親から子どもへの暴力や暴言がなくても,

 お父さん・お母さんの間の暴力や暴言は,

 子どもにとっての虐待の一つ,子どもの心を傷つける「心理的虐待」だと,はっきり付け加えられました
【★3】



 ここにいていいんだと思える,しっかりした居場所があること。

 安心した毎日を送り,幸せな人生を送ることができること。

 法律は,それをとても大事にしています。

 「お父さんからお母さんに暴力・暴言があって,家にいるのがつらい」,

 「大切な居場所のはずの家が,安心・安全な場所になっていない」,

 そんな子どもたちを,法律が守っています。




 お父さんとお母さんの関係が悪いのは,あなたのせいではありません。

 自分自身を責(せ)める必要は,まったくありません。

 
あなたが安心・安全な暮らしを送れるように,

 
ぜひ,まわりの大人たちにSOSを出してください。


 私たち弁護士は,あなたのSOSを受け止めます。

 そして,一緒に考え,動くことができます。

 各地の弁護士の相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。



 市役所や区役所の中には,子どもを守ってくれるところがあります。

 東京では,「子ども家庭支援センター」と言います。

 あなたから直接連絡をしてもいいですし,

 学校の先生,地域の民生児童委員さん,そのほか誰でも,

 あなたが信頼できる大人を通して,連絡してもらってもかまいません。



 お父さんからお母さんへの暴力・暴言がひどければ,

 児童相談所や警察に間に入ってもらうこともありえます。

 児童相談所の全国共通の電話番号は,「189」です。

 特に,夜や休日にひどい暴力があった時は,

 110番をかけて警察に家に来てもらうか,近所の交番にかけこんでください。

 警察は,あなたのお父さん・お母さんと話をし,児童相談所にも連絡してくれます
【★4】



 自分がまわりの大人にSOSを出したら,

 「どうして家の中のことを外の人にペラペラしゃべったんだ」と怒られるんじゃないか,とか,

 お父さんが警察に逮捕されてしまうんじゃないか,とか,

 家族がバラバラになってしまうんじゃないか,とか,

 そういったことが心配でまわりの大人に相談しづらい,と思うかもしれません。

 あなたのその心配は,もっともなことです。

 まわりの大人は,あなたのその気持ちにも寄り添って,一緒に考えます。

 だから,あなたの心配も含めて,ぜひ,大人に相談してください。




 お父さんがまわりの人から暴力・暴言をやめるように注意されて,きちんと反省し,

 家族仲良く暮らせるようになるのが,一番よいことです。

 お父さんに,だれが,いつ,どうやって注意をするか,

 傷ついているお母さんを,どうやって支えるか,

 それを,まわりの大人たちと一緒に考えましょう。



 ただ,家族仲良く暮らせるのが一番よいこととはいっても,

 暴力・暴言があまりにひどければ,

 お母さんがお父さんから逃げることが必要だったり,

 警察がお父さんを逮捕しなければならないことも,あるかもしれません。

 お母さんは動かないけれど,あなたがこれ以上家にいるのがつらい,という場合は,

 あなただけ安全なところで守ってもらう,ということもできます(「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい)。

 そういったことも合わせて,まわりの大人たちと一緒に考えましょう。





 むかし,夫婦の間の暴力・暴言は,

 単なる夫婦げんかとして見られていました。



 でも,学校や職場や街中で,誰かを殴ったら,犯罪として処罰されます【★5】

 それなのに,「夫婦だったら殴ってもいい」というのでは,まったくおかしなことです。



 相手をバカにする言葉も,もし社会の中で誰かに言おうものなら,

 いじめやハラスメントとして,大きな問題になります。

 それなのに,「夫婦だったらバカにしてもいい」というのでは,やはりおかしなことです。




 私たちは,一人ひとりが,大切な人間です
【★6】

 誰かの物でも,誰かの人形でも,誰かの奴隷(どれい)でもありません。

 それは,夫婦の間でも,同じことです。


 国のおおもとのルールである憲法にも,

 夫婦は,お互いを大切な人間として尊重しあい,対等な立場で,協力しあって続けるものだと,書かれています
【★7】


 ところが,実際には,

 家の中で,夫が妻に,

 暴力をふるったり,

 バカにしたり,

 生活費を渡さないなど,お金でコントロールしたり,

 電話やメールを細かくチェックし,行動を監視して,自由を奪ったり,

 嫌がっているのにセックスをむりやりしたりして,

 夫が妻を,まるで物や人形や奴隷のように支配することが,あちこちで起きています
【★8】


 そういう暴力・暴言を受けて傷ついている人を守り,

 そういう暴力・暴言をこの社会からなくしていくために,

 2001年(平成13年)に法律ができました
【★9】

 その法律に基づいて,相談先が作られています
【★10】

 あなたからお母さんに,そういう相談窓口を勧めてみるのも,一つの方法です。




 DVという言葉を,皆さんも聞いたことがあるかもしれません。

 DVは,ドメスティック・バイオレンス(D
omestic Violence)の略です。

 「家庭内暴力」と訳されることも多いですが,

 けっして「暴力」だけでなく,暴言や,相手を傷つけること,支配することすべてが問題ですし,

 けっして「家庭内」の夫婦だけでなく,交際中の10代・20代のカップルの間でも,問題になっていることです
【★11】


 あなたやお母さんのようなつらい思いを,誰もがしなくて済むように,

 私たちみんなで,この社会から,DVをなくしていかなければなりません。



 10代の皆さんは,結婚はまだ先のことと思うかもしれません。

 でも,皆さんには,10代の今だからこそ,

 今付き合っているパートナーや,将来付き合うパートナーとの間で,

 お互いを大切な人間として,対等な立場で尊重しあうことを,

 お互いがDVの加害者にも被害者にもならないようにするために,

 今のうちからきちんと身につけてほしい,と,私は強く願っています。

 

 

【★1】 「DVがある家庭では,子どもは様々な心理的葛藤(かっとう)を抱(かか)えることになります。…例えば,父親が母親のことを子どもの前であざけりバカにするような,精神的暴力を行っていたとします。『おまえのつくったメシはまずい』『主婦失格だ』『人間失格だ』などと罵(ののし)っている最中に,子どもはどのような態度を取ることが正解でしょうか。父親のことを無視したり,母親の味方になって反論したりすれば,自分に今度はその暴力の矛先(ほこさき)が向かうかもしれませんし,こうした反抗的な態度を『母親の育て方のせい』と一層母親を責め立てる材料にして,暴力がエスカレートするかもしれません。では,父親に迎合(げいごう)して,一緒になって母親をけなすことが正しいのでしょうか。確かにそれで父親の機嫌はよくなり,自分に被害は及ばないかもしれませんが,自分の身を守るために虐待者へ同一化することは,母親への裏切りと感じられ,強い罪障感(ざいしょうかん)をもつことになります。このように,DVがある家庭の中では,子どもがどのような態度を取っても強い不安や葛藤,時には暴力そのものから逃れることができなくなるのです」(加藤尚子「虐待から子どもを守る! 教師・保育者が必ず知っておきたいこと」38頁)
【★2】 「子どもに与える影響」「暴力を目撃したことによって,子どもに様々な心身の症状が表れることもあります。また,暴力を目撃しながら育った子どもは,自分が育った家庭での人間関係のパターンから,感情表現や問題解決の手段として暴力を用いることを学習することもあります」(内閣府男女共同参画局「ドメスティック・バイオレンス(DV)とは」)
【★3】 児童虐待の防止等に関する法律2条 「この法律において,『児童虐待』とは,保護者…がその監護する児童…について行う次に掲(かか)げる行為(こうい)をいう。 (略) 四 …児童が同居する家庭における配偶者(はいぐうしゃ)に対する暴力(配偶者…の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及(およ)ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著(いちじる)しい心理的外傷を与える言動を行うこと」
【★4】 警察庁生活安全局少年課長,警察庁生活安全局生活安全企画課長,警察庁生活安全局地域課長,警察庁刑事局刑事企画課長,警察庁刑事局捜査第一課長平成28年4月1日「児童虐待への対応における関係機関との情報共有等の徹底について(通達)」(警察庁丁少発第47号,丁生企発第196号,丁地発第51号,丁刑企発第38号,丁捜一発第43号)
【★5】 刑法208条 「暴行を加えた者が人を傷害するに至(いた)らなかったときは,2年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは30万円以下の罰金又(また)は拘留(こうりゅう)若しくは科料(かりょう)に処(しょ)する」
 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★6】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★7】 憲法24条1項 「婚姻(こんいん)は,両性の合意のみに基(もとづ)いて成立し,夫婦が同等の権利を有(ゆう)することを基本として,相互(そうご)の協力により,維持(いじ)されなければならない」
 同条2項 「配偶者(はいぐうしゃ)の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項(じこう)に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」
【★8】 もちろん,夫から妻に対する暴力・暴言だけでなく,妻から夫に対する暴力・暴言もありますし,同じようにけっして許されないことです。ただ,実際は,圧倒的に夫から妻に対する暴力・暴言のほうが多いのが実態です。平成27年度,全国の配偶者暴力相談支援センターで受け付けた相談総数11万1630件のうち,女性からの相談が10万9629件,男性からの相談が2001件でした(平成28年9月16日内閣府男女共同参画局「配偶者暴力相談支援センターにおける配偶者からの暴力が関係する相談件数等の結果について(平成27年度分)」)
【★9】 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律
【★10】 内閣府男女共同参画局のウェブサイトに,相談先などの情報が詳しく載っています。http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/index.html
【★11】 【★9】の法律では,結婚していなくても,同居中のカップルでも対象になります。また,同居していないカップルでも,「デートDV」が問題になっています。NPO法人エンパワメントかながわ,ガールスカウト日本連盟らが2016年に実施した調査では,10代の女性43.8%,男性26.7%が,交際相手からのDVを経験していたことが明らかになっています(毎日新聞2017年3月13日「デートDV 経験10代女性の44% NPO広域調査」)。
 

2017年8月 1日 (火)

特別養子縁組って何?

 

 両親と自分に血のつながりがないことは,小学生の低学年くらいの時から親が時々話していたので知ってはいたけど,くわしいことまではわかってませんでした。最近,両親と私は「特別養子縁組」をしてると聞いたんですが,「特別養子縁組」ってどういうことですか?

 

 

 特別養子縁組は,育てられる子どものことを一番に考えた,養子縁組のしくみです。


 特別養子縁組をすると,育てる親と,育てられる子どもは,

 実(じつ)の親子とまったく変わらない,法律上の親子になります。

 もとの親,血のつながっているほうの親とは,法律上は他人になります。

 子どものためにしっかりした新しい家族ができる,まさに「特別」な養子縁組です。




 養子縁組というしくみは,民法という法律ができた明治時代からありました。

 でも,むかしは,「子どものため」のしくみではありませんでした。

 跡取り(あととり)がいない家を継(つ)いでもらうためのもの,「家のため」のしくみでした
【★1】【★2】



 その後,日本が大きな戦争に負け,社会が大きく変わりました。

 そのとき,養子縁組のしくみは,「子どものため」に,少しだけ前に進みました。

 未成年の子どもと養子縁組をするときは,その子にとってマイナスでないかどうかを,裁判所がきちんとチェックする,ということになりました
【★3】【★4】



 でも,むかしの「家のため」のしくみというイメージも残ったままで,

 家を継ぐために大人どうしで養子縁組をすることも,あいかわらず多くありました。

 特に,男性が女性と結婚するときに,その女性の親と養子縁組をする「婿(むこ)養子」が,多くありました
【★5】

 ほかにも,

 相続にかかる税金を安くするためだったり
【★6】

 今はまだ日本で結婚できない同性カップルが,法律上の家族になるためだったりと
【★7】

 養子縁組は,いろんな目的で使われていて,

 必ずしも「子どものため」のしくみというわけではありませんでした
【★8】



 このむかしからある養子縁組のことを,この記事では,

 「特別養子縁組」と区別して,

 「ふつうの養子縁組」と言うことにしましょう。




 ふつうの養子縁組は,

 縁組をした先の親が,子どもを育てる「親権者」になりますが
【★9】

 もとの親,血のつながった親とも,法律上は親子のままです
【★10】

 戸籍(こせき)という,家族の情報を役所が管理しているものには,

 縁組をした先の親(養親)の名前だけでなく,

 縁組をする前のもとの親(実親)の名前も,はっきり書かれています。



 結婚したあと,離婚することができるのと同じように,

 ふつうの養子縁組も,やめることができます
【★11】

 養子縁組をやめることを,「離縁(りえん)」と言います。

 「親子の縁を切る」「戸籍から抜く」と言われた,の記事にも書いたように,

 実の親子だったら,親子の関係をやめることは,できません。

 ところが,ふつうの養子縁組だったら,離縁をして親子の関係をやめ,他人どうしにもどることができてしまいます。




 養子縁組をしても,

 もとの親と法律上つながったままだったり,

 縁組をやめることができたりするのは,

 育てられる子どものがわから見ると,育ててくれる親とのあいだでしっかりした関係にまでならない,不安定さが残るものでした。




 1959年(昭和34年)ころ,

 「もっと子どものための養子縁組のしくみを作るべきではないか」,という議論もあったのですが,

 新しいしくみは,なかなか作られませんでした
【★12】



 そうしたところ,1973年(昭和48年)に,ある大きな事件が起きました【★13】【★14】



 妊娠したけれど,いろんな理由で,子どもを育てることができない。

 だから,子どもを産まずに,中絶したい。

 そう考える女性に,命の大切さを話し,中絶を思いとどまるよう説得していた,ある産婦人科のお医者さんがいました。



 他方で,「子どもをもうけたくてもなかなか授(さず)からないので,子どもを引き取って自分の子どもとして育てたい」,と考える夫婦もいました。


 なので,そのお医者さんは,生まれてきた子どもを,引き取って育ててくれる夫婦に,バトンタッチしていました。

 その時に,お医者さんは,「その夫婦の妻が産んだ子どもです」という,ウソの出生証明書を作っていたのです。



 命を守るという善意からしていたこととはいえ,

 そのお医者さんがウソの証明書を作ることは,犯罪でした。

 それに,ふつうの養子縁組でも,未成年の子どもの縁組のときは,その子にとってマイナスでないかどうかを裁判所がきちんとチェックするのに,

 ウソの届け出がされてしまったら,裁判所のチェックがないまま,子どもが引き取られてしまいます。

 しかも,もとの親が誰だったのかも,書類からは,わからなくなってしまいます。




 そこで,その事件をきっかけに議論がふたたび始まり,

 1987年(昭和62年)に新しく作られたのが,特別養子縁組のしくみです。




 特別養子縁組は,

 子どもがまだ小さいうちに
【★15】

 いろんな事情で子どもを育てることができない親のもとから
【★16】【★17】

 「自分たちの実の子どもと同じように育てたい」という夫婦に,バトンタッチするしくみです
【★18】【★19】


 そのバトンタッチのあいだに入るのは,

 児童相談所という,子どもを守るための役所が担当することもあれば
【★20】

 子どものために動いている民間の団体がすることもあります
【★21】



 ふつうの養子縁組は,子どもが未成年のとき,裁判所が「子どもにとってマイナスにならないかどうか」をチェックします,と書きました。

 でも,特別養子縁組では,裁判所は,さらにもっとふみこんでチェックします。

 「もとの親からこの夫婦にバトンタッチするのが,この子にとってプラスになる」。

 裁判所がそう認めて,はじめて特別養子縁組が成り立ちます
【★22】



 特別養子縁組は,

 「養子縁組」という名前がついてはいますが,

 法律上は,まるで実の親子のようになります。

 そして,もとの親,血のつながっているほうの親とは,法律上は他人になります
【★23】

 それが,ふつうの養子縁組との,大きなちがいです。



 戸籍を見ても,

 「養子」とは書かれていませんし,もとの親の名前も書かれていません。

 一見しただけでは,育ての親の,実の子どものように書かれています。



 そして,実の親子が,親子の関係をやめることができないのと同じように,

 特別養子縁組は,ふつうの養子縁組のようにかんたんに離縁をすることはできません。

 よっぽどの事情があるときで,裁判所がOKしたときにしか,特別養子縁組をやめることはできません
【★24】


 子どものために,しっかりした新しい家族ができるためのしくみが,特別養子縁組です。



 あなたは,小学生のときから,血のつながりのないことを,親から教えてもらっていたのですね。


 子どもが成長するとき,

 「自分がどんな人間なのか」ということを知るのは,とても大切なことです。

 難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。

 自分が特別養子縁組というしくみで今の親に育てられているということ,

 それをきちんと教えてもらうのも,とてもだいじなことです
【★25】【★26】

 そして,もとの親のことを知りたい,と思ったら,あなたの前の戸籍をさかのぼれば,知ることができます。





 今,日本では約4万5000人の子どもたちが,親と暮らせず,

 児童福祉のしくみの中で生活しています(「社会的養護」と言います)。

 そしてそのうちの多くが,施設の中で暮らしています
【★27】【★28】


 2016年(平成28年),「できるだけ施設よりも家庭的な暮らしが送れるようにしよう」と法律に書き加えられ
【★29】

 児童相談所が養子縁組によりいっそう取り組むことになりました
【★20】


 特別養子縁組は,これまで毎年300件くらい行われていたのが,

 最近は400~500件くらいに,少しずつ増えています
【★30】

 特別養子縁組がさらにもっと増えていくことが,期待されています。




 実の親のもとで暮らすことができない子どもにも,

 しっかりとした新しい家族があって,

 その子どもと家族を,私たち社会全体で支えていくこと。

 そういう特別養子縁組の大切な役割を,

 もっと広くいろんな人たちに知ってもらいたいと,私は願っています。

 

 

【★1】 「明治民法における養子制度は,家の後継者を求めることに重要な役割があったといえます。家の制度は祖先から子孫につないでいくことが重要でありますから,家の後継者がいないことには家がつぶれることになり,致命的なことであります。そこで,養子を迎えて家を承継させること,つまり家を連続させていくことが,重視されたのであります。このように家の後継者を得るための親子関係,すなわち,養子制度が必要だったといえるのです。家のための養子制度ということであります」(米倉明,細川清編「民法等の改正と特別養子縁組制度」中川淳『親子法の理念と特別養子縁組制度』4頁)
【★2】 ただし,明治民法の養子制度でも,家督(かとく)相続以外に様々な目的の養子があった,という指摘もあります。
 「容易に想像できるのは『家』の承継のための養子であるが,明治民法下で行われた養子は,家督相続のためのものばかりではなく,様々な目的の養子が存在した。分家をさせるためとか,婚姻につき女子の家格を引き上げるためとか,家族の労働力を補充するためとか,さらには芸妓にするための養子もあり,孤児を収養するためのものもあった。このように,極めて多様な目的のために養子が行われたということが日本の養子の特色といえる。その意味で,明治民法の養子制度には確固たる目的がなかったといえる」(内田貴「民法Ⅳ」248頁)
【★3】 民法798条 「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者(はいぐうしゃ)の直系卑属(ちょっけいひぞく)を養子とする場合は,この限(かぎ)りでない」
 この但書きは,例えば,おじいちゃんやおばあちゃんと養子縁組をするときや,離婚した親の再婚相手と養子縁組をするときには,家庭裁判所のチェックがいらない(役所に届け出るだけで養子縁組ができる)ということです。私は,この規定はおかしい,この場合でも家庭裁判所がチェックするべきだと思います。
 「母親の再婚相手と養子縁組したくない」の記事も,あわせて読んでみてください。
【★4】 「戦後の民法改正で,未成年養子につき家庭裁判所の許可を要求する規定が入り,これによって,子のための養子法にも配慮を示したとはいえる。しかし,婚外子や孤児救済のための養子制度という観点から見れば,不徹底なものであった」(内田貴「民法Ⅳ」249頁)
【★5】 「1982年の法務省の調査によると…養子となる男女比率は男7割,女3割であり,とくに20代男性が結婚を機に配偶者の親と婿養子縁組を結んでいるケースが多い」(棚村政行「子どもと法」273頁)
【★6】 このような目的での養子縁組もただちに無効とはいえないと最高裁が判断しています。
 最高裁第三小法廷平成29年1月31日判決(民集71巻1号48頁) 「養子縁組は,嫡出(ちゃくしゅつ)親子関係を創設するものであり。養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴(ともな)い,遺産に係る基礎控除(こうじょ)額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存(へいぞん)し得るものである。したがって,専(もっぱ)ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう『当事者間に縁組をする意思がないとき』に当たるとすることはできない」
【★7】 「同性婚 だれもが自由に結婚する権利」(同性婚人権救済弁護団編,明石書店)136頁
【★8】 養子縁組の届出は,毎年8万件~9万件もありますが,そのうち,裁判所がチェックしているのは700件~1000件しかありません。しかも,この700件~1000件は,未成年の養子縁組のチェックだけではなく,後見人が被後見人を養子にする場合の許可(民法794条)も含んでいるので,未成年の養子縁組のチェックはこれよりも少ない数です。また,【★3】で書いたように,おじいちゃんやおばあちゃんと養子縁組をするときや,離婚した親の再婚相手と養子縁組をするときには,家庭裁判所のチェックがいらないので,この700件~1000件という数だけでは,結局,未成年の子どもの養子縁組がどのくらいの数で行われているのかがわかりません。それでもこの統計からは,ふつうの養子縁組が,「子どものため」以外のものが圧倒的に多いということ,家庭裁判所がチェックしているものがとても少ないということがわかります。
(養子縁組総数は法務省の戸籍統計(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001159203),養子をするについての許可の数は裁判所の司法統計(http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search))
            養子縁組総数 家裁の許可
 2006年(平成18年) 8万9597件 1007件
 2007年(平成19年) 9万0145件 1045件
 2008年(平成20年) 8万9116件  973件
 2009年(平成21年) 8万5094件  964件
 2010年(平成22年) 8万3228件  926件
 2011年(平成23年) 8万1556件  790件
 2012年(平成24年) 8万1383件  790件
 2013年(平成25年) 8万3647件  749件
 2014年(平成26年) 8万3611件  710件
 2015年(平成27年) 8万2592件  728件
【★9】 民法818条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服(ふく)する」
【★10】 法律上の親子関係が続くので,将来,親が年を重ねたとき子どもが親を養(やしな)う立場になりますし(これを扶養(ふよう)といいます),親子としてどちらかが亡(な)くなれば,財産を引き継ぐこと(相続)も起きます。例えば,養子は,養親が亡くなったときに養親の遺産を相続するだけでなく,もとの親が亡くなったときもそのもとの親の遺産を相続します。
【★11】 民法811条1項 「縁組の当事者は,その協議で,離縁をすることができる」
 離縁の協議が整わない場合は,裁判で離縁をすることもできます。
 民法814条1項 「縁組の当事者の一方は,次に掲(かか)げる場合に限り,離縁の訴えを提起することができる。
 一 他の一方から悪意で遺棄(いき)されたとき
 二 他の一方の生死が3年以上明らかでないとき
 三 その他縁組を継続し難(がた)い重大な事由があるとき」
【★12】 「特別養子制度というものが,最初に立法課題となりましたのは,昭和34年6月の『仮決定・留保事項』と呼んでいるものにおいてであります。…これは,第一次・第二次世界大戦をとおして発展してきましたヨーロッパの養子制度の影響を受けたもの,それをかなり参考にしたものと思われます。…この時期には,特別養子制度の構想を積極的に推進するという機運は生じなかったように思います」(米倉明,細川清編「民法等の改正と特別養子縁組制度」中川淳『親子法の理念と特別養子縁組制度』10頁)
【★13】 一般的に,菊田医師事件と言われています。
 「宮城県石巻市の産婦人科医師である菊田昇医師が,自分の経営する産院を訪れる堕胎(だたい)希望の女性に対して,生命がいかに尊いものであるかを説得し,堕胎を思いとどまらせる活動をしていた。…しかし,堕胎を思いとどまっても,生まれた子を母親が育てることはできない。そこで,誰か育ててくれる親を探す必要がある。養子はそのための制度でもあるが,『私生児』であることが周囲に知られると,その子はいろいろな局面で差別の目に曝(さら)されて生きなければならなくなる。反面,子を貰(もら)い受けて育てたいという親としては,実の子として育てたいという希望が強い。せっかく育てても養子だとわかると子の方から離れていくのではないかという危惧(きぐ)があったからである。そこで菊田医師は,子供を貰いたいという人に産まれた子を斡旋(あっせん)し,その親の嫡出子(ちゃくしゅつし)として出生届をするということを行なっていた。これは虚偽(きょぎ)の出生届であるし,その届書には医師の出生証明書が添付(てんぷ)されるが,菊田医師は虚偽の証明書を作成していたわけで,これは犯罪行為であった。このため,この事実が明るみに出たときその是非(ぜひ)をめぐり大きな論争になったのである」(内田貴「民法Ⅳ」250頁)
【★14】 菊田医師事件以前から,「藁(わら)の上の養子」といって,同じようなことが行われていました。裁判所は,そのようなケースで,「ウソの出生届では,養子縁組届の代わりにもならない」と判断しています。
 最高裁第三小法廷昭和50年4月8日判決(民集29巻4号401頁) 「原審の適法に確定したところによれば,被上告人とその夫Aは,大正11年1月ころ訴外B・C夫婦間の子として出生した上告人を同年3月13日引き取って実子同様に養育し,Aから戸籍上の届出手続の依頼を受けた訴外某が同年9月22日上告人をA・被上告人間の嫡出子として出生届をして,それが受理されたというのである。所論は,右の場合には嫡出子出生届は養子縁組届として有効と解すべきであるというが,右届出当時施行の民法847条,775条によれば,養子縁組届は法定の届出によって効力を生ずるものであり,嫡出子出生届をもって養子縁組届とみなすことは許されないと解すべきである」
【★15】 小学校に入る前までに決まっていることが望ましいので,基本的には子どもが6歳になる前でなければ特別養子縁組はできません。ただ,6歳になる前から引き続き養親候補に育てられているなら,8歳になる前までであれば特別養子縁組ができることになっています。
 民法817条の5 「第817条の2に規定する請求のときに6歳に達している者は,養子となることができない。ただし,その者が8歳未満であって6歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されている場合は,この限りでない」
【★16】 民法817条の7 「特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする」
【★17】 特別養子縁組はもとの親がOKがなければできませんが,例外的に,もとの親のOKがなくてもできる場合もあります。
 民法817条の6 「特別養子縁組の成立には,養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし,父母がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待,悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は,この限りでない」
【★18】 ふつうの養子縁組は,養親が一人でもすることができます(ただし,結婚している人が,未成年を養子にする場合には,夫婦でいっしょに養親にならないといけません)。これに対して,特別養子縁組は,養親は必ず結婚している夫婦でなければなりません。
〔ふつうの養子縁組〕
 民法795条 「配偶者のある者が未成年者を養子とするには,配偶者とともにしなければならない。…」
〔特別養子縁組〕
 民法817条の3 「養親となる者は,配偶者のある者でなければならない」
【★19】 ふつうの養子縁組は,養親が20歳以上であればよく,養子との歳の差がたった1日でもOKです。これに対して,特別養子縁組は,【★15】に書いたように子どもが6歳未満であることだけでなく,養親は夫婦の片方が25歳以上でなければなりません。
〔ふつうの養子縁組〕
 民法792条 「成年に達した者は,養子をすることができる」
 民法793条 「尊属(そんぞく)又は年長者は,これを養子とすることができない」
〔特別養子縁組〕
 民法817条の4 「25歳に達しない者は,養親となることができない。ただし,養親となる夫婦の一方が25歳に達していない場合においても,その者が20歳に達しているときは,この限りでない」
【★20】 これまでも児童相談所は特別養子縁組で子どもを新しい親にバトンタッチする業務をしてきていますが,2016年(平成28年)の児童福祉法改正で,その業務がはっきりと条文に書かれるようになりました。
 平成28年改正児童福祉法11条1項 「都道府県は,この法律の施行に関し,次に掲げる業務を行わなければならない。 (略) ト 養子縁組により養子となる児童,その父母及び当該養子となる児童の里親となる者,養子縁組により養子となった児童,その養親となった者及び当該養子となった児童の父母(民法第817条の2第1項に規定する特別養子縁組により親族関係が終了した当該養子となった児童の実方の父母を含む。)その他の児童を養子とする養子縁組に関する者につき,その相談に応じ,必要な情報の提供,助言その他の援助を行うこと」
【★21】 2016年(平成28年),「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律」という法律ができました。人身売買のように子どもをバトンタッチする悪質な団体が活動することを防ぐため,役所がきちんとした団体かどうかをチェックし,OKした団体をバックアップするしくみになりました。
【★22】 民法817条の2第1項 「家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方(じっかた)の血族(けつぞく)との親族関係が終了する縁組(以下この款(かん)において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる」
 民法817条の7 「特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする」
 民法817条の8第1項 「特別養子縁組を成立させるには,養親となる者が養子となる者を6箇月(かげつ)以上の期間監護した状況を考慮しなければならない」
【★23】 民法817条の2第1項 「家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方(じっかた)の血族(けつぞく)との親族関係が終了する縁組(以下この款(かん)において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる」
【★24】 特別養子縁組の離縁は,次の条文のとおりとてもハードルが高く,また,養親から請求することは認められていません。
 民法817条の9第1項 「次の各号のいずれにも該当する場合において,養子の利益のために特に必要があると認めるときは,家庭裁判所は,養子,実父母又は検察官の請求により,特別養子縁組の当事者を離縁させることができる。
 一 養親による虐待,悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があること
 二 実父母が相当の監護をすることができること」
 同条2項 「離縁は,前項の規定による場合のほか,これをすることができない」
【★25】 「真実告知は血のつながりがない事実だけを強調して子どもに伝えることではありません。『血のつながりはないけれども,家族であることに変わりはない。あなたは私たちが強く望んで迎えた大事な子ども』であると子どもに伝えることが真実告知です。真実告知という言葉の替わりに,テリング(telling)という言葉が使われることもあります。子どもには自分のルーツを知る権利があり,子どものルーツを隠すことは親子の信頼関係を損ねるという考え方が里親養親の間で周知されるようになりました。…真実告知の時期や方法については,正解がありません。…私が先輩の里親養親さんからいただいたアドバイスには次のような共通点がありました。
 ・近所の大人や子どもなど,家族ではない第三者から事実を知らされることほど,子どもの気持ちが深く傷つくことはない。事実は必ず養親から子どもに伝える
 ・自分のアイデンティティに目覚め,情緒的に不安定になる思春期は真実告知を避ける
 ・家に迎えた時の子どもの事情,年齢,性格を考慮し,家族関係がよい時に真実告知をする
 ・生みの親については肯定的に伝え,ネガティブは発言をしない」(吉田奈穂子「子どものいない夫婦のための養子縁組ガイド」199頁)
【★26】 児童に関する条約(子どもの権利条約)7条1項 「児童は…できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」
【★27】 厚生労働省「社会的養護の現状について(参考資料) 平成29年3月」(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154060.pdf) 里親委託児童4973人,ファミリーホーム(養育者の住居において家庭養護を行う(定員5~6名))1261人の合計6234人に対し,乳児院2901人,児童養護施設2万7288人,情緒障害児短期治療施設1264人,児童自立支援施設1395人,母子生活支援施設5479人,自立援助ホーム516人の合計は3万8843人です。
【★28】 児童福祉のしくみでは,施設ではなく,里親に預けるということもあります。里親は,養子縁組のように法律上の親子になるのではありません(もとの親が法律上の親のままで,親権をもっているのも,もとの親のほうです)。施設とちがって家庭的な雰囲気の中で育つことができるので,養子縁組だけでなく,里親のしくみも,もっと広がることが期待されています。「児童養護施設にイヤな職員がいる」の記事もあわせて読んでみてください。
【★29】 平成28年改正児童福祉法3条の2 「国及び地方公共団体は,児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう,児童の保護者を支援しなければならない。ただし,児童及びその保護者の心身の状況,これらの者の置かれている環境その他の状況を勘案(かんあん)し,児童を家庭において養育することが困難であり又は適当でない場合にあっては児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう,児童を家庭及び当該養育環境において養育することが適当でない場合にあっては児童ができる限り良好な家庭的環境において養育されるよう,必要な措置を講じなければならない」
【★30】 裁判所司法統計(http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search)「特別養子縁組の成立及びその離縁に関する処分」の件数から「うち離縁に関する処分」の件数を除いた数
 2006年(平成18年) 313件
 2007年(平成19年) 289件
 2008年(平成20年) 309件
 2009年(平成21年) 326件
 2010年(平成22年) 325件
 2011年(平成23年) 374件
 2012年(平成24年) 339件
 2013年(平成25年) 474件
 2014年(平成26年) 513件
 2015年(平成27年) 544件

2017年7月 1日 (土)

学校で制服を着ないといけないのが嫌だ

 

 市立の中学生です。去年まで暮らしていた海外では中学でも私服だったので,ここの学校で制服を着て通学しないといけないのが,なんとなく嫌だなと思ってます。でも,同級生たちはあまり疑問に思ってないみたいです。学校の制服って,法律で決まってることなんですか。

 

 

 「学校で生徒が制服を着なければいけない」とは,法律に書かれていません。

 制服のルールは,それぞれの学校が決めています。

 でも,公立の中学では,絶対に着なければいけないものではありません。





 制服が「なんとなく嫌だ」と思うあなたの気持ちは,まったく自然なものです。




 人は,他の人に迷惑をかけないかぎり,何をしてもいいという自由があります。



 自分らしい毎日を過ごすこと,自分らしい人生を送ることは,

 けっして,わがままや自分勝手ではありません。

 むしろ,法律がだいじにしていることです。

 一人ひとりが大切な存在として扱われ,幸せな毎日・人生を送れるためにこそ,法律があるのです
【★1】


 特に,

 言いたいことを言えること,

 書きたいことを書けること,

 描きたいことを描けること,

 歌いたいことを歌えること,

 踊りたいことを踊れること,

 そういうふうに自分を表現できることは,自分らしく生きることにつながります。

 そして,いろんな人のいろんな表現が混じり合うことで,

 一人ひとりが成長することができ,社会全体も豊かなものになります。



 だから,憲法は,表現の自由をとてもだいじなもの,よっぽどのことがなければ制限できないものとしています【★2】【★3】



 着たい服を着られるということ。

 それも,自分らしく生き,自分を表現するための,とてもだいじなことです。

 特に10代は,自分探しをしながら自分を形づくっていく時期ですから,

 服装や髪型を自由に選べることは,大人と同じように重要です
【★4】


 だから,

 よっぽどのことがなければ,

 自分が好きな服を着るのを禁じられたり,

 決まった服を押しつけられたりすることは,許されません。



 つまり,

 自由に服を着られるのがあたりまえで,

 逆に,自由に服が着られないのが例外的なことです。



 なので,

 「どうしても制服を着たくない」というほどの強い気持ちでなくても,

 あなたのように「なんとなく嫌だ」という気持ちも,

 法律から見ればあたりまえのことで,大切にされなければならないのです。





 例外として,服装の自由を奪うなら,

 しっかりとしたルールが必要です。

 そして,そのルールを作るときに,

 服装の自由を奪う「よっぽどの理由」があるのかを,きちんと議論しなければいけません。




 刑務所に入っている人は,服装に自由がありません。

 それは,法律というしっかりしたルールで,きちんと決められています
【★5】

 刑務所に入っている人は,犯罪をして厳しい罰を受けている立場です。

 刑務所がそういう人たちをきちんと管理できるようにする必要がある。

 それが,服装の自由を制限する「よっぽどの理由」です。



 警察官【★6】,消防隊員【★7】,海上保安官【★8】,税関職員【★9】,入管職員【★10】,自衛官【★11】などの公務員や,

 鉄道
【★12】や警備【★13】の会社の社員も,

 法律というしっかりしたルールで,制服を着ることが決められています。

 そういう特別な仕事に就いていることが,見た目ではっきりわかるようにする必要がある。

 それが,服装の自由を制限する「よっぽどの理由」です。





 しかし,学校の生徒の制服は,法律がありません。



 日本は,子どもの権利条約という世界との約束で,

 「子どもの表現の自由を制限するときは,きちんと法律を作らないといけない」

 と確認しています
【★14】

 制服については,その法律がないのです。



 法律がないのは,服装の自由を制限しなければいけない「よっぽどの理由」じたいが,ないからです。



 制服のルールは,それぞれの学校が決めています。

 学校は,みんなが安心・安全な学校生活を送るためのルール,いわゆる「校則」を作ることができます。

 でも,学校は,何でも好き勝手に校則を作れるわけではありません。

 憲法がとてもだいじにし,法律でも奪っていない生徒の服装の自由を,

 学校生活のためという名目(めいもく)で学校が簡単に奪ってしまうことは,許されません
【★15】



 「服装の乱れは心の乱れ,制服は非行を防ぐために役に立つ」とか【★16】

 「お金持ちの家の子と経済的に苦しい家の子との差が出ないように」など
【★17】

 制服が必要だという人たちは,いろんな理由を挙げます。

 でも,そのどれも,表現の自由・服装の自由というとてもだいじなものを奪うほどの「よっぽどの理由」には,まったくなっていません。




 もちろん,学校での生徒の服装がまったく自由でいいというわけでもありません。

 大人になったとき,職場(特に人と接する仕事)や結婚式・お葬式など,その場にふさわしい服装をすることが,社会の中で暮らすうえで必要になります。

 そのことを子どものうちからきちんと教え,身につけさせるのも,学校のだいじな役割です。

 だから,勉強をする場にふさわしい服装をするように学校が生徒を指導するのは,当然のことです。



 でも,だからといって,

 「ふさわしい服装」として,みんな同じ制服を着ることまで強制するのは,明らかに度が過ぎています。

 生徒一人ひとりに自分で「ふさわしい服装」を考えさせること,

 周りの人を怖がらせるような服や,パーティーで着るようなあまりに派手な服などを着てきた生徒がいたら,

 なぜそれが「ふさわしい服装」でないのかを,一人ひとりに合わせてきちんと指導すること,

 それこそが教育だと,私は思います。

 そういう丁寧な指導をせずに,みんな同じ服を着させて解決しようとするのは,教育として手抜きですし,

 「教育」という形をとりながら,実際には子どもたちを「支配」しているのと同じです。




 公立の中学校で制服を着なければいけないのかが争われた裁判が,いくつかあります。

 それらの判決で,裁判所は,こう言っています。

  「校則は,生徒の心得(こころえ)を示したもの。

   校則に書かれている制服は,むりやり着させられるものではないし,

   着なかったからといって,不利には扱われない」
【★18~20】


 実際には,あなたが私服で登校すれば,

 それが学ぶ場にふさわしい服装なのかどうか,先生から指導されるでしょう。

 でも,あなたが「ふさわしい服装だ」と自信をもってきちんと話をすれば,

 学校はそれ以上,あなたに制服を強制することは,法律上できないのです。



 もし,あなたが私服で通学することを学校にきちんと話したのに,

 指導が長時間続いたり,何度も繰り返されたり,

 制服でなければ授業を受けさせない,修学旅行に行かせない,という不利な扱いをされたら,

 すぐに弁護士に相談してください。



 ただし,

 公立ではなく私立の学校では,

 「その学校のルールをわかったうえで,自分から希望して入学した」ということが重視されるので,

 校則で決められている制服を着なければ,

 停学や退学などの懲戒処分を受けてしまうことがありえます
【★21】

 私は,「それはおかしい。いくら私立の学校でも,まちがったルールで処分されることは許されない」と思いますが,

 私立の学校の場合,制服の自由について公立の学校よりも高いハードルがあることは,知っておいてください。





 どんな人も,一人ひとりが,大切な人間です。

 工場で作られているような,どれも同じ形をした商品ではありませんし,

 着せ替え人形でもなければ,奴隷でもありません。

 教育基本法という,教育のベースとなる法律にも,

 一人ひとりを大切にすることが,はっきり書いてあります
【★22】

 それなのに,

 体型も,服のセンスも,みんなばらばらの生徒たちが,

 まったく同じ服を着させられているのは,おかしなことなのです。




 むかしは,校則で男子が丸坊主にさせられる中学校がとても多かったのですが,

 みんなが「おかしい」と声を上げたことで,

 丸坊主にさせる学校は,とても少なくなりました
【★23】

 制服についても,同じように「おかしい」と声を上げて変えていくことが大切だと,私は思っています。

 

 

【★1】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★2】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
【★3】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁)
【★4】 「少なくとも髪型や服装などの身じまいを通じて自己の個性を実現させ人格を形成する自由は,精神的に形成期にある青少年にとって成人と同じくらい重要な自由である」(芦部信喜「憲法学Ⅱ 人権総論」404頁)
【★5】 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律186条1項 「被留置者(ひりゅうちしゃ)には,次に掲(かか)げる物品…であって,留置施設における日常生活に必要なもの…を貸与(たいよ)し,又(また)は支給する。 一 衣類及び寝具(以下略)」
 同法187条 「留置業務管理者は,被留置者が,次に掲げる物品…について自弁(じべん)のものを使用し…たい旨(むね)の申出をした場合には,留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれがある場合,…並びに被留置受刑者について改善更生に支障を生ずるおそれがある場合を除き,内閣府令で定めるところにより,これを許すものとする。 一 衣類(以下略)」
 同法189条 「第186条…により貸与し,又は支給する物品は,被留置者の健康を保持するに足り,かつ,国民生活の実情等を勘案(かんあん)し,被留置者としての地位に照らして,適正と認められるものでなければならない」
【★6】 警察法70条 「警察職員の…服制…に関し必要な事項は,国家公安委員会規則で定める」 ※警察官の服制に関する規則(昭和31年12月19日国家公安委員会規則第4号)
【★7】 消防組織法16条2項 「消防吏員(りいん)の…服制に関する事項は,消防庁の定める基準に従(したが)い,市町村の規則で定める」 ※消防吏員服制基準(昭和42年2月3日消防庁告示第1号)
【★8】 海上保安庁法17条3項 「海上保安官の服制は,国土交通省令で定める」 ※海上保安庁職員服制(昭和37年6月8日運輸省令第31号)
【★9】 関税法105条3項 「税関職員は,第1項の規定により職務を執行するときは,財務省令で定めるところにより,制服を着用し,かつ,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない」 ※税関職員服制(昭和44年9月22日大蔵省令第50号)
【★10】 出入国管理及び難民認定法61条の5第1項 「入国審査官及び入国警備官がその職務を執行する場合においては,法令に特別の規定がある場合のほか,制服を着用し,又はその身分を示す証票を携帯しなければならない」
 同条3項 「第1項の制服及び証票の様式は,法務省令で定める」 ※入国審査官及び入国警備官服制(平成5年6月10日法務省令第26号)
【★11】 自衛隊法33条 「自衛官,自衛官候補生,予備自衛官,即応予備自衛官,予備自衛官補,学生…,生徒その他その勤務の性質上制服を必要とする隊員の服制は,防衛省令で定める」 ※自衛官服装規則(昭和32年2月6日防衛庁訓令第4号)
【★12】 鉄道営業法第22条 「旅客及(および)公衆ニ対スル職務ヲ行フ(おこなう)鉄道係員ハ一定ノ制服ヲ著スヘシ(べし)」
【★13】 警備業法16条1項 「警備業者及び警備員は,警備業務を行うに当たっては,内閣府令で定める公務員の法令に基づいて定められた制服と,色,型式又は標章により,明確に識別することができる服装を用いなければならない」
 同条2項 「警備業者は,警備業務…を行おうとする都道府県の区域を管轄する公安委員会に,当該公安委員会の管轄区域内において警備業務を行うに当たって用いようとする服装の色,型式その他内閣府令で定める事項を記載した届出書を提出しなければならない。この場合において,当該届出書には,内閣府令で定める書類を添付しなければならない」
【★14】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)13条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★15】 子どもの権利条約は,学校のルールが子どもたちの人間の尊厳に適合するものであることを求めています。
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条2項 「締約国は,学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる」
【★16】 私服だと非行をしやすくなる,というわけではありませんし,非行をする子は,学校が制服であっても非行をします。大人でも,立派なスーツを着ていてもとんでもない犯罪をする人もいますし,一見だらしのない服や変わった服を着ていても,人格的にとても優れている人も,多くいます。非行を防ぐこと自体はだいじですが,だからといって,そのことは生徒たちの服装の自由を奪うほどの「よっぽどの理由」にはなりません。本気で非行を防ぐのなら,統一した服装で子どもたちを管理・支配するのではなく,子どもたち一人ひとりを大切な存在として扱うこと,家や学校や地域に子どもたちの居場所があるかを注意深く見守ることのほうが必要です。
【★17】 実際には,決まった業者から高い制服を買わなければならないので,経済的に苦しい家にとっては制服のほうが負担になっています。服はお金をかけさえすれば良いというものではなく,限られた条件の中で工夫する大切さを教えることが,大人が負っている役割です。
【★18】 京都地裁昭和61年7月10日判決(判例地方自治31号50頁) 「同校の標準服の定めは厳格にそのまま実施しているわけではなく,事案ごとに弾力的に運用されていること,原告もその好みによって標準服を一部分変更して,スカート丈をやや短くし,スカートのギャザーを長くし,上衣のボタンの位置をやや変え,スカートの腰に小さいハートの印をつけたものを着用しているが,被告はこの程度の変更には問題がないと考え,原告に対して何の措置もとっていないこと,被告は標準服を着用せずに私服で登校する生徒に対しては指導をして,それを改めるように説得することにしていること,しかし,被告の同校を始め,京都市立の中学校において標準服を着用しないことを理由に,生徒に対して懲戒処分(学校教育法11条)を行った例はないし,進学や卒業を拒否した例もないことが認められる。…本件において,原告は自分の好みによって変更を加えた標準服を着用し,被告も右衣服を何ら問題とはしていないところ,衣服着用の性質からすると,原告が他の衣類ではなく,右の自己の好みにより変更を加えた標準服を着用することが,重大な損害を被(こうむ)ることにつながるとはいえない。そのうえ,京都市立の中学校では標準服不着用を理由として懲戒処分をしたり,進級卒業を拒否した例はないというのであるから,標準服を着用しないことによる不利益処分の確実性は極めて低いというべきである。これらの点を考慮すると,原告の主張する標準服着用義務については,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるとは,本件全証拠によっても認めることができない。そうすると,原告は,標準服を着用しなくともよいことの確認を認める法律上の利益を有しないから,右部分の本件訴えは不適法なものというべきである」
【★19】 東京高裁平成元年7月19日判決(判例時報1331号61頁) 「学校長が,教育目的を達成するための一助として右のような未成熟な中学校在学の生徒のために,その広い裁量のもとに,教育的観点からする教育上ないしは指導上の指針あるいはあるべき行動の基準等について生徒心得等を定めてこれを明らかにすることは,それが社会の通念に照らして著しく合理性を欠くなど不適当,不適正なものでない限り,何ら違法ではなく,また,不当なことでもない。このことは,それが,生徒の着用するいわゆる制服についての場合であっても同様である。これを本件についてみるに,…大原中校長の定めた生徒心得における制服の指定は,生徒の教育上遵守することが望ましい項目について生徒指導ないしは学習指導のための教育活動の一環として,いわばその努力目標を提示する趣旨のもとに,社会的合理性のある範囲内で定められており,その具体的な運用に当たっても,父母や生徒の意見をも十分に取り入れるよう配慮し,仮に制服を着用しない生徒があっても,これを着用することが望ましい旨指導することはあるが,制裁的な措置をとるようなことはなされていないこと,この状況は,右の,生徒心得が定められた昭和51年以後一貫して今日に至っており,通学区域内の同中学校の生徒の父母である付近の住民からの格別の苦情もなく経過してきていること,そして同中学校の在学生は前記のAをも含めて,全員が制服を着用して学校生活を平穏(へいおん)に営みつつ入学,卒業に至っていることが認められ(る)…。以上に認定の事実関係によれば,大原中の生徒心得における制服についての定めの内容は,中学校に在学すべき生徒に対する教育上の配慮に沿うものとして,社会通念に照らし合理的であるというべく,教育的見地からする学校長の裁量を超えるものではないし,あるいはまたその裁量の範囲を逸脱(いつだつ)する類のものでもないことが明らかである。更に右定めに関する運用の実態をみても規制的,強制的,拘束的色彩の薄いものであるということができる。しかも,A本人もその母も制服の着用を望んでおり,控訴人〔注:Aの父〕もその希望をいれて,同中学校の制服を注文購入したのであるから,控訴人の内心に不本意な点があったかどうかは別として,学校当局の強制で制服を購入させられたとか,校長から購入を強いられたとか,校長がAの制服着用を控訴人に強制したものとはいえない」
【★20】 最高裁第一小法廷平成8年2月22日判決(判例時報1560号72頁) 「本件の『中学校生徒心得』は,『次にかかげる心得は,大切にして守ろう。』などの前文に続けて諸規定を掲げているものであり,その中に,『男子の制服は,次のとおりとする。(別図参照)』とした上で,…校外生活に関して,『外出のときは,制服又は体操服を着用し(公共施設又は大型店舗等を除く校区内は私服でもよい。),行き先・目的・時間等を保護者に告げてから外出し,帰宅したら保護者に報告する。』との定めが置かれているが,これに違反した場合の処分等の定めは置かれていないというのである。右事実関係の下において,これらの定めは,生徒の守るべき一般的な心得を示すにとどまり,それ以上に,個々の生徒に対する具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものではないとした原審の判断は,首肯(しゅこう)するに足りる」
【★21】 最高裁第一小法廷平成8年7月18日判決(判例時報1599号53頁,修徳高校パーマ退学事件) 「憲法上のいわゆる自由権的基本権の保障規定は,国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって,私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないことは,当裁判所の判例…の示すところである。したがって,私立学校である修徳高校の本件校則について,それが直接憲法の右基本的保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない。…私立学校は,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によって教育活動を行うことを目的とし,生徒もそのような教育を受けることを希望して入学するものである。原審の適法に確定した事実によれば,(一)修徳高校は,清潔かつ質素で流行を追うことなく華美に流されない態度を保持することを教育方針とし,それを具体化するものの一つとして校則を定めている,…(三)同様に,パーマをかけることを禁止しているのも,高校生にふさわしい髪型を維持し,非行を防止するためである,というのであるから,本件校則は社会通念上不合理なものとはいえず,生徒に対してその遵守を求める本件校則は,民法1条,90条に違反するものではない」
【★22】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 … 二 個人の価値を尊重して,…自主及(およ)び自律(じりつ)の精神を養(やしな)う…」
【★23】 「服装や身だしなみに関して,生徒に基本的人権(自己決定権)がある以上,『社会通念上の合理性』を欠き,不当に人権を制限する規定は不適切であるといわなければなりません。…『丸刈り校則』は,現在の社会通念において,中学生や高校生男子にとって,もはや合理性のある規定とは言え(ません)…。なお,昭和40年代に全国の3割程度の中学校で定められていた『丸刈り校則』は,平成22年現在では,南九州地方の30~40校に残る程度のようです(残った丸刈り校則も廃止されるべきであると考えます)」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」44頁)  

2017年6月 1日 (木)

小学生も刑務所や少年院に行くの?

 

 小学生でも刑務所や少年院に行くことってあるんですか?

