2018年11月 1日 (木)

SNSでなりすましアカウントを作られた

 

 ツイッターやインスタで私になりすましたアカウントが作られてて,私の友だちをフォローして,他の人をバカにしたり性的なことを書いたりした投稿を繰り返されてます。3ヶ月くらい前から始まってて,ちょうどその直前に別れた元彼が嫌がらせでやってるんじゃないかと思うけど,はっきりした証拠もないし,このままずっとがまんするしかないですか。

 

 

 あなたが「他人の悪口を投稿したりするようなひどい人だ」と周りから誤解されてしまうのは,ほんとうにくやしいですよね。



 現実の世界でも,「なりすまし」は,大きな問題です。

 他の人になりすまして裁判をすることの問題は,むかしからありましたし,

 家族になりすました振り込め詐欺・オレオレ詐欺の被害も,なかなかなくなりません。

(今,少年院には,振り込め詐欺・オレオレ詐欺にかかわった子どもたちが,多く入所しています)



 そういう現実の世界と比べて,人間の姿かたちが見えづらいインターネットは,

 なりすましがもっと簡単にできてしまいますし,

 情報が一気に広がってしまうので,被害も大きくなります。




 SNSの運営会社は,なりすましの問題に取り組んでいます。

 
そこに被害を報告して,対応するように求めてみてください【★1】



 SNSの運営会社がきちんと対応してくれない場合は,どうすればよいでしょうか。




 国の役所である,法務局というところがあります。

 その
法務局が,インターネットの通信業者やSNSの運営会社に,書き込みやアカウントを削除するように連絡してくれる場合があります【★2】

 相談先の電話番号は, 0570-003-110 です。





 そして
裁判所も,「なりすまし」の被害を受けている人たちを守る判断をしています。



 昨年(2017年),裁判所は,

 ツイッターの運営会社に対して,なりすましアカウントそのものを消すように命じたり
【★3】

 なりすましをした人に対して,損害賠償(そんがいばいしょう)を被害者に払えと命じたりしました
【★4】


 損害賠償が命じられた裁判は,こういうケースでした。


 SNSで,Aさんの顔写真を使ってAさんになりすまし,他の人たちの悪口を書いていたBさんがいました。


 裁判所は,

 「Aさんは他人の悪口を言ったりするひどい人だ」,と周りに思わせて,Aさんの評価を下げたことと
【★5】

 Aさんの顔写真を使ったこと
【★6】

 Bさんがしたそれらのことは違法だ,と言いました。

 そして,

 Aさんの心を傷つけたぶんの慰謝料(いしゃりょう)と,

 誰がなりすましていたのかを調べるための裁判所の手続
【★7】にかかった弁護士費用など,

 あわせて約130万円を,BさんからAさんに払うよう命じました。



 なりすましの被害を受けたAさんを,裁判所が守ったのです。



 ただ,裁判所のその理屈(りくつ)だと,

 もしBさんが,Aさんになりすましたアカウントで,

 他の人の悪口を書かなかったり,

 Aさんの顔写真を使わなかったりしたら,

 違法とは言えないかのようにも思えますね。



 でも,たとえ悪口がなかったり,顔写真が使われていなかったりしても,

 他の人になりすますこと自体,あってはならないことです。



 法律は,一人ひとりを大切な存在として扱っています。

 「自分がどういう人間なのか」ということを,他の人がなりすまして混乱させるのは,

 一人ひとりが大切に扱われることとまったく真逆で,けっして許されないことです。

 それは,現実の世界だけでなく,インターネットの中でも,同じです。




 「自分がどんな人間なのか」ということを,難しい言葉で,アイデンティティと言います。



 Aさんは,悪口や顔写真のことだけでなく,

 なりすましそのものがAさんを傷つけている,として,

 「アイデンティティ権」という新しい考え方を,裁判で主張しました。



 裁判所は,Aさんの言い分を全部までは認めませんでしたが,

 アイデンティティ権という考え方そのものは認めました
【★8】

 そうやって一歩一歩,

 インターネットでの被害をなくしていくために,

 社会は前に進んでいます。



 これから先も,私たちみんなで,被害を受けている人たちといっしょに声を上げて,

 裁判所の考え方をもっと前に進めさせたり,

 国会で法律が作られるようにしたり,

 SNSの運営会社にもっときちんと対応するように求めたりして,

 なりすましを許さず,一人ひとりが大切にされるネット社会を築いていくことが必要だと,私は思います。



 ぜひあきらめずに,

 あなたの親や信頼できる大人,そして私たち弁護士に,相談してください。




 なお,誰がなりすましをしているのかが分からないときには,

 さっきのAさんのように,

 なりすましているのが誰かを調べるための裁判所の手続を取る必要がありますし,その費用や労力もかかります。

 未成年なら,法律的な手続をとるためには,親の協力も必要です。



 しかし,ケースによっては,裁判所の手続を取らなくても,なりすましている人を特定して,解決に結びつく場合もあります。

 あなたも,なりすましているのが元彼なのかどうかという点も含めて,一度弁護士に相談してみてください。

 

 

【★1】 Twitter :https://help.twitter.com/ja/safety-and-security/report-twitter-impersonation
 Instagram:https://help.instagram.com/446663175382270/?helpref=hc_fnav
 Facebook:https://www.facebook.com/help/contact/169486816475808
【★2】 「平成29年における『人権侵犯事件』の状況について(概要)」http://www.moj.go.jp/content/001253506.pdf
「[事例3]インターネット上のプライバシー侵害 インターネット上のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)において,なりすましアカウントにより被害者の上半身裸の画像が掲載されていたところ,被害者自身でSNSの運営会社に対し,アカウントの削除を依頼したが応じてもらえなかったとして,法務局へ相談がされた事案である。法務局で調査した結果,当該画像は被害者のプライバシーを侵害するものと認められたため,法務局からSNSの運営会社に対し削除要請を行ったところ,本件アカウントは削除されるに至った。(措置:「要請」)」
【★3】 さいたま地裁平成29年10月3日決定・D1-Law.com判例体系・投稿記事削除仮処分命令申立事件 「外形的にみても,本件アカウントは,アカウント全体が,どの構成部分をとってみても,債権者の人格権を侵害することのみを目的として,明らかな不法行為を行う内容の表現である。このようなアカウント全体が不法行為を目的とすることが明白であり,これにより重大な権利侵害がされている場合には,権利救済のためにアカウント全体の削除をすることが真にやむを得ないものというべきであり,例外的にアカウント全体の削除を求めることができると解するのが相当である。このような不法行為のみを目的として他人を偽(いつわ)るアカウントが削除されたとしても,本件アカウントの保有者としては,別に正当な…アカウントを開設することが何ら妨(さまた)げられるものではない」
【★4】 大阪地裁平成29年8月30日判決・判例時報2364号58頁
【★5】 名誉毀損(めいよきそん)と言います。
 大阪地裁平成29年8月30日判決・判例時報2364号58頁 「〔Bによる〕これらの投稿は,いずれも他者を侮辱(ぶじょく)や罵倒(ばとう)する内容であると認められ,…原告〔=A〕による投稿であると誤認(ごにん)されるものであることと併(あわ)せ考えれば,第三者に対し,原告が他者を根拠なく侮辱や罵倒して本件掲示板の場を乱す人間であるかのような誤解を与えるものであるといえるから,原告の社会的評価を低下させ,その名誉権を侵害しているというべきである。…したがって,被告〔=B〕による本件投稿によって,原告〔=A〕の名誉権が侵害されたと認められる」
【★6】 肖像権(しょうぞうけん)侵害と言います。
 大阪地裁平成29年8月30日判決・判例時報2364号58頁 「肖像は,個人の人格の象徴(しょうちょう)であるから,当該(とうがい)個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有(ゆう)すると解(かい)される(最高裁平成24年2月2日判決・民集66巻2号89頁参照)。他方,他人の肖像の使用が正当な表現行為等として許容されるべき場合もあるというべきであるから,他人の肖像の使用が違法となるかどうかは,使用の目的,被侵害利益の程度や侵害行為の態様等を総合考慮して,その侵害が社会生活上受忍(じゅにん)の限度を超えるかどうかを判断して決すべきである(最高裁平成17年11月10日判決・民集59巻9号2428頁参照)。…被告〔=B〕は,原告〔=A〕の顔写真を本件アカウントのプロフィール画像として使用し,原告の社会的評価を低下させるような投稿を行ったことが認められ,被告による原告の肖像の使用について,その目的に正当性を認めることはできない。そして,…被告が,原告の社会的評価を低下させる投稿をするために原告の肖像を使用するとともに,『わたしの顔どうですか?w』…,『こんな顔で●●さんを罵っていました。ごめんなさい』…などと投稿したことは,原告を侮辱し,原告の肖像権に結びつけられた利益のうち名誉感情に関する利益を侵害したと認めるのが相当である。そうすると,被告〔=B〕による原告〔=A〕の肖像の使用は,その目的や原告に生じた不利益等に照らし,社会生活上受忍すべき限度を超えて,原告の肖像権を違法に侵害したものと認められる。…したがって,…原告の肖像権が違法に侵害されたことを認めることができる」
【★7】 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)4条1項 「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,次の各号のいずれにも該当するときに限り,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し,当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」
【★8】 大阪地裁平成29年8月30日判決・判例時報2364号58頁 「原告〔=A〕は,権利性が認められている氏名や肖像を冒用(ぼうよう)されない利益の根源が他者から見た人格の同一性を保持する必要性にあるとすれば,憲法13条後段の幸福追求権又は人格権から他者との関係において人格的同一性を保持する利益であるアイデンティティ権が導き出され,被告〔=B〕が原告になりすまして本件投稿を行ったことは原告のアイデンティティ権を侵害した旨主張する。…個人が,自己同一性を保持することは人格的生存の前提となる行為であり,社会生活の中で自己実現を図ることも人格的生存の重要な要素であるから,他者との関係における人格的同一性を保持することも,人格的生存に不可欠というべきである。したがって,他者から見た人格の同一性に関する利益も不法行為法上保護される人格的な利益になり得ると解される。もっとも,他者から見た人格の同一性に関する利益の内容,外延は必ずしも明確ではなく,氏名や肖像を冒用されない権利・利益とは異なり,その性質上不法行為法上の利益として十分に強固なものとはいえないから,他者から見た人格の同一性が偽られたからといって直ちに不法行為が成立すると解すべきではなく,なりすましの意図・動機,なりすましの方法・態様,なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して,その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して,当該行為が違法性を有するか否かを決すべきである」
 ただし,裁判所は,Aさんのケースへのあてはめでは,Bさんによるなりすましが正当な意図,動機によるものとは認められないとしながら,なりすましの方法・態様と,なりすましによって受けた不利益の程度から,名誉権侵害と肖像権侵害以外のなりすまし行為についてはAさんの人格的な利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものとまでは認められない,としました。

2018年10月 1日 (月)

店長がバイトをやめさせてくれない

 

 1年前,週2でバイトを始めたんですが,最初は半年間の約束だったのが,そのまま特に職場と話もなく,その後もずるずると働いてました。最近,シフトを週3,週4と次々に入れられて,部活やテスト勉強の時間がとれなくなってきたので,バイトをやめようとしたら,店長から「代わりの人を探してこなければやめられない」,「やめるなら求人広告代のお金を払え」,「それでもやめるならこれまでのミスを理由に懲戒解雇にする。そしたら将来,まともな就職ができなくなるぞ」と言われて,怖くてやめられません。

 

 

 店長の言っていることは,すべて法律的にまちがいです。

 あなたはそのバイトをやめることができますし,やめても問題ありません。

 一刻も早くやめられるよう,弁護士に相談してください。




 社会の中でいちばん多い職場のやめかたは,

 あなたと職場が話し合って,おたがいに納得して終わりにする方法です。

 「合意解約(ごういかいやく)」,または,「合意退職」と言います。

 あなたのほうから「やめたい」と職場に申し込むのでも,

 職場のほうから「やめてほしい」とあなたに申し込むのでも,

 きちんと相談して,相手がOKして,まとまるのが,

 いちばん円満な,ふつうのやめかたです
【★1】



 でも,あなたの場合,

 あなたの「やめたい」という申込みに,職場がOKしてくれないのですよね。



 働くがわは,雇(やと)うがわよりも,弱い立場にあります。

 あなたがやめたいと思っているのに,

 職場がOKしなければずっと働き続けないといけない,というのでは,

 つらい生活が続くことになってしまいます。



 だから法律は,

 職場がOKしなくても,あなたから一方的にやめられるルールを,

 きちんと作っています。



 法律は,一人ひとりを,大切な存在として扱(あつか)っています【★2】

 だれも,奴隷(どれい)のように縛(しば)られないし
【★3】

 だれにも,どんな仕事をするかを選べる自由がある
【★4】

 国のおおもとのルールである憲法も,はっきりそう言っています。




 一方的にやめるときには,

 「いつまで働く」という期間が決まっているかどうかが,重要です
【★5】



 「いつまで働く」という期間を決めていなかったのなら,

 特に理由がなくても,

 「やめます」と職場に言えば,

 その2週間後に,一方的にやめることができます
【★6】【★7】


 正社員は,「いつまで働く」という期間を,決めていないことが多いです。

 (「正社員ってどういう働き方?」の記事も,読んでみてください。)



 アルバイトは,「いつまで働く」という期間を,

 決めている場合もあれば,決めていない場合もあります。



 あなたは,最初は半年間働く約束だったのが,

 そのまま特に職場と話がなく,ずるずると働き続けている,ということでしたね。



 働き始めるときに,「いつまで働く」という期間を決めてはいたけれど,

 職場と働く人のあいだで特に話がないまま,その後も働き続けているのなら,


 最初から期間を決めていない正社員の場合と同じように,

 
特に理由がなくても,

 「やめます」と職場に言えば,

 その2週間後に,一方的にやめることができます
【★8】



 「やめます」と一方的に言ってやめるこの方法を,「辞職(じしょく)」と言います。

 「やめさせてほしい」というお願い(合意解約の申込み)ではなく,

 「やめます」と言い切るのです。

 職場が「認めない」と言ったとしても,自動的にやめられます。




 あなたが代わりの人を探す必要は,まったくありません。

 あなたが求人広告の費用を払う必要も,まったくありません。

 懲戒解雇は,仕事で悪いことをしたときに罰として受ける処分の1つですが,

 とてもハードルが高く,かんたんには認められません。

 懲戒解雇は,職場をやめたがっているあなたを引き留めるために,過去のミスを理由にして後付けでできるようなレベルの話ではないのです
【★9】

 店長があなたに言っていることは,すべて法律的にまちがいです。




 「ここで自分がやめるのは,身勝手で
,社会人として失格かもしれない。」

 あなたがそう思い悩む必要はありません。



 働く人が減ってしまうと,店が回らなくなってしまう。

 だから店長は,法律的にまちがっていることを言いながらあなたを脅(おど)し,

 あなたをやめさせないようにしているのです。

 そんな店長のほうこそ,身勝手ですし,社会人として失格です。

 法律は,そんな店長からあなたを守る,強い武器になります。




 「やめます」と言ったあと,まだ2週間は働き続けないといけない,というのは,しんどいですよね。


 働き始めて半年以上経っていて,それまでしっかり働き続けていたのなら,

 辞める日までの2週間で,有給休暇(ゆうきゅうきゅうか)を消化することができます
【★10】


 有給休暇は,週2日のアルバイトでも,使えます【★11】

 有給休暇の日数は,法律で決まっています。

 週2日で1年間働いてきたあなたは,3日間の有給休暇が使えますから,

 残りの2週間の勤務日の4日のうち,1日だけ出勤すればOKです。



 有給休暇を使うための理由を,職場に説明する必要はありません【★12】

 あなたが退職前に有給休暇を消化することを,職場は断れません
【★13】




 最初の約束の期間の後も働き続けていたあなたの場合は,

 上に書いたやり方で,一方的にやめることができます。

 参考までに,働く期間がきちんと決まっていて,その途中でやめる場合についても,説明しておきます。




 働く期間が決まっていたのなら,

 その期間が終わるまでは,やめられないのが基本です。



 でも,期間の途中でやめられる,例外があります。



 最初の約束で,働く期間を1年を超える期間に決めていたなら,

 1年を経ったあとは,特に理由がなくても,

 すぐに,一方的にやめることができます(一部,例外があります)
【★14】

 ただ,ふつうのアルバイトでは,最初から1年を超える期間を決めていることは,あまりないかもしれません。




 多くのアルバイトのように,最初の約束で,1年以下の働く期間を決めていても,

 どうしてもしかたがない理由があるときには,

 期間が終わる前でも,すぐに,一方的にやめることができます
【★15】

 2週間待つ必要はありません。



 どういう時に「どうしてもしかたがない理由」があってやめられるのかは,ケースによります。


 あなたと同じような状況にある人なら,

 週2の勤務という,働く条件のだいじな部分を職場が守らず,そのせいで学校生活に大きな影響が出ていますし,

 代わりの人を探さなければやめられないとか,

 求人広告代の費用
を払えとか,

 懲戒解雇にしたら将来まともな就職ができない,などと,

 店長が法律的にまちがったことを言いながら脅すことまでしているのですから,

 「どうしてもしかたがない理由」は,じゅうぶんにあります。



 店長は,期間の途中で一方的にやめたことを理由に,「損害賠償(そんがいばいしょう)のお金を払え」と言ってくるかもしれません。


 たしかに,法律では,

 期間の途中で一方的にやめるとき,やめなければいけない原因を作ったがわが,損害賠償を払わないといけない,としています
【★16】


 でも,やめなければいけなくなった原因は,

 約束を守らずシフトを増やしたり,法律的にまちがったことを言って脅したりした店長のほうが作ったのですから,

 こういった場合は,職場に損害賠償を払う必要はありません
【★17】




 今,あなたの職場のような,

 若い人たちを使いつぶす「ブラックバイト」が,社会に増えています
【★18】


 大切なあなたの生活が,ブラックバイトに都合よく支配されないように,

 法律のしくみを知って,一刻も早くその職場から離れてください。

 私たち弁護士は,そういうつらい状況にいるあなたを,しっかりとサポートします。

 

 

【★1】 あなたのほうから職場に「やめたいです」ということや,職場のほうからあなたに「やめてほしい」ということを,法律の言葉では,「申込(もうしこみ)」と言います。そして,相手がそれをOKすることを「承諾(しょうだく)」と言います。この申込と承諾の意思表示(いしひょうじ)がマッチするのが,合意解約です。
【★2】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及(およ)び幸福追求(ついきゅう)に対する国民の権利については,公共の福祉(ふくし)に反(はん)しない限(かぎ)り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★3】 憲法18条 「何人(なんぴと)も,いかなる奴隷的拘束(どれいてきこうそく)も受けない。又(また),犯罪に因(よ)る処罰の場合を除(のぞ)いては,その意に反する苦役(くえき)に服(ふく)させられない」
【★4】 憲法22条1項 「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有(ゆう)する」
【★5】 働き始めるときに,必ず職場から書類をもらっているはずですから,確認してみてください。
 労働基準法15条1項 「使用者は,労働契約の締結(ていけつ)に際(さい)し,労働者に対して賃金,労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において,賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については,厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」
 労働基準法施行規則5条 「使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は,次に掲(かか)げるものとする。(略) 一 労働契約の期間に関する事項 (略)」
 労働契約法4条2項 「労働者及(およ)び使用者は,労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について,できる限り書面により確認するものとする。」
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律6条1項 「事業主は,短時間労働者を雇い入れたときは,速やかに,当該(とうがい)短時間労働者に対して,労働条件に関する事項のうち労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの…を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法…により明示しなければならない。」
 同法47条 「第6条第1項の規定に違反した者は,10万円以下の過料(かりょう)に処(しょ)する。」
【★6】 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
【★7】 この記事を書いている時点では,アルバイトのような時給制ではなく「期間によって報酬を定めた場合」には,「次期以後」についての解約申入れを「当期の前半」にしなければいけない,という条文があります。一見,月給でもらうことの多い正社員に当てはまるかのように読めますが,この条文は,遅刻や欠勤をしても賃金がカットされない完全月給制の場合の規定ですので(菅野和夫「労働法第11版」704頁),ほとんどの正社員には当てはまりません。またさらに,この「期間によって報酬を定めた場合」の解約申入れの規定は,2017(平成29)年の民法改正により,2020年4月1日以降は,働く側からの解約申入れには適用されなくなります。
 従前の民法627条2項 「期間によって報酬を定めた場合には,解約の申入れは,次期以後についてすることができる。ただし,その解約の申入れは,当期の前半にしなければならない」
 改正民法627条2項 「期間によって報酬を定めた場合には,使用者からの解約の申入れは,次期以後についてすることができる。ただし,その解約の申入れは,当期の前半にしなければならない」
【★8】 期間の定(さだ)めのある雇用(こよう)契約が,期間満了後もお互いに異議(いぎ)なく事実上続いている場合には,前の契約と同じ条件で更新(こうしん)されます。これを「黙示(もくじ)の更新」と言います。賃金などは同じ条件ですが,期間については「期間の定めのない契約になる」という考え方(大阪地裁平成9年6月20日判決・労働判例740号54頁,東京地裁平成11年11月29日・労働判例780号67頁)と,「同じ期間の定めのある契約になる」とする考え方(東京地裁平成15年12月19日・労働判例873号73頁,菅野和夫「労働法第11版」326頁)。しかし,どちらにしても,黙示の更新後は「(期間の定めのない契約と同じように)いつでも解約の申入れをすることができる」という結論には変わりありません(条文にはっきり書かれています)。
 民法629条1項 「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事(じゅうじ)する場合において,使用者がこれを知りながら異議を述べないときは,従前(じゅうぜん)の雇用と同一の条件で更(さら)に雇用をしたものと推定する。この場合において,各当事者は,第627条の規定により解約の申入れをすることができる」
【★9】 労働契約法15条 「使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係(かか)る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,当該懲戒は,無効とする」
 同法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする」
【★10】 正確には「年次有給休暇」と言います。働く時間が多い人(週5日以上働いている人,年217日以上働いている人,週4日以下でも週30時間以上働いている人)は,6ヶ月以上続けて働き,全労働日の8割以上出勤していれば,6ヶ月経った時に10日分,1年半経った時に11日分,2年半で12日分,3年半で14日分,4年半で16日分,5年半で18日分,6年半で20日分,以後1年ごとに20日分の有給休暇を取得できます。
 労働基準法39条1項 「使用者は,その雇入れの日から起算して6箇(か)月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して,継続し,又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない」
 同条2項 「使用者は,1年6箇月以上継続勤務した労働者に対しては,雇入れの日から起算して6箇月を超えて継続勤務する日(以下「6箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数1年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄に掲げる6箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。(略)
6箇月経過日から起算した継続勤務年数 労働日
1年 1労働日
2年 2労働日
3年 4労働日
4年 6労働日
5年 8労働日
6年以上 10労働日」
【★11】 労働基準法39条3項 「次に掲(かか)げる労働者…の有給休暇の日数については,前2項の規定にかかわらず,これらの規定による有給休暇の日数を基準とし,通常の労働者の1週間の所定労働日数として厚生労働省令で定める日数(第一号において「通常の労働者の週所定労働日数」という。)と当該労働者の1週間の所定労働日数又は1週間当たりの平均所定労働日数との比率を考慮して厚生労働省令で定める日数とする。
一 1週間の所定労働日数が通常の労働者の週所定労働日数に比し相当程度少ないものとして厚生労働省令で定める日数以下の労働者 (以下略)」
 労働基準法施行規則24条の3第3項 「法第39条第3項の通常の労働者の1週間の所定労働日数として厚生労働省令で定める日数と当該労働者の1週間の所定労働日数又は1週間当たりの平均所定労働日数との比率を考慮して厚生労働省令で定める日数は,同項第一号に掲げる労働者にあっては次の表の上欄の週所定労働日数の区分に応じ…て,それぞれ同表の下欄に雇入れの日から起算した継続勤務期間の区分ごとに定める日数とする。
週所定労働日数 1年間の所定労働日数 雇入れの日から起算した継続勤務期間
(下欄)6箇月 1年6箇月 2年6箇月 3年6箇月 4年6箇月 5年6箇月 6年6箇月以上
(上欄)4日 … 7日 8日 9日 10日 12日 13日 15日
(上欄)3日 … 5日 6日 6日 8日 9日 10日 11日
(上欄)2日 … 3日 4日 4日 5日 6日 6日 7日
(上欄)1日 … 1日 2日 2日 2日 3日 3日 3日」
 同条4項 「法第39条第3項第一号の厚生労働省令で定める日数は,4日とする」
【★12】 最高裁第二小法廷昭和48年3月2日判決(林野庁白石営林署事件)・民集27巻2号191頁 「年次有給休暇の権利は,労基法39条1,2項の要件の充足(じゅうそく)により,法律上当然に労働者に生(しょう)ずるものであって,その具体的な権利行使にあたっても,年次休暇の成立要件として『使用者の承認』という観念を容(い)れる余地のないことは,第一点につき判示したとおりである。年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり,休暇をどのように利用するかは,使用者の干渉(かんしょう)を許さない労働者の自由である,とするのが法の趣旨であると解するのが相当である」
【★13】 働くがわが有給休暇を取りたいと求めたとき,一定の場合には職場がわが「他の時季(じき)に有給休暇を取るように」と言うことができます(「時季変更権」といいます)。しかし,あなたのケースのように退職するときに有給休暇を使う場合には,職場は時季変更権を主張することはできません。
 労働基準法39条5項 「使用者は,前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし,請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨(さまた)げる場合においては,他の時季にこれを与えることができる」
 「時季変更権の行使には『他の時季にこれ(年休)を与える』可能性の存在が前提となる。そこで,労働者が退職時に未消化年休を一括時季指定する場合には,その可能性がないので時季変更権を行使しえないこととなる」(菅野和夫「労働法第11版」538頁)
【★14】 労働基準法137条 「期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き,その期間が1年を超えるものに限る。)を締結(ていけつ)した労働者(第14条第1項各号に規定する労働者を除く。)は,労働基準法の一部を改正する法律(平成15年法律第104号)附則第3条に規定する措置が講じられるまでの間,民法第628条の規定にかかわらず,当該労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては,その使用者に申し出ることにより,いつでも退職することができる」
【★15】 民法628条前段 「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由(じゆう)があるときは,各当事者は,直(ただ)ちに契約の解除(かいじょ)をすることができる」
【★16】 民法628条後段 「この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う」
【★17】 むしろ,やめなくてはいけなくなった原因を作った職場のほうが,やめる人に対して損害賠償を払わなければならない可能性もあります。労働者から期間途中で解約告知をした事案で,その原因を作ったのが使用者側にあるとして使用者から労働者に対して損害賠償を支払うよう命じた判例もあります(マガジンプランニング事件。京都地裁平成23年7月4日判決・労働法律旬報1752号24頁,大阪高裁平成23年12月6日判決・D1-Law.com判例体系,最高裁第三小法廷平成24年4月24日決定・D1-Law.com判例体系)
【★18】 今野晴貴「ブラックバイト 学生が危ない」(岩波新書)は,ブラックバイトの実態と特徴,その背景と対策が,詳しく書かれています。

2018年9月 1日 (土)

性的関係もある年上の彼氏を親が訴えると騒いでる

 

 高校2年生です。ネットで知り合った30代の彼氏と1年くらい付き合っていて,エッチもしていました。そのことが最近親にバレて,かんかんに怒っている父親は,彼氏を警察に訴えると言って騒いでいます。前から「自分がまだ18歳になってないからヤバいかな」と思ってはいたけど,今こうやって父親が騒いでいるのは止められないですか。

 

 

 あなたとその彼氏の関係が,

 お互いを人として大切にし合う,しっかりした関係だったなら,

 あなたのお父さんが彼氏を訴えようとするのを,止めることができます。



 都道府県のルールである条例(じょうれい)では,

 18歳になっていない子どもとのあいだで,セックスなど性的なことをしたら,

 犯罪として処罰する,とされています。



 どんなセックスや性的なことをすると,処罰されるのでしょうか。


 多くの条例では,「淫行(いんこう)」,「みだらな性行為(せいこうい)」,「わいせつ行為」という言葉を使っています【★1】【★2】

 わかりづらい言葉ですが,一見,セックスなど性的なことのほとんどすべてがNGのように読めますね。



 でも,たとえ子どもであっても,

 自分がだれとどんな心と体の関係をつくるか/つくらないかについて,

 自分自身で決める自由があります
【★3】【★4】



 刑法という法律(国のルール)では,

 12歳以下の子どもにセックスなど性的なことをすると,

 「強制わいせつ罪」「強制性交等罪」という犯罪になります
【★5】

 たとえその子がセックスなど性的なことにOKしていたとしても,犯罪です。


 13歳以上の人には,

 暴力を使ったり,おどしたり,お酒や薬物を使ったりして
【★6】

 抵抗(ていこう)できない状態でセックスなど性的なことをしたときに,犯罪に問われます。


 逆にいうと,13歳以上なら,

 その人がセックスなど性的なことにOKしていれば,これらの犯罪は成り立ちません。

 この13歳を,「自分で判断できる年齢」という意味で,「性交同意年齢」と言います。


 13歳からというのは,世界的に見て低すぎると言われています。

 「日本は性交同意年齢を引き上げるべきだ」と,世界から指摘されています
【★7】


 13歳という線引きが良いかどうかを別にしても,

 性交同意年齢を超えていれば,未成年であっても,

 セックスなど性的なことを自分自身で決めることが,法律では重視されています。



 民法という法律(国のルール)では,

 女性は,16歳以上なら,結婚ができます
【★8】

 それなのに,18歳になっていないからという理由で,パートナーと性的な関係を持つことが条例で禁止されるのでは,ちぐはぐです。

 (なお,2022年には,女性が結婚できる年齢は18歳以上に変わります)。




 子どもにも,だれとどんな心と体の関係をつくるか/つくらないかについての自由があること,

 刑法が13歳を性交同意年齢としていて,

 民法が16歳以上の女性が結婚できるとしていること,

 それらからすると,

 18歳になっていない子どもとの間のセックスなど性的なことを,

 条例がすべて犯罪にするのは,規制のしすぎです。




 他方で,

 10代は,心と体が大人の仲間入りをしたばかりの,とてもだいじな時期です。

 あなたの心と体は,これから死ぬまでの何十年という間,あなた自身がずっと付き合い続けていくものです。

 だから,最初のころは,

 大人の仲間入りを始めたばかりの自分の心と体との付き合い方を,

 じっくりと身につけていってほしいと願っています。


 「性」というのは,セックスのことだけではありません。

 自分の心と体を大切にし,そして,相手の心と体を大切にすること。

 それが,ほんとうの意味の「性」です。



 でも,大人の中には,

 心と体が大人の仲間入りを始めたばかりの大事な時期にある10代を,

 ひとりの人間として大切に扱わず,まるで物や人形のように扱う人がいます。

 私たちは,そういう大人から子どもたちを守りたいと,強く思っています。




 条例の「淫行」の意味が争われた事件で,最高裁は,こう言っています。


 「淫行」は,子どもとのセックスなど性的なことすべてをさすのではない。

 子どもを,さそいこんだり,おどしたり,だましたり,とまどわせたりして,

 心や体がまだ成長を続けている途中であることにつけいった不当なやり方や,

 子どもを単に自分の性欲を満足させるための対象(たいしょう)として扱っているとしかいえないようなものを,

 子どもを守るために,「淫行」として処罰するのだ,と
【★9】



 セックスなど性的なことは,もともと「自分の性欲を満足させるため」にするものなのだから,

 最高裁が言っているのは,結局,セックスなど性的なことすべてを指しているのと変わりないじゃないか,という批判もあります
【★10】


 でも,私はそう思いません。


 最高裁が言っているのは,子どもを「対象」として扱うことがダメなのだ,ということです
【★11】

 相手をまるで物や人形のように扱うのではなく,

 ひとりの人間として大切に扱っているか,

 お互いがお互いをきちんと尊重しているか,ということが,だいじなのです。



 あなたが,その30代の彼氏との間で,お互いを人として大切にし合うしっかりした関係だったかどうかを,振り返ってみてください。



 周りの人たちは,こういうふうに言うでしょう。 


 「知識や経験,そしてお金の面でも差があるのだから,

 心と体が大人の仲間入りを始めたばかりのあなたのことを,

 30代の彼氏は,ゆっくりと見守り,性的な関係を持たずに待つ,ということも必要だったのではないか。」



 そういう意見をふまえてしっかり振り返ってみても,

 「彼氏との間で,お互いを人として大切にし合っていた」と,あなた自身が実感できているのであれば,

 それを,お父さんにきちんと伝えてください。


 もしお父さんが聞き入れてくれなくても,

 あなたが警察にありのままを話したり,

 警察に話すこと自体を拒否(きょひ)したりすれば,

 警察が彼氏を立件(りっけん)することは,難しいでしょう。




 刑法が性交同意年齢を13歳にしているのにもかかわらず,

 この社会は,

 子どもが13歳になる前に,性についてきちんと教えていません。


 条例で18歳までの子どもを守ろうとしているのにもかかわらず,

 この社会は,

 相手の大人を処罰することには一生懸命でも,

 主人公であるはずの子どもたちに,きちんと向き合って性を教えようとせず,ほったらかしにしています。


 これは,まったくおかしなことです。



 お父さんは,あなたを守ろうとして,彼氏を警察に訴えようとしているのですよね。

 でも,あなたを守るためにお父さんが本当にしなければならないことは,

 自分の心と体を大切にし,相手の心と体を大切にするということがどういうことなのか,

 セックスという限られたことだけでなく,広く「性」について,

 ふだんからきちんと親子で話し合うことです。

 東京都や長野県の条例では,その話し合いの大切さにも,きちんと触れています【★12】【★13】



 あなたの彼氏が処罰されないように,というだけでなく,

 あなたがこれから先ずっと,自分と相手の心と体を大切にできる素敵な人になれるように,

 今までの彼氏との関係について振り返り,お父さんとよく話し合ってみてください。

 その話し合いがうまくいかないようであれば,私たち弁護士がサポートします。

 

 

【★1】 「淫行」または「いん行」という言葉を使っている条例:北海道青少年健全育成条例38条,青森県青少年健全育成条例22条,栃木県青少年健全育成条例42条,静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例14条の2,愛知県青少年保護育成条例14条,滋賀県青少年の健全育成に関する条例24条,和歌山県青少年健全育成条例26条,岡山県青少年健全育成条例20条,広島県青少年健全育成条例39条,徳島県青少年健全育成条例14条,香川県青少年保護育成条例16条,福岡県青少年健全育成条例31条,(大分県)青少年の健全な育成に関する条例37条,鹿児島県青少年保護育成条例22条
 「淫らな性行為」または「みだらな性行為」という言葉を使っている条例:(岩手県)青少年のための環境浄化に関する条例18条,(宮城県)青少年健全育成条例31条,秋田県青少年の健全育成と環境浄化に関する条例14条,山形県青少年健全育成条例13条,福島県青少年健全育成条例24条,茨城県青少年の健全育成等に関する条例35条,群馬県青少年健全育成条例35条,埼玉県青少年健全育成条例19条,神奈川県青少年保護育成条例31条,新潟県青少年健全育成条例20条,富山県青少年健全育成条例15条,いしかわ子ども総合条例52条,福井県青少年愛護条例35条,(山梨県)青少年保護育成のための環境浄化に関する条例12条,岐阜県青少年健全育成条例23条,(兵庫県)青少年愛護条例21条,奈良県青少年の健全育成に関する条例34条,鳥取県青少年健全育成条例18条,島根県青少年の健全な育成に関する条例21条,高知県青少年保護育成条例18条,佐賀県青少年健全育成条例22条,長崎県少年保護育成条例16条,熊本県少年保護育成条例13条,宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例19条,沖縄県青少年保護育成条例17条の2
 「わいせつな行為」,「わいせつ行為」,または「猥せつの行為」という言葉を使っている条例:北海道青少年健全育成条例38条,青森県青少年健全育成条例22条,(岩手県)青少年のための環境浄化に関する条例18条,(宮城県)青少年健全育成条例31条,秋田県青少年の健全育成と環境浄化に関する条例14条,山形県青少年健全育成条例13条,福島県青少年健全育成条例24条,茨城県青少年の健全育成等に関する条例35条,栃木県青少年健全育成条例,群馬県青少年健全育成条例35条,埼玉県青少年健全育成条例19条,神奈川県青少年保護育成条例31条,新潟県青少年健全育成条例20条,富山県青少年健全育成条例15条,いしかわ子ども総合条例52条,福井県青少年愛護条例35条,(山梨県)青少年保護育成のための環境浄化に関する条例12条,岐阜県青少年健全育成条例23条,静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例14条の2,愛知県青少年保護育成条例14条,滋賀県青少年の健全育成に関する条例24条,(兵庫県)青少年愛護条例21条,奈良県青少年の健全育成に関する条例34条,和歌山県青少年健全育成条例26条,鳥取県青少年健全育成条例18条,島根県青少年の健全な育成に関する条例21条,岡山県青少年健全育成条例20条,広島県青少年健全育成条例39条,徳島県青少年健全育成条例14条,香川県青少年保護育成条例16条,愛媛県青少年保護条例9条の2,高知県青少年保護育成条例18条,福岡県青少年健全育成条例31条,佐賀県青少年健全育成条例22条,長崎県少年保護育成条例16条,熊本県少年保護育成条例13条,(大分県)青少年の健全な育成に関する条例37条,宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例19条,鹿児島県青少年保護育成条例22条,沖縄県青少年保護育成条例17条の2
 「みだらな性交又は性交類似行為」という言葉を使っている条例:東京都青少年の健全な育成に関する条例18条の6
 「不純な性行為」という言葉を使っている条例:愛媛県青少年保護条例9条の2
【★2】 条例によっては,条件が付いていたり,くわしく定義が書かれているものもあります。
 千葉県青少年健全育成条例20条1項 「何人(なんぴと)も,青少年に対し,威迫(いはく)し,欺(あざむ)き,又は困惑(こんわく)させる等青少年の心身の未成熟に乗じた不当な手段によるほか単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められない性行為又はわいせつな行為をしてはならない」
 長野県子どもを性被害から守るための条例17条1項 「何人も,子どもに対し,威迫し,欺き若しくは困惑させ,又はその困惑に乗じて,性行為又はわいせつな行為を行ってはならない」
 三重県青少年健全育成条例23条1項 「何人も,青少年に対し,いん行(青少年を威迫し,欺き,又は困惑させる等不当な手段を用いて行う性交又は性交類似行為及び青少年を単に自己の性欲を満足させるための対象として行う性交又は性交類似行為をいう。次条において同じ。)又はわいせつな行為(いたずらに性欲を興奮させ,若しくは刺激し,又は性的な言動により性的羞恥心(しゅうちしん)を害し,若(も)しくは嫌悪(けんお)の情(じょう)を催(もよお)させる行為をいう。次条において同じ。)をしてはならない」
 (京都府)青少年の健全な育成に関する条例21条1項 「何人も,青少年に対し,金品その他財産上利益若しくは職務を供与(きょうよ)し,若しくはそれらの供与を約束することにより,又は精神的知未熟若しくは情緒的不安定に乗じて,淫行又はわいせつ行為をしてはならない」
 大阪府青少年健全育成条例39条 「何人も,次に掲げる行為を行ってはならない。
(1)青少年に金品その他の財産上の利益,役務(えきむ)若しくは職務を供与し,又はこれらを供与する約束で,当該青少年に対し性行為又はわいせつな行為を行うこと(児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号)第2条第2項に該当するものを除く。)
(2)専(もっぱ)ら性的欲望を満足させる目的で,青少年を威迫し,欺き,又は困惑させて,当該青少年に対し性行為又はわいせつな行為を行うこと。
(3)性行為又はわいせつな行為を行うことの周旋(しゅうせん)を受け,青少年に対し当該周旋に係る性行為又はわいせつな行為を行うこと。
(4)青少年に売春若しくは刑罰法令に触れる行為を行わせる目的又は青少年にこれらの行為を行わせるおそれのある者に引き渡す目的で,当該青少年に対し性行為又はわいせつな行為を行うこと」
 山口県青少年健全育成条例12条 「何人も,青少年に対し,次に掲げる行為をしてはならない。
一 金品その他の財産上の利益を供与し,若しくは役務を提供し,又はこれらの供与若しくは提供を約束して性行為又はわいせつの行為をすること。
二 相手方を欺き,若しくは困惑させ,又はその困惑に乗じて性行為又はわいせつの行為をすること。
三 あっせんを受けて性行為又はわいせつの行為をすること。」
【★3】 自己決定権と言います。憲法13条が保障する人格権(人格権)から導かれます。
 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及(およ)び幸福追求(ついきゅう)に対する国民の権利については,公共の福祉(ふくし)に反(はん)しない限(かぎ)り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★4】 最高裁大法廷昭和60年10月23日判決・刑集39巻6号413頁(福岡県青少年保護育成条例違反事件)谷口正孝裁判官反対意見 「本条例にいう青少年のうち年長者(例えば,16歳以上の者。便宜(べんぎ)これを『年長青少年』という)に対する性交又は性交類似行為については年少少年に対する場合と同一に扱うわけにはいかない。身体の発育が向上し,性的知見においてもかなりの程度に達しているこれら現代の年長青少年に対する両者の自由意思に基づく性的行為の一切(いっさい)を罰則を以(もっ)て一律に禁止するが如(ごと)きは,まさに公権力を以てこれらの者の性的自由に対し不当な干渉(かんしょう)を加えるものであり,とうてい適正な処罰規定というわけにはいかないであろう」
【★5】 刑法176条 「13歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役(ちょうえき)に処する。13歳未満の者に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする」
 同法177条 「13歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いて性交,肛門性交又は口腔(こうくう)性交(以下「性交等」という。)をした者は,強制性交等の罪とし,5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し,性交等をした者も,同様とする」
【★6】 刑法178条1項 「人の心神喪失(しんしんそうしつ)若しくは抗拒不能(こうきょふのう)に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,わいせつな行為をした者は,第176条の例による」
 同条2項 「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,性交等をした者は,前条の例による」
【★7】 国連・児童の権利委員会の最終見解:日本 2004年2月26日 CRC/C/15/Add.231(最終見解/コメント)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/0402/pdfs/0402_j.pdf
パラグラフ22 「委員会は,婚姻最低年齢が少年(18歳)と少女(16歳)とで異なること及び性交同意最低年齢(13歳)が低いことについて懸念する」
 パラグラフ23 「委員会は,締約国が,(a)少女の婚姻最低年齢を少年の最低年齢にまで引き上げること,(b)性交同意最低年齢を引き上げること,を勧告する」
【★8】 民法731条 「男は,18歳に,女は,16歳にならなければ,婚姻(こんいん)をすることができない」
【★9】 最高裁大法廷昭和60年10月23日判決・刑集39巻6号413頁(福岡県青少年保護育成条例違反事件) 「本件各規定…の趣旨は,一般に青少年が,その心身の未成熟や発育程度の不均衡(ふきんこう)から,精神的に未(いま)だ十分に安定していないため,性行為等によって精神的な痛手を受け易(やす)く,また,その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ,青少年の健全な育成を図るため,青少年を対象としてなされる性行為等のうち,その育成を阻害(そがい)するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることが明らかであって,右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴(ちょう)すると,本条例10条1項の規定にいう『淫行』とは,広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく,青少年を誘惑し,威迫(いはく)し,欺罔(ぎもう)し又は困惑(こんわく)させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか,青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である」
【★10】 最高裁大法廷昭和60年10月23日判決・刑集39巻6号413頁(福岡県青少年保護育成条例違反事件)伊藤正己裁判官反対意見 「性行為そのものは,自己の性欲を満足させるために行われるのが通常であるから,それはほとんど限定の作用をいとなまず,結婚を前提としない青少年を相手方とする性行為のすべてを包含(ほうがん)することに近いと考えられ,適当と考えられる限定とはいえないであろう」
【★11】 児童福祉法という法律でも,18歳未満の児童に「淫行させる行為」が処罰の対象となっていて,条例よりも重い刑罰があります。親族や教師など,子どもに影響力のある大人によるセックスなど性的なことが罰せられます。
 児童福祉法34条1項 「何人も,次に掲げる行為をしてはならない。 … 六 児童に淫行をさせる行為」
 同法60条1項 「第34条第1項第六号の規定に違反した者は,10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する」
 最高裁判所第一小法廷平成28年6月21日決定・刑集70巻5号369頁 「児童福祉法34条1項6号にいう『淫行』とは,同法の趣旨(同法1条1項)に照らし,児童の心身の健全な育成を阻害(そがい)するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為をいうと解するのが相当であり,児童を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような者を相手とする性交又はこれに準ずる性交類似行為は、同号にいう『淫行』に含まれる。そして,同号にいう『させる行為』とは,直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する行為をいうが(最高裁昭和39年(あ)第2816号同40年4月30日第二小法廷決定・裁判集刑事155号595頁参照),そのような行為に当たるか否(いな)かは,行為者と児童の関係,助長・促進行為の内容及び児童の意思決定に対する影響の程度,淫行の内容及び淫行に至る動機・経緯,児童の年齢,その他当該児童の置かれていた具体的状況を総合考慮して判断するのが相当である」
【★12】 東京都青少年の健全な育成に関する条例18条の3第1項 「保護者及び青少年の育成にかかわる者(以下「保護者等」という。)は,異性との交友が相互の豊かな人格のかん養に資(し)することを伝えるため並びに青少年が男女の性の特性に配慮し,安易な性行動により,自己及び他人の尊厳を傷つけ,若しくは心身の健康を損ね,調和の取れた人間形成が阻害され,又は自ら対処できない責任を負うことのないよう,慎重な行動をとることを促すため,青少年に対する啓発及び教育に努めるとともに,これらに反する社会的風潮を改めるように努めなければならない」
 同条2項 「保護者等は,青少年のうち特に心身の変化が著しく,かつ,人格が形成途上である者に対しては,性行動について特に慎重であるよう配慮を促すように努めなければならない」
 同条3項 「保護者は,青少年の性的関心の高まり,心身の変化等に十分な注意を払うとともに,青少年と性に関する対話を深めるように努めなければならない」
【★13】 長野県子どもを性被害から守るための条例6条 「保護者は,その監護する子どもを守る第一義的責任を有することを認識し,子どもを性被害から守るために必要な教育並びに子どもが性被害を受けたときの保護及び支援を行うよう努めるものとする」
 

2018年6月 1日 (金)

ネット予約をキャンセルしたのにお金を請求されてる

 

 高3です。友だち8人のGW旅行の計画で,4月初めに旅館をネット予約しました。サイトには住所と名前と電話番号を入力しました。親には後で言おうと思ってたら,数日後には旅行が取りやめになったんで,結局話しませんでした。旅館には直接キャンセルの電話をかけて,「わかりました,大丈夫です」って言われてたんですが,GWの夜に旅館から「まだ来ないのか」って電話がきて,僕が「え?前に電話でキャンセルしましたよ」って言っても,「そんな連絡は来てない。ネット予約はキャンセルもネットですることになっている。無断キャンセルのお金を払え」って言われました。納得できないでいたら,最近,5万円払えって手紙が届いたんですけど,どうすればいいですか?

 

 

 ちゃんとキャンセルしたはずなのに,お金を請求されて,びっくりしましたよね。


 「キャンセルもネットですることになっている」,と旅館が言っているのですね。

 でも,たとえそういうルールがあったとしても,

 あなたの話のとおり,電話で連絡して旅館の人が「わかりました,大丈夫です」と答えたのなら,

 キャンセルはきちんとできています
【★1】


 問題は,

 あなたと旅館の人との,その電話のやりとりを,

 あなたが証明しなければいけない,ということです
【★2】



 電話の履歴が残っていたり,

 旅館の人の名前を覚えていたりしていればプラスではあるものの,

 「その時に電話でその人と話をした」ということの証明まではできても,

 「キャンセルの話をした」ことまでの証明は,難しいかもしれません。




 旅館の予約も,そのキャンセルも,どちらも法律的なことがらです。


 法律的なこと,お金がからむ話のときには,

 いつも,手紙やメールなどでやりとりが残るようにして,

 あとでトラブルになったときに証明できるようにあらかじめ備えておくことが,だいじなのです
【★3】




 では,キャンセルの電話をしたことを証明できなければ,

 お金を払わないといけないのでしょうか。



 あなたの場合,

 キャンセルの電話をしたことを証明できなくても,

 未成年だという理由で,お金を払わずに済むことができます。





 未成年の子どもが,法律的な約束をするときには,

 親のOKが必要です
【★4】

 そのOKのことを,「同意(どうい)」と言います。




 あなたは,親には後で言うつもりだったのですよね。



 なので,「親のOKのないまま,旅館の予約をしていた」という理由で,

 予約そのものを取り消して,初めからなかったことにすることができます
【★5】【★6】

 そうすれば,キャンセル料を払う必要はありません。




 あなたが「自分は成人だ」とウソをついていたら,取り消すことはできません
【★7】

 でも,あなたが予約したサイトには,生年月日や年齢を入力するところがなかったのですから,

 ウソをついてはいないので,予約を取り消すことができます。





 キャンセルの連絡をきちんとしていたこと,

 そうでなくても,未成年の自分が親のOKなしにした予約だったので,取り消すこと,

 それらを手紙に書いて,旅館に送ってください
【★8】


 そして,その手紙のコピーも,忘れずに持っていてください。


 手紙は,あなた自身で書くのでも,あなたの親が書くのでも,どちらでもOKです【★9】

 書き方がわからなければ,弁護士に相談してください。






 経済や法律のしくみには,難しいことがたくさんあります。



 だから,そのしくみを学んでいる子どものときには,

 おかしな約束を押しつけられたり,手順を失敗したりして,困ったことにならないよう,

 親が子どもを守ることになっています。




 今回も,5万円という大きなお金がからむ法律の話だったのに,

 「キャンセルするときにやりとりを残す」という手順を,ふんでいなかったのですよね。



 大人だったら,お金を払わないといけなくなるところでした。


 子どもは,そういう手順を学ぶだいじな時期にあるからこそ,

 法律は「親からOKをもらわなければいけない」としていますし,

 親のOKをもらわないまま手順を失敗した子どもも,守られているのです。




 「キャンセル料が払われないのは,旅館にとって厳しいんじゃないか」,と思う人もいるかもしれません。

 でも,私はそう思いません。

 予約サイトに,お客さんの生年月日や年齢を入力してもらい,

 未成年であれば親にも確認する,というしくみにすれば済むことです。

 それは,子どもと比べて経済や法律を知っているべき業者にとっては,難しいことではありません。




 あなたは今高校3年生ということでしたね。

 高校3年生には,17歳の人もいれば,18歳以上の人もいます。

 今,成人年齢を20歳から18歳に引き下げる法律の改正が議論されています。

 法改正後は,もし18歳になっていたなら,

 今回のようなケースでは,未成年を理由に取り消せなくなります。




 インターネットでは,今回のケースのようなトラブルだけでなく,

 例えば,とても高いキャンセル料が一方的に決められていて,そのことが小さい字でしか説明されていなかったり
【★10】

 アダルトサイトなどで,その気がないのにいつの間にか何かを申し込んだことにされて,お金を請求されたりなど
【★11】

 子どもたちが経済や法律を知らないことにつけ込んだ悪質な業者による被害のトラブルが,たくさんあります。

 法律が改正されたら,18歳・19歳の人たちの被害が増えてしまうのではないかと,私たち弁護士は心配しています
【★12】



 成人するまでの今のだいじな時期に,

 親に守られながら,経済や法律のしくみを学んでいってください。


 そして,子どものときはもちろん,大人になってからも,

 法律のことやお金のことで困ったら,

 大きなトラブルになる前に,早めに弁護士に相談するようにしてください。

 

 

【★1】 電話で宿泊する契約をナシにすることをあなたがお願いし(法律の言葉で「申込(もうしこみ)」といいます),それを旅館がOKしたのですから(「承諾(しょうだく)」といいます),合意解除(ごういかいじょ)が成り立っています。旅館が承諾したのなら,申込がネットだったのか電話だったのかにかかわらず,合意解除は成立しています。
【★2】 証明責任(しょうめいせきにん)と言います。「証明責任とは,法令適用の前提として必要な事実について,訴訟上(そしょうじょう)真偽(しんぎ)不明の状態が生じたときに,その法令適用にもとづく法律効果が発生しないとされる当事者の負担をいう」(伊藤眞「民事訴訟法第4版補訂版」356頁)
【★3】 ただし,トラブルになったあとは,メールでやりとりするのは,かえってトラブルが大きくなることになるので,避けたほうがよいです。「既読スルーしてケンカになった」の記事も読んでみてください。
【★4】 民法5条1項 「未成年者が法律行為(こうい)をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
【★5】 民法5条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★6】 民法121条 「取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす」
【★7】 民法21条 「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術(さじゅつ)を用(もち)いたときは,その行為を取り消すことができない。」
【★8】 旅館が「受け取っていない」と言わないように,書留や特定郵便(受取のサインはありませんが,相手のポストに入れたことは郵便局が記録してくれます)など,受け取ったことが証明できる手紙で送りましょう。内容証明郵便であれば「手紙は受け取ったけれど中身がちがっている」と言われることも防げますが,書式にルールがありますし,費用もかかります。
【★9】 民法120条1項 「行為能力の制限によって取り消すことができる行為は,制限行為能力者又はその代理人,承継人若(も)しくは同意をすることができる者に限り,取り消すことができる」
【★10】 社会の中での一般的なキャンセル料と比べて高いなら,消費者契約法という法律で,そのキャンセル料のルールが無効だと主張できます。
 消費者契約法9条 「次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。 一 当該消費者契約の解除に伴(ともな)う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」
【★11】 いわゆる「ワンクリック詐欺」を防ぐために,ネットでは,本人が間違いなく契約することを確認できるように画面表示していなければ,「その気がなかったのにうっかり入力してしまっていた」という理由(錯誤(さくご)と言います)で,無効にすることができます。民法では,「うっかり」の度合いがひどければ無効にすることはできない,と決まっているのですが,ネットの契約では,たとえ「うっかり」の度合いがひどくても,業者の側がきちんと確認の表示をしていなければ,無効にできる特別な法律が作られています。
 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律3条 「民法第95条ただし書の規定は,消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について,その電子消費者契約の要素に錯誤(さくご)があった場合であって,当該錯誤が次のいずれかに該当するときは,適用しない。ただし,当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が,当該申込み又はその承諾の意思表示に際して,電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置(そち)を講(こう)じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は,この限りでない。
 一 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。
 二 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。」
 民法95条 「意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自(みずか)らその無効を主張することができない」
【★12】 日本弁護士連合会2017年2月16日「民法の成年年齢引下げに伴う消費者被害に関する意見書」https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2017/opinion_170216_06.pdf 

 

2018年5月 1日 (火)

はじめて給料から税金が引かれてた

 

 先月はバイトのシフトをがっつり入れてたんで,10万円とまではいかなくてもそのくらいは稼(かせ)げたなーと思って給料明細を見たら,税金が数百円引かれてて,「は?なんだよこれ?」って驚いたんですけど,いつもはこんなの引かれてなかったし,「親の扶養(ふよう)に入ってたら税金取られない」って誰かから聞いてたのに,一体どうなってんですか?

 

 

 いままでとちがって,今回,突然に税金が引かれていて,びっくりしましたよね。



 私たちには,税金を納める義務があります
【★1】

 税金のしくみも,法律で決められています
【★2】


 1ヶ月の給料が8万8000円以上になると,税金が差し引かれます【★3】

 所得税(しょとくぜい)という,国の税金です
【★4】

(今から約20年後の2037年までは,所得税にプラスして,東日本大震災の復興のための税金も差し引かれています
【★5】。)

 そして,
その差し引かれた税金は,職場があなたの代わりに国に納めます【★6】


 このしくみを,「源泉徴収(げんせんちょうしゅう)」といいます。



 あなたがいままで源泉徴収されていなかった理由は,

 1ヶ月の給料が8万8000円よりも少なかったからです。

 「親に養(やしな)われているから源泉徴収されていなかった」,というわけではありません。




 この源泉徴収されたお金は,あとで,その一部があなたの手元に戻ってくることが多いです。


 あなたがほんらい納めなければいけない所得税の額は,

 1年間に稼いだお金をもとに計算して,確定します。

 源泉徴収は,そうやって1年間が終わって税金の額が確定する前に,

 とりあえず,毎月の給料の中から税金を「先取り」しておくしくみです。

 しかも,やや多めに先取りしています。

 だから,ほとんどの人は,

 源泉徴収されていたお金が,確定した税金の額より多いので,

 多く納めすぎていたぶんが戻ってくるのです。




 源泉徴収されたお金が,一部ではなく,全部戻ってくることもあります。


 親に養ってもらっている10代の人のほとんどは,

 1年間の給料が103万円以下なら,所得税はゼロです
【★7】

 だから,源泉徴収されたお金の全部が戻ります。


 高校や大学,専門学校などに通いながら働いている人なら,

 103万円を超えていても,130万円以下なら,所得税はゼロです
【★8】

(ただし,あなたの1年間の給料が103万円を超えると,今度は,あなたの親が払う税金が高くなってしまうので,注意が必要です。
【★9】




 源泉徴収で多く納めすぎていたお金は,どうやったら戻るのでしょうか。


 ほとんどの人は,自分で何もしなくても,自動的に戻ってきます。


 あなたが年末の時点でも働いていれば,

 職場が計算して,あなたに戻してくれるのです。

 
これを,「年末調整」といいます【★10】


 あなた自身が役所に書類を出さないですみますから【★11】【★12】

 とてもラクです。




 ただし,人によっては,自動的には戻ってきません。


 例えば,あなたが職場を辞め,年末の時点で別の職場でも働いていなければ,

 年末調整はありません
【★13】【★14】

 そのときは,あなた自身で役所に手続きをとって,お金を戻してもらいます。

 1年間の税金が確定したので,その額を払います(源泉徴収で多く納めすぎていたぶんは返してください),という手続きです。

 
これを,「確定申告(かくていしんこく)」といいます。


 2か所以上職場をかけもちしている人は,

 確定申告をしなければいけない人と,する必要がない人とがいますが
【★15】

 する必要がない人でも,確定申告をすれば,お金がさらに戻ってくることがあります。



 確定申告は,

 職場がくれる源泉徴収票という紙をもって,次の年の3月15日までに税務署に申告をします。

 くわしいやり方は,税務署や,その時期に税理士が開催している相談会で,教えてもらうことができます。




 年末までまだ時間がありますから,

 年末調整や確定申告のことを,忘れずに覚えておいてください。





 源泉徴収と年末調整のしくみは,

 多くの会社員やアルバイト・パートの人にとって,

 自分で確定申告をしないですむのでラクですし,

 年末にお金が返ってくるので,まるで「トクしてラッキー」という錯覚(さっかく)さえあります。



 国にとっても,

 取りっぱぐれがなく,確実にお金を集めることができます
【★16】


 納める人にとっても,お金を集める国にとっても,おたがいに便利な制度ではあるのですが【★17】【★18】

 ひとつ,とても大きな問題があります。



 いままで私はあなたに,

 「ほとんどの人は,源泉徴収で毎月税金が引かれて,年末調整でお金が返ってくる,

 だけど,一部の人は,自分で確定申告をしないといけない」,

 というニュアンスで,説明をしてきました。


 ところが,じつは法律では,

 
自分で確定申告をして税金を納めるほうが原則で,

 
職場が代わりに全部手続をしてくれる源泉徴収と年末調整は,あくまで特別な納め方です。



 この特別な納め方は,職場がすべて代わりに手続をしてしまうので,

 
税金を納めているはずの本人が,

 「自分は税金を納めている」という納税者としての自覚を持ちづらくなります。

 それが,とても大きな問題なのです
【★19】



 あなたは今回,初めて源泉徴収をされたので驚いてくれましたが,

 これが何年・何十年と続いて,しだいに当たり前のようになっていき,

 やがて,税金の額をそれほど気にしなくなってしまう,

 そんな大人たちが,たくさんいます。

 自分が納める額すら気にしないので,

 納めた先,その税金がどう使われているかも,まったく気にしない人が多いのです。




 世の中には,税金を「取られる」,という言い方をする人が,多くいますね。

 私は,その表現はおかしいと思っています。



 税金は,

 むかしの年貢(ねんぐ)のように「お上(かみ)から取られるもの」ではありませんし,

 むかしの年貢のように「取られたら,あとはお上が勝手に使うもの,自分たちには関係ない」というものではありません。



 税金は,

 私たちの社会をみんなで作っていくために「自分たちで出し合うもの」,

 私たちの社会をみんなで作っていくために「使い方を自分たちできちんとチェックするもの」です。



 自分のお金を使うときには,なるべく安くていい物を買えるように気をつけますよね。

 そうでない人は,親からむだづかいをしないように注意されることも多いでしょう。



 それと同じように,

 自分たちで出し合った税金が,

 きちんと自分たちの社会のために使われているか,

 むだづかいがされていないかどうか,

 納めた先の税金の使われ方を,いつも注意してみてください。

 そして,使われ方がおかしいときには,「おかしい」と声をあげてください。



 人々が税金に関心を持たないほうが,

 税金を集めて使う側にとっては,都合がいいのです。



 だからこそ,源泉徴収と年末調整のしくみで「ラクだ,ラッキーだ」と考えずに,

 今回税金を引かれて驚いた気持ちをいつまでも忘れることなく,

 納税者としての自覚をもって,税金の使われ方をいつもきちんとチェックする,

 社会のきちんとしたメンバーの一人になってほしい,と,私は強く願っています。

 

 

【★1】 憲法30条 「国民は,法律の定めるところにより,納税の義務を負ふ(う)」
 憲法の定める納税の義務は,普通教育を受けさせる義務(憲法26条2項),勤労の義務(憲法27条1項),と合わせて三大義務と言われますが,憲法で義務を定めていること自体に特別な意義があるというわけではありません。
 「納税義務は,法律によって具体化されない限りは実現されえないものであり,これを定める憲法30条は,法律によらない限(かぎ)り課税されない権利を逆に保障していることになる。他方,法律として具体化されてしまえば,納税義務は一種の法律服従(ふくじゅう)義務に他ならず,他の法律と異(こと)なり,とりわけ税法に服従すべき根拠があるとも考えにくい。総(そう)じて,憲法上の国民の義務を定める規定には,格別の意義は見いだしがたい。むしろ,国民の義務の主要な問題は,国民に国法への服従義務があるか否(いな)かであろう」(長谷部恭男「憲法」104頁)
 普通教育を受けさせる義務,義務教育については,「義務教育の『義務』って?」の記事を読んでみてください。
【★2】 租税(そぜい)法律主義といいます。
 憲法84条 「あらたに租税を課し,又(また)は原稿の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする」
【★3】 あなたは,今回初めて税金を引かれたということですから,職場は1か所だけですね。もし2か所以上の職場で働いていたら,メインでない職場のほうは,給料が8万8000円未満であっても,源泉徴収されます。メインの職場は次の表の「甲(こう)欄」,サブの職場は「乙(おつ)欄」の金額です。
 所得税法185条1項 「次条に規定する賞与以外の給与等について第183条第1項(源泉徴収義務)の規定により徴収すべき所得税の額は,次の各号に掲げる給与等の区分に応じ当該各号に定める税額とする。 一 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者に対し,その提出の際に経由した給与等の支払者が支払う給与等 次に掲げる場合の区分に応じ,その給与等の金額(略) イ 給与等の支給期が毎月と定められている場合 別表第二の甲欄に掲げる税額」
国税庁「給与所得の源泉徴収税額表(平成30年分)」http://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/zeigakuhyo2017/data/01-07.pdf
【★4】 所得税法5条1項 「居住者は,この法律により,所得税を納める義務がある」
 同法7条 「所得税は,次の各号に掲げる者の区分に応じ当該各号に定める所得について課する。 一 非永住者以外の居住者 全ての所得 (以下略)」
 同法28条 「給与所得とは,俸給(ほうきゅう),給料,賃金,歳費及(およ)び賞与並(なら)びにこれらの性質を有する給与…に係る所得をいう」
【★5】 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法8条1項 「所得税法第5条の規定その他の所得税に関する法令の規定により所得税を納める義務がある居住者,非居住者,内国法人又は外国法人は,基準所得税額につき,この法律により,復興特別所得税を納める義務がある」
 同条2項 「所得税法第6条の規定その他の所得税に関する法令の規定により所得税を徴収して納付する義務がある者は,その徴収して納付する所得税の額につき,この法律により,源泉徴収をする義務がある」
 同法9条1項 「居住者又は非居住者に対して課される平成25年から平成49年までの各年分の所得税に係る基準所得税額には,この法律により,復興特別所得税を課する」
【★6】 所得税法6条 「第28条第1項(給与所得)に規定する給与等の支払をする者…は,この法律により,その支払に係る金額につき源泉徴収をする義務がある」
 同法183条1項 「居住者に対し国内において第28条第1項(給与所得)に規定する給与等…の支払をする者は,その支払の際,その給与等について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない」
【★7】 税金は,実際の給料の額から,いろんな「控除(こうじょ)」の金額を差し引いた「所得(しょとく)」という計算上の金額にもとづいて決まります。
 給料には最低でも65万円の「給与所得控除」があり,また,どんな人にも38万円の「基礎(きそ)控除」があります。なので,実際の給料から65万円+38万円=103万円を差し引いた残りの額(所得)に税金がかかる,つまり,103万円以下なら所得税がかからない,ということになります。
 ただし,給料のほかにも収入があれば,給料が103万円以下でも所得税が発生することがありますし,逆に,養っている人がいるとか,障害をもっているなど,特別な事情があれば,控除が増えますので,103万円を超えていても所得税がかからない場合もあります。
 所得税法28条2項 「給与所得の金額は,その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする」
 同条3項 「前項に規定する給与所得控除額は,次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額とする。 一 前項に規定する収入金額が180万円以下である場合 当該収入金額の100分の40に相当する金額(当該金額が65万円に満たない場合には,65万円)
 同法86条1項 「居住者については,その者のその年分の総所得金額…から38万円を控除する」
 同条2項 「前項の規定による控除は,基礎控除という」
【★8】 所得税法2条 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 … 三十二 勤労学生 次に掲げる者で,自己の勤労に基づいて得た事業所得,給与所得,退職所得又は雑所得…を有するもののうち,合計所得金額が65万円以下であり,かつ,合計所得金額のうち給与所得等以外の所得に係る部分の金額が10万円以下であるものをいう。
 イ 学校教育法…第1条…に規定する学校の学生,生徒又は児童
 ロ 国,地方公共団体又は私立学校法…第3条…に規定する学校法人,同法第64条第4項…の規定により設立された法人若しくはこれらに準ずるものとして政令で定める者の設置した学校教育法第124条…)に規定する専修学校又は同法第134条第1項…に規定する各種学校の生徒で政令で定める課程を履修するもの
 ハ 職業訓練法人の行う職業能力開発促進法…第24条第3項…に規定する認定職業訓練を受ける者で政令で定める課程を履修するもの」
 同法82条1項 「居住者が勤労学生である場合には,その者のその年分の総所得金額…から27万円を控除する」
 同条2項 「前項の規定による控除は,勤労学生控除という」
【★9】 親は,あなたを養っていることで「扶養控除」を受けるので,そのぶん「所得」が低くなり,税金が安くなっています。しかし,養われているあなたの給料が1年間で103万円を超えると,親が「扶養控除」を受けられなくなるので,その分「所得」が多くなり,税金が多くなるのです。
 所得税法84条1項 「居住者が控除対象扶養親族を有する場合には,その居住者のその年分の総所得金額…から,その控除対象扶養親族1人につき38万円(その者が特定扶養親族である場合には63万円とし,その者が老人扶養親族である場合には48万円とする。)を控除する」
 同条2項 「前項の規定による控除は,扶養控除という」
【★10】 所得税法190条 「給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で,第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が2000万円以下であるものに対し,その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合…において,同号に掲げる所得税の額の合計額がその年最後に給与等の支払をする時の現況により計算した第二号に掲げる税額に比し過不足があるときは,その超過額は,その年最後に給与等の支払をする際徴収すべき所得税に充当(じゅうとう)し,その不足額は,その年最後に給与等の支払をする際徴収してその徴収の日の属する月の翌月10日までに国に納付しなければならない (以下略)」
【★11】 あなたが働き始める時,職場に「扶養控除等申告書」という書類を出していると思います。この書類を職場に出してあれば,職場が年末調整をしてくれます(所得税法190条【★10】)。
 あなたが職場を2か所以上かけもちしている場合は,この「扶養控除等申告書」は,メインの職場にしか出すことができません。メインでないほうの職場は,源泉徴収の金額もちがってきますし(【★3】の乙欄の額が引かれます),年末調整も行いません。
【★12】 所得税法121条 「その年において給与所得を有する居住者で,その年中に支払を受けるべき第28条第1項(給与所得)に規定する給与等…の金額が2000万円以下であるものは,次の各号のいずれかに該当する場合には,前条第1項の規定にかかわらず,その年分の課税総所得金額…に係る所得税については,同項の規定による申告書を提出することを要しない。 一 一の給与等の支払者から給与等の支払を受け,かつ,当該給与等の全部について第183条(給与所得に係る源泉徴収義務)又は第190条(年末調整)の規定による所得税の徴収をされた又はされるべき場合において,その年分の利子所得の金額,配当所得の金額,不動産所得の金額,事業所得の金額,山林所得の金額,譲渡所得の金額,一時所得の金額及び雑所得の金額の合計額…が20万円以下であるとき」
【★13】 職場を辞めても,年末までに新しい職場で働き始めていれば,年末の時点での職場で年末調整がなされます。
 所得税法190条【★10】第一号 「その年中にその居住者に対し支払うべきことが確定した給与等(その居住者がその年において他の給与等の支払者を経由して他の給与所得者の扶養控除等申告書を提出したことがある場合には,当該他の給与等の支払者がその年中にその居住者に対し支払うべきことが確定した給与等で政令で定めるものを含む。…)につき第193条第1項(源泉徴収義務)の規定により徴収された又は徴収されるべき所得税の額の合計額」
【★14】 1年間の給料が2000万円を超える人も,年末調整はされず,自分で確定申告が必要です(所得税法190条【★10】「給与等の金額が2000万円以下であるもの」,同法121条【★12】「給与等…の金額が2000万円以下であるもの」)。
【★15】 2か所以上で働いている人は,メインでない職場の給料が1年間で20万円以下か,そうでなくても全ての職場の給料の合計が1年間で150万円以下なら,確定申告をする必要はありません。しかし,記事本文で書いたとおり,する必要がなくても,確定申告をすれば,多く納めすぎていたぶんが戻ってくることがあります。
 所得税法121条【★12】第二号 「二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受け,かつ,当該給与等の全部について第183条又は第190条の規定による所得税の徴収をされた又はされるべき場合において,イ又はロに該当するとき。 イ 第195条第1項…に規定する従たる給与等の支払者から支払を受けるその年分の給与所得に係る給与等の金額とその年分の給与所得及び退職所得以外の所得金額との合計額が20万円以下であるとき。 ロ イに該当する場合を除き,その年分の給与所得に係る給与等の金額が150万円と社会保険料控除の額,小規模企業共済等掛金控除の額,生命保険料控除の額,地震保険料控除の額,障害者控除の額,寡婦(寡夫)控除の額,勤労学生控除の額,配偶者控除の額,配偶者特別控除の額及び扶養控除の額との合計額以下で,かつ,その年分の給与所得及び退職所得以外の所得金額が20万円以下であるとき。」
【★16】 平成30年度の所得税の予算額は17兆9480億円ですが,そのうち約83%にあたる14兆8740億円が,源泉徴収で納められる予定です(財務省「平成29年度30年3月末租税及び印紙収入,収入額調」https://www.mof.go.jp/tax_policy/reference/taxes_and_stamp_revenues/201803.pdf
【★17】 最高裁大法廷昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁 「給与所得者に対する源泉徴収制度は,これによって国は税収を確保し,徴税手続を簡便にしてその費用と労力とを節約し得るのみならず,担税者(たんぜいしゃ)の側においても申告,納付等に関する煩雑な事務から免(まぬか)れることができる。また徴収義務者にしても,給与の支払いをなす際所得税を天引きしその翌月10日までにこれを国に納付すればよいのであるから,利するところ全くなしとはいえない。されば源泉徴収制度は,給与所得者に対する所得税の徴収方法として能率的であり,効率的であって,公共の福祉の要請にこたえるものといわなければならない」
【★18】 源泉徴収・年末調整は,雇われている側にも,税金を集める側にも便利な制度ですが,職場にとっては事務手続が負担です。「どうして職場が国などの代わりにその負担を負わないといけないのか」という問題もあります。それが争われた裁判もありましたが,最高裁は,源泉徴収制度は憲法に違反しないと言っています(最高裁大法廷昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁)。
【★19】 「徴収確保の観点からは,わが国の源泉徴収制度はきわめて進歩した制度であり,また,それは,源泉徴収の対象となる所得の支払者に租税徴収機構の一翼(いちよく)をになわせることによって,行政コストの節約にも大きく寄与している。それは,特に給与所得の源泉徴収について著(いちじる)しい。では,わが国の源泉徴収制度は,民主主義的税制ないし民主主義的租税思想の観点から見て,果たして進歩した制度であるといえるであろうか。民主主義的租税制度の観点からは,国家は主権者である国民自身によって財政的に支えられるべきものであるから,国民が自(みずか)らの責任において自らの税額を計算し,自らの責任においてそれを納付する制度が好ましい。申告納税制度が自己賦課(じこふか)(self-assesment)の制度と呼ばれるのは,そのためである。この見地からは,給与所得について原則として年末調整によってすべての課税関係を終了させる制度は,どんなに行政効率の観点からはメリットがあるとしても,決して好ましいものではない」(金子宏「わが国の所得税と源泉徴収制度」,『所得課税の法と政策』172頁)

 

2018年4月 1日 (日)

ウソをつくのは犯罪?

 

 ウソをつくのは犯罪ですか?

 


 ウソをつくことは,場合によっては,犯罪として処罰されることがあります。




 裁判所に証人として呼ばれた人が,ウソの証言をするのは,偽証罪(ぎしょうざい)です
【★1】

 ただし,16歳になっていない子どもの証人は,偽証罪には問われません
【★2】


 証人ではなく,裁判の当事者,つまり,

 刑事の裁判で,犯罪をしたと疑われて訴えられている本人(被告人)や,

 民事の裁判で,訴えた人(原告)や,訴えられた人(被告)は
【★3】

 裁判で不利にはなりますが,ウソをついても犯罪にはなりません。





 国会は,法律を作る場所,国権の最高機関です
【★4】

 その国会に,証人として呼ばれた人がウソの証言をするのも,犯罪です
【★5】




 ウソの犯罪や災害を警察・消防に話すのは,軽犯罪法違反です
【★6】

 ウソの犯罪で「この人を処罰してください」とまで警察に言うのは,虚偽告訴罪(きょぎこくそざい)です
【★7】

 ウソの通報でパトカーや消防車・救急車を呼ぶのは,偽計業務妨害罪(ぎけいぎょうむぼうがいざい)です
【★8】



 役所の人にウソをついて,ほんとうの内容ではない戸籍(こせき)や住民票,土地や建物や自動車などの記録,パスポートなどを作らせるのは,公正証書原本不実記載罪(こうせいしょうしょげんぽんふじつきさいざい)です
【★9】




 「あいつは~~だ」「あいつは~~なことをした」などと言いふらしたり,ネット上に書いたりして,からかうのは,名誉毀損罪(めいよきそんざい)です
【★10】

 その内容がほんとうであっても犯罪になることはありますが
【★11】

 名誉毀損のケースの多くは,ウソが言いふらされています。



 ウソを言いふらすことで,人の信用を傷つけるのは信用毀損罪(しんようきそんざい),他の人の仕事をじゃまするのは業務妨害罪(ぎょうむぼうがいざい)です【★12】



 人をだましてお金や物を手に入れるのは,詐欺罪(さぎざい)です
【★13】



 他の人になりすまして文書を作って使うのは,文書偽造罪(しぶんしょぎぞうざい)・行使罪(こうしざい)
【★14】

 ウソのお金を作って使うのは,通貨偽造罪(つうかぎぞうざい)・行使罪
【★15】

 他の人の犯罪に関してウソの証拠を作るのは,証拠偽造罪(しょうこぎぞうざい)です
【★16】



 お医者さんが,役所などに出す診断書にウソを書くと,虚偽診断書作成罪(きょぎしんだんしょさくせいざい)です【★17】



 そして,公務員がウソの内容の文書を作ったり,内容を作り替えたりするのは,虚偽公文書作成罪(きょぎこうぶんしょさくせいざい)です
【★18】




 重要なものだけでも,上に書いたようなものがありますし,

 その他にも,ウソが犯罪として処罰される法律は,たくさんあります。



 また,ウソをついたことが犯罪にはならなくても,

 損害賠償(そんがいばいしょう)という民事の責任を負い,お金を払わなければならなくなるマイナスも,ありえます。




 この社会は,お互(たが)いに信用しあうことで成り立っています。

 たとえ,処罰されず,損害賠償を払わなくても済んだとしても,

 ウソをつく人は,まわりからの信用を失います。

 社会の中で生きていくことを,自分で難しくしてしまうのです。




 もちろん,いつも必ずほんとうのことしか言ってはいけない,というわけではありません。

 4月1日のエイプリルフールにつくウソは,世の中を明るくしますし,

 幼い子どもにサンタクロースからのプレゼントがあるのも,素敵なことだと思います。



 病気,セクシュアリティ,前科前歴,自分のルーツや家族のことなど,

 社会に差別や偏見(へんけん)があるために,ほんとうのことをまわりに話せず,

 事実とちがうことを話さなければいけないこともあります。

 それは,さっき挙げた犯罪のような,他の人や社会を傷つけるウソとは,ちがいます。

 むしろ,事実とちがうことを話さなければならない本人が,一番傷ついています。

 ほんとうのことを話せないようにさせている,差別・偏見のある社会のがわの問題です。

 私は,そうやって苦しんでいる人たちから,「ウソとして犯罪にならないか」という法律相談を受けることも,多くあります。





 もしも,失敗や悪いことをしてしまった時には,

 ウソをついてごまかすのではなく,早いうちに正直に話しましょう。

 一度ウソをつくと,そのウソにつじつまを合わせるために,さらにウソを重ねなければなりません。

 そうしてウソを重ねていくと,かならずどこかで,つじつまが合わなくなります。

 そして,ウソをつき続けていたことがばれて,信用を大きく失います。

 私は弁護士として,そうやってウソをつき続けて信用をなくした大人たちを,たくさん見ています。



 その逆に,犯罪をしていないのに,「やっただろう」と疑われているとき,

 とても厳しい取り調べにたえられず,「やりました」とウソの自白をさせられてしまう危険があります。

 犯罪をしてしまっている場合でも,実際にしたこと以上にひどいことをしたかのように自白させられてしまう危険もあります。

 そういう危険から身を守るために,答えたくない質問には答えないままでいることができます。

 それを,「黙秘権(もくひけん)」と言います(別の記事でくわしく書きます)
【★19】




 大人はよく,子どもたちに「ウソをついてはいけない」,と言いますね。



 でも,子どもが一生懸命ほんとうの話をしているのに,大人が「それはウソだ」と決めつけて信じないということが,多く起きています。

 そして,「ウソをつくな」と言っているその大人が,子どもに都合よくウソをついている,ということも,よくあります。

 さらには,子どもには「ウソをつくな」と偉そうに言う大人が,その人よりも力のあるものに向かっては「ウソをつくな」と声を上げないで黙っている,ということさえあります。




 私はそれらを,大人の一人として,とても恥ずかしく思っています。




 あなたには,

 お互いを信用しあえる社会のしっかりしたメンバーの一人として,

 誠実に生きる大人になってほしい,

 私はそう強く願っています。

 

 

【★1】 刑法169条 「法律により宣誓(せんせい)した証人が虚偽(きょぎ)の陳述(ちんじゅつ)をしたときは,3月以上10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する」
【★2】 偽証罪に問われるのは,「ウソを言いません」と宣誓した証人ですが,16歳未満の証人には宣誓をさせることができないことになっているので,偽証罪に問われることもありません。
 民事訴訟法201条2項 「16歳未満の者又は宣誓の趣旨(しゅし)を理解することができない者を証人として尋問(じんもん)する場合には,宣誓をさせることができない」
【★3】 民事の裁判では,当事者(原告や被告)は,偽証罪には問われませんが,過料(かりょう)という行政罰があります(刑事罰ではありません)。
 民事訴訟法209条1項 「宣誓した当事者が虚偽の陳述をしたときは,裁判所は,決定で,10万円以下の過料に処する」
【★4】 憲法41条 「国会は,国権の最高機関であって,国の唯一の立法機関である」
【★5】 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律6条1項 「この法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは,3月以上10年以下の懲役に処する」
【★6】 軽犯罪法1条 「左の各号の一に該当する者は,これを拘留(こうりゅう)又は科料(かりょう)に処する」 「一六 虚構(きょこう)の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者」
【★7】 刑法172条 「人に刑事又は懲戒(ちょうかい)の処分を受けさせる目的で,虚偽の告訴,告発その他の申告(しんこく)をした者は,3月以上10年以下の懲役に処する」
【★8】 刑法233条 「…偽計(ぎけい)を用いて,人の…業務を妨害した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★9】 刑法157条1項 「公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若(も)しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
 同条2項 「公務員に対し虚偽の申立てをして,免状,鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」
【★10】 刑法230条1項 「公然と事実を摘示(てきじ)し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」
【★11】 内容がほんとうであれば,名誉毀損罪として罰せられない場合もあります。
 刑法230条2項 「死者の名誉を毀損した者は,虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ,罰しない」
 刑法230条の2第1項 「前条第1項の行為(こうい)が公共の利害に関する事実に係(かか)り,かつ,その目的が専(もっぱ)ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否(しんぴ)を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない」
 同条2項 「前項の規定の適用については,公訴が提起されるに至(いた)っていない人の犯罪行為に関する事実は,公共の利害に関する事実とみなす」
 同条3項 「前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない」
【★12】 刑法233条 「虚偽の風説(ふうせつ)を流布(るふ)し,又は偽計(ぎけい)を用いて,人の信用を毀損し,又はその業務を妨害した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★13】 刑法246条1項 「人を欺(あざむ)いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「前項の方法により,財産上不法の利益を得(え),又(また)は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする」
【★14】 文書偽造罪・行使罪は,公文書と私文書とで条文がちがい,公文書の偽造・行使のほうが重く処罰されます。
 刑法155条1項 「行使の目的で,公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し,又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は,1年以上10年以下の懲役に処する」
 同条2項 「公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も,前項と同様とする」
 同条3項 「前二項に規定するもののほか,公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し,又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は,3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」
 刑法158条1項 「第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し…た者は,その文書若しくは図画を偽造し,若しくは変造し,虚偽の文書若しくは図画を作成し…た者と同一の刑に処する」
 刑法159条1項 「行使の目的で,他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し,又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は,3月以上5年以下の懲役に処する」
 同条2項 「他人が押印し又は署名した権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も,前項と同様とする」
 同条3項 「前2項に規定するもののほか,権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し,又は変造した者は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」
 刑法161条1項 「前2条の文書又は図画を行使した者は,その文書若しくは図画を偽造し,若しくは変造し,又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する」
【★15】 刑法148条1項 「行使の目的で,通用する貨幣,紙幣又は銀行券を偽造し,又は変造した者は,無期又は3年以上の懲役に処する」
 同条2項 「偽造又は変造の貨幣,紙幣又は銀行券を行使し,又は行使の目的で人に交付し,若しくは輸入した者も,前項と同様とする」
【★16】 刑法104条 「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し,偽造し,若しくは変造し,又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は,3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
【★17】 刑法160条 「医師が公務所に提出すべき診断書,検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは,3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する」
【★18】 刑法156条 「公務員が,その職務に関し,行使の目的で,虚偽の文書若しくは図画を作成し,又は文書若しくは図画を変造したときは,印章又は署名の有無により区別して,前2条の例による。」
【★19】 憲法38条1項 「何人(なんぴと)も,自己に不利益な供述を強要されない」
 刑事訴訟法198条2項 「前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨(むね)を告げなければならない」
 

2018年2月 1日 (木)

インフルエンザで登校NGなのは法律で決まってる?

 

 先週の木曜日から熱っぽくなって,次の日に病院に行ったら,インフルエンザだと言われました。薬のおかげで,熱は昨日(日曜日)の朝には下がりました。明日(火曜日)にどうしても参加したい学校の行事があるので,今日病院に行ったら,お医者さんが「まだ明日は学校に行ってはダメ。法律で決まってるよ」と言って,許してくれません。法律で決まってるって,ほんとうですか?

 

 

 インフルエンザになった子どもを,校長先生が「来てはダメ」と止めることができる。

 学校保健安全法という法律に,そう書かれています。


 学校に来てはいけない日数も,きちんと決められています
【★1~3】



 むかしは,「熱が下がってから2日経つまで登校してはダメ,3日目から登校OK」という決まりでした。

 「熱が下がって2日経てば,その子の体の中にいるウイルスの数も減っているから,登校しても他の子にうつらない」,というのが,その理由でした。




 でも,最近は薬が良くなって,熱がすぐ下がるようになりました。

 熱が下がっても,体の中にまだウイルスが残っている,ということがありえます。




 なので,6年前の2012年(平成24年)に,決まりが変わりました。

 
「熱が下がってから2日経つまで登校してはダメ」

 という1つめのルールに,

 「インフルエンザにかかってから5日経つまで登校してはダメ」

 という2つめのルールが加わりました。

 両方をクリアしていないと,登校が認められません。



 (1つめのルールは,保育園や幼稚園の園児の場合,熱が下がってから「3日」が経つまで登園してはダメです)



 日にちの数え方は,法律で決まっています。

 最初の日をカウントしないで,次の日を1日目として数えます
【★4】

(「誕生日が4月1日だと学年が早生まれなのはなぜ?」の記事を読んでみてください)




 あなたは,昨日の朝に熱が下がったのですね。

 そうすると,今日を1日目として数えますから,

 2日目の明日は,まだ,1つめのルールをクリアしていません。



 また,あなたがインフルエンザにかかった日がはっきりわかりませんが,

 熱っぽくなった木曜日がそうだったとすると,

 次の日の金曜日を1日目として数えますから,

 明日の火曜日はまだ5日目で,2つめのルールもクリアしていません。



 2つのルールは,絶対にクリアしなければダメ,というものではなく,

 その子の病気の状態を見て,お医者さんが「他の子にうつらないだろう」とOKすれば,

 例外的に,早く登校が認められることもあります
【★3】


 でも,きっとあなたの場合は,

 2つのルールをどちらもクリアしていないので,

 お医者さんが例外として認めなかったのだろうと思います。





 とても楽しみにしていた行事に参加できないのは,本当にくやしいことですよね。




 あなたが学校に行くこと。

 あなたが学校で学び,好きなことに取り組めること。

 法律はそれらを,とてもだいじにしています。




 そして,それと同じように,

 他の子どもたちが健康でいられること,

 他の子どもたちが学校で学び,好きなことに取り組めることも,

 法律はだいじにしています。




 まだ完全に治っていないあなたが,学校に行ってしまうことで,

 他の子たちがインフルエンザになってしまうかもしれない,

 そして,うつされた子が,学校に行けなくなったり,遊べなくなったりするかもしれない。

 そのことを,じっくり想像してみてください。




 法律は,

 あなたのことと,他の子どもたちのこと,

 だいじなその両方のバランスを取るように,作られています。




 行事に参加できないのはとても残念ですが,

 ぜひ,明日もゆっくりと,体を休めてください。

 そして,今後またこういうくやしい思いをすることのないように,

 これからは,うがい・手洗いなどの予防を,しっかりするようにしてください。






 インフルエンザの予防接種は,する人と,しない人がいますね。

 予防接種を受けるかどうかは,自分自身で(小さな子どもは親が)決めています。





 いろんな病気が流行していたむかしは,

 予防接種を受けることが,法律で義務づけられていました。

 予防接種を受けなければ犯罪として処罰される,とまで,法律に書かれていました
【★5】



 
むかしの法律は,

 「一人ひとりを病気から守るため」ではなく,

 社会に病気が広がらないため,「社会を守るため」に作られていました
【★6】【★7】



 1948年(昭和23年)に作られた法律には,

 「インフルエンザの予防接種を受ける義務がある」と書かれていました
【★8】


 でも,インフルエンザの予防接種のやり方を,国はきちんと決めていませんでした。


 なので,細かい話ですが,じっさいの予防接種は,

 法律の義務としてではなく,「役所が皆さんに勧めているものです」というかたちをとって,行われていました
【★9~11】


 ただ,義務にしても,勧められているにしても,

 人々から見れば,「国から言われて予防接種を受ける」ことには,変わりありませんでした。




 ところが,そうやって,

 法律で義務づけられり,国から言われたりして,予防接種をしたことで,

 副作用のために,亡くなってしまう人や,重い障害が残ってしまう人がいました。




 「社会を守るため」の予防接種で,

 個人が命や健康を失うという犠牲(ぎせい)を負わなければならないのか。



 そのことが,とても大きな社会問題になったのです。





 1976年(昭和51年),

 「予防接種は義務だけれど,予防接種をしなくても処罰しない」

 と,法律が変わりました
【★12】



 それでも,インフルエンザの予防接種については,

 「誰がいつ受けなければいけないか」を都道府県の役所が決めていい,

 と法律に書かれたので,

 多くの地域の保育園・幼稚園・小中学校で,集団での予防接種が行われてきました
【★13】




 そして,被害を受けた子どもや家族たちが,国などを相手に裁判で闘ってきました
【★14】



 1994年(平成6年),

 予防接種そのものは,「受けなければいけない」義務ではなくなり,

 「受けるように努力しましょう」というものになりました
【★15】



 そして,特にインフルエンザの予防接種は,

 個人が,病気にかかるのを防いだり,病気が重くなったりするのを防いだりすることに効果はあっても,

 社会全体の流行まで止められるわけではないので,

 法律は,「受けるように努力しましょう」とも言わずに,

 「それぞれが自分自身で(小さな子は親が)判断しましょう」,ということになったのです
【★16】【★17】




 インフルエンザにかかった人が学校に行けない法律も,

 予防接種の法律も,

 「一人ひとりと社会との関係をどう考えるか」という,大事なことと,つながっています。





 人にうつることがある病気,感染症は,

 人々がとても不安になって,

 社会を守ることを重視しようとするあまり,

 個人の命や人生が犠牲になってきました。




 感染症がどんな病気なのかを,きちんと学んで,正しく予防すること。

 不安や誤解から,感染した人に偏見(へんけん)を持ったり,差別をしたりしないこと。

 それが,私たち一人ひとりにとって,絶対に必要なことです。




 特に,ハンセン病やHIVは,

 それらに感染した人々に対して,社会が,とてもひどい差別を重ねてきました
【★17~★20】

 (HIVについては,「性病をうつされた…相手を訴えたい」の記事も読んでみてください)

 今の感染症に関する法律は,その反省の上に作られています
【★21】




 「法律がそうなっているから」というだけでなく,

 どうして法律がそうなっているのか,

 一人ひとりを大切にする社会のしくみがどうあるべきかを,

 今回のインフルエンザをきっかけに,あなたにもじっくり考えてみてほしいと思っています。

 

 

【★1】 学校保健安全法19条 「校長は,感染症にかかっており,かかっている疑いがあり,又はかかるおそれのある児童生徒等があるときは,政令で定めるところにより,出席を停止させることができる」
【★2】 学校保健安全法施行令6条1項 「校長は,法第19条の規定により出席を停止させようとするときは,その理由及び期間を明らかにして,幼児,児童又は生徒(高等学校(中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部を含む。以下同じ。)の生徒を除く。)にあってはその保護者に,高等学校の生徒又は学生にあっては当該生徒又は学生にこれを指示しなければならない」
 同条2項 「出席停止の期間は,感染症の種類等に応じて,文部科学省令で定める基準による」
【★3】 学校保健安全規則19条 「令第6条第2項の出席停止の期間の基準は,…次のとおりとする。
(略)
 二 第二種の感染症…にかかった者については,次の期間。ただし,病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めたときは,この限りでない。
 イ インフルエンザ…にあっては,発症した後5日を経過し,かつ,解熱(げねつ)した後2日(幼児にあっては,3日)を経過するまで」
【★4】 初日不算入の原則と言います。ただし,初日が午前0時からスタートするときは,初日からカウントします。
 民法140条 「日,週,月又は年によって期間を定めたときは,期間の初日は,算入しない。ただし,その期間が午前零(れい)時から始まるときは,この限りでない。」
【★5】 「予防接種法は,…当初は相当に厳しい罰則を設けていた。同法26条は,当初,予防接種を受けない者またはその保護者,保護者が予防接種を受けさせていないときは児童福祉施設の長等でその保護者に対して義務履行を指示しなかった者…は,3000円以下の罰金に処すると規定していた」(西埜章「予防接種と法」40頁)
 ただし,実際に処罰された事例は把握(はあく)されていません。
 「法的強制が罰則によって担保(たんぽ)されているとはいっても,現実に罰則が適用された事例があるか否(いな)かは定かではない。改正前においてさえ,『この法律ほど罰則が完全に無視されているのも珍らしい』といわれていたのである」(西埜章「予防接種と法」41頁)
【★6】 「予防接種法の特色は,多数の疾病について義務接種の制度を採用した点にあるが,その目的は,個人を伝染病から防衛しようとすること(個人防衛)よりも,社会集団内に伝染病が伝播(でんぱ)拡大するのを予防すること(集団防衛)にあったものといってよい」(西埜章「予防接種と法」37頁)
【★7】 東京高等裁判所平成4年12月18日判決(判例時報1445号3頁)「昭和23年に制定された法は,予防接種を法律上の義務として広汎(こうはん)に実施することにより伝染病の予防を図ろうとするものであって,国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば,伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して,主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているものである。法1条において,『伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。』とあるのは,この趣旨である。また,…ポリオ生ワクチン,インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては,ある時期法律の根拠によらず,行政指導の形で国民に接種を勧奨(かんしょう)し,任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが,それも同じく社会防衛,集団防衛の目的を有していたものである(右事実は当事者間に争いがない。)」
【★8】 「1948(昭和23)年制定当初の予防接種法は,1条で『この法律は,伝染の虞(おそれ)がある疾病(しっぺい)の発生及びまん延を予防するために,予防接種を行い,公衆衛生の向上及び増進に寄与(きよ)することを目的とする』と規定し,2条で予防接種の定義・対象疾病の種類・保護者の定義について規定し(…痘そう・ジフテリア・腸チフス・パラチフス・百日せき・急性灰白髄炎・発しんチフス・コレラ・ペスト・インフルエンザ・ワイル病〔2項〕…),1条の目的を達成するための手段として予防接種の強制制度を定めた」(竹中勲「予防接種強制制度の合憲性と予防接種健康被害に対する憲法上の救済権」8頁)
【★9】 「我が国におきまして,予防接種法が制定されたのは昭和23年でございますけれども,当初の制定された時点において,対象疾患としてインフルエンザが項目として上がっていたところでございます。ただ,当時においては,インフルエンザは法律上の対象疾患として規定されておりましたけれども,具体的な実施事項は定められていないということで,半ば空規定のような形になっていたわけでございます。その後20年代あるいは30年代に入りまして,通知に基づいて予防接種の勧奨が行われてきたところでございます。昭和37年には『インフルエンザ特別対策実施要領』というのが,当時の局長通知で定められておりますけれども,小学生,中学生,幼稚園及び保育所の児童に対して勧奨が行われてきたところでございます。なお,昭和51年の法改正までは,法律に基づかない行政指導という形で勧奨接種としてインフルエンザの予防接種が実施されてきたところでございます」(平成17年2月2日,厚生労働省「予防接種に関する検討会」第5回議事録)
【★10】 東京高等裁判所平成4年12月18日判決(判例時報1445号3頁)「予防接種の中には,法に基づき国民の義務として実施されているもののほか,特別の法的根拠に基づかない行政指導として一般国民に接種を受けることを勧奨し,これを希望する者に対して接種するものがあった(インフルエンザ,日本脳炎,急性灰白髄炎)。具体的には,国が地方自治体に年ごとに通知を発して一定の予防接種を勧奨するよう行政指導し,地方自治体がそれに基(もと)づき住民に予防接種を勧奨し,地方自治体の実施する接種を受けさせるというものである。これらについても,その各時点における予防接種施行心得,予防接種実施規則ないし予防接種実施要領に準じて実施することの指示がされていた」
【★11】 「勧奨接種による事故については,行政指導の違法性が問題になる場合もある。インフルエンザの予防接種は,昭和51年の予防接種法の改正前は,地方公共団体により勧奨接種として実施されていたものであるが,この勧奨接種は厚生省公衆衛生局長等による都道府県知事宛の通達に基づくものであり,いわば厚生大臣の行政指導によるものであった。従って,このような行政指導による予防接種を受けた結果,その副反応により接種児童が死亡した事件においては,行政指導の違法性が争われることになるが,行政指導もまた公権力の行使に該当するから,違法性の判断基準については前述したところがほぼ当てはまることになる」(西埜章「予防接種と法」102頁)
【★12】 ただし,緊急の場合の臨時の予防接種については,罰則が残りました。
 「第10次改正において罰則の規定は全面改正され…緊急の場合の臨時の予防接種についてだけ規定し,定期の予防接種及び一般的な臨時の予防接種は罰則をもって強制しないことになったのである。このような大幅な改正の理由としては,①法制定当時と比べて公衆衛生の向上が著しいこと,②予防接種の義務づけに対する考え方が変化したこと,③国民に公衆衛生思想が普及していること,などが挙げられている」(西埜章「予防接種と法」40頁)
【★13】 「昭和51年に予防接種法の改正がございました。それによりまして,インフルエンザが『一般的な臨時の予防接種』という位置付けとなっております。この一般的な臨時の予防接種,現在はそういうカテゴリーはございませんけれども,都道府県知事が予防接種を受けるべき者の範囲や期日を指定する位置付けの対象疾病カテゴリーでございます。多くの自治体では保育所,幼稚園あるいは小学生,中学生といった児童・生徒を対象として行われていたところでございます」(平成17年2月2日,厚生労働省「予防接種に関する検討会」第5回議事録)
【★14】 インフルエンザの予防接種に関する裁判例は下記の通り(西埜章「予防接種と法」11頁を参考にして作成)。
 東京地裁昭和48年4月25日判決,東京高裁昭和49年9月26日判決,最高裁第一小法廷昭和51年9月30日判決・民集30巻8号816頁(死亡事案,被告は東京都。差戻審で和解)
 東京地裁昭和52年1月31日判決・判例時報839号21頁(脳性麻痺,7年後に死亡した事案。被告は国・市・担当医師。控訴審で和解)
 東京地裁昭和59年5月18日判決・判例時報1118号28頁,東京高裁平成4年12月18日判決・判例時報1445号3頁(死亡・後遺障害事案。被告は国)
 仙台地裁昭和60年3月12日判決・判例時報1149号37頁,仙台高裁昭和63年2月23日判決・判例時報1267号23頁(後遺障害事案,被告は市長)
 名古屋地裁昭和60年10月31日判決・判例時報1175号3頁(死亡・後遺障害事案。被告は国。控訴審で和解)
 東京地裁昭和61年3月14日判決・判例時報1215号73頁,東京高裁平成4年3月30日判決・判例タイムズ801号120頁(死亡事案。被告は町・国)
 福岡地裁平成元年4月18日判決・判例時報1313号17頁,福岡高裁平成5年8月10日判決・判例時報1471号31頁(死亡・後遺障害事案。被告は国)
 長野地裁平成2年5月24日判決・判例タイムズ725号249頁(後遺障害事案。被告は市長)
【★15】 予防接種法9条1項 「第5条第1項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第6条第1項の規定による予防接種の対象者は,定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第3項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない」
 同条2項 「前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは,その保護者は,その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(第6条3項に係るものを除く。)を受けさせるため必要な措置(そち)を講(こう)ずるよう努めなければならない」
【★16】 平成5年12月14日公衆衛生審議会「今後の予防接種制度の在り方について」 「現在,一般的な臨時接種の対象となっているインフルエンザについては,当審議会において,『インフルエンザ予防接種の当面のあり方について』(昭和62年8月6日)として,社会全体の流行を抑止(よくし)することを判断できるほどの研究データは十分に存在しない旨(むね)の意見をすでに提出しており,また,流行するウイルスの型が捉(とら)えがたく,このためワクチンの構成成分の決定が困難であるという特殊性を有すること等にかんがみ,予防接種制度の対象から除外することが適当である。しかし,インフルエンザの予防接種には,個人の発病防止効果や重症化防止効果が認められていることから,今後,各個人が,かかりつけ医と相談しながら,接種を受けることが望ましい」
【★17】 もっとも,その後,高齢の人にはインフルエンザの予防接種をしたほうがいい,ということから,2001年(平成13年),高齢の方のインフルエンザの予防接種について法律に書き加えられました。しかしそれでも,インフルエンザの予防接種を受けることは,「努力規定」にはなっていません。
 予防接種法2条1項 「この法律において『予防接種』とは,疾病に対して免疫(めんえき)の効果を得させるため,疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを,人体に注射し,又は接種することをいう」
 同条3項 「この法律において『B類疾病』とは,次に掲(かか)げる疾病をいう。 一 インフルエンザ (略)」
 同法5条1項 「市町村長は,A類疾病及びB類疾病のうち政令で定めるものについて,当該市町村の区域内に居住する者であって政令で定めるものに対し,保健所長…の指示を受け期日又は期間を指定して,予防接種を行わなければならない」
 予防接種法施行令1条の2 「法第5条第1項の政令で定める疾病は,次の表の上欄に掲げる疾病とし,同項…の政令で定める者は,同表の上欄に掲げる疾病ごとにそれぞれ同表の下欄に掲げる者…とする。 (略) (上欄) インフルエンザ (下欄) 一 65歳以上の者 二 60歳以上65歳未満の者であって,心臓,腎臓若(も)しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令で定めるもの」
 予防接種法9条1項 「第5条第1項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第6条第1項の規定による予防接種の対象者は,…予防接種…を受けるよう努めなければならない」
 「現行のB類疾病であるインフルエンザに係る予防接種については,平成13年改正時において,集団予防の効果が乏しいことから,努力規定を設けないこととし,市町村による接種の実施,公費による費用支弁,健康被害救済制度の対象としてのB類疾病に位置づけたが,接種の有効性の根拠が明確でないこと等から,国会において修正がなされ,当分の間,65歳以上の者及び60歳以上65歳未満の者であって,心臓,腎臓若しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令で定めるものに限ることとした」(厚生労働省健康局結核感染症課「逐条解説予防接種法」76頁)
【★18】 政府広報オンライン「HIV・ハンセン病に対する偏見・差別をなくそう」(https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201108/3.html
 国立ハンセン病資料館キッズコーナー(http://www.hansen-dis.jp/kids/index.html
【★19】 熊本地方裁判所平成13年5月11日判決(判例時報1748号30頁)「厚生省は,新法の下で,ハンセン病患者の隔離政策を遂行してきたものであるが,いうまでもなく,患者の隔離(かくり)は,患者に対し,継続的で極めて重大な人権の制限を強いるものであるから,すべての個人に対し侵すことのできない永久の権利として基本的人権を保障し,これを公共の福祉に反しない限り国政の上で最大限に尊重することを要求する現憲法の下において,その実施をするに当たっては,最大限の慎重さをもって臨むべきであり,少なくとも,ハンセン病予防という公衆衛生上の見地からの必要性…を認め得る限度で許されるべきものである。新法6条1項が,伝染させるおそれがある患者について,ハンセン病予防上必要があると認められる場合に限って,入所勧奨を行うことができるとしているのも,その趣旨を含むものと解されるところである。また,右の隔離の必要性の判断は,医学的知見やハンセン病の蔓延(まんえん)状況の変化等によって異なり得るものであるから,その時々の最新の医学的知見に基づき,その時点までの蔓延状況,個々の患者の伝染のおそれの強弱等を考慮しつつ,隔離のもたらす人権の制限の重大性に配意して,十分に慎重になされるべきであり,もちろん,患者に伝染のおそれがあることのみによって隔離の必要性が肯定されるものではない」
「遅くとも昭和35年以降においては,すべての入所者及びハンセン病患者について隔離の必要性が失われたというべきであるから,厚生省としては,その時点において,新法の改廃(かいはい)に向けた諸手続を進めることを含む隔離政策の抜本的な変換をする必要があったというべきである。そして,厚生省としては,少なくとも,すべての入所者に対し,自由に退所できることを明らかにする相当な措置を採るべきであった。のみならず,ハンセン病の治療が受けられる療養所以外の医療機関が極めて限られており,特に,入院治療が可能であったのは京都大学だけという医療体制の下で,入院治療を必要とする患者は,事実上,療養所に入所せざるを得ず,また,療養所にとどまらざるを得ない状況に置かれていたのであるが,これは,抗ハンセン病薬が保険診療で正規に使用できる医薬品に含まれていなかったことなどの制度的欠陥によるところが大きかったのであるから,厚生省としては,このような療養所外でのハンセン病医療を妨(さまた)げる制度的欠陥を取り除くための相当な措置を採るべきであった。さらに,従前のハンセン病政策が,新法の存在ともあいまって,ハンセン病患者及び元患者に対する差別・偏見の作出(さくしゅつ)・助長(じょちょう)に大きな役割を果たしたことは,(略)のとおりであり,このような先行的な事実関係の下で,社会に存在する差別・偏見がハンセン病患者及び元患者に多大な苦痛を与え続け,入所者の社会復帰を妨げる大きな要因にもなっていること,また,その差別・偏見は,伝染のおそれがある患者を隔離するという政策を標榜(ひょうぼう)し続ける以上,根本的には解消されないものであることにかんがみれば,厚生省としては,入所者を自由に退所させても公衆衛生上問題とならないことを社会一般に認識可能な形で明らかにするなど,社会内の差別・偏見を除去するための相当な措置を採るべきであったというべきである。この点,厚生省は,特に,昭和50年代以降,非公式的にではあるが,外出制限規定を弾力的に運用するなど,様々な点で隔離による人権制限を緩和させていったことは一応評価できるが,新法廃止まで,新法の改廃に向けた諸手続を進めることを含む隔離政策の抜本的な変換を行ったものとは評価できない。また,厚生省は,新法廃止まで,すべての入所者に対し,自由に退所できることを明らかにするなどしたことはなく,療養所外でのハンセン病医療を妨げる制度的欠陥を取り除くことなく放置し,さらには,社会一般に認識可能な形でハンセン病患者の隔離を行わないことを明らかにするなどしなかったのであるから,前記の相当な措置等を採ったとも評価し得ない。伝染病の伝ぱ及び発生の防止等を所管事務とする厚生省を統括管理する地位にある厚生大臣は,厚生省が右のような隔離政策の抜本的な変換やそのために必要となる相当な措置を採ることなく,入所者の入所状態を漫然と放置し,新法6条,15条の下で隔離を継続させたこと,また,ハンセン病が恐ろしい伝染病でありハンセン病患者は隔離されるべき危険な存在であるとの社会認識を放置したことにつき,法的責任を負うものというべきであり,厚生大臣の公権力の行使たる職務行為に国家賠償法上の違法性があると認めるのが相当である。そして,厚生大臣は,昭和35年当時,…隔離の必要性を判断するのに必要な医学的知見・情報を十分に得ていたか,あるいは得ることが容易であったと認められ,また,ハンセン病患者又は元患者に対する差別・偏見の状況についても,容易に把握可能であったというべきであるから,厚生大臣に過失があることを優に認めることができる」
 「新法の隔離規定は,新法制定当時から既に,ハンセン病予防上の必要を超えて過度な人権の制限を課すものであり,公共の福祉による合理的な制限を逸脱(いつだつ)していたというべきであり,遅くとも昭和35年には,その違憲性が明白になっていた…新法の隔離規定が存続することによる人権被害の重大性とこれに対する司法的救済の必要性にかんがみれば,他にはおよそ想定し難いような極めて特殊で例外的な場合として,遅くとも昭和40年以降に新法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為(ふさくい)につき,国家賠償法上の違法性を認めるのが相当である。そして,…新法の隔離規定の違憲性を判断する前提として認定した事実関係については,国会議員が調査すれば容易に知ることができたものであり,また,昭和38年ころには,全患協による新法改正運動が行われ,国会議員や厚生省に対する陳情等の働き掛けも盛んに行われていたことなどからすれば,国会議員には過失が認められるというべきである」
【★20】 ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律前文 「ハンセン病の患者は,これまで,偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては,昭和28年制定の『らい予防法』においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ,加えて,昭和30年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず,なお,依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく,隔離政策の変更も行われることなく,ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し,ようやく『らい予防法の廃止に関する法律』が施行されたのは平成8年であった。我らは,これらの悲惨な事実を悔悟(かいご)と反省の念を込めて深刻に受け止め,深くおわびするとともに,ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。ここに,ハンセン病の患者であった者等のいやし難(がた)い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏(へいおん)に資(し)することを希求(ききゅう)して,ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに,ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り,あわせて,死没者に対する追悼(ついとう)の意を表するため,この法律を制定する」
【★21】 HIV・エイズについては,1989年(平成元年)に「エイズ予防法」(後天性免疫不全症候群の予防に関する法律」が作られましたが,「社会を守る」ことを重視し,HIVに感染した人,エイズを発症している人をないがしろにする,問題のある法律でした(諏訪の森法律事務所・中川重徳弁護士「エイズ予防法を読む」(http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/ronkou/002.html),山田卓生・大井玄・根岸昌功編「エイズに学ぶ」日本評論社)。エイズ予防法は,【★22】の法律ができた1999年(平成11年)に廃止されました。
【★22】 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律前文 「人類は,これまで,疾病,とりわけ感染症により,多大の苦難を経験してきた。ペスト,痘そう,コレラ等の感染症の流行は,時には文明を存亡の危機に追いやり,感染症を根絶することは,正(まさ)に人類の悲願と言えるものである。医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により,多くの感染症が克服されてきたが,新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により,また,国際交流の進展等に伴(ともな)い,感染症は,新たな形で,今なお人類に脅威を与えている。一方,我が国においては,過去にハンセン病,後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め,これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ,感染症の患者等の人権を尊重しつつ,これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し,感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。ここに,このような視点に立って,これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため,この法律を制定する」

2018年1月 1日 (月)

誕生日が4月1日だと学年が早生まれなのはなぜ?

 

 僕は4月1日生まれなんですが,どうして学校では「早生まれ」で1月~3月生まれの人と同じ学年になるんですか? 姉は10月23日生まれで,この前の10月22日の選挙のときにはまだ17歳で18歳じゃなかったのに,投票のハガキが届いたんですが,誕生日って法律で一体どうなってるんですか?