 


 刑務所は,罰を受ける場所です。

 仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」が,その罰です
【★1】


 刑法には,「14歳未満の子どもがしたことは罰しない」と,はっきり書かれています【★2】【★3】

 「14歳未満」というのは,「まだ14歳になっていない,13歳以下」ということです。


 だから,小学生が犯罪をしても,刑務所に入れられることは,100%ありません




 少年院は,教育を受けるための場所です。

 少年院と刑務所のちがいは,「少年院ってどんなところ?」の記事にくわしく書いたので,読んでみてください。



 10年前までは,14歳未満の子どもが少年院に入れられることは,100%ありませんでした【★4】


 ところが,2003年(平成15年)に,中学1年生(13歳)が4歳児を殺した事件が起きたり,

 翌年の2004年(平成16年)にも,小学6年生が同級生を殺した事件が起きたりして,

 社会の中では,「法律が甘い。もっと厳しくするべきだ」という意見が強くなっていました。



 それで,10年前の2007年(平成19年)に法律が変わり,

 14歳未満の子どもも,少年院に入れられるようになりました。


 だいたい12歳くらいになっていれば,少年院に入れてもかまわない,ということになったのです【★5】

 だから,
今の法律では,小学生も少年院に入ることはありえます


 ただ,14歳未満の子どもは,特別に必要なときしか,少年院に入れられません【★6】

 なので,少年院に入る14歳未満は,毎年10人くらいしかいません。

 しかもそのうち12歳以下は,この10年の間で,たった2人だけです
【★7】

 この2人が小学生か中学生かは,統計ではわかりません。





 14歳未満の子どもは罰せられないので,

 警察が逮捕することも,100%できません
【★8】

 (14歳以上なら逮捕されることがあります。「逮捕された!早く外に出たい」の記事も読んでみてください。)




 でも,「14歳未満なら,犯罪をしても必ず自由でいられる」というわけでもありません。




 警察は,児童相談所に連絡をします
【★9】

 児童相談所は,親から虐待を受けている子どもや,病気・障害を持っている子どもなど,

 いろんな子どもたちを,守り,サポートする役所です。

 その児童相談所が,「一時保護」という手続で,あなたを家に返さずにとめ置くことがありえます
【★10】


 また,重い犯罪のときには,

 児童相談所が,さらに家庭裁判所に連絡します
【★11】

 そうすると,その子は,14歳以上の子どもと同じように「審判(しんぱん)」という裁判を受けます
【★12】

 その審判までの間,「あなたがどういう人かを見きわめる必要がある」,と裁判官が考えると,少年鑑別所(かんべつしょ)というところにとめ置かれます。

 これを,「観護措置(かんごそち)」と言います
【★13】




 児童相談所や家庭裁判所が,いろんなことを調べて,

 「家に帰すのは,この子のためにならない。犯罪をしたこの子がきちんと立ち直るためには,生活をしっかり見守っていかないといけない」と考えたら,

 
14歳未満なら,児童福祉という社会のしくみの中で,暮らすことになるのがほとんどです


 児童福祉というしくみで暮らす場所として,「児童養護施設」や,「児童自立支援施設」があります。


 「児童養護施設」では,親がいない子どもたちや,虐待から保護された子どもたちなどと,みんなでいっしょに生活します
【★14】【★15】


 「児童自立支援施設」は,非行が進んでいる子ども向けの,児童養護施設よりも生活のワクがきっちりしている施設です
【★16】【★17】

 児童自立支援施設は,中学生の子どもが多いですが,小学生ももちろんいます
【★18】

 「施設の中に小学校・中学校がある」という児童自立支援施設も多いです
【★19】



 児童養護施設や児童自立支援施設は,

 刑務所や少年院のように閉じ込めて厳しく扱うための場所ではありません
【★20】

 生活するための場所,育っていくための場所です
【★21】



 「人は,若ければ若いほど,良い方向に大きく変わっていく力を持っている。

 だから,小さな子どもは,刑罰でこらしめるのではなく,

 刑罰以外の方法で,良い方向に変わっていけるようにしよう」。


 それが,

 14歳未満の子どもを罰しない理由
【★22】

 児童福祉のしくみにつなげる理由です。




 若ければ若いほど,自分で生きていく力がまだ強くないので,

 そのぶん,周りの大人たちからの影響を,強く受けて育ちます。


 周りの大人たちから自分が大切に扱われていなければ,

 自分が他の人を大切にするのは,難しいことです。



 だから,小さいときに,大きな犯罪をしてしまった子どもには,

 刑務所や少年院に閉じ込めて厳しくするよりも,

 児童福祉のしくみの中で,お互いを大切にすることを学びながら生活し,育っていけるようにしよう。


 法律は,そう考えています。



 大切な存在として扱われ,安心・安全な毎日を送れるということ。

 それは,けっして「甘やかし」などではなく,

 人が人として生きていく上で,誰もが小さいときから必要な,だいじなことなのです。

 

 

【★1】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★2】 刑法41条 「14歳に満たない者の行為(こうい)は,罰しない」
【★3】 少年法3条 「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付(ふ)する。…二 14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年…」
 犯罪をした14歳未満の子どもは,「触法(しょくほう)少年」と呼ばれます。罰せられないけれど,「法に触(ふ)れることをした」,という意味です。
【★4】 旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著(いちじる)しい故障のない,14歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,14歳以上26歳未満の者を収容する」
 「少年院法制定当初は,送致年齢の下限は『おおむね14歳』とされていたが,同少年院法施行数ヶ月後には少年院法の昭和24年改正がなされ,下限を14歳とした。その際,『その運用を検討した結果,14歳に満たない少年は,これを14歳以上の少年と同一に取り扱うことは適切でなく,もしこれに収容保護を加える必要のあるときは,すべてこれを児童福祉法による施設に入れるのが妥当』と説明された(1949年4月23日・衆議院法務委員会)。以来,50年以上にわたって,少年院送致の下限年齢は14歳とされてきた。これは,児童福祉法と少年法との領域を基本的に14歳で区切りをつけたことを反映しており,14歳以上と14歳未満とでは,原則として異なる理念,異なる制度で取扱うことのあらわれである。また,刑事責任能力と論理必然ではないとしても,これに符合(ふごう)する形で峻別(しゅんべつ)されてきた。」2005年3月17日日本弁護士連合会「『少年法等の一部を改正する法律案』に対する意見」(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2005_16.pdf
【★5】 改正後の旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著しい故障のない,おおむね12歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,おおむね12歳以上26歳未満の者を収容する」
 現少年院法4条1項1号 「第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(略)」
 同条同項3号 「第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの」
【★6】 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★7】 少年矯正統計少年院2009年,2012年,2015年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001065800
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001112236
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001155256
 平成20年の総数3971人のうち,12歳以下:0人,13歳:2人
 平成21年の総数3962人のうち,12歳以下:0人,13歳:3人
 平成22年の総数3619人のうち,12歳以下:0人,13歳:13人
 平成23年の総数3486人のうち,12歳以下:0人,13歳:7人
 平成24年の総数3498人のうち,12歳以下:0人,13歳:9人
 平成25年の総数3193人のうち,12歳以下:1人,13歳:10人
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人
 平成27年の総数2743人のうち,12歳以下:0人,13歳:10人
【★8】 「14歳未満の少年を逮捕することはできない。『罪を犯した』(刑訴199条1項本文・210条1項第1段)又は『罪を行い』『罪を行い終わった』(刑訴212条)ということがいえない以上,当然である」(平野龍一・松尾浩也編「新実例刑事訴訟法Ⅰ」232頁)
 「2007年『改正』少年法で警察に認められた触法調査権限には,押収・捜索,検証,鑑定嘱託(法6条の5)の対物強制が含まれる。逮捕・勾留・鑑定留置等の対人強制は認められない」(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」65頁)
 少年法6条の5第1項 「警察官は,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件の調査をするについて必要があるときは,押収,捜索,検証又は鑑定の嘱託をすることができる」
【★9】 警察から児童相談所に連絡するのは2つの方法があります。一つは,もともとあった制度で,児童福祉法25条に基づいて,要保護児童として通告する方法です。もう一つは,2007年(平成19年)の改正で設けられた事件の送致の方法です。一定の重大事件の場合は,この二つが重複することになります(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」70頁)。
 児童福祉法25条1項 「要保護児童を発見した者は,これを市町村,都道府県の設置する福祉事務所若(も)しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。ただし,罪を犯した満14歳以上の児童については,この限りでない。この場合においては,これを家庭裁判所に通告しなければならない」
 同法6条の3第8項 「…保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童(以下「要保護児童」という。)…」
 少年法6条の6 「警察官は,調査の結果,次の各号のいずれかに該当するときは,当該調査に係る書類とともに事件を児童相談所長に送致しなければならない。
 一 第3条第1項第二号に掲(かか)げる少年〔注:触法少年〕に係(かか)る事件について,その少年の行為が次に掲げる罪に係る刑罰法令に触れるものであると思料(しりょう)するとき。
  イ 故意(こい)の犯罪行為により被害者を死亡させた罪
  ロ イに掲げるもののほか,死刑又は無期若しくは短期二年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪
 二 前号に掲げるもののほか,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件について,家庭裁判所の審判に付(ふ)することが適当であると思料するとき」
【★10】 児童福祉法33条1項 「児童相談所長は,必要があると認めるときは,第26条第1項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童の一時保護を行い,又は適当な者に委託して,当該一時保護を行わせることができる」
 同条2項 「都道府県知事は,必要があると認めるときは,第27条第1項又は第2項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童相談所長をして,児童の一時保護を行わせ,又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる」
【★12】 少年法6条の7第1項 「都道府県知事又は児童相談所長は,前条第1項(第一号に係る部分に限る。)の規定により送致を受けた事件については,児童福祉法第27条第1項第四号の措置をとらなければならない。ただし,調査の結果,その必要がないと認められるときは,この限りでない」
 児童福祉法27条1項四号 「家庭裁判所の審判に付することが適当であると認める児童は,これを家庭裁判所に送致すること」
 少年法3条2項 「家庭裁判所は,前項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕及び同項第三号に掲げる少年〔注:ぐ犯少年〕で14歳に満たない者については,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り,これを審判に付することができる」
【★13】 少年法17条1項 「家庭裁判所は,審判を行うため必要があるときは,決定をもって,次に掲(かか)げる観護の措置をとることができる。
 一 家庭裁判所調査官の観護に付すること
 二 少年鑑別所に送致すること」
【★14】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童養護施設…に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 …児童養護施設に送致すること」
【★15】 児童福祉法41条 「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」
【★16】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童自立支援施設に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 児童自立支援施設…に送致すること」
【★17】 児童福祉法44条 「児童自立支援施設は,不良行為をなし,又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ,又は保護者の下から通わせて,個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い,その自立を支援し,あわせて退所した者について相談その他の援助を行うことを目的とする施設とする」
【★18】 「現状では,10歳から15歳位の児童が多く,中でも中学生年齢の児童が多くを占めている。近年では,次のような特徴を持った児童が少なくない。 ①虐待など不適切な養育を行った家庭や多くの問題を抱える養育環境で育った子ども ②乳幼児期の発達課題である基本的信頼関係の形成が達成できていない子ども ③トラウマを抱えている子ども ④知的障害やADHD・広汎性発達障害などの発達障害を抱えている子ども ④反社会的問題行動といった外在化の問題ばかりでなく,抑うつ・不安といった内在化の問題も併せて抱えている子ども」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」298頁)
【★19】 「平成24年4月現在47カ所で施設内に小・中学校を設置し,入所児童に義務教育を実施している。全国児童自立支援施設協議会調べ」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」302頁)
【★20】 ただし,その子の性格や行いなどから,児童自立支援施設でも行動の自由を制限しなければならない場合があります。その場合は,必ず家庭裁判所が判断しなければなりません。現在,この強制的措置をとることができる施設は,国立の施設2か所だけです(男子は武蔵野学院,女子はきぬ川学院)。
 児童福祉法27条の3 「都道府県知事は,たまたま児童の行動の自由を制限し,又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは,…事件を家庭裁判所に送致しなければならない」
 少年法18条2項 「第6条の7第2項の規定により,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けた少年については,決定をもって,期限を付して,これに対してとるべき保護の方法その他の措置を指示して,事件を権限を有する都道府県知事又は児童相談所長に送致することができる」
【★21】 刑務所と少年院は法務省の管轄(かんかつ)ですが,児童養護施設と児童自立支援施設は厚生労働省の管轄です。
【★22】 「人の精神的発育にはかなりの個人差が存(そん)するといえよう。しかし,刑法は満14歳未満の者を画一的に責任無能力とした。もちろん,41条は,14歳に満たなければ,是非善悪の判断ができず,またそれに従った行動ができないとしているわけでもない。年少者の可塑性(かそせい)を考慮し,政策的に刑罰を科すことを控(ひか)えたものと考えられる」(前田雅英「刑法総論講義第3版」271頁)

2017年5月 1日 (月)

児童養護施設にイヤな職員がいる

 

 高校1年生です。児童養護施設で暮らしてます。同じユニットで暮らす小さな子どもたちが騒がしいけど,それはなんとか我慢してます。でも,最近新しく入った職員の一人が,上から目線で指示してきたり,他の職員がOKしてくれてることをその職員は禁止してきたり,子どもによって態度を変えたりしてくるので,その職員が担当の日は施設に帰りたくないです。他の職員に相談してもまともに聞いてもらえないし,どうすればいいですか。

 


 夜や休日をゆっくり過ごすための施設で,

 職員や他の子どもたちのせいで,落ち着かない気持ちになるのは,

 とてもつらいことですよね。




 児童養護施設は,親がいない子どもや,親の虐待から保護された子どもなど,

 いろんな子どもたちが,安心・安全な暮らしを送るための施設です
【★1】

 施設の職員が,子どもたちの生活を,一生懸命支えてくれています。



 ところが,

 安心・安全な暮らしを送れるはずの施設で,

 職員が子どもたちに虐待するという,とてもひどい事件が,

 これまで,いくつも起きていました
【★2】

 そのため,2008年(平成20年)には,

 「施設で虐待をしてはいけない」という,当たり前のことが,

 わざわざ法律に書き加えられました
【★3】


 
もし,職員から,

 暴力を受けたり,

 性的な被害を受けたり,

 食事を抜きにされたり,

 ひどく傷つくことを言われたりしたら,

 すぐに,信頼できる大人に相談してください
【★4】

 話を聞いた大人は,都道府県の役所に知らせなければいけないことになっています
【★5】

 そして,都道府県の役所は,きちんと調べて,

 その職員や施設を注意したり,子どもを安全なところに移したりしてくれます
【★6】



 このように書くと,

 「私のは虐待というほどのことじゃないから,そこまでおおごとにしなくていい」,

 そう思うかもしれません。




 でも,上に書いたように,

 施設は,子どもたちが安心・安全な暮らしを送るための場所です。

 そのはずの施設で,

 虐待というほどひどいことがなくても,

 
あなたが今,「施設に帰りたくない」と感じているのなら,

 一人ぼっちでガマンすることなく,ぜひ,その気持ちを声にしてください
【★7】



 
施設の中で,あなたの他にも,同じ思いをしている人はいませんか。

 そういう仲間といっしょに,声を上げてみましょう。


 施設には,「中高生会」という集まり(自治会)があるところも多いですし,

 中高生会がなければ,自分からみんなに声をかけて,作ってもかまいません
【★8】

 その仲間たちといっしょに,施設と話し合いをするのです。

 お互いの力に差があるとき,一人ひとりの声が小さくても,みんなでまとまれば,大きな力と対等に話し合うことができます


 たとえば,大人の社会でも,

 「職場」対「働く人」という力の差がある場面では,

 働く人たちが集まって「労働組合」を作り,職場と話し合いをする,というしくみがあります
【★9】

 同じように,「大人」対「子ども」という力の差があるときも,

 みんなでいっしょになって話をすれば,ものごとが良い方向に変わることがあります。




 いっしょに声を上げる仲間がいなければ,

 いろんな大人を巻き込みましょう。




 施設には,「第三者委員」という人がいることが多いです【★10】

 第三者委員は,施設の職員ではなく,あくまで,施設の外の人です。

 そして,子どもたちの施設での暮らしの悩みや不満などの相談に乗り,

 実際に,職員とのトラブルを調整しています。

 私も,ある児童養護施設で,第三者委員として,子どもたちの相談に乗っています。

 あなたも,
自分の施設の第三者委員に,相談してみてください。



 また,あなたの施設が東京にあるなら,

 
東京都の「子供の権利擁護専門相談員」に相談する,という方法もあります【★11】

 電話番号は 0120-874-374 です。

 施設から配られた「子どもの権利ノート」を,今も持っていますか。

 そのノートの中に,相談員に送れるハガキが入っていますので,

 それを使って連絡をしてもOKです。




 
あなたの地域の弁護士に相談する,という方法もあります。

 「法律のトラブルじゃないのに,弁護士に相談してもいいのかな」と心配しなくてもかまいません。

 弁護士は,

 「どんなことがあったのか」というできごとを整理すること,

 「本人がどうしたいのか」という気持ちを整理すること,

 そして,できごとやあなたの気持ちを,ほかの人たちに伝え,話し合うこと,

 それらを得意とする仕事です。

 法律のトラブルでないからと遠慮せずに,相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 児童養護施設は,親がいない子どもたちや,親の虐待から保護された子どもたちが暮らす場所として,とても大切な役割を果たしています。


 でも,

 大人の職員は交代制で,職員によって子どもたちに対する態度がちがうことがありますし,

 同じユニットで暮らす子どもたちも,

 小学校に入る前の小さな子どもから,10代後半までと,年齢がバラバラで
【★12】

 メンバーも入れ替わりがあります。

 しかも,一つのユニットに5,6人もの子どもたちがいるのに,時間帯によっては職員が1人しかいないので
【★13】

 大人にゆっくり向き合ってもらうことも難しいですよね。




 2009年(平成21年),世界の国々は,

 「子どもたちが,『家庭』での暮らしを送れるようにしよう」,

 と確認し合いました。

 親元で暮らせない子どもに,

 施設での,メンバーが入れ替わる落ち着かない暮らしよりも,

 里親のような,安定してずっと続く,家庭的な暮らしのほうを送れるように,

 大人たちみんなで努力していこう。

 そう確認したのです
【★14】


 そして,この日本でも,去年(2016年(平成28年)),

 「できるだけ施設よりも家庭的な暮らしが送れるようにしよう」

 と,法律に書き加えられました
【★15】



 今,日本では約4万5000人の子どもたちが,親と暮らせず,

 児童福祉のしくみの中で暮らしています(「社会的養護」と言います)。

 そのうち,里親やグループホームで,家庭的な暮らしを送ることができているのは,たった約6000人しかいません
【★16】

 ほとんどの子どもたちが,あなたと同じように,施設の中で暮らしています。




 今,施設にいる子どもたちに,つらい思いをさせないこと。

 それだけでなく,

 これから先,里親を引き受ける人たちが,もっとたくさん増えて,

 どんな子どもも,同じメンバーの「家族」の中で,落ち着いた暮らしをずっと送ることができる,

 そういう社会にしていくこと。

 それらが,私たち大人が負っている,だいじな義務です
【★17】

 

【★1】 児童福祉法41条 「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」
【★2】 最も有名な事件は,千葉県の「恩寵園(おんちょうえん)」で起きた事件です。「養護施設の児童虐待―たちあがった子どもたち」(恩寵園の子どもたちを支える会編,明石書店)に詳しく経過が書かれています。
 千葉地裁平成19年12月20日損害賠償訴訟事件判決(以下,裁判所の事実認定)
 「〔児童〕が廊下を走った等の理由から,〔児童〕を…麻袋に入れ,その麻袋を,園庭の木や,…小学校のフェンスに面した外柵周辺につるしたことが複数回あった」
 「〔児童〕の幼児期から小学校低学年ころまでの間,〔児童〕を乾燥機部屋に入れ,電気を点けずに出入口のドアを閉め,外から上記ドアをどんどんと叩き,〔児童〕が『出して,出して。』等と言って泣き叫んだにもかかわらず,〔児童〕が失神しそうに感じるまで,上記行為を止めなかった」
 「〔児童〕に対し,正座をするよう指示し,数時間その指示を解かず,その間,食事の時間が来ても,食事をすることを許さなかった」
 「(施設長は児童の)着衣の袖を刃物で切った。〔児童〕は,〔施設長〕が袖を切り出したため,あわてて…着衣を脱いで〔施設長〕に渡し,上半身は下着だけ着けた状態で自己の居室まで戻ったが…着衣はその後着用できないものとなった」
 「(施設長が)『お前は乞食(こじき)か。』等と言って,その着衣を取り上げたうえ,他の服も没収した。そのため,〔児童〕はその日学校に行くことができず,その日の夕方,保母によって服が〔児童〕の下に戻されるまでの間,下着のみを着けた状態で過ごすこととなった」
 「(児童が)通知表を見せる際,方向等を間違えて〔施設長〕に差し出したところ,〔施設長〕は,〔児童〕の通知表を取り,床に放ったことがあった」
 「(児童が)通知表を〔施設長〕に見せた際,成績が悪いとの理由で,〔児童〕の頭にそろばんを押しつけ,そろばんの珠を数回こすりつけたことがあり,また同じ理由で長時間〔児童〕を立たせておくこともあった」
 「〔施設長〕は,…食後,〔児童〕の班のテーブルクロスを拭かなかったことを理由に,…テーブルクロスを取り上げ,〔児童〕を含むその班の園児らに,その次の食事を取らせなかった」
 「〔施設長〕は,〔児童〕の小学校時代を通じ,…たびたび〔児童〕を,保母室の前の廊下等,園内の床に正座させ…約24時間その(正座の)指示を解かず,その間,…食事を取ることもトイレに行くことも許さなかった。…正座をしている最中,…園児らのうちの1人が,トイレに行かせてほしいと〔施設長〕に頼んだにもかかわらず,〔施設長〕は,これを許さず,その場でするよう言い,上記園児はその場で失禁した。」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕が,プロミスリング(糸を編んで作った腕輪ようのもの)を足に着けていたことに立腹し,…他の園児らの見ている前で,〔児童〕の体を,足が机の上に,頭が机の下になるように,机に載せ,…包丁を〔児童〕の足に押しつけ,出血させた」
 「〔児童〕が小学校5,6年生だったころ…,〔施設長〕によって,性器にはさみを当てられた男児が,叫び声を上げたため,その叫び声を聞いた〔児童〕及び別の園児(男子)が,声を上げたところ,〔施設長〕は,〔児童〕及び上記別の園児に対し,お前達もだ等と言い,〔児童〕を横たえ,その腹部ないし胸部に乗ると,〔児童〕の性器にはさみを当てた」
 「〔児童〕が,…チャボの死骸を焼却するために,焼却炉へ持って行ったところ,〔施設長〕は,〔児童〕に対し,『お前も一緒に(焼却炉に)入れ。』などと言った」
 「〔施設長〕は,…3月ころ…,〔児童〕及び他の数名の園児らが…遊んでいたことに立腹し,寒い時期であったにもかかわらず,…裸のまま1時間以上園庭に立たせた。その間,〔児童〕と並んで立っていた他の園児が,尿意を催(もよお)し,〔施設長〕にそれを訴えたところ,〔施設長〕が,同園児に対し,『そこでしろ。』と言ったため,同園児はやむを得ずその場で排尿し(た)」
 「〔施設長〕は,〔児童〕が中学校1年生の前半ころ…あざができるほど,竹刀や木の棒状のもので,〔児童〕の体部を殴ったり,〔児童〕の頭等を,手の甲で殴ったり…したことが複数回あった」
 「〔施設長〕は…まだ燃えている…マッチの上に〔児童〕の左手の平を押し付け,やけどを負わせた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕に対し,廊下あるいは保母室で正座するよう指示し,その指示を約1週間解かず,その間,食事をすることも,横になって寝ることも許さなかった」
 「〔施設長〕は,〔児童〕の下顎部を,ボール紙でできた調理用ラップの芯で2回ないし3回つき,現在でも傷跡が残るほどの傷害を負わせた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕の両腕を真横に上げさせたうえで,竹刀を両袖に通し,その姿勢のまま〔児童〕に立っているよう指示した」
 「〔施設長〕は,…寒い季節に〔児童〕を裸の状態で戸外に立たせ,水をかけた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕の体部を,しばしば金属バットで叩いた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕をトイレに行かせなかったことがあった」
 恩寵園事件は,刑事事件にもなりました。当時の職員が強姦罪と強制わいせつ罪で懲役4年の実刑判決,施設長が傷害罪で懲役8ヶ月の実刑判決を,それぞれ受けています(読売新聞2000年10月25日,朝日新聞2001年7月27日)。
【★3】 児童福祉法33条の10 「この法律で,被措置(ひそち)児童等虐待とは,…里親若(も)しくはその同居人,乳児院,児童養護施設,…(以下「施設職員等」と総称する。)が,委託された児童,入所する児童…(以下「被措置児童等」という。)について行う次に掲(かか)げる行為(こうい)をいう。
 一 被措置児童等の身体に外傷が生じ,又(また)は生じるおそれのある暴行を加えること。
 二 被措置児童等にわいせつな行為をすること又は被措置児童等をしてわいせつな行為をさせること。
 三 被措置児童等の心身の正常な発達を妨(さまた)げるような著(いちじる)しい減食又は長時間の放置,同居人若しくは生活を共にする他の児童による前二号又は次号に掲げる行為の放置その他の施設職員等としての養育又は業務を著しく怠(おこた)ること。
 四 被措置児童等に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の被措置児童等に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」
 同法33条の11 「施設職員等は,被措置児童等虐待その他被措置児童等の心身に有害な影響を及ぼす行為をしてはならない」
【★4】 児童福祉法33条の12第3項 「被措置児童等は,被措置児童等虐待を受けたときは,その旨(むね)を児童相談所,都道府県の行政機関又は都道府県児童福祉審議会に届け出ることができる」
【★5】 児童福祉法33条の12第1項 「被措置児童等虐待を受けたと思われる児童を発見した者は,速やかに,これを…都道府県の設置する福祉事務所,児童相談所,都道府県の行政機関,都道府県児童福祉審議会若(も)しくは市町村に通告しなければならない」
【★6】 児童福祉法33条14第1項 「都道府県は,…速やかに,当該(とうがい)被措置児童等の状況の把握その他…事実について確認するための措置を講ずるものとする」
 同条2項 「都道府県は,前項に規定する措置を講じた場合において,必要があると認めるときは,…当該通告,届出,通知又は相談に係る被措置児童等に対する被措置児童等虐待の防止並びに当該被措置児童等及び当該被措置児童等と生活を共にする他の被措置児童等の保護を図るため,適切な措置を講ずるものとする」
【★7】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」
【★8】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)15条1項 「締約国(ていやくこく)は,結社の自由及び平和的な集会の自由についての児童の権利を認める」
【★9】 憲法28条 「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法2条 「この法律で『労働組合』とは,労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう。(以下略)」
 同法6条 「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は,労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結(ていけつ)その他の事項(じこう)に関して交渉する権限を有(ゆう)する」
 同法7条 「使用者は,次の各号に掲(かか)げる行為をしてはならない。(略) 二 使用者が雇用(こよう)する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒(こば)むこと」
【★10】 社会福祉法82条 「社会福祉事業の経営者は,常に,その提供する福祉サービスについて,利用者等からの苦情の適切な解決に努めなければならない」
 厚生省大臣官房障害保健福祉部長,厚生省社会・援護局長,厚生省老人保健福祉局長,厚生省児童家庭局長平成12年6月7日「社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針について」(障第452号,社援第1352号,老発第514号,児発第575号)「2 苦情解決体制」「(3)第三者委員 苦情解決に社会性や客観性を確保し,利用者の立場や特性に配慮した適切な対応を推進するため,第三者委員を設置する」,「3 苦情解決の手順」「(2)苦情の受付 …第三者委員も直接苦情を受け付けることができる」「(4)苦情解決に向けての話合い …第三者委員の立会いによる苦情申出人と苦情解決責任者の話合いは,次により行う。 ア 第三者委員による苦情内容の確認 イ 第三者委員による解決案の調整,助言 ウ 話し合いの結果や海善寺高等の書面での記録と確認」
【★11】 東京都・子供の権利擁護専門相談事業(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/annai/keriyougo.html
 「平成19年度~平成21年度東京都子供の権利擁護専門相談事業活動報告書」(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/annai/keriyougo.files/houkokusyo.pdf)「権利ノートと一緒に『子供の権利擁護専門員会議』あての相談のはがきも配布し,子供が直接悩みなどの相談ができるようなっています。このはがきについては,児童福祉施設の場合,施設内の掲示板等の近くなどにも置かれ,子供たちが自由に使用し,投函(とうかん)できるよう配慮されています。はがきが届いた場合は,専門員が施設を訪問し,子供から直接話を聞き問題解決に向けて子供や施設に対し助言します。また,相談内容によっては,児童相談所の担当児童福祉司と協議し,専門員と児童福祉司と協働して対応する場合もあります。なお,相談内容が施設内虐待ではないかと疑われる場合は、福祉保健局少子社会対策部計画課権利擁護担当と協議の上,対応しています」
【★12】 児童養護施設に入所できるのは,原則18歳未満ですが,自立の観点から必要と認められる場合には,20歳に達するまで入所できます。
 児童福祉法31条2項 「都道府県は,第27条第1項第3号の規定により…児童養護施設…に入所した児童については満20歳に達するまで,引き続き同項第3号の規定による委託を継続し,若(も)しくはその者をこれらの児童福祉施設に在所させ,又はこれらの措置を相互に変更する措置を採ることができる」
【★13】 児童福祉施設の設備及び運営に関する基準42条6項 「児童指導員及び保育士の総数は,通じて,…満3歳以上の幼児おおむね4人につき1人以上,少年おおむね5.5人につき1人以上とする。…」
【★14】 2009年12月18日国連総会採択決議「64/142. 児童の代替的養護に関する指針」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/syakaiteki_yougo/dl/yougo_genjou_16.pdf
 「2.…(a) 児童が家族の養護を受け続けられるようにするための活動,又は児童を家族の養護のもとに戻すための活動を支援し,それに失敗した場合は,養子縁組やイスラム法におけるカファーラなどの適当な永続的解決策を探ること。(b) かかる永続的解決策を模索する過程で,又はかかる永続的解決策が実現不能であり若しくは児童の最善の利益に沿っていない場合,児童の完全かつ調和のとれた発育を促進するという条件の下,最も適切な形式の代替的養護を特定し提供するよう保障すること。…」
 「12. 非公式の養護を含め,代替的養護を受けている児童に関する決定は,安定した家庭を児童に保障すること,及び養護者に対する安全かつ継続的な愛着心という児童の基本的なニーズを満たすことの重要性を十分に尊重すべきであり,一般的に永続性が主要な目標となる」
【★15】 平成28年改正児童福祉法3条の2 「国及び地方公共団体は,児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう,児童の保護者を支援しなければならない。ただし,児童及びその保護者の心身の状況,これらの者の置かれている環境その他の状況を勘案(かんあん)し,児童を家庭において養育することが困難であり又は適当でない場合にあっては児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう,児童を家庭及び当該養育環境において養育することが適当でない場合にあっては児童ができる限り良好な家庭的環境において養育されるよう,必要な措置を講じなければならない」
【★16】 厚生労働省「社会的養護の現状について(参考資料) 平成29年3月」(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154060.pdf) 里親委託児童4973人,ファミリーホーム(養育者の住居において家庭養護を行う(定員5~6名))1261人の合計6234人に対し,乳児院2901人,児童養護施設2万7288人,情緒障害児短期治療施設1264人,児童自立支援施設1395人,母子生活支援施設5479人,自立援助ホーム516人の合計は3万8843人です。
【★17】 2009年12月18日国連総会採択決議「64/142. 児童の代替的養護に関する指針」
 「23. 施設養護と家庭を基本とする養護とが相互に補完しつつ児童のニーズを満たしていることを認識しつつも,大規模な施設養護が残存する現状において,かかる施設の進歩的な廃止を視野に入れた,明確な目標及び目的を持つ全体的な脱施設化方針に照らした上で,代替策は発展すべきである。…」

2017年4月 1日 (土)

ブログが本になりました!


 2013年4月から毎月更新してきたこのブログが,本になりました。


 大東文化大学教職課程センター准教授の渡辺雅之さんの解説,

 葛西映子さんの優しいイラスト,

 ヤベシンタさんのエネルギッシュな写真,

 と,盛りだくさんの素敵な本に仕上げていただきました。


 定価は2,000円ですが,著者割1,600円でお譲りできますので,購入くださる方はぜひお声がけください。

(郵送の場合は費用のご負担をお願いします)。



「どうなってるんだろう? 子どもの法律」
山下 敏雅 渡辺 雅之 編著
高文研 A5・240ページ 本体2,000円+税

Kobunken


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2017年3月 1日 (水)

タレント活動を親がやめさせてくれない

 

 中学2年生です。小学生のときから子役タレントをやってきたんですが,最近は,夜遅くまでかかったり,引き受けたくない仕事もあったりして,つらくなってきました。そんな自分の気持ちがほっとかれて,親が活動に熱心になってしまってます。できればタレント活動をやめて,学校の友達と過ごす時間を作りたいんですが,所属事務所も,親も,「最初に自分からやりたいと言い出したんでしょ」と言って,やめさせてくれません。

 



 学校の先生や,弁護士に相談してみてください。

 あなたらしい生活を送れるように,大人の私たちが力になります。




 むかし,子どもは,小さなときから,大人と同じように働かなければなりませんでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っています。

 「小さな子どものうちは,仕事をさせないで,教育を受けられるようにしよう」。

 日本をふくむ,世界の国々が,そう約束しています
【★1】

 だから,義務教育を受け終えていない子どもを,働かせてはいけないことになっています
【★2】



 でも,子役タレントは,子どもの時にしかできない仕事です。

 なので,そういう特別な仕事なら,中学校を卒業していなくても,「仕事をしてOK」と認められることがあります。

 OKするのは,労働基準監督署という,国の役所です
【★3】

 略して,「労基署(ろうきしょ)」と呼びます。




 たとえ仕事をするとしても,

 その子が,きちんと教育を受けられるようにしなければいけません。

 だから,学校の校長先生が,

 「この仕事をしても学校生活にマイナスはありません」と認めなければ,

 労基署は,子どもが働くことをOKしません
【★4】【★5】

 労基署がOKした場合でも,

 学校を休んだりせず,学校生活の時間以外で仕事をすることが必要です
【★6】



 憲法には,「子どもを酷使(こくし)してはいけない」と,はっきり書かれています
【★7】

 映画や演劇の子役だけは,小さな子でも認められますが
【★8】

 それ以外の仕事は,13歳以上でなければなりません。

 しかもその仕事は,健康や生活・人生に悪い影響がない,簡単なものでなければいけない,と法律で決まっています
【★3】

 法律が,子どもの皆さんを,酷使されないように,守っているのです。




 あなたの仕事は,夜遅くまでかかっているのですね。

 雇(やと)うがわは,中学校卒業前の子どもを,夜8時を過ぎて働かせてはいけないことになっています
【★9】

 演劇の子役は,もう少し遅くまで働かせることができますが,

 それでも,夜9時までです
【★10】【★11】

 夜遅くまで子どもを働かせている職場は,犯罪として処罰されます
【★12】

(子どもを守るためのルールですから,あなたが罰せられるのではありません。)




 仕事の時間が夜遅いだけでも問題なのに,

 あなたが引き受けたくない仕事までしなければいけないのは,

 まさに,憲法が禁止する「酷使」にあたります。



 日本は,世界とのあいだで,

 「子どもは,休んだり,遊んだりすることができる」と約束しています
【★13】

 あなたが,学校の友達と一緒に過ごす時間がほしいと思うことは,

 けっしてわがままなどではなく,とても大切なことです。




 あなたにとってふさわしくない仕事のとき,

 ほんらいは,

 親が,子どものあなたを守るために,

 事務所と話し合いをしたり,

 事務所との間の契約(けいやく)をナシにするために動かなければいけません
【★14】



 けれど,あなたの親は,あなたのタレント活動にかかわることに熱心になっていて,

 「やめたい」というあなたの気持ちに,寄り添ってくれないのですね。




 子どもは,親の人形ではありません。

 10代という大事な時期をどう過ごすかは,

 人生の主人公であるあなた自身の気持ちが,大切にされなければなりません。




 あなたが小学生のときに自分から「やりたい」と言い出したからといって,

 中学生のあなたが今その仕事をやめられないことの理由には,全くなりません。

 大人だって,自分で始めた仕事を,自分で自由にやめられます。

 ましてや,ものごとをまだよく知らない小学生のときに始めた仕事を,

 成長した今では「やめたい」と思うしっかりした理由もあるのに,

 「子どもだからやめられない,親の言うことに従って続けないといけない」,というのは,まったくおかしなことです。




 まずは,学校の先生に相談してみましょう。

 学校の友達と過ごす時間を作りたい,というあなたの気持ちは,きっと,学校も応援してくれるはずです。

 学校があなたの親と話し合っても変わらないようなら,

 学校から労基署に,「仕事のせいで学校生活にマイナスがあります」と連絡してもらう方法や,

 学校から児童相談所に,「親があなたを守っていない」と連絡してもらう方法もあります。

 いろんなところが,あなたを守るために動いてくれます。



 学校に相談しやすい先生がいなかったり,

 労基署や児童相談所まで巻き込むことに心配だったりするかもしれません。

 そのときは,私たち弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。



 あなたが自分らしく毎日の暮らしを送れるように,

 私たち大人が,あなたの味方になります。

 

 

【★1】 ILO(国際労働機関)就業が認められるための最低年齢に関する条約(第138号)2条1項 「この条約を批准(ひじゅん)する加盟国(かめいこく)は,その批准に際(さい)して付する宣言において,自国の領域(りょういき)内…における就業(しゅうぎょう)が認められるための最低年齢を明示する。…」
 同条3項 「1の規定に従(したが)って明示する最低年齢は,義務教育が終了する年齢を下回ってはならず…」
【★2】 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15才に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★3】 労働基準法56条2項 「前項の規定にかかわらず,別表第一第一号から第五号までに掲(かか)げる事業以外の事業に係(かか)る職業で,児童の健康及び福祉に有害でなく,かつ,その労働が軽易なものについては,行政官庁の許可を受けて,満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については,満13歳に満たない児童についても,同様とする」
 年少者労働基準規則2条1項 「所轄労働基準監督署長は,…使用許可の申請について許否の決定をしたときは,申請をした使用者にその旨を通知(し),…許可しないときは,当該申請にかかる児童にその旨を通知しなければならない」
【★4】 年少者労働基準規則1条 「使用者は,労働基準法…第56条第2項の規定による許可を受けようとする場合においては,使用しようとする児童の年令を証明する戸籍証明書,その者の修学に差し支えないことを証明する学校長の証明書及び親権者又は後見人の同意書を…使用許可申請書に添えて,これをその事業場の所在地を管轄(かんかつ)する労働基準監督署長…に提出しなければならない」
【★5】 昭和63年3月14日労働省労働基準局長・労働省婦人局長「労働基準法関係解釈例規について」(基発第150号,婦発第47号) 「<児童の使用許可> 使用許可にあたって (1) 児童の心身の状況を直接調査した上で決定すること。 (2) 児童福祉法の規定に違反することのないよう充分注意すること。 (3) 児童の教育上の要求について充分考慮すること。殊(こと)に就業した後学校長よりの要求があった場合速(すみや)かに実情を調査した上で適当な措置を講じられたいこと。…(以下略)[昭和22・11・11発婦第2号]」
【★6】 労働基準法56条2項(【★3】)に「修学時間外に使用することができる」と書かれています。
【★7】 憲法27条3項 「児童は,これを酷使(こくし)してはならない。」
【★8】 労働基準法56条2項(【★3】)の但書(ただしがき)
【★9】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。…」
 同条5項 「第1項…の時刻は,第56条第2項の規定によって使用する児童については,第1項の時刻は,午後8時及び午前5時と(する)…」
【★10】 労働基準法61条2項 「厚生労働大臣は,必要であると認める場合においては,前項の時刻を,地域又は期間を限って,午後11時及び午前6時とすることができる」
 同条5項 「…第2項の時刻は,第56条第2項の規定によって使用する児童については,…第2項の時刻は,午後9時及び午前6時とする」
 平成16年11月22日「労働基準法第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する厚生労働大臣が必要であると認める場合及び期間」(厚生労働省告示第407号) 「労働基準法…第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する厚生労働大臣が必要であると認める場合は,同法第56条第2項の規定によって演劇の事業に使用される児童が演技を行う業務に従事する場合とし,同法第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する期間は,当分の間とする。」
【★11】 記事本文は,事務所に雇(やと)われている雇用(こよう)契約について書いていますが,雇われているのでなければ(=労働者でなければ),午後8時や午後9時という制限がかかりません。どのような場合に「労働者でない」と判断されるかについて,国は,次のように言っています(これによって当時のアイドルグループ「光GENJI」が夜9時以降の生放送のテレビ番組に出演できるようになったことから,「光GENJI通達」と呼ばれています)。
 昭和63年7月30日基収第355号 「問 当局管内には劇団あるいはいわゆる芸能プロダクション等が多く,それら事業場から労働基準法第56条に基づく児童の使用許可申請がなされることが少なくないところである。当局においては,これら申請に係る子役あるいはタレントについては,一般にその所属する劇団あるいは事務所との間に労働契約関係があるものと考えるが,なかには,その人気の程度,就業の実態,収入の形態等からみて,労働契約関係ありとみるには疑問なしとしない事例が散見されるところである。そこで,これらの事例については,下記の通り取り扱ってよろしいか,お伺いする。 記 次のいずれにも該当する場合には,労働基準法第9条の労働者ではない。 一 当人の提供する歌唱,演技等が基本的に他人によって代替できず,芸術性,人気等当人の個性が重要な要素となっていること。 二 当人に対する報酬は,稼働時間に応じて定められるものではないこと。 三 リハーサル,出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても,プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。 四 契約形態が雇用契約ではないこと。」「答 貴見のとおり。」
【★12】 労働基準法第119条1項 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,これを6箇月以下の懲役(ちょうえき)又は30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第61条…の規定に違反した者 (以下略)」
【★13】 児童の権利に関する条約31条1項 「締約国(ていやくこく)は,休息及び余暇(よか)についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める」
【★14】 労働基準法58条2項 「親権者若(も)しくは後見人又は行政官庁は,労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては,将来に向(むか)ってこれを解除(かいじょ)することができる」

2017年2月 1日 (水)

妊娠・出産したら高校を退学しないとダメなの?

 

 高校2年生です。大学生の彼氏がいます。その彼氏の子を妊娠して,どうしようか悩んでいるうちに,中絶できる時期を過ぎてしまいました。学校から退学するように強く言われているんですが,時間がかかっても高校は卒業したいです。どうしても退学しなきゃダメなんですか?

 


 あなたがその学校で学び続けたいと思っているなら,退学する必要はありません。




 中絶ができる時期を,過ぎているのですね。

(中絶ができる時期のことなど,妊娠してどうすればよいかわからなくて悩んでいる人は,「妊娠してしまってどうすればいいかわからない」の記事も見てください。)




 妊娠したとか,子どもを産んだという理由で,

 女子生徒が高校を退学するケースを,たくさん見聞きします。



 私立だと,学校の規則に「妊娠・出産したら退学」と書いてあるかもしれません。

 公立でも,そのようなルールを文章にしている県があることが,最近問題になりました
【★1】

 また,国が作ったルールでも,

 「学校の秩序(ちつじょ)を乱(みだ)した」とか,「勉強する立場としてふさわしくないことをした」という場合には,退学させることができると書かれていて
【★2】

 妊娠や出産はこれにあたる,と考える人も,多くいます。




 学校も,親も,社会の多くの人たちも,時には生徒本人でさえも,

 「妊娠・出産したら高校をやめるのが当たり前」と考えていることが,多いようです。




 でも,それは当たり前ではありません。




 生徒を退学させることが許されるのは,

 ルール違反をした生徒に学校が注意をしても,立ち直る見込みがなくて,これ以上学校に置いておけない,というような,よっぽどのことがあるときだけです
【★3】



 10代のみなさんには,

 心と体が大人の仲間入りを始めたばかりの自分自身を大切にして,

 セックスについて焦(あせ)らないでほしい。

 私だけでなく,ほとんどの大人たちが,そう思っています。



 でも,だからといって,逆に,

 妊娠・出産した生徒を,罰として退学させるのは,

 りくつが通らない,まったくおかしなことです。



 妊娠・出産で,その生徒本人の生活は,たしかに大変にはなります。

 けれど,学校の秩序が,それで乱れるわけではありません
【★4】【★5】


 妊娠・出産と勉強を両立しようと頑張る人に向かって,

 「勉強するなら妊娠・出産してはいけない」とか,

 「妊娠・出産するなら勉強してはいけない」などと,

 他の人が口を挟(はさ)むことは,許されません。



 妊娠・出産する生徒に必要なのは,罰ではなく,

 妊娠した生徒と,お腹の中の子ども,

 出産した生徒と,生まれてきた子どもとを,

 まわりの人たちが支えていくことです。




 性は,自分の心と体を大切にし,相手の心と体を大切にすることです。

 そして,セックスは,大切なコミュニケーションの一つです。



 性についてのきちんとしたメッセージや,避妊・妊娠・出産後の生活のこと,

 それらをふだんからきちんと生徒たちに教えていない学校。

 妊娠・出産ということが起きたら,

 その生徒を支えもしないで,むしろ罰を与える学校。

 そんな学校が,当たり前であってはいけません。




 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★6】



 そして日本は,子どもの権利条約で,世界とのあいだで,こう約束しています
【★7】

 「すべての子どもが高校で学べる機会を持てるようにしよう」

 「途中で退学する子どもを,できるかぎりなくすようにしよう」


 さらに,女子差別撤廃(てっぱい)条約でも,

 「女子が途中で退学することを減らしていこう」と約束しています
【★8】

 妊娠・出産した生徒も高校で学べること,そして,退学しなくてすむことが,

 世界との約束からしても,必要なのです。




 もし,妊娠・出産で退学してしまったら,

 中学卒業の扱いですから,働こうと思っても,安定した仕事を見つけるのが,とても大変です。

 相手の男性も,とても若くて収入が低かったり,逃げてしまって生活費を払わなかったりします。

 妊娠・出産した生徒を学校から追い出すのは,

 苦しい生活・人生を送らなければらない人を,

 この社会に増やしてしまうだけです
【★9】


 学校で学ぶことは,幸せな生活と人生につながる,大事なことです。

 だからこそ,

 学校は,妊娠・出産した生徒を追い出すのではなく,

 むしろ,しっかりと守っていかなければならないのです。




 「万引きがバレて私立中学を退学するように言われてる」の記事にも書いたとおり,

 学校が生徒をむりやり退学させるのには,とても高いハードルがあります。

 だから学校は,むりやり退学させ,生徒側から訴えられて裁判で負けることのないよう,

 「あくまで生徒自身が退学を決めた」というかたちにするために,自主退学させようとします。


 でも,自主退学は,あなたが納得しなければ,断ってよいのです。

 実際,妊娠・出産を理由に退学するよう学校から言われたけれども,その後の話し合いで退学せずにすんだケースもあります
【★10】


 あなたが納得していないのに,学校が退学処分をしてしまったら,裁判で争うこともできます。

 じつは,妊娠・出産を理由とした退学処分について,裁判所が判断したことは,まだありません
【★11】【★12】

 でも,いつかきちんと,裁判所に「そういう退学処分はダメだ」とはっきり言ってもらうことが必要だと,私は思っています。


 もしあなたが,その高校で学び続けたいのに,学校が認めないようなら,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 岩手県教育委員会「懲戒の運用に関する基準 H25改訂」 「問題行動が初回・単独の場合」「不純異性交遊 謹慎(7日~10日)」「妊娠 退学処分」「性的暴行 退学処分」
 このことが,国会の議論でも取り上げられました(衆議院第189回国会予算委員会,平成27年3月12日。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001818920150312016.htm)。
「○泉(健太)委員 …これは,ある県の県立高校の管理運営に関する規則というもので,懲戒に関する規程というのがあるんですね。懲戒の運用に関する基準,平成25年改訂,最近のものですね。…一番下の方,『性的問題行動』と書いてありまして,『不純異性交遊』『妊娠』,そして『性的暴行』と処分が書いてあるわけですね。物すごく違和感を感じたのが,妊娠が退学処分,そして性的暴行も退学処分,これは一緒かと。それは一緒とちゃうやろというふうに思うわけですね。犯罪を起こせば,それは退学の対象になろうというふうに思いますが,妊娠というのは受け手の側にもたらされる環境ですよね。さまざま,その経緯,過程に理由はあったにせよ,子供ができてしまったという事態に対して,子供の学業の継続ですとか支援をする立場の教育機関が,この妊娠ということを果たして懲戒の枠組みの中で考えるべきことなのかと。…やはり公立高校の規程からは,全て,妊娠によって懲戒をするという考え方,まずこれを一掃していただきたいというのが一つ。そして,皆さんの手が及ぶのは公立高校だけだというのではなくて,やはり私立の,全ての学校法人に対しても,懲罰的考え方ではなくて,いかにしてその子供たちを支援するのか,こういう考え方に立っていただきたいというふうに思いますが,大臣,いかがでしょうか。
○下村国務大臣 …例えば,今御指摘のように,本人に学業継続の意思がある場合においては,これは関係者で十分話し合い,母体保護の観点等も含め,教育的な指導は行い,懲戒的な対処は行わないという対応は十分考えるべきことであるというふうに私も思います。また,学業を継続することとなった生徒に対しては,学校として,養護教諭やスクールカウンセラー等も含めた十分な支援を行うことも必要であるというふうに思います。仮に,妊娠中に休学をしたり中途退学せざるを得ないような場合におきましても,再び高等学校等で学び直したいと希望する者に対しては,高等学校等就学支援金等による支援の対象となっているところでもございます。今後とも,修学の意思ある高校生が,高校での学習を終えて卒業し,社会を支える一員となれるよう,適切な学習指導,生徒指導を推進してまいりたいと思います。」
【★2】 教育基本法11条 「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒(ちょうかい)を与えることができる。(略)」
 学校教育法施行規則26条3項 「前項の退学は,…次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。
 一 性行不良で改善の見込がないと認められる者
 二 学力劣等で成業の見込がないと認められる者
 三 正当の理由がなくて出席常でない者
 四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分(ほんぶん)に反した者」
【★3】 「退学処分は,生徒の身分を剥奪(はくだつ)する重大な措置(そち)であるから,当該(とうがい)生徒に改善の見込みが無く,これを学外に排除(はいじょ)することが社会通念からいって教育上やむをえないと認められる場合に限(かぎ)って選択すべきものである」(東京高裁平成4年3月19日判決,判例時報1417号40頁)。そして,その判断要素として,「校則違反の態様,反省の状況,平素(へいそ)の行状(ぎょうじょう),従前(じゅうぜん)の学校の指導及び措置,並(なら)びに処分に至(いた)る経過等」の諸事情があります(最高裁平成8年7月1日判決,判例時報1599号53頁)。
【★4】 「妊娠・結婚それ自体により学校の秩序・規律が乱れるとはいえませんし,妊娠又は結婚を理由として退学処分になるとしますと,子どものいる人や既婚者は高校に入学できないことになって問題がありますので,妊娠又は結婚のみを理由とする退学処分の場合には,学校の裁量権の範囲を超えた違法なものでると判断される可能性は高いと思われます」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
【★5】 「性行為や結婚・妊娠それ自体により規律が乱れることはないはずであり,もしそうであるなら,既婚者や子持ちは高校等の学校に入れないことになり,これは差別であるとの指摘もあります。米国の高校では,子どもを持つ生徒のための『授乳時間』『育児室』が設けられているところがあるとの報告もあります。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★6】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
【★7】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)28条1項 「締約国(ていやくこく)は,教育についての児童の権利を認めるものとし,この権利を漸進的(ぜんしんてき)にかつ機会の平等を基礎として達成するため,特に,
(略)
(b) 種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励(しょうれい)し,すべての児童に対し,これらの中等教育が利用可能であり,かつ,これらを利用する機会が与えられるものとし,例えば,無償教育の導入,必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。
(略)
(e) 定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置(そち)をとる。」
【★8】 女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)10条 「締約国は,教育の分野において,女子に対して男子と平等の権利を確保することを目的として,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保することを目的として,女子に対する差別を撤廃(てっぱい)するためのすべての適当な措置をとる。
(略)
(f) 女子の中途退学率を減少させること及び早期に退学した女子のための計画を策定(さくてい)すること。
(略)
(h) 家族の健康及び福祉の確保に役立つ特定の教育的情報(家族計画に関する情報及び助言を含む。)を享受(きょうじゅ)する機会」
【★9】 認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは,ブログ記事「2017年にはぶっ壊したい,こどもの貧困を生みだす日本の5つの仕組みとは」の中で,貧困の観点からわかりやすく重要な指摘をしています。http://www.komazaki.net/activity/2017/01/004876.html
【★10】 「我が国でも,女子高校生が結婚を理由に退学処分に処せられたが後に学校側が処分を撤回したという例がありました。女子,少年と親が真に結婚や出産を望んでいるならば,学校側と話し合って退学させないように積極的に交渉するのがよいでしょう。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★11】 「妊娠又は結婚を理由とする退学処分の有効性が問題となった裁判例は筆者の見る限り見当たりません」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
 第一法規の法情報総合データベースでの検索結果でも,該当判例はありませんでした(2017年2月1日現在)。
【★12】 交際相手の女性と性的な関係をもったことを理由に退学勧告を受けたことが違法だとして,元男子高校生が私立の学校に損害賠償を求めた裁判が起こされています(河北新報2016年6月21日「交際相手と性的行為『退学勧告は違法』と提訴」http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201606/20160621_13020.html)。妊娠・出産した女子生徒の事案ではありませんが,重要なケースです。
 

2017年1月 1日 (日)

健康保険証の裏にある「臓器提供」って何?