 

 

 学校の年度は4月1日から3月31日までなのに【★1】

 4月1日生まれの人は「早生まれ」で一つ上の学年になり,

 4月2日以降に生まれた人と学年がちがう,というのは,なんだかおかしな感じがしますね。




 年齢の数え方は,法律で決まっています
【★2】

 みなさんが考えるとおり,誕生日の午前0時に1つ,歳を取ります。




 むかしは,今とちがう「数え年」という数え方をしていました。

 数え年は,生まれた時が1歳で,その後正月が来るたびに1つ歳をとります。

 今でも,七五三や厄年(やくどし),高齢の方のお祝いなど,

 むかしながらの習慣には数え年が使われることが多いです。


 「数え年」ではなく,今の年齢の数え方の法律は,116年前の1902年(明治35年)に作られていたのですが,

 その後も多くの人たちが数え年を使い続けるので,社会が混乱していました。

 日本が大きな戦争に負けた後の1949年(昭和24年),「数え年を使うのはやめましょう」という内容の法律が,わざわざ作られたほどでした
【★3】



 民法という法律では,

 1年という期間を計算するとき,

 最初の日をカウントしないで,その次の日を1日目としてカウントする,

 というのが基本ルールになっています
【★4】


 でも,その基本ルールをそのまま年齢の数え方にあてはめてしまうと,

 たとえば,4月1日に生まれた赤ちゃんは,

 翌日の4月2日から1年のカウントを始めますから,

 1年の最後の日の4月1日が終わるまで(夜12時になる直前まで)まだ0歳のままで,

 4月2日午前0時にやっと1歳になる,という,おかしなことになってしまいます
【★5】


 なので,年齢の数え方の法律では,

 「基本ルールとはちがって,最初の日を1日目としてカウントする」,としています
【★2】

 4月1日に生まれた赤ちゃんは,

 1年後の3月31日が終わるまで(夜12時になる直前まで)まだ0歳のままで,

 4月1日午前0時に1歳になります。

 私たちの感覚と合いますね。




 今までずっと,「誕生日の午前0時に1つ歳をとる」,という書き方をしてきました。

 それは事実としてはまちがっていないのですが,

 でも,
法律的には,「誕生日の前日が終わる夜12時に」1つ歳をとるというのが,正確な言い方です

 「誕生日の午前0時」と「誕生日の前日の夜12時」は同じ時間のことなのですが,

 法律は,1年間が終わったとき,つまり「誕生日の前日の夜12時」に1つ歳をとる,という考え方をします
【★6】【★7】



 そのことが,4月1日生まれのあなたの学年に関係しています。




 学校教育法という法律では,

 「満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年」から小学校に通う,としています
【★8】

 ちょっとわかりづらい表現ですね。


 たとえば,2000年5月に生まれた人なら,

 2006年5月に6歳になるので,

 それ以後の最初の学年,つまり,2007年4月から小学校に通います。


 いわゆる「早生まれ」の人,たとえば,2000年3月に生まれた人なら,

 2006年3月に6歳になるので,

 それ以後の最初の学年である,2006年4月から小学校に通います。




 では,2000年4月1日生まれの人はどうでしょうか。




 「満6歳に達した日」というのは,誕生日の4月1日のことではありません。

 さっき書いたように,「誕生日の前日の夜12時」に歳をとるので,

 
2006年3月31日が,「満6歳に達した日」なのです【★9】

 3月31日は,午前0時から夜12時の直前まではまだ5歳ですが,

 その日の夜12時に6歳に「達した」,だから3月31日が「満6歳に達した日」,というわけです。


 そして,
その翌日である4月1日以後の最初の学年から小学校に通うことになりますが,

 「以後」というのは,その日自体も含みますから,

 ちょうど2006年4月1日に新しく始まるその学年が,その人にとって「最初の学年」になります。


 なので,2006年4月1日から小学校に通うことになり,1~3月生まれの学年と同じ「早生まれ」の扱いになるのです【★10】【★11】



 でも,やっぱりおかしな感じがしますね。



 「満6歳に達した日の翌日」ではなく,

 「満6歳に達した日の翌々日」(2日後),とすれば,

 4月1日生まれも4月2日以降の生まれの人と同じ学年になれるのに,

 どうして「翌日」なのでしょうか。




 学校に通う年齢がしっかりとルールで決められたのは,

 今から118年前,1900年(明治33年)のことでした。

 年齢の数え方の法律ができる2年前です。

 この時のルールでは,「満6歳に達した翌月」から学校に通う,とされました
【★12】



 「翌月」という言葉を入れたのは,子どもを守るためだった,と言われています。

 当時,村会議員や県会議員などが,自分の子どもに早くから学校の教育を受けさせようとして,

 6歳になっていない子どもの歳をごまかして入学させることが起きていました。

 なので,子どもたちがきちんと6歳になってから学校に通うようにするために,「翌月」という言葉を入れたのです
【★13】

 当時はまだ,年齢は,1日単位までは細かく考えずに,○歳○月くらいにおおざっぱにとらえていました
【★14】



 そして2年後,年齢の数え方の法律ができて,1日単位できちんと考えるようになったのに合わせて,

 1903年(明治36年),学校に入学する年齢のルールも,6歳に達した「翌月」から「翌日」に変わり
【★12】

 それが今に引き継がれてきました。


 とても有名な民法の学者の我妻榮は,1897年(明治30年)4月1日生まれでした。

 ちょうどこの新しいルールで早生まれとして小学校に入学することになった,と,自分の民法の本で書いています
【★15】



 しかし,「6歳になっていない子どもを入学させない,きちんと6歳になった子が学校に行けるようにする」,という理由からすれば,

 4月1日生まれの人を,どうしても早生まれの扱いにする必要までは,ないはずです。

 むしろ,学年を1年遅らせて,6歳をしっかり1年間過ごしてから学校に通い始めるほうが,りくつに合っています。

 実際,4月1日生まれが早生まれの扱いになってとまどう人が多いのですから,

 年度の始まりに揃(そろ)えて,4月1日生まれも4月2日以降の生まれと同じ学年になるように,法律を変えたほうが良いと,私は思います。




 それから,あなたのお姉さんは,18歳の誕生日が選挙の次の日だったのに,投票のハガキが届いたということでしたね。



 公職選挙法は,「年齢満18年以上の者」が選挙権をもつ,としています
【★16】

 素直に読めば,選挙当日,投票箱に投票用紙を入れる時点で18歳になっていなければダメのようにも思えます。

 お姉さんは,誕生日の前日,つまり,その選挙の日の,夜の12時に18歳になるのですから,

 夜12時より前に投票箱に投票用紙を入れる時点では,まだ17歳です。


 でも,選挙では,投票する時点よりも,「日にち」自体がとても大事にされています。

 なので,
その選挙の日が終わる夜12時に18歳になる人,つまり誕生日が翌日の人も選挙権を持つ,と解釈され

 実際の選挙でも,裁判所の判決でも,そうなっています
【★17】

 だから,あなたのお姉さんにも,投票のハガキが来たのです。





 法律は,人を年齢で区切ってルールを作っていることが,多くあります。

 そして,わずか1日のちがいが,年齢のちがいになり,

 人生そのものが大きく変わることもあります。

 あなたも,4月1日生まれだったからこそ,

 今の学年の友だちや先生と巡りあったのですよね。

 そう考えると,法律はとても不思議なものだと,改めて思います。

 

 

【★1】 学校教育法施行規則59条 「小学校の学年は,4月1日に始まり,翌年3月31日に終わる」
 同79条 「…第54条から第68条までの規定は,中学校に準用する。…」
【★2】 年齢計算に関する法律。わずか3項の法律です。
「1 年齢ハ出生ノ日ヨリ之(これ)ヲ起算ス
 2 民法第百四十三条ノ規定ハ年齢ノ計算ニ之ヲ準用ス
 3 明治六年第三十六号布告ハ之ヲ廃止ス」
【★3】 年齢のとなえ方に関する法律。わずか2項の法律です。
「1 この法律施行の日以後,国民は,年齢を数え年によって言い表わす従来(じゅうらい)のならわしを改めて,年齢計算に関する法律の規定により算定した年数(1年に達しないときは,月数)によってこれを言い表わすのを常とするように心がけなければならない。
 2 この法律施行の日以後,国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表わす場合においては,当該機関は,前項に規定する年数又は月数によってこれを言い表わさなければならない。但(ただ)し,特にやむを得ない事由により数え年によって年齢を言い表わす場合においては,特にその旨(むね)を明示しなければならない。」
【★4】 初日不算入の原則と言います。ただし,初日が午前0時からスタートするときは,初日からカウントします。
 民法140条 「日,週,月又は年によって期間を定めたときは,期間の初日は,算入しない。ただし,その期間が午前零(れい)時から始まるときは,この限りでない。」
【★5】 「年齢計算に関する例外については,出生した日にたとえ短時間でも生命を有したのであるから,これを本条(注:140条,初日不算入の規定)のように切り棄(す)てるのは適当でないという考えに基づく」(「我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-第4版」292頁)
【★6】 民法141条 「前条の場合には,期間は,その末日(まつじつ)の終了をもって満了する」
 「例えば,7月15日から10日間という場合,7月15日の午前0時から起算する場合は7月24日,それ以外の場合は7月25日の夜中の12時に終了する」(内田貴「民法Ⅰ」256頁)
【★7】 4年に1度のうるう年の2月29日に生まれた人の場合,平年は民法143条2項但書により,2月28日が1年間の満了日なので,3月1日に1つ歳を取ります。うるう年のときは2月29日に1つ歳を取ります。
 民法143条1項 「週,月又は年によって期間を定めたときは,その期間は,暦に従って計算する」
 同条2項 「週,月又は年の初めから期間を起算しないときは,その期間は,最後の週,月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし,月又は年によって期間を定めた場合において,最後の月に応当する日がないときは,その月の末日に満了する」
 「年齢計算の場合には初日を算入するので,閏(うるう)年の2月29日に生まれた者は,その日が起算日となり,平年である翌年の2月28日が本条ただし書による1年の満期日で,それが満了した時,すなわち3月1日に1歳になる(20歳になる年は当然閏年であるので,2月28日の満了日,すなわち2月29日に20歳になる)。」(「我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-第4版」295頁)
【★8】 学校教育法17条1項 「保護者は,子の満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから,満12歳に達した日の属する学年の終わりまで,これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。…」
【★9】 東京高裁昭和53年1月30日判決(判例タイムズ369号193頁) 「明治45年4月1日生れの者が満60才に達するのは,右の出生日を起算日とし,60年目のこれに応当する日の前日の終了時点である昭和47年3月31日午後12時であるところ(年令計算に関する法律・民法第143条第2項),日を単位とする計算の場合には,右単位の始点から終了点までを1日と数えるべきであるから,右終了時点を含む昭和47年3月31日が右の者の満60才に達する日と解することができる」
【★10】 「4月1日生まれの者の就学年度について」(昭和26年2月5日 島根県教育委員会教育長あて 文部省地方連絡課長回答)
 「照会 学校教育法第22条(現行法17条)に『…子女が満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から…云々(うんぬん)』と保護者がその子女を就学させる義務を負うていますが,この満年齢の算定について4月1日生れの者は翌年3月31日をもって満1か年に達したと解すべきか,あるいは4月1日をもって満に達したと解すべきか,右の見解いかんによって4月1日生れの子女の就学年度が異なることになりますので御教示(ごきょうじ)いただきたい。」
 「回答 御照会の年齢計算については,年齢計算ニ関スル法律により出生の日より起算して翌年の出生の前日までをもって満1年とすることになっております。すなわち4月1日生れの者は翌年3月31日をもって満1歳になるわけであります」
【★11】 文部科学省ウェブサイト「4月1日生まれの児童生徒の学年について」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1309966.htm
【★12】 「今日の就学の始期として厳密にされるのは,1900(明治33)年の第三次小学校令,1941(昭和16)年の国民学校令を経過してからである。明治33年の第三次小学校令は『児童満六歳ニ達シタル翌月ヨリ満十四歳ニ至ル八箇年ヲ以テ学齢トス』とされた。1903(明治36)年3月,年齢計算が年月日に改正されて『月』が『日』になる。」(近藤幹生「明治20・30年代における就学年齢の根拠に関する研究-三島通良の所論をめぐって-」16頁)
【★13】 「第三次小学校令では,『児童満六歳に達したる翌月より,十四歳に至る八ヵ年をもって学齢とす』とされた。就学年齢6歳がより厳密化された。この経緯について,三島は以下のように説明している。『此(こ)の翌月ということは余程意味のあることでござります。満六歳以上というものを就学させるのでござりますから,六歳に達した月ではいけませぬ。児童を保護するためにやったのであります。』『此れまでは,学齢未満の者を小学校に入れるということが沢山あります。種々の名を付けて,父兄が入れたがるのです。それですから,まあ教員もそれを入れるというので,甚(はなは)だしきは,学籍簿を調べると,年齢に合うているけれども,学校に行って,直に子供を捉へ(え)て,お前幾(いく)つだというと,五つですなどというのがござります。誤魔化(ごまか)してやって居(お)ったのでござります。』『どういうものの子かといえば,村会議員でござるとか,県会議員でござるとかいう者の子供です。なかなかこう言う人達が幅が利くから学齢未満の児を無理に就学させるのです』『今度は,一切知事がやるので,教員もこれからの人たちの前でブルブルしなくてよろしい』だから今後は,6歳未満で就学することを厳禁せねばならないと,主張しているのである。」(近藤幹生「明治20・30年代における就学年齢の根拠に関する研究-三島通良の所論をめぐって-」80頁)
【★14】 【★2】の年齢計算に関する法律の3項で廃止された「明治6年第36号布告」
 「自今年齢ヲ計算候儀幾歳幾月ト可相数事 但舊(旧)暦中ノ儀ハ一干支ヲ以テ一年トシ其生年ノ月数ハ本年ノ月数ト通算シ一二ケ月ヲ以テ一年ト可致事」
【★15】 「私は,戸籍簿によると,明治30年4月1日生まれである。『早生まれ』か,『遅生まれ』か。」「(仮に,午前6時に生まれたとすると,)もちろん,明治36年4月1日午前6時に満6歳に達する,といえば,正確であろうが,それでは厄介(やっかい)だから,日を単位にして計算する。そうすると,私が18時間しかこの世に存在しなかった明治30年4月1日というハンパな日は,これを繰り上げて1日とするか,切りすてて0とするか。民法の原則によると,切りすてられる(139条・140条)。だから,私は,明治36年の4月1日の夜の12時に漸(ようや)く満6歳に達することになり,翌37年の4月1日でないと,小学校に入れない。」「ところが,私の入学が問題になる前年,明治35年12月に,『年齢計算ニ関スル法律』というものが施行され,『年齢ハ出生ノ日ヨリ起算ス』ということになった。ハンパな日も繰り上げて1日とされたわけである。おかげで,私は満6歳に物理的?には6時間不足しながら,明治36年4月1日に1年生となった。クラスに私より年の少ない者はいなかった。4月2日生まれの者の入学は1年遅れるからである」(我妻榮著・幾代通・川井健補訂「民法案内 2民法総則 第2版」314頁)
【★16】 公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は,その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★17】 大阪高裁昭和54年11月22日判決(判例タイムズ407号118頁)※選挙権が20歳以上だった時代の判例 「地方自治法18条,公職選挙法9条2項によれば,日本国民たる『年令満20年以上の者』で引続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は,その属する地方公共団体の議会の議員の選挙権を有するものとされ,年令の計算については,年令計算に関する法律により,出生の日から起算し,民法143条を準用するものとされている。したがって,一般的には満20年の始期については出生の日を1日として計算し,終期は20年後の出生の日に応当する日の前日の終了(正確には午后(ごご)12時の満了)をいうのであるが,被選挙権に関する公職選挙法10条2項において,年令は選挙の『期日』により算定すると規定されており,この被選挙権に関する規定は選挙権についても類推適用されると解すべきであり,また特例政令3条によれば,『選挙人の年令については選挙の期日現在により』算定する旨定められている。これらの規定の趣旨によれば,選挙権に関する公職選挙法9条2項にいう『満20年以上』というのは…満20年に達する日が終了したことを要せず,満20年に達する日を含むと解すべく,また別の見方をすれば,前示公職選挙法9条2項の『年令満20年以上』とは,選挙権取得の始期を定めるものであり,…満20年に達する日をもって選挙権取得の始期と定めた趣旨であるとみられるから,満20年に達する前示出生応当日の前日の午後12時を含む同日午前0時以降の全部が右選挙権取得の日に当るものと解することができる」

2017年10月 1日 (日)

先生の指導を受けて死にたいほどつらい

 

 高校3年生です。定期テストでどうしても覚えきれない教科があったので,あせって昨日徹夜でカンニングペーパーを作り,それを試験中に見ていたのが先生に見つかってしまいました。試験終了後に先生たちから長時間の指導を受け,「まさかお前がこんなことをするとは思っていなかった」「カンニングした以上,今回のテストは全教科0点の扱いになる」「明日,親を学校に呼んで話をする」と厳しく言われ,今,絶望的な気持ちで,死んでしまいたいほどつらいです。

 

 

 絶対に,自殺はしないでください。

 そして,一人きりにならずに,

 すぐに誰かに,今のつらい気持ちを聞いてもらってください。




 今,あなたがまだ学校の中にいるなら,

 すぐに保健室に行って,養護の先生に話を聞いてもらってください。




 今,あなたが下校の途中なら,

 あなたが信頼できる大人のところに,すぐに行ってください。



 ほんとうは,自分の親に話を聞いてもらえるのが一番よいのですが,

 これから学校から連絡が入ってしまうから親には話しづらい,ということであれば,

 親以外の誰であってもかまいません。



 おじいちゃんやおばあちゃん,親戚のおじさんやおばさんのところでも,

 むかしお世話になった保育園・幼稚園,小学校,中学校の先生でも,

 塾や習い事の先生,地域の子ども会や自治会でお世話になった人でも,

 よく知っている近所のお知り合いの大人でもかまいません。




 もし,そういう大人がすぐに思い付かなければ,

 次のところに電話をかけてみてください(名乗らなくてもかまいません)。



 ●チャイルドライン(特定非営利活動法人チャイルドライン支援センター)

 0120-99-7777(フリーダイヤルです。通話料はかかりません)

 
http://www.childline.or.jp/


 ●いのちの電話(一般社団法人日本いのちの電話連盟)

 東京 03-3264-4343 (24時間つながります)

 東京以外の全国各地の電話番号は 
https://www.inochinodenwa.org/lifeline.php を見てください。


 私たち弁護士も,あなたの話に耳に傾けます。

 弁護士会の電話相談窓口は,地域によっては,弁護士とすぐに直接話をすることができます。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 今,死にたくなるほどつらい気持ちなのですよね。


 自分が悪いことしたからこうなってしまった,という後悔や恥ずかしさ,

 これから自分の人生がどうなってしまうのか,という不安や恐怖や絶望感,

 親に迷惑をかけてしまう,という罪悪感,

 先生が言うことへの,戸惑(とまど)いや怒り,

 いろんな思いで,とても混乱していると思います。

 徹夜で寝不足の状態であればなおのこと,落ち着いて考えるのは難しいですよね。




 でも,自殺で自分の命を失うことは,決してしないでください。

 そのような事件で実際に子どもが亡くなってしまった裁判を担当してきた私からの,心からのお願いです
【★1】




 学校の先生の指導が原因で,子どもが自殺で亡くなってしまうことが,

 これまでもたくさん繰り返されてきました
【★2】【★3】



 しかし,私たちの社会は,子どもの自殺に正面から向き合ってきませんでした。


 まちがったことをした子どもを先生が指導した,という場面だと,

 そこに体罰という暴力があれば,大きな問題になりますが,

 体罰がない指導では,子どもが亡くなっても,問題にされることが少なかったのです。




 そのような中,子どもを亡くした家族の皆さんが,

 「先生の指導が原因で子どもが亡くなるのはおかしい」,

 「真実を知りたい」,

 「同じような不幸な事件が二度と起きてほしくない」,

 そういう強い思いで,学校側と裁判で戦ってきました
【★4】



 学校側は裁判で,

 「まちがったことをした子どもに対する,適切な指導だった」

 「まさか自殺するとは思えなかったから,防ぎようがなかった」

 「自殺の原因は,子ども本人や家庭にある」

と反論し,

 「自分たちに責任はない」などと弁解します。




 自殺の事件の裁判で遺族側が勝つには,とても高いハードルがありますし,

 仮に裁判に勝ったとしても,亡くなった人の命は返ってきません。




 そういう事件の裁判を担当してきた私は,

 これ以上,先生の指導が原因で子どもたちが死んでしまうことがないようにしたいと,強く思っています。




 学校は,これからの人生を幸せに送ることができるようにするために,いろいろなことを学ぶ場所です。

 そのはずの学校で,人生そのものが奪われてしまうことは,絶対にあってはならないのです。




 もちろん,子どもが何かまちがったことをしてしまった時,

 その子がきちんとした大人になれるように,

 先生がその子を指導するのは,当たり前のことです。



 でも,その子が大人になっていくどころか,

 逆に,命を失い,人生が終わってしまうような「指導」,

 それほどまでに子どもを追い詰めるような「指導」は,

 ほんとうの指導ではありません。



 「あなたは大切な存在なんだよ」,

 「あなたのことを心配しているんだよ」,

 そういうメッセージが子どもに伝わらなければ,ほんとうの指導ではないのです
【★5】【★6】



 そして,多くの事件が,

 指導の最中や,指導の直後,子どもが一人ぼっちになった時に起きています
【★7】

 だから,指導を受けて気持ちが混乱しているその子を,

 先生がきちんと見守り,一人ぼっちにさせないことが,ほんらい,必要なのです
【★8】



 でも,あなたは,

 先生たちから「大切な存在だよ」「心配しているよ」というメッセージもなく,

 ただ追い詰められて,

 一人で苦しんでいるのですね。




 今,死にたくなるほどつらい思いをしているあなたも,とても大切な存在です
【★9】

 たとえ,まちがったことをしてしまったとしても,

 あなたが大切な存在であることは,まったく変わりありません。



 そして,あなたは一人ぼっちではありません。

 あなたの声に耳に傾け,寄り添う大人が,必ずいます。

 決して一人で思い詰めずに,

 すぐに誰かに,今のつらい気持ちを聞いてもらってください。





 同じようなケースで子どもを亡くした家族の皆さんは,今から10年前,

 先生の指導が原因で子どもが自殺で亡くなることを,「指導死」と名付けました
【★10】

 そして,

 指導死が子どもの側の問題ではなく大人の側の問題だ,ということと,

 指導死をなくしていくためにみんなで取り組む必要がある,ということを
【★11】

 ずっと社会に訴え続けています。


 そういう家族の皆さんの切実な思いが,

 今まさに死にたいほどつらいあなたに届くようにと,心から願っています。

 

 

【★1】 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」(高文研)には,先生による指導が原因で亡くなった7人の子どもたちの具体的なエピソードが掲載されています。このうち,「カンニングを疑われ長時間の事情聴取(埼玉県・高校)」(120頁)のケースと,「カンニングが発覚した指導の途中で(埼玉県・高校)」のケースの裁判を,私が担当していました。
【★2】 「私が1952年から2013年までの新聞や書籍等から指導死に該当するものを拾ったところ,68件にも上りました(5件の未遂を含む)。」(武田さち子「二度と『指導死』を起こさないために-事例から学ぶ」 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」184頁)
 同書の巻末に,指導死の事件の一覧表が掲載されています。
【★3】 2014年以降も,警察庁の統計では,「教師との人間関係」で自殺した子ども(中学生・高校生)が,2014年(平成26年)に4人,2015年(平成27年)に2人,2016年(平成28年)に2人いました。
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H26/H26_jisatunojoukyou_02-2.pdf
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H27/H27_jisatunojoukyou_02.pdf
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H28/H28_jisatunojokyou_02.pdf
【★4】 裁判は,学校を設置している都道府県や市区町村,私立であれば学校法人を相手にするものが多いですが,「日本スポーツ振興センター」を相手にした裁判もあります。
 学校生活の中で病気や事故にあった場合に備えて,学校や家庭が,日本スポーツ振興センターの「災害共済」という保険に入っていることがふつうです。子どもが亡くなったときには,家族に「死亡見舞金」というお金が支払われますが,それだけでなく,事故の背景・原因を分析して,そのような痛ましい事故が学校で起きないように活かされています。いじめや先生の指導などが原因で自殺で亡くなった場合にはこの死亡見舞金が支払われていますが,高校生には支払われないというおかしなルールになっています。そのおかしなルールがあることも,学校現場が指導死にきちんと向き合わないことに繋がっています(なお,最近では日本スポーツ振興センターが運用を変えて高校生の指導死にも支給されたケースがあります)。
【★5】 「生徒指導とは,一人一人の児童生徒の人格を尊重し,個性の伸長を図りながら,社会的資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動のことです」(文部科学省「生徒指導提要」1頁)
【★6】 「もし,教師が子どもに対して,『君のことが大切だ』『あなたのことが心配なんだ』というメッセージを常に届けることができていたら,強く叱った際にも,この言葉をきちんと伝えていたら,子どもは死なずにすんだかもしれません。あるいは,子どもの言葉や気持ちをきちんと受け止めて,子ども自身が『先生は自分の気持ちを理解してくれている』『話せばわかってもらえる』と信じることができていたら,死なずにすんだと思います」(武田さち子「二度と『指導死』を起こさないために-事例から学ぶ」 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」203頁)
【★7】 「原因となる出来事,あるいは指導から自殺までの間が極端に短いのが,指導死の特徴です。指導と自殺との時間的経過が不明の7事例を除く61件中,指導直前3件,指導中4件,直後9件,帰宅中あるいは帰宅後14件と,計30件,約半数がその日のうちに自殺しています」(武田さち子「二度と『指導死』を起こさないために-事例から学ぶ」 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」190頁)
【★8】 「問題行動が見つかったり,叱られた児童生徒は強いショックを受けることがあります。…安全への配慮から,『指導中に一人にしない』『目を離さない』ことは,生徒指導の基本です。帰宅させる際にも,ケアにつながる言葉がけをしてください。落ち込み度合いによっては,保護者に引き渡すまで一緒にいる,保護者に対してもあまり強く叱らないよう要請するなど,フォローすることが必要です」(武田さち子「二度と『指導死』を起こさないために-事例から学ぶ」 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」202頁)
【★9】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★10】 「生徒指導をきっかけとした子どもの自殺『指導死』の定義
 1 一般に『指導』と考えられている教員の行為により,子どもが精神的あるいは肉体的に追い詰められ,自殺すること。
 2 指導方法として妥当性(だとうせい)を欠くと思われるものでも,学校で一般的に行われる行為であれば『指導』と捉(とら)える(些細(ささい)な行為による停学,連帯責任,長時間の事情聴取・事実確認など)。
 3 自殺の原因が『指導そのもの』や『指導をきっかけとした』と想定できるもの(指導から自殺までの時間が短い場合や,他の要因を見いだすことがきわめて困難なもの)。
 4 暴力を用いた『指導』が日本では少なくない。本来『暴行・傷害』と考えるべきだが,これによる自殺を広義の『指導死』と捉える場合もある。」
(大貫隆志「はじめに-指導死とは」 大貫隆志編著「指導死 追い詰められ,死を選んだ7人の子どもたち」4頁)
【★11】 2006年(平成18年)に制定された自殺対策基本法も,「自殺が個人的な問題としてのみ捉えられるべきものではなく,その背景に様々な社会的な要因がある」として,自殺対策が社会的な取組として実施されなければならないとしています(2条2項)。

2017年9月 1日 (金)

パパがママをバカにしたり殴ったりする

 

 パパは,子どもの私には優しいんですが,ママにはいつも,「こんなまずいメシしか作れないのか」「何もできないくせに」「バカヤロウ」「人間のクズ」「誰がかせいだ金で食ってると思ってるんだ」とか言い続けたり,「出て行け」と突然大声でどなったりします。ひどいときは,パパがママを殴ったり,蹴飛ばしたり,テーブルに置いてあった物をママに投げつけたり,部屋のドアをわざとバタンと勢いをつけて閉めたりします。パパとママの大人どうしのことだし,子どもの私には何もできなくて,つらいです。

 


 家は,

 ゆっくりと心と体を休めて,毎日の生活を出発するための場所,

 ゆっくりと心と体を成長させて,将来の人生を準備するための場所です。



 それなのに,両親の仲が悪いと,

 心が休まらず,ほんとうにつらいですよね。



 特に,お父さんからお母さんに一方的に暴力・暴言があるのだと,

 お母さんを助けようすれば,

 お父さんの暴力・暴言が,今度は自分に向かってくるかもしれないし,

 お母さんへの暴力・暴言が,むしろもっとひどくなるかもしれない。

 かといって,お父さんの味方をして,お母さんを傷つけるわけにもいかない。

 どうすればよいのか,とても苦しいと思います。

 こういう苦しさがずっと続くのは,あなたの心の成長にとってもマイナスです
【★1】【★2】




 お父さんからは,あなたに対しては暴力・暴言がない,ということでしたね。



 それでも,お父さんがお母さんに暴力をふるったり,暴言を言ったりするのは,

 
子どものあなたに対する虐待,「児童虐待」にあたります。


 平成16年(2004年),児童虐待防止法という法律が改正されて,

 親から子どもへの暴力や暴言がなくても,

 お父さん・お母さんの間の暴力や暴言は,

 子どもにとっての虐待の一つ,子どもの心を傷つける「心理的虐待」だと,はっきり付け加えられました
【★3】



 ここにいていいんだと思える,しっかりした居場所があること。

 安心した毎日を送り,幸せな人生を送ることができること。

 法律は,それをとても大事にしています。

 「お父さんからお母さんに暴力・暴言があって,家にいるのがつらい」,

 「大切な居場所のはずの家が,安心・安全な場所になっていない」,

 そんな子どもたちを,法律が守っています。




 お父さんとお母さんの関係が悪いのは,あなたのせいではありません。

 自分自身を責(せ)める必要は,まったくありません。

 
あなたが安心・安全な暮らしを送れるように,

 
ぜひ,まわりの大人たちにSOSを出してください。


 私たち弁護士は,あなたのSOSを受け止めます。

 そして,一緒に考え,動くことができます。

 各地の弁護士の相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。



 市役所や区役所の中には,子どもを守ってくれるところがあります。

 東京では,「子ども家庭支援センター」と言います。

 あなたから直接連絡をしてもいいですし,

 学校の先生,地域の民生児童委員さん,そのほか誰でも,

 あなたが信頼できる大人を通して,連絡してもらってもかまいません。



 お父さんからお母さんへの暴力・暴言がひどければ,

 児童相談所や警察に間に入ってもらうこともありえます。

 児童相談所の全国共通の電話番号は,「189」です。

 特に,夜や休日にひどい暴力があった時は,

 110番をかけて警察に家に来てもらうか,近所の交番にかけこんでください。

 警察は,あなたのお父さん・お母さんと話をし,児童相談所にも連絡してくれます
【★4】



 自分がまわりの大人にSOSを出したら,

 「どうして家の中のことを外の人にペラペラしゃべったんだ」と怒られるんじゃないか,とか,

 お父さんが警察に逮捕されてしまうんじゃないか,とか,

 家族がバラバラになってしまうんじゃないか,とか,

 そういったことが心配でまわりの大人に相談しづらい,と思うかもしれません。

 あなたのその心配は,もっともなことです。

 まわりの大人は,あなたのその気持ちにも寄り添って,一緒に考えます。

 だから,あなたの心配も含めて,ぜひ,大人に相談してください。




 お父さんがまわりの人から暴力・暴言をやめるように注意されて,きちんと反省し,

 家族仲良く暮らせるようになるのが,一番よいことです。

 お父さんに,だれが,いつ,どうやって注意をするか,

 傷ついているお母さんを,どうやって支えるか,

 それを,まわりの大人たちと一緒に考えましょう。



 ただ,家族仲良く暮らせるのが一番よいこととはいっても,

 暴力・暴言があまりにひどければ,

 お母さんがお父さんから逃げることが必要だったり,

 警察がお父さんを逮捕しなければならないことも,あるかもしれません。

 お母さんは動かないけれど,あなたがこれ以上家にいるのがつらい,という場合は,

 あなただけ安全なところで守ってもらう,ということもできます(「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい)。

 そういったことも合わせて,まわりの大人たちと一緒に考えましょう。





 むかし,夫婦の間の暴力・暴言は,

 単なる夫婦げんかとして見られていました。



 でも,学校や職場や街中で,誰かを殴ったら,犯罪として処罰されます【★5】

 それなのに,「夫婦だったら殴ってもいい」というのでは,まったくおかしなことです。



 相手をバカにする言葉も,もし社会の中で誰かに言おうものなら,

 いじめやハラスメントとして,大きな問題になります。

 それなのに,「夫婦だったらバカにしてもいい」というのでは,やはりおかしなことです。




 私たちは,一人ひとりが,大切な人間です
【★6】

 誰かの物でも,誰かの人形でも,誰かの奴隷(どれい)でもありません。

 それは,夫婦の間でも,同じことです。


 国のおおもとのルールである憲法にも,

 夫婦は,お互いを大切な人間として尊重しあい,対等な立場で,協力しあって続けるものだと,書かれています
【★7】


 ところが,実際には,

 家の中で,夫が妻に,

 暴力をふるったり,

 バカにしたり,

 生活費を渡さないなど,お金でコントロールしたり,

 電話やメールを細かくチェックし,行動を監視して,自由を奪ったり,

 嫌がっているのにセックスをむりやりしたりして,

 夫が妻を,まるで物や人形や奴隷のように支配することが,あちこちで起きています
【★8】


 そういう暴力・暴言を受けて傷ついている人を守り,

 そういう暴力・暴言をこの社会からなくしていくために,

 2001年(平成13年)に法律ができました
【★9】

 その法律に基づいて,相談先が作られています
【★10】

 あなたからお母さんに,そういう相談窓口を勧めてみるのも,一つの方法です。




 DVという言葉を,皆さんも聞いたことがあるかもしれません。

 DVは,ドメスティック・バイオレンス(D
omestic Violence)の略です。

 「家庭内暴力」と訳されることも多いですが,

 けっして「暴力」だけでなく,暴言や,相手を傷つけること,支配することすべてが問題ですし,

 けっして「家庭内」の夫婦だけでなく,交際中の10代・20代のカップルの間でも,問題になっていることです
【★11】


 あなたやお母さんのようなつらい思いを,誰もがしなくて済むように,

 私たちみんなで,この社会から,DVをなくしていかなければなりません。



 10代の皆さんは,結婚はまだ先のことと思うかもしれません。

 でも,皆さんには,10代の今だからこそ,

 今付き合っているパートナーや,将来付き合うパートナーとの間で,

 お互いを大切な人間として,対等な立場で尊重しあうことを,

 お互いがDVの加害者にも被害者にもならないようにするために,

 今のうちからきちんと身につけてほしい,と,私は強く願っています。

 

 

【★1】 「DVがある家庭では,子どもは様々な心理的葛藤(かっとう)を抱(かか)えることになります。…例えば,父親が母親のことを子どもの前であざけりバカにするような,精神的暴力を行っていたとします。『おまえのつくったメシはまずい』『主婦失格だ』『人間失格だ』などと罵(ののし)っている最中に,子どもはどのような態度を取ることが正解でしょうか。父親のことを無視したり,母親の味方になって反論したりすれば,自分に今度はその暴力の矛先(ほこさき)が向かうかもしれませんし,こうした反抗的な態度を『母親の育て方のせい』と一層母親を責め立てる材料にして,暴力がエスカレートするかもしれません。では,父親に迎合(げいごう)して,一緒になって母親をけなすことが正しいのでしょうか。確かにそれで父親の機嫌はよくなり,自分に被害は及ばないかもしれませんが,自分の身を守るために虐待者へ同一化することは,母親への裏切りと感じられ,強い罪障感(ざいしょうかん)をもつことになります。このように,DVがある家庭の中では,子どもがどのような態度を取っても強い不安や葛藤,時には暴力そのものから逃れることができなくなるのです」(加藤尚子「虐待から子どもを守る! 教師・保育者が必ず知っておきたいこと」38頁)
【★2】 「子どもに与える影響」「暴力を目撃したことによって,子どもに様々な心身の症状が表れることもあります。また,暴力を目撃しながら育った子どもは,自分が育った家庭での人間関係のパターンから,感情表現や問題解決の手段として暴力を用いることを学習することもあります」(内閣府男女共同参画局「ドメスティック・バイオレンス(DV)とは」)
【★3】 児童虐待の防止等に関する法律2条 「この法律において,『児童虐待』とは,保護者…がその監護する児童…について行う次に掲(かか)げる行為(こうい)をいう。 (略) 四 …児童が同居する家庭における配偶者(はいぐうしゃ)に対する暴力(配偶者…の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及(およ)ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著(いちじる)しい心理的外傷を与える言動を行うこと」
【★4】 警察庁生活安全局少年課長,警察庁生活安全局生活安全企画課長,警察庁生活安全局地域課長,警察庁刑事局刑事企画課長,警察庁刑事局捜査第一課長平成28年4月1日「児童虐待への対応における関係機関との情報共有等の徹底について(通達)」(警察庁丁少発第47号,丁生企発第196号,丁地発第51号,丁刑企発第38号,丁捜一発第43号)
【★5】 刑法208条 「暴行を加えた者が人を傷害するに至(いた)らなかったときは,2年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは30万円以下の罰金又(また)は拘留(こうりゅう)若しくは科料(かりょう)に処(しょ)する」
 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」
【★6】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★7】 憲法24条1項 「婚姻(こんいん)は,両性の合意のみに基(もとづ)いて成立し,夫婦が同等の権利を有(ゆう)することを基本として,相互(そうご)の協力により,維持(いじ)されなければならない」
 同条2項 「配偶者(はいぐうしゃ)の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項(じこう)に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」
【★8】 もちろん,夫から妻に対する暴力・暴言だけでなく,妻から夫に対する暴力・暴言もありますし,同じようにけっして許されないことです。ただ,実際は,圧倒的に夫から妻に対する暴力・暴言のほうが多いのが実態です。平成27年度,全国の配偶者暴力相談支援センターで受け付けた相談総数11万1630件のうち,女性からの相談が10万9629件,男性からの相談が2001件でした(平成28年9月16日内閣府男女共同参画局「配偶者暴力相談支援センターにおける配偶者からの暴力が関係する相談件数等の結果について(平成27年度分)」)
【★9】 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律
【★10】 内閣府男女共同参画局のウェブサイトに,相談先などの情報が詳しく載っています。http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/index.html
【★11】 【★9】の法律では,結婚していなくても,同居中のカップルでも対象になります。また,同居していないカップルでも,「デートDV」が問題になっています。NPO法人エンパワメントかながわ,ガールスカウト日本連盟らが2016年に実施した調査では,10代の女性43.8%,男性26.7%が,交際相手からのDVを経験していたことが明らかになっています(毎日新聞2017年3月13日「デートDV 経験10代女性の44% NPO広域調査」)。
 

2017年8月 1日 (火)

特別養子縁組って何?

 

 両親と自分に血のつながりがないことは,小学生の低学年くらいの時から親が時々話していたので知ってはいたけど,くわしいことまではわかってませんでした。最近,両親と私は「特別養子縁組」をしてると聞いたんですが,「特別養子縁組」ってどういうことですか?

 

 

 特別養子縁組は,育てられる子どものことを一番に考えた,養子縁組のしくみです。


 特別養子縁組をすると,育てる親と,育てられる子どもは,

 実(じつ)の親子とまったく変わらない,法律上の親子になります。

 もとの親,血のつながっているほうの親とは,法律上は他人になります。

 子どものためにしっかりした新しい家族ができる,まさに「特別」な養子縁組です。




 養子縁組というしくみは,民法という法律ができた明治時代からありました。

 でも,むかしは,「子どものため」のしくみではありませんでした。

 跡取り(あととり)がいない家を継(つ)いでもらうためのもの,「家のため」のしくみでした
【★1】【★2】



 その後,日本が大きな戦争に負け,社会が大きく変わりました。

 そのとき,養子縁組のしくみは,「子どものため」に,少しだけ前に進みました。

 未成年の子どもと養子縁組をするときは,その子にとってマイナスでないかどうかを,裁判所がきちんとチェックする,ということになりました
【★3】【★4】



 でも,むかしの「家のため」のしくみというイメージも残ったままで,

 家を継ぐために大人どうしで養子縁組をすることも,あいかわらず多くありました。

 特に,男性が女性と結婚するときに,その女性の親と養子縁組をする「婿(むこ)養子」が,多くありました
【★5】

 ほかにも,

 相続にかかる税金を安くするためだったり
【★6】

 今はまだ日本で結婚できない同性カップルが,法律上の家族になるためだったりと
【★7】

 養子縁組は,いろんな目的で使われていて,

 必ずしも「子どものため」のしくみというわけではありませんでした
【★8】



 このむかしからある養子縁組のことを,この記事では,

 「特別養子縁組」と区別して,

 「ふつうの養子縁組」と言うことにしましょう。




 ふつうの養子縁組は,

 縁組をした先の親が,子どもを育てる「親権者」になりますが
【★9】

 もとの親,血のつながった親とも,法律上は親子のままです
【★10】

 戸籍(こせき)という,家族の情報を役所が管理しているものには,

 縁組をした先の親(養親)の名前だけでなく,

 縁組をする前のもとの親(実親)の名前も,はっきり書かれています。



 結婚したあと,離婚することができるのと同じように,

 ふつうの養子縁組も,やめることができます
【★11】

 養子縁組をやめることを,「離縁(りえん)」と言います。

 「親子の縁を切る」「戸籍から抜く」と言われた,の記事にも書いたように,

 実の親子だったら,親子の関係をやめることは,できません。

 ところが,ふつうの養子縁組だったら,離縁をして親子の関係をやめ,他人どうしにもどることができてしまいます。




 養子縁組をしても,

 もとの親と法律上つながったままだったり,

 縁組をやめることができたりするのは,

 育てられる子どものがわから見ると,育ててくれる親とのあいだでしっかりした関係にまでならない,不安定さが残るものでした。




 1959年(昭和34年)ころ,

 「もっと子どものための養子縁組のしくみを作るべきではないか」,という議論もあったのですが,

 新しいしくみは,なかなか作られませんでした
【★12】



 そうしたところ,1973年(昭和48年)に,ある大きな事件が起きました【★13】【★14】



 妊娠したけれど,いろんな理由で,子どもを育てることができない。

 だから,子どもを産まずに,中絶したい。

 そう考える女性に,命の大切さを話し,中絶を思いとどまるよう説得していた,ある産婦人科のお医者さんがいました。



 他方で,「子どもをもうけたくてもなかなか授(さず)からないので,子どもを引き取って自分の子どもとして育てたい」,と考える夫婦もいました。


 なので,そのお医者さんは,生まれてきた子どもを,引き取って育ててくれる夫婦に,バトンタッチしていました。

 その時に,お医者さんは,「その夫婦の妻が産んだ子どもです」という,ウソの出生証明書を作っていたのです。



 命を守るという善意からしていたこととはいえ,

 そのお医者さんがウソの証明書を作ることは,犯罪でした。

 それに,ふつうの養子縁組でも,未成年の子どもの縁組のときは,その子にとってマイナスでないかどうかを裁判所がきちんとチェックするのに,

 ウソの届け出がされてしまったら,裁判所のチェックがないまま,子どもが引き取られてしまいます。

 しかも,もとの親が誰だったのかも,書類からは,わからなくなってしまいます。




 そこで,その事件をきっかけに議論がふたたび始まり,

 1987年(昭和62年)に新しく作られたのが,特別養子縁組のしくみです。




 特別養子縁組は,

 子どもがまだ小さいうちに
【★15】

 いろんな事情で子どもを育てることができない親のもとから
【★16】【★17】

 「自分たちの実の子どもと同じように育てたい」という夫婦に,バトンタッチするしくみです
【★18】【★19】


 そのバトンタッチのあいだに入るのは,

 児童相談所という,子どもを守るための役所が担当することもあれば
【★20】

 子どものために動いている民間の団体がすることもあります
【★21】



 ふつうの養子縁組は,子どもが未成年のとき,裁判所が「子どもにとってマイナスにならないかどうか」をチェックします,と書きました。

 でも,特別養子縁組では,裁判所は,さらにもっとふみこんでチェックします。

 「もとの親からこの夫婦にバトンタッチするのが,この子にとってプラスになる」。

 裁判所がそう認めて,はじめて特別養子縁組が成り立ちます
【★22】



 特別養子縁組は,

 「養子縁組」という名前がついてはいますが,

 法律上は,まるで実の親子のようになります。

 そして,もとの親,血のつながっているほうの親とは,法律上は他人になります
【★23】

 それが,ふつうの養子縁組との,大きなちがいです。



 戸籍を見ても,

 「養子」とは書かれていませんし,もとの親の名前も書かれていません。

 一見しただけでは,育ての親の,実の子どものように書かれています。



 そして,実の親子が,親子の関係をやめることができないのと同じように,

 特別養子縁組は,ふつうの養子縁組のようにかんたんに離縁をすることはできません。

 よっぽどの事情があるときで,裁判所がOKしたときにしか,特別養子縁組をやめることはできません
【★24】


 子どものために,しっかりした新しい家族ができるためのしくみが,特別養子縁組です。



 あなたは,小学生のときから,血のつながりのないことを,親から教えてもらっていたのですね。


 子どもが成長するとき,

 「自分がどんな人間なのか」ということを知るのは,とても大切なことです。

 難しい言葉で,「アイデンティティ」と言います。

 自分が特別養子縁組というしくみで今の親に育てられているということ,

 それをきちんと教えてもらうのも,とてもだいじなことです
【★25】【★26】

 そして,もとの親のことを知りたい,と思ったら,あなたの前の戸籍をさかのぼれば,知ることができます。





 今,日本では約4万5000人の子どもたちが,親と暮らせず,

 児童福祉のしくみの中で生活しています(「社会的養護」と言います)。

 そしてそのうちの多くが,施設の中で暮らしています
【★27】【★28】


 2016年(平成28年),「できるだけ施設よりも家庭的な暮らしが送れるようにしよう」と法律に書き加えられ
【★29】

 児童相談所が養子縁組によりいっそう取り組むことになりました
【★20】


 特別養子縁組は,これまで毎年300件くらい行われていたのが,

 最近は400~500件くらいに,少しずつ増えています
【★30】

 特別養子縁組がさらにもっと増えていくことが,期待されています。




 実の親のもとで暮らすことができない子どもにも,

 しっかりとした新しい家族があって,

 その子どもと家族を,私たち社会全体で支えていくこと。

 そういう特別養子縁組の大切な役割を,

 もっと広くいろんな人たちに知ってもらいたいと,私は願っています。

 

 

【★1】 「明治民法における養子制度は,家の後継者を求めることに重要な役割があったといえます。家の制度は祖先から子孫につないでいくことが重要でありますから,家の後継者がいないことには家がつぶれることになり,致命的なことであります。そこで,養子を迎えて家を承継させること,つまり家を連続させていくことが,重視されたのであります。このように家の後継者を得るための親子関係,すなわち,養子制度が必要だったといえるのです。家のための養子制度ということであります」(米倉明,細川清編「民法等の改正と特別養子縁組制度」中川淳『親子法の理念と特別養子縁組制度』4頁)
【★2】 ただし,明治民法の養子制度でも,家督(かとく)相続以外に様々な目的の養子があった,という指摘もあります。
 「容易に想像できるのは『家』の承継のための養子であるが,明治民法下で行われた養子は,家督相続のためのものばかりではなく,様々な目的の養子が存在した。分家をさせるためとか,婚姻につき女子の家格を引き上げるためとか,家族の労働力を補充するためとか,さらには芸妓にするための養子もあり,孤児を収養するためのものもあった。このように,極めて多様な目的のために養子が行われたということが日本の養子の特色といえる。その意味で,明治民法の養子制度には確固たる目的がなかったといえる」(内田貴「民法Ⅳ」248頁)
【★3】 民法798条 「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者(はいぐうしゃ)の直系卑属(ちょっけいひぞく)を養子とする場合は,この限(かぎ)りでない」
 この但書きは,例えば,おじいちゃんやおばあちゃんと養子縁組をするときや,離婚した親の再婚相手と養子縁組をするときには,家庭裁判所のチェックがいらない(役所に届け出るだけで養子縁組ができる)ということです。私は,この規定はおかしい,この場合でも家庭裁判所がチェックするべきだと思います。
 「母親の再婚相手と養子縁組したくない」の記事も,あわせて読んでみてください。
【★4】 「戦後の民法改正で,未成年養子につき家庭裁判所の許可を要求する規定が入り,これによって,子のための養子法にも配慮を示したとはいえる。しかし,婚外子や孤児救済のための養子制度という観点から見れば,不徹底なものであった」(内田貴「民法Ⅳ」249頁)
【★5】 「1982年の法務省の調査によると…養子となる男女比率は男7割,女3割であり,とくに20代男性が結婚を機に配偶者の親と婿養子縁組を結んでいるケースが多い」(棚村政行「子どもと法」273頁)
【★6】 このような目的での養子縁組もただちに無効とはいえないと最高裁が判断しています。
 最高裁第三小法廷平成29年1月31日判決(民集71巻1号48頁) 「養子縁組は,嫡出(ちゃくしゅつ)親子関係を創設するものであり。養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴(ともな)い,遺産に係る基礎控除(こうじょ)額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存(へいぞん)し得るものである。したがって,専(もっぱ)ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう『当事者間に縁組をする意思がないとき』に当たるとすることはできない」
【★7】 「同性婚 だれもが自由に結婚する権利」(同性婚人権救済弁護団編,明石書店)136頁
【★8】 養子縁組の届出は,毎年8万件~9万件もありますが,そのうち,裁判所がチェックしているのは700件~1000件しかありません。しかも,この700件~1000件は,未成年の養子縁組のチェックだけではなく,後見人が被後見人を養子にする場合の許可(民法794条)も含んでいるので,未成年の養子縁組のチェックはこれよりも少ない数です。また,【★3】で書いたように,おじいちゃんやおばあちゃんと養子縁組をするときや,離婚した親の再婚相手と養子縁組をするときには,家庭裁判所のチェックがいらないので,この700件~1000件という数だけでは,結局,未成年の子どもの養子縁組がどのくらいの数で行われているのかがわかりません。それでもこの統計からは,ふつうの養子縁組が,「子どものため」以外のものが圧倒的に多いということ,家庭裁判所がチェックしているものがとても少ないということがわかります。
(養子縁組総数は法務省の戸籍統計(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001159203),養子をするについての許可の数は裁判所の司法統計(http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search))
            養子縁組総数 家裁の許可
 2006年(平成18年) 8万9597件 1007件
 2007年(平成19年) 9万0145件 1045件
 2008年(平成20年) 8万9116件  973件
 2009年(平成21年) 8万5094件  964件
 2010年(平成22年) 8万3228件  926件
 2011年(平成23年) 8万1556件  790件
 2012年(平成24年) 8万1383件  790件
 2013年(平成25年) 8万3647件  749件
 2014年(平成26年) 8万3611件  710件
 2015年(平成27年) 8万2592件  728件
【★9】 民法818条2項 「子が養子であるときは,養親の親権に服(ふく)する」
【★10】 法律上の親子関係が続くので,将来,親が年を重ねたとき子どもが親を養(やしな)う立場になりますし(これを扶養(ふよう)といいます),親子としてどちらかが亡(な)くなれば,財産を引き継ぐこと(相続)も起きます。例えば,養子は,養親が亡くなったときに養親の遺産を相続するだけでなく,もとの親が亡くなったときもそのもとの親の遺産を相続します。
【★11】 民法811条1項 「縁組の当事者は,その協議で,離縁をすることができる」
 離縁の協議が整わない場合は,裁判で離縁をすることもできます。
 民法814条1項 「縁組の当事者の一方は,次に掲(かか)げる場合に限り,離縁の訴えを提起することができる。
 一 他の一方から悪意で遺棄(いき)されたとき
 二 他の一方の生死が3年以上明らかでないとき
 三 その他縁組を継続し難(がた)い重大な事由があるとき」
【★12】 「特別養子制度というものが,最初に立法課題となりましたのは,昭和34年6月の『仮決定・留保事項』と呼んでいるものにおいてであります。…これは,第一次・第二次世界大戦をとおして発展してきましたヨーロッパの養子制度の影響を受けたもの,それをかなり参考にしたものと思われます。…この時期には,特別養子制度の構想を積極的に推進するという機運は生じなかったように思います」(米倉明,細川清編「民法等の改正と特別養子縁組制度」中川淳『親子法の理念と特別養子縁組制度』10頁)
【★13】 一般的に,菊田医師事件と言われています。
 「宮城県石巻市の産婦人科医師である菊田昇医師が,自分の経営する産院を訪れる堕胎(だたい)希望の女性に対して,生命がいかに尊いものであるかを説得し,堕胎を思いとどまらせる活動をしていた。…しかし,堕胎を思いとどまっても,生まれた子を母親が育てることはできない。そこで,誰か育ててくれる親を探す必要がある。養子はそのための制度でもあるが,『私生児』であることが周囲に知られると,その子はいろいろな局面で差別の目に曝(さら)されて生きなければならなくなる。反面,子を貰(もら)い受けて育てたいという親としては,実の子として育てたいという希望が強い。せっかく育てても養子だとわかると子の方から離れていくのではないかという危惧(きぐ)があったからである。そこで菊田医師は,子供を貰いたいという人に産まれた子を斡旋(あっせん)し,その親の嫡出子(ちゃくしゅつし)として出生届をするということを行なっていた。これは虚偽(きょぎ)の出生届であるし,その届書には医師の出生証明書が添付(てんぷ)されるが,菊田医師は虚偽の証明書を作成していたわけで,これは犯罪行為であった。このため,この事実が明るみに出たときその是非(ぜひ)をめぐり大きな論争になったのである」(内田貴「民法Ⅳ」250頁)
【★14】 菊田医師事件以前から,「藁(わら)の上の養子」といって,同じようなことが行われていました。裁判所は,そのようなケースで,「ウソの出生届では,養子縁組届の代わりにもならない」と判断しています。
 最高裁第三小法廷昭和50年4月8日判決(民集29巻4号401頁) 「原審の適法に確定したところによれば,被上告人とその夫Aは,大正11年1月ころ訴外B・C夫婦間の子として出生した上告人を同年3月13日引き取って実子同様に養育し,Aから戸籍上の届出手続の依頼を受けた訴外某が同年9月22日上告人をA・被上告人間の嫡出子として出生届をして,それが受理されたというのである。所論は,右の場合には嫡出子出生届は養子縁組届として有効と解すべきであるというが,右届出当時施行の民法847条,775条によれば,養子縁組届は法定の届出によって効力を生ずるものであり,嫡出子出生届をもって養子縁組届とみなすことは許されないと解すべきである」
【★15】 小学校に入る前までに決まっていることが望ましいので,基本的には子どもが6歳になる前でなければ特別養子縁組はできません。ただ,6歳になる前から引き続き養親候補に育てられているなら,8歳になる前までであれば特別養子縁組ができることになっています。
 民法817条の5 「第817条の2に規定する請求のときに6歳に達している者は,養子となることができない。ただし,その者が8歳未満であって6歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されている場合は,この限りでない」
【★16】 民法817条の7 「特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする」
【★17】 特別養子縁組はもとの親がOKがなければできませんが,例外的に,もとの親のOKがなくてもできる場合もあります。
 民法817条の6 「特別養子縁組の成立には,養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし,父母がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待,悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は,この限りでない」
【★18】 ふつうの養子縁組は,養親が一人でもすることができます(ただし,結婚している人が,未成年を養子にする場合には,夫婦でいっしょに養親にならないといけません)。これに対して,特別養子縁組は,養親は必ず結婚している夫婦でなければなりません。
〔ふつうの養子縁組〕
 民法795条 「配偶者のある者が未成年者を養子とするには,配偶者とともにしなければならない。…」
〔特別養子縁組〕
 民法817条の3 「養親となる者は,配偶者のある者でなければならない」
【★19】 ふつうの養子縁組は,養親が20歳以上であればよく,養子との歳の差がたった1日でもOKです。これに対して,特別養子縁組は,【★15】に書いたように子どもが6歳未満であることだけでなく,養親は夫婦の片方が25歳以上でなければなりません。
〔ふつうの養子縁組〕
 民法792条 「成年に達した者は,養子をすることができる」
 民法793条 「尊属(そんぞく)又は年長者は,これを養子とすることができない」
〔特別養子縁組〕
 民法817条の4 「25歳に達しない者は,養親となることができない。ただし,養親となる夫婦の一方が25歳に達していない場合においても,その者が20歳に達しているときは,この限りでない」
【★20】 これまでも児童相談所は特別養子縁組で子どもを新しい親にバトンタッチする業務をしてきていますが,2016年(平成28年)の児童福祉法改正で,その業務がはっきりと条文に書かれるようになりました。
 平成28年改正児童福祉法11条1項 「都道府県は,この法律の施行に関し,次に掲げる業務を行わなければならない。 (略) ト 養子縁組により養子となる児童,その父母及び当該養子となる児童の里親となる者,養子縁組により養子となった児童,その養親となった者及び当該養子となった児童の父母(民法第817条の2第1項に規定する特別養子縁組により親族関係が終了した当該養子となった児童の実方の父母を含む。)その他の児童を養子とする養子縁組に関する者につき,その相談に応じ,必要な情報の提供,助言その他の援助を行うこと」
【★21】 2016年(平成28年),「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律」という法律ができました。人身売買のように子どもをバトンタッチする悪質な団体が活動することを防ぐため,役所がきちんとした団体かどうかをチェックし,OKした団体をバックアップするしくみになりました。
【★22】 民法817条の2第1項 「家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方(じっかた)の血族(けつぞく)との親族関係が終了する縁組(以下この款(かん)において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる」
 民法817条の7 「特別養子縁組は,父母による養子となる者の監護が著(いちじる)しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において,子の利益のため特に必要があると認めるときに,これを成立させるものとする」
 民法817条の8第1項 「特別養子縁組を成立させるには,養親となる者が養子となる者を6箇月(かげつ)以上の期間監護した状況を考慮しなければならない」
【★23】 民法817条の2第1項 「家庭裁判所は,次条から第817条の7までに定める要件があるときは,養親となる者の請求により,実方(じっかた)の血族(けつぞく)との親族関係が終了する縁組(以下この款(かん)において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる」
【★24】 特別養子縁組の離縁は,次の条文のとおりとてもハードルが高く,また,養親から請求することは認められていません。
 民法817条の9第1項 「次の各号のいずれにも該当する場合において,養子の利益のために特に必要があると認めるときは,家庭裁判所は,養子,実父母又は検察官の請求により,特別養子縁組の当事者を離縁させることができる。
 一 養親による虐待,悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があること
 二 実父母が相当の監護をすることができること」
 同条2項 「離縁は,前項の規定による場合のほか,これをすることができない」
【★25】 「真実告知は血のつながりがない事実だけを強調して子どもに伝えることではありません。『血のつながりはないけれども,家族であることに変わりはない。あなたは私たちが強く望んで迎えた大事な子ども』であると子どもに伝えることが真実告知です。真実告知という言葉の替わりに,テリング(telling)という言葉が使われることもあります。子どもには自分のルーツを知る権利があり,子どものルーツを隠すことは親子の信頼関係を損ねるという考え方が里親養親の間で周知されるようになりました。…真実告知の時期や方法については,正解がありません。…私が先輩の里親養親さんからいただいたアドバイスには次のような共通点がありました。
 ・近所の大人や子どもなど,家族ではない第三者から事実を知らされることほど,子どもの気持ちが深く傷つくことはない。事実は必ず養親から子どもに伝える
 ・自分のアイデンティティに目覚め,情緒的に不安定になる思春期は真実告知を避ける
 ・家に迎えた時の子どもの事情,年齢,性格を考慮し,家族関係がよい時に真実告知をする
 ・生みの親については肯定的に伝え,ネガティブは発言をしない」(吉田奈穂子「子どものいない夫婦のための養子縁組ガイド」199頁)
【★26】 児童に関する条約(子どもの権利条約)7条1項 「児童は…できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」
【★27】 厚生労働省「社会的養護の現状について(参考資料) 平成29年3月」(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154060.pdf) 里親委託児童4973人,ファミリーホーム(養育者の住居において家庭養護を行う(定員5~6名))1261人の合計6234人に対し,乳児院2901人,児童養護施設2万7288人,情緒障害児短期治療施設1264人,児童自立支援施設1395人,母子生活支援施設5479人,自立援助ホーム516人の合計は3万8843人です。
【★28】 児童福祉のしくみでは,施設ではなく,里親に預けるということもあります。里親は,養子縁組のように法律上の親子になるのではありません(もとの親が法律上の親のままで,親権をもっているのも,もとの親のほうです)。施設とちがって家庭的な雰囲気の中で育つことができるので,養子縁組だけでなく,里親のしくみも,もっと広がることが期待されています。「児童養護施設にイヤな職員がいる」の記事もあわせて読んでみてください。
【★29】 平成28年改正児童福祉法3条の2 「国及び地方公共団体は,児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう,児童の保護者を支援しなければならない。ただし,児童及びその保護者の心身の状況,これらの者の置かれている環境その他の状況を勘案(かんあん)し,児童を家庭において養育することが困難であり又は適当でない場合にあっては児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう,児童を家庭及び当該養育環境において養育することが適当でない場合にあっては児童ができる限り良好な家庭的環境において養育されるよう,必要な措置を講じなければならない」
【★30】 裁判所司法統計(http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search)「特別養子縁組の成立及びその離縁に関する処分」の件数から「うち離縁に関する処分」の件数を除いた数
 2006年(平成18年) 313件
 2007年(平成19年) 289件
 2008年(平成20年) 309件
 2009年(平成21年) 326件
 2010年(平成22年) 325件
 2011年(平成23年) 374件
 2012年(平成24年) 339件
 2013年(平成25年) 474件
 2014年(平成26年) 513件
 2015年(平成27年) 544件