 

 健康保険証の裏に,臓器提供(ぞうきていきょう)に丸をつけるところがあるんですが,これって子どもの私にも関係があることですか?

 

 

 はい。あなたにも,とても関係があります。



 健康保険証の裏を見ると,こう書いてあります。



 以下の欄(らん)に記入することにより,臓器提供に関する意思(いし)を表示することができます。記入する場合は,1から3までのいずれかの番号を○で囲んで下さい。


1 私は,脳死後及(およ)び心臓が停止した死後のいずれでも,移植のために臓器を提供します。

2 私は,心臓が停止した死後に限(かぎ)り,移植のために臓器を提供します。

3 私は,臓器を提供しません。



<1又は2を選んだ方で,提供したくない臓器があれば,×をつけてください。>

【心臓・肺(はい)・肝臓(かんぞう)・腎臓(じんぞう)・膵臓(すいぞう)・小腸・眼球】




 以前は,「臓器提供意思表示カード」しかありませんでしたが,

 2010年(平成22年)から,健康保険証や運転免許証の裏にも,このように書かれています
【★1】




 想像してみましょう。




 あなたは突然,事故に遭(あ)って,脳が大きなダメージを受けました。

 あなたは救急車で運ばれます。

 病院で,お医者さんが一生懸命がんばって,あなたの治療をしました
【★2】

 でも,あなたの脳は回復しませんでした。

 周囲が呼びかけても,あなたからの反応は全くありません
【★3】

 あなたは,脳の一部が働いていて自分で息ができる「植物状態」とは違い
【★4】

 脳のほとんどすべてが,働いていません。

 人工呼吸器でかろうじて息が続けられている,「脳死」の状態です
【★5】

 おそらく,あと1週間も心臓は動き続けられません
【★6】

 病院があなたの家族に,それを説明します。

 そして,あなたの臓器が,病気で苦しんでいる人たちの役に立つことなども説明します。

 あなたの家族は,突然の事故であなたが脳死になったことに,気持ちが混乱しています
【★7】

 家族はとても悩んだすえ,あなたが他の人の体の中で生き続けられるならと,臓器を取り出すことをOKしました
【★8】

 まだあなたの心臓は止まっていませんし,体も温かいままですが,

 あなたは死んだものとして扱われます
【★9】

 そして,麻酔をかけたうえで
【★10】

 あなたの体から,心臓や肝臓(かんぞう),肺(はい)など,いろんな臓器が取り出されます。

 病気で苦しんでいる人たちに,あなたの臓器が移されます。

 その人々がどこの誰なのかは,あなたの家族には知らされません。

 あなたの臓器を移してもらった人たちは,そのおかげで,

 命を落とさずにすんだり,つらさや苦しさを大きく減らしたりすることができました
【★11】



 …健康保険証の裏の「1」にある,脳死後の臓器提供というのは,上に書いたようなことです。





 目や腎臓(じんぞう)は,心臓が止まった人の体から移すことができます
【★12】

 でも,ほかの臓器は,それができません。

 止まってしまった心臓を他の人に移しても意味がありませんし,

 その他の臓器も,心臓が止まってそこに血が行き渡らなくなってしまったものは,他の人に移せないのです。

 だから,目や腎臓以外の臓器を移すなら,心臓が止まっていない人の体から取り出さないといけません
【★13】

 それで,脳死の人の体から臓器を移すことが考えられたのです。



 でも,

 たとえ脳が働かなくなっていても,

 心臓が止まっていないなら,まだ死んでいないじゃないか,

 生きているなら,その人の体から臓器を取り出すのは,殺人という犯罪ではないか。

 そういう問題がありました
【★14】


 実際,臓器移植の法律ができるよりもだいぶ前の1968年(昭和43年),

 ずさんな臓器移植が行われて,

 そのお医者さんが殺人罪の疑いで調べられる,という事件も起きました
【★15】



 臓器移植を必要としている人たちは,たくさんいます。

 今の医療では治すことが難しい病気で,

 長く生きられなかったり,生活や人生でとてもつらく苦しい思いをしています。

 他の人から臓器を移し替えてもらうことによって,

 命を失わずにすんだり,つらさや苦しさを大きく減らせる場合があるのです
【★16】


 しかし,日本ではずっと,心臓などの移植ができなかったので,

 命を落とす人が多くいました。

 臓器移植をしてもらいたいと思ったら,

 莫大(ばくだい)なお金を集め,とても大きな負担をかけて,

 海外に行かなければならなかったのです。





 日本では,「脳死は人の死なのか」など,激しい議論が長く続いて,

 1997年(平成9年)に,臓器移植の法律ができました。



 その時にできた法律では,

 「万一,自分が脳死になったら,他の人に臓器をあげてもOK」と考える人は,

 あらかじめカードに丸をつけ,サインをしておく,ということになりました。

 そして,家族から特に反対がなければ,

 その人の体から臓器を取り出して,他の人に移すことができるようになりました
【★17】

 逆に言えば,

 カードに丸をつけていない人や,カードを持っていない人からは,

 臓器を取り出すことは認められませんでした。



 カードに丸やサインをできる年齢は,

 その法律にはっきり書かれてはいませんでしたが,

 15歳以上とされていました
【★18】

 15歳は,自分が亡くなったときのことを書いておく「遺言(いごん)」を作れる年齢です
【★19】



 でも,法律ができても,

 カードを持っている人が多くはなかったので,

 実際には,臓器移植はあまり進みませんでした
【★20】


 また,臓器提供の意味がわからない小さな子どもは,カードに丸やサインをできませんから,

 その時の法律では,脳死になった子どもから臓器を取り出していませんでした。

 だから,子どもの大きさの臓器が必要な病気の子どもは,

 やはり,海外に行かなければなりませんでした。




 しかし,世界では,「臓器移植のために海外に行くのはやめて,自分の国の中でやるべきだ」という意見が高まっていました
【★21】



 そこで,2010年(平成22年)に,法律が変わりました。


 それまでは,カードに「臓器提供OK」と書いてある人からしか臓器を取り出せなかったのですが,

 法律が変わって,カードなどに何も書かれていなくても,家族がOKすれば,臓器を取り出せることになりました
【★22】【★23】


 あなたが,「脳死の時に臓器を取られるのはいやだな」と思っているのに,

 「3」や「2」に丸をつけないままでいると,

 家族がOKすれば,あなたの気持ちに反して,臓器が取り出されてしまうことになってしまいます。



 また,もしあなたが,脳死の時に臓器をあげてもいい,誰かに使ってもらいたい,と思っていても,

 あらかじめ「1」に丸をしておかないと,あなたのその考えが家族にわからないので,

 突然の出来事で混乱している家族だけで,思い悩まなくてはいけません。



 脳死のときに臓器提供をするかどうかについて,

 正しいとか,まちがっているという答えはありません。

 それぞれが自分で考えて,決めることです。

 だいじなのは,どんな結論であっても,あなたのその考えを,しっかりとみんなにわかる形にしておくことです
【★24】

 あなたが15歳以上でも,14歳以下でも,自分の考えをはっきりさせておくことが大切なのです
【★25】 



 法律が変わった2010年(平成22年)からは,

 自分で丸やサインをできない小さな子どもからも,

 家族のOKで,臓器を取り出すことができるようになりました。

 脳死となった子どもの親や家族は,本当に苦しい思いを抱えながら,臓器提供をするかどうかを決めています
【★26】


 ただ,もし,子どもが脳死になった原因が,親からの虐待だったなら,臓器提供はできません。

 加害者である親が,被害者である子どもの臓器を取り出すのにOKするのは,

 子どもを二度も傷つける,まったくおかしなことだからです。

 だから,虐待がなかったことをきちんと調べてからでなければ,臓器を取り出すことは,認められません
【★27】




 子どもたちは,よく冗談で,「死ね」「殺す」という言葉を使いますね。

 子どものときは,生きるエネルギーにあふれ,体も成長していくので,

 死ぬということの実感がなく,命を軽くあつかう言い方を,つい,してしまうのだと思います。




 でも,

 今この時も,死と向き合っている人たちが,この社会の中で,私たちといっしょにいるということ,

 そして,

 子どものあなたも,いつか突然,事故や病気で脳死になるかもしれないし,

 逆に,臓器を他の人からもらわなければ命を落とす病気にかかるかもしれないということ,

 そういう,とてもだいじな命の問題を,

 ケガや病気を治すために使うその健康保険証の裏を見る時に,しっかり考えてみてほしいと思います。




 健康保険証の裏のうち,「1」から「3」のどれであったとしても,

 あなたがいろんな人の話を聞き,自分なりに一生懸命考えたうえで,丸をつけることができたなら
【★28】

 命の重さと向き合ったあなたは,

 「死ね」「殺す」と軽く冗談を言うこともせず,他の人がそう言うのも聞き流さない,そんな素敵な人になれるはずです。

 

 

【★1】 平成22年5月12日「健康保険法施行規則等の一部を改正する省令」(厚生労働省令第70号)
 平成22年6月11日「道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令」(平成22年内閣府令第31号)
【★2】 交通事故被害者遺族の井手渉さん・井手政子さんは,救急医療体制がおざなりであって,臓器移植を進める前に救急医療体制を整えるべきことなどを述べています(井手渉・井手政子「突然『脳死』と宣告されて -交通事故被害者遺族の思い」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」63頁)。日弁連も,臓器移植にあたって,最善の医療が尽(つ)くされているのが前提であるべきなのに現状に不備があることなどを指摘しています(2006年(平成18年)3月14日「『臓器の移植に関する法律』の見直しに関する意見書」12頁 http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/060314_000.pdf ,特に小児救急医療体制の整備について,2010年(平成22年)5月7日「改正臓器移植法に対する意見書」15頁 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2010/100507.html
【★3】 もっとも,脳死になってもまったく体が動かないというわけではなく,脊髄(せきずい)反射は起きます。また,「ラザロ兆候(ちょうこう)」という現象があることも報告されています。ラザロ兆候とは,脳死の人が人工呼吸器を取り外されたあと,両手が上がってきて,胸の前で合わさり,まるで祈りを捧げるかのように握りあわせて,またベッドの所に戻り,このとき足は自転車を漕(こ)ぐような動きを見せることが,何の刺激もないのに数日間繰り返されるという現象です(小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」156頁)。
【★4】 ただし,植物状態(遷延性意識障害)と脳死の違いははっきりと分けられないものではないとの指摘もあります(臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」44頁)。
【★5】 法律では,「脳死した者の身体」を,次のように定義しています。
 改正「臓器の移植に関する法律(以下「臓器移植法」)6条2項 「…脳死した者の身体とは,脳幹を含む全脳の機能が不可逆的(ふかぎゃくてき)に停止するに至ったと判定された者の身体をいう」
【★6】 もっとも,脳死と判断されても1週間以上心臓が動き続ける場合もあり,特に,小さな子どもは何年も,場合によっては10年・20年以上も長い期間続く(しかも第二次性徴も迎える)ケースがあります。また,脳死となった女性が出産した事例もあります(日本弁護士連合会2010年(平成22年)5月7日「改正臓器移植法に対する意見書」11頁,小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」159頁,臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」9頁,26頁,32頁)。
【★7】 社団法人日本臓器移植ネットワークで臓器移植コーディネーターを務めている朝居朋子さんは,脳死と判定された人の家族の苦しみと決断に寄り添う現場の姿を,「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」(毎日新聞社)に詳しく記しています。
【★8】 「この世から物体としての存在がなくなるという死から,臓器だけがこの世に,別の人のからだのなかに残り,その人に新しい生を与える。そのことが,最愛の身内を亡くすという最大の悲しみのなかにいる家族の決断で行われる。そして,臓器移植を受ける人が臓器を受け取って,その思いが完結する。あるドナーファミリーの言った言葉です。『息子を亡くすという絶望のなかで,臓器移植で命をつなぐという希望を見いだせた』」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」89頁)
【★9】 「脳死の状態での臓器提供では,法律に定められた脳死判定を2回行い,2回目の判定が終わったら『死亡』と宣告されます。脳死で死亡とされた患者の状態は,人工呼吸器がついていて,心電図のモニターも波形が出ていて,肌は温かく,お小水(しょうすい)も出ています。脳死判定前後でなんら見かけが変わるわけではなく,家族にとって『ご遺体』として受け止められるかというと,正直,本音の部分ではなかなか難しいところがあるかもしれません」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」44頁)
【★10】 「高知赤十字病院での臓器摘出(てきしゅつ)の時に,法的に脳死が確定して臓器摘出のためにメスを入れた途端,それまで120だった血圧が140から150に上がりました。…救急部長はあわててガス麻酔と静脈麻酔を投与したわけです。こうしたことは決して例外ではなく,イギリスやアメリカの論文には普通のこととして書かれています。…イギリスの…麻酔医は…こう述べています。『看護婦たちは心底動転していますよ。脳死者にメスを入れた途端,脈拍と血圧が上昇するんですから。そして,そのまま何もしなければ,患者は動き出し,のたうち回り始めます。摘出どころではないんです。ですから移植医は私たち麻酔医にきまってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ,と』。脳死者からの臓器摘出の時に麻酔や筋弛緩剤(きんしかんざい)を投与することは,日本でも半(なか)ば常識になっているといえます。というのは,「臓器移植法」施行後の29件(2004年5月26日現在)の臓器摘出のうち,すでに医学論文で公表されたものだけでも約半数はそうした方法を採っているのですから」(小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」155頁)
【★11】 国際移植者組織トリオ・ジャパン編「生きたい! 生かしたい! 早期移植医療の真実」(はる書房)では,臓器移植を必要としている人たちの苦悩と,移植を受けて生きられるようになった喜びが,詳しく記されています。
【★12】 1958年(昭和33年)に「角膜の移植に関する法律」ができて,亡くなった人から目を取り出すことができるようになり,その後,1979年(昭和54年)には腎臓(じんぞう)も対象になりました(「角膜及び腎臓の移植に関する法律」)。
 腎臓は,体にとって毒になる尿素(にょうそ)を取り除いたり,要(い)らなくなったものをおしっことして外に出したりする,フィルターの役割をもった臓器です。腎臓がうまく働かないと,「人工透析(じんこうとうせき)」といって,機械を使わなければいけません。腎臓がうまく働かない病気は,他の臓器移植を必要とする病気と違って,すぐに命を落とすというわけではないものの,人工透析は,何度も繰り返し病院に通い,1回に何時間もかかるので,とても大変です。他の人から腎臓をもらうことで,生活はとても楽になります。
【★13】 2つある腎臓の1つや,1つしかない肝臓(かんぞう)の一部を,生きている人から取り出して移す「生体移植」という方法があります。この生体移植についての法律は,特にありません。日本移植学会の倫理指針では,生体移植を親族間に限定しています(http://www.asas.or.jp/jst/pdf/info_20120920.pdf)。
【★14】 「これまで人の死は,心臓の拍動(はくどう)と,肺臓の呼吸の不可逆的停止,および瞳孔(どうこう)反応の消失という3つの兆候によって判定されることで,全く異論なく安定していたのであるが(三兆候説),最近の医学・医療の発達,とくに人工蘇生術(じんこうそせいじゅつ)の発達によって,放置すれば停止するはずの心臓や肺をかなり長く人工的に動かし続けることが可能になったことに由来する。…もしこの『脳死状態』(厳密には,超重症脳不全)を『人の死』とみることができるとすれば,一方では,人工呼吸器を外すことも,他方では,脳死状態でなお動いている心臓や肺を移植のために摘出することも,どちらも殺人とはならず,『死体』に対する処理として許される可能性が開けることになる」(中山研一「臓器移植と脳死 日本法の特色と背景」165頁)
【★15】 和田移植事件。1968年(昭和43年)8月8日,札幌医科大学の教授が,日本で初めて,世界で30例目の心臓移植を行いました。しかし,無理矢理実験的に心臓移植をしたのではないかと批判があり,殺人罪で告発されました(結果は不起訴処分でした)。
【★16】 ES細胞という,人の体を作るすべての細胞に分化することができる細胞の研究が進み,これを使った再生医療が実現すれば,将来的には臓器移植は不要になるだろうと言われています(加藤高志「日弁連からの提言 -臓器移植の人権救済申し立て」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」132頁)。
 「『私たち患者は,ドナーが現れるのを待ちながら日々過ごしているわけではないのです。本当は,薬で病気が治ったり,たとえ病気が治らなくても薬で現状を維持できること,つまり移植以外の方法でなんとかなることを『待って』いるのです』 この言葉を聞いたときに,私は『目からうろこ』状態でした。レシピエント自身は,臓器移植を第一の選択肢とせざるをえない状況だから臓器移植を治療法として選択するけれども,本当はそれを最も望んでいるわけではないのです。私自身,他者から臓器をもらって救命する臓器移植という治療法は,何十年も先にはなくなってしまうといいな,早くそんな時代が来るといいな,と正直思っています。『昔は,死んだ人から提供された臓器で移植を受けてたんだって』みたいなことが言われる時代が来るくらい,そのくらい,再生医療や人工臓器,薬の開発が進んでいくといいな,と思っています。その意味では,他者から臓器をもらう移植医療は,そういう時代が来るまでの間は,ほかに選択肢のない,最善の架(か)け橋としての医療なのだと考えています」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」117頁)
【★17】 旧臓器移植法6条1項 「医師は,死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって,その旨(むね)の告知を受けた遺族が当該(とうがい)臓器の摘出を拒(こば)まないとき又は遺族がないときは,この法律に基(もと)づき,移植術に使用されるための臓器を,死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる」
【★18】 平成9年10月8日厚生労働省「『臓器の移植に関する法律』の運用に関する指針(ガイドライン)」 「年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが,民法上の遺言可能年齢等を参考として,法の運用に当たっては,15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこと」
【★19】 民法961条 「15歳に達した者は,遺言をすることができる」
【★20】 法律ができて初めて脳死の人からの臓器移植が行われたのは1999年(平成11年)で,その年は合計4件でした。法律が改正されるまでの約10年間は,毎年,10件を超えるか超えないかの件数しかありませんでした。法律が改正され,2010年(平成22年)は32件となり,その後件数は増えていて,2015年(平成27年)は58件でした(一般社団法人日本移植学会「臓器移植ファクトブック2016」http://www.asas.or.jp/jst/pdf/factbook/factbook2016.pdf
【★21】 2008年5月2日国際移植学会「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」。WHO(世界保健機関)でも,2009年3月26日,臓器移植のための海外渡航を自粛する勧告案が出され,総会で採択される見込みとなっていました(採択は2010年5月22日)。
【★22】 改正臓器移植法6条 「医師は,次の各号のいずれかに該当する場合には,移植術に使用されるための臓器を,死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。 … 二 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって,遺族が当該臓器の摘出について書面により承諾しているとき」
【★23】 ヨーロッパの多くの国や中国も,同じように,本人があらかじめ何も意思表示をしていないときに,家族の同意で臓器提供を認めています。家族の同意がなくても臓器摘出できるとする国も最近では増えていますが(スペインなど),家族の役割が大きい日本では,家族の同意なく臓器提供を認めることは難しいと言われています(甲斐克則「臓器移植と刑法」201頁)。
【★24】 日弁連は,2010年(平成22年)5月7日,「改正臓器移植法に対する意見書」で,「自己決定権の保障を遵守しなければならない」という観点から意見を出しています。
【★25】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」
【★26】 2016年(平成28年),インフルエンザ脳症で脳死となった6歳未満の女の子のご両親が,日本臓器移植ネットワークを通じて思いをつづった手紙を公表しました(全文は朝日新聞2016年2月26日記事で読むことができます。http://www.asahi.com/articles/ASJ2V2RNPJ2VUBQU00C.html)。
 「Aちゃんが体調を崩してからお父さんとお母さん辛(つら)くてね。毎日毎日神様にお願いしました。…でもね…もう長くは一緒にいられないんだって。お父さんとお母さんは辛くて辛くて,寂しくて寂しくて泣いてばかりいたけれど,そんな時に先生からの説明でAちゃんが今のお父さんやお母さんみたいに涙にくれて生きる希望を失っている人の,臓器提供を受けなければ生きていけない人の希望になれることを知りました。…もしAちゃんが人を救うことができたり,その周りの皆さんの希望になれるとしたら,そんなにも素晴らしいことはないと思ったの。こんなにも誇らしいことはないと思ったの。Aちゃんが生きた証(あかし)じゃないかって思ったの。…命は繋(つな)ぐもの。お父さんとお母さんがAちゃんに繋いだようにAちゃんも困っている人に命をつないでくれるかな? 願わくば,お父さんとお母さんがAちゃんにそうしたように,AちゃんもAちゃんが繋いだその命にありったけの愛を天国から注いでくれると嬉(うれ)しいな」
【★27】 臓器移植法附則(平成21年7月17日法律第83号)5条 「政府は,虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器…が提供されることのないよう,移植医療に係る業務に従事する者がその業務に係る児童について虐待が行われた疑いがあるかどうかを確認し,及びその疑いがある場合に適切に対応するための方策に関し検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」
【★28】 臓器移植について,公益社団法人日本臓器移植ネットワークのウェブサイトで詳しい情報を見ることができます(https://www.jotnw.or.jp/)。また,臓器移植の問題点をわかりやすくまとめている本として,臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」(海鳴社)があります。

2016年12月 1日 (木)

既読スルーしてケンカになった

 

 友だちからのメッセージを読んだまま自分が返信しなかったのがきっかけでケンカになり,メッセージのやりとりも激しくなってしまいました。その流れで,自分が相手をかなりバカにしたメッセージを送ってしまい,相手が「訴える」と繰り返し言ってきています。「は?訴えるなら訴えてみれば?」と強気で返しているものの,本当に訴えられちゃうのか,訴えられたらどうなるのか,内心では不安です。

 


 自分でも,言い過ぎちゃったな,という思いがあるのですね。

 だからこそ,「訴える」という言葉に,不安になってしまいますよね。




 「訴える」という言葉で,法律的に考えられるのは,

 たとえば,民事(みんじ)という分野なら,

 傷ついたぶんのお金を払え,と裁判所に訴えることです。

 でも,こういった民事のことは,

 「友だちに貸したお金が返ってこない」の記事にも詳しく書いたように,

 未成年なら親がかかわらないといけなかったりなど,いろんなハードルがあります
【★1】

 また,刑事(けいじ)という分野なら,

 「被害を受けた」という被害届や,「処罰してほしい」という告訴状(こくそじょう)を警察に出して,捜査(そうさ)してもらうよう訴えるのですが
【★2】

 犯罪として取り締まるということは,とても重大な話なので,

 そんなに思うほど簡単には,警察は動きません。

 刑事事件は,民事事件よりもさらにハードルが高いのです。




 その友だちは,

 じっさいに法律的に訴えることの大変さまで考えてあなたに言っているのではなく,

 激しいメッセージのやりとりの中で,勢いで「訴える」と言ってしまっているのだと思います。




 ただ,上に書いたことは,あくまで一般的な話ですから,

 確かなアドバイスをするためには,あなたと相手のじっさいのやりとりを見る必要があります。

 今の不安な気持ちを落ち着けるために,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見て下さい。





 あなたが相手をバカにしたメッセージを送ってしまったのは,

 ケンカでメッセージのやりとりが激しくなったからでしたね。




 私は,弁護士として,いろんな人間関係のトラブルの相談を受けています。



 「今,相手とこんなふうにやりとりしています」

 法律相談にやってきた人が,メールやアプリのメッセージのやりとりを印刷したものを,ごそっと見せてくれることが,よくあります。

 私は,まず,「この相手とのやりとりを,すぐにやめてください」とアドバイスします。




 インターネットでのやりとりは,

 淡々(たんたん)とした事務連絡や,おたがいに仲が良いときには,とても便利なのですが,

 トラブルになっているときは,おたがいを傷つける凶器になってしまうのです。




 トラブルになっているときは,頭に血が上っているので,

 ふだんよりも敏感になって,相手からのメールやメッセージが気に障(さわ)ることも多くなります。

 そして,こちらも感情的になって,反論したくなってしまいます。

 反論の文章を考えるのも,イライラします。

 書き終わって相手に送信すると,すぐに相手に届いてしまいます。

 即座(そくざ)に相手から反論が来れば,また気分が悪くなりますし,

 反論が来なければ来ないで,それもまたイライラします。

 やりとりが文字で残るので,おたがい,相手の言うことのほとんどに反論しようとして,

 細かい言葉の揚(あ)げ足とりや,メインのテーマからずれた話が,増えていきます。




 トラブルになったときは,メールやアプリのメッセージは,不向きなのです。




 深刻な法律トラブルのとき,弁護士が事件の依頼を受けたら,

 弁護士が連絡の窓口になるので,当事者どうしの直接のやりとりがなくなります。

 そのぶん,時間の余裕が生まれます。

 さらに,裁判所でトラブルを解決する場合は,

 民事の裁判なら,だいたい1か月~1か月半に1回というペースで開かれるので,もっと時間の余裕ができます。

 即座にやりとりするインターネットと比べて,とても時間がかかって不便だ,と思うかもしれません。

 でも,トラブルを大きくしないで解決するためには,

 一呼吸を置いてクールダウンする時間があることが,じつは,とても大切なのです。





 私は,弁護士の仕事をするうえで,

 自分の依頼者や,事件の相手方との間で,メールを使いません。

 プライベートでも,メールやアプリのメッセージを使うのは,他の人と比べると,とても少ないです。

 直接会って話をするか,

 電話で話をするか,

 手紙やFAXなどの文書で,やりとりをします。




 メールや,アプリのメッセージは,

 どんなに表現を一生懸命に工夫し,絵文字やスタンプをたくさん使っても,

 自分が送った内容が相手に誤解されたり,

 相手から受け取った内容を自分が誤解したりが,起きやすくなります。




 電話なら,

 声の強さや弱さ,速さや遅さ,高さや低さなどが伝わりますし,

 会って話をすれば,

 さらに,どんな顔の表情をしているか,どんなしぐさをしているかも伝わります。

 文字だけでやりとりするよりも,気持ちが分かり合えますし,

 わからないことも,その場ですぐに確かめ合うことができるので,

 メールやアプリのメッセージで起きるような誤解も,防ぎやすくなります。




 やりとりを文書で残したいときも,

 手紙なら,どんな便せんや封筒を使うかを選び,

 伝えたいことを,紙に手書きで書いたり,パソコンからプリントアウトしたりし,

 それを折って封筒に入れてのり付けし,

 宛先を書いて,切手を貼って,ポストに出しに行く時間,

 FAXでも,文書を書いて送信機にセットし,

 番号を押して相手に送るまでの時間があります。

 その面倒と思われる時間こそ,自分と相手のことを考えるための,大切な時間なのです。




 虐待から逃げてきた子どもを守るシェルターは,場所が絶対に秘密なので,

 親などに居場所がバレないようにするために,ケータイやスマホを預かります。

 ケータイやスマホを肌身離さず持っていた子どもたちにとっては,辛いことです。

 でも,担当の弁護士やシェルターのスタッフと,顔を合わせて話をしていく中で,

 おたがいのコミュニケーションが深まり,自分自身の気持ちを整理していくことができます。

 私から子どもたちに手紙を書いて送ると,「郵便の手紙を初めて受け取った」とびっくりされます。

 そして,私の勧めで,その子が親や私に宛てて手紙を書くと,

 その子が相手の気持ちを考えながら,自分自身の気持ちをよりいっそう整理できることが多いです。




 メールやアプリのメッセージはとても便利ですが,

 トラブルになったときは,止めましょう。

 そして,だいじな話のときこそ,

 会って直接話したり,電話で話したり,手紙にまとめたりしてみてください。





 それから,今回のケンカのきっかけは,

 あなたが相手のメッセージ読んだまま,返信をしなかったからということでしたね。




 最近のアプリでは,「既読(きどく)」という,メッセージが読まれたという表示が出るしくみになっています。

 読んだことが相手に伝わるので,すぐに返事をしなければ無視したと思われる,だからすぐに急いで返事をする,という人がとても多いです。

 実際,「既読」したのに無視されたということがきっかけになって,いじめや残酷な犯罪が起きています
【★3】



 ある有名なアプリを作った会社は,既読の表示を出すしくみを作ったを理由を,こう説明しています。

 「震災などで相手が返事を出す余裕がなくても,読んだことが分かれば,無事に生きているんだと安心できる」
【★4】【★5】



 でも私は,それはおかしな説明だと思います。

 震災などの非常事態ではない,毎日のふだんの暮らしの中で,

 「相手が生きているとわかって安心する」ことなど,必要ありません。




 「既読になったのに返事がないことにイライラする」のも,

 その会社が言うように,「既読の表示が出れば相手が生きているとわかって安心する」のも,

 結局そのどちらにしても,メッセージを送ったがわの一方的で勝手な気持ちの話です。

 メッセージを受け取ったがわの気持ちが,置き去りになっています。




 コミュニケーションは,

 自分の気持ちを一方的に押しつけるのではなく,

 相手の立場に立って考えてやりとりすることが,とてもだいじなのです。

 (「おこづかいの値上げ交渉」の記事にも,同じようなことを書きました。)




 スマホの画面の「既読」の2文字に,あなたも相手も振り回されることなく,

 おたがいの気持ちがわかり合える,余裕を持ったコミュニケーションをしてほしいと思います。




 もし,「既読」したのに返事をしなかったことがきっかけでいじめが起き,あなたや周りの友達が悩んだら,

 「いじめを弁護士に相談するとどうなるの」

 「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」

 の記事も,あわせて読んでみてください
【★6】




 スマホのアプリは,私が子どものときには想像もつかなかったコミュニケーションの道具でした。

 これから数年・数十年先,みなさんが大人になって,次の世代の子どもたちを支えるころには,

 今では想像もつかない,さらに新しいコミュニケーションの道具ができているでしょう。

 でも,たとえどんな道具が生まれたとしても,

 その道具に私たち人間がふりまわされるのではなく,

 「自分の気持ちをうまく伝え,相手の気持ちを尊重する」というコミュニケーションの基本を,

 いつも忘れずに意識していてほしいと思います。

 それが,仕事で人間関係のトラブルにいつも接している弁護士から,子どものみなさんに一番伝えたいことです。

 

 

【★1】 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない。…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
【★2】 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 「捜査機関以外の者による捜査の端緒(たんしょ)としてとくに重要なのは,犯罪被害者による被害申告である。被害者の被害申告も,被害届にとどまる場合と告訴の形式をとる場合とがある(被害届は,被害申告のみで,告訴のような訴追(そつい)の意思表示のないものである。いずれも捜査の端緒となる)。」田口守一「刑事訴訟法 第二版」55頁
【★3】 2013年,LINEで連絡を絶ったことを理由に中学3年の女子生徒が,中高生の少女4人から殴られたり蹴られたりした事件や(読売新聞2013年9月12日記事),同じ年,LINEでの呼びかけを無視したことがきっかけで,男子生徒が少年4人から両足を縛られ,川に突き落とされ,足首をライターの火であぶられるなどの被害を受ける事件が起きました(読売新聞2013年10月4日記事)。
【★4】 朝日新聞2016年3月12日記事 「LINE既読は震災から生まれた 教訓生かした商品多数」 「今や国内で約6800万人が使う無料通信アプリ『LINE(ライン)』。誕生のきっかけは大震災だった。ラインの運営会社は,電話がつながりにくい中でも『大切な人と連絡を取れるサービスが必要だ』と判断。急ピッチで開発し,3カ月後にサービスを始めた。こだわりは,相手がメッセージを読んだか分かる『既読』機能をつけたこと。相手に返信する余裕がなくても,既読と分かれば安心する。そんな思いを込めた。」(http://www.asahi.com/articles/ASJ3C51T9J3CULFA019.html
【★5】 日経デジタルマーケティング2014年3月11日記事 「あれから3年,“震災生まれ”のLINEが命を救い,スマホが募金プラットフォームに」 「『(相手が自分のメッセージを読んだ際に付く)あの『既読』表示は,東日本大震災を経験して,安否(あんぴ)確認のためにあると便利だということで付けた機能なのです』。今年1月に新設したLINEの正しい活用を啓発(けいはつ)するCSR(企業の社会的責任)部門である政策企画室の江口清貴室長は,LINE開発の経緯をこのように説明する。」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/nmgp/20140310/260877/
【★6】 全国Webカウンセリング協議会理事長・安川雅史さんの「子どものスマホ・トラブル対応ガイド」(ぎょうせい,2016年)も参考になります。

2016年11月 1日 (火)

今の二重国籍のまま大人になったら?

 

 父親がフランス人,母親が日本人の高校生です。物心がついたときから日本で暮らしていて,将来は,日本を生活のベースにしながら,フランスとの架(か)け橋になれるような仕事をしたいと思っています。私は,フランスと日本の両方の国籍を持っていて,大人になったらどちらか1つを選ばないといけない,と親から聞いています。どうして国籍を1つにしないといけないんですか。もし国籍を2つ持ったまま大人になったら,どうなりますか。

 


 国籍は,「この国のメンバーだ」という資格のことです
【★1】


 日本国籍については,国籍法という法律がルールを決めています【★2】


 日本国籍になるのは,お父さんかお母さんが日本国籍であることが,基本的な条件です【★3】



 じつは,今から30年余り前の1984年(昭和59年)までは,お父さんが日本国籍でなければ,子どもは日本国籍になれませんでした。

 お母さんが日本国籍だというだけでは,子どもは日本国籍になれなかったのです。

 でも,それは男性と女性を平等にあつかわない,おかしなことでした。

 国籍法が変わって,1985年(昭和60年)からは,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍なら,その子どもは日本国籍になれるようになりました
【★4】



 どういう条件で子どもに国籍を認めるかは,国によってちがいます。

 日本やフランスのように,両親のどちらかが国籍を持っていればOKという国もあれば
【★5】

 むかしの日本のように,父親が国籍を持っていることで認める国
【★6】

 アメリカのように,国内で生まれればOKという国もあります
【★7】【★8】



 あなたの場合,お父さんがフランス国籍,お母さんが日本国籍なので,

 子どものあなたは,フランスと日本の2つの国籍を持っているのですね
【★9】

 (もし,あなたがアメリカで生まれていたなら,フランスと日本とアメリカの3つの国籍を持つことになります。)




 日本の国籍法は,こう言っています
【★10】

 「子どもの時から日本の国籍と外国の国籍を持っている人は,22歳になる前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」。




 もし,あなたがフランス国籍を選ぶなら,

 日本国籍をやめる手続を,日本の役所でとります
【★11】【★12】


 もし,あなたが日本国籍を選ぶなら,次の2つの方法のどちらかをとります。

 1つめは,フランス国籍をやめる手続を,フランスの役所でとる方法。

 2つめは,「日本国籍を選びます。フランス国籍をやめます」と,日本の役所で宣言する方法です
【★13】


 どうして2つめの宣言の方法があるかというと,

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることなので,

 1つめの方法が必ずとれるとはかぎらないし,

 日本からその国に口出しはできないからです。



 そして,2つめの方法で,「フランス国籍をやめます」と日本に向かって宣言しても,

 それで自動的にフランス国籍がなくなるわけではありません。

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることだからです
【★14】


 その宣言をしたあと,その人が本当に外国の国籍をやめたかどうかまで,日本にはわかりません。

 
両方の国籍を持ち続けることは,日本の国籍法のしくみからすると,じゅうぶんありうることです【★15~17】

 
なので,その宣言をした後も,両方の国籍を持ったままの人は,たくさんいます。


 なお,22歳までに日本国籍を選ぶための方法をまったくとらないままでいると(つまり,1つめ・2つめのどちらの方法もとらないでいると),

 日本から「国籍を選択するように」という連絡が来て,

 そこから1か月以内に何もしないでいたら,日本国籍を失う,と,法律には書かれています
【★18】

 もっとも,実際には,そのルールで日本国籍を失った人はいません
【★19】【★20】



 この,「22歳になる前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」という日本のルールは,1985年(昭和60年)に始まりました。

 上に書いたように,この年から,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍であれば,子どもが日本国籍を持てるようになりました。

 そのため,国籍を2つ持つ子どもが,たくさん増えることになります。

 だから,日本は,22歳までに国籍を1つに選ばせる制度を,このときいっしょに作ったのです。




 でも,そもそもどうして,国籍を1つにしないといけないのでしょうか。




 国籍がいくつもあったら,その人にどこの国の法律をあてはめるのか混乱する,とか,

 別の国でトラブルが起きたときに,どこの国がその人を守ることになるのかわからない,とか,

 投票できる国がふたつ以上あるのはおかしいし不公平だ,とか,

 いろんな理由が言われます。



 でも,そのひとつひとつを法律的によく見ていくと,

 どれも,国籍を1つにしないといけない理由には,なっていないのです
【★21】


 実際,国籍を2つ以上持っている人は,世界中にたくさんいますし,

 この日本にも68万人もいるのですが
【★22】

 それで特に大きなトラブルは起きていません
【★23】


 「国籍は1人1つにするべき。二重国籍はなくしていこう」。

 今から80年以上も前に,世界がそう確認し合っていたこともありました
【★24】

 でも,今は,国をまたいで行き来する人々が多くなり,国際結婚がとても増えています。

 ヨーロッパは,1997年,「国籍が2つ以上あってもOK」と確認し合いました
【★25】

 それ以外の国々でも,二重国籍をOKにするところが増えています。




 自分がどの国のメンバーなのか。

 それは,「自分が一体どんな人間なのか」という,自分をかたちづくるうえで,とてもだいじなことです。

 お父さんから受け継いだ国籍も,お母さんから受け継いだ国籍も,どちらも大切なもの。

 それなのに,どちらか1つを選び,もう1つを捨てなければならないのは,おかしなことです
【★26】

 2つの国のメンバーをかけもちしたところで,特に問題は起きませんし,

 むしろ,あなたのように,「日本と外国の架け橋になる仕事をしたい」という夢を持っている人たちが活躍できることは,

 その人自身にとっても,私たちの社会にとっても,素晴らしいこと,必要なことです。




 「国籍は1人1つ」というたてまえの,今の日本の国籍法は,

 すでに現実に合わなくなっています。

 あなたが22歳を迎えるときまでには,

 今の国籍法を,いろんなルーツを持つ一人ひとりを大切にした,今の社会に合ったものに変えていく必要がある,

 私はそう思っています。

 

【★1】 「国籍は特定の国家に所属することを表す資格であ(る)」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」232頁)
【★2】 憲法10条 「日本国民たる要件は,法律でこれを定める」
【★3】 国籍法2条 「子は,次の場合には,日本国民とする。 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。…」
【★4】 昭和59年5月18日成立,昭和60年1月1日施行「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年法律45号)。
 1979年(昭和54年)に国連総会で「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃(てっぱい)に関する条約」が採択されて日本も翌年に署名したことや,米軍基地がある沖縄でアメリカ人男性と日本人女性との間に生まれた子どもが無国籍になるケースがたくさんいたことが,改正の背景でした。
【★5】 父母両系血統主義と言います。
【★6】 父系血統主義と言います。
【★7】 生地主義と言います。
 アメリカ合衆国憲法修正14条1項 「合衆国内で生まれ…,かつ,合衆国の管轄(かんかつ)に服する者は,合衆国の市民であ(る)…」(アメリカンセンターJAPAN訳。https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/
【★8】 フランスにも,生地主義の規定があります。両親がフランス国籍でなくても,フランス国内で生まれて一定の居住要件を満たした子は,フランスの成人年齢である18歳になったときに,フランス国籍を取得します。
【★9】 あなたが日本以外の国で生まれていたなら,親が出生届を出すときに,「国籍を日本にするかフランスにするかは,今決めないで,判断を先に延ばします」ということもいっしょに届けていたのだと思います。これを「国籍留保(りゅうほ)」と言います。もし生まれてから3か月以内にこの届出をしていないと,最初から日本の国籍を持っていなかったことに自動的にされてしまいます。もっとも,もしそのせいで自動的に日本の国籍を失っても,20歳になる前に日本に住んでいれば,法務局に届け出ることによって,日本の国籍をふたたび持つことができます。
 国籍法12条 「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保(りゅうほ)する意思を表示しなければ,その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
 戸籍法104条1項 「国籍法第12条に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者…が,出生の日から3箇(か)月以内に,日本の国籍を留保する旨(むね)を届け出ることによって,これをしなければならない」
 同条2項 「前項の届出は,出生の届出とともにこれをしなければならない」
 国籍法17条1項 「第12条の規定により日本の国籍を失った者で20歳未満のものは,日本に住所を有するときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★10】 国籍法14条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,外国及び日本の国籍を有することとなった時が20歳に達する以前であるときは22歳に達するまでに…いずれかの国籍を選択しなければならない」
【★11】 憲法22条2項 「何人(なんぴと)も,…国籍を離脱(りだつ)する自由を侵されない」
 国籍法13条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を離脱することができる」
 同条2項 「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を失う」
【★12】 もし,もう一方の外国が日本と同じように国籍を選択する制度【★10】を作っている国なら,その制度に基づいて外国の国籍を選択すれば,当然に日本国籍を失います。
 国籍法11条2項 「外国の国籍を有する日本国民は,その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは,日本の国籍を失う」
【★13】 国籍法14条2項 「日本の国籍の選択は,外国の国籍を離脱することによるほかは,戸籍法の定めるところにより,日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄(ほうき)する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする」
【★14】 「日本国籍選択の宣言は,日本国籍を維持・確保し,併有(へいゆう)する外国国籍を一方的に放棄するとともに以後外国国籍に伴(ともな)う権利・特権を行使しないこと等の意思があることを,我が国に対して宣明(せんめい)することである。この選択宣言によって,日本と外国との重国籍者が現実に当該外国の国籍を喪失(そうしつ)するか否(いな)かは,当該外国の法令の定めるところによる。当該外国の法制上,我が国国籍法第11条第2項と同様な制度があれば選択宣言によってその国の国籍を喪失することになるが,そのような法制がない国の場合は,選択宣言によって重国籍は解消されない。現行国籍法が,日本国籍選択の一方法としてこのような選択の宣言の制度を設けたのは,重国籍を解消して日本国籍単一となるためには外国国籍を離脱(喪失)することが望ましいが,当該外国の法制上自国国籍の離脱を禁止したり,許可,認可等何らかの制限を設けている国がかなりあることから,一律に一定期限内に外国国籍の離脱を義務づけることは不可能な場合があり,また,実際上本人に過重な負担を負わせることになる場合もあり,結果的に事実上日本国籍選択の途(みち)がなくなることとなって適当でないことを考慮したものである」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」86頁)
【★15】 選択の宣言は,外国の国籍をやめるよう「努力」しなければいけないだけで,実際に外国の国籍をやめないといけない「義務」ではありません。
 国籍法16条1項 「選択の宣言をした日本国民は,外国の国籍の離脱に努めなければならない」
【★16】 「重国籍者が,日本国籍の選択宣言をした場合に,前述のように当該外国の国籍を喪失するかどうかはその外国の法令の定めるところによる。…たとえ外国国籍を喪失しない場合でも,既(すで)に選択義務は履行(りこう)しているので,法務大臣から改めて選択の催告(国籍法15条1・2項)を受けることはないし,また,催告に基(もと)づく日本国籍の喪失(同法15条3項)ということもない」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」87頁)
【★17】 選択の宣言をした後,その外国の公務員になった場合には,日本国籍を失うことになっています。しかし,実際にこの規定で日本国籍を失ったケースはありません(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」11頁)。
 国籍法16条2項 「法務大臣は,選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失っていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であっても就任することができる職を除く。)に就任した場合において,その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著(いちじる)しく反すると認めるときは,その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる」
【★18】 国籍法15条1項 「法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して,書面により,国籍の選択をすべきことを催告(さいこく)することができる」
 同条3項 「前2項の規定による催告を受けた者は,催告を受けた日から1月以内に日本の国籍の選択をしなければ,その期間が経過した時に日本の国籍を失う。(略)」
【★19】 平成20年11月27日第170回参議院法務委員会会議録第5号23頁(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0003/17011270003005.pdf
 「丸山和也君 実際の運用で少しお聞きしたいんですけれども,二重国籍に関する問題なんですけれども,15条で,法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍を選択しないものに対して,書面により,国籍の選択すべきことを催告できる,そしてこれを,催告を受けても選択しなかったら国籍を失うと,こういうふうになっているように思うんですけれども,こういう催告なんてやっているんでしょうか」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 催告をしているかどうかという御質問でございます。しておりません」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 実は今の下でだれが重国籍者なのかというのをもう把握できないわけでございます。そのような状況の中で,たまたま把握した人に催告をするのがいいのかと。もちろん,催告を受ける側は追い詰められるわけですから,どっちかを選択しなければならない,それが本当にいいのかという問題はございます。いや,そんな生ぬるいことでいいのかとか,いろんな御意見はあるわけですけれども,今のところはそういったもろもろの事情を考えて催告をしないということにしております」
【★20】 「この催告についての実務上の取扱いであるが,これまで催告を行った例はない。法務省は,その理由として,『国籍を喪失するということは,その人にとって非常に大きな意味がありますし,家族関係等にも大きな影響を及ぼすというようなことから,これは相当慎重に行うべき事柄である』こと,『国籍選択の履行は,複数国籍者の自発的な意志に基づいてされるのが望ましい』ということを挙げている。法務省は,周知活動の一環として,複数国籍であると把握できた者に対し,『国籍選択について』と題する文書を送付していた時期もあったが,現在はこれも行われていない」(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」10頁。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)
【★21】 日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」16頁では,複数国籍禁止制度の根拠として「一人の人間に対する対人主権を複数の国が持つということの問題」「二つの国の主権者として行使するということ自身の矛盾(むじゅん)」「法制度の抵触(ていしょく)」「外交保護権の問題」「犯罪人の引き渡し」「参政権の問題」「就職の際などに,国籍を明示する義務の範囲をめぐる問題」「鉱業権のように日本国民に限定する法律などの適用の問題」「一方の国籍国が忠誠義務を課した場合の問題」「公務員の就任についての問題」「他国の兵役に服するということは,日本のあり方として問題」を列挙したうえで,詳細に現代的検討を加え,「複数国籍を認めるべきでないとして挙げられる理由は,いずれも合理的な理由とはいえない」と結論づけています(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)。
【★22】 法務省2014年推計(朝日新聞2014年7月6日記事)。
【★23】 二重国籍の人が海外を行き来するときのパスポートの問題については,国際結婚を考える会「二重国籍」(時事通信社)94頁,同会ウェブサイト(http://amf.world.coocan.jp/)を見てください。
【★24】 「国籍唯一の原則」と言います。1930年(昭和5年)に国際連盟で採択された「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」にうたわれていますが,日本はこの条約に署名はしたものの批准はしていません(岡村美保子「重国籍-わが国の法制と各国の動向」レファレンス2003年11月号)。
【★25】 1997年に採択され,2000年に発効した「ヨーロッパ国籍条約」は,複数の国籍を認めることを締約国(ていやくこく)に義務づけています。
 同条約14条1項 「締約国は,左のことを許容しなければならない。 a 出生により当然に相異なる国籍を取得した子どもが,これらの国籍を保持すること。(略)」
 同条約7条1項 「締約国は,左に掲げる場合を除き,国内法において,法律上当然の又は締約国主導の国籍喪失(そうしつ)を規定してはならない。(略)」
奥田安弘・館田晶子「1997年のヨーロッパ国籍条約」(北大法学論集2000年50巻5号)
【★26】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)8条1項 「締約国は,児童が法律によって認められた国籍,氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉(かんしょう)されることなく保持する権利を尊重することを約束する」

2016年10月 1日 (土)

義務教育ってタダのはずじゃないの?

 

 「義務教育はタダだ」って聞いたことがあるんですが,でも,給食費,副教材費,制服代,修学旅行代,卒業アルバム代とか,どうして実際にはいろいろお金がかかってるんですか?

 


 憲法という,日本の国のおおもとのルールには,

 「義務教育はタダです」と,はっきり書いてあります
【★1】


 そのまま素直に読めば,小学校や中学校ではお金がいっさいかからないように読めますよね。

 私立の学校は別ですが,少なくとも公立の学校ではいっさいお金がかからないように読めます。


 
ところが,教育基本法という法律では,

 「タダなのは授業料のことです」と,タダの範囲がせばめられています
【★2】



 今でこそ,小学校や中学校の教科書はタダでもらえますが,

 実は,むかしは教科書ですら,お金を出して買わなければいけなかったのです。

 「憲法に義務教育はタダだと書いてあるのに,どうして教科書を買わないといけないのか。国がお金を出すべきだ」という裁判も起きました。

 そのときの裁判所は,「憲法が言っているのは『授業料がタダ』ということ。教科書にお金がかかっても憲法違反ではない」と,訴えを認めませんでした
【★3】

 ただ,
その裁判のあいだに新しく法律が作られ,教科書もタダになりました【★4】

 1969年(昭和44年),ようやく全国の子ども全員が教科書をタダでもらえるようになったのです
【★5】



 けれど,授業料と教科書代以外のお金は,結局親が出さないといけません。


 1年間にかかる給食費は,公立の小学校は約4万3000円,中学校は約3万8000円です。

 給食費以外に1年間にかかる,副教材や修学旅行や制服などのお金も,公立の小学校では約5万2000円,中学校では約12万9000円あります
【★6】

 つまり,授業料と教科書代がタダでも,それ以外に1年間に約10万円~17万円近くもお金がかかる計算になります。

 これがとても負担になっている家庭が,たくさんあります
【★7】



 お金に余裕がない家庭のために,「就学援助(しゅうがくえんじょ)」という制度があります
【★8】

 市区町村が,給食費,副教材費,制服代,修学旅行代,卒業アルバム代などを出してくれます。

 もっとも,援助の内容は市区町村によって少しちがっています。




 「就学援助があるなら,それでいいじゃないか」と言う人もいるかもしれません。

 でも,私はそれはおかしいと思います。

 就学援助は,使う人と使わない人がいたり,内容が市区町村によってちがったりします。

 他方で,憲法は「義務教育はタダです」と言い切っています。

 お金のある・なしや,住んでいる場所によって,書き分けていません。



 義務教育は,「子どもたちのために,学ぶための時間と場所を,きちんとつくらないといけない」という,大人たちの義務です。


 家で親が子どもを育てるのに必要なお金は,当然,親が出しますね。

 それと同じように,

 
私たちの社会が用意した小学校・中学校という義務教育の場で,その学校生活に必要なものならば,

 私たちの社会が,そのお金を出さなければいけません
【★9】

 そうすることで,どの家の子も,どの地域の子も,すべてが安心してしっかりと学ぶことができ,

 そうやって子どもたちが育つことが,私たちの社会にとってもプラスになります。




 世界も,「小学校や中学校のような基本的なことを学ぶ場は,タダで通えるようにしよう」と確認し,約束しています
【★10】~【★12】

 そして,日本でさっき書いたような「教科書代がタダかどうか」が裁判で争われていた50年近くむかし,

 すでに他の国々では,学校に必要なものは全部タダにしようという動きが始まっていました
【★13】


 実は今,日本の中でも,学校にかかるお金が完全にタダなところが,いくつかあります【★14】

 でもそれは子どもの数が少ない地域で,「住む人が減るのを止めたい」という理由から,タダにしているものです。


 どこの家に生まれ育つか,そこにお金の余裕があるかどうか,それを子どもが選べないのと同じように,

 どこに暮らすか,義務教育のお金が全部タダな地域かどうかも,子どもは選ぶことはできません。



 だれであっても,どこであっても,公立の小学校・中学校では,お金の心配なく,安心してしっかり学べること。

 そういう社会を作ることが,私たち大人に課せられている義務だと,私は強く思っています。

 

 

【★1】 憲法26条2項 「すべて国民は,法律の定(さだ)めるところにより,その保護する子女(しじょ)に普通教育を受けさせる義務を負ふ(おう)。義務教育は,これを無償(むしょう)とする」
【★2】 教育基本法5条4項 「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料を徴収(ちょうしゅう)しない」
【★3】 最高裁判所大法廷昭和39年2月26日判決(民集18巻2号343頁) 「憲法26条は,すべての国民に対して教育を受ける機会均等の権利を保障すると共(とも)に子女の保護者に対し子女をして最少限度の普通教育を受けさせる義務教育の制度と義務教育の無償制度を定めている。しかし,普通教育の義務制ということが,必然的にそのための子女就学に要する一切の費用を無償としなければならないものと速断することは許されない。けだし,憲法がかように保護者に子女を就学せしむべき義務を課しているのは,単に普通教育が民主国家の存立,繁栄のため必要であるという国家的要請だけによるものではなくして,それがまた子女の人格の完成に必要欠くべからざるものであるということから,親の本来有している子女を教育すべき責務を完(まっと)うせしめんとする趣旨に出たものでもあるから,義務教育に要する一切の費用は,当然に国がこれを負担しなければならないものとはいえないからである。
 憲法26条2項後段の『義務教育は,これを無償とする。』という意義は,国が義務教育を提供するにつき有償としないこと,換言(かんげん)すれば,子女の保護者に対しその子女に普通教育を受けさせるにつき,その対価を徴収(ちょうしゅう)しないことを定めたものであり,教育提供に対する対価とは授業料を意味するものと認められるから,同条項の無償とは授業料不徴収の意味と解するのが相当である。そして,かく解することは,従来一般に国または公共団体の設置にかかる学校における義務教育には月謝を無料として来た沿革(えんかく)にも合致するものである。また,教育基本法4条2項および学校教育法6条但書において,義務教育については授業料はこれを徴収しない旨規定している所以(ゆえん)も,右の憲法の趣旨を確認したものであると解(かい)することができる。それ故(ゆえ),憲法の義務教育は無償とするとの規定は,授業料のほかに,教科書,学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償としなければならないことを定めたものと解することはできない。
 もとより,憲法はすべての国民に対しその保護する子女をして普通教育を受けさせることを義務として強制しているのであるから,国が保護者の教科書等の費用の負担についても,これをできるだけ軽減するよう配慮,努力することは望ましいところであるが,それは,国の財政等の事情を考慮て立法政策の問題として解決すべき事柄(ことがら)であつて,憲法の前記法条の規定するところではないというべきである。」
【★4】 義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律(昭和37年3月31日公布,同年4月1日施行),義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(昭和38年12月21日公布,同日施行)
【★5】 文部科学省ウェブサイト http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/990301m.htm
【★6】 文部科学省「平成26年度子供の学習費調査」http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/__icsFiles/afieldfile/2015/12/24/1364721_3.pdf
【★7】 本文でその後に述べている就学援助は,生活保護を受けている「要保護者(児童)」と,市区町村の教育委員会が要保護者に準ずる程度に困窮していると認める「準要保護者(児童)」が対象ですが,平成25年度の調査では要保護と準要保護児童生徒は151万4515人で,6人に1人は就学援助を受けている計算になります。
 文部科学省平成27年10月6日「『平成25年度就学援助実施状況等調査』等の結果について」http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/10/1362524.htm
【★8】 学校教育法19条 「経済的理由によって,就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては,市町村は,必要な援助を与えなければならない」
【★9】 「一律に強制的に徴収(ちょうしゅう)されている費目(ひもく)(教材費・給食費・制服代等)については,それが義務教育にとって必要なものならば無償の対象とすべきであり,必要がなければ強制すること自体が問題とされなければならないであろう」(日本教育法学会「教育法の現代的争点」62頁)。
【★10】 世界人権宣言26条1項 「すべて人は,教育を受ける権利を有する。教育は,少なくとも初等の及び基礎的の段階においては,無償でなければならない。初等教育は,義務的でなければならない。(略)」
【★11】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)第13条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は,教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並(なら)びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更(さら)に,締約国は,教育が,すべての者に対し,自由な社会に効果的に参加すること,諸国民の間及び人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する」
 同条2項 「この規約の締約国は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。(a) 初等教育は,義務的なものとし,すべての者に対して無償のものとすること。(略)」
 14条 「この規約の締約国となる時にその本土地域又はその管轄(かんかつ)の下にある他の地域において無償の初等義務教育を確保するに至(いた)っていない各締約国は,すべての者に対する無償の義務教育の原則をその計画中に定める合理的な期間内に漸進的(ぜんしんてき)に実施するための詳細な行動計画を2年以内に作成しかつ採用することを約束する」
【★12】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条1項 「締約国は,教育についての児童の権利を認めるものとし,この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため,特に,(a)初等教育を義務的なものとし,すべての者に対して無償のものとする。(略)」
【★13】 「目を世界に向けるならば各国とも無償の範囲を拡大する傾向にある。それは教育費の私費負担の増大と教育内容の豊富化,教育活動領域の拡大に加え,権利としての教育理念の確立および,教育の機会均等の保障に伴う国家の義務という思想が,教育に浸透してきたためである。だから義務教育の無償は授業料という範囲に留まらず,教科書,学用品,給食,通学費,被服といった就学に要するすべての費用を生徒・保護者に負担させない方向に進んでいるのである。しかも非義務教育の無償化の拡大さえある現実の世界の動向を注目しなければならない」(小笠原正「憲法理念と教育法-判例評釈を中心として-113頁,昭和55年。注釈としてユネスコの「World Survey of Education II,1958」を摘示。http://unesdoc.unesco.org/images/0013/001364/136495eo.pdf
【★14】 朝日新聞2016年9月9日記事「義務教育 給食も教材費も… 『完全無償化』じわり拡大 子育て世帯の流出防ぐ」

2016年9月 1日 (木)

バイト先でミスすると給料から引かれてしまう

 

 高校生です。飲食店でバイトしてます。注文を間違えて作っちゃった商品がムダになったり,うっかり皿やグラスを割ったりすると,そのぶんが給料から引かれちゃうんですが,そんなにしょっちゅうミスしているわけでもないのに,これっておかしくないですか?

 


 はい。おかしいです。




 たしかに,法律の基本的なルールは,こうなっています。


 「わざと,または,うっかり,してはいけないことや約束違反をして,相手に迷惑(めいわく)をかけてしまったら,相手が損をしたぶんのお金を,払わないといけない」【★1】

 そのお金のことを,「損害賠償(そんがいばいしょう)」と言います。



 でも,雇(やと)われている人が,仕事でミスをして職場に迷惑をかけてしまったとき,

 何でもかんでも職場に損害賠償を払わないといけない,というわけではありません。




 職場には,他の人間関係とは,ちょっとちがうところがあります。

 「人を雇って働かせることで,職場には,お金をもうけられるというプラスがある」,ということです。



 そういう関係なのですから,

 雇っている人がふつうに働いている中でミスをしてしまったのなら,

 そのぶん起きたマイナスの損も,職場がかぶるべきなのです。

 人を雇って働かせることで,職場がプラスを得ているのに,

 マイナスのほうは働いている人に負わせる,というのでは,おかしなことです。



 いつもは正確に動く機械やロボットだって,故障したり動かなくなったりします。

 ましてや,人間は,機械やロボットではありませんから,

 どんなに気をつけていても,小さなミスをしてしまうことは,誰だってあります。



 職場が,できるだけ損をしたくないのなら,

 働いている人ができるだけミスを起こさないように,

 みんなの仕事のしくみを工夫しなくてはいけません。

 職場がそういう努力をしないで,何でもかんでも働いている人のほうに責任を負わせてはいけないのです。




 注文を間違えてしまったり,

 皿やグラスを割ってしまったり,

 おつりを間違えて客に渡してしまったりということは,

 どんなに気をつけていても,起きてしまうことのあるミスです。



 そういうミスなら,そのぶんは,

 職場があなたにお金を払えと求めることはできませんし,

 あなたも職場にお金を払わなくてよいのです
【★2】



 もちろん,物やお金を盗んだりするなど,従業員がわざと職場に損をさせたのなら,損害賠償を払わなければいけません。

 また,わざとではなくても,従業員のうっかりの度合いがあまりにもひどければ,やはり損害賠償を払わなければいけないことがありえます
【★3】



 でも,そんなふうに職場に損害賠償を払う必要がある場合でも,

 
職場が従業員の給料から一方的に差し引くことは,許されません【★4】【★5】

 一方的に給料から差し引いたら,そのようなことをした職場が,犯罪として処罰されます
【★6】


 職場がいったん給料の全額を払ってから,従業員が職場に損害賠償を払うか,

 あらかじめ従業員がOKしたうえで,給料から差し引くことにするか,

 そのどちらかでなければいけないのです。




 あなたの場合,

 ふつうのミスなのですから,損害賠償を職場に払わなくてもよいのに,

 さらに,一方的に給料からお金が差し引かれてしまっているので,

 職場がしていることは,二重におかしいのです。




 勝手に差し引かれてしまっている分のお金は,払ってもらうように,職場に求めることができます。




 弁護士をつけて話し合いをしたり,裁判をしたりして払わせることもできますが,

 労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)という国の役所や,各都道府県の労政事務所(ろうせいじむしょ)に解決を求めるのが,費用もかからず,スムーズなことも多いです。




 一人ひとりが安心して働くことができるよう,

 法律がいろんなルールで働く人を守っているということを,

 ぜひ知っておいて欲しいと思います。

 

 

【★1】 民法415条 「債務者(さいむしゃ)がその債務の本旨(ほんし)に従(したが)った履行(りこう)をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責(せ)めに帰(き)すべき事由(じゆう)によって履行をすることができなくなったときも,同様とする」
 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★2】 そもそも労働過程において通常求められる注意義務を尽(つ)くしているとして損害賠償が否定されているケースとして,大阪地方裁判所平成10年1月23日判決(労働判例731号14頁。上司への報告や関係部署との打合わせを十分行わない等の職務上の不始末により会社に損害を与えたとしてなされた元労働者への損害賠償請求が退けられた事例),大阪地方裁判所平成11年9月8日判決(労働判例775号43頁。病院が雇用するリハビリ治療者の過失によって入院患者を負傷させ治療費の支払を余儀なくされたとして病院が労働者に対して行った損害賠償請求が,同人に過失は認められないとして棄却された事例)等。
 また,軽過失の場合には労働者に損害賠償義務が生じない(当該事案としては使用者が労働者に求償権を行使できないという結論)と判示したものとして,名古屋地方裁判所昭和62年7月27日判決(労働判例505号66頁)。「原告〔注:会社〕は被告〔注:従業員〕の労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして,損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である」
【★3】 ただし,従業員が損害賠償を払わないといけない場合でも,必ず全額を払わないといけないのではなく,いろんな状況をもとに,金額が制限されます。
 最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決(民集30巻7号689頁) 「使用者が,その事業の執行(しっこう)につきなされた被用者(ひようしゃ)の加害行為により,直接損害を被(こうむ)り又(また)は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若(も)しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般(しょはん)の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償(きゅうしょう)の請求をすることができるものと解すべきである」(この事案の結論として,従業員が払う額を4分の1に制限)
【★4】 給料は,全額を労働者に払わなければいけません。これを,「全額払いの原則」と言います。
 労働基準法24条1項 「賃金は,通貨で,直接労働者に,その全額を支払わなければならない。(略)」
【★5】 最高裁判所第二小法廷昭和31年11月2日判決(民集10巻11号1413頁 ) 「労働基準法24条1項は,賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨(むね)を規定し,これによれば,賃金債権(さいけん)に対しては損害賠償債権をもって相殺(そうさい)をすることも許されないと解するのが相当である。」
【★6】 労働基準法120条 「次の各号の一に該当する者は,30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第23条から第27条まで…の規定に違反した者 (略)」

2016年8月 1日 (月)

性病をうつされた…相手を訴えたい

 

 18歳です。彼氏から性病をうつされて,この前別れました。彼氏を警察に訴えたり,治療費や慰謝料(いしゃりょう)を払うよう請求したりすることはできるんですか。

 


 りくつからいえば,

 彼氏が犯罪として処罰されることはありえますし,

 彼氏があなたに治療費や慰謝料を払わなければいけないこともありえます。

 でも実際には,とても難しいです。




 性病のことを,この記事では,性感染症(せいかんせんしょう)と言います。




 りくつからいえば,

 性感染症をうつすことは,犯罪になる場合があります。



 彼氏が自分の性感染症を知っていて,

 あなたにわざとうつすつもりでセックスをしたなら,

 傷害罪(しょうがいざい)という犯罪です
【★1】

 「ひょっとしたらうつるかもしれないけど,そうなってもいいや」,

 そう思っていたなら,やはり傷害罪です
【★2】

 「うつすつもりはなかったけど,うっかりうつしてしまった」,というときは,

 過失傷害罪(かしつしょうがいざい)という犯罪です
【★3】


 でも,犯罪として処罰されるのは,実際には,よほどひどい場合でしか,ありません。



 今から60年以上も前の古い刑事裁判で,性感染症をうつしたことが犯罪として処罰されたものが,いくつかあります。

 でも,それらは,

 セックスじたいが暴行といえるようなものや
【★4】

 「占い」を装(よそお)って,だます形で相手に性感染症をうつしたというものでした
【★5】

 ふつうにセックスして性感染症をうつした,というケースではありませんでした。



 刑事裁判では,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★6】


 本当にその人から性感染症をうつされたのか,

 他の人からうつされた可能性がないか,

 それをはっきりさせるために,

 セックスという,とてもプライベートなことが,慎重(しんちょう)に調べられます。

 被害を受けた人は,警察官や検察官にくりかえし話をしなければいけないので,とても大変です。

 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,刑事裁判にまではならないことが,ほとんどなのです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません【★7】

 治療費や慰謝料は,損害賠償として払うお金の一例です。



 裁判所が,性感染症をうつした人に,「損害賠償を払いなさい」という判決を言い渡したことがあります。

 しかしその民事裁判では,訴えられた人が,

 「自分が相手に性感染症をうつしてしまったことじたいは,そのとおりです」,

 と認めていました
【★8】


 もし,そのケースとはちがって,

 訴えられたがわが「自分はうつしていない」と争ってきたら,

 その人から性感染症をうつされたということを,被害者が証明しないといけないので,とても大変です。

 また,がんばって証明できても,

 損害賠償で認められる金額がそれほど大きくなく,

 裁判にかかる費用と見合わない,ということも多いでしょう。

 さらには,「被害者のがわも,性感染症をうつされないように安全なセックスを心がけなかった」,という落ち度を理由に,

 損害賠償の金額を裁判所に低くされてしまう,ということもありえます
【★9】


 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,白黒の決着をつける裁判にまではならずに,

 話し合いで解決していることが多いです。

 裁判所の中で話し合う「調停(ちょうてい)」というやりかたもあります。

 ただ,話し合いにしても,裁判所の調停にしても,

 法律的なことですから,

 あなたがまだ20歳になっていなければ,親にないしょで進めることはできません
【★10】


 いろんなハードルがありますが,あなたの場合にどんな見通しになるか,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 性感染症をうつした人の,法律的な責任のことについて,今まで書きました。


 でも,

 「性感染症は,この社会をつくっている私たち一人ひとりみんなが,広い意味での責任を負っている」,

 私は,そう思っています。




 性感染症をうつされたあなたも,うつした彼氏も,

 性感染症がどういうものか,とか,

 性感染症がうつりづらい,より安全なセックス(セーファーセックス)をどうすればいいか,について,

 大人たちから,きちんと教えてもらえていなかったのだと思います。



 性とは,自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 性感染症の菌やウイルスは,愛情や信頼では,防ぐことも治すこともできない,ということ。

 自分と相手を大切にするためにこそ,いつもセーファーセックスを心がける必要がある,ということ。

 そういうメッセージを,大人たちは子どもたちにきちんと伝える責任がある,と私は思っています。




 性感染症は,いろんなものがあります。

 早めに治療を受ければ,数週間や数ヶ月で治るものが多いです。



 しかし,完全に治すことができない性感染症もあります。

 HIV(エイチ・アイ・ヴイ),AIDS(エイズ)は,その一つです。




 私は,弁護士として,HIVをもっている人たちのサポートをしています。




 HIVは,ウイルスの名前です
【★11】

 HIVに感染しても,他の性感染症のような,自覚症状(じかくしょうじょう)がありません。

 自分で意識して血液検査を受けなければ,感染しているかどうかはわかりません
【★12】

 HIVに感染すると,体の免疫力(めんえきりょく)が,少しずつ下がっていきます。

 健康な体ではふつう起きない病気に,かかりやすくなるのです。

 そうやって,HIVに感染し,免疫力が下がってかかる病気のことを,AIDS(エイズ)といいます
【★13】



 30年以上前は,薬の開発が今ほど進んでいなかったので,

 HIV・エイズは,「死の病気」としておそれられ,

 日本や他の国で,大きなパニックになりました。

 HIVをもっている人に,とても強い差別や偏見(へんけん)が起きました。




 今は,医療がだいぶ進みました。

 HIVのウイルスを体の中から完全になくすことは,まだできませんが,

 きちんと薬を飲めば,エイズを発症することをおさえて,感染していない人と変わらない生活を送り,長生きもできるようになっています。



 しかし,そのように医療が進んでも,

 HIVやエイズに対する差別・偏見は,社会の中に,今も根強く残っています。

 特に,職場でHIVを理由にクビにされてしまうことが,多く起きています
【★14】


 あなたの相談のような,「うつした・うつされた」という当事者どうしのトラブルも,

 HIVだと,他の性感染症よりもいっそう,深刻なものになりがちです。

 それも,社会に差別・偏見があるせいだと,私は実感しています。




 今,日本では,2万5000人くらいの人が,HIVをもっています。



 HIVをもっている人も,もっていない人も,

 すでに,みんながいっしょに,この社会の中で暮らしているのです。



 一人ひとりが大切にされる社会。

 HIVをもっている人への差別や偏見がない社会。

 そういう社会であることが大切だと,強く思っています。



 日本で,新たにHIVに感染したり,エイズを発症したりするのがわかる人は,

 1年間に,1500人くらいいます。

 じつは,そのうちの4分の1が,10代・20代の人たちです。



 HIV・エイズについての,とてもわかりやすいパンフレットを,ネットで読むことができます。

 10代のみなさんに,ぜひ読んでほしいと思います。

 「もっと自分のカラダのことを知ってみよう」(NPO法人akta)

 
http://www.akta.jp/karada/


 また,HIV・エイズについてもっとくわしく知りたいときや,

 感染しているか不安,感染して困っている,などの相談をしたいときには,

 「NPO法人ぷれいす東京」のウェブサイトに,アクセスしてみてください。

 
http://www.ptokyo.org/

 

【★1】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役(ちょうえき)又(また)は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★2】 このような場合を「未必(みひつ)の故意(こい)」と言い,わざとやったことと同じように処罰されます。
【★3】 刑法209条 「過失(かしつ)により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料(かりょう)に処する」
【★4】 大分地方裁判所昭和29年12月8日判決・刑集11巻6号1727頁 「罪となるべき事実 被告人(ひこくにん)は…隣室の妻子の動静を気にしながらVのズロースを引きぬいて同女の身体にのしかからう(のしかかろう)としたところ,…同女が…余り強く抵抗(ていこう)しないのに乗(じょう)じて『静かにしろ』と押強くいって同女の身体にのしかかり,同女の明示的な承諾(しょうだく)がないのに勝手に自己の陰茎(いんけい)を同女の陰部(いんぶ)に押しつけてその膣口附近に射精する等の暴行を加え,因(よ)って自己の保有する淋菌(りんきん)含有(がんゆう)精液を同女の膣口内に滲透(しんとう)させて同女に治療日数約15日を要する淋菌性子宮周囲炎を感染せしめ以(もっ)て傷害を与え…たものである」「法令の適用 …なお検察官は被告人Aの…所為(しょい)は強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)を構成すると主張するが強姦罪の構成要件(こうせいようけん)である暴行脅迫はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除(はいじょ)するに足(た)るものであることを要すると介すべきところ本件被告人Aのなした暴行は判示の通りであって右の程度に至(いた)らないものと認められるので同罪は成立しないものといわなければならない。然(しか)しながらかかる場合にも手段たる暴行,目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは勿論(もちろん)であるから右被告人が判示…の如(ごと)き暴行を加えて自己の病毒をVに感染せしめた以上素(もと)より傷害罪の罪責(ざいせき)を免(まぬが)れることはできない」 
【★5】 前橋地方裁判所昭和24年12月15日判決・刑集6巻6号799頁 「被告人は,…易占(えきうらない)を業(ぎょう)としているものであって急性りん菌尿道炎にかかっているものでこれは自覚症であるのに,…6回にわたり,…易を占って貰(もら)いに来たV(注:20歳女性)に対して,あなたは処女性を失っている,小学校当時陰部をいたづらしたことがあるのなら将来立派な処女として結婚できるように自分がよけをしてあげる,と云(い)って同女の外陰部に被告人の陰茎を押し当て,このために同女をして淋菌性子宮内膜炎の疾病(しっぺい)を生(しょう)ぜさせたものである」
 同事案の上告審判決:最高裁判所第二小法廷昭和27年6月6日判決・刑集6巻6号795頁 「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損(きそん)するものである以上,その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従(したが)って,これと見解を異(こと)にする論旨(ろんし)は採用できない」
【★6】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」 
【★7】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★8】 東京地方裁判所平成14年10月24日判決・LLI/DB判例秘書登載 「第2 事実の概要」「2 争いのない事実 …原告がヘルペスに感染したのは,被告と性交渉したためである」「4 被告の主張 被告は,原告との性交渉をする以前から現在に至るまでの間,ヘルペスの自覚症状や他覚症状は一切なく,自己がヘルペスに感染しているという認識は全くなかった。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意,過失がない」「第3 当裁判所の判断 …被告は,原告との性交渉をした時までに,他の複数の女性と性交渉を持ったことがあったことが認められる。そして,この事実に前記ヘルペスういるすの感染,発症に関するメカニズムを併(あわ)せ考えると,被告は,原告との性交渉の当時,ヘルペスが発症していた可能性が極めて高いといわざるを得ない。そうすると,…被告は,原告の性交渉の当時,自分がヘルペスに感染していることを知っていたか,又は少なくとも自己の身体を注意していればヘルペスに感染していることを知ることができたということができる。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意又は過失があるから,原告に対し,不法行為による損害賠償責任を負う」
【★9】 「過失相殺(かしつそうさい)」といいます。
 民法772条2項 「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」
【★10】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
 民事調停法22条 「特別の定めがある場合を除いて,調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟(ひしょう)事件手続法第2編の規定を準用する…」
 非訟事件手続法16条1項 「当事者能力,非訟事件の手続における手続上の行為…をすることができる能力…,手続行為能力を欠く者の法定代理及び手続行為をするのに必要な授権については,民事訴訟法…第31条…の規定を準用する」
 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない」
【★11】 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)
【★12】 血液検査は,病院だけでなく,保健所など,いろんなところで受けられます。「HIV検査相談マップ」http://www.hivkensa.com/ 感染初期は,ウインドウ期間と言って,検査をしてもわからない時期なので,不安なことがあったら,その2~3か月後に検査を受けるようにしましょう。
【★13】 Acquired Immuno-Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)。代表的な23の病気があり,それを発症した時点でエイズと診断されます。
【★14】 ・ 東京地方裁判所平成7年3月30日判決・労働判例667号14頁(タイの現地法人に派遣(はけん)された労働者が,無断でなされたHIV抗体(こうたい)検査で判明した陽性の事実を本社に通知され,感染を理由に解雇(かいこ)されたことが違法とされた事例)
・ 千葉地方裁判所平成12年6月12日判決・労働判例785号10頁(会社が外国人従業員を排除(はいじょ)しようという不当な意図の下に,定期健康診断の際に無断でHIV検査を依頼し,その検査結果表を受け取り,感染を実質的な理由として解雇をなしたことが違法とされた事例)
・ 東京地方裁判所平成15年5月28日判決・労働判例852号11頁(警視庁警察官に採用された者に対し採用時に同意なくして合理的必要性も認められないHIV抗体検査を実施したこと及び陽性との結果を示して辞職を勧奨(かんしょう)したことが違法な公権力の行使であるとして国家賠償責任が認められた事例)
・ 福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決・判例時報2239号88頁,福岡高裁平成27年1月29日判決・判例時報2251号57頁(看護師の本人の同意無くHIV陽性の情報を病院医師や職員らに情報共有されたことが個人情報保護法に違反し本人のプライバシー侵害であること,その後病院が本人との面談でHIV感染を理由に就労制限をしたことが働く権利を侵害するものであるとして損害賠償請求が認容された事例)

2016年7月 1日 (金)

合法だって聞いてるクスリで捕まる?

 

 以前友だちに「合法だから大丈夫」って勧められたクスリを,今も時々一人で使っちゃうんだけど,やっぱり見つかったら捕まりますか?

 

 

 覚せい剤や麻薬は犯罪だと,あなたも知っていますよね【★1】

 だからなおさら,「これは合法なクスリだから大丈夫」と,思いたいのですよね。



 人を処罰する法律は,内容がはっきりしている必要があります【★2】

 もし,人を処罰する法律が,あいまいでいいかげんな内容だと,

 予想外のことで,突然捕まるかもしれず,

 誰もが,安心して暮らすことができなくなってしまうからです。



 だから,「どんな薬物がダメなのか」も,法律にはっきり書かれています。


 でも,「みんなが安心して暮らせるように」と法律がはっきりさせていることを逆手(さかて)にとって,

 その規制にひっかからないようにした薬物が,世の中に出回ります。

 新しい法律を作って,それを取り締まっても,

 今度はまた,少しだけ成分を変えた,似たような薬物が,新しく出回ります。

 そういうことが,いたちごっこのように繰り返されてきました。



 そんなふうに,法律のすきまをねらった薬物のことを,

 「危険ドラッグ」と呼んでいます。

 (「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼んでいたこともありました。)




 あなたが友だちからもらったクスリは,「合法だ」と聞いているのですね。

 でも,本当にそうなのかどうかは,クスリの外見からは,わかりません。

 「成分を調べてみたら,実は規制されているものだった」ということも,じゅうぶんあるでしょう。



 そういったとき,「合法だ」と信じていたなら,罪に問われなくて済むのでしょうか。


 そんなことはありません。



 たしかに法律は,「犯罪をするつもりがなかったら,処罰しない」としています【★3】

 でも,友だちから「合法」と言われたのを,あなたが信じただけなら,

 「犯罪をするつもりがなかった」とは認められないのが,ほとんどです。

 薬局で堂々と売っている薬ではない。

 コンビニなどで堂々と売っているサプリでもない
【★4】

 使うと特別な気分になれて,また使いたくなるもの。

 そして,勧めるほうが,わざわざ「合法だから」と説明するくらい,あやしいもの。

 そういうものは,「合法だ」という言葉を信じただけでは,そう簡単には許されません
【★5】【★6】

 「あぶない」と感じて,そこで踏みとどまらないといけないのです。




 では,成分を調べてみた結果,友だちが言うとおり,規制されているものでなかったら。



 たしかに,その場合は犯罪にはなりません。



 でも,あなたが19歳以下なら,

 たとえ犯罪をしていなくても,

 「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で,

 警察に捕まって,家庭裁判所に送られることがあります。


 これを,「ぐ犯(ぐはん)」と言います
【★7】



 「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事に書いたように,

 たばこやお酒は,

 吸ったり飲んだりした子どもが,犯罪として処罰されるわけではありませんし,

 大人になれば,吸ったり飲んだりしても,法律上は問題になりません。



 そのようなたばこやお酒とちがい,

 
薬物が犯罪として処罰される理由は,

 私たちの健康を守るためということに加えて,

 他の人々や私たちの社会を傷つける危険が,とても高いからです
【★8】


 頭がすっきりし,体が軽くなったり,

 とても気持ちがよくなったりする薬物。

 1回使ってみただけでは,いきなり人生がダメになるようには感じないので,

 「もう1回使ってみたい,もう1回だけなら大丈夫だろう」,と思ってしまいます。



 そうやって繰り返していくうちに,薬物を使うペースが,どんどん早まっていきます。

 やがて,頭の中は薬物のことを考えるのでいっぱいになり,

 生活がどんどんと崩(くず)れていきます。

 そして,家族,学校,職場などの,周りの人たちとのトラブルが,増えていきます。



 薬物を買うお金がなくなり,

 借金を繰り返したり,

 誰かにお金をせびったり,

 お金を手に入れるために,何かの犯罪に手をそめてしまったりします。

 薬物の売り買いで動くお金は,暴力団などの資金源になります。



 薬物を使ったときの幻覚(げんかく)や妄想(もうそう)などのせいで,

 人を殺してしまったり,車で人をはねてしまったりする悲惨(ひさん)な事件まで,起きてしまいます。



 だから,法律は,他の人々や私たちの社会を傷つけないよう,

 薬物を使うことを,犯罪として厳しく取り締まっているのです。




 でも,本当は誰よりも,薬物を使っているその人自身が,一番傷ついています。



 何かにハマって,生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。


 薬物依存は,病気です【★9】

 自分で自分自身をコントロールできなくなる,病気なのです。


 だから,

 犯罪者として責(せ)められ,こらしめられたり
【★10】

 「今後一切やりません」と,無理をして張り切って裁判所で誓(ちか)ったりしても,

 それで薬物依存から抜け出すことは,とても難しい。

 
薬物依存から抜け出すためには,

 
病気としてきちんとお医者さんの治療を受け【★11】

 
薬物を使いたくなる自分と向き合いながら,

 「今日一日,薬物をやらずに過ごせた」と,毎日を少しずつ積み重ねていくことのほうが
【★12】

 何倍もだいじなのです。



 薬物依存は,「人間関係の病気」とも言われます【★13】


 「気分がよくなるよ」

 「嫌なことを忘れられるよ」

 「勉強がはかどるよ」

 「だるさがとれて,すっきりするよ」

 「ダイエットに効くよ」

 「セックスのときに気持ちよくなるよ」



 その薬物の誘いを断ったら一人ぼっちになってしまうという不安,

 すでに一人ぼっちに感じていたというさみしさ,

 薬物は,そういった心の痛みを,紛(まぎ)らせます。



 でも,そうやって薬物にハマるほど,人々がどんどん離れていき,

 むしろ,ますます一人ぼっちになっていきます
【★14】


 だからこそ,薬物依存から抜けるためには,

 「一人ぼっちではない」と実感できることが大切なのです。


 薬物依存の人たちで集まって語り合う「自助(じじょ)グループ」がありますし,

 人間関係の問題を解決するために,私たち弁護士もサポートすることができます。




 法律は,どんな人も,一人ひとりを大切にしています。

 今,一人で時々薬物を使っているというあなたも,大切な存在です。




 日本ダルク(03-5369-2595,
http://darc-ic.com/)や,

 各都道府県の精神保健福祉センターが,あなたの相談に乗ってくれます。

 (これらに相談をしても,警察に通報されることはありませんから,安心してください。)



 その薬物が合法かどうか,捕まってしまうのか,と不安になるよりも,

 それを使わなくてすむようにするための一歩を,ぜひ今,踏み出してみてください。

 私はあなたに,それを強く願っています。

 

 

【★1】 覚せい剤取締法19条 「左の各号に掲(かか)げる場合の外(ほか)は,何人(なんぴと)も,覚せい剤を使用してはならない。
 一 覚せい剤製造業者が製造のため使用する場合
 二 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が施用する場合
 三 覚せい剤研究者が研究のため使用する場合
 四 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者が施用する場合
 五 法令に基(もとづ)いてする行為につき使用する場合」
 同法41条の3 「次の各号の一に該当する者は,10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
 一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者 (以下略)」
 麻薬及び向精神薬取締法12条1項 「ジアセチルモルヒネ,その塩類又はこれらのいずれかを含有(がんゆう)する麻薬…は,何人も,…施用し…てはならない。(以下略)」
 同法27条1項 「麻薬施用者でなければ,麻薬を施用し…てはならない。(以下略)」
 同法64条の3第1項 「第12条第1項…の規定に違反して,ジアセチルモルヒネ等を施用し…た者は,10年以下の懲役に処する。」
 同法66条の2第1項 「第27条第1項…の規定に違反した者は,7年以下の懲役に処する。」
【★2】 「罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)」の「明確性の理論」と言います。
 「犯罪と刑罰は明確に定められていなければならないという明確性の理論が主張されている。罪刑法定主義は,あらかじめ明確な条文により犯罪行為を国民に明示することにより,(イ)何が犯罪行為であるかと告知して,国民に行動の予測可能性を与え,(ロ)同時に法執行機関の刑罰権の濫用を防止するとされる。…国民は刑罰法規を認識して行動するのであり,それ故に,『国民から見て不明確な文言を含む刑罰規定は,憲法31条に違反し無効である』と考えるのである。この明確性の理論を,わが国の最高裁判例は正面から認めている。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」77頁)
【★3】 刑法38条1項 「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」
【★4】 もっとも,薬局で売っている市販薬や,コンビニなどで売っているお酒などでも,依存症になることがあります。
【★5】 東京高等裁判所平成23年8月18日判決(高等裁判所刑事裁判速報集(平23)号126頁) 「被告人(ひこくにん)は,このような経緯(けいい)により,白人に確認した上で合法ドラッグと信じて購入したのであり,違法な薬物であるとは全く思わなかったなどというのである。しかし,相手の言をそのまま信じることができるのは,相応の相手,場所,状況の下で納得できる説明があるからであるが,本件はこれに全く当たらない。被告人の供述(きょうじゅつ)によれば,本件の薬物は,見知らぬ外国人がバーで密(ひそ)かに売ろうとしていたというのであり,被告人が違法であれば買わないと言ったとすれば,それは正(まさ)に自身が違法な薬物である可能性を認識していたからこそ確認したにほかならない。そして,被告人が違法であれば買わないと言った場合に,これを売ろうとしている売主が敢(あ)えて違法であるなどという由(よし)もなく,いくらその外国人が合法と言ったからといって,被告人においてその言を信用するような相手,場所,状況の下には全くなく,説明も何もないのであって,違法薬物であるとの疑いが払拭(ふっしょく)されないことは火を見るより明らかである。そのような状況等の下(もと)で,被告人は,実際にはケタミンであった粉末を購入したのであって,被告人には,その粉末が,通常では入手し難い違法薬物であるかも知れないとの認識があったことは明らかであり,その認識を全く欠くに至(いた)った旨の被告人の供述は信用できない。…本件各犯行につき被告人の故意(こい)を認めた原判断は相当である。」
【★6】 もちろん,りくつからいえば合法ドラッグだと思っていたとして無罪になることはありますが(大阪地方裁判所平成21年3月3日判決,裁判所ウェブサイト掲載判例),数は少ないです。
【★7】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,裁判になることもあるのです。
少年法3条「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★8】 金尚均教授は,「薬物事犯は『国民の健康』を保護法益(ほごほうえき)とし,社会的法益として位置づけられるが,罪質(ざいしつ)としては抽象的危険犯である。薬物問題は,社会的不安の要因として厳しい刑罰の対象とされてきたのであり,古くて新しい問題である」と鋭く指摘し,薬物依存に刑罰を科すことの理論的な問題とその限界を示しています(金尚均「ドラッグの刑事規制 薬物問題への新たな法的アプローチ」)。
【★9】 WHO(世界保健機構)の「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」 F1x.2 依存症候群 「ある物質あるいはある種の物質使用が,その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より,はるかに優先するようになる一群の生理的,行動的,認知的現象。依存症候群の中心となる記述的特徴は,精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても),アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く,時に抵抗できない)である。ある期間物質を禁断したあと再使用すると,非依存者よりも早くこの症候群の他の特徴が再出現するという証拠がある。」
【★10】 薬物で長い期間刑務所に入れるだけでは再犯を繰り返してしまうので,「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」という新しい法律ができ,先月(2016年6月)から施行されています。刑務所から出たあとも,保護観察所の監督を受けながら,更生プログラムを受けたり,自助グループに参加したりするという制度です。
 同法律1条 「この法律は,薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため,刑事施設における処遇(しょぐう)に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑(かんが)み,薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し,その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について,刑法…の特則を定めるものとする。」
【★11】 「院長は私にこう言った。私はこの言葉を一生忘れることができない。『水谷先生,彼を殺したのは君だよ。いいかい,シンナーや覚せい剤は簡単にやめさせることができない。それは”依存症”という病気だからだ。あなたはその病気を”愛”の力で治そうとした。しかし病気を”愛”や”罰”の力で治せますか?高熱で苦しむ生徒を,愛情をこめて抱きしめたら熱が下がりますか?『お前の根性がたるんでるからだ』と叱って,熱が下がりますか?病気を治すのは私たち医者の仕事です。無理をしましたね』 そう言われて,私は返す言葉もなくうなだれた。(略)これが私とドラッグの闘いの出発点だった。」(水谷修「夜回り先生」64頁)
【★12】 「私たちダルクの仲間たちが合言葉にしている一つのキーワードを紹介しよう。それは『ジャスト・フォー・トゥディ(今日一日)』という言葉である。この言葉をわかりやすく説明するなら,薬物依存者が薬物をやめようとするときに,これから先二度と手を出さないと決意するのではなく,とりあえず今日一日は使わないようにしようとする考え方,と言うことができるだろう。すなわち,先のことは先のこととして,いまはとにかくクスリを使わない,そうした時間を少しずつ積み重ねていくことによって,結果的に薬物をストップしようという考え方である。私自身,そして多くの仲間たちの経験からも,これが薬物をやめるためにとても効果のある,重要な方法論であることは間違いない。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」46頁)
【★13】 「私は,薬物依存とは『痛み』と『寂しさの痛み』の表現だと受けとめている。『痛み』とは身体的な痛みで,『寂しさの痛み』とは自分は学校や社会の中で必要とされていない,役に立たないという気分の悪さ,疎外感(そがいかん),虚(むな)しさ……という心の痛みである。(略)もう一つ,薬物依存を理解するうえでキーワードとなるのは『恨(うら)み』の感情だ。薬物依存者の心の中は,自分ではコントロールできない恨みの感情で満ちている。薬物依存者は家庭や学校,職場で,自分の思い通りにならなかった体験をたくさん抱えている。コンプレックスと言い換えてもいい。(略)薬物依存は”人間関係性の病”とも呼ばれるが,それは恨みの感情からきているのだと思う。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」2頁)
【★14】 「一般に,薬物乱用は青少年期に始まることが多いわけですが,ドナルド・イアン・マクドナルド(Donald Ian Macdonald)は薬物乱用の重症度を4つの段階に区分しております。…①気分変化を学ぶ段階 青少年はとくに仲間の影響(peer pressure)を受けやすく,たいていは仲間から誘われて薬物を使い始めます。また,好奇心や冒険心からも依存性薬物を試します。さらに親や社会への反抗として薬物を使ったり,虐待やいじめなど不当な扱いへの反応として使うこともあります。あるいは疎外感,孤独感,不全感,低い自己評価や自身のなさなどによる情緒障害を紛らすためにも,薬物を試します。ひとたび薬物を経験すると,薬物は『こころの痛み』や『からだの痛み』を和らげてくれ,『快の体験』をもたらす効果を持つので,その気分の変化を進んで学ぼうとします。この段階では,薬物は友人を介して入手し,主にグループで使用しています。徐々に使い方も慣れてうまくなり,週末ごとの使用にまで進行します。…②気分変化を求める段階 薬物の味をしめてくると,週末だけの使用から週数回使用頻度となり,薬物を入手するのに金を出して買うようになり,自宅で単独で使用することも見られます。…③気分変化に熱中する段階 薬物使用の頻度はほとんど毎日となり,いわゆる薬物にはまり込んだ状態です。…④正常を保つために使う段階 この段階は,強迫的に使用する状態に該当すると思われます。自分で止めようと思っても止められないものですから,そのみじめさを直視することが苦しくて,ひとたび使い出すと薬物がなくなるまで,集中的に使う段階に入ります」(小森榮「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」第19章「対談 薬物依存の治療と回復」小沼杏坪医師・小森榮弁護士)

2016年6月 1日 (水)

生活保護を受けている家でも奨学金で大学に行ける?

 

 高校2年生です。母と二人暮らしで,生活保護を受けています。卒業後の進路に悩んでるんですが,家が生活保護を受けていても,大学に行けるんですか。もし行けるとしたら,奨学金を使うことになると思うんですが,奨学金を借りたら後で返すのが大変だと聞いていて,それも心配です。

 

 大丈夫です。

 家が生活保護を受けていても,大学に行くことはできます。




 「お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなるよ!」



 私が,進路とお金に悩んでいたある高校生にそう話すと,

 その子も,それを聞いていた周りの大人も,びっくりした顔をしていました。

 そしてその次に,「それなら,がんばってみよう」と,みんな明るい顔になったのが,とても印象的でした。

 「自分も大学に行けるんだ」。

 そういう前向きな気持ちを,ぜひ持ってください。




 生活保護のお金は,生活するのにぎりぎりの額なので
【★1】

 そこから大学に行く費用を出すのは難しい,とあきらめていませんでしたか。



 生活保護だと,役所から「働ける人は働きましょう」と言われるから,

 高校を卒業したら,大学に行かずに働かないといけない,とあきらめていませんでしたか。

 あるいは,働きながら通える夜間大学しか選べない,とあきらめていませんでしたか
【★2】



 役所のケースワーカーさんに,早めに相談をしてください。

 あなたが高校を卒業するときに,「世帯分離(せたいぶんり)」という手続をとってもらえば,

 あなたが大学に行くことができます
【★3】



 生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯に払われます
【★4】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合は,今,あなたとお母さんの2人分の生活保護のお金が,お母さんに払われています。



 その世帯を分けて,別々にするのが,「世帯分離」です。

 あなたの場合,世帯分離をすると,

 お母さん一人の世帯と,あなた一人の世帯の,2つの世帯ができます。

 「世帯分離」は,書類の上の手続きなので,

 実際にお母さんと離れて暮らす必要まではありません。

 お母さんと一緒に暮らし続けることができます。



 お母さんは,引き続き生活保護を受けることができます。

 ただし,世帯からあなたが抜けるので,

 生活保護のお金は,お母さん一人分に減ります。



 あなたのほうは,生活保護を止めます。

 そして,奨学金や,アルバイトで稼いだお金で,学費と生活費をまかなうのです。

 もし,離婚したお父さんがいるなら,お父さんにも学費や生活費を負担してもらうように,話をしてみてください
【★5】


 あなたがお母さんと世帯が一緒のままだと,

 あなたがかせいだお金や,他から受け取ったお金は,役所に返さないといけません。

 (その理由は,「アルバイトをしたら生活保護の不正受給と言われた」の記事を見てください)

 でも,世帯分離をすれば,その必要がなくなります。

 あなたがかせいだお金や,奨学金,お父さんからのお金を,あなたが自分のために使えます。


 また,入学の時に必要になるお金を,今のうちから,生活保護のお金の中からやりくりして貯めておくこともできますから,ケースワーカーに相談してください【★6】



 「奨学金を借りたら,後で返すのが大変だ」と,よく言われますね。



 「奨学金」と聞いて多くの人がイメージするのは,

 「日本学生支援機構」という,国の奨学金です
【★7】

 むかしは,「日本育英会」という名前でした。



 大学を卒業した時点で,返さないといけない奨学金は,何百万円にもなります。

 日本学生支援機構の奨学金は,利子がつかないものもあるのですが,それを利用するのはハードルが高く,

 利子がつく奨学金を利用すれば,返さないといけない金額がふくらみます。

 そういった奨学金を,10年や20年もの長い時間をかけて,返し続けていかなければなりません。

 大学を卒業したあと,暮らしが厳しくなって,奨学金を返すのが難しくなっても,

 日本学生支援機構は,支払いを待ってくれたり,免除してくれたりを,なかなか簡単には,してくれません
【★8】【★9】

 むしろ最近はとても取り立てが厳しくなっていて,大きな問題になっています
【★10】

 裁判所の力で,奨学金などの借金を返さなくてもよいようにしてもらう「自己破産」の手続きがありますが,

 破産をすると,今度は保証人になっている親や親族が払うことになるので,

 「迷惑をかけられない」と,手続きをためらう人も,多くいます。

 (ただ,破産をしなくても,本人が払えなくなれば,いずれ保証人が払わないといけなません。正確なことを知るためにも,こまったら早めに弁護士に相談してください。)




 日本学生支援機構の奨学金,つまり,国の奨学金には,いろんな問題があって,

 弁護士会も,改善を求めて意見を出しています
【★11】

 でも,あなたの進学のために必要であれば,デメリットをふまえてもなお,利用したほうがよい,ということもあるでしょう。



 奨学金は,国のものだけではありません。

 都道府県や市区町村の,利子がつかない奨学金もあります。

 民間の団体や企業には,「給付型」といって,返さなくてよい奨学金もあります。

 入学先の大学にも奨学金の制度があって,入学前から申し込めるところもあります
【★12】


 奨学金のしくみは,たくさんあって,しかも複雑なので,

 自分に合ったものがどういうものかを知るのも一苦労ですし,

 提出書類をそろえたりするのも,大変です。

 めんどうだからと,最初からあきらめてしまう人も,多くいます。



 でも,最初に書いたように,

 お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなります。

 ケースワーカー,学校の先生,地域の人を巻き込んでください。

 あなたが,「大学で学びたい」という強い気持ちをもって,あなた自身が動けば,

 あなたを支えて一緒に動く大人は,必ずいます。

 弁護士も,その大人の中の一人です。



 自分で自分の人生を選んで進んでいけること。

 一人ぼっちではなく,支えてくれる人がいるということ。

 それが,とてもだいじなことなのです。





 この社会には,「大学で学びたいなら,そのメリットを受ける人が自分でお金を負担するのは当然だ」,などと考える人が,多くいます。

 でも,他の国では,大学がタダで通えるところも,多くあります。

 世界は,「みんなが大学にタダで通えるように,少しずつ取り組んでいこう」と約束しているのですが
【★13】

 日本は,つい最近の2012年まで,それをずっと認めてきませんでした
【★14】

 その間に,大学の学費は,逆にどんどんと上がっていきました。



 多くの国では,返さなくてよい「給付型」の奨学金が充実していますが,

 日本では,「返す奨学金」のほうがメインです。

 先進国の中で,大学がタダでないのに,「返す奨学金」に頼らないといけない国は,日本だけだと言われています
【★15】


 「返す奨学金」には,利子がつくものと,つかないものがあります。

 2003年に,日本育英会が日本学生支援機構に変わる法律ができたとき,

 国会は,「利子のつかない奨学金を基本にしよう」とメッセージを出しました
【★16】

 それなのに,実際には,利子のつく奨学金のほうが増えてしまっています。



 学びたいという気持ちと,学ぶ力があるのに,

 どの家に生まれ育ったか,お金のある家か,そうでないかで,

 大学に行ける/行けないが決まってしまうのは,まったくおかしなことです。



 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★17】


 「お金がなければ学べない」,

 子どもたちが,そんなふうにあきらめてしまうような社会は,

 絶対に,変えていかなければいけません。



 そして,あなたもぜひあきらめずに,

 いろんな大人を巻き込み,いろんな制度を使って,

 自分の道を切り開いていってください。

 

【★1】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★2】 働きながら夜間大学に通う場合には,世帯分離をせず,生活保護を受けたままでもOKなことがあります。
 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「4」「次の各要件のいずれにも該当(がいとう)する者については,夜間大学等で就学(しゅうがく)しながら,保護を受けることができるものとして差しつかえないこと。(1)その者の能力,経歴,健康状態,世帯の事情等を総合的に勘案(かんあん)の上,稼働(かどう)能力を有(ゆう)する場合には十分それを活用していると認められること。(2)就学が世帯の自立助長(じょちょう)に効果的であること。」
【★3】 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「5」「次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと。…(略)…(2)次の貸与金(たいよきん)を受けて大学で就学する場合 ア 独立行政法人日本学生支援機構法による貸与金 イ 国の補助を受けて行われる就学資金貸与事業による貸与金であってアに準ずるもの ウ 地方公共団体が実施する就学資金貸与事業による貸与金(イに該当するものを除く。)であってアに準ずるもの」
【★4】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★5】 実の親ならば,子を扶養(ふよう)する義務があり,大学に進学して20歳になったあとであっても,学費や生活費を負担すべき場合があります。
 東京高裁平成12年2月5日決定・家月53巻5号187頁 「4年制大学への進学率が相当高い割合に達しており,かつ,大学における高等教育を受けたか否(いな)かが就職の類型的な差異につながっている現状においては,子が義務教育に続き高等学校,そして引き続いて4年制の大学に進学している場合,20歳に達した後も当該大学の学業を続けるため,その生活時間を優先的に勉学に充(あ)てることは必要であり,その結果,その学費・生活費に不足を生ずることがあり得るのはやむを得ないことというべきである。このような不足が現実に生じた場合,当該子が,卒業すべき年齢時まで,その不足する学費・生活費をどのように調達すべきかについては,その不足する額,不足するに至った経緯,受けることができる奨学金(給与金のみならず貸与金を含む。以下に同じ。)の種類,その金額,支給(貸与)の時期,方法等,いわゆるアルバイトによる収入の有無,見込み,その金額等,奨学団体以外からその学費の貸与を受ける可能性の有無,親の資力,親の当該子の4年制大学進学に関する意向その他の当該子の学業継続に関連する諸般(しょはん)の事情を考慮した上で,その調達の方法ひいては親からの扶養の要否を論ずるべきものであって,その子が成人に達し,かつ,健康であることの一事をもって直ちに,その子が要扶養状態にないと断定することは相当でない」
【★6】 厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」
「問第3の18-2 高等学校等に就学中の者がいる被保護世帯において,当該者が高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費に充てるため,保護費のやり繰りにより預貯金等をすることは認められるか。
答 保護費のやり繰りによって生じた預貯金等については,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして保有を容認して差しつかえない取り扱いとしている。…(略)…次のいずれにも該当する場合,保護費のやり繰りによって生じた預貯金等は,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められるものとして,保有を容認して差しつかえない。…(略)… 1 具体的な就労自立に関する本人の希望や意思が明らかであり,また,生活態度等から卒業時の資格取得が見込めるなど特に自立助長に効果的であると認められること。 2 就労に資する資格を取得することが可能な専修学校,各種学校又は大学に就学すること。 3 当該預貯金等の使用目的が,高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費(事前に必要な入学料等に限る。)に充てるものであること。 4 やり繰りで生じる預貯金等で対応する経費の内容や金額が,具体的かつ明確になっているものであって,原則として,やり繰りを行う前に保護の実施機関の承認を得ていること。」
【★7】 独立行政法人日本学生支援機構(http://www.jasso.go.jp/
【★8】 1回あたりの返す額を半額にして,返す期間を長くする「減額返還」,返すのをいったん止めて先延ばしにする(その間利息は発生しない)「返還期限猶予(ゆうよ)」,亡くなったり,障害を負ったりしたときに,返すのを免除される「返還免除」があります(http://www.jasso.go.jp/shogakukin/henkan_konnan/index.html)。昔は学校の先生になれば奨学金の返済を免除される制度がありましたが,その制度は1998年に廃止されています。
【★9】 日本弁護士連合会は,「返済困難者に対する各種救済制度につき,返済困難者の実情に合わない制度上・運用上の利用制限をやめ,利用しやすい救済制度に改めるべきである」と意見を出しています(2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★10】 「奨学金を返したくても返せない人が増え続けている現状に逆行し,追い打ちをかけているのが,機構における金融(きんゆう)的手法の導入と回収強化策です。2004年に,それまでの日本育英会が廃止され,同奨学金事業が機構に引き継がれると,奨学金は『金融事業』と位置づけられ,金融的手法が強まりました」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」113頁)
 「機構の債権回収においては,借り手の返済能力を無視した,無理な支払いを求められることが多いのが特徴である。延滞金のカットなどはほとんど認められず,月々の返済についても,柔軟な対応をしてくれないことが多い。これは,制度内の救済手段が極めて不十分なものであることとも関係がある」(日本弁護士連合会貧困問題対策本部アメリカ奨学金制度調査団編「アメリカ奨学金制度調査報告書-我が国の奨学金制度に対する提言-」34頁)
【★11】 日本弁護士連合会2013年6月20日「奨学金制度の充実を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130620_5.pdf
 日本弁護士連合会2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★12】 奨学金アドバイザーの久米忠史さんの「ここが知りたかった107のQ&A 奨学金借りる?借りない?見極めガイド」(合同出版)は,日本学生支援機構の奨学金のことはもちろん,それ以外の奨学金についてもわかりやすく説明しています。
【★13】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。…(略)… (c)高等教育は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的(ぜんしんてき)な導入により,能力に応じ,すべての者に対して均等(きんとう)に機会が与えられるものとすること」
【★14】 【★13】のうち,「特に,無償教育の漸進的な導入により」の部分を,日本はずっと留保していました。2012年9月11日に日本が留保を撤回(てっかい)するまで,この条項を留保していた国は,日本とマダガスカルのたった2つだけでした。
 外務省「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html
【★15】 「OECD加盟国中,大学の学費が有償であるにもかかわらずほとんどを貸与型奨学金に頼っているのは日本だけであり,これは,我が国の奨学金制度の最も根本的な問題です」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」142頁)
【★16】 衆議院文部科学委員会2003年6月6日附帯決議「政府及び関係者は,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。…(略)… 三 …憲法,教育基本法の精神にのっとり,教育の機会均等の実現のため,無利子奨学金を基本としつつ…有利子貸与については,将来にわたって,奨学生の過度の負担にならないよう努めること」http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/156/0096/15606060096017.pdf
【★17】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
   