2017年7月 1日 (土)

学校で制服を着ないといけないのが嫌だ

 

 市立の中学生です。去年まで暮らしていた海外では中学でも私服だったので,ここの学校で制服を着て通学しないといけないのが,なんとなく嫌だなと思ってます。でも,同級生たちはあまり疑問に思ってないみたいです。学校の制服って,法律で決まってることなんですか。

 

 

 「学校で生徒が制服を着なければいけない」とは,法律に書かれていません。

 制服のルールは,それぞれの学校が決めています。

 でも,公立の中学では,絶対に着なければいけないものではありません。





 制服が「なんとなく嫌だ」と思うあなたの気持ちは,まったく自然なものです。




 人は,他の人に迷惑をかけないかぎり,何をしてもいいという自由があります。



 自分らしい毎日を過ごすこと,自分らしい人生を送ることは,

 けっして,わがままや自分勝手ではありません。

 むしろ,法律がだいじにしていることです。

 一人ひとりが大切な存在として扱われ,幸せな毎日・人生を送れるためにこそ,法律があるのです
【★1】


 特に,

 言いたいことを言えること,

 書きたいことを書けること,

 描きたいことを描けること,

 歌いたいことを歌えること,

 踊りたいことを踊れること,

 そういうふうに自分を表現できることは,自分らしく生きることにつながります。

 そして,いろんな人のいろんな表現が混じり合うことで,

 一人ひとりが成長することができ,社会全体も豊かなものになります。



 だから,憲法は,表現の自由をとてもだいじなもの,よっぽどのことがなければ制限できないものとしています【★2】【★3】



 着たい服を着られるということ。

 それも,自分らしく生き,自分を表現するための,とてもだいじなことです。

 特に10代は,自分探しをしながら自分を形づくっていく時期ですから,

 服装や髪型を自由に選べることは,大人と同じように重要です
【★4】


 だから,

 よっぽどのことがなければ,

 自分が好きな服を着るのを禁じられたり,

 決まった服を押しつけられたりすることは,許されません。



 つまり,

 自由に服を着られるのがあたりまえで,

 逆に,自由に服が着られないのが例外的なことです。



 なので,

 「どうしても制服を着たくない」というほどの強い気持ちでなくても,

 あなたのように「なんとなく嫌だ」という気持ちも,

 法律から見ればあたりまえのことで,大切にされなければならないのです。





 例外として,服装の自由を奪うなら,

 しっかりとしたルールが必要です。

 そして,そのルールを作るときに,

 服装の自由を奪う「よっぽどの理由」があるのかを,きちんと議論しなければいけません。




 刑務所に入っている人は,服装に自由がありません。

 それは,法律というしっかりしたルールで,きちんと決められています
【★5】

 刑務所に入っている人は,犯罪をして厳しい罰を受けている立場です。

 刑務所がそういう人たちをきちんと管理できるようにする必要がある。

 それが,服装の自由を制限する「よっぽどの理由」です。



 警察官【★6】,消防隊員【★7】,海上保安官【★8】,税関職員【★9】,入管職員【★10】,自衛官【★11】などの公務員や,

 鉄道
【★12】や警備【★13】の会社の社員も,

 法律というしっかりしたルールで,制服を着ることが決められています。

 そういう特別な仕事に就いていることが,見た目ではっきりわかるようにする必要がある。

 それが,服装の自由を制限する「よっぽどの理由」です。





 しかし,学校の生徒の制服は,法律がありません。



 日本は,子どもの権利条約という世界との約束で,

 「子どもの表現の自由を制限するときは,きちんと法律を作らないといけない」

 と確認しています
【★14】

 制服については,その法律がないのです。



 法律がないのは,服装の自由を制限しなければいけない「よっぽどの理由」じたいが,ないからです。



 制服のルールは,それぞれの学校が決めています。

 学校は,みんなが安心・安全な学校生活を送るためのルール,いわゆる「校則」を作ることができます。

 でも,学校は,何でも好き勝手に校則を作れるわけではありません。

 憲法がとてもだいじにし,法律でも奪っていない生徒の服装の自由を,

 学校生活のためという名目(めいもく)で学校が簡単に奪ってしまうことは,許されません
【★15】



 「服装の乱れは心の乱れ,制服は非行を防ぐために役に立つ」とか【★16】

 「お金持ちの家の子と経済的に苦しい家の子との差が出ないように」など
【★17】

 制服が必要だという人たちは,いろんな理由を挙げます。

 でも,そのどれも,表現の自由・服装の自由というとてもだいじなものを奪うほどの「よっぽどの理由」には,まったくなっていません。




 もちろん,学校での生徒の服装がまったく自由でいいというわけでもありません。

 大人になったとき,職場(特に人と接する仕事)や結婚式・お葬式など,その場にふさわしい服装をすることが,社会の中で暮らすうえで必要になります。

 そのことを子どものうちからきちんと教え,身につけさせるのも,学校のだいじな役割です。

 だから,勉強をする場にふさわしい服装をするように学校が生徒を指導するのは,当然のことです。



 でも,だからといって,

 「ふさわしい服装」として,みんな同じ制服を着ることまで強制するのは,明らかに度が過ぎています。

 生徒一人ひとりに自分で「ふさわしい服装」を考えさせること,

 周りの人を怖がらせるような服や,パーティーで着るようなあまりに派手な服などを着てきた生徒がいたら,

 なぜそれが「ふさわしい服装」でないのかを,一人ひとりに合わせてきちんと指導すること,

 それこそが教育だと,私は思います。

 そういう丁寧な指導をせずに,みんな同じ服を着させて解決しようとするのは,教育として手抜きですし,

 「教育」という形をとりながら,実際には子どもたちを「支配」しているのと同じです。




 公立の中学校で制服を着なければいけないのかが争われた裁判が,いくつかあります。

 それらの判決で,裁判所は,こう言っています。

  「校則は,生徒の心得(こころえ)を示したもの。

   校則に書かれている制服は,むりやり着させられるものではないし,

   着なかったからといって,不利には扱われない」
【★18~20】


 実際には,あなたが私服で登校すれば,

 それが学ぶ場にふさわしい服装なのかどうか,先生から指導されるでしょう。

 でも,あなたが「ふさわしい服装だ」と自信をもってきちんと話をすれば,

 学校はそれ以上,あなたに制服を強制することは,法律上できないのです。



 もし,あなたが私服で通学することを学校にきちんと話したのに,

 指導が長時間続いたり,何度も繰り返されたり,

 制服でなければ授業を受けさせない,修学旅行に行かせない,という不利な扱いをされたら,

 すぐに弁護士に相談してください。



 ただし,

 公立ではなく私立の学校では,

 「その学校のルールをわかったうえで,自分から希望して入学した」ということが重視されるので,

 校則で決められている制服を着なければ,

 停学や退学などの懲戒処分を受けてしまうことがありえます
【★21】

 私は,「それはおかしい。いくら私立の学校でも,まちがったルールで処分されることは許されない」と思いますが,

 私立の学校の場合,制服の自由について公立の学校よりも高いハードルがあることは,知っておいてください。





 どんな人も,一人ひとりが,大切な人間です。

 工場で作られているような,どれも同じ形をした商品ではありませんし,

 着せ替え人形でもなければ,奴隷でもありません。

 教育基本法という,教育のベースとなる法律にも,

 一人ひとりを大切にすることが,はっきり書いてあります
【★22】

 それなのに,

 体型も,服のセンスも,みんなばらばらの生徒たちが,

 まったく同じ服を着させられているのは,おかしなことなのです。




 むかしは,校則で男子が丸坊主にさせられる中学校がとても多かったのですが,

 みんなが「おかしい」と声を上げたことで,

 丸坊主にさせる学校は,とても少なくなりました
【★23】

 制服についても,同じように「おかしい」と声を上げて変えていくことが大切だと,私は思っています。

 

 

【★1】 憲法13条 「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」
【★2】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
【★3】 「『二重の基準』,すなわち,表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は,経済的自由を規制する立法よりも,とくに厳しい基準によって審査されなければならない」(略)「経済的自由も人間の自由と生存にとってきわめて重要な人権であるが,それに関する不当な立法は,民主政の過程が正常に機能しているかぎり,議会でこれを是正(ぜせい)することが可能であり,それがまた適当でもある。これに対して,民主政の過程を支える精神的自由は『これわ易(やす)く傷つき易い』権利であり,それが不当に制限されている場合には,国民の知る権利が十全(じゅうぜん)に保障されず,民主政の過程そのものが傷つけられているために,裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営を回復することが必要である。精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならないというのは,その意味である」(芦部信喜「憲法 第4版」181頁)
【★4】 「少なくとも髪型や服装などの身じまいを通じて自己の個性を実現させ人格を形成する自由は,精神的に形成期にある青少年にとって成人と同じくらい重要な自由である」(芦部信喜「憲法学Ⅱ 人権総論」404頁)
【★5】 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律186条1項 「被留置者(ひりゅうちしゃ)には,次に掲(かか)げる物品…であって,留置施設における日常生活に必要なもの…を貸与(たいよ)し,又(また)は支給する。 一 衣類及び寝具(以下略)」
 同法187条 「留置業務管理者は,被留置者が,次に掲げる物品…について自弁(じべん)のものを使用し…たい旨(むね)の申出をした場合には,留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれがある場合,…並びに被留置受刑者について改善更生に支障を生ずるおそれがある場合を除き,内閣府令で定めるところにより,これを許すものとする。 一 衣類(以下略)」
 同法189条 「第186条…により貸与し,又は支給する物品は,被留置者の健康を保持するに足り,かつ,国民生活の実情等を勘案(かんあん)し,被留置者としての地位に照らして,適正と認められるものでなければならない」
【★6】 警察法70条 「警察職員の…服制…に関し必要な事項は,国家公安委員会規則で定める」 ※警察官の服制に関する規則(昭和31年12月19日国家公安委員会規則第4号)
【★7】 消防組織法16条2項 「消防吏員(りいん)の…服制に関する事項は,消防庁の定める基準に従(したが)い,市町村の規則で定める」 ※消防吏員服制基準(昭和42年2月3日消防庁告示第1号)
【★8】 海上保安庁法17条3項 「海上保安官の服制は,国土交通省令で定める」 ※海上保安庁職員服制(昭和37年6月8日運輸省令第31号)
【★9】 関税法105条3項 「税関職員は,第1項の規定により職務を執行するときは,財務省令で定めるところにより,制服を着用し,かつ,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない」 ※税関職員服制(昭和44年9月22日大蔵省令第50号)
【★10】 出入国管理及び難民認定法61条の5第1項 「入国審査官及び入国警備官がその職務を執行する場合においては,法令に特別の規定がある場合のほか,制服を着用し,又はその身分を示す証票を携帯しなければならない」
 同条3項 「第1項の制服及び証票の様式は,法務省令で定める」 ※入国審査官及び入国警備官服制(平成5年6月10日法務省令第26号)
【★11】 自衛隊法33条 「自衛官,自衛官候補生,予備自衛官,即応予備自衛官,予備自衛官補,学生…,生徒その他その勤務の性質上制服を必要とする隊員の服制は,防衛省令で定める」 ※自衛官服装規則(昭和32年2月6日防衛庁訓令第4号)
【★12】 鉄道営業法第22条 「旅客及(および)公衆ニ対スル職務ヲ行フ(おこなう)鉄道係員ハ一定ノ制服ヲ著スヘシ(べし)」
【★13】 警備業法16条1項 「警備業者及び警備員は,警備業務を行うに当たっては,内閣府令で定める公務員の法令に基づいて定められた制服と,色,型式又は標章により,明確に識別することができる服装を用いなければならない」
 同条2項 「警備業者は,警備業務…を行おうとする都道府県の区域を管轄する公安委員会に,当該公安委員会の管轄区域内において警備業務を行うに当たって用いようとする服装の色,型式その他内閣府令で定める事項を記載した届出書を提出しなければならない。この場合において,当該届出書には,内閣府令で定める書類を添付しなければならない」
【★14】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)13条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★15】 子どもの権利条約は,学校のルールが子どもたちの人間の尊厳に適合するものであることを求めています。
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条2項 「締約国は,学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる」
【★16】 私服だと非行をしやすくなる,というわけではありませんし,非行をする子は,学校が制服であっても非行をします。大人でも,立派なスーツを着ていてもとんでもない犯罪をする人もいますし,一見だらしのない服や変わった服を着ていても,人格的にとても優れている人も,多くいます。非行を防ぐこと自体はだいじですが,だからといって,そのことは生徒たちの服装の自由を奪うほどの「よっぽどの理由」にはなりません。本気で非行を防ぐのなら,統一した服装で子どもたちを管理・支配するのではなく,子どもたち一人ひとりを大切な存在として扱うこと,家や学校や地域に子どもたちの居場所があるかを注意深く見守ることのほうが必要です。
【★17】 実際には,決まった業者から高い制服を買わなければならないので,経済的に苦しい家にとっては制服のほうが負担になっています。服はお金をかけさえすれば良いというものではなく,限られた条件の中で工夫する大切さを教えることが,大人が負っている役割です。
【★18】 京都地裁昭和61年7月10日判決(判例地方自治31号50頁) 「同校の標準服の定めは厳格にそのまま実施しているわけではなく,事案ごとに弾力的に運用されていること,原告もその好みによって標準服を一部分変更して,スカート丈をやや短くし,スカートのギャザーを長くし,上衣のボタンの位置をやや変え,スカートの腰に小さいハートの印をつけたものを着用しているが,被告はこの程度の変更には問題がないと考え,原告に対して何の措置もとっていないこと,被告は標準服を着用せずに私服で登校する生徒に対しては指導をして,それを改めるように説得することにしていること,しかし,被告の同校を始め,京都市立の中学校において標準服を着用しないことを理由に,生徒に対して懲戒処分(学校教育法11条)を行った例はないし,進学や卒業を拒否した例もないことが認められる。…本件において,原告は自分の好みによって変更を加えた標準服を着用し,被告も右衣服を何ら問題とはしていないところ,衣服着用の性質からすると,原告が他の衣類ではなく,右の自己の好みにより変更を加えた標準服を着用することが,重大な損害を被(こうむ)ることにつながるとはいえない。そのうえ,京都市立の中学校では標準服不着用を理由として懲戒処分をしたり,進級卒業を拒否した例はないというのであるから,標準服を着用しないことによる不利益処分の確実性は極めて低いというべきである。これらの点を考慮すると,原告の主張する標準服着用義務については,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるとは,本件全証拠によっても認めることができない。そうすると,原告は,標準服を着用しなくともよいことの確認を認める法律上の利益を有しないから,右部分の本件訴えは不適法なものというべきである」
【★19】 東京高裁平成元年7月19日判決(判例時報1331号61頁) 「学校長が,教育目的を達成するための一助として右のような未成熟な中学校在学の生徒のために,その広い裁量のもとに,教育的観点からする教育上ないしは指導上の指針あるいはあるべき行動の基準等について生徒心得等を定めてこれを明らかにすることは,それが社会の通念に照らして著しく合理性を欠くなど不適当,不適正なものでない限り,何ら違法ではなく,また,不当なことでもない。このことは,それが,生徒の着用するいわゆる制服についての場合であっても同様である。これを本件についてみるに,…大原中校長の定めた生徒心得における制服の指定は,生徒の教育上遵守することが望ましい項目について生徒指導ないしは学習指導のための教育活動の一環として,いわばその努力目標を提示する趣旨のもとに,社会的合理性のある範囲内で定められており,その具体的な運用に当たっても,父母や生徒の意見をも十分に取り入れるよう配慮し,仮に制服を着用しない生徒があっても,これを着用することが望ましい旨指導することはあるが,制裁的な措置をとるようなことはなされていないこと,この状況は,右の,生徒心得が定められた昭和51年以後一貫して今日に至っており,通学区域内の同中学校の生徒の父母である付近の住民からの格別の苦情もなく経過してきていること,そして同中学校の在学生は前記のAをも含めて,全員が制服を着用して学校生活を平穏(へいおん)に営みつつ入学,卒業に至っていることが認められ(る)…。以上に認定の事実関係によれば,大原中の生徒心得における制服についての定めの内容は,中学校に在学すべき生徒に対する教育上の配慮に沿うものとして,社会通念に照らし合理的であるというべく,教育的見地からする学校長の裁量を超えるものではないし,あるいはまたその裁量の範囲を逸脱(いつだつ)する類のものでもないことが明らかである。更に右定めに関する運用の実態をみても規制的,強制的,拘束的色彩の薄いものであるということができる。しかも,A本人もその母も制服の着用を望んでおり,控訴人〔注:Aの父〕もその希望をいれて,同中学校の制服を注文購入したのであるから,控訴人の内心に不本意な点があったかどうかは別として,学校当局の強制で制服を購入させられたとか,校長から購入を強いられたとか,校長がAの制服着用を控訴人に強制したものとはいえない」
【★20】 最高裁第一小法廷平成8年2月22日判決(判例時報1560号72頁) 「本件の『中学校生徒心得』は,『次にかかげる心得は,大切にして守ろう。』などの前文に続けて諸規定を掲げているものであり,その中に,『男子の制服は,次のとおりとする。(別図参照)』とした上で,…校外生活に関して,『外出のときは,制服又は体操服を着用し(公共施設又は大型店舗等を除く校区内は私服でもよい。),行き先・目的・時間等を保護者に告げてから外出し,帰宅したら保護者に報告する。』との定めが置かれているが,これに違反した場合の処分等の定めは置かれていないというのである。右事実関係の下において,これらの定めは,生徒の守るべき一般的な心得を示すにとどまり,それ以上に,個々の生徒に対する具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものではないとした原審の判断は,首肯(しゅこう)するに足りる」
【★21】 最高裁第一小法廷平成8年7月18日判決(判例時報1599号53頁,修徳高校パーマ退学事件) 「憲法上のいわゆる自由権的基本権の保障規定は,国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって,私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないことは,当裁判所の判例…の示すところである。したがって,私立学校である修徳高校の本件校則について,それが直接憲法の右基本的保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない。…私立学校は,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によって教育活動を行うことを目的とし,生徒もそのような教育を受けることを希望して入学するものである。原審の適法に確定した事実によれば,(一)修徳高校は,清潔かつ質素で流行を追うことなく華美に流されない態度を保持することを教育方針とし,それを具体化するものの一つとして校則を定めている,…(三)同様に,パーマをかけることを禁止しているのも,高校生にふさわしい髪型を維持し,非行を防止するためである,というのであるから,本件校則は社会通念上不合理なものとはいえず,生徒に対してその遵守を求める本件校則は,民法1条,90条に違反するものではない」
【★22】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 … 二 個人の価値を尊重して,…自主及(およ)び自律(じりつ)の精神を養(やしな)う…」
【★23】 「服装や身だしなみに関して,生徒に基本的人権(自己決定権)がある以上,『社会通念上の合理性』を欠き,不当に人権を制限する規定は不適切であるといわなければなりません。…『丸刈り校則』は,現在の社会通念において,中学生や高校生男子にとって,もはや合理性のある規定とは言え(ません)…。なお,昭和40年代に全国の3割程度の中学校で定められていた『丸刈り校則』は,平成22年現在では,南九州地方の30~40校に残る程度のようです(残った丸刈り校則も廃止されるべきであると考えます)」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」44頁)  

2017年6月 1日 (木)

小学生も刑務所や少年院に行くの?

 

 小学生でも刑務所や少年院に行くことってあるんですか?

 


 刑務所は,罰を受ける場所です。

 仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」が,その罰です
【★1】


 刑法には,「14歳未満の子どもがしたことは罰しない」と,はっきり書かれています【★2】【★3】

 「14歳未満」というのは,「まだ14歳になっていない,13歳以下」ということです。


 だから,小学生が犯罪をしても,刑務所に入れられることは,100%ありません




 少年院は,教育を受けるための場所です。

 少年院と刑務所のちがいは,「少年院ってどんなところ?」の記事にくわしく書いたので,読んでみてください。



 10年前までは,14歳未満の子どもが少年院に入れられることは,100%ありませんでした【★4】


 ところが,2003年(平成15年)に,中学1年生(13歳)が4歳児を殺した事件が起きたり,

 翌年の2004年(平成16年)にも,小学6年生が同級生を殺した事件が起きたりして,

 社会の中では,「法律が甘い。もっと厳しくするべきだ」という意見が強くなっていました。



 それで,10年前の2007年(平成19年)に法律が変わり,

 14歳未満の子どもも,少年院に入れられるようになりました。


 だいたい12歳くらいになっていれば,少年院に入れてもかまわない,ということになったのです【★5】

 だから,
今の法律では,小学生も少年院に入ることはありえます


 ただ,14歳未満の子どもは,特別に必要なときしか,少年院に入れられません【★6】

 なので,少年院に入る14歳未満は,毎年10人くらいしかいません。

 しかもそのうち12歳以下は,この10年の間で,たった2人だけです
【★7】

 この2人が小学生か中学生かは,統計ではわかりません。





 14歳未満の子どもは罰せられないので,

 警察が逮捕することも,100%できません
【★8】【★9】

 (14歳以上なら逮捕されることがあります。「逮捕された!早く外に出たい」の記事も読んでみてください。)




 でも,「14歳未満なら,犯罪をしても必ず自由でいられる」というわけでもありません。




 警察は,児童相談所に連絡をします
【★10】

 児童相談所は,親から虐待を受けている子どもや,病気・障害を持っている子どもなど,

 いろんな子どもたちを,守り,サポートする役所です。

 その児童相談所が,「一時保護」という手続で,あなたを家に返さずにとめ置くことがありえます
【★11】


 また,重い犯罪のときには,

 児童相談所が,さらに家庭裁判所に連絡します
【★12】

 そうすると,その子は,14歳以上の子どもと同じように「審判(しんぱん)」という裁判を受けます
【★13】

 その審判までの間,「あなたがどういう人かを見きわめる必要がある」,と裁判官が考えると,少年鑑別所(かんべつしょ)というところにとめ置かれます。

 これを,「観護措置(かんごそち)」と言います
【★14】




 児童相談所や家庭裁判所が,いろんなことを調べて,

 「家に帰すのは,この子のためにならない。犯罪をしたこの子がきちんと立ち直るためには,生活をしっかり見守っていかないといけない」と考えたら,

 
14歳未満なら,児童福祉という社会のしくみの中で,暮らすことになるのがほとんどです


 児童福祉というしくみで暮らす場所として,「児童養護施設」や,「児童自立支援施設」があります。


 「児童養護施設」では,親がいない子どもたちや,虐待から保護された子どもたちなどと,みんなでいっしょに生活します
【★15】【★16】


 「児童自立支援施設」は,非行が進んでいる子ども向けの,児童養護施設よりも生活のワクがきっちりしている施設です
【★17】【★18】

 児童自立支援施設は,中学生の子どもが多いですが,小学生ももちろんいます
【★19】

 「施設の中に小学校・中学校がある」という児童自立支援施設も多いです
【★20】



 児童養護施設や児童自立支援施設は,

 刑務所や少年院のように閉じ込めて厳しく扱うための場所ではありません
【★21】

 生活するための場所,育っていくための場所です
【★22】



 「人は,若ければ若いほど,良い方向に大きく変わっていく力を持っている。

 だから,小さな子どもは,刑罰でこらしめるのではなく,

 刑罰以外の方法で,良い方向に変わっていけるようにしよう」。


 それが,

 14歳未満の子どもを罰しない理由
【★23】

 児童福祉のしくみにつなげる理由です。




 若ければ若いほど,自分で生きていく力がまだ強くないので,

 そのぶん,周りの大人たちからの影響を,強く受けて育ちます。


 周りの大人たちから自分が大切に扱われていなければ,

 自分が他の人を大切にするのは,難しいことです。



 だから,小さいときに,大きな犯罪をしてしまった子どもには,

 刑務所や少年院に閉じ込めて厳しくするよりも,

 児童福祉のしくみの中で,お互いを大切にすることを学びながら生活し,育っていけるようにしよう。


 法律は,そう考えています。



 大切な存在として扱われ,安心・安全な毎日を送れるということ。

 それは,けっして「甘やかし」などではなく,

 人が人として生きていく上で,誰もが小さいときから必要な,だいじなことなのです。

 

 

【★1】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★2】 刑法41条 「14歳に満たない者の行為(こうい)は,罰しない」
【★3】 少年法3条 「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付(ふ)する。…二 14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年…」
 犯罪をした14歳未満の子どもは,「触法(しょくほう)少年」と呼ばれます。罰せられないけれど,「法に触(ふ)れることをした」,という意味です。
【★4】 旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著(いちじる)しい故障のない,14歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,14歳以上26歳未満の者を収容する」
 「少年院法制定当初は,送致年齢の下限は『おおむね14歳』とされていたが,同少年院法施行数ヶ月後には少年院法の昭和24年改正がなされ,下限を14歳とした。その際,『その運用を検討した結果,14歳に満たない少年は,これを14歳以上の少年と同一に取り扱うことは適切でなく,もしこれに収容保護を加える必要のあるときは,すべてこれを児童福祉法による施設に入れるのが妥当』と説明された(1949年4月23日・衆議院法務委員会)。以来,50年以上にわたって,少年院送致の下限年齢は14歳とされてきた。これは,児童福祉法と少年法との領域を基本的に14歳で区切りをつけたことを反映しており,14歳以上と14歳未満とでは,原則として異なる理念,異なる制度で取扱うことのあらわれである。また,刑事責任能力と論理必然ではないとしても,これに符合(ふごう)する形で峻別(しゅんべつ)されてきた。」2005年3月17日日本弁護士連合会「『少年法等の一部を改正する法律案』に対する意見」(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2005_16.pdf
【★5】 改正後の旧少年院法2条2項 「初等少年院は,心身に著しい故障のない,おおむね12歳以上おおむね16歳未満の者を収容する」
 同条5項 「医療少年院は,心身に著しい故障のある,おおむね12歳以上26歳未満の者を収容する」
 現少年院法4条1項1号 「第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(略)」
 同条同項3号 「第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの」
【★6】 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★7】 少年矯正統計少年院2009年,2012年,2015年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001065800
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001112236
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001155256
 平成20年の総数3971人のうち,12歳以下:0人,13歳:2人
 平成21年の総数3962人のうち,12歳以下:0人,13歳:3人
 平成22年の総数3619人のうち,12歳以下:0人,13歳:13人
 平成23年の総数3486人のうち,12歳以下:0人,13歳:7人
 平成24年の総数3498人のうち,12歳以下:0人,13歳:9人
 平成25年の総数3193人のうち,12歳以下:1人,13歳:10人
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人
 平成27年の総数2743人のうち,12歳以下:0人,13歳:10人
【★8】 「14歳未満の少年を逮捕することはできない。『罪を犯した』(刑訴199条1項本文・210条1項第1段)又は『罪を行い』『罪を行い終わった』(刑訴212条)ということがいえない以上,当然である」(平野龍一・松尾浩也編「新実例刑事訴訟法Ⅰ」232頁)
 「2007年『改正』少年法で警察に認められた触法調査権限には,押収・捜索,検証,鑑定嘱託(法6条の5)の対物強制が含まれる。逮捕・勾留・鑑定留置等の対人強制は認められない」(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」65頁)
 少年法6条の5第1項 「警察官は,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件の調査をするについて必要があるときは,押収,捜索,検証又は鑑定の嘱託をすることができる」
【★9】 現行犯逮捕のときは,14歳未満かどうかはっきりしないために逮捕されてしまうことも,実際上はあり得ます(現行犯逮捕は,警察でなくても,一般の人も行うことができます)。その場合,その逮捕は,逮捕時点では違法とまではいえまえんが,14歳未満であることが分かった時点で,すぐにその子を釈放(しゃくほう)しなければなりません。
 刑事訴訟法213条 「現行犯人は,何人(なんぴと)でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」
 同214条 「検察官,検察事務官及び司法警察職員以外の者は,現行犯人を逮捕したときは,直(ただ)ちにこれを地方検察庁若(も)しくは区検察庁音検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない」
 実際に14歳未満の子が逮捕されたケースではありませんが,東京高裁平成3年5月9日判決・判例時報1394号70頁は,一般論として,「鉄道公安職員捜査要則…,鉄道公安本部長の…指令により,鉄道公安職員が現行犯人を逮捕したときは,…逮捕した現行犯人の身柄(みがら)は,誤逮捕であることが明らかとなった場合や刑事未成年者であることが明らかとなった場合等に限って,釈放すべきこととされていることが認められる」「鉄道公安職員が私人から現行犯逮捕をした被疑者の身柄を引き渡された場合においても,鉄道公安職員が現行犯人を逮捕した場合と同様に,誤逮捕であることが明らかとなった場合や刑事未成年者であることが明らかとなった場合等においては,鉄道公安職員の権限においてこれを釈放すべきである…」
 なお,被告人宅の目の前でサバイバルゲームをしていた当時13歳の男子中学生の胸ぐらをつかんだという暴行事件について,被告人による暴行は「犯人である〔中学生〕の身柄と犯行の用に供したエアガンを確保する目的でされたものとして,刑訴法213条,217条に基づく現行犯逮捕に当たり,刑法35条の法令行為として違法性が阻却(そきゃく)される」と判示した判例もあります(岡山地裁津山支部平成24年2月2日判決・判例タイムズ1383号379頁)。
【★10】 警察から児童相談所に連絡するのは2つの方法があります。一つは,もともとあった制度で,児童福祉法25条に基づいて,要保護児童として通告する方法です。もう一つは,2007年(平成19年)の改正で設けられた事件の送致の方法です。一定の重大事件の場合は,この二つが重複することになります(川村百合「弁護人・付添人のための少年事件実務の手引き」70頁)。
 児童福祉法25条1項 「要保護児童を発見した者は,これを市町村,都道府県の設置する福祉事務所若(も)しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。ただし,罪を犯した満14歳以上の児童については,この限りでない。この場合においては,これを家庭裁判所に通告しなければならない」
 同法6条の3第8項 「…保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童(以下「要保護児童」という。)…」
 少年法6条の6 「警察官は,調査の結果,次の各号のいずれかに該当するときは,当該調査に係る書類とともに事件を児童相談所長に送致しなければならない。
 一 第3条第1項第二号に掲(かか)げる少年〔注:触法少年〕に係(かか)る事件について,その少年の行為が次に掲げる罪に係る刑罰法令に触れるものであると思料(しりょう)するとき。
  イ 故意(こい)の犯罪行為により被害者を死亡させた罪
  ロ イに掲げるもののほか,死刑又は無期若しくは短期二年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪
 二 前号に掲げるもののほか,第3条第1項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕に係る事件について,家庭裁判所の審判に付(ふ)することが適当であると思料するとき」
【★11】 児童福祉法33条1項 「児童相談所長は,必要があると認めるときは,第26条第1項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童の一時保護を行い,又は適当な者に委託して,当該一時保護を行わせることができる」
 同条2項 「都道府県知事は,必要があると認めるときは,第27条第1項又は第2項の措置を採るに至るまで,児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため,又は児童の心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握するため,児童相談所長をして,児童の一時保護を行わせ,又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる」
【★12】 少年法6条の7第1項 「都道府県知事又は児童相談所長は,前条第1項(第一号に係る部分に限る。)の規定により送致を受けた事件については,児童福祉法第27条第1項第四号の措置をとらなければならない。ただし,調査の結果,その必要がないと認められるときは,この限りでない」
 児童福祉法27条1項四号 「家庭裁判所の審判に付することが適当であると認める児童は,これを家庭裁判所に送致すること」
【★13】 少年法3条2項 「家庭裁判所は,前項第二号に掲げる少年〔注:触法少年〕及び同項第三号に掲げる少年〔注:ぐ犯少年〕で14歳に満たない者については,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り,これを審判に付することができる」
【★14】 少年法17条1項 「家庭裁判所は,審判を行うため必要があるときは,決定をもって,次に掲(かか)げる観護の措置をとることができる。
 一 家庭裁判所調査官の観護に付すること
 二 少年鑑別所に送致すること」
【★15】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童養護施設…に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 …児童養護施設に送致すること」
【★16】 児童福祉法41条 「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」
【★17】 児童福祉法27条1項 「都道府県は,前条第1項第一号の規定による報告又は少年法第18条第2項の規定による送致のあった児童につき,次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。 … 三 児童を…児童自立支援施設に入所させること…」
 少年法24条 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 二 児童自立支援施設…に送致すること」
【★18】 児童福祉法44条 「児童自立支援施設は,不良行為をなし,又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ,又は保護者の下から通わせて,個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い,その自立を支援し,あわせて退所した者について相談その他の援助を行うことを目的とする施設とする」
【★19】 「現状では,10歳から15歳位の児童が多く,中でも中学生年齢の児童が多くを占めている。近年では,次のような特徴を持った児童が少なくない。 ①虐待など不適切な養育を行った家庭や多くの問題を抱える養育環境で育った子ども ②乳幼児期の発達課題である基本的信頼関係の形成が達成できていない子ども ③トラウマを抱えている子ども ④知的障害やADHD・広汎性発達障害などの発達障害を抱えている子ども ④反社会的問題行動といった外在化の問題ばかりでなく,抑うつ・不安といった内在化の問題も併せて抱えている子ども」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」298頁)
【★20】 「平成24年4月現在47カ所で施設内に小・中学校を設置し,入所児童に義務教育を実施している。全国児童自立支援施設協議会調べ」(安倍嘉人・西岡清一郎監修「子どものための法律と実務」302頁)
【★21】 ただし,その子の性格や行いなどから,児童自立支援施設でも行動の自由を制限しなければならない場合があります。その場合は,必ず家庭裁判所が判断しなければなりません。現在,この強制的措置をとることができる施設は,国立の施設2か所だけです(男子は武蔵野学院,女子はきぬ川学院)。
 児童福祉法27条の3 「都道府県知事は,たまたま児童の行動の自由を制限し,又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは,…事件を家庭裁判所に送致しなければならない」
 少年法18条2項 「第6条の7第2項の規定により,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けた少年については,決定をもって,期限を付して,これに対してとるべき保護の方法その他の措置を指示して,事件を権限を有する都道府県知事又は児童相談所長に送致することができる」
【★22】 刑務所と少年院は法務省の管轄(かんかつ)ですが,児童養護施設と児童自立支援施設は厚生労働省の管轄です。
【★23】 「人の精神的発育にはかなりの個人差が存(そん)するといえよう。しかし,刑法は満14歳未満の者を画一的に責任無能力とした。もちろん,41条は,14歳に満たなければ,是非善悪の判断ができず,またそれに従った行動ができないとしているわけでもない。年少者の可塑性(かそせい)を考慮し,政策的に刑罰を科すことを控(ひか)えたものと考えられる」(前田雅英「刑法総論講義第3版」271頁)

2017年5月 1日 (月)

児童養護施設にイヤな職員がいる

 

 高校1年生です。児童養護施設で暮らしてます。同じユニットで暮らす小さな子どもたちが騒がしいけど,それはなんとか我慢してます。でも,最近新しく入った職員の一人が,上から目線で指示してきたり,他の職員がOKしてくれてることをその職員は禁止してきたり,子どもによって態度を変えたりしてくるので,その職員が担当の日は施設に帰りたくないです。他の職員に相談してもまともに聞いてもらえないし,どうすればいいですか。

 


 夜や休日をゆっくり過ごすための施設で,

 職員や他の子どもたちのせいで,落ち着かない気持ちになるのは,

 とてもつらいことですよね。




 児童養護施設は,親がいない子どもや,親の虐待から保護された子どもなど,

 いろんな子どもたちが,安心・安全な暮らしを送るための施設です
【★1】

 施設の職員が,子どもたちの生活を,一生懸命支えてくれています。



 ところが,

 安心・安全な暮らしを送れるはずの施設で,

 職員が子どもたちに虐待するという,とてもひどい事件が,

 これまで,いくつも起きていました
【★2】

 そのため,2008年(平成20年)には,

 「施設で虐待をしてはいけない」という,当たり前のことが,

 わざわざ法律に書き加えられました
【★3】


 
もし,職員から,

 暴力を受けたり,

 性的な被害を受けたり,

 食事を抜きにされたり,

 ひどく傷つくことを言われたりしたら,

 すぐに,信頼できる大人に相談してください
【★4】

 話を聞いた大人は,都道府県の役所に知らせなければいけないことになっています
【★5】

 そして,都道府県の役所は,きちんと調べて,

 その職員や施設を注意したり,子どもを安全なところに移したりしてくれます
【★6】



 このように書くと,

 「私のは虐待というほどのことじゃないから,そこまでおおごとにしなくていい」,

 そう思うかもしれません。




 でも,上に書いたように,

 施設は,子どもたちが安心・安全な暮らしを送るための場所です。

 そのはずの施設で,

 虐待というほどひどいことがなくても,

 
あなたが今,「施設に帰りたくない」と感じているのなら,

 一人ぼっちでガマンすることなく,ぜひ,その気持ちを声にしてください
【★7】



 
施設の中で,あなたの他にも,同じ思いをしている人はいませんか。

 そういう仲間といっしょに,声を上げてみましょう。


 施設には,「中高生会」という集まり(自治会)があるところも多いですし,

 中高生会がなければ,自分からみんなに声をかけて,作ってもかまいません
【★8】

 その仲間たちといっしょに,施設と話し合いをするのです。

 お互いの力に差があるとき,一人ひとりの声が小さくても,みんなでまとまれば,大きな力と対等に話し合うことができます


 たとえば,大人の社会でも,

 「職場」対「働く人」という力の差がある場面では,

 働く人たちが集まって「労働組合」を作り,職場と話し合いをする,というしくみがあります
【★9】

 同じように,「大人」対「子ども」という力の差があるときも,

 みんなでいっしょになって話をすれば,ものごとが良い方向に変わることがあります。




 いっしょに声を上げる仲間がいなければ,

 いろんな大人を巻き込みましょう。




 施設には,「第三者委員」という人がいることが多いです【★10】

 第三者委員は,施設の職員ではなく,あくまで,施設の外の人です。

 そして,子どもたちの施設での暮らしの悩みや不満などの相談に乗り,

 実際に,職員とのトラブルを調整しています。

 私も,ある児童養護施設で,第三者委員として,子どもたちの相談に乗っています。

 あなたも,
自分の施設の第三者委員に,相談してみてください。



 また,あなたの施設が東京にあるなら,

 
東京都の「子供の権利擁護専門相談員」に相談する,という方法もあります【★11】

 電話番号は 0120-874-374 です。

 施設から配られた「子どもの権利ノート」を,今も持っていますか。

 そのノートの中に,相談員に送れるハガキが入っていますので,

 それを使って連絡をしてもOKです。




 
あなたの地域の弁護士に相談する,という方法もあります。

 「法律のトラブルじゃないのに,弁護士に相談してもいいのかな」と心配しなくてもかまいません。

 弁護士は,

 「どんなことがあったのか」というできごとを整理すること,

 「本人がどうしたいのか」という気持ちを整理すること,

 そして,できごとやあなたの気持ちを,ほかの人たちに伝え,話し合うこと,

 それらを得意とする仕事です。

 法律のトラブルでないからと遠慮せずに,相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 児童養護施設は,親がいない子どもたちや,親の虐待から保護された子どもたちが暮らす場所として,とても大切な役割を果たしています。


 でも,

 大人の職員は交代制で,職員によって子どもたちに対する態度がちがうことがありますし,

 同じユニットで暮らす子どもたちも,

 小学校に入る前の小さな子どもから,10代後半までと,年齢がバラバラで
【★12】

 メンバーも入れ替わりがあります。

 しかも,一つのユニットに5,6人もの子どもたちがいるのに,時間帯によっては職員が1人しかいないので
【★13】

 大人にゆっくり向き合ってもらうことも難しいですよね。




 2009年(平成21年),世界の国々は,

 「子どもたちが,『家庭』での暮らしを送れるようにしよう」,

 と確認し合いました。

 親元で暮らせない子どもに,

 施設での,メンバーが入れ替わる落ち着かない暮らしよりも,

 里親のような,安定してずっと続く,家庭的な暮らしのほうを送れるように,

 大人たちみんなで努力していこう。

 そう確認したのです
【★14】


 そして,この日本でも,去年(2016年(平成28年)),

 「できるだけ施設よりも家庭的な暮らしが送れるようにしよう」

 と,法律に書き加えられました
【★15】



 今,日本では約4万5000人の子どもたちが,親と暮らせず,

 児童福祉のしくみの中で暮らしています(「社会的養護」と言います)。

 そのうち,里親やグループホームで,家庭的な暮らしを送ることができているのは,たった約6000人しかいません
【★16】

 ほとんどの子どもたちが,あなたと同じように,施設の中で暮らしています。




 今,施設にいる子どもたちに,つらい思いをさせないこと。

 それだけでなく,

 これから先,里親を引き受ける人たちが,もっとたくさん増えて,

 どんな子どもも,同じメンバーの「家族」の中で,落ち着いた暮らしをずっと送ることができる,

 そういう社会にしていくこと。

 それらが,私たち大人が負っている,だいじな義務です
【★17】

 

【★1】 児童福祉法41条 「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」
【★2】 最も有名な事件は,千葉県の「恩寵園(おんちょうえん)」で起きた事件です。「養護施設の児童虐待―たちあがった子どもたち」(恩寵園の子どもたちを支える会編,明石書店)に詳しく経過が書かれています。
 千葉地裁平成19年12月20日損害賠償訴訟事件判決(以下,裁判所の事実認定)
 「〔児童〕が廊下を走った等の理由から,〔児童〕を…麻袋に入れ,その麻袋を,園庭の木や,…小学校のフェンスに面した外柵周辺につるしたことが複数回あった」
 「〔児童〕の幼児期から小学校低学年ころまでの間,〔児童〕を乾燥機部屋に入れ,電気を点けずに出入口のドアを閉め,外から上記ドアをどんどんと叩き,〔児童〕が『出して,出して。』等と言って泣き叫んだにもかかわらず,〔児童〕が失神しそうに感じるまで,上記行為を止めなかった」
 「〔児童〕に対し,正座をするよう指示し,数時間その指示を解かず,その間,食事の時間が来ても,食事をすることを許さなかった」
 「(施設長は児童の)着衣の袖を刃物で切った。〔児童〕は,〔施設長〕が袖を切り出したため,あわてて…着衣を脱いで〔施設長〕に渡し,上半身は下着だけ着けた状態で自己の居室まで戻ったが…着衣はその後着用できないものとなった」
 「(施設長が)『お前は乞食(こじき)か。』等と言って,その着衣を取り上げたうえ,他の服も没収した。そのため,〔児童〕はその日学校に行くことができず,その日の夕方,保母によって服が〔児童〕の下に戻されるまでの間,下着のみを着けた状態で過ごすこととなった」
 「(児童が)通知表を見せる際,方向等を間違えて〔施設長〕に差し出したところ,〔施設長〕は,〔児童〕の通知表を取り,床に放ったことがあった」
 「(児童が)通知表を〔施設長〕に見せた際,成績が悪いとの理由で,〔児童〕の頭にそろばんを押しつけ,そろばんの珠を数回こすりつけたことがあり,また同じ理由で長時間〔児童〕を立たせておくこともあった」
 「〔施設長〕は,…食後,〔児童〕の班のテーブルクロスを拭かなかったことを理由に,…テーブルクロスを取り上げ,〔児童〕を含むその班の園児らに,その次の食事を取らせなかった」
 「〔施設長〕は,〔児童〕の小学校時代を通じ,…たびたび〔児童〕を,保母室の前の廊下等,園内の床に正座させ…約24時間その(正座の)指示を解かず,その間,…食事を取ることもトイレに行くことも許さなかった。…正座をしている最中,…園児らのうちの1人が,トイレに行かせてほしいと〔施設長〕に頼んだにもかかわらず,〔施設長〕は,これを許さず,その場でするよう言い,上記園児はその場で失禁した。」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕が,プロミスリング(糸を編んで作った腕輪ようのもの)を足に着けていたことに立腹し,…他の園児らの見ている前で,〔児童〕の体を,足が机の上に,頭が机の下になるように,机に載せ,…包丁を〔児童〕の足に押しつけ,出血させた」
 「〔児童〕が小学校5,6年生だったころ…,〔施設長〕によって,性器にはさみを当てられた男児が,叫び声を上げたため,その叫び声を聞いた〔児童〕及び別の園児(男子)が,声を上げたところ,〔施設長〕は,〔児童〕及び上記別の園児に対し,お前達もだ等と言い,〔児童〕を横たえ,その腹部ないし胸部に乗ると,〔児童〕の性器にはさみを当てた」
 「〔児童〕が,…チャボの死骸を焼却するために,焼却炉へ持って行ったところ,〔施設長〕は,〔児童〕に対し,『お前も一緒に(焼却炉に)入れ。』などと言った」
 「〔施設長〕は,…3月ころ…,〔児童〕及び他の数名の園児らが…遊んでいたことに立腹し,寒い時期であったにもかかわらず,…裸のまま1時間以上園庭に立たせた。その間,〔児童〕と並んで立っていた他の園児が,尿意を催(もよお)し,〔施設長〕にそれを訴えたところ,〔施設長〕が,同園児に対し,『そこでしろ。』と言ったため,同園児はやむを得ずその場で排尿し(た)」
 「〔施設長〕は,〔児童〕が中学校1年生の前半ころ…あざができるほど,竹刀や木の棒状のもので,〔児童〕の体部を殴ったり,〔児童〕の頭等を,手の甲で殴ったり…したことが複数回あった」
 「〔施設長〕は…まだ燃えている…マッチの上に〔児童〕の左手の平を押し付け,やけどを負わせた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕に対し,廊下あるいは保母室で正座するよう指示し,その指示を約1週間解かず,その間,食事をすることも,横になって寝ることも許さなかった」
 「〔施設長〕は,〔児童〕の下顎部を,ボール紙でできた調理用ラップの芯で2回ないし3回つき,現在でも傷跡が残るほどの傷害を負わせた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕の両腕を真横に上げさせたうえで,竹刀を両袖に通し,その姿勢のまま〔児童〕に立っているよう指示した」
 「〔施設長〕は,…寒い季節に〔児童〕を裸の状態で戸外に立たせ,水をかけた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕の体部を,しばしば金属バットで叩いた」
 「〔施設長〕は,…〔児童〕をトイレに行かせなかったことがあった」
 恩寵園事件は,刑事事件にもなりました。当時の職員が強姦罪と強制わいせつ罪で懲役4年の実刑判決,施設長が傷害罪で懲役8ヶ月の実刑判決を,それぞれ受けています(読売新聞2000年10月25日,朝日新聞2001年7月27日)。
【★3】 児童福祉法33条の10 「この法律で,被措置(ひそち)児童等虐待とは,…里親若(も)しくはその同居人,乳児院,児童養護施設,…(以下「施設職員等」と総称する。)が,委託された児童,入所する児童…(以下「被措置児童等」という。)について行う次に掲(かか)げる行為(こうい)をいう。
 一 被措置児童等の身体に外傷が生じ,又(また)は生じるおそれのある暴行を加えること。
 二 被措置児童等にわいせつな行為をすること又は被措置児童等をしてわいせつな行為をさせること。
 三 被措置児童等の心身の正常な発達を妨(さまた)げるような著(いちじる)しい減食又は長時間の放置,同居人若しくは生活を共にする他の児童による前二号又は次号に掲げる行為の放置その他の施設職員等としての養育又は業務を著しく怠(おこた)ること。
 四 被措置児童等に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の被措置児童等に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」
 同法33条の11 「施設職員等は,被措置児童等虐待その他被措置児童等の心身に有害な影響を及ぼす行為をしてはならない」
【★4】 児童福祉法33条の12第3項 「被措置児童等は,被措置児童等虐待を受けたときは,その旨(むね)を児童相談所,都道府県の行政機関又は都道府県児童福祉審議会に届け出ることができる」
【★5】 児童福祉法33条の12第1項 「被措置児童等虐待を受けたと思われる児童を発見した者は,速やかに,これを…都道府県の設置する福祉事務所,児童相談所,都道府県の行政機関,都道府県児童福祉審議会若(も)しくは市町村に通告しなければならない」
【★6】 児童福祉法33条14第1項 「都道府県は,…速やかに,当該(とうがい)被措置児童等の状況の把握その他…事実について確認するための措置を講ずるものとする」
 同条2項 「都道府県は,前項に規定する措置を講じた場合において,必要があると認めるときは,…当該通告,届出,通知又は相談に係る被措置児童等に対する被措置児童等虐待の防止並びに当該被措置児童等及び当該被措置児童等と生活を共にする他の被措置児童等の保護を図るため,適切な措置を講ずるものとする」
【★7】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」
【★8】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)15条1項 「締約国(ていやくこく)は,結社の自由及び平和的な集会の自由についての児童の権利を認める」
【★9】 憲法28条 「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」
 労働組合法2条 「この法律で『労働組合』とは,労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう。(以下略)」
 同法6条 「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は,労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結(ていけつ)その他の事項(じこう)に関して交渉する権限を有(ゆう)する」
 同法7条 「使用者は,次の各号に掲(かか)げる行為をしてはならない。(略) 二 使用者が雇用(こよう)する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒(こば)むこと」
【★10】 社会福祉法82条 「社会福祉事業の経営者は,常に,その提供する福祉サービスについて,利用者等からの苦情の適切な解決に努めなければならない」
 厚生省大臣官房障害保健福祉部長,厚生省社会・援護局長,厚生省老人保健福祉局長,厚生省児童家庭局長平成12年6月7日「社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針について」(障第452号,社援第1352号,老発第514号,児発第575号)「2 苦情解決体制」「(3)第三者委員 苦情解決に社会性や客観性を確保し,利用者の立場や特性に配慮した適切な対応を推進するため,第三者委員を設置する」,「3 苦情解決の手順」「(2)苦情の受付 …第三者委員も直接苦情を受け付けることができる」「(4)苦情解決に向けての話合い …第三者委員の立会いによる苦情申出人と苦情解決責任者の話合いは,次により行う。 ア 第三者委員による苦情内容の確認 イ 第三者委員による解決案の調整,助言 ウ 話し合いの結果や海善寺高等の書面での記録と確認」
【★11】 東京都・子供の権利擁護専門相談事業(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/annai/keriyougo.html
 「平成19年度~平成21年度東京都子供の権利擁護専門相談事業活動報告書」(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/annai/keriyougo.files/houkokusyo.pdf)「権利ノートと一緒に『子供の権利擁護専門員会議』あての相談のはがきも配布し,子供が直接悩みなどの相談ができるようなっています。このはがきについては,児童福祉施設の場合,施設内の掲示板等の近くなどにも置かれ,子供たちが自由に使用し,投函(とうかん)できるよう配慮されています。はがきが届いた場合は,専門員が施設を訪問し,子供から直接話を聞き問題解決に向けて子供や施設に対し助言します。また,相談内容によっては,児童相談所の担当児童福祉司と協議し,専門員と児童福祉司と協働して対応する場合もあります。なお,相談内容が施設内虐待ではないかと疑われる場合は、福祉保健局少子社会対策部計画課権利擁護担当と協議の上,対応しています」
【★12】 児童養護施設に入所できるのは,原則18歳未満ですが,自立の観点から必要と認められる場合には,20歳に達するまで入所できます。
 児童福祉法31条2項 「都道府県は,第27条第1項第3号の規定により…児童養護施設…に入所した児童については満20歳に達するまで,引き続き同項第3号の規定による委託を継続し,若(も)しくはその者をこれらの児童福祉施設に在所させ,又はこれらの措置を相互に変更する措置を採ることができる」
【★13】 児童福祉施設の設備及び運営に関する基準42条6項 「児童指導員及び保育士の総数は,通じて,…満3歳以上の幼児おおむね4人につき1人以上,少年おおむね5.5人につき1人以上とする。…」
【★14】 2009年12月18日国連総会採択決議「64/142. 児童の代替的養護に関する指針」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/syakaiteki_yougo/dl/yougo_genjou_16.pdf
 「2.…(a) 児童が家族の養護を受け続けられるようにするための活動,又は児童を家族の養護のもとに戻すための活動を支援し,それに失敗した場合は,養子縁組やイスラム法におけるカファーラなどの適当な永続的解決策を探ること。(b) かかる永続的解決策を模索する過程で,又はかかる永続的解決策が実現不能であり若しくは児童の最善の利益に沿っていない場合,児童の完全かつ調和のとれた発育を促進するという条件の下,最も適切な形式の代替的養護を特定し提供するよう保障すること。…」
 「12. 非公式の養護を含め,代替的養護を受けている児童に関する決定は,安定した家庭を児童に保障すること,及び養護者に対する安全かつ継続的な愛着心という児童の基本的なニーズを満たすことの重要性を十分に尊重すべきであり,一般的に永続性が主要な目標となる」
【★15】 平成28年改正児童福祉法3条の2 「国及び地方公共団体は,児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう,児童の保護者を支援しなければならない。ただし,児童及びその保護者の心身の状況,これらの者の置かれている環境その他の状況を勘案(かんあん)し,児童を家庭において養育することが困難であり又は適当でない場合にあっては児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう,児童を家庭及び当該養育環境において養育することが適当でない場合にあっては児童ができる限り良好な家庭的環境において養育されるよう,必要な措置を講じなければならない」
【★16】 厚生労働省「社会的養護の現状について(参考資料) 平成29年3月」(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154060.pdf) 里親委託児童4973人,ファミリーホーム(養育者の住居において家庭養護を行う(定員5~6名))1261人の合計6234人に対し,乳児院2901人,児童養護施設2万7288人,情緒障害児短期治療施設1264人,児童自立支援施設1395人,母子生活支援施設5479人,自立援助ホーム516人の合計は3万8843人です。
【★17】 2009年12月18日国連総会採択決議「64/142. 児童の代替的養護に関する指針」
 「23. 施設養護と家庭を基本とする養護とが相互に補完しつつ児童のニーズを満たしていることを認識しつつも,大規模な施設養護が残存する現状において,かかる施設の進歩的な廃止を視野に入れた,明確な目標及び目的を持つ全体的な脱施設化方針に照らした上で,代替策は発展すべきである。…」

2017年4月 1日 (土)

ブログが本になりました!