2016年5月 1日 (日)

お金がなくて住む場所がなくなりそう

 

 19歳です。高校を中退して家を追い出され,ネットで知り合った人に,その人の家の部屋の一つを月4万で間借りさせてもらって,バイトして暮らしてきました。でも,時々メンタルが落ちてシフトに入れないので,いつもお金が足りません。先月と今月,家賃が払えなくて,知り合いから「来週にでも出て行ってくれ」と言われました。これからどうしたらいいか,その不安でまたメンタルが落ちてバイトに行けず,ますますお金がなくなっています。

 


 住む場所,自分の居場所がきちんとある,ということは,とてもだいじです。

 未成年のうちは,親の協力がなければ,アパートを借りるのが本当に難しいので,

 あなたが今の知り合いの部屋から追い出されるのは,とても不安だと思います。



 その知り合いから,「来週に」出て行くように言われているのですね。

 でも,いきなり来週に,あなたが部屋を出る必要は,ありません。




 あなたが知り合いから部屋を借り,家賃として4万円を払っているのは,

 「賃貸借(ちんたいしゃく)」という契約(けいやく),つまり,法律的な約束ごとです
【★1】


 契約書という紙を作っていなくても,

 未成年のあなたが親のOKをもらっていなくても
【★2】

 契約として,きちんと成り立っています。



 借り手のあなたが,「家賃を払う」という約束を守れなかったら,どうなるか。


 住む場所がなくなるのは,生活・人生の中で,とても大きなことです。

 借り手は,貸し手よりも立場が弱いので,

 法律は,部屋を借りる人のことを守っています。



 家賃を払うのが少し遅れていたり,1,2回払えていなかったりしても,

 それだけでは,貸し手は,「約束違反だから,部屋から出て行け」とは言えません。

 貸し手と借り手のあいだの信頼関係がこわれるほどの,大きな約束違反があって,

 はじめて,「部屋から出るように」という話になるのです
【★4】【★5】


 あなたは,家賃が払えていないのが2ヶ月ぶんですし,

 払えない理由も,心の調子をくずして働くことができないからですよね。

 そのほかに,その知り合いとの信頼関係がこわれるような特段のことがないのなら,

 あなたが今,あわてて部屋を出る必要はありません。



 その知り合いと,ゆっくりきちんと話し合って下さい。

 話し合いがまとまらないまま,あなたを出て行かせるには,

 その知り合いが裁判の手続きをとる必要がありますし,それには時間がかかります。

 裁判所の手続きをとらないで,知り合いが,あなたの荷物を勝手に外に出したり,部屋の鍵を変えたりして追い出すことは,

 「自力救済(じりききゅうさい)」と言って,法律上,許されません。

 もし,知り合いがそういうことをしたら,すぐに弁護士に相談してください。




 「家賃を払うために,どこかからお金を借りよう」,と考えたかもしれません。

 「親のOKがなくても未成年の人にお金を貸します」という業者も,中にはあります。

 でも,そういった業者からお金を借りることは,しないでください。

 利息が高いので,あっという間に借金の額が増えていき,ますます苦しくなります。

 未成年の人が,親のOKなくお金を借りたら,「親のOKがなかった」という理由で,そのお金の貸し借りをナシにできるのですが
【★2】

 たとえ貸し借りをナシにしても,生活費として使ったぶんは,結局,業者に返さないといけないのです
【★6】


 もし,すでに業者からお金を借りてしまっているなら,すぐに弁護士に相談してください。

 弁護士が業者との話し合いに立って,借金の額を減らす交渉をしたり,分割して返す約束をし直したり,

 裁判所で借金をナシにしてもらう,「破産(はさん)」の手続きをとったりすることができます。

 親の協力がなければ,20歳になるまで待たないといけない手続もありますが,

 未成年の今のうちから弁護士がサポートできることを,ぜひ確認してください。




 大人であれば,「一時的に緊急にお金が必要」というときに,きちんとしたところからお金を借りることができます。

 社会福祉協議会という,困っている人をサポートするところが貸してくれる,「緊急小口資金貸付」という制度です
【★7】

 ところが,この制度も,未成年だと,親の協力がなければ使えません
【★8】

 もともと,「未成年が契約するときに親のOKが必要」と法律が決めているのは,子どもを守るためです。

 それなのに,親に家から追い出されたあなたのようなケースで,

 親のOKがないことを理由に,困っている子どもが,きちんとしたところからお金を借りられないのでは,

 ほんとうにおかしい,本末転倒(ほんまつてんとう)だと,私は思っています。




 あなたが生活を立て直すまでのあいだ,人としてきちんとした暮らしを送れるようにするために,生活保護という制度があります【★9】【★10】

 あなたの給料で暮らしていくのに足りないぶんを,生活保護がカバーします
【★11】

 生活保護は,20歳になっていなくても,受けることができます
【★12】

 市役所や区役所に申請をしてから実際に生活保護が始まるまでの期間は,原則2週間ですが,伸びると30日かかります
【★13】【★14】

 それを待っている間にお金の余裕がなくなってしまわないよう,申請は早めにするようにしてください。

(市区町村によっては,実際の生活保護が始まる前に,お金を「緊急払い」してくれるところもあります。)

 生活保護の申請が自分ひとりではなかなかうまくいかないなら,弁護士があなたといっしょに役所と話をすることもできます
【★15】



 少なくとも生活保護が認められるまでは,引き続き今の部屋にいさせてもらえるように,あなたの知り合いに話をしてみましょう。

 どうしても難しいようなら,事情を役所に話し,部屋を出て当面の間寝泊まりできるところを,役所に確保してもらいましょう
【★16】

 生活保護を受けられるようになったら,自分でアパートを借りたり,自立をサポートする施設に入ったりして,これからの生活を立て直していくことができます。




 お金は,生きていくうえでとても大事なものですが,

 そのお金のせいで,生活や人生がおしつぶされることのないように,

 そのための法律があり,制度があります。

 住む場所をきちんと確保して,不安を減らし,心の健康を取り戻せるよう,

 ぜひ,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 民法601条 「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益(しゅうえき)を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★2】 未成年のときに親のOK(同意)がないまま契約をしたら,「親のOKをもらっていなかった」ということを理由に契約をそのナシにすること(取消し)ができます。逆に言えば,取り消されるまでは,有効な契約として扱われます(内田貴「民法Ⅰ」246頁)。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 同条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★3】 借地借家法という特別な法律で,借り手が守られています。
【★4】 「信頼関係破壊理論」,または,「信頼関係の法理」と呼ばれています。
 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・民集18巻6号1220頁 「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至(いた)る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認(ぜにん)するに足りる」
 「 (民法)541条によると僅(わず)かな債務不履行(さいむふりこう)でも催告(さいこく)期間内に履行(りこう)がなければ解除できることになりそうであるが,不動産賃貸借が些細(ささい)な債務不履行で解除されてしまうと,賃借人は居住や営業の拠点(きょてん)を失うことになって,余りに不均衡(ふきんこう)な損失が発生する…そこでこれを制限する解釈論が展開した」「(最高裁で)採用された理論は信頼関係破壊理論(あるいは信頼関係の法理)などと呼ばれる。この理論には2つの側面がある。一方で,賃借の債務の不履行があっても,信頼関係を破壊しない些細な不履行では解除できないが,他方で,厳密には賃貸借契約上の債務の不履行といえなくても信頼関係が破壊されるに至(いた)れば,解除可能となる」(内田貴「民法Ⅱ」229~230頁)
【★5】 あなたの知り合いの家が,その人の持ち家ではなく,賃貸で借りている部屋なら,大家さんにOKをもらわずにあなたが住んでいるのは「又貸し(またがし)」になりますから,民法上の「無断転貸(むだんてんたい)」にあたります(民法612条)。また,大家さんと知り合いの間で結んでいる契約でも,ふつうは「誰が住むか」ということも含めて約束していますから,その約束違反にもなります。ただ,そういった違反があっても,それだけで大家さんが知り合いに対して「部屋を出て行くように」と言えるのではなく,やはり,又貸しによって大家さんと知り合いとの間の信頼関係がこわされているかどうかが重要になります。法律上は,又貸ししてもらっているあなたも,大家さんに直接義務を負うことになってはいますが(民法613条1項),又貸しによる大家さんとのトラブルは,第一には直接の借り手であるその知り合いが大家さんと対応するものです。あなたは,あなた自身の生活の場所・お金のことを第一に考えて動いてください。
【★6】 未成年の人が,「親のOKがなかった」という理由で契約をナシにした場合,お金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」とされます(民法121条但書「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」)。
 他方で,裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。
 未成年の人にお金を貸す業者は,その裁判例を利用するために,「生活費として使うためにお金を借ります」という書面を,未成年の人に書かせていることが多いです。
【★7】 5日くらいの審査で,最大10万円まで,連帯保証人なしで,無利子で借りることができます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/activity/documents/20150519-koguchi201504.pdf
【★8】 2016年4月22日,東京都社会福祉協議会の福祉資金部福祉資金貸付担当に電話で確認済み
【★9】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する」
【★10】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする」
【★11】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする」
【★12】 「生活保護の利用できる要件として,成人(満20歳以上)でなければならないことはありません。したがって,未成年子の子だけの世帯であっても,生活保護を利用することは法律上可能です」「もっとも,…児童福祉法に基づいて保護される子については,そちらが優先されます」(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」110~111頁)
【★13】 生活保護法24条3項「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」
 同条5項「第3項の通知は,申請のあった日から14日以内にしなければならない。ただし,扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる」
【★14】 その期間に,あなたにお金がないのかどうか,他にあなたを援助する家族がいないかどうかを,役所が調べます。役所から家族に連絡が行きます(役所から家族に連絡しなくていい例外もあるにはあるのですが,特別な場合にしか認められないのが現状です)。それを嫌がって生活保護申請をためらう人も多いです。しかし,あなたを助けてくれない家族に生活保護申請が知られることの嫌な気持ちのマイナスより,生活保護を受けて安心・安定した暮らしを得られるプラスのほうが大きいことがほとんどです。不安な人は,そのことも含めて,一度,弁護士と相談するとよいでしょう。
【★15】 弁護士費用も心配する必要はありません。日本全国の弁護士がお金を出し合い,生活保護申請に協力する弁護士に,費用を出しています。
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/hourituenjyojigyou.html
【★16】 親から家を出されたことや,病気がちのあなたを親がきちんと面倒を見ないということが,虐待になるようなら,子どものシェルターを利用することも考えられます。詳しくは,「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい。もっとも,あなたの場合は,記事本文で書いたように,いますぐ知り合いの家から出る必要まではないので,シェルターを使わずに次の居場所を見つけていくことができる可能性が,十分あります。まずは,弁護士に相談してみてください。

2016年4月 1日 (金)

正社員ってどういう働き方?

 

 これから就職活動して,卒業後に働き始めるつもりなんですが,「正社員」ってどういうものか,他の働き方とどうちがうのか,いまいちよくわかりません。

 

 

 じつは,「正社員」という言葉は,法律にはありません。

 私が今から説明するのは,「多くの人がだいたいそう考えている」というものです。

 「正社員は必ずこういうもの」というわけではないので,気をつけてください。




 正社員は,「会社に直接雇(やと)われて,定年までずっと,フルタイムで働く人」のことです【★1】




 正社員は,フルタイムで働きます。



 フルタイムというのは,「1日中しっかり,毎日しっかり」,ということです。

 労働基準法は,働く時間は1日8時間/1週間40時間を超えないのが基本と決めています
【★2】

 正社員は,その1日8時間/1週間40時間か,それよりやや少ない時間で,めいいっぱい働きます
【★3】【★4】


 正社員とちがい,アルバイトやパートは,1日数時間/1週間に数日という働き方が多いです【★5】


 そういうちがいから,給料の払われ方も,

 正社員は「1ヶ月にいくら」という月給,アルバイトやパートは「1時間あたりいくら」という時間給が多いです。





 正社員は,定年までずっと働きます。



 正社員は,就職してから定年までのあいだ,よっぽどのことがないかぎり,クビになることはありません【★6】【★7】

 定年の年齢は,会社ごとにちがいますが,

 60歳や65歳を定年にしている会社が多いです
【★8】


 アルバイトやパートは,働く期間が何ヶ月と決まっていることが多いです。


 「フルタイムで働くけれど,期間が何ヶ月/何年と決まっている」,という働き方もあります【★9】

 それを,正社員と区別して,「契約社員」と言ったりします
【★10】


 アルバイトやパート,契約社員は,あらかじめ決めていた期間だけ働くのが基本ですが,

 期間が終わるとき,働く人も会社もお互いがOKすれば,更新(こうしん)して,引き続き働くことができます。

 でも,いつ更新されなくなるかわかりませんし,

 そんなに長い期間は働けないことがほとんどです。





 正社員は,会社に直接雇(やと)われ,給料も会社から直接もらいます。



 正社員とちがい,「ハケン(派遣)社員」は,会社に直接雇われていません。

 ハケン業者に雇われます。

 そして,会社に行かされて(ハケンされて),仕事をします。

 会社は,ハケン業者にお金を払います。

 そして,ハケン業者が,働く人に給料を払います
【★11】


 会社が払ったお金を,働いた人が全部受け取るのではなく,ハケン業者の取り分が抜かれます。

 働く人の安全を守る責任を,ハケン業者と会社がそれぞれどう負うのかも,あいまいになりがちです。

 だから,ハケンは,30年前まで禁止されていました
【★12】

 その後も,特殊(とくしゅ)な仕事にかぎって認められていました
【★13】

 ところが最近は,このハケンのしくみが,いろんな職場に広がってしまっています
【★14】




 正社員は,

 生活するのにじゅうぶんな給料をもらい,

 長く働く中で,仕事の能力を高めていくこともできます。

 よっぽどのことがなければ,クビになることはありませんし,

 ケガ,病気,老後,自分の家族などに対するサポートも充実しています
【★15】


 しかし,雇う側(がわ)からすると,

 会社の調子が良いときには,人をたくさん雇いたいけれど,

 会社の調子が悪くなったからといって,正社員をやめさせることは,かんたんにはできません。



 だから,

 アルバイトやパートのように短い時間・安い給料で働く人や,

 契約社員のように期限が決まっている人,

 ハケン社員のように会社が自分で直接雇うのではない人,

 そういう人たちを使うことで,会社の都合に合わせて,人件費(じんけんひ)を調整しようと考えるのです。



 でも,人は,モノや,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱うのは,してはならないことです。



 「正社員以外のいろんな働き方を選べるのは,働く側にとっても良いことだ」,などと言う人もいます。

 でも,「ほんとうは正社員として働きたいのに,働く先がないので,しかたなくそれ以外の働き方をしている」,

 そういう人が,今,315万人もいるのです
【★16】



 生活するのにじゅうぶんな給料をもらえない。

 仕事の能力を高めていくこともむずかしい。

 いつ更新されなくなって仕事を失うか,とても不安。

 そういう働き方をしなければならない人が,とても増えています。



 法律は,いろんな会社がいろんな商売をするためのベースとなる決まりを,たくさん作っています。

 そういう法律がたくさんあるのは,

 いろんな会社が活動し,社会全体が発展していくことが,

 私たち一人ひとりの幸せな暮らしにつながるからです。

 それなのに,会社の中で働いている人が大切にされないのでは,まったくおかしなことです。



 正社員ではない働き方をする人を守るための,特別な法律は,あるにはあるのですが,あまり役立っているとはいえません【★17~19】



 ただ,正社員であれば問題ないかというと,そうともかぎりません。

 ノルマが厳しい,残業時間が長い,残業代が払われない,嫌がらせがひどい,など,

 正社員を大切に扱わないひどい会社があるのも,また事実です。


 そのようなひどい会社なら,ある程度で見切りをつけて辞めることもだいじですし,

 労働組合に入ってみんなで職場と交渉をしたり,裁判でたたかったりして,よりよい職場に変えていくことも,

 会社を辞めるのと同じくらい,あるいはそれ以上に,だいじなことです。



 あなたはこれから,就職活動を通して,いろんな職場に出会うことと思います。

 働くルールについて,少しでも分からないことがあったら,

 ぜひ,今回のように尋ねたり,調べたりするようにしてください。

 それが,これから長い人生の中で働くあなた自身を守ることにつながりますし,

 あなたがいつか誰かを雇う立場になったときにも,絶対に必要となることです。

 

 

【★1】 菅野和夫「労働法第11版」291頁 「大多数の企業においては,契約の形態や内容上,通常(正規)の雇用関係にある従業員(正社員,正規従業員,正規雇用者などと呼ばれる)とは区別された労働者が,様々な呼称・契約形態において存在してきた。パート社員,アルバイト,契約社員,期間社員,定勤社員,嘱託(しょくたく),派遣社員,下請(したうけ)社員,等々であり,社会的に『非正規労働者』などと総称されてきた。正規雇用者は,当該(とうがい)企業との期間の定(さだ)めのない労働契約のもとで,長期的に育成され,企業内で職業能力とキャリアを発展させ,処遇(しょぐう)もそれに応じて向上するのが通例である。また,大企業・中堅(ちゅうけん)企業の多くでは,正規雇用者の解雇(かいこ)は,通例,その者の重大な非行や企業経営上の危機がないかぎり行われない」
【★2】 労働基準法32条1項 「使用者は,労働者に,休憩時間を除(のぞ)き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない」
 同条2項 「使用者は,1週間の各日(かくじつ)については,労働者に,休憩時間を除き1日について8時間を超えて,労働させてはならない」
【★3】 何時から何時まで働くか,休日をいつにするかは,会社ごとに「就業規則(しゅうぎょうきそく)」というルールを作って決めます。
 労働基準法89条 「常時10人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲(かか)げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない… 一 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇… (以下略)」
【★4】 それ以上働く「残業」は,あらかじめ,職場と働く人たちとの間で,どういう時にどのくらいまでできるか,ということ約束した「36協定(さぶろくきょうてい)」を作って,労働基準監督署に届ければ,その範囲で認められます。その残業代として,割増賃金が払われます。
 労働基準法36条1項 「使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,…その協定で定めるところによって労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。…」
 同法37条1項 「使用者が,…前条第1項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」
 「2割5分」というのは,25%のことです。
【★5】 ただし,1日数時間/1週間数日の正社員もありますし,逆に,フルタイムで働くアルバイトやパートもあります。
【★6】 「期間の定めのない雇用契約」と言います。
 会社をやめるときには,働く人・職場のお互いが納得して辞める「合意退職」がふつうですが,会社が「辞めないでほしい」と言っていても,働くがわは一方的に辞めることができます。逆に,あなたが「働き続けたい」と思っているのに,会社が一方的にクビにする「解雇(かいこ)」は,よっぽどのことがなければできないことになっています。
 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法第11版」738頁参照)。
【★7】 菅野和夫「労働法第11版」708頁 「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」
【★8】 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律8条 「事業主がその雇用する労働者の定年…の定めをする場合には,当該定年は,60歳を下回ることができない…」
 同法9条1項 「定年…の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,次の各号に掲げる措置…のいずれかを講じなければならない。 一 当該定年の引上げ 二 継続雇用制度…の導入 三 当該定年の定めの廃止」
【★9】 労働基準法14条1項 「労働契約は,期間の定めのないものを除き,一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは,3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては,5年)を超える期間について締結(ていけつ)してはならない。 一 専門的な知識,技術又は経験…であって高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約 二 満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)」
【★10】 法律の言葉では,「期限の定めのある雇用契約」という言い方になります。「契約」というのは,法律的な約束ごとという意味です。正社員だって,アルバイトやパートだって,ハケン社員だって,すべて「雇用契約」「労働契約」なのですから,ここだけ「契約社員」という表現を使うのは,本来はおかしなことです。
 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★11】 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律2条 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」
【★12】 菅野和夫「労働法第11版」69頁 「戦前においては,自己の支配下にある労働者を鉱山,土木建築,港湾荷役などの労働現場に供給し労務に従事させる人夫供給業(労務供給業)が行われてきた。これらの『労働者供給事業』は,労働者を継続的に支配下に置いて他人に使用させる点で,労働の強制,中間搾取(さくしゅ),使用者責任の不明確化などの弊害(へいがい)を伴(ともな)いがちであるとして,戦後の職安法では全面的に禁止され,労働組合法による労働組合またはこれに準ずるものが厚生労働大臣の許可を受けた場合のみ無料の事業を行いうることとされた」「1985年の労働者派遣法の制定とそれに伴う職安法の改正によって,以後は,…『労働者派遣』が『労働者供給』の適用範囲から除外されることとなった」
 職業安定法44条 「何人(なんぴと)も,次条に規定する場合を除くほか,労働者供給事業を行い,又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」
 同法4条6項 「この法律において『労働者供給』とは,供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律…第2条第一号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」
【★13】 1985年に労働者派遣法ができたときは16の業務,その後1996年に26業務に拡大されました。
【★14】 1999年と2003年の労働者派遣法改正で,一部の業務を除いてすべて派遣ができるようになりました。特に,2003年の改正では,製造業での派遣が認められるようになって,一気に増加しました。そして,2008年にリーマンショックが起き,派遣で製造業で働いていた多くの人たちが仕事を失って,とても大きな社会問題になりました。
【★15】 「正社員は社会保険に入る」,という話を聞いたことがあると思います。
 一般的には,健康保険と厚生年金の2つを合わせて,「社会保険」と言っています。
 ケガや病気をしたときに,病院に保険証を出すと,払うお金が3割だけですみますね。これが健康保険のしくみです。健康保険のほうが,7割を出してくれます。また,定年になって働くのをやめたあとは,年金をもらって生活することができます。これが厚生年金のしくみです。こういった,ケガや病気,老後などに備えて,毎月保険料を払います(給料から自動的に引かれます)。
 正社員ではない人,自営で仕事をしている人などにも,似たようなものとして,市役所や区役所で手続をする,国民健康保険と国民年金というしくみがあります。
 社会保険(健康保険・厚生年金)は,保険料を,働く人と会社の両方で払うので,国民健康保険や国民年金よりも,サポートが厚くなっています。
 健康保険は,扶養家族が何人いても保険料が同じですが,国民健康保険は家族が増えれば保険料も増えます。健康保険は,仕事以外の原因で病気やケガをして休むと「傷病手当」がもらえますが,国民健康保険ではもらえません。
 厚生年金は,国民年金にプラスして支給されるものですから,年金の額は高くなります。また,働いている人が亡くなったあと,遺族に支給される年金も,厚生年金のほうがサポートがしっかりしています。
 正社員は,この社会保険に加入するのが原則ですが,ごく例外的に加入させなくてもよい場合があります。アルバイトやパートは,フルタイムで働かないので,この社会保険に入っていないことが多いですが,労働時間が正社員のおおむね4分の3以上であれば,社会保険に加入できます(職場は加入させなければいけません)。
 契約社員やハケン社員は,2ヶ月以上継続して働いているなら,労働時間が短いのでない限り,社会保険に加入できる(職場が加入させなければいけない)ことがほとんどでしょう。
 厚生労働省「人を雇うときのルール」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/koyou_rule.html
 日本年金機構「厚生年金保険<健康保険(協会けんぽ)>について/適用事業所と被保険者」
http://www.nenkin.go.jp/service/kounen/jigyosho-hiho/jigyosho/20150518.html
【★16】 総務省「労働力調査(詳細集計)」(平成27年平均) 表4 現職の雇用形態についた主な理由別非正規の職員・従業員の内訳(2015年)
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/ndtindex.pdf
【★17】 アルバイトやパートでも,「通常労働者と同視」される人は,賃金や教育訓練,福利厚生などについて,正社員との間の処遇差別が禁止されます。「通常労働者と同視」されないアルバイトやパートについては,正社員とバランスのとれた処遇をするよう,使用者が努力・配慮しないといけないのですが,強いしばりではないという限界があります。
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条 「事業主は,職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの…については,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」
 同法10条 「事業主は,通常の労働者との均衡を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者…の職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し,その賃金…を決定するように努めるものとする」
 同法11条2項 「事業主は,…通常の労働者との均衡(きんこう)を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者の職務の内容,職務の成果,意欲,能力及び経験等に応じ,当該短時間労働者に対して教育訓練を実施するように努めるものとする」
 同法12条 「事業主は,通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって,健康の保持又は業務の円滑(えんかつ)な遂行(すいこう)に資(し)するものとして厚生労働省令で定めるものについては,その雇用する短時間労働者に対しても,利用の機会を与えるように配慮しなければならない」
【★18】 契約社員でも,更新がくり返されていたら,突然更新をしないでクビにすることはできなくなりますし(雇止め(やといどめ)制限法理),5年以上更新が続いたら,その後はずっと働き続けられる(正社員のように,期限の定めのない雇用契約になる)ことになります(無期転換申込権)。しかし,この規制にかからないように,会社は,更新を繰り返さないようにしたり,5年以上更新しないようにしたりして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶(きょぜつ)することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」
 同法18条1項 「同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約…の契約期間を通算した期間…が5年を超える労働者が,当該使用者に対し,現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に,当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは,使用者は当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。この場合において,当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は,現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件…とする」
【★19】 ハケン社員が,3年以上その職場で働き続けていたら,その職場の正社員になれます。しかし,この規制にかからないように,会社は3年以上ハケンを受け入れないようにして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の6 「労働者派遣の役務の提供を受ける者…が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には,その時点において,当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し,その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。…
 四 第40条の3の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること (以下略)」
 同法40条の3 「派遣先は,…当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所における組織単位ごとの業務について,派遣元事業主から3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣…の役務の提供を受けてはならない」

2016年3月 1日 (火)

裸の画像を元彼にネットに流された

 

 元彼と付き合ってたとき,「裸(はだか)の画像がほしい」と言われてスマホで自分で撮って送ったり,エッチのときに元彼が私の写真を撮ったりしてました。最近別れたんですが,元彼が私の画像をLINEに流して嫌がらせをしてきます。やめてと言うと,今度はツイッターに流されました。これ以上やめるように言っても,余計に画像を流されそうだし,大人に相談してもどうにもならなさそうで,このままがまんするしかないのかなと思ってます。

 

 別れた腹いせに,付き合っていたときの性的な写真をばらまくことなどを,

 「リベンジポルノ」と言います
【★1】



 2013年(平成25年),ある女子高校生が,別れようとした男性に「リベンジポルノ」を流され,殺される,という事件が起きました
【★2】

 その事件がきっかけになって,

 翌年の
2014年(平成26年),新しく法律が作られました【★3】



 他の人に見せるつもりのなかった性的な写真を
【★4】

 勝手に知り合いに見せたり,ネットに流したりすることが
【★5】

 犯罪として,取り締まられやすくなったのです
【★6】


 ネットに流された性的な画像を,通信業者(プロバイダ)に消してもらうための手続きは,前からありましたが【★7】

 新しい法律では,性的な画像を消すためのその手続も,早く,スピーディーになりました
【★8】

 場合によっては,その手続を,警察が手伝ってくれます
【★9】


 ツイッターも,

 画像を消してほしいというあなたの声に,

 対応してくれるようになっています
【★10】


 そして,YAHOOなどいくつかの会社で作った「SIA」というところが運営している「セーフライン」も,

 あなたに代わって,すぐに画像を消すために,動いてくれます
【★11】

 
http://www.safe-line.jp/


 エスカレートしかねない相手だからこそ,

 警察の強い力を借りて,相手をおさえることが大切です。

 また,あなたが相手の処罰まで望んでいなくても,

 画像を消す手続きをとって,

 あなた自身を守る必要があります。



 こういった問題に,社会はまだ取り組みを始めたばかりですが,

 ぜひ,がまんせずに,大人に相談してください。

 親や警察などに自分から相談するのが難しければ
【★12】

 私たち弁護士が,力になります。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。




 「なんで画像を相手に送ったの」

 「どうして撮らせたの」

 大人に相談したら,そう言われるかもしれない。

 そう思うと,なかなか,大人に相談する気持ちには,なれませんよね。

 「画像を送ったほうが悪い」,「撮らせたほうが悪い」と,

 まるで自分が責められているように感じると思います。



 でも,悪いのは,あなたではありません。

 
悪いのは,LINEやツイッターに画像を流した,元彼のほうです【★13】



 今の大人たちは,子どものころに,スマホもネットもありませんでした。

 だから,大人たちは,自分が10代のときに,パートナーに裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていません。



 でも,そんな大人たちだって,例えば,

 誰にも話せない自分の「秘密の話」をパートナーだけには話す,ということは,

 あたりまえにあることです。

 そして,もし別れたあと,相手が腹いせにその「秘密の話」を他の人にしゃべったり,ネットに書いたりしたら,

 悪いのは明らかに,信頼を裏切った相手のほうでしょう。



 信頼しているパートナーだからこそ,

 他の人には知られたくないことを,二人のあいだだけでシェア(共有)する。

 そして,別れた後も,相手の秘密は守る。

 そういうことは,誰にだって,ふつうにあることです。

 なにも,若い人たちの性的な画像にかぎった話ではないのです。



 今の10代のみなさんには,最初からスマホとネットがありました。

 大人たちが,そのスマホとネットの世界に,子どもたちを無防備に巻き込んでおきながら,

 トラブルが起きたとたん,「送ったあなたが悪い」「撮らせたあなたが悪い」と,その大人たちが言うのは,

 フェアではない,ひきょうなことだと,私は思います。




 「性」は,セックスのことだけではありません。

 自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 それが,本当の意味の「性」です。



 あなたが,自分の体と心を,もっともっと大切にできていたなら,

 元彼に裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていなかったかもしれませんね。

 大人たちに必要なのは,

 今,あなたが,自分の体と心を大切にできているかを,

 あなたといっしょに考えることです。



 元彼が,あなたの体と心を,もっともっと大切にできる人だったなら,

 あなたに裸の画像を求めたり,セックスの写真を撮ったりしてはいけない,と自分で考えたかもしれません。

 大人たちに必要なのは,

 相手の体と心を大切にするつきあい方が,どういうものなのかを,

 元彼のような人たちに,しっかりと伝えていくことです。



 そして,そういった,「二人がどんなつきあい方をしていたか,するべきだったか」という話とはちがって,

 元彼が,あなたの信頼を裏切って勝手に画像をネットに流した,ということは,

 たとえどんな理由があっても,

 明らかにまちがっていること,いちばん許されないことなのです。




 新しく法律ができたのは,

 信頼を裏切って性的な画像を流す,ということを取り締まり,

 被害を受けたあなたのような立場の人を守るためです
【★14】

 あなたが悪いのではありません。



 あなたが,がまんすることはありません。

 ぜひ,すぐに相談してください。

 

 

【★1】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,「リベンジポルノは,その言葉上,『復讐(ふくしゅう)のために,性的な興奮(こうふん)を引き起こす(相手の)表現物を利用する』行為(こうい)と解釈(かいしゃく)できよう。日本でリベンジポルノという言葉が使われる場合,『恋人や配偶者(はいぐうしゃ)と別れた腹いせに,交際中に撮影した相手の性的な画像や動画をインターネット上に公開し,拡散(かくさん)する』との意味合いであることが多い」,としながらも,「取材を進めるうちに,一口にリベンジポルノといっても,様々な形態が存在する事実が明らかになった」として,リベンジポルノを,「恋愛(プライベートな関係)に起因(きいん)するもの」と「性産業(ビジネスでの関係)に起因するもの」の2つに分けて論じています(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」3頁)。私のブログ記事本文では「恋愛に起因するもの」についてだけ書いていますが,渡辺さんの指摘するように,性産業に起因するリベンジポルノの問題も,とても重要です。
【★2】 2013年(平成25年)10月8日,東京都三鷹市で高校3年生の女子生徒が元交際相手の21歳男性に殺された事件。
 平成26年8月1日,東京地方裁判所立川支部は,犯人に懲役(ちょうえき)22年の判決を言い渡しました。この判決では,刑を重くした理由として,リベンジポルノについて次のように行っています。
 「被告人(ひこくにん)は,本件犯行後,インターネット上の掲示板に画像の投稿先URLを書き込んで,広く閲覧,ダウンロードできる状態にしており,その後被害者の裸の画像等は広く拡散(かくさん)し,インターネット上から完全に削除(さくじょ)することが極(きわ)めて困難な状況になっている。被告人が,被害者の生命を奪うのみでは飽(あ)き足(た)らず,社会的存在としても手ひどく傷つけたことは極めて卑劣(ひれつ)というほかなく,この点は,殺害行為に密接に関連し,被告人に対する非難を高める事情として考慮する必要がある」
 しかし,平成27年2月6日,東京高等裁判所は,裁判のやり直しを命じました(破棄差戻し)。リベンジポルノは裁判のテーマになっていなかったのにもかかわらず,リベンジポルノも含めて重く処罰したのが,裁判のやりかたとしておかしい,というのが理由でした。
 今行われているやり直しの裁判では,リベンジポルノについも改めて裁判のテーマに加えられています(児童ポルノ法違反で追起訴)。
【★3】 私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(以下「リベンジポルノ法」と言います)
 2014年(平成26年)11月27日成立・施行(罰則は12月17日,プロバイダ責任制限法の特例規定は同月27日施行)
【★4】 リベンジポルノ法2条1項 「この法律において『私事性的画像記録』とは,次の各号のいずれかに掲(かか)げる人の姿態(したい)が撮影された画像…その他の記録をいう。
 一 性交又(また)は性交類似(るいじ)行為に係る人の姿態
 二 他人が人の性器等(性器,肛門又は乳首をいう。…)を触る行為又は人が他人の性器等を触る行為に係る人の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
 三 衣服の全部又は一部を着けない人の姿態であって,殊更(ことさら)に人の性的な部位(性器等若(も)しくはその周辺部,臀部(でんぶ)又は胸部(きょうぶ)をいう。)が露出(ろしゅつ)され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」
 もともと他の人に見られることが分かっていて撮られることをOKしたものは対象外です(同項柱書)。
【★5】 LINEやツイッター,フェイスブックなどに投稿して大勢の人に見られるようにしたら「公表罪」という犯罪になります。自分で投稿しなくても,他の人に投稿させるつもりでその人に画像を送ったら,「公表目的提供罪」という犯罪になります。
 ブログ記事本文では,別れた腹いせで画像を流したケースについて書いていますが,この新しい法律では,腹いせで相手を困らせるためのものでなくても,他の人に見せるつもりのなかった性的な画像を流せば,やはり犯罪になります。
 リベンジポルノ法3条1項 「第三者が撮影対象者を特定することができる方法で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を不特定又は多数の者に提供した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
 同条2項 「前項の方法で,私事性的画像記録物を不特定若しくは多数の者に提供し,又は公然と陳列した者も,同項と同様とする」
 同条3項 「前2項の行為をさせる目的で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を提供し,又は私事性的画像記録物を提供した者は,1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
【★6】 「既存(きぞん)の法律でリベンジポルノに対処することは可能であるが,対処しきれない場合-いわゆる『法の隙間(すきま)』-が存在する。リベンジポルノ事案でインターネット上に公開された性的な画像等がわいせつなものであれば,わいせつ物頒布(はんぷ)罪(刑法175条)を適用して取り締まることができる。しかし,必ずしも全ての画像がわいせつなものではなく,同罪が適用できるとは限らない。また,児童ポルノ禁止法は,わいせつ物頒布罪よりも処罰対象が広いものの,被害者は18歳未満の者に限られる。また,被害者を特定できる情報が添えられていない,画像のみがインターネット上に公開された場合,名誉毀損(めいよきそん)罪(刑法230条)が適用可能なのか明確ではない」(日本比較法研究所嘱託研究所員・井部ちふみ「オンライン青少年保護を巡る問題-我が国におけるリベンジポルノ対策の現状と課題」203頁)
【★7】 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」と言います)
 この法律では,インターネットの通信業者(プロバイダ)が,投稿をした人に「他の人の権利を傷つけているので投稿を消してよいか」と聞いてから7日経っても,投稿した人から特に反対意見がなければ,消してしまって構わない,としています(プロバイダ責任制限法3条2項)。
 リベンジポルノは,インターネットで広がるスピードが速いので,この「7日間」を「2日間」と早めました。
【★8】 リベンジポルノ法4条 「〔プロバイダ責任制限法〕第3条第2項及び第3条の2第一号の場合のほか,特定電気通信役務提供者…は,特定電気通信…による情報の送信を防止する措置(そち)を講(こう)じた場合において,当該(とうがい)措置により送信を防止された情報の発信者…に生じた損害については,当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって,次の各号のいずれにも該当するときは,賠償の責(せ)めに任じない。 (略) 三 当該発信者が当該照会を受けた日から2日を経過しても当該発信者から当該私事性的画像侵害情報送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき」
【★9】 平成26年11月27日警察庁生活安全局長・警察庁刑事局長「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律の施行について(通達)」
 「第3 運用上の留意事項」「2 公表された私事性的画像記録の削除」「私事性的画像記録がインターネットを通じて公表された場合の被害者の要望は,まずもって当該画像の削除である場合が多いと考えられることから,警察としても,被害の継続・拡大を防止するため,私事性的画像記録に係る相談を受理した場合には,捜査上の支障等がない限り,速やかに,当該画像の削除申出方法等を教示し,警察が直接削除依頼を行うことが適当と認められる場合には,サイト管理者等に対する迅速な削除依頼を実施するなど,当該画像の流通・閲覧防止のための措置を執ること。また,同種行為の再発を防止する観点から,証拠物件の還付等の際には加害者の手元に当該私事性的画像記録等が残らないようにすること」
【★10】 ツイッター社「Twitterへの個人情報の投稿」(https://support.twitter.com/articles/20170308#)
「 他者の個人情報や機密情報を投稿することはTwitterルールで禁止されています。個人情報や機密情報の例を以下に示します。 (略) 撮影されている人物の同意なく撮影または配布された,私的な画像や動画」
【★11】 「SIA」は,一般社団法人セーファーインターネット協会のことです(正会員:ヤフー株式会社,アルプスシステムインテグレーション株式会社,ピットクルー株式会社,賛助会員:株式会社ミクシィ,グリー株式会社,株式会社サイバーエージェント,さくらインターネット株式会社,GMOグローバルサイン株式会社,アマゾンジャパン株式会社)。
 なお,検索サイトのヤフーは,リベンジポルノが検索結果に表示されないようにする取り組みもしています。
 2015年3月30日ヤフー株式会社「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」(http://i.yimg.jp/i/docs/publicpolicy/blog/20150330/Policy.pdf
「 被害申告者から上記判決(又は決定)の提出がない場合でも,リンク先ページの記載から権利侵害の明白性並びに当該侵害の重大性又は非表示措置の緊急性があるとヤフーにおいて認められる場合は,例外的に非表示措置を講じます(検索キーワードの限定は行いません)。権利侵害の明白性,重大性,緊急性の有無についても個別の事案ごとに判断をすることになりますが,以下に挙げるような場合は,権利侵害の重大性,緊急性が認められる可能性が高いと考えます。 (略) 第三者の閲覧(えつらん)を前提としていない私的な性的動画像が掲載されている場合」
【★12】 リベンジポルノ法の公表罪・公表目的提供罪〔★5〕は,「親告罪(しんこくざい)」と言って,被害を受けた人やその家族が「犯人を処罰してほしい」と警察などに「告訴(こくそ)」(刑事訴訟法230条)をしないと,処罰することができません。
 リベンジポルノ法3条4項 「前3項の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない」
 この告訴は,中学2年生くらいの子どもでも,自分でできます(最一小決昭和32年9月26日刑集11巻9号2376頁)。
【★13】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,次のとおり,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるのではなく,拡散する側の問題である,という,とても重要な指摘をしています。
 「『撮らせた』という言葉は,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるものだ。私たち大人は,つい被害者を責めたくなる。あなたがあんな画像を撮らせさせしなければ,と。だが,リベンジポルノの問題の本質はそこではない。恋愛に起因する場合でも,性産業に起因する場合でも,自(みずか)らの意思に反して拡散されるために,進んで撮影に応じる被害者などいない。リベンジポルノとは,被害者の信頼を裏切った,『拡散する側』の問題なのだ。私たちは,『撮らせるな』という被害者に対するメッセージではなく,『拡散するな』という加害者に対するメッセージを広げていかなければならない。リベンジポルノが生まれる背景について,1人1人の大人が理解を深め,被害者の心情に思いを馳(は)せてみよう。そうすることが,被害にあった若者が安心して声を上げられる社会へとつながっていくのだ」(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」202頁)
【★14】 リベンジポルノ法1条 「この法律は,私事性的画像記録の提供等により私生活の平穏(へいおん)を侵害(しんがい)する行為(こうい)を処罰するとともに,私的私的画像記録に係(かか)る情報の流通によって名誉または私生活の平穏の侵害があった場合における…特例及び当該提供等による被害者に対する支援体制の整備等について定めることにより,個人の名誉及び私生活の平穏の侵害による被害の発生又はその拡大を防止することを目的とする」

2016年2月 1日 (月)

休日のデモ参加に学校への届出が必要?

 

 私立高に通っています。社会のこと,政治のことに関心をもっていて,休日に高校生デモに参加しています。ところが,学校から,「今後は,校外のデモに参加するときは事前に学校に届出をするように,校則を変える」と話がありました。届出をしないでデモに参加すると,どうなりますか。

 

 「校則に違反した」という理由で,指導や注意がされたり,懲戒処分がされたりするかもしれません。

 でも,「校外のデモに行くのに届出が必要」という校則自体が,おかしなことです。

 校則を変えないよう,先生や生徒みんなで話し合い,決めることが必要です。




 社会や政治のことにまったく関心を持たない大人たちが多い中で,

 高校生のときからきちんと関心を持ち,しっかりと声を上げているのは,とても素晴らしいことだと思います。




 1969年(昭和44年),国の役所は,高校生が政治的な活動をすることを,厳しく制限しました
【★1】

 そのころ,各地の高校生たちが,さまざまな学校問題や社会問題について,運動をしていました
【★2】

 しかし,このころの高校生の中には,

 授業や文化祭,卒業式を妨害したり,

 学校にヘルメット・こん棒姿で集まったり,

 校長室などをロッカーや机でバリケード封鎖したり,

 先生たちを閉じ込め,暴力をふるったり,

 火炎瓶(かえんびん)を投げるなど,

 とても暴力的なやり方をする生徒たちもいて,社会的に大きな問題になっていました
【★3】

 そして,その暴力的なやり方は,学校の外の人たちからの影響を,強く受けていました。

 文部省(今の文部科学省)が,学校内だけでなく,学校外の政治活動まで厳しく制限したのには,そういった背景がありました。



 しかし,それならば,違法なものや暴力的なものだけを禁止すればよかったはずです。


 子どもであっても,

 自分の意見を言う自由,社会に伝える自由や,

 いろんな人たちと集まって,いっしょに活動する自由があります
【★4】

 そういう自由は,本人にとってだけでなく,社会全体にとっても,だいじなものです。

 そして,教育基本法や学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」と,はっきり書いてあります
【★5】


 それなのに,文部省は,政治にかかわることのほとんどを,広く制限してきました。

 それが,昨年の2015年(平成27年)まで46年もの長い間,ずっと続いてきたのです。




 教育基本法には,「学校は政治的な活動をしてはいけない」と書かれています
【★6】

 文部省は,それを理由に,「だから高校生の政治的な活動を制限してあたりまえ」としてきました
【★7】

 しかし,教育基本法が言っているのは,例えば,学校や先生が自分の政治的主張を生徒たちに押し付けたりしてはいけない,ということです。

 一人ひとりの生徒が自分の意見をもって動くことまで,禁止していません
【★8】


 文部省は,「政治的な活動で勉強がおろそかになる。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★9】

 しかし,「勉強がおろそかになるから」と,恋愛や習い事やゲームをわざわざ役所は制限しませんし,しないのが当然です。

 なのに,政治的な活動だけ制限をするのは,おかしなことです。

 それに,勉強と政治的な活動をきちんと両立させている人も,今はたくさんいます。



 文部省は,「判断力や経験がじゅうぶんではないから,特定の政治的な意見に影響されてしまう。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★10】

 でも,判断力や経験がじゅうぶんでないからこそ,きちんとした政治的な活動とはどういうものなのかを,子どものうちから学べることが必要です。

 政治というのは,自分とちがう意見の人たちともしっかり議論をして,ものごとをみんなでよりよい内容で決めていくものです。

 それなのに,自分の意見を言うこともできず,他の人の話を聞くこともできず,

 議論をして決めていくやり方を,子どもの時にきちんと身につけられなければ,

 むしろ,「特定の政治的意見」にこだわる,困った大人ができあがってしまいます。



 違法なものや暴力的なものを禁止したり,

 安心・安全な学校生活のために一定のルールを作ったりすることは,

 たしかに必要です。

 でも,高校生の政治的な活動のほとんどを,広く制限してしまうことは,

 どう考えても,行き過ぎで,おかしなことだったのです。



 それでも,「未成年のうちは選挙権がない」ということが一番の理由となって,

 子どもたちの政治的な活動は,ずっと制限されてきました
【★11】

 文部省は,「社会は,未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請している」,とまで言っていたのです。

 裁判所も,「子どもの政治的な運動を学校が制限するのはおかしい」と言った判決は,ほんの少しあるだけで
【★12】

 その他の多くの事件では,裁判所は,文部省とほとんど変わらない判断をしてきました
【★13】



 最近,法律が変わり,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられました
【★14】

 「選挙権がある」ということは,「選挙運動もできるようになる」ということです
【★15】

 「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と活動することができるようになります。

 (選挙権のない子どもも選挙運動が認められるべきなのですが,法律では禁止されています。くわしくは「子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない」の記事を読んでください。)

 誰が当選するかが激しく争われる「選挙運動」でさえ,できるようになるのですから,

 もっと幅広く社会のことについて主張したり行動したりする「政治的活動」も,当然,認められなくてはなりません
【★16】


 だから,選挙権の年齢が引き下げられたのに合わせて,

 文部科学省は,2015年(平成27年)に,政治的な活動について,いままでの制限をゆるめました
【★17】

 放課後や休日の政治的な活動は,

 これまでは,「望ましくないとして生徒を指導する」と,基本的にダメだったのが
【★18】

 これからは,「家庭の理解の下(もと),生徒が判断し行うもの」で,基本的にOKというふうに,文部科学省の考え方が変わったのです
【★19】



 ところが,今年に入って,文部科学省は,

 「生徒が放課後や休日にデモや集会に参加する場合に,学校に事前に届出をさせることにしてもよい」,

 と言い出しました
【★20】


 「届出制」は,「許可制」とは違います。

 届出制は,「事前に学校に言っておく」ということです。

 許可制のように,学校がそのデモや集会の参加を許可する・許可しないの判断をすることまではできません。

 「だったらかまわないんじゃないか」,そう考える人も,ひょっとしたらいるかもしれません。

 しかし,それはものごとの考え方が逆さまです。

 「届け出れば,デモや集会に参加できるからいい」,のではなく,

 「届け出なければ,デモや集会に参加できない(してはいけない)」ということが問題なのです。

 本来自由にできるはずのものに制限がある,ということには変わりありません。

 それも,46年間ダメだとしてきたものをOKする方向に変えたばかりなのに,このような縛(しば)りを作るのは,おかしなことです。



 もし,届出をしないでデモに参加したら,

 校則に違反したという理由で,注意や指導がされたり,退学させられたりするかもしれません。

 そのとき,弁護士に相談して,裁判をして争うということもありえます。

 でも,あなたの学校は,私立の高校なのですよね。

 最高裁は,ある私立の大学のケースで,

 「私立の学校では,学校の外での政治的な活動にかなり広い制限をしても,不合理でない」,と言っています
【★21】

 その最高裁の判断はおかしい,変えなければいけない,と私は思いますし,

 学校の処分が正しいかどうかは,個別のケースごとにいろんな事情をもとにして判断されますから,

 生徒側が裁判で勝つことが絶対にありえないわけではありません。

 でも,この最高裁のハードルを裁判で乗り越えるのはそんなに簡単ではない,ということは,知っておいてください。




 私は,校則を変えてデモ参加を届出制にすることについて,

 裁判で争うよりも,

 先生たちや,生徒みんなで議論していくことのほうが,何倍もだいじだと思います。



 政治的な活動をする自由を,憲法はとても大切にしています。

 本来,よっぽどのことがないかぎり,それを奪ったり,制限したりすることはできないものです。


 だから,本当に子どもを守るためという理由で,その大切な自由を制限しようとするなら,

 なぜ制限が必要だと学校が考えるのか,

 それがよっぽどのことなのか,

 その制限のやり方で意味があるのか,

 それを,学校の生徒・保護者・先生で,

 みんなできちんと議論し合い,

 みんなが納得する形で,

 みんなで決めていかなければなりません
【★22】


 そうやってみんなで議論をして決めていくこと自体が,だいじな「政治」の一歩であり,

 役所や学校が一方的に決めること自体が,子どもたちから「政治」を奪うものです。


 この届出制のことを通して,みなさんが「政治とは何か」をより一層学ぶことができるはずだと,

 私は強く思っています。

 

 