 2013年4月から毎月更新してきたこのブログが,本になりました。


 大東文化大学教職課程センター准教授の渡辺雅之さんの解説,

 葛西映子さんの優しいイラスト,

 ヤベシンタさんのエネルギッシュな写真,

 と,盛りだくさんの素敵な本に仕上げていただきました。


 定価は2,000円ですが,著者割1,600円でお譲りできますので,購入くださる方はぜひお声がけください。

(郵送の場合は費用のご負担をお願いします)。



「どうなってるんだろう? 子どもの法律」
山下 敏雅 渡辺 雅之 編著
高文研 A5・240ページ 本体2,000円+税

Kobunken


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2017年3月 1日 (水)

タレント活動を親がやめさせてくれない

 

 中学2年生です。小学生のときから子役タレントをやってきたんですが,最近は,夜遅くまでかかったり,引き受けたくない仕事もあったりして,つらくなってきました。そんな自分の気持ちがほっとかれて,親が活動に熱心になってしまってます。できればタレント活動をやめて,学校の友達と過ごす時間を作りたいんですが,所属事務所も,親も,「最初に自分からやりたいと言い出したんでしょ」と言って,やめさせてくれません。

 



 学校の先生や,弁護士に相談してみてください。

 あなたらしい生活を送れるように,大人の私たちが力になります。




 むかし,子どもは,小さなときから,大人と同じように働かなければなりませんでした。

 今でも,世界の中には,そういう地域が残っています。

 「小さな子どものうちは,仕事をさせないで,教育を受けられるようにしよう」。

 日本をふくむ,世界の国々が,そう約束しています
【★1】

 だから,義務教育を受け終えていない子どもを,働かせてはいけないことになっています
【★2】



 でも,子役タレントは,子どもの時にしかできない仕事です。

 なので,そういう特別な仕事なら,中学校を卒業していなくても,「仕事をしてOK」と認められることがあります。

 OKするのは,労働基準監督署という,国の役所です
【★3】

 略して,「労基署(ろうきしょ)」と呼びます。




 たとえ仕事をするとしても,

 その子が,きちんと教育を受けられるようにしなければいけません。

 だから,学校の校長先生が,

 「この仕事をしても学校生活にマイナスはありません」と認めなければ,

 労基署は,子どもが働くことをOKしません
【★4】【★5】

 労基署がOKした場合でも,

 学校を休んだりせず,学校生活の時間以外で仕事をすることが必要です
【★6】



 憲法には,「子どもを酷使(こくし)してはいけない」と,はっきり書かれています
【★7】

 映画や演劇の子役だけは,小さな子でも認められますが
【★8】

 それ以外の仕事は,13歳以上でなければなりません。

 しかもその仕事は,健康や生活・人生に悪い影響がない,簡単なものでなければいけない,と法律で決まっています
【★3】

 法律が,子どもの皆さんを,酷使されないように,守っているのです。




 あなたの仕事は,夜遅くまでかかっているのですね。

 雇(やと)うがわは,中学校卒業前の子どもを,夜8時を過ぎて働かせてはいけないことになっています
【★9】

 演劇の子役は,もう少し遅くまで働かせることができますが,

 それでも,夜9時までです
【★10】【★11】

 夜遅くまで子どもを働かせている職場は,犯罪として処罰されます
【★12】

(子どもを守るためのルールですから,あなたが罰せられるのではありません。)




 仕事の時間が夜遅いだけでも問題なのに,

 あなたが引き受けたくない仕事までしなければいけないのは,

 まさに,憲法が禁止する「酷使」にあたります。



 日本は,世界とのあいだで,

 「子どもは,休んだり,遊んだりすることができる」と約束しています
【★13】

 あなたが,学校の友達と一緒に過ごす時間がほしいと思うことは,

 けっしてわがままなどではなく,とても大切なことです。




 あなたにとってふさわしくない仕事のとき,

 ほんらいは,

 親が,子どものあなたを守るために,

 事務所と話し合いをしたり,

 事務所との間の契約(けいやく)をナシにするために動かなければいけません
【★14】



 けれど,あなたの親は,あなたのタレント活動にかかわることに熱心になっていて,

 「やめたい」というあなたの気持ちに,寄り添ってくれないのですね。




 子どもは,親の人形ではありません。

 10代という大事な時期をどう過ごすかは,

 人生の主人公であるあなた自身の気持ちが,大切にされなければなりません。




 あなたが小学生のときに自分から「やりたい」と言い出したからといって,

 中学生のあなたが今その仕事をやめられないことの理由には,全くなりません。

 大人だって,自分で始めた仕事を,自分で自由にやめられます。

 ましてや,ものごとをまだよく知らない小学生のときに始めた仕事を,

 成長した今では「やめたい」と思うしっかりした理由もあるのに,

 「子どもだからやめられない,親の言うことに従って続けないといけない」,というのは,まったくおかしなことです。




 まずは,学校の先生に相談してみましょう。

 学校の友達と過ごす時間を作りたい,というあなたの気持ちは,きっと,学校も応援してくれるはずです。

 学校があなたの親と話し合っても変わらないようなら,

 学校から労基署に,「仕事のせいで学校生活にマイナスがあります」と連絡してもらう方法や,

 学校から児童相談所に,「親があなたを守っていない」と連絡してもらう方法もあります。

 いろんなところが,あなたを守るために動いてくれます。



 学校に相談しやすい先生がいなかったり,

 労基署や児童相談所まで巻き込むことに心配だったりするかもしれません。

 そのときは,私たち弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。



 あなたが自分らしく毎日の暮らしを送れるように,

 私たち大人が,あなたの味方になります。

 

 

【★1】 ILO(国際労働機関)就業が認められるための最低年齢に関する条約(第138号)2条1項 「この条約を批准(ひじゅん)する加盟国(かめいこく)は,その批准に際(さい)して付する宣言において,自国の領域(りょういき)内…における就業(しゅうぎょう)が認められるための最低年齢を明示する。…」
 同条3項 「1の規定に従(したが)って明示する最低年齢は,義務教育が終了する年齢を下回ってはならず…」
【★2】 労働基準法56条1項 「使用者は,児童が満15才に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで,これを使用してはならない」
【★3】 労働基準法56条2項 「前項の規定にかかわらず,別表第一第一号から第五号までに掲(かか)げる事業以外の事業に係(かか)る職業で,児童の健康及び福祉に有害でなく,かつ,その労働が軽易なものについては,行政官庁の許可を受けて,満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については,満13歳に満たない児童についても,同様とする」
 年少者労働基準規則2条1項 「所轄労働基準監督署長は,…使用許可の申請について許否の決定をしたときは,申請をした使用者にその旨を通知(し),…許可しないときは,当該申請にかかる児童にその旨を通知しなければならない」
【★4】 年少者労働基準規則1条 「使用者は,労働基準法…第56条第2項の規定による許可を受けようとする場合においては,使用しようとする児童の年令を証明する戸籍証明書,その者の修学に差し支えないことを証明する学校長の証明書及び親権者又は後見人の同意書を…使用許可申請書に添えて,これをその事業場の所在地を管轄(かんかつ)する労働基準監督署長…に提出しなければならない」
【★5】 昭和63年3月14日労働省労働基準局長・労働省婦人局長「労働基準法関係解釈例規について」(基発第150号,婦発第47号) 「<児童の使用許可> 使用許可にあたって (1) 児童の心身の状況を直接調査した上で決定すること。 (2) 児童福祉法の規定に違反することのないよう充分注意すること。 (3) 児童の教育上の要求について充分考慮すること。殊(こと)に就業した後学校長よりの要求があった場合速(すみや)かに実情を調査した上で適当な措置を講じられたいこと。…(以下略)[昭和22・11・11発婦第2号]」
【★6】 労働基準法56条2項(【★3】)に「修学時間外に使用することができる」と書かれています。
【★7】 憲法27条3項 「児童は,これを酷使(こくし)してはならない。」
【★8】 労働基準法56条2項(【★3】)の但書(ただしがき)
【★9】 労働基準法61条1項 「使用者は,満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。…」
 同条5項 「第1項…の時刻は,第56条第2項の規定によって使用する児童については,第1項の時刻は,午後8時及び午前5時と(する)…」
【★10】 労働基準法61条2項 「厚生労働大臣は,必要であると認める場合においては,前項の時刻を,地域又は期間を限って,午後11時及び午前6時とすることができる」
 同条5項 「…第2項の時刻は,第56条第2項の規定によって使用する児童については,…第2項の時刻は,午後9時及び午前6時とする」
 平成16年11月22日「労働基準法第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する厚生労働大臣が必要であると認める場合及び期間」(厚生労働省告示第407号) 「労働基準法…第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する厚生労働大臣が必要であると認める場合は,同法第56条第2項の規定によって演劇の事業に使用される児童が演技を行う業務に従事する場合とし,同法第61条第5項の規定により読み替えられた同条第2項に規定する期間は,当分の間とする。」
【★11】 記事本文は,事務所に雇(やと)われている雇用(こよう)契約について書いていますが,雇われているのでなければ(=労働者でなければ),午後8時や午後9時という制限がかかりません。どのような場合に「労働者でない」と判断されるかについて,国は,次のように言っています(これによって当時のアイドルグループ「光GENJI」が夜9時以降の生放送のテレビ番組に出演できるようになったことから,「光GENJI通達」と呼ばれています)。
 昭和63年7月30日基収第355号 「問 当局管内には劇団あるいはいわゆる芸能プロダクション等が多く,それら事業場から労働基準法第56条に基づく児童の使用許可申請がなされることが少なくないところである。当局においては,これら申請に係る子役あるいはタレントについては,一般にその所属する劇団あるいは事務所との間に労働契約関係があるものと考えるが,なかには,その人気の程度,就業の実態,収入の形態等からみて,労働契約関係ありとみるには疑問なしとしない事例が散見されるところである。そこで,これらの事例については,下記の通り取り扱ってよろしいか,お伺いする。 記 次のいずれにも該当する場合には,労働基準法第9条の労働者ではない。 一 当人の提供する歌唱,演技等が基本的に他人によって代替できず,芸術性,人気等当人の個性が重要な要素となっていること。 二 当人に対する報酬は,稼働時間に応じて定められるものではないこと。 三 リハーサル,出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても,プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。 四 契約形態が雇用契約ではないこと。」「答 貴見のとおり。」
【★12】 労働基準法第119条1項 「次の各号の一に該当(がいとう)する者は,これを6箇月以下の懲役(ちょうえき)又は30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第61条…の規定に違反した者 (以下略)」
【★13】 児童の権利に関する条約31条1項 「締約国(ていやくこく)は,休息及び余暇(よか)についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める」
【★14】 労働基準法58条2項 「親権者若(も)しくは後見人又は行政官庁は,労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては,将来に向(むか)ってこれを解除(かいじょ)することができる」

2017年2月 1日 (水)

妊娠・出産したら高校を退学しないとダメなの?

 

 高校2年生です。大学生の彼氏がいます。その彼氏の子を妊娠して,どうしようか悩んでいるうちに,中絶できる時期を過ぎてしまいました。学校から退学するように強く言われているんですが,時間がかかっても高校は卒業したいです。どうしても退学しなきゃダメなんですか?

 


 あなたがその学校で学び続けたいと思っているなら,退学する必要はありません。




 中絶ができる時期を,過ぎているのですね。

(中絶ができる時期のことなど,妊娠してどうすればよいかわからなくて悩んでいる人は,「妊娠してしまってどうすればいいかわからない」の記事も見てください。)




 妊娠したとか,子どもを産んだという理由で,

 女子生徒が高校を退学するケースを,たくさん見聞きします。



 私立だと,学校の規則に「妊娠・出産したら退学」と書いてあるかもしれません。

 公立でも,そのようなルールを文章にしている県があることが,最近問題になりました
【★1】

 また,国が作ったルールでも,

 「学校の秩序(ちつじょ)を乱(みだ)した」とか,「勉強する立場としてふさわしくないことをした」という場合には,退学させることができると書かれていて
【★2】

 妊娠や出産はこれにあたる,と考える人も,多くいます。




 学校も,親も,社会の多くの人たちも,時には生徒本人でさえも,

 「妊娠・出産したら高校をやめるのが当たり前」と考えていることが,多いようです。




 でも,それは当たり前ではありません。




 生徒を退学させることが許されるのは,

 ルール違反をした生徒に学校が注意をしても,立ち直る見込みがなくて,これ以上学校に置いておけない,というような,よっぽどのことがあるときだけです
【★3】



 10代のみなさんには,

 心と体が大人の仲間入りを始めたばかりの自分自身を大切にして,

 セックスについて焦(あせ)らないでほしい。

 私だけでなく,ほとんどの大人たちが,そう思っています。



 でも,だからといって,逆に,

 妊娠・出産した生徒を,罰として退学させるのは,

 りくつが通らない,まったくおかしなことです。



 妊娠・出産で,その生徒本人の生活は,たしかに大変にはなります。

 けれど,学校の秩序が,それで乱れるわけではありません
【★4】【★5】


 妊娠・出産と勉強を両立しようと頑張る人に向かって,

 「勉強するなら妊娠・出産してはいけない」とか,

 「妊娠・出産するなら勉強してはいけない」などと,

 他の人が口を挟(はさ)むことは,許されません。



 妊娠・出産する生徒に必要なのは,罰ではなく,

 妊娠した生徒と,お腹の中の子ども,

 出産した生徒と,生まれてきた子どもとを,

 まわりの人たちが支えていくことです。




 性は,自分の心と体を大切にし,相手の心と体を大切にすることです。

 そして,セックスは,大切なコミュニケーションの一つです。



 性についてのきちんとしたメッセージや,避妊・妊娠・出産後の生活のこと,

 それらをふだんからきちんと生徒たちに教えていない学校。

 妊娠・出産ということが起きたら,

 その生徒を支えもしないで,むしろ罰を与える学校。

 そんな学校が,当たり前であってはいけません。




 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★6】



 そして日本は,子どもの権利条約で,世界とのあいだで,こう約束しています
【★7】

 「すべての子どもが高校で学べる機会を持てるようにしよう」

 「途中で退学する子どもを,できるかぎりなくすようにしよう」


 さらに,女子差別撤廃(てっぱい)条約でも,

 「女子が途中で退学することを減らしていこう」と約束しています
【★8】

 妊娠・出産した生徒も高校で学べること,そして,退学しなくてすむことが,

 世界との約束からしても,必要なのです。




 もし,妊娠・出産で退学してしまったら,

 中学卒業の扱いですから,働こうと思っても,安定した仕事を見つけるのが,とても大変です。

 相手の男性も,とても若くて収入が低かったり,逃げてしまって生活費を払わなかったりします。

 妊娠・出産した生徒を学校から追い出すのは,

 苦しい生活・人生を送らなければらない人を,

 この社会に増やしてしまうだけです
【★9】


 学校で学ぶことは,幸せな生活と人生につながる,大事なことです。

 だからこそ,

 学校は,妊娠・出産した生徒を追い出すのではなく,

 むしろ,しっかりと守っていかなければならないのです。




 「万引きがバレて私立中学を退学するように言われてる」の記事にも書いたとおり,

 学校が生徒をむりやり退学させるのには,とても高いハードルがあります。

 だから学校は,むりやり退学させ,生徒側から訴えられて裁判で負けることのないよう,

 「あくまで生徒自身が退学を決めた」というかたちにするために,自主退学させようとします。


 でも,自主退学は,あなたが納得しなければ,断ってよいのです。

 実際,妊娠・出産を理由に退学するよう学校から言われたけれども,その後の話し合いで退学せずにすんだケースもあります
【★10】


 あなたが納得していないのに,学校が退学処分をしてしまったら,裁判で争うこともできます。

 じつは,妊娠・出産を理由とした退学処分について,裁判所が判断したことは,まだありません
【★11】【★12】

 でも,いつかきちんと,裁判所に「そういう退学処分はダメだ」とはっきり言ってもらうことが必要だと,私は思っています。


 もしあなたが,その高校で学び続けたいのに,学校が認めないようなら,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 岩手県教育委員会「懲戒の運用に関する基準 H25改訂」 「問題行動が初回・単独の場合」「不純異性交遊 謹慎(7日~10日)」「妊娠 退学処分」「性的暴行 退学処分」
 このことが,国会の議論でも取り上げられました(衆議院第189回国会予算委員会,平成27年3月12日。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001818920150312016.htm)。
「○泉(健太)委員 …これは,ある県の県立高校の管理運営に関する規則というもので,懲戒に関する規程というのがあるんですね。懲戒の運用に関する基準,平成25年改訂,最近のものですね。…一番下の方,『性的問題行動』と書いてありまして,『不純異性交遊』『妊娠』,そして『性的暴行』と処分が書いてあるわけですね。物すごく違和感を感じたのが,妊娠が退学処分,そして性的暴行も退学処分,これは一緒かと。それは一緒とちゃうやろというふうに思うわけですね。犯罪を起こせば,それは退学の対象になろうというふうに思いますが,妊娠というのは受け手の側にもたらされる環境ですよね。さまざま,その経緯,過程に理由はあったにせよ,子供ができてしまったという事態に対して,子供の学業の継続ですとか支援をする立場の教育機関が,この妊娠ということを果たして懲戒の枠組みの中で考えるべきことなのかと。…やはり公立高校の規程からは,全て,妊娠によって懲戒をするという考え方,まずこれを一掃していただきたいというのが一つ。そして,皆さんの手が及ぶのは公立高校だけだというのではなくて,やはり私立の,全ての学校法人に対しても,懲罰的考え方ではなくて,いかにしてその子供たちを支援するのか,こういう考え方に立っていただきたいというふうに思いますが,大臣,いかがでしょうか。
○下村国務大臣 …例えば,今御指摘のように,本人に学業継続の意思がある場合においては,これは関係者で十分話し合い,母体保護の観点等も含め,教育的な指導は行い,懲戒的な対処は行わないという対応は十分考えるべきことであるというふうに私も思います。また,学業を継続することとなった生徒に対しては,学校として,養護教諭やスクールカウンセラー等も含めた十分な支援を行うことも必要であるというふうに思います。仮に,妊娠中に休学をしたり中途退学せざるを得ないような場合におきましても,再び高等学校等で学び直したいと希望する者に対しては,高等学校等就学支援金等による支援の対象となっているところでもございます。今後とも,修学の意思ある高校生が,高校での学習を終えて卒業し,社会を支える一員となれるよう,適切な学習指導,生徒指導を推進してまいりたいと思います。」
【★2】 教育基本法11条 「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒(ちょうかい)を与えることができる。(略)」
 学校教育法施行規則26条3項 「前項の退学は,…次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。
 一 性行不良で改善の見込がないと認められる者
 二 学力劣等で成業の見込がないと認められる者
 三 正当の理由がなくて出席常でない者
 四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分(ほんぶん)に反した者」
【★3】 「退学処分は,生徒の身分を剥奪(はくだつ)する重大な措置(そち)であるから,当該(とうがい)生徒に改善の見込みが無く,これを学外に排除(はいじょ)することが社会通念からいって教育上やむをえないと認められる場合に限(かぎ)って選択すべきものである」(東京高裁平成4年3月19日判決,判例時報1417号40頁)。そして,その判断要素として,「校則違反の態様,反省の状況,平素(へいそ)の行状(ぎょうじょう),従前(じゅうぜん)の学校の指導及び措置,並(なら)びに処分に至(いた)る経過等」の諸事情があります(最高裁平成8年7月1日判決,判例時報1599号53頁)。
【★4】 「妊娠・結婚それ自体により学校の秩序・規律が乱れるとはいえませんし,妊娠又は結婚を理由として退学処分になるとしますと,子どものいる人や既婚者は高校に入学できないことになって問題がありますので,妊娠又は結婚のみを理由とする退学処分の場合には,学校の裁量権の範囲を超えた違法なものでると判断される可能性は高いと思われます」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
【★5】 「性行為や結婚・妊娠それ自体により規律が乱れることはないはずであり,もしそうであるなら,既婚者や子持ちは高校等の学校に入れないことになり,これは差別であるとの指摘もあります。米国の高校では,子どもを持つ生徒のための『授乳時間』『育児室』が設けられているところがあるとの報告もあります。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★6】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
【★7】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)28条1項 「締約国(ていやくこく)は,教育についての児童の権利を認めるものとし,この権利を漸進的(ぜんしんてき)にかつ機会の平等を基礎として達成するため,特に,
(略)
(b) 種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励(しょうれい)し,すべての児童に対し,これらの中等教育が利用可能であり,かつ,これらを利用する機会が与えられるものとし,例えば,無償教育の導入,必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。
(略)
(e) 定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置(そち)をとる。」
【★8】 女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)10条 「締約国は,教育の分野において,女子に対して男子と平等の権利を確保することを目的として,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保することを目的として,女子に対する差別を撤廃(てっぱい)するためのすべての適当な措置をとる。
(略)
(f) 女子の中途退学率を減少させること及び早期に退学した女子のための計画を策定(さくてい)すること。
(略)
(h) 家族の健康及び福祉の確保に役立つ特定の教育的情報(家族計画に関する情報及び助言を含む。)を享受(きょうじゅ)する機会」
【★9】 認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは,ブログ記事「2017年にはぶっ壊したい,こどもの貧困を生みだす日本の5つの仕組みとは」の中で,貧困の観点からわかりやすく重要な指摘をしています。http://www.komazaki.net/activity/2017/01/004876.html
【★10】 「我が国でも,女子高校生が結婚を理由に退学処分に処せられたが後に学校側が処分を撤回したという例がありました。女子,少年と親が真に結婚や出産を望んでいるならば,学校側と話し合って退学させないように積極的に交渉するのがよいでしょう。」(板東史朗・羽成守編著「新版 学校生活の法律相談」259頁)
【★11】 「妊娠又は結婚を理由とする退学処分の有効性が問題となった裁判例は筆者の見る限り見当たりません」(第一東京弁護士会少年法委員会「子どものための法律相談」309頁)
 第一法規の法情報総合データベースでの検索結果でも,該当判例はありませんでした(2017年2月1日現在)。
【★12】 交際相手の女性と性的な関係をもったことを理由に退学勧告を受けたことが違法だとして,元男子高校生が私立の学校に損害賠償を求めた裁判が起こされています(河北新報2016年6月21日「交際相手と性的行為『退学勧告は違法』と提訴」http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201606/20160621_13020.html)。妊娠・出産した女子生徒の事案ではありませんが,重要なケースです。
 

2017年1月 1日 (日)

健康保険証の裏にある「臓器提供」って何?

 

 健康保険証の裏に,臓器提供(ぞうきていきょう)に丸をつけるところがあるんですが,これって子どもの私にも関係があることですか?

 

 

 はい。あなたにも,とても関係があります。



 健康保険証の裏を見ると,こう書いてあります。



 以下の欄(らん)に記入することにより,臓器提供に関する意思(いし)を表示することができます。記入する場合は,1から3までのいずれかの番号を○で囲んで下さい。


1 私は,脳死後及(およ)び心臓が停止した死後のいずれでも,移植のために臓器を提供します。

2 私は,心臓が停止した死後に限(かぎ)り,移植のために臓器を提供します。

3 私は,臓器を提供しません。



<1又は2を選んだ方で,提供したくない臓器があれば,×をつけてください。>

【心臓・肺(はい)・肝臓(かんぞう)・腎臓(じんぞう)・膵臓(すいぞう)・小腸・眼球】




 以前は,「臓器提供意思表示カード」しかありませんでしたが,

 2010年(平成22年)から,健康保険証や運転免許証の裏にも,このように書かれています
【★1】




 想像してみましょう。




 あなたは突然,事故に遭(あ)って,脳が大きなダメージを受けました。

 あなたは救急車で運ばれます。

 病院で,お医者さんが一生懸命がんばって,あなたの治療をしました
【★2】

 でも,あなたの脳は回復しませんでした。

 周囲が呼びかけても,あなたからの反応は全くありません
【★3】

 あなたは,脳の一部が働いていて自分で息ができる「植物状態」とは違い
【★4】

 脳のほとんどすべてが,働いていません。

 人工呼吸器でかろうじて息が続けられている,「脳死」の状態です
【★5】

 おそらく,あと1週間も心臓は動き続けられません
【★6】

 病院があなたの家族に,それを説明します。

 そして,あなたの臓器が,病気で苦しんでいる人たちの役に立つことなども説明します。

 あなたの家族は,突然の事故であなたが脳死になったことに,気持ちが混乱しています
【★7】

 家族はとても悩んだすえ,あなたが他の人の体の中で生き続けられるならと,臓器を取り出すことをOKしました
【★8】

 まだあなたの心臓は止まっていませんし,体も温かいままですが,

 あなたは死んだものとして扱われます
【★9】

 そして,麻酔をかけたうえで
【★10】

 あなたの体から,心臓や肝臓(かんぞう),肺(はい)など,いろんな臓器が取り出されます。

 病気で苦しんでいる人たちに,あなたの臓器が移されます。

 その人々がどこの誰なのかは,あなたの家族には知らされません。

 あなたの臓器を移してもらった人たちは,そのおかげで,

 命を落とさずにすんだり,つらさや苦しさを大きく減らしたりすることができました
【★11】



 …健康保険証の裏の「1」にある,脳死後の臓器提供というのは,上に書いたようなことです。





 目や腎臓(じんぞう)は,心臓が止まった人の体から移すことができます
【★12】

 でも,ほかの臓器は,それができません。

 止まってしまった心臓を他の人に移しても意味がありませんし,

 その他の臓器も,心臓が止まってそこに血が行き渡らなくなってしまったものは,他の人に移せないのです。

 だから,目や腎臓以外の臓器を移すなら,心臓が止まっていない人の体から取り出さないといけません
【★13】

 それで,脳死の人の体から臓器を移すことが考えられたのです。



 でも,

 たとえ脳が働かなくなっていても,

 心臓が止まっていないなら,まだ死んでいないじゃないか,

 生きているなら,その人の体から臓器を取り出すのは,殺人という犯罪ではないか。

 そういう問題がありました
【★14】


 実際,臓器移植の法律ができるよりもだいぶ前の1968年(昭和43年),

 ずさんな臓器移植が行われて,

 そのお医者さんが殺人罪の疑いで調べられる,という事件も起きました
【★15】



 臓器移植を必要としている人たちは,たくさんいます。

 今の医療では治すことが難しい病気で,

 長く生きられなかったり,生活や人生でとてもつらく苦しい思いをしています。

 他の人から臓器を移し替えてもらうことによって,

 命を失わずにすんだり,つらさや苦しさを大きく減らせる場合があるのです
【★16】


 しかし,日本ではずっと,心臓などの移植ができなかったので,

 命を落とす人が多くいました。

 臓器移植をしてもらいたいと思ったら,

 莫大(ばくだい)なお金を集め,とても大きな負担をかけて,

 海外に行かなければならなかったのです。





 日本では,「脳死は人の死なのか」など,激しい議論が長く続いて,

 1997年(平成9年)に,臓器移植の法律ができました。



 その時にできた法律では,

 「万一,自分が脳死になったら,他の人に臓器をあげてもOK」と考える人は,

 あらかじめカードに丸をつけ,サインをしておく,ということになりました。

 そして,家族から特に反対がなければ,

 その人の体から臓器を取り出して,他の人に移すことができるようになりました
【★17】

 逆に言えば,

 カードに丸をつけていない人や,カードを持っていない人からは,

 臓器を取り出すことは認められませんでした。



 カードに丸やサインをできる年齢は,

 その法律にはっきり書かれてはいませんでしたが,

 15歳以上とされていました
【★18】

 15歳は,自分が亡くなったときのことを書いておく「遺言(いごん)」を作れる年齢です
【★19】



 でも,法律ができても,

 カードを持っている人が多くはなかったので,

 実際には,臓器移植はあまり進みませんでした
【★20】


 また,臓器提供の意味がわからない小さな子どもは,カードに丸やサインをできませんから,

 その時の法律では,脳死になった子どもから臓器を取り出していませんでした。

 だから,子どもの大きさの臓器が必要な病気の子どもは,

 やはり,海外に行かなければなりませんでした。




 しかし,世界では,「臓器移植のために海外に行くのはやめて,自分の国の中でやるべきだ」という意見が高まっていました
【★21】



 そこで,2010年(平成22年)に,法律が変わりました。


 それまでは,カードに「臓器提供OK」と書いてある人からしか臓器を取り出せなかったのですが,

 法律が変わって,カードなどに何も書かれていなくても,家族がOKすれば,臓器を取り出せることになりました
【★22】【★23】


 あなたが,「脳死の時に臓器を取られるのはいやだな」と思っているのに,

 「3」や「2」に丸をつけないままでいると,

 家族がOKすれば,あなたの気持ちに反して,臓器が取り出されてしまうことになってしまいます。



 また,もしあなたが,脳死の時に臓器をあげてもいい,誰かに使ってもらいたい,と思っていても,

 あらかじめ「1」に丸をしておかないと,あなたのその考えが家族にわからないので,

 突然の出来事で混乱している家族だけで,思い悩まなくてはいけません。



 脳死のときに臓器提供をするかどうかについて,

 正しいとか,まちがっているという答えはありません。

 それぞれが自分で考えて,決めることです。

 だいじなのは,どんな結論であっても,あなたのその考えを,しっかりとみんなにわかる形にしておくことです
【★24】

 あなたが15歳以上でも,14歳以下でも,自分の考えをはっきりさせておくことが大切なのです
【★25】 



 法律が変わった2010年(平成22年)からは,

 自分で丸やサインをできない小さな子どもからも,

 家族のOKで,臓器を取り出すことができるようになりました。

 脳死となった子どもの親や家族は,本当に苦しい思いを抱えながら,臓器提供をするかどうかを決めています
【★26】


 ただ,もし,子どもが脳死になった原因が,親からの虐待だったなら,臓器提供はできません。

 加害者である親が,被害者である子どもの臓器を取り出すのにOKするのは,

 子どもを二度も傷つける,まったくおかしなことだからです。

 だから,虐待がなかったことをきちんと調べてからでなければ,臓器を取り出すことは,認められません
【★27】




 子どもたちは,よく冗談で,「死ね」「殺す」という言葉を使いますね。

 子どものときは,生きるエネルギーにあふれ,体も成長していくので,

 死ぬということの実感がなく,命を軽くあつかう言い方を,つい,してしまうのだと思います。




 でも,

 今この時も,死と向き合っている人たちが,この社会の中で,私たちといっしょにいるということ,

 そして,

 子どものあなたも,いつか突然,事故や病気で脳死になるかもしれないし,

 逆に,臓器を他の人からもらわなければ命を落とす病気にかかるかもしれないということ,

 そういう,とてもだいじな命の問題を,

 ケガや病気を治すために使うその健康保険証の裏を見る時に,しっかり考えてみてほしいと思います。




 健康保険証の裏のうち,「1」から「3」のどれであったとしても,

 あなたがいろんな人の話を聞き,自分なりに一生懸命考えたうえで,丸をつけることができたなら
【★28】

 命の重さと向き合ったあなたは,

 「死ね」「殺す」と軽く冗談を言うこともせず,他の人がそう言うのも聞き流さない,そんな素敵な人になれるはずです。

 

 

【★1】 平成22年5月12日「健康保険法施行規則等の一部を改正する省令」(厚生労働省令第70号)
 平成22年6月11日「道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令」(平成22年内閣府令第31号)
【★2】 交通事故被害者遺族の井手渉さん・井手政子さんは,救急医療体制がおざなりであって,臓器移植を進める前に救急医療体制を整えるべきことなどを述べています(井手渉・井手政子「突然『脳死』と宣告されて -交通事故被害者遺族の思い」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」63頁)。日弁連も,臓器移植にあたって,最善の医療が尽(つ)くされているのが前提であるべきなのに現状に不備があることなどを指摘しています(2006年(平成18年)3月14日「『臓器の移植に関する法律』の見直しに関する意見書」12頁 http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/060314_000.pdf ,特に小児救急医療体制の整備について,2010年(平成22年)5月7日「改正臓器移植法に対する意見書」15頁 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2010/100507.html
【★3】 もっとも,脳死になってもまったく体が動かないというわけではなく,脊髄(せきずい)反射は起きます。また,「ラザロ兆候(ちょうこう)」という現象があることも報告されています。ラザロ兆候とは,脳死の人が人工呼吸器を取り外されたあと,両手が上がってきて,胸の前で合わさり,まるで祈りを捧げるかのように握りあわせて,またベッドの所に戻り,このとき足は自転車を漕(こ)ぐような動きを見せることが,何の刺激もないのに数日間繰り返されるという現象です(小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」156頁)。
【★4】 ただし,植物状態(遷延性意識障害)と脳死の違いははっきりと分けられないものではないとの指摘もあります(臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」44頁)。
【★5】 法律では,「脳死した者の身体」を,次のように定義しています。
 改正「臓器の移植に関する法律(以下「臓器移植法」)6条2項 「…脳死した者の身体とは,脳幹を含む全脳の機能が不可逆的(ふかぎゃくてき)に停止するに至ったと判定された者の身体をいう」
【★6】 もっとも,脳死と判断されても1週間以上心臓が動き続ける場合もあり,特に,小さな子どもは何年も,場合によっては10年・20年以上も長い期間続く(しかも第二次性徴も迎える)ケースがあります。また,脳死となった女性が出産した事例もあります(日本弁護士連合会2010年(平成22年)5月7日「改正臓器移植法に対する意見書」11頁,小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」159頁,臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」9頁,26頁,32頁)。
【★7】 社団法人日本臓器移植ネットワークで臓器移植コーディネーターを務めている朝居朋子さんは,脳死と判定された人の家族の苦しみと決断に寄り添う現場の姿を,「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」(毎日新聞社)に詳しく記しています。
【★8】 「この世から物体としての存在がなくなるという死から,臓器だけがこの世に,別の人のからだのなかに残り,その人に新しい生を与える。そのことが,最愛の身内を亡くすという最大の悲しみのなかにいる家族の決断で行われる。そして,臓器移植を受ける人が臓器を受け取って,その思いが完結する。あるドナーファミリーの言った言葉です。『息子を亡くすという絶望のなかで,臓器移植で命をつなぐという希望を見いだせた』」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」89頁)
【★9】 「脳死の状態での臓器提供では,法律に定められた脳死判定を2回行い,2回目の判定が終わったら『死亡』と宣告されます。脳死で死亡とされた患者の状態は,人工呼吸器がついていて,心電図のモニターも波形が出ていて,肌は温かく,お小水(しょうすい)も出ています。脳死判定前後でなんら見かけが変わるわけではなく,家族にとって『ご遺体』として受け止められるかというと,正直,本音の部分ではなかなか難しいところがあるかもしれません」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」44頁)
【★10】 「高知赤十字病院での臓器摘出(てきしゅつ)の時に,法的に脳死が確定して臓器摘出のためにメスを入れた途端,それまで120だった血圧が140から150に上がりました。…救急部長はあわててガス麻酔と静脈麻酔を投与したわけです。こうしたことは決して例外ではなく,イギリスやアメリカの論文には普通のこととして書かれています。…イギリスの…麻酔医は…こう述べています。『看護婦たちは心底動転していますよ。脳死者にメスを入れた途端,脈拍と血圧が上昇するんですから。そして,そのまま何もしなければ,患者は動き出し,のたうち回り始めます。摘出どころではないんです。ですから移植医は私たち麻酔医にきまってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ,と』。脳死者からの臓器摘出の時に麻酔や筋弛緩剤(きんしかんざい)を投与することは,日本でも半(なか)ば常識になっているといえます。というのは,「臓器移植法」施行後の29件(2004年5月26日現在)の臓器摘出のうち,すでに医学論文で公表されたものだけでも約半数はそうした方法を採っているのですから」(小松美彦「脳死・臓器移植を検証する」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」155頁)
【★11】 国際移植者組織トリオ・ジャパン編「生きたい! 生かしたい! 早期移植医療の真実」(はる書房)では,臓器移植を必要としている人たちの苦悩と,移植を受けて生きられるようになった喜びが,詳しく記されています。
【★12】 1958年(昭和33年)に「角膜の移植に関する法律」ができて,亡くなった人から目を取り出すことができるようになり,その後,1979年(昭和54年)には腎臓(じんぞう)も対象になりました(「角膜及び腎臓の移植に関する法律」)。
 腎臓は,体にとって毒になる尿素(にょうそ)を取り除いたり,要(い)らなくなったものをおしっことして外に出したりする,フィルターの役割をもった臓器です。腎臓がうまく働かないと,「人工透析(じんこうとうせき)」といって,機械を使わなければいけません。腎臓がうまく働かない病気は,他の臓器移植を必要とする病気と違って,すぐに命を落とすというわけではないものの,人工透析は,何度も繰り返し病院に通い,1回に何時間もかかるので,とても大変です。他の人から腎臓をもらうことで,生活はとても楽になります。
【★13】 2つある腎臓の1つや,1つしかない肝臓(かんぞう)の一部を,生きている人から取り出して移す「生体移植」という方法があります。この生体移植についての法律は,特にありません。日本移植学会の倫理指針では,生体移植を親族間に限定しています(http://www.asas.or.jp/jst/pdf/info_20120920.pdf)。
【★14】 「これまで人の死は,心臓の拍動(はくどう)と,肺臓の呼吸の不可逆的停止,および瞳孔(どうこう)反応の消失という3つの兆候によって判定されることで,全く異論なく安定していたのであるが(三兆候説),最近の医学・医療の発達,とくに人工蘇生術(じんこうそせいじゅつ)の発達によって,放置すれば停止するはずの心臓や肺をかなり長く人工的に動かし続けることが可能になったことに由来する。…もしこの『脳死状態』(厳密には,超重症脳不全)を『人の死』とみることができるとすれば,一方では,人工呼吸器を外すことも,他方では,脳死状態でなお動いている心臓や肺を移植のために摘出することも,どちらも殺人とはならず,『死体』に対する処理として許される可能性が開けることになる」(中山研一「臓器移植と脳死 日本法の特色と背景」165頁)
【★15】 和田移植事件。1968年(昭和43年)8月8日,札幌医科大学の教授が,日本で初めて,世界で30例目の心臓移植を行いました。しかし,無理矢理実験的に心臓移植をしたのではないかと批判があり,殺人罪で告発されました(結果は不起訴処分でした)。
【★16】 ES細胞という,人の体を作るすべての細胞に分化することができる細胞の研究が進み,これを使った再生医療が実現すれば,将来的には臓器移植は不要になるだろうと言われています(加藤高志「日弁連からの提言 -臓器移植の人権救済申し立て」,臓器移植法改正を考える国会議員勉強会編「脳死議論ふたたび 改正案が投げかけるもの」132頁)。
 「『私たち患者は,ドナーが現れるのを待ちながら日々過ごしているわけではないのです。本当は,薬で病気が治ったり,たとえ病気が治らなくても薬で現状を維持できること,つまり移植以外の方法でなんとかなることを『待って』いるのです』 この言葉を聞いたときに,私は『目からうろこ』状態でした。レシピエント自身は,臓器移植を第一の選択肢とせざるをえない状況だから臓器移植を治療法として選択するけれども,本当はそれを最も望んでいるわけではないのです。私自身,他者から臓器をもらって救命する臓器移植という治療法は,何十年も先にはなくなってしまうといいな,早くそんな時代が来るといいな,と正直思っています。『昔は,死んだ人から提供された臓器で移植を受けてたんだって』みたいなことが言われる時代が来るくらい,そのくらい,再生医療や人工臓器,薬の開発が進んでいくといいな,と思っています。その意味では,他者から臓器をもらう移植医療は,そういう時代が来るまでの間は,ほかに選択肢のない,最善の架(か)け橋としての医療なのだと考えています」(朝居朋子「いのちに寄り添って 臓器移植の現場から」117頁)
【★17】 旧臓器移植法6条1項 「医師は,死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって,その旨(むね)の告知を受けた遺族が当該(とうがい)臓器の摘出を拒(こば)まないとき又は遺族がないときは,この法律に基(もと)づき,移植術に使用されるための臓器を,死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる」
【★18】 平成9年10月8日厚生労働省「『臓器の移植に関する法律』の運用に関する指針(ガイドライン)」 「年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが,民法上の遺言可能年齢等を参考として,法の運用に当たっては,15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこと」
【★19】 民法961条 「15歳に達した者は,遺言をすることができる」
【★20】 法律ができて初めて脳死の人からの臓器移植が行われたのは1999年(平成11年)で,その年は合計4件でした。法律が改正されるまでの約10年間は,毎年,10件を超えるか超えないかの件数しかありませんでした。法律が改正され,2010年(平成22年)は32件となり,その後件数は増えていて,2015年(平成27年)は58件でした(一般社団法人日本移植学会「臓器移植ファクトブック2016」http://www.asas.or.jp/jst/pdf/factbook/factbook2016.pdf
【★21】 2008年5月2日国際移植学会「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」。WHO(世界保健機関)でも,2009年3月26日,臓器移植のための海外渡航を自粛する勧告案が出され,総会で採択される見込みとなっていました(採択は2010年5月22日)。
【★22】 改正臓器移植法6条 「医師は,次の各号のいずれかに該当する場合には,移植術に使用されるための臓器を,死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。 … 二 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって,遺族が当該臓器の摘出について書面により承諾しているとき」
【★23】 ヨーロッパの多くの国や中国も,同じように,本人があらかじめ何も意思表示をしていないときに,家族の同意で臓器提供を認めています。家族の同意がなくても臓器摘出できるとする国も最近では増えていますが(スペインなど),家族の役割が大きい日本では,家族の同意なく臓器提供を認めることは難しいと言われています(甲斐克則「臓器移植と刑法」201頁)。
【★24】 日弁連は,2010年(平成22年)5月7日,「改正臓器移植法に対する意見書」で,「自己決定権の保障を遵守しなければならない」という観点から意見を出しています。
【★25】 子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」
【★26】 2016年(平成28年),インフルエンザ脳症で脳死となった6歳未満の女の子のご両親が,日本臓器移植ネットワークを通じて思いをつづった手紙を公表しました(全文は朝日新聞2016年2月26日記事で読むことができます。http://www.asahi.com/articles/ASJ2V2RNPJ2VUBQU00C.html)。
 「Aちゃんが体調を崩してからお父さんとお母さん辛(つら)くてね。毎日毎日神様にお願いしました。…でもね…もう長くは一緒にいられないんだって。お父さんとお母さんは辛くて辛くて,寂しくて寂しくて泣いてばかりいたけれど,そんな時に先生からの説明でAちゃんが今のお父さんやお母さんみたいに涙にくれて生きる希望を失っている人の,臓器提供を受けなければ生きていけない人の希望になれることを知りました。…もしAちゃんが人を救うことができたり,その周りの皆さんの希望になれるとしたら,そんなにも素晴らしいことはないと思ったの。こんなにも誇らしいことはないと思ったの。Aちゃんが生きた証(あかし)じゃないかって思ったの。…命は繋(つな)ぐもの。お父さんとお母さんがAちゃんに繋いだようにAちゃんも困っている人に命をつないでくれるかな? 願わくば,お父さんとお母さんがAちゃんにそうしたように,AちゃんもAちゃんが繋いだその命にありったけの愛を天国から注いでくれると嬉(うれ)しいな」
【★27】 臓器移植法附則(平成21年7月17日法律第83号)5条 「政府は,虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器…が提供されることのないよう,移植医療に係る業務に従事する者がその業務に係る児童について虐待が行われた疑いがあるかどうかを確認し,及びその疑いがある場合に適切に対応するための方策に関し検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」
【★28】 臓器移植について,公益社団法人日本臓器移植ネットワークのウェブサイトで詳しい情報を見ることができます(https://www.jotnw.or.jp/)。また,臓器移植の問題点をわかりやすくまとめている本として,臓器移植法を問い直す市民ネットワーク編著「脳死・臓器移植Q&A50 ドナーの立場で”いのち”を考える」(海鳴社)があります。

2016年12月 1日 (木)

既読スルーしてケンカになった

 

 友だちからのメッセージを読んだまま自分が返信しなかったのがきっかけでケンカになり,メッセージのやりとりも激しくなってしまいました。その流れで,自分が相手をかなりバカにしたメッセージを送ってしまい,相手が「訴える」と繰り返し言ってきています。「は?訴えるなら訴えてみれば?」と強気で返しているものの,本当に訴えられちゃうのか,訴えられたらどうなるのか,内心では不安です。

 


 自分でも,言い過ぎちゃったな,という思いがあるのですね。

 だからこそ,「訴える」という言葉に,不安になってしまいますよね。




 「訴える」という言葉で,法律的に考えられるのは,

 たとえば,民事(みんじ)という分野なら,

 傷ついたぶんのお金を払え,と裁判所に訴えることです。

 でも,こういった民事のことは,

 「友だちに貸したお金が返ってこない」の記事にも詳しく書いたように,

 未成年なら親がかかわらないといけなかったりなど,いろんなハードルがあります
【★1】

 また,刑事(けいじ)という分野なら,

 「被害を受けた」という被害届や,「処罰してほしい」という告訴状(こくそじょう)を警察に出して,捜査(そうさ)してもらうよう訴えるのですが
【★2】

 犯罪として取り締まるということは,とても重大な話なので,

 そんなに思うほど簡単には,警察は動きません。

 刑事事件は,民事事件よりもさらにハードルが高いのです。




 その友だちは,

 じっさいに法律的に訴えることの大変さまで考えてあなたに言っているのではなく,

 激しいメッセージのやりとりの中で,勢いで「訴える」と言ってしまっているのだと思います。




 ただ,上に書いたことは,あくまで一般的な話ですから,

 確かなアドバイスをするためには,あなたと相手のじっさいのやりとりを見る必要があります。

 今の不安な気持ちを落ち着けるために,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見て下さい。





 あなたが相手をバカにしたメッセージを送ってしまったのは,

 ケンカでメッセージのやりとりが激しくなったからでしたね。




 私は,弁護士として,いろんな人間関係のトラブルの相談を受けています。



 「今,相手とこんなふうにやりとりしています」

 法律相談にやってきた人が,メールやアプリのメッセージのやりとりを印刷したものを,ごそっと見せてくれることが,よくあります。

 私は,まず,「この相手とのやりとりを,すぐにやめてください」とアドバイスします。




 インターネットでのやりとりは,

 淡々(たんたん)とした事務連絡や,おたがいに仲が良いときには,とても便利なのですが,

 トラブルになっているときは,おたがいを傷つける凶器になってしまうのです。




 トラブルになっているときは,頭に血が上っているので,

 ふだんよりも敏感になって,相手からのメールやメッセージが気に障(さわ)ることも多くなります。

 そして,こちらも感情的になって,反論したくなってしまいます。

 反論の文章を考えるのも,イライラします。

 書き終わって相手に送信すると,すぐに相手に届いてしまいます。

 即座(そくざ)に相手から反論が来れば,また気分が悪くなりますし,

 反論が来なければ来ないで,それもまたイライラします。

 やりとりが文字で残るので,おたがい,相手の言うことのほとんどに反論しようとして,

 細かい言葉の揚(あ)げ足とりや,メインのテーマからずれた話が,増えていきます。




 トラブルになったときは,メールやアプリのメッセージは,不向きなのです。




 深刻な法律トラブルのとき,弁護士が事件の依頼を受けたら,

 弁護士が連絡の窓口になるので,当事者どうしの直接のやりとりがなくなります。

 そのぶん,時間の余裕が生まれます。

 さらに,裁判所でトラブルを解決する場合は,

 民事の裁判なら,だいたい1か月~1か月半に1回というペースで開かれるので,もっと時間の余裕ができます。

 即座にやりとりするインターネットと比べて,とても時間がかかって不便だ,と思うかもしれません。

 でも,トラブルを大きくしないで解決するためには,

 一呼吸を置いてクールダウンする時間があることが,じつは,とても大切なのです。





 私は,弁護士の仕事をするうえで,

 自分の依頼者や,事件の相手方との間で,メールを使いません。

 プライベートでも,メールやアプリのメッセージを使うのは,他の人と比べると,とても少ないです。

 直接会って話をするか,

 電話で話をするか,

 手紙やFAXなどの文書で,やりとりをします。




 メールや,アプリのメッセージは,

 どんなに表現を一生懸命に工夫し,絵文字やスタンプをたくさん使っても,

 自分が送った内容が相手に誤解されたり,

 相手から受け取った内容を自分が誤解したりが,起きやすくなります。




 電話なら,

 声の強さや弱さ,速さや遅さ,高さや低さなどが伝わりますし,

 会って話をすれば,

 さらに,どんな顔の表情をしているか,どんなしぐさをしているかも伝わります。

 文字だけでやりとりするよりも,気持ちが分かり合えますし,

 わからないことも,その場ですぐに確かめ合うことができるので,

 メールやアプリのメッセージで起きるような誤解も,防ぎやすくなります。




 やりとりを文書で残したいときも,

 手紙なら,どんな便せんや封筒を使うかを選び,

 伝えたいことを,紙に手書きで書いたり,パソコンからプリントアウトしたりし,

 それを折って封筒に入れてのり付けし,

 宛先を書いて,切手を貼って,ポストに出しに行く時間,

 FAXでも,文書を書いて送信機にセットし,

 番号を押して相手に送るまでの時間があります。

 その面倒と思われる時間こそ,自分と相手のことを考えるための,大切な時間なのです。




 虐待から逃げてきた子どもを守るシェルターは,場所が絶対に秘密なので,

 親などに居場所がバレないようにするために,ケータイやスマホを預かります。

 ケータイやスマホを肌身離さず持っていた子どもたちにとっては,辛いことです。

 でも,担当の弁護士やシェルターのスタッフと,顔を合わせて話をしていく中で,

 おたがいのコミュニケーションが深まり,自分自身の気持ちを整理していくことができます。

 私から子どもたちに手紙を書いて送ると,「郵便の手紙を初めて受け取った」とびっくりされます。

 そして,私の勧めで,その子が親や私に宛てて手紙を書くと,

 その子が相手の気持ちを考えながら,自分自身の気持ちをよりいっそう整理できることが多いです。




 メールやアプリのメッセージはとても便利ですが,

 トラブルになったときは,止めましょう。

 そして,だいじな話のときこそ,

 会って直接話したり,電話で話したり,手紙にまとめたりしてみてください。





 それから,今回のケンカのきっかけは,

 あなたが相手のメッセージ読んだまま,返信をしなかったからということでしたね。




 最近のアプリでは,「既読(きどく)」という,メッセージが読まれたという表示が出るしくみになっています。

 読んだことが相手に伝わるので,すぐに返事をしなければ無視したと思われる,だからすぐに急いで返事をする,という人がとても多いです。

 実際,「既読」したのに無視されたということがきっかけになって,いじめや残酷な犯罪が起きています
【★3】



 ある有名なアプリを作った会社は,既読の表示を出すしくみを作ったを理由を,こう説明しています。

 「震災などで相手が返事を出す余裕がなくても,読んだことが分かれば,無事に生きているんだと安心できる」
【★4】【★5】



 でも私は,それはおかしな説明だと思います。

 震災などの非常事態ではない,毎日のふだんの暮らしの中で,

 「相手が生きているとわかって安心する」ことなど,必要ありません。




 「既読になったのに返事がないことにイライラする」のも,

 その会社が言うように,「既読の表示が出れば相手が生きているとわかって安心する」のも,

 結局そのどちらにしても,メッセージを送ったがわの一方的で勝手な気持ちの話です。

 メッセージを受け取ったがわの気持ちが,置き去りになっています。




 コミュニケーションは,

 自分の気持ちを一方的に押しつけるのではなく,

 相手の立場に立って考えてやりとりすることが,とてもだいじなのです。

 (「おこづかいの値上げ交渉」の記事にも,同じようなことを書きました。)




 スマホの画面の「既読」の2文字に,あなたも相手も振り回されることなく,

 おたがいの気持ちがわかり合える,余裕を持ったコミュニケーションをしてほしいと思います。




 もし,「既読」したのに返事をしなかったことがきっかけでいじめが起き,あなたや周りの友達が悩んだら,

 「いじめを弁護士に相談するとどうなるの」

 「いじめは犯罪?どうして法律ではダメなのか」

 の記事も,あわせて読んでみてください
【★6】




 スマホのアプリは,私が子どものときには想像もつかなかったコミュニケーションの道具でした。

 これから数年・数十年先,みなさんが大人になって,次の世代の子どもたちを支えるころには,

 今では想像もつかない,さらに新しいコミュニケーションの道具ができているでしょう。

 でも,たとえどんな道具が生まれたとしても,

 その道具に私たち人間がふりまわされるのではなく,

 「自分の気持ちをうまく伝え,相手の気持ちを尊重する」というコミュニケーションの基本を,

 いつも忘れずに意識していてほしいと思います。

 それが,仕事で人間関係のトラブルにいつも接している弁護士から,子どものみなさんに一番伝えたいことです。

 

 

【★1】 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない。…」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する。…」
 民法818条1項 「成年に達しない子は,父母の親権に服する」
【★2】 刑事訴訟法230条 「犯罪により害を被(こうむ)った者は,告訴をすることができる」
 「捜査機関以外の者による捜査の端緒(たんしょ)としてとくに重要なのは,犯罪被害者による被害申告である。被害者の被害申告も,被害届にとどまる場合と告訴の形式をとる場合とがある(被害届は,被害申告のみで,告訴のような訴追(そつい)の意思表示のないものである。いずれも捜査の端緒となる)。」田口守一「刑事訴訟法 第二版」55頁
【★3】 2013年,LINEで連絡を絶ったことを理由に中学3年の女子生徒が,中高生の少女4人から殴られたり蹴られたりした事件や(読売新聞2013年9月12日記事),同じ年,LINEでの呼びかけを無視したことがきっかけで,男子生徒が少年4人から両足を縛られ,川に突き落とされ,足首をライターの火であぶられるなどの被害を受ける事件が起きました(読売新聞2013年10月4日記事)。
【★4】 朝日新聞2016年3月12日記事 「LINE既読は震災から生まれた 教訓生かした商品多数」 「今や国内で約6800万人が使う無料通信アプリ『LINE(ライン)』。誕生のきっかけは大震災だった。ラインの運営会社は,電話がつながりにくい中でも『大切な人と連絡を取れるサービスが必要だ』と判断。急ピッチで開発し,3カ月後にサービスを始めた。こだわりは,相手がメッセージを読んだか分かる『既読』機能をつけたこと。相手に返信する余裕がなくても,既読と分かれば安心する。そんな思いを込めた。」(http://www.asahi.com/articles/ASJ3C51T9J3CULFA019.html
【★5】 日経デジタルマーケティング2014年3月11日記事 「あれから3年,“震災生まれ”のLINEが命を救い,スマホが募金プラットフォームに」 「『(相手が自分のメッセージを読んだ際に付く)あの『既読』表示は,東日本大震災を経験して,安否(あんぴ)確認のためにあると便利だということで付けた機能なのです』。今年1月に新設したLINEの正しい活用を啓発(けいはつ)するCSR(企業の社会的責任)部門である政策企画室の江口清貴室長は,LINE開発の経緯をこのように説明する。」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/nmgp/20140310/260877/
【★6】 全国Webカウンセリング協議会理事長・安川雅史さんの「子どものスマホ・トラブル対応ガイド」(ぎょうせい,2016年)も参考になります。

2016年11月 1日 (火)

今の二重国籍のまま大人になったら?