【★1】 昭和44年10月31日文部省初等中等教育局長通達(文初高第483号)「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(以下「69通達」と言います)
【★2】 小林哲夫「高校紛争1969-1970」では,この頃の高校生達の要求項目を,次のように整理しています(86頁)。
(1)生徒指導,校則 ①生徒心得改訂,撤廃,②頭髪自由化,③制服制帽自由化,④登校するまでと下校後の外出禁止反対,⑤集会,結社の自由,⑥表現の自由,刊行物の検閲廃止,⑦男女交際の自由,⑧下校時の喫茶店,食堂などへの出入り自由
(2)教育制度 ①エリート教育反対,②定期試験廃止,③受験教育につながる学力試験,模擬試験廃止,④通知表廃止,通知表の成績評価廃止,⑤能力別コース廃止,⑥コース別編成反対,⑦理数系コース反対,⑧教科書粉砕,⑨授業批判の自由を認めよ,⑩女子クラス,男子クラス廃止,⑪自主講座の設定,⑫生徒会解体,⑬産業のための教育反対,⑭強制礼拝反対
(3)学校運営,政策 ①学校運営への参加,②職員会議の公開,生徒出席,③生徒指導部解体,④クラブ顧問制の廃止,⑤運動会や文化祭を自主管理,⑥PTA解体,⑦機動隊導入を自己批判せよ,⑧○○高校の処分に抗議するように要請,⑨封鎖やストの実行者や逮捕者への処分撤回,⑩校長退任,⑪学校の統廃合反対,⑫校歌廃止,⑬学校の経理公開,⑭不正経理責任追及,⑮学費値上げ反対,⑯各種式典反対,⑰修学旅行反対
(4)政治課題 ①ベトナム戦争反対,②沖縄奪還,③安保反対,④米軍基地撤去,⑤自衛隊反対,⑥三里塚(成田)空港建設反対,⑦紀元節復活反対,⑧産学協同路線反対,⑨文部省手引書,教育委員会通達による「高校生の政治活動禁止」粉砕,⑩○○闘争○周年(東大紛争,10・8羽田闘争など)
【★3】 当時の高校紛争がどのような状況だったかが一番詳しくわかるのが,小林哲夫「高校紛争1969-1970」(中公新書)です。また,高校紛争当時に出されたジュリスト442号(1970年1月15日発行)23頁「座談会 高校紛争 -高校教育に問われているもの-」も,公立高校教諭5人との座談会の形で,この頃の高校紛争がどのようなものだったか,教師としてどのような苦悩を持っていたかがわかります。さらに,久保友仁+小川杏奈・清水花梨(制服向上委員会)「問う!高校生の政治活動禁止」(社会批評社)も,高校紛争をわかりやすく説明しています。
【★4】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★5】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★6】 教育基本法14条2項 「法律に定める学校は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」
【★7】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行うことを黙認することは,学校の政治的中立性について規定する教育基本法第8条第2項〔注:現在の14条2項。★6〕の趣旨に反することとなるから,これを禁止しなければならないことはいうまでもない・・・(略)」
【★8】 教育基本法14条2項〔★6〕の条文の主語は「学校」ですが,ここに生徒が含まれると読むのは,条文上も理論上も無理です。6条2項で「学校」と「教育を受ける者」とを区別していることや,14条2項そのものが「政治教育をしてはならない」という言葉を具体例として使っていることからしても,ここの「学校」に生徒を含むという解釈は文言上できません。そして,理論上もおかしいことは,記事本文全体で書いたとおりです。
【★9】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「特に教育的な観点からみて生徒の政治的活動が望ましくない理由としては次のようなことが考えられる。 (略) (6)生徒が政治的活動を行うことにより,学校や家庭での学習がおろそかになるとともに,それに没頭して勉学への意欲を失ってしまうおそれがあること」
【★10】 同 「(2)心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行うことは,じゅうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり,将来幅広い視野に立って判断することが困難となるおそれがある。したがって教育的立場からは,生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること」
【★11】 同 「(1)生徒は未成年者であり,民事上,刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように,国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請しているともいえること」
【★12】 大阪地裁昭和49年4月16日判決(月刊生徒指導1974年7月号94頁,別冊ジュリスト64号「教育判例百選(第二版)」40頁) 「高校生といえども一個の社会人として,国の政治に関心を持ち,自ら選ぶところに従って相応の政治活動をおこなうことはもとより正当なことであって,…指導にあたっては,政治活動の如(ごと)く,生徒の基本的人格にかかわる問題については特に,いやしくも指導の名のもとに自己の政治的信条を押しつけたり,生徒の政治的自由を不当に抑圧(よくあつ)するようなことがあってはならないのはもとより,生徒にそのように受け取られないよう慎重な配慮がなければならず…政治集会やデモに参加することを一律(いちりつ)に禁止し,生徒の参加が予測される集会やデモには,その都度生活指導部の教師らが出向いて様子を見るという措置に出たのは…教育的見地から見て妥当(だとう)なものであったかどうかははなはだ疑問である」
【★13】 東京地裁昭和47年3月30日判決(判例時報682号39頁) 「未成年者とくに高校程度の教育過程にあるものについてその教育目的を達するのに必要な範囲で表現の自由が制限されることがあってもかならずしも違法ではないと解されるから,〔高校〕がビラの配布や集会を行なうには校長または生徒会主任の許可を得なければならないとしていることをもってただちに表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に違反する無効なものということはできない。また,〔高校〕が政治的な集会やデモに参加することを禁止したのは,心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想にのみ深入りすることの弊害(へいがい)を防止し基礎的な教養の習得をはかるとともに,ややもするとこれらの集会,デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を守るためであったことは前認定のとおりであって,未成熟者に対する教育上の配慮にもとづく相当な措置であると解されるから,これまた表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に反する違法なものとはいえない。したがって,許可をうけずにビラの配布や集会を行なったことおよび禁止に反して政治的な集会,デモに参加したことを理由に懲戒処分を加えたからといって憲法に違反する無効なものということはできない。また,本件処分が思想,信条にもとづく差別扱いであることを疎明(そめい)する資料はないから,法のもとの平等を定めた憲法の規定に違反するということもできない」
 東京高裁昭和52年3月8日判決(判例時報856号26頁) 「高等学校の生徒はその大部分が未成年者であり,国政上においても選挙権などの参政権が与えられていないが,その年令などからみて,独立の社会構成員として遇することができる一面があり,その市民的自由を全く否定することはできず,政治活動の自由も基本的にはこれを承認すべきものである。しかし,現に高等学校で教育を受け,政治の分野についても,学校の指導によって政治的識見の基本を養う過程にある生徒が政治活動を行うことは,国家,社会として必ずしも期待しているところではない。のみならず,生徒の政治活動を学校の内外を問わず,全く自由なものとして是認するときは,生徒が学習に専念することを妨(さまた)げ,また,学校内の教育環境を乱し,他の生徒に対する教育の実施を損うなど高等学校存立の基盤を侵害する結果を招来(しょうらい)するおそれがあるから,学校側が生徒に対しその政治活動を望ましくないものとして規制することは十分に合理性を有するところである。また,本件当時全国的な規模で展開されたいわゆる学校封鎖は,個々の場合においてそれぞれ異なる様相を呈(てい)したとはいえ,ほとんど常に暴力的破壊的性質を帯び,その結果は,単に学内に止まらず,多かれ少かれ社会一般の秩序を乱すものであったことは公知の事実である。それだけに,学校側が生徒に対しこのような行動に加担しないように教導し,生徒がこれに参加した場合に,その行為の性質その他の事情に鑑(かんが)み,適切な懲戒処分をもって臨むほか,処分後の指導においても,生徒に対し自己の行為の非を反省し,今後同じような暴力的破壊的行動に出ることを厳に慎(つつし)むよう指導することは当然のことであり,もとより生徒の政治的自由に対する侵害などと評価すべき限りではない」
 その他,福島地裁昭和47年5月12日判決(判例時報677号44頁),福岡地裁50年1月24日判決(判例時報775号129頁),仙台高裁昭和54年5月29日判決など。
 生徒が政治活動に参加したことを内申書に書かれ,高校が不合格となった麹町中学校内申書事件では,一審の東京地裁昭和54年3月28日判決(判例時報921号18頁)で生徒側が勝訴しましたが,二審の東京高裁昭和57年5月19日判決(判例時報1041号25頁)とその後の最高裁判所第二小法廷昭和63年7月15日判決(判例時報1287号65頁)では敗訴しています。
【★14】 これまで選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★15】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★16】 何が「政治的活動」なのかは,〔★17〕の通知に定義がありますが,とてもわかにくく,そしてあいまいだという問題があります。
 「『政治的活動』とは,特定の政治上の主義若(も)しくは施策又(また)は特定の政党や政治的団体等を支持し,又はこれに反対することを目的として行われる行為であって,その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉になるような行為をすることをいい,選挙運動を除く」
【★17】 平成27年10月29日文部科学省初等中等教育局長「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(27文科初第933号)http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1363082.htm
【★18】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「2 生徒の政治的活動を規制することについて」 「(3)放課後,休日等に学校外で行われる生徒の政治的活動は,一般人にとっては自由である政治的活動であっても,前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあって,学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかっている段階であることなどにかんがみ,学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの,暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが,そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限,禁止することが必要である」
【★19】 平成27年通知〔★17〕 「第3 高等学校等の生徒の政治的活動等」「3.放課後や休日等に学校の構外で行われる生徒の選挙運動や政治的活動については,以下の点に留意すること。 (略) (3)放課後や休日等に学校の構外で行われる選挙運動や政治的活動は,家庭の理解の下,生徒が判断し,行うものであること。その際,生徒の政治的教養が適切に育まれるよう,学校・家庭・地域が十分連携することが望ましいこと」
【★20】 朝日新聞2016年1月30日「高校生の校外デモや集会参加 学校への届出制容認 文科省」
【★21】 最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決(民集28巻5号790頁,昭和女子大事件) 「大学は,国公立であると私立であるとを問わず,学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり,法律に格別の規定がない場合でも,その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し,これによつて在学する学生を規律する包括的権能(ほうかつてきけんのう)を有するものと解すべきである。特に私立学校においては,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針とによつて社会的存在意義が認められ,学生もそのような伝統ないし校風と教育方針のもとで教育を受けることを希望して当該大学に入学するものと考えられるのであるから,右の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し,これを実践することが当然認められるべきであり,学生としてもまた,当該大学において教育を受けるかぎり,かかる規律に服することを義務づけられるものといわなければならない。もとより,学校当局の有する右の包括的権能は無制限なものではありえず,在学関係設定の目的と関連し,かつ,その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認(ぜにん)されるものであるが,具体的に学生のいかなる行動についていかなる程度,方法の規制を加えることが適切であるとするかは,それが教育上の措置に関するものであるだけに,必ずしも画一的に決することはできず,各学校の伝統ないし校風や教育方針によつてもおのずから異なることを認めざるをえないのである。これを学生の政治的活動に関していえば,大学の学生は,その年令等からみて,一個の社会人として行動しうる面を有する者であり,政治的活動の自由はこのような社会人としての学生についても重要視されるべき法益であることは,いうまでもない。しかし,他方,学生の政治的活動を学の内外を問わず全く自由に放任するときは,あるいは学生が学業を疎(おそろ)かにし,あるいは学内における教育及び研究の環境を乱し,本人及び他の学生に対する教育目的の達成や研究の遂行をそこなう等大学の設置目的の実現を妨(さまた)げるおそれがあるのであるから,大学当局がこれらの政治的活動に対してなんらかの規制を加えること自体は十分にその合理性を首肯(しゅこう)しうるところであるとともに,私立大学のなかでも,学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が,その教育方針に照らし学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から,学内及び学外における学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても,これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない」
【★22】 「在学契約説:学校が国公立であると私立であるとを問わず,在学関係は,学校設置者と生徒ないしその保護者とのあいだで,生徒が学校において教育を受けることを契約することによって成立する契約関係ととらえるもの。教育法学会の多数説である。(略)在学契約説では,学校・教師と生徒との関係は,憲法で保障されている子どもの成長発達と学習権を保障すべき法律関係であって,生徒や親は学校・教師に従属するものではなく対等な権利義務関係に立つことになり,校則は,学校・教師と生徒・親との契約内容を示すものとなる。したがって,校則の内容について両契約当事者の合意が不可欠であるということになり,校則を制定・改変するにあたり,生徒・親の参加は当然のことである。この考え方は,現行憲法原理及び前記最高裁判決〔注:昭和52年3月15日第三小法廷判決〕,子どもの権利条約28条(教育への権利),1990年11月国連総会で採択されたリヤド・ガイドラインのⅣのB教育(20条以下31条-特に21条cでは「単なる対象物としてではなく,積極的かつ有効な参加者として青少年を教育過程に参加させること」とうたっている)について定めた規定,国際人権規約A規約13条(教育についての権利),児童権利宣言7条(教育についての権利)等の諸規定とも,趣旨において最もよく適合するものであり,適切な考え方である」(日本弁護士連合会「子どもの権利ガイドブック」134頁)

2016年1月 1日 (金)

少年院ってどんなところ?

 

 少年院ってどんなところですか? 刑務所とどうちがうんですか?

 

 

 少年院は,犯罪をした子どもや,犯罪をするかもしれない子どもを,立ち直らせるための施設です【★1】。


 12歳や13歳の子どもでも,少年院に入ることは,ありえます【★2】

 しかし実際は,少年院に入る時の子どもの年齢は,16歳から19歳が,ほとんどです
【★3】【★4】


 少年院にいる期間は,1年くらいが基本です【★5】【★6】

 でも,本人の立ち直りが遅ければ,2年くらいまで伸びることもあります
【★7】

 (最初から半年以内を目安として少年院に送られるケースもあります
【★8】。)


 なので,18歳や19歳で少年院に入り,少年院の中で成人式を迎える,という人が,たくさんいます【★9】

 つまり,少年院の中には,20歳以上の人も多くいるのです。

 少年院にいられる上限は,22歳の最後の日までです
【★10】

 ただ,そのぎりぎりまで少年院にいることは,まずありません。



 病気などで医療が必要な人には,そのための少年院があり,

 そこは,25歳の最後の日までが,上限です
【★11】


 少年院も,刑務所と同じように,

 中のルールがとても厳しく,自由はとても少ないです。

 1日の生活の流れが決まっていて
【★12】

 他の人との私語もダメですし,

 号令にしたがって,きびきびと動かなければいけません
【★13】


 しかし,少年院は,刑務所とは,とても大きなちがいがあります。


 刑務所で受けるのは,仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」という,「刑罰」です【★14】

 でも,少年院で受けるのは,「刑罰」ではありません【★15】

 少年院で行われるのは,「教育」です
【★16】


 きちんとした社会のメンバーとなるための知識や態度を身につける生活指導では,

 職員と面接したり,日記・作文を書いたりして,自分自身と向き合います
【★17】

 働こうという気持ちを高めて,働くための知識や技術を身につける職業指導では,

 溶接や機械運転,パソコンなどの資格を取る人もいます
【★18】

 教科指導では,生活を送るうえで必要になる学力を身につけることができ,高卒認定試験を通る人もいます
【★19】


 そういった教育が,集団生活の中で行われます【★20】


 少年院の職員の人たちは,厳しく,そして熱く,子どもたちと向き合います【★21】


 家や学校,地域の中で,大人たちから大切な存在として扱われず,居場所がなかった子どもたち。

 その多くが,少年院での「教育」,職員との出会いとかかわりを通して,立ち直っていきます
【★22】

 そして,社会に戻るためのサポートを受けて,少年院から巣立っていきます
【★23】


 私たち弁護士は,犯罪をしてしまった子どもが,少年院に行かなくても社会の中で立ち直れるようにと,活動することが多いです。

 「少年院は,子どもが立ち直るための,一番最後の場所であって,

 かんたんに子どもを少年院に入れてはいけない」,

 世界も,そう確認しています
【★24】

 でも,少年院は,そういう一番最後のだいじな施設だからこそ,

 そこに入った子どもたちに,本当に真剣に向き合っています
【★25】


 少年院での「教育」が,刑務所の「刑罰」よりもラクだ,などということはありません。

 刑務所の「刑罰」は,その人をこらしめるためのもの,その人の外から押し付けられるものです。

 でも,少年院での「教育」は,その人が立ち直るよう,その人が自分自身の中から変わっていくことを,厳しく求められます
【★26】

 そこに甘やかしはありませんし,けっしてラクなものなどではありません。



 先日,私の引率で少年院を見学した大学1年生が,こう話してくれました。

 「たしかに厳しい環境だけれど,それより前に見学した刑務所とちがって,

  少年院は,全寮制の学校のような印象が,深く心に残った。

  ここで子どもたちが『育て直し』をされているのだと思った」。

 それは,18年前,私が大学1年生のときに,初めて刑務所と少年院の両方を見学して受けた印象と,同じです。



 ところが,

 そうやって少年院の現場を実際に訪れることもなく,

 少年院にいた人たちや,少年院の職員たちの話を知ろうともしないで,

 「大人とちがい,1年や2年のあいだ少年院にいるだけで社会に戻れるなんて,犯罪をおかした子どもに,法律は甘い。もっと厳しくするべきだ」,

 そう考える人がいます。



 もともとむかしから,事件によっては,20歳になっていない人でも,少年院ではなく刑務所に送られることは,ありました【★27】

 しかし,「法律が甘い」という声を受けて,子どもたちが刑務所に送られやすい方向に,これまでも少年法は変えられていました
【★28】


 そして,最近,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられたのに合わせて,

 「少年法も改正して,少年院に入れる年齢の上限を下げて,

 犯罪をした18歳・19歳は,大人と同じ責任を負わせるべきだ」,

 そういう議論が出てくるようになりました。



 今の少年法なら,18歳・19歳に,少年院での最後の「育て直し」のチャンスがあります。

 でも,もし,そんなふうに少年法が改正され,少年院に入れる年齢の上限が下がってしまうと,

 犯罪をしても,裁判にかけられないままで終わってしまったり
【★29】

 裁判さえ終われば,あとはそのまま社会に放り出されるだけになってしまったり
【★30】

 刑務所で刑罰を押し付けられるだけになってしまったりして,

 最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。



 そんな法改正が,はたして,

 それまで家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,良いことなのかどうか,

 私たちのこの社会にとって,本当に良いことなのかどうか,

 それを,実際に多くの18歳・19歳を「育て直し」ている少年院をよく見て,皆さんに考えてみてほしいと思います
【★31】

 

 

【★1】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,少年院に送られることもあります。これを「ぐ犯」と言います。
少年法3条「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由(じゆう)があって,その性格又(また)は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為(こうい)をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖(せいへき)のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附(つ)かないこと
 ハ 犯罪性のある人若(も)しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★2】 少年法の厳罰化(げんばつか)の流れを受けて,平成19年(2007年)5月成立・同年11月施行の改正少年法で,少年院に送られる子どもの年齢が,12歳に引き下げられました。ただし,12歳,13歳は,特に必要がある場合だけ,少年院に送られることになっています。
 同法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★3】 少年院に送る判断がされるのは,家庭裁判所の審判という手続の中です。この審判は,20歳を超えてしまうとできません。
 少年法2条1項 「この法律で『少年』とは,20歳に満たない者をいい…(略)」
 同法3条1項 「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に処する。(略)」
 同法19条2項 「家庭裁判所は,調査の結果,本人が20歳以上であることが判明したときは,……決定をもって,事件を管轄(かんかつ)地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致(そうち)しなければならない」
 同法23条3項 「第19条第2項の規定は,家庭裁判所の審判の結果,本人が20歳以上であることが判明した場合に準用(じゅんよう)する」
【★4】 少年矯正統計少年院2014年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人,14歳:171人,15歳:310人,16歳:566人,17歳:608人,18歳:602人,19歳:605人,20歳以上:1人
【★5】 平成26年の長期処遇(しょぐう)対象者のうち,仮退院までの平均在院日数は,397日でした(少年矯正(きょうせい)統計少年院2014年「40 少年院別 仮退院者の在院期間(長期処遇対象者)」)。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
【★6】 以前は,「長期処遇」「一般短期処遇」「特修短期処遇」という処遇区分がありましたが,平成26年(2014年)に成立し,平成27年(2015年)6月から施行されている新しい少年院法では,どのような矯正教育の内容を重点的に行うのか,その程度の期間を標準として矯正教育を行うのか,を規定した「矯正教育課程」のわくぐみに変わりました(少年院法30条。法務省矯正局編「新しい少年院法と少年鑑別所法」69頁)。
【★7】 法務大臣平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令(くんれい)」(法務省矯少訓第2号)の別表1の矯正教育課程の「標準的な期間」は,短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)以外,どれも「2年以内の期間」となっています。
 http://www.moj.go.jp/content/001151845.pdf
【★8】 〔★7〕の短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)の「標準的な期間」は,「6月以内」です。
 法務省矯正局長平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令の運用について(依命通達)」(法務省矯少第92号)「2 第1種少年院における在院者の矯正教育課程の指定」「(1)短期義務教育課程又は短期社会適応課程」「ア 一般的な取扱い 家庭裁判所において,送致すべき少年院として第1種が指定され,かつ,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を履修(りしゅう)させるべき特性を考慮して,これらの矯正教育課程の標準的な期間(6月以内)を矯正教育の期間として設定することが適当であるとする旨の勧告が付された場合は,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を指定すること。なお,少年院送致の保護処分歴がある場合には,短期義務教育課程又は短期社会適応課程の在院者の類型である『その者の持つ問題性が単純又は比較的軽く,早期改善の可能性が大きいもの』には該当しないこと」「イ 14歳未満の在院者について 14歳未満の在院者については,義務教育を終了しない者ではあるものの,原則として短期義務教育課程は指定しないが,次のいずれにも該当する場合において,相当と認めるときは,同課程を指定することができること。(ア)中学校2年生に該当する年齢であること。(イ)心身の発達の程度を考慮して14歳以上の在院者との同一の集団での矯正教育の実施に著しい支障が認められないこと」 http://www.moj.go.jp/content/001151846.pdf
【★9】 少年院法137条1項 「少年院の長は,保護処分在院者が20歳に達したときは退院させるものとし,20歳に達した日の翌日にその者を出院させなければならない。ただし,少年法第24条第1項第三号〔★10〕の保護処分に係る同項の決定のあった日から起算して1年を経過していないときは,その日から起算して1年間に限り,その収容を継続することができる」
 少年院送致決定から1年以上さらに収容する場合には,家庭裁判所が,収容継続審判をします。
 同法138条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の心身に著しい障害があり,又はその犯罪的傾向が矯正されていないため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨の決定の申請をしなければならない。 一 前条第1項本文の規定により退院させるものとされる者 20歳に達した日 二 前条第1項ただし書の規定により少年院に収容することができる期間…が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が23歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★10】 少年院法4条1項 「少年院の種類は,次の各号に掲げるとおりとし,それぞれ当該各号に定める者を収容するものとする。
 一 第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著(いちじる)しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(次号に定める者を除く。)
 二 第2種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がない犯罪的傾向が進んだおおむね16歳以上23歳未満のもの
 三 第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの
 四 第4種 少年院において刑の執行を受ける者」
【★11】 以前は「医療少年院」と呼んでいたもので,今は「第3種」の少年院です(少年法4条1項三号。〔★10〕)。
 少年院法139条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の精神に著(いちじる)しい障害があり,医療に関する専門的知識及び技術を踏(ふ)まえて矯正教育を継続して行うことが特に必要であるため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨(むね)の決定の申請をしなければならない。 一 家庭裁判所が前条第2項…の規定により定めた少年院に収容する期間が23歳に達した日に満了する者 23歳に達した日 二 家庭裁判所が次項…の規定により定めた少年院に収容する期間(当該期間の末日が26歳に達した日である場合を除く。)が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が26歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★12】 多摩少年院の場合の一日の流れは次のとおりです(同院パンフレット)。
  7:00 起床
  7:30 洗面,身辺整理,朝食,役割活動
  9:00 朝礼
  9:15 教育活動
 12:00 昼食
 13:30 教育活動
 17:00 夕食
 18:00 集会,教養講話
 19:00 自己計画学習,日記記入
 20:00 テレビ視聴
 21:00 1日の反省
 21:15 就寝
【★13】 「僕が入っていた当時の少年院はどんな場所だったのかというと。
 一,少年院の中では基本的に私語厳禁。『あつい』『きつい』などの独り言もダメ。
 一,院生同士での手紙のやり取り,目で合図を送るなどの通信は禁止。
 一,廊下を歩く際には,スリッパをペタペタさせない。また,よその部屋を覗(のぞ)かない。
 一,集団トイレの使用は,各部屋ごとに決められた時間で用を済ますこと。
 一,テレビ鑑賞の時間は,大きな声で笑わない。
 一,就寝時は,眠りに入るまで天井を向いて目を閉じること。
 生活面の規則は,他にもまだたくさんあった。その上,院内では部屋から一歩外へ出ると,次のような集団行動を行わなければならなかった。
 一,『気をつけ』の姿勢は背筋をピンと張って,両手の中指をズボン横の縫(ぬ)い目に沿わせる。
 一,『前へならえ』の姿勢は,ならえの『な』の号令が聞えると同時に,素早く両手を前へ出す。この時,親指は曲げて,手の平にくっ付けておく。
 一,『礼』の姿勢は,背筋を張ったまま上半身を斜め45度に倒す。視線は3歩先を見るようにし,心の中で『1,2,3』と数えた後,サッと頭を上げる。
 規則を数えればきりがないが,このような生活を日々実践(じっせん)させられるわけだ。
 だが,少年院はこればかりではない。『ハイ!』『有難うございます!』『失礼します!』『すみません!』と力いっぱい大きな声で返事をしなければならず,教官は僕たちに徹底して躾(しつけ)を教え込んだ」(「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)126頁,吉永拓哉「少年院卒元ヤンブラジル新聞記者の人生」)
【★14】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★15】 ただし,一応法律上は,少年院で刑の執行を受けることも,ありうることになってはいます。これは,少年法の厳罰化の流れを受けて,平成12年(2000年)11月改正・平成13年(2001年)4月施行の改正少年法で,14歳・15歳も大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受けることがありうるとされたことに関連します。いままでも16歳以上の子どもが大人と同じ刑罰を受けることはありました。その場合,少年刑務所という,大人とは違う刑務所で,刑の執行を受けます。しかし,14歳・15歳の子どもは,刑の執行を受けるとはいっても,まだ教育が必要な年齢です。なので,16歳にまるまでは少年院で刑の執行を受けることとし,その間は「矯正教育を授ける」ということになったのです。少年院法4条1項〔★10〕の第4種の少年院が,これにあたります。ただし,この記事を書いている現時点で,この規定に基づいて少年院で刑の執行を受けている人はいません。
 少年法56条1項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた少年…に対しては,特に設けた刑事施設又は刑事施設若しくは留置施設内の特に分界を設けた場所において,その刑を執行する」
 同条3項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた16歳に満たない少年に対しては,…16歳に達するまでの間,少年院において,その刑を執行することができる。この場合において,その少年には,矯正教育を授ける」
【★16】 少年院法3条 「少年院は,次に掲げる者を収容し,これらの者に対し矯正教育その他の必要な処遇を行う施設とする。(略)」
【★17】 少年院法24条1項 「少年院の長は,在院者に対し,善良な社会の一員として自立した生活を営むための基礎となる知識及び生活態度を習得させるため必要な生活指導を行うものとする」
【★18】 少年院法25条1項 「少年院の長は,在院者に対し,勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させるため必要な職業指導を行うものとする」
【★19】 少年院法26条1項 「少年院の長は,学校教育法…に定める義務教育を終了しない在院者その他の社会生活の基礎となる学力を欠くことにより改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる在院者に対しては、教科指導(同法による学校教育の内容に準ずる内容の指導をいう。…)を行うものとする」
【★20】 少年院法38条1項 「矯正教育は,その効果的な実施を図るため,在院者が履修すべき矯正教育課程,第16条に規定する処遇の段階その他の事情を考慮し,在院者を適切な集団に編成して行うものとする」
【★21】 少年院の職員である「法務教官」の皆さんの具体的な話が,毛利甚八著「少年院のかたち」(現代人文社)で読むことができます。
【★22】 少年院を出た人たちが,互いの経験や未来を共有したりして語り合う場として,「NPO法人セカンドチャンス!」を立ち上げています(http://secondchance-tokyo.jimdo.com/)。少年院を出た人たち一人ひとりの話が,「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)で読むことができます。
【★23】 少年院法44条1項 「少年院の長は,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後に自立した生活を営む上での困難を有する在院者に対しては,その意向を尊重しつつ,次に掲げる支援を行うものとする。(略)」
【★24】 少年司法運営に関する国連最低基準規則(1985年,通称「北京ルールズ」)18条1 「権限を有(ゆう)する機関にとって,きわめて多様な処遇方法が利用できなければならない。可能なかぎり最大限,施設収容をさけるために,柔軟性が認められなければならない」
 同規則19条 「少年の施設収容処分は,常に,最後の手段であり,かつ,その期間は必要最小限度にとどめられなければならない」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及(およ)び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条4項 「児童がその福祉に適合し,かつ,その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため,保護,指導及び監督命令,カウンセリング,保護観察,里親委託,教育及び職業訓練計画,施設における他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする」
【★25】 しかし,平成21年(2009年),広島少年院で法務教官たちが少年院に入っている人たちに暴力をふるっていたことが明らかになりました。少年院法という法律は,もともとは,条文の数が少ない法律で,昭和24年(1949年)に施行されてからこれまで,大幅な改正が一度もされずにいたのですが,広島の事件がきっかけとなって,平成26年(2014年)に少年院法が大きく変わりました(平成27年(2015年)6月から施行)。報道では,「初等少年院/中等少年院」「特別少年院」「医療少年院」という名前を「第1種」「第2種」「第3種」に変えたことのほうが取り上げられていますが(「特別少年院」という名前が子どもたちの間で一種のステータスになっていたから,という事情もありました),広島少年院の事件が法改正のきっかけだったことからすれば,少年院にいる人たちの取り扱いについて法律できちんとルールが決められたこと,処遇に不満がある場合の救済のしくみや,外部の人が少年院の状況をチェックするしくみができたことのほうが,重要です。
【★26】 「少年院や保護観察などの教育方法は,少年の生活意識や態度を根本から改めさせるために,少年自身の努力によって非行性を克服させようとするものであり,少年自身にとって非常に厳しい自己錬磨が要求されるのです。そこには甘やかしの要素はほとんど入ってきません。刑罰が,その懲罰的な性格により他律的改善を図る手段であるとすると,保護処分は,自律的改善を少年に強制する手段だということになります」(澤登俊雄「少年法」8頁)
【★27】 大人と同じ裁判にかけるために,事件を家庭裁判所が検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,刑事訴訟を起こします。
 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★28】 むかしは,16歳以上の子どもでなければ逆送はできませんでした。また,16歳以上の非常に重い犯罪でも,事情によっては,必ずしも逆送されるとはかぎりませんでした。
 しかし,大人たちが「少年法は甘い,厳しくするべきだ」と考えた結果,2000年(平成12年)に法律が変えられ,14歳・15歳の子どもでも逆送されうることになり,また,16歳以上の子どもで故意に(わざと)人を死なせた犯罪のときには,必ず逆送しなければならない,というように,厳しくなりました。
 少年法20条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
【★29】 20歳になっていない人の刑事事件については,犯罪をした疑いがないかぎり,すべて家庭裁判所に送られます(「全件送致主義」と言います)。
 少年法42条1項 「検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,…これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である」
 ところが,20歳以上の人の刑事事件については,検察官は,必ず裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
【★30】 少年事件では,家庭裁判所の審判で,少年院には送られずに社会に戻ってよいとされる場合でも,定期的に地元の保護司のところに通う「保護観察処分」となることがほとんどです。
 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 一 保護観察所の保護観察に付すること。(略)」
 しかし,大人の裁判では,「これから数年間まじめに暮らしていれば刑務所に行かなくてもよい」という執行猶予(しっこうゆうよ)の判決であれば,それで終わりです。大人の裁判でも「保護観察」を付けることはありますが,そういう判決になることはとても少ないのが実際です。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。(略)」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ,同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★31】 日弁連2015年(平成27年)2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150220_2.pdf

2015年12月 1日 (火)

亡くなった親が借金をしていた

 

 19歳で,きょうだいはいません。両親は私が幼いころに離婚しました。父は今どこで何をしているかわかりません。今年,母が亡くなり,何十万円かの預金と,私を受取人にしている200万円の生命保険を残していました。預金と生命保険の手続きは20歳にならないとできないらしいので,それまで待つことにしていました。ところが最近,母にかなりの額の借金があったことがわかり,業者から「返せ」という手紙が来て,とても困っています。

 

 

 ほんとうにその借金があったとしても,相続放棄の手続をすれば,あなたがその借金を払う必要はありません。

 また,相続放棄をしても,生命保険金は受け取ることができます。




 業者から突然「返せ」と連絡が来て,驚きましたよね。

 もしかして,お母さんが残した財産以上の借金を払わなくてはいけなくなるのかと,とても不安になったと思います。




 亡くなった人の財産を他の人が引き継ぐことを,「相続」と言います
【★1】


 あなたのお母さんは,「この財産をこの人に引き継がせたい」という「遺言(いごん)」を,書いてはいなかったのですね
【★2】

 遺言がなければ,法律に書かれている順番・割合で,家族が財産を引き継ぎます。



 あなたのお母さんが離婚していて,子どもがあなた一人だけなら,

 あなたがお母さんの財産を全部引き継ぐことになります
【★3】


 相続では,預金や土地・建物などのプラスの財産も,借金などのマイナスの財産も,両方とも引き継ぎます。


 でも,プラスの財産の額よりも,マイナスの額のほうが多かったら,それを引き継いで返していくのは,大変です。


 法律は,一人ひとりを大切な存在としてあつかっています。

 あなた自身が作った借金ではないのに,「家族だから」という理由だけで,必ず引き継がなければならないというのでは,おかしなことです。

 だから,借金などのマイナスの財産のほうが大きいときには,相続しないことができます。

 これを,「相続放棄(そうぞくほうき)」と言います
【★4】


 相続放棄は,亡くなった人の最後の住所の地域の家庭裁判所で,手続をします【★5】

 亡くなったことを知ったときから3か月以内に,手続をするのが原則です
【★6】

 3か月以内では財産を全部調べるのが間に合わないときには,

 「放棄するかどうか調べて考える期間を伸ばしてほしい」と裁判所に連絡します
【★7】


 あなたの場合,まだ20歳になっていないので,今はまだ,この相続放棄の手続をとることができません【★8】

 20歳になってから3ヶ月以内に手続をとれば大丈夫です。



 お母さんにあったという多額の借金が,ほんとうにあなたが払わなければならないものなのかどうか,よく確かめてみてください。

 むかしの借金なら,もう「時効(じこう)」で消えていて,払わなくてよくなっているかもしれません
【★9】

 利息が高かったときの借金なら,利息制限法という法律で計算しなおせば,借金の額が減っているかもしれません
【★10】

 20歳になる前に,弁護士に相談してみてください。



 相続放棄の手続きが終わると,裁判所が証明書を出してくれます。

 それを業者に見せれば,「お金を払え」と求められることは,なくなります。



 きちんと調べるまでは,業者に一部でもお金を返さないようにしてください。

 でも,もし,うっかり相続放棄の前にいくらか返してしまったとしても,

 お母さんの残したお金からではなく,自分のお金から払ったのなら,

 その後でも相続を放棄することはできますから,安心してください
【★11】



 相続放棄をすると,プラスの財産も引き継ぎません。

 なので,お母さんの残した数十万円の預金は,あなたが受け取ることはできません
【★12】


 でも,生命保険のお金は,相続放棄をしても,あなたが受け取ることができます。


 相続は,亡くなった時に,亡くなった人が持っていた財産を引き継ぐものです。

 あなたが受取人として指定されている生命保険のお金は,

 お母さんが亡くなったことによってはじめて,あなたに発生するお金です。

 お母さんが亡くなった時に,お母さん自身が持っていたものではありません。

 だから,相続放棄をしても,受け取ることができるのです
【★13】【★14】


 お母さんが,あなたのために残してくれた生命保険のお金です。

 ぜひ大切にして,今後のあなたの生活のために役立ててください。




 日本が大きな戦争に負ける前までは,一家の主(あるじ)が亡くなると,財産は全て家族のうちの一人が引き継ぎ,それも,長男が優先されていました
【★15】

 子どもが何人かいても,「年下だから」「女性だから」という理由で,子どもどうしが平等に扱われてこなかったのです。



 戦争に負けた後,日本は,一人ひとりを大切にする社会にしようと変わりました。

 相続も,子どもどうしなら,年や男女に関係なく平等に相続するようになりました。



 ところが,不平等は,まだ別のところで残りました。

 例えば,男性が,結婚している女性との間に子どもをもうけ,さらに結婚していない別の女性との間にも子どもをもうけていたとき,

 その男性が亡くなると,

 結婚していない女性のほうの子どもは,結婚している女性のほうの子どもの2分の1しか,相続することができなかったのです
【★16】


 子どもは,親を自分で選んで生まれてくることは,できません。

 お父さんが同じなのに,お母さんが結婚していたかどうかで,子どもどうしを違うあつかいにするのは,全くおかしなことでした。

 そして,ようやく2013年(平成25年)に,最高裁は,

 「親が結婚していたかどうかで子どもが相続できる割合が違うのは,憲法が保障している平等原則に違反している」,

 そう言って,今後は同じ割合で相続するという判決を出しました
【★17】


 相続というしくみが,なぜあるのか。

 いろんな説明が試されていますが,

 はっきりとした理屈で,すっきりと説明することは,実は難しいのです
【★18】

 そのためもあって,実際,いろんな不都合が,あちこちで起きています。

 私は,弁護士として,相続の事件を多くあつかっていますが,

 今の相続のしくみが理不尽(りふじん)だと思うことが,たくさんあります。

 裁判での争いや,国会での議論によって,相続についての法律を,より良いものに変えていく必要があると思っています。
 



 「子どもは,親を自分で選んで生まれてくることができない」。

 それは,財産が多くある親のもとに生まれてきた子どもと,そうでない子どもとの間でも,同じことが言えます。

 相続のしくみのことだけでなく,

 親が元気な時も,親が病気になった時も,そして,親が亡くなった後も,

 子どもたちが,その生まれてくる家庭によって,理不尽な違ったあつかいを受けることなく,

 一人ひとりが大切にされる社会であることが必要だと,私は強く思っています。

 

 

【★1】 民法882条 「相続は,死亡によって開始する」
 民法896条 「相続人は,相続開始の時から,被相続人(ひそうぞくにん)の財産に属(ぞく)した一切の権利義務を承継(しょうけい)する。ただし,被相続人の一身に専属(せんぞく)したものは,この限(かぎ)りでない」
 「被相続人」は亡くなった人のこと,「相続人」は亡くなった人の財産を引き継ぐ人のことです。
【★2】 民法964条 「遺言者(いごんしゃ)は,包括(ほうかつ)又(また)は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分(いりゅうぶん)に関する規定に違反することができない」
 「遺言」は,日常用語では「ゆいごん」と読みますが,法律用語では「いごん」と読みます。
【★3】 民法887条1項 「被相続人の子は,相続人となる」
 お母さんが離婚していなければ,お父さんも相続人になります(民法890条「被相続人の配偶者(はいぐうしゃ)は,常に相続人となる。(略)」,民法900条「同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。 一 子及(およ)び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする(略)」)。
 あなたが一人っ子でなければ,きょうだいで均等に相続します(民法900条「… 四 子…が数人あるときは,各自の相続分は,相等(あいひと)しいものとする。(略)」)。
【★4】 民法939条 「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす」
【★5】 民法938条 「相続の放棄をしようとする者は,その旨(むね)を家庭裁判所に申述(しんじゅつ)しなければならない」
 家事事件手続法201条1項 「相続の…放棄に関する審判事件…は,相続が開始した地を管轄(かんかつ)する家庭裁判所の管轄に属する」
 民法883条 「相続は,被相続人の住所において開始する」
【★6】 民法915条1項 「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇(か)月以内に,相続について,単純若(も)しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(略)」
【★7】 民法915条1項但書 「…ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって家庭裁判所において伸長(しんちょう)することができる」
【★8】 民法917条 「相続人が未成年者…であるときは,第915条1項の期間は,その法定代理人が未成年者…のために相続の開始があったことを知った時から起算する」
 あなたの場合,親権者であったお母さんが亡くなったので,法定代理人がいない状態です。親権者変更の手続をとってお父さんに親権者になってもらうのも,相続放棄のためだけに未成年後見人を家庭裁判所に選任してもらうのも,現実的ではないということも多いと思います。その場合は,あなたが20歳になるまで待ってから手続をとるのでも十分です。
【★9】 最後の取引から10年が経っていれば,時効で払わなくてよくなるのが原則ですが,貸し手がサラ金・クレジット会社(会社法5条)や銀行(商法502条8号)などなら,5年で時効になることがほとんどです。「時効を援用(えんよう)します」という通知を出せばOKです。
 民法167条1項 「債権(さいけん)は,10年間行使しないときは,消滅する」
 商法522条 「商行為によって生じた債権は,この法律に別段の定めがある場合を除き,5年間行使しないときは,時効によって消滅する」
 民法145条 「時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない」
【★10】 利息制限法1条 「金銭を目的とする消費貸借(しょうひたいしゃく)における利息の契約は,その利息が次の各号に掲(かか)げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは,その超過部分について,無効とする。 一 元本(がんぽん)の額が10万円未満の場合 年2割 二 元本の額が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分 三 元本の額が100万円以上の場合 年1割5分」
【★11】 福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定・家月51巻5号49頁 「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産…をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである」
【★12】 あなたが相続放棄をして引き継がれなかった預金と借金は,法律で決まっている次の順位の人に引き継がれます。次はお母さんの両親や祖父母で(民法889条1項1号),亡くなっていたり相続放棄をしたりすれば,その次はお母さんのきょうだい(同項2号),きょうだいが先に亡くなっていれば甥(おい)や姪(めい)です(同条2項,民法887条2項)。相続する人が誰もいなければ,相続財産管理人という人が選ばれて清算します(民法952条,953条)。清算後に残った財産があれば,相続人ではなかったけれども特別の縁故(えんこ)があったという人が引き継ぐか(民法958条の3),国が引き継ぎます(民法959条)。
【★13】 「特定の相続人を指名を表示して受取人と指定している場合であるが,これは,第三者のためにする契約であって,受取人として指定された相続人は,保険契約の効果として当然に保険金請求権を取得する。相続による取得と解する余地はない。この点に異論はない」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」246頁)。
 受取人が具体的な氏名ではなく「相続人」と指定されていた場合も,同じです(最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決・民集19巻1号1頁)。
 受取人が被相続人本人に指定されていた場合については,判例がありません。ウェブサイトでは,当然のように「この場合は相続財産になるので,相続放棄をしたら保険金を受け取れない」と断言しているものが多いようです。しかし,以下のように反対論(相続の対象ではないので放棄しても保険金を受け取れるという見解)も多くあります。
 「保険金受取人が被保険者本人(被相続人)とされている場合については,判例は存在しない。被相続人に保険金請求権が発生し,それが相続人に相続されるという見解が多数説であるが,保険金請求権が発生した時点で被保険者たる被相続人は死亡しているという点では,矛盾は否めない」(梶村太市他「家族法実務講義」388頁),「保険契約者が被保険者及び保険金受取人の資格を兼(か)ねる場合…保険事故による保険金請求権については,保険契約者の意思を合理的に解釈すれば,相続人を受取人と指定する黙示(もくじ)の意思表示があったと解するのが相当である。少なくとも,受取人の指定がない場合と同視すべきであろう。したがって,被相続人死亡の場合については,保険金請求権は相続人の固有財産となる」(司法研修所編「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」248頁),「保険契約者が自分自身を被保険者かつ受取人としている場合 この場合も,受取人の相続人となるべき物のためにする保険契約であって,同人が保険金請求権を固有の権利として取得すると解すべきである。これに対し,保険金請求権は保険契約者に帰属し,その相続人はこれを相続によって取得すると解するのが通説的見解である」(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」263頁)
【★14】 生命保険金は遺産ではないのですが,相続税の計算の中では,生命保険金は「みなし相続財産」として,相続税の対象になります(相続税法3条1項1号)。ただし,生命保険金は一定額までは非課税ですし(同法12条1項5号),基礎控除など様々な計算がありますから,相続税が発生しないことも多いです。相続税については,税務署や税理士に相談するとよいでしょう。
【★15】 むかしの民法では,一家の主のことを「戸主(こしゅ)」と呼んで,戸主が亡くなったり,隠居(いんきょ)したときに,家の財産をすべて一人が引き継ぐことになっていて,多くの場合長男が単独相続していました。これを「家督相続(かとくそうぞく)」と言います(なお,戸主以外の人が亡くなったときは,家督相続とは違い,共同相続でした)。
 明治民法970条 「被相続人の家族たる直系卑属(ちょっけいひぞく)は左の規定に従い家督相続人と為(な)る 一 親等の異なりたる者の間に在(あ)りては其(その)近き者を先にす 二 親等の同じき者の間に在りては男を先にす 三 親等の同じき男又は女の間に在りては嫡出子(ちゃくしゅつし)を先にす 四 親等の同じき嫡出子,庶子(しょし)及び私生子の間に在りては嫡出子及び庶子は女と雖(いえど)も之を私生子より先にす 五 前四号に掲げたる事項に付き相同(あいおな)じき者の間に在りては年長者を先にす」
【★16】 結婚している夫婦の間の子どもを「嫡出子(ちゃくしゅつし)」,結婚していない男女の間の子どもを「非嫡出子(ひちゃくしゅつし)」と言い,非嫡出子の相続分は,嫡出子の半分とされてきました。
 改正前の民法900条4号但書 「ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし…」
【★17】 最高裁判所大法廷平成25年9月4日判決・民集67巻6号1320頁 「昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准(ひじゅん)した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更(さら)にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権(さいりょうけん)を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。したがって,本件規定は,遅くとも平成13年7月当時において,憲法14条1項に違反していたものというべきである」
 憲法14条1項 「すべて国民は,法の下(もと)に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」
【★18】 「民法典に定めている相続法は,歴史的な産物であって,様々な社会的・思想的背景のもとに成立した制度が結合してできたものである。このため,相続制度全体をひとつの根拠によって一元的に説明することは困難である。社会学的な観点から相続の根拠を考える限り,必然的にそれは多元的な説明になる。そして,どんなに多元的であっても,また,たとえ併存する根拠が相互に矛盾するものであっても,社会学的な説明としては差し支えない。しかし,法解釈学の観点はこれとは異なる。…伝統的な学説は,多元的説明をしつつ,①潜在的(せんざいてき)持分の払戻し,②生活保障,③権利安定の確保を相続の根拠として挙げている」(内田貴「民法Ⅳ」322頁)

2015年11月 1日 (日)

部活動の連帯責任

 

 野球部の合宿で,自分の知らない間に,他の部員4人が,たばこを万引きして,吸っていたそうです。そのことがバレて,「今年の大会の出場を辞退する」と学校が決めてしまいました。いままで大会に向けてきつい練習をがんばってきたのに,なんで事件と関係ない自分たちが,試合に出られなくなるのをガマンしないといけないんですか。

 

 

 「ガマンしなければいけない」などということはありません。

 大会に出られるよう,部活の顧問の先生や校長先生に,みんなでいっしょに話してください。




 人は,他の人に迷惑をかけないかぎり,好きなことをしていいという自由があります。

 だからこそ,自分がしたことで他の人に迷惑をかけてしまったのなら,

 その責任は,自分自身できちんと取らなければいけません。



 でも,他の人がしたことにまで,自分が責任を取らされるのは,

 よほどのことがないかぎり,あってはならないことです。




 悪いことをしたら,処罰されますね。



 他の人がやった犯罪なのに,あなたまで処罰されることがあるとしたら,

 それは,

 じつはあなたがその人とグルになっていて,犯罪のときに,あなた自身は手を汚さないやり方だっただけ,とか
【★1】

 あなたがその人をそそのかしていたなど
【★2】

 あなたがその犯罪に関(かか)わっていたときだけです。



 そういう関わりがまったくないのに,

 たとえば,単に「その人と家族だから」とか,

 「その人と同じ職場だから」とか,

 「その人と同じ学校・クラス・部活だから」とか,

 そんな理由だけで,あなたまで巻き添えになって処罰されるのは,

 ありえませんし,あってはならないことです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません
【★3】


 他の人がやったことなのに,あなたまで損害賠償を払わされることがあるとしたら,

 あなたもグルだったとか,あなたがその人をそそのかしていたなどのほかに
【★4】

 あなたがその人の雇(やと)い主(ぬし)だとか
【★5】

 その人がまだ幼い子どもで,あなたがその子を育てている親だとか
【★6】

 その人の肩代わりをしてお金を払う約束をあらかじめしていたとか
【★7】

 そういう関わりがあるときだけです。



 そういう関わりがまったくないのに,

 「家族だから,同じ職場だから,同じ学校・クラス・部活だから」,

 そんな理由だけで,あなたまで巻き添えになってお金を払わされるのは,

 やはり,ありえませんし,あってはならないことです。





 法律は,一人ひとりをそれぞれ大切な存在として扱っています。

 だから,よほどのことがないかぎり,他の人のしたことで自分が責任を負うことは,ないのです。



 このことは,学校の部活動だって,同じです。

 あなたの知らない間に,他の部員たちが万引きをしてたばこを吸っていたのは,

 あなたに何の関わりも,何の責任もないことです。

 それなのに,大会のために一生懸命がんばってきたあなたが,ほかの部員のせいで大会に出られなくなることは,ありえませんし,あってはならないことです。




 ひょっとしたら,顧問の先生や,校長先生は,

 「処罰や損害賠償は,法律の話。学校での教育は,話がちがう」,

 そう言うかもしれません。



 でも,それは,明らかにまちがいです。

 学校での教育も,法律にのっとって行われています
【★8】

 そして,教育基本法という,教育の一番ベースになる法律には,

 「一人ひとりをだいじにする」というメッセージが,はっきりと書かれています
【★9】

 処罰や損害賠償という,大人の社会での責任の取り方ですら,

 「自分で自分の責任を取る,他の人のせいで責任を負わされない」のです。

 ましてや,大人になるために学んでいる学校の中なら,

 自由と責任の意味を,子どもたちがきちんと学べるよう,

 よりいっそうていねいに守られなければならないのです




 部活動は,「連帯感」を育てるためのだいじな場所だ,と言われます
【★10】

 たしかに,みんなでいっしょに力を合わせ,支え合うことで,連帯感を育てることは,だいじでしょう。

 しかし,誰かが悪いことをしてしまったときに,関係のない部員までいっしょに罰を受けても,連帯感が育つはずがありません。

 「とばっちりを受けた」という不満がくすぶったり,

 罰を避けるためにおたがいを監視し合わなければいけない窮屈(きゅうくつ)な人間関係になったりするだけです。

 それは,教育ではありません
【★11】


 万引きをした部員は,

 被害を受けたお店にきちんと謝らなければいけないし,

 万引きについて,学校の先生や,警察などから,注意・指導も受けなければいけないでしょう。

 たばこを吸うことは犯罪ではないですが,

 「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事にも書いたように,

 自分で自分のことを大切にしているか,それをよく話し合って,その子に見つめ直させることも必要です。

 でも,合宿中のできごとだからといって,野球部まるごと大会を辞退することは,

 問題を起こした部員たちの責任の取らせ方として,いきすぎです。

 ましてや,あなたのように関係のない他の部員にまで大きなマイナスになるものなのですから,

 学校の対応は,おかしなことです。



 他の部員ともいっしょに,顧問の先生や校長先生と,大会に出られるように,よく話をしてみてください。

 もし,話がうまく進まないようなら,弁護士に相談してください。

 (相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。)



 大人たちは,何か問題が起きると,

 「一人ひとりが大切な存在だ」ということを忘れて,

 問題を起こした人だけでなく,そのまわりの人まで,

 「同じグループだから」とひとくくりにして,厳しく処分したり,取り締まったりしてしまいがちです。

 時には,「同じグループだから」と,根拠のない偏見をもとに,してはならない差別をすることまであります。

 これは,ほんとうにおかしなことです。


 責任とはなにか,そして,一人ひとりを大切にするということがどういうことか。

 今回のことをきっかけにして,

 あなたがそれをしっかりと身につけた大人になるよう願っています。

 

 

【★1】 刑法60条 「2人以上共同して犯罪を実行したものは,すべて正犯(せいはん)とする」
 もし,実際に何人かで犯罪をいっしょにやっていたのなら,共犯として処罰されることは当たり前ですね。そういうのとはちがって,記事本文で書いたような,実際に犯罪を分担していない人が,それでも「グルになっていた」ということで共犯として処罰する,という考え方を,「共謀共同正犯(きょうぼうきょうどうせいはん)」と言います。共犯の範囲が拡がってしまうのは危険ではないかという批判もありますが,裁判所は,一定の条件をつけたうえで,この共謀共同正犯を認めています(最高裁大法廷昭和33年5月28日判決・刑集12巻8号1718頁など)。
【★2】 刑法61条1項 「人を教唆(きょうさ)して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する」
 同法62条1項 「正犯を幇助(ほうじょ)した者は,従犯(じゅうはん)とする」
 「教唆」はそそのかしたこと,「幇助」は犯罪をさせやすくしたことです。
【★3】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★4】 民法719条1項 「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う(以下略)」
 同条2項 「行為者を教唆した者及び幇助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する」
【★5】 民法715条1項 「ある事業のために他人を使用する者は,被用者(ひようしゃ)がその事業の執行(しっこう)について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。(略)」
【★6】 民法712条 「未成年者は,他人に損害を加えた場合において,自己の行為の責任を弁識(べんしき)するに足りる知能を備えていなかったときは,その行為について賠償の責任を負わない」
 同法714条1項 「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠(おこた)らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限(かぎ)りでない」
 民法712条で子ども本人が責任を負うか負わないかのさかいめは,12歳前後が基準です(内田貴「民法Ⅱ」367頁)。子ども本人が責任を負わない場合,民法714条1項によってほとんど無条件に親が責任を負っていました。もっとも,最近,最高裁は,11歳の子どもが校庭でサッカーゴールに向けてボールを蹴ったところ,ボールが校庭を飛び越えてしまい,それをよけようとした高齢者が倒れてその後亡くなったケースについて,親に責任はないと判断しています(最高裁第一小法廷平成27年4月9日判決。http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/032/085032_hanrei.pdf
【★7】 民法446条1項 「保証人は,主(しゅ)たる債務者がその債務を履行(りこう)しないときに,その履行をする責任を負う」
 同法447条1項 「保証債務は,主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従(じゅう)たるすべてのものを包含(ほうがん)する」
【★8】 学校の先生の立場から部活動を見ると,部活動の指導が,毎日遅い時間まで,土日祝日も長い時間,部活動に時間を割かれ,それなのに超過勤務手当(いわゆる残業手当)もつかず,過労死の原因にもなっているという法律上の問題があります。学校の先生は,昭和23年に超過勤務手当が支給されないこととなりました(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項「教育職員については,時間外勤務手当及び休日勤務手当は,支給しない」)。ただ,学校の先生には,(1)生徒の実習に関する業務(2)学校行事に関する業務(3)教職員会議に関する業務(4)非常災害等のやむを得ない場合の業務があるため,このことを考慮して,昭和47年から,4%の教職調整額が支給されることになりました(同条1項)。しかし,この4項目の中に「部活動」は入っていませんから,結局,部活動には超過勤務手当に相当するものが出るわけではないのです(文部科学省「教職調整額の経緯等について」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/031/siryo/07012219/007.htm)。それなのに,あたかも当然のように,校長から部活動の顧問をするように(=時間外労働をするように)命令されている,問題のある実態になっています(名古屋地裁平成23年6月29日判決,名古屋高裁平成24年10月26日判決)。
 学校教育の中で大切だとされている部活動なのですから,法律できちんと枠組みを作って,先生と子どもたちを守らなくてはいけません。
【★9】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 … 二 個人の価値を尊重して,…自主及(およ)び自律(じりつ)の精神を養(やしな)う…」
【★10】 学習指導要領「第1章 総則」「第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」(13) 「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養(かんよう)等に資(し)するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること(略)」
【★11】 すでに,今から28年前(昭和62年)に,日本教育法学会理事(当時)の坂本秀夫氏が,連帯罰について次のように指摘しています(「生活指導の法的問題」25頁)。
 「団体の誰かの違反行為があった場合,連帯責任を負わせて成員全体に罰を課することは昔から圧制者の人民支配の手段として用いられてきたし,軍隊でも日常的に行われてきた。今日学校では体育クラブなどで行われることが少なくない。例えば,クラブ部員のミスで試合に負けた時の罰としての,クラブ全員に対するハードトレーニングや静座,体罰などの,或(ある)いは野球部員の誰かが万引きや暴力事件を起こしたのでクラブとして甲子園出場を辞退させる,などという罰がある。罪を犯した生徒にとってみれば,自分のことで自分の仲間達が制裁を受けることは,仲間に対する友情が厚ければ厚いほど堪(た)え難(がた)いことであろう。何かあれば仲間に迷惑がかかるということは行動をつねに制約するに違いない。いわば友情を質(しち)にとるもので,一種の人質の論理と同じである。個人の尊厳とは全く相(あい)容(い)れないものが連帯罰の中に含まれていることに注意しよう。…懲戒は純粋に個人の責任に対してのみなされるべきである。…同じクラブの部員がどこかで万引をしたり,けんかをしたことにどうして責任を持たねばならないのか,到底(とうてい)理解できないだろう。…もちろん教育上のマイナス面も見過ごせない。個人の自覚が多少ともあるかぎり,連帯罰を受けてやり場のないふんまんを感じるのが普通である。当然仲間不信におちいるし,いつ自分に災(わざわ)いをふりかけるかわからない仲間の行動を監視するようになる。相互検索的な体勢が知らず知らずのうちに整えられるわけで,本当の民主的連帯は破壊されていく。だからこそ圧制者は連帯罰を好んで使ったのである。連帯罰が何の反省もなく日常的に使われているような集団の存在が問題となるであろう」

2015年10月 1日 (木)

夜間中学ってどんな中学校?