 

 父親がフランス人,母親が日本人の高校生です。物心がついたときから日本で暮らしていて,将来は,日本を生活のベースにしながら,フランスとの架(か)け橋になれるような仕事をしたいと思っています。私は,フランスと日本の両方の国籍を持っていて,大人になったらどちらか1つを選ばないといけない,と親から聞いています。どうして国籍を1つにしないといけないんですか。もし国籍を2つ持ったまま大人になったら,どうなりますか。

 


 国籍は,「この国のメンバーだ」という資格のことです
【★1】


 日本国籍については,国籍法という法律がルールを決めています【★2】


 日本国籍になるのは,お父さんかお母さんが日本国籍であることが,基本的な条件です【★3】



 じつは,今から30年余り前の1984年(昭和59年)までは,お父さんが日本国籍でなければ,子どもは日本国籍になれませんでした。

 外国籍のお
父さんと日本国籍のお母さんの夫婦の子どもは,日本国籍になれなかったのです【★4】

 でも,それは男性と女性を平等にあつかわない,おかしなことでした。

 国籍法が変わって,1985年(昭和60年)からは,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍なら,その子どもは日本国籍になれるようになりました
【★5】



 どういう条件で子どもに国籍を認めるかは,国によってちがいます。

 日本やフランスのように,両親のどちらかが国籍を持っていればOKという国もあれば
【★6】

 むかしの日本のように,父親が国籍を持っていることで認める国
【★7】

 アメリカのように,国内で生まれればOKという国もあります
【★8】【★9】



 あなたの場合,お父さんがフランス国籍,お母さんが日本国籍なので,

 子どものあなたは,フランスと日本の2つの国籍を持っているのですね
【★10】

 (もし,あなたがアメリカで生まれていたなら,フランスと日本とアメリカの3つの国籍を持つことになります。)




 日本の国籍法は,こう言っています
【★11】

 「子どもの時から日本の国籍と外国の国籍を持っている人は,22歳になる前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」。




 もし,あなたがフランス国籍を選ぶなら,

 日本国籍をやめる手続を,日本の役所でとります
【★12】【★13】


 もし,あなたが日本国籍を選ぶなら,次の2つの方法のどちらかをとります。

 1つめは,フランス国籍をやめる手続を,フランスの役所でとる方法。

 2つめは,「日本国籍を選びます。フランス国籍をやめます」と,日本の役所で宣言する方法です
【★14】


 どうして2つめの宣言の方法があるかというと,

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることなので,

 1つめの方法が必ずとれるとはかぎらないし,

 日本からその国に口出しはできないからです。



 そして,2つめの方法で,「フランス国籍をやめます」と日本に向かって宣言しても,

 それで自動的にフランス国籍がなくなるわけではありません。

 外国の国籍をやめられるかどうかは,その国が決めることだからです
【★15】


 その宣言をしたあと,その人が本当に外国の国籍をやめたかどうかまで,日本にはわかりません。

 
両方の国籍を持ち続けることは,日本の国籍法のしくみからすると,じゅうぶんありうることです【★16~18】

 
なので,その宣言をした後も,両方の国籍を持ったままの人は,たくさんいます。


 なお,22歳までに日本国籍を選ぶための方法をまったくとらないままでいると(つまり,1つめ・2つめのどちらの方法もとらないでいると),

 日本から「国籍を選択するように」という連絡が来て,

 そこから1か月以内に何もしないでいたら,日本国籍を失う,と,法律には書かれています
【★19】

 もっとも,実際には,そのルールで日本国籍を失った人はいません
【★20】【★21】



 この,「22歳になる前に,国籍をどれか1つに選ばないといけない」という日本のルールは,1985年(昭和60年)に始まりました。

 上に書いたように,この年から,お父さんかお母さんのどちらかが日本国籍であれば,子どもが日本国籍を持てるようになりました。

 そのため,国籍を2つ持つ子どもが,たくさん増えることになります。

 だから,日本は,22歳までに国籍を1つに選ばせる制度を,このときいっしょに作ったのです。




 でも,そもそもどうして,国籍を1つにしないといけないのでしょうか。




 国籍がいくつもあったら,その人にどこの国の法律をあてはめるのか混乱する,とか,

 別の国でトラブルが起きたときに,どこの国がその人を守ることになるのかわからない,とか,

 投票できる国がふたつ以上あるのはおかしいし不公平だ,とか,

 いろんな理由が言われます。



 でも,そのひとつひとつを法律的によく見ていくと,

 どれも,国籍を1つにしないといけない理由には,なっていないのです
【★22】


 実際,国籍を2つ以上持っている人は,世界中にたくさんいますし,

 この日本にも68万人もいるのですが
【★23】

 それで特に大きなトラブルは起きていません
【★24】


 「国籍は1人1つにするべき。二重国籍はなくしていこう」。

 今から80年以上も前に,世界がそう確認し合っていたこともありました
【★25】

 でも,今は,国をまたいで行き来する人々が多くなり,国際結婚がとても増えています。

 ヨーロッパは,1997年,「国籍が2つ以上あってもOK」と確認し合いました
【★26】

 それ以外の国々でも,二重国籍をOKにするところが増えています。




 自分がどの国のメンバーなのか。

 それは,「自分が一体どんな人間なのか」という,自分をかたちづくるうえで,とてもだいじなことです。

 お父さんから受け継いだ国籍も,お母さんから受け継いだ国籍も,どちらも大切なもの。

 それなのに,どちらか1つを選び,もう1つを捨てなければならないのは,おかしなことです
【★27】

 2つの国のメンバーをかけもちしたところで,特に問題は起きませんし,

 むしろ,あなたのように,「日本と外国の架け橋になる仕事をしたい」という夢を持っている人たちが活躍できることは,

 その人自身にとっても,私たちの社会にとっても,素晴らしいこと,必要なことです。




 「国籍は1人1つ」というたてまえの,今の日本の国籍法は,

 すでに現実に合わなくなっています。

 あなたが22歳を迎えるときまでには,

 今の国籍法を,いろんなルーツを持つ一人ひとりを大切にした,今の社会に合ったものに変えていく必要がある,

 私はそう思っています。

 

【★1】 「国籍は特定の国家に所属することを表す資格であ(る)」(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法第6版」232頁)
【★2】 憲法10条 「日本国民たる要件は,法律でこれを定める」
【★3】 国籍法2条 「子は,次の場合には,日本国民とする。 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。…」
【★4】 1985年(昭和60年)より前の国籍法2条 「子は左の場合には,日本国民とする。
 一 出生の時に父が日本国民であるとき。
 二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき。
 三  父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき。
 四  日本で生れた場合において,父母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき。」
【★5】 昭和59年5月18日成立,昭和60年1月1日施行「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年法律45号)。
 1979年(昭和54年)に国連総会で「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃(てっぱい)に関する条約」が採択されて日本も翌年に署名したことや,米軍基地がある沖縄でアメリカ人男性と日本人女性との間に生まれた子どもが無国籍になるケースがたくさんいたことが,改正の背景でした。
【★6】 父母両系血統主義と言います。
【★7】 父系血統主義と言います。
【★8】 生地主義と言います。
 アメリカ合衆国憲法修正14条1項 「合衆国内で生まれ…,かつ,合衆国の管轄(かんかつ)に服する者は,合衆国の市民であ(る)…」(アメリカンセンターJAPAN訳。https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/
【★9】 フランスにも,生地主義の規定があります。両親がフランス国籍でなくても,フランス国内で生まれて一定の居住要件を満たした子は,フランスの成人年齢である18歳になったときに,フランス国籍を取得します。
【★10】 あなたが日本以外の国で生まれていたなら,親が出生届を出すときに,「国籍を日本にするかフランスにするかは,今決めないで,判断を先に延ばします」ということもいっしょに届けていたのだと思います。これを「国籍留保(りゅうほ)」と言います。もし生まれてから3か月以内にこの届出をしていないと,最初から日本の国籍を持っていなかったことに自動的にされてしまいます。もっとも,もしそのせいで自動的に日本の国籍を失っても,20歳になる前に日本に住んでいれば,法務局に届け出ることによって,日本の国籍をふたたび持つことができます。
 国籍法12条 「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保(りゅうほ)する意思を表示しなければ,その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」
 戸籍法104条1項 「国籍法第12条に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者…が,出生の日から3箇(か)月以内に,日本の国籍を留保する旨(むね)を届け出ることによって,これをしなければならない」
 同条2項 「前項の届出は,出生の届出とともにこれをしなければならない」
 国籍法17条1項 「第12条の規定により日本の国籍を失った者で20歳未満のものは,日本に住所を有するときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる」
【★11】 国籍法14条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,外国及び日本の国籍を有することとなった時が20歳に達する以前であるときは22歳に達するまでに…いずれかの国籍を選択しなければならない」
【★12】 憲法22条2項 「何人(なんぴと)も,…国籍を離脱(りだつ)する自由を侵されない」
 国籍法13条1項 「外国の国籍を有する日本国民は,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を離脱することができる」
 同条2項 「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を失う」
【★13】 もし,もう一方の外国が日本と同じように国籍を選択する制度【★10】を作っている国なら,その制度に基づいて外国の国籍を選択すれば,当然に日本国籍を失います。
 国籍法11条2項 「外国の国籍を有する日本国民は,その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは,日本の国籍を失う」
【★14】 国籍法14条2項 「日本の国籍の選択は,外国の国籍を離脱することによるほかは,戸籍法の定めるところにより,日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄(ほうき)する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする」
【★15】 「日本国籍選択の宣言は,日本国籍を維持・確保し,併有(へいゆう)する外国国籍を一方的に放棄するとともに以後外国国籍に伴(ともな)う権利・特権を行使しないこと等の意思があることを,我が国に対して宣明(せんめい)することである。この選択宣言によって,日本と外国との重国籍者が現実に当該外国の国籍を喪失(そうしつ)するか否(いな)かは,当該外国の法令の定めるところによる。当該外国の法制上,我が国国籍法第11条第2項と同様な制度があれば選択宣言によってその国の国籍を喪失することになるが,そのような法制がない国の場合は,選択宣言によって重国籍は解消されない。現行国籍法が,日本国籍選択の一方法としてこのような選択の宣言の制度を設けたのは,重国籍を解消して日本国籍単一となるためには外国国籍を離脱(喪失)することが望ましいが,当該外国の法制上自国国籍の離脱を禁止したり,許可,認可等何らかの制限を設けている国がかなりあることから,一律に一定期限内に外国国籍の離脱を義務づけることは不可能な場合があり,また,実際上本人に過重な負担を負わせることになる場合もあり,結果的に事実上日本国籍選択の途(みち)がなくなることとなって適当でないことを考慮したものである」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」86頁)
【★16】 選択の宣言は,外国の国籍をやめるよう「努力」しなければいけないだけで,実際に外国の国籍をやめないといけない「義務」ではありません。
 国籍法16条1項 「選択の宣言をした日本国民は,外国の国籍の離脱に努めなければならない」
【★17】 「重国籍者が,日本国籍の選択宣言をした場合に,前述のように当該外国の国籍を喪失するかどうかはその外国の法令の定めるところによる。…たとえ外国国籍を喪失しない場合でも,既(すで)に選択義務は履行(りこう)しているので,法務大臣から改めて選択の催告(国籍法15条1・2項)を受けることはないし,また,催告に基(もと)づく日本国籍の喪失(同法15条3項)ということもない」(法務省民事局法務研究会編「国籍実務解説-各国別主要先例・判例付-」87頁)
【★18】 選択の宣言をした後,その外国の公務員になった場合には,日本国籍を失うことになっています。しかし,実際にこの規定で日本国籍を失ったケースはありません(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」11頁)。
 国籍法16条2項 「法務大臣は,選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失っていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であっても就任することができる職を除く。)に就任した場合において,その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著(いちじる)しく反すると認めるときは,その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる」
【★19】 国籍法15条1項 「法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して,書面により,国籍の選択をすべきことを催告(さいこく)することができる」
 同条3項 「前2項の規定による催告を受けた者は,催告を受けた日から1月以内に日本の国籍の選択をしなければ,その期間が経過した時に日本の国籍を失う。(略)」
【★20】 平成20年11月27日第170回参議院法務委員会会議録第5号23頁(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0003/17011270003005.pdf
 「丸山和也君 実際の運用で少しお聞きしたいんですけれども,二重国籍に関する問題なんですけれども,15条で,法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第1項に定める期限内に日本の国籍を選択しないものに対して,書面により,国籍の選択すべきことを催告できる,そしてこれを,催告を受けても選択しなかったら国籍を失うと,こういうふうになっているように思うんですけれども,こういう催告なんてやっているんでしょうか」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 催告をしているかどうかという御質問でございます。しておりません」
 (略)
 「政府参考人(倉吉敬君) 実は今の下でだれが重国籍者なのかというのをもう把握できないわけでございます。そのような状況の中で,たまたま把握した人に催告をするのがいいのかと。もちろん,催告を受ける側は追い詰められるわけですから,どっちかを選択しなければならない,それが本当にいいのかという問題はございます。いや,そんな生ぬるいことでいいのかとか,いろんな御意見はあるわけですけれども,今のところはそういったもろもろの事情を考えて催告をしないということにしております」
【★21】 「この催告についての実務上の取扱いであるが,これまで催告を行った例はない。法務省は,その理由として,『国籍を喪失するということは,その人にとって非常に大きな意味がありますし,家族関係等にも大きな影響を及ぼすというようなことから,これは相当慎重に行うべき事柄である』こと,『国籍選択の履行は,複数国籍者の自発的な意志に基づいてされるのが望ましい』ということを挙げている。法務省は,周知活動の一環として,複数国籍であると把握できた者に対し,『国籍選択について』と題する文書を送付していた時期もあったが,現在はこれも行われていない」(日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」10頁。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)
【★22】 日本弁護士連合会2008年11月19日「国籍選択制度に関する意見書」16頁では,複数国籍禁止制度の根拠として「一人の人間に対する対人主権を複数の国が持つということの問題」「二つの国の主権者として行使するということ自身の矛盾(むじゅん)」「法制度の抵触(ていしょく)」「外交保護権の問題」「犯罪人の引き渡し」「参政権の問題」「就職の際などに,国籍を明示する義務の範囲をめぐる問題」「鉱業権のように日本国民に限定する法律などの適用の問題」「一方の国籍国が忠誠義務を課した場合の問題」「公務員の就任についての問題」「他国の兵役に服するということは,日本のあり方として問題」を列挙したうえで,詳細に現代的検討を加え,「複数国籍を認めるべきでないとして挙げられる理由は,いずれも合理的な理由とはいえない」と結論づけています(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/081119_3.pdf)。
【★23】 法務省2014年推計(朝日新聞2014年7月6日記事)。
【★24】 二重国籍の人が海外を行き来するときのパスポートの問題については,国際結婚を考える会「二重国籍」(時事通信社)94頁,同会ウェブサイト(http://amf.world.coocan.jp/)を見てください。
【★25】 「国籍唯一の原則」と言います。1930年(昭和5年)に国際連盟で採択された「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」にうたわれていますが,日本はこの条約に署名はしたものの批准はしていません(岡村美保子「重国籍-わが国の法制と各国の動向」レファレンス2003年11月号)。
【★26】 1997年に採択され,2000年に発効した「ヨーロッパ国籍条約」は,複数の国籍を認めることを締約国(ていやくこく)に義務づけています。
 同条約14条1項 「締約国は,左のことを許容しなければならない。 a 出生により当然に相異なる国籍を取得した子どもが,これらの国籍を保持すること。(略)」
 同条約7条1項 「締約国は,左に掲げる場合を除き,国内法において,法律上当然の又は締約国主導の国籍喪失(そうしつ)を規定してはならない。(略)」
奥田安弘・館田晶子「1997年のヨーロッパ国籍条約」(北大法学論集2000年50巻5号)
【★27】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)8条1項 「締約国は,児童が法律によって認められた国籍,氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉(かんしょう)されることなく保持する権利を尊重することを約束する」

2016年10月 1日 (土)

義務教育ってタダのはずじゃないの?

 

 「義務教育はタダだ」って聞いたことがあるんですが,でも,給食費,副教材費,制服代,修学旅行代,卒業アルバム代とか,どうして実際にはいろいろお金がかかってるんですか?

 


 憲法という,日本の国のおおもとのルールには,

 「義務教育はタダです」と,はっきり書いてあります
【★1】


 そのまま素直に読めば,小学校や中学校ではお金がいっさいかからないように読めますよね。

 私立の学校は別ですが,少なくとも公立の学校ではいっさいお金がかからないように読めます。


 
ところが,教育基本法という法律では,

 「タダなのは授業料のことです」と,タダの範囲がせばめられています
【★2】



 今でこそ,小学校や中学校の教科書はタダでもらえますが,

 実は,むかしは教科書ですら,お金を出して買わなければいけなかったのです。

 「憲法に義務教育はタダだと書いてあるのに,どうして教科書を買わないといけないのか。国がお金を出すべきだ」という裁判も起きました。

 そのときの裁判所は,「憲法が言っているのは『授業料がタダ』ということ。教科書にお金がかかっても憲法違反ではない」と,訴えを認めませんでした
【★3】

 ただ,
その裁判のあいだに新しく法律が作られ,教科書もタダになりました【★4】

 1969年(昭和44年),ようやく全国の子ども全員が教科書をタダでもらえるようになったのです
【★5】



 けれど,授業料と教科書代以外のお金は,結局親が出さないといけません。


 1年間にかかる給食費は,公立の小学校は約4万3000円,中学校は約3万8000円です。

 給食費以外に1年間にかかる,副教材や修学旅行や制服などのお金も,公立の小学校では約5万2000円,中学校では約12万9000円あります
【★6】

 つまり,授業料と教科書代がタダでも,それ以外に1年間に約10万円~17万円近くもお金がかかる計算になります。

 これがとても負担になっている家庭が,たくさんあります
【★7】



 お金に余裕がない家庭のために,「就学援助(しゅうがくえんじょ)」という制度があります
【★8】

 市区町村が,給食費,副教材費,制服代,修学旅行代,卒業アルバム代などを出してくれます。

 もっとも,援助の内容は市区町村によって少しちがっています。




 「就学援助があるなら,それでいいじゃないか」と言う人もいるかもしれません。

 でも,私はそれはおかしいと思います。

 就学援助は,使う人と使わない人がいたり,内容が市区町村によってちがったりします。

 他方で,憲法は「義務教育はタダです」と言い切っています。

 お金のある・なしや,住んでいる場所によって,書き分けていません。



 義務教育は,「子どもたちのために,学ぶための時間と場所を,きちんとつくらないといけない」という,大人たちの義務です。


 家で親が子どもを育てるのに必要なお金は,当然,親が出しますね。

 それと同じように,

 
私たちの社会が用意した小学校・中学校という義務教育の場で,その学校生活に必要なものならば,

 私たちの社会が,そのお金を出さなければいけません
【★9】

 そうすることで,どの家の子も,どの地域の子も,すべてが安心してしっかりと学ぶことができ,

 そうやって子どもたちが育つことが,私たちの社会にとってもプラスになります。




 世界も,「小学校や中学校のような基本的なことを学ぶ場は,タダで通えるようにしよう」と確認し,約束しています
【★10】~【★12】

 そして,日本でさっき書いたような「教科書代がタダかどうか」が裁判で争われていた50年近くむかし,

 すでに他の国々では,学校に必要なものは全部タダにしようという動きが始まっていました
【★13】


 実は今,日本の中でも,学校にかかるお金が完全にタダなところが,いくつかあります【★14】

 でもそれは子どもの数が少ない地域で,「住む人が減るのを止めたい」という理由から,タダにしているものです。


 どこの家に生まれ育つか,そこにお金の余裕があるかどうか,それを子どもが選べないのと同じように,

 どこに暮らすか,義務教育のお金が全部タダな地域かどうかも,子どもは選ぶことはできません。



 だれであっても,どこであっても,公立の小学校・中学校では,お金の心配なく,安心してしっかり学べること。

 そういう社会を作ることが,私たち大人に課せられている義務だと,私は強く思っています。

 

 

【★1】 憲法26条2項 「すべて国民は,法律の定(さだ)めるところにより,その保護する子女(しじょ)に普通教育を受けさせる義務を負ふ(おう)。義務教育は,これを無償(むしょう)とする」
【★2】 教育基本法5条4項 「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料を徴収(ちょうしゅう)しない」
【★3】 最高裁判所大法廷昭和39年2月26日判決(民集18巻2号343頁) 「憲法26条は,すべての国民に対して教育を受ける機会均等の権利を保障すると共(とも)に子女の保護者に対し子女をして最少限度の普通教育を受けさせる義務教育の制度と義務教育の無償制度を定めている。しかし,普通教育の義務制ということが,必然的にそのための子女就学に要する一切の費用を無償としなければならないものと速断することは許されない。けだし,憲法がかように保護者に子女を就学せしむべき義務を課しているのは,単に普通教育が民主国家の存立,繁栄のため必要であるという国家的要請だけによるものではなくして,それがまた子女の人格の完成に必要欠くべからざるものであるということから,親の本来有している子女を教育すべき責務を完(まっと)うせしめんとする趣旨に出たものでもあるから,義務教育に要する一切の費用は,当然に国がこれを負担しなければならないものとはいえないからである。
 憲法26条2項後段の『義務教育は,これを無償とする。』という意義は,国が義務教育を提供するにつき有償としないこと,換言(かんげん)すれば,子女の保護者に対しその子女に普通教育を受けさせるにつき,その対価を徴収(ちょうしゅう)しないことを定めたものであり,教育提供に対する対価とは授業料を意味するものと認められるから,同条項の無償とは授業料不徴収の意味と解するのが相当である。そして,かく解することは,従来一般に国または公共団体の設置にかかる学校における義務教育には月謝を無料として来た沿革(えんかく)にも合致するものである。また,教育基本法4条2項および学校教育法6条但書において,義務教育については授業料はこれを徴収しない旨規定している所以(ゆえん)も,右の憲法の趣旨を確認したものであると解(かい)することができる。それ故(ゆえ),憲法の義務教育は無償とするとの規定は,授業料のほかに,教科書,学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償としなければならないことを定めたものと解することはできない。
 もとより,憲法はすべての国民に対しその保護する子女をして普通教育を受けさせることを義務として強制しているのであるから,国が保護者の教科書等の費用の負担についても,これをできるだけ軽減するよう配慮,努力することは望ましいところであるが,それは,国の財政等の事情を考慮て立法政策の問題として解決すべき事柄(ことがら)であつて,憲法の前記法条の規定するところではないというべきである。」
【★4】 義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律(昭和37年3月31日公布,同年4月1日施行),義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(昭和38年12月21日公布,同日施行)
【★5】 文部科学省ウェブサイト http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/990301m.htm
【★6】 文部科学省「平成26年度子供の学習費調査」http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/__icsFiles/afieldfile/2015/12/24/1364721_3.pdf
【★7】 本文でその後に述べている就学援助は,生活保護を受けている「要保護者(児童)」と,市区町村の教育委員会が要保護者に準ずる程度に困窮していると認める「準要保護者(児童)」が対象ですが,平成25年度の調査では要保護と準要保護児童生徒は151万4515人で,6人に1人は就学援助を受けている計算になります。
 文部科学省平成27年10月6日「『平成25年度就学援助実施状況等調査』等の結果について」http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/10/1362524.htm
【★8】 学校教育法19条 「経済的理由によって,就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては,市町村は,必要な援助を与えなければならない」
【★9】 「一律に強制的に徴収(ちょうしゅう)されている費目(ひもく)(教材費・給食費・制服代等)については,それが義務教育にとって必要なものならば無償の対象とすべきであり,必要がなければ強制すること自体が問題とされなければならないであろう」(日本教育法学会「教育法の現代的争点」62頁)。
【★10】 世界人権宣言26条1項 「すべて人は,教育を受ける権利を有する。教育は,少なくとも初等の及び基礎的の段階においては,無償でなければならない。初等教育は,義務的でなければならない。(略)」
【★11】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)第13条1項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は,教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並(なら)びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更(さら)に,締約国は,教育が,すべての者に対し,自由な社会に効果的に参加すること,諸国民の間及び人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する」
 同条2項 「この規約の締約国は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。(a) 初等教育は,義務的なものとし,すべての者に対して無償のものとすること。(略)」
 14条 「この規約の締約国となる時にその本土地域又はその管轄(かんかつ)の下にある他の地域において無償の初等義務教育を確保するに至(いた)っていない各締約国は,すべての者に対する無償の義務教育の原則をその計画中に定める合理的な期間内に漸進的(ぜんしんてき)に実施するための詳細な行動計画を2年以内に作成しかつ採用することを約束する」
【★12】 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)28条1項 「締約国は,教育についての児童の権利を認めるものとし,この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため,特に,(a)初等教育を義務的なものとし,すべての者に対して無償のものとする。(略)」
【★13】 「目を世界に向けるならば各国とも無償の範囲を拡大する傾向にある。それは教育費の私費負担の増大と教育内容の豊富化,教育活動領域の拡大に加え,権利としての教育理念の確立および,教育の機会均等の保障に伴う国家の義務という思想が,教育に浸透してきたためである。だから義務教育の無償は授業料という範囲に留まらず,教科書,学用品,給食,通学費,被服といった就学に要するすべての費用を生徒・保護者に負担させない方向に進んでいるのである。しかも非義務教育の無償化の拡大さえある現実の世界の動向を注目しなければならない」(小笠原正「憲法理念と教育法-判例評釈を中心として-113頁,昭和55年。注釈としてユネスコの「World Survey of Education II,1958」を摘示。http://unesdoc.unesco.org/images/0013/001364/136495eo.pdf
【★14】 朝日新聞2016年9月9日記事「義務教育 給食も教材費も… 『完全無償化』じわり拡大 子育て世帯の流出防ぐ」

2016年9月 1日 (木)

バイト先でミスすると給料から引かれてしまう

 

 高校生です。飲食店でバイトしてます。注文を間違えて作っちゃった商品がムダになったり,うっかり皿やグラスを割ったりすると,そのぶんが給料から引かれちゃうんですが,そんなにしょっちゅうミスしているわけでもないのに,これっておかしくないですか?

 


 はい。おかしいです。




 たしかに,法律の基本的なルールは,こうなっています。


 「わざと,または,うっかり,してはいけないことや約束違反をして,相手に迷惑(めいわく)をかけてしまったら,相手が損をしたぶんのお金を,払わないといけない」【★1】

 そのお金のことを,「損害賠償(そんがいばいしょう)」と言います。



 でも,雇(やと)われている人が,仕事でミスをして職場に迷惑をかけてしまったとき,

 何でもかんでも職場に損害賠償を払わないといけない,というわけではありません。




 職場には,他の人間関係とは,ちょっとちがうところがあります。

 「人を雇って働かせることで,職場には,お金をもうけられるというプラスがある」,ということです。



 そういう関係なのですから,

 雇っている人がふつうに働いている中でミスをしてしまったのなら,

 そのぶん起きたマイナスの損も,職場がかぶるべきなのです。

 人を雇って働かせることで,職場がプラスを得ているのに,

 マイナスのほうは働いている人に負わせる,というのでは,おかしなことです。



 いつもは正確に動く機械やロボットだって,故障したり動かなくなったりします。

 ましてや,人間は,機械やロボットではありませんから,

 どんなに気をつけていても,小さなミスをしてしまうことは,誰だってあります。



 職場が,できるだけ損をしたくないのなら,

 働いている人ができるだけミスを起こさないように,

 みんなの仕事のしくみを工夫しなくてはいけません。

 職場がそういう努力をしないで,何でもかんでも働いている人のほうに責任を負わせてはいけないのです。




 注文を間違えてしまったり,

 皿やグラスを割ってしまったり,

 おつりを間違えて客に渡してしまったりということは,

 どんなに気をつけていても,起きてしまうことのあるミスです。



 そういうミスなら,そのぶんは,

 職場があなたにお金を払えと求めることはできませんし,

 あなたも職場にお金を払わなくてよいのです
【★2】



 もちろん,物やお金を盗んだりするなど,従業員がわざと職場に損をさせたのなら,損害賠償を払わなければいけません。

 また,わざとではなくても,従業員のうっかりの度合いがあまりにもひどければ,やはり損害賠償を払わなければいけないことがありえます
【★3】



 でも,そんなふうに職場に損害賠償を払う必要がある場合でも,

 
職場が従業員の給料から一方的に差し引くことは,許されません【★4】【★5】

 一方的に給料から差し引いたら,そのようなことをした職場が,犯罪として処罰されます
【★6】


 職場がいったん給料の全額を払ってから,従業員が職場に損害賠償を払うか,

 あらかじめ従業員がOKしたうえで,給料から差し引くことにするか,

 そのどちらかでなければいけないのです。




 あなたの場合,

 ふつうのミスなのですから,損害賠償を職場に払わなくてもよいのに,

 さらに,一方的に給料からお金が差し引かれてしまっているので,

 職場がしていることは,二重におかしいのです。




 勝手に差し引かれてしまっている分のお金は,払ってもらうように,職場に求めることができます。




 弁護士をつけて話し合いをしたり,裁判をしたりして払わせることもできますが,

 労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)という国の役所や,各都道府県の労政事務所(ろうせいじむしょ)に解決を求めるのが,費用もかからず,スムーズなことも多いです。




 一人ひとりが安心して働くことができるよう,

 法律がいろんなルールで働く人を守っているということを,

 ぜひ知っておいて欲しいと思います。

 

 

【★1】 民法415条 「債務者(さいむしゃ)がその債務の本旨(ほんし)に従(したが)った履行(りこう)をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責(せ)めに帰(き)すべき事由(じゆう)によって履行をすることができなくなったときも,同様とする」
 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★2】 そもそも労働過程において通常求められる注意義務を尽(つ)くしているとして損害賠償が否定されているケースとして,大阪地方裁判所平成10年1月23日判決(労働判例731号14頁。上司への報告や関係部署との打合わせを十分行わない等の職務上の不始末により会社に損害を与えたとしてなされた元労働者への損害賠償請求が退けられた事例),大阪地方裁判所平成11年9月8日判決(労働判例775号43頁。病院が雇用するリハビリ治療者の過失によって入院患者を負傷させ治療費の支払を余儀なくされたとして病院が労働者に対して行った損害賠償請求が,同人に過失は認められないとして棄却された事例)等。
 また,軽過失の場合には労働者に損害賠償義務が生じない(当該事案としては使用者が労働者に求償権を行使できないという結論)と判示したものとして,名古屋地方裁判所昭和62年7月27日判決(労働判例505号66頁)。「原告〔注:会社〕は被告〔注:従業員〕の労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして,損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である」
【★3】 ただし,従業員が損害賠償を払わないといけない場合でも,必ず全額を払わないといけないのではなく,いろんな状況をもとに,金額が制限されます。
 最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決(民集30巻7号689頁) 「使用者が,その事業の執行(しっこう)につきなされた被用者(ひようしゃ)の加害行為により,直接損害を被(こうむ)り又(また)は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若(も)しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般(しょはん)の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償(きゅうしょう)の請求をすることができるものと解すべきである」(この事案の結論として,従業員が払う額を4分の1に制限)
【★4】 給料は,全額を労働者に払わなければいけません。これを,「全額払いの原則」と言います。
 労働基準法24条1項 「賃金は,通貨で,直接労働者に,その全額を支払わなければならない。(略)」
【★5】 最高裁判所第二小法廷昭和31年11月2日判決(民集10巻11号1413頁 ) 「労働基準法24条1項は,賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨(むね)を規定し,これによれば,賃金債権(さいけん)に対しては損害賠償債権をもって相殺(そうさい)をすることも許されないと解するのが相当である。」
【★6】 労働基準法120条 「次の各号の一に該当する者は,30万円以下の罰金に処(しょ)する。 一 …第23条から第27条まで…の規定に違反した者 (略)」

2016年8月 1日 (月)

性病をうつされた…相手を訴えたい

 

 18歳です。彼氏から性病をうつされて,この前別れました。彼氏を警察に訴えたり,治療費や慰謝料(いしゃりょう)を払うよう請求したりすることはできるんですか。

 


 りくつからいえば,

 彼氏が犯罪として処罰されることはありえますし,

 彼氏があなたに治療費や慰謝料を払わなければいけないこともありえます。

 でも実際には,とても難しいです。




 性病のことを,この記事では,性感染症(せいかんせんしょう)と言います。




 りくつからいえば,

 性感染症をうつすことは,犯罪になる場合があります。



 彼氏が自分の性感染症を知っていて,

 あなたにわざとうつすつもりでセックスをしたなら,

 傷害罪(しょうがいざい)という犯罪です
【★1】

 「ひょっとしたらうつるかもしれないけど,そうなってもいいや」,

 そう思っていたなら,やはり傷害罪です
【★2】

 「うつすつもりはなかったけど,うっかりうつしてしまった」,というときは,

 過失傷害罪(かしつしょうがいざい)という犯罪です
【★3】


 でも,犯罪として処罰されるのは,実際には,よほどひどい場合でしか,ありません。



 今から60年以上も前の古い刑事裁判で,性感染症をうつしたことが犯罪として処罰されたものが,いくつかあります。

 でも,それらは,

 セックスじたいが暴行といえるようなものや
【★4】

 「占い」を装(よそお)って,だます形で相手に性感染症をうつしたというものでした
【★5】

 ふつうにセックスして性感染症をうつした,というケースではありませんでした。



 刑事裁判では,

 「この人がこんな犯罪をした」ということが,しっかり証明できていないといけません。

 その証明のハードルは,とても高いのです
【★6】


 本当にその人から性感染症をうつされたのか,

 他の人からうつされた可能性がないか,

 それをはっきりさせるために,

 セックスという,とてもプライベートなことが,慎重(しんちょう)に調べられます。

 被害を受けた人は,警察官や検察官にくりかえし話をしなければいけないので,とても大変です。

 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,刑事裁判にまではならないことが,ほとんどなのです。




 わざと,または,うっかり,やってはいけないことをして,誰かに迷惑をかけてしまったら,「損害賠償(そんがいばいしょう)」というお金を払わないといけません【★7】

 治療費や慰謝料は,損害賠償として払うお金の一例です。



 裁判所が,性感染症をうつした人に,「損害賠償を払いなさい」という判決を言い渡したことがあります。

 しかしその民事裁判では,訴えられた人が,

 「自分が相手に性感染症をうつしてしまったことじたいは,そのとおりです」,

 と認めていました
【★8】


 もし,そのケースとはちがって,

 訴えられたがわが「自分はうつしていない」と争ってきたら,

 その人から性感染症をうつされたということを,被害者が証明しないといけないので,とても大変です。

 また,がんばって証明できても,

 損害賠償で認められる金額がそれほど大きくなく,

 裁判にかかる費用と見合わない,ということも多いでしょう。

 さらには,「被害者のがわも,性感染症をうつされないように安全なセックスを心がけなかった」,という落ち度を理由に,

 損害賠償の金額を裁判所に低くされてしまう,ということもありえます
【★9】


 そういういろんなハードルがあるので,

 実際には,白黒の決着をつける裁判にまではならずに,

 話し合いで解決していることが多いです。

 裁判所の中で話し合う「調停(ちょうてい)」というやりかたもあります。

 ただ,話し合いにしても,裁判所の調停にしても,

 法律的なことですから,

 あなたがまだ20歳になっていなければ,親にないしょで進めることはできません
【★10】


 いろんなハードルがありますが,あなたの場合にどんな見通しになるか,弁護士に相談してみてください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。





 性感染症をうつした人の,法律的な責任のことについて,今まで書きました。


 でも,

 「性感染症は,この社会をつくっている私たち一人ひとりみんなが,広い意味での責任を負っている」,

 私は,そう思っています。




 性感染症をうつされたあなたも,うつした彼氏も,

 性感染症がどういうものか,とか,

 性感染症がうつりづらい,より安全なセックス(セーファーセックス)をどうすればいいか,について,

 大人たちから,きちんと教えてもらえていなかったのだと思います。



 性とは,自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 性感染症の菌やウイルスは,愛情や信頼では,防ぐことも治すこともできない,ということ。

 自分と相手を大切にするためにこそ,いつもセーファーセックスを心がける必要がある,ということ。

 そういうメッセージを,大人たちは子どもたちにきちんと伝える責任がある,と私は思っています。




 性感染症は,いろんなものがあります。

 早めに治療を受ければ,数週間や数ヶ月で治るものが多いです。



 しかし,完全に治すことができない性感染症もあります。

 HIV(エイチ・アイ・ヴイ),AIDS(エイズ)は,その一つです。




 私は,弁護士として,HIVをもっている人たちのサポートをしています。




 HIVは,ウイルスの名前です
【★11】

 HIVに感染しても,他の性感染症のような,自覚症状(じかくしょうじょう)がありません。

 自分で意識して血液検査を受けなければ,感染しているかどうかはわかりません
【★12】

 HIVに感染すると,体の免疫力(めんえきりょく)が,少しずつ下がっていきます。

 健康な体ではふつう起きない病気に,かかりやすくなるのです。

 そうやって,HIVに感染し,免疫力が下がってかかる病気のことを,AIDS(エイズ)といいます
【★13】



 30年以上前は,薬の開発が今ほど進んでいなかったので,

 HIV・エイズは,「死の病気」としておそれられ,

 日本や他の国で,大きなパニックになりました。

 HIVをもっている人に,とても強い差別や偏見(へんけん)が起きました。




 今は,医療がだいぶ進みました。

 HIVのウイルスを体の中から完全になくすことは,まだできませんが,

 きちんと薬を飲めば,エイズを発症することをおさえて,感染していない人と変わらない生活を送り,長生きもできるようになっています。



 しかし,そのように医療が進んでも,

 HIVやエイズに対する差別・偏見は,社会の中に,今も根強く残っています。

 特に,職場でHIVを理由にクビにされてしまうことが,多く起きています
【★14】


 あなたの相談のような,「うつした・うつされた」という当事者どうしのトラブルも,

 HIVだと,他の性感染症よりもいっそう,深刻なものになりがちです。

 それも,社会に差別・偏見があるせいだと,私は実感しています。




 今,日本では,2万5000人くらいの人が,HIVをもっています。



 HIVをもっている人も,もっていない人も,

 すでに,みんながいっしょに,この社会の中で暮らしているのです。



 一人ひとりが大切にされる社会。

 HIVをもっている人への差別や偏見がない社会。

 そういう社会であることが大切だと,強く思っています。



 日本で,新たにHIVに感染したり,エイズを発症したりするのがわかる人は,

 1年間に,1500人くらいいます。

 じつは,そのうちの4分の1が,10代・20代の人たちです。



 HIV・エイズについての,とてもわかりやすいパンフレットを,ネットで読むことができます。

 10代のみなさんに,ぜひ読んでほしいと思います。

 「もっと自分のカラダのことを知ってみよう」(NPO法人akta)

 
http://www.akta.jp/karada/


 また,HIV・エイズについてもっとくわしく知りたいときや,

 感染しているか不安,感染して困っている,などの相談をしたいときには,

 「NPO法人ぷれいす東京」のウェブサイトに,アクセスしてみてください。

 
http://www.ptokyo.org/

 

【★1】 刑法204条 「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役(ちょうえき)又(また)は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
【★2】 このような場合を「未必(みひつ)の故意(こい)」と言い,わざとやったことと同じように処罰されます。
【★3】 刑法209条 「過失(かしつ)により人を傷害した者は,30万円以下の罰金又は科料(かりょう)に処する」
【★4】 大分地方裁判所昭和29年12月8日判決・刑集11巻6号1727頁 「罪となるべき事実 被告人(ひこくにん)は…隣室の妻子の動静を気にしながらVのズロースを引きぬいて同女の身体にのしかからう(のしかかろう)としたところ,…同女が…余り強く抵抗(ていこう)しないのに乗(じょう)じて『静かにしろ』と押強くいって同女の身体にのしかかり,同女の明示的な承諾(しょうだく)がないのに勝手に自己の陰茎(いんけい)を同女の陰部(いんぶ)に押しつけてその膣口附近に射精する等の暴行を加え,因(よ)って自己の保有する淋菌(りんきん)含有(がんゆう)精液を同女の膣口内に滲透(しんとう)させて同女に治療日数約15日を要する淋菌性子宮周囲炎を感染せしめ以(もっ)て傷害を与え…たものである」「法令の適用 …なお検察官は被告人Aの…所為(しょい)は強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)を構成すると主張するが強姦罪の構成要件(こうせいようけん)である暴行脅迫はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除(はいじょ)するに足(た)るものであることを要すると介すべきところ本件被告人Aのなした暴行は判示の通りであって右の程度に至(いた)らないものと認められるので同罪は成立しないものといわなければならない。然(しか)しながらかかる場合にも手段たる暴行,目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは勿論(もちろん)であるから右被告人が判示…の如(ごと)き暴行を加えて自己の病毒をVに感染せしめた以上素(もと)より傷害罪の罪責(ざいせき)を免(まぬが)れることはできない」 
【★5】 前橋地方裁判所昭和24年12月15日判決・刑集6巻6号799頁 「被告人は,…易占(えきうらない)を業(ぎょう)としているものであって急性りん菌尿道炎にかかっているものでこれは自覚症であるのに,…6回にわたり,…易を占って貰(もら)いに来たV(注:20歳女性)に対して,あなたは処女性を失っている,小学校当時陰部をいたづらしたことがあるのなら将来立派な処女として結婚できるように自分がよけをしてあげる,と云(い)って同女の外陰部に被告人の陰茎を押し当て,このために同女をして淋菌性子宮内膜炎の疾病(しっぺい)を生(しょう)ぜさせたものである」
 同事案の上告審判決:最高裁判所第二小法廷昭和27年6月6日判決・刑集6巻6号795頁 「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損(きそん)するものである以上,その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従(したが)って,これと見解を異(こと)にする論旨(ろんし)は採用できない」
【★6】 最高裁判所第一小法廷昭和23年8月5日判決・刑集2巻9号1123頁 「元来(がんらい)訴訟上の証明は,自然科学者の用いるような実験に基(もとづ)くいわゆる論理的証明ではなくして,いわゆる歴史的証明である。論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し,歴史的証明は『真実の高度な蓋然性(がいぜんせい)』をもって満足する。言いかえれば,通常人なら誰でも疑(うたがい)を差挾(さしはさ)まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」 
【★7】 民法709条 「故意(こい)又(また)は過失(かしつ)によって他人の権利又は法律上保護される権利を侵害(しんがい)した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
【★8】 東京地方裁判所平成14年10月24日判決・LLI/DB判例秘書登載 「第2 事実の概要」「2 争いのない事実 …原告がヘルペスに感染したのは,被告と性交渉したためである」「4 被告の主張 被告は,原告との性交渉をする以前から現在に至るまでの間,ヘルペスの自覚症状や他覚症状は一切なく,自己がヘルペスに感染しているという認識は全くなかった。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意,過失がない」「第3 当裁判所の判断 …被告は,原告との性交渉をした時までに,他の複数の女性と性交渉を持ったことがあったことが認められる。そして,この事実に前記ヘルペスういるすの感染,発症に関するメカニズムを併(あわ)せ考えると,被告は,原告との性交渉の当時,ヘルペスが発症していた可能性が極めて高いといわざるを得ない。そうすると,…被告は,原告の性交渉の当時,自分がヘルペスに感染していることを知っていたか,又は少なくとも自己の身体を注意していればヘルペスに感染していることを知ることができたということができる。したがって,被告は,原告にヘルペスを感染させたことについて,故意又は過失があるから,原告に対し,不法行為による損害賠償責任を負う」
【★9】 「過失相殺(かしつそうさい)」といいます。
 民法772条2項 「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」
【★10】 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない」
 民法824条 「親権を行う者は,子の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為についてその子を代表する」
 民事調停法22条 「特別の定めがある場合を除いて,調停に関しては,その性質に反しない限り,非訟(ひしょう)事件手続法第2編の規定を準用する…」
 非訟事件手続法16条1項 「当事者能力,非訟事件の手続における手続上の行為…をすることができる能力…,手続行為能力を欠く者の法定代理及び手続行為をするのに必要な授権については,民事訴訟法…第31条…の規定を準用する」
 民事訴訟法31条 「未成年者…は,法定代理人によらなければ,訴訟行為(そしょうこうい)をすることができない」
【★11】 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)
【★12】 血液検査は,病院だけでなく,保健所など,いろんなところで受けられます。「HIV検査相談マップ」http://www.hivkensa.com/ 感染初期は,ウインドウ期間と言って,検査をしてもわからない時期なので,不安なことがあったら,その2~3か月後に検査を受けるようにしましょう。
【★13】 Acquired Immuno-Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)。代表的な23の病気があり,それを発症した時点でエイズと診断されます。
【★14】 ・ 東京地方裁判所平成7年3月30日判決・労働判例667号14頁(タイの現地法人に派遣(はけん)された労働者が,無断でなされたHIV抗体(こうたい)検査で判明した陽性の事実を本社に通知され,感染を理由に解雇(かいこ)されたことが違法とされた事例)
・ 千葉地方裁判所平成12年6月12日判決・労働判例785号10頁(会社が外国人従業員を排除(はいじょ)しようという不当な意図の下に,定期健康診断の際に無断でHIV検査を依頼し,その検査結果表を受け取り,感染を実質的な理由として解雇をなしたことが違法とされた事例)
・ 東京地方裁判所平成15年5月28日判決・労働判例852号11頁(警視庁警察官に採用された者に対し採用時に同意なくして合理的必要性も認められないHIV抗体検査を実施したこと及び陽性との結果を示して辞職を勧奨(かんしょう)したことが違法な公権力の行使であるとして国家賠償責任が認められた事例)
・ 福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決・判例時報2239号88頁,福岡高裁平成27年1月29日判決・判例時報2251号57頁(看護師の本人の同意無くHIV陽性の情報を病院医師や職員らに情報共有されたことが個人情報保護法に違反し本人のプライバシー侵害であること,その後病院が本人との面談でHIV感染を理由に就労制限をしたことが働く権利を侵害するものであるとして損害賠償請求が認容された事例)

2016年7月 1日 (金)

合法だって聞いてるクスリで捕まる?

 

 以前友だちに「合法だから大丈夫」って勧められたクスリを,今も時々一人で使っちゃうんだけど,やっぱり見つかったら捕まりますか?

 

 

 覚せい剤や麻薬は犯罪だと,あなたも知っていますよね【★1】

 だからなおさら,「これは合法なクスリだから大丈夫」と,思いたいのですよね。



 人を処罰する法律は,内容がはっきりしている必要があります【★2】

 もし,人を処罰する法律が,あいまいでいいかげんな内容だと,

 予想外のことで,突然捕まるかもしれず,

 誰もが,安心して暮らすことができなくなってしまうからです。



 だから,「どんな薬物がダメなのか」も,法律にはっきり書かれています。


 でも,「みんなが安心して暮らせるように」と法律がはっきりさせていることを逆手(さかて)にとって,

 その規制にひっかからないようにした薬物が,世の中に出回ります。

 新しい法律を作って,それを取り締まっても,

 今度はまた,少しだけ成分を変えた,似たような薬物が,新しく出回ります。

 そういうことが,いたちごっこのように繰り返されてきました。



 そんなふうに,法律のすきまをねらった薬物のことを,

 「危険ドラッグ」と呼んでいます。

 (「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼んでいたこともありました。)




 あなたが友だちからもらったクスリは,「合法だ」と聞いているのですね。

 でも,本当にそうなのかどうかは,クスリの外見からは,わかりません。

 「成分を調べてみたら,実は規制されているものだった」ということも,じゅうぶんあるでしょう。



 そういったとき,「合法だ」と信じていたなら,罪に問われなくて済むのでしょうか。


 そんなことはありません。



 たしかに法律は,「犯罪をするつもりがなかったら,処罰しない」としています【★3】

 でも,友だちから「合法」と言われたのを,あなたが信じただけなら,

 「犯罪をするつもりがなかった」とは認められないのが,ほとんどです。

 薬局で堂々と売っている薬ではない。

 コンビニなどで堂々と売っているサプリでもない
【★4】

 使うと特別な気分になれて,また使いたくなるもの。

 そして,勧めるほうが,わざわざ「合法だから」と説明するくらい,あやしいもの。

 そういうものは,「合法だ」という言葉を信じただけでは,そう簡単には許されません
【★5】【★6】

 「あぶない」と感じて,そこで踏みとどまらないといけないのです。




 では,成分を調べてみた結果,友だちが言うとおり,規制されているものでなかったら。



 たしかに,その場合は犯罪にはなりません。



 でも,あなたが19歳以下なら,

 たとえ犯罪をしていなくても,

 「このままでは犯罪をするかもしれない」という理由で,

 警察に捕まって,家庭裁判所に送られることがあります。


 これを,「ぐ犯(ぐはん)」と言います
【★7】



 「たばことお酒はなんでダメなの?」の記事に書いたように,

 たばこやお酒は,

 吸ったり飲んだりした子どもが,犯罪として処罰されるわけではありませんし,

 大人になれば,吸ったり飲んだりしても,法律上は問題になりません。



 そのようなたばこやお酒とちがい,

 
薬物が犯罪として処罰される理由は,

 私たちの健康を守るためということに加えて,

 他の人々や私たちの社会を傷つける危険が,とても高いからです
【★8】


 頭がすっきりし,体が軽くなったり,

 とても気持ちがよくなったりする薬物。

 1回使ってみただけでは,いきなり人生がダメになるようには感じないので,

 「もう1回使ってみたい,もう1回だけなら大丈夫だろう」,と思ってしまいます。



 そうやって繰り返していくうちに,薬物を使うペースが,どんどん早まっていきます。

 やがて,頭の中は薬物のことを考えるのでいっぱいになり,

 生活がどんどんと崩(くず)れていきます。

 そして,家族,学校,職場などの,周りの人たちとのトラブルが,増えていきます。



 薬物を買うお金がなくなり,

 借金を繰り返したり,

 誰かにお金をせびったり,

 お金を手に入れるために,何かの犯罪に手をそめてしまったりします。

 薬物の売り買いで動くお金は,暴力団などの資金源になります。



 薬物を使ったときの幻覚(げんかく)や妄想(もうそう)などのせいで,

 人を殺してしまったり,車で人をはねてしまったりする悲惨(ひさん)な事件まで,起きてしまいます。



 だから,法律は,他の人々や私たちの社会を傷つけないよう,

 薬物を使うことを,犯罪として厳しく取り締まっているのです。




 でも,本当は誰よりも,薬物を使っているその人自身が,一番傷ついています。



 何かにハマって,生活がおかしくなることを,「依存(いぞん)」と言います。


 薬物依存は,病気です【★9】

 自分で自分自身をコントロールできなくなる,病気なのです。


 だから,

 犯罪者として責(せ)められ,こらしめられたり
【★10】

 「今後一切やりません」と,無理をして張り切って裁判所で誓(ちか)ったりしても,

 それで薬物依存から抜け出すことは,とても難しい。

 
薬物依存から抜け出すためには,

 
病気としてきちんとお医者さんの治療を受け【★11】

 
薬物を使いたくなる自分と向き合いながら,

 「今日一日,薬物をやらずに過ごせた」と,毎日を少しずつ積み重ねていくことのほうが
【★12】

 何倍もだいじなのです。



 薬物依存は,「人間関係の病気」とも言われます【★13】


 「気分がよくなるよ」

 「嫌なことを忘れられるよ」

 「勉強がはかどるよ」

 「だるさがとれて,すっきりするよ」

 「ダイエットに効くよ」

 「セックスのときに気持ちよくなるよ」



 その薬物の誘いを断ったら一人ぼっちになってしまうという不安,

 すでに一人ぼっちに感じていたというさみしさ,

 薬物は,そういった心の痛みを,紛(まぎ)らせます。



 でも,そうやって薬物にハマるほど,人々がどんどん離れていき,

 むしろ,ますます一人ぼっちになっていきます
【★14】


 だからこそ,薬物依存から抜けるためには,

 「一人ぼっちではない」と実感できることが大切なのです。


 薬物依存の人たちで集まって語り合う「自助(じじょ)グループ」がありますし,

 人間関係の問題を解決するために,私たち弁護士もサポートすることができます。




 法律は,どんな人も,一人ひとりを大切にしています。

 今,一人で時々薬物を使っているというあなたも,大切な存在です。




 日本ダルク(03-5369-2595,
http://darc-ic.com/)や,

 各都道府県の精神保健福祉センターが,あなたの相談に乗ってくれます。

 (これらに相談をしても,警察に通報されることはありませんから,安心してください。)



 その薬物が合法かどうか,捕まってしまうのか,と不安になるよりも,

 それを使わなくてすむようにするための一歩を,ぜひ今,踏み出してみてください。

 私はあなたに,それを強く願っています。

 

 

【★1】 覚せい剤取締法19条 「左の各号に掲(かか)げる場合の外(ほか)は,何人(なんぴと)も,覚せい剤を使用してはならない。
 一 覚せい剤製造業者が製造のため使用する場合
 二 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が施用する場合
 三 覚せい剤研究者が研究のため使用する場合
 四 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者が施用する場合
 五 法令に基(もとづ)いてする行為につき使用する場合」
 同法41条の3 「次の各号の一に該当する者は,10年以下の懲役(ちょうえき)に処(しょ)する。
 一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者 (以下略)」
 麻薬及び向精神薬取締法12条1項 「ジアセチルモルヒネ,その塩類又はこれらのいずれかを含有(がんゆう)する麻薬…は,何人も,…施用し…てはならない。(以下略)」
 同法27条1項 「麻薬施用者でなければ,麻薬を施用し…てはならない。(以下略)」
 同法64条の3第1項 「第12条第1項…の規定に違反して,ジアセチルモルヒネ等を施用し…た者は,10年以下の懲役に処する。」
 同法66条の2第1項 「第27条第1項…の規定に違反した者は,7年以下の懲役に処する。」
【★2】 「罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)」の「明確性の理論」と言います。
 「犯罪と刑罰は明確に定められていなければならないという明確性の理論が主張されている。罪刑法定主義は,あらかじめ明確な条文により犯罪行為を国民に明示することにより,(イ)何が犯罪行為であるかと告知して,国民に行動の予測可能性を与え,(ロ)同時に法執行機関の刑罰権の濫用を防止するとされる。…国民は刑罰法規を認識して行動するのであり,それ故に,『国民から見て不明確な文言を含む刑罰規定は,憲法31条に違反し無効である』と考えるのである。この明確性の理論を,わが国の最高裁判例は正面から認めている。」(前田雅英「刑法総論講義第3版」77頁)
【★3】 刑法38条1項 「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」
【★4】 もっとも,薬局で売っている市販薬や,コンビニなどで売っているお酒などでも,依存症になることがあります。
【★5】 東京高等裁判所平成23年8月18日判決(高等裁判所刑事裁判速報集(平23)号126頁) 「被告人(ひこくにん)は,このような経緯(けいい)により,白人に確認した上で合法ドラッグと信じて購入したのであり,違法な薬物であるとは全く思わなかったなどというのである。しかし,相手の言をそのまま信じることができるのは,相応の相手,場所,状況の下で納得できる説明があるからであるが,本件はこれに全く当たらない。被告人の供述(きょうじゅつ)によれば,本件の薬物は,見知らぬ外国人がバーで密(ひそ)かに売ろうとしていたというのであり,被告人が違法であれば買わないと言ったとすれば,それは正(まさ)に自身が違法な薬物である可能性を認識していたからこそ確認したにほかならない。そして,被告人が違法であれば買わないと言った場合に,これを売ろうとしている売主が敢(あ)えて違法であるなどという由(よし)もなく,いくらその外国人が合法と言ったからといって,被告人においてその言を信用するような相手,場所,状況の下には全くなく,説明も何もないのであって,違法薬物であるとの疑いが払拭(ふっしょく)されないことは火を見るより明らかである。そのような状況等の下(もと)で,被告人は,実際にはケタミンであった粉末を購入したのであって,被告人には,その粉末が,通常では入手し難い違法薬物であるかも知れないとの認識があったことは明らかであり,その認識を全く欠くに至(いた)った旨の被告人の供述は信用できない。…本件各犯行につき被告人の故意(こい)を認めた原判断は相当である。」
【★6】 もちろん,りくつからいえば合法ドラッグだと思っていたとして無罪になることはありますが(大阪地方裁判所平成21年3月3日判決,裁判所ウェブサイト掲載判例),数は少ないです。
【★7】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,裁判になることもあるのです。
少年法3条「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由があって,その性格又は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと
 ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★8】 金尚均教授は,「薬物事犯は『国民の健康』を保護法益(ほごほうえき)とし,社会的法益として位置づけられるが,罪質(ざいしつ)としては抽象的危険犯である。薬物問題は,社会的不安の要因として厳しい刑罰の対象とされてきたのであり,古くて新しい問題である」と鋭く指摘し,薬物依存に刑罰を科すことの理論的な問題とその限界を示しています(金尚均「ドラッグの刑事規制 薬物問題への新たな法的アプローチ」)。
【★9】 WHO(世界保健機構)の「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」 F1x.2 依存症候群 「ある物質あるいはある種の物質使用が,その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より,はるかに優先するようになる一群の生理的,行動的,認知的現象。依存症候群の中心となる記述的特徴は,精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても),アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く,時に抵抗できない)である。ある期間物質を禁断したあと再使用すると,非依存者よりも早くこの症候群の他の特徴が再出現するという証拠がある。」
【★10】 薬物で長い期間刑務所に入れるだけでは再犯を繰り返してしまうので,「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」という新しい法律ができ,先月(2016年6月)から施行されています。刑務所から出たあとも,保護観察所の監督を受けながら,更生プログラムを受けたり,自助グループに参加したりするという制度です。
 同法律1条 「この法律は,薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため,刑事施設における処遇(しょぐう)に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑(かんが)み,薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し,その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について,刑法…の特則を定めるものとする。」
【★11】 「院長は私にこう言った。私はこの言葉を一生忘れることができない。『水谷先生,彼を殺したのは君だよ。いいかい,シンナーや覚せい剤は簡単にやめさせることができない。それは”依存症”という病気だからだ。あなたはその病気を”愛”の力で治そうとした。しかし病気を”愛”や”罰”の力で治せますか?高熱で苦しむ生徒を,愛情をこめて抱きしめたら熱が下がりますか?『お前の根性がたるんでるからだ』と叱って,熱が下がりますか?病気を治すのは私たち医者の仕事です。無理をしましたね』 そう言われて,私は返す言葉もなくうなだれた。(略)これが私とドラッグの闘いの出発点だった。」(水谷修「夜回り先生」64頁)
【★12】 「私たちダルクの仲間たちが合言葉にしている一つのキーワードを紹介しよう。それは『ジャスト・フォー・トゥディ(今日一日)』という言葉である。この言葉をわかりやすく説明するなら,薬物依存者が薬物をやめようとするときに,これから先二度と手を出さないと決意するのではなく,とりあえず今日一日は使わないようにしようとする考え方,と言うことができるだろう。すなわち,先のことは先のこととして,いまはとにかくクスリを使わない,そうした時間を少しずつ積み重ねていくことによって,結果的に薬物をストップしようという考え方である。私自身,そして多くの仲間たちの経験からも,これが薬物をやめるためにとても効果のある,重要な方法論であることは間違いない。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」46頁)
【★13】 「私は,薬物依存とは『痛み』と『寂しさの痛み』の表現だと受けとめている。『痛み』とは身体的な痛みで,『寂しさの痛み』とは自分は学校や社会の中で必要とされていない,役に立たないという気分の悪さ,疎外感(そがいかん),虚(むな)しさ……という心の痛みである。(略)もう一つ,薬物依存を理解するうえでキーワードとなるのは『恨(うら)み』の感情だ。薬物依存者の心の中は,自分ではコントロールできない恨みの感情で満ちている。薬物依存者は家庭や学校,職場で,自分の思い通りにならなかった体験をたくさん抱えている。コンプレックスと言い換えてもいい。(略)薬物依存は”人間関係性の病”とも呼ばれるが,それは恨みの感情からきているのだと思う。」(近藤恒夫「薬物依存を越えて 回復と再生のプログラム」2頁)
【★14】 「一般に,薬物乱用は青少年期に始まることが多いわけですが,ドナルド・イアン・マクドナルド(Donald Ian Macdonald)は薬物乱用の重症度を4つの段階に区分しております。…①気分変化を学ぶ段階 青少年はとくに仲間の影響(peer pressure)を受けやすく,たいていは仲間から誘われて薬物を使い始めます。また,好奇心や冒険心からも依存性薬物を試します。さらに親や社会への反抗として薬物を使ったり,虐待やいじめなど不当な扱いへの反応として使うこともあります。あるいは疎外感,孤独感,不全感,低い自己評価や自身のなさなどによる情緒障害を紛らすためにも,薬物を試します。ひとたび薬物を経験すると,薬物は『こころの痛み』や『からだの痛み』を和らげてくれ,『快の体験』をもたらす効果を持つので,その気分の変化を進んで学ぼうとします。この段階では,薬物は友人を介して入手し,主にグループで使用しています。徐々に使い方も慣れてうまくなり,週末ごとの使用にまで進行します。…②気分変化を求める段階 薬物の味をしめてくると,週末だけの使用から週数回使用頻度となり,薬物を入手するのに金を出して買うようになり,自宅で単独で使用することも見られます。…③気分変化に熱中する段階 薬物使用の頻度はほとんど毎日となり,いわゆる薬物にはまり込んだ状態です。…④正常を保つために使う段階 この段階は,強迫的に使用する状態に該当すると思われます。自分で止めようと思っても止められないものですから,そのみじめさを直視することが苦しくて,ひとたび使い出すと薬物がなくなるまで,集中的に使う段階に入ります」(小森榮「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」第19章「対談 薬物依存の治療と回復」小沼杏坪医師・小森榮弁護士)

2016年6月 1日 (水)

生活保護を受けている家でも奨学金で大学に行ける?

 

 高校2年生です。母と二人暮らしで,生活保護を受けています。卒業後の進路に悩んでるんですが,家が生活保護を受けていても,大学に行けるんですか。もし行けるとしたら,奨学金を使うことになると思うんですが,奨学金を借りたら後で返すのが大変だと聞いていて,それも心配です。

 

 大丈夫です。

 家が生活保護を受けていても,大学に行くことはできます。




 「お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなるよ!」



 私が,進路とお金に悩んでいたある高校生にそう話すと,

 その子も,それを聞いていた周りの大人も,びっくりした顔をしていました。

 そしてその次に,「それなら,がんばってみよう」と,みんな明るい顔になったのが,とても印象的でした。

 「自分も大学に行けるんだ」。

 そういう前向きな気持ちを,ぜひ持ってください。




 生活保護のお金は,生活するのにぎりぎりの額なので
【★1】

 そこから大学に行く費用を出すのは難しい,とあきらめていませんでしたか。



 生活保護だと,役所から「働ける人は働きましょう」と言われるから,

 高校を卒業したら,大学に行かずに働かないといけない,とあきらめていませんでしたか。

 あるいは,働きながら通える夜間大学しか選べない,とあきらめていませんでしたか
【★2】



 役所のケースワーカーさんに,早めに相談をしてください。

 あなたが高校を卒業するときに,「世帯分離(せたいぶんり)」という手続をとってもらえば,

 あなたが大学に行くことができます
【★3】



 生活保護のお金は,一人一人の個人に払われるのではありません。

 世帯に払われます
【★4】

 世帯というのは,「家計を一緒(いっしょ)にしている家族」のことです。

 あなたの場合は,今,あなたとお母さんの2人分の生活保護のお金が,お母さんに払われています。



 その世帯を分けて,別々にするのが,「世帯分離」です。

 あなたの場合,世帯分離をすると,

 お母さん一人の世帯と,あなた一人の世帯の,2つの世帯ができます。

 「世帯分離」は,書類の上の手続きなので,

 実際にお母さんと離れて暮らす必要まではありません。

 お母さんと一緒に暮らし続けることができます。



 お母さんは,引き続き生活保護を受けることができます。

 ただし,世帯からあなたが抜けるので,

 生活保護のお金は,お母さん一人分に減ります。



 あなたのほうは,生活保護を止めます。

 そして,奨学金や,アルバイトで稼いだお金で,学費と生活費をまかなうのです。

 もし,離婚したお父さんがいるなら,お父さんにも学費や生活費を負担してもらうように,話をしてみてください
【★5】


 あなたがお母さんと世帯が一緒のままだと,

 あなたがかせいだお金や,他から受け取ったお金は,役所に返さないといけません。

 (その理由は,「アルバイトをしたら生活保護の不正受給と言われた」の記事を見てください)

 でも,世帯分離をすれば,その必要がなくなります。

 あなたがかせいだお金や,奨学金,お父さんからのお金を,あなたが自分のために使えます。


 また,入学の時に必要になるお金を,今のうちから,生活保護のお金の中からやりくりして貯めておくこともできますから,ケースワーカーに相談してください【★6】



 「奨学金を借りたら,後で返すのが大変だ」と,よく言われますね。



 「奨学金」と聞いて多くの人がイメージするのは,

 「日本学生支援機構」という,国の奨学金です
【★7】

 むかしは,「日本育英会」という名前でした。



 大学を卒業した時点で,返さないといけない奨学金は,何百万円にもなります。

 日本学生支援機構の奨学金は,利子がつかないものもあるのですが,それを利用するのはハードルが高く,

 利子がつく奨学金を利用すれば,返さないといけない金額がふくらみます。

 そういった奨学金を,10年や20年もの長い時間をかけて,返し続けていかなければなりません。

 大学を卒業したあと,暮らしが厳しくなって,奨学金を返すのが難しくなっても,

 日本学生支援機構は,支払いを待ってくれたり,免除してくれたりを,なかなか簡単には,してくれません
【★8】【★9】

 むしろ最近はとても取り立てが厳しくなっていて,大きな問題になっています
【★10】

 裁判所の力で,奨学金などの借金を返さなくてもよいようにしてもらう「自己破産」の手続きがありますが,

 破産をすると,今度は保証人になっている親や親族が払うことになるので,

 「迷惑をかけられない」と,手続きをためらう人も,多くいます。

 (ただ,破産をしなくても,本人が払えなくなれば,いずれ保証人が払わないといけなません。正確なことを知るためにも,こまったら早めに弁護士に相談してください。)




 日本学生支援機構の奨学金,つまり,国の奨学金には,いろんな問題があって,

 弁護士会も,改善を求めて意見を出しています
【★11】

 でも,あなたの進学のために必要であれば,デメリットをふまえてもなお,利用したほうがよい,ということもあるでしょう。



 奨学金は,国のものだけではありません。

 都道府県や市区町村の,利子がつかない奨学金もあります。

 民間の団体や企業には,「給付型」といって,返さなくてよい奨学金もあります。

 入学先の大学にも奨学金の制度があって,入学前から申し込めるところもあります
【★12】


 奨学金のしくみは,たくさんあって,しかも複雑なので,

 自分に合ったものがどういうものかを知るのも一苦労ですし,

 提出書類をそろえたりするのも,大変です。

 めんどうだからと,最初からあきらめてしまう人も,多くいます。



 でも,最初に書いたように,

 お金のことは,あきらめなければ,大変だけど,最後はなんとかなります。

 ケースワーカー,学校の先生,地域の人を巻き込んでください。

 あなたが,「大学で学びたい」という強い気持ちをもって,あなた自身が動けば,

 あなたを支えて一緒に動く大人は,必ずいます。

 弁護士も,その大人の中の一人です。



 自分で自分の人生を選んで進んでいけること。

 一人ぼっちではなく,支えてくれる人がいるということ。

 それが,とてもだいじなことなのです。





 この社会には,「大学で学びたいなら,そのメリットを受ける人が自分でお金を負担するのは当然だ」,などと考える人が,多くいます。

 でも,他の国では,大学がタダで通えるところも,多くあります。

 世界は,「みんなが大学にタダで通えるように,少しずつ取り組んでいこう」と約束しているのですが
【★13】

 日本は,つい最近の2012年まで,それをずっと認めてきませんでした
【★14】

 その間に,大学の学費は,逆にどんどんと上がっていきました。



 多くの国では,返さなくてよい「給付型」の奨学金が充実していますが,

 日本では,「返す奨学金」のほうがメインです。

 先進国の中で,大学がタダでないのに,「返す奨学金」に頼らないといけない国は,日本だけだと言われています
【★15】


 「返す奨学金」には,利子がつくものと,つかないものがあります。

 2003年に,日本育英会が日本学生支援機構に変わる法律ができたとき,

 国会は,「利子のつかない奨学金を基本にしよう」とメッセージを出しました
【★16】

 それなのに,実際には,利子のつく奨学金のほうが増えてしまっています。



 学びたいという気持ちと,学ぶ力があるのに,

 どの家に生まれ育ったか,お金のある家か,そうでないかで,

 大学に行ける/行けないが決まってしまうのは,まったくおかしなことです。



 どんな人も,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利がある。

 憲法は,はっきりとそう言っています
【★17】


 「お金がなければ学べない」,

 子どもたちが,そんなふうにあきらめてしまうような社会は,

 絶対に,変えていかなければいけません。



 そして,あなたもぜひあきらめずに,

 いろんな大人を巻き込み,いろんな制度を使って,

 自分の道を切り開いていってください。

 

【★1】 生活保護法8条2項 「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮(こうりょ)した最低限度の生活の需要(じゅよう)を満(み)たすに十分なものであって,且(か)つ,これをこえないものでなければならない。」
 昭和38年厚生省告示第158号「生活保護法による保護の基準」
 生活保護の基準がおかしい,人間らしい生活をするための金額として低い,と争われた裁判として,朝日訴訟(最高裁大法廷昭和42年5月24日判決・民集21巻5号1043頁)があります。
【★2】 働きながら夜間大学に通う場合には,世帯分離をせず,生活保護を受けたままでもOKなことがあります。
 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「4」「次の各要件のいずれにも該当(がいとう)する者については,夜間大学等で就学(しゅうがく)しながら,保護を受けることができるものとして差しつかえないこと。(1)その者の能力,経歴,健康状態,世帯の事情等を総合的に勘案(かんあん)の上,稼働(かどう)能力を有(ゆう)する場合には十分それを活用していると認められること。(2)就学が世帯の自立助長(じょちょう)に効果的であること。」
【★3】 昭和36年4月1日付厚生省社会局長通知「生活保護法による保護の実施要領について」「第1」「5」「次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと。…(略)…(2)次の貸与金(たいよきん)を受けて大学で就学する場合 ア 独立行政法人日本学生支援機構法による貸与金 イ 国の補助を受けて行われる就学資金貸与事業による貸与金であってアに準ずるもの ウ 地方公共団体が実施する就学資金貸与事業による貸与金(イに該当するものを除く。)であってアに準ずるもの」
【★4】 生活保護法10条「保護は,世帯(せたい)を単位としてその要否(ようひ)及(およ)び程度を定めるものとする。但(ただ)し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」
【★5】 実の親ならば,子を扶養(ふよう)する義務があり,大学に進学して20歳になったあとであっても,学費や生活費を負担すべき場合があります。
 東京高裁平成12年2月5日決定・家月53巻5号187頁 「4年制大学への進学率が相当高い割合に達しており,かつ,大学における高等教育を受けたか否(いな)かが就職の類型的な差異につながっている現状においては,子が義務教育に続き高等学校,そして引き続いて4年制の大学に進学している場合,20歳に達した後も当該大学の学業を続けるため,その生活時間を優先的に勉学に充(あ)てることは必要であり,その結果,その学費・生活費に不足を生ずることがあり得るのはやむを得ないことというべきである。このような不足が現実に生じた場合,当該子が,卒業すべき年齢時まで,その不足する学費・生活費をどのように調達すべきかについては,その不足する額,不足するに至った経緯,受けることができる奨学金(給与金のみならず貸与金を含む。以下に同じ。)の種類,その金額,支給(貸与)の時期,方法等,いわゆるアルバイトによる収入の有無,見込み,その金額等,奨学団体以外からその学費の貸与を受ける可能性の有無,親の資力,親の当該子の4年制大学進学に関する意向その他の当該子の学業継続に関連する諸般(しょはん)の事情を考慮した上で,その調達の方法ひいては親からの扶養の要否を論ずるべきものであって,その子が成人に達し,かつ,健康であることの一事をもって直ちに,その子が要扶養状態にないと断定することは相当でない」
【★6】 厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」
「問第3の18-2 高等学校等に就学中の者がいる被保護世帯において,当該者が高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費に充てるため,保護費のやり繰りにより預貯金等をすることは認められるか。
答 保護費のやり繰りによって生じた預貯金等については,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして保有を容認して差しつかえない取り扱いとしている。…(略)…次のいずれにも該当する場合,保護費のやり繰りによって生じた預貯金等は,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められるものとして,保有を容認して差しつかえない。…(略)… 1 具体的な就労自立に関する本人の希望や意思が明らかであり,また,生活態度等から卒業時の資格取得が見込めるなど特に自立助長に効果的であると認められること。 2 就労に資する資格を取得することが可能な専修学校,各種学校又は大学に就学すること。 3 当該預貯金等の使用目的が,高等学校等卒業後,専修学校,各種学校又は大学に就学するために必要な経費(事前に必要な入学料等に限る。)に充てるものであること。 4 やり繰りで生じる預貯金等で対応する経費の内容や金額が,具体的かつ明確になっているものであって,原則として,やり繰りを行う前に保護の実施機関の承認を得ていること。」
【★7】 独立行政法人日本学生支援機構(http://www.jasso.go.jp/
【★8】 1回あたりの返す額を半額にして,返す期間を長くする「減額返還」,返すのをいったん止めて先延ばしにする(その間利息は発生しない)「返還期限猶予(ゆうよ)」,亡くなったり,障害を負ったりしたときに,返すのを免除される「返還免除」があります(http://www.jasso.go.jp/shogakukin/henkan_konnan/index.html)。昔は学校の先生になれば奨学金の返済を免除される制度がありましたが,その制度は1998年に廃止されています。
【★9】 日本弁護士連合会は,「返済困難者に対する各種救済制度につき,返済困難者の実情に合わない制度上・運用上の利用制限をやめ,利用しやすい救済制度に改めるべきである」と意見を出しています(2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★10】 「奨学金を返したくても返せない人が増え続けている現状に逆行し,追い打ちをかけているのが,機構における金融(きんゆう)的手法の導入と回収強化策です。2004年に,それまでの日本育英会が廃止され,同奨学金事業が機構に引き継がれると,奨学金は『金融事業』と位置づけられ,金融的手法が強まりました」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」113頁)
 「機構の債権回収においては,借り手の返済能力を無視した,無理な支払いを求められることが多いのが特徴である。延滞金のカットなどはほとんど認められず,月々の返済についても,柔軟な対応をしてくれないことが多い。これは,制度内の救済手段が極めて不十分なものであることとも関係がある」(日本弁護士連合会貧困問題対策本部アメリカ奨学金制度調査団編「アメリカ奨学金制度調査報告書-我が国の奨学金制度に対する提言-」34頁)
【★11】 日本弁護士連合会2013年6月20日「奨学金制度の充実を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130620_5.pdf
 日本弁護士連合会2015年3月19日「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150319_2.pdf
【★12】 奨学金アドバイザーの久米忠史さんの「ここが知りたかった107のQ&A 奨学金借りる?借りない?見極めガイド」(合同出版)は,日本学生支援機構の奨学金のことはもちろん,それ以外の奨学金についてもわかりやすく説明しています。
【★13】 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)13条2項 「この規約の締約国(ていやくこく)は,1の権利の完全な実現を達成するため,次のことを認める。…(略)… (c)高等教育は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的(ぜんしんてき)な導入により,能力に応じ,すべての者に対して均等(きんとう)に機会が与えられるものとすること」
【★14】 【★13】のうち,「特に,無償教育の漸進的な導入により」の部分を,日本はずっと留保していました。2012年9月11日に日本が留保を撤回(てっかい)するまで,この条項を留保していた国は,日本とマダガスカルのたった2つだけでした。
 外務省「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html
【★15】 「OECD加盟国中,大学の学費が有償であるにもかかわらずほとんどを貸与型奨学金に頼っているのは日本だけであり,これは,我が国の奨学金制度の最も根本的な問題です」(奨学金問題対策全国会議編「日本の奨学金はこれでいいのか!奨学金という名の貧困ビジネス」142頁)
【★16】 衆議院文部科学委員会2003年6月6日附帯決議「政府及び関係者は,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。…(略)… 三 …憲法,教育基本法の精神にのっとり,教育の機会均等の実現のため,無利子奨学金を基本としつつ…有利子貸与については,将来にわたって,奨学生の過度の負担にならないよう努めること」http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/156/0096/15606060096017.pdf
【★17】 憲法26条1項 「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」
   

2016年5月 1日 (日)

お金がなくて住む場所がなくなりそう

 

 19歳です。高校を中退して家を追い出され,ネットで知り合った人に,その人の家の部屋の一つを月4万で間借りさせてもらって,バイトして暮らしてきました。でも,時々メンタルが落ちてシフトに入れないので,いつもお金が足りません。先月と今月,家賃が払えなくて,知り合いから「来週にでも出て行ってくれ」と言われました。これからどうしたらいいか,その不安でまたメンタルが落ちてバイトに行けず,ますますお金がなくなっています。

 


 住む場所,自分の居場所がきちんとある,ということは,とてもだいじです。

 未成年のうちは,親の協力がなければ,アパートを借りるのが本当に難しいので,

 あなたが今の知り合いの部屋から追い出されるのは,とても不安だと思います。



 その知り合いから,「来週に」出て行くように言われているのですね。

 でも,いきなり来週に,あなたが部屋を出る必要は,ありません。




 あなたが知り合いから部屋を借り,家賃として4万円を払っているのは,

 「賃貸借(ちんたいしゃく)」という契約(けいやく),つまり,法律的な約束ごとです
【★1】


 契約書という紙を作っていなくても,

 未成年のあなたが親のOKをもらっていなくても
【★2】

 契約として,きちんと成り立っています。



 借り手のあなたが,「家賃を払う」という約束を守れなかったら,どうなるか。


 住む場所がなくなるのは,生活・人生の中で,とても大きなことです。

 借り手は,貸し手よりも立場が弱いので,

 法律は,部屋を借りる人のことを守っています。



 家賃を払うのが少し遅れていたり,1,2回払えていなかったりしても,

 それだけでは,貸し手は,「約束違反だから,部屋から出て行け」とは言えません。

 貸し手と借り手のあいだの信頼関係がこわれるほどの,大きな約束違反があって,

 はじめて,「部屋から出るように」という話になるのです
【★4】【★5】


 あなたは,家賃が払えていないのが2ヶ月ぶんですし,

 払えない理由も,心の調子をくずして働くことができないからですよね。

 そのほかに,その知り合いとの信頼関係がこわれるような特段のことがないのなら,

 あなたが今,あわてて部屋を出る必要はありません。



 その知り合いと,ゆっくりきちんと話し合って下さい。

 話し合いがまとまらないまま,あなたを出て行かせるには,

 その知り合いが裁判の手続きをとる必要がありますし,それには時間がかかります。

 裁判所の手続きをとらないで,知り合いが,あなたの荷物を勝手に外に出したり,部屋の鍵を変えたりして追い出すことは,

 「自力救済(じりききゅうさい)」と言って,法律上,許されません。

 もし,知り合いがそういうことをしたら,すぐに弁護士に相談してください。




 「家賃を払うために,どこかからお金を借りよう」,と考えたかもしれません。

 「親のOKがなくても未成年の人にお金を貸します」という業者も,中にはあります。

 でも,そういった業者からお金を借りることは,しないでください。

 利息が高いので,あっという間に借金の額が増えていき,ますます苦しくなります。

 未成年の人が,親のOKなくお金を借りたら,「親のOKがなかった」という理由で,そのお金の貸し借りをナシにできるのですが
【★2】

 たとえ貸し借りをナシにしても,生活費として使ったぶんは,結局,業者に返さないといけないのです
【★6】


 もし,すでに業者からお金を借りてしまっているなら,すぐに弁護士に相談してください。

 弁護士が業者との話し合いに立って,借金の額を減らす交渉をしたり,分割して返す約束をし直したり,

 裁判所で借金をナシにしてもらう,「破産(はさん)」の手続きをとったりすることができます。

 親の協力がなければ,20歳になるまで待たないといけない手続もありますが,

 未成年の今のうちから弁護士がサポートできることを,ぜひ確認してください。




 大人であれば,「一時的に緊急にお金が必要」というときに,きちんとしたところからお金を借りることができます。

 社会福祉協議会という,困っている人をサポートするところが貸してくれる,「緊急小口資金貸付」という制度です
【★7】

 ところが,この制度も,未成年だと,親の協力がなければ使えません
【★8】

 もともと,「未成年が契約するときに親のOKが必要」と法律が決めているのは,子どもを守るためです。

 それなのに,親に家から追い出されたあなたのようなケースで,

 親のOKがないことを理由に,困っている子どもが,きちんとしたところからお金を借りられないのでは,

 ほんとうにおかしい,本末転倒(ほんまつてんとう)だと,私は思っています。




 あなたが生活を立て直すまでのあいだ,人としてきちんとした暮らしを送れるようにするために,生活保護という制度があります【★9】【★10】

 あなたの給料で暮らしていくのに足りないぶんを,生活保護がカバーします
【★11】

 生活保護は,20歳になっていなくても,受けることができます
【★12】

 市役所や区役所に申請をしてから実際に生活保護が始まるまでの期間は,原則2週間ですが,伸びると30日かかります
【★13】【★14】

 それを待っている間にお金の余裕がなくなってしまわないよう,申請は早めにするようにしてください。

(市区町村によっては,実際の生活保護が始まる前に,お金を「緊急払い」してくれるところもあります。)

 生活保護の申請が自分ひとりではなかなかうまくいかないなら,弁護士があなたといっしょに役所と話をすることもできます
【★15】



 少なくとも生活保護が認められるまでは,引き続き今の部屋にいさせてもらえるように,あなたの知り合いに話をしてみましょう。

 どうしても難しいようなら,事情を役所に話し,部屋を出て当面の間寝泊まりできるところを,役所に確保してもらいましょう
【★16】

 生活保護を受けられるようになったら,自分でアパートを借りたり,自立をサポートする施設に入ったりして,これからの生活を立て直していくことができます。




 お金は,生きていくうえでとても大事なものですが,

 そのお金のせいで,生活や人生がおしつぶされることのないように,

 そのための法律があり,制度があります。

 住む場所をきちんと確保して,不安を減らし,心の健康を取り戻せるよう,

 ぜひ,すぐに弁護士に相談してください。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。

 

 

【★1】 民法601条 「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益(しゅうえき)を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」
【★2】 未成年のときに親のOK(同意)がないまま契約をしたら,「親のOKをもらっていなかった」ということを理由に契約をそのナシにすること(取消し)ができます。逆に言えば,取り消されるまでは,有効な契約として扱われます(内田貴「民法Ⅰ」246頁)。
 民法5条1項 「未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない…」
 同条2項 「前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる」
【★3】 借地借家法という特別な法律で,借り手が守られています。
【★4】 「信頼関係破壊理論」,または,「信頼関係の法理」と呼ばれています。
 最高裁判所第三小法廷昭和39年7月28日判決・民集18巻6号1220頁 「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至(いた)る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認(ぜにん)するに足りる」
 「 (民法)541条によると僅(わず)かな債務不履行(さいむふりこう)でも催告(さいこく)期間内に履行(りこう)がなければ解除できることになりそうであるが,不動産賃貸借が些細(ささい)な債務不履行で解除されてしまうと,賃借人は居住や営業の拠点(きょてん)を失うことになって,余りに不均衡(ふきんこう)な損失が発生する…そこでこれを制限する解釈論が展開した」「(最高裁で)採用された理論は信頼関係破壊理論(あるいは信頼関係の法理)などと呼ばれる。この理論には2つの側面がある。一方で,賃借の債務の不履行があっても,信頼関係を破壊しない些細な不履行では解除できないが,他方で,厳密には賃貸借契約上の債務の不履行といえなくても信頼関係が破壊されるに至(いた)れば,解除可能となる」(内田貴「民法Ⅱ」229~230頁)
【★5】 あなたの知り合いの家が,その人の持ち家ではなく,賃貸で借りている部屋なら,大家さんにOKをもらわずにあなたが住んでいるのは「又貸し(またがし)」になりますから,民法上の「無断転貸(むだんてんたい)」にあたります(民法612条)。また,大家さんと知り合いの間で結んでいる契約でも,ふつうは「誰が住むか」ということも含めて約束していますから,その約束違反にもなります。ただ,そういった違反があっても,それだけで大家さんが知り合いに対して「部屋を出て行くように」と言えるのではなく,やはり,又貸しによって大家さんと知り合いとの間の信頼関係がこわされているかどうかが重要になります。法律上は,又貸ししてもらっているあなたも,大家さんに直接義務を負うことになってはいますが(民法613条1項),又貸しによる大家さんとのトラブルは,第一には直接の借り手であるその知り合いが大家さんと対応するものです。あなたは,あなた自身の生活の場所・お金のことを第一に考えて動いてください。
【★6】 未成年の人が,「親のOKがなかった」という理由で契約をナシにした場合,お金がむだづかいでなくなってしまっているときには,「すでに利益が残っていないから,返さなくてもよい」とされます(民法121条但書「ただし,制限行為能力者は,その行為によって現(げん)に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」)。
 他方で,裁判所は,「むだづかいをしていれば返す必要がないけれども,生活費にあてていれば返す必要がある」,と言っています(大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻1920頁)。「むだづかいされていたら,もう『利益は残っていない』。でも,生活費は,生きていれば必ず出さないといけないものだから,借りたお金を生活費に使ったのなら,そのぶん他の財産が減らずに済(す)んでいるから,『利益が残っている』。なので,生活費ぶんのお金は返さないといけない」,というのが裁判所のりくつです。
 未成年の人にお金を貸す業者は,その裁判例を利用するために,「生活費として使うためにお金を借ります」という書面を,未成年の人に書かせていることが多いです。
【★7】 5日くらいの審査で,最大10万円まで,連帯保証人なしで,無利子で借りることができます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/activity/documents/20150519-koguchi201504.pdf
【★8】 2016年4月22日,東京都社会福祉協議会の福祉資金部福祉資金貸付担当に電話で確認済み
【★9】 憲法25条1項「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有(ゆう)する」
【★10】 生活保護法1条「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基(もとづ)き,国が生活に困窮(こんきゅう)するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長(じょちょう)することを目的とする」
【★11】 生活保護法8条1項「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要(じゅよう)を基(もと)とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補(おぎな)う程度において行うものとする」
【★12】 「生活保護の利用できる要件として,成人(満20歳以上)でなければならないことはありません。したがって,未成年子の子だけの世帯であっても,生活保護を利用することは法律上可能です」「もっとも,…児童福祉法に基づいて保護される子については,そちらが優先されます」(大阪弁護士会貧困・生活再建問題対策本部「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」110~111頁)
【★13】 生活保護法24条3項「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」
 同条5項「第3項の通知は,申請のあった日から14日以内にしなければならない。ただし,扶養義務者の資産及び収入の状況の調査に日時を要する場合その他特別な理由がある場合には,これを30日まで延ばすことができる」
【★14】 その期間に,あなたにお金がないのかどうか,他にあなたを援助する家族がいないかどうかを,役所が調べます。役所から家族に連絡が行きます(役所から家族に連絡しなくていい例外もあるにはあるのですが,特別な場合にしか認められないのが現状です)。それを嫌がって生活保護申請をためらう人も多いです。しかし,あなたを助けてくれない家族に生活保護申請が知られることの嫌な気持ちのマイナスより,生活保護を受けて安心・安定した暮らしを得られるプラスのほうが大きいことがほとんどです。不安な人は,そのことも含めて,一度,弁護士と相談するとよいでしょう。
【★15】 弁護士費用も心配する必要はありません。日本全国の弁護士がお金を出し合い,生活保護申請に協力する弁護士に,費用を出しています。
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/hourituenjyojigyou.html
【★16】 親から家を出されたことや,病気がちのあなたを親がきちんと面倒を見ないということが,虐待になるようなら,子どものシェルターを利用することも考えられます。詳しくは,「親の虐待から逃げてきて家に帰れない」の記事を見て下さい。もっとも,あなたの場合は,記事本文で書いたように,いますぐ知り合いの家から出る必要まではないので,シェルターを使わずに次の居場所を見つけていくことができる可能性が,十分あります。まずは,弁護士に相談してみてください。

2016年4月 1日 (金)

正社員ってどういう働き方?

 

 これから就職活動して,卒業後に働き始めるつもりなんですが,「正社員」ってどういうものか,他の働き方とどうちがうのか,いまいちよくわかりません。

 

 

 じつは,「正社員」という言葉は,法律にはありません。

 私が今から説明するのは,「多くの人がだいたいそう考えている」というものです。

 「正社員は必ずこういうもの」というわけではないので,気をつけてください。




 正社員は,「会社に直接雇(やと)われて,定年までずっと,フルタイムで働く人」のことです【★1】




 正社員は,フルタイムで働きます。



 フルタイムというのは,「1日中しっかり,毎日しっかり」,ということです。

 労働基準法は,働く時間は1日8時間/1週間40時間を超えないのが基本と決めています
【★2】

 正社員は,その1日8時間/1週間40時間か,それよりやや少ない時間で,めいいっぱい働きます
【★3】【★4】


 正社員とちがい,アルバイトやパートは,1日数時間/1週間に数日という働き方が多いです【★5】


 そういうちがいから,給料の払われ方も,

 正社員は「1ヶ月にいくら」という月給,アルバイトやパートは「1時間あたりいくら」という時間給が多いです。





 正社員は,定年までずっと働きます。



 正社員は,就職してから定年までのあいだ,よっぽどのことがないかぎり,クビになることはありません【★6】【★7】

 定年の年齢は,会社ごとにちがいますが,

 60歳や65歳を定年にしている会社が多いです
【★8】


 アルバイトやパートは,働く期間が何ヶ月と決まっていることが多いです。


 「フルタイムで働くけれど,期間が何ヶ月/何年と決まっている」,という働き方もあります【★9】

 それを,正社員と区別して,「契約社員」と言ったりします
【★10】


 アルバイトやパート,契約社員は,あらかじめ決めていた期間だけ働くのが基本ですが,

 期間が終わるとき,働く人も会社もお互いがOKすれば,更新(こうしん)して,引き続き働くことができます。

 でも,いつ更新されなくなるかわかりませんし,

 そんなに長い期間は働けないことがほとんどです。





 正社員は,会社に直接雇(やと)われ,給料も会社から直接もらいます。



 正社員とちがい,「ハケン(派遣)社員」は,会社に直接雇われていません。

 ハケン業者に雇われます。

 そして,会社に行かされて(ハケンされて),仕事をします。

 会社は,ハケン業者にお金を払います。

 そして,ハケン業者が,働く人に給料を払います
【★11】


 会社が払ったお金を,働いた人が全部受け取るのではなく,ハケン業者の取り分が抜かれます。

 働く人の安全を守る責任を,ハケン業者と会社がそれぞれどう負うのかも,あいまいになりがちです。

 だから,ハケンは,30年前まで禁止されていました
【★12】

 その後も,特殊(とくしゅ)な仕事にかぎって認められていました
【★13】

 ところが最近は,このハケンのしくみが,いろんな職場に広がってしまっています
【★14】




 正社員は,

 生活するのにじゅうぶんな給料をもらい,

 長く働く中で,仕事の能力を高めていくこともできます。

 よっぽどのことがなければ,クビになることはありませんし,

 ケガ,病気,老後,自分の家族などに対するサポートも充実しています
【★15】


 しかし,雇う側(がわ)からすると,

 会社の調子が良いときには,人をたくさん雇いたいけれど,

 会社の調子が悪くなったからといって,正社員をやめさせることは,かんたんにはできません。



 だから,

 アルバイトやパートのように短い時間・安い給料で働く人や,

 契約社員のように期限が決まっている人,

 ハケン社員のように会社が自分で直接雇うのではない人,

 そういう人たちを使うことで,会社の都合に合わせて,人件費(じんけんひ)を調整しようと考えるのです。



 でも,人は,モノや,人形や,ロボットではありません。

 「いらなくなったら,すぐに捨てたり,ほかと交換したりする」,

 働く人をそうやって扱うのは,してはならないことです。



 「正社員以外のいろんな働き方を選べるのは,働く側にとっても良いことだ」,などと言う人もいます。

 でも,「ほんとうは正社員として働きたいのに,働く先がないので,しかたなくそれ以外の働き方をしている」,

 そういう人が,今,315万人もいるのです
【★16】



 生活するのにじゅうぶんな給料をもらえない。

 仕事の能力を高めていくこともむずかしい。

 いつ更新されなくなって仕事を失うか,とても不安。

 そういう働き方をしなければならない人が,とても増えています。



 法律は,いろんな会社がいろんな商売をするためのベースとなる決まりを,たくさん作っています。

 そういう法律がたくさんあるのは,

 いろんな会社が活動し,社会全体が発展していくことが,

 私たち一人ひとりの幸せな暮らしにつながるからです。

 それなのに,会社の中で働いている人が大切にされないのでは,まったくおかしなことです。



 正社員ではない働き方をする人を守るための,特別な法律は,あるにはあるのですが,あまり役立っているとはいえません【★17~19】



 ただ,正社員であれば問題ないかというと,そうともかぎりません。

 ノルマが厳しい,残業時間が長い,残業代が払われない,嫌がらせがひどい,など,

 正社員を大切に扱わないひどい会社があるのも,また事実です。


 そのようなひどい会社なら,ある程度で見切りをつけて辞めることもだいじですし,

 労働組合に入ってみんなで職場と交渉をしたり,裁判でたたかったりして,よりよい職場に変えていくことも,

 会社を辞めるのと同じくらい,あるいはそれ以上に,だいじなことです。



 あなたはこれから,就職活動を通して,いろんな職場に出会うことと思います。

 働くルールについて,少しでも分からないことがあったら,

 ぜひ,今回のように尋ねたり,調べたりするようにしてください。

 それが,これから長い人生の中で働くあなた自身を守ることにつながりますし,

 あなたがいつか誰かを雇う立場になったときにも,絶対に必要となることです。

 

 

【★1】 菅野和夫「労働法第11版」291頁 「大多数の企業においては,契約の形態や内容上,通常(正規)の雇用関係にある従業員(正社員,正規従業員,正規雇用者などと呼ばれる)とは区別された労働者が,様々な呼称・契約形態において存在してきた。パート社員,アルバイト,契約社員,期間社員,定勤社員,嘱託(しょくたく),派遣社員,下請(したうけ)社員,等々であり,社会的に『非正規労働者』などと総称されてきた。正規雇用者は,当該(とうがい)企業との期間の定(さだ)めのない労働契約のもとで,長期的に育成され,企業内で職業能力とキャリアを発展させ,処遇(しょぐう)もそれに応じて向上するのが通例である。また,大企業・中堅(ちゅうけん)企業の多くでは,正規雇用者の解雇(かいこ)は,通例,その者の重大な非行や企業経営上の危機がないかぎり行われない」
【★2】 労働基準法32条1項 「使用者は,労働者に,休憩時間を除(のぞ)き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない」
 同条2項 「使用者は,1週間の各日(かくじつ)については,労働者に,休憩時間を除き1日について8時間を超えて,労働させてはならない」
【★3】 何時から何時まで働くか,休日をいつにするかは,会社ごとに「就業規則(しゅうぎょうきそく)」というルールを作って決めます。
 労働基準法89条 「常時10人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲(かか)げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない… 一 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇… (以下略)」
【★4】 それ以上働く「残業」は,あらかじめ,職場と働く人たちとの間で,どういう時にどのくらいまでできるか,ということ約束した「36協定(さぶろくきょうてい)」を作って,労働基準監督署に届ければ,その範囲で認められます。その残業代として,割増賃金が払われます。
 労働基準法36条1項 「使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,…その協定で定めるところによって労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。…」
 同法37条1項 「使用者が,…前条第1項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」
 「2割5分」というのは,25%のことです。
【★5】 ただし,1日数時間/1週間数日の正社員もありますし,逆に,フルタイムで働くアルバイトやパートもあります。
【★6】 「期間の定めのない雇用契約」と言います。
 会社をやめるときには,働く人・職場のお互いが納得して辞める「合意退職」がふつうですが,会社が「辞めないでほしい」と言っていても,働くがわは一方的に辞めることができます。逆に,あなたが「働き続けたい」と思っているのに,会社が一方的にクビにする「解雇(かいこ)」は,よっぽどのことがなければできないことになっています。
 民法627条1項 「当事者が雇用(こよう)の期間を定(さだ)めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」
 労働契約法16条 「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用(らんよう)したものとして,無効とする」
 前半の「客観的に合理的な理由」は,たとえば,働かない・働けないとか,その仕事にふさわしい能力がないとか,職場のルール違反をするとか,会社の経営が苦しい,ということなどです。また,後半の「社会通念上相当」は,解雇しないといけない理由が重大で,解雇する以外の方法もなく,解雇されるがわにも救うような事情がない,というようなことを指します(菅野和夫「労働法第11版」738頁参照)。
【★7】 菅野和夫「労働法第11版」708頁 「『定年制』とは,労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。『定年制』は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局,労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない」
【★8】 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律8条 「事業主がその雇用する労働者の定年…の定めをする場合には,当該定年は,60歳を下回ることができない…」
 同法9条1項 「定年…の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,次の各号に掲げる措置…のいずれかを講じなければならない。 一 当該定年の引上げ 二 継続雇用制度…の導入 三 当該定年の定めの廃止」
【★9】 労働基準法14条1項 「労働契約は,期間の定めのないものを除き,一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは,3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては,5年)を超える期間について締結(ていけつ)してはならない。 一 専門的な知識,技術又は経験…であって高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約 二 満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)」
【★10】 法律の言葉では,「期限の定めのある雇用契約」という言い方になります。「契約」というのは,法律的な約束ごとという意味です。正社員だって,アルバイトやパートだって,ハケン社員だって,すべて「雇用契約」「労働契約」なのですから,ここだけ「契約社員」という表現を使うのは,本来はおかしなことです。
 民法623条 「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事(じゅうじ)することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生(しょう)ずる」
 労働契約法6条 「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」
【★11】 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律2条 「この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」
【★12】 菅野和夫「労働法第11版」69頁 「戦前においては,自己の支配下にある労働者を鉱山,土木建築,港湾荷役などの労働現場に供給し労務に従事させる人夫供給業(労務供給業)が行われてきた。これらの『労働者供給事業』は,労働者を継続的に支配下に置いて他人に使用させる点で,労働の強制,中間搾取(さくしゅ),使用者責任の不明確化などの弊害(へいがい)を伴(ともな)いがちであるとして,戦後の職安法では全面的に禁止され,労働組合法による労働組合またはこれに準ずるものが厚生労働大臣の許可を受けた場合のみ無料の事業を行いうることとされた」「1985年の労働者派遣法の制定とそれに伴う職安法の改正によって,以後は,…『労働者派遣』が『労働者供給』の適用範囲から除外されることとなった」
 職業安定法44条 「何人(なんぴと)も,次条に規定する場合を除くほか,労働者供給事業を行い,又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」
 同法4条6項 「この法律において『労働者供給』とは,供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律…第2条第一号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」
【★13】 1985年に労働者派遣法ができたときは16の業務,その後1996年に26業務に拡大されました。
【★14】 1999年と2003年の労働者派遣法改正で,一部の業務を除いてすべて派遣ができるようになりました。特に,2003年の改正では,製造業での派遣が認められるようになって,一気に増加しました。そして,2008年にリーマンショックが起き,派遣で製造業で働いていた多くの人たちが仕事を失って,とても大きな社会問題になりました。
【★15】 「正社員は社会保険に入る」,という話を聞いたことがあると思います。
 一般的には,健康保険と厚生年金の2つを合わせて,「社会保険」と言っています。
 ケガや病気をしたときに,病院に保険証を出すと,払うお金が3割だけですみますね。これが健康保険のしくみです。健康保険のほうが,7割を出してくれます。また,定年になって働くのをやめたあとは,年金をもらって生活することができます。これが厚生年金のしくみです。こういった,ケガや病気,老後などに備えて,毎月保険料を払います(給料から自動的に引かれます)。
 正社員ではない人,自営で仕事をしている人などにも,似たようなものとして,市役所や区役所で手続をする,国民健康保険と国民年金というしくみがあります。
 社会保険(健康保険・厚生年金)は,保険料を,働く人と会社の両方で払うので,国民健康保険や国民年金よりも,サポートが厚くなっています。
 健康保険は,扶養家族が何人いても保険料が同じですが,国民健康保険は家族が増えれば保険料も増えます。健康保険は,仕事以外の原因で病気やケガをして休むと「傷病手当」がもらえますが,国民健康保険ではもらえません。
 厚生年金は,国民年金にプラスして支給されるものですから,年金の額は高くなります。また,働いている人が亡くなったあと,遺族に支給される年金も,厚生年金のほうがサポートがしっかりしています。
 正社員は,この社会保険に加入するのが原則ですが,ごく例外的に加入させなくてもよい場合があります。アルバイトやパートは,フルタイムで働かないので,この社会保険に入っていないことが多いですが,労働時間が正社員のおおむね4分の3以上であれば,社会保険に加入できます(職場は加入させなければいけません)。
 契約社員やハケン社員は,2ヶ月以上継続して働いているなら,労働時間が短いのでない限り,社会保険に加入できる(職場が加入させなければいけない)ことがほとんどでしょう。
 厚生労働省「人を雇うときのルール」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/koyou_rule.html
 日本年金機構「厚生年金保険<健康保険(協会けんぽ)>について/適用事業所と被保険者」
http://www.nenkin.go.jp/service/kounen/jigyosho-hiho/jigyosho/20150518.html
【★16】 総務省「労働力調査(詳細集計)」(平成27年平均) 表4 現職の雇用形態についた主な理由別非正規の職員・従業員の内訳(2015年)
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/ndtindex.pdf
【★17】 アルバイトやパートでも,「通常労働者と同視」される人は,賃金や教育訓練,福利厚生などについて,正社員との間の処遇差別が禁止されます。「通常労働者と同視」されないアルバイトやパートについては,正社員とバランスのとれた処遇をするよう,使用者が努力・配慮しないといけないのですが,強いしばりではないという限界があります。
 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律9条 「事業主は,職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの…については,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」
 同法10条 「事業主は,通常の労働者との均衡を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者…の職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し,その賃金…を決定するように努めるものとする」
 同法11条2項 「事業主は,…通常の労働者との均衡(きんこう)を考慮しつつ,その雇用する短時間労働者の職務の内容,職務の成果,意欲,能力及び経験等に応じ,当該短時間労働者に対して教育訓練を実施するように努めるものとする」
 同法12条 「事業主は,通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって,健康の保持又は業務の円滑(えんかつ)な遂行(すいこう)に資(し)するものとして厚生労働省令で定めるものについては,その雇用する短時間労働者に対しても,利用の機会を与えるように配慮しなければならない」
【★18】 契約社員でも,更新がくり返されていたら,突然更新をしないでクビにすることはできなくなりますし(雇止め(やといどめ)制限法理),5年以上更新が続いたら,その後はずっと働き続けられる(正社員のように,期限の定めのない雇用契約になる)ことになります(無期転換申込権)。しかし,この規制にかからないように,会社は,更新を繰り返さないようにしたり,5年以上更新しないようにしたりして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働契約法19条 「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞(ちたい)なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶(きょぜつ)することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前(じゅうぜん)の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」
 同法18条1項 「同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約…の契約期間を通算した期間…が5年を超える労働者が,当該使用者に対し,現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に,当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは,使用者は当該申込みを承諾(しょうだく)したものとみなす。この場合において,当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は,現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件…とする」
【★19】 ハケン社員が,3年以上その職場で働き続けていたら,その職場の正社員になれます。しかし,この規制にかからないように,会社は3年以上ハケンを受け入れないようにして,結局,働く人が守られないことが起きています。
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の6 「労働者派遣の役務の提供を受ける者…が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には,その時点において,当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し,その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。…
 四 第40条の3の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること (以下略)」
 同法40条の3 「派遣先は,…当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所における組織単位ごとの業務について,派遣元事業主から3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣…の役務の提供を受けてはならない」

2016年3月 1日 (火)

裸の画像を元彼にネットに流された

 

 元彼と付き合ってたとき,「裸(はだか)の画像がほしい」と言われてスマホで自分で撮って送ったり,エッチのときに元彼が私の写真を撮ったりしてました。最近別れたんですが,元彼が私の画像をLINEに流して嫌がらせをしてきます。やめてと言うと,今度はツイッターに流されました。これ以上やめるように言っても,余計に画像を流されそうだし,大人に相談してもどうにもならなさそうで,このままがまんするしかないのかなと思ってます。

 

 別れた腹いせに,付き合っていたときの性的な写真をばらまくことなどを,

 「リベンジポルノ」と言います
【★1】



 2013年(平成25年),ある女子高校生が,別れようとした男性に「リベンジポルノ」を流され,殺される,という事件が起きました
【★2】

 その事件がきっかけになって,

 翌年の
2014年(平成26年),新しく法律が作られました【★3】



 他の人に見せるつもりのなかった性的な写真を
【★4】

 勝手に知り合いに見せたり,ネットに流したりすることが
【★5】

 犯罪として,取り締まられやすくなったのです
【★6】


 ネットに流された性的な画像を,通信業者(プロバイダ)に消してもらうための手続きは,前からありましたが【★7】

 新しい法律では,性的な画像を消すためのその手続も,早く,スピーディーになりました
【★8】

 場合によっては,その手続を,警察が手伝ってくれます
【★9】


 ツイッターも,

 画像を消してほしいというあなたの声に,

 対応してくれるようになっています
【★10】


 そして,YAHOOなどいくつかの会社で作った「SIA」というところが運営している「セーフライン」も,

 あなたに代わって,すぐに画像を消すために,動いてくれます
【★11】

 
http://www.safe-line.jp/


 エスカレートしかねない相手だからこそ,

 警察の強い力を借りて,相手をおさえることが大切です。

 また,あなたが相手の処罰まで望んでいなくても,

 画像を消す手続きをとって,

 あなた自身を守る必要があります。



 こういった問題に,社会はまだ取り組みを始めたばかりですが,

 ぜひ,がまんせずに,大人に相談してください。

 親や警察などに自分から相談するのが難しければ
【★12】

 私たち弁護士が,力になります。

 相談先は,「弁護士に相談するには」の記事を見てください。




 「なんで画像を相手に送ったの」

 「どうして撮らせたの」

 大人に相談したら,そう言われるかもしれない。

 そう思うと,なかなか,大人に相談する気持ちには,なれませんよね。

 「画像を送ったほうが悪い」,「撮らせたほうが悪い」と,

 まるで自分が責められているように感じると思います。



 でも,悪いのは,あなたではありません。

 
悪いのは,LINEやツイッターに画像を流した,元彼のほうです【★13】



 今の大人たちは,子どものころに,スマホもネットもありませんでした。

 だから,大人たちは,自分が10代のときに,パートナーに裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていません。



 でも,そんな大人たちだって,例えば,

 誰にも話せない自分の「秘密の話」をパートナーだけには話す,ということは,

 あたりまえにあることです。

 そして,もし別れたあと,相手が腹いせにその「秘密の話」を他の人にしゃべったり,ネットに書いたりしたら,

 悪いのは明らかに,信頼を裏切った相手のほうでしょう。



 信頼しているパートナーだからこそ,

 他の人には知られたくないことを,二人のあいだだけでシェア(共有)する。

 そして,別れた後も,相手の秘密は守る。

 そういうことは,誰にだって,ふつうにあることです。

 なにも,若い人たちの性的な画像にかぎった話ではないのです。



 今の10代のみなさんには,最初からスマホとネットがありました。

 大人たちが,そのスマホとネットの世界に,子どもたちを無防備に巻き込んでおきながら,

 トラブルが起きたとたん,「送ったあなたが悪い」「撮らせたあなたが悪い」と,その大人たちが言うのは,

 フェアではない,ひきょうなことだと,私は思います。




 「性」は,セックスのことだけではありません。

 自分の体と心を大切にし,相手の体と心を大切にすること。

 それが,本当の意味の「性」です。



 あなたが,自分の体と心を,もっともっと大切にできていたなら,

 元彼に裸の画像を送ったり,セックスの写真を撮らせたりしていなかったかもしれませんね。

 大人たちに必要なのは,

 今,あなたが,自分の体と心を大切にできているかを,

 あなたといっしょに考えることです。



 元彼が,あなたの体と心を,もっともっと大切にできる人だったなら,

 あなたに裸の画像を求めたり,セックスの写真を撮ったりしてはいけない,と自分で考えたかもしれません。

 大人たちに必要なのは,

 相手の体と心を大切にするつきあい方が,どういうものなのかを,

 元彼のような人たちに,しっかりと伝えていくことです。



 そして,そういった,「二人がどんなつきあい方をしていたか,するべきだったか」という話とはちがって,

 元彼が,あなたの信頼を裏切って勝手に画像をネットに流した,ということは,

 たとえどんな理由があっても,

 明らかにまちがっていること,いちばん許されないことなのです。




 新しく法律ができたのは,

 信頼を裏切って性的な画像を流す,ということを取り締まり,

 被害を受けたあなたのような立場の人を守るためです
【★14】

 あなたが悪いのではありません。



 あなたが,がまんすることはありません。

 ぜひ,すぐに相談してください。

 

 