 

 「夜間中学」っていう学校があると聞いたんですけど,どんな中学校ですか?

 

 

 「夜間中学」は,15歳のときまでに義務教育を受けることができなかった人たちのための学校です。

 その名前のとおり,夕方から夜の時間帯に,授業がある中学校です
【★1】

 昼間に働いている人もいるので,遅い時間に授業がおこなわれます。




 日本は,70年前の1945年(昭和20年)に,大きな戦争に負けました。

 その戦争のあいだや,戦争が終わるころ,日本の社会は,とても混乱していました。

 その混乱の中で,家が貧しくて仕事をしなければならず,小中学校に通えなかった人が,たくさんいました。

 夜間中学は,もともと,そういう人たちが学ぶために作られた学校でした
【★2】



 戦争の混乱で学校に通えなかった人たちの中には,在日コリアン(在日韓国・朝鮮人)の人も,多くいました。

 「在日コリアンの身分証と通称」の記事にも書いたように,

 韓国併合で一方的に国籍を日本にされ,その日本にやってきたのに,

 日本の敗戦・朝鮮の独立で一方的に日本の国籍を奪(うば)われた在日コリアンの人たちは,

 「外国人だから」という理由で,日本の中で,いろんな差別を受けてきました。

 そういう厳しい生活・人生を生きてきた在日コリアンの人たちにとって,夜間中学は,今も,大切な学びの場になっています。




 夜間中学は,戦後の混乱が落ち着いたあとも,

 その時代ごとに,いろんな人々の学びの場になってきました
【★3】



 今から約40年あまり前の1972年(昭和47年),日本は,中国と仲直りをしました【★4】

 70年前に日本が戦争に負けるころ,中国から日本人が逃げ帰りましたが【★5】

 そのとき,たくさんの日本人の子どもたちが,親が死んだり,親とはぐれたりして,中国に置き去りにされてしまっていました。

 そういう人たちを,「中国残留孤児(ざんりゅうこじ)」と言います。

 日本と中国が仲直りをした後,多くの中国残留孤児の人たちが,日本に帰ってきました。

 「孤児」とは言っても,日本に帰るころには中高年になっていて,家族もできていました。

 夜間中学は,そういう人たちの学びの場になりました。




 今でこそ,障害(しょうがい)をもっている子どもも,学校で学ぶことが,当たり前になっています。

 しかし,むかしは,そうではありませんでした。

 1979年(昭和54年)まで,毎年2万人近くの障害のある子どもたちが,学校で学べなかったのです
【★6】

 夜間中学は,障害のために学校に通えなかった人たちの,学びの場でもありました。




 人種や宗教,政治的な意見などを理由に,捕まって処罰(しょばつ)されたり,命の危険にさらされたりするために,

 自分の国から,他の国に,助けを求めて逃げる人たちがいます。

 そのような人たちのことを,「難民(なんみん)」と言います。

 日本を含む多くの国々が,「難民を守ろう」と約束しています
【★7】【★8】

 そうやって命からがらこの日本にやって来た難民の人たちにとっても,夜間中学は,学びの場になっています
【★9】

 また,夜間中学は,難民のほかにも,いろんな事情で外国から日本に新しくやってきた人々が,たくさん通っています。




 「無戸籍(むこせき)」のために学校に通えなかった人も,今,夜間中学で学んでいます
【★10】

 子どもが生まれたときに,お母さんが役所に届出をできなかったため,

 戸籍が作られないままで,まるでこの社会に存在していないかのようにされ,小中学校に通えなかった人々です。

 お母さんが届出をできなかったのは,法律のしくみと裁判の手続が不十分だったからです。

 暴力をふるう夫から必死で逃げてきた女性が,離婚できないままだと,

 他の男性とのあいだに子どもをもうけても,その子は法律上,「夫の子」とされてしまいます
【★11】

 だから,暴力をふるう夫と,ふたたび関(かか)わらないといけなくなるのをおそれて,

 子どもが生まれた届出を,出せなかったのです。

 そうやって戸籍がないまま20年,30年も生きてきた人たちが,たくさんいるということ。

 そして,その中には,学校に通えなかった人がいるということ。

 それらが最近,社会に知られるようになりました
【★12】

 そういう人たちにとっても,夜間中学は,大切な場所です。




 自分の名前が書けない。

 電車の案内図の文字が読めない。

 計算ができなくて,いろんなところでお金をだまし取られる。

 基本的なことを学べないまま,この社会の中で暮らすことは,

 本当に大変で,本当につらいことです。

 人間らしく生きていくために,いちばん基本となる教育。

 その教育を受けられなかった,いろんな人々にとって,

 夜間中学は,とてもだいじな役割を果たしています。




 この夜間中学は,義務教育を受け終わっている人は,通うことができません。

 そのルールのために,問題が起きていました。

 いろんな事情で小中学校に通うことのできなかった「不登校」の子どもたちが,その後,夜間中学で学ぶことができない,という問題です
【★13】

 不登校の子には,「卒業していないことで,その子にマイナスにならないように」という配慮(はいりょ)から,実際に学校に通っていなくても,卒業証書が渡されていました。

 でも,卒業証書を受け取ってしまうと,「義務教育を終えている」ということになってしまいます。

 たまたま卒業証書をもらっていなかった不登校の人は,夜間中学に入れましたが
【★14】

 卒業証書をもらってしまった人は,入れなかったのです。

 ようやく,今年の7月,「卒業証書をもらってしまっていても,不登校だった人は,夜間中学に通える」ということになりました
【★15】

 ぜひ,小中学校に通えなかった不登校の子どもたちには,

 夜間中学を,これから学ぶ場所の選択肢の一つに入れてほしいと思っています。




 ただ,この記事を書いている今,公立の夜間中学は,全国にたった8都府県・31校しかありません
【★16】

 義務教育を受けられなかった人,夜間中学を必要としている人は,何十万人もいると言われています
【★17】

 公立の夜間中学がない地域では,ボランティアの人たちががんばって学びの場を作っていますが
【★18】

 ほんらい,生活・人生にとっていちばん基本となる教育についての,このようなだいじな取り組みは,きちんと公立の学校でやっていくべきものです
【★19】

 だから,全国に公立の夜間中学を作っていかなければいけません
【★20】【★21】



 この夜間中学は,国籍も,年代も,ほんとうにさまざまな人たちが集まっています。

 そして,それぞれが,学ぶことの喜びを実感しながら,卒業していきます。

 今,小中学生の
みなさんは,はたして,夜間中学で学んでいる人たちのように,学校で学ぶことの喜びを実感できているでしょうか。



 「教育を受けるのは『義務』ではなく『権利』だということを,初めて知りました」。

 私のブログの「義務教育の『義務』って?」の記事には,そういう感想がとても多く寄せられます。

 みんなが学べるように,私たちの社会が,しくみをきちんと作らなければいけない。

 それが,「義務教育」にいう「義務」です。

 その義務を,15歳を過ぎた人々に対しても,社会がきちんと果たすための場所。

 15歳を過ぎた人々の学ぶ権利が,きちんと守られる場所。

 夜間中学は,そういう中学校です。

 

 

 

【★1】 例えば,世田谷区立三宿中学校の場合,1校時が午後5時40分から午後6時20分まで,その後給食を挟んで2校時があり,4校時が終わるのは午後9時です。
【★2】 「生活困窮(こんきゅう)などの理由から,昼間に就労(しゅうろう)または家事手伝い等を余儀(よぎ)なくされた学齢生徒等を対象として,夜間において義務教育の機会を提供するため,中学校に設けられた特別の学級」(1985年(昭和60年)11月22日中曽根康弘内閣総理大臣答弁書)
 学校教育法施行令25条 「市町村の教育委員会は,当該(とうがい)市町村の設置する小学校又(また)は中学校…について次に掲(かか)げる事由(じゆう)があるときは,その旨(むね)を都道府県の教育委員会に届け出なければならない。…五 二部授業を行おうとするとき」
 夜間中学は,この「二部授業」にあたります。
【★3】 1993年(平成5年)に公開された映画「学校」(山田洋次監督)は,夜間中学がさまざまな生徒の学びの場であることが,とてもリアルにえがかれています。
【★4】 1972年9月29日「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
【★5】 1932年(昭和7年),日本が中国の中に「満州(まんしゅう)国」という日本の言いなりになる国を作り,そこに,多くの日本人が移り住んでいました。
【★6】 むかしの「養護学校」(今の「特別支援学校」)は,1979年(昭和54年)まで,都道府県に設置義務がありませんでした。このときまで,教育委員会が誘導して,「親から願い出た」という形にしての就学猶予(しゅうがくゆうよ)・免除の措置(そち)が多く取られていました(兼子仁「教育法新版」259頁)。
【★7】 出入国管理及び難民認定法2条1項 「…次の各号に掲(かか)げる用語の意義は,それぞれ当該(とうがい)各号に定めるところによる。 … 三の二 難民 難民の地位に関する条約…第1条の規定又は難民の地位に関する議定書第1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいう」
 難民の地位に関する条約1条A(2) 「…人種,宗教,国籍若(も)しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有(ゆう)するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所(じょうきょしょ)を有していた国の外にいる無国籍者であって,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」
【★8】 日本は,他の国とくらべて難民をなかなか保護しようとせず,批判されています。2014年(平成26年)には,5000人が日本で難民申請をしましたが,わずか11人しか難民として認められず,人道的な配慮による在留も110人しか認められていません(平成27年3月11日法務省入国管理局「平成26年における難民認定者数等について」http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00103.html
【★9】 例えば,裁判で難民として認定されたアフガニスタン難民のアリ・ジャンさんが夜間中学で学んだ様子は,「母さん,ぼくは生きてます」(マガジンハウス)という本に書かれています(難民認定の裁判は東京地裁平成17年11月11日判決,東京高裁平成18年9月13日判決)。
 また,北朝鮮から逃げてきた脱北者(だっぽくしゃ)リ・ハナさんも,夜間中学で学び,その後大学に入学したことを,「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」(アジアプレス出版部)という本に書いています。
【★10】 朝日新聞2014年9月5日「学び奪われ20歳 無戸籍社会復帰へひらがな・足し算から」
【★11】 嫡出推定(ちゃくしゅつすいてい)と言います。
 民法772条1項 「妻が婚姻(こんいん)中に懐胎(かいたい)した子は,夫の子と推定する」
 同条2項 「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若(も)しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する」
【★12】 秋山千佳「戸籍のない日本人」(双葉新書),弁護士ドットコム2014年7月24日「人として生きる術を奪われた「無戸籍児」を救うには(上)〜支援団体の井戸代表に聞く」「(下)~山下敏雅弁護士に聞く」
【★10】 平成26年度の不登校の児童生徒は,小学校2万6千人,中学校9万7千人です(平成27年8月6日文部科学省「平成27年度学校基本調査(速報値)の公表について」
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/08/18/1360722_01_1_1.pdf
【★13】 東京都の場合,夜間中学の入学資格は「東京都公立中学校夜間学級要覧」に書かれていますが,1981年(昭和56年)の要覧は「学齢超過者(がくれいちょうかしゃ)で中学校の教育課程の未修了者(みしゅうりょうしゃ)と対象とすることを原則とする」としていたのが,1988年(昭和63年)の要覧では「学齢を超過しており,義務教育が未修了者である者」と変わり,「原則とする」という言葉がなくなったために,形式的卒業の人の入学が難しくなりました。
【★14】 朝日新聞2008年12月6日(夕刊)「20歳の夜間中学転機 8年間ひきこもった土屋さん 大学に入学『将来は先生に』」
 墨田区立文花中学校のドキュメンタリー映画「こんばんは」(森康行監督)にも,不登校だった男子生徒が夜間中学で先生や他の生徒との交流の中で成長していく様子がえがかれています。
【★15】 2015年(平成27年)7月30日文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課長「義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の対応に関する考え方について(通知)」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1361951.htm
【★16】 2015年(平成27年)9月現在(東京)足立区立第四中学校,葛飾区立双葉中学校,墨田区立文花中学校,大田区立糀谷中学校,世田谷区立三宿中学校,荒川区立第九中学校,江戸川区立小松川第二中学校,八王子市立第五中学校(神奈川県)横浜市立蒔田中学校,川崎市立西中原中学校(千葉県)市川市立大洲中学校(京都府)京都市立洛友中学校(大阪府)大阪市立天王寺中学校,大阪市立天満中学校,大阪市立文の里中学校,大阪市立東生野中学校,岸和田市立岸城中学校,堺市立殿馬場中学校,八尾市立八尾中学校,東大阪市立長栄中学校,東大阪市立太平寺中学校,守口市立第三中学校,豊中市立第四中学校(奈良県)奈良市立春日中学校,天理市立北中学校,橿原市立畝傍中学校(兵庫県)神戸市立丸山中学校西野分校,神戸市立兵庫中学校北分校,尼崎市立成良中学校琴城分校(広島県)広島市立観音中学校,広島市立二葉中学校
【★17】 「義務教育未修了者の数は,全国夜間中学校研究会等によれば,…総合計160万5569人である。他方,内閣総理大臣答弁書によれば…約70万人程度であるとされている」(日弁連「学齢期に就学することができなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」)
【★18】 ボランティアによる「自主夜間中学」や「識字教室」は,2014年(平成26年)5月時点の調査で,154市区町307件もあり,公立夜間中学に通っている生徒の約4倍の7422人も通っています。
 平成27年5月文部科学省「中学校夜間学級等に関する実態調査について」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/yakan/__icsFiles/afieldfile/2015/05/18/1357927_01_2.pdf
【★19】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
 教育基本法3条 「国民一人一人が,自己の人格を磨(みが)き,豊かな人生を送ることができるよう,その生涯(しょうがい)にわたって,あらゆる機会に,あらゆる場所において学習することができ,その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」
 同法4条1項 「すべて国民は,ひとしく,その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず…」
 世界人権宣言26条1項 「すべて人は,教育を受ける権利を有する。教育は,少なくとも初等及び基礎的の段階においては,無償(むしょう)でなければならない。初等教育は,義務でなければならない…」
 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項(d) 「基礎教育は,初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため,できる限り奨励(しょうれい)され又は強化されること」
 同項(e) 「すべての段階にわたる学校制度の発展を積極的に追求し,適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的な条件を不断に改善すること」
 1985年3月29日ユネスコ第4回国際成人教育会議「学習権宣言」 「学習権を承認(しょうにん)するか否かは,人類にとってこれまでにもまして重要な課題となっている。学習権とは,読み書きの権利であり,問い続け,深く考える権利であり,想像し,創造する権利であり,自分自身の世界を読み取り,歴史をつづる権利であり,あらゆる教育の手だてを得る権利であり,個人的・集団的力量(りきりょう)を発達させる権利である。…学習権は,人間の生存にとって不可欠(ふかけつ)な手段である。…学習権なくして人間的発達はあり得ない。…学習権は単なる経済発展の手段ではない。それは基本的権利の一つとしてとらえられなければならない。学習活動はあらゆる教育活動の中心に位置づけられ,人びとを,なりゆき任せの客体から,自らの歴史を作る主体に変えていくものである。…それは基本的人権の一つであり,その正当性は普遍的(ふへんてき)である。…本パリ会議は,すべての国に対し,この権利を具体化し,すべての人々が効果的にそれを行使するのに必要な条件を作るよう要望する」
 2002年1月18日国連総会採択「国連識字の10年:すべての人々に教育を」 「識字は,すべての子ども,若者及び成人が,生きていく中で直面する困難に立ち向かうことを可能とする大切な生活スキルを習得する上で決定的に重要であり,21世紀の社会及び経済に効果的に参加するために不可欠な手段である基礎教育の基本的ステップに相当する。…すべての政府に,識字への取組みの施策の策定,実施及び評価に関する持続的対話に,関連する国内の実行主体すべてを集め,国内レベルでの10年の活動の調整を先頭に立って行うよう要請する」
【★20】 2006年(平成18年)8月10日,日弁連は「学齢期に就学することができなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」を出しました(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/060810.pdf)。
「 国は,戦争,貧困等のために学齢期に修学することのできなかった中高年齢者,在日韓国・朝鮮人及び中国帰国者などの多くの人々について,義務的かつ無償とされる普通教育を受ける権利を実質的に保障するため,以下の点を実施すべきである。
1 義務教育を受ける機会が実質的に得られていない者について,全国的な実態調査を速やかに行うこと。
2 上記の実態調査の結果をふまえ,
(1) 公立中学校夜間学級(いわゆる夜間中学)の設置の必要性が認められる地域について、当該地域を管轄(かんかつ)する市(特別区を含む。)町村及び都道府県に対し,その設置について指導及び助言をするとともに,必要な財政的措置を行うこと。
(2) その他の個別のニーズと地域ごとの実情に応じ,①既存(きそん)の学校の受け入れ対象者の拡大,②いわゆる自主夜間中学等を運営する民間グループに対する様々な援助(施設の提供,財政的支援等),③個人教師の派遣を実施することなど,義務教育を受ける機会を実質的に保障する施策を推進すること。」
【★21】 2014年(平成26年)7月,文部科学省が,公立夜間中学を各都道府県に最低1校設置できるよう地方自治体への財政支援を拡充する方針を固めた,と報じられています(時事通信2014年7月28日「夜間中学増設で支援拡充=全都道府県に1校へ―文科省」)。
 

2015年9月 1日 (火)

おこづかいの値上げ交渉

 

 おこづかいを値上げしてもらう親との交渉って,どうやればいいんですか?

 

 弁護士は,お金についてのトラブルを,交渉・話し合いで解決することが多い仕事です【★1】

 その話を聞いた子どもたちから時々質問されるのが,この「おこづかいの値上げ交渉のやりかた」です。



 交渉・話し合いでの,だいじなコツが2つあります。

 ひとつめは,「相手にとってのマイナス・プラス」,

 ふたつめは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です。




 相手から何かを引き出したいとき,

 特に,それがお金というシビアな場面のときには,

 自分が「困っている」という話をいくらしても,

 それだけでは,相手にはひびきません。



 人が「動こう」と思う多くの場合は,

 「ここで動かないと自分にマイナスになる」と思ったときか,

 「ここで動いたほうが自分にプラスになる」と思ったときです。

 これが,ひとつめの,「相手にとってのマイナス・プラス」です。



 私たち弁護士は,交渉の相手が法律に違反しているときに,

 「ここであなたがきちんと動かないと,裁判になって,財産をとられたり,処罰されたりしますよ」という「マイナス」を伝えます。

 これは,とても強い交渉のカードです。

 虐待をする親や,体罰をする先生など,法律違反をする大人たちにも,

 この「マイナス」カードを使って話し合いを進めます。



 ところが,おこづかいは,この「マイナス」カードが使えません。

 親には,子どもを育てる義務がありますが
【★2】

 住むところ,着るもの,食べるもの,学ぶこと,

 それらを子どものためにきちんとしていれば,

 子どもを育てる義務を,じゅうぶん果たしていることになります。

 親が子どもに,おこづかいとして現金を渡さなければいけない義務までは,ないのです。

 たとえ親が子どもにおこづかいをあげなかったとしても,法律違反ではありません。

 おこづかいの額としていくらがふさわしいかということも,法律では決められません。



 「値上げしてくれないなら,こっちは~~しないぞ」。

 そういう「マイナス」カードが許される,特別な場合があります。

 働いている人々が,給料の値上げを職場と交渉する場面です
【★3】

 給料を上げるための交渉カードとして仕事をしないことを,ストライキと言います。

 これは,働く人を守るために,法律が認めているやり方です。

 しかし,こういう特別な場合のほかに「マイナス」カードを使うのは,とても慎重にしなければいけません。

 相手を脅(おど)したり,騙(だま)したりして困らせる「マイナス」カードは,

 それ自体が犯罪になってしまうことさえあります
【★4】

 そういう犯罪になりうることは,絶対にしてはいけません。




 おこづかいの値上げ交渉では,「マイナス」カードが使えませんから,

 「この子のおこづかいの額を上げたほうが,親の自分にとってプラスになる」,

 親にそう思ってもらうようにする必要があります。



 親は,どうすれば,「値上げしたほうが自分にプラスになる」と思うでしょうか。


 お金は,仕事をしてかせぐものですね【★5】

 その考え方から,家の中での仕事,つまり,「そうじ・洗濯・炊事などの家事を手伝うから,おこづかいを値上げしてほしい」と言うことが考えられます。

 あなたが家事を手伝えば,そのぶん親の負担が減りますから,プラスだと思ってもらえるかもしれません。



 「子どもの仕事は,勉強することだ」と言う大人も多くいます。

 そこから,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方を思いつく人もいるかもしれません。

 たしかに,子どもの成績が上がることを願っている親なら,

 おこづかいを値上げすれば,親自身の願いに近づいてプラスだと思ってもらえるかもしれません。

 ただ,勉強は,自分自身のためにするものです。

 親のためにするものではありません。

 働いてお金をかせぐというほんらいの「仕事」とは,意味がちがいます。

 なので,「勉強をがんばるから値上げしてほしい」という言い方は,私からは,あまりお勧めしません。




 「なぜ,親がおこづかいをくれるのか」と視点からも,考えてみましょう。

 あなたが大人になったら,自分自身でお金のやりくりをして,生活をします。

 「大人になったときのために,子どものうちから,お金の管理や使い方を少しずつ学んでほしい」。

 おこづかいには,そういう思いが込められています
【★6】

 「お金の管理や使い方が身についてきている」と,あなたが成長していることが親に実感できて,

 「もう少し額を増やして,さらにお金の使い方を学べるようにしてあげよう」と,あなたがいっそう成長することを親が期待できる,

 そう思えることが,子どもを一生懸命育てている親にとっての,何よりのプラスです。



 そのために,

 おこづかい帳をしっかりつけて記録し,

 いままでおこづかいをどのように使ってきたのかがわかるようにすること。

 むだづかいをしないで,できるかぎり節約してきたことも,わかるようにすること。

 これから先のおこづかいの使い方の見通しを,きちんと説明すること。

 めんどうではあっても,

 あなたがお金を大切にしている姿勢がそうやって親に伝わること,

 それがだいじなのです。




 いままで書いてきたもののほかにも,あなたの親にとって「プラス」と思ってもらえるものが,あるかもしれません。

 あなたなりに,いろいろと考えてみるとよいと思います。




 そして,いざ,実際に親と交渉するとき,

 「おこづかいが足りなくて困ってる」

 「家事を手伝います」

 「こういうふうにきちんとお金を管理してきたし,今後もこうします」

 と話すよりも,もっと親に伝わる話し方があります。



 今,上に書いたのは,すべて,

 「自分はこう思う」「自分はこうしたい」という,

 あなたが自分のことを一方的に言っているだけです。

 こういう言い方を,私はいつも,「わたしメッセージ」と呼んでいます。

 この「わたしメッセージ」だけでは,相手に気持ちは伝わらないのです。



 自分の気持ちを相手に理解してもらいたいなら,

 まず自分自身が,相手の気持ちを理解しなければいけません。

 「あなたはきっと,~~と思っていますよね」と伝えること。

 私はそれを,「あなたメッセージ」と呼んでいます。



 これが,ふたつめの,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」です【★7】


 私が弁護士として,犯罪をしてしまった人の弁護活動をするとき,

 本人に,被害者へのお詫(わ)びの手紙を書いてもらいます。

 すると,最初は,自分のことばかり書いて「ごめんなさい」と謝るだけの,「わたしメッセージ」しかない手紙ができあがることが,とても多いです。

 「自分がしてしまったことで,あなたに~~という思いをさせてしまいました。だからごめんなさい」,

 そういう「あなたメッセージ」を書かなければ,相手には伝わりません。

 そうやって手紙をいっしょに書き直していく中で,

 相手の気持ちを想像することの大切さを,本人とじっくりと話し合っていきます。



 この「あなたメッセージ」は,

 お詫びの場面だけでなく,日常のどんな場面でも当てはまる,だいじなことです。



 おこづかいの値上げ交渉の場面なら,

 家計にあまり余裕がない中で,子どもにおこづかいを渡すときの,親のしんどさ。

 子どもから値上げを求められたときの,親のとまどい。

 値上げしてもむだづかいをされるのではないかという,親の心配。

 子どものあなたにきちんと成長してもらいたいという,親の願い。

 そんな親の気持ちを想像して,

 それを,「あなたメッセージ」にして,きちんと伝えること。

 それが,話し合い・交渉をスムーズに進めるために,とても大切なことです。




 「相手にとってのマイナス・プラス」も,

 「わたしメッセージ・あなたメッセージ」も,

 相手の立場に立ってものごとを考えるという姿勢が,基本にあります。

 この姿勢は,おこづかいの値上げ交渉という駆(か)け引きの場面だけでなく,

 これから先,社会の中でいろんな人たちといっしょに生きていくために,様々な場面で,絶対に必要となることです。



 あなたの値上げ交渉がうまくいくことを願っていますが,

 もし,結果として,値上げができなかったとしても,

 相手の立場に立ってものごとを考えることの大切さが身についたなら,

 値上げできなかったお金のぶん以上に,

 あなた自身の良さが,しっかりと増していることと思います。

 

【★1】 弁護士は,裁判をして判決で決着をつけるのもだいじな仕事ですが,裁判をせずに話し合い・交渉で解決をすることも多いですし,裁判の中でも「和解」という話し合いがまとまって判決にまではならないで終わることも多いです。
 民法695条 「和解は,当事者が互(たが)いに譲歩(じょうほ)をしてその間に存(そん)する争いをやめることを約(やく)することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 民事訴訟法89条 「裁判所は,訴訟(そしょう)がいかなる程度にあるかを問わず,和解を試(こころ)み,又(また)は受命(じゅめい)裁判官若(も)しくは受託(じゅたく)裁判官に和解を試みさせることができる」
 同法267条 「和解…を調書に記載したときは,その記載は,確定判決と同一の効力を有(ゆう)する」
 平成26年中に全国の地方裁判所に提起された金銭を目的とする訴えの第一審の件数は9万9531件で,そのうち,和解で終了したものは4割近くの3万8026件です。(平成26年度司法統計 第19表 第一審通常訴訟既済事件数-事件の種類及び終局区分別-全地方裁判所 http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/908/007908.pdf
【★2】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★3】 経済的,社会的及ぶ文化的権利に関する国際規約(A規約)8条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,次の権利を確保することを約束する。…(d)同盟罷業(どうめいひぎょう)をする権利。ただし,この権利は,各国の法律に従(したが)って行使されることを条件とする」
 憲法28条 「勤労者(きんろうしゃ)の団結する権利及(およ)び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法1条2項 「刑法第35条の規定〔注:正当行為の規定〕は,労働組合の団体交渉その他の行為(こうい)であって前項に掲(かか)げる目的を達するためにした正当なものについて適用があるものとする。…」
 同法8条 「使用者は,同盟罷業その他の争議行為(そうぎこうい)であって正当なものによって損害を受けたことの故(ゆえ)をもって,労働組合又はその組合員に対し賠償(ばいしょう)を請求することができない」
【★4】 おどすのは脅迫罪(きょうはくざい),むりやり何かをさせるのは強要罪(きょうようざい),お金をむりやり出させるのは恐喝罪(きょうかつざい),お金をむりやり奪(うば)うのは強盗罪,だましてお金を出させたりすることは詐欺罪(さぎざい)です。
 刑法222条1項 「生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨(むね)を告知(こくち)して人を脅迫した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
 刑法223条1項 「生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害(ぼうがい)した者は,3年以下の懲役に処する」
 刑法249条1項 「人を恐喝(きょうかつ)して財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 刑法236条1項 「暴行又は脅迫を用(もち)いて他人の財物を強取(ごうしゅ)した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付(こうふ)させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★5】 民法623条 「雇用(こよう)は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬(ほうしゅう)を与えることを約することによって,その効力を生ずる」
 ただし,記事本文で書いたような,家事の手伝いでおこづかいをもらう程度のことではなく,大人と同じように仕事をして働くことは,15歳になって最初の3月末(≒中学校卒業)まではできません。
 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★6】 法律は,親が許したぶんについては,子どもが自由に使っていい,としています。「子どもがだまされてお金を失うことはないだろう」,「お金の使い方をここで学んでもらおう」,ということを,金額の大きさや子どもの年齢に応じて,親が考えていくしくみになっています。
 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも,同様とする」
【★7】 記事本文で書いた「わたしメッセージ・あなたメッセージ」よりも,一般的には,トマス・ゴードン博士が提唱(ていしょう)している「わたしメッセージ・あなたメッセージ」のほうが有名です。
 トマス・ゴードン博士は,親が子育てをするとき,子どもの「あなた」で始まるか,「あなた」がどこかに入っているメッセージではなく,親の「わたし」がどう感じているかを伝えるメッセージのほうが,子どもの行動を変えさせるのに効果的で,子どもにとっても,親子関係にとっても,より健全な影響がある,としています(トマス・ゴードン著,近藤千恵訳「親業 子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方」109頁)。
〔トマス・ゴードン博士の「あなたメッセージ」の例〕
 やめなさい,そんなことしちゃいけません,やめないんだったら…,こうしたらどう?,いたずらっ子ね,赤ん坊みたいじゃないか,人の注意を引こうとして…,どうしていい子になれないの,もっとよくわかってるはずでしょ,など
〔トマス・ゴードン博士の「わたしメッセージ」の例〕
 だれかが膝の上にのぼろうとするとゆっくり休めないんだがな,疲れているときは遊びたくないんだよ,時間までにごちそうのしたくができないんじゃないしら心配だわ,きれいな台所がまた汚れているとほんとにガッカリしちゃうわ,など
 「わたしメッセージ」のほうがよい,というトマス・ゴードン博士の結論は,一見,私とさかさまのようにも思えますね。これは,「わたしメッセージ・あなたメッセージ」の意味が,トマス・ゴードン博士と私とで,ちがっているからなのですが,でも,トマス・ゴードン博士も私も,「相手の気持ちを考えて相手に伝わるようにメッセージを出そう」という点では,同じです。

2015年8月 1日 (土)

彼女が電車で痴漢に遭った

 

 付き合っている彼女が,昨日,電車で痴漢(ちかん)に遭(あ)いました。その場で叫(さけ)んだので,犯人は捕まったみたいです。彼女は警察で長時間事情を聞かれたのに,また明日も警察に呼ばれてるそうで,「ほんとうは行きたくない」と悩んでます。行かなくても特に問題はないんですか。あと,僕からは彼女に,これからは,電車に乗る時間を変えるとか,女性専用車を使うようにとか,スカートを少し長めにしたら,とアドバイスしたんですが,僕が彼女のためにほかにできることはありますか。

 


 自分の大切なパートナーが痴漢の被害に遭ったと聞いて,

 びっくりし,腹立たしい気持ちになりましたよね。



 きっと彼女も,

 気持ち悪さや戸惑(とまど)い,怒りや悔しさなど,

 いろんな気持ちがわきあがっただろうと思います。



 痴漢の被害を受けた人は,なかなか声を上ることができません。

 そして,それをいいことに,犯人たちは痴漢をくりかえしています。

 多くの10代の女性が,痴漢の被害に遭っています
【★1】

 今回,彼女が勇気を出して声を上げたことは,

 彼女自身を守るだけでなく,

 ほかの人たちを守ることにもつながる,すごいことです。



 痴漢の被害に遭ったことに,「それはいやだったよね」と,彼女の気持ちに寄り添うこと。

 そして,勇気を出して声を上げたことに,「すごいね,大変だったね」と言葉をかけること。

 それが,あなたが彼女のためにできること,彼女のためにしてほしいことです。


 そういった共感は,

 法律の手続のアドバイスと同じくらい,あるいはそれ以上に,

 被害を受けた人の心の支えになります。

 私たち弁護士も,犯罪の被害に遭った人の相談を受けるときには,

 「共感すること」を,とてもだいじにしています。



 電車に乗る時間を変えるとか,

 女性専用車を使うようにするとか,

 そういうアドバイスは,今後痴漢に遭わないようにするためには,たしかに意味のある対策かもしれません。



 でも,今回彼女が痴漢に遭ったのは,彼女のせいではありません。

 悪いのは,痴漢をした犯人のほうです。



 相手に共感する言葉がないままのアドバイスだと,

 それを言われたほうは,

 「痴漢に遭ったのは,そうしなかった自分の落ち度だ」と,

 責(せ)められているように感じられることがあります。

 被害じたいで傷ついているのに,身近な人の言葉で,さらに傷ついてしまうのです。



 「女性のがわにも,落ち度があったんじゃないの」。

 この社会では,女性が受けた性的な被害について,そういう根拠のない偏見(へんけん)を言う人が,たくさんいます。

 その偏見に傷ついている人が多くいるということを,ぜひ,心にとめておいてください。

 そして,あなたの思いが,そういった偏見と同じと誤解されないように,

 「アドバイス」よりも,彼女に共感する言葉のほうを,かけるようにしてください。




 痴漢の犯人と疑われた人の,その後の処分には,いろんなパターンがあります。

 その人が20歳以上なら,次のようなパターンがあります。




 「人ちがいだった」とか「証拠が足りない」という理由で裁判にかけられずに終わったり
【★2】

 「痴漢をしたけども,十分に反省しているし,被害者にも謝っている」という理由で,裁判にかけられずに終わることもあります
【★3】


 痴漢をしたことを認めている場合には,

 書類だけの簡単な裁判で,罰金を払って釈放される手続もあります
【★4】

 簡単な裁判ではあっても,罰金も刑罰ですから,前科として扱われます
【★5】


 「痴漢の程度がひどい」,「犯罪をくりかえしている」,「痴漢をしたことがはっきりしているのに,いろいろ弁解して反省していない」など,

 いろんな事情から,ふつうの刑事裁判を受けることもあります
【★6】



 あなたの彼女は,長い時間警察から事情を聞かれたのに,また警察に呼ばれている,ということでしたね。



 裁判で犯人を処罰するためには,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★7】

 痴漢は,証拠が残りにくい犯罪です。

 そして,混んでいる電車では,犯人の取り違えが起きてしまうこともあります。

 やってもいない犯罪で処罰される「冤罪(えんざい)」は,あってはならないことです
【★8】

 だから,警察は,犯人と疑われている人と,被害を受けた人,それぞれの言い分を,慎重に調べなければいけません。

 あなたの彼女が,また警察に呼ばれているのも,そのためです。



 でも,被害を受けたときのことを何度も長い時間聞かれるのは,とてもつらいことですよね。

 被害を受けた人が,警察に話をするかどうかは,あくまで自由です。

 彼女が「話したくない」ということであれば,警察に断ってもかまいません。

 また,話すとしても,こちらの事情を説明して,警察にいろいろ配慮してもらうように求めてもかまいません
【★9】


 もしかしたら,犯人についた弁護士から,彼女や彼女の親に連絡があるかもしれません。

 犯人が,痴漢をしたことを認めていて,お金を払うことで謝りたい,という連絡です。

 そういう話し合いを,「示談(じだん)」と言います。

 示談は,法律的な約束ごとですから,

 彼女がまだ20歳でなければ,相手の弁護士との話し合いは,彼女一人でするのではなく,彼女の親といっしょに進めていくことになります
【★10】


 これから先,いろんな場面で,彼女がどのように対応していけばよいかについて,

 犯罪の被害に詳しい弁護士からアドバイスを受けたり,その弁護士に依頼したりすることもできます。

 あなたから彼女に,そういった窓口を伝えるのも,よいと思います
【★11】


 被害を受けてつらい思いをしているパートナーの気持ちに,ぜひ,しっかりと寄り添ってください。



 私は,痴漢をなくしていかなければならない,と思うとともに,

 皆さんが,学校を卒業し働き始めてこれから先何十年もずっと,満員電車に乗らなければならない社会であってはいけないとも,思っています。



 見知らぬ人どうしが,ぎゅうぎゅうにくっつくことに耐えなければいけない満員電車は,それじたいが,人間の暮らしとして,異常なことです【★12】【★13】

 ましてや,その中で,

 痴漢というひきょうな犯罪が起きやすくなり,

 その被害でつらい思いをする人々が,たくさんいて,

 時には,痴漢の犯人に間違われて大変な思いをする人もいます。

 混んでいる駅の中で,駅員に対する暴力や,人身事故も,多く起きています。

 満員電車での通勤の負担が,過労死の原因になっているケースも,多くあります。



 今回のことをきっかけにして,

 満員電車が当たり前の風景になってしまっていてよいのか,

 一人ひとりが大切にされる社会のありかたについても,

 考えてみてほしいと思っています。

 

【★1】 平成22年1月8日から15日,4月15日から21日,9月6日から10日に,首都圏で検挙された痴漢のケースで,被害者は15~19歳が全体の約半分(49.7%)にも及んでいました。(平成23年3月警察庁・痴漢防止に係る研究会「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」)
【★2】 裁判にかけるかどうかを判断する人は,「検察官(けんさつかん)」です。「警察官」と発音が似ているのでややこしいですが,別の人です。検察官は,弁護士や裁判官と同じように,法律家です。警察と協力しながら事件を捜査し,ずっとつかまえるか外に出すかを決めたり,犯人の処分を求めて裁判所の手続をとったりします。裁判にかけないことを「不起訴処分(ふきそしょぶん)」と言います。その人が犯人でないとはっきりしたなら「嫌疑なし」,証拠が足りないなら「嫌疑不十分(けんぎふじゅうぶん)」による不起訴処分です。
【★3】 検察官は,必ず犯人を裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
 本文のような不起訴処分を,「起訴猶予(きそゆうよ)」と言います。
【★4】 「略式手続(りゃくしきてつづき)」と言います。
 刑事訴訟法461条 「簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄(かんかつ)に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料(かりょう)を科(か)することができる。…」
 同法461条の2第1項 「検察官は,略式命令の請求に際し,被疑者に対し,あらかじめ,略式手続を理解させるために必要な事項(じこう)を説明し,通常の規定に従(したが)い審判を受けることができる旨を告げた上,略式手続によることについて異議(いぎ)がないかどうかを確めなければならない」
【★5】 刑事訴訟法470条 「略式命令は,正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生ずる。…」
 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
【★6】 痴漢は,多くの場合,都道府県の条例(迷惑防止条例)に違反したとして処罰されます。条例違反の場合,罰金刑があるので,略式手続をとることができます。しかし,痴漢の程度がひどければ,刑法の「強制わいせつ罪」で処罰されます。強制わいせつ罪には罰金刑がないので,略式手続がとれず,ふつうの刑事裁判を受けることになります。なお,強制わいせつ罪は,被害者から「犯人を処罰してください」という「告訴(こくそ)」がなければ,刑事裁判をすることはできません(「親告罪(しんこくざい)」と言います。被害者が未成年の場合は親が告訴することもできます)。
 (東京都)公衆に著(いちじる)しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項 「何人(なんぴと)も,正当な理由なく,人を著しく羞恥(しゅうち)させ,又は人に不安を覚えさせるような行為(こうい)であって,次に掲(かか)げるものをしてはならない。 一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。…」
 同条例8条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。… 二 第5条第1項…の規定に違反した者」
 刑法176条 「13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫(きょうはく)を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする」
 同法180条 「第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪(みすいざい)は,告訴がなければ公訴(こうそ)を提起(ていき)することができない」
 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 同法231条1項 「被害者の法定代理人は,独立して告訴をすることができる」
【★7】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」
【★8】 実際に痴漢冤罪(えんざい)が問題になったケースとして,矢田部孝司・あつ子「お父さんはやってない」(2006年,太田出版)と,その実話をベースとした映画「それでも僕はやってない」(2007年,周防正行監督)があります。
【★9】 犯罪捜査規範10条の2第1項 「捜査を行うに当たっては,被害者又はその親族…の心情を理解し,その人格を尊重しなければならない」
 同条2項 「捜査を行うに当たっては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならない」
【★10】 親にチェックしてもらい,親のOK(=同意)をもらったうえで示談をするか,または,親に代わりに(=代理人として)示談してもらうことが必要です。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 同法824条「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
【★11】 各弁護士会の犯罪被害者法律相談窓口 http://www.nichibenren.or.jp/contact/crime_victims/whole_country.html
 法テラス犯罪被害者支援 0570-079714 (http://www.houterasu.or.jp/higaishashien/index.html
【★12】 法律は,一人ひとりが,大切な人間として尊重されること,物や人形や奴隷ではなく,人間として大切にされることを,だいじにしています。
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
 憲法18条 「何人(なんぴと)も,いかなる奴隷的拘束(どれいてきこうそく)も受けない。…」
 1987年(昭和62年)に過労死で亡くなった八木俊亜さんは,亡くなる前のノートに,次のように書いていました(八木光恵「さよならも言わないで 『過労死』したクリエーターの妻の記録」45頁,双葉社)。
 「人はただ奴隷的に存在する安逸(あんいつ)さになれてしまう。人間の奴隷的存在について考えてみよう。かつての奴隷たちは奴隷船につながれて新大陸へと運ばれた。超満員の通勤電車のほうがもっと非人間的でないのか。現代の無数のサラリーマンたちはあらゆる意味で,奴隷的である。金にかわれている。時間で縛られている。上司に逆らえない。賃金もだいたい一方的に決められる。ほとんどわずかの金しかもらえない。それも欲望すらも広告によってコントロールされている。肉体労働の奴隷たちはそれでも家族と食事をする時間がもてたはずなのに。」
【★13】 宮尾節子さんの詩「明日戦争がはじまる」は,「まいにち 満員電車に乗って 人を人とも 思わなくなった」という出だしで始まっています。 https://twitter.com/sechanco/status/425897118599901184/photo/1

2015年7月 1日 (水)

路上ライブを警察に止められた

 

 友だちと二人でフォークギターのライブユニットを組んで駅前の歩道で路上ライブをしていたら,警察官に止められて,交番に連れて行かれ,「もう二度としない」と誓約書を書かされました。路上ライブって,犯罪になるんですか?