【★1】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,「リベンジポルノは,その言葉上,『復讐(ふくしゅう)のために,性的な興奮(こうふん)を引き起こす(相手の)表現物を利用する』行為(こうい)と解釈(かいしゃく)できよう。日本でリベンジポルノという言葉が使われる場合,『恋人や配偶者(はいぐうしゃ)と別れた腹いせに,交際中に撮影した相手の性的な画像や動画をインターネット上に公開し,拡散(かくさん)する』との意味合いであることが多い」,としながらも,「取材を進めるうちに,一口にリベンジポルノといっても,様々な形態が存在する事実が明らかになった」として,リベンジポルノを,「恋愛(プライベートな関係)に起因(きいん)するもの」と「性産業(ビジネスでの関係)に起因するもの」の2つに分けて論じています(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」3頁)。私のブログ記事本文では「恋愛に起因するもの」についてだけ書いていますが,渡辺さんの指摘するように,性産業に起因するリベンジポルノの問題も,とても重要です。
【★2】 2013年(平成25年)10月8日,東京都三鷹市で高校3年生の女子生徒が元交際相手の21歳男性に殺された事件。
 平成26年8月1日,東京地方裁判所立川支部は,犯人に懲役(ちょうえき)22年の判決を言い渡しました。この判決では,刑を重くした理由として,リベンジポルノについて次のように行っています。
 「被告人(ひこくにん)は,本件犯行後,インターネット上の掲示板に画像の投稿先URLを書き込んで,広く閲覧,ダウンロードできる状態にしており,その後被害者の裸の画像等は広く拡散(かくさん)し,インターネット上から完全に削除(さくじょ)することが極(きわ)めて困難な状況になっている。被告人が,被害者の生命を奪うのみでは飽(あ)き足(た)らず,社会的存在としても手ひどく傷つけたことは極めて卑劣(ひれつ)というほかなく,この点は,殺害行為に密接に関連し,被告人に対する非難を高める事情として考慮する必要がある」
 しかし,平成27年2月6日,東京高等裁判所は,裁判のやり直しを命じました(破棄差戻し)。リベンジポルノは裁判のテーマになっていなかったのにもかかわらず,リベンジポルノも含めて重く処罰したのが,裁判のやりかたとしておかしい,というのが理由でした。
 今行われているやり直しの裁判では,リベンジポルノについも改めて裁判のテーマに加えられています(児童ポルノ法違反で追起訴)。
【★3】 私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(以下「リベンジポルノ法」と言います)
 2014年(平成26年)11月27日成立・施行(罰則は12月17日,プロバイダ責任制限法の特例規定は同月27日施行)
【★4】 リベンジポルノ法2条1項 「この法律において『私事性的画像記録』とは,次の各号のいずれかに掲(かか)げる人の姿態(したい)が撮影された画像…その他の記録をいう。
 一 性交又(また)は性交類似(るいじ)行為に係る人の姿態
 二 他人が人の性器等(性器,肛門又は乳首をいう。…)を触る行為又は人が他人の性器等を触る行為に係る人の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
 三 衣服の全部又は一部を着けない人の姿態であって,殊更(ことさら)に人の性的な部位(性器等若(も)しくはその周辺部,臀部(でんぶ)又は胸部(きょうぶ)をいう。)が露出(ろしゅつ)され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」
 もともと他の人に見られることが分かっていて撮られることをOKしたものは対象外です(同項柱書)。
【★5】 LINEやツイッター,フェイスブックなどに投稿して大勢の人に見られるようにしたら「公表罪」という犯罪になります。自分で投稿しなくても,他の人に投稿させるつもりでその人に画像を送ったら,「公表目的提供罪」という犯罪になります。
 ブログ記事本文では,別れた腹いせで画像を流したケースについて書いていますが,この新しい法律では,腹いせで相手を困らせるためのものでなくても,他の人に見せるつもりのなかった性的な画像を流せば,やはり犯罪になります。
 リベンジポルノ法3条1項 「第三者が撮影対象者を特定することができる方法で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を不特定又は多数の者に提供した者は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処(しょ)する」
 同条2項 「前項の方法で,私事性的画像記録物を不特定若しくは多数の者に提供し,又は公然と陳列した者も,同項と同様とする」
 同条3項 「前2項の行為をさせる目的で,電気通信回線を通じて私事性的画像記録を提供し,又は私事性的画像記録物を提供した者は,1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
【★6】 「既存(きぞん)の法律でリベンジポルノに対処することは可能であるが,対処しきれない場合-いわゆる『法の隙間(すきま)』-が存在する。リベンジポルノ事案でインターネット上に公開された性的な画像等がわいせつなものであれば,わいせつ物頒布(はんぷ)罪(刑法175条)を適用して取り締まることができる。しかし,必ずしも全ての画像がわいせつなものではなく,同罪が適用できるとは限らない。また,児童ポルノ禁止法は,わいせつ物頒布罪よりも処罰対象が広いものの,被害者は18歳未満の者に限られる。また,被害者を特定できる情報が添えられていない,画像のみがインターネット上に公開された場合,名誉毀損(めいよきそん)罪(刑法230条)が適用可能なのか明確ではない」(日本比較法研究所嘱託研究所員・井部ちふみ「オンライン青少年保護を巡る問題-我が国におけるリベンジポルノ対策の現状と課題」203頁)
【★7】 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」と言います)
 この法律では,インターネットの通信業者(プロバイダ)が,投稿をした人に「他の人の権利を傷つけているので投稿を消してよいか」と聞いてから7日経っても,投稿した人から特に反対意見がなければ,消してしまって構わない,としています(プロバイダ責任制限法3条2項)。
 リベンジポルノは,インターネットで広がるスピードが速いので,この「7日間」を「2日間」と早めました。
【★8】 リベンジポルノ法4条 「〔プロバイダ責任制限法〕第3条第2項及び第3条の2第一号の場合のほか,特定電気通信役務提供者…は,特定電気通信…による情報の送信を防止する措置(そち)を講(こう)じた場合において,当該(とうがい)措置により送信を防止された情報の発信者…に生じた損害については,当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって,次の各号のいずれにも該当するときは,賠償の責(せ)めに任じない。 (略) 三 当該発信者が当該照会を受けた日から2日を経過しても当該発信者から当該私事性的画像侵害情報送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき」
【★9】 平成26年11月27日警察庁生活安全局長・警察庁刑事局長「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律の施行について(通達)」
 「第3 運用上の留意事項」「2 公表された私事性的画像記録の削除」「私事性的画像記録がインターネットを通じて公表された場合の被害者の要望は,まずもって当該画像の削除である場合が多いと考えられることから,警察としても,被害の継続・拡大を防止するため,私事性的画像記録に係る相談を受理した場合には,捜査上の支障等がない限り,速やかに,当該画像の削除申出方法等を教示し,警察が直接削除依頼を行うことが適当と認められる場合には,サイト管理者等に対する迅速な削除依頼を実施するなど,当該画像の流通・閲覧防止のための措置を執ること。また,同種行為の再発を防止する観点から,証拠物件の還付等の際には加害者の手元に当該私事性的画像記録等が残らないようにすること」
【★10】 ツイッター社「Twitterへの個人情報の投稿」(https://support.twitter.com/articles/20170308#)
「 他者の個人情報や機密情報を投稿することはTwitterルールで禁止されています。個人情報や機密情報の例を以下に示します。 (略) 撮影されている人物の同意なく撮影または配布された,私的な画像や動画」
【★11】 「SIA」は,一般社団法人セーファーインターネット協会のことです(正会員:ヤフー株式会社,アルプスシステムインテグレーション株式会社,ピットクルー株式会社,賛助会員:株式会社ミクシィ,グリー株式会社,株式会社サイバーエージェント,さくらインターネット株式会社,GMOグローバルサイン株式会社,アマゾンジャパン株式会社)。
 なお,検索サイトのヤフーは,リベンジポルノが検索結果に表示されないようにする取り組みもしています。
 2015年3月30日ヤフー株式会社「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」(http://i.yimg.jp/i/docs/publicpolicy/blog/20150330/Policy.pdf
「 被害申告者から上記判決(又は決定)の提出がない場合でも,リンク先ページの記載から権利侵害の明白性並びに当該侵害の重大性又は非表示措置の緊急性があるとヤフーにおいて認められる場合は,例外的に非表示措置を講じます(検索キーワードの限定は行いません)。権利侵害の明白性,重大性,緊急性の有無についても個別の事案ごとに判断をすることになりますが,以下に挙げるような場合は,権利侵害の重大性,緊急性が認められる可能性が高いと考えます。 (略) 第三者の閲覧(えつらん)を前提としていない私的な性的動画像が掲載されている場合」
【★12】 リベンジポルノ法の公表罪・公表目的提供罪〔★5〕は,「親告罪(しんこくざい)」と言って,被害を受けた人やその家族が「犯人を処罰してほしい」と警察などに「告訴(こくそ)」(刑事訴訟法230条)をしないと,処罰することができません。
 リベンジポルノ法3条4項 「前3項の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない」
 この告訴は,中学2年生くらいの子どもでも,自分でできます(最一小決昭和32年9月26日刑集11巻9号2376頁)。
【★13】 メディアジャーナリストの渡辺真由子さんは,次のとおり,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるのではなく,拡散する側の問題である,という,とても重要な指摘をしています。
 「『撮らせた』という言葉は,リベンジポルノの責任を被害者に押し付けるものだ。私たち大人は,つい被害者を責めたくなる。あなたがあんな画像を撮らせさせしなければ,と。だが,リベンジポルノの問題の本質はそこではない。恋愛に起因する場合でも,性産業に起因する場合でも,自(みずか)らの意思に反して拡散されるために,進んで撮影に応じる被害者などいない。リベンジポルノとは,被害者の信頼を裏切った,『拡散する側』の問題なのだ。私たちは,『撮らせるな』という被害者に対するメッセージではなく,『拡散するな』という加害者に対するメッセージを広げていかなければならない。リベンジポルノが生まれる背景について,1人1人の大人が理解を深め,被害者の心情に思いを馳(は)せてみよう。そうすることが,被害にあった若者が安心して声を上げられる社会へとつながっていくのだ」(「リベンジポルノ―性を拡散される若者たち」202頁)
【★14】 リベンジポルノ法1条 「この法律は,私事性的画像記録の提供等により私生活の平穏(へいおん)を侵害(しんがい)する行為(こうい)を処罰するとともに,私的私的画像記録に係(かか)る情報の流通によって名誉または私生活の平穏の侵害があった場合における…特例及び当該提供等による被害者に対する支援体制の整備等について定めることにより,個人の名誉及び私生活の平穏の侵害による被害の発生又はその拡大を防止することを目的とする」

2016年2月 1日 (月)

休日のデモ参加に学校への届出が必要?

 

 私立高に通っています。社会のこと,政治のことに関心をもっていて,休日に高校生デモに参加しています。ところが,学校から,「今後は,校外のデモに参加するときは事前に学校に届出をするように,校則を変える」と話がありました。届出をしないでデモに参加すると,どうなりますか。

 

 「校則に違反した」という理由で,指導や注意がされたり,懲戒処分がされたりするかもしれません。

 でも,「校外のデモに行くのに届出が必要」という校則自体が,おかしなことです。

 校則を変えないよう,先生や生徒みんなで話し合い,決めることが必要です。




 社会や政治のことにまったく関心を持たない大人たちが多い中で,

 高校生のときからきちんと関心を持ち,しっかりと声を上げているのは,とても素晴らしいことだと思います。




 1969年(昭和44年),国の役所は,高校生が政治的な活動をすることを,厳しく制限しました
【★1】

 そのころ,各地の高校生たちが,さまざまな学校問題や社会問題について,運動をしていました
【★2】

 しかし,このころの高校生の中には,

 授業や文化祭,卒業式を妨害したり,

 学校にヘルメット・こん棒姿で集まったり,

 校長室などをロッカーや机でバリケード封鎖したり,

 先生たちを閉じ込め,暴力をふるったり,

 火炎瓶(かえんびん)を投げるなど,

 とても暴力的なやり方をする生徒たちもいて,社会的に大きな問題になっていました
【★3】

 そして,その暴力的なやり方は,学校の外の人たちからの影響を,強く受けていました。

 文部省(今の文部科学省)が,学校内だけでなく,学校外の政治活動まで厳しく制限したのには,そういった背景がありました。



 しかし,それならば,違法なものや暴力的なものだけを禁止すればよかったはずです。


 子どもであっても,

 自分の意見を言う自由,社会に伝える自由や,

 いろんな人たちと集まって,いっしょに活動する自由があります
【★4】

 そういう自由は,本人にとってだけでなく,社会全体にとっても,だいじなものです。

 そして,教育基本法や学校教育法という,「教育」についての法律には,

 「子どもたちが,この社会のメンバーとして積極的にかかわっていくことができるように,育てていこう」と,はっきり書いてあります
【★5】


 それなのに,文部省は,政治にかかわることのほとんどを,広く制限してきました。

 それが,昨年の2015年(平成27年)まで46年もの長い間,ずっと続いてきたのです。




 教育基本法には,「学校は政治的な活動をしてはいけない」と書かれています
【★6】

 文部省は,それを理由に,「だから高校生の政治的な活動を制限してあたりまえ」としてきました
【★7】

 しかし,教育基本法が言っているのは,例えば,学校や先生が自分の政治的主張を生徒たちに押し付けたりしてはいけない,ということです。

 一人ひとりの生徒が自分の意見をもって動くことまで,禁止していません
【★8】


 文部省は,「政治的な活動で勉強がおろそかになる。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★9】

 しかし,「勉強がおろそかになるから」と,恋愛や習い事やゲームをわざわざ役所は制限しませんし,しないのが当然です。

 なのに,政治的な活動だけ制限をするのは,おかしなことです。

 それに,勉強と政治的な活動をきちんと両立させている人も,今はたくさんいます。



 文部省は,「判断力や経験がじゅうぶんではないから,特定の政治的な意見に影響されてしまう。だから高校生の政治的な活動を制限していいんだ」,とも言っていました【★10】

 でも,判断力や経験がじゅうぶんでないからこそ,きちんとした政治的な活動とはどういうものなのかを,子どものうちから学べることが必要です。

 政治というのは,自分とちがう意見の人たちともしっかり議論をして,ものごとをみんなでよりよい内容で決めていくものです。

 それなのに,自分の意見を言うこともできず,他の人の話を聞くこともできず,

 議論をして決めていくやり方を,子どもの時にきちんと身につけられなければ,

 むしろ,「特定の政治的意見」にこだわる,困った大人ができあがってしまいます。



 違法なものや暴力的なものを禁止したり,

 安心・安全な学校生活のために一定のルールを作ったりすることは,

 たしかに必要です。

 でも,高校生の政治的な活動のほとんどを,広く制限してしまうことは,

 どう考えても,行き過ぎで,おかしなことだったのです。



 それでも,「未成年のうちは選挙権がない」ということが一番の理由となって,

 子どもたちの政治的な活動は,ずっと制限されてきました
【★11】

 文部省は,「社会は,未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請している」,とまで言っていたのです。

 裁判所も,「子どもの政治的な運動を学校が制限するのはおかしい」と言った判決は,ほんの少しあるだけで
【★12】

 その他の多くの事件では,裁判所は,文部省とほとんど変わらない判断をしてきました
【★13】



 最近,法律が変わり,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられました
【★14】

 「選挙権がある」ということは,「選挙運動もできるようになる」ということです
【★15】

 「みんなにこの候補者や政党のことを知ってもらいたい,投票してほしい」と活動することができるようになります。

 (選挙権のない子どもも選挙運動が認められるべきなのですが,法律では禁止されています。くわしくは「子どもの選挙運動が犯罪なのが納得いかない」の記事を読んでください。)

 誰が当選するかが激しく争われる「選挙運動」でさえ,できるようになるのですから,

 もっと幅広く社会のことについて主張したり行動したりする「政治的活動」も,当然,認められなくてはなりません
【★16】


 だから,選挙権の年齢が引き下げられたのに合わせて,

 文部科学省は,2015年(平成27年)に,政治的な活動について,いままでの制限をゆるめました
【★17】

 放課後や休日の政治的な活動は,

 これまでは,「望ましくないとして生徒を指導する」と,基本的にダメだったのが
【★18】

 これからは,「家庭の理解の下(もと),生徒が判断し行うもの」で,基本的にOKというふうに,文部科学省の考え方が変わったのです
【★19】



 ところが,今年に入って,文部科学省は,

 「生徒が放課後や休日にデモや集会に参加する場合に,学校に事前に届出をさせることにしてもよい」,

 と言い出しました
【★20】


 「届出制」は,「許可制」とは違います。

 届出制は,「事前に学校に言っておく」ということです。

 許可制のように,学校がそのデモや集会の参加を許可する・許可しないの判断をすることまではできません。

 「だったらかまわないんじゃないか」,そう考える人も,ひょっとしたらいるかもしれません。

 しかし,それはものごとの考え方が逆さまです。

 「届け出れば,デモや集会に参加できるからいい」,のではなく,

 「届け出なければ,デモや集会に参加できない(してはいけない)」ということが問題なのです。

 本来自由にできるはずのものに制限がある,ということには変わりありません。

 それも,46年間ダメだとしてきたものをOKする方向に変えたばかりなのに,このような縛(しば)りを作るのは,おかしなことです。



 もし,届出をしないでデモに参加したら,

 校則に違反したという理由で,注意や指導がされたり,退学させられたりするかもしれません。

 そのとき,弁護士に相談して,裁判をして争うということもありえます。

 でも,あなたの学校は,私立の高校なのですよね。

 最高裁は,ある私立の大学のケースで,

 「私立の学校では,学校の外での政治的な活動にかなり広い制限をしても,不合理でない」,と言っています
【★21】

 その最高裁の判断はおかしい,変えなければいけない,と私は思いますし,

 学校の処分が正しいかどうかは,個別のケースごとにいろんな事情をもとにして判断されますから,

 生徒側が裁判で勝つことが絶対にありえないわけではありません。

 でも,この最高裁のハードルを裁判で乗り越えるのはそんなに簡単ではない,ということは,知っておいてください。




 私は,校則を変えてデモ参加を届出制にすることについて,

 裁判で争うよりも,

 先生たちや,生徒みんなで議論していくことのほうが,何倍もだいじだと思います。



 政治的な活動をする自由を,憲法はとても大切にしています。

 本来,よっぽどのことがないかぎり,それを奪ったり,制限したりすることはできないものです。


 だから,本当に子どもを守るためという理由で,その大切な自由を制限しようとするなら,

 なぜ制限が必要だと学校が考えるのか,

 それがよっぽどのことなのか,

 その制限のやり方で意味があるのか,

 それを,学校の生徒・保護者・先生で,

 みんなできちんと議論し合い,

 みんなが納得する形で,

 みんなで決めていかなければなりません
【★22】


 そうやってみんなで議論をして決めていくこと自体が,だいじな「政治」の一歩であり,

 役所や学校が一方的に決めること自体が,子どもたちから「政治」を奪うものです。


 この届出制のことを通して,みなさんが「政治とは何か」をより一層学ぶことができるはずだと,

 私は強く思っています。

 

 

【★1】 昭和44年10月31日文部省初等中等教育局長通達(文初高第483号)「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(以下「69通達」と言います)
【★2】 小林哲夫「高校紛争1969-1970」では,この頃の高校生達の要求項目を,次のように整理しています(86頁)。
(1)生徒指導,校則 ①生徒心得改訂,撤廃,②頭髪自由化,③制服制帽自由化,④登校するまでと下校後の外出禁止反対,⑤集会,結社の自由,⑥表現の自由,刊行物の検閲廃止,⑦男女交際の自由,⑧下校時の喫茶店,食堂などへの出入り自由
(2)教育制度 ①エリート教育反対,②定期試験廃止,③受験教育につながる学力試験,模擬試験廃止,④通知表廃止,通知表の成績評価廃止,⑤能力別コース廃止,⑥コース別編成反対,⑦理数系コース反対,⑧教科書粉砕,⑨授業批判の自由を認めよ,⑩女子クラス,男子クラス廃止,⑪自主講座の設定,⑫生徒会解体,⑬産業のための教育反対,⑭強制礼拝反対
(3)学校運営,政策 ①学校運営への参加,②職員会議の公開,生徒出席,③生徒指導部解体,④クラブ顧問制の廃止,⑤運動会や文化祭を自主管理,⑥PTA解体,⑦機動隊導入を自己批判せよ,⑧○○高校の処分に抗議するように要請,⑨封鎖やストの実行者や逮捕者への処分撤回,⑩校長退任,⑪学校の統廃合反対,⑫校歌廃止,⑬学校の経理公開,⑭不正経理責任追及,⑮学費値上げ反対,⑯各種式典反対,⑰修学旅行反対
(4)政治課題 ①ベトナム戦争反対,②沖縄奪還,③安保反対,④米軍基地撤去,⑤自衛隊反対,⑥三里塚(成田)空港建設反対,⑦紀元節復活反対,⑧産学協同路線反対,⑨文部省手引書,教育委員会通達による「高校生の政治活動禁止」粉砕,⑩○○闘争○周年(東大紛争,10・8羽田闘争など)
【★3】 当時の高校紛争がどのような状況だったかが一番詳しくわかるのが,小林哲夫「高校紛争1969-1970」(中公新書)です。また,高校紛争当時に出されたジュリスト442号(1970年1月15日発行)23頁「座談会 高校紛争 -高校教育に問われているもの-」も,公立高校教諭5人との座談会の形で,この頃の高校紛争がどのようなものだったか,教師としてどのような苦悩を持っていたかがわかります。さらに,久保友仁+小川杏奈・清水花梨(制服向上委員会)「問う!高校生の政治活動禁止」(社会批評社)も,高校紛争をわかりやすく説明しています。
【★4】 憲法21条1項 「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)12条1項 「締約国(ていやくこく)は,自己(じこ)の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及(およ)ぼすすべての事項(じこう)について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その意見の年齢及び成熟度に従(したが)って相応(そうおう)に考慮されるものとする」
 同条約13条1項 「児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若(も)しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。」
 同条2項 「1の権利の行使については,一定の制限を課することができる。ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,次の目的のために必要とされるものに限る。(a)他の者の権利又は信用の尊重 (b)国の安全,公(おおやけ)の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」
【★5】 教育基本法2条 「教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,次に掲(かか)げる目標を達成するよう行われるものとする。 (略) 三 正義と責任,男女の平等,自他の敬愛と協力を重んずるとともに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画(さんかく)し,その発展に寄与(きよ)する態度を養(やしな)うこと。」
 学校教育法5条2項 「義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培(つちか)い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
 同法21条 「義務教育として行われる普通教育は,教育基本法…第5条第2項に規定する目的を実現するため,次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 一 学校内外における社会的活動を促進(そくしん)し,自主,自律及び協同の精神,規範意識,公正な判断力並(なら)びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態度を養うこと。」
【★6】 教育基本法14条2項 「法律に定める学校は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」
【★7】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行うことを黙認することは,学校の政治的中立性について規定する教育基本法第8条第2項〔注:現在の14条2項。★6〕の趣旨に反することとなるから,これを禁止しなければならないことはいうまでもない・・・(略)」
【★8】 教育基本法14条2項〔★6〕の条文の主語は「学校」ですが,ここに生徒が含まれると読むのは,条文上も理論上も無理です。6条2項で「学校」と「教育を受ける者」とを区別していることや,14条2項そのものが「政治教育をしてはならない」という言葉を具体例として使っていることからしても,ここの「学校」に生徒を含むという解釈は文言上できません。そして,理論上もおかしいことは,記事本文全体で書いたとおりです。
【★9】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「1 生徒の政治的活動が望ましくない理由」 「特に教育的な観点からみて生徒の政治的活動が望ましくない理由としては次のようなことが考えられる。 (略) (6)生徒が政治的活動を行うことにより,学校や家庭での学習がおろそかになるとともに,それに没頭して勉学への意欲を失ってしまうおそれがあること」
【★10】 同 「(2)心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行うことは,じゅうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり,将来幅広い視野に立って判断することが困難となるおそれがある。したがって教育的立場からは,生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること」
【★11】 同 「(1)生徒は未成年者であり,民事上,刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように,国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし,むしろ行わないよう要請しているともいえること」
【★12】 大阪地裁昭和49年4月16日判決(月刊生徒指導1974年7月号94頁,別冊ジュリスト64号「教育判例百選(第二版)」40頁) 「高校生といえども一個の社会人として,国の政治に関心を持ち,自ら選ぶところに従って相応の政治活動をおこなうことはもとより正当なことであって,…指導にあたっては,政治活動の如(ごと)く,生徒の基本的人格にかかわる問題については特に,いやしくも指導の名のもとに自己の政治的信条を押しつけたり,生徒の政治的自由を不当に抑圧(よくあつ)するようなことがあってはならないのはもとより,生徒にそのように受け取られないよう慎重な配慮がなければならず…政治集会やデモに参加することを一律(いちりつ)に禁止し,生徒の参加が予測される集会やデモには,その都度生活指導部の教師らが出向いて様子を見るという措置に出たのは…教育的見地から見て妥当(だとう)なものであったかどうかははなはだ疑問である」
【★13】 東京地裁昭和47年3月30日判決(判例時報682号39頁) 「未成年者とくに高校程度の教育過程にあるものについてその教育目的を達するのに必要な範囲で表現の自由が制限されることがあってもかならずしも違法ではないと解されるから,〔高校〕がビラの配布や集会を行なうには校長または生徒会主任の許可を得なければならないとしていることをもってただちに表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に違反する無効なものということはできない。また,〔高校〕が政治的な集会やデモに参加することを禁止したのは,心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想にのみ深入りすることの弊害(へいがい)を防止し基礎的な教養の習得をはかるとともに,ややもするとこれらの集会,デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を守るためであったことは前認定のとおりであって,未成熟者に対する教育上の配慮にもとづく相当な措置であると解されるから,これまた表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に反する違法なものとはいえない。したがって,許可をうけずにビラの配布や集会を行なったことおよび禁止に反して政治的な集会,デモに参加したことを理由に懲戒処分を加えたからといって憲法に違反する無効なものということはできない。また,本件処分が思想,信条にもとづく差別扱いであることを疎明(そめい)する資料はないから,法のもとの平等を定めた憲法の規定に違反するということもできない」
 東京高裁昭和52年3月8日判決(判例時報856号26頁) 「高等学校の生徒はその大部分が未成年者であり,国政上においても選挙権などの参政権が与えられていないが,その年令などからみて,独立の社会構成員として遇することができる一面があり,その市民的自由を全く否定することはできず,政治活動の自由も基本的にはこれを承認すべきものである。しかし,現に高等学校で教育を受け,政治の分野についても,学校の指導によって政治的識見の基本を養う過程にある生徒が政治活動を行うことは,国家,社会として必ずしも期待しているところではない。のみならず,生徒の政治活動を学校の内外を問わず,全く自由なものとして是認するときは,生徒が学習に専念することを妨(さまた)げ,また,学校内の教育環境を乱し,他の生徒に対する教育の実施を損うなど高等学校存立の基盤を侵害する結果を招来(しょうらい)するおそれがあるから,学校側が生徒に対しその政治活動を望ましくないものとして規制することは十分に合理性を有するところである。また,本件当時全国的な規模で展開されたいわゆる学校封鎖は,個々の場合においてそれぞれ異なる様相を呈(てい)したとはいえ,ほとんど常に暴力的破壊的性質を帯び,その結果は,単に学内に止まらず,多かれ少かれ社会一般の秩序を乱すものであったことは公知の事実である。それだけに,学校側が生徒に対しこのような行動に加担しないように教導し,生徒がこれに参加した場合に,その行為の性質その他の事情に鑑(かんが)み,適切な懲戒処分をもって臨むほか,処分後の指導においても,生徒に対し自己の行為の非を反省し,今後同じような暴力的破壊的行動に出ることを厳に慎(つつし)むよう指導することは当然のことであり,もとより生徒の政治的自由に対する侵害などと評価すべき限りではない」
 その他,福島地裁昭和47年5月12日判決(判例時報677号44頁),福岡地裁50年1月24日判決(判例時報775号129頁),仙台高裁昭和54年5月29日判決など。
 生徒が政治活動に参加したことを内申書に書かれ,高校が不合格となった麹町中学校内申書事件では,一審の東京地裁昭和54年3月28日判決(判例時報921号18頁)で生徒側が勝訴しましたが,二審の東京高裁昭和57年5月19日判決(判例時報1041号25頁)とその後の最高裁判所第二小法廷昭和63年7月15日判決(判例時報1287号65頁)では敗訴しています。
【★14】 これまで選挙ができるのは20歳以上でしたが,2015年(平成27年)6月,18歳・19歳も選挙権を持てるようにする法律ができました。2016年(平成28年)の夏から実施される見込みです。
 (改正後の)公職選挙法9条1項 「日本国民で年齢満18年以上の者は,衆議院議員及(およ)び参議院議員の選挙権を有(ゆう)する」
 同条2項 「日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇(か)月以上地町村の区域内に住所を有する者は,その属(ぞく)する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」
【★15】 (改正後の)公職選挙法137条の2第1項 「年齢満18年未満の者は,選挙運動をすることができない」
【★16】 何が「政治的活動」なのかは,〔★17〕の通知に定義がありますが,とてもわかにくく,そしてあいまいだという問題があります。
 「『政治的活動』とは,特定の政治上の主義若(も)しくは施策又(また)は特定の政党や政治的団体等を支持し,又はこれに反対することを目的として行われる行為であって,その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉になるような行為をすることをいい,選挙運動を除く」
【★17】 平成27年10月29日文部科学省初等中等教育局長「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(27文科初第933号)http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1363082.htm
【★18】 69通達「第4 高等学校生徒の政治活動」「2 生徒の政治的活動を規制することについて」 「(3)放課後,休日等に学校外で行われる生徒の政治的活動は,一般人にとっては自由である政治的活動であっても,前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあって,学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかっている段階であることなどにかんがみ,学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの,暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが,そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限,禁止することが必要である」
【★19】 平成27年通知〔★17〕 「第3 高等学校等の生徒の政治的活動等」「3.放課後や休日等に学校の構外で行われる生徒の選挙運動や政治的活動については,以下の点に留意すること。 (略) (3)放課後や休日等に学校の構外で行われる選挙運動や政治的活動は,家庭の理解の下,生徒が判断し,行うものであること。その際,生徒の政治的教養が適切に育まれるよう,学校・家庭・地域が十分連携することが望ましいこと」
【★20】 朝日新聞2016年1月30日「高校生の校外デモや集会参加 学校への届出制容認 文科省」
【★21】 最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決(民集28巻5号790頁,昭和女子大事件) 「大学は,国公立であると私立であるとを問わず,学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり,法律に格別の規定がない場合でも,その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し,これによつて在学する学生を規律する包括的権能(ほうかつてきけんのう)を有するものと解すべきである。特に私立学校においては,建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針とによつて社会的存在意義が認められ,学生もそのような伝統ないし校風と教育方針のもとで教育を受けることを希望して当該大学に入学するものと考えられるのであるから,右の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し,これを実践することが当然認められるべきであり,学生としてもまた,当該大学において教育を受けるかぎり,かかる規律に服することを義務づけられるものといわなければならない。もとより,学校当局の有する右の包括的権能は無制限なものではありえず,在学関係設定の目的と関連し,かつ,その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認(ぜにん)されるものであるが,具体的に学生のいかなる行動についていかなる程度,方法の規制を加えることが適切であるとするかは,それが教育上の措置に関するものであるだけに,必ずしも画一的に決することはできず,各学校の伝統ないし校風や教育方針によつてもおのずから異なることを認めざるをえないのである。これを学生の政治的活動に関していえば,大学の学生は,その年令等からみて,一個の社会人として行動しうる面を有する者であり,政治的活動の自由はこのような社会人としての学生についても重要視されるべき法益であることは,いうまでもない。しかし,他方,学生の政治的活動を学の内外を問わず全く自由に放任するときは,あるいは学生が学業を疎(おそろ)かにし,あるいは学内における教育及び研究の環境を乱し,本人及び他の学生に対する教育目的の達成や研究の遂行をそこなう等大学の設置目的の実現を妨(さまた)げるおそれがあるのであるから,大学当局がこれらの政治的活動に対してなんらかの規制を加えること自体は十分にその合理性を首肯(しゅこう)しうるところであるとともに,私立大学のなかでも,学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が,その教育方針に照らし学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から,学内及び学外における学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても,これをもって直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない」
【★22】 「在学契約説:学校が国公立であると私立であるとを問わず,在学関係は,学校設置者と生徒ないしその保護者とのあいだで,生徒が学校において教育を受けることを契約することによって成立する契約関係ととらえるもの。教育法学会の多数説である。(略)在学契約説では,学校・教師と生徒との関係は,憲法で保障されている子どもの成長発達と学習権を保障すべき法律関係であって,生徒や親は学校・教師に従属するものではなく対等な権利義務関係に立つことになり,校則は,学校・教師と生徒・親との契約内容を示すものとなる。したがって,校則の内容について両契約当事者の合意が不可欠であるということになり,校則を制定・改変するにあたり,生徒・親の参加は当然のことである。この考え方は,現行憲法原理及び前記最高裁判決〔注:昭和52年3月15日第三小法廷判決〕,子どもの権利条約28条(教育への権利),1990年11月国連総会で採択されたリヤド・ガイドラインのⅣのB教育(20条以下31条-特に21条cでは「単なる対象物としてではなく,積極的かつ有効な参加者として青少年を教育過程に参加させること」とうたっている)について定めた規定,国際人権規約A規約13条(教育についての権利),児童権利宣言7条(教育についての権利)等の諸規定とも,趣旨において最もよく適合するものであり,適切な考え方である」(日本弁護士連合会「子どもの権利ガイドブック」134頁)

2016年1月 1日 (金)

少年院ってどんなところ?

 

 少年院ってどんなところですか? 刑務所とどうちがうんですか?

 

 

 少年院は,犯罪をした子どもや,犯罪をするかもしれない子どもを,立ち直らせるための施設です【★1】。


 12歳や13歳の子どもでも,少年院に入ることは,ありえます【★2】

 しかし実際は,少年院に入る時の子どもの年齢は,16歳から19歳が,ほとんどです
【★3】【★4】


 少年院にいる期間は,1年くらいが基本です【★5】【★6】

 でも,本人の立ち直りが遅ければ,2年くらいまで伸びることもあります
【★7】

 (最初から半年以内を目安として少年院に送られるケースもあります
【★8】。)


 なので,18歳や19歳で少年院に入り,少年院の中で成人式を迎える,という人が,たくさんいます【★9】

 つまり,少年院の中には,20歳以上の人も多くいるのです。

 少年院にいられる上限は,22歳の最後の日までです
【★10】

 ただ,そのぎりぎりまで少年院にいることは,まずありません。



 病気などで医療が必要な人には,そのための少年院があり,

 そこは,25歳の最後の日までが,上限です
【★11】


 少年院も,刑務所と同じように,

 中のルールがとても厳しく,自由はとても少ないです。

 1日の生活の流れが決まっていて
【★12】

 他の人との私語もダメですし,

 号令にしたがって,きびきびと動かなければいけません
【★13】


 しかし,少年院は,刑務所とは,とても大きなちがいがあります。


 刑務所で受けるのは,仕事をさせられる「懲役(ちょうえき)」や,部屋の中で過ごす「禁錮(きんこ)」という,「刑罰」です【★14】

 でも,少年院で受けるのは,「刑罰」ではありません【★15】

 少年院で行われるのは,「教育」です
【★16】


 きちんとした社会のメンバーとなるための知識や態度を身につける生活指導では,

 職員と面接したり,日記・作文を書いたりして,自分自身と向き合います
【★17】

 働こうという気持ちを高めて,働くための知識や技術を身につける職業指導では,

 溶接や機械運転,パソコンなどの資格を取る人もいます
【★18】

 教科指導では,生活を送るうえで必要になる学力を身につけることができ,高卒認定試験を通る人もいます
【★19】


 そういった教育が,集団生活の中で行われます【★20】


 少年院の職員の人たちは,厳しく,そして熱く,子どもたちと向き合います【★21】


 家や学校,地域の中で,大人たちから大切な存在として扱われず,居場所がなかった子どもたち。

 その多くが,少年院での「教育」,職員との出会いとかかわりを通して,立ち直っていきます
【★22】

 そして,社会に戻るためのサポートを受けて,少年院から巣立っていきます
【★23】


 私たち弁護士は,犯罪をしてしまった子どもが,少年院に行かなくても社会の中で立ち直れるようにと,活動することが多いです。

 「少年院は,子どもが立ち直るための,一番最後の場所であって,

 かんたんに子どもを少年院に入れてはいけない」,

 世界も,そう確認しています
【★24】

 でも,少年院は,そういう一番最後のだいじな施設だからこそ,

 そこに入った子どもたちに,本当に真剣に向き合っています
【★25】


 少年院での「教育」が,刑務所の「刑罰」よりもラクだ,などということはありません。

 刑務所の「刑罰」は,その人をこらしめるためのもの,その人の外から押し付けられるものです。

 でも,少年院での「教育」は,その人が立ち直るよう,その人が自分自身の中から変わっていくことを,厳しく求められます
【★26】

 そこに甘やかしはありませんし,けっしてラクなものなどではありません。



 先日,私の引率で少年院を見学した大学1年生が,こう話してくれました。

 「たしかに厳しい環境だけれど,それより前に見学した刑務所とちがって,

  少年院は,全寮制の学校のような印象が,深く心に残った。

  ここで子どもたちが『育て直し』をされているのだと思った」。

 それは,18年前,私が大学1年生のときに,初めて刑務所と少年院の両方を見学して受けた印象と,同じです。



 ところが,

 そうやって少年院の現場を実際に訪れることもなく,

 少年院にいた人たちや,少年院の職員たちの話を知ろうともしないで,

 「大人とちがい,1年や2年のあいだ少年院にいるだけで社会に戻れるなんて,犯罪をおかした子どもに,法律は甘い。もっと厳しくするべきだ」,

 そう考える人がいます。



 もともとむかしから,事件によっては,20歳になっていない人でも,少年院ではなく刑務所に送られることは,ありました【★27】

 しかし,「法律が甘い」という声を受けて,子どもたちが刑務所に送られやすい方向に,これまでも少年法は変えられていました
【★28】


 そして,最近,選挙で投票できる年齢が20歳から18歳に引き下げられたのに合わせて,

 「少年法も改正して,少年院に入れる年齢の上限を下げて,

 犯罪をした18歳・19歳は,大人と同じ責任を負わせるべきだ」,

 そういう議論が出てくるようになりました。



 今の少年法なら,18歳・19歳に,少年院での最後の「育て直し」のチャンスがあります。

 でも,もし,そんなふうに少年法が改正され,少年院に入れる年齢の上限が下がってしまうと,

 犯罪をしても,裁判にかけられないままで終わってしまったり
【★29】

 裁判さえ終われば,あとはそのまま社会に放り出されるだけになってしまったり
【★30】

 刑務所で刑罰を押し付けられるだけになってしまったりして,

 最後の「育て直し」のチャンスがなくなってしまいます。



 そんな法改正が,はたして,

 それまで家・学校・地域できちんと大切にされず,居場所のなかった18歳・19歳にとって,良いことなのかどうか,

 私たちのこの社会にとって,本当に良いことなのかどうか,

 それを,実際に多くの18歳・19歳を「育て直し」ている少年院をよく見て,皆さんに考えてみてほしいと思います
【★31】

 

 

【★1】 子どもの場合は,犯罪をしていなくても,「犯罪をするかもしれない」というときには,少年院に送られることもあります。これを「ぐ犯」と言います。
少年法3条「次に掲(かか)げる少年は,これを家庭裁判所の審判に付する。…
3.次に掲げる事由(じゆう)があって,その性格又(また)は環境に照して,将来,罪を犯し,又は刑罰法令に触れる行為(こうい)をする虞(おそれ)のある少年
 イ 保護者の正当な監督に服しない性癖(せいへき)のあること
 ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附(つ)かないこと
 ハ 犯罪性のある人若(も)しくは不道徳な人と交際し,又はいかがわしい場所に出入すること
 ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」
【★2】 少年法の厳罰化(げんばつか)の流れを受けて,平成19年(2007年)5月成立・同年11月施行の改正少年法で,少年院に送られる子どもの年齢が,12歳に引き下げられました。ただし,12歳,13歳は,特に必要がある場合だけ,少年院に送られることになっています。
 同法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限(かぎ)り,第三号の保護処分をすることができる。(略) 三 少年院に送致すること」
【★3】 少年院に送る判断がされるのは,家庭裁判所の審判という手続の中です。この審判は,20歳を超えてしまうとできません。
 少年法2条1項 「この法律で『少年』とは,20歳に満たない者をいい…(略)」
 同法3条1項 「次に掲げる少年は,これを家庭裁判所の審判に処する。(略)」
 同法19条2項 「家庭裁判所は,調査の結果,本人が20歳以上であることが判明したときは,……決定をもって,事件を管轄(かんかつ)地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致(そうち)しなければならない」
 同法23条3項 「第19条第2項の規定は,家庭裁判所の審判の結果,本人が20歳以上であることが判明した場合に準用(じゅんよう)する」
【★4】 少年矯正統計少年院2014年「9 少年院別 新収容者の年齢」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
 平成26年の総数2872人のうち,12歳以下:1人,13歳:8人,14歳:171人,15歳:310人,16歳:566人,17歳:608人,18歳:602人,19歳:605人,20歳以上:1人
【★5】 平成26年の長期処遇(しょぐう)対象者のうち,仮退院までの平均在院日数は,397日でした(少年矯正(きょうせい)統計少年院2014年「40 少年院別 仮退院者の在院期間(長期処遇対象者)」)。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001136827
【★6】 以前は,「長期処遇」「一般短期処遇」「特修短期処遇」という処遇区分がありましたが,平成26年(2014年)に成立し,平成27年(2015年)6月から施行されている新しい少年院法では,どのような矯正教育の内容を重点的に行うのか,その程度の期間を標準として矯正教育を行うのか,を規定した「矯正教育課程」のわくぐみに変わりました(少年院法30条。法務省矯正局編「新しい少年院法と少年鑑別所法」69頁)。
【★7】 法務大臣平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令(くんれい)」(法務省矯少訓第2号)の別表1の矯正教育課程の「標準的な期間」は,短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)以外,どれも「2年以内の期間」となっています。
 http://www.moj.go.jp/content/001151845.pdf
【★8】 〔★7〕の短期義務教育課程(SE)と短期社会適応課程(SA)の「標準的な期間」は,「6月以内」です。
 法務省矯正局長平成27年5月14日付「矯正教育課程に関する訓令の運用について(依命通達)」(法務省矯少第92号)「2 第1種少年院における在院者の矯正教育課程の指定」「(1)短期義務教育課程又は短期社会適応課程」「ア 一般的な取扱い 家庭裁判所において,送致すべき少年院として第1種が指定され,かつ,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を履修(りしゅう)させるべき特性を考慮して,これらの矯正教育課程の標準的な期間(6月以内)を矯正教育の期間として設定することが適当であるとする旨の勧告が付された場合は,短期義務教育課程又は短期社会適応課程を指定すること。なお,少年院送致の保護処分歴がある場合には,短期義務教育課程又は短期社会適応課程の在院者の類型である『その者の持つ問題性が単純又は比較的軽く,早期改善の可能性が大きいもの』には該当しないこと」「イ 14歳未満の在院者について 14歳未満の在院者については,義務教育を終了しない者ではあるものの,原則として短期義務教育課程は指定しないが,次のいずれにも該当する場合において,相当と認めるときは,同課程を指定することができること。(ア)中学校2年生に該当する年齢であること。(イ)心身の発達の程度を考慮して14歳以上の在院者との同一の集団での矯正教育の実施に著しい支障が認められないこと」 http://www.moj.go.jp/content/001151846.pdf
【★9】 少年院法137条1項 「少年院の長は,保護処分在院者が20歳に達したときは退院させるものとし,20歳に達した日の翌日にその者を出院させなければならない。ただし,少年法第24条第1項第三号〔★10〕の保護処分に係る同項の決定のあった日から起算して1年を経過していないときは,その日から起算して1年間に限り,その収容を継続することができる」
 少年院送致決定から1年以上さらに収容する場合には,家庭裁判所が,収容継続審判をします。
 同法138条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の心身に著しい障害があり,又はその犯罪的傾向が矯正されていないため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨の決定の申請をしなければならない。 一 前条第1項本文の規定により退院させるものとされる者 20歳に達した日 二 前条第1項ただし書の規定により少年院に収容することができる期間…が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が23歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★10】 少年院法4条1項 「少年院の種類は,次の各号に掲げるとおりとし,それぞれ当該各号に定める者を収容するものとする。
 一 第1種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著(いちじる)しい障害がないおおむね12歳以上23歳未満のもの(次号に定める者を除く。)
 二 第2種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害がない犯罪的傾向が進んだおおむね16歳以上23歳未満のもの
 三 第3種 保護処分の執行を受ける者であって,心身に著しい障害があるおおむね12歳以上26歳未満のもの
 四 第4種 少年院において刑の執行を受ける者」
【★11】 以前は「医療少年院」と呼んでいたもので,今は「第3種」の少年院です(少年法4条1項三号。〔★10〕)。
 少年院法139条1項 「少年院の長は,次の各号に掲げる保護処分在院者について,その者の精神に著(いちじる)しい障害があり,医療に関する専門的知識及び技術を踏(ふ)まえて矯正教育を継続して行うことが特に必要であるため,それぞれ当該各号に定める日を超えてその収容を継続することが相当であると認めるときは,その者を送致した家庭裁判所に対し,その収容を継続する旨(むね)の決定の申請をしなければならない。 一 家庭裁判所が前条第2項…の規定により定めた少年院に収容する期間が23歳に達した日に満了する者 23歳に達した日 二 家庭裁判所が次項…の規定により定めた少年院に収容する期間(当該期間の末日が26歳に達した日である場合を除く。)が満了する者 当該期間の末日」
 同条2項 「前項の申請を受けた家庭裁判所は,当該申請に係る保護処分在院者について,その申請に理由があると認めるときは,その収容を継続する旨の決定をしなければならない。この場合においては,当該決定と同時に,その者が26歳を超えない期間の範囲内で,少年院に収容する期間を定めなければならない」
【★12】 多摩少年院の場合の一日の流れは次のとおりです(同院パンフレット)。
  7:00 起床
  7:30 洗面,身辺整理,朝食,役割活動
  9:00 朝礼
  9:15 教育活動
 12:00 昼食
 13:30 教育活動
 17:00 夕食
 18:00 集会,教養講話
 19:00 自己計画学習,日記記入
 20:00 テレビ視聴
 21:00 1日の反省
 21:15 就寝
【★13】 「僕が入っていた当時の少年院はどんな場所だったのかというと。
 一,少年院の中では基本的に私語厳禁。『あつい』『きつい』などの独り言もダメ。
 一,院生同士での手紙のやり取り,目で合図を送るなどの通信は禁止。
 一,廊下を歩く際には,スリッパをペタペタさせない。また,よその部屋を覗(のぞ)かない。
 一,集団トイレの使用は,各部屋ごとに決められた時間で用を済ますこと。
 一,テレビ鑑賞の時間は,大きな声で笑わない。
 一,就寝時は,眠りに入るまで天井を向いて目を閉じること。
 生活面の規則は,他にもまだたくさんあった。その上,院内では部屋から一歩外へ出ると,次のような集団行動を行わなければならなかった。
 一,『気をつけ』の姿勢は背筋をピンと張って,両手の中指をズボン横の縫(ぬ)い目に沿わせる。
 一,『前へならえ』の姿勢は,ならえの『な』の号令が聞えると同時に,素早く両手を前へ出す。この時,親指は曲げて,手の平にくっ付けておく。
 一,『礼』の姿勢は,背筋を張ったまま上半身を斜め45度に倒す。視線は3歩先を見るようにし,心の中で『1,2,3』と数えた後,サッと頭を上げる。
 規則を数えればきりがないが,このような生活を日々実践(じっせん)させられるわけだ。
 だが,少年院はこればかりではない。『ハイ!』『有難うございます!』『失礼します!』『すみません!』と力いっぱい大きな声で返事をしなければならず,教官は僕たちに徹底して躾(しつけ)を教え込んだ」(「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)126頁,吉永拓哉「少年院卒元ヤンブラジル新聞記者の人生」)
【★14】 刑法9条 「死刑,懲役(ちょうえき),禁錮(きんこ),罰金,拘留(こうりゅう)及び科料を主刑とし,没収を付加刑とする」
 同法12条2項 「懲役は,刑事施設に拘置(こうち)して所定(しょてい)の作業を行わせる」
 同法13条2項 「禁錮は,刑事施設に拘置する」
【★15】 ただし,一応法律上は,少年院で刑の執行を受けることも,ありうることになってはいます。これは,少年法の厳罰化の流れを受けて,平成12年(2000年)11月改正・平成13年(2001年)4月施行の改正少年法で,14歳・15歳も大人と同じ刑事裁判を受けて刑罰を受けることがありうるとされたことに関連します。いままでも16歳以上の子どもが大人と同じ刑罰を受けることはありました。その場合,少年刑務所という,大人とは違う刑務所で,刑の執行を受けます。しかし,14歳・15歳の子どもは,刑の執行を受けるとはいっても,まだ教育が必要な年齢です。なので,16歳にまるまでは少年院で刑の執行を受けることとし,その間は「矯正教育を授ける」ということになったのです。少年院法4条1項〔★10〕の第4種の少年院が,これにあたります。ただし,この記事を書いている現時点で,この規定に基づいて少年院で刑の執行を受けている人はいません。
 少年法56条1項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた少年…に対しては,特に設けた刑事施設又は刑事施設若しくは留置施設内の特に分界を設けた場所において,その刑を執行する」
 同条3項 「懲役又は禁錮の言渡しを受けた16歳に満たない少年に対しては,…16歳に達するまでの間,少年院において,その刑を執行することができる。この場合において,その少年には,矯正教育を授ける」
【★16】 少年院法3条 「少年院は,次に掲げる者を収容し,これらの者に対し矯正教育その他の必要な処遇を行う施設とする。(略)」
【★17】 少年院法24条1項 「少年院の長は,在院者に対し,善良な社会の一員として自立した生活を営むための基礎となる知識及び生活態度を習得させるため必要な生活指導を行うものとする」
【★18】 少年院法25条1項 「少年院の長は,在院者に対し,勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させるため必要な職業指導を行うものとする」
【★19】 少年院法26条1項 「少年院の長は,学校教育法…に定める義務教育を終了しない在院者その他の社会生活の基礎となる学力を欠くことにより改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる在院者に対しては、教科指導(同法による学校教育の内容に準ずる内容の指導をいう。…)を行うものとする」
【★20】 少年院法38条1項 「矯正教育は,その効果的な実施を図るため,在院者が履修すべき矯正教育課程,第16条に規定する処遇の段階その他の事情を考慮し,在院者を適切な集団に編成して行うものとする」
【★21】 少年院の職員である「法務教官」の皆さんの具体的な話が,毛利甚八著「少年院のかたち」(現代人文社)で読むことができます。
【★22】 少年院を出た人たちが,互いの経験や未来を共有したりして語り合う場として,「NPO法人セカンドチャンス!」を立ち上げています(http://secondchance-tokyo.jimdo.com/)。少年院を出た人たち一人ひとりの話が,「セカンドチャンス!人生が変わった少年院出院者たち」(新科学出版社)で読むことができます。
【★23】 少年院法44条1項 「少年院の長は,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後に自立した生活を営む上での困難を有する在院者に対しては,その意向を尊重しつつ,次に掲げる支援を行うものとする。(略)」
【★24】 少年司法運営に関する国連最低基準規則(1985年,通称「北京ルールズ」)18条1 「権限を有(ゆう)する機関にとって,きわめて多様な処遇方法が利用できなければならない。可能なかぎり最大限,施設収容をさけるために,柔軟性が認められなければならない」
 同規則19条 「少年の施設収容処分は,常に,最後の手段であり,かつ,その期間は必要最小限度にとどめられなければならない」
 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)40条1項 「締約国(ていやくこく)は,刑法を犯したと申し立てられ,訴追(そつい)され又は認定されたすべての児童が尊厳(そんげん)及(およ)び価値についての当該児童の意識を促進(そくしん)させるような方法であって,当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し,かつ,当該児童の年齢を考慮し,更(さら)に,当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める」
 同条4項 「児童がその福祉に適合し,かつ,その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため,保護,指導及び監督命令,カウンセリング,保護観察,里親委託,教育及び職業訓練計画,施設における他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする」
【★25】 しかし,平成21年(2009年),広島少年院で法務教官たちが少年院に入っている人たちに暴力をふるっていたことが明らかになりました。少年院法という法律は,もともとは,条文の数が少ない法律で,昭和24年(1949年)に施行されてからこれまで,大幅な改正が一度もされずにいたのですが,広島の事件がきっかけとなって,平成26年(2014年)に少年院法が大きく変わりました(平成27年(2015年)6月から施行)。報道では,「初等少年院/中等少年院」「特別少年院」「医療少年院」という名前を「第1種」「第2種」「第3種」に変えたことのほうが取り上げられていますが(「特別少年院」という名前が子どもたちの間で一種のステータスになっていたから,という事情もありました),広島少年院の事件が法改正のきっかけだったことからすれば,少年院にいる人たちの取り扱いについて法律できちんとルールが決められたこと,処遇に不満がある場合の救済のしくみや,外部の人が少年院の状況をチェックするしくみができたことのほうが,重要です。
【★26】 「少年院や保護観察などの教育方法は,少年の生活意識や態度を根本から改めさせるために,少年自身の努力によって非行性を克服させようとするものであり,少年自身にとって非常に厳しい自己錬磨が要求されるのです。そこには甘やかしの要素はほとんど入ってきません。刑罰が,その懲罰的な性格により他律的改善を図る手段であるとすると,保護処分は,自律的改善を少年に強制する手段だということになります」(澤登俊雄「少年法」8頁)
【★27】 大人と同じ裁判にかけるために,事件を家庭裁判所が検察官に送るので,「検察官送致(けんさつかんそうち)」と言います。事件はもともと検察官から家庭裁判所に来ていたもので,それを家庭裁判所が検察官に戻すため,「逆送(ぎゃくそう)」という言い方もします。そして,逆送を受けた検察官が,刑事訴訟を起こします。
 少年法20条1項 「家庭裁判所は,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,決定をもって,これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない」
 同法45条 「家庭裁判所が,第20条の規定によって事件を検察官に送致したときは,次の例による。…… 五 検察官は,家庭裁判所から送致を受けた事件について,公訴(こうそ)を提起(ていき)するに足りる犯罪の嫌疑(けんぎ)があると思料(しりょう)するときは,公訴を提起しなければならない。…(以下略)」
【★28】 むかしは,16歳以上の子どもでなければ逆送はできませんでした。また,16歳以上の非常に重い犯罪でも,事情によっては,必ずしも逆送されるとはかぎりませんでした。
 しかし,大人たちが「少年法は甘い,厳しくするべきだ」と考えた結果,2000年(平成12年)に法律が変えられ,14歳・15歳の子どもでも逆送されうることになり,また,16歳以上の子どもで故意に(わざと)人を死なせた犯罪のときには,必ず逆送しなければならない,というように,厳しくなりました。
 少年法20条2項「前項の規定にかかわらず,家庭裁判所は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であって,その罪を犯すとき16歳以上の少年に係(かか)るものについては,同項の決定をしなければならない。ただし,調査の結果,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときは,この限りでない」
【★29】 20歳になっていない人の刑事事件については,犯罪をした疑いがないかぎり,すべて家庭裁判所に送られます(「全件送致主義」と言います)。
 少年法42条1項 「検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,…これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である」
 ところが,20歳以上の人の刑事事件については,検察官は,必ず裁判にかけなければいけないわけではありません。これを「起訴便宜主義(きそべんぎしゅぎ)」と言います。
 刑事訴訟法248条 「犯人の性格,年齢及(およ)び境遇(きょうぐう),犯罪の軽重(けいちょう)及び情状並(なら)びに犯罪後の情況により訴追(そつい)を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」
【★30】 少年事件では,家庭裁判所の審判で,少年院には送られずに社会に戻ってよいとされる場合でも,定期的に地元の保護司のところに通う「保護観察処分」となることがほとんどです。
 少年法24条1項 「家庭裁判所は,…審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。… 一 保護観察所の保護観察に付すること。(略)」
 しかし,大人の裁判では,「これから数年間まじめに暮らしていれば刑務所に行かなくてもよい」という執行猶予(しっこうゆうよ)の判決であれば,それで終わりです。大人の裁判でも「保護観察」を付けることはありますが,そういう判決になることはとても少ないのが実際です。
 刑法25条1項 「次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
 同条2項 「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。(略)」
 同法25条の2第1項 「前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ,同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する」
【★31】 日弁連2015年(平成27年)2月20日「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150220_2.pdf

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