 

 人や車の通りに,とても大きな影響がある路上ライブなら,

 警察の許可をもらっていないと,犯罪になります。

 でも,

 人や車の通りに,とても大きな影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可はいりません。



 道路は,人や車が通るための場所です。

 人や車が安全に通れるように,

 「道路交通法」という法律が,道路のルールを細かく決めています。



 道路を,人や車が通る以外のために使うときは,

 道路ほんらいの役割の「人や車が安全に通れること」と両立するかどうかを,

 警察がチェックすることになっています。



 道路で工事をする,

 道路に銅像や広告を置こうとする,

 道路に屋台などのお店を出そうとする,

 そういったときには,警察に申請をして,許可をもらいます
【★1】


 警察は,

 「人や車が安全に通れるから大丈夫」,

 「条件を付ければ安全だ」,

 そう判断したら,許可を出さなければいけないことになっています
【★2】


 その警察の許可をきちんともらわないで,

 工事をしたり,銅像や広告を置いたり,屋台などのお店を出したりしたら,

 犯罪として処罰されます
【★3】


 ところが,「路上ライブをするときに警察の許可がいる」とは,

 道路交通法には,書かれていません。



 じつは,路上ライブについては,

 道路交通法という法律ではなく,

 都道府県の「公安(こうあん)委員会」がつくったルールで,

 「警察の許可が必要」とされています
【★4】

 「公安委員会」というのは,警察の上にある,警察を管理する組織のことです
【★5】


 道路交通法は,

 「工事をする,銅像や広告を置く,屋台を出す以外にも,

 警察の許可が必要なものを,都道府県の公安委員会が決めていい」

 と,一部をまかせています
【★6】


 しかし,公安委員会が何でもかんでも好き勝手にルールを決めていいわけではありません。

 法律は,選挙でみんなから選ばれた議員が,議会で作ったものです。

 でも,公安委員会の人たちは,選挙で選ばれていません。

 だから,公安委員会は,法律が決めたワクの中でしか,ルールを決められないのです。



 道路交通法が言っているのは,次のようなことです。


 「お祭りや,映画・テレビの撮影みたいに,

 人や車が通ることに『著(いちじる)しい』影響があるときには,

 警察の許可がいる。

 お祭りや映画・テレビの撮影以外に,どんなものがあるかは,

 都道府県の公安委員会で決めてください。」



 「著しい」というのは,「とても大きい」という意味です。

 この「著しい影響」というのが,法律が作ったワクなのです。



 有名なバンドだったり,

 大きな音量で派手なパフォーマンスだったりしたら,

 人がたくさん集まって,人や車が通るのに影響が「著しい」かもしれません。

 大きな駅の改札の目の前だったり,

 乗り降りのとても多いバス停のすぐ横だったりしたら,

 人がたくさん行き交(か)いますから,「著しい」影響があるかもしれません。



 でも,路上ライブすべてが,人の通りに「著しい」ほどの影響が出るわけではありません。


 たしかに,路上ライブの演奏に聴き入ってくれる人たちがその場に立ち止まれば,

 その道路を通る人たちの行き来に,多少の影響はあるでしょう。

 でも,その影響は,お祭りや映画・テレビ撮影ほどの「著しい」ものではないはずです。

 人の行き来に「著しい」影響まではない路上ライブなら,

 警察の許可をもらう必要は,ないのです。



 路上でビラを配ることも,

 法律ではなく,公安委員会のルールで,

 「警察の許可が必要」とされています。



 これまで,警察の許可なく路上で政治的な意見を書いたビラを配った人が,警察から止められたり,逮捕されたりして,裁判になったケースが,いくつかあります。

 それらすべてのケースで,裁判所は,

  「そのビラ配りは,人や車が通るのに『著しい影響』まではなかった。

  だから,そもそも警察の許可が必要なかった。

  警察が止めたり,逮捕するのはおかしい」,

 そう言っています
【★7~9】


 もちろん,路上ライブの内容や,演奏する場所・時間によっては,

 人の行き来に「著しい」影響が出てしまうものもあるでしょう。

 また,将来,あなたたちのライブユニットがとても人気になって,

 路上ライブにたくさん人が集まり,人の行き来に「著しい」影響が出ることがあるかもしれません。

 そういう場合には,きちんと警察に許可をもらうための申請をしてください
【★10】

 もし,申請をしても,警察がまったく許可しないなら,弁護士に相談してください。




 どんな人にも,「表現の自由」があります
【★11】


 自分の思いや,気持ちや,考えを,いろんな形で表現することは,

 その人自身にとっても,

 その表現を受け取る人にとっても,

 そして,社会全体にとっても,

 非常に大切なことです。

 いろんな人の,いろんな表現が行き交い,混じり合うことで,

 一人ひとりが成長していくことができ,

 そして,社会も豊かなものになるからです。



 だから,憲法は,

 表現の自由を,とてもだいじなもの,よっぽどのことがなければ制限できないものとしています。

 お金や財産のことも,もちろん大切ですが,

 表現の自由は,お金や財産のことよりも,よりいっそう,だいじにされなければならないのです
【★12】


 ところが,じっさいには,

 お金もうけのためにいろんなお店がビラをたくさん配り,駅前で大音量の音楽を流して宣伝していても,警察は止めないのに,

 若い人たちが,素朴(そぼく)な気持ちや,真面目な意見を,音楽に乗せて路上ライブをしていると,すぐに警察が止めに来てしまいます。

 これは,まったくおかしなことです。



 道路は,みんなのもの,公共のスペースです。

 そして,「表現の自由」は,社会にとって,非常に大切なものです。

 だから,

 道路は,たんに,人や車が移動するためだけの場所ではなく,

 いろんな人の思い,気持ち,考えが行き交う,表現のための場所でもあるのです。

 道路交通法は,「表現の自由」と「人や車の安全」とのバランスをとるように作られています。

 それなのに,警察が,「人や車の安全」ばかりを大切にし,それを理由にして,「表現の自由」をないがしろにするのは,あってはならないことです。



 今,多くの若い人たちが,

 首相官邸前や国会前で抗議行動をしたり,

 デモやパレードをしたりして,

 いろんな形で,路上で声を上げています。

 私は,それを,とても嬉しく,とても心強く思っています。

 私たちの大切な社会を守り,そして,よりいっそう良いものにしていくために,

 子どもも大人も,それぞれが,

 自分の思い,気持ち,考えを,公共のスペースで表現できる世の中であり続けることが必要なのです。



 ぜひ,路上ライブを続けて,

 道を行き交う人たちに,あなたたちの思いを届けてください。

 

【★1】 道路交通法77条1項 「次の各号のいずれかに該当(がいとう)する者は,それぞれ当該各号に掲(かか)げる行為(こうい)について当該行為に係る場所を管轄(かんかつ)する警察署長…の許可…を受けなければならない。
 一 道路において工事若(も)しくは作業をしようとする者又(また)は当該工事若しくは作業の請負人
 二 道路に石碑(せきひ),銅像,広告板,アーチその他これらに類する工作物を設けようとする者
 三 場所を移動しないで,道路に露店,屋台店その他これらに類する店を出そうとする者
(略)」
【★2】 道路交通法77条2項 「前項の許可の申請があった場合において,当該申請に係(かか)る行為が次の各号のいずれかに該当するときは,所轄警察署長は,許可をしなければならない。
 一 当該申請に係る行為が現に交通の妨害(ぼうがい)となるおそれがないと認められるとき。
 二 当該申請に係る行為が許可に付(ふ)された条件に従(したが)って行なわれることにより交通の妨害となるおそれがなくなると認められるとき。
 三 当該申請に係る行為が現に交通の妨害となるおそれはあるが公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき。」
【★3】 道路交通法119条1項 「次の各号のいずれかに該当する者は,3月以下の懲役(ちょうえき)又は5万円以下の罰金に処(しょ)する。…(略)…
 十二の四 …第77条(道路の使用の許可)第1項の規定に違反した者」
【★4】 たとえば,東京都の場合は,公安委員会が作った「東京都道路交通規則」で,次のように決められています。路上ライブは(6)の「奏楽」,ビラ配りは(8)の「物を…交付」にあたります。
 東京都道路交通規則18条 「法第77条第1項第4号の規定による警察署長の許可を受けなければならない行為は,次に掲げるとおりとする。
(1) 道路において,祭礼行事,記念行事,式典,競技会,仮装行列,パレード,街頭行進その他これらに類する催(もよお)し物をすること。
(2) 道路において,旗,のぼり,看板,あんどんその他これらに類するものを持ち,若しくは楽器を鳴らし,又は特異な装(よそお)いをして,広告又は宣伝をすること。
(3) 車両等に広告又は宣伝のため著しく人目をひくように,装飾その他の装い(車両等を動物,商品その他のものにかたちどることを含む。)をし,又は文字,絵等を書いて通行すること。
(4) 道路において,ロケーション,撮影会その他これらに類する行為をすること。
(5) 道路において,拡声器,ラジオ,テレビ,映写機等を備え付けた車両等により,放送又は映写をすること。
(6) 演説,演芸,奏楽,放送,映写その他の方法により,道路に人寄せをすること。
(7) 道路において,消防,水防,避難,救護その他の訓練を行なうこと。
(8) 交通の頻繁(ひんぱん)な道路において,寄附を募集し,若しくは署名を求め,又は物を販売若しくは交付すること。
(9) 道路において,ロボットの移動を伴う実証実験又は人の移動の用に供(きょう)するロボットの実証実験をすること。」
【★5】 地方自治法180条の9第1項 「公安委員会は,別に法律の定めるところにより,都道府県警察を管理する」
 警察法38条1項 「都道府県知事の所轄(しょかつ)の下に,都道府県公安委員会を置く」
 同条3項 「都道府県公安委員会は,都道府県警察を管理する」
【★6】 道路交通法77条1項(★1の条文)四号 「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著(いちじる)しい影響を及(およ)ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑(えんかつ)を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」
【★7】 東京高等裁判所昭和41年2月28日判決(高等裁判所刑事判例集19巻1号64頁)は,次のように判断して,一審の無罪判決を維持(いじ)しました。
 「道路交通法第77条第1項第四号により公安委員会が定めることを委任(いにん)されている行為の範囲は,法自体において明示するところの,一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを前提とするものであることは,法文上疑をいれる余地がない…から,法第77条第1項第四号の規定により公安委員会が定めた行為であっても,一般にそれが法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に該当(がいとう)すると解することができなければ,法定の要許可行為とならないことはいうまでもない。そして,…その『一般交通に著しい影響を及ぼす』ということが意味する一般交通に与える支障の程度については,法が例示する『祭礼行事』や『ロケーション』の概念(がいねん)から一般に連想されるところの内容にかんがみ,又法第76条において道路において禁止行為として掲げるものの多くが,道路においてそのようなことをする行為自体において不当視されるものか若(も)しくは社会的に無用行為と見られるもの等であるのに反し,法第77条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には,その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由,生活上の権利に関するもの等も含まれるので,これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画(かく)するため,とくに『一般交通に著しい影響を及ぼすような行為』でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは,それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。…本件において…前認定の本件印刷物交付の方法ならびに同所における当時の交通状況にかんがみ,一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるほどの条件が達成される状況にあったとは証拠上これを認めることはできない。…してみれば,被告人らの本件印刷物の交付は法第77条第1項第四号所定の要許可行為に該当するものとはいえない。したがって被告人らの本件所為(しょい)はいずれも罪とならないものとして被告人らに無罪の言渡をした原判決には,何ら所論(しょろん)の法令の解釈を誤った違法は認められず,本件控訴(こうそ)は理由がない」
【★8】 大阪地方裁判所昭和55年11月26日(判例時報992号21頁・国鉄大阪駅広場・無許可ビラ配付規制の国家賠償請求事件判決) 「当裁判所は,ここで,傍論(ぼうろん)として道交法77条1項四号,規則15条9号に関する見解を付け加えておく。
 道交法77条1項四号…をうけた規則15条9号は,「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」を要許可行為と定めている。
 ところで,右道交法の規定は,「祭礼行事をし,又はロケーションをする等」と例示しているのであるから,その他の行事行動も,これらに類似する通行の形態や方法による道路の使用又は集合で,一般交通に著しい影響を及ぼすような行為を規制の対象としているといわなければならない。したがって,右道交法の規定は,これと類型を異にしているビラ配付まで規制の対象として予定してはいないと解するのが相当である。すなわち,ビラ配付は,配付者がほぼ一定の場所に立ちどまり,通行の流れを利用して手早く行なうのが普通であるから,多くの場合,そのこと自体によって人の集合が予想されるものではないし,広範囲の場所が排他的に占有される関係にもない。…(略)…
 そうだとすると,規則15条9号は,道交法77条1項四号の規定をうけて定められているものであるから,右規則において要許可行為とされている「交通のひんぱんな道路において通行する者に印刷物その他の物を交付すること」の解釈としても,交通のひんぱんな道路で行われるビラ配付はすべて一律に右条項に該当するものと解することはできず,むしろ逆に,少人数で通常の方法でなされるビラ配付は,交通のひんぱんな道路で行われる場合でも,許可を要しないと解する余地がある。
 本件の場合,場所的には,大阪市内でも,公衆が多数通行するところであり,時間的には,土曜日の午後であるから,ビラ配付者の数や,ビラ配付の方法によっては,本件現場の交通に著しく影響を及ぼすことになり,道交法上の許可が必要である。しかし,前記認定のとおり,原告らは,10名前後であり,二列に並んでビラ配付をしており,交通の著しい妨(さまた)げになったといえないのであるから,この限りでは,道交法及び規則の許可が必要な場合には当たらないというほかはない。」
【★9】 千葉地方裁判所平成3年1月28日判決(判例時報1381号89頁) 「道交法77条第1項は,所轄警察署長の許可を受けなければならない行為を一号ないし四号に定めるが,四号は,「前各号に掲げるもののほか,道路において祭礼行事をし,又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,公安委員会が,その土地の道路又は交通の状況により,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとするもの」と規定する。そして,施行細則11条は,「法77条1項四号の規定により公安委員会が署長の許可を受けなければならないものとして定める行為は次の各号に掲げるものとする。」としてその各号が道交法77条1項四号の授権に基づく規定であることを明らかにした上,九号で「交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のため,文書,図画,その他の物を通行する者に交付すること。」と定める。したがって,千葉県において文書,図画,その他の物を通行する者に交付しようとする者があらかじめ所轄警察署長の許可を受けなければならないのは,
 <1> 一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か,
 <2> 道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で,交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か
 であると解すべきである。そうとすると,同県においては,普段は人等の通行量が多いという程でなく,かつ,特定の状況下においても人等が一時に急激に増えて人等がひっきりなしに行き交うというような兆候(ちょうこう)のない相応(そうおう)の幅員(ふくいん)の歩道上で人等の通行が大きく阻害(そがい)されるようなおそれのない間隔である程度の人数の者が通常の方法で行うビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当しないことが明らかであるから,原告らの前記ビラ配布行為は,道交法77条1項四号,施行細則11条九号に該当せず,したがって,右ビラ配布をするに当たって東金署長の許可を必要としなかったものである。」
【★10】 道路使用許可の申請は,未成年者であっても,本人がします。親の同意も不要です(2015年6月22日,警視庁交通規制課道路第二係に電話で確認済み)。
【★11】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★12】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁) 

2015年6月 1日 (月)

大学に行かないなら予備校代を返せと言われてる

 

 高校3年生です。親から「大学に行け」と言われて,高1のときから予備校に通わされてきました。でも,勉強が好きではなく,成績もよくありません。ほんとは,小さい頃から美容師になりたいと思っていて,今はその夢がどんどん強くなっています。親に,「大学に行きたくない。専門学校に行って美容師の資格を取りたい」と言ったんですが,認めてくれず,「大学に行かないなら,これまで払った予備校代を返せ」と言われています。私は,予備校代を親に返さないといけないんですか。

 

 いいえ。

 予備校代について,「返す・返さない」の話になることじたいが,おかしなことです。



 お金を借りたのなら,

 貸してくれた人に,返さなくてはいけません
【★1】

 自分でどこかに払わないといけないお金を,ほかの人に立て替えてもらったなら,

 立て替えてくれた人に,返さなくてはいけません
【★2】


 でも,あなたの予備校代は,

 親から借りたものでもなければ,

 立て替えてもらったものでもありません。

 あなたが親に返すものではありません。



 法律は,「家族をきちんと養(やしな)わないといけない」,としています【★3】

 法律の言葉で,「扶養(ふよう)」と言います。

 特に,親には,子どもを育てる義務があります
【★4】

 いろんなことを学んで成長している子どものうちは,

 自分で働いてかせぐことができないのですから,

 そういう子どもを育てるためのお金は,

 親が自分で出さなければいけません
【★5】

 着ること,食べること,住むことにかかるお金はもちろん,

 子どもが学ぶためのお金だって,そうです。



 あなたの親は,「大学に行くことがあなたが育つために必要だ」と考えて,予備校に通わせていたのですから,

 その予備校代は,そう考えた親が,自分で出すものです。

 あとで,いろんな事情で,子どもが大学に行かない,行けないことになったからといって,

 予備校代を子どもに払わせるのは,おかしなことです。



 親が子どもに,

 「大学に行かなかったら,予備校代を親に返します」,と,

 はっきり約束までさせてしまっているケースを見かけます。



 おこづかい程度の小さな金額であれば【★6】

 友だちや,きょうだいとのあいだで,貸し借りなどをすることもあるでしょうし,

 その約束をきちんと守ることも,大切でしょう。



 法律は,

 「子どもがお金の貸し借りなどをするときには,

 親がきちんとチェックしないといけない」,としています
【★7】

 子どもがお金の話をするときには,

 その子が自分に不利な約束をしてしまわないよう,

 親が子どもを守らなければいけないのです。



 ところが,

 お金の貸し借りの相手が親だと,

 親が,子どもに不利な内容を押し付けてきたとき,

 子どもを守る立場の人がいません。



 こういう場面を,法律の言葉で,「利益相反(りえきそうはん)」と言います。


 利益相反のときには,子どもを親から守るために,

 裁判所が「特別代理人」という別の人を選んで,子どもにつけなければいけないことになっています
【★8】

 特別代理人に選ばれた人は,

 子どもに不利にならないかどうかをきちんと考えて,

 親とのあいだで貸し借りなどの約束をするのです。



 特別代理人がいないままの約束を,子どもが守る必要はありません。

 20歳になったあとで,自分できちんと納得してその約束をOKしたら,払わなければいけませんが
【★9】

 そうでないかぎり,払う必要はありません。


 予備校代は,

 遊びや趣味のためのお金ではなく,教育にかかわるお金です。

 金額だって,おこづかい程度のレベルではなく,何十万円やそれ以上という,とても大きなお金です。

 もともとあなた自身が積極的に望んで行きたいと思っていたわけでもない,その予備校のお金を,

 「大学に行かないなら親に返せ」などというのは,法律からみて,明らかにまちがっています。


 「大学に進むよう,子どもに考え直させるために,

 法律的にどうなのかはともかく,子どもの教育のためにそう言ったんだ。

 弁護士が『払わなくていい』などと子どもに吹き込むのは迷惑だ」。

 そう言う親もいます。

 しかし,

 法律的にまちがったウソをついて子どもを騙(だま)し,

 「大学に行かないなら金を払え」と子どもを脅(おど)し,

 子ども本人が望んでいない,親の思うとおりの道に進ませようと,子どもを支配することなど,

 「教育」だとは,到底(とうてい)言えません。


 「こういうことを学びたい,こういう仕事に就きたい」。

 子どもの夢がはっきりしてくると,

 その意見が,親と衝突(しょうとつ)することもあるでしょう。

 一度決めた夢が途中で変わることだって,ふつうにあることですが,

 そういうときもやはり,親と衝突するかもしれません。


 でも,あなたの人生は,親のものではありません。

 あなたが自分で選んで,進んでいくべきものです。


 いままできちんと育ててくれたこと,

 自分のためを思ってくれているからこそ,安くはない予備校代を出してくれていたことについて,

 親への感謝の気持ちを,きちんと伝えてみてください。

 そのうえで,「美容師になりたい」という自分の強い気持ちを,親に受け止めてもらえるように,じっくりと話し合ってください。


 結局,親が理解してくれず,

 これから必要になる専門学校のお金は,

 アルバイトや奨学金などで,自分で工面(くめん)しなければいけないかもしれません。

 でも,これまでかかった予備校代は,あなたが親に返す必要は,ないのです。


 自分の人生を自分で選んで進んでいくときには,お金の問題は,とても重要です。

 お金のことについての,まちがった情報や,情報不足のせいで,

 将来後悔するような選択をしないためにも,

 親との話し合いがうまく進まないときには,

 ぜひ,周りの大人や,私たち弁護士に相談してください。

 

【★1】 お金の貸し借りのことを,法律の言葉では,「金銭消費貸借(きんせんしょうひたいしゃく)」と言います。
 民法587条 「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及(およ)び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生(しょう)ずる」
【★2】 「立替払(たてかえばらい)契約」と言います。
【★3】 民法877条1項 「直系血族(ちょっけいけつぞく)及(およ)び兄弟姉妹は,互(たが)いに扶養(ふよう)をする義務がある」
【★4】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う」
【★5】 内田貴「民法Ⅳ」294頁 「親族扶養の中の最も重要な類型のひとつである親の子に対する扶養に関してはどこに規定があるのだろうか。…実定法上の根拠としては,文言からも877条1項に含まれていると解してよいだろう」
 同295頁 「828条但書は,子の財産の収益を養育費に充(あ)ててよい旨(むね)規定している。言い換えれば,子の財産の元本(がんぽん)を養育費に充当(じゅうとう)することは原則として許されないのである。したがって,収益で不足する限(かぎ)り,親は自(みずか)らの資産・労力で子を養育しなければならない」
【★6】 民法5条3項 「…法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は,その目的の範囲内において,未成年者が自由に処分することができる。…」
【★7】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
【★8】 民法826条1項 「親権を行う父又は母とその子との利益が相反(そうはん)する行為(こうい)については,親権を行う者は,その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」
 「親権者が,その親権に服する子どもとの間で直接契約を行う行為は,一般に契約が『相対立する契約当事者間』で行われることから,民法826条の利益相反行為に該当(がいとう)するのが通常です。もっとも,民法826条は未成年者の保護を目的とするものですので,例えば単純贈与のように,単に未成年者が利益のみを享受(きょうじゅ)し,債務その他の負担を一切負わないような場合には利益相反には該当しません」(新日本法規「Q&A子どもをめぐる法律相談」503頁)
【★9】 内田貴「民法Ⅳ」233頁 「利益相反行為は無権代理と同じであり,その効果は本人に帰属(きぞく)しない。ただし,子が能力者となった後に追認(ついにん)する余地はある」
 民法113条1項 「代理権を有(ゆう)しない者が他人の代理人としてした契約は,本人がその追認をしなければ,本人に対してその効力を生じない」
 最高裁判所第三小法廷昭和46年4月20日判決(最高裁判所裁判集民事102号519頁) 「上告人〔注:未成年者,のち成人〕…は,…事件の係属中,被上告人またはその訴訟代理人に対し,上告人〔親権者〕…による本件土地の売買予約に関する無権代理行為を追認したものであり,これにより,右売買予約中右4名の共有持分に関する部分は,その成立の時に遡(さかのぼ)って効力を生じたものである旨,および親権者が民法826条に違反して,親権者と子の利益相反行為につき法定代理人としてなした行為は民法113条所定の無権代理行為にあたる旨の原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯(しゅこう)できる」

2015年5月 1日 (金)

「そのサークルは宗教だからダメ」と親が言ってくる

 

 社会のために活動しているサークルがあって,みんなとても優しいし,充実しているので,続けたいと思ってます。でも,最近,親が,「それは宗教だからやめなさい」と反対するようになって,こまってます。そのサークルは宗教じゃないし,もし宗教だとしても親が反対するのはおかしいと思うんですが,法律ではどうなってるんですか。

 

 社会のために活動する団体は,

 宗教と無関係であることも多いですが,

 宗教がベースになっている団体もあります。



 どの宗教も,人々のため,社会のために,とてもだいじな役割を果たしています。

 だから,宗教がベースとなっている団体が,社会のために活動するのは,

 当然のことですし,素晴らしいことです。



 ところが,

 
ほんとうは宗教なのに,そのことを隠して人を誘っている,

 そういうケースが,実際にあります


 社会活動であったり,占いや人生相談であったり,何かの学習会であったりと,

 宗教を隠して表面上をとりつくろうのには,さまざまなパターンがあります
【★1】


 やましいところや,うしろめたいところがない,

 ほんとうに,人のため,社会のためになる,きちんとした宗教なら,

 宗教だということを隠す必要は,まったくないはずです。

 宗教であることを隠して,だますようにして人を誘うのは,あってはならないことです。


 未成年のときに,宗教であることを隠して誘われたのが,裁判になったケースもあります。

 裁判所は,「そういう誘い方は違法だ」と,はっきり言っています
【★2】


 社会活動をしている団体が,

 ほんとうに宗教と関係がないのか,宗教がベースになっているのか,

 それを見分けるのは,大人でも,難しいときがあります。

 ましてや,まだ社会の複雑さを学んでいる途中の子どものときには,

 それを見分けるのは,大人よりもいっそう,難しいことです。



 あなたの親はそのサークルが宗教だと言っている,ということですが,

 実際には,宗教でなくても,

 「社会のためにがんばりたい」というまじめな人を,自分たちの都合のよいように利用しようとする,

 そういう悪質で危険な団体があるのも,また事実です
【★3】


 あなたが続けたいと思っているそのサークルは,

 メンバーそれぞれが持っている,いろんな価値観や意見を,

 お互(たが)いにきちんと尊重し合うことが,できていますか。

 一人ひとりが自分の頭で考え,みんなでしっかり議論しながら,活動できていますか。

 誰かの指示や命令に,みんながただ従(したが)うだけになっていませんか。

 そのサークル活動以外の,あなたの生活や人生を,メンバーがきちんと尊重してくれていますか。

 あなたの時間を,そのサークルにもっと注ぐようにと,言われていませんか。

 入る・入らない,やめる・やめないを,それぞれが自由に決められますか。



 そのサークルが宗教かどうかということだけでなく,上に書いたようなことも含めて,

 ぜひ,親とよく話し合ってみてください。





 もし,そのサークルが,宗教だと明らかにして活動しているとしたら,どうでしょう。




 どんな人にも,宗教を信じる自由があります
【★4】【★5】

 それは,子どもであっても,同じです
【★6】


 宗教は,

 「自然や人間を超えた存在がある」と信じ,

 それを,おそれ,うやまい,拝(おが)み,祈(いの)るものです
【★7】


 そして,宗教は,「私たちがどうやって生きていくべきか」を示してくれます。

 特に,世の中の理不尽(りふじん)なことで,苦しい思いを抱えている人にとって,

 宗教を信じることは,心が落ち着き,より良く生きていくことにつながる,ということも,多いでしょう。

 宗教は,それを信じる人のことだけでなく,その周りの人々のことや,世の中の平和も,真剣に考えています。



 宗教は,苦しい人々の支えになり,社会のために動くので,

 政治の権力を持っている人から見ると,

 「宗教のせいで,世の中が自分の思い通りにいかなくなる」,

 そう思われがちです。

 そのため,権力を持っている人や政府などが,自分たちに都合の悪い宗教を迫害(はくがい)してしまう,ということが,

 長い人類の歴史の中では,何度も繰り返されてきました。

 「宗教を信じる自由」は,そういう歴史の反省から,法律で守られるようになったのです。



 ところが,中には,

 お金もうけのことしか考えていない宗教や,

 信者を家族や社会から切り離してしまい,人々を苦しめる宗教が,

 残念ながら,あります。

 さらには,人を殺したり,この社会を壊そうとしたりする宗教まであります。



 みなさんが生まれる前,今から20年前の1995年(平成7年)には,

 「オウム真理教」という宗教が,

 自分たちにとって都合が悪いと考える人を拉致(らち)して殺したり
【★8】

 東京の地下鉄に猛毒をまいて多くの人を殺すという事件まで起きたのです
【★9】【★10】

 その宗教には,多くの若い人たちが,信者として集まっていました。



 子どもにも宗教を信じる自由はありますが,

 きちんとした宗教なのかどうかを,子どもが自分でみきわめるのは,難しいことです
【★11】【★12】

 だから,
日本を含む世界中の国々は,子どもの権利条約というルールで,

 「子どもにも宗教を信じる自由がある」としながらも,

 「年齢や判断する力に応じて,親が子どもを見守ろう」と言っています
【★13】

 親は,あなたの居場所や財産はもちろん,あなたの人生そのものを,きちんと守る立場にあるのです
【★14】【★15】



 あなたのそのサークルは,みんな優しいし,充実している,ということでしたね。


 そのサークル以外の場所は,どうでしょうか。

 「家,学校,地域の人たちが,あなたにとって優しいとは思えない。」

 「家,学校,地域では,充実した気持ちになれない。」

 そういうことはありませんか。



 そのさみしさを,「自然や人間を超えた存在を,おそれ,うやまい,拝み,祈る」ことで乗り越えようとする前に,

 家,学校,地域の問題それ自体を解決できないか,親などの大人たちとよく話し合ってみてください。

 条約という世界のルールが,「子どもにも宗教を信じる自由があるけれど,親が子どもをきちんと見守る立場にある」と言っているのは,そういうことです。



 あなたが,親などの大人たちとよく話し合ったうえで,

 それでもやはり,「宗教を心のよりどころにして,これからの人生を生きていくこと」を選ぶ,ということも,あるかもしれません。

 そのときでも,

 この世の中にさまざまな宗教があることを理解し
【★16】

 それぞれが信じる宗教を,お互いに尊重し合い,

 宗教を信じない人のことも,きちんと尊重すること,

 それらが,法律が守っている「宗教を信じる自由」の土台にあるということを,

 ぜひ忘れないでいて欲しいと思います。

 

【★1】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「その勧誘等の手段方法について指摘すべき特徴的なことは,第一に,その勧誘等の方法が,長年の組織的勧誘等の経験に基づいた手法に基づき,組織的体系的目的的に行われているという点である。すなわち,毎月の動員,献金,販売等の目標を定め,その達成のため,宗教教義の勧誘であることを厳(げん)に秘匿(ひとく)して行う友人からの電話のほか,街頭アンケートや各戸訪問における手相,占い,姓名判断などでの反応を契機(けいき)として,人生相談や各種占い,あるいは生涯学習,カルチャーセンターの名のもとに,被告…の教義を伝道する目的で設置されたと認めるべきビデオセンターへと言葉巧(たく)みに導き,そこにおいても宗教教義の伝道活動であることを悟(さと)られないように各種教養・娯楽ビデオを混入させつつ,被告…の教義に関心を持たせるように,また,その教義を正当として受け容れやすいような被告…の教義に関するビデオを視聴させたうえで,さらなる学習意欲や好奇心をかきたてる。そして,いずれも周到(しゅうとう)な準備と計画の下に企画されたプログラムである,未婚者については,余人(よじん)を排(はい)した合宿等の形式によるツーデイズ,ライフトレーニング,フォーデイズからさらに新生トレーニング,実践(じっせん)トレーニングを経て実践活動へと,既婚者については,同様に初級,中級,上級コースから実践活動へと,言葉巧みに導き,この間,善良にして親切で明朗(めいろう)な〔メンバー〕による親身の指導と激励や賞賛の中で高揚感溢(あふ)れる連帯意識を醸成(じょうせい)して心情的帰属意識を植え付ける一方,過程ごとに受講者の感想を集約してその教義の浸透(しんとう)度を確認把握する中で,その悩みや弱点,本人や家族先祖の病歴や不幸な歴史,さらには心情解放展と称して本人が過去に抱いた罪障感(ざいしょうかん)を巧みに告白させ,探索(たんさく)したうえ,被告…の教義とは直接の関連のない手相,姓名判断や家系図等を用いた根拠も疑わしい因縁話などにより,その心理的弱みを巧妙に突いてその不安を煽(あお)るなどして畏怖困惑(いふこんわく)させ,宗教的救いを希求(ききゅう)する心情をかきたてて,被告…の教義の学習の浸透を図ってきた。また,これらの過程で,相手方の信頼ないし無防備に乗じ,様々な機会を利用してその資産や収入を把握しつつ,財産などの経済的物質的利益に執着する卑しさを強調して,陰に陽に献金の慫慂(しょうよう)をし,あるいは物品の販売をしてきた。このように,被告…の〔メンバー〕による被告…への勧誘等の方法は,個々の勧誘等の行為それ自体を個別的外形的に観察する限りは,詐欺的強迫的手法を用いていることが明らかなものを除いては,本人も承諾納得の上での任意の選択を求めるものであって,それ自体の違法性を論ずることができないようにも見えるが,その勧誘方法が信者獲得という一定の目的のもとに,あらかじめ周到に準備された組織的体系的目的的なプログラムに基づいて行われているという前記のような事情に照らせば,その勧誘等の手段方法の違法性を判断するに当たっては,その個々の勧誘等の手段方法の違法性だけを論ずれば足りるものではなく,その勧誘方法全体を一体のものとして観察し,その一部分を構成する行為としての位置付けの中でその部分の違法性を判断することが必要であるというべきである。
 第二の特徴は,被告…の〔メンバー〕は,上記のように組織的体系的目的的に宗教団体である被告…への加入を勧誘等するに当たり,当初はこの点を厳に秘しているという点である。…被告…への勧誘の初期段階においては,宗教団体の活動であることはもとより,宗教に関する勧誘であることさえ秘匿するばかりか,特定の宗教教義に関する伝道ではないか,あるいはまた,宗教そのものの宣伝ではないかと尋ねられた際に,その者の宗教的寛容性の程度に関わりなく,これを完全に否定する態度を堅持し,あるいは巧妙にはぐらかす一方で,プログラム内容について外部の親子や夫婦に話をしないように言葉巧みに指導していたのであるが,これは,勧誘に当たっての欺罔(ぎもう)的手段を弄(ろう)したものといわざるを得ない。…」
【★2】 札幌地方裁判所平成13年6月29日判決(判例タイムズ1121号202頁) 「本件の原告らに対する一連の勧誘活動等を見ると,結局,それらは,原告らの財産の収奪(しゅうだつ)と無償(むしょう)の労役(ろうえき)の享受(きょうじゅ)及(およ)び原告らと同種の被害者となるべき〔メンバー〕の再生産という不当な目的に基づきながら,これを秘匿(ひとく)した上,人の弱みに巧(たく)みにつけ込み,宗教教義とは直接の関連のない不安を煽(あお)り立て畏怖困惑(いふこんわく)させながら,信仰に到達し得る段階までは被告…という宗教団体の教義であることを否定するなどしてこれを明かすことなく,その救いを被告…の教義に求めるように誘導すべく組織的体系的目的的に教育を施(ほどこ)し,その各過程において,入教関係費,各種物品購入費用を出捐(しゅつえん)させ,また,被告…の教義であることを明らかにした後には,上記のような目的を知らない原告らをして,宗教教義の名の下に,さらに同様の費用を出捐させたほか,無償の労役の提供をさせたり,新たな〔メンバー〕獲得のための伝道活動に従事させたものであって,それらは,社会的にみて相当性があると認められる範囲を逸脱(いつだつ)した方法及び手段を駆使(くし)した,原告らの信仰の自由や財産権等を侵害するおそれのある行為というべきであって,いずれの原告に対する関係においても,違法性があると判断すべきものである」
【★3】 竹下節子さんは,「カルト」という言葉を,「ある特殊な人間や考え方を排他的(はいたてき)に信奉(しんぽう)する動き」と定義して,カルトは必ずしも宗教とは限らないこと,カルトのカモフラージュに宗教がよく使われること,宗教カルトの本質は宗教ではなくカルトにあることなど,重要な指摘をしています(竹下節子著「カルトか宗教か」文春新書)。
【★4】 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)18条1項 「すべての者は,思想,良心,及び宗教の自由についての権利を有(ゆう)する。…」
 同条2項 「何人(なんぴと)も,自(みずか)ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」
【★5】 憲法20条1項 「信教の自由は,何人(なんぴと)に対してもこれを保障する。…」
【★6】 児童の権利に関する条約14条1項 「締約国(ていやくこく)は,思想,良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する」
【★7】 名古屋高等裁判所昭和46年5月14日判決(津地鎮祭違憲訴訟控訴審判決・民集31巻4号616頁) 「本件で争われている信教の自由,政教分離の原則に関する憲法20条についていうと,『宗教』とは,…同条の立法趣旨及び目的に照らして考えれば,できるだけこれを広く解釈すべきである。そこで,敢(あ)えて定義づければ,憲法でいう宗教とは『超自然的,超人間的本質(すなわち絶対者,造物主,至高(しこう)の存在等,なかんずく神,仏,霊等)の存在を確信し,畏敬(いけい)崇拝(すうはい)する心情と行為』をいい,個人的宗教たると,集団的宗教たると,はたまた発生的に自然的宗教たると,創唱的宗教たるとを問わず,すべてこれを包含(ほうがん)するものと解するを相当とする」
【★8】 1995年(平成7年)2月28日,目黒公証人役場事務長が,オウム真理教から逃げてきた妹を助けていたところ,その事務長がオウム真理教に拉致され,殺害された事件。なお,オウム真理教は,それより前の1989年(平成元年)11月4日,オウム真理教と戦っていた坂本堤弁護士とその家族も殺害していました。
【★9】 1995年(平成7年)3月20日,通勤ラッシュの時間帯に,自分たちを捜査しようとする警察がある霞ヶ関駅で,猛毒の「サリン」を巻き,16人が亡くなり,6000人以上が様々な症状を起こして倒れました。今でも目などに被害を負っている人たちが多くいます。なお,オウム真理教は,その前の年の1994年(平成6年)6月27日にも,反対住民や裁判官を殺そうと長野県松本市でサリンをまき,8人が亡くなっています。
【★10】 オウム真理教は,これらの他にも多数の犯罪を起こしており,代表者は死刑判決を言い渡されました(東京地方裁判所平成16年2月27日判決・判例時報1862号47頁)。また,裁判所はその宗教法人を解散する決定を言い渡しています(東京地方裁判所平成7年10月30日決定,東京高等裁判所平成7年12月19日決定,最高裁判所第一小法廷平成8年1月30日決定・民集50巻1号199頁)。
【★11】 日弁連は,1999年(平成11年)3月26日,「反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」という意見書を公表し,宗教的活動にかかわる人権侵害の判断基準を公表しています(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/1999/1999_13.html)。
「1 献金等勧誘活動について
 (1) 献金等の勧誘にあたって,次の行為によって本人の自由意思を侵害していないか。
  ① 先祖の因縁(いんねん)やたたり,あるいは病気・健康の不安を極度にあおって精神的混乱をもたらす。
  ② 本人の意思に反して長時間にわたって勧誘する。
  ③ 多人数により又は閉鎖(へいさ)された場所で強く勧誘する。
  ④ 相当の考慮期間を認めず,即断即決(そくだんそっけつ)を求める。
 (2) 説得・勧誘の結果献金等した場合,献金後間もない期間(例えば1ヶ月)はその返金の要請に誠意をもって応じているか。
 (3) 一生を左右するような献金などをしてその団体の施設内で生活してきた者がその宗教団体等から離脱(りだつ)する場合においては,その団体は献金などをした者からの返金要請にできる限り誠実に応じているか。
 (4) 一定額以上の献金者に対しては,その宗教団体等の財政報告をして,使途(しと)について報告しているか。
 (5) お布施(ふせ),献金,祈祷料(きとうりょう)等名目の如何(いかん)を問わず,支払額が一定金額以上の場合には受取を証する書面を交付しているか。
2 信者の勧誘について
 (1) 勧誘にあたって,宗教団体等の名称,基本的な教義,信者としての基本的任務(特に献金等や実践活動等)を明らかにしているか。
 (2) 本人の自由意思を侵害する態様で不安感を極度にあおって,信者になるよう長時間勧めたり,宗教的活動を強いて行なわせることがないか。
3 信者及び職員の処遇
 (1) 献身や出家など施設に泊まり込む信者・職員について
  ① 本人と外部の親族や友人,知人との面会,電話,郵便による連絡は保障されているか。
  ② 宗教団体等の施設から離れることを希望する者の意思は最大限尊重されるべきであるが,これを妨(さまた)げていないか。
  ③ 信者が健康を害した場合,宗教団体等は事由の如何にかかわらず,外部の親族に速やかに連絡をとっているか。
 (2) 宗教団体やその関連の団体・企業などで働く者については,労働基準法や社会保険等の諸法規が遵守(じゅんしゅ)されているか。
4 未成年者,子どもへの配慮
 (1) 宗教団体等は,親権者・法定保護者が反対している場合には,未成年者を長期間施設で共同生活させるような入信を差し控(ひか)えているか。
 (2) 親権者・法定保護者が,未成年者本人の意思に反して宗教団体等の施設内の共同生活を強制することはないか。
 (3) 子どもが宗教団体等の施設内で共同生活する場合,親権者およびその宗教団体等は,学校教育法上の小中学校で教育を受けさせているか。また,高等教育への就学の機会を妨げていないか。
 (4) 宗教団体等の施設内では,食事,衛生環境について我が国の標準的な水準を確保し,本人にとって到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を確保するよう配慮されているか。」
【★12】 「Q&A 宗教トラブル110番 第3版」(山口広,滝本太郎,紀藤正樹著)121頁でも,「勧誘段階では集団の名前を明示し,教義も要約して説明して入会させる集団,一見,破壊的カルトとは思えない集団もあるでしょう。しかし,軽い感覚で入会させた後に,時間をかけてマインド・コントロールしていくのです。家族や他の社会から切り離させ,他の情報を入れることを禁止させ,週に何度も講義を受けなければ地獄に落ちるなどと説明し,集まれば反論も質問も許されなかったり後回しにされ,多くの人の前で自分の悩みを告白させたり,熱狂的な雰囲気を演出するという手法なのです。破壊的カルトか否か,マインド・コントロールされているか否かも,ゼロか100かで議論することはやめたいところです」と述べられています。
【★13】 児童の権利に関する条約14条2項 「締約国は,児童が1の権利を行使するに当たり,父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する」
【★14】 民法820条 「親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育する権利を有し,義務を負う」
 宗教に名を借りた悪徳商法であれば財産管理権(民法824条),出家を求めるようなカルトであれば居所指定権(民法821条)の問題になります。
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法821条 「子は,親権を行う者が指定した場所に,その居所を定めなければならない」
【★15】 19歳の子どもが自分で宗教に入り,家を出てしまったケースで,親が連れ戻したところ,宗教側が人身保護請求という裁判所の手続で子どもを取り返そうとしましたが,裁判所は,親権の濫用(らんよう)はない,として,宗教側の主張を認めなかった(=子どもを宗教のところに戻させず,親が子どもを自宅にいさせることを認めた)という事例があります(徳島地方裁判所昭和58年12月12日判決・判例時報1110号120頁)。
【★16】 ジャーナリストの池上彰さんが書いた「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」という本(文春新書)は,仏教,キリスト教,神道,イスラム教の関係者や,宗教学者や解剖学者との対談の形で,宗教をわかりやすく説明しています。

2015年4月 1日 (水)

まわりにからかわれるおかしな名前を変えたい

 

 親が付けたおかしな名前のせいで,小学校のころからずっと,からかわれてきました。自分の名前を変えることはできますか。

 

 まず,どうしてその名前を付けたのかを親に聞き,

 そして,今つらい思いをしていることを,親に話しましょう。

 どうしても名前を変えたいのであれば,

 裁判所がOKすれば,変えられることがあります。

 また,名前の読み方は,特に手続をしなくても,変えられます。

 ふだんの暮らしの中で,戸籍(こせき)とはちがう名前を使っていく,という生き方もあります。




 子どもが生まれると,「出生届」を,役所に,2週間以内に出します
【★1】

 出生届には,親が決めた,その子の名前が書かれています。

 そして,その名前で,その子の戸籍が作られます
【★2】

 「戸籍」は,役所が,一人ひとりの情報を,家族単位で管理しているものです。



 自分で選んだわけではない,親が付けたその名前のせいでからかわれるのは,とてもつらいことですよね。


 まずは,親がどんな気持ちでその名前を付けたのか,聞いてみてください。

 そして,今,名前でつらい思いをしていることを,親にきちんと伝えてみてください。



 ほかの人とはちがった,ちょっと変わった名前を,親が子どもに付けることは,ずっと昔からありました。

 700年ほど前に書かれた吉田兼好(兼好法師)の「徒然草(つれづれぐさ)」にも,そんな話が出てきます
【★3】


 名前は,親からの,人生で最初のプレゼントです。

 そして,死ぬまで一生ずっと,使い続けます。

 モノや人形やペットの名前は,私たちのほうが呼び分けるためのものにすぎませんが,

 人の名前は,名付けられたその人自身が使い続ける,特別なものです。

 この世に生まれてきてくれたことの喜びと,

 「こういう素敵な人間になってほしい」という願いを込めて,

 親は,一生懸命考え,子どもの名前を決めています。



 「この世界の中で,たった一人のかけがえのない特別な存在として,輝いてほしい」。

 ほかの人とちがった,ちょっと変わった名前には,親のそういう大切な願いが込められていることが,多いと思います。



 この社会は,ほんとうにさまざまな人たちが,お互いのちがいを尊重し合うことで,成り立っています。

 大人の社会では,他の人とちがっているほうがプラスに働くことも,多くあります。

 じっさい,珍しい名前だと,まわりからすぐに覚えてもらえて,とても存在感があります。

 それだけでなく,

 自分の珍しい名前を誇(ほこ)りにして生きている人は,

 自分がほかの人とちがっていることをだいじにし,

 そして,一人ひとりがちがっていることを,きちんと尊重できる,

 そんな素敵な人が多いです。



 ところが,

 「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」の記事にも書いたように,

 お互いを尊重し合うことの大切さをきちんと学んでいない,特に,同じような子どもたちが集まっている場では,

 少しでも他の人とちがうところがある子を,いじめたり,からかったりすることが,起きてしまいます。

 これは,まったくおかしなことです。



 親や,いろんな大人たちに,相談してみてください。

 あなたが今つらい思いをしている原因,ほんとうに変えなければいけないものは,

 あなたの名前ではなく,

 あなたのまわりのほうかもしれません。



 しかし,親によっては,

 まるで,モノや人形やペットに名前を付けるように,子どもに名前を付けていたり,

 本人が一生使い続けるものだということをきちんと考えないで,子どもに名前を付けていたりするケースが,

 残念ながら,時々あります。

 過去には,親が子どもに「悪魔」と名前を付けて,大きな問題になったケースもありました。

 たとえ親であっても,何でもかんでもまったく自由に子どもの名前をつけていいわけではありません。

 「あきらかにおかしな名前の出生届なら,役所がそれを断ってもいい場合がある」,

 裁判所も,悪魔ちゃん事件で,
そう言っています【★4】


 そうはいっても,役所が断ってもいいほどのケースというのは,かなりかぎられているので,

 役所が受け付けてしまった名前で,つらい思いをしている人も,多くいるでしょう。

 親やいろんな大人と話し合い,ずっと深く考えても,

 やっぱりどうしても名前を変えたい,ということも,あると思います。



 名前は,裁判所が認めれば,変えることができます【★5】

 あなたが15歳以上なら,自分で手続をします
【★6】

 15歳になっていなければ,親が手続をします


 ただ,名前を変えることを裁判所が認めるのは,そんなにかんたんではありません。

 名前が自由気ままに変えられるとしたら,誰が誰だかわからなくなって,社会が混乱(こんらん)してしまうからです。

 「自分の名前が嫌いだ」という理由だけでは,名前を変えることは難しいですが
【★7】

 おかしな名前や,読み方の難しい名前で,社会生活がとてもこまるようであれば,名前を変えることが認められる場合があります
【★8】

 もし,裁判所の手続で名前を変えたいのであれば,いちど,弁護士に相談してみてください。



 じつは,名前の漢字はそのままで,その読み方を変えるだけであれば,

 裁判所の手続は,必要ありません。

 法律には,「どの漢字を名前に使っていいか」というルールはありますが
【★9】

 「名前に付けたその漢字をどう読むか」というルールは,特にありません。

 出生届には,付けた名前の漢字といっしょに,読み方も書きますが,

 役所がつくる戸籍には,名前の読み方は,書かれません
【★10】

 だから,読み方を変えるだけならば,基本的に,自由にできるのです
【★11】


 また,戸籍の名前はそのままで,日常生活の中では,できるかぎり別の名前を使って暮らしていく,という生き方もあります。

 そして,その名前でずっと長い間暮らしていれば,

 「こっちの名前を長く使い続けてきた」という理由で,

 将来,裁判所が名前を変えることを認めてくれる可能性も,高まります
【★12】


 名前は,自分が自分らしく生きていくうえで,とてもだいじなものです。

 親の思いを受け止めて,親からもらった名前を一生使い続けていくのでも,

 自分で,戸籍の名前を変えたり,読み方を変えたり,日常生活で別の名前を使ったりするのでも,

 そのどちらであっても,自分で自分を大切にして選んだのであれば,

 それがいちばん自分らしい生き方だと思います。

 

【★1】 戸籍法49条1項 「出生の届出は,14日以内(国外で出生があったときは,3箇月以内)にこれをしなければならない」
【★2】 戸籍法29条 「届書には,左の事項(じこう)を記載し,届出人が,これに署名し,印をおさなければならない。
(略)
 四 届出人と届出事件の本人と異なるときは,届出事件の本人の氏名,出生の年月日,住所,戸籍の表示及び届出人の資格」
【★3】 徒然草116段 「寺院の号,さらぬ万(よろず)の物にも,名を付くる事,昔の人は,少しも求めず,ただ,ありのままに,やすく付けけるなり。この比(ころ)は,深く案じ,才覚をあらはさんとしたるように聞(きこ)ゆる,いとむつかし。人の名も,目慣れぬ文字を付かんとする,益(えき)なき事なり」(「お寺の名前などは,むかしはわかりやすいものを付けていたけれど,最近はそうではない。人の名前も,見慣れない字を使ったりする」,と吉田兼好が嘆(なげ)いている文です)
【★4】 東京家庭裁判所八王子支部平成6年1月31日審判(判例時報1468号56頁) 「名は極(きわ)めて社会的な働きをしており,公共の福祉(ふくし)にも係(かか)わるものである。従(したが)って,社会通念に照らして明白に不適当な名や一般の常識から著(いちじる)しく逸脱(いつだつ)したと思われる名は,戸籍法上使用を許されない場合があるというべきである。」「民法1条3項により,命名権の濫用(らんよう)と見られるようなその行使は許されない。…被(ひ)命名者である子の利益を著(いちじる)しく損(そこ)なうものとか,子の人格を冒瀆(ぼうとく)するような名は避けるべく,命名にあたっては,この点に対する配慮が必要である。」「例外的には,親権(命名権)の濫用(らんよう)に亙(わた)るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき,一般の常識から著しく逸脱しているとき,または,名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には,戸籍事務管掌者(かんしょうしゃ)(当該市区町村長)においてその審査権を発動し,ときには名前の受理を拒否(きょひ)することも許されると解される。」
 ただし,このケースでは,出生届を一度受理して「悪魔」という名前の子どもの戸籍を作ってしまったあとで,役所がそれを消したというケースでした。裁判所は,「一度戸籍を作ってしまった以上は,勝手に名前を消してはいけない」と述べて,「悪魔」という名前で戸籍を作るよう役所側に言い渡しました。
 もっとも,その上の高等裁判所で裁判が続いている間に,親が,その子どもの名前を変えることにしたので,裁判は取り下げられて,終わりました(井戸田博史「氏と名と族称-その法学史的研究-」137頁「第6章 出生子命名権-『悪魔』『琉』命名事件-」)。
【★5】 戸籍法107条の2 「正当な事由(じゆう)によって名を変更しようとする者は,家庭裁判所の許可を得て,その旨(むね)を届け出なければならない。」
 「正当な事由」は,次のようなものが挙げられています(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」439頁)。(1)仕事のうえで襲名(しゅうめい)する必要がある,(2)同姓同名の人がいて社会生活のうえでとてもこまる,(3)神官や僧侶となる,またはそれらを辞める,(4)珍奇(ちんき)な名,外国人と紛(まぎ)らわしい名,とても難解・難読の文字を用いた名などで,社会生活のうえでとてもこまる,(5)外国籍から日本国籍に帰化(きか)し,日本風の名に変える,(6)長年使ってきた通称,(7)幼ない時に受けた性的虐待のことを思い起こさせる,(8)性同一性障害(心の性別と体の性別のちがいのために社会生活のうえで苦痛がある)
【★6】 「問題 戸籍法107条の規定による氏又は名の変更の許可の申立は満15歳以上の未成年の者よりすることができるか。 決議 意思能力のある限り,年齢の如何(いかん)にかかわらず,氏又は名の変更の許可の申立をすることができる。」(昭和29年9月30日民事法調査委員会決議)
 「申立人が未成年者であっても,事理弁識能力があれば申立てをすることができ,15歳以上であれば事理弁識能力があると解されている」(岩井俊「家事事件の要件と手続」389頁)
【★7】 「命名された名に対する主観的感情…を理由とする改名は,それだけでは改名の正当な事由とはされない」(佐上善和「家事事件手続法Ⅱ」441頁)
【★8】 大阪高等裁判所昭和27年9月16日決定(家月5巻5号167頁) 「戸籍法第107条第2項〔注:現107条の2〕に規定する名の変更についての正当な事由とは,…改名申立人の名に社会生活上著しく支障を生じる程度に珍奇ないしは著しい難解難読の文字を用いた場合等であると解すべき…」
【★9】 戸籍法50条1項 「子の名には,常用平易(じょうようへいい)な文字を用いなければならない」
 同条2項 「常用平易な文字の範囲は,法務省令でこれを定める」
【★10】 以前は,出生届を出すときに希望すれば,戸籍に名前の読み方も載せる扱いがされていました。しかし,平成6年(1994年)からは,読み方は一切戸籍に載せないことになりました(平成6年11月16日民二第7005号民事局長通達)「戸籍法施行規則の一部を改正する省令の施行等に伴う関係通達等の整備について」)。
【★11】 記事本文は,戸籍について書いています。住民票は,市区町村によって,名前の読み方も書くところと,書かないところとがあります。住民票に名前の読み方も書かれている場合には,その変更のやり方は,市区町村に問い合わせてみてください。
 また,もしあなたがパスポートを作っている場合には,いったん自分で登録した名前の読み方(ローマ字表記)を変えるのには,条件があります。
 旅券法施行規則5条2項 「法第6条第1項第二号の氏名は,戸籍に記載されている氏名…について国字の音訓及(およ)び慣用により表音されるところによる。ただし,申請者がその氏名について国字の音訓又は慣用によらない表音を申し出た場合にあっては,公の機関が発行した書類により当該表音が当該申請者により通常使用されているものであることが確認され,かつ,外務大臣又は領事館が特に必要であると認めるときはこの限(かぎ)りではない」
 同条3項 「前項の氏名はヘボン式ローマ字によって旅券面に記載する。…」
 同条4項 「前項の規定に基づき旅券面に記載されるローマ字表記は,外務大臣又は領事館が特に必要と認める場合を除(のぞ)き変更することができない」
【★12】 大阪高等裁判所昭和40年1月28日決定(家月17巻3号54頁) 「通名の使用を理由として名の変更の許されるのは,その使用が永年にわたり,そのため本人の交友関係,職務関係その他一般社会生活のあらゆる面において,通名が戸籍名にとつて代り,戸籍名では却(かえ)って本人の同一性の識別に支障を来すような程度に達した場合に限られ,たとえ通名を使用しても右の程度に至らない場合には,戸籍法107条2項〔注:現107条の2〕に定める名の変更の正当事由を具備(ぐび)するものではないと解するのが相当である」 

